日下部民芸館4-欄間・釘隠し・仏間、魅力的な窓からの雪景色。「いなか」と「いなかくさい」は同じでない。会社の新人類・会社のビョーキ人間。

[第738回]高山シリーズ6回  日下部民芸館4
  日下部民芸館(日下部家住宅)(岐阜県高山市)訪問の4回目です。
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  前回、床の間と床脇・書院を中心として述べましたが、和室には他にも特色はあります。
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↑ これは何かというと、欄間 (らんま)です。「本座敷」と「つぎの間」との間の欄間です。本座敷とつぎの間の2間を続きで使用することもあったのではないかと思いますが、欄間の意匠にも工夫が凝らされています。 〔(株)一条工務店の「ワンパターンなおさ欄間」と一緒ではない・・なんていうのは当たり前として・・・。おさ欄間が悪いということではありませんけどね・・・。〕
※ 《建築用語集 筬(おさ)欄間》http://www.kenchikuyogo.com/105-o/036-osa.htm
《筬(おさ)とは機織りに使う道具で、竹などで櫛状にした縦桟を固定した物をいう。その形が似ていることから、 縦格子や縦格子に2~3本の横桟の入った欄間を、 筬欄間というようになった。書院造りなどで用いられることが多い。 》

  『新感覚の和風住宅』(1985.2.1. 講談社)には、
《 らん(欄)間は、窓や出入口の上部または鴨居と天井との間に小壁部分につくる開口部です。役割は採光、通風、換気などですが、装飾効果もあります。
  もともと神社仏閣やお城などに多い装飾でしたが、桃山時代の書院造りから住宅に使われるようになりました。
  新しい住宅では玄関扉の上部のらん間があり、これは採光が目的ですがからほとんどガラス、部屋の出入口のらん間は採光と換気用ですから回転式や内倒し式の開閉式が多く見られます。
  和室と和室など各室間のらん間は、障子や板に彫刻を施した装飾性の高いものが用いられています。しかし、空間の広がりが得られる反面、部屋のプライバシーがなくなる。暖冷房効果が悪くなるなどの欠点もあり透明ガラスをはめ込む例も見かけます。》
と出ています。
《 らん間を形式から分けると次のような種類があります。
● 板らん間  間仕切りや書院のらん間に用いられ、松竹梅や松に鶴、富士山などを彫刻します。
● 障子らん間  引き違いや一本引きの障子を入れるもので縁側に面してよく使われます。
そのほか組格子らん間おさらん間菱組など。》
と出ている。
  『インテリアコーディネーター ハンドブック 技術編』(1994.1.10.インテリアコーディネーターハンドブック)には、
「第2章 インテリアの歴史」「3.中世」に、
《 次に、天井と建具との間を埋める装置として欄間の発生が指摘できる。
  欄間は、元来は空間を仕切る際の明かり取り意匠として日本に導入され、発達をみたようである。
  しかし、『匠明殿屋集』においても記述はなく、特に中世では筬欄間(おさらんま)竹の節欄間程度で、多様な意匠が展開するのは近世になってから、また住宅ではそれも後期のことである。》 と出ており、
「第2章 インテリアの歴史」「4.近世」では、
《 『匠明殿屋集』では、住宅をつくる際の木割について余すところなく記されているように思われるが、欄間についてはひとこともふれていない。他の公刊木割書もほぼ同様である。欄間は長押の上の小壁につくものであるから、木割としては重視する必要はなかろうが、数寄屋造においては、部屋のイメージを決定づける大きな要素として注目された。
  二条城二の丸御殿や西本願寺対面所などの書院造殿舎においては、欄間に極彩色の丸彫り欄間が入れられている。これも竹の節や筬欄間に比べるとたいへん派手で、西本願寺ではこの欄間にちなんで「鴻の間」と名付けられ、対面所の別称になっている。
  しかし数寄屋造の面皮柱等を用いた住空間には、こうした極彩色の欄間は適合しない。そのため、一枚板を掘り抜く透かし彫り欄間や、障子の組子のように細い桟を組み合わせた抽象的模様のものなどが、好んで使われ始めた。
  妙成寺書院や浄土院客殿では、部屋境ごとに欄間意匠をまったく変えており、浄土寺客殿の欄間は、小堀遠州の好みの模様を用いている。この種の模様は、遠州の伏見奉行屋敷でも多様されたことが知られ、やがていわゆる遠州模様として流行し、先述した醍醐寺三宝院奥宸殿をはじめとして、西本願寺黒書院の棚などの遺構にその例が見られる。
  このように個人の好みが流行した例としては、ほかに尾形光琳のデザインした光琳模様があげられる。これは遠州模様が抽象的図柄であるのに対し、具象的な図柄を描いたもので、建築よりも小袖等の衣装において多くの先例をみせており、主として上方意匠として好まれたらしい。
  このほか透かし彫り欄間の絵柄としては、江戸時代後期では、『富嶽三十六景』(天保2~5<1831~1834>年)や、『東海道五十三次』(天保3<1832>年)などの発刊による旅行ブームによって、日本各地の名所、旧跡等を図案化した模様も好まれた。
  なお建具と欄間は、そのカタログ集ともいえる雛形本で混合して紹介されたので、両者を同一意匠で統一を図ることも行われたようである。》と出ている。

  最近の都市部の住宅においては、なかなか、二間続きの和室というのは設けられない場合が多いのですが、これなど見ると、二間続きの和室を設けると欄間の意匠に工夫を凝らすことができる、というところがあり、二間続きの和室にはそのようないいところがあるなあ・・・などと思ったりします。 日下部家住宅など見ると、高山は飛騨地方の町であり、都市圏か地方かと言えば地方になるのでしょうけれども、↑の欄間など見ても、決して「いなかくさい」という感じはしません。 かつて、福沢諭吉は「『いなかもの』という言葉には2通りの意味がある。『いなかの生まれ』とか『いなかの住人』とか『いなか出身』という意味での『いなかもの』というのは別に悪いことはない。しかし、『精神面が”いなかもの”』というのは、これはいけない」と語ったというのですが、たしかに、(株)一条工務店の展示場なんか見ると、「イナカモンの家」て感じがしないことありません・・・というよりも、1992年に(株)一条工務店に入社して東京展示場(江東区潮見)に配属された年、東京展示場に来場された来場客から、「うわっ、田舎の家みたい!」とか「浜松の人というのはこんな家に住んどるんですかあ」とか何度も言われたし、「うち、浜松で建てるんじゃないですよお」とも言われたし、「一条さんの建物というのは、いかにも、イナカて感じがする」とか、「イナカの匂いがぷんぷんするて感じ」とか、「一条さんはいなかの会社だけあって、何かと、どおてええ~っとしたの、太いでしょおというのが売りですよね。田舎の人はそういうどおてえ~っとしたのがいいのかもしれないけど、うちはイナカで建てるのじゃないから」とか、そういうことをずいぶんと言われたものでした。又、「何かと、太いでしょとか、ムクだムクだとか言い張るあたりが、いかにもイナカて感じがする」とかも言われました。そして、そう言われたと言うと、(株)一条工務店の遠州人は怒るのです。「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と。しかし、「そういうことを言うからいかんのだあ~あ」と言って怒るのならば、言われた人間に向かって怒るのではなく、言った人、即ち、東京展示場などの来場客に怒ってもらいたいのです。「そういうことを言うからいかんのだあ~あ」と。言われた人間に怒られても困るんですよねえ・・・と思うのですが、言った人間に怒るのではなく言われた人間に怒るというのが「遠州人」の特徴だったようです。
  ひとつには、(株)一条工務店の設計担当者のセンスが悪かった、ということだと私は思っています。「私は」というより、わかる人はわかっていたはずです。(株)一条工務店の経営者自身がわかっていたはずなのです。1993年、(株)一条工務店の松戸展示場で、入社1年目の松田(男。当時、20代後半)が来場客からどこの会社だったか、「◇◇の展示場のデザインが気に入ってる」と言われたと話すと、営業本部長で松戸展示場の営業所長を兼任していた天野隆夫(男。当時、40代)が「デザインがいいということは耐久性がないということだ。その点、うちは、耐久性があるんだ」と言うので、その言い方では、まるで、「美人ということは薄命だということだ。その点、うちの娘はブス! ブスもブスもブスブスブス、スーパー高耐久性ブスですから、耐久性がある、ということだ」とか言っているのと同じではないか・・と思った、ということがあった。「たとえ、美人でも体の弱い人では困りますよねえ。その点、うちの娘はスーパー高耐久性ブスですからね。なんといっても、結婚するならスーパー高耐久性ブスに限りますよ」なんて言われて、「そうでんなあ、やっぱり、結婚するなら、スーパー高耐久性ブスが最高でんなあ」・・・なんて思いますか??? 思わんでしょ。「スーパー高耐久性ブス」を称賛する ”一条オリジナルトーク” なんて聞かされたあかつきにはもう・・・、だいたい、「ブスなんて長生きするんじゃねえ」とでも言いたくなりませんか、”一条オリジナルトーク””なんて聞かされたあかつきには・・・。
   それで、日下部民芸館(日下部家住宅)にしても、それ以外の高山市の住宅にしても、見学させてもらって思ったのですが、都市圏で、今、建てるとすると合わない部分というのもあるかもしれないけれども、「いなかくさい」という感じはあまりしないのです。(株)一条工務店が建てている家の方がよっぽど「いなかくさい」のです。なんでか・・? それは、(株)一条工務店の経営者と設計担当者のセンスが悪いからでしょう。「アタマが浜松」だからですよ。(株)一条工務店の名古屋南営業所の所長になっていた近藤路夫から「浜松でいいものは日本全国どこでもいいに決まってるんだ。ムクは絶対にいいんだ。なんでも太いものがいいに決まってるんだ。こんな常識もわからんのかあ」と言われたことがあったのですが、わかってたまるか! こういう人には「『空の一部分は浜松の広さと同じだ』と言うのならそれは正しい。しかし、『空の広さは浜松の広さと同じだ』と言うのならそれは間違っている」と教えてあげたい気持ちになるのですが、それを言うと怒りますから、怒る人に教えてあげる必要はないし、なにもそこまでお人よしになる必要はないでしょう。なにしろ、彼らは「空の広さは浜松の広さと同じだ」と信じていたいのですから。
  私は思うのですが、「地方にある家」と「いなかくさい家」は同じではないと思うのです。金沢市の成巽閣だって、地方にあっても「いなかくさい」ということはありませんよ。たとえ、「地方」にあっても、「あか抜けている家」というのはあるのではないか。福沢諭吉が「『いなかもの』という言葉には2通りの意味がある」と言ったというように、「いなかの家」にも、「イナカモンの家」というのと「いなかにあるけれども、あか抜けている家」があるのではないか

  (株)一条工務店の名古屋南営業所の所長だった近藤ローオは「なんでも、太いのがいいに決まってるんだ! こんな常識もわからんのかあ!」とひとに怒鳴りつけるのですが、わかってたまるか!  桂離宮であったり、あるいは、横浜市の三渓園にある臨春閣であったりでは、決して、「何でも太いものがいいに決まってるんだあ」などという考え方はとっていません。「数寄屋造り」とはどういうものを言うのかというと、「桂離宮のような」と答える住宅屋の営業が多いのですが、それなら「桂離宮とは」というと「数寄屋造りの代表」という答えが返ってくる。それなら「数寄屋造りとは」というと「桂離宮のような」で、そういうのを「論理学」では「トートロジー」「同語反復」と言います。ちっとも説明になってないのですが、どうも、その「数寄屋造り」というのをきっちりと説明するというのは難しいようで、かなり、いいかげんな使い方が現実にされているようです・・・が、そのかなりいいかげんな用語の使い方がされている「数寄屋造り」においては、和室において長押を省略したり、あえて、細いものを使用したりしているのです。決して、(株)一条工務店の近藤ローオさんみたいに「何でも太いものがいいに決まってるんだあ。こんな常識もわからんのかあ!」などという考え方は取っていないのです。どうも、「遠州人」というのは、わけのわからんことを叫ぶのが大好きみたいです。
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↑ は、日下部民芸館(日下部家住宅)の「かずき」という部屋だったと思うのですが、長押にしても、必ずしも、「太いものがいいに決まってるんだあ」という近藤ローオさんの考え方は採用していないみたいです。 畳敷の部屋(「和室」という言い方をすると、床は板の部屋は「洋室」なのかというとそうではなく、板張りの部屋も「洋室」ではないので、「畳敷の部屋」とここでは表現します)でも、「本座敷」「つぎの間」「仏間」「くちの間」では長押がまわっていましたが、それ以外の和室では長押はあえて細いものになっていたと思われます。それは、「本座敷」「つぎの間」「仏間」「くちの間」の部分が畳敷の部屋としては格のある部屋という意味付けもあるでしょうけれども、片方で、「おいえ」「なかのおいえ」「台所」や「なかのどうじ」(「ろじ」)の上の架構は、太い木を使って「魅せる」ということをしていますが ↓、
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和室の長押などは常に特に太いものを使おうという考え方はない、ということもあるのではないか。床柱も、本座敷の床の間の床柱は角柱で他の部屋の床柱は丸柱という違いはつけていますが、本座敷の床の間の床柱も一般柱と同材で同寸法のものを使っています。細いものを使った部屋でも、それはそれで、魅力的な部屋にする工夫はできるわけであり、「何でも太いものがいいに決まってるんだ」という考え方はしていないと思われます。「何でも太いものがいいに決まってるんだあ」というのは「遠州人」の考え、「遠州好み」・・、古田織部が好んだという意味の「織部好み」と同様の小堀遠州が好んだという意味の「遠州好み」ではなく、「遠州人の好みにあった」という意味の「遠州好み」だと「何でも太いものがいいに決まってるんだあ。こんな常識もわからんのかあ」ということになるようですが、日下部民芸館(日下部家住宅)を担当した棟梁の川尻治助はそうは考えなかったようです。
・・・ちなみに、「本当にあった笑える話」に掲載されている読者投稿の話を題材にした漫画によると、女性は、ち〇ぽ も「太いものがいいに決まってるんだあ」と「遠州人」みたいなことは考えないみたいですね。・・ついでに、桜木さゆみ さんの漫画によると、仮性包茎は、ちん〇風船やって楽しめる♪ というので、今、女性に大人気♪ だそうな(^^♪

  本座敷の長押の上に見えるのは ↓ 、
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↑ 「釘隠し」です。 日下部民芸館(日下部邸)では、本座敷の西側の広縁の釘隠しは本座敷の釘隠しとはまた別のものが使われています。↓
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↑  我が家の真壁和室の長押なんて、何もついてないのですが、長押を接着剤でつけたのか、フィニッシュという釘アタマのない釘を使っているのか、最近の家の和室では真壁和室でも長押に「釘隠し」がない家が多いのですが、こういう「釘隠し」を見ると、長押を釘を使わずにとめることができたとしても、釘隠しをつけてみたい気持ちになったりしますね。
  高山陣屋の釘隠しは ↓
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↑ 《「真向兎」の文様をあしらった釘隠し。》《 火事が多かった江戸時代に、魔除けの象徴である兎に、火除けの願いを込めたともいわれる。》(『楽楽 飛騨高山・白川郷・上高地』2014.4.15.JTBパブリッシング )というのですが、日下部家住宅の釘隠しもなかなかのものです。
  それぞれの意匠を見ると、単に釘を隠すだけではなく、それぞれの特色があるのがわかります。

  仏壇というのはどこに配置するべきか。日下部家住宅では、床の間と床脇棚・付書院のある本座敷の右側(東側)に仏間が配置されています。↓
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↑ 奥に床の間がある「本座敷」と、奥に仏壇が配置される「仏間」が東西に並んでいて、本座敷の手前に「つぎの間」、仏間の手前に「くちの間」があります。
  仏壇を板張りの部屋に配置して悪いということはないし、洋室に仏壇を置いて悪いということもないとしても、一般に仏壇は和室に設けることの方が多いでしょうけれども、和室を何部屋も確保できるのならいいのですが、そう何部屋も確保できない場合、仏壇はどこに配置すべきか。床の間と仏壇を並べてよいのか。和室が1室しかない都市圏の住宅においては、仏壇は置きたいが床の間も欲しいとなると、同じ部屋に床の間と仏壇を配置するということはあるようです。しかし、(株)一条工務店で福島県いわき市の営業所にいた時、お客様から「仏壇を床の間を同じ部屋になんて置くかしら・・」と言われ、あれ・・・と思い、考えたのですが、2間続きの和室を設けることができるならば、片方に床の間、他方に仏壇ということになるのではないでしょうか。都市圏において、それほど広い家が建てられない、和室は1室しか設けられないという場合には、そんなこと言ってられない、ということはあるでしょうけれども。
  仏壇は、その和室のどちらよりに置くべきものか。左寄りがいいのか右寄りがいいのか。日下部家住宅においては、本座敷の右側の部屋で、その部屋においては中央に配置されています。飛騨の里の「旧 田中家住宅」(現 高山市冬頭町 にあった民家で、国学者田中大秀が現 高山市中切町 から移築したもの。中切村で建てられたのは17世紀末か18世紀初めと考えられる。)の仏間も「でい」という「ざしき」といっても板張りの部屋の奥の「ぶつま」の中央に配置されており ↓ 、
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「旧 若山家住宅」(現 高山市荘川町字下滝、かつての荘川町北部にあった家で、白川村と接する位置にあったことから、両地区の民家の特徴を併せ持った合掌造りの家。御母衣ダムの建造で水没することになったことから寄贈された。1751年の建造と言われる。)の仏間も「すえのでい」という「座敷」(ここでは畳敷き)の置くの「なかのでい」という部屋の中央に配置されていました。 ↓
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  飛騨の里の旧田口家住宅の仏壇でも、「でい」という8帖の畳敷きの部屋の北の横に長い4帖の畳敷きの部屋の中央に仏壇は配置されています。↓
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旧田口家は、現在の行政区画では下呂市金山町卯野原 という飛騨では南西部にあった代々庄屋を勤めた家だそうで、1809年(文化6年)に建てられた家だそうです。 代々庄屋を勤めた家だけあって立派な仏壇ですが、旧田口家もまた、部屋の左か右か中央かというと、中央に仏壇は配置されています。
  旧田中家住宅は17世紀末か18世紀初め、旧若山家住宅は18世紀中ごろ、旧田口家住宅は19世紀初め、日下部家住宅は19世紀後半の建築ですが、いずれも、それぞれ、仏壇が置かれる部屋の中央の位置に仏壇が配置されていましたが、飛騨地方においては、仏間の中央に仏壇は配置するのでしょうか。

( ↑ 高山市 飛騨の里。 )

  仏壇の右手前に置かれているのは、「たちつぶら」と言って、赤ん坊が歩行ができるようになったという頃の子供を入れて、動き回らないようにする飛騨地方独自の育児用具だそうです。 私は上の姉と少々歳が離れていたので、上の姉の子供の頃というのを知らないのですが、上の姉は、今になって、子供の頃、「犬みたいにひもで柱にくくりつけられていた」などと文句を言うのですが、2つ年下の妹ができた母としては、そうでもしないと育てられなかったのかもしれません。そういう際に、この「たちつぶら」というものがあれば、「犬みたいに」ひもで柱にくくりつけなくてもよかったわけです(^^)/。 母としてはやむをえなかったのかもしれませんが、それでも、姉としては「犬みたいにひもで柱にくくりつけられていた」というのは屈辱だったらしいのですが・・・、しかし、姉は自分に娘が産まれた時、自分が何かやりたいことがあった時にどうしていたかというと、いつでも、「ちょっと、この子、抱いてて」といって私の膝の上に姪を乗せて、何かしていたのですから、いわば、私が姉にとっての「たちつぶら」であったわけで、「犬みたい」にされたとそう文句言えるものでもないような気もしないでもありません・・。姉にとっては便利な「たちつぶら」が我が家にはいたわけです・・・(^^)/

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  ↑ 1階から2階への階段は2か所あり、片方は2階の畳敷きの2室の間に上がることになるのですが、階段を上がりきったスペースもまた、畳敷きになっています。 最近の家では、たとえ、和室が多い家でも、廊下・ホールといった部分は板敷きのものが普通になっていますが、日下部家住宅では、「おいえ」「なかのおいえ」から「くちの間」を経て「つぎの間」「本座敷」「仏間」に至る途中の部屋「とおり」も畳敷きですし、「おいえ」から階段を登っていった両側に畳敷きの和室がある今でいう「階段ホール」部分を畳敷きにしており、このあたり、今の家においても取り入れられるものではないかと思います。板敷きに比べて痛みやすいかもしれませんし、階段が板張りであると、スリッパを履いている場合、スリッパはどこで脱ぐのかという問題もあるかもしれませんが。

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  ↑ 階段の登り口には、2か所とも、建具の溝があります。そういえば、私が子供の頃、住んでいた、戦後すぐか「終戦」前なのかに建築された家も、階段の登り口には建具(引き戸)がありました。かつては、2階はプライベートなスペースで、2階への入口は他人には見せないものだったのでしょうか。

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  ↑ 2階窓から見た、東よりの庭の木です。 温暖地に住んでいる者が、スキーやりに行くわけでもないのに、冬に自分が住んでいる所より寒い場所にわざわざ行くことないだろうと思う人もいるかもしれませんが、そうでもない。高山の雪景色は悪くありません。窓を通して見る雪景色も悪くありません。
 ・・・今は昔、1993年、(株)一条工務店に私が入社2年目にさしかかった時、名古屋南営業所の所長だった近藤ローオさんという人(男。当時、50代?)が「最初に一条工務店の構造段階の建物の工事現場に行って、まず、ぱっと見てどう思った?」と私に訊くので、「これなら、悪くないのではないかな、と思いました」と答えたところ、「『悪くない』とは何だあ! どうして、『このうえもなくすばらしい』と言えんのだあ~あ!」と怒り出した、ということがあり、そもそも、「悪くない」という表現は気に入らない、「このうえもなくすばらしい」と言え! などというのは、それは表現にいちゃもんをつけているだけであり、「この人、ビョーキと違うのかな」と思ったもので、「ビョーキの人の戯言を聞かされるために、忙しい中を無理して東京から浜松まで行かされるというのは、それは(株)一条工務店は会社として、そういう態度・対応はいかんのではないか、と思ったものでした・・・が、「ビョーキと違うのかな」の「ビョーキ」という言葉は、その時は比喩のつもりでしたが、最近、そうではなく、あの人は本当に「精神医学」上の「病気」だったのではないのか、「ほとんどビョーキ」という意味の「ビョーキ」ではなく、なんとか型認知症とかそういう「病気」だったのではないか・・という気がしています。

  次回は、日下部民芸館5 榑葺屋根と金属材屋根。「金属屋根+雪止め+樋」の家。頑丈なアーケード。高山駅の平な屋根。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_4.html

  (2020.2.16.)

☆ 高山シリーズ
☆高山シリーズ第6回 2020年
1.雪山が車窓から見える東京から高山へのバス。長良川が見える高山から大阪へのバス。https://shinkahousinght.at.webry.info/202001/article_5.html
2.日下部民芸館1 吉島家住宅に比べて「男性的」とは? 「せがい造」とは? https://shinkahousinght.at.webry.info/202001/article_9.html
3.日下部民芸館2 床の間と付書院。付書院は床の間のすぐ横からか手前からか。付書院部分の広縁はどうなるか。縦格子は良くても横桟は不衛生・・て飲食店経営者はわからんのか? https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_1.html
4.日下部民芸館3 7か所それぞれ特色のある日下部民芸館の床の間。廊下が垂直に交差する部分の床板の施工 https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_2.html
5.日下部民芸館4 〔今回〕
6.日下部民芸館5 榑葺屋根と金属材屋根。「金属屋根+雪止め+樋」の家。頑丈なアーケード。高山駅の平な屋根。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_4.html
7.日下部民芸館6 雪景色の庭と雪のない庭。和風も考えられるシャンデリア。棟木の丸太梁。思いのほかごつい土蔵の扉。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_5.html
8.日下部民芸館7 飛騨地方の神棚は、その下を通るのが一般的なのか。及、施主の希望を無視して神棚もどきをつけた(株)一条工務店の東京の営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_6.html
9.吉島家住宅1 杉玉があるのが吉島家。じっくり見ると日下部家住宅より「女性的」かもしれない・・かな。卯建と似てるが異なる火垣。男が雪かきすると部屋中に入って座ってコーヒー飲む「おばさん帝国主義」。
https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_7.html
10.吉島家住宅2 「女性的」は架構でけでない。床の間。長押が床脇の内部まで周っている床脇。みやびな色の釣り床。 https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_8.html
11.吉島家住宅3 「茶室風」「数寄屋風」「京風」な感じが全体に感じられる吉島家住宅。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_9.html
12.高山別院の方の光曜山照蓮寺。 農家の家の部材を利用して建築した庫裏。高山風を考慮した耐震補強。落雪注意と水道管の断熱材は寒冷地を思わせる。三流以下企業の経営者は普通ならわかるだめな原因を理解しない。他。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_10.html
13.高山別院でない方の光「耀」山照蓮寺。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_11.html
14.護国神社+『まれに見るバカ女との闘い』、雪かきする女性に敬意を表したい。 https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_12.html
15.筏橋、中橋、「高山の夜」碑、山岡鉄舟立像、高山陣屋 https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_13.html
16.高山駅から飛騨の里までの前半。西小学校、苔川。「木の国 飛騨」「古い町並み 高山」を売りにしつつ「新しい木質建材」も利用。 https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_14.html
17.高山駅から飛騨の里までの後半。飛騨民俗村から文学の小径を通り、飛騨の里へ。https://shinkahousinght.at.webry.info/202002/article_15.html
18.飛騨の里1-凍った五阿弥池と鳥。六地蔵、馬頭観音。不明な動物。「子供」を名分に定時に帰りオットと妊活やって3人目産んだ女とそのオットに殺された水子を供養する。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_1.html
19.飛騨の里2-旧田中家住宅。土間の「おえ」、板貼りの「でい」。「捕手の力」を無視する営業本部長。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_2.html
20.飛騨の里3-旧若山家住宅(1)迫力ある巨大な合掌造。「えん」はベランダ? ではないが・・。「まやどうじ」「こうまや」「どうじ」「えん」。命名にセンスのない経営者の会社。 https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_3.html
21.飛騨の里4-旧若山家住宅(2)「おえ」「すえのでい」「なかのでい」。仏間と神棚。「やったことない」ことはできるか? https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_4.html
22.飛騨の里5ー旧若山家住宅(3) だいどこ・うすなか・みんじゃ・ちょうだ。「水屋」には3通りの意味があった。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_6.html
23.飛騨の里6ー旧若山家住宅(4) 荘川村様式の合掌造の特徴とは。「せがい造」とは。上座・下座ができてしまう「和風」の家。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_7.html 
24.飛騨の里7ー旧田口家住宅 縁側の内側に雨戸、長方形の囲炉裏、続き間にできる柔軟性のある間取り。奥に仏間のある部屋の右手に床の間。「両親が離婚した」などと自慢する高校教諭ははた迷惑。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_8.html
25.飛騨の里8ー旧吉真家住宅 入母屋の妻面を大きく取る萱葺の家。車田。雪をかぶった山脈がきれい。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_9.html
26.高山の町並にて(1)—「和風のドーマー」は違和感なく存在する。高山警察署は新社屋にて営業中。重要伝統的建造物群保存地区の周囲に「市街地景観保存区域」を設定する高山市の姿勢を評価する。用途地域の趣旨を踏みにじる千葉県習志野市の態度は不適切。千葉工大名誉教授山本明氏の権威主義を笑う。 https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_10.html
27.高山の町並にて(2)—高山の雪景色・無人の駅前交番・さるぼぼ・冬ならでは、吊るされた柿。入居者が引越する日に中を見せろと言う非常識な営業を指導しない所長。「指名手配犯」と似ている男というのは通報すべきか否か・・ https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_11.html
28.高山の宿泊施設。 最新のホテルは、もう一回り低い高さにできないか。浜松に本社のチェーンは利用に抵抗を感じる。フィレオフィッシュはミラノにもパリにも高山にもある。研修に一人だけ遅刻してきて平気な浜松営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_12.html
29.高山の食堂数か所。飛騨牛重は後で「食べた」感が出てくる。降雪時、平湯付近の道路は雪が積もる。保護義務違反の会社に尽くしたバカの話。https://shinkahousinght.at.webry.info/202003/article_13.html

☆ 高山シリーズ第1回 2013年
上 [第202回]飛騨天満宮、松本家住宅他http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_7.html
中 [第203回]「天神」考察。居酒屋はいいかげんhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_8.html
下 [第204回]高山市の白山神社。高山市役所http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_9.html 

☆ 高山シリーズ第2回 2014年
(1)国府町村山天神参拝(1)上枝駅から宮川沿い http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_2.html
(2)同(2) http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_3.html
(3)同(3)浸透桝で雨水処理 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_4.html
(4)あじめ峡、あじか、廣瀬神社、国府小学校http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_5.html
(5)国府大仏、阿多由太神社http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_6.html
(6)飛騨国府駅周辺。「耳付片流れ屋根」http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_7.html
(7)松本家住宅上・ヒラノグラーノhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_8.html
(8)松本家住宅下・宮地家住宅上http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_9.html
(9)宮地家住宅下・平田記念館 https://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_10.html
(10)飛騨民族考古館1 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_11.html
(11)同2 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_12.html
(12)同3 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_13.html
(13)同4 喫茶ばれん、質屋の入口から逃げる裁判官 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_14.html
(14)飛騨高山まちの博物館 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_15.html
(15)東西反転プランでは玄関だけ移動するのかhttp://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_16.html
〔(16)~(20)の前提、権威主義的パーソナリティーの「デザイナー」が「建築家」の名前で敬意を表した慶應日吉(新)図書館について http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_17.html 〕
(16)高山の町家で曲がった松をわざわざ柱に使用するか? 1 JR日光駅はライトの設計でなければ価値はないか? http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_18.html
(17)同2 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_19.html
(18)同3 マーケティング的発想のない店 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_20.html
(19)同4 店のコンセプトが理解できない建設部長 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_21.html
(20)同5 「酒が飲めない人にも飲める酒」を勧められない「日本酒ソムリエ」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_22.html 
(21)飛騨総社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201409/article_23.html

☆高山シリーズ第3回 2015年
1.藤井美術民芸館  http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_1.html
2.高山陣屋[1]床の間、釘隠し・・ http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_2.html
3.高山陣屋[2]白洲、土縁庇・・ http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_3.html
4.高山市政記念館 http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_4.html
〔番外 宮川にかかる欄干に加圧注入木材使用の橋と 防腐防蟻剤について。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_5.html 〕
5.桜山八幡宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_6.html
6.桜山八幡宮 摂社 天満神社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_7.html
7.山桜神社、古い町並美術館、手長足長 http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_8.html
8.宮川交番、高山警察署、高山市役所 他 http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_9.html
9.飛騨国分寺、「和風ドーマー」、二重サッシ他 https://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_10.html
10.新宿‐高山のバスの予約をインターネットで「後部」を希望すると。「労災」のおかげで歩行困難にされた話  http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_11.html

☆高山シリーズ第4回 2016年
1.日の出天満神社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_13.html
2.大八賀神社 https://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_14.html
3.東山遊歩道(1)高山別院照蓮寺から東山白山神社へ http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_15.html
4. 〃 (2)東山白山神社・大雄寺 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_16.html
5. 〃 (3)雲龍寺・久昌寺・栄鏡院 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_17.html
6. 〃 (4)洞雲院・素玄寺 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_18.html
7. 〃 (5)東山神明神社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_19.html
8. 〃 (6)天照寺・法華寺 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_20.html
9. 〃 (7)善応寺1.本堂 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_21.html
10.〃 (8)善応寺2.地蔵堂 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_22.html
11.〃 (9)宗猷寺 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_23.html
12.〃(10)町年寄川上家別邸跡 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_24.html
13.煥章館と煥章館2階から見た東山 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_25.html
14.十六銀行 高山支店、早朝は無人の安川交番 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_26.html
15.新装「高山駅」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201610/article_27.html
16.片流れ屋根のモデルハウス http://shinkahousinght.at.webry.info/201611/article_4.html

☆高山シリーズ第5回 2017年
1.内田康夫『風の盆 幻想』と巡る高山(1)喫茶店「ロスト」を探す http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_5.html
2. 同 (2)高山ラーメン https://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_6.html
3. 同 (3)「K病院」http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_7.html
4. 同 (4)高山市役所 http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_8.html
5.旧 野首(のくび)家住宅 http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_9.html
6.旧 新宮村 郷倉 ほか http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_10.html
7.山岳資料館(旧 高山測候所)、飛騨民俗村とは http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_1.html
8.飛騨合掌苑 http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_2.html
9.「飛騨民俗村 文学散歩道」http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_3.html
10.飛騨高山美術館 http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_4.html
11.名古屋から高山へ「ワイドビュー飛騨」http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_5.html
12.高山駅から飛騨民俗村へ[上]http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_6.html
13. 同 [下]http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_7.html
14.新上野橋から三福寺橋、山小屋て、なぜ洋風なの? http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_8.html
15.「旧 吉城郡細江村の民家」(熱田神宮内) http://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_9.ht
インテリアコーディネーターハンドブック 技術編 - インテリア産業協会
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お墓・仏壇のまつり方 (ゴマブックス) - ひろ さちや
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精神医学の神話 (1975年) - 河合 洋, T.S.サズ
精神医学の神話 (1975年) - 河合 洋, T.S.サズ
↑ トマス=サズ『「精神医学」という神話』(岩崎学術出版社)
保安処分 (三一新書 952) - 青木 薫久
保安処分 (三一新書 952) - 青木 薫久
↑ 青木薫久『保安処分—解体へのみちすじ』(三一新書)など読むと、何でも「病気」扱いして、支配者が考える「正常」の状態に国民を「治療」と称して加工しようという「精神医学」の流れというのは実に恐ろしいものであり、国民としてそういった流れには反対せざるをえませんが、しかし、片方で、「ビョーキと違うのか」と思えるような人というのは職場にけっこういるわけであり、たとえば、(株)一条工務店の名古屋南営業所の所長の近藤なんとかさんなどは実際のところ、座敷牢に入ってもらった方が従業員としてはありがたかったし、「この人、ビョーキちゃうかあ」と思われるような発言を現実にしていたのであり、小堀住研(株)に富士銀行から出向で来て、住宅建築業の経験なんてまったくないのに「常務取締役」「東部営業本部長」にならせてもらっていた増田和二なども従業員の間では「頭、ぼけてる」と言われていましたが、座敷牢に「入院」してもらった方が従業員にとっては助かった。1989年7月に小堀住研(株)の千葉支店長にならせてもらった渡邊士直は「俺は支店長で、支店長は会社の女である限り誰であれ尻をなでまわす権利があるんじゃ。俺は中島社長から会社の女の尻をなでまわす権利を認められとるんじゃあ。俺は今後とも間違いなく会社の女の尻をなでまわすが、それは中島社長から許可されとるんじゃあ」などと大声で叫んでいましたが、「渡邊さんの場合は信念もってやってる」と言われていた渡邊士直さんの場合は「保安処分」のひとつとしての「断種処分」でも受けていただいた方が世のため人のためではないのか・・という感じがします。なにしろ、本人が「俺は今後とも間違いなく絶対に会社の女の尻をなでまわす」と宣言していたのですから。 

"日下部民芸館4-欄間・釘隠し・仏間、魅力的な窓からの雪景色。「いなか」と「いなかくさい」は同じでない。会社の新人類・会社のビョーキ人間。" へのコメントを書く

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