学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。― 会社の上役が取ってくれと言う資格は取るべきか【6/7】

[第723回] 「ベルニーニはお好き?」から引っ越し掲載[第21回]
  ヤフーブログに「ベルニーニはお好き?」という題名で公開していたブログを、ヤフーブログが2019年12月に閉鎖されるということで、このビッグローブブログの「慎腹風呂愚」に引越掲載の作業をしていますが、その21回目です。
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ベルニーニはお好き?
[第21回]会社の上役が取ってくれと言う資格は取るべきか【6/7】
学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。

https://blogs.yahoo.co.jp/berniniwaosuki/65429663.html
  住宅建築業の会社にもいろいろあって、1980年代後半、私が小堀住研(株)に入社した時、小堀住研(株)では、一級建築士を持っている人は月5千円、二級建築士か宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)を持っている人は月2千円、持っているだけでそうでない人よりも多く給与をもらえました。これは就業規則に明記されていたもので、一級建築士の場合、各支店で「一級建築士事務所」として登録する際に「 一級建築士 何野誰男 」と名前を入れて登録した人は5千円ではなくもっともらっていたようですが、名前をそういうところで使用していない場合でも、一級建築士は5千円、二級建築士と宅地建物取引主任者は2千円、そうでない人より多くもらえており、入社式の後の本社での研修の最初に、「『技術系』(4年制大学の建築学科・土木学科卒の人)は、とりあえず、二級建築士の資格を取ってください、『営業系』(4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人)は宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の資格を取ってください」と言われ、又、新卒社員向の営業系社員の合宿研修では、「営業は、営業知識と営業技術と営業意欲の3つともあるのが好ましいけれども、最低そのうちの2つあればなんとか売れる。1つでは売れないな」と言われ、かつ、「知識のないやつは、安い家は売れても高額物件は売れない」と言われ、「高額物件の契約を取るためには住宅の知識を身に着けるように学習しないといけない」と言われたものでした・・・が、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ はその反対で、私が入社した1992年の時点では、特に営業職の従業員には「営業に知識みたいなもん、全然関係ないで」「営業は頭のない人間がええんや、頭のない人間があ」「学校なんて出てない、頭をモヒカン刈りにしてるやつとか、羽根のついた暴走族みたいなクルマに乗ってるやつとか、女の子のスカートめくりにいくやつとか、そういうのんがお客さんに喜ばれるんや、そういうやつが。そういうのんが営業に向いてるんや、そういうのんが。ぼくなんかも学校出てない(最終学歴:中卒)もんやから、だから、気さくで人間味があって人から誰からも好かれるんや。そういう人間がお客さんに好かれて営業にはええんや、そういう人間があ」と営業本部長の天野隆夫が言っていたのです(それを聞いて、「こういう人間が営業本部長になってるんや、こういう人間があ」と私は思ったものでしたが)(また、この話を相当社歴の古い某さんに話したところ、「はあ~あ? あの天野部長のいったいど~こが気さくで、どこが人間味があるんだ、どこがあ~あ?!? いったい誰がそんなおかしなわけのわからんこと言ってるんだ、誰があ~あ!?!」と言われたものでしたが、誰が言っていたかというと御本人であって御本人以外にそういったことを言っていた人は一人もなかったのですが)。もっとも、仕事の性質上、住宅・建築についての知識がまったくなしでやっていける仕事ではないはずであり、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫という人は、私が入社した1992年頃、40くらいだったと思いますが、初代社長の義理の弟として20代の頃に創業の地の浜松で「特別扱いの営業」をちょろっとやっただけの人であり、総務部長の天野雅弘などもそうですが一族の人間が「特別扱いの営業」を「ちょろっとやっただけ」というものを営業の経験があると言っていいかどうか微妙なところもありますし(結論を言うと、それは「営業の経験」のうちに入らないと思います)、何より、営業本部長の天野隆夫という人は、自分自身と会社そのものを混同している、自分がオーナー経営者の一族であったとしても、それでも、仕事をする上においては従業員の一人なんだという認識が完全に欠落している人であり、たとえ、オーナー経営者の一族の人間でも、自分と会社とは同じではないんだという認識が欠落している人で、会社の営業社員がやっていることがどうか、あるいは、その時点でやっている人間がどうかではなく、どうあるべきかという視点からではなく、自分自身がどうかの方をいかなる場合にも最優先して思考する人であるので、この人がどう言ったかだけで会社を判断するわけにもいかないかもしれません。カール=マルクスは「生産力と生産関係の矛盾によって」「機関車が客車を引っ張るごとく」資本制経済は社会主義経済に移行するであろう・・といったことを言っていたようですが、それは実際には少なくとも今まではなっていないのですが、個々の会社・企業を見て考える場合においては、もしも、会社・企業のあるべきものと異なるものをオーナー経営者が頑固に主張するならば、「生産力と生産関係の矛盾によって」「機関車が客車を引っ張るごとく」オーナー経営者一族が会社から引きちぎられる・・ということになる可能性というものはあると思います。もし、オーナー経営者一族が会社の意思に反する態度をとるならば、オーナー経営者一族が会社から「機関車が客車を引っ張るごとく」引きちぎられることになるか、そのような矛盾をはらんだ会社は衰退していくか、どちらかになる可能性は小さくないでしょう。・・だから、(株)一条工務店の営業本部長が「営業に知識なんて全然関係ないで」とか「営業は頭のないやつがお客さんに好かれるんや、頭のないやつが」とか言いまくったとしても、はたして、それは会社がそうなのか、「20代の頃に創業の地の浜松でちょろっとだけ特別扱いの営業をやったことがあるだけの人」の頭の中の妄想なのか・・なんとも言えないところがありますが、それでも、営業本部長という立場の人が言う以上、その発言はいくらかの力を持つことになり、会社にはそういう影響は出てきますし、出ていました。しかし、1990年代の途中から、方針が変わったようで、従業員に、矢鱈と資格を取れと言うようになりました。取って悪いということはありません。しかし、その動機が不純というのか、おかしいのです。やっぱり、高卒のおっさんの発想だな・・・という感じがしました。又、「お客様アンケート」には「一条工務店の設計担当者は客の仕事よりも建築士の勉強の方に熱心で不愉快だ」という指摘がありました。
  1990年代の終わり、栃木県地域の営業所長になっていた五十嵐さんが、「今の世の中は、人を肩書で見る世の中だ」などと栃木県地域の会議で発言したことがありました。ああ、この人は、こういうことを言わない方が本人にとってはいいのになあと思ったのですが、言ってあげてもきかないだろうなあと思ったので言いませんでした。要するに、自分はもっと高く評価してもらいたいのに、評価してもらえないのは自分が高卒だからなのだ、と言いたいらしい。しかし、違うんですよね。そういうことを言うとかえって評価を下げてしまうのです。(株)一条工務店で営業所長などになっていた人というのは、「浜松の中のカエル」というのか、静岡県から愛知県にかけてのことしかわかっていない、そういう人が静岡県・愛知県とはまったく状況が違う地域のことにえらそうに口出すのです。(株)一条工務店というのはそういう会社だったのですが、五十嵐さんの場合は、自分自身が非東海地方である栃木県で努力して営業をしてきた人だけあって「アタマが浜松」ではなく、又、福島県中通り地方の所長であった片山が五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と福島県中通り地方の従業員に言っていたようですが、私は実際に五十嵐さん本人と会ってそうでもないという印象を受けていました。そもそも、五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と言っていた福島県中通り地方の所長であった片山こそ「大澄社長の腰巾着」と従業員の間で言われていたのであり、「腰巾着」と言われて文句なんか言えない態度を実際にとっていたのであり、「腰巾着」と片山が五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と言いまくっているという話は誰から聞いたかというと、「片山所長のイヌ」と言われていた人が教えてくれたのでした。かつ、その人は「なんか、俺、『片山所長のイヌ』と思われているみたいなんだ。俺、イヌじゃねえぞ、と言ってるんだけど」と言っていたのです。人間、自分では「イヌ」だとか「腰巾着」だとかになったつもりはなくても、人から思われる時というのがあるのかもしれません。又、はたから見れば、どうみても、こいつはイヌだという人が、それを得意にしているというケースもあります。生産事業部の石川なんかは、明らかにイヌであり、イヌであること以外にとりえのない人間でしたし、彼はそれを得意にしていました。(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、イヌが大好きな人間でしたので、イヌになって経営者に喜んでもらおうなんて考えるアホがけっこういました。 自分はイヌだから経営者は常に自分の後ろ盾になってくれるはずだ・・と自信をもって他の従業員を攻撃して得意になり、ある時、ハシゴをはずされて、あれえ~・・・なんて感じになる人もあるようですが、なんだか、『C級サラリーマン講座』みたいな会社に勤めると、おもろいものを見る、というのか、おもしろくないものを見せられるというのか・・・。 五十嵐さんは、営業としては「非浜松」の場所で自分自身で努力してきた人であり、そこから身に着けた認識のある人だったと思いますし、そんなに「腰巾着」とは私は思いませんでしたし(むしろ、「非腰巾着」であるところを私は見ていますし)、「腰巾着」というのならもっと他にそれに該当するアホはいたと思いますし、(株)一条工務店の営業についての認識は私と共通するものが多かったと思っているのですが、自分が評価してもらえないのは大卒じゃないからなんだと言わなきゃいいのに言いたがる・・・というあたりは、やめときゃいいのにと思っても言ってもきかないでしょうけれども、ああ、この人はなあ・・・と思うところがありました。実際には、(株)一条工務店に「あまりトップでない方の大学」卒で新卒入社してきて五十嵐さんが所長の営業所に配属されたりするにーちゃんがいたわけですが、五十嵐さんはそういう人から言われていたのです。「アッタマ悪いなあ~あ、とあきれますよお」と。片方で、営業の仕事には真面目に取り組んで、それも「非浜松」の場所で努力して営業をしてきた人だけあって、実際の営業の仕事から見に着いた認識のある人でしたが、片方で、たとえ、底辺の方の大学であっても、大学を出てきて入社した人間から見て、「アッタマ悪いなあ~あ、とあきれますよお」と見られる言動があったのです。
  中卒・高卒優先主義の会社である(株)一条工務店においては、「今の世の中は、肩書でひとを見る世の中だ」といったことを口にして、自分はもっと高く評価してもらえていいはずなのに、高く評価してもらえないのは高卒だからだと言いたい言いたいという人がほかにもいっぱいいたのです。そういう人の大部分は、高卒だから高く評価してもらえないのではなく、すでに、その人の身の程から考えれば高すぎるほど評価してもらっていて、おのれの身の程がわかっていない、という人が少なくありませんでした。そういう話を列挙しようとすると、字数もページ数もはてしなく増えていきますので、それはまたの機会にします。 1994年、「お客様相談室」の「責任者」になっていた田中義昭が「自分をお客様に評価してもらおうと思うなら、資格をとればいい」と発言したことがあったのですが、田中もまた、↑の五十嵐さんと一緒で、資格をとれば、資格をとって名刺にそれを掲載すれば、「今の世の中はひとを肩書で見る世の中なんだ」という世界観をもっていた人間だったのでしょう。自分はもっと高く評価してほしいのだが、高く評価してもらえないのは高卒だからなのだ、と言いたいようでした・・・・が、私は田中義昭と仕事でかかわって、寧ろ、田中義昭は(株)一条工務店という会社において身の程より高く評価されすぎていると認識しました。資格を取得するということは悪いことではないのですが、「今の世の中はひとを肩書で見る世の中だ」といういびつな世界観・人間観を持っている人が、自分は高卒だから本当はもっと高く評価してもらっていいのに高い評価をしてもらえないが、資格をとれば高い評価をしてもらえるだろう、という発想をする人というのは、それは実際に「今の世の中」がそうなのか、おのれの頭の中・おのれの心の中がそうなのか、そのあたりを再度考え直してみた方がいいと思います。おのれの貧困な世界観、おのれの貧困な人間観の方を、むしろ、考え直した方がいいのではないかと思います・・・・が、そういう人は言ってあげてもきかないでしょうね。
   「自分はもっと高く評価してほしいのだけれども高卒だから評価してもらえないのだ」と思いたい人というのは、資格をとれば高く評価してもらえるだろう、などと考えることがあるようなのです。(株)一条工務店のオーナー経営者一族が、資格をとれと言うのはそれなのです。もし、学歴ではなく、資格をもっているかどうかで人を評価するということにしたならば、高学歴者でも資格を持たない人間が出てきて、中卒高卒の人間でも資格を取得した人間がでて、立場を逆転できる・・・とか思うらしいのです・・・が、それをやるとどうなると思いますか? 資格取得を奨励して、多くの従業員が資格試験にいどむと、その結果は、やっぱり、高学歴の人間の方が合格する人間は多いのです。「逆転」はなかなかしないのです。そうすると、またもや、「中卒高卒のおっさん」は怒るわけです。おのれが十分に合格できるだけの努力をしないから通らないのであって、通らないのは合格できるレベルまで努力しないおのれが悪いはずなのに。

  そのあたりの(株)一条工務店の中卒・高卒の経営者の世界観・人間観と発想というのは、なんだかなあ~あ・・・とあきれますが、資格を取得すること自体がいかんということではないし、その仕事に役立つ資格の勉強をするのであれば、たとえ、合格に到らなくても、合格しようとして努力した過程で身に着けたものは役立つでしょうから、資格試験の勉強をしていかんということはないのです。 しかし、もし、その資格を従業員に取得させて、その資格を持っている人間にこの仕事をさせたい、という構想があって取ってくれと言うのであれば、やっぱり、取れそうな人間に取ってくれと言わないといけませんし、その人に言っても取れないだろうなあと思える人に言ってもしかたありません・・・が、「あんたが通るのは不公平だ」とか総務部長が言うような会社においては、逆したがるのです。アホやな・・・と思いますが、ずるいばっかりのアホが経営している会社なのです。

  資格取得奨励のもうひとつの問題は、資格取得を奨励することで、そうでなければ仕事で携わっていることについて学習しないような人に資格をエサにして学習させてやろうと考える経営者がいるようなのですが、実際には資格取得を奨励すると、もともと学習するのが好きで奨励しなくても学習するような人がさらにお勉強に励むことになり、森川英正『日本経営史』(1981.日経文庫)で《彼(岩崎弥太郎)は、友人の福沢諭吉に対し、学識のない俗子弟も学識を持つ学者書生も一長一短あるが、「俗子弟を養うて之に学者書生の気象を得しむるは難し。学者を慣らして其外面を俗了するは易し」と語っています。》と書かれているのですが、その「学者を慣らして其外面を俗了する」べき期間にまたもや資格試験の学習をさせてしまうような面もあり、末広厳太郎『法学入門』(日本評論社)では、法学は「パンのための学問」と言われるが、大学法学部の教員や裁判官・検察官・弁護士など法律そのものを仕事とするのではない職業についた場合に法学は役立つかというと、「大学で学んだものなんて忘れてしまった頃になって役立つ」といったことが言われ、それは大学の法学部で学んでいるのは法令の解釈であるが、法律そのものではない職業について役立つのは「法学的の考え方」であり、それが役立つようになるのは「大学で学んだものなんて忘れてしまった頃」だというのですが、その期間を職場で勤めて役立つようになるのに、その期間にまで資格試験の学習をさせてその期間を奪ってしまうような結果になるおそれもあるようにも思えるのです。実際には、資格試験の学習をしたから職場での経験をしないわけではないので、資格試験の学習をしたから、いつまで経っても「学者書生」の状態のままということはありませんが、「其外面を俗了する」方が重要ではないかと思われるような人にまで資格取得のための学習を奨励しているようにも思えます。他方において、どうしたってお勉強なんてやらないという人に資格取得を奨励したら学習するのかというと・・・、結論として、やらないと思いますよ。またもや、「試験に通るのにうまいやつが通りよる」とかなんとかかんとか、ぐじゃぐじゃぐじゃぐじゃ言いまくることになるだけです。そうは言っても、会社として、「頭のない人間がお客さんに喜ばれるんや」とか言うのではなく、その仕事に関係する資格試験の勉強は否定はしていない、推奨しているという姿勢は悪くはないとは思いますが資格取得を奨励して学習させようとすると、結果として、「ちょっとは勉強せえよお」て感じの人は学習しないで、「あんたは、もうそのくらいでいいよ」て感じの人がせっせと学習する・・・ということになってしまう可能性は小さくありません。

  また、「お客様アンケート」にあったように、「(株)一条工務店の設計担当者は、客の仕事よりも建築士の試験勉強の方を優先して不愉快だ」とモロに言われてしまう、そういう状態になってしまうおそれもあり、(株)一条工務店の少なくない設計担当者はそういう態度になっていたのです。
   労働基準法はどういう職種であっても守られないといけない日本国の法律ですが、しかし、実際問題として(株)一条工務店の営業は、労基法違反の長時間労働・深夜労働をしてなんとか契約をあげていたのです。資格を取得しようとしても、その合間をぬって学習時間をひねり出していたのであり、資格を取得するための資格試験予備校とかに行こうとしても、見込客との折衝・契約客の仕事を考えるとなかなか行くことはできず、私なども基本的には独学で学習して、どうしてもという部分だけ、一時的にそういうスクールに行って取得したのです。それに対して、1990年代、福島県いわき市の営業所で、設計担当の松本(男。当時、20代前半)と一緒に次回の打ち合わせの日程を決めようとして「〇日はどう?」と言うと、「ぼく、日建学院」と言い、「それじゃ、◇日は?」と言うと、「その日も日建学院」と言い、「それじゃあ、▽日は?」と言うと、「その日はちょっと」と言い・・・、おまえ、いったいいつ仕事するんだ・・・て感じがしました。さらに、1990年代、新人の長谷川恭子(女。当時、20代前半)は、契約客との打ち合わせの日に、「祖母が他界したから」ということで連絡もなく休む。たとえ、葬式の予定が入ったとしても電話の1本かけられないというのはおかしいし、電話の1本もかけられないのなら、仕事やめてしまえ! ということにもなるし、その祖母は職場に電話の1本もかけさせないようなそんな人間だったのか!?! ということにもなります。いわき地区に3人いた設計担当の中では在籍年数の長い春田靖(男。当時、20代後半)に、いつから出勤するのか聞いてないかと言っても聞いていないと言い、「たとえ、葬式のために休むといっても、普通は葬式というものは、通夜が1日、葬式が1日のもので、そんなに何日も葬式を続けているというのはおかしいし、朝から晩まで葬式をやっていて職場に電話の1本も入れられないというのもおかしい。いつから出勤するつもりなのか、出勤後の予定はどうなのか、それを問い合わせるために自宅に電話をさせてもらおうと思うが、それでいいか。それとも、いわき地区の設計担当として春田が電話して確認するか?」と言ったところ、「葬式の最中に電話されたら迷惑だから電話してもらっては困ります」などと言って営業職をバカにする。この春田靖という男は親の教育がおかしい! 「いくらなんでも、1週間以上も葬式やってるわけないだろうから、その後ならいいな」と言うと、春田靖が「その後は設計の研修がありますから無理です」と言う。それなら、その「研修」の前にでも、契約客の打ち合わせに予定されていた日程を契約客にお願いして延期させてもらってものを、それをいつにしたいのか電話で連絡くらいするものであろうが、ところがどっこい、長谷川恭子と春田靖はそれをしない! それもせずに長期にわたって休んだ上で連絡もなく「研修」に行った。こんなバカな話があるか!、これほど人をバカにした話はあるか! と思い、それで、浜松の本社に電話を入れて、「今、そちらで設計の研修をおこなっているはずですが、福島県いわき市の営業所の長谷川恭子を呼んでください」と言ったところ、「こちらでは設計の研修はやってませんけれども」と浜松の本社の人間が言う。はあ? 「そんなはずはありませんが、それなら、どこでやっているのか教えてください」と言ったが、「設計の研修はやっていません」と言うのだった。結論として、長谷川恭子と春田靖は「設計の研修」と称して、設計担当者何人かで娯楽の旅行にでも行ったようだった。 そこまで仕事するのが嫌なら、やめてしまえ!! というところである。そもそも。東日本ハウス〔→(株)日本ハウスホールディングス〕のおっさんが、「研修用ビデオ」で「入社1年目の設計なんかに負けてたまるか!」と話していたが、実際のところ、その時点での私は、入社1年目の長谷川なんかいなくても図面の打ち合わせはやっていけたし、むしろ、私を営業兼設計として仕事をさせてくれた方がよっぽどやりやすかったのだ! 右も左もわからんやつが生意気な口だけきくバカ女は私にとってはいなくても良かったのだ。しかし、会社がこの人を設計として使ってくれ・設計として育ててくれといって配属し、私にまわしてきたのではないか。私は(株)一条工務店では入社1年目から、入社1棟目から新人の設計を押しつけられてきたのであり、一貫して新人ばっかりまわされてきて、新人のめんどうをみてきたのである。ところが、営業本部長の天野隆夫という痴呆はなんと言ったかというと、それまで新人を押しつけてきて苦労させてきた者には「ありがとう」の一言くらい言うべきものを、この天野隆夫という男は親の教育が悪い育ちの悪い人間であり、なんと、「余計な事すんな!」とそう言ったのだ。天野隆夫のおかげで(株)一条工務店の仕事はずいぶんとやりにくくなる。実際のところ、「天野がアホやから仕事ができん」状態だった。こいつがいる限り、この会社はだめだ!!! 「わしぁ日陰の月見草」・・とでも言いながらでも、ヘボ投手・三流投手・新人投手を苦労してリードしてこそなんとか仕事ができる(株)一条工務店で苦労して仕事してきた捕手に対して、アホは何をぬかすか!!! 「天野がアホやから野球ができん!」とでも言うしかないか・・・。野球じゃない、天野がアホやから(株)一条工務店はまともな会社にならない!!! 私からすれば、入社すぐの時ならともかくその時点においては、結論として長谷川だの松本だの春田だのなんて設計は要らんのだ。私に営業兼設計で仕事をさせてもらった方がよっぽど良かったのだ。(株)一条工務店がそれを「しろうとの長谷川」を担当としてめんどうみてくれと私のところにまわしたのだろうが! それで、無断で長期休んだ上で、「研修」と称して泊りがけで遊びに行くバカ女のめんどうをみさせてきたのだろうが!!! 「天野がアホやから仕事ができん!!!」と感じる者こそまともであり、それに機嫌をとってイヌやろうとするようなそういう人間を(株)一条工務店のオーナー経営者は大好きらしいが、イヌとバカばっかり大事にする経営者の会社は、「生産力と生産関係の矛盾によって」「機関車が客車を引っ張るように」オーナー経営者が会社から引きちぎられることになるか、そういう矛盾をはらんだ会社は衰退していくか・・・、いずれにせよ、あんまりいいことないと思うぞ!!!
  私は(株)一条工務店に入社1年目の1992年に宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の試験に合格して「実務経験にかわる講習」を受講の上で翌年の1993年に登録しました。営業本部長の天野隆夫から取ってくれと言われたインテリアコーディネーターには1995年に1次(学科)に通り、翌年1996年に2次(製図・論文)に通り登録しました。キッチンスペシャリストは1995年と1999年に学科に通り2001年に製図試験に通り登録しました。宅地建物取引主任者〔→宅地建物取引士〕もインテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストもいずれも、私は過酷な営業の仕事をこなしながら、苦労して工夫してなんとか通ったのであり、松本みたいに「ぼく、日建学院」とか言って建築士の学習を優先して春田や松本みたいに日建学院に通って通ったのではありません。日建学院なんて通いたいと思っても、そんなことしていたら営業の仕事はこなせません。長谷川みたいに葬式を大義名分にして無連絡で長期続けて休んだあげくにさらに続けて「設計の親睦旅行」みたいなものに平気で行くようなそんなことは一度もしていません! ところがどっこい、そういう殿様設計・バカ殿設計に加担するのが毎度おなじみの営業本部長天野の隆夫でした。この男は(株)一条工務店の癌である!!! 松本は横浜国立大学卒と聞いたが、春田は東洋大の建築学科卒で長谷川は日本女性大の家政学部住居学科卒と聞いたが、 (株)一条工務店という会社と営業本部長の天野隆夫はその類の「バカでも入れる私大の建築学科」・「バカでも入れる私大の住居学科」卒の人間を天まで増長させるのが趣味! 祖母であれ祖父であれ何であれ、他界したなら葬式に出るのは出ていいが、お客様と約束が入っていてそれを変更したいのなら、電話の1本くらいかけるのは社会人としての基礎の基礎、「基本のき」と違うのか!?! それもできないような人間を「設計にはどんなことでも服従しろ!」などという天野隆夫は会社の癌である!!!  こいつがいる限り、この会社は絶対にだめである!!! 天野隆夫は中卒は何やってもまかり通るみたいに思っている男だったが、それがまかり通っている以上、この会社はいつまで経ってもまともな会社には絶対にならない!!!

  1990年代なかば過ぎ、福島県いわき市の営業所で、業務課(住宅ローンを担当)の仕事についていた女性Sさん(当時、20代)が、会社が資格を取れと従業員に言うものだから、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の資格を取ろうかと言っていたことがあった。Sさんがいた営業所(展示場)に私が行った時、不動産屋から転職して中途入社で入って2年目だったか3年目だったかのKさん(男。当時、40代)がいて、Sさんに、「宅建主任の資格をとろうと思うなら、絶対に宅建主任試験の資格試験予備校に行かないとだめだ。あれは、独学では絶対に通らないから。独学で通ろうなんて考えてはだめだ」と熱烈に説得していたのです。このおじさんも、困ったものだなあ・・とそれを見て思いました。
  Kさんは、横浜市で消防士をやっていたそうなのですが、いわき市で田んぼがあって、農業を継がないといけないと言うことでいわき市に戻ってきたのですが、その際、消防署というのは都道府県の職員なので、神奈川県の職員が福島県に勤務したいと希望することはできないらしく、そのため、なんとか、いわき市で雇ってもらえる所を見つけないといけないと考えて、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の資格をとれば不動産屋で雇ってもらえるのではないかと考えて、大変な努力をして宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の勉強をして合格・登録して、そして、いわき市の不動産屋で雇ってもらい、いわき市に帰ってきたらしいのです。言っちゃなんですが、どう見ても、頭の良さそうには見えないKさんが、宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の試験に40歳前後くらいで合格するというのは、私なんかが30代前半で合格するよりも、はるかに大変だっただろうなあと思います。言っちゃなんだが、あの頭の悪そうなおじさん・・・なんて言うと失礼かもしれませんが、よく頑張ったなあと思います。そのあたりについては頭が下がります。
   『東京大学機械的合格法』『司法試験機械的合格法』の著者の柴田孝之が、『司法試験 一発合格の技術』に附属のDVDでだったと思うのですが、宅地建物取引主任者の試験のことを「もんのすごい簡単な試験」と発言していましたが、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 という資格試験は、旧型司法試験や公認会計士試験などよりはずっと通りやすい試験ですが、そこまで「もんのすごい簡単」ではありません。そこまで「もんのすごい簡単」などと思っていたなら、落ちます。 私だって、宅地建物取引主任者の試験なんて、司法試験とか公認会計士の試験なんかと違って簡単に通らなくてどないすんねん・・くらいに思っていたら・・・、1989年、落ちたのです。なぜ、落ちたかというと、就職して仕事を持ちながら学習しようとすると、まず、学習時間をなかなかとれない、というのが大きい。『宅地建物取引の知識』(住宅新報社)という本を前から順番に読みだしたところ、5分の1も読めないうちに、あ、あ、あ、あ~あ・・・という間に試験日が来てしまって、1回目の受験では、落ちた。だから、あんまり、「もんのすごく簡単」とか思わない方がいいと思います・・・が、柴田のように、東大に通って司法試験にも通ったとかいう人からすれば、東大の試験に通る事や司法試験に通ることを考えれば難しくはない。そのくらいの人にとっては、1回目で通るかどうかはさておき、まあ、3年以内くらいなら通るのではないか、3年以内くらいには通らないといけない、という試験です。
   「旧帝大系国立大学に行ったか旧帝大系国立大学を目指していたが結果として早慶に行ったというくらい人」にとっては、旧型司法試験とか公認会計士の試験とかは、ある程度以上、計画をきっちりと立てて勉強して、それで、通ったり落ちたりする試験だといっていいと思いますが、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 というのは、そこまで難しい試験ではないので、「けっこう忙しい仕事をしながらの学習でも、1年で通るというつもりで学習して、結果として、3年以内くらいで通ればいいのではないか」というくらいの試験です。「『絶対に合格できる』などというものではないが,『旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学』の卒業生の人なら(慶應の内部進学の人がどうかは知らんで)、まあ、早いか遅いかはともかく、普通は合格できるだろうという試験」です。片方で、「旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学を出たというくらいの人なら、早いか遅いかはともかく、合格できるであろうという試験」であるとともに、受験資格が「高卒以上」で、建築士のように4年制大学の建築学科を卒業していない場合は「実務経験」がないと受験できないとかそういうものはなく、ともかく、高校であれば、公立か私立か、普通科・商業科・工業科は関係ない、昼間か夜間か、進学校かそうでない高校かなんて、まったく関係ない、ともかく、高校を卒業していたら受けられるという試験だったので(今は、その条件もなくなったのではないでしょうか)、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の試験では、「権利の変動」の部分で民法が関係し、「法令上の制限」の部分では建築基準法が関係するので、社会科学系学部(法学部・経済学部・商学部など)で民法を学んできた人間、建築学科などで建築基準法を学んできた人間は、その分だけいくらか有利かもしれませんが、学んできていない人はその分を勉強すればいいだけのことですから、「高卒でも受けることができる」ということで、最終学歴としては高卒くらいの人がけっこう受験して取得する資格でした。また、不動産屋というのは、昔から、あんまり高学歴の人が就く仕事ではなかったので、信託銀行などでは高学歴の人が宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の資格を持って勤務したようですが、街の不動産屋 では、高卒くらいの学歴の人で、学歴は高卒だが勉強は嫌いではないというタイプの人が宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の資格を持って勤務することが多かったのではないでしょうか。

  ただ、通るかどうか・・・という点になると、「言っちゃなんだが、あんまり、頭がいいとは思えない」というおじさんの場合は、なかなか、通らない人というのがいるのです。だから、Kさんの場合、「よく、この人、宅建主任なんて通ったなあ」と(株)一条工務店の従業員で言う人間がいたのですが、それだけ、努力したのだろうなあと思います。その部分については、頭が下がります。
  東京大学現役合格の柴田孝之からすれば、宅地建物取引主任者〔→宅地建物取引士〕なんて、「もんのすごい簡単」に感じるかもしれませんが、そして、そこまで「もんのすごい簡単」ではないし、そこまでなめてかかったら落ちてしまう可能性だってありますが、東大現役合格でなくても「十大国立大学」(「サンデー毎日」によると、旧帝大系国立大学7つと一橋大・東京工大・神戸大で「十大国立大学」と言うらしい)くらいに行った人からすれば、それほど難関ではないはずですが、底辺の高校卒くらいのおじさんにとってはけっこう大変な試験だと思います。最近は「大卒」とは言っても小学校みたいな大学とか幼稚園みたいな短大とかが増えてきて、「こんな人が大卒なのお」みたいな大卒が多くなり、1990年、小堀住研(株)の東京支店自由が丘営業課にいた近畿大学経済学部卒だという「近藤すしいち」(仮名)(男。当時、20代前半)は「ぼく、宅建主任もってますから」と見込客や同僚に大きな声で言いまくっていましたが実際には取得していないらしく、「なんでそんなこと言うかなあ。『宅建主任もってる』と言いたいのなら、50過ぎた人ならともかく、20代前半の人間が資格詐称なんてするのではなく、宅建主任〔宅地建物取引主任者→宅地建物取引士〕くらい受けて取ればいいのに」と思ったものでした。資格詐称なんてしないで、受けて取得しようとすれば合格できるものを、それを資格詐称なんてするから、それで取れなくなってしまう、合格しなくなってしまうのです。 小堀住研(株)は「大卒しか採らない会社」と昔から言いまくってきたのですが、入社してみると、なぜか不思議なことに高卒の人がけっこういたのでしたが、 「ミサワあたりは高卒の営業が多い会社ですが、小堀住研は大卒の営業の会社です」と小堀住研(株)の研修でも言われたのでしたが、「大卒の営業」のいいところとして、住宅・建築・不動産・インテリア関連の資格について、取得もしていないのに「ぼく、◇◇持ってますから」とか詐称するのではなく、「取ればいいだろう」と思って取得するか、取得できなかったとしてもその過程で学習したものは仕事に生きるかというところであり、宅建主任にしろ何にしろ、取得していないのに「ぼく、◇◇持ってますから」と叫びまくるのであれば「高卒の営業」と変わらないし、それなら「大卒の営業」ではなく「高卒の営業」でいいことになってしまいます。

  福島県いわき市の営業所にいたK野T夫さんは、申し訳ないけれども、どう見ても頭のいい方の人には見えなかったけれども、それでも、宅地建物取引主任者〔→宅地建物取引士〕の資格をなんとしても取得したいと思って相当の努力をしたようでした。そこの部分については頭が下がります。・・・でもね。 おじさんは、「宅建主任の資格をとろうと思うなら、絶対に宅建主任試験の資格試験予備校に行かないとだめだ。あれは、独学では絶対に通らないから。独学で通ろうなんて考えてはだめだ」と思ったかもしれませんけれども、ね。 私は、宅建主任の資格試験予備校なんて行かなかったけれども、通ったんですよね。 だから、自分は、宅建主任の資格試験予備校に行かないと通らないと思ったかもしれないけれども、行かなくても通る人間は通るのですから、ほかの人間にまで、「あれは、独学では絶対に通らないから。」と決めつけたことをあまり言わない方がいいと思うのですよ。

  だいたい、私は、人に命令されるというのが好きじゃないし、人に計画を立てられて、その計画に沿ってやるよりも、自分で計画を立ててやる方がいいのです。 父は「あんたは、ひとから命令されたり号令をかけられたりすることを喜ぶ民族やねん。即ち、あんたはチャンコロなんや。それに対して、わしはドイツ人でやな、ドイツ人やから、自分ではやらずに、人に命令したり人に号令かけたりすんのが得意の民族やねん。神さまは大変賢明なお方であって、人間を命令されたり号令かけられたりする民族と自分ではやらずにひとに命令したり号令かけたりする民族の2つに人間を分けてお造りになっておるわけや。適材適所ちゅうもんや。そんでもってやなあ。わしはドイツ人やねん。わかっとんのんか、わしはドイツ人やねんぞ、わしはドイツ人〔⇒《YouTube-ワルキューレの騎行》https://www.youtube.com/watch?v=0EUckxAgZ_E 〕。そやから、号令かけたんねん。あんたはチャンコロとして生まれてきた人間やねん。あんたは号令かけられることがうれしいねん。あんたは号令かけられることを喜ぶねん。うれしいやろ、うれしいやろ、チャンコロ。そやから、号令かけたんねん。てってこっこ、てっててって、らったらったらったらあ~あ! 撃ちてしやまん、一億火の玉! とってちってたあ~あ!」と毎日毎日私に言っていたのだが、「私、うれしくないですよ。私は、そんなもの、号令かけられるのなんてうれしくないですよ」と言ったのだが、父は「何を言うとるんじゃ。甘ったれるな、チャンコロ! おまえは号令をかけられる民族、おまえは号令かけられるのがふさわしい民族。すなわち、チャンコロでR。わしは号令をかける民族でR。すなわち、わしはドイツ人でR。民族の違いを忘れるな!」と毎日毎日言っていたのですが・・・、そう言われると言われた側としては
不忘民族恨(民族の恨みを忘れるな)」
造反有理(反逆には理由がある。反逆は正しく、抑圧は間違っている)」
と言いたくなってくるのですが・・・、ともかく、何人(なにじん)かわかりませんが、私は号令かけられるのが嫌いですし、ひとに計画建てられて学習するよりも、自分で計画を立てて学習する方が好きでしたし、何より、戸建住宅建築請負業の会社の営業の仕事なんてのに就きますと、そういう資格試験の予備校に行こうと思っても、なかなか、行けないのです。だから、独学で学習して通るしかないので、独学で通りました。

  実際には、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の資格試験に通るためには、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の資格試験予備校のような所に「行った方がいい」のか、「行かない方がいい」のか、「行ってもいいが行く必要はない」のか、というと、「その人にもよる」と思います。 私は、大学受験の際に、浪人中に行ったYMCA予備校高槻校の「京大東大文系クラス」というものが、その内容がちっとも「京大・東大文系クラス」ではなく、その名称をつけて募集した以上は、東大の試験問題の対策をやってくれるのか、この科目のこの問題はこうすれば解けるという解説をしてくれるのか、この科目のこの問題を解けるようになるためには、こういう練習をやってくださいといった指導をしてくれるのかと期待したのですが、特に、私は「世界史」「日本史」にについて、京大・阪大型の問題だとけっこういい方の成績を取れたのですが、その頃の東大の「・・・について800字以内で述べよ」といった問題がどうもできなかったので、それをできるようになるための指導をしてもらえればと思ったのですが、そういうものはまったくなく、京大・阪大の大学院生らしい人間・私立の大学の教授・阪大あたりの助手らしい人というのがアルバイトで、市販されている全国の大学の入試の問題を集めただけの問題集と同じようなもので表紙に「YMCA予備校」と印刷してある本の「答え合わせ」でしかない授業をやるだけで、しかも、「主事」と称する亜拓大東帝国あたり卒かと思われるおっさんが、大学受験について何もわかっていないのに勝手なことを言うので、「かえって害がある」というものだったのに懲りて、そういう「受験予備校」は「もう、けっこう」と思うようになったのでした・・・が、大学受験の予備校にしても、その予備校によって違いますし、資格試験の受験を指導する「資格試験予備校」も、いいか悪いかと言っても、それは「その資格試験予備校にもよる」でしょう。 「つくづく、詐欺でしかない予備校」というのがいいかというと、そういうのは良くないでしょうけれども、そうではなく、 「比較的良心的な資格試験予備校」の場合はどうかというと、私は「旧帝大系国立大学や早慶くらいの大学の卒業生にとっては、必要ない」と考えています。そういう資格試験を受けるためのテキストというのは市販されていますし、過去の問題も発表されており、過去の問題を見て、その問題で合格最低点を上回る点数を取るためにはどうすればいいのかということを、自分自身で考えて、こうすれば合格最低点を上回る点数をとれるのではないか、と思うことをやればいいのです。 私が、こうすれば合格最低点より上回る点数をとれるだろうと考えるものがあるのに、それをするな、こっちをやれとか言われたくないのです。 そもそも、YMCA予備校の亜拓大東帝国あたりしか出てないおっさんと、高校卒業時でも、それよりは上の大学には合格できたはずの私では私の方が大学入試についてわかっているはずなのに、亜拓大東帝国あたり卒のおっさんに生意気な口をきかれたくないのです。そのおっさんの出鱈目ばかりの発言はうるさいだけであり、余計な口出しは迷惑千万でした。(父はその亜拓大東帝国あたり卒の「ぼくは早稲田の政経でてるんだけどな」と毎日最低3回は言わないとおれない学歴詐称のおっさんF井の言うことを「専門家の言うこと、専門家の言うこと」と言い、母はその「聖書みたいなもん、あんなもん、ええことなんて何一つとして書いてないんや、あんなも~ん。聖書なんてあんなもん読まんでも、洗礼を受けて、日曜ごとに教会に行って礼拝にでて献金はらっておけばそれでええことなんや、それでえ。聖書なんてあんなもの、何ひとつとしてええことなんて書いてないんやから、あんなも~ん。聖書なんて読んではいかん! ましてや、そこに書かれていることを実行しようなんてまかり間違っても絶対に考えてはいかん!」と毎日のように言いまくる男F井のことを「あの人はクリスチャンだから絶対に悪い人ではない」とか言っていましたが。F井はそう言ってもらえるという御利益を得るためを目的に洗礼うけた男ですから、「コストと利益を比較考量して考える」ならF井にとって「洗礼を受けて、日曜ごとに教会に行って礼拝に出て献金を払う」という行為は十分にコストを上回る利益のある行為であったわけですが。それで、「敬虔なクリスチャン」という称号を教会から賦与されてYMCA予備校で職にあるついたわけですし。)しかし、自分でやってみたけれども、どうも、うまくいかない。どうすれば、その問題を解けるようになるのか、どういう練習をすればいいのかよくわからない、という場合がありますね。そういう時に、その指導をしてくれるスクールに行くことで、この問題はこういうやり方で解いてください、この問題をできるようになるためにはこういう練習をしてくださいといったことを教えてもらって、その練習をすれば解けるようになって合格する、というケースもあります。 私は、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の試験は、「カネをかけずに、さっさと通る」というのがポリシーであり「美学」ですので、独学で通りましたが(もっとも、東京リーガルマインドが無料でくれた「宅建合格法 出る順宅建の案内」のカセットテープとかは参考にさせてもらいましたし、日建学院が無料で受けさせてくれた模擬試験も受けさせてもらい参考にさせてもらったのですが)、インテリアコーディネーターの1次(学科)試験は独学で通ったものの、2次(製図・論文)は独学でやってもどうもうまくいかないため、ハウジングエージェンシーの「インテリアコーディネーター2次試験対策講座」に週に1回、2カ月半、通って、そこで、これをやってくれと言われることをそのままやって、それで、なんとか2次試験に通りました。又、キッチンスペシャリスト試験も、学科試験は独学で通りましたが、製図試験は独学ではなかなか上達せず、これも、ハウジングエージェンシーの「キッチンスペシャリスト製図試験講座」に出て、講師の方がこういう練習をしてくださいと言われたものをやって、それでなんとか合格できました。建築CAD検定は、ウィンスクールのCAD設計コースに通い、それで、建築CAD検定の3級と2級に合格できました。もし、ウィンスクールに行かずに独学でやっていたならば、絶対に通らないということはないとしても、合格までにもっと長くかかったと思います。 ですから、その物によって、そういう指導をしてもらえる「資格試験予備校」のような所に行った方が合格しやすいという場合はあると思います。だから、そういう所に行った方がいいか、行かない方がいいか、行ってもいいが行く必要はないか、というのは、それはケースバイケースだと思います。
  で、インテリアコーディネーター2次とキッチンスペシャリスト「製図」、建築CAD検定3級・2級は、そういうスクールに行って学習したことで、行かない場合よりも合格しやすい状態になり、合格できたのでしたが、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の試験というのは、あくまでも、学科試験であって、図面を書かされるとかそういうものはないので、「それまでに、本を読んで、その本に書かれている内容が出題されて、選択肢の中から正しいものを選ぶといった問題を解いて合格最低点を上回る点数をとればいい、というような試験を受けた経験があるような人」ならば、「『比較的良心的な資格試験予備校』であれば行って悪いということもないが、特に、行く必要はない」と私は思っています。 ですから、この場合、「それまでに、本を読んで、その本に書かれている内容が出題されて、選択肢の中から正しいものを選ぶといった問題を解いて合格最低点を上回る点数をとればいい、というような試験を受けた経験があるような人」、「旧帝大系国立大学か早慶くらいの大学の卒業生(慶應の内部進学の人がどうかは知らんで)」なら、「『比較的良心的な資格試験予備校』であれば行って悪いということもないが、特に、行く必要はない」でしょう。むしろ、そういう所に行くためには、往復の時間も必要だし、時間も制約されるし、私なら、独学の方がいい。 しかし、「言っちゃなんだが、どう考えても、アタマがいいとは思えないおじさん」がなんとか頑張って合格したい、という場合には、そういう所に行って、そういう所の講師の人に学習計画を立ててもらって、その計画通りにやった方が、合格しやすいかもしれない、と言えます。 「言っちゃなんだが、どう考えても、アタマがいいとは思えないおじさん」なんて言うと、失礼なとか言う人もあるかもしれないけれども、(株)一条工務店のいわき市の営業所にいたKさんは、なりふりかまわずに、それをやって合格したんですよ。えらいと思いますよ、その点では。少なくとも、2001年、「ぼくらはどんなにしても通らないのに」などと実際に何もせずに言った栃木県南部営業所「副所長」の木下や総務部長の天野雅弘なんかよりも、その点においてはずっとえらいですよ。私が通ったのは、通って当然ですが、Kさんが通ったのは、何人もが「この人、よく、宅建主任なんて通ったなあ」と言っていたけれども、そういうものをKさんは大変な努力をして通ったんですよ。えらいですよ、その点については。少なくとも、「ぼくらはどんなにしたって通らないのに、おまえは通りやがって、腹が立つ」とか「どんなにしたって」とか何もしていないくせに言いまくる総務部長の天野雅弘なんかよりも、よっぽどえらいですよ。

   Kさんは、なりふり構わず、そういう「資格試験予備校」のような所に行って、それで宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の試験に通ったのですが、しかし、いわき市の営業所で業務課の仕事についていたSさん(女。当時、20代)に、「宅建主任の資格をとろうと思うなら、絶対に宅建主任試験の資格試験予備校に行かないとだめだ。あれは、独学では絶対に通らないから。独学で通ろうなんて考えてはだめだ」と熱烈に言いまくっていたのを見た時には、このおじさんは、余計なこと言っているなと思いました。
   「余計なこと」は、何が余計かというと、2点。 1つは、Sさんは、たしか、山形大学卒だったと思うのですが、東大あたりに現役で入って卒業したような人には「山形大だの新潟大だのなんて、国立の内に入るかあ」とか思っている人もいるかと思いますが、国立です。ですから、東大とか京大とかよりも、入学するのは容易であるのは間違いないでしょうけれども、それでも、それなりの試験に合格して入っているのです。ということは、Sさんは、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の資格試験に通りたいと、もしも、思ったのなら、Kさんとは違って、「宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)の資格試験予備校のような所に、『行って悪いということはないとしても、行く必要はない』」と私は思いました。但し、それも、私はそう思ったけれども、決めるのは本人ですから、本人が自分で考えていいと思うようにやればいいのです。だから、Kさんは、自分は独学では通らなかったけれども、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士 の資格試験予備校のような所に行って通った、そういう所に行って指導してもらったから通ったのであってそれがなければ通らなかったであろう、というのはそれはそれでいいけれども、他の人もそうであるかどうかは別の問題なのですから、他人に余計なことは言わない方がよろしい・・・が、言ってもきかんだろうなあと思ったので、言わなかった、が「ひとそれぞれ」であるから、あんまり、ひとに余計なことは言わない方がいいと思う。
   又、独学で合格しようとして合格できなかったとしても、そこまでにかかる費用といえば、宅地建物取引主任者→宅地建物取引士のテキスト代くらいのもので、通らかなかったとしてもそこで学習したものは無駄にはなりませんからそれはそれで良しとすることもできますが、資格試験予備校のような所に行くとなると費用もけっこうかかってきます。
   もうひとつは、「20代前半とはいえなかばに近づいてきた方の前半」の女性に、資格試験の受験を勧めるのが良心的か? という問題もあるのです。 大栄なんとか学院という資格試験予備校が「美貌は消えても資格は残る」というコピーというのかキャッチフレーズを書いていたので、なんじゃ、こりぁ!!! と思ったことがありました。 「あんた、資格試験の勉強なんて、そんなもの、やってる時じゃないでしょうが。さっさと、婚活しないと、行き遅れるよ! 婚期のがすよ。 何を、資格試験の勉強なんて、アホなこと、やってんのよ! 婚活とどっちが大事か、よく考えなさいよ。 婚活せずに、資格試験の勉強なんてやっていたら、資格は取れたが美貌は消える・・・てことになるよ!!!」と、大栄なんとか学院は、そう言いたいのか? 資格試験予備校がそんなこと言って、どないすんねん・・・と思ったのですが、大栄なんとか学院は、そういうつもりでそのコピーを言っていたのではなく、美貌はいつかは消えるが、取得すれば消えない資格を取りましょうというお誘いのつもりだったようです・・・・が、そのコピーを見た時には、私は「なんじゃ、こりぁ」と思ったのでした。 これは、女性に限ったことではないのです。男性の方が女性に比べれば緩やかとはいえ、男性にも「婚期」といったものはないわけではないのです。だから、私が32歳で宅地建物取引主任者の資格試験に合格した後、もう1つくらい資格をとってもいいけれども、そういうものに時間を費やすより前にやることがあるかな・・とか思っていた時に、(株)一条工務店の営業本部長がインテリアコーディネーターの資格をとってくれと言うので、自分が勤めた会社の上役がとってくれと言う以上は、とらないといけないと思って、それで、インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストの資格試験の勉強をして合格・登録したのですが、「資格はとれても美貌は消える」というのは、女性に限った問題ではないのです。男性でもそういうことはないわけではないのです。せっかく、努力してその資格をとっても、人生の設計として考えると、いったい何やってんだ・・・ということになる可能性もあります。
  私が父親なら、「資格試験の勉強より大事なものがあるてことないかい」と、一言くらい言うかもしれませんが、私はSさんの親でも兄でもないし、彼氏でも婚約者でもなかったわけですから、そういう口出しも余計なことだと思い、又、Sさんだってハタチを過ぎた人間ですから、私に教えてもらわなくてもそういうことは自分で考えればいいことですから、言いませんでしたが、 「ともかく、試験会場に行って受験番号と氏名さえ書けば合格できるというような資格」ならともかく、「ある程度、根詰めて学習すれば合格できる可能性があるが、それなりに負担がかかる、それなりに労力と時間がかかる」という資格を取得するのは、それを取得するために費やす時間を考えると、はたして、その時期にその学習をやった方がいいのか、やらない方がいいのか、何とも言えないところがあります・・・し、そういうことを考えると、その会社で、その資格を取得した人には、どういう処遇にしよう、どういう仕事をしてもらおうという構想もなく、無暗にひとに資格をとれ、資格試験の勉強をしろとあおるというのは、必ずしも良心的とは言えないように思います。

  ひとによっては怒るかもしれないことを言ってしまいましょう。インテリアコーディネーターの試験は1回目の受験は大妻女子大で受けましたが、2回目以降は青山学院で、キッチンスペシャリスト試験は最初から最後まで青山学院でした。キッチンスペシャリストの試験日は11月の23日だったと思います。ある時、受けに行くと、青山学院では、キッチンスペシャリストとともに、日本エアシステムの採用試験もやっていたのです。スチュワーデスさんの採用試験だったようです・・・が、キッチンスペシャリストの試験を受けに来ていた人と、日本エアシステムの試験を受けにきていた人だと、結論として日本エアシステムの試験を受けに来ていた女性の方がきれいだった・・・・。日本エアシステムの採用試験を受けにきていた人の方が、キッチンスペシャリストの試験を受けに来ていた人よりも、それだけ、年齢が若かった、ということです。女性に限った問題ではないのです。男性だって、資格試験に合格するために、そこで必死になって努力して、結果として、合格した時には、「資格は取れたが美貌は消える」という状態になっていた・・・ということはありうることなのです。 だから、「高卒の経営者」は自分は高卒だから高く評価してもらえないのだ、本当はもっともっと高い評価をしてもらえるはずなんだ、資格をとれば高く評価してもらえるのじゃないか・・・なんてアホなことを考えるようですが、仕事で生かすための資格ではなく、資格をとるためだけの資格の学習に時間を費やすのなら、結果として「人生の無駄遣い」でしかない、ということになりかねませんし、従業員に無責任に資格の取得を要求する経営者というのは、自分がやっていることがどういうことなのか、ということを少しは考えた方がいいと思います。

   2018.6.9.作成
   2018.6.19.公開
   2019.11.28.増補
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  (2019.11.27.)


★「ベルニーニはお好き?」からの引越掲載
1.[第703回]人のブログに因縁つける人たち。ベルニーニはお好き?―「社会科学系学部卒・男性のインテリアコーディネーターのブログ」https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_4.html
2.[第704回]社会科学系学部卒・男性が会社から求められてインテリアコーディネーターを取得するとどうなったかというお話―「ベルニーニはお好き?」からの引っ越し掲載https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_5.html
3.[第705回]私はなぜ経済学部商学部が嫌いだったか。インテリアコーディネーターは「三流一級建築士のアシスタント兼お茶くみおばさん兼 子守女」の資格なのか?https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_6.html

● 「建築家とインテリアコーディネーターが作る家」て何ぞや?
4.[第706回]【上】「建築家」て何?  建築屋ではなく「建築家」て何?https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_7.html
5.[第707回]【下】「インテリアコーディネーター」取得の功と罰。https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_8.html

6.[第708回]「日東駒専」以下の建築屋の経営者に使える従業員は技術系学部卒が限度。東大卒を日大・駒沢大・専修大卒と同じにする会社。弁護士と一級建築士はアホが多い資格。https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_9.html
7.[第709回]工学部だの建築学科だは行かせてもらえなかった私からは底辺大学建築学科だ建築専門学校だに威張って行くヤカラはむかつくことこのうえないhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_10.html

● インテリアコーディネーターは「受けさえすれば誰でも通る」資格なのか? 雇用能力開発機構 就職コンサルントの認識と能力
8.[第710回]【上】資格取得を奨励しても、取得者を活かさず、それに見合った処遇にしない会社。「肩書で人を見る世の中だ」という世界観・人間観から資格を取得したがる人。職安の資格分類は不正確https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_11.html
9.[第711回]【下】インテリアコーディネーターは「受けさえすれば誰でも通る」資格なのか? 及、相談者の早期就職には害がある早期就職支援センター職員の早期就職のための「早期就職支援センター」、職員が内容を「知ら~ん! わから~ん!」職安の求人票。「労働基準法なんて守らなくていい」と発言した職安職員。https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_12.html

● 「インテリアコーディネーターなんてそんな資格だめです」と言う「うちは一部上場ですから」と称する会社
10.[第712回] 「インテリアコーディネーターなんてそんな資格だめです」と言う「うちは一部上場ですから」と称する会社【上】https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_13.html
11.[第713回] 「インテリアコーディネーターなんてそんな資格だめです」と言う「うちは一部上場ですから」と称する会社【下】https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_14.html
  
12.[第714回]「インテリアコーディネーター」とはどういう職種のことか。及、「男性の採用は最初から考えていませんから」と言う会社 https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_15.html
13.[第715回]「インテリアコーディネーター」に応募すると「うちにはインテリアコーディネーター以外にも男性の仕事もありますから」と言う会社https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_16.html
14.[第716回]「インテリアコーディネーターでしかないのに売れたてすごい」と発言するすごい会社https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_17.html
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15.[第717回]「外部の人」からの干渉を受け入れたのでは「事務局」の役割を果たしたことにならない―千葉県インテリアコーディネーター協会を退会した理由 https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_18.html
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● 上役が取れというのは言う資格は取るべきか
16.【1/7】[第718回]男性に不利なインテリアコーディネーター、認知度の低いキッチンスペシャリスト。苦労して合格した人間はずるくない、ずるいのは縁故入社校長・国営裏口入学「副検事」等。学歴詐称の定番・「早稲田の建築」と「早稲田の政経」。キッチン設計の資格、キッチンスペシャリストはけっこう難関!https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_19.html
17.【2/7】[第719回]「一流大学」出身者に敵意を持つ経営者の会社・同業他社経験者を敵視する会社・学歴コンプレックスの裏返しの東大崇拝https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_20.html
18.【3/7】[第720回]本人の得意分野でもなかった資格の取得を要求して取らすだけの経営者の会社、営業本部長が取ってくれと言うから苦労して取った資格を総務部長が「通りやがってからに、ずるい、腹立つ」と言う会社https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_21.html
19.【4/7】[第721回]「一流大学」卒の者があまりにも「下の会社」に行くと「かえってよくない」https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_22.html
20.【5/7】[第722回]「努力する姿勢があるから通る人間」を「何の努力もしないのに通る」と思っている経営者。退職者の就職妨害する会社。資格試験に通る者と通らない者の違いhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_23.html
21.【6/7】[第723回]学習法は人それぞれ。人生の設計を考えないと、男女とも「資格は取れても美貌は消える」ことになりかねない。〔今回〕
22.【7/7】[第724回]高卒総務部長は本当に「何の努力もしないのに」通ったと思っていたかも。住宅営業には建築学科より社会科学系学部卒に適性がある。「中程度の難易度だが評価が高くない資格」をいくつも取るより「高難易度だが食べていける可能性が高い資格」をひとつ取った方がよかったのかもしれないhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_25.html

23.[第725回]入学試験・資格試験に合格するための基本論「受験はアタマでやるもんや」+「両親が離婚した」て自慢するものなのか? 入試は「ボロ勝ち」しなくてもよい。ヘボ予備校は相手にするな! 簡単にあきらめる人は試験に通らない。https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_27.html

● 資格試験受験予定者・受験を検討する者に不適切なアドバイスをする者に注意を与えたい
24.【1/2】[第726回]大学受験・宅地建物取引士・インテリアコーディネーターとキッチンスペシャリストhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201912/article_1.html
25.【2/2】[第727回]何の資格を取れなどと正社員に出過ぎた口をきく「パートのおばさん」は困りもの。宅建・建築士・IC・KS他の特徴。無責任に資格取得を要求する営業本部長。「ユーキャンはいいわあ」て落ちた人に言われてもなあ https://shinkahousinght.at.webry.info/201912/article_2.html

26.[第728回]「後進国の外資系企業」タイプの「地方の会社」はあほくさい。努力して取得するなら評価される資格に努力すべき。苦労して尽力するなら報いてくれる会社のために。
 早期就職支援センターは同センター職員の早期就職のためにある。職業安定所は「《『失業者は悪いやつだから失業しているのであって国の政策や不良企業が悪いのではない』ということにするための職安職員》の職業を安定させる所」である。
 マンション屋の神輿に乗る千葉工大教授 山本明こそ権威主義だと気づかないようでは山本明は「学者」とは言えない。 https://shinkahousinght.at.webry.info/201912/article_3.html 
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