中村家住宅(浜松市西区雄踏町)見学【1/6】浜松IC・浜松西ICから中村家住宅まで。長屋門。茅葺と瓦葺のミックスの屋根。主屋の前後にきれに咲く桜。

[第830回]
  かつて、静岡県浜名郡雄踏町(ゆうとうちょう)だった町が、2015年7月に「平成の大合併」でいくつもの町村が浜松市と合併した時に浜松市西区の一部になった。 その浜松市西区雄踏町(ゆうとうちょう)宇布見(うぶみ)4912ー1  に重要文化財に指定されている「中村家住宅」がある。
  宇布見(うぶみ)とは変わった地名のようにも思うが、中村家住宅で購入した 浜松市西区役所 まちづくり推進課・浜松市市民部 文化財課 編集で、浜松市西区役所 まちづくり推進課 発行の『【国指定】重要文化財 中村家住宅』によると、現在では「浜松市西区雄踏町(ゆうとうちょう)宇布見(うぶみ)」、2005年に浜松市と合併する前は「浜名郡雄踏町(ゆうとうちょう)」と「ゆうとう」と読んでいるが、《「雄踏」(ヲフミ)の地名も、平安時代の百科事典である「倭名類聚抄(わみょうるいじゅうしょう)」に見え、伊場遺跡からは「烏文」(ウフミ)と記された天平七年(735年)の木簡が出土しています。》と出ており、又、《ウィキペディアー雄踏町》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%84%E8%B8%8F%E7%94%BA にも《 町名は『和名抄』に「雄踏郷」として現れるなど古来からの地名。1889年(明治22年)の雄踏村成立に当たり、従来「おふみ」と訓読みしていたのを音読みの「ゆうとう」に改めた。》とあり、「雄踏」はかつては「オフミ」と読んでいたらしく、 「烏文(うふみ)」「雄踏(おふみ)」「宇布見(うぶみ)」のルーツは共通したものの可能性が大きそうです。
  現在では、かつて浜名郡雄踏町・浜名郡舞阪町だった所は浜松市西区の一部となり、浜名郡新井町だった所は湖西市になっていますが、かつては雄踏町・舞阪町と新井町は浜名郡と浜名湖南部の東西の町が浜名郡だった。 新幹線に乗ると弁天島付近というのは、なんだか海の上を走っているみたいな感じで「大丈夫かいやあ」て感じで幸いなことに今まで新幹線で通った時に水没したことはないのだけれども、弁天島がある場所は浜名湖と太平洋の境目ではなく浜名湖の中で、それよりも南側に東西から砂洲が伸びているのが切れている部分があって「今切口」と言うようだ。今では浜名湖は太平洋と一部分がつながっている汽水湖と誰もが知っているけれども、歴史を遡ると太平洋とはつながっていなかった時期もあったらしく、浜松市西区役所 まちづくり推進課・浜松市市民部 文化財課 編集・浜松市西区役所 まちづくり推進課 発行『【国指定】重要文化財 中村家住宅』に
《明応7年(1498年)の大地震による津波によって今切口が生じ、浜松へ行くのに浜名湖西岸から歩いていくことができなくなり、宇布見(うぶみ)あるいは佐鳴湖(さなるこ)北端の小藪へ行く湖上水運が重視されるようになりました。(今切口の発生には、明応8年の暴風雨・津波、あるいは永正7年(1510年)の高潮も影響したとする説があります。)》
と出ていますが、15世紀もしくは16世紀頃に今切口ができて太平洋とつながったらしい。それまでは舞阪町と新井町はひとつづきの場所だったようだ。
  楠原祐介『この地名が危ないー大地震・大津波があなたの町を襲う』(2011.12.20.幻冬舎新書)にも、
《 静岡県西部の旧・国名、遠江の起源は、滋賀県の琵琶湖を「近つ淡海(あふみ)」と呼んだのに対し、浜名湖を「遠つ淡海」と呼んだことに由来する。このことから分かるように、古代には浜名湖は海とは切り離された淡水湖だった。
  なお、近江・遠江の国名語尾に「江」の字を当てるのは、和語の地名用語ヱが動詞ヱル(彫)の語幹のヱで、「大地を彫り込んだ地形」すなわち川や入江や湖沼など凹型の地形を「ヱ」というからである。
  ところでこの浜名湖は、室町時代の明応7年(1498)旧暦8月、推定マグニチュード8.2~8.4の東海大地震・大津波によって現・浜松市西区舞阪町と浜名郡新居町の境をなす今切(いまぎれ)口がぽっかりと開口し、遠州灘と湖面が繋がって現在のような入江状の汽水湖になった。・・・》
と出ている。
この地名が危ない (幻冬舎新書) - 楠原 佑介
この地名が危ない (幻冬舎新書) - 楠原 佑介

  中村家住宅がある浜松市西区雄踏町宇布見(うぶみ)という場所は、浜名湖を地図で見ると手のひらを広げたような形をしていて何本かの指のように入江が伸びているのだが、宇布見の南側にはその一番東よりの入江が伸びていて、中村家住宅の南側のあたりも東西に入江が伸びている。この入江はさらに北東に川なのか湖の一部なのかが伸びて佐鳴湖につながっている。
  地図で見ると浜名湖に近い湿地帯なのか・・という感じにも見えるが実際に中村家住宅のあたりに行ってみると、今現在は付近は別に湿地帯ということはない。

  中村家住宅への行き方だが、鉄道の駅としてはJR東海道本線「舞阪」駅が最も近い。
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( ↑ JR東海道本線「舞阪」駅 北口。 )
  JR「舞阪」駅付近は、かつては浜名郡舞阪町と浜松市が入り組んでいた場所だったが、今では両方が浜松市西区になっている。JR東海道本線「舞阪」駅の北口を出て東に進み、「駅北入口」という交差点を左折。県道49号(細江舞阪線)を北に進み、宇布見橋という橋で細くなっている浜名湖を横断して県道49号と県道62号(浜松宇布見線)が西と東に分かれ、正面の道は県道325号(宇布見浜松線)となり、それを進み、最初の信号のある交差点を右折して進むと、右手(南側)にJAがあり宇布見郵便局があるのを通り過ぎ、信号がある交差点の南側に「中村家住宅」と書かれた案内板があるので、そこを右折して南に進むと、右側に中村家住宅がある。 「舞阪」駅から中村家住宅は近くはないが、そんなに環境が悪い場所ではないので歩いて行こうと思えば歩けないこともない。中村家住宅でもらったリーフレットによると「徒歩20分」と書かれているが、今回、私はクルマで行き、歩いていないが、そんなものか。
  中村家住宅でもらったリーフレットによると、「宇布見領家」というバス停があり、そこから1分らしい。浜松・浜名湖大好きネット 中村家住宅 https://hamamatsu-daisuki.net/search/area/are-west/post-396.html によると、浜松駅の北口から「宇布見(うぶみ)」行きのバスがあって、その途中に「宇布見領家」バス停があるらしい。
 
  クルマで行く方法だが、高速道路のインターチェンジとしては東名高速道路の「浜松西」インターチェンジが一番近いと思われ、「浜松西」インターチェンジで高速道路を降りて右折、県道65号(浜松環状線)を南西に進むと、「南九領橋」と言い右前(南東)側にイオンがある交差点があり、そこを右折し西に進み、信号がある交差点で右側の細目の道に進むと、右手(北側)にクリエイトエスディー という薬店、ウェルシア浜松雄踏店があるのを通り過ぎたあたりの信号がある交差点の南側に、中村家住宅の案内看板があるので、そこを左折し南に行くと右手に中村家住宅の駐車場がある。 地図を見ると走りやすそうな県道という感じに見えるが、実際に走ってみると、「浜松西」インターチェンジから南東にイオンがある「南九領橋」交差点付近まではけっこうかかる。

  今回は、「浜松西」インターの東の「三方原」スマートインターチェンジの東の「浜松」インターチェンジで降りて、県道65号(浜松環状線)から国道1号(浜松バイパス)を通り、中田島砂丘に立ち寄ってから中村家住宅の方に来た。
  今現在は、浜松バイパスを国道1号と言っているが、かつてはこれより北の道のどれかが国道1号だったのではないか。
  現在の国道1号(浜松バイパス)を中田島砂丘の北のあたりから西に進むと、(株)一条工務店が南側、浜松市中区倉松町4040 にあったはずの「倉松」という交差点を通るが、(株)一条工務店の浜松市中区倉松町の本社や工場があったあたりは、今もかつての建物がいくつかあって「一条工務店」という看板は立っているものの人影はなく、(株)一条工務店のホームページhttps://www.ichijo.co.jp/ を見ると、浜松市でも 静岡県浜松市西区大久保町1227-6 という浜名湖と佐鳴湖の真ん中あたりの浜松技術工業団地の中に引越したらしい。東日本大震災による東北地方の津波の被害を見て、海に近い倉松町4040 では危ないと思って内陸部に逃げたということか・・・。地図を見ると、浜松技術工業団地には皆さまおなじみの「夜のお菓子」うなぎパイ本舗の工場もあるようだ。春華堂とうなぎパイ本舗 はどう違うのかと思って、《ウィキペディアー春華堂》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E8%8F%AF%E5%A0%82 を見ると、有限会社 春華堂 の子会社が(株)うなぎパイ本舗 らしい。

  浜松市中区倉松町のかつて(株)一条工務店があったあたりの北側を国道1号(浜松バイパス)を西に進むと、左手(海側、南側)に総合水泳場があり、それを過ぎたあたりに「篠原」インターチェンジという所で国道1号は高架になって南西に進み、国道301号が分かれて西に進む。 その国道301号を西に行くと、「坪井町」という交差点があり、ここを右折して県道65号(浜松環状線)を北に行き、とびうお大橋という橋で浜名湖の細く東に伸びた入江を越えて、イオンの北西の「南九領橋」交差点を左折しても中村家住宅に行けますが、今回は、「坪井町」交差点より西の「馬郡(まごおり)」交差点を右折して県道49号(細江舞阪線)を北に行くことにしました。
  「馬郡」は「うまごおり」ではなく「まごおり」と読むようです。「馬郡(まごおり)」交差点を右折して県道49号(細江舞阪線)を北に進みますと、道が上り坂になって高い位置で橋のようになっている所に行きますが、これは浜名湖を超える橋ではなく、JR東海道本線を超えるもので、そのすぐ北に「駅北入口」交差点があって、これを左折して西に行くと左手(南側)にJR「舞阪」駅があります。 「駅北入口」交差点をそのまま北に進むと新幹線の高架をくぐりさらに進むと、東に細く伸びる浜名湖の一部分を宇布見橋という橋で越えます。↓
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( 宇布見橋 から西側を見た 浜名湖。)
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( 宇布見橋から東側を見た 浜名湖。)
  地図を見ると、宇布見橋の西のあたりには、鰻の養魚場・スッポンの養殖場があるようですが宇布見橋でクルマの窓からは見えません。

  「宇布見橋北」交差点と思われる交差点で、県道49号(舞阪細江線)は左に(西に)行き、東には県道62号(浜松雄踏線)が進み、正面の道はそれまでよりいくらか細い県道325号(宇布見浜松線)となりますが、正面に進みます。 途中、県道325号(宇布見浜松線)は左に折れるようですがそのまま正面に進み、信号がある交差点を右折します(東に曲がります)。 東に進むと、南側にJAがあり、さらに進んで宇布見郵便局の前を過ぎると信号がある交差点があり、交差点の南側に、中村家住宅の案内看板が出ています。「この道でよかったのかなあ」と不安に思いながら走っていると案内看板を見過ごして通り過ぎますが、JAの北、宇布見郵便局の北の道でいいのだと確信もって、信号の南の案内看板を探すと見つかります。↓
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( ↑ 北側の道から中村家住宅へ入る信号がある交差点の案内看板。 右向こうに見えるのが中村家住宅です。)
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  ↑ 中村家住宅に入る信号がある交差点の付近から西を見たもので、左側に見えるのが宇布見郵便局です。西から来た場合は宇布見郵便局を過ぎればすぐの信号がある交差点を右折、東から来た場合にはウエルシア雄踏店を通り過ぎて、宇布見郵便局の手前の信号がある交差点を左折することになります。

  北から南に入るとすぐ右手(西側)に中村家住宅の駐車場があります。↓
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  駐車場の道を隔てた南側が中村家住宅です。



  中村家住宅は現在は東側の長屋門から入ります。↓
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  中村家住宅では、主屋が国重要文化財に指定されていますが、他に、↑ の長屋門は浜松市指定文化財 に指定されているそうです。

  中村家住宅は農家かと思っていたのですが、中村家は、源頼朝の弟、源義経の兄と言われる源範頼の子孫だそうで、南北朝の争乱の時には南朝側につき、その後、今川家・徳川家に仕えた武士だったらしい。 徳川家康の次男の結城秀康が生まれる時には家康の側室の「お万の方」がこの中村家で出産し、秀康は3歳までここで育ったらしい。 徳川家康が江戸に移る時に、中村家は一緒に江戸に行かずにこの地に残り庄屋になったが、庄屋でも特別の庄屋だったらしい。だから、↓
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( ↑ 中村家住宅 主屋。)
  立派な建物だが、特に屋根の部分を見ると、下の方は茅葺で葺材は葭(よし)らしく、江戸時代は浜名湖に生えていたものを使用したらしいが今は浜名湖では手に入らないので、修復する際には青森県から取り寄せたということですが、屋根の頂部は瓦葺きになっています。↓
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瓦葺きの部分があるというのは、庄屋でも特別の扱いの庄屋で、《徳川氏との関係で格式が高い家柄であったため、一般の庄屋とは異なり、浜松城主と単独で拝謁できる独礼(とくれい)庄屋とされています》という立場だったからなのでしょうか。
※ ウィキペディアーヨシ https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A8%E3%82%B7
ウィキペディアー茅葺 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8C%85%E8%91%BA

  茅葺と藁葺はどう違うかというと、ススキ・ヨシ・アシを使ったものが茅葺で、稲藁を使ったのが藁葺らしいが、混同して使うこともあるようだ。

  中村家住宅では、主屋が国重要文化財に指定され、長屋門が浜松市文化財に指定されているほか、結城秀康が生まれた時の胞衣(えな)(胎盤・羊膜・へその緒)を埋めた場所である胞衣(えな)塚 と主屋の西の屋敷林が浜松市指定文化財に指定されているようです。

  徳川幕府の2代目は徳川秀忠で家康の三男。 長男の元康(信康)は早い時期に切腹させられており、秀康が次男だったが、羽柴秀吉の養子になっていた時期があり、その後、秀吉に子供ができて秀康は茨城県の結城家の養子になり、関ケ原の戦いの後に越前松平家の祖となったらしいが、三男の秀忠の方が母親の身分が上だったらしいことがあり、又、豊臣の養子に一時なっていた者が徳川家の後を継ぐわけにはいかないということがあったのか、微妙な立場であったようで、《ウィキペディアー結城秀康》 によると、生誕:1574年3月1日、死没:1607年6月2日 ということで、その時代でも他界するには若い年齢である33歳で他界している。 中村家住宅の北西にある天神社は菅原道真のみでなく、後醍醐天皇とともに結城秀康が祭神として祀られているが、祭神として祀られるのは北西の天神社はもともと中村家住宅の敷地内にあった中村家の氏神であったこととともに、結城秀康が微妙な立場で人生を送り若い年齢で他界したということも関係あるかもしれない。

  吉澤政己『日本列島 民家の旅(6)中部1 東海・中央高地の住まい』(1996.4.30. INAX出版)に掲載されている中村家住宅の間取りと現在の間取りは異なっているが、中村家住宅は1996年に吉澤政己『日本列島 民家の旅(6)中部1 東海・中央高地の住まい』が発行された時点では中村さんは居住中で建物は非公開であったが、現在は金・土・日と祝日に観覧料200円を納めることで見学することができるようになったが、その際に、比較的最近に中村さんが居住していた時の間取りから元の間取りに戻したらしく、それで現在の間取りと吉澤政己『日本列島 民家の旅(6)中部1 東海・中央高地の住まい』(1996.4.30. INAX出版)に掲載の間取りに違いがあるようだ。同書には「非公開」と書かれているが、現在は金・土・日と祝日に見学させてもらうことができる。
※ 中村家住宅 利用案内 https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/w-machi/culture_art/nakamurake_jutaku/index.html
東海・中央高地の住まい―日本列島民家の旅〈6〉中部 1 (INAX ALBUM) - 吉澤 政己, 入澤企画制作事務所
東海・中央高地の住まい―日本列島民家の旅〈6〉中部 1 (INAX ALBUM) - 吉澤 政己, 入澤企画制作事務所

  浜松インターチェンジからも浜松西インターチェンジからも、クルマで走ってもけっこうある。コロナウイルス蔓延の候、電車で行くよりマイカーの方がと思っても、東京から浜松まで運転していくのは、行けないこともないけれども、けっこう疲れる・・。

  次回、中村家住宅 について、もうちょっと詳しく・・・。特に、「浜松というと田舎くさい」と(株)一条工務店から連想するが、実は
「いなかくらい」のは(株)一条工務店であって中村家住宅は「田舎臭い」ことはない!・・という驚愕の事実発見♪・・など

※ 浜松市HP 中村家住宅 https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/bunkazai/shitei/yuto/yuto/nakamurake.html
ウィキペディアー中村家住宅(静岡県) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E6%9D%91%E5%AE%B6%E4%BD%8F%E5%AE%85_(%E9%9D%99%E5%B2%A1%E7%9C%8C)
YAHOO!ロコ 中村家住宅 https://loco.yahoo.co.jp/place/g-UjOVGKKqIWQ/?utm_source=dd_spot&sc_e=sydd_spt_slo_p_ttl&lsbe=1
浜松・浜名湖大好きネット 中村家住宅 https://hamamatsu-daisuki.net/search/area/are-west/post-396.html
じゃらん 中村家住宅 https://www.jalan.net/kankou/spt_22505ae2180022423/

  (2021.4.11.) 

☆ 中村家住宅(浜松市西区雄踏町宇布見)
1.浜松IC・浜松西ICから中村家住宅まで。長屋門。茅葺と瓦葺のミックスの屋根。〔今回〕
2.「和小屋組と扠首(さす)組が合わさった小屋組」、「浜松なのにイナカくさくない」、元梁材を「柱」にするのではなく上り口に使用。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_3.html
3.「押板」・畳敷きの部屋の囲炉裏・女性的な造りの和室。茶室。「浜松に『浜松流』、他の場所にはその場所流」と考えることができない浜松中心主義は困りもの。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_4.html
4.「鏡戸」「板戸」。内側の雨戸、縦桟の格子。「面取り」した柱とそうでない柱。噛み合わせを設けて継いだ木材。細くない「貫」。飲食店なのに不衛生なしつらえの「花の舞」。嫌がらせの配置をされて学ぶ者と去る者。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_5.html
5.胞衣塚・天神社跡地・茶室・屋敷神祠・井戸屋形、満開の桜。中家住宅(大阪府熊取町)・大国家住宅(岡山県和気町)について。3月下旬、中村家住宅の桜はきれい。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_6.html
6.中村家 北西の天神社。元 中村家の氏神だった天神社。岩長姫は長寿の神? https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_7.html

☆ 大鐘家と相良城跡(静岡県牧之原市)
(1)田沼意次の城下町相良の牧之原市片浜にある大鐘家住宅 https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_7.html
(2)井桁に組んだ梁・千木の載る長屋門・酔芙蓉。なぜ川勝平太は事故を起こした原子力発電を製造した会社の責任を問わずに、放射線量検査の方を拒否するのか https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_1.html
(3)地形に合わせた建物の配置。「母屋」「上屋」と「庇」「下屋」。表側の庭と裏側の「小堀遠州庭園」https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_2.html
(4)床の間と床脇。床柱と長押の位置関係。遠州流を他の地域の人に押しつける(株)一条工務店。会社のために協力する従業員を罠にかける(株)一条工務店 https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_3.html
(5)神棚の造りについて。その地域のやり方を無視する(株)一条工務店の営業。会社のルールを無視する営業本部長 https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_4.html
(6)土蔵・資料館。大鐘家の裏の丘からの眺望。相良城跡と田沼意次。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_6.html

☆ 加茂荘花鳥園・加茂邸(掛川市)
1.「森掛川」I.C.より加茂荘花鳥園。温室と鳥舎。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_2.html
2.花菖蒲園と長屋門。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_3.html
3.加茂家住宅(1) 正玄関、土間、大黒柱・梁、庭の池と亀島と花。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_4.html 
4.加茂家住宅(2) 座敷、広縁・濡れ縁、廊下交差箇所の納まり、差鴨居。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_1.html
5.加茂家住宅(3) 床の間 2か所。一般の柱と同材同寸法の床柱と長押の関係。床の手前の横の位置の付書院。きれいな襖絵。 
6.加茂家住宅(4) 加茂家住宅の神棚は「竈の神さま」なのか。「浜松流神棚」を他地域に押しつける一条の営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_3.html
7.加茂家住宅(5) 窓の格子。「理由のある」桟の作りと「理由のない」作り。味噌蔵・米蔵。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_4.html

☆ 東京都 狛江市立古民家園
上  旧荒井家住宅主屋 https://shinkahousinght.at.webry.info/201509/article_1.html
下  旧高木家住宅長屋門 https://shinkahousinght.at.webry.info/201509/article_2.html

☆ 旧近藤家 長屋門(東葉学園 東葉門 )(千葉県船橋市)https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_3.html

☆ 旧安西家住宅(千葉県木更津市)https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_5.html 

県別マップル 静岡県 道路地図 (ドライブ 地図 | マップル) - 昭文社 地図 編集部
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都市地図 静岡県 浜松市 湖西市 (都市地図 静岡県 2) - 昭文社 地図 編集部
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