「クラウン」を「カローラ」の値段で売る一条工務店のダンピング浜松・名古屋は「同業他社より相当いい」状況だった。「一条工務店の家には問題点はまったくない」は嘘だが。+ 自分だけ経営者に取り入ろうとするイヌ。

[第728回]
  1993年5月、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の浜松での「研修」と称した実際には名古屋南営業所 近藤路夫の身勝手な暴言の場でのことについて述べてきた。本来、会社はこの近藤路夫のような行為を働くものを取り締まらないといけないはずであるが、それができないのが(株)一条工務店の経営者であった。
  近藤路夫は、「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物にはどの部分においても問題点はまったくない」「一条工務店の家は同業他社と比べてすべてにおいて完全に優れている」と発言したのだが、それまで、問題点を抱えたこの未成熟な会社の未成熟な建物・商品に苦労してきた者としては許しがたい暴言であった。こういうことを言うと、「そんなに一条の家が気に入らないのならエスバイエルに行けよ、おまえはあ」と営業本部長の天野隆夫が言ってくるであろうけれども(エスバイエルはこの際、何の関係もないのに)、未成熟な会社の未成熟な浜松向け商品を、浜松・掛川より坪7万円、近藤路夫の名古屋より坪5万5千円も高い金額で売らされて、苦労して売る努力をしてきた者に対して、その言い草はなんだ! てところである。
  「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物にはどの部分においても問題点はまったくない」「一条工務店の家は同業他社と比べてすべてにおいて完全に優れている」などと事実を見ずに、もしくは事実を見て認知しておきながらこのような恥知らずな発言をしてそれで会社にヨイショしているつもりなのか、そういうことをすれば「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物にはどの部分においても問題点はまったくない」「一条工務店の家は同業他社と比べてすべてにおいて完全に優れている」という状態になるのならそう言えばいいが、そうではないはずだ。そうではなく、事実を事実として見て認識し、一方において問題点はひとつひとつ改善するべく努力をし、他方において問題点があっても、その会社で営業の仕事をしているのなら問題点を抱えていても、その前提で売る努力をするしかないではないか。営業本部長の天野隆夫は、そのあたりを近藤路夫に注意するのが仕事のはずだった・・・が、それができない天野の隆夫!

  事実上、「浜松・掛川・名古屋の営業のパシリ」であった兼任の東京営業所長・松戸営業所長の営業本部長天野隆夫は東京営業所長・松戸営業所長としての仕事をしていなかった。まず、東京営業所長・松戸営業所長であったなら、なにゆえ、浜松・掛川で坪48万円・名古屋で坪49万5千円のものを東京都・神奈川県で坪55万円・千葉県で坪52万円・埼玉県で坪53万円で売らされなければならないのか?!? 東京都・神奈川県で坪55万円のものなら、浜松・掛川でも坪55万円で売るべきであろう、名古屋でも坪55万円で売るべきであろうと会社に対して、又、浜松・掛川・名古屋の人間に対して主張するべきであろう。
なにゆえ、静岡県西部・愛知県のみテレビ広告をドカンとやり、テレビ番組のスポンサーにもなっているのか?!? 静岡県西部・愛知県でテレビ広告をやるのなら浜松・掛川・名古屋よりも高い金額で売らされている東京都・神奈川県・千葉県でもやるべきであろう。

なにゆえ、安い金額で売っている地域でテレビ広告をやりテレビ番組のスポンサーになり、高い金額で売らされている地域においてはテレビ広告はやらないのか?!? 逆であろうが! 違うのか!?!
なにゆえに、東京都の展示場でまで浜松向けの間取りで作るのか?!? 浜松には浜松に向いた間取り・東京には東京に向いた間取りの展示場を作るべきではないのか?!?
なにゆえ、東京都にはまともな工事スタッフがいないのか?!? まともな工事スタッフのいない場所で営業をしている人間とある程度以上そろっている場所で仕事をしている営業とで評価が同じというのはおかしいのではないか?!? 違うか?!?
〔⇒[第698回]《「一条の建物は完璧」の反証6.擁壁と基礎の取り合いの打合せを工事担当が拒否-浜松営業【10/  】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html 、[第693回]《「一条の建物は完璧にいい」の反証2.筋交いの向き・寸法違いの丸太梁-一条工務店の浜松営業【6/ 】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_6.html 〕
なにゆえ、浜松・掛川・名古屋には設計担当者がいて東京圏にはいないのか? 設計担当者がいる地域と設計担当者がいない地域で、なにゆえ、設計担当者がいる地域の方が坪単価が安いのか? 逆であろうが!!!〔⇒[第718回]《経験のある設計を「譜代」の所長の営業所の担当に、新人設計を遠隔地で新人営業だらけの営業所の担当にする会社――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証》https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html 、[第702回]《「一条の家は完璧にいい」の反証9-出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長》https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html 〕
なにゆえ、(株)一条工務店は何でも浜松・掛川・名古屋が最優先なのか?!?

もはや、「東海を制する者は天下を制す」などと言っていた時代ではなく、東海地方だけの(株)一条工務店ではなくなっているのだから、他の地域のためのことも会社は考えるべきではないのか!?!
なにゆえ、東海地方のことばかり考えて、それ以外の地域はそれ以外の営業が工夫して努力してなんとかしろという不公平な態度を会社はとるのか?!? おかしいではないか。
なにゆえ、そのような不公平な態度を取り続けるのか?!?

・・・と営業所長として指摘し、会社に改善を求めるべきものであろう。それができないなら、営業所長とは言えないはずである。
とりあえず、浜松・掛川・名古屋の営業は、ウルトラダンピング販売で東京都で55万円/坪のものを浜松・掛川は48万円/坪、名古屋地区の営業は49万5千円/坪で大幅な値引き販売をしているのだから、大幅な値引き販売で売っている浜松・掛川・名古屋の営業と割高な価格で「定価」販売させられている東京圏の営業で1棟あたりの評価が同じというのはこれはどう考えてもおかしいので、浜松・掛川・名古屋の営業は契約1棟あたりの評価は東京都・神奈川県の営業の2分の1、もしくは、3分の1とするべきで、又、静岡県西部・愛知県ではテレビ広告をやって販売しているので、テレビ広告をやって販売している浜松・掛川・名古屋の営業とテレビ広告なしで営業している東京圏の営業で1棟あたりの評価が同じなんて、こんな非常識な話はないはずであり、その点において、浜松・掛川・名古屋の営業は1棟あたりの評価は東京都・神奈川県の営業の2分の1、もしくは、3分の1とするべきである。
1/2×1/2=1/4
1/3×1/3=1/9 であり、
さらに、東京都では束石は「ピンコロ」という小さい束石であるのに対して、浜松・掛川・名古屋の営業は「マンホールのふたみたいなでっかい束石」をサービスしているので〔⇒[第696回]《「一条の建物は完璧」の反証5.束石は小さいと床束ははずれるか?他-一条工務店の浜松営業【9/  】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_9.html 〕、その点で、東京都ではないものをサービスで施工しているという点でも浜松・掛川・名古屋の営業の評価は東京都の営業の評価より低くて当然であり、「3分の1棟扱い」かける「3分の1棟扱い」で、
1/3×1/3=1/9
それに、東京都では「ピンコロ」の束石であるものを、「マンホールのふたみたいなでっかい束石」を浜松・掛川・名古屋の営業は勝手にサービスしており、勝手に「マンホールのフタみたいなでっかい束石」をサービスして売っている浜松・掛川・名古屋の営業と浜松・掛川・名古屋よりずっと高い価格で売らされているのに「ピンコロ」の束石で施工されている東京の営業で、1棟あたりの評価が同じというのもおかしい! 
その分も考慮して、浜松・掛川・名古屋の営業の営業成績は、1棟あたり、1/10をかけて計算するべきである。
即ち、10棟契約した場合は、10棟×1/10=1棟 と。そういう計算で営業成績は考えるべきである・・・と、こういう主張を、まがりなりにも、東京営業所長・松戸営業所長であるというのなら、当然、天野隆夫は会社に対し、又、浜松・掛川・名古屋の営業に対して要求するべきであり、要求する必要があるはずであり、それをできないのであれば、そんな男を東京営業所長だ松戸営業所長だなどと認めるわけにはいかないのは当然であり、そんな男を東京営業所長だの松戸営業所長だのに任命した会社経営者が根本的に間違っている、ということになるはずである!!  まあ、1/10棟扱いにして、泣きよってもまたうるさいから、ここは大負けに負けてやってやなあ、1/5棟扱いでええことにしたるとしても、そのくらいの要求は当然するべきであるはずである。

  (株)一条工務店は毎年、1月初めに「年誌」というけっこう分厚い冊子を従業員に配布していて、そこに「一条工務店の土台を気づいてきた人たち」と称して、通算契約棟数100棟以上の人というのが、顔写真と氏名・所属営業所が掲載されていて、近藤路夫が通算契約棟数3位として掲載されていたが、↑に述べた通り、近藤路夫が在籍した営業所の営業成績は東京都・神奈川県の営業の営業成績から考えると、1/10 くらいの値打ちしかない契約であり、1/10棟扱いにして泣かれてもうるさいから、1/5棟扱いでええことに負けといたるとしても、1/5 をかけて計算すると、100棟に達していない。八百長みたいな計算法で、「通算契約棟数100棟以上」などと主張する卑怯者の写真がそこに掲載されていた、ということである。
  「敵によって反対されるのは良いことであって悪いことではない。もしも、敵によって称賛されるなら、我々の行動が敵と同様に腐敗していることを意味するが、敵によって反対されるなら、我々の行動が敵と同様に腐敗していないことを意味しているからだ。」と毛沢東は述べていたが、これはたしかにそういうところはある。(株)一条工務店の「年誌」では、「通算契約棟数100棟以上」達成者の顔写真と氏名・所属営業所名の掲載とともに、その年、一級建築士・二級建築士・宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)・インテリアコーディネーターなど建築・住宅関連資格に合格した人の顔写真と氏名・所属営業所名も掲載していたのだが、私は入社1年目の1992年に宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)に合格し、「実務経験に代わる講習」を受講の上、翌年1993年に登録したが、合格した1992年、所属の東京営業所(東京展示場)の「リーダー」の宮崎さんと、兼任の「営業所長」の天野隆夫の両方に、「合格しました」と伝えたので、所属の営業所の上役に伝えた以上は「会社に伝えた」ことになるはずだと思ったのだが、ところが、1992年に宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)試験に合格したにもかかわらず、他に宅地建物取引主任者(→宅地建物取引士)に合格した人、何人かの顔写真と氏名・所属とが掲載されていたにもかかわらず、1993年1月の「年誌」には私の顔写真と氏名・所属営業所名は掲載してもらえなかった。なんか、俺の顔と氏名を「年誌」に載せるのは嫌なのかな?・・と思ったが、まあ、別に載せるのが嫌ならそれでもいいし、そういじけなくてもいいかなとも思ったのだが、兼任の東京営業所長であった営業本部長の天野隆夫と会った時に、「あれは、どうして、私は載せてもらえないのでしょうか」と尋ねてみたところ、「載ってなかったか? 総務に連絡したか?」と言う。「年誌」に顔写真と氏名・所属を掲載してもらいたければ、所属営業所の上役に伝えるだけではなく、それとともに浜松の総務部にも連絡しないといけないらしかった。まあ、別に、そこまでして載せてもらわなくてもいいけどね・・・。さらに、1996年の試験でインテリアコーディネーターに合格し、1997年に登録したが、この時、今度はきっちりと総務部に伝えたので、今度こそ載せてもらえるだろう・・と思ったら、私がインテリアコーディネーターに合格したその年から、資格試験合格者の顔写真と氏名・所属の掲載はとりやめになった・・・ということは、私の顔写真と氏名・所属を「年誌」に載せるのが嫌だから、その年から資格試験合格者の顔写真と氏名・所属の掲載をとりやめた・・てことかな?  その可能性は十分考えられる。載せるというのなら載せてもらえばいいとは思ったが、そんなに載せるのが嫌なら、別に載せていらんけどな。

  その頃の松戸展示場は千葉県松戸市・東京都葛飾区・埼玉県三郷市の境目付近の松戸市にあり、しかも、南北に走る国道6号と東西に走る県道とが交差する「岩瀬」交差点の北東にあるハウジングギャラリー松戸にあったが、総合住宅展示場ハウジングギャラリー松戸の西の国道6号を南に行くとすぐに東京都葛飾区、ハウジングギャラリー松戸の南側の県道を西に行くと松戸三郷道路というかつては有料の橋だったが今は無料になった橋で江戸川を渡るとすぐに埼玉県三郷市であり、その頃、松戸市にあった総合住宅展示場でもハウジングギャラリー松戸より東の松戸市和名ヶ谷にあったハウジングプラザ松戸の場合は松戸市内からの来場客が多かったのに対し、(株)一条工務店が松戸展示場を出展していたハウジングギャラリー松戸は千葉県松戸市からの来場客と同じくらいに埼玉県三郷市からの来場客・東京都葛飾区からの来場客がある展示場で、その3都県からの来場客が均等にあるような展示場で営業するにおいては、その3都県の坪単価が異なるというのはやりにくかった。

( ↑ 「ハウジングギャラリー松戸」がかつてあった場所。松戸市緑ヶ丘1-1。 現在は南半分にはファミリーマート松戸岩瀬店があり、北側にはマンションが建っていたように思う。 )
浜松・掛川で坪48万円で売っているものなら、近藤路夫の名古屋で坪49万5千円で売っているものなら、東京都・神奈川県・埼玉県でも、せめて、千葉県と同じ坪52万円で売ることは可能なはずであり、それを意図的に売れにくくするために、浜松・掛川・名古屋と営業条件を異ならせ、浜松・掛川・名古屋の従業員の営業成績が他地域より上回るようにするために(でないというのなら、どう違うか言ってみやがれ! 間違いなく営業条件は異なっていたではないか!!!)高い坪単価を設定されていたが、浜松・掛川より高くとも、日本で東京・横浜・大阪に次ぐ4番目に人口が多い都市で東京圏・関西圏に次ぐ大都市圏である名古屋より高くとも、せめて、「くさかんむり」「ちゃいば」千葉県に設定されている坪52万円を一般には千葉県と埼玉県なら東京圏の住人なら「同じくらい」と評価する埼玉県にも、又、東京都・神奈川県にも適用して東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県は坪52万円でよいではないか・・と営業所長として主張していいはずだ。それが営業所長の仕事のはずである。それもできないなら、せめて、その時の松戸展示場の立地は埼玉県三郷市・東京都葛飾区に地理的な直線距離でも道路の配置においても近い場所の松戸市であり、松戸展示場来場客については東京都葛飾区と埼玉県三郷市が建築地の方には千葉県と同じ坪単価としてもよいということにしてもらいたい・・と松戸営業所長なら主張するべきであったはずである。 この後、福島県いわき市の営業所に勤務したが、東京都で坪55万円のものが「本田・ヤマハ・カワイ、それになんちゃらエレクトロニクスがある大都市で、新幹線も『ひかり号』が停車し、静岡県でも県庁所在地の静岡市より栄えている大都市である」という浜松では坪48万円ということは、福島県では、当然、「なんちゃらエレクトロニクスがある浜松」よりも坪単価は安いはずであったが、ところが、福島県でも「なんちゃらエレクトロニクスのある浜松」と同じ坪48万円だったのだ。おかしいではないか。 「浜松と東京では物価が違う」と「遠州人」は言うのだが、私は「浜松の会社」に勤めたことから浜松には何度も行ったし、浜松で食事したこともあれば、買い物したこともあるが、特別、「物価が違う」とは思わんかったぞお~お!!! 「人件費が違う」などとも「遠州人」は言うのだが「よく言うわ♪」「い~つも騙してばかりねえ~え♪」、東京圏の従業員は浜松・掛川の従業員と比べて「人件費が違う」などと言われるような高い給料払ってもらってたか?!? 払ってないだろうが!!! 「バカ言ってんじゃないわ!♪!」。むしろ、「浜松の会社」として「地方」の基準に合わせて東京や大阪発祥の会社に比べて給料は安めだったはずだ。外資系でもアメリカ合衆国やイギリス・フランス・ドイツなどの外資系企業ならいいが、後進国の外資系企業に勤めると母国の水準に引っ張られて給料は安いという話があるが、(株)一条工務店はこの点において「浜松という後進国の外資系企業」という性格があったはずだ。「人件費」といっても自社の従業員のことではなく「職人手間」のことであれば、これは「いくらか違う」であろうし、職人も有名会社の仕事と無名会社の仕事であれば有名会社の仕事であれば、その後の自分の評価を考えると有名会社で仕事をしていたという方がいいと考えて有名会社なら安めの額でやってくれる可能性もあるかもしれない。

  その点で、浜松・掛川は東京よりも「職人手間」はいくらか安いかもしれない・・・が(日本で4番目に人口が多い都市の名古屋、東京圏・関西圏に次ぐ都市圏である中京圏がなぜ坪単価を考える時だけ「どいなか」と評価されるのか、マカ不思議だが)、それならそれで、福島県はもっと安いという理屈になるはずであるが、なぜか、テレビ広告やってる浜松・掛川で坪48万円のものが福島県でも坪48万円だったのだ。福島県でも中通りの場合は準寒冷地仕様として浜松・掛川で「標準仕様」のものがそうではなく、浜松・掛川ではオプションになるものが「標準仕様」になっているというものがあったが、東北地方では唯一、温暖地と評価された いわき市など浜通り地区では浜松・掛川と仕様の内容はまったく同じで、それでいて「テレビ広告やってる・テレビ番組のスポンサーになってる静岡県西部」と同じ値段だったのだ。
おかしいだろ、浜松・掛川・名古屋!!! 
くそどあつかましいだろ、浜松・掛川・名古屋!!!
ふてえやつらだ、浜松・掛川・名古屋!!!

但し、福島県人で遠州人と知り合いのある人間というのはそれほど多くなかったので福島県人は浜松・掛川でいくらで売ってるか・名古屋でいくらで売ってるか・・といったことは知らない人が多かったので(”なんちゃらエレクトロニクス”なんて知らない人がもっと多かったし)、実際に折衝する際には ” なんちゃらエレクトロニクスがある大都市の浜松 " と同じ値段をつけられているという点に不平を言う人はそれほどなかった。しかし、福島県は坪48万円、茨城県は「東京メトロ千代田線の電車がJR常磐緩行線として走っている東京圏の取手市」や「県庁所在地のこーもん水戸」だけでなく「ほとんど福島県の茨城県」もまた坪50万円で、 ” なんちゃらエレクトロニクスがある大都市の浜松 " より坪2万円高かったのだ。なんで、「ほとんど福島県の茨城県」までが ” なんちゃらエレクトロニクスがある大都市の浜松 " より「物価が違う」だの「人件費が違う」だのと言われて坪2万円高い値段をつけられなければならないんだ・・・てところだったが、茨城県北茨城市や茨城県高萩市から いわき市の展示場に来場される方は浜松・掛川で(株)一条工務店がいくらで売っているかといったことは知らないしそれほど関心はなかったし、「なんちゃらエレクトロニクス」なんて知らなかったが、しかし、茨城県高萩市・茨城県北茨城市と福島県いわき市は一続きの地域であり、なんで、いわき市勿来で坪48万円のものが茨城県北茨城市磯原で坪50万円になるんだ? ・・とはたいていの人間が考えた。「地元の会社」はあまり遠方なら引き受けないか出張費を払ってでも頼んでくれるのならとその分高い金額を言うかもしれないが、基本的には引き受けるからには福島県いわき市でも茨城県北茨城市でも値段に差をつけることはなかったはずだ。福島県浜通り地区の営業としては、福島県いわき市と茨城県北茨城市・茨城県高萩市で別価格を設定されるのはやりにくい。茨城県でも取手市あたりになると、東京圏であり、取手市の住人には北茨城市・高萩市なんて同じ県だと思っていないみたいな人もいて、福島県よりも東京都に近い金額を言われても違和感を覚えないであろうし、県庁所在地の水戸納豆の住人には自分たちは福島県と違って都会!・・みたいな変なプライドもってる人もいたし、日立市というのは日立製作所にゆかりの市とはいえ平地の少ない地形で大都市になる立地ではないが、なぜかけっこうプライドもってる市であって、福島県より高いと言われても「そうだろうな」みたいな感覚がある市であったが、北茨城市・高萩市あたりは住民の意識としても茨城県でも取手市などよりも体質的に福島県浜通りに近い所で、「なんで、いわき市より2万円高いんだ」と思ったはずだ。それで、浜通り地区の所長のK野さんは(株)一条工務店の本社と交渉して、茨城県でも北茨城市と高萩市については福島県の坪単価でやることにした。それをやってこそ、所長であり、K野さんはもともとは共同出資会社の(株)一条工務店南福島にいて、そこから(株)一条工務店に移った「外様(とざま)」の所長で、「大澄社長の腰巾着」の福島県中通り地区の所長の片山などとは扱いが違った・・・と言われていたが、「北茨城市・高萩市くらいは福島県と同じ坪単価でやらせてもらわないと営業やりにくい」と たとえ、「外様」の所長でも、所長として、その点では言うことを言ったらしい。
  天野隆夫も、もしも、松戸営業所長というのが「実状をともなわない名目上の所長」ではなく実際にその地域の所長だと言うのなら、千葉県松戸市と埼玉県三郷市と東京都葛飾区の境目の場所にあって、その3都県からの来場客が同じくらいある展示場で営業やるにおいては、その3都県の坪単価が異なるというのはやりにくい、せめて、埼玉県三郷市・東京都葛飾区からの来場客で埼玉県三郷市・東京都葛飾区で建てる人については千葉県の坪単価でやらせてもらいたい・・といったことくらいは浜松に対して主張するべきであり、それを言ってこそ松戸営業所長、それを言えない言わないのでは「名目上は松戸営業所長でも実質的に松戸営業所長とは言えない」ことになるが、言わない言えない天野隆夫は営業本部長であっても、名目上は松戸営業所長でも実質上は松戸営業所長とは言えない人間だった。

  天野隆夫は「ぼくが東京営業所長で松戸営業所長なんやで」などとぬけぬけと言うのなら、こういった東京営業所・松戸営業所の人間の利益を代表する発言を東京営業所長・松戸営業所長として、浜松・掛川・名古屋の人間に対して堂々と主張しなければならないはずである。それができなければ、当然のことながら、東京営業所長・松戸営業所長だなどと言う資格はないはずだ! 「浜松・掛川・名古屋のパシリ」である天野隆夫は、常に浜松・掛川・名古屋の利益のために働く男だったのだ。
  営業本部長の天野隆夫は「渋谷といったら、小岩の東の方だらあ」「新宿って言ったら、平井の北の方だら。そうだら。ぼく、東京はよく知ってるんだから」と何度も何度も大きな顔で言う男であったが〔⇒[第688回]《(株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_1.html 〕、もしも、本当に「ぼくは東京はよく知ってるんだから」ということなら、千葉県・埼玉県の人間の感覚では東京都と埼玉県・東京都と千葉県なら東京都の方が都心であるが、埼玉県と千葉県というのは一般に同格で、なぜ、その2県に坪1万円の差があるのか違和感を感じる・・という千葉県民・埼玉県民の感覚くらい理解できても良さそうに思うのだが、「渋谷といったら、小岩の東の方だらあ」「新宿って言ったら、平井の北の方だら。そうだら」と何度も何度も繰り返し繰り返し、何人もがいる所で言いまくる人が「東京はよく知っている」とは誰も思っていなかった。
  「自分自身が東京圏で営業をしない東京営業所長・松戸営業所長」で「自分は20代の頃に浜松でちょろっと特別扱いの営業をやっただけで自分自身が東京圏で営業をやったことがない東京営業所長・松戸営業所長」であり「東京圏で営業成績が伸びなければ東京営業所長・松戸営業所長が責任をとるのではなく、その地域の営業担当者に責任を押しつけてやろうという信念もってる営業所長」である男には、浜松・掛川・名古屋の横暴に抗議して抵抗する気概などあるわけがなかった。だいたい、 「営業所長」という役職の人間が売上状況に責任がなくて、個々の営業にだけ責任を負わせるというのが、それが「営業所長」としておかしいはずなのだ。 「浜松・掛川・名古屋のパシリ」が「兼任の営業所長」であれ「名目上の営業所長」であれ、なっているのがそもそも不適切であった。「常に浜松・掛川・名古屋の利益を代弁する男」は所長になるのなら、浜松営業所長か掛川営業所長か名古屋営業所長になるべきで、東京営業所長や松戸営業所長になるには不適任であるのは明らかだった。

  「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」の反証を、
反証1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている
《2》 柱の下に基礎がない
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している

反証2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない

反証3 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_7.html
【C】-6 《6》断熱材の室内側防湿層を破る
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」

反証4 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_8.html 
【C】-7 《9》ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業

反証5 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_9.html
【C】-8 《10》  「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。

反証6-1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの? 

反証6-2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、どうも、そうなっていなかった可能性が小さくない

反証7 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社

反証8 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_2.html
《13》「一条の家は完璧にすばらしい」の反証8.嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸

反証9 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html
《14》 出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長

反証10 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。

反証11 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_5.html
《17》「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社

反証12 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_7.html
《18》ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長

反証13 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_6.html
《19》浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館

反証14 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_8.html
《20》「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない

反証15 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_9.html
《21》「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」

反証16 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_10.html
《22》 親戚の契約は(株)一条工務店ではさせられない。-RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。解体屋は隣家の塀も壊す。従業員の親戚の家には初めての大工・職人。引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせようとする。

反証17 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家

反証18 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くて床鳴りがする

反証19 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社

反証20 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html
《28》 「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させ、新人営業だらけの営業所には新人設計を担当させる会社

反証21ー1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_5.html
《29》(ア)大型ベイウインドウは本来「親戚中が集まって座席が不足した時に補助席として使う出窓」ではない、と従業員に教えるべきなのに教えない会社。 
(イ)「洗面台・洗濯機置場・脱衣場を通路と兼用」にした展示場は、ユニットバスを見て腐り・白蟻対策を話す為の作戦だ、と従業員に教えるべきなのに教えない会社

反証21ー2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_6.html
(ウ) 「地方」にいた「住友林業は財閥系だからいいと思う人もいるだろうけれども、それでも一条工務店の方がいいとうちは思う」と言う人というのは、(株)一条工務店の営業が努力して見込客に考え方を変えてもらったのではなく、もともと「地方」にはそういう認識の人が少なからずいたのだった

反証21ー3 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_7.html
(エ) 「ツーバイフォー工法で検討している見込客には『三井ホームならいいですけれども他の会社でならツーバイフォー工法はやめた方がいいですよ』と言っておく」という『営業マニュアル』の文句の意味。背景を知らなければ意味のないものをその文句だけ掲載する『営業マニュアル』

反証21ー4 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_8.html
(オ)浜松でエスバイエル「ハウス55」と競合になって苦戦している一条工務店の営業を「情けない」と私が思った理由。

反証21ー5 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_9.html
(カ)営業同士の情報交換・意見交換を妨げる営業本部長

反証21-6 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_1.html
(キ)「図面を1枚書くと20万円から30万円かかるんですよ」と言う「浜松流」の嘘八百はどこから出てきたのか。

反証21-7 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_2.html
(ク)「都会型」と「地方型」、「地方」から東京に出てきた人には受ける「セゾン」
(ケ) なぜ、「浜松流」は、「構造アプローチ」において、対在来木造の話ばかりなのか。
(コ)「ツーバイフォーてのは、あれは面だからね」という言葉はどういう相手に、どういうシチュエーションで言ったものか。意味を誤解している新卒社員と誤解している新卒社員を放置している「トップセールス」「営業所長」

反証22 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_4.html
《30》(株)一条工務店の工場の2段式移動棚は「いなかもん好み」で効率悪い。
「コストダウン」と称して経済性悪化を招く「工場部門責任者」。
嘘の多い「最先端のプレカット工場」、路上駐車トラック・溝なしタイヤフォークリフトで「ISO9001」取得!

反証23 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_5.html
《31》住宅金融公庫のオーバーローンを推奨する会社。 「どのような家を建てるのか決定してから申し込んでください」という住宅金融公庫の「趣旨」を踏みにじる会社。
《32》廃棄物は「川に捨ててきます」という会社。

・・・と、ずらずらと述べてきたが、これらの中には、同業他社においてもある可能性があるものもあるし、「浜松流」が営業に言わそうと押しつけるものが不適切ではあっても物自体はそう悪いわけではないというものもあるが、まず、判断の基準が「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物にはどの部分においても問題点はまったくない」「一条工務店の家は同業他社と比べてすべてにおいて完全に優れている」というものすごい高い基準であるので、その基準を満たしていないという反証であるならば、そんなものは、いくらでもあげることができる! ・・・が、改めて自分が入れた記事の内容をふりかえって見ると、「ひでえ会社!」て感じが今更ながらしてくる。それも、《気づいた従業員が、自分を雇ってくれた会社のためを思って、できるだけ、改善されるようにと思って言うと、「そんなこと言うならエスバイエルに行けよお」とか営業本部長が言う会社》というのは、なおさら、「ひでえ会社!」と言わざるをえない。

  ↑のように反証をあげてきたものを見ていただければ、どう考えても、(株)一条工務店(この場合、1993年の時点でのもので、今現在はその欠点はなくなったというものも中にあるが)は「一条工務店の家はすべての面にわたって完璧にすばらしい」「一条工務店の建物にはどの部分においても問題点はまったくない」「一条工務店の家は同業他社と比べてすべてにおいて完全に優れている」というものすごい高い基準は満たしていないのは明らかであるが、しかし、それでも、「浜松・掛川・名古屋においては」もしくは「静岡県中西部・愛知県においては」、「同業他社と比べて格段にいい」という面はあったと私は思っている。ただし、それはあくまでも、「浜松・掛川・名古屋においては」もしくは「静岡県中西部・愛知県においては」であって、それ以外の地域、特に東京圏においてではない。
  その理由だが、住宅建築業界における商品の価格として考えた時、東京圏より大幅に安い価格でダンピング販売していた浜松・掛川・名古屋においては、1990年代初めにおける(株)一条工務店の商品は、他社と比べて割安だった。だから、その点において、「すべてにおいて」とは言えないとしても、「全体として、多くの部分において、他社よりも良い」と言えるところが少なくなかった。 名古屋南営業所の近藤路夫は一貫してそういう場所で営業させてもらってきた男だったのだ。 それに対して、私が勤務していた東京展示場・松戸展示場においては、1990年代初めにおいて、(株)一条工務店の商品は、他のハウスメーカーと比べてどうかというと、割高だった。かつ、割高であるとともに、施工内容が良くなかった。設計のスタッフもおらず、工事のスタッフもしろうとで怠慢であり、会社の姿勢も不真面目で、かつ、「浜松の会社」であって、東京圏で家を建てるのに、何がうれしゅうて、何を物好きに、「浜松の工務店」に頼まなければならないのか、有名ハウスメーカーに頼まずに工務店に頼むのなら、せめて、「浜松の工務店」ではなく「東京の工務店」に頼んだ方がまだしもであろう・・というのが東京人の感覚だった
  住宅建築を依頼する場合、その会社で建てるのが高いか安いかを、当然のことながら、建築主は考える。ここで、高いか安いかという問題は、建物で使っているものがいいかどうかだけで判断されるのではない。(株)一条工務店のような「嘘が多い会社」というのは、その点で、その分、割高だという評価になる。
  白土三平の『カムイ外伝』に、「月影の心」という話が出てくる。私はこの話が好きである。忍びの世界を抜けた「抜忍(ぬけにん)」カムイは、抜けた忍びを追いかけて殺す「追忍(ついにん)」の追跡を受けるが、優れた技でことごとく返り討ちにして生き残ってきた。しかし、ついに、カムイにも勝てない相手、「モモカのウツセ」〔生まれて百日(ももか)経たないうちに捨てられた捨て子(「ウツセ」)という意味らしい〕の追跡を受ける。一度、対戦して、技でかなわなかったカムイは崖から墜落する際、上から落ちていくカムイを見に来たウツセの首に鎖を投げかけ、ともに谷底に転落するようにして「相打ち」「引き分け」に持ち込んだが、傷が回復した後も、再度、追跡を受けて対戦したなら、まず、勝てないと悩む。カムイと出会った老武術家の阿多棒心は、「わしが見るところ、おぬしとウツセ、体力も忍びとしての技も五分と五分。しかし、剣術の能力において、おぬしは我流であるのに対し、ウツセは柳生で学んでおり、動きに無駄がない。その点でウツセの方に分がある。おぬしの悩むところもそのあたりであろう」と言う。「だが、ひとつ、おぬしが忘れていることがある。おぬし、あの月が切れるか」と空の月を指す。
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(↑ 白土三平『カムイ外伝 11 剣風(2)』1985.8.1.小学館 ビッグコミックス より)
「月は切るものではない」と言うカムイに、阿多棒心は「切れぬのであろう」と言い、「あなたには切れるのですか」と言うカムイに、「それではやって見せよう」といって手に持つ棒で池に写った月影を突く。「どうじゃ。突いて見せたであろう」と言う阿多棒心に、カムイは「それは月ではない」と言うが、阿多棒心は「同じことじゃ」と言う。「空にある月を切るのではなく、池に写った月を切るのじゃ」と。この話の意味をどう考えるべきか。『カムイ外伝』においては、カムイが剣術の技で及ばないウツセは、その頃、どうしていたかというと、ウツセもまた、カムイに対して「おびえ」のようなものを感じていた。「もしも、俺がどうしても自分の能力が相手に及ばないとわかった相手と対戦して、カムイのようにあそこまで冷静に対応できるだろうか。能力でかなわない相手に敗れた後、谷底に落ちていこうとするまさにその時、相手の首に鎖を投げかけてともに落下させようと、そういったことが俺にできるだろうか・・。カムイ、恐ろしいやつ」とウツセもまた悩んでいた。
※《YouTube-『カムイ外伝』予告編》https://www.youtube.com/watch?v=qpxw5nkKCCc
  この話だが、まず、何であれ、その問題についての技・その分野についての能力というものがあって、それにその人間の精神面・心というものが影響する、という意味と考えてはどうか。月と池は、どちらが能力でどちらが精神面だと考えるべきか、それはどちらでもいいかと思うのだが、精神面のぱっぱしたやつ、精神面のできていないやつが、能力だけあっても、少々、能力が劣っても精神面がしっかりしている人間は、その技術・知識・能力を通して精神が成果を発揮する。だから、技術・知識・能力が相手より少々劣ったとしても、それで勝てないとは限らない。そういうことがあるのではないか、と私は考えた。特に、弁護士屋なんてのには、私が大学生の時に、「アルバイトお、アルバイトお、アルバイトお」とアルバイトばっかりさせられていた時に、冷房の効いた涼しい部屋で机に向かって法律の本を読ませてもらって司法試験に合格させてもらった・・・などという類が多く、そういうヤカラは、自分自身が法律問題の当事者として苦しんだこともなく、ひとの問題にちょっかいを出して金儲けしているようなヤツというのが実際問題として多い。そういうヤカラは、技術・知識はあっても自分自身が当事者として苦しんだ心というものがない。そういうヤカラには本人訴訟で戦っても勝ち目は十分にあるし、おかしな弁護士に頼むとカネだけ盗られてかえって良くない・・という「場合もある」。(そんな弁護士でもハサミと一緒で「使いよう」である「場合もある」が。)
  そして、住宅など建築においても、技術を通して精神面が発揮されるということがある。ブルーノ=タウト『日本美の再発見』(岩波新書)では、桂離宮というのは、作者が小堀遠州なのかそれ以外の誰かなのかはわからないが、そこにはその作者の精神性が建築を通して表れている、と述べられているが、桂離宮に足を運んで見てみると、たしかにそうだと思うし、ブルーノ=タウトは日光東照宮をボロクソに言って桂離宮を称賛した人として知られているが、実際に桂離宮に足を運んで見てみると、たしかに、日光東照宮に比較して見ても、桂離宮は建築を通して精神性がそこに表れていると言える。
  住宅の場合でも、たしかに、「いいものを使った方がいいものができる」という面はある。システムキッチンというのは、相当値段の幅があるようだが、どこで価格に差が出るかというと、私が読んだ本によると、ひとつは、扉の材質だというのだ。だから、予算がない人が使いやすいシステムキッチンを住宅において実現したいと思えば、比較的安い材質の扉のものを使うことで、機能的にいいもので、色彩・柄なども好みのものを手に入れることは可能であって、それを実現できるかどうかが、建築とキッチンの設計者の腕の見せどころだというのだ。しかし、そうではあるけれども、その上で、費用もかけることができれば、その方がよりいいものはできる。デザイン・意匠という面において、人間の視覚に感じるものは、色と形・・・の2つではなく、もうひとつ、材質感というものがあるのです。比較的安いもので、色と形状を好みのものにすることはできても、高いものと同じ材質感を出すというのはなかなかできないことがあります。
  桂離宮に見学に行った時、説明をしてくれた「ボランティア」のじいさんが、「いくらでも手に入る、ちっとも高くないもの工夫して使って、これだけのものを作りあげた」と話してくれたのでしたが、「いくらでも手に入る」といっても、それは桂離宮が造営された時代に桂の土地において手に入りやすいものという意味で、今現在、どこでもいくらでも手に入るわけではなく、又、桂離宮はなんだかんだ言っても「皇族の離宮」であって、八条の宮という皇族で豊臣秀吉の猶子(ゆうし)〔「養子」と「猶子」の違いは、「養子」は実の親でない人の子供ということになって実際に一緒に暮らすもので、「猶子」は実の親でない人の子供ということになるが、一緒に暮らすということはないものらしい。〕となった人が建築主であったわけで、水呑み百姓の家ではなく、「いくらでも手に入る」とか「ちっとも高くない」と言っても、それは皇族で秀吉の猶子であった人にとって「いくらでも手に入る」「ちっとも高くない」もので、私にとって「いくらでも手に入る」わけではないのですが、ともかく、いいものを使うことで良い建築を実現しようという姿勢ではなく、高い精神性のもとに、工夫を凝らして、高い精神性を、その時代にその場所において比較的手に入りやすい物を使ってでも、建築を通して実現するというものだった。
  「人的資源」とでもいうのか、営業・設計・工事、実際に工事に携わる職人と、それら全体において、建築を通して高い精神性を実現できるような体制ができているのか、それとも、モノを用意すればいいはずだという姿勢なのか・・・といった視点で見て、1990年代初めの(株)一条工務店というのは、決してレベルの高い会社ではなかった。その「モノを用意すればいい」という姿勢、初代社長の大澄賢二郎が「人みたいなもん、求人広告さえ出せば、いっくらでも採用できる。求人広告にはいくらでもカネをかけて、求人広告はどんどん出せ。求人広告はどんどん出して、中途採用の従業員はどんどん入れて、片っ端から辞めさせろお!」と叫んでいたというのであるが、そんな姿勢の会社においては、人は育たない。人の育たない会社においては、モノを売り物にするしかないことになる。それが、(株)一条工務店だった。この会社のこの体質はそう簡単には変わらないであろう。
  但し、どの場所においても、均等・均質にそうであったわけではない。1990年代初めの(株)一条工務店は、浜松・掛川・名古屋においては、東京営業所と違って、特に優秀かどうかはさておき、ともかくも、設計担当者がその地域にいたし、工事担当者も東京事務所よりはそろっていた。
  又、それぞれの地域に「営業所長」がいる営業所においては、工事の内容が悪かったりすれば、営業所長は自分が営業しにくくなるので、工務課に苦情を言うということをしていたはずだが、ところが、営業所長の欄に「<天野隆夫>」と記載されて、営業本部長の天野隆夫が「兼任」で「名目上」営業所長ということになっていた営業所においては、工事の内容に問題があっても、営業所長の天野隆夫は工務課に苦情を言ったりは絶対にしない。工事の内容について、問題点に気づいたから改善を求めるようなことをうかつに言うと、「そんなこと言うなら、おまえ、エスバイエルに行けよ、エスバイエルにい!」と天野隆夫から言われることになるので、言えない。〔たとえば、⇒[第694回]《「一条の建物は完璧にいい」の反証3.断熱材入れ方不適切、防湿層破る-一条工務店浜松営業【7/ 】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_7.html 〕そうやって、従業員を黙らせるのが天野隆夫であり、そんな営業所は、その地域にいる営業所長が工事の内容が悪すぎるようでは営業しにくいことから、工務課に苦情を言って改善を求める営業所に比べて、施工内容は悪くなるのは当然だった。だから、営業所長が「<天野隆夫>」の営業所はそうでない営業所に比べて一般に施工内容が悪かったはずである。

  (株)一条工務店の家というものは、浜松・掛川向けの商品であるから、「一般には」同等のレベルのものでも、浜松・掛川で建てる人にとっては価値があるもののはずである。 住宅には「都市向け」のものと「地方向け」のものがある。「温暖地向け」のものと「寒冷地向け」のものもある。(株)一条工務店はもともとは「地方向け」で「温暖地向け」のものを建てる会社だったが、そのうち、寒冷地でも建てるようになったが依然として「地方向け」で都市圏においては違和感を覚える建物だった。1990年代初めにおいては、「地方向け」のものを建てる会社という姿勢は強固で、「浜松でいいものは、東京でも大阪でもいいに決まってるんだ。こんな常識がわからんのか!」と近藤路夫も叫んだように、「浜松でいいものは、東京でも大阪でもいいに決まってる」という認識を「常識」だと思っている会社で、「浜松でいいものは」浜松・掛川では喜ばれたし、名古屋郊外においても評価される地域があったと思われるが、「浜松でいいものは東京でもいいに決まってるんだ」という認識の商品は「東京には東京に向いた家というものがある」という前提で建てるハウスメーカーの家に比べてその点において明らかに魅力のない商品だった。こういうことを言うと近藤路夫は「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と叫ぶのだが、浜松向け商品が通じる地域でばかり営業させてもらってきた男の暴言を許す(株)一条工務店の経営者はその姿勢を反省する必要がある。
  1990年代初め、都市型のハウスメーカーは、真壁和室は1室が「標準仕様」という会社が多かったと思うが、(株)一条工務店は真壁和室は2室が「標準仕様」、基本的には「二間続きの和室」が「標準仕様」で、逆に、都市型の会社はインタホンが「標準仕様」で会社によっては「カメラ付きインタホン」を「標準仕様」とするところもあったと思ったが、(株)一条工務店はどうかというと、「標準仕様」では、チャイム! ・・いわゆる、呼び鈴(よびりん)が「標準仕様」で、インタホンはオプションだったのだ。
  「地方」で建てるのなら、「二間続きの和室」はいいと思う。しかし、東京近郊の住宅地で建てるサラリーマンの家で、「二間続きの和室」なんて作る人はあんまりないのが現実である・・・が、こういうことを言うと近藤路夫は怒るのだ。「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と。「東京でもどこでも、二間続きの和室は絶対に必要なんだあ。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と。そんなこと言われても、敷地の面積だってたいしてない場所で、二間続きの和室なんて作りようないし、和室を1室くらいは欲しいとしても、何が要るかを考えると、「二間続きの和室」というものは優先順位は後になるはず・・というよりも、要らない! ということになる場合が多い。それに対して、「ええ~え? 今どき、インタホンじゃなくてチャイムが標準仕様なのお~お? やっぱり、一条工務店て浜松ねえ」・・と言われる・・・が、言われると、近藤路夫は言った来場客・見込客に怒るのではなく、言われた人間に怒るのだ! ともかく、言った人に怒るのではなく、言われた人間に怒るというのが「浜松流」「一条オリジナル」「遠州人」の常套手段、「『一条工務店の土台を築いてきた人たち』と自称している人たち」の得意技である。 私は福島県いわき市に5年勤務した人間で、「何割か福島県人」なのだが、いわき市で建ててくれたお施主様で、「そんなの、インタホンなんてつけても、誰が押してくれるやら」なんて言われた方があった。「玄関扉を開けて、『こんちわあ』と言うならまだいいけど、◇◇さんなんて、玄関からなんて入ってこないもん。いつも、縁側から入ってくるから、『ちょっと、縁側から入らないでよ。玄関から入ってよ』と言っても、『やんだ、そんなの』て言ってきいてくれないもの」と言われた。そういうお宅が多い地域・・・「いわきが私につけた~くせ♪ 鍵をかけずに眠るくせ、眠~る~うくせ~え♪ あ~あ、5年ばかりの居住なのに、あ~あ、いわきの癖がよみがえる。鍵~をかけずに眠るくせ♪ 眠~る~うくせ~え♪」て感じ・・・〔⇒《YouTube-中条きよし - うそ》https://www.youtube.com/watch?v=qBWn48tOaTw 〕で、都会の人間と「地方」の人間とでは感覚は違うのだ。だから、「地方」の感覚で「チャイムが標準仕様」なんて決められたのでは、東京人は「はあ? ちゃいむう~う? 明治時代か???」と思ってしまい、「やっぱり、お宅は浜松ねえ!」となってしまうのである・・・が、こういうことを言うと「遠州人」は激怒する。近藤路夫は激怒する。「そういうことを言うからいかんのだあ~あ! 浜松で良ければ東京でもいいんだあ。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と。わかってたまるか!!!
   「浜松では浜松仕様。東京では東京仕様」とこれを「遠州人」「一条オリジナル」にわからせようとしても、それは極めて困難である。 「『浜松では浜松。東京でも浜松』、これが常識だあ~あ! こんなこともわからんのかあ~あ!」という認識がそれが浜松、それが「遠州人」である。まるで、「世界は浜松のために」みたいな感覚である。まるで、「よその選手は自分のもの。自分とこの選手は自分のもの」て「巨人みたいや」て感じ。それが浜松、それが「遠州人」、それが(株)一条工務店だったのだ。

   「地方」においては、都会か「地方」かというと「地方」に属する浜松向けに作られた(株)一条工務店の家はけっこう「合う」部分が多く、だから、(株)一条工務店の家は「地方」で受け入れられたのだが、しかし、「地方」ならどこでも何でも一緒というわけでもない。「東日本型」か「西日本型」かというものもあるようで、浜松というのは昔から関東につくのか関西につくのか態度不鮮明で「あっちについたりこっちについたり」の「股座(またぐら)膏薬」と言われてきた地域であるが、杉山英男『デザイナーのための木構造』(彰国社)では、畳のサイズについては、おおむね、愛発が関・不破の関・鈴鹿の関あたりが境目となっていると出ているが、愛発が関・不破の関・鈴鹿の関あたりが境目であれば、東に属することになるのだが、ところが、福島県いわき市に勤務していた時、福島県生まれの従業員が「一条工務店は、仕様がこのあたりとは違って西の方のものでしょ」と言うので、え? そうなの? と思ったことがあった。福島県生まれの人間の感覚からすると、「西の方の仕様」と感じるものがあったらしい。そのあたりについては気づく人と気づかない人があり、気にする人と気にしない人がおり、全体として自分たちの求めるものに近ければ部分的に「西の方の仕様」と感じるものがあってもいいと思う人もいたようだが、これは許せないと思うものもあったようだ。
  これは許せないと思うものとしては、たとえば、[第678回]《「じゅらく壁」・「京壁」とは何か? 「珪藻じゅらく」て何? きっちりと対応する従業員を嫌う営業本部長》https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_8.html で述べた、床柱と長押の関係などは多くの福島県人はこれは許せないと思うものだったようだ。和室で、左奥に床の間、その左に書院もしくは付書院、右奥、床の間の右に床脇として棚を設けた場合、床柱と長押(なげし)の位置関係は、住宅雑誌に掲載されている和室の写真を見ると、長押が床柱の前にきているものの方が多いが、床柱を下から上まで見せるようにして長押は床柱の手前で止める施工のものもあった。坂本功『木造建築を見直す』(岩波新書)によると、長押は今は主として装飾でつけているが、もともとは構造材で、柱を建てるだけでは地震や台風で揺れた時に倒れてしまうが、それを倒れないようにするものとして、柱に穴をあけて木材を通してとめたものが「貫(ぬき)」で、柱の外側から板を打ちつけたものが「長押(なげし)」であったらしい。その原理から考えると柱の手前で止めるのではなく柱の上に長押がくるようにするのが長押のルーツから考えれば正しそうにも思えるが、茨城県北部から東北地方にかけては床柱以外の柱では長押が柱の上にくるように施工するけれども、床柱の場合は床柱を下から上まで見せて長押は床柱の手前で止める施工にする地域が多いようだ。床柱を他の柱と異なる材を使うのか同じ材を使うのかによっても事情は異なるし、同じ材を使う場合でも他の柱より一回り太い柱を床柱に使う場合と他の柱と同じ樹種の木で太さも同じものを使う場合によっても異なる。岐阜県高山市の陣屋では、床の間の柱も他の柱と同じ樹種で同じ太さのものを使用していて、長押は他の柱と同じく床柱でも床柱の上に長押がきていた。もうひとつ、床脇の上に落としかけは設けるとして、床脇の上に長押をまわすべきものなのか、床脇の上には落としかけはあっても長押はまわさないものか、という問題もある。(株)一条工務店は、床脇の上まで長押をまわしていたが、有名建築・歴史的建造物の床の間を見ると、長押は床脇の上にはない場合が少なくない。床脇の上に長押はないものなのかというと、そういうことでもなく、長押が床脇の上まできている建物もある。 (株)一条工務店の場合、床脇の上まで長押をまわし、かつ、床柱の上に長押がくるという位置関係で浜松では施工していて、全国において、黙っておればその「浜松流」で施工された。しかし、浜松で建てる人の場合には「黙っておれば浜松流」でいいかもしれないが、「浜松流」とは異なる仕様で作るのがその地域の流儀という地域においては「黙っておれば、その地域の流儀」で作ってもらうものだ・・と考える人が多い。いわき市においては「黙っておればいわき流」で作ってもらえるものだ・・と思っていたら、工事が進んできて、和室ができて見ると、「なんだべ、こりぁ。こんなおかしな床の間、あるけえ! ふざけてんのか!」となることがあったようだ。福島県においては、東京など都会と違って、床の間・神棚・仏壇といったものの造り方は重要である。『日本の家2 中部』(講談社)を見ると、静岡県小笠郡小笠町・・・今は合併で菊川市に所属するようだがに、「黒田家」住宅があり(長屋門周辺のみ公開らしい)、掲載されている黒田家の床の間は(株)一条工務店のやり方と同じく、床柱はほかの柱より太い特別の柱を使用して、床脇の上に落としかけだけでなく長押をまわし、長押は床柱の上にくる位置関係で施工されている。岐阜県美濃市泉町の「旧今井家」(公開されているらしい)の床の間もまた、長押が床柱の上にきている。どうも、(株)一条工務店の床柱の施工は、静岡県から岐阜県美濃地方あたりにかけての施工法ではないかと思う。そのやり方が悪いわけではないが、地方によってやり方は異なるのだから、それぞれの地域に沿った施工を考えないと、「浜松でいいものは日本国中どこでも絶対にいいんだ。こんな常識がわからんのかあ」という近藤路夫の「常識」では非浜松の地域では通じないし、そういう主張を「遠州人」「一条オリジナル」にされるのは非浜松地域で仕事をしている人間にとっては迷惑である・・のだが、こう言うと「遠州人」「浜松流」「一条オリジナル」は激怒する。「浜松でいいものは日本国中どこでも絶対にいいんだあ」「浜松のやり方は日本国中どこでも通じるに決まってるんだあ。こんなこともわからんのかあ!」とひきつけおこして叫ぶのだが、彼らのビョーキにつきあわされるのにはほんとに疲れる。
※ 高山 陣屋(岐阜県高山市)(旧飛騨国)⇒
[第352回]高山陣屋(群代官所)[1]床の間。「真向き兎」の釘隠し。朝市。~高山シリーズ第3回(2)https://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_2.html
[第353回]高山陣屋[2]式台。白州。曲がった木は梁。土縁庇。榑葺き。 ~高山シリーズ第3回(3)https://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_3.html
岐阜県HP 高山陣屋https://www.pref.gifu.lg.jp/kyoiku/bunka/bunkazai/27212/
※ 黒田家(静岡県菊川市)(旧遠江国)⇒
菊川市 黒田家代官屋敷資料館https://www.city.kikugawa.shizuoka.jp/shakaikyouiku/kurodake_2.html
ウィキペディア 黒田家代官屋敷https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E7%94%B0%E5%AE%B6%E4%BB%A3%E5%AE%98%E5%B1%8B%E6%95%B7
※ 旧今井家(岐阜県美濃市)(旧美濃国)⇒
美濃市 旧今井家住宅http://www.city.mino.gifu.jp/pages/2068
美濃市 旧今井家住宅・美濃史料館http://www.mino-city.jp/jp/tourist/construction01.html

  「神棚の施工」の問題もある。東京あたりで神棚というと、幅3尺(909mm)くらいで2尺(606mm)くらいの出の板が壁についている・・というものが多く、材質も集成材でも可とするケースが少なくないが、福島県浜通り、及び、茨城県北部においては、そうはいかない。そうではなく、一般に、幅は1間(1818mm)以上、1間半とかで、奥行きも、長押の上の部分、天袋の部分を神棚とするか、もしくは天袋の部分とその前に板をとりつけて天袋部分からその前の板の部分にかけてを神棚とするか。素材は桧のムク材というのが基本で集成材の神棚は設けては「凶」ということはないが、ムク材で設けるのが基本である。仏壇と神棚の位置関係という問題もあるが、福島県いわき市や双葉郡、茨城県北茨城市・高萩市では床柱と床脇の長押との位置関係は床柱を下から上まで見せるというのが普通とされているが、仏壇と神棚の位置関係については、これは、福島県浜通り地区でもその場所によっても考え方が異なるようだ。仏壇と神棚が向い合せはだめというのはたいていの所でそうなのだが、仏壇の上に神棚というのはいいという場所といけないという場所があるようなのだ。だから、そういうものは、その土地によって、及び、宗派によってどうなのかということを施主に確認して進めないといけない。
  1998年に福島県いわき市の営業所から栃木県佐野市の営業所に会社都合での転勤をしたが、その後、いわき市小川地区で契約して建ててもらった方の親戚の方が(株)一条工務店で契約していわき市内で建てられた。私が営業担当で建てていただいた方を「現場見学」に案内した時、一緒に来られて一緒に見学された女性がその方ではないかと思う。私が佐野市の営業所に移る時点で、まだ、工事は始まっておらず、営業担当をいわき市の他の営業に依頼したところ、その営業は退職し、さらに別の営業が引き継いだことから、入居後に親戚の方が自分も(株)一条工務店で建てたいと思うけれどもどこに言えばいいかと言われた際に、入居者の方は私に言うべきなのか、再引継ぎの営業に言うべきなのかわからないので、それで、「カタログに載ってる本社にでもかけてみて」と言ったらしく、それで、カタログに掲載されていた、名目上、「本社」となっていた東京都江東区の東京事務所に電話したらしく、その結果、私が担当の契約客の親戚で私が構造現場見学に案内した実質紹介客のような方のお宅に東京から、「一条工務店で契約して建てたい」と言う人の家に行って契約してもらったらしい。その時の東京の営業は、なんだか、タダ取りというのか、ひとの客を横取りというのかみたいな契約の取り方である。私が担当で契約するのか、私が佐野に行った後に引き継いだ営業(いわき市の営業所で「副所長」の役職をもらっていたK井さん)が担当するのか、どちらかなら話はわかる。しかし、東京の「本社」にはどこに言えばいいですかと電話しただけで、いわき市の誰かが来るものだと思っていたら、東京の「本社」から福島県浜通りのことなんて何もわかってない人間がやってきて契約した、らしい。
  [第709回]《「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証12-ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長》https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_7.html で述べたが、1992年、私が入社した年、9月頃だったかと思うが、東京都江東区潮見のウッディランド東京に出展していた東京展示場に来場され、私が接客した方で、東京都に住んでいたが定年退職して浜松に帰るので浜松で建てたいという方があったが、茨城県の土浦営業所の所長であった田中義一が、その見込客の勤務先が林野庁・東京営林局であったことから、かつて、林野庁・東京営林局に勤務していた方を1件、田中義一が担当で契約したことがあるから、林野庁・東京営林局に勤務している人は日本国中どこに住んでいる人でも日本国中どこで建てる人でもすべて土浦営業所の担当だとインネンをつけて有望見込客を横取りしたあげく、2週間以上も”ほっぽらかし”にして見込客から私が怒鳴りつけられた・・ということがあったが、もし、私が自分が担当で契約してもらった人の親戚で私が構造現場見学にも連れていった人なのだからと私が担当で契約してもらおうとしたならば、おそらく、営業本部長の天野隆夫が「今、いわきにいないのに、契約するのはおかしいだろ」と言ってやめさせただろう。しかし、それならば、土浦営業所の田中義一はかまわないのか? 土浦営業所で「所長」にならせてもらっていた田中義一は土浦市近辺の住人でもなく、土浦市近辺で建てるわけでもなく、(株)一条工務店では「紹介客」について規定を設けていて、営業職の従業員の親戚の場合にはその従業員が担当、非営業職の従業員の家や非営業職の親戚の場合は所長が担当、入居者の紹介の場合には入居者の担当営業が担当であるが、その場合でも、ともかく、「入居者の知り合い」というのでは「友達の友達はみな友達だ」ということになってしまって、過去にある程度以上の契約客がある人は「紹介客」だらけになり、新人はどんなに努力してもすべて「紹介客」だと言って所長やベテランの営業に横取りされてしまうことになるので、「展示場に来場して営業が接客するよりも前に入居者から紹介をもらい、入居者に『紹介票』を書いてもらい、それを会社に提出している場合に限る・・となっていたのであるが、ところが、「田中義一通れば道理ひっこむ」「そこのけ、そこのけ、田中義一通る」というのが(株)一条工務店、「オレがルールブックだ」の田中義一は会社の規定は踏みにじるものだという思想の持主であり、会社の規定から考えれば「紹介客」ではないのは明らかであり、何より、見込客が「うちは田中さんなんて人に担当してもらいたいなんて言ってません」と明言されたし、その見込客は田中義一が林野庁・東京営林局に勤務していたなんとかさんを契約するよりも前から(株)一条工務店も(株)一条工務店の東京展示場も知っていた人だったのだが、「オレがルールブックだ」 の田中義一、東京展示場の「リーダー」だった宮崎さんが言うには「あの男はまともじゃないんだから」「あの男がほんのちょっとでも関係した以上は、悔しいだろうけど、何でもみんなあげてしまうしかないんだから。会社のルールで田中所長の担当にならないなんて言っても、それでも、ともかく、ほんのちょっとでも自分が関係している人の関係の見込客をこっちで契約なんてしようものなら、後あとまでもう、し~つこいしつこいしつこいしつこい、し~つこいしつこいしつこいしつこい、もう、ねりにょりねりにょりねりにゃちねりにゃち、ねちねちにょりにょり、ねちねちにょりにょり、し~つこいしつこいしつこいしつこい、あの男はまともじゃないんだから。ねりにょりねりにゃち、ねりにょりねりにゃち、しつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい・・・(この後、まだまだ繰り返し・・)」ということであったが、もしも、田中義一のように「ねりにょりねりにゃち、ねりにょりねりにゃち、し~つこいしつこいしつこいしつこい、し~つこいしつこいしつこいしつこい・・」とやれば、自分は何の関係もない有望見込客を、自分が勤務している営業所の近辺に住んでいる人でもなければ、自分が勤務している営業所の近辺で建てる人でなくても、日本国中、自分の担当だ! という主張が認められるということならば、それならば、私だって「し~つこいしつこいしつこい、し~つこいしつこいしつこいしつこい」「ねりにょりねりにゃち、ねいにょりねりにゃち」とやるよ。私だって。〔 1992年、(株)一条工務店の東京展示場の「リーダー」の宮崎さんの机の引き出しに「就業規則」と表紙に書かれたファイルがあって「営業所長以外閲覧厳禁」と書かれていたのだが、就業規則というものは、それぞれの事業所ごとに従業員の過半数を代表する者の意見を聞いた上で使用者が規定して労働基準監督署長に届け出て、すべての従業員がいつでも見て内容を理解できる状態にしてこそ就業規則であり、「営業所長以外閲覧厳禁」などという”就業規則”など就業規則とは認められないのであるが、「営業所長以外閲覧厳禁」としていたのは、それは、田中義一など「所長」が一般従業員に要求する場合にはこの就業規則もどきを武器として使うが、所長は一般従業員から就業規則を守れと言われたくない・・ということから「所長以外閲覧厳禁」としていたのではないか。いずれにせよ、「所長以外閲覧厳禁」などという”就業規則”は就業規則とは認められず、そのようなものは就業規則とは違います。〕 というよりも、転勤した場合、自分が担当で契約した契約客で引き渡し前の人を、転勤後も自分が担当するのか、転勤時に他の営業に引き継ぎを依頼するのかは、「200キロメートル以内」の場合には転勤してもそのまま担当する、「200キロメートルを超えている場合」は他の営業に引き継ぎを依頼するという規定が会社の規定としてあったはずなのだ。だから、いわき市の営業所から栃木県佐野市の営業所までは「200キロメートル以内」であるからそのまま担当していいはずで、そのまま担当して引き渡しまでやっておれば、親戚の方にも私が担当で契約してもらうことができ、入居者にもわずかながらもお礼を、紹介客にはサービスをできたはずだったのだ・・・が、実際には、その「200キロメートル」を超えるか超えないかくらいの場合には、該当する従業員がその後も自分が担当したいか、他の人間に頼みたいかという本人の希望というのか本人の意思が尊重されていた。ところが、営業本部長の天野隆夫が「ほかの営業に引き継ぎを依頼しろ」と実際には「200キロメートル以内」であったはずのものを本人の意思を無視して決めてしまったのだった。それでも、後を引き継いでやってくれた人、この場合、「副所長」になっていたK井さんが担当して契約してもらうのならば、それはそれでいいと思う。私が担当の契約客を引き継いでくれたかわりに、紹介客ももらって契約1をあげることができたなら、そのかわりに私が担当で契約してくれた入居者もまた大事にしてあげてもらえるならば、それはそれでいいかと思ったのだが・・・、私が構造現場見学にも連れていった人で、私の担当の入居者宅を見て、それで自分も(株)一条工務店で契約して建てたいと考えた人を、なんで、何の関係もない東京の「本社」にいた営業が福島県いわき市まで行って契約だけしてもらうのか? 東京の「本社」から福島県いわき市まで行くのと、栃木県佐野市から福島県いわき市まで行くのとでは、距離も所要時間も同じようなものである。営業本部長の天野隆夫は私には、入居者の紹介であっても「いわきまで行くことない」と言って、それまでいた場所での紹介客を奪い取りながら、他方において、何の関係もない東京の「名目上、本社」にいた福島県のこともいわき市のことも全然知らない人間が、200キロメートルを超えるか超えないかの場所から行って契約だけしてもらうというのを認めるのか? 会社の規定なんか無視して私からは見込客を奪い、他方、関係のない人間にはくれてやるというのは理解不能であるが、そういうことをするのが(株)一条工務店だった。福島県いわき市から私が転勤した栃木県佐野市までと、福島県いわき市から東京都江東区の「名目上、本社」までとでは、直線距離では佐野市までの方が近いと思われ、クルマで走った距離では同じくらい、クルマで走った場合の所要時間も同じくらい、クルマで走った場合の経費は、ガソリン代は同じくらいと思われ、高速道路代はいわき市から佐野市に行く際には常磐高速道路の水戸インターチェンジで降りて国道50号を西に進むことになるのに対し、東京の「名目上、本社」からでは最初から最後まで高速道路なので高速道路代は東京の「名目上、本社」から行く方が多くかかる。営業には、「むしり取るだけむしり取って後はぺんぺん草の1本も生えないみたいにしてしまう」みたいな営業をする人もいるが、私はそんな営業はしていない。私が担当で契約してもらった人には、もしも、またもう1軒、建てたいということがあった時には、また、頼みたいと思ってもらえるようにという営業をしている。だから、その方の親戚の方も「自分も一条工務店で建てたいのだけれども、どこに言えばいいか」といわき市の展示場に行くのではなく入居者の方に言われたのだと思う。そもそも、その方の担当営業が、200キロメートル超えるか超えないかで、超えないと思われる場所に転勤した場合に、契約客をそのまま担当せずに他の営業に引き継げと命じて、その契約客の紹介客も他の営業にやれと命じておいて、それでいて、担当営業の私よりも遠いのではないかと思われる場所にいる営業に契約に行かせるというのは、それは会社の姿勢としてどう考えてもおかしい! ・・・が、おかしいことをやりたがるのが天野の隆夫! おかしいことをやりたいやりたい症候群の患者が天野の隆夫! だったのだ。
  それで、その入居者の親戚の方は、東京の「名目上、本社」からはるばる200キロメートル超えるか超えないかの所まで高速道路を高速道路代を使ってやってきて契約してもらったらしいのだが、私や引継ぎを担当したK井さんなどと違って福島県浜通り地区のことなんてちっともわかっていないから、だから、神棚は幅3尺の集成材の神棚にされてしまった・・・らしい。「まあ、こんな神棚のやり方もあるのかなあと思っていいことにした」と言って納得できないけれども納得することにされたようだったが、私が担当するか、いわき市で勤務している引継ぎを担当したK井さんが担当するかしておればそんな神棚にはならなかった。いわき市で建てる人が求めるいわき市の神棚にして作ったはずである。私は、1993年途中にいわき市の営業所に転勤したばかりの頃は、いわき市や福島県浜通り地区のことはそれほど知らなかったが、それでも、それぞれの地域によってやり方は違うし、施主の求めるものを誠意をもって作るのが建築屋の仕事と考えていたから、だから、「浜松流」を押しつけたりすることはしなかったし、「東京のやり方」を福島県の人間に押しつけるようなこともしなかった。どのようにするか、施主と話し合って打ち合わせをして決めるようにしたから、だから、私が担当の契約客は、たとえ、その時の私がそれほどよくわかっていなかった分野についてでも、施主とそれこそ「けんけんがくがく」と議論をして決めていったから、だから、すべてにおいて百パーセント完全に満足かどうかまではわからないが、ある程度以上納得いくものができたのではないかと思うし、たとえ、地元でない所から転勤で来た人間であっても地元の人が担当の場合と比べて特に劣るものにはなっていなかったと思う。即ち、東京では「幅3尺くらいで、集成材の板の神棚」が多かったからといって、いわき市で建てる人にそれをそのまま適用するということは、私ならいわき市に赴任したばかりの時でもやらなかったし、たとえ、東京の営業所に勤務していた時に福島県で建てる人を担当することがあったとしても、そういうことはしなかったはずである・・・が、そういうことをする人間も(株)一条工務店にはおり、そういう人が好きなのが営業本部長の天野の隆夫だった!
  その地域の住人が喜んでくださるものを建てる・作るというのが住宅建築業の会社の仕事と違うのか、「浜松に合うものは日本国中どこでも合うに決まってるんだあ! こんな常識がわからんのかあ~あ!」と近藤路夫みたいな主張をしたり、「浜松流」を非浜松地域に押しつけたりするのがお客様のためかというと違うはずだが、それをやらせたがるのが営業本部長の天野の隆夫だった!!!
  天野の言うことなんてきいていたのでは絶対に会社にとって良くないと思うが、その人が営業本部長で初代社長の義理の弟なのだから、どうしようもないのかもしれないが、「床柱と床脇の上の長押の位置関係」とともに「神棚のつくりかた」というのは福島県など「地方」の住人にとっては大事なもので、これは都会ではなく「地方」に属する地域であればどこでも一緒というものではなく、それぞれの地域によってやり方は異なるもので、ムク材を志向する度合いもその地域によって異なる。私は、(株)一条工務店に入社した年だったと思うが、(株)一条工務店の浜松の積算部に神棚を施工した時の金額を尋ねたことがあるのだが、その際、「集成材でいいですか」と訊かれたので、私自身は集成材かムク材かに特に志向はなかったので、「集成材でいいですか」という訊き方をされるということは、ムク材だと相当高いのかと思って、「はい、いいです」と言って集成材での値段を教えてもらった、ということがあったのだが、その後、福島県では極力ムク材でという人が多いので、ムク材での価格も知ることになったのだが、実際には神棚の板は集成材の場合もムク材の場合も、それほど大きくは値段は変わらなかったのだ。だから、東京で建てる人なら、施主が集成材でいいと言うのなら集成材でもいいだろうけれども(それでも、東京で建てる場合でも、他のものならともかく、神棚はムク材でというようにした方がよろしいか、集成材でもいいですか・・と確認はした方がいいだろう)、福島県のような所で建てる人には、できるだけ、ムク材で作るようにした方がよく、それは、お施主様が「ムク材で」と指定された場合だけでなく、東京のような所で建てる人とは事情は違うのだから、お施主様が何も言わなかったとしても、「ムク材にした方がいいですね」と確認して、「施主が何も言わなければ集成材」ではなく「施主が何も言わなければムク材」というように営業担当の方で配慮するべきものだった。

  神棚の幅、天袋に神棚を作るのがいいのか、棚を壁の前に長押の上の位置につけるのがいいのか、天袋の部分を奥行き2尺ほどとってその前に棚を2尺ほど出すというのがいいのか、仏壇と神棚の位置関係はどうするのがいいのか、神棚の板はムク材の方がいいのか集成材でもどちらでもいいのか・・・こういったものは、「地方」ならどこでも一緒というものではなく、「地方」でもその場所によって異なる。「黙って座れば浜松流」というのでは良心的ではない・・・が、(株)一条工務店には近藤路夫のように「浜松のやり方は日本全国どこでも通じるんだ。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と叫ばないとおれないシンドロームの患者がけっこういるので、そのビョーキを治療してあげようなんて思ってもそれは簡単ではない。ともかく、「地方」でもそれぞれの地方で違うのだ。

  私は大学卒業後に最初に勤めた会社は「高級住宅の小堀」、小堀住研(株)だった。小堀住研(株)の自由設計「新 桂」は木質パネル構法としての構造上の決まりごとを守る限り、在来木造のものでは構造上、問題がない限り、「どんなことでもできる」「どんなことでも実現させる」というものだった。そして、それが「新 桂」および「小堀の木造」の「売り」で、同業他社よりも魅力的なプランを提案することで契約に結びつけた。(株)一条工務店に入り、(株)一条工務店の建物もまた、「自由設計」「注文住宅」で、「構造上、問題がないものである限り、どんなことでもできる」と東京展示場の「リーダー」だった宮崎さんから教えられ、そういうものなのだろうと考え、そして、同社の私より古くからいる営業が「間取りをどうするか、デザインをどうするかといったことは、そこで建てない会社の人間と打ち合わせてもしかたがないことで、契約前に間取りやデザインの話をする会社というのは、契約してもらうための話をそこでしているのですから、そんなことで間取りやデザインを決めるべきではありません。そうではなく、間取りやデザインというものは、契約後に、実際にそこで建てると決めた会社の人間とじっくりと打ち合わせて決めていくものであって、そうしてこそ、いい間取りやデザインの家ができるんです」と言うので、それも理屈としては一理あるが、他方において、設計力というものが優れている会社とそうでない会社があるわけであり、構造だけで判断して決めて、設計力という部分でがっかりさせられてしまう危険もある理屈でもあった。それだけでなく、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、[第680回]《「契約前は何でもできますと言って、契約後は適当に建ててしまえ」というのは営業上何かプラスになるのか?》https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_10.html で述べたケースなど、 「契約前に、『こういうことはできますか』と訊かれて、『できます』と答えたんだろ。それは契約前だからそれでいいじゃないか。契約した以上は、『うちではそれはできませんから』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが。何考えてんだ、おまえはあ!」と発言するなど、「間取りをどうするか、デザインをどうするかといったことは、そこで建てない会社の人間と打ち合わせてもしかたがないことで、契約前に間取りやデザインの話をする会社というのは、契約してもらうための話をそこでしているのですから、そんなことで間取りやデザインを決めるべきではありません。そうではなく、間取りやデザインというものは、契約後に、実際にそこで建てると決めた会社の人間とじっくりと打ち合わせて決めていくものであって、そうしてこそ、いい間取りやデザインの家ができるんです」という発言の趣旨に反する態度をとる人がおり、かつ、営業本部長の天野隆夫はそういう人間を高く評価したのだった。私はそんなものが「営業力がある」とは思っていなかったし、それは「営業の風上にも置けない態度」であり「とんでもない対応」であると思ったし、今もそう思っているが、ところが、(株)一条工務店の営業本部長はそうではなかった、「営業の風上にも置けない態度」の営業が好き! という男が(株)一条工務店の営業本部長になっていたのだった。 そんな営業のやり方では、その時、契約をもらえても、その後、悪い評判が立ってその地域で営業しにくくなるのではないか・・と思ったしが、そういう認識は(株)一条工務店の営業本部長にはないようだった。
  (株)一条工務店は、1992年に私が入社した時から、1990年代の終わり頃まで、「坪いくら」で契約し、その後、プランの打ち合わせをおこない、見積を出すという方法をとっていた。これは建設業法違反のはずであるが、それでも(株)一条工務店はそうしていた。「構造上、問題がないものである限り、どんなことでもできる」と東京展示場の「リーダー」だった宮崎さんから教えられ、そういうものなのだろうと考え、そして、同社の私より古くからいる営業が「間取りをどうするか、デザインをどうするかといったことは、そこで建てない会社の人間と打ち合わせてもしかたがないことで、契約前に間取りやデザインの話をする会社というのは、契約してもらうための話をそこでしているのですから、そんなことで間取りやデザインを決めるべきではありません。そうではなく、間取りやデザインというものは、契約後に、実際にそこで建てると決めた会社の人間とじっくりと打ち合わせて決めていくものであって、そうしてこそ、いい間取りやデザインの家ができるんです」という理屈は一理ありそうに見えて、設計力において劣る会社がそれをごまかすために言っているのではないのか? とも思える文句であったが、しかし、一理はありそうに思える文句であった。しかし、そう言って「坪いくら」で契約してもらった後、誠意をもって対応する営業とそうでない営業がいたようである。私は自分を担当として契約してくれた人にはできる限りのことをしたいと思った。1979年、NHKの朝のテレビドラマの「鮎のうた」という大阪 船場の「糸原」という糸を扱う商店の三代目と結婚した「あゆ」という女性の話で、伝統のある糸原商店をつぶしてしまった三代目の原田三之助と三之助と結婚した あゆ とは、行商をしてお金を稼いで糸原商店を復活させたいと行商を始めるがなかなか買ってもらえない。商人の泊まる宿屋で相当売っていると思われた男に、どうすれば売れるか教えてほしいと頼み、話を聞いてやってみるが、それでもなかなか売れなかったが、努力のすえ、やっと、1件、売れた♪ その時、三之助とあゆは2人で、「売れたあ♪」「売れた、売れた、売れたあ♪」と飛び上がって喜んだ。その姿がテレビ番組で演じられていた。〔《NHKアーカイウス 連続テレビ小説 鮎のうた》https://www2.nhk.or.jp/archives/tv60bin/detail/index.cgi?das_id=D0009010240_00000 〕 私も、住宅建築業の会社に勤めて、最初に自分を担当として契約してもらえた時は本当にうれしかった。その時の感激は忘れられないし、自分を担当として契約してくれた人には感謝の気持ちでいっぱいだったし、その人のためには絶対にいい家を作ってあげたいと思った・・・・が、ところが、そういう気持ちにならない営業というのが(株)一条工務店にはいるらしかった。1992年、東京展示場で、私より2か月ほど前に中途入社した服部(男。当時、20代後半)が「釣った魚にはエサはやらない、というのが一条工務店の方針ですよね」と本気か冗談かわからないような調子、どちらかというと本気6:冗談4くらいの感じで言うので、「え?」と思い、「怖いこと言うやつだな」とも思ったのだが、服部がそう考えている営業だということではなく、(株)一条工務店にそういうところがあると彼は見ていた、ということだったと思う。彼はまだそう悪くない方で、(株)一条工務店には、契約前には「注文住宅ですから何でもできます」と言って契約させて、いったん、「契約書」に署名捺印させて契約させたならば、「うちでは、このやり方しかできません」と言って、いいかげんなもので建ててしまい引き渡してしまう・・・ということをやる営業がいたようなのだ。福島県いわき市で私が担当で建てていただいた入居者の親戚の方が、私が転勤して、「引継ぎ」を担当した営業も退職し、さらに別の営業が「引継ぎ」となったことから、親戚の人から「うちも一条工務店で建てようと思うけれども、誰に言えばいい?」と尋ねられた時、誰に言えばいいのか判断できず、「カタログに書いてある所にでもかけてみたら」と言ったことから東京の「名目上、本社」の電話番号にかけて「一条工務店で建てたいんですけれども」と言ったところ、東京の「名目上、本社」から片道200キロメートル超えるか超えないかの距離をクルマで走ってきて契約した営業がいたらしいが、いわき市の人なら、神棚は「幅3尺・奥行き2尺の集成材の板を壁につけた」などというものでは納得しないはずで、営業担当者がそういうものを提案しても、たいていの人は「そんなおかしな神棚なんて、あるけえ~え!」と言うはずなのに、なぜ、その親戚の人は言わなかったのか・・と思ったのだが、そうではなく、施主は「いわきでは神棚はそんなものでは困るんです」と言ったにもかかわらず、「いや、一条工務店ではこういうやり方に決まっています」とか「うちではこのやり方しかできません」とか、実際にはそうではないのに、実際には、いわき市で建てる人には、幅1間半とかの神棚をムク材の桧で作っているのに言って、福島県浜通り地区には不似合いな「神棚もどき」をつけさせてしまった・・・という可能性は、可能性として十分ありうるように思える。私はその東京の「名目上、本社」から「一条工務店で建てたいんですけど、どこに言えばいいですか」と電話してきた私が担当の入居者の親戚の方と東京から200キロメートル超えるか超えないかをクルマで走ってきて「契約」した営業がどんな人間か会ったことはないが、私か「再引継ぎ」を担当したK井さんかが担当すれば、いわき市の住人が納得する神棚を造れたものを、いわき市の住人から見ると、「こんなおかしな神棚があるけえ!」という「神棚もどき」をつけさせたのは事実であって否定できない。「東京から来た人だから」というだけではないはずだ。私がいわき市に転勤したばかりの時だって、私は「関西人」で「東京から来た人」で「地方」生まれの人間ではないし「福島県浜通り」地区の生まれの人間ではないが、それでも、その地域の人に喜んでもらえるものを建てたいと思って努力をして、お施主様とそれこそ「けんけんがくがく」と議論して、「うん。これで建てよう」というところにたどりついて決定して建てた。だから、お施主様も「一緒にずいぶんと議論して決めたもんねえ」と言われ、そうやって建てたんだから、細かい部分で、こうしておけばというものがまったくないかどうかはわからないが、それで良かったと思ってもらえたと思うが、そういう対応をしない営業、 「坪いくら」で契約して、契約後になると、「うちはこのやり方ですから」と言って施主の本位でないものを強制して建てさせてしまい引き渡してしまうという営業が(株)一条工務店にはおり、そういう人間にはそれが「営業力」だと思っている者がいて、かつ、営業本部長の天野隆夫はそういう人間が好きで、そういう不誠実な態度のことを「営業力がある」とか思っている男だったのだ。私はそんなものが「営業力」だとは思っていなかったし、今も思わない・・が、ひとつの可能性として、その東京の「名目上、本社」から来て、「巾着切り」みたいに「契約」を盗っていった男はそんな営業であったという可能性が十分ありそうに思える。
  普通に考えて、その契約客・入居者の担当営業が転勤した後、転勤した担当営業はその入居者の親戚とかを担当してはいけないと営業本部長が命令しているのに、その担当営業が転勤した営業所より遠い営業所か同程度の距離の営業所にいる営業でその地域のことをちっともわかっていない営業が担当してよいというのはどう考えてもおかしい! 会社という所においては、そのあたりを是正するのが営業本部長の仕事のはずであるが、ところがどっこい、そういうおかしいことをさせるのが営業本部長の天野の隆夫であった!( 一一)!( 一一)!

  私が福島県いわき市の営業所に勤務していた時に契約してもらった入居者の親戚の方が「うちも一条工務店で建てたいと思うけれども、どこに言えばいいの?」と訊かれて、私がそのまま、いわき市の営業所におれば、その時点で「紹介客」としてもらうことができたところだが、栃木県佐野市の営業所に会社都合で転勤してしまい、「引継ぎ担当者」も退職してしまい、「再引継ぎ担当」はその後もいわき市の営業所に勤務していたが、入居者としては誰に言ったものかわからなかったので、それで、「カタログに載っている所にでもかけてみたら」と言ったところ、東京の「名目上、本社」に電話して「一条工務店で建てたいのですが」と言ったところ、東京の「名目上、本社」にいた営業が契約したいと言って電話してきた人だからと、はるばる、片道200キロ超える場所まで(私の自宅からいわき市の営業所まで、松戸営業所からいわき市の営業所までは実際にクルマで走った距離で片道200キロ以内であったし、直線距離ならそれより短いが、東京の「名目上、本社」からいわき市の小川地区の方の所までなら、実際にクルマで走った距離では片道200キロを超えるはずだ)、訪問して「契約」した・・というのだが、これは(株)一条工務店の社内ルールとしておかしいはずだ。そもそも、浜松に本社があった時に、名古屋の国税局から脱税で100億円の追徴金を取られたといったこともあり、浜松という小さい街に「本社」があると「目立つ」ということから、「名目上」「本社」とした東京の「本社」であって実質は本社は浜松にあった「名目上」の「本社」であっても、その「本社」に電話をかけてきて「一条工務店で家を建てたいのですが、どうすればいいでしょうか」と言ったきた人があったというのなら、最寄りの営業所から連絡させるもののはずであって、東京にあった「名目上」の「本社」に電話をされてきたからといって、東京の営業に千葉県・茨城県を通り越して福島県まで行かせるべきではないはずなのだ。なぜ、その時、東京の「本社」の人間は東京の営業に行かせたのか? その時、営業の職種の人間が電話を取ったとしても、電話を取った時点において、「本社」の電話を取ったからには「本社」の交換手の役割で電話を取ったはずなのだ。もし、交換手の役割で電話を取ったのなら、なぜ、交換手の役割で電話を取った人間が、福島県浜通り地区の人間にではなく東京地区の営業の役割の者に福島県まで行かすのか?
  まず、地方から「本社」に電話をしてきた人には、その地域の営業所を紹介するか、その地域の営業にその見込客に連絡するように言うべきもので、「名目上、本社」に電話をしてきた人に、その「名目上、本社」が東京都江東区木場の一条ビルという小さいビルだったということから、東京の営業が「契約したい」という人の所に押しかけていくというのは、それはおかしいはずだ。
  又、1992年、8月頃だったか9月頃だったか、神奈川県相模原市のS野さんという方が、東京都江東区潮見の東京展示場に電話をかけてこられて、カタログを送ってほしいと言われ、話の内容から十分、有望な見込客であろうと考えられたが、小堀住研(株)では電話で問い合わせてこられた方は電話をとった営業が担当で、電話を受けてから3日以内には訪問してカタログを届けるとともに営業活動を開始しなければならないとされていて、多くのハウスメーカーはそれと同様であったはずだが、ところが、(株)一条工務店の場合は変わっていて、電話でカタログを欲しいと言ってきた人に訪問してカタログを届けるのは禁止で、電話をとった営業は担当営業となることはできず、電話をとった営業はカタログをセットして送り状を自筆で書いて郵送しないといけないが、郵送したものに効果があって展示場に来場した場合には、電話で適切な応対をして、適切な送り状を添えて適切なものを郵送した営業が担当ではなく、来場した時に初めて会った営業が担当の営業となる・・という、「なんでやねん!」という決まりになっていた。これはおかしい! と私は思ったが、東京展示場の「リーダー」の宮崎さんに言うと、「でも、一条はそういうきまりだから」と言うので、「そういうきまり」ならば、それならしかたがない、小堀住研(株)では
「郵送してこの展示場に来てくれたらいいけれども、来てもらえずにそのままになったら、いったい、どうするんだ!?!」
「郵送して、送ったカタログを見て他の展示場に行かれたら、他の展示場の営業が担当になってしまうじゃないか」
と言われ、また、
「たとえ、『郵送してください』と電話で言われたとしても、言われた通り、郵送した会社と、営業担当者が即座に持参して届けた会社とでは、人にもよるだろうけれども、一般にお客さんは即座に持参して来てくれた会社とその方に好感を持つはずだ」と言われ、実際、1990年、小堀住研(株)の東京都目黒区の展示場に在籍した時に私が最初に載った乗用車を購入した際、トヨタのカローラ・日産のサニー・いすず のジェミニの3つを検討していたのだが、日産は同じ展示場にいた人で日産のクルマを買った人がいてその担当の営業に「うちの営業所にクルマを買おうという人がいるから、サニーのカタログを持ってきてあげて」と依頼してくれて、トヨタといすず はそれぞれのディーラーに電話を入れてカタログを欲しいと言ったところ、いすず の営業は即刻、郵送してくれたが、トヨタの営業はその日のうちに持ってきてくれて説明してくれた。日産の営業は、せっかく、これまでに購入してくれた客が有望見込客を紹介しているのに、いつまで経ってもなかなかカタログを届けない。「まだ、届けてもらえないのですけれども」と紹介してくれた同じ営業所の人に言うと、「▽▽さんは何やってんだ」と言って、再度、催促の電話を入れてくれたがそれでも持ってこない。こちらは速くクルマを手に入れて乗りたいと思って急いでいるのに、そんなことなら、どこかのディーラーに請求するんだったと思い、もはや、トヨタのカローラか いすず のジェミニかどちらかから決めようかという気持ちになり、カローラにしようかと考えたが、日産の営業がサニーのカタログを持ってきてくれることになっていたので、一応、それも見るだけは見た上でと思ったもまだ持ってこない。もう、サニーは無視してカローラに決めようかと考えた頃に、「せっかく、既購入客が、向こう1か月以内に間違いなく購入する。3車のどれかにしようと考えている。最初の時点で購入可能性は33%という有望見込客を紹介しているのに持参もせず郵送もせず、既契約客が言っても言ってもほっぽらかしにした男」は、やっと持参して来て、そして、言った文句が「やっぱり、クルマを買うのなら、動きのいい人間から買わなきゃだめですよ」と。それなら、あんたが一番だめでしょうが。あんたが一番動きが悪いじゃないの。何を言ってんのよお・・て感じで、クルマがいいかどうかの問題と別の問題で日産のサニーは「問題外」と判断し、トヨタのカローラと いすず のジェミニのどちらにするかを考えて、同じ営業所の人が「ここで買うなら、品川ナンバーになるのに、いすず のクルマに乗ることないという考え方もあるかと思います。しょせん、ジェミニは『いすず のクルマ』ですから。お客さんの家に行って、家の前にクルマを停めた時、カローラならいいけれども、ジェミニだと、『いすず のクルマに乗ってきやがった』と思われることがある。それを考えると、トヨタか日産かホンダのどこかのクルマの方がいいという考え方があると思う」という意見を言ってくれたということもあったが、電話でカタログを欲しいと言うと、即座にその日のうちに持ってきてくれたという点と、どの色のものにするか検討するのに、トヨタの店に行けば見ることができるというので見に行ったところ、「この色は」と言うと、「ちょっと待ってください」と言って、その色のクルマがどこにあるか、走って捜してきてくれて、自分より年上の人が自分のために走って捜してくれた、というのが、この人はそれだけ、一生懸命やってくれているんだという気持ちになり、トヨタのカローラを購入することにした。最初、小堀住研(株)で、電話でカタログを送ってほしいと言った人に、「送るんじゃないんだよ。持っていくんだよ」と営業課長から言われた時に、お客様は送ってほしいと言っているものを持って行っていいのだろうか・・と思ったのだが、これは人にもよるかもしれないが、自分自身がクルマを購入する時に、3社の人の対応を見て、既購入客がせっかく「同じ営業所の人間でクルマを買いたいと言っている人がいるからカタログを持ってきてほしい」と紹介してくれて、さらに、持っていかないと「できるだけ早く買いたいから早く持ってきてほしいと言っている」と電話をもらっても、それでもな~かなか持ってこないで、それでいてやっと持ってきたと思ったら「動きのいい人に頼まないとだめですよ」と自分が一番だめなことを言った・・という人は、何か事情があったのかもしれないが「問題外」として、電話を受けると、即刻、郵送してくれた人と、電話を受けると、即刻、持ってやってきた人とでは、来てくれた人の方に好感を感じた。その経験からすれば、人にもよるだろうけれども、基本的には郵送するよりも持っていく方が好ましい、と思った。かつ、持ってきてくれた人の会社・商品と郵送してくれた人の会社・商品とで、(株)一条工務店の「オリジナル営業」が言うような、「持っていくと格下の会社に見られる」「一条工務店は間違いのない家を作っているのだから、郵送して客の方がから来るのを待つものだ」「即座にカタログを持って訪問するというのはプレハブの営業のやり方。木造の営業はカタログを郵送だけしてお客さんの方から来るのを待つものだ」という「説」は、自分が乗用車を購入した時の体験から考えると、その認識は絶対に違う!と思った、「カタログを郵送してほしい」と電話で言うとその日のうちに持ってきてくれたという大手ハウスメーカーとその営業と、カタログを郵送しただけで訪問もしなければ電話もしない、その後、手紙も送ってこないという浜松の工務店とでは、「訪問も電話もしない浜松の工務店」の方が即日やってきた大手ハウスメーカーよりいいなあと思うかというとまず思わないと思った、むしろ、「一生懸命、動いてくれている人を断って、『なんにもしない浜松の殿様営業の工務店』に頼むことなんてないよなあ」と思う人が多いと思ったのだ・・が、これを言うと「一条オリジナル」「浜松流」「遠州人」は怒るので、「浜松流」「一条オリジナル」「遠州人」にはこういうことは話さない方がよい、ということもそのうちわかった。
「電話でカタログを郵送してほしいと言ってきた人に、言われた通り、郵送して、その結果、展示場にお客さんが来てくれたとしても、電話で郵送してほしいと言われたけれども、郵送じゃなくて、その日か翌日のうちにカタログを持参して訪問した営業とでは、そこで、ワンテンポ、持参した営業とその会社の方が先に行くことになる」
と言われ、電話でカタログを送ってほしいと言われた時に、分厚いカタログを高い郵送料を払って郵送するというのは、よほど、遠隔地から言われた場合は例外として、基本的には持参するものだと言われた。そういうものだと私は思っていたし、会社によって大きく変わるものでもないと思っていたのだが、(株)一条工務店ではそうではなく、「電話での問い合わせ、電話でのカタログ請求に対しては、訪問は禁止」とされていたのだ。「なんでえ?」と思ったのだが、「電話でのカタログを送るだけにして、営業の方からお客さんの所に出向くのはプレハブの営業で、お客さんの方から来るのを待つのが一条の営業なんです」ということだった。なんだか、殿様商売みたい・・て感じがしたが、それが「会社のルール」だと言われたのでしかたなく、「会社のルール」を守った。相模原市のS野さんは、私が郵送したカタログと私が自筆で書いた挨拶状と私が他の展示場ではなく東京展示場に来てもらうべく同封した東京展示場へのアクセス地図とを見て、東京展示場に来場されたが、その際に接客する順番であったのは新卒入社1年目の橋本薫(男。当時、20代前半)だった。そのため、橋本が営業担当となり、しばらく後、相模原市のS野さんは契約された。
  やっぱり、社会人ならば、住宅建築業の会社の営業ならば、電話をとってしかるべく対応し、有効な手紙を添えて、他の展示場ではなく東京展示場に来場してもらうべくアクセス地図に書き込みもして送った者には、そのお客様に契約してもらった時には、「S野さん、契約いただきました。どうも、ありがとうございました」という一言くらいあるべきはずであり、その一言も言わない橋本薫という男は、日体大卒だというのでそれが「体育会系」のやり口なのか、それが「さわやかスポーツマンシップ」というものなのかわからないが、営業としてはおかしいはずであるし、社会人としてもおかしいはずである。1992年12月に私が担当で契約いただいた東京都内に住まれていて東京都町田市で建てられたU本様が、契約前に、他の展示場も見ておきたいと考えられて、神奈川県藤沢市の展示場を見に行かれ、その際、藤沢展示場の三浦さん(男)が接客してくれて、来場されたことを私に電話で連絡してくれたということがあり、U本様に契約していただいた直後、お客様が見られた藤沢展示場を担当営業が知らないということでは良くないと思い、藤沢展示場に行って展示場を見せてもらい、その際、U本様を接客してくれた三浦さんと会ったので、私は当然のことと思って、「三浦さん、U本さんを接客いただきましてありがとうございました。おかげさまでU本様に契約いただきました。どうも、ありがとうございました」とお礼を言いました。藤沢展示場に訪問した際、営業所長の千葉さんが事務所にいて、私に「〇〇くん、自分が担当のお客さんが他の展示場を見学に行かれて、自分はその展示場を見たことがなかったということで、自分が担当のお客様がその展示場を見学したのに営業が知らないのではいけないと思って見に行くというその姿勢は大変いいことだ。又、自分が担当で追客中のお客さんを接客してくれた他の展示場の営業に契約してもらえた時にきっちりとお礼を言うというのも、それは大変いい態度だ。その態度・その姿勢を失わないようにすれば、心配しなくてもあなたは必ず売れるから。その姿勢を今後もなくさないようにしてもらいたい」と言ってもらった、ということがありました。それで・・、自分で言うのもなんだが、見込客からの電話をとって適切な対応をして、有効な挨拶状を添えてカタログを送り、他展示場ではなく東京展示場に来てもらうべくアクセス地図に書き込みも入れて同封して郵送した、そこまでやった営業に、その見込客をそこまでやった営業が担当するのではなく、それまで何もしていない者が担当とならせてもらって追客させてもらい、契約してもらえたのなら、電話をとってカタログに挨拶状を添えて郵送して、他展示場ではなく東京展示場に来場してもらうようにアクセス地図に書き込みもして送った者に、「〇〇さん、おかげさまで、相模原市のS野さん、ご契約いただきました。どうも、ありがとうございました」という一言くらい言うのが礼儀というもののはずで、それを言わない言えない橋本薫と、追客中の営業を接客してくれた他展示場の営業と会った時に、「おかげさまで、U本様、契約いただけました。どうも、ありがとうございました」ときっちりとお礼を言った私とでは、私の方が営業職としても社会人としても良い態度であるはずであり、「営業力」としても、どちらが「営業力」のある営業かというと、きっちりとお礼を言う、きっちりとお礼を言える人間の方が「営業力がある」と評価されていいはずである、と私は思う。 千葉さんからほめてもらった時には、ほめてもらって文句を言うものではないのだけれども、そこまでのものかとも思ったのだが、橋本薫の態度を見て、やっぱり、自分が担当の見込客を他の展示場で接客してくれた人に、その見込客が契約になった時には、接客してくれた人と会った時に、「◇◇様、契約いただきました。どうも、ありがとうございました」という一言を言う営業・言える営業と、言わない営業・言えない営業とでは、その点において、言う営業・言える営業の方が間違いなく上であると認識した。橋本は日体大卒だったが、「体育会系の礼儀作法」だか「さわやかスポーツマンシップ」だかは、営業力として考えると、あんまりいいものではないと判断せざるをえない。
   私が東京展示場にて、神奈川県相模原市のS野さんの電話をとった時には、普通ならカタログは郵送するものではなく、即刻、持参して営業活動を開始するものだと思うのだが、「一樹工務店のルール」として「電話で問い合わせがあった場合は、あくまでも郵送であって、訪問は禁止」だということだったので変なルールだなと思いながらも「ルール」に従い、その結果、橋本薫が担当で相模原市のS野さんは契約されたが、もし、電話で問い合わせの見込客を追客して良かったのなら私が担当で契約してもらえたはずである。私が福島県いわき市で契約いただいて建てていただいた入居者の方の親戚の方が、東京の「名目上、本社」に電話をされたその時には、なんで、東京の営業は福島県いわき市まで訪問しているのか?!?!? 「電話での問い合わせ客を追客するのは禁止です」という「一条工務店のルール」が有効であるのなら、私が担当で契約して建てていただいた方の親戚で、私がその入居者を構造現場見学に案内する際に一緒に来られた方だと思われる方が、「一条工務店で建てたいのですがどうすればいいでしょうか」と電話で「名目上」とはいえ「本社」に電話をされた時に、交換手の役割で電話に出た者が、東京の営業に福島県まで行かせたというのは、それは「一条工務店のルール」に反するもの、ルール違反であるはずだ。

  又、隣の県くらい、隣の営業所の方が近いというくらいの場所の見込客からの問い合わせならば、即座に訪問して自分が担当の営業になってしまうというのは営業としていいと思うが、しかし、片道200キロを超えるかどうかという場所の場合には、普通はその地域の営業所に、こういう方からの問い合わせがありましたから追客してくださいと連絡するものではないか。もともと、自分の営業所の近くにいた人が何らかの事情で離れた所に転居されたとか、もしくは、自分が転勤したが、それまで追客していた人をその後も追客したいという場合なら、片道200キロ超えるかどうかという場所の人でも訪問するというのはわかるが、片道200キロ超えるかどうかという人に、その人が入居者の親戚でり、入居者が構造現場見学に行く際に一緒に見学に行って(株)一条工務店の建物の構造現場を見ていて、その際、先に契約いただいた方と一緒に説明も聞いており、入居者宅が完成した際に入居者宅に行って完成した建物も見ており、電話の内容も「一条工務店で建てたいのですが、どうすればよいでしょうか」というような内容のものだったようで、そういう電話ならば、行けば契約してもらえると思ったものだから、片道200キロ超えるか超えないかの所でも平気で出かけて行って「契約」してもらってくる・・・て、そんなやり口て、ありかあ??? 入居者の契約時の担当営業は転勤したとはいえ、在籍しており、電話をされた東京の「名目上、本社」よりは近い場所の営業所に勤務しているのに、それを、入居者の担当営業より遠い場所にいる営業が、出かけていきさえすれば契約してもらえそうだということから訪ねていって「契約」してもらうなんて、そんな「契約」なんて、ありかあ??? 
  その結果、福島県浜通り地区ならありえないような「神棚もどき」を施工するなんて、ありか???

  設計はどこの設計が担当したかという問題もある。いわき の設計が担当したならば、「一条工務店で建てたいのですがどうすればいいでしょうか」と入居者の親戚が「本社」に電話をかけてきたならば、普通は「本社」は最寄りの営業所に連絡するもので、福島県いわき市の見込客を東京の営業に行かすというのはおかしいのだが、たとえ、東京の営業が担当して福島県浜通り地区のことなんてちっともわかっていなかったとしても、いわきの設計が担当したならば、いわきの設計は「幅3尺の板1枚の神棚なんて、いわきでは普通はやりませんよ」と言うべきであるが言わなかったのか? それとも、ズルやっているという自覚があるから、いわき地区の営業に知られないように、東京の設計に図面を作らせたのか?
  その入居者の方は、一緒に私のクルマにのって構造建築現場を見に行った親戚から(株)一条工務店で建てたいと言われて、栃木県にいる私に紹介するものか、再引継ぎの営業に紹介するものか判断に困り、それで、「カタログに載っている所にでも電話して」と言ったらしいが、その親戚の人が(株)一条工務店の展示場に行っていないのにカタログを持っていたということならば、私がその入居者に渡したものをもらったということだろう。もし、入居者が再引継ぎの営業にではなく私に電話をしてくれて紹介してくれたとすると、「紹介票」を会社に提出して「紹介客」として登録し、紹介者と非紹介者に会社から「寸志」のような優遇をさしあげようとすると、その入居者の「担当」は再引継ぎの営業になっているから、再引継ぎの営業でないと「紹介客」として登録はできないだろう。しかし、東京の営業は「紹介客」とせずに契約したのであるから、それから考えれば、すでにその人を構造現場に案内している私が「紹介客」とせずに契約してもいいことになるはずである。全然関係のない東京の営業が「紹介客」とせずに契約していいなら、私が「紹介客」とせずに契約して悪いことはないはずだ。東京の営業は「紹介客」としての「寸志」など差し上げなかったであろうけれども、私なら「佐野らーめんセット」くらい自腹でお土産に持っていくだろう。しかし、そういうことをすると、5年間つきあってきたいわき地区の従業員との間が悪くなってしまうおそれがある。それは避けたい・・と思うと、再引継ぎの営業に私から紹介して「紹介客」扱いとして契約してもらい、契約したいわきの再引継ぎの営業から、お礼として「豪華昼食セット」でもごちそうしてもらうか。東京の営業は私が担当で契約してもらった入居者の親戚だと言わずに契約したのだから、それを考えると、私も、その入居者の親戚だと入居者以外には誰にも言わずに契約してしまう・・ということはやろうと思えばできたのだが。どちらにしても、入居者の契約時の営業担当であって、いわき市から東京までより近い営業所にいる私に、営業本部長の天野隆夫はその契約客を他の営業に引き継いでもらえ、いわきの紹介客は担当してやるなと指示したのであるから、そうである以上、いわき市から私が転勤した栃木県佐野市までよりも遠い場所にいる営業が、「一条工務店で建てたいんですけれどもどうすればいいでしょうか」という電話がかかってきたからといって、全然関係のない県まで行って入居者の親戚で入居者に「うちも一条工務店で建てたいんだけど、どこに連絡すればいい?」と尋ねた人の家まで行くというのはおかしい。それは不合理であろう。天野隆夫は私にはいわきの契約客はいわきの営業に引き継がせろ、新しく行った場所で契約をとっていわきの客はもうやるなと命令しておきながら、「一条工務店で建てたいんですけれども」という見込客を私よりもいわき市に遠い場所にいる営業に契約させるというのは不当・不合理であろう。その人間に対して、「東京の営業が、東京近郊に住んでいるわけでもなく・東京近郊で建てるわけでもなく・東京の展示場に来場されたわけでもなく・自分の個人的知り合いでもなく・自分が担当の入居者の紹介でもなく・他の営業の担当の入居者の親戚の客を、全然関係のない県まで200キロ以上もクルマで走って契約してくるような真似はするな」と言うべきであったはずである。「会社のルール」からすれば、いわき市から栃木県佐野市に転勤した場合は、200キロ以内であるから引継ぎを頼まずに転勤後も契約客の作業をやっていいはずで、そうしておれば、入居者から紹介をもらえて、1棟、そこで契約できて、入居者と被紹介客とに会社から紹介客としての優遇をしてもらえたはずであった。毎度のことながら、天野隆夫のやることは無茶苦茶である。

  少々、話が横道に行ってしまったが、1990年代初め、(株)一条工務店の建物というのは、
1.浜松・掛川・名古屋など静岡県中西部および愛知県 では、
(1) 東京都・神奈川県で坪55万円のものを浜松・掛川で坪48万円でダンピング販売しており、いわば、自社の「クラウン」を「カローラ」に近い値段で売っていたようなものであり、競合になるのは、東京圏においては他社の「クラウン」と競合になったが、浜松・掛川・名古屋においてはそうではなく、他社の「カローラ」と競合になっていたので、自社の「クラウン」が他社の「カローラ」と競合になる浜松・掛川・名古屋においては、「カローラ」の値段で売っている自社の「クラウン」は同業他社の「カローラ」に比べて、名古屋南営業所の近藤路夫が言っていたように、「他社のものに比べて絶対的にいい!」ということになったのだった。だから、名古屋南営業所の近藤路夫が、1993年5月の「研修」において、「一条工務店の建物は、同業他社の建物に比べて、すべてにおいて、絶対的にいい」と発言したのは、そこまで絶対的にいいのか、問題点はまったくないのか? という視点で見ると間違いであるが、そうではなく、浜松・掛川・名古屋においては、(株)一条工務店は無茶苦茶なダンピング販売をして、いわば、自社の「クラウン」を「カローラ」に近い値段で売っていたので、その結果、「他社(の『カローラ』)と比べて絶対的にいい」という結果となっていたのである。但し、それはあくまでも、浜松・掛川・名古屋において、静岡県中西部・愛知県において、であった。
(2) 1992年、東京圏においては設計担当者はおらず、契約客は設計担当と顔を合わせて話をすることができなかったし、営業担当者も設計担当者と顔を合わせて話をすることができなかった。それに対して、浜松・掛川・名古屋においては、その地域に設計担当者がいた。かつ、建築学科を新卒の新人が配属されると、浜松・掛川・名古屋には経験のある設計が担当とされ、東京営業所には新人(半分、しろうと)が担当とされたのであった。
  「静岡県・愛知県優先主義の(株)一条工務店」においては、工事管理のスタッフも、静岡県・愛知県では一通りはそろっていたが、東京都の東京事務所においては、世間一般のハウスメーカーの工事課と比較して明らかに見劣りするものであった。
  「コンビニでもレジにいる人によって売上が変わる」という話を慶應大学の商学部の講義で聞いたが、しかし、すでに完成した物をスーパーマーケットやコンビニで購入するのであれば、レジの店員の態度が少々悪かったとしても、そこで買った物には大きな違いはないから、「まあ、いいか」と買うこともあるかもしれない。それに対して、戸建住宅というのは「これから作っていくもの」であり、その地域に設計担当者がいない、かつ、東京営業所で契約したお客様には新人(半分、しろうと)が設計担当として充てられる。工事のスタッフも同業他社と比較して、浜松・掛川・名古屋においてはそれほど劣らないのに対して、東京都の東京事務所工務課は明らかに見劣りする。こういった点を考えると、東京都・神奈川県で坪55万円、浜松・掛川で坪48万円と坪7万円の差、名古屋で坪49万5千円と5万5千円の差というだけでなく、実質的にに、それより大きく金額の差があった。その結果、浜松・掛川・名古屋においては、「一条工務店の家は、同業他社と比較して、割安」であったのに対して、東京都・神奈川県においては「一条工務店の家は、同業他社と比較して、割高」であったのだ。
(3) (株)一条工務店の建物は基本的には「浜松向け商品」であり、静岡県中西部・愛知県で建てることを前提として作られた商品であって、仕様は静岡県中西部・愛知県向けにできている。又、「都市向け」か「地方向け」かというと、明らかに「都市向け」の商品で、同業他社ではインタホンが「標準仕様」か、中には「カメラ付きインタホン」が「標準仕様」という会社もあるのに、真壁和室は「1室が標準仕様」という会社が多いのに(株)一条工務店は「二間続きで2室」が「標準仕様」となっていて、そのあたりからして「地方向け」であった。「地方」の人にはその地域の人の感覚に合っても、都市部の住人からすると、「東京で建てて住むのに、何がうれしゅうて、何を物好きに『浜松の家』を建てなきゃならないんだ」という感覚になる家であった。「静岡県中西部・愛知県向け」の仕様でできている(株)一条工務店の家は、「静岡県中西部・愛知県」で建てる人にはその場所の地域性に合った建物であり、それだけ、高い評価を受ける建物であったが、東京圏においては高い評価は受けにくい建物であり、その点において、「静岡県中西部・愛知県で建てる人にとっては、東京発祥の会社・大阪発祥の会社の家に比べて、その地域の実状に合ったもので、その点、金銭的にも高い評価をされる商品」であったのに対し、東京圏においては「静岡県中西部・愛知県向けの商品」を、わざわざ、東京で建てなくても、東京向けの商品を建てる大手ハウスメーカーはいくらでもあるのであって、「静岡県中西部・愛知県向けの商品」は東京圏においては、金銭的にも高い評価はされない商品であった。
  この3点から、「(株)一条工務店の家というのは、《浜松・掛川・名古屋においては》他社のものに比べて絶対的にいい」ということになるもので、近藤路夫はそれに該当する場所で一貫して営業させてもらってきた男であり、そうであったから、その頃、住友林業(株)は機械プレカットをして建てていたにもかかわらず、「住友林業との競合なんて、『ごちそうさん』てもんだ。『住友林業はプレカットしてますか。してませんでしょ』と、そう言うだけで契約とれる」などと近藤路夫は何人もを前にして大威張りで言ったのあが、そんなことを言うような程度の低い営業でも契約とれてきたのだった。

2.1992~1993年前半 くらいの時期の東京圏においては、
(1) 浜松・掛川で坪48万円、名古屋で坪49万8千円のものを、東京都・神奈川県では坪55万円、千葉県では坪52万円、埼玉県で坪53万円で売らされており、浜松・掛川・名古屋では(株)一条工務店は自社の「クラウン」を「カローラ」に近い値段でダンピング販売することで、他のハウスメーカーの「クラウン」とではなく「カローラ」と競合して売っていたのに対し、東京圏においては(株)一条工務店の「浜松向けクラウン」「地方向けクラウン」で都市型の会社の「クラウン」との競合で営業することになっていた。 浜松・掛川・名古屋の営業が競合になる他社の商品とは競合になる商品が異なり、(株)一条工務店は東京圏においては「他社に比べて絶対にいい」などということは「絶対に」なかった。
(2) 浜松・掛川・名古屋においてはその地域に設計担当がいたのに対して、東京圏には設計担当者がいなかった。近藤路夫が「営業所長」になっていた名古屋南営業所に勤務していた設計担当者が東京圏の営業が契約した契約客の設計担当をしていたが、新卒新人(半分、しろうと)が入社すると、名古屋南営業所の営業の契約客の担当を経験のある設計が担当として、東京圏の営業が担当の契約客の担当は新人(半分、しろうと)が担当にされた。〔⇒[第718回]《経験のある設計を「譜代」の所長の営業所の担当に、新人設計を遠隔地で新人営業だらけの営業所の担当にする会社――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証》https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html 〕
   さらに、1993年4月に、過去に大成パルウッドで2年、設計の経験があるという堤(男。当時、20代なかば)が入社したが、若いわりに気難しい扱いにくい男であり、性格にぱっぱしたところのある男であったとともに、「経験がある」といっても、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)の会社で2年経験があるというだけで、設計担当としてはまだまだ未熟で実力は十分とはいえず、他のハウスメーカーの場合、たとえば、小堀住研(株)では、1989年、千葉支店では、設計課長の I さんの他に設計担当者が4人、計5人いたが、5人目は新卒新人で、経験3年の人というと、上から4人目の人だったが、(株)一条工務店では1993年に東京圏にも設計担当者が入社したとはいえ、小堀住研(株)の千葉支店なら設計課5人の中では経験年数で上から4番目の人にあたる人が中途入社で1人入社した、ということで、明治大しか出てないくせに矢鱈と態度の大きい男だったが、態度が大きいわりに大きい失敗をする男だった。彼が「5人いる設計課の中で上から4番目」であったのなら、若いわりに気難しいとか明治大しか出てないのに態度がでかいとか、何かとあつかましいとか、精神的にぱっぱしたところがあるとか、そういった点は営業が我慢してあげて赤子をあやすように扱ってでも使ってあげるしかないのであろうけれども、「5人いる設計課の上から4番目」ならいいとしても、(株)一条工務店では東京圏では彼1人だけで、一番目の設計としては、明らかに実力が不足していた。 しかも、営業本部長の天野隆夫という困った男が兼任の東京営業所長としており、たとえば、民法の分野については大学の建築学科では扱っておらず、堤は一級建築士も二級建築士も木造建築士も取得していなかったがいずれの建築士の資格試験においても出題はなく、民法を学習しているのは法学部もしくは商学部であり、私の場合は、小学生の時から法律の本を読んできた人間で、もともとは社会科学系学部に行くのなら法学部に行く予定であったものが商学部に行ってしまって卒業したという者で、商学部卒の者にしては法律科目を多く履修してきた人間であり、資格としても民法(権利の変動)の分野を扱う宅地建物取引士(←宅地建物取引主任者)の資格を取得している者であったが、民法などまったく学習していない堤がデマカセで無茶苦茶なことを言うと、それに対して、ある程度は民法を学習してきた私が、それは違うと指摘しても、傲慢な性格である堤はきかず、彼にそのまま、客に話をさせたのでは絶対に問題が出てくると思われたことから、営業本部長の天野隆夫に、他の問題はともかく、その点については堤には客に話はさせず、私が話すようにしたいと話したところ、天野隆夫は「おまえは設計にはどんなことでも服従しろ! おまえは口きくな。おまえは堤の命令にはどんなことでも従え!」「おまえは、堤に言われた通りのことをそのままを客に話せ」とそう言ったのだった。最終学歴中卒の天野隆夫としては、民法など学習してきた者に、そういったものを学習してきていない人間のデマカセに服従させるというのは、このうえもない快感♪ だったらしい。〔⇒[第702回]《「一条の家は完璧にいい」の反証9-出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長》https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html 〕
天野隆夫は私が入社した後、「いやあ、〇〇くんが応募した時はびっくりしたなあ。うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかあとびっくりした」と言って喜んでくれたと思ったのだが、天野隆夫が喜んだのは、それは民法など学習してきた者に、まったく学習してきていない者が、自分はその分野について学習していないのであればわかっていない点については黙っているべきであるはずが、「バカ大学建築学科卒は殿様」という意識の堤は自分がわかっていないことを生意気に発言すべきではないという認識が欠落していて、私がそれは間違っていると指摘してあげても理解しなかったのだが、そういう自分が学習していない分野をデマカセで言う男に、その間違ったデマカセを、その分野をある程度以上学習してきた者に、私立五流大学建築学科卒の人間の言うデマカセそのままを客に話せと命令すると、ある程度以上その分野について学習してきた者は、精神的に苦痛を感じることになり、苦痛を感じながらも、中卒の営業本部長の命令に従って間違ったことを客に話してバカにされるか、営業本部長の命令に従わずに間違ったことを客に話すのは拒否して、営業本部長から「なんで、命令に従わんら」と怒鳴りつけられるか、どちらにしても、営業本部長の天野隆夫としては、私がそういう扱いを受けて苦しむのを見るのが何よりも快感だったようだ。それをやって楽しむことができると思って、それで「慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかとびっくりした」と言って喜んでいたようだった。その分野について履修する学部卒の人間でその分野をある程度以上学んできた人間でその分野と関係のある資格を取得している人間(私)に、その分野について履修する学部を卒業していない人間でその分野について学んでいない人間でその分野と関係のある資格を取得していない人間(堤)が言うデマカセに従って、そのデマカセを自分の見解だとして客に話せと営業本部長の天野隆夫は私に命令したのであるが、この状態ではこの会社では仕事しにくいなあ・・と思ったものだったし、その状態では、設計もまた、いい仕事はできないと考えられる。小堀住研(株)に入社してまだ半年経っていない時だったが、私が担当の松戸市で建てられた I 様宅の図面を千葉支店設計課長の I さんに作成してもらった際、千葉支店に図面を取りに行ったところ、設計課長の I さんが「申し訳ない。あと少しでできあがるから、少しだけ待って」と言うので「少しだけ」待ったところ、「できたから、これでいいか見てくれ」と I さんが言うので、「私はまだ入社して半年も経たない者ですから、設計課長がそれでいいと思われたものなら、私がいいかどうかなんて言う必要はないと思います」と言ったところ、 I さんが「そうじゃないだろ。たとえ、入社した半年経っていない新人でも、たとえ、設計課長が作成した図面であったも、営業担当であるからには、自分が担当のお客様の要望がそこに満たされたものになっているかどうか、営業担当者が見て使いやすい、いいと思えるものになっているかどうか、確認しないとだめだ。営業担当が新人であっても、設計担当が設計課長であっても、そんなことは何の関係もない。営業担当として見て、お客様の要望が満たせていないとか、営業が見てこれは使いにくいのではないかと思ったとか、そういったことがあったなら、設計担当者にそれを必ず言わないといけない。営業担当者が設計担当にそれを指摘したなら、設計は、営業が指摘したものについて説明するはずだ。お客様の要望をすべてそのまま満たすようにすると、こういう問題が出てくるので、それで、あえてこの点はこうしたとか、営業が見て、使いにくいのではないかと思ったかもしれないが、これはこのようにすれば使いやすいと考えたのだとか、もし、そうでない方法をとるのならこのようにすることもできるとか、そういった説明をするはずで、そういう説明を聞かないといけない。あらかじめ、営業が設計にそういうものを指摘して設計の説明を聞いておかないで、お客さんからそれを言われた時、どうするのか。設計は営業から指摘されたなら、指摘されたものについて説明しないといけないし、もしも、営業から指摘されて説明できないような図面を設計が書いていたのなら、それは説明できないような図面を書いている設計が悪い。だから、たとえ、営業が新人でも、設計が設計課長でも、お客様の要望が満たせていないのではないかとか、営業が見て使いにくいのではないかと思ったとかいうことがあったなら、遠慮なく言っていいし言わないといけないんだ」と。設計課長の I さんのその発言は正しいと思うし、小堀住研(株)ではあてはまるが他の住宅建築業の会社においては会社によってはあてはまらないものというのもあるだろうけれども、これは小堀住研(株)ではあてはまるがその他の会社においてはあてはまらないというものではなく、どこの会社においてもあてはまるもので(株)一条工務店においてもあてはまるものであるはずだと私は考えた。しかし。(株)一条工務店という会社においては、営業本部長の天野隆夫が、「営業は設計のやることにはどんなことでも服従しろ!」「営業は設計にはどんなことでも従え!」「設計の書いた図面に営業はひとことでも文句を言うな!」「おまえは、設計の堤が言ったことなら、何でもそのまま、お客様に言え!」とそう言うのであった。それでは、堤のような未熟な設計でなく、もっと成熟した設計が担当である場合においても、どんな人間が設計でも、(株)一条工務店においてはいいプランはできない! 残念ながら、東京圏においては、設計担当が未熟であるという点において、他のハウスメーカーと比較して、設計の部分で(株)一条工務店は劣るが、それだけではなく、野村克也が、自分は二線級の投手の球ばかり受けてきたような気がするが、そのうち、二線級の投手をうまくリードして、巨人など一流投手のいるチームに負けない投球をその二線級投手にさせてみせるぞということにやりがいを感じるようになった、と書いていたが、私も(株)一条工務店で新人ばっかり押しつけられてきて、むしろ、その二線級や新人をリードして一流投手に負けない投球(図面作成)をさせてみせるという作業にやりがいを感じるようになったものだったが、営業本部長の天野隆夫の無茶苦茶な態度にいじめられて、これでは、この会社ではまともな家はできないし、この営業本部長の態度では極めて営業やりにくいとも思うようになった。元阪急ブレーブスの投手 山田久志が『プロ野球 勝負強さの育て方』(PHP文庫)に、 「俺は一流投手だから他の選手はみんな俺の言うことをきいてあたりまえだ」とか、「俺は一流投手だから、捕手やほかの野手は俺に常に合わせるのが当然だ」とかそんなことを思っているような投手ならば、そんな投手は一流投手じゃない。一流投手というものは、一流投手であればこそ、捕手やほかの野手などの気持ちも理解し、他の人間と協調してやっていくもので、「何でも俺に合わせるのが当然だ」などと思っているような投手なんて一流投手じゃない、と書いていたが、これは住宅建築業における設計と営業の関係においても当てはまることだと私は思う。「バカでも入れ私大の建築学科」出てきた人間には何でも服従しろ、という天野隆夫の主張は住宅建築業の会社として間違いである。
(株)一条工務店においても、
「たとえ、入社した半年経っていない新人でも、たとえ、設計課長が作成した図面であったも、営業担当であるからには、自分が担当のお客様の要望がそこに満たされたものになっているかどうか、営業担当者が見て使いやすい、いいと思えるものになっているかどうか、確認しないとだめだ。営業担当が新人であっても、設計担当が設計課長であっても、そんなことは何の関係もない。
営業担当として見て、お客様の要望が満たせていないとか、営業が見てこれは使いにくいのではないかと思ったとか、そういったことがあったなら、設計担当者にそれを必ず言わないといけない。営業担当者が設計担当にそれを指摘したなら、設計は、営業が指摘したものについて説明するはずだ。
お客様の要望をすべてそのまま満たすようにすると、こういう問題が出てくるので、それで、あえてこの点はこうしたとか、営業が見て、使いにくいのではないかと思ったかもしれないが、これはこのようにすれば使いやすいと考えたからだとか、もし、そうでない方法をとるのならこのようにすることもできるとか、そういった説明をするはずで、そういう説明を聞かないといけない。
あらかじめ、営業が設計にそういうものを指摘して設計の説明を聞いておかないで、お客さんの方からそれを言われた時、どうするのか。
設計は営業から指摘されたなら、指摘されたものについて説明しないといけないし、もしも、営業から指摘されて説明できないような図面を設計が書いていたのなら、それは説明できないような図面を書いている設計が悪い。
だから、たとえ、営業が新人でも、設計が設計課長でも、お客様の要望が満たせていないのではないかとか、営業が見て使いにくいのではないかと思ったとかいうことがあったなら、遠慮なく言っていいし言わないといけないんだ」
というのは、あてはまるはずであり、営業担当者・設計担当者はこれをきっちりと認識しないといけない・・・はずであるが、ところがどっこい、(株)一条工務店でこれを口にしたとすると、営業本部長の天野隆夫から「そんなこと言うなら、おまえ、エスバイエル〔←小堀住研(株)〕に行け、エスバイエルに」と言われてしまうのである。「一条には一条のやり方があるんだから」と天野隆夫は言うのであるが、「一条には一条のやり方がある」というのは悪くはないであろうけれども、しかし、それならば、(株)一条工務店においては、
「たとえ、入社した半年経っていない新人でも、たとえ、設計課長が作成した図面であったも、営業担当であるからには、自分が担当のお客様の要望がそこに満たされたものになっているかどうか、営業担当者が見て使いやすい、いいと思えるものになっているかどうか、確認しないとだめだ。営業担当が新人であっても、設計担当が設計課長であっても、そんなことは何の関係もない。
営業担当として見て、お客様の要望が満たせていないとか、営業が見てこれは使いにくいのではないかと思ったとか、そういったことがあったなら、設計担当者にそれを必ず言わないといけない。営業担当者が設計担当にそれを指摘したなら、設計は、営業が指摘したものについて説明するはずだ。
お客様の要望をすべてそのまま満たすようにすると、こういう問題が出てくるので、それで、あえてこの点はこうしたとか、営業が見て、使いにくいのではないかと思ったかもしれないが、これはこのようにすれば使いやすいと考えたからだとか、もし、そうでない方法をとるのならこのようにすることもできるとか、そういった説明をするはずで、そういう説明を聞かないといけない。
あらかじめ、営業が設計にそういうものを指摘して設計の説明を聞いておかないで、お客さんの方からそれを言われた時、どうするのか。
設計は営業から指摘されたなら、指摘されたものについて説明しないといけないし、もしも、営業から指摘されて説明できないような図面を設計が書いていたのなら、それは説明できないような図面を書いている設計が悪い。
だから、たとえ、営業が新人でも、設計が設計課長でも、お客様の要望が満たせていないのではないかとか、営業が見て使いにくいのではないかと思ったとかいうことがあったなら、遠慮なく言っていいし言わないといけないんだ」
というのは違うと言うのか? 違うと言いたいのか? どう違うのか??? 違うのならどうだと言いたいのか?
私は最初、天野隆夫が「営業は設計のやることにはどんなことでも服従しろ!」「営業は設計にはどんなことでも従え!」「設計の書いた図面に営業はひとことでも文句を言うな!」「おまえは、設計の堤が言ったことなら、何でもそのまま、お客様に言え!」と言うのは、それはその時、天野隆夫が何かどこか「虫のいどころが悪かった」か、それこそ、「オンス」(?)か何かであったからかで、それで、そういう支離滅裂な暴言をはきまくるのかと思っていた。だから、何日かすると、いくらかは精神状態も平静に近づき、機嫌はいくらか治って、そういうことは言わなくなるのではないかと思った。後になってから、自分はとんでもないことを言ってしまったと思ったならば、特に、営業本部長といった役職についている人間ならば、「申し訳なかった」という一言くらいは言うであろうと思ったのだが、この男は何事についてもまったく言わないので、この人の辞書には「申し訳ない」「すいません」の類の言葉はないようだ、この人は自分が悪いことを人に言ったとわかっても、「すいません」を言うという教育をしない家庭で育った人のようだと思い、それでも、たぶん、心の中では悪かったと思っているのだろうから、なんだかんだ言ってもこの人が私をこの会社に採用してくれたのだから、我慢してあげるしかない・・と思って我慢してきた・・のであるが、はたして、この人は「オンス」(?)か何かで不機嫌だったからわけのわからん暴言をはきまくったのか、それとも、こういう支離滅裂・非常識な認識をこの人は持っている人で本音なのか、今ではよくわからなくなった。私はこの男の暴言を我慢し続けてきたが、我慢はしたけれども、かまわないと認めた覚えは決してない。
「たとえ、入社した半年経っていない新人でも、たとえ、設計課長が作成した図面であったも、営業担当であるからには、自分が担当のお客様の要望がそこに満たされたものになっているかどうか、営業担当者が見て使いやすい、いいと思えるものになっているかどうか、確認しないとだめだ。営業担当が新人であっても、設計担当が設計課長であっても、そんなことは何の関係もない。
営業担当として見て、お客様の要望が満たせていないとか、営業が見てこれは使いにくいのではないかと思ったとか、そういったことがあったなら、設計担当者にそれを必ず言わないといけない。営業担当者が設計担当にそれを指摘したなら、設計は、営業が指摘したものについて説明するはずだ。
お客様の要望をすべてそのまま満たすようにすると、こういう問題が出てくるので、それで、あえてこの点はこうしたとか、営業が見て、使いにくいのではないかと思ったかもしれないが、これはこのようにすれば使いやすいと考えたからだとか、もし、そうでない方法をとるのならこのようにすることもできるとか、そういった説明をするはずで、そういう説明を聞かないといけない。
あらかじめ、営業が設計にそういうものを指摘して設計の説明を聞いておかないで、お客さんの方からそれを言われた時、どうするのか。
設計は営業から指摘されたなら、指摘されたものについて説明しないといけないし、もしも、営業から指摘されて説明できないような図面を設計が書いていたのなら、それは説明できないような図面を書いている設計が悪い。
だから、たとえ、営業が新人でも、設計が設計課長でも、お客様の要望が満たせていないのではないかとか、営業が見て使いにくいのではないかと思ったとかいうことがあったなら、遠慮なく言っていいし言わないといけないんだ」
という認識は、小堀住研(株)においてはあてはまるが(株)一条工務店ではあてはまらないなどというものではないはずで、(株)一条工務店においても、それ以外の多くの住宅建築業の会社においてもあてはまるもののはずである。違うと言いたい人がいるのなら、どう違うのか、ぜひとも説明していただきたいものである。天野隆夫が言ったような
「営業は設計のやることにはどんなことでも服従しろ!」
「営業は設計にはどんなことでも従え!」
「設計の書いた図面に営業はひとことでも文句を言うな!」
「おまえは、設計の堤が言ったことなら、何でもそのまま、お客様に言え!」
などという言葉の通り、従っていたならば、(株)一条工務店においては、いつまで経ってもいい設計は育たないであろうし、(株)一条工務店ではまともな家は建てられないことになるだろう。 民法などは、大学の学部で扱っているのは、法学部法律学科が最も力を入れており、そうでなければ、商学部・経営学部などでも扱っている。有名人では橋下徹は早稲田大学の政治経済学部経済学科卒で司法試験に通って弁護士になったが、法学部法律学科以外の社会科学系学部卒で弁護士になったりその他の法律系の国家資格を取得してその仕事についている人はおり、法学部法律学科以外の社会科学系学部卒で民法など学んできた人はいるが、理工学部系の建築学科でも芸術学部系の建築学科でも民法は扱っていない。又、宅地建物取引士(←宅地建物取引主任者)の試験では、「法令上の制限」(都市計画法・建築基準法など)・「権利の変動」(民法など)・「宅地建物取引業法」の3分野が多く出題されるが、私などは、司法試験受験も考えたことがある・商学部卒であるが法律科目を多く履修してきた者としてその本体の上に宅地建物取引士試験の学習もした人間であり、民法もある程度以上は学んできた者で、そういう者に、私立五流大学の建築学科卒でまったく学んできていない者のデマカセに「服従しろ」と命令し、「言われた通り、おまえがお客さんに話せ」と「命令」されるのは、そういう分野をまったく学んできていない者ならまだしも、少なくとも、「私立五流大学建築学科卒」の人間よりは学んできた人間には、大変な苦痛であり、天野隆夫はそう思うからこそ、苦痛を味合わせて楽しんでやろう♪と考えたのであろうけれども、そういう「楽しみ」のために私は入社したのではないし、天野隆夫のそういう「楽しみ」のために私に「苦しみ」を味合わせる権利があるわけではない。
  (株)一条工務店の多くの設計担当者は「一流投手じゃない」し、それだけならまだしも、営業本部長の天野隆夫が、設計担当を「一流投手」にならないように、なれないように必死になっていたのである。この天野隆夫という男がいる以上、(株)一条工務店ではいい設計は育たないであろう。同社に在籍した時には、そんな会社でも、そんな会社のために貢献したいと思って涙ぐましい努力をしたが、天野がいる以上はこの会社はだめだ。
  工事管理のスタッフも、「静岡県・愛知県優先主義の(株)一条工務店」においては、浜松・掛川・名古屋では一通りのスタッフがいたようだが、東京圏においては、これも同業他社に明らかに見劣りした。〔⇒[第698回]《「一条の建物は完璧」の反証6.擁壁と基礎の取り合いの打合せを工事担当が拒否-浜松営業【10/  】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html 、[第692回]《「一条の建物は完璧にいい」の反証1.柱の下に基礎がない、換気口上に柱- 一条工務店浜松営業【5/ 】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_5.html 、[第693回]《「一条の建物は完璧にいい」の反証2.筋交いの向き・寸法違いの丸太梁-一条工務店の浜松営業【6/ 】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_6.html 〕
(3)(株)一条工務店の商品はクルマにたとえれば「クラウン」に該当するクラスの商品であったが、東京圏においては工事管理の状況や、設計担当の能力などは、他社の「カローラ」に劣っていた。
  そして、「クラウン」と言っても、あくまでも「浜松向けのクラウン」「『地方』向けのクラウン」であり、東京圏において、他社の「都市圏向けのクラウン」「東京圏向けのクラウン」との競合においては、実際問題として全体的に見劣りした。浜松・掛川・名古屋の営業は「その土地に合ったクラウン」を「カローラ」に近い値段にダンピング販売して、他社の「カローラ」との競合で営業していたので、その点において「他社に比べて絶対的にいい」ということになったが、東京圏における(株)一条工務店は、「浜松向けのクラウン」「『地方』向けのクラウン」で他のハウスメーカーの「都市圏向けのクラウン」「東京圏向けのクラウン」と競合しており、この勝負は、あまり割のいい勝負ではなかった。

3.「地方」ではあるが、非浜松の地域・「静岡県西部・愛知県以外の『地方』」。
(1) 価格は、東京都・神奈川県よりも安いので、その分、浜松・掛川・名古屋にいくらか近いが、浜松・掛川・名古屋ほど安いわけではない。
(2) 設計担当・工事担当・ローン担当などが整備されているかどうかはその場所による。
(株)一条工務店において「静岡県中西部・愛知県」が最優先で、それに次いで、「譜代」が「所長」の地域、さらにそれに次いで「外様」でも「所長」がいる地域。グラフの「所長」の欄に「<天野隆夫>」と記載されていた営業所は実際にその地域にいる人が「所長」になっていた営業所に比べて不利であった。
(3) 「静岡県中西部・愛知県」でなくても「地方」に属する地域においては、(株)一条工務店の建物は「合う」部分が少なくなかったので、たとえば、1980年代後半に私が小堀住研(株)に入社した直後の新卒社員研修で、住宅建築業界各社についてという説明があって、そこで、旭化成工業と小堀住研(株)とは、その頃、施工棟数は「同じくらい」だったが、旭化成工業は都市部に集中していたのに対して、小堀住研(株)は都市圏の方に重心があるものの、旭化成工業(株)よりは地方でも建てていたようだった。一般に、「有名ハウスメーカー」というのは都市圏中心の会社が多いのだが、(株)一条工務店はそうではなく、「地方」が中心、「大工さま」の領域であるような「地方」までいくと「大工さま」の領域を崩すのは簡単ではないようだが、「地方」で県庁所在地とか県庁所在地と変わらないくらいの人口の都市とかでは(株)一条工務店は強いという会社で、東京圏などでは強くなかったが、「地方」においては常にその地域に「合っている」かというとそうとは限らず、「浜松向け仕様」がその地域に合わないこともあり、↑に述べた「床柱と床脇の上の長押の位置関係」や神棚の造り方など、「地方」とはいえ、その地域に合わないものもあり、浜松・掛川・名古屋ほど「ぴったり」ということはなかったので、その分、浜松・掛川・名古屋ほどは高い評価は得ることはできていない・・というのか、「床柱と長押の位置関係」とか、神棚の造り方とかは、都会と違って福島県など「地方」においては重要であり、そのあたりの対応をきっちりできない、できている場合は営業担当者が個人的に相当努力している・・という会社は、その点において、あまり高く評価できない方になったはずである。

  1993年5月の「研修」という名称での近藤路夫の暴言し放題の会 において、近藤路夫が「一条工務店の家は、他社に比べてすべての面にわたって絶対的にいい」だの、「一条工務店の家は、完璧にすばらしい」だの、「一条工務店の建物には問題点はまったくない」だのというのは、実状を見た上で判断するならば、そんな発言は嘘であるのは明らかであり、入社したばかりではなくある程度以上の年数を在籍していたはずの近藤路夫は実情を把握できていないという点において反省を求められるものであったはずである。しかし、浜松・掛川・名古屋においては、静岡県中西部・愛知県においては、↑の(1)~(3)の点で見て、まず何よりも、東京都・神奈川県においては他社の「都市型クラウン」と「浜松向けクラウン」「地方型クラウン」で勝負しなければならないという点において苦しかったのに対して、浜松・掛川・名古屋においては、「浜松向けクラウン」「静岡県中西部・愛知県向けのクラウン」を「カローラ」の値段に近い値段でダンピング販売することで、他社の「クラウン」との競争ではなく、他社の「カローラ」との競合で営業するという状況になっていたので、さすがに、他社の「カローラ」と「クラウン」で競争すれば、「すべてにおいて絶対的にいい」とまではいかないとしても、「多くの部分において、(株)一条工務店のクラウンは他社のカローラよりも相当いい」という状況だったのだ。近藤路夫は自分がそういう場所でのみ継続的に営業をさせてもらってきた人間であり、それを自覚できていない人間だった。近藤路夫のこの「一条工務店の家は、他社に比べてすべての面にわたって絶対的にいい」だの、「一条工務店の家は、完璧にすばらしい」だの、「一条工務店の建物には問題点はまったくない」だのという寝言は、近藤路夫が常にダンピング販売により「クラウン」を「カローラ」の値段に近い価格で売っていた場所で営業させてもらってきた、ということを意味しているだけの発言だった。 「浜松向けクラウン」で他社の「都市型クラウン」との競合で苦戦する者の状況など、この男が理解する可能性をわずかでも期待しても空しいだけのことだった。
  1993年5月のその「研修」の頃、私は相当過酷な勤務をしていた。長時間労働で継続的に深夜まで働いており、疲労も蓄積していた。近藤路夫の寝言を聞くために浜松まで行ってあげるような暇なんてなかったが、そんなものに呼びつけられて何とも迷惑なことであった。
  (2019.11.06.)

  1993年、東京都・神奈川県で「セゾン275S1」と名づけていたものが、「施工面積」という延床面積よりも多くの部分が適用される、坪あたりの金額としては安くなる計算単位で、55万円/坪、千葉県で52万円/坪、埼玉県で坪53万円/坪であったものが、浜松・掛川では坪48万円/坪、名古屋では49万5千円/坪で売っていたという点については、東京営業所・松戸営業所においては少なくない者が不満に思っており、不満を口にしていた。
  又、もしも、東京都で55万円/坪のものが浜松・掛川で坪48万円というのが妥当だというのならば、福島県では40万円/坪くらいが妥当ということになるはずであるが、ところが、福島県でも浜松・掛川と同じ48万円/坪であったという点については、福島県の住人は浜松・掛川や名古屋の価格をそれほど気にしていなかったので、見込客でおかしいと指摘する人はあまりなかったが、ある程度在籍している従業員はおかしいと思っていて、東京都で55万円/坪のものが浜松・掛川で坪48万円というのが妥当だというのならば、福島県浜通りなら坪40万円くらいになっていいはずなのに、坪48万円というのはおかしい」とは思っていたし、口に出して言う人もあった。
  1993年、松戸展示場の事務室で、松戸営業所に中途入社で入ってきた入社1年目の松田(男。当時、20代後半)が私に(私だって入社2年目に入ったばかりだったが)「東京都で55万円/坪、千葉県で52万円/坪のものが、浜松で48万円/坪というのは、浜松はいくらなんでも安すぎますよねえ。どう考えてもおかしいですよ」と言うので、私が「そうなんだよ。どう考えてもおかしいよ。又、55万円/坪とか52万円/坪で売らされている者と48万円/坪で売っている浜松の人間とで1棟あたりの評価が同じというのもおかしいんだよ」と言ったところ、松戸展示場の事務室にいた営業本部長で「兼任の松戸営業所長」の天野隆夫から「おまえ、黙れ!」「おまえは口きくな!」と怒鳴りつけられたが、こういう天野隆夫の言動、暴言は、これは「団結権侵害」と評価されるものであり、会社経営者として大くく問題があるものである。

  1993年5月後半、名古屋の八事(やごと)展示場という営業所で営業成績があがっていなかった松下という男(当時、30代前半)が、松戸展示場に転勤してきた。「八事(やごと)」てどこなんだ・・というと、《ウィキペディア―八事》https://ja.wikipedia.org/wiki/八事 によると、《八事(やごと)は、愛知県名古屋市天白区の地名、および昭和区・天白区に跨り、かつて「八事山」と呼ばれた丘陵地一帯の広域地名である。現行行政地名としては天白区に天白町大字八事として存在する。》という所らしい。

( ↑ 愛知県名古屋市天白区大字八事。 )
  松下は、赴任するなり、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」と暴言を吐いた。
  おそらく、松下は、その時、勘違いしていたのだろう。松下は、その時、自分は依然として静岡県中西部・愛知県の営業所に在籍していて、静岡県中西部・愛知県の営業所に在籍して、東京都・神奈川県で坪55万円、千葉県でテレビ広告なしで坪52万円で売らされているものを、浜松・掛川で坪48万円、名古屋南営業所・名古屋東営業所・名古屋八事営業所でテレビ広告をドカンと一発やりまくった上で坪49万5千円でダンピング販売している静岡県中西部・愛知県の営業で、静岡県中西部・愛知県の営業が、千葉県の営業に向かって、自分たちはテレビ広告付きで48万円/坪とか49万5千円/坪とかで売っているが、それでも、東京都・神奈川県で坪55万円/坪、千葉県で坪52万円/坪で売らされている東京圏の営業より得しているということはないんだ・・と詭弁を弄してやろうと考えて、そう発言したのだろう。ずるい汚い男である。
 静岡県中西部・愛知県でテレビ広告やって安い価格でダンピング販売やってそのやり口で売った上で、他地域で高い価格をつけられてテレビ広告なしで「浜松向け商品」を売っている営業に対して、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら最低でも浜松の倍は売れる!」と自分はその場所で営業やることはないという意識のもとに言った、ということだろう。しかし、松下は、その時、静岡県中西部・愛知県の営業ではなく、松戸展示場には「お客さん」で来ていたのではなく、松戸展示場で自分も営業やるという前提で赴任していたのであり、松下はそれをうっかり忘れていたようだった。片方でズルイ男であつかましい男であったが、片方で、おのれもその場所でこれから営業しなければならないのだということを忘れているというあたり、その時点でまだ30代前半であったが、健忘症なのか認知症なのか、片方でヌケタ男でもあった。
  大きな口をきいたこの松下という男は、自分自身が松戸展示場で営業しなければならなかったのだ。この暴言は、それまで、東京展示場・松戸展示場に勤務してきた従業員を侮辱する発言であり、東京展示場・松戸展示場の営業社員にとっては極めて不快感を覚える発言であった。普通、自分が転勤してそれまでいた展示場と異なる展示場に赴任してすぐにこういうあつかましい文句は言わないものであり、言うべきではないはずであり、もしも、「売りやすそう」と思うものが本当にあったのなら、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」などという文句をそこで1棟も売ることなく言うのではなく、実際に「浜松の倍以上」売って見せればいいことであり、売ってみせるべきであり、そこで1棟も売ることなくこういう文句を口にするというのは、それは営業としてもその態度は大きくマイナスの評価を受けるもののはずである・・が、ところが、そんな男が好きなのが営業本部長の天野の隆夫だったのだ・・( 一一)
  前年、私より1か月ほど後で入社して、1993年5月の時点では松戸展示場に勤務していた進藤(男。当時、20代後半)が「へっ! そんなこと言って、半年ほど経ったら、『な~んで売れねえんだ』とか言って頭かかえてみたりして」と、なかなか鋭く指摘したが、松下はそう言われても自分の暴言に気づくことができなかった。そして、転勤してくる前、東京都よりも5万5千円安い価格でテレビ広告やって売っている名古屋八事営業所において営業成績があがっていなくて千葉県松戸展示場に転勤してきて「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」と大きな口をきいたこの松下という男は、千葉県松戸市の松戸展示場に8か月勤務して何棟売ったか、「最低でも浜松の倍は」売ったのかというと、
松戸展示場に8か月在籍して、松下の売上棟数は⇒ゼロ棟!!! 
進藤が口に出して指摘した予想・私も思っていた予想は当たった。

こんなアホ、松戸に寄こすなよなあ~あ。静岡県中西部・愛知県でテレビ広告やってもらって安い価格でダンピングさせてもらって、それでなんとか売れるという男は永遠に静岡県中西部・愛知県に置いておけよなあ、まったく!!!
こういうアホは箱根の関より東に来るなちゅうんじゃい!!!
こういうアホは不破の関・鈴鹿の関より西に来るなちゅうんじゃい!!!

関所番人、何やっとんじゃい!!!

  ↑で述べた白土三平『カムイ伝』に出てくる「月影の心」と共通する話ともいえるが、1985年に巨人にPL学園から入団した桑田投手が巨人に入団することが決まった頃、テレビの「プロ野球ニュース」で、解説者の広岡が桑田はどこがいいかについて、投球フォームがすばらしいという点を、すでに巨人の主力投手の1人だった槇原と比較して、PL学園高校3年の桑田の方が巨人の主力投手の槇原よりも投球フォームは優れていて、その点で槇原は桑田に及ばないということを話し、さらに、もうひとつ、「精神面がいい」と広岡は話した。桑田の精神面がいいのかどうか私はよく知らないが、広岡が言うには、「精神面のしっかりした投手は3勝できる力でも5勝する。5勝する力があったら10勝する。それに対して、精神面がパッパしたやつというのは、10勝できる力があっても5勝しかできない。5勝の力なら3勝、3勝の力なら1勝できるかそれもできないか」だというのだ。
  大相撲の2017年秋場所、10日過ぎまで、豪栄道がトップを走り、2番手の日馬富士に星3つの差をつけていて、日馬富士は2番手につけていたとはいえ、前半、調子が悪く途中休場かとも思われたくらいで、3差あれば豪栄道は相当有利かと思われたが、千秋楽の対戦相手が日馬富士であることを考えると、千秋楽まで2差で迎えることができれば豪栄道優勝だが、もし1差になることがあれば、日馬富士に対戦成績の悪い豪栄道は不利であろうと思われたところ、豪栄道は2敗して1差で千秋楽を迎え、千秋楽結びの一番で日馬富士に負けて、優勝決定戦でも負け、日馬富士の優勝となった。解説者の北の富士が「やっぱり、最終的には心の強い方が勝つ・・ということなんでしょうね」と話していたが、そうなった。
  転勤して行った営業所で、自分はまだそこで1棟として契約をあげていないにもかかわらず、、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」などと、そういう思いあがった口をきくような男だから、だから、松戸展示場に転勤して8か月間在籍して1棟として契約あげることはできなかった、ということかもしれない。又、松戸展示場に転勤してくる前に在籍した名古屋八事(やごと)営業所で、東京都より坪5万5千円、千葉県より坪2万5千円安い金額でダンピング販売している営業所・東京都・神奈川県・千葉県・埼玉県ではテレビ広告などやっていないのにテレビ広告をばんばんやってる地域の営業所にいたのに営業成績があがっていなかったのは、転勤して行った営業所で、自分はまだそこで1棟として契約をあげていないにもかかわらず、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」などと、そういう思いあがった口をきくような男だからだった、ということなのかもしれない。

   名古屋八事営業所において営業成績があがっていなくて千葉県松戸展示場に転勤してきて「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」と大きな口をきいたこの松下という男は、千葉県松戸市の松戸展示場に8か月勤務して売上棟数は⇒ゼロ棟!!! これによって、静岡県中西部・愛知県の「一条オリジナル」「浜松流」「遠州人」の詭弁は間違いである、ということが証明された。「上祐と一緒」かどうかは知らんが「口だけの男」の松下のおかげで、テレビ広告とダンピングとその地域に即した商品である商品の静岡県中西部・愛知県地域への適合性によって「売った」のではなく「売らせてもらってきた」営業なんぞというものは、浜松・掛川・名古屋よりずっと高い金額を設定されて、テレビ広告もなく、「浜松向け商品」を東京圏で売らされてきた東京圏の営業としては通じない! ということを、この「耳から生まれた江川」ならぬ「口から生まれてきた松下」は実地で証明してくれた、ということである。
   この「耳から生まれた江川」ならぬ「口から生まれた松下」、「口だけの男」。東京都で坪55万円で売らされているものを坪49万5千円でダンピング販売やってテレビ広告付きで売っていた名古屋の八事(やごと)営業所で営業成績があがっていなくて千葉県松戸市の松戸展示場に転勤してきて、来るなり「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」と口だけ大きな口きいて、「最低でも浜松の倍は売れる」と自分で言ったはずの所で8か月在籍で1棟も売れなかった男(かつ、解約も1棟出したらしい)、
「ざまあみやがれ!!」
「降格になりやがれ!!」

・・と思ったら、なんと、びっくらこっこ、どんぶらこっこ、びっくらこっこ、どんぶらこっこ・・したことに、「主任」にならせてもらっていた松下は、大きな口だけきいて8か月在籍してその松戸展示場で契約ゼロ棟で解約まで出して、降格になったかと思ったら、なんと、「主任」から「副所長」に昇進して、習志野市の展示場に移動した!
 あ~れえ~え!!! なんじゃ、これは!!! あ~れえ~え!!!
(株)一条工務店の役職はデマカセである!!! 
「耳から生まれた え・が・わ♪!♪」ならぬ「口から生まれた ま~つした!♪!」て男が、口だけ大きな口きいて、8か月間、そこで契約ゼロ棟だと「副所長」に昇進するのか!?!?( 一一)( 一一)( 一一)
なんじゃ、そりぁ!!! 
・・・・情けないことに、それが(株)一条工務店だったようだ。

  (株)一条工務店は1990年代終わりに、いくつかの会社と「会社提携」を結び、提携している会社に勤めている人が契約した場合は、▽万円引きだか、△%引きだったかを実施した。もっとも、私が見込客の立場なら、▽万円引きとか△%引きとか言われても、あらかじめ、見積金額を「ふかす」ということをしておけば、ふかした金額から引くことだってできるわけだから、あんまり意味はないような気もするのだが。それで、営業の立場からすれば、「提携会社に勤めている人には特典」ということから契約しやすくなってプラスになるのならいいのですが、(株)一条工務店は、その時、「会社提携を結んだ会社の人を契約した時には営業の報酬は半分」と言い出したのです。ひでえなあ~あ! 「会社提携」と言って提携会社に勤務している人に付与する「特典」の分を営業職の従業員の給料からへつってやろうと考えたらしいのです。(株)一条工務店の営業の報酬は同業他社と比べても多い方ではなく、それをさらに歩合を半分にされたのでは、むしろ、営業の気持ちとしては、最初に見込客と出会った時に勤め先を訊いて、提携会社に勤めている人なら追客しないようにしてやろうか・・と思うくらいのものでした。実際、「俺は提携会社に勤めてる人は契約しない」と言う営業もいました。そんな営業がやる気をなくすようなことをして、会社にとってメリットがあるのか疑問を感じましたが、浜松市には「防潮堤の費用」と称して300億円くれてやっても、従業員にカネを払うのが何より嫌いな経営者の会社ですから、「会社提携」はむしろ口実で、給料をへつる方が本目的だった可能性もあります。
   栃木県佐野展示場に栃木県地域の所長だった五十嵐さんが来た時にそれが話題になり、五十嵐さんも「ぼくも、半分てのは、それはいくらなんでもひどいなあと思ったんだけどなあ」と言い、私が「それ、半分ではなく、たとえば、8割とか7割とかにするわけにはいかないのでしょうか」と言ったところ、「8割とか7割とかだと経理が処理できないんだ」というのが五十嵐さんの返事でした。もしも、「会社提携」ということで、「提携会社の人には特典がありますよお」とその会社を通じてアピールすることで売りやすくなる・売れやすくなるということならば、売りやすくなった売れやすくなった分だけ歩合給が少なくなったとしても、営業社員にとっても全体としてプラスになるということはありえますが、しかし、倍も売れやすくなるか売りやすくなるかというと、基本的にそれはありえない。提携会社の人の契約は歩合給は半分というのなら、営業の立場からすれば、そんな「会社提携」ならない方がいい。しかし、半分ではなく、9割とか8割ならば、「会社提携」によっていくらかなりとも売りやすくなる売れやすくなるということは考えられるので、考えられないことはない。ですから、私が言った「8割とか7割といかにするわけにはいかないのでしょうか」というのは、これは営業の立場としての見解としてもおかしなものではないはずですし、又、会社経営者の立場からしても、半分にしてしまったのでは提携会社に勤務している人に対しての営業の意欲をそぐことになり、又、営業の会社に対する不信感が生ずることにもなりますが、9割とか8割ならば「わからない話ではない」として、営業社員にも理解されるでしょうから、会社経営者にも有益な発言のはずです。 五十嵐さんは「8割とか7割だと経理が処理できない」と言い、実際、(株)一条工務店は1992年に私が入社した頃の「浜松の工務店の総務」「浜松の工務店の経理」からあまり進歩していない状態で会社の規模だけふくれあがった会社でしたから、「経理が処理できない」というのはわからないことはないのですが、しかし、それならば、経理をもっと充実させればいいことであり、実際には「経理が処理できない」からではなく、「給料払うのが嫌いだから」だったのではないのか、(株)一条工務店のオーナー経営者が「カネもらうのは好きだがカネを払うのは嫌いだから」だったのではないか・・・という感じがします。又、「経理(の能力優秀でなくスタッフの数も多くなく容量が大きくないから)が処理できない」から「8割」で計算することができないのなら「半分」ではなく「10割」にしておけばよさそうなものだし。そのあたりでも、多くの営業社員が「なんだ。これは」と不満に思い、「そんな提携ならない方がいい」と多くの営業社員が口にしていたものについて、栃木県地域の所長だった五十嵐さんは「ぼくも、半分てのは、それはいくらなんでもひどいなあと思ったんだけどなあ」と言うあたりは、五十嵐さんは、実際に自分自身が一線の営業をやってきた人として、営業の立場に立って考えることのできる人で、必ずしも、常に会社にしっぽふるばかりというような人でもない、福島県中通り地区の所長で「大澄社長の腰巾着」と従業員の間で言われていた片山が、五十嵐さんのことを「天野部長の腰巾着」と悪口を言っていたようですが、私は五十嵐さんのそのあたりの発言を聞いていたので、そんなに「腰巾着」というような人でもないと思っていたのです。
  しかし、1999年前半、栃木県・埼玉県北部の営業所の「リーダー会議」があった時のことです。そこに、栃木県・埼玉県北部の「リーダー」でもないのに、なぜか、↑のイヌの松下が来ていたのですが。 「リーダー会議」において、入社は私より何か月か後だが私より年上で入社以来、継続的に多く売ってきた坂本さん(男。当時、40代)が「提携会社の人の契約については、営業の評価は半分というのは、半分というのはいくらなんでもきついのではないでしょうか。すでに相当契約をとってきたというような人の場合にはまだいいと思いますが、たとえば、うちの営業所にいる◇◇くんなどは入社してまだ1年経たない新人で、新人が一生懸命やって、やっと、1棟契約いただけた・・と思ったら提携会社に勤務している人だった・・ということで半分! というのは、そういうのは、ちょっときついと思うのです。そのあたり、ちょっと考えていただくことはできませんか」と発言した。(株)一条工務店で相当多く契約を取得してきた人というのは、自分がそれだけ契約してもらう力があるのであれば、それなら、それほど契約を取得できない人を指導してあげるとか助けてあげるとかすればどんなものかと思うのですが、自分だけ取って得意になっている人とか、契約をあまり取れない人の立場など考える気持ちもないという人が多かったのですが、それを、この坂本さんという人は、自分自身は相当多くの契約を取ってきた人で、たとえ、「提携会社の人は半分の評価」とされても、それでも、全体としては十分やっていける人であるけれども、それでも、新人であったりそれほど売れない人であったりする人の立場も考えて、なかなか発言することができない人に代わって代弁して、そして、言葉を選んで、「提携会社の人の契約については、営業の評価は半分というのは、半分というのはきついのではないでしょうか。すでに相当契約をとってきたというような人の場合にはまだいいと思いますが、たとえば、うちの営業所にいる◇◇くんなどは入社してまだ1年経たない新人で、新人が一生懸命やって、やっと、1棟契約いただけた・・と思ったら提携会社に勤務している人だった・・ということで半分! というのは、そういうのは、ちょっときついと思うのです。そのあたり、ちょっと考えていただくことはできませんか」といったことをきっちりと述べることができるというのは、この坂本さんという人はなかなかたいしたものだと思い、又、どうせ、入社した年から相当売れた人なんだから、売れなくて困っているような人のことなんてどうでもいいみたいに思っている人なんじゃないか・・と思っていたら、この人は違うようだな、と見直しました。坂本さんの発言を聞いて、所長の五十嵐さんが「そうだなあ。ぼくも、半分というのは、それはひどいなあと思ったんだけどもなあ」と言いました。
  ところがどっこい。そこにいたのが、↑の松戸展示場に来るなり「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」と発言して、自分自身は「最低でも浜松の倍は売れる」はずの営業所で8か月間契約ゼロ棟だったイヌの松下! 彼は、単なるオブザーバーとして在席させてもらっていただけだったはずで、栃木県・埼玉県北部の「リーダー」でもなかったはずなのだが、そこで発言しだしたのだ。「そう考えるのではなく、会社提携があることによって、契約しやすくなって、それで、みんなのためになる。たとえ、営業の評価が半分であっても、結果として、みんなのためになると、そう考えるべきなんだ」と。出えたあ~あ! 「イヌの松下」「クズの松下」の本領発揮!  浜松・掛川で坪48万円、名古屋で坪49万5千円で売っているものを、東京都・神奈川県で坪55万円・千葉県で坪52万円、埼玉県で坪53万円で売らされるというのはおかしいのではないか、たとえ、地域によって金額に差をつけるとしても、いくらなんでも、浜松・掛川で坪48万円で東京で坪55万円というのは差があり過ぎるではないか、又、静岡県西部・愛知県だけテレビ広告をやって東京圏ではテレビ広告はやらないというのは、それは不公平ではないか、浜松・掛川・名古屋の営業は勝手すぎるではないか・・と不満に思っていた東京圏の営業社員に向かって、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」などと発言して、そういう発言をすることで自分だけオーナー経営者に好かれようとする男・松下の本領発揮だった!!! また、やりやがった! ま~た、5年少々前と同様のことをやりやがった。この男も成長せんなあ( 一一)( 一一)( 一一)。 私は、松下が松戸展示場に来るなり、自分ではその営業所で1棟として売りもせずに、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」と発言して、自分自身は「最低でも浜松の倍」どころか、1棟も売ることができなかった! という経験から、そんな発言はするべきではなかったなと理解・認識して、少しは成長したかと思ったら、ちっとも成長していなかった。がっかりした・・・が、「三つ子の魂、百まで」とはこのことか! 白土三平『カムイ外伝』にも、カムイの言葉があった。「人は(人間として)生まれ変わることがあるが、イヌは死んでもイヌ」と。まさに松下のことを言った言葉だった。「人は人間として生まれ変わることがある、イヌ松下は、生まれ変わって人間として成長することはなく、松下は死んでもイヌ」だった。「松下は死ぬまでイヌで、死んでもイヌ」だった。そして、(株)一条工務店のオーナー経営者一族はそういう人間のカスが好きだった!( 一一)!( 一一)!

  私は(株)一条工務店に11年余り在籍し、「永年勤続表彰」の時計をもらった。出入りの激しい会社・・というよりも、この会社に一生勤めて貢献したいと思って入社した人間を粗末にして辞めさせてきた会社に、よくもそれだけいたものだ。えらいかアホか。アホかもしれないが、それにしてもよく頑張ったものだ。在籍後半においては、同じ営業所の人から頼りにされることも出てきた。「〇〇さん、そろそろ、中原に駒を進める時と違いますか」と言われた。問題の多い会社を、勿来の関より北に隠れているのではなく、中原に駒を進めてこの会社をまともにするべく力を発揮してもらっていいのではないか、と期待してくれた人もいたようだ。「〇〇さん、・・・を会社に言ってくださいよ」と言う人もあった。この発言には2通りある。自分が言いたいことを自分で言わず、会社からにらまれたくないからひとに言わそうとして、「〇〇さん、・・・を会社に言ってくださいよ」という人間というのがいる。そういう場合には、頼りにされたなどとのぼせてはならぬ。自分で言え! てとこだ。しかし、プロ野球選手会にしても、選手会長は、入団したばかりの新人ではなく、引退間際の選手としては高齢の選手でもなく、成績があがっていなくて選手会長などなったならにらまれて翌年は契約してもらえない可能性があるような選手ではなく、そのチームで中堅選手で、選手会長になって発言しても、それで辞めさせられることはないような選手が選手会長になる。住宅建築業の会社においても、社歴の浅い人や、営業成績があがっていない人ではなく、ある程度以上の在籍年数で、ある程度以上は実績があって、この会社が得意技のように気に入らない従業員にやる「転勤」という技、それは法的には「人事権の濫用」と評価されるものであるが、それをされたとしても、たいていの場所であれば転勤してもやっていけるであろうという見通しがあるようなそういう人間が言わないといけない。こちらの意味で「〇〇さん、・・・を会社に言ってくださいよ」と頼まれる場合については、これはわかる。もし、会社に言うのであれば、ある程度以上の年数、在籍していて、ある程度以上の実績を残した、ある程度以上の実力のある人間が言わないといけない・・が、その自覚のある人間というのは「ねらわれる」危険が出てくる。逆に、クズはこの会社では優遇される。
  矢崎良一編『元・阪神―なぜタイガースを去った? 放出された選手、全収録!!』(2010.12.25.廣済堂ペーパーバックス)には、「第6章 FAで国内他球団へ移った男たち」の「松永浩美」の項に、
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「でもね、フロント、監督、コーチ、スタッフ、選手・・・・阪神タイガースでぶつかったり、もめたりしたことは1度もない。逆にこう言われましたよ。球団の人から」
 こんなやりとり。
球団職員「松永さん、こうして面と向かってお会いしてみると、聞いていた話と違いますねえ」
松永「なにを聞いていたんですか」
球団職員「いやね、オリックスの事務所の人に『松永さんは口うるさい』って聞いてましたから」
松永「それはね・・・・言っちゃ悪いけど、阪神でも岡田(彰布)さん、口うるさいでしょう」
球団職員「うーん」
松永「うるさくて当然でしょう。チームの生え抜きでベテランですから。若い選手が『誰に言ったら球団に伝えてくれるのか』ってさがしたら、阪神だったら岡田さんですよ。俺はオリックスで、それと同じことをやっていただけですよ」
 この話題になると、松永は喫茶店のテーブルを叩きながら熱弁を振るった。
「だから、それを『うるさい』と言うオリックスのフロントがおかしいんだよ。オリックスが今こうなってるの、当たり前だよね(ドン!)。オリックスは勝てない(ドン!)。一生勝てない(ドンドン!)。だから俺のなかにはもうオリックスはないんだよ」・・
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むしろ、所長であったり「リーダー」であったり所長でなくてもある程度以上の実績のある従業員でありながら、言うべきことを言わない言えない人間、特に、言いたいことも言えない人の立場も代弁して会社に言うべき立場でありながら、それを言わない言えない人間の方が問題がある。そんな人間が「会社のためになる人間」ではないはずだ。むしろ、逆のはずである。
  自分自身は、たとえ、提携会社に勤めている人の契約は半分とされても、それでも、全体としてはある程度以上の契約を獲得することができる力がありながら、新人やそれほど実力のない人の立場も代弁して、「提携会社の人の契約については、営業の評価は半分というのは、半分というのはいくらなんでもきついのではないでしょうか。すでに相当契約をとってきたというような人の場合にはまだいいと思いますが、たとえば、うちの営業所にいる◇◇くんなどは入社してまだ1年経たない新人で、新人が一生懸命やって、やっと、1棟契約いただけた・・と思ったら提携会社に勤務している人だった・・ということで半分! というのは、そういうのは、ちょっときついと思うのです。そのあたり、ちょっと考えていただくことはできませんか」といったことを、言葉を選びながらきっちりと述べることができる人というのは、そういう人というのは会社にとって大事な人材であり、せっかく、坂本さんがそういうことをきっちりと述べているのに、それほど「腰巾着」でもない所長の五十嵐さんも「そうだなあ。ぼくも、半分というのは、それはひどいなあと思ったんだけどもなあ」と正直に感想を述べているのに、そこで、「そう考えるのではなく、会社提携があることによって、契約しやすくなって、それで、みんなのためになる。たとえ、営業の評価が半分であっても、結果として、みんなのためになると、そう考えるべきなんだ」などと言って自分だけオーナー経営者に好かれようとする人間のカス、イヌ人間の松下の方がけしからんのです。「人は生まれ変わることがあるが、イヌは死んでもイヌ」。松下は死ぬまでイヌであり、死んでもイヌであろう。
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( ↑ 白土三平『カムイ外伝 『カムイ外伝 14 盗人宿(ぬすっとやど)』1986.5.1.小学館 ビッグコミックス より)
  私は慶應大学商学部卒の者として入社した。営業本部長の天野隆夫は私が入社してすぐ後に、「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかと思った」と言って喜んでくれた。そこまで喜んでくれるのなら、その会社のために実力を発揮して貢献しなければと思った。慶應大学商学部というのは企業を運営する人材を育成する学部であり、その卒業生として入社した以上、会社のありようを考え、住宅建築業の会社として、どこで施工しても同じ内容のものは同じ金額で施工するべきものなのか、都道府県によって金額を変えるべきなのか、金額を変えるのならばどういう内容に変えるのが妥当なのか、又、金額を変えた場合、営業社員の報酬はどうすべきなのか、高い金額で売らされている者と安い金額で売っている者では、高い金額で売らされている者の方が一般に売りにくい売れにくいが、1棟あたりの利益は大きいはずで、安い金額で売っているものは一般にそれだけ売りやすい・売れやすいはずであるが、1棟あたりの利益は薄いはずである。売りにくい売れにくいが利益の厚い売り方をさせられている者と売りやすい売れやすいが利益は薄い売り方をしている者を公平に評価して適切な報酬を与えるにはどういう払い方をすべきなのか、売りにくい売れにくいが利益の厚い売り方をさせられている者と売りやすい売れやすいが利益は薄い売り方をしている者を1棟いくらという歩合給の払い方をしたのでは、売りやすい売れやすいが利益は薄い売り方をしている者は得をして、売りにくい売れにくいが利益の厚い売り方をさせられている者はバカを見ることになる。会社は従業員に公平であるべきであり、《売りやすい売れやすいが利益は薄い売り方をしている者は得をして、売りにくい売れにくいが利益の厚い売り方をさせられている者はバカを見ることになる》というのは好ましいあり方ではない・・・といったことを考えるのが、企業を運営する人材を育成している大学学部の卒業生としての役目のはずであり、そういう大学学部の卒業生として入社した者としては、イヌ松下みたいに、自分が「売りやすい売れやすいが利益は薄い売り方をしている」営業所にいたから、《売りにくい売れにくいが利益の厚い売り方をさせられている》営業所の人間に向かって、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる。ここなら最低でも浜松の倍は売らないといけない」などと喧嘩を売るような発言をおこない、問題点を解明するのではなく問題のある状況を固定しようとする発言により、自分だけ会社経営者に好かれようという態度をとるわけにはいかない。私は会社に逆らっているのではない。会社のためを思えばこそ、実状に即して述べてきたのである。自分たちさえよければいいと、東京都・神奈川県で坪55万円のものを坪48万円でダンピング販売してきた浜松・掛川、坪49万5千円でダンピング販売してきた名古屋の人間、それを肯定する発言をして自分だけ会社経営者に好かれようとする卑怯者の松下こそ、会社に逆らっているはずである。
  安い金額で売っている浜松・掛川・名古屋の営業にとっては、粗利益いくらかに対して評価する評価のしかたよりも、何棟かという評価のしかたの方が自分たちにとって有利であるから、だから、浜松・掛川・名古屋の営業とその利益を代理する者は粗利益に対しての評価ではなく、何棟かに対しての評価で評価をしようとしていたのであろう。 小堀住研(株)は営業に対しての評価は何棟かという評価ではなく、粗利益額でいくらかに対しの評価をしていた。(株)一条工務店の商品はクルマにたとえれば「クラウン」であって、「カローラ」も苦手ならば「センチュリー」も苦手という会社であったが、小堀住研(株)はクルマにたとえれば、「クラウン」もあれば「センチュリー」もあって、1992年に(株)一条工務店の東京展示場にいた橋本薫(男。当時、20代)の親戚が建てた「カローラ」もあったわけで、建築費2億円とか3億円の家を年に3棟契約を取ったというのと、1500万円くらいの家を年に20棟契約を取ったというのとでは、棟数で比較すると20棟の方が上のように見えるが、総契約金額で見ると、3億/棟×3棟 と1500万/棟×20棟 とでは、3億/棟×3棟 の方がずっと多いわけであり、「打率」(棟数)ではなく「打点」(粗利益額)で考える必要があったという事情もあるが、(株)一条工務店の場合は、「クラウン」しかない会社であったけれども、60坪の家と20坪の家ではやはり粗利益額は違うはずだが同じ評価というのも変な話なのだが、何棟かで評価されていたというのは、ひとつには、安い金額で売っている浜松・掛川・名古屋の営業の評価を意図的に高くしたいという魂胆からきたものであったでしょう。 (株)一条工務店の経営者が、同業他社にいたことがある人間を何かと攻撃するのは、同業他社にいたことがある人間はこのあたりに気づくことができる人が多かった、という点に理由があると思われます。(株)一条工務店の同業他社に中傷を加えて同業他社にいた人間からの情報を他社のことを知らない知ろうとしない「良民」に知らせないようにしようとする「鎖国政策」というのは愚かだと思いますが、せっせと「鎖国政策」に翼賛するような従業員は優遇されるようでした。
  きっちりと、「提携会社の人の契約については、営業の評価は半分というのは、半分というのはいくらなんでもきついのではないでしょうか。すでに相当契約をとってきたというような人の場合にはまだいいと思いますが、たとえば、うちの営業所にいる◇◇くんなどは入社してまだ1年経たない新人で、新人が一生懸命やって、やっと、1棟契約いただけた・・と思ったら提携会社に勤務している人だった・・ということで半分! というのは、そういうのは、ちょっときついと思うのです。そのあたり、ちょっと考えていただくことはできませんか」と述べた坂本さんは会社に逆らっているのではない。むしろ、せっかく、坂本さんがそうやってきっちりと述べているのに、「そう考えるのではなく、会社提携があることによって、契約しやすくなって、それで、みんなのためになる。たとえ、営業の評価が半分であっても、結果として、みんなのためになると、そう考えるべきなんだ」などと言って、そのようなことを言えば(株)一条工務店の経営者は喜ぶだろうと浅ましいことを考え自分だけ経営者に好かれようとする卑怯者のイヌの松下こそ、会社に逆らっているのである。
  「リーダー会議」の際の松下の態度にはがっかりした。まったくつくづく成長しない男である。「イヌは死ぬまでイヌ」で「イヌは死んでもイヌ」ということなのだろう。ちなみに、1993年、松戸営業所に松下が来た時、松下は客宅に行くと、框を上がる際に、後ろ向きになって靴を脱いで上がるという会社員としてのマナーに反する框の上がり方をしたが、その上で、「私は父親が大工でして」などとお客様に言うので、そんな框の上がり方が「大工の框の上がり方」だというつもりなのだろうか・・とその時は思ったのだったが、工事現場で大工がそういう框の上がり方をしているのは、それは工事現場で物を持って框を上がる際には、いちいち、正面から框を上がって向きを変えて脱いだ靴をそろえるなんてことはやってられないから、だから、そういう框の上がり方をしているのであって、実際に大工がどのような框の上がり方をしているか観察してみると、大工でもきっちりとした人は、お客様のお宅に打ち合わせなどで訪問するような場合には、松下のような框の上がり方はしないで、正面から框の上に上がった上で向きを変えて自分が脱いだ靴をそろえるというビジネスマナーに沿った框の上がり方をしている。松下の框の上がり方はそんな上がり方は決して「大工の框の上がり方」ではない! そして、松下は客宅で「私は父親が大工でして」と言うので、私も最初は「本人がそう言うのならそうかいなあ・・」と思っていたのだったが、ところが、実は違うらしいのだ。松下は実は「下駄屋の息子」だったらしい。「私は父親が大工でして」というのは嘘だったらしい。そう言えば客から高く評価してもらえると思ってついた嘘だったようで、又、客宅で三和土(たたき)で後ろ向いて框を上がるビジネスマナーに反する框の上がり方というのは、それは「大工の框の上がり方」ではなく、「下駄屋の框の上がり方」だったようだ。1980年代終わり、小堀住研(株)の千葉支店 柏展示場にいた犀川(さいかわ)(男。当時、30代後半)は千葉支店で一番の営業成績を残していたが、しかし、客宅に行った際、「私、早稲田の建築でてますから」などと口にしたらしく、同行した課長がびっくりした・・というようなことがあったらしい。おまえ、「早稲田の建築」みたいな顔してないだろうが!!! 「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」。 松下の「私は父親が大工でして」というのも犀川の「早稲田の建築」みたいなものだったようだ。後ろ向きで框を上がって、まるでそれが「大工の框の上がり方」みたいな態度を取られたのでは、それでは大工が迷惑する。
  「提携会社に勤務する人の契約は営業の評価は半分」というのは、これは好ましくないと私は思う。もともと、(株)一条工務店の営業の報酬は同業他社と比べて多くない、もとより「浜松という後進国の外資系企業」たる(株)一条工務店は「後進国 浜松」の給与水準に引っ張られて、東京発祥の会社や大阪発祥の会社に比べて給与は低くなりがちだったが、それをさらに「半分」などと言われたのでは、「やる気しねえ」・・と思う営業社員が出てくるのはわかるし、「提携会社に勤務している人だとわかったら、俺は追客しない」と言う営業もいたが、その気持ちもわかる・・・が、私は別の意味で「提携会社」に勤めている人というのはやりたくないと思った。
  私は入社以来、毎日毎日毎年毎年、この会社のために滅私奉公を続けてきたのであり、それなのになにゆえここまで苛められなければならないのかと思うが、私にだけではなく私が担当の契約客に対しても、他の営業の担当の契約客と比べて損な扱いにされることがあった・・・が、だからといって私が担当の契約客が全体として損をしていたかというとそのようなことはない。(株)一条工務店という会社は、担当営業によって差が大きい会社であり、私と一緒に家を作ってくれた人は、おかしな営業と一緒に家を作った人と比べて、絶対に損はしていないはずである。私は自信がある。それを、(株)一条工務店という会社は、「提携会社」に勤めている人が契約したという場合には、そうでない人よりも金銭的に安くするなり、何かをサービスでつけるなりするかわりに、私に対する報酬を半分にする、私のそのお客様に対する努力は半分にするというのである。しょーもないサービスをしてもらうかわりに、私のお客様に対する努力を半分にするというのは、そのお客様にとって得か損かというと、結論として損であるはずである。私は自分を担当として契約してくれるお客様に損はさせたくない。だから、私のお客様に対する努力を半分にしろというような「制度」には賛成しかねる。イヌ松下の努力なら、最初からたいした価値はないので何かモノをサービスしてもらった方がまだいいかもしれないが。
  1999年初めの「リーダー会議」での坂本さんの発言・態度を見て、この人はなかなかたいしたものだと思い、又、会社はこういう人は大事にするべきであろうとも思った・・・のだが、ふと気づいてしまったのだ。そうではなく、(株)一条工務店という会社においては、こういう人というのは、むしろ、冷遇される可能性のある人ではないのか・・と。そして、さらに気づいてしまったのだ。それは、「他人事(ひとごと)」ではないと。私自身もまた、その対象になる可能性がある・・・というよりも、すでにその対象になっていて、すでにその扱いにされていたのかもしれない・・と。
DSC07183.JPG
( ↑ 白土三平『カムイ外伝 14 盗人宿(ぬすっとやど)』1986.5.1.小学館 ビッグコミックス より)

  1993年5月、三重県の営業所の工務課(工事担当)から松戸展示場に工務課(工事担当)として転勤してきた神堂(じんどう)(男。当時、30くらい)が、なぜか、この「口だけの男の松下」を一生懸命、ヨイショして持ち上げようとしていたのだが、この契約ゼロだと昇進する「口から生まれた松下」はオーナー経営者一族の「コネ入社」とか何かあったのだろうか・・。
  「提携会社に勤めている人の契約は半分」に対する松下の態度は、イヌといえばイヌだが、「スト破り」という評価もできる。そういう人間が好きな経営者というのは「その程度の人間」で、イヌを大事にする会社というのは「その程度の会社」・・・ということなのか。「その程度の会社」にずいぶんと長く滅私奉公で尽くしたものだ。・・・ごくろうさん。努力に報いない会社に滅私奉公してしまった・・・。
  (2019.11.7.)

☆ これまで、 Windows7 のパソコンを使用してきたのですが、パソコンが故障し、修理受付期間を超えているということでWindows10 の新しいパソコンに買い換えたところ、黙って「e」をクリックすると、Windows10 のために開発されたブラウザだというMicrosoft Edge でインタネットの画面が開くようになっていました。ところが、それ以来、この私自身のブログの記事を見ると、せっかく入れたものが部分部分がとぎれたり消えたりしています。入れ方が悪いのか、字数が多いのかといろいろと手を加えてみましたが、改善できません。そこで、ふと気づき、Google Clone で見たところ、健全に見ることができました。又、Windows10 のパソコンでもInternet Explorer は入っており、Internet Explorer を使用することも可能で、Internet Explorer で見たところ、これまでと同じく問題なく見ることができました。入力のしかたの問題ではなく、理由はよくわかりませんが、Microsoft Edge で見ると健全に見ることができないようでした。私のブログを見てくださっている方で、Microsoft Edge を使用して見たところ、記事が部分部分がとぎれて見ることができないという方がありましたら、Internet Explorer かGoogle Clone かで改めて開いて見ていただければと思います。 (2019.10.26.)

★(株)一条工務店の浜松営業はどんな連中か。
【1】 (株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴 「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ」 「東京駅から大手町駅に行くにはタクシーに ・乗るのが一番だらあ」https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_1.html
【2】 (株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか。「悪くないと思った」と言うと気に入らない人。https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_2.html
【3】 「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した?  住友林業は機械プレカットしているのに、「『住友林業はプレカットしてないでしょ』でそれだけで売れる」と言い張る浜松流オリジナル営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_3.html
【4】 集成材vsムク材。対住友林業は楽勝か難敵か https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_4.html

★ 「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」の反証
反証1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている
《2》 柱の下に基礎がない
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している

反証2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない

反証3 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_7.html
【C】-6 《6》断熱材の室内側防湿層を破る
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」

反証4 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_8.html 
【C】-7 《9》ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業

反証5 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_9.html
【C】-8 《10》  「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。

反証6-1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの? 

反証6-2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、どうも、そうなっていなかった可能性が小さくない

反証7 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社

反証8 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_2.html
《13》「一条の家は完璧にすばらしい」の反証8.嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸

反証9 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html
《14》 出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長

反証10 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。

反証11 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_5.html
《17》「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社

反証12 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_7.html
《18》ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長

反証13 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_6.html
《19》浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館

反証14 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_8.html
《20》「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない

反証15 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_9.html
《21》「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」

反証16 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_10.html
《22》 親戚の契約は(株)一条工務店ではさせられない。-RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。解体屋は隣家の塀も壊す。従業員の親戚の家には初めての大工・職人。引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせようとする。

反証17 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家

反証18 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くて床鳴りがする

反証19 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社

反証20 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html
《28》 「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させ、新人営業だらけの営業所には新人設計を担当させる会社

反証21ー1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_5.html
《29》(ア)大型ベイウインドウは本来「親戚中が集まって座席が不足した時に補助席として使う出窓」ではない、と従業員に教えるべきなのに教えない会社。 
(イ)「洗面台・洗濯機置場・脱衣場を通路と兼用」にした展示場は、ユニットバスを見て腐り・白蟻対策を話す為の作戦だ、と従業員に教えるべきなのに教えない会社

反証21ー2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_6.html
(ウ) 「地方」にいた「住友林業は財閥系だからいいと思う人もいるだろうけれども、それでも一条工務店の方がいいとうちは思う」と言う人というのは、(株)一条工務店の営業が努力して見込客に考え方を変えてもらったのではなく、もともと「地方」にはそういう認識の人が少なからずいたのだった

反証21ー3 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_7.html
(エ) 「ツーバイフォー工法で検討している見込客には『三井ホームならいいですけれども他の会社でならツーバイフォー工法はやめた方がいいですよ』と言っておく」という『営業マニュアル』の文句の意味。背景を知らなければ意味のないものをその文句だけ掲載する『営業マニュアル』

反証21ー4 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_8.html
(オ)浜松でエスバイエル「ハウス55」と競合になって苦戦している一条工務店の営業を「情けない」と私が思った理由。

反証21ー5 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_9.html
(カ)営業同士の情報交換・意見交換を妨げる営業本部長

反証21-6 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_1.html
(キ)「図面を1枚書くと20万円から30万円かかるんですよ」と言う「浜松流」の嘘八百はどこから出てきたのか。

反証21-7 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_2.html
(ク)「都会型」と「地方型」、「地方」から東京に出てきた人には受ける「セゾン」
(ケ) なぜ、「浜松流」は、「構造アプローチ」において、対在来木造の話ばかりなのか。
(コ)「ツーバイフォーてのは、あれは面だからね」という言葉はどういう相手に、どういうシチュエーションで言ったものか。意味を誤解している新卒社員と誤解している新卒社員を放置している「トップセールス」「営業所長」

反証22 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_4.html
《30》(株)一条工務店の工場の2段式移動棚は「いなかもん好み」で効率悪い。
「コストダウン」と称して経済性悪化を招く「工場部門責任者」。
嘘の多い「最先端のプレカット工場」、路上駐車トラック・溝なしタイヤフォークリフトで「ISO9001」取得!

反証23 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_5.html
《31》住宅金融公庫のオーバーローンを推奨する会社。 「どのような家を建てるのか決定してから申し込んでください」という住宅金融公庫の「趣旨」を踏みにじる会社。
《32》廃棄物は「川に捨ててきます」という会社。

「一条工務店の家は完璧にすばらしい」だのは嘘だが、ダンピング浜松・掛川・名古屋では「同業他社より全体的に相当いい」状況だった。〔今回〕


☆ 佐野展示場の新人類1
[第664回]自分に該当するものがなければ営業所ごとの報告を止める男はどうしたものか-やったことないことは【4】https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_9.html
[第665回]平日の来客を粗末にする営業・他の従業員に労働契約外の業務をさせる男、「聖教新聞」の押売り!https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_10.html
[第686回]職場でアダルトビデオを見る男と、DVDプレーヤー付パソコンをアダルトビデオで試す男。職場の新人類現象https://shinkahousinght.at.webry.info/201903/article_6.html
[第417回]トヨタの車に乗らない理由―「朝来て『おはよう』と言うと同時におっぱいもみもみい」のネッツトヨタ栃木https://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_2.html
[第214回]職場で他の従業員からカネを騙し取るのは「営業力」だろうか?【上】新聞代、人が買った切手、飲み会代金https://shinkahousinght.at.webry.info/201312/article_2.html 【1】
[第547回]深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由の侵害【3】忘年会の金を払わない男、人に立替させようとする姑息男https://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_3.html (イ) 

☆ (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か
【1/3】浜松独善主義の会社、宅建業法違反を要求する店長次長、軽犯罪法違反を従業員にさせて自分はやらない店長他https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_9.html
【2/3】「契約前は何でもできますと言って、契約後は適当に建ててしまえ」というのは営業上何かプラスになるのか?https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_10.html
【3/3】 (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間かー真面目に対応せず人を誹謗中傷https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_11.html

☆ コーヒー出すにはどういうお盆
【1/2】《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_5.html
【2/2】東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_6.html 
日本の家 (2) 中部
日本の家 (2) 中部
↑ 藤井恵介 監修・和田久士 写真『日本の家2 中部』(2004.5.28.講談社)
↑ 表紙写真は、静岡県掛川市原里の加茂家か・・
※ 加茂荘花鳥園HP http://kamoltd.co.jp/
掛川市HP 加茂荘花鳥園http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/kankou/spot/taiken/kamoso-katyoen.html
ウィキペディア―加茂花菖蒲園https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E8%8C%82%E8%8A%B1%E8%8F%96%E8%92%B2%E5%9C%92

鮎のうた〈上〉 (1979年)
鮎のうた〈上〉 (1979年)
鮎のうた〈下〉 (1980年)
鮎のうた〈下〉 (1980年)

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