「ラーメンは地球を救う」みたいなことを言わそうとする営業課長。「30代後半になっても二級建築士も通らん」と「建築士の資格より仕事ができるかどうかの方が大事」とは意味は同じではない。不動産屋のおばさんにポン大建築学科出てる言われてもなあ・・。「東京大学経済学部卒」なんて履歴書をその地域の家全部にポスティングなんてやめた方がいいと思うぞ。―学歴を言わない方がいいと思った例・ひとを見て思ったケース。

[第450回]
  学歴を言って、言わない方が良かったと思った経験を2例述べましたが、今回は自分のことではなく、ひとを見て思ったケースです。
【B】自分から学歴を言いたがる人を見て、やめた方がいいと思った例。
《1》「ラーメンは地球を救う」と言えみたいなことを言う営業課長の話。
  1990年、東京支店自由が丘営業課の課長にならせてもらっていた高橋賢一郎(男。当時、30代後半)は、福島県の会津地方、喜多方市の出身なのに、東京の東京電機大学というわけのわからん私立大学の工学部建築学科を出ていたそうでした。 電機大学と言うからには電気機器に関係することをやっている学校かと思ったら、建築学科があるそうです。
  私は、経済学部(および、商学部・経営学部)だけは首をもがれても行かされたくないと小学校の時から思い続けて来た人間でしたが、うちの父親は「世の中にはなあ。ひとのことを決めるのが向いている人間と、自分のことをひとに決められるのが向いている人間と2種類の人間がおるわけや。わしとかM川先生(父の親友の医者屋)とかはひとのことを決めるのが向いている人間やねん。即ち、ドイツ人やねん。そんでもって、あんたは自分のことをひとに決められるのが向いている民族やねん。即ち、あんたはチャンコロやねん」と言ってききませんでした。その「チャンコロの民族」というものに私は産まれてきたそうで、「天の神さま」というヤツがそうお決めになったそうでした。
ナチスの時代―ドイツ現代史 (岩波新書 青版 419) - H.マウ, H.クラウスニック, 内山 敏
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アドルフ・ヒトラー―「独裁者」出現の歴史的背景 (中公新書 (478)) - 村瀬 興雄
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  父は「うちは工学部になんか、行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな、チャンコロ!」と言うのでした。「国立大学なら何学部でも学費は一緒のはずです」と私は言ったのですが、ところが、母は「何を甘ったれてますのん、あんたはあ。たとえ、国立大学なら何学部でも学費は一緒でも、100%、国立大学に通ると決まってませんでしょう。たとえ、0.1%でも落ちる可能性があったら国立大学でも工学部は受けてはいかんでしょうがあ」と言うのでした。私は小学校の時から、母から「親というものは、子供が大学に行く時には、行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行けて、やりたいと思う勉強をして、就きたいと思う仕事につけるようにと思って、それで、無理にでも勉強させようとするものなんや」と言われて、そんなヨタ話を本気にしてしまった。愚かでした。又、小学校の低学年の頃から、『なぜだろう? なぜかしら?』なんて本、大学の学部名としては理学部に該当するような内容の本を読まされて、そういうことを学ぶ学部に行って勉強する人間になれば、うちの親は喜んでくれるのだろうと誤解してしまった。夏目漱石『三四郎』なんて本を読まされて、そこには小宮豊隆がモデルだと言われる東大の文学部生の三四郎や寺田寅彦がモデルと言われる理学部の大学院生の野々宮さんが登場し、そういう人になればうちの親は喜んでくれるのだろうと勘違いしてしまった。ところが、実際はそうではなく、「おまえが産まれたおかげで、おまえを育てるのにカネがかかって迷惑なんじゃ、チャンコロ! わかっとんのか、チャンコロ! 産まれなければよかったのに産まれやがってからに、チャンコロ! そやから、これから、おまえに働いてそれをまどてもわらんといかんのじゃ。工学部なんか誰が行かすか、このチャンコロ、ロスケ! イタコ!」と父は言うのでした。それで、日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくないと小学生の低学年の時から思い続けてきた学部に暴力と強制と脅迫で行かされました。
  私は、もしも、親がいなければ、奨学金をもらって国立大学の工学部に行くことはできたと思います。もっとも、日本育英会奨学金というのは、国公立の大学でなければ支給されないというものではなく、金権裏口医学部の寄付金なんて出ませんが、私立大学でも支給されますし、支給された場合、いくら出してもらえるのかというと、「学費分」でしたから、国立大学でも私立大学でも、あるいは私立でも早稲田大と慶應大なら同じ学部なら学費は早稲田大の方が高かったけれども、日本育英会奨学金で学費を出してもらえたならば、行く人間にとっては一緒で、特に慶應の場合は慶應義塾奨学金といって日本育英会奨学金を受給した人には自動的に生活費を支給するという独自の制度があったので、奨学金を受給して行く場合には私立の方が大変とは限りません。 もしも、東大の理科一類に通ったか、京大の工学部建築学科に取ったかというと、それはわかりませんが、ともかく、どこか国公立の大学の建築学科・・というくらいの条件ならば、どこか行ける所があったと思います。
  実際のところ・・・、正直な気持ちとして、東京電機大なんてわけのわからん私立大学しか行けないような人間が、工学部なんか行くなよ・・というのが私の正直な感想でした。うちの父親は「東大に行くというのなら、東京で下宿してでも行くべきやし、下宿は嫌やなんてこと言って甘ったれとってはいかんが、東大でなくても慶應か早稲田なら下宿してでも行く値打ちはあるやろうけれども、そんなもん、法政やたら明治やたら専修やたらポン大やたら、そんな大学に行くようなもん、何も下宿してまで大学に行くことあらへん。大阪にもアホ大学はいっぱいあるんやから、アホ大学に行くやつなんて、下宿せんでも行けるような地元のアホ大学に行けばええことや。だいたい、そんなやつが大学に行くというのが間違っている。自衛隊に入れたるべきや、自衛隊に。甘ったれとってはいかん。自衛隊に入れるべきや、自衛隊に!」と言うのでしたが・・・、実際、東京電機大なんて行くような人間がなんで大学に行くのか? と思いましたし、ましてや、福島県の人間が、なんで、わざわざ、東京で下宿までして東京電機大なんて行くのか、まったくつくづく、わけわかんないよお~お・・・と思いました。
  「うちは工学部になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」とうちの父親から毎日のように言われたのでしたが、うちの父親というのは、まがりなりにも、あんなおっさんでも、一応、会社の「常務さん」だったのです。ですから、工学部に行くような人、それも、私の場合は国立大学でも工学部になんて行かすわけにはいかんというのですから、私立の大学、それも早稲田大とか慶應大の理工学部とかではなく、東京電機大学なんてどこの馬の骨やらわからんような大学、実際のところ、ある会社の人事総務部で採用の仕事についていたこともあるのですが、そこの課長などは「こんな大学のやつなんて採用したくないんだけどなあ」と言うような大学の工学部に行った高橋賢一郎という男というのは、よっぽど金持ちの息子なのか・・・、社長の息子か医者屋の息子か弁護士屋の息子か、何かそういう類、悪いことやってカネ儲けたというヤツの息子じゃないのか・・・という感じがしたのですが、高橋賢一郎が自分で言うには、父親はラーメン屋で、しかも、若い頃に両親が離婚したという家庭だったそうで、旧姓S野礼子とは違って高橋賢一郎と妹は父親の方にくっついていったというのですが、・・ラーメン屋て儲かるのか??? 「両親が離婚した」人って大金持ちなのか???
  1970年代後半、北野高校の2年の時の担任だった旧姓S野礼子(女。当時、20代。北野高校⇒神戸大文学部卒)は「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」というのが最大の自慢でしたが、私なら神戸大の文学部なんか行きたいと思ったとしても絶対に受けさせてもらえなかったところですが、ところが、「両親が離婚した」「父親がいなかった」という旧姓S野礼子さんは、当たり前みたいに神戸大の文学部を受けさせてもらって、そこに進学したのですが、「両親が離婚した」人って金持ちなのか? 「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」「うちは貧乏だったから」と叫びまくる女というのは実はものすごい金持ちだったようだ。私はうちの父親から「うちは学校の先生になんかならせるような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と毎日言われてきたし、「たとえ、学校の先生になるにしても、数学か英語の先生でなかったらなったらいかん! 数学か英語の先生でないと家庭教師のアルバイトはできません。だから、たとえ、高校か中学校の先生になるにしても数学か英語の先生でなかったらなってはいかん」と毎日言われてきたのでしたが、旧姓S野礼子は「私は両親が離婚したから」「家が貧乏だったから」と言うわりにものすごい金持ちだったようで、
(1)私ならたとえ行きたいと思っても絶対に受けさせてもらえない神戸大の文学部なんて行ってからに、しかも、
(2)私なら「うちは学校の先生になんかならせるような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と毎日言われてきた高校の先生になって、しかも、
(3)私は「たとえ、学校の先生になるにしても、数学か英語の先生でなかったらなったらいかん! 数学か英語の先生でないと家庭教師のアルバイトはできません。だから、たとえ、高校か中学校の先生になるにしても数学か英語の先生でなかったらなってはいかん」と言われてきた金持ちでなかったらなってはいかんはずの国語の先生になってなっていたのでしたが、
「両親が離婚した」という人というのは、もしかして、ものすごい大金持ちだったのではないのか、という感じがします。少なくとも、大学進学および、進路選択に関しては私などよりはるかに大金持ちであったのです。それにもかかわらず、「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」「うちは貧乏だったから」と何度も何度も言いまくり、「作野さんは両親が離婚されただけあってしっかりしてられるわあ」とかなんとかかんとか言ってほめてもらう権利があるみたいに思っており(そんな「権利」なんてないと思うぞ)、かつ、自分からそれを積極的に要求しまくっていたのでした。・・なんか、あんまりええ性格しとらんな。「両親が離婚した」という点については、その人にはその人に何か事情があったのだろうから、他人がどうこう言う必要のないことだとは思うが、母親のその娘の育て方はあんまりいい育て方ではないように思える・・・。そんな人間だから離婚したのかどうかは、それはどうかは知らんけれども・・・、しかし、「女性の先生は男の子をいいように思う」とか言ってひがむ女生徒というのが時々おり、そういうケースもまったくないことはないかもしれないが、他方において、実際にはそうではないのに、「女性の先生は男の子をいいように思うから」などと言って自分の良くない言動を指摘されても素直にきかない、自分に問題があるのにその女性教師の方の問題だということにして自分を正当化して反省しない女というのもいたのだが、旧姓S野礼子の場合は逆で、むしろ、常に男子生徒に敵意に近いものを持っており、授業中に作文のようなものを書かせても旧姓S野礼子が「優秀作」に選ぶのはたいてい女生徒のものであったし、そのあたりについては、今から考えると、旧姓S野礼子は「両親が離婚した」上で母親の方についていった人だということが、それが男子生徒に対する敵意に近いものにつながっていた・・のではないかな・・という感じがする。旧姓S野礼子は教諭になる前に、まず、自分自身のその精神構造の問題点を自己分析して克服してから教諭の仕事につくようにした方が好ましかったのではないか。男性に対する「一般的敵意」のようなものをひきずったまま、共学の高校の教諭になられたのでは、生徒が迷惑する・・し、実際、迷惑だった。もしも、旧姓S野礼子が自分自身のその精神構造の問題点を自己分析して克服することなく高校の教諭になるのなら、北野高校のような共学の高校ではなく女子校の教諭になった方が良かったのかもしれないが、もし、私が娘の親ならば、ああいう男子生徒に敵意のようなものを持っている女性教諭には息子よりもむしろ娘の教師になられたくないような気がする。どうも、旧姓S野礼子が好きな生徒というのは、女生徒で、かつ、どこか、性格にひずみがあるような女性というのが好きだったように見受けられた。何らかの困難な環境で育っても、だからといって、ひずみのある性格にならないといけないというものではないはずで、人間は誰しも多かれ少なかれ試練にあいながら生きていくもので、試練にあったからといっていがんだ性格にならないといけないというものではないはずだが、女性でも特に金持ちでもないが比較的いい家庭の娘かと思われる女性は旧姓S野礼子にはあまり好きではないようだった。それがはっきりとわかったのだ。そういう女生徒が好きというだけならまだいいが、その見返りに攻撃対象にされる人間というのも出てくるわけだ。それらの点について、旧姓S野礼子には自覚がない、「精神医学」用語で表現すると「病識がない」状態であり、離婚したこと自体はその人にはその人の事情があったのだろうからそれはしかたがなかったのだろうけれども、そういう娘の育て方をしたという点においてその母親には責任があると思う。そういう育て方をされた娘に担任を持たれた者は災難である。その母親はそのあたりについても自覚がないだろうが、できれば自覚していただいた方がありがたいのだが・・、おそらく、自覚できないであろうし、男性の立場からすれば、実際の所、そのあたりを理解してくれない女性というのは、結婚相手として考えると、どうもあんまり・・・という感じがするなあ・・・。
自己分析―心身医学からみた人間形成 (講談社現代新書 166) - 池見 酉次郎
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精神分析学入門 (中公文庫プレミアム) - フロイト, 懸田 克躬
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  『ラーメン発見伝』によると、かつては、「ラーメン屋みたいなもん、継ぐか! もっと、クリエイティブな仕事につきたい」とか言っていたラーメン屋の息子が、らーめんブームでラーメン屋の評価が上がってくると、「時代とともに変わるんだよ。今や、ラーメン屋はクリエイティブな仕事になった」などと言って跡を継ぎたがるやつがでてくる・・・という話が出ていたと思いますが、高橋賢一郎の父親がラーメン屋をやっていたという時代は、まだ、『ラーメン発見伝』の話なんて始まる前のことで、ラーメン屋というと「食べ物屋の中でも真ん中より下」みたいなイメージだった時代であり、福島県喜多方市は「喜多方らーめん」の街として売り出したけれども、「喜多方らーめん」が他の地域でも知られるようになったのも、高橋賢一郎が自由が丘展示場の営業課長にならせてもらっていた時期よりもまだ後のことであり、高橋賢一郎が東京電機大学なんてわけのわからん私立大学に行った頃なんてのは、「喜多方らーめん」と言われても知らない人が大部分だったはずで、喜多方という市自体が、福島県でも、県庁所在地の福島市、白虎隊の会津若松市とか白河の関の白河市、スパリゾートハワイアンズのいわき市とかと違って知名度は低く、知らない人が多い市だったはずで、『ラーメン発見伝』なんて漫画のない時代のラーメン屋、ジャンクフードと見られていた時代のラーメン屋、蕎麦屋・うどん屋より格下・中華料理屋より格下と見られていた時代のそういう時代のラーメン屋て、儲かるのか??? 離婚したラーメン屋の親父て金持ちなのか??? なんか、わけわかんないよ、もう!!!
  東京電機大なんて行くようなやつなんて、大学行くことないのじゃないのか。自衛隊に入れたったらええのと違うのか、自衛隊に!!! 「とってちってたあ~あ!」と号令かえてやるべきではないのか。そういうウルトラ甘ったれたやつには。 最近、東京電機大学のホームページを見ると、なんと、「駐車場が完備されており、マイカー通学も可能です」だか書いてあるのだ・・・が東京電機大学の学生というのはいったい何様なんだ! 大学生、それも、頭狂大学とか狂徒大学とかの大学生ではなく、東京電機大学とかいうわけのわからんどこの馬の骨かわからん私立大学の大学生に、「マイカー通学も可能です」・・・て、何それ???
  小堀住研(株)は「大卒しか採らない会社です」と昔むかしその昔、1970年の大阪万博よりも前、まだ、全自動洗濯機なんてなくて二層式洗濯機が最新式だった時代の昔から言いまくっていたのだが、そこで言う「大卒しか」の「大卒」というのは国立大学か私立でも関関同立くらいの私立大学のことを言うものであって、東京電機大学なんて出たとしても、世間では「高卒と同じようなもの」と評価される大学であり、(株)一条工務店にいた時の同僚で高卒の人が「そんなん、早稲田大とか出たという大卒と比べて給料が何千円か安いというのならわかるけれども、アホでも通るような大学出た人間が高卒の人間よりも給料高いなんて、そんなん、ずっこいわ」と言ったことがあったが、たいていの人間はそう思うようなそんな「大学」出たというのを、「大卒しか採らない会社なんです」とは普通は言わないと思うのだ。 だから、「大卒しか採らない会社」と言いまくってきたからには、「大卒」と言うに値するくらいの大学卒の人の勤め先であろうと思っていたのだが、なんで、東京電機大なんて大学卒の人間がいるんだろうなあ~あ・・・と思ったのだった。かつ、「営業系」(営業・人事・総務・経理)は「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」というのが応募条件だったはずであり、なんで、東京電機大工学部卒の人、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」という応募条件を満たしていない人がそこにいるんだろうなあ~あ・・・と思ったものだった。
  「小堀住研(株)の営業」というのは、「国立大学か関関同立くらいまでの私立大学の法学部・経済学部・商学部卒の人間」の仕事のはずだったのだ(会社案内だったと思うが、採用実績校として、「十大国立大学」から1つ・地方国立大学から1つ・関関同立から1つだったか2つだったかと甲南大学が書かれていたが、甲南大は「ぎりぎりおまけ」みたいな感じで、そのくらいの大学の出身者の勤め先と理解して入社したのだが)。そこが「住宅建築業の会社の営業でも、そのあたりが小堀住研とミサワホームあたりとの違いです」ということだったはずなのだ。なんで、その条件を満たしていない東京電機大学工学部卒の高橋賢一郎がそこにいるんだろうなあ・・・・・ 
  それだけではなく、応募条件として、もうひとつ、「普通自動車第1種免許取得者」というものがあったはずで、大学新卒で応募する人の場合には、応募時には普通自動車第1種免許を持っていなくても、入社時までに取得すればということでの採用ということもありえても、高橋賢一郎の場合は、すでに30代も後半になっており、「普通自動車第1種免許を取得してから応募してください」と言ってもよかったはずであり、たとえ、選考進級のように、入社後にできるだけ早く普通自動車第1種運転免許を取得してもらうという条件での採用をしたとしても、営業から営業課長への昇進は、普通自動車第1種免許を取得して人並みにクルマの運転ができるようになってからにするべきもののはずで、営業課長の手当というのは、その営業課に新人が配属された時、クルマの運転ができないかクルマを持っていない新人の仕事でクルマで行かないとできないような仕事をする場合には、営業課長が営業課長のクルマに新人を乗せて行ってやることになっていて、自分の営業課とはいえ自分が担当者ではない仕事をするのにクルマを運転する労力を払い自分のクルマを使うということに対する報酬という意味も課長の役職手当にはあったはずなのに、それなのに、普通自動車第1種免許も持たないクルマも持たない高橋賢一郎に課長にならせて、そして、課長の高橋賢一郎の担当の仕事をするために、課長ではないヒラの営業が高橋賢一郎のためにクルマを使用してクルマを運転して、その上で役職手当はクルマを使用してクルマを運転した営業ではなく、クルマに乗せてもらった高橋賢一郎が盗っていた・・・というのは、これはおかしいはずだった・・・が、なぜか、ひとのクルマに乗せてもらっていた側の高橋賢一郎が課長の手当をもらっていた。
  1970年代、私の父の勤め先が福岡県に工場を作った時、採用条件を「公立高校卒の人」としたところ、町会議員のおっさんが「うちの娘、私立高校なんですが、採用してもらえませんでしょうか」と言ってきたが、町会議員の娘であろうが、「公立高校卒の人」を採用するといったん言ったからには私立高校卒の人を採用するわけにはいかない、と断ったとうちの父親は言っていた。公立か私立かというのは、どちらであっても高校であるし、どのみち、仕事の内容は工場労働者だし、町会議員の娘くらい、いいにしてもいいのではないか・・という考え方もあるかもしれないが、いったん、こういう人を採用しますと言っておきながら、その条件をはずれた人を採用したのでは、その条件がいいかげんになってしまうとうちの父親は言っていた。 但し、「特別扱いで採用」というケースをとる会社というものもあるようで、小堀住研(株)より前に勤めた会社では、東大中退の人がいて、その人は「大卒に準ずる」という扱いにその会社ではしていたらしかったが、そういう「特別扱い」をする会社というのもある。 しかし、そういう「特別扱い」の場合は、「特別扱い」を受けてもおかしくないような人の場合であり、特別扱いをすることで、その採用方針が破壊されるような人は採用すべきではないはずである。 高橋賢一郎の場合は、「大学卒」とはいえ、小堀住研(株)が想定していた「大学」ではなく、「大学」となっていても、相当下の「大学」であるという問題だけでなく、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」という応募条件を満たしておらず、かつ、社会科学系学部卒ではないけれども、そういう学部卒の人間に劣らないだけの社会科学系知識・認識があるとか、たとえば、うちの父親の勤め先に、京大の経済学部卒の人だが、経済学部卒だけれども司法試験を目指して学習してきたという人で、司法試験には合格できなかったけれども法律については相当学んだので、法学部卒の人間よりも法律についての理解があるとアピールした人がいたらしかったが、そういう人を経済学部卒だが法学部卒に準ずるとして採用するということは可能性としてあるかもしれないし、又、相当進学校の高校卒だけれども大学に行かなかったという人が時々いて、そういう人の場合、大学には行っていないとしても、「しょーもない大学」出た人間よりも一般的学力はあるくらいなので、そういう人を「特別扱い」で「大卒に準ずる」ということにする場合もあるようだ・・・・が、高橋賢一郎の場合は、
(1)「国立大学もしくは関関同立くらいの私立大学という大卒」という条件を満たしておらず、そうではなく東京電機大学しか出ていないだけでなく、
(2)法学部・経済学部・商学部卒の人間に準ずるような社会科学系の知識・認識・教養があるわけではなく、
(3)「普通自動車第1種免許取得者」という条件も満たしておらず、新卒入社の場合は、採用決定後に入社までの間に取得すればよいという場合もあるとしても、高橋賢一郎は中途入社だったようですから、中途入社の場合は「普通自動車第1種免許を取得してから応募してください」と言ってもよかったはずですし、
なんで、その採用条件を3つも満たしていない人を採用して、しかも、入社後に普通自動車第1種免許を取得することという条件での「選考進級」での入社なのに、採用条件ではなく応募条件である普通自動車第1種免許も取得していない人を「選考進級」のように入社後に普通自動車第1種免許を取得することという条件で採用したのに、その「選考進級」の条件をまだ充足していないのに、なぜ、営業の上の営業課長に昇進させるのか、マカ不思議だった。営業課長というのは、自分が担当している営業課の従業員がクルマを使用して業務をおこなう際に無事に円滑に動けるように配慮するのも仕事のうちのはずで、自分自身がクルマを運転できないような人では、その営業課の従業員がクルマを使用して業務をおこなう際に問題が発生しないように配慮するということも、当然、できないし、高橋賢一郎はできていなかったのです。
〔  「選考進級」について知らない方のために説明しますと、大学の進級については各大学によって異なるようで、他の大学に行った人に聞いてみると、京大・関学・早稲田大は4年までは普通は進級できるらしく「全体で8年まで」らしいが、3年までまったく単位を取得できていないと、4年で4年分取得するようなことは不可能なので、4年目に入る時点で単位があまり取得できていないとその年に卒業することは難しいらしい。大学の場合、「〇年生」ではなく「〇回生」という言い方をするというのは、おそらく、そういう大学の場合のことでしょう。慶應大はそうではなく、各学年ごとに進級の条件があり、各学年2年までで、東大はその中間で、入学する時点では文科1類・2類・3類・理科1類・2類・3類で入学して3年に進級する時点で各学部学科に分かれるということもあってか教養課程4年まで・専門課程4年までらしい。慶應大は3年から4年への進級は基準がそう難しくないようだが、1年から2年、2年から3年の進級についてはけっこう厳しい条件がある。だから、慶應大では「〇回生」という言い方はあまりしない。但し、これだけの科目の単位を取得するということになっているものをすべて取得できていなくても、基本体育については4年までに取得すればよく、各学年で取得することになっているものでも、2科目までならば「選考進級」として次の学年で取得すればいいということでの進級が認められていた。 「早稲田大学中退」の芸能人がけっこういるが、広末涼子にしても、最初から「早稲田大学中退」になるつもりで入学していたのだろう。「慶應大学中退」の芸能人というのはそれほど聞かないが、それは、慶應大の場合は各学年ごとに進級条件があり、「各学年2年まで」なので、進級できない可能性はあるものの、4年まで進級できた人が卒業できなかったとしても、もう1年やれば卒業できる可能性は十分あるわけで、それらの条件から考えて、最初から「◇◇大学中退」という「学歴」を取得したいと思う芸能人にとっては慶應大の制度はやりにくく、早稲田大の制度の方が芸能人にとってはやりやすいのでしょう。
  高橋賢一郎は「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」という条件は満たしていないが「4年制大学の建築学科・土木学科卒の人」という条件については、
(1)「大卒」といっても小堀住研(株)が想定している大学ではないという問題があるが
(2)「一応、大学」の建築学科卒であったが、「4年制大学の建築学科卒」が応募条件として認められていたのは「技術系(設計・工事・工務・アフターサービス)」の場合であって「営業系(営業・人事・総務・経理)」ではないのであり、「4年制大学の建築学科・土木学科卒の人」の条件は満たしているからといって無暗に「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」が応募条件であるコースへ入れてしまうと、「営業系(営業・人事・総務・経理)」の条件がいいかげんになってしまう。「小堀住研(株)の営業は『十大国立大学』・地方国立大学・関関同立くらいまでの私立大学の法学部・経済学部・商学部といった社会科学系学部卒の人でやります」という方針と小堀住研(株)の営業はそういう人間です、小堀住研(株)の営業はそういう人間がやっている仕事であって、「高卒の営業の会社」とは違います、という姿勢が崩れることになってしまう。 「4年制大学の法学部・経済学部・商学部」はけっしてどうでもいいことをやっているわけではないし、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」と同等の社会科学的認識があると認められる人ならともかく、そうではない人で、しかも、高橋のような「4年制大学の法学部・経済学部・商学部」を軽く見ているような男については、うかつに採用すると、会社のシステムにひずみがでる可能性がある
  高橋賢一郎は「普通自動車第1種免許を取得している人」の条件は満たしていなかったのだから、本来は応募を認められない人であり、採用されない人であったのだが、「選考進級」のように入社後すぐに取得してくださいよという条件で採用された・・はずであったが、それなのに、な~かなか取得しないということは、「選考進級」の条件を満たさないということなので、慶應大ならば「留年」になるか、2年で進級できないならば「放校」になるところであった。会社においては、「選考進級」での入社なのだから入社後、さっさと取得してくださいということで入社したのに、なかなか取得しないという人というのは、マイナスの評価を受けることになるはずなのに、「選考進級」の条件をまだ満たしていない人間なのに、逆に営業課長に昇進させた、となると、それでは、私なども普通自動車第1種免許は取得していたが、普通自動車の運転経験はなかったので、大急ぎで運転できるようにしたいと思ったのだが、免許も持たずに課長にならせてもらっている人がいるとなると、あほくさいなあ・・ということになる。しかも、高橋賢一郎は、「選考進級」で入社した自分が免許も取得せずにいるのを棚に上げて、3月31日に辞令を出して4月1日から「居住地変更が必要な転勤」をしろという人権侵害の転勤辞令を出されて、転居するだけでも苦しみ抜いて大変な思いをして転居したのに、4月終わり、「クルマを買うと言って、まだ買わないじゃないか。何考えてんだ」などと言ったので、あきれた。どの口が言うとるんじゃ、どの口が!!!
(1)さっさと運転免許を取得して、クルマを買って乗れるようにしないといけないのに、それをしていないのは、おまえだろうが、おまえ! 高橋賢一郎こそ、さっさと運転免許を取得して、クルマを買って乗れるようにしないといけないのに、していないで、何をおかしなことを言っているのか!
(2)高橋賢一郎は営業課長であり、営業課長ならば「きょう言って、明日から赴任してくれというのは、それは無茶ですよ」と上役に言わないといけないはずである。それを、私が高橋賢一郎に「住居を転居しないと通えませんが、いつまでに赴任するようにすればいいですか」と言うと、「だから、明日から」と高橋が言うので、「だから、たとえば、葛飾区の金町あたりにも総合住宅展示場があって出店しているハウスメーカーがありますが、小堀住研(株)は金町には展示場を出していませんが、もしも、金町あたりにも展示場を出展していたとして、千葉県流山市に住んでいる人間が、千葉県の松戸展示場から東京都の葛飾区金町展示場への転勤を、「きょう言って明日から」というのは可能でしょうけれども、千葉県流山市に住んでいる人間に、きょう言って明日から目黒区自由が丘の展示場に勤務しろというのは、これは無理でしょう」と言ったのだが、高橋は「無理でも明日から勤務して」と言いはり、課長としての役割を果たさなかった。
  自分は、「選考進級」で入社したのに、その条件をいつまでもいつまでも満たさずにいて、それでいて、ひとには、通勤できるわけがない場所への通勤を強要し、家賃が高い地域の展示場へ通える場所でのアパート捜しは大変であったし、転居の手続にも相当苦労したものだが、そういったことに対して何ら協力することもなく、「まだ、クルマを買わないというのは、おまえは何、考えてんだ」などと私に言ったのだが、その「おまえは何、考えてんだ」というその文句、そっくりそのまま、高橋賢一郎に返してやりたいものだ。高橋賢一郎こそ、おまえはいったい何を考えてんだ!!! ということである。 この男、いったい、どういう性格してるんだ・・と思ったが、そういう性格していたようだ。〕
  (1)(2)の条件を満たしていないという点について、高橋の場合は条件を満たしていないだけではなく、本人に満たしていないという自覚が欠けていた、という点でより問題があります。自覚が欠けている人を採用して入れると、その職種の会社としてのスタイル自体が崩れていく危険性もあるのでより問題です。又、(1)(2)については入社後に満たすということは簡単ではないとしても、(3)については入社後に取得するということでの「選考進級」での入社であったからには、入社後早急に取得するべきものであったはずなのに取得していない、ヒラの営業社員に高橋が担当の客の仕事をするために、ヒラの営業社員のクルマを使用させて運転させて高橋はそれに乗せてもらって仕事をしていた、というのはそれはおかしい。「選考進級」で入社したのなら、遅くないうちに「選考進級」の条件を満たさないといけないが、それを満たしていないという点について、高橋賢一郎に「申し訳ない」という意識と姿勢が欠落していた。支店長はそれを注意するべきであったはずが、しかるべく注意がなされていなかった。

  1990年、その高橋賢一郎が、私に、私が担当の見込客に「『うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから』と、僕のことを言うといいよ」と言うので、あきれた。「ええ?・・・そんなこと、言うのですかあ」と言ったのだが、高橋賢一郎は「そうだよ。そう言うんだよ」と言うように強制しようとするのでした。嫌やなあ、そんなこと言わされるの・・・、と思いました。まるで、「ラーメンは地球を救う」と言え・・みたいな話・・というより、それ以上というのか、それ以下というのか・・・。
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「日本ラーメン総合開発研究所の長井伸助です。
ラーメン一筋 50年。 ラーメンこそわが命の、長井伸助です。」
「はい、それでは ご一緒に、声をそろえて言ってください。」
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「ラーメンは地球を救う!」
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「さあ、どうぞ」
「ほ、本当に言うんですか?」
( 雁屋哲 作・花咲アキラ 画『美味しんぼ(おいしんぼ)』「ラーメン戦争<3>」
 『美味しんぼ [日本一のラーメン編]』1999.7.23.小学館 My First BIG 所収。)
美味しんぼ 日本一のラーメン編 (My first Big) - 花咲アキラ
美味しんぼ 日本一のラーメン編 (My first Big) - 花咲アキラ
美味しんぼ 情熱のラーメン編 (My First Big) - 雁屋 哲, 花咲 アキラ
美味しんぼ 情熱のラーメン編 (My First Big) - 雁屋 哲, 花咲 アキラ
  1980年代、慶應大学に在学中、福島県出身の人間が言っていた話によると、福島県においては「磐城高校卒」は大卒と同等の評価だそうで、後に、1990年代、いわき市の住民にその話をしてみたところ、たとえば、湯本高校卒でも早稲田大・慶應大くらいに行けば「磐城高校卒」より評価は上だけれども、誰も知らないような私立大学卒なら「磐城高校卒で大学には行かなかった」という方が評価は上だ、という話だったが、そんな「大学」出ても「磐城高校卒で大学には行かなかった」の方が評価はずっと上という私立大学をラーメン屋は大金持ちなのか東京で下宿して行ってからに、そういう「大学」を出て、それで、「『うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから』と、僕のことを言うといいよ」・・なんて、そんなこと言うのかあ?  「うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから」なんてひとに言わそうとするのお???
   普通に考えても、小学校から高校までで学ぶもので、住宅・建築に関係あるものというと、
(1)高校の「数学」で扱う三角関数は、屋根の勾配や、基礎にかかる力が地中でどの範囲にまで力が及ぶかを考えるのに関係がある。
(2)中学校の「理科 第1分野」や高校の「物理」で学ぶ、ベクトルや力の分散・集合は、建物にかかる荷重の伝わり方を考える上において関係がある。
(3)高校の「物理」で学ぶ「力のモーメント」は、地震・台風などで横方向の力が建物に加わった際に、上の方が重ければ強い力が加わる・・と言ったことに関係がある。普通科の高校では「物理」で「力のモーメント」を学ぶが、工業高校の建築学科では「構造力学(1)」で学ぶはずだ。芸術学部・美術学部系の建築学科(工学部・理工学部系の建築学科に比べてデザイン・意匠に比重が重く、理工学分野の比重がいくらか軽い)でも「構造力学(1)」で工業高校の建築学科と同様のことをやっているはずだが、「力のモーメント」については、普通科の高校では「物理2」でやっていたものと、基本的には同じ内容のはずだ。
(4)高校の「生物」では、樹木はどうできているか、針葉樹と広葉樹の違い、などは木構造では関係がある。
(5)高校の「地学」(および大学の一般教養の「地学」)で学ぶ地盤の成り立ちなどは関係がある。
(6)中学校の「美術」で学ぶ「日本美術史」「西洋美術史」には建築も含まれており姫路城の写真が掲載されていたのを私は覚えているし、美術の授業で、薬師寺の「三重塔」をフェノロサが「凍れる音楽」と言って称賛したとかの話も聞いたが、中学校の「歴史」や高校の「日本史」「世界史」でも文化史を扱っており、法隆寺や桂離宮などは登場するので関係がある。
(7)中学校の「技術家庭」では、木材加工・金属加工や製図を扱うので関係がある。
(8)小学校の「図画工作」・中学校の「美術」で扱うデッサンなどは、建築の外観・内観を書くにも関係がある。
(9)中学校の「国語」・高校の「現代国語」では、建築に関係する小説なども扱う。幸田露伴『五重塔』は東京の谷中の天王寺の五重塔で、関東大震災にも耐え、東京大空襲も生き延びたが、戦後、男女の心中の際に放火されて焼失したらしい。ほかに亀井勝一郎『大和古寺風物詩』、和辻哲郎『古寺巡礼』などは関係がある。
(10)高校の「古文」では『徒然草』なんてのを扱うが、『徒然草』には有名な「家の建てようは夏を旨とすべし。冬はいかようにも住める」といった言葉がある。
・・・他にもあるかと思うが、とりあえず、このあたりについて、まともに勉強してきた者ならば、東京電機大よりはもうちょっとマシな大学に通るはずなのだ。逆に、たとえ建築学科に行かなくても、旧帝大系国立大学に行ったか、たとえ落ちても行こうとしたというくらいの者ならば、こういったことを学んできている人間であり、小学校から高校までで学ぶもので住宅・建築に関係があるものについては、東京電機大なんかに行った者よりもよっぽど真面目に・よっぽど多く学んできているはずなのだ。それを、「うちの課長は建築学科でてますから」なんてことを言うと、きかれもしないのに自分からそこまで言うからには東大・京大の建築学科でなくても、せめて国立大学か早稲田大の建築学科でも出ているのかと思って、「どちらの大学でてられるんですか」ときくことになり、お客さんからきかれて、電気代だの電話代だのガス代だのと言っていたのでは、「はあ~あ?!?」ということになる・・。 だいたい、小学校から高校まででやっていることで、建築に関係するものをまともに学習してきていない者が、なんで、大学の建築学科なんて行くんだよお・・という気がする。
  まず、小堀住研(株)というのは、
(1)兵庫県西宮市の阪急神戸線「西宮北口」駅の前に本社を作り、「阪急沿線の小堀」として、「高級住宅の小堀」として売り出し、
(2)「小堀で家を建てた」というのが「中より上」のサラリーマンなどにとってはステータスとなる会社・・として発展した会社であったはずで、
(3)後に、本社はJR「大阪」駅の南側、目の前、旭屋書店のすぐ隣の位置に移転したが、大阪駅の目のまえ、同業他社よりも一等地に本社を持つ「一等地の会社」というアピールをした。これは、「一等地の会社」というだけではなかったはずで、ハウスメーカーというのは大阪発祥の会社、大阪本社の会社がけっこう多くて、大阪市北区のJR「大阪」駅の南側に本社を設置していた会社が何社かあったのだが、それらの会社よりも大阪駅に近い場所に本社を持つことで、それらの会社よりも「前に出る」という意味があったはずだった。
(4)「(ミサワホームなどは高卒の営業が多い会社だったのに対して)小堀住研は大卒しか採らない会社なんです」「小堀の営業は(ミサワあたりの高卒の営業とは違って)大卒の営業です」と言い、
(5)「(三井ホームはその頃は未上場の会社だったのに対して)うちは一部上場ですから」と言い、
(6)これはどうも嘘らしいのだが「初代社長の小堀林衛は竹中工務店の中央設計室にいた」などと言い(普通に考えれば嘘だとわかるし、竹中工務店の従業員は「なんや、そんなことを言うとるらしいですなあ( 一一)」とか冷ややかに言っていたようでしたが)、
(7)そして、会社の名前からして「小堀」。建築家で茶道家の小堀遠州となんか関係あるのか・・と客の方で勝手に推測する名前であり、
(8)商品名も「新 桂(しん かつら)」で「桂離宮のようなすばらしいデザインを現代に」というフレーズで、それも小堀遠州と関係あんのかあ・・と思いそうな商品名であり、
(9)「住研(じゅうけん)とは、住宅を建築するのではなく研究する」というテレビコマーシャルを流し、「住宅を建設する」会社とか「住宅を建築する」会社とかよりも「住宅を研究する」会社の方が上だという主張をしてきた会社であり、
(10)そうやって、一流企業の役員やオーナー経営者、医者・弁護士などに建ててもらおうという姿勢でやってきた会社のはずであり、高学歴層の顧客をターゲットとしてきた会社であり、
そうであるからには、一流企業の役員や医者・弁護士などを相手にする営業は営業もまた一流大学卒の者であるべきである、ということで、「大卒しか採らない会社」として「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」というのを「営業系」(営業・人事・総務・経理)の応募条件にしてきた会社だったはずなのです。 そういう会社で、特に高額物件の見込客が多く、「高品質低価格」の「ハウス55」の見込客は少ない自由が丘展示場において、すでに30代も後半になった男で東京電機大学なんて私立大学卒の男を「建築士の資格は持っていませんが、建築学科をでてますから」などと言ったのでは・・・、どうなると思いますか? どういう返事が返ってくると思いますか?・・・
  私なども、自分が客の側の時に、この人はどこの大学出てるのかな・・とか思うことはあるけれども、あまり、ずけずけ訊くのも失礼かなと思って訊かずにいるものの、どこだろうなあ・・とか思ったりすることもあるのですが、もしも、売り手の方から「私は何学部(何学科)をでてます」と言ってきたならば、「そうですか。どちらの大学なんですか?」ときき返すことになりますでしょ。 だって、売り手の方から言ってきたのですから、きいてほしいのでしょ。きいてほしいと言っているのだから、きいていいでしょ。「そうですか。どちらの大学なんですか?」ときかれて、高橋賢一郎はどう答えてほしいのでしょうか。「御主人さんなんか、御存知ないでしょうけれども、東京電機大学というバカ大学がありまして、昔は神田あたりにあったような気がするのですが今は埼玉県の方だかに行ったみたいですが、なんかそういうバカでも入れる私立大学があるらしいんですよ。バカでしょお~お。福島県の会津の方の出身だというのですが、そんなバカ大学に行くのなら何も福島県の人間が下宿までして行くことないと思うんですけども、金持ちの息子なんでしょうかねえ。それで、やっぱり、バカ大学だけあって、一応、建築学科らしいのですが、建築学科を出ても、もう30代も後半になっているんですけれども、一級建築士はおろか二級建築士の試験にすらも通らないんですよ。やっぱり、カネの力でバカ大学に行ってもバカはどうしようもありませんよねえ。普通、一級か二級かどっちかは通りますよねえ。それを30代の後半になっても二級建築士も通らないなんて、やっぱり、アホもアホもアホあほアホあほ、もう、どうしようもない最低のアホですよねえ~え(^^♪」・・・と言ってほしいのだろうか?
  高橋賢一郎を採用すべきではなかった理由の1つはここにあり、又、高橋賢一郎が「高品質低価格」タイプはある程度売れても高額物件の契約は取れない理由の1つはここにあったのです。
  まず、「建築士の資格は持ってませんけども」と言うと、「なんで、持ってないの?」となりますでしょ。 一級建築士という資格のことを「足の裏についたご飯粒」 と言うそうで、それは、建築学科卒の人間にとっては「取らなきゃ気持ち悪いし、取ったからと言ってそれで食えるいうものでもないし」という意味だそうです。言いえて妙というのか、うまく言ったものですが、まがりなりにも建築学科を卒業したならば、一級建築士か二級建築士のどちらかは取得しておくべきで、愛知産業大学の建築学科のスクーリングの際に、M先生から「建築士の資格は取って悪いということはないけれども、建築士の資格を持っているかどうかよりも、仕事ができるかどうかの方が大事だ」と言われ、又、安藤忠雄は建築士の資格は持っていないが「建築家」としてやっていけているという話も聞いたのですが、それは確かにそうで、「いっきゅうけんちくしい~い」と矢鱈と言いたい症候群の人というのは「大学」よりも建築の専門学校「卒」の人に多いように思えますが、そういうこともあるでしょうけれども、東大とか京大、もしくは、せめて国立大学の建築学科卒の人の場合には、「建築士の資格試験の勉強よりももっと学んでおきたいものがありましたので」と言えば通じますが、「一流大学」でない方の建築学科卒の人は20代前半なら「まだ合格できないんですう」「そうですかあ。頑張ってくださいねえ」で通じても、30代の後半になっても一級建築士も二級建築士も通らないとなると、「やっぱり、アホ大学卒だけあって、名前だけ建築学科卒でも建築士の試験には通らんということやな」「カネで買ったような学歴の大学卒では国家資格は通らんということやな」という評価になりますから、そう思われないためには、一級建築士か二級建築士のどちらかは取っておくべきです(が通らんのかもしれません)。 その際、「一級建築士」と「二級建築士+インテリアコーディネーター」とか「二級建築士+宅地建物取引主任者(⇒宅地建物取引士)」とどちらがいいかは一概に言えません。英語検定の場合には、1級に通って2級に落ちたというような話はあまり聞きませんが、建築士の場合は、一級建築士に通って二級建築士に落ちたという人はよくあるようで、それは試験の出題内容が異なるからで、ビル建築の仕事に携わるのなら一級建築士の方が試験問題も関係が深いでしょうけれども、戸建住宅の場合には、むしろ、「二級建築士+インテリアコーディネーター」か「二級建築士+宅地建物取引主任者(⇒宅地建物取引士)」の方が関係が深いのではないかと思われるくらいで、《「いっきゅうけんちくしいい」と言えばひとは言うことをきくであろうと勝手に思いこんでる症候群》の「患者」というのが建築業界にはいて、そういうのは、実状を知っている者から見ると、かえってみっともないと思うのですが、「いっきゅうけんちくしい」というのをありがたがる人、二級建築士だと「なんだ、二級か」なんて言う人というのも現実にいますから、どちらがいいかは何とも言えませんが、私立で「一流大学」ではない方の「大学」、「ええ、そんな大学なんて、あったのお~お?」と多くの人間は思う「大学」卒で、すでに30代の後半になって一級建築士も二級建築士も通らない・・となると、「やっぱり、バカでも入れる私大の建築学科卒なんて、カネで買ったような学歴の男というのは、資格試験も通らないということなんだな。二級建築士すらも通らないのか・・」という評価になってしまいますから、だから、うかつなことは言わない方がいいと思います、せめて、国立大学の建築学科卒ならば、「建築士の資格を取ることより他に・・・ということを学んでおきたいと思ってそちらの勉強をしてきましたので、・・・については私は詳しいです」と言えばそうかいなと思いますし、実際、そういうことはあるでしょうし、《「いっきゅうけんちくしい」と言えばひとは言うことをきくと勝手に思いこんでる症候群のおっさん》よりよっぽどいいと思いますが、 「東京電機大学の工学部建築学科卒ですう」と言われて、「建築士の資格は持ってませんけれども」と言われると、「ああ、やっぱり、カネさえ払えれば入れる私立大学の建築学科なんて出ても建築士の国家試験は通らないということなんだな」と思われるのがオチでしょう。そういう「大学」卒の人は、石にかじりついても一級建築士か二級建築士の資格は取るべきで、「御主人さんなんか御存じない大学かもしれませんが、建築学科がありましてそこを卒業して、一級建築士の資格を取ったんですよ」と言えば、ああ、そうかと思われるかもしれませんが、「建築士の資格は持ってませんが、建築学科をでてますから」などと言って、「どこの大学なんですか?」ときかれて「東京電機大学ですう」なんて言って、「はあ、そんな大学あるんですかあ?」と言われ、「よう知りまへんけど、あるみたいですわあ」「へえ~え・・・」となって、やっぱり、カネさえあれば入れる私立大学の建築学科なんて卒業しても卒業しただけというもので、国家試験には通らんということなんやなあ・・と思われることになる・・・が、高橋賢一郎はなぜかそれを言いたがる。言いたがるだけではなく、「『うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから』と、僕のことを言うといいよ」と私に言って、嫌がる私に、「そう言え」と言って、まるで「ラーメンは地球を救う」と言えと言われて嫌がる「栗田さん」に無理矢理言わせるみたいに言わそうとするのでした。「ええ? そんなこと、言うのですかあ~あ」と私は言ったのです。そんなこと、言ったら、「なんで、一級建築士も二級建築士も取ってはれへんのお?」と言われそうですし、売り手の側から「建築学科を出てますから」とアピールするくらいなのだから、「そうなんですか。どちらの大学でてられますの?」ときかれる可能性は大きく、「うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから」ときかれもしないのに言うからには、「東京大学の工学部建築学科」とか「京都大学工学部建築学科」か、そうでなくても、大阪大学工学部建築学科か神戸大学工学部建築学科か、東京圏なら千葉大学工学部建築学科とか、そこらの大学を出ているのだろう・・・と思ってきくと思うのです。それに対して、「東京電機大学というアホ大学がありましてねえ、バカでしょお~お。だから、もう、30代の後半になってるんですけど、一級建築士に通らないだけじゃなくて二級建築士にも通らないんですよ。もう、ほんと、アホもアホもアホあほアホて、顔を見ても東大とか京大とか出てるて顔はしてませんでしょお~お・・・」と答えてほしいのか??? ・・・だって、小堀住研(株)は「大卒しか採らない会社」で「一部上場企業」で「阪急沿線の小堀」から発展した「高級住宅の小堀」であり、「竹中工務店の中央設計室にいた」という人が創業したと言っている会社で、「新 桂(しん かつら)」という商品名で会社名からして、小堀遠州を思わせる「小堀」で、しかも、創業者の出身地は小堀遠州と同じ滋賀県・・・というそういう会社で、「小堀で家を建てた」というのがステータスという会社だったので、「小堀の営業は大卒の営業です。ミサワあたりとは違います」とはっきりと言っていた会社だったのですから、「小堀の営業は大卒の営業です。ミサワあたりとは営業が違いますから」と言うからには・・・、そう言いまくってきたのですから、「大卒」は大卒でも国立大学か関関同立くらいの大卒だと思いますでしょ。「小堀の営業」というのは「大卒の営業」で、国立大学か関関同立くらいまでの私立大学の「法学部・経済学部・商学部卒の人」であるはずですから、それを「うちの課長は建築学科出てますから」と言うからには、当然、「国立大学か関関同立」に対応するくらいの大学の建築学科と思いますでしょ。そうなると、国立大学の建築学科か、関関同立で工学部がある大学というと、同志社の工学部・関大の工学部・立命館の理工学部といったところか・・・、自分の方から「建築学科をでてますから」とたいそうに言うからには、関関同立てことないだろ、そうなると、旧帝大系国立大学か神戸大・東京工大・東京芸大か最低でも千葉大など旧一期校国立大学の建築学科か・・・・と思いますでしょ。相手がそう思うことを言えと高橋賢一郎は言っているわけです。・・それで、「東京電機大学というアホ大学ですねん」・・・て答えるのですか? はあ? はあ~あ・・・・と思いませんか?
  まず、将棋では何手先まで読むとか言うと思うのですが、営業というのは、こちらがこう言えば相手はこう反応するだろう、それに対してこちらがこう言えば相手はこう反応するだろう・・・と、2手先か3手先くらいまでは予測して対応するものではないかと思うのだ。「ラーメンは地球を救う」みたいなことを言えという男というのは、それを言った場合に相手がどう受け取り、どう反応するか、考えていないか、もしくは、その予測の内容が精神的に貧困か、どちらかなのでしょう。

   これ、卒業した大学が評価が高くない方の「大学」だから絶対にいかんということでもないのです。あまり、評価が高くない大学卒の人でも、嘘を言わずに、なおかつ、逆にプラスの印象をもったもらえる言い方というのもあるのです。 2003年のことですが、(株)一条工務店の工場部門の(株)日本産業の「西東京工場」と名づけた山梨県上野原市にあった工場で、派遣社員として来ていた20代の人が退職して、友人と一緒に居酒屋を始めたということで、何人かでその店に行ったことがあったのですが、その店長が挨拶に顔を出して、「皆さん、きょうはよく来ていただきました。私、▽▽くんの友人でして、山梨県の・・・に☆☆大学て私立大学ありますでしょ。あのバカ大学ですよ、あそこ、出たんですよ。バカでしょお~お、ほんとお。それで、今、居酒屋の親父やってます。これからもよろしくお願いしますね♪」と言ったのでしたが、たしかに、大学はあまり高く評価される大学ではなかったけれども、しかし、「居酒屋の親父」としては、この人、いい味だしてるなあ・・・という印象を受けたのです。高くない評価の大学卒だからプラスの印象を持ってもらえないというものでもないと思うのです。
   そして、住宅建築業においても、千葉支店松戸営業課の課長だったUさんは、日本大学の工学部土木学科卒の人でしたが、お客様宅に行って、擁壁を見てこう言ったのです。「私、土木学科卒ですから擁壁に詳しいですから、私にきいてください。なにしろ、日本一の大学でてますから」・・・と。そう言われると、「どこですのお?」とききますでしょ。実際、奥さんはきかれたのです。「日大ですよ、日大♪ 学生の数が日本一なんですよ」と。そして、「日大ですけど、土木学科でてますから、擁壁とかについては、私、詳しいですから」と話したのです。なるほど・・・と思いませんか? それこそ、「私、東大の工学部土木学科でてますから」と言われるよりも、「日大ですよ、日大♪ 学生の数が日本一なんですよ」と言って「日大ですけど、土木学科でてますから、擁壁とかについては、私、詳しいですから」と言われると、かえって、「東大でてます」と言われるよりも、親しみを感じてききやすかったりする場合があります。かつ、そういう言い方をすることで「笑いをとる」ことで印象に残ります。そういう言い方ならば、大学の評価そのものは、東大や京大の土木学科に劣るとしても、そのお客様にとっては、かえって良かったりするくらいになるのです。 なんで、高橋賢一郎はそういう言い方をしないで、「建築士の資格は持っていませんが建築学科でてますから」と「バカでも入れる私大の建築学科」卒を自慢したがるのか?・・・・というと、結論として、「アホやから」であり、「営業力がないから」でしょう。もうひとつは、「小堀住研(株)の商品の性質をわかっていないから」でしょう。高橋賢一郎は、その時、職種としては営業の職種についていたのです。営業の職種についていたのなら、こちらがこう言うと相手はどう受けとるか、相手はどうきいてくるか・・・ということを考えるべきであり、「な~んも考えとれへん」ようなことを言うようでは営業ではありません。

  なおかつ、高橋賢一郎は「無神経な人間だったから」ということもあるでしょう。私が「ええ? そんなこと言うのですかあ~あ」と言ったのですから、私がそんなこと言わされるのを嫌がっているということを理解するべきですし、『美味しんぼ』の「栗田さん」みたいに「ほんとに言うのですか?」と言いたいところを、あえて言わずにいたということを理解するべきであったはずですし、なぜ、私が嫌がるのかというその理由も考えてみるべきであったはずですが、それを考える謙虚さが欠落していたのです。・・・だから、「ラーメンは地球を救う」と大声で言ってください・・みたいなことを胸はって言ったのでした。 そんなことだから、高橋賢一郎は高額物件は売れないのであり、それを自分が悪いと認めたくないから、だから、「ここの展示場はろくな客が来ない展示場なんだ」と、「高品質低価格」の「ハウス55」の見込客だけを見込客だと断定する言い方をしていたのでした。 高橋賢一郎はその時点ですでに30代も後半に入っており、そこから営業としてレベルアップしそうには思えませんでしたから、そういう人はそういう人で会社は使ってあげるべきであり、私の父の勤め先の社長が「アホはアホなりに使ったらええがな」と言ったというのですが、「適材適所」というのか、「高品質低価格」の見込客は来場しても高額物件の見込客は来場しないような展示場に専門で配属してあげるようにすれば、「それなり」の成果は出せた可能性がある人で、「それ以上」を期待しても無理な人でしたから、そういう配属をするべきであったはずでしたが、東京支店長の高倉にはそういうことを考える頭がなかったようでした。入社式の後、社長・副社長・専務の次の常務取締役3人のうち、銀行出身の2人ではない常務取締役のKさんが「うちの会社も、まだまだ、人材が不足してますから」と言われたのだが、その時はその意味がよくわからなかったのでしたが、どういう人をどういう場所に配属するのが好ましいかといったことを考える能力のない人が支店長になっている、東京支店長の高倉さんは支店長ではなく営業課長ならば悪くない営業課長だったかもしれないし、少なくとも高橋賢一郎よりはずっといい営業課長だったと思うが、支店長となると、高額物件は取れない高橋賢一郎では自由が丘展示場は無理だ、その人は「高品質低価格」タイプしか売れない人、それも、「高品質低価格」タイプでも、「高品質低価格」タイプというよりも安物のように売るしかできない人だ、ということを理解してあげて、そういう人はそういう人として扱ってあげないといけないはずですが、それができない人であり、たしかに、「まだまだ、人材が不足している」会社でした。
  「東京電機大学工学部卒」と言えば顧客はありがたがるだろう・・などと高橋賢一郎は思っていたようですが、思わないと思いますよ。「日大ですけど、土木学科でてますから」と言われると、面白い人だなと思い、かえってプラスの評価をされるかもしれないけれども、「うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから」などと言わせて、きかれもしないのに自分の方からそこまで言うからには、最低でも国立大学か私立でも比較的評価の高い方の私立大学の建築学科卒ということか・・と思わせて、「東京電機大学ですねん」と言ったのでは、「こいつ、レベル低いなあ~あ」と顧客に思わせることになり、そう思わせようと思って言わそうとしていたのか、そうでないのかわかりませんが、営業ならば、こう言えば相手はどう思うか、こう言えば相手はどうきいてくるか・・といったことを予想した上で言うべきであり、野村のじいさんも「理由のないことをするな」と言っていましたが、いったい、どういう理由で「うちの課長は、建築士の資格は持っていませんが建築学科をでてますから」なんて言ってほしがったのか、理解に苦しむことを言わせたがる男でした。
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《2》 「東京大学経済学部卒」なんてかさ張った学歴の人は、履歴書型自己紹介書のポスティングなんてやめたほうがいいと思う、という話。
  1980年代後半、小堀住研(株)の新卒社員研修で、見込客は、会社と営業担当者と商品の3つを見て契約するかどうか判断するのであり、営業担当者は自分自身についての紹介を顧客にきっちりとした方がいいという話がされた。そこで、自己紹介書をお客様に渡すという方法があると言われたのだが、これは、小堀住研(株)が独自に考えたものではなく、社員研修をおこなっている業者が紹介している話らしく、他の業界の人から、あのやり方のものをこの人はやっているのだなと思って見たことがあるが、かえってよくないかも・・・と思うケースも中にはある。
  自己紹介書には、「会社に応募する際に提出する履歴書そのまんま」みたいなものを渡す方法(「履歴書そのまんま型」)というのがあり、漫画チックに、自分の似顔絵を書いたりした上で、吹き出しに経歴などを書いて渡すという方法(「漫画チック型」)がある、と教えてもらったのだが、「どちらか」ではなく、そういうものは参考にした上で自分はどうしたものか、考えた方がいいと思う。小堀住研(株)で新卒社員の営業系合宿研修でそれを教えたTQC推進本部営業部会課長の川崎(愛称「デブの川崎」)は、自分も営業をやってきた人間なのだから、こういうやり方があるとどこやらから言われたものをそのまま話すのではなく、それについて自分はこう思うとか、自分がやってみたところどうだったという話もあっていいのではないかと思うが、どこやらから言われた話そのままだった。

  2000年代後半だったと思うが、東海住宅(株)〔本社:千葉県八千代市〕https://www.10kai.co.jp/ で社長になった人相が悪く目つきが悪いヤクザ顔の大澤が、会社のホームページに「社長の写真」を掲載する際に、好感を持ってもらえるようにと努力したのだろうと思うのだが、その努力する姿勢というのは評価してあげたい気持ちもするのだけれども、人相の悪いヤクザ顔(もしくは、不動産屋顔?)の男が気色の悪い作り笑いを浮かべた顔の写真を掲載しているのは、「かえって気色悪い」印象を受けた。大澤くらいの人相の悪い男は、少々、作り笑いを浮かべても「かえって気色悪い」。 そういう場合だが、厚生労働省委託で東京リーガルマインドが実施していた「就職支援セミナー」で講師の女性が「履歴書に貼る写真はカラーでも白黒でもいいのだけれども、白黒の方がアラが目立たないから白黒の方がいいと思います」と話したことがあったのだが、その話を母にしたところ、「あんた、何かアラがあるか。ないやろ。あんた、カラーの写真の方がいいように見えるやろ。なんで、白黒にしないといかんのや」と言うので、たしかにそうだな、と思った。顔のどこかに「アラ」がある人は履歴書に貼る写真はカラーではなく白黒にした方が「アラ」を隠せるということがあるかもしれないが、別に隠したい「アラ」なんてない、むしろ、カラーの方が「なかなか、いい顔してるじゃないか」と思ってもらえることが考えられる人間はカラーにした方がいいはずだった私はこんな顔してるんです、見てくださいとアピールして好印象をもってもらえる可能性があるなら、白黒よりもカラーにした方がいい。 白黒にした方がいいのは、「少々、アラがある人」で、この場合の「アラ」とは、「少々、軽そう」とか「少々、・・」というくらいのケースではないかと思う。 東海住宅(株)の社長だった大澤なんかは「少々」ではなく「はっきりとヤクザ顔」であり「はっきりとガラが悪い怖そうな顔」で「はっきりと、明らかに、人相が悪く目つきが悪い顔」であり、「こんなヤクザ顔のおっさんの会社になんて勤めて大丈夫か、と思われる顔」であり、実際、私は東海住宅(株)の面接で、その時は社長ではなく建設部担当の取締役だった大澤と会って、こんなヤクザ顔のおっさんが取締役の会社に勤めて大丈夫か? ・・と心配したものだったが、大澤のようなはっきりとヤクザ顔・どう見たってヤクザ顔(もしかすると、本物のヤクザさんよりもヤクザ顔)というそこまで人相が悪い人は、気色の悪い作り笑いを浮かべて写真に写っても、白黒にしても、その程度でどうなるものでもない。・・そういう場合の方法として、写真ではなく「似顔絵にする」という方法がある。 さらには、クマさんとかワンコとかの縫いぐるみの写真を写して「私を動物にたとえると◇◇です」と書いて載せるとか、そういう方法もあると思う。「人相が悪く目つきが悪いヤクザ顔の大澤」なんかは似顔絵くらいがいいのではないかな・・。

  証券会社には女性社員がおり、男性が重要な客の担当で女性は比較的重要度が低い客の担当というわけでもないらしいのだが、かつ、女性といっても、「ち~が~う~だ~ろ。このハゲぇ」とか言いそうな頭狂大学の経済学部卒とかいう人というわけでもなく、私立の女子大卒とかの人がやっているらしいのだが、男性の社員の場合は、どこの大学卒であるかにかかわらず、一人前の社員としての対応をやるしかないのだが、女性の場合は「女だから。きゃぴ」というのが通じてしまう場合が現実にあるのだ。現実に。今は昔、その人はもうやめられたらしいから言うが、野村證券の担当者の女性から似顔絵型の自己紹介書をもらったのだが、個人的なことを教えてもらえば、それだけ親しみを感じるということはたしかにあるとは思うけれども、「学歴:東京女子大卒」と書かれると、悪いとは言わんが、実際のところ、「トンジョのねーちゃんではなあ」・・・という気持になる。ならない人もいるかもしれないが、私はそういう印象をもった。別に、頭狂大学でなくてもいいけれども、生命保険屋のおねーちゃんは、扱っている生命保険については理解していても、経済動向によってどうなるか・・なんて話をしても、生命保険屋のおねーちゃんは短大卒くらいの人が多いようで高卒の人もいるらしく、生命保険屋のおねーちゃんにそこまで期待するのは「レベル的に無理」やろうなあと思ったのだが、それに近いものとして、証券屋でも「トンジョのねーちゃん」にあまり大きな期待をしても無理やろうなあ・・・という気持になった。
  証券屋の担当者というのは、その女性は一般職としての窓口係の人なのか、東大でも出てきたような総合職として男性と同等にやっていこうという人なのか、この人はどちらなのだろうなあ・・? という感じの人がいる。男でも女でも、客の側からすると、この人、どこの大学でてるんだろうなあ・・と思う場合もあるが、片方で、言いたくない人にあまりずけずけときくのもどうかとは思うが、他方、きいてもいないのに「東大でてます」とか言われると「ああ、そうですか」とか「おえらいんですね」とか、かえって感じが悪いという場合もあるかもしれない。そういう場合だが、本来、男も女も関係ないのだけれども、「東大でてます」なんて、ききもしないのに男に言われると、「ああ、そうですか。おえらいんですね」とか思う人もいるかもしれないし、その名前を聞くと「俺、落ちたよお」とか思いフラッシュバックを起こす人もいるかもしれないし〔⇒《YouTube-西遊記エンディング 「ガンダーラ」 演奏:ゴダイゴ》https://www.youtube.com/watch?v=s7JUEw2X2NQ 〕(それから何十年か経った今でも時々、本郷の合格発表会場で自分の番号を捜しても捜してもないというのを夢に見るという人もいるかもしれない・・というか、いるし)〔⇒《YouTube-昭和枯れすゝき - さくらと一郎》https://www.youtube.com/watch?v=iHpdxhwgJpA 〕、「この長嶋みたいなやつ」とか「わしぁ日陰の月見草」とか「ええなあ、うらやましいなあ。ええなあ、ほんまにええなあ」とか思う人もいるかもしれん(?)し、きかれて言う分はいいとしても自分から言わない方がいい場合があるのだが、女性の場合は、女性で東大でているとかいう人は、口で言うのではなく自己紹介書で「東京大学経済学部卒」と書いた物を渡すと、「東大でてられるんですか」ということで、それならばこの人には男性と同等のものを期待してもいいということだな・・ということになりますから、自分を男性社員と同等以上に見てもらってけっこうですという意思表示になると思います(但し、それを渡したその時から、「女だから。きゃぴ」というのは通じなくなります)。だから、男性ならば、まだ、それほど深いつきあいでもない相手に「東京大学経済学部卒」なんて書いた自己紹介書を渡すと、「だから、何やねん」と思われてしまう可能性があるのに対して、案外、女性は「女性なのに東大でてられるんですか」とプラスに評価されてもマイナスには受け取られない場合があるように思います。証券会社の担当者の場合、女性の担当者というのは、「男性と同等の担当者」なのか、「一般職のような立場の女性担当」なのか・・、「男性と同等の担当者」ならば自己紹介書を渡して、そこに「東京大学経済学部卒」とか、東大でなくても一橋とかそのあたり卒なら書けばいいと思うが(慶應は人によってその大学卒の人に対する好悪の差が大きいように思うので、言ってもいい場合と言わない方がいい場合があるし、「世の中でどういう人間が嫌いかと言うて、慶應の内部進学ほど嫌いなものはない」という人というのも現実にいるのですが〔たとえば、私が大学4年の時に、会社の人事担当者の方から電話をもらい、その方から「私は世の中でどういう人間が嫌いかと言って慶應の内部進学ほど嫌いなものはないんです。あなたは大阪の出身だから内部進学じゃないと思ったから電話させてもらったのです」と言われたこともある〕、慶應大卒の女というのはそれを理解できない人が多く、特に内部進学の人というのは「慶應内部進学は絶対にいいと思われる権利があるんだ」という信仰を持っており、嫌いだという人間がおれば嫌う人間が悪いと思っており、慶應内部進学は嫌いだという人間は「自我が確立されていないからそんなことを言うのだ」とか「モラトリアム人間病にかかっているからそんなことを想うのだ」とか彼らはそういうように考え「診断」します)、「一般職のような立場の女性担当」は書きたければ書いても別に悪くはないけれども、別に自己紹介書に学歴を書かなくてもいいのではないか・・とも思います。
  それに対して、日興コーディアル証券だったか大和証券だったか、どちらかの営業で、新卒新人かと思われる人が、その地域の家に1軒1軒、ポスティングをしていたのを見たことがあるのですが、「漫画チック型」ではなく「履歴書そのまんま型」のものを、その地域の家に片っ端からポスティングしていたのでしたが、見ると、「東京大学経済学部卒」なんて書いてあるので、にーちゃん、あんた、それはやめた方がいいと思うがなあ・・・と思ったのでした。 場所は違うが、日興コーディアル証券だったかの新卒社員らしいにーちゃんが同様に「履歴書そのまんま型」の自己紹介書をポスティングしていたもので、見ると、言っちゃなんだが、頂点ではない方の私立大学卒と書いてあったのだが、世の中には、「いい大学でてるなら言えますけれども、僕なんか、高校しか出てませんから、言えないですよ」とか「僕なんか、◇◇大学しか出てませんから、人に言えないですよ」とか言うおにーちゃんがいるのですが、そうでもないのではないか、と思うのです。「東京大学経済学部卒」と書いた履歴書をコピーして、それをその地域の家の郵便受けに片っ端から投函してまわっているにーちゃんて、会社の上役からやれと言われたのかもしれないが、それ、まともじゃないぞ・・・・。ある程度、つきあった顧客から「あなた、どこの大学を出られたのですか」ときかれた時に、正直に「東京大学の経済学部を〇年に卒業しました」と答えるのはいいと思うが、きかれもしないのに、「東京大学経済学部卒」と書いた「履歴書そのまんま」をその地域の家の郵便箱に片っ端から投函してまわるというのは「正気の沙汰ではない」ぞ。それは、やめた方がいいと思う。むしろ、「僕は◇◇大学しか出てませんから、そんなの人に話せませんよ」とか言ってるおにーちゃんの方が、そういう「履歴書そのまんま型」の自己紹介書を郵便箱に投函してまわるのなら、まだいいと思う。一度でも会った相手になら、「今年入った新人なんですが、自分の担当のお客さんがまだないんです。よろしくお願いします」と言って「履歴書そのまんま型」の自己紹介書を渡すのなら、その場合は、あまり高く評価されない方の大学卒の人の方が渡して問題はないと思うのだ。「東京大学経済学部卒」と書いた「履歴書そのまんま型」自己紹介書を、その地域の家に片っ端から投函してまわるというのは、それは「正気の沙汰ではない」からやめた方がいいと思う。十分につきあって、相手がこの人はどういう経歴の人なんだろう・・と関心をもったという場合ならば「履歴書そのまんま型」自己紹介書を渡してもいいかもしれないが、その場合でも、「東京大学経済学部卒」なんてかさ張った学歴の男は「履歴書そのまんま型」の自己紹介書というのは、あんまりいいことないのではないか、と思う。
  三井住友信託銀行だったように思うのだが、我が家の近所の支店で母が担当者に「今の支店長さんはどこの大学出てられるの?」ときいたところ、「東大です」と担当者が答えたということがあったのだが、きかれて正直に答えるのは悪くはないと思うし、大阪府の某支店の支店長が「私も慶應です」と言われたのは、それは言うとアホなおっさんが喜ぶだろうと思って言われたのであり悪くないと思うのだが、「東京大学経済学部卒」と書いた「履歴書そのまんま」をその地域の家の郵便箱に片っ端から投函していた証券屋のにーちゃんというのは、あれはやめた方がいいと思う。それをやるには大学の名前がかさ張り過ぎである。「東京大学経済学部卒」とかいうようなかさ張った経歴の人は、たとえ、自己紹介書をその地域の家の郵便箱に入れてまわるのでも、「履歴書そのまんま型」ではなく「漫画チック型」の方がまだいいと思うし、その場合でも、「出身地」「趣味」とかは書いても、大学の名前は、商談が進んで、ある程度、人間関係ができたような相手から「どこの大学出られたんですか」ときかれた時に答えるのなら悪くないと思うが、会ったこともない人の家の郵便箱に投函するのなら、「〇年経済学部卒」くらいにしておいた方がいいのではないかな・・と私は思う。

 
《3》 「ポン大建築学科卒で二級建築士」と言いたがる不動産屋のおばさん。
  2010年終わりか2011年初めだったと思うのだが、千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)〔建設業。2013年11月に正式に倒産〕で、不動産屋が建売もしくは「建築条件付き」で土地を販売する場合に、建てさせてもらえないかということで、千葉市の不動産屋をまわったことがあったのだが、千葉市中央区と市原市の境目付近の千葉市中央区のあたりだったような気がするのだが、ある不動産屋に行ったところ、そこのおばさんが「私は建築の大学を出た人間だから。建築士の資格も持っているし」と言うので、「はい、はい」と思ったということがあった。それ、言われなくても、行く前にそれぞれの不動産屋のホームページは閲覧してから行ってますから、そこのおばさんが、日本大学の建築学科卒で二級建築士の資格をお持ちだということは見ていました・・・・が、それでも、いちいち言わないとおれない症候群の人だったようでした・・・・が、それにしても、「ポン大の建築学科でてますう」・・なんて、自慢みたいに言うかあ~あ・・・と思ったのだが、言う人は言うらしかった・・・。
  杉山英男『地震と木造住宅』(丸善)によると、今では日本国中にいっぱいある大学の建築学科というのは、かつて、明治の終わりにおいては、東大と京大と早稲田大の3つにしかなくて、大正の終わりにおいても、その3つに東京工大と日大を合わせた5つしかなかったそうだ。
地震と木造住宅 - 杉山 英男
地震と木造住宅 - 杉山 英男
親戚のおっさんで日大建築学科卒のおっさんが「日大にちだいと言うけれども、私立大学の建築学科では歴史があるんやからなあ」と言うていたと聞いたのだが、たしかに、「日大にちだい言うけれども」て、別にわしは言うてへんけどもやなあ・・・、歴史という点では、私立大学では早稲田大に次いで古いし、国公立・私立を合わせても、東大・京大・東京工大・早稲田大の次に古いわけで、そう考えると、「たいしたもん」・・・・かもしれんが、「それでも、日大やろうが」・・という面もあるわけで、もしも、大阪大学工学部建築学科・神戸大学工学部建築学科とか東京芸大美術学部建築学科とか千葉大工学部建築学科とかと日大の建築学科と両方通ったならば、日大の方が歴史が古いから日大に行くかあ??? 行かんだろうが・・・! そうやろ。「しょせんは日大」やろうが・・・とたいていの人間は思う。それから、日大の建築学科というのは、福島県郡山市の工学部の建築学科と、千葉県船橋市の理工学部の建築学科と、千葉県習志野市と船橋市の境目と習志野市の実籾のあたりとにある生産工学部建築学科と3つあるようで、大正の終わりの時点で、東大・京大・東京工大・早稲田大と日大にのみ建築学科があった・・・という話の建築学科というのは、3つある日大の建築学科のうち、どれのことなのだろうか・・・と思うのだが、「日大にちだいと言うけれどもなあ」とか、俺は別に言うてへんけども・・と思うのだが言うおっさんが行った日大の建築学科というのは、大正の終わりにあった「日大の建築学科」なのか、それとは別なのか、どうも、よくわからん。
   昨年だか一昨年だか、ヤフーニュースに、私立大学で、全体を身売りするのではなく、学部ごと・学科ごとに売却するという方法が出てきた・・・という記事が掲載されていたのだが・・・、ほほお~お(^^)/ ・・・たとえば、昔から「医学部が欲しいと言いながらできない早稲田大学」に、私立金権裏口薬漬け毒盛り医学部を売却すると、突然、「早稲田大学医学部」に変身して、慶應義塾大医学部に並ぶ私立医大にへ~んし~ん♪ かあ・・・とか、そして、建築学科が工学部・理工学部・生産工学部と3つの学部にある日大から、福島県の工学部建築学科は地域が違うとしても、理工学部と生産工学部はどちらも千葉県であり、この際、昔からある大学で理工学部はありながら、なぜか建築学科のない大学だった慶應大学に理工学部か生産工学部かの建築学科を売却すると♪・・・きのうまで、「御主人さん、わたしい・・、日大ですけど、一応、建築学科でてますからあ」とか「一応」つきで話していた工務店のおっさんが、ある日突然、「り~くのお、お~うじゃあ、慶應~お♪」とか叫んでふんぞり返る・・・・て、なんかありそうな・・・と思ったのだが・・・。 どっちにしろ、ポン大の建築学科卒なんて、自慢されてもなんだかなあ~あ・・・と思うし、二級建築士なんてそう難しい試験でもないようだし、その、自分はポン大の建築学科卒で二級建築士なんだからという「上から目線」というのか、それで「マウントとった」みたいな態度というのか、なんというのか・・・。 不動産屋というのは程度低いと前々から思ってきたし、「不動産屋と口きくと不快指数が上昇する」というのは建築屋に勤める人間がよく言うことだったのだが、ポン大の建築学科卒だなんて、自慢みたいに言うかなあ~あ・・・・と思ったのだが、「世の中いろいろ、会社もいろいろ、人間いろいろ」なのだろう・・・・( 一一)  不動産屋のおばさんにポン大の建築学科でてると言われても・・・、だから、何なんだよ・・てとこなんだけれどもねえ・・・、というのか、「出たけりぁ出れば」という程度のものでしかないように思うのだが・・・、「世の中いろいろ、会社もいろいろ、人間いろいろ」・・なのだろう・・・。
 (2020.9.10.)

☆ 最初、「学歴を言って、言わない方が良かったと思った話」を自分の経験2例・ひとを見て思ったもの3例を1回にまとめて公開しましたが、相当長くなったので、分けた方が見やすいと考えて、3回に分けました。前段の話と合わせると4回に分かれたことになります。
(前段) 「社長が歌う演歌集」を会社のカネで出す会社・「バカでも入れる私大の建築学科」卒を清原化させたい症候群の経営者の会社https://shinkahousinght.at.webry.info/202005/article_3.html
自分の経験[1] 「大卒しか採らない会社」と言っていて底辺の高校卒の人がいた状況が顧客の評価を下げた小堀住研(株)https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_1.html
自分の経験[2] よっぽど自分はえらいみたいに思っている不動産三田会の不動産屋のじいさん https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_2.html
ひとを見て思った話[1]「ラーメンは地球を救う」みたいなことを言わそうとする営業課長。
 [2]「東京大学経済学部卒」なんて履歴書をその地域の家全体にポスティングなんてやめた方がいいと思うぞ。
 [3]ポン大の建築学科でてるのよお(あんたとは違うのよお)・・なんて不動産屋のおばさんに言われても・・・
 〔今回〕 

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