(株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴

[第688回]
  「浜松とはどういう所か?」ときかれたら、「大阪城よりは小さいけれども浜松城がある♪ 琵琶湖よりも小さいけれども浜名湖がある♪ 鳥取砂丘よりも小さいけれども中田島砂丘がある(^^♪」と答える、と教えてくれたのは誰かというと、(株)一条工務店の本社があった浜松市倉松町からJR東海道本線「天竜川」駅の南側の総合住宅展示場まで乗ったタクシーの運転手だった。砂浜はアカウミガメの産卵地としても知られていたはずだ。というのが浜松から遠い地域の人間の印象だが他にも産物はある。スイカなんかもけっこう栽培しているようだし、「夜のお菓子 うなぎパイ」なんてのも有名。なんで、「夜のお菓子」なのか? なんか精力ついてやる気まんまんになりそう・・てお菓子てことか? 地図を見ると養鰻場という鰻の養殖場とともにスッポンの養殖場も浜名湖の東のあたりにあるようだが、あっても私のような貧乏人には何の関係もない。(株)一条工務店の初代社長とその息子なら従業員の給料へつったカネで食いに行くかもしれんが、私らには縁のないことだ。縁がないと思っているからかもしれないが、鰻屋は浜松であちらこちらに見かけましたが、スッポン料理の店なんてのは見たことはない。美食倶楽部 海原雄山とか東西新聞 大原社主とか大金持ちの京極さんとかそういう人が歩くと見えるのかもしれませんが、私の眼にはスッポン料理の店というのは見当たらなかった。
  私は、浜松は嫌いではなかったし、今も浜松は嫌いではない。遠州人も遠州人一般は別に嫌いではない。あんまり好きではない点もないことはないが、それはどういう所かというと、「浜松は本田・ヤマハ・カワイ、それになんちゃらエレクトロニクスがある大都市である」とかなんとかそういうしょーもないこと言って都会ぶりたがる人というのがけっこういる! という点はあんまり好きではない。又、「浜松は政令都市に指定される都会である」とか言いたがる人もけっこう多い。そういうのを聞くと、「イナカくせ!」て感じがする。 だいたい、「政令都市」なんて言っても、私が小学校の低学年の頃、つい昨日のことのような気がするが1960年代後半においては「政令都市」というと「六大都市」と言って、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸の6市で、そのうち、小倉・八幡・戸畑・若松・門司が合併して北九州市になって加わり、「七大都市」になったが、そのくらいの時は「政令都市」も大都市を象徴するものだったが、今や、「政令都市」といっても20もあるわけで、日本の人口はここしばらく横ばいで増えていないのに「政令都市」だけ「六大都市」の時期の3倍以上にも増えているのであり、何と言うのか、「幕内の枚数を増やしたことで十両も幕内になったみたいな政令都市」みたいな感じがする・・・・と言うと遠州人は怒るのだが、怒ったって実際そうじゃねえかよお、と思うのだがそのあたりが「イナカくせ!」て感じがして、そのあたりについては好きではない。福島県いわき市は「東北地方では仙台に次ぐ大都市」「福島県では一番の大都市」「東北地方では政令都市の仙台を別にすれば、郡山・秋田といわき市との3市が中核市に指定される大都市」・・・なんて言うような いわき市民はあんまりない。間違いではないのだ。人口で見ると、東北地方ではいわき市は仙台の次に多いし、福島県ではいわき市が一番人口は多いし、東北地方で中核市に指定されているのは、いわき・郡山・秋田の3市のみである。しかし、いわき市の市民に「いわき市は東北地方では仙台に次ぐ大都市なんでしょ」なんて言うと、「おめえ、バカか。いわきのどこが大都市なんだ。どっからそんな発想出てくるんだ、おめえ」と言われる。いわき市民には、浜松みたいに必死こいて「大都市」だ「大都会」だと言い張ろうなんて気持ちはない。そのあたりは、「実際は都会じゃないのに必死こいて都会ぶりたがる浜松」とは違うのだ。そのあたりは、いわきは浜松よりはるかに文化的水準は高く、いわきと浜松なら間違いなく浜松の方がイナカである。この場合の「イナカ」という意味だが、福沢諭吉は「イナカモノという言葉には2通りの意味がある。田舎の生れとか田舎の住民とか田舎出身とかいう意味でのイナカモノというのは別に悪いことはない。しかし、精神面がイナカモノというのは、これは良くない」と語ったというのだが、いわきの住人というのは田舎の住人という意味ではイナカモノだけれども、精神面はイナカモノではないわけだ。それに対して、浜松および遠州地方の人間には「実際は都会じゃないのに都会ぶりたがる『精神面がイナカモノ』」がいわき市の住人よりもはるかに多い。
  何かと都会ぶりたがる、「政令都市」だの「なんちゃらエレクトロニクスがある」だのと言って東京や大阪などと並ぶ大都市(笑)みたいに言いたがるというあたりは、浜松てのは「イナカくせえ!!!」て感じがする・・・というと遠州人は怒るのだが、怒ったって実際そうじゃねえかよお!!!  だいたい、「政令都市」が20あっても、「政令都市」のくまもん熊本の住人は熊本が政令都市に指定されたからといって、「熊本は大都市だ」とか「熊本は大都会だ」とかなんて言わないのに対し、浜松は言いたがるのだ。そのあたりが、「イナカくせ!」て感じ、「(精神面が)イナカモン!」て感じがする。そのあたりは好きではない。しかし、そういうところはあんまり好きではないが、全般としては私は浜松も遠州地方も嫌いではないし、「遠州人一般」も嫌いではない。うなぎパイも好きだし♪
  これも言うと遠州人は怒るのだが、せっかく、宇都宮が「餃子の街」として売り出したのに、すでに「うなぎの浜松」という「売り」がある浜松が、宇都宮が考え出した「餃子の街」というのを横取りして「餃子の街 浜松」とか言い出した、というのも好きではない。よそが考え出した案を横取りするのではなく、もうちょっと自分とこで何か考えろよお! て感じがして好きではない・・が、うかつに口に出していうと遠州人は怒るので、うるさいから言わないようにしているが、なんで怒るのかようわからん。よそが考え出した案を横取りしているのは事実だろうが! と言いたい。まあ、「餃子の街 日本一」をかけて、せっせと餃子を食いまくった浜松市民の努力は評価すべきなのかもしれんし、鰻なんてのはごちそうだし、たまに食べるとおいしいけれども、朝昼晩と食べてもおいしいものでもないのに対し、餃子はしょっちゅう食べてもおいしい、という点はあるが、ともかく、宇都宮の方が「餃子の街」として売り出したのは先なのに、後からよそがやりだしたものを横取りするみたいにやるのはなんかなあ~あ・・それも、糞ドイナカならまだしも東京と名古屋の間にある新幹線停車駅のある街がなあ~あ・・・とか思ったりするが、それを言うと怒り出す人間がけっこういる、というあたりはあまり好きではない・・けれども、だからといって、浜松も遠州人全般も全体としては別に嫌いということはない・・・が、「(株)一条工務店の遠州人」というのは好きになれん。なぜ、「好きになれん」かというと、それは彼らが嫌われるようなことを信念もってやり続けるからである。
  静岡大学も工学部は浜松にある。かつて、国立大学に一期校・二期校というのがあった時代、静岡大学は二期校に属していて、京大・阪大の工学部を1浪して受けても落ちてしまったという人が静岡大学の工学部に行くことがよくあった。しかし、京大・阪大の工学部あたりに進学するつもりできた人間が浜松の静岡大学工学部に行くと、最初は「浪人もしたことだし、しかたないかなあ」と思って行っても、1ヶ月経ち、2ヶ月経ちするうちに、だ~れがこんな大学、行くもんか! という気持ちになって、1人消え、2人消えて、半年も経つと半分以上の人間がいなくなっている・・という話を実際に阪大の工学部を落ちて二期校の静岡大学に行き、結局、受け直して3浪で阪大の歯学部に行ったという人から聞いたことがある。1979年の入試から共通一次試験実施とともに一期校・二期校の制度がなくなった時、静岡大学は二次試験に「論文」だか「小論文」だかを実施したが、おそらく、それは作文の能力を見るためのものではなく、静岡大学に行きたい人なのかどうか静岡大学に入学して卒業まで行く気持ちのある人かどうかを見たかったのではないかと思う。京大や阪大に行くつもりできた人間が京大や阪大に浪人しても落ちたとはいえ、浜松に行って1ヶ月経ち2ヶ月経ちすると、なんで、俺、こんな所にいなきゃならんのだろうか・・・なんて思いだすようだが、大学としては学力はある人でも自分の所で最後までやっていく気持ちのない人ではなく、卒業まで自分の所にいる人に来てほしいということがあるのだろう。京大とかだと、入学後に医学部に行くんだとか言い出してやめるやつが1人2人いても、それは多数派にはならないので、やめたいやつはやめればいいだろてところだろうけれども、二期校の時代の静岡大学工学部はやめていく人間の数が半端じゃなかったらしく、大学としてはそれでは困ったようだ・・・・が、この話をすると、遠州人は怒るのだ。なんで、怒るのかよくわからない。実際問題として、京大なり阪大なり、あるいは東大なりに行こうとしていた人間がその大学に落ちたというのは、それは落ちたのは落ちた人間が悪いのだとしても、それでも、浜松で暮らし出すと、なんで、俺はこんな所にいなきゃならんのだ・・・と思いだすようで、浜松工業大学なんかに行ってられるかあ! と思いだすというのはその気持ちはわかる。横浜市港北区日吉にあった日吉台学生ハイツで私と同じ階に住んでいた天王寺高校卒で慶應の商学部に2浪で入ったという男が、「慶應みたいなもん、誰が行くかあ!」と思って結局3浪で東大に行ったようだが、私も同様の気持ちだった。私は受け直させてもらえなかったので、「慶應みたいなもん、誰が行くかあ!」と思う大学、強姦魔の大学に無理矢理行かされてしまったが、私だって、受け直して東大に行きたかった。だから、「だ~れが浜松工業大学なんか行くもんかあ!」という気持ちは、実際にどうするかはさておき、気持ちはわかるのだが、ところが、そう言うと遠州人は怒るのだ。なんで、怒るのかわからんのだが、郷土の誇りである静岡大学工学部をけなされたように思うらしい。 私は地方国立大学が悪いとは言わんが、しかし、京大や阪大、あるいは東大に行こうとした人間が浜松の静岡大学工学部に行ってしまうと、特にそれが東京か大阪か京都かにあるならまだしも、浜松なんて所にあると、なんで、俺はこんな所にいるのだろう・・・、俺は小学校の1年から努力してきたのに、なんで浜松なんかにいるのだろう・・・とか思いだすはずである。だから、どうするべきかはいちがいに言えないが、その気持ちはわかるのだが、遠州人はわからないらしいのだ。又、「なんで浜松なんかに俺はいるのだろう」とか思う者がいると、「『浜松なんか』とはなんだあ!」とか思うらしいのだが、他のことで浜松に行くなら浜松はいい所かもしれないが、京大とか阪大とか東大とかに行こうとした人間が浪人しても落ちてしまって、それで静岡大学工学部に行って浜松に住むようになったという場合は、「なんで、こんな所にいるんだ」という気持ちになるし、それは浜松をけなしているのとは意味は違うのだが、ところが、遠州人はそれを理解しないようである。
  「浜松工業大学」と言うと、遠州人は怒るのだ。しかし、静岡大学は静岡にある学部と浜松にある工学部が分かれており、早稲田大学も法学部・政治経済学部・商学部がある早稲田地区の本部とそのはす向かいの戸山キャンパスの文学部から新大久保の理工学部は少々離れていて、早稲田大学の理工学部のことを「新大久保工業大学」とか言ったりしているのだが(JR山手線「新大久保」が最寄駅なので)、「新大久保工業大学」と言っても早稲田大学の人間は怒らないし、自分達でも言っているのだが、同じような調子で静岡大学工学部のことを「浜松工業大学」と親しみをこめて言うと遠州人は怒るのだ。なんで、怒るんだろうなあと思うし、怒るのならもっというたろか(^^♪・・とか思ったりもするのだが、怒ることないと思うのだが、なぜか、怒るのだよ。
  「静岡県では、県庁所在地の静岡よりも浜松の方が人口は多い」らしい。それは、福島県でも県庁所在地の福島市よりも郡山市やいわき市の方が人口は多いしそういう都道府県はある。それで、だ。遠州人は言うのだ。「政治都市の静岡よりも、商工業都市の浜松の方が栄えるのだ」と。私は浜松駅では何度も下車したが、静岡駅では一度降りてみたいと思いながら下車したことがないのだが、遠州人が言うには、駅の周囲にしても、静岡駅の周囲よりも浜松駅の周囲の方が栄えているそうだ、遠州人が言うには。 そういうことはあるかもしれない。しかし、だ。悪いとは言わんけれども、その点について、 「アメリカ(合衆国)でも政治都市のワシントンよりもニューヨークの方が大都市になってるようなもので、静岡県でも政治都市の静岡よりも商工業都市の浜松の方が栄えるんだ」・・・とこう言うのだ、遠州人は。 悪いとは言わんけれども・・・・・、しかし、ニューヨークと浜松を一緒にされても・・・・、悪いとは言わんが、・・・なんだかなあ・・・・・( 一一) ・・と思うのだが言うと怒るのだ、遠州人は。
  そのあたりは、あんまりいいとは思わんが、しかし、それでも、私は浜松も遠州地方も「遠州人一般」も別に嫌いではないのだ。むしろ、何度も浜松に足を運んだ人間として親しみを感じているくらいであり、「遠州人一般」「遠州人全般」と「(株)一条工務店の遠州人」は同じではない。
  浜松城の石垣は「野面(のづら)積み」という積み方らしい。城の石垣の積み方なんてみんな同じかと昔は思っていたのだが、そうではないらしい。浜松に行くことがあったら浜松城の石垣を見ていただきたい。「野面(のづら)積み」だそうだ。
  浜松は気候も温暖で平和ないい街のようで、1986年8月、ピアノ講師殺人事件が発生している。犯人は、言わずと知れた(株)一条工務店の初代社長O澄のドバカ息子である。

  その「(株)一条工務店の遠州人」がどういう人間かについて、今回は述べる。
【A】  もうひとつ。「何かとタクシーに乗りたがる人間が多い」というのも、好きとか嫌いとか言うよりも、「なんだかなあ~あ」て気がする。1992年、(株)一条工務店の東京営業所に勤務していた時、浜松の本社の業務部の某さんが、東京都狛江市の信用金庫に行きたいので行き方を教えてほしいと、そんな信用金庫なんて行ったことない者に尋ねてきたことがあり、調べてFAXで行き方を記載して説明してあげたことがあったのだが、最寄駅は小田急線の各停しか停まらない駅で、そこからもかなりあったようだったので、「ゼンリン地図を見ると、バス停は近くにあるようですが、どこから出ているかはわかりません」と言うと、「東京駅からタクシーに乗ればいいですね」と言うので、「もし、タクシーに乗るのなら、狛江駅からとかにした方がいいと思います」と言ったのだが、「え? 東京駅からタクシーに乗った方がいいのと違いますか」と言うので・・・、まあ、遠州人の感覚というのはそういうものなのかと思った。その人は、その後、浜松の研修で会った際にも、律儀に礼を言ってくれたりしたし、真面目で誠実な人だと思っているのだが、東京駅から狛江までタクシーに乗ろうという発想というのは、あんまりいいとは思わん。漫画家の東條さち子さんのだんなはタクシーの運転手で、ネタ元はだんなであるらしい東條さち子さんの漫画によると、そういう遠距離の客のことを、タクシードライバーの間では「おばけ」と言うらしい。
  さらに、遠州地域のある営業所長が東京都江東区木場にある東京事務所への行き方を教えてほしいと電話してきたので、新幹線で東京駅に降りると、北側・進行方向の側に進んで、東京メトロ東西線の大手町駅から東西線に乗って木場駅で降りると駅の前です、と説明してあげたところ、「東京駅から大手町駅まではタクシーに乗ればいいらあ♪」と言うので、「東京駅と大手町駅は名前は違いますが、同じような場所ですから、タクシーに乗ることありません」と説明してあげたのだが、「なんでらあ? タクシーに乗るのが一番いいらあ」と言うので、そんなにタクシーに乗りたければ、まあ、「乗りたきゃ乗れば」と思った・・・ということがあった。なんだか、遠州人というのは、タクシーが大好きなみたいだ・・・と言うと怒る遠州人がいるのだけれども、しかし、な~あ。東京駅から狛江までタクシーに乗りたがる人、東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがる人、そういう人に、タクシーに乗ることないですよと教えてあげようと思っても、言うこときかんのだ、遠州人は。往生しまっせ、ほんと。で、東京駅から大手町駅まではタクシーに乗りたがるくせして、新幹線の東京駅から京葉線の東京駅までは平気で歩くんだわ。東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがる人に、それをやめさせようとしても疲れるだけ。言ってもきかないので、好きなようにさせてあげるしかないのです。そういう人が(株)一条工務店では営業所長とかになっていたのです。そういう人が「浜松でいいものは東京でも大阪でもいいに決まってるんだ。そんな常識もわからんのかあ!」とか大威張りで叫んでいたのです、(株)一条工務店では。東京駅から大手町駅までタクシーに乗るのが常識だとか思ってるような人が、その「常識」を全国に押し広げようとしていたのです。疲れますでえ~え、ほんと、そういうのとつきあうのは・・・。「タクシーに乗りたくて乗りたくてたまんない症候群」の人が遠州人には多いんですよ、ほんと。これ、言うと遠州人は怒るのですが、怒ったって実際そうじゃねえかよお!!!  東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがる人に、それをやめさせようとすると疲れるんです、ほんと。だから、もう、好きなようにしてちょうだい! て感じ。ちなみに「遠州人」〔(株)一条工務店の遠州人〕は東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがるのだが、JR「浜松」駅から遠州鉄道「新浜松」駅まではタクシーに乗らないようだ。東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがる「遠州人」は言ってあげてもきかないし、逆らうとうるさいし、むしろ、おもしろいからそのまま乗せてやった方がいいのかもしれない。
  1993年、東京営業所長とともに松戸営業所長も兼任していた営業本部長(その頃の役職は「次長」)の天野隆夫が「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ。新宿ていったら平井の北の方だらあ。ぼく、東京はよく知ってるんだから」とか展示場の事務所でしばしば口にしており、「笑っちゃいかん、笑っちゃいかん」と思いつつ、「王様の耳はロバの耳♪」とか言いたくなって、「言っちゃいかん言っちゃいかん」と思いつつ、それを今ここで言っているのだが、「この程度の人がこの会社では東京営業所長なんだなあ」とあきれたことがあったが、1990年代前半の(株)一条工務店というのはそういう会社だった。今も本質は変わってないと思うよ。「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ。新宿ていったら平井の北の方だらあ。ぼく、東京はよく知ってるんだから」と何度も何度も言う人には、それは違いますよと教えてあげる方が親切というものだろうけれども、言うと怒るだろうから怒られてまで教えることないし、営業本部長に恥をかかすのもどうか・・と思って黙ってると、またもや「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ。新宿ていったら平井の北の方だらあ。ぼく、東京はよく知ってるんだから」と何人もがいる所で言い出すので、誰か教えてあげろよお・・と思うが、誰もがそう思っているのか誰も教えないと、またもや、「渋谷ていったら、小岩の東の方だらあ。新宿ていったら平井の北の方だらあ」と言い出すので、営業本部長の顔をつぶさないように・・と「思いやりの心」で黙っていたが、教えると怒るだろうけれども、黙ってるとますます↑の発言を口にするのだったが・・・、まあ、ともかくそういう会社だった。実際には、すべての遠州人が東京駅から大手町駅までタクシーに乗るわけではないかもしれないし、すべての遠州人が「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ。新宿ていったら平井の北の方だらあ。ぼく、東京はよく知ってるんだから」と言うわけではないかもしれないが、「(株)一条工務店の遠州人」については少なくとも過半数の「(株)一条工務店の遠州人」はそういう人たちだった。
  その頃の(株)一条工務店の建物というのは「遠州好み」でできていた。その場合の「遠州好み」とは「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「遠州地方の住人の好み」という意味である。東京駅から大手町駅までタクシーに乗る人達というのは、日本国中、「遠州好み」が通じると心の底から信じ切っていた。そういう人に、「『空の一部分の広さは浜松の広さと同じだ』というのなら正しいが、『空の広さは浜松の広さと同じだ』と言うのならそれは間違っている」と言うと激怒するので、わからせてあげようと思っても、わからせようがなかった。1993年5月、名古屋南営業所の「所長」にならせてもらっていた近藤路夫(男。当時、40代後半か50くらい?)から「浜松でいいものは東京でも大阪でもいいに決まってるんだ。八寸角の大黒柱は東京でも大阪でもいいに決まってるんだ。二間続きの和室は20坪の敷地の家でも30坪の延床面積の家でも絶対に必要なんだ。こんな常識もわからんのかあ!」と怒鳴りつけられたのだが、わかってたまるか! この近藤路夫の発言を東京圏在住の親戚・友人・知人何人かに話してみたが、「その人、酔っ払いか何かなのお?」「その人、頭、おかしいんじゃないのお?」と全員から言われたが、遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕にとってはこの近藤路夫の発言内容のような認識こそ「常識」であったのだ。保坂正康『大学医学部』『続大学医学部』『医界、腐食の構図』(日本評論社)のどれかに、大学医学部においては教授の権力は絶対で教授が「雪は黒い」と言えば、「はい、雪は黒うございます」と言わないと医者の世界で生きていけない・・という話が掲載されていたが、(株)一条工務店という会社においては、「空の広さは浜松の広さと同じだ」とか「太陽、月、星といったすべての天体は浜松を中心として回転している」と遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕が言うと、「はい、空の広さは浜松の広さと同じです」「はい。太陽、月、星などの天体はすべて浜松を中心として回転しております」と言わないと迫害される、そんな感じの会社だった。だから、私は遠州人には「『空の広さの一部分は浜松の広さと同じだ』と言うなら正しいが、『空の広さは浜松の広さと同じだ』と言うならそれは間違っている」とかいったことは言わないように心がけてきたのだが、ところが、何分、正直な性格なもので、言ってはいかん言ってはいかん・・・と思いつつ、何かの折に、つい、「それでも、地球はまわっている」・・と口をすべらせてしまうことがあったようで、そのあたりが(株)一条工務店の経営者はおもしろくなかったようだ。

  (株)一条工務店の本社があった浜松市倉松町のあたりは自家用車だと国道1号のバイパスがすぐ前を通る便利のいい所だったが、バスの便もない所で、遠方から新幹線で行くとタクシーに乗るしか行きようがなかった。最初は浜松駅からタクシーに乗っていたのだが、そのうち、東海道本線の浜松駅のひとつ西側の高塚駅まで1駅、東海道本線の電車に乗って、高塚駅からタクシーに乗った方がタクシー代が安いので高塚駅からタクシーに乗るようにしてくださいと言うようになったが、多くの従業員は本社からの「通達」で高塚駅からタクシーに乗るようにしてくださいと言われても、「いいがな。そんなもの」と言ってめんどうがり、浜松駅からタクシーに乗っていたのですが、私はそういった「会社の指示」は守る方の人間でしたし、在来線に乗るのも在来線の各停しか停まらない駅というのもけっこう好きだったし、この機会に(株)一条工務店の発祥の地である浜松市の浜松駅の隣の駅の付近も知っておきたいとも思い、高塚駅まで乗って高塚駅からタクシーに乗ったが、その際、私は「何もない所」を歩くのも好きだったので高塚駅の周囲も歩いたりしたが、そのあたりの街並みなども私はけっこう好きで、機会があればまた行ってみたいと思っている。実際には、浜松駅は駅が大きいが高塚駅は駅が小さいので、研修などの際、誰もが浜松駅からタクシーに乗ってもタクシーは次から次へと来るが、高塚駅は駅が小さいので、タクシー乗り場はあるけれども、もしも、研修などの際、誰もが高塚駅からタクシーに乗ったなら、乗車できるタクシーがなくて乗れないという事態になった可能性もある。
  浜名湖は浜松と地名も似ていて浜松市に浜名湖があると思っている人がいたようだが、かつては浜名湖は浜松市より西にあって別だったが、平成の大合併で浜名湖の東岸は浜松市になってしまった。平成の大合併で秋葉神社のあたりまで浜松市になってしまったが、浜松に限らず、そこまでやる? てくらい広範囲の合併が全国で進められたが、それがいいのかどうかよくわからん。浜名湖の東岸から北岸も今は浜松市になったようだが、浜名湖というと新幹線の窓から見える「ほとんど海」の浜名湖を思い浮べる人が多いのではないかと思うが、北岸のあたりの浜名湖は新幹線から見える弁天島あたりの浜名湖とは「浜名湖は浜名湖でも浜名湖が違う」。弁天島あたりの浜名湖がいかんとは言わんが、北岸あたりの浜名湖はとてもきれい。一日中、湖を見ていてもあきないのではないかと思う。・・だから、「東京駅から大手町駅までタクシーに乗りたがってしかたがない人」というのは、別に全人格的に否定まではしないけれども、そういうところは好きではないが、浜名湖の北岸などの景観は好きだし、遠州地方についても遠州人一般についても私は別にきらいではない。
  浜松のうなぎ屋のうなぎはすき家とか吉野家とかのうなぎよりおいしいし(^^♪ もちろん、すき家のうなぎより高いけれども、高いだけのことは十分ある
 1998年、平成の大合併で浜松市になった浜松市の北西部に深奥山方広寺という臨済宗の寺があって、(株)一条工務店で「座禅研修」と称してボーズが勝手なことを言いまくる「研修」に強制的に参加させられたが、あれは明らかに「信教の自由の侵害」であり、けしからんことである。そういった宗教者としては自殺行為を平気でやっている深奥山方広寺というのは、深奥山方広寺は何十年か前に独立して臨済宗方広寺派の本山を名のるようになったらしいが、あんなのが本山とはチャンチャラおかしい!・・が、深奥山方広寺のあたりの景色もなかなかきれいである。

【B】 1992年に私が入社した時、応募に際して見た「ビーイング」には「研修制度が充実していますから、売れなくて困ることは絶対にありません」と書かれ、「売れて売れて困っています。あなたがいればもっと売れます」だとか「一条工務店の展示場の来場者は群を抜いています」とかなんとかかんとか勝手なことばっかり書いていたが、入社してみると「研修制度は充実」なんてちっともしていなかった。
  又、(株)一条工務店の展示場は他社と比べて営業の人数が多く、その結果として一人当たりにまわってくる有望見込客は少ないことになった。そのうち、1994年だったか、遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕は「売れない営業の十箇条」などというものをけっこうカネのかかってるような材質のものに印刷して各展示場に送りつけたが、そこに「名簿の数が少ない」というのがあり、ここで言う「名簿」とは展示場で接客できて営業一人当たりで持てる見込客のことで、(株)一条工務店は同業他社に比べて1展示場あたりの営業の数が多い労働集約型の経営をしていたことから、会社としての契約数は増えても営業担当者1人あたりの契約数はなかなか多くならないという特徴があったことを言っていたのだが、工事課の某さんはその「売れない営業の10箇条」というのを見て、「これって、『売れない営業の十箇条』と言うよりも『一条工務店の特徴 10箇条』て感じだよねえ」と言っていたのだが、そんな感じだった。実際、(株)一条工務店は同業他社に比べて1展示場あたりの営業の数が多いので、結果として、1営業あたりの有望見込客が少なくなることになったのであり、「(株)一条工務店は同業他社に比べて『名簿』(展示場で獲得できる有望見込客)の数が少ない」というのは事実であり、事実を事実として口にすると「売れない営業」だと罵られることになるのだった。
  「(株)一条工務店の場合、展示場による条件の違いが甚だしい」と言われていたが、会社というものは従業員に対して公平であるべきであり、私は、最初、(株)一条工務店では「展示場による条件の違いが大きい」のは、それは会社が新しく未熟であり、旧帝大系国立大学や早慶などの経済学部・商学部・経営学部など卒で大学で会社の運営について学んできた従業員がいないことなどが原因であり、公平になるように配慮できる人がいなかったからだろうと思ったのだが、そうではなく、(株)一条工務店の遠州人、(株)一条工務店の経営者は、むしろ、意図的に不公平にしていたようで、気に入らない人間は「売れにくい展示場」に配属するようにしていたようだ。
  私は、毎日毎日、毎年毎年、会社のために滅私奉公・破私奉公を続けてきたのに、なんで、こんなに条件の悪い展示場にばかり徹底して配属されるのか? と思ったが、古くからいる営業から「だいたい、おまえ、慶應でて一条に入ったということ自体、気に入らないと思われてるのじゃないか」と言われたが、そういうことはあったかもしれない。というよりも、2001年、総務部長の天野雅弘からはっきりと言われたのだ。「『だいたい、おまえが慶應でてるというのが、それが何より、気に食わんのじゃ。俺らは高卒じゃい。慶應みたいなもん、絶対に行けんのじゃ。この野郎!』・・とそう思うのが常識だ」と。それって「常識」かあ? ヒラの従業員でいろいろなことを思う人間がいても不思議はないが、総務部長がそんなこと思うのが「常識」かあ? 松下幸之助は自分自身は小学校しか出ていない人間であっても、パナソニックでは「一流大学」卒の人間を採用して松下幸之助はそれを使った・・というお話は有名だが、私はそれを聞いた時には、そんなことは当たり前と違うのか、会社を良くしようと思ったら、自分がどういう学歴であるかにかかわらず「一流大学」卒の人間を使っていかないといけないというのは当たり前と違うのか・・と思ったが、松下幸之助にとっては当たり前でも、(株)一条工務店の高卒の経営者にとっては当たり前ではなく、むしろ、「だいたい、おまえが慶應でてるというのが、それが何より、気に食わんのじゃ。俺らは高卒じゃい。慶應みたいなもん、絶対に行けんのじゃ。この野郎!」が「遠州人」の「常識」だったのかもしれない。
   又、わずかでも同業他社に在籍したことがある人間というのは、たとえ、同業他社にいたことがある人間であっても今は(株)一条工務店の従業員であって他社の従業員ではないはずなのだが、古くから(株)一条工務店にいる人にはそう考えることができない人がいるようだった。 三重県の方から松戸展示場に転勤してきた人から聞いた話だが、三重県の営業所に元警察官で転職してきた人がいたそうで、「この野郎! 思い知れえ!」とみんなで苛めまくった(^^♪ ・・・ということがあったらしいが、それに似たものではないかと思われるが、(株)一条工務店という会社は「同業他社に在籍したことがある人間」に敵意を持っている会社だった。
   私は、最初、≪同業他社に比べて1展示場あたりの営業の数が多い労働集約型の経営をしていたことから、会社としての契約数は増えても営業担当者1人あたりの契約数はなかなか多くならないし、1展示場あたりの営業の数が少ない会社と多い会社では条件が異なるのであり、条件が異なる会社と比較してもしかたがない。比較するのなら、そのあたりを補正して考えないといけない。≫といったことは、これは慶應義塾の商学部の出身者として言わないといけないことだし、それが会社のためであるし、それを言えないのでは慶應義塾の商学部の出身者としての意味がないことになってしまうと考えたのだが、ところが(株)一条工務店の経営者、「(株)一条工務店の遠州人」はそういうことを把握できて指摘できる人間というのはおもしろくないらしい。逆に、実際には展示場による違いが大き過ぎるというのは事実であるとわかっていながら、「そんなもの、展示場によって条件が違うなんて言ってるから売れないんだ」とかおのれのことを棚に上げて言って経営者に媚を売る人間が、(株)一条工務店の経営者・遠州人は好きだったようだ。
  そういう所で「そんなことを言うのは売れない営業だ」とか言って経営者側に立ち仲間を裏切る言動をとると、条件の良い営業所に配属されて「売れる営業」にしてもらえることになり、これはおかしいと思って発言すると条件の悪い営業所に配属されるという傾向があるようだった。1993年に愛知県の八事営業所にいて営業成績があがっていなくて千葉県の松戸展示場に転勤してきた松下などはまさに典型的なそのイヌ人間だった。だから、前年の営業成績は好ましくなく、松戸に転勤して来ると、転勤後、8カ月間、契約ゼロが続いたので、降格になりやがれえ!と思ったところ、千葉県習志野市の展示場に、それまで「主任」だったのが降格にではなく、「副所長」に昇進して移動していった。そんな会社だった。
  私は経営者にとって耳に痛いことを言う方であったというわけでもなく、むしろ、途中から「雨ニモ負ケズ風ニモ負けず」「堪え難きをたえ忍び難きを忍び」「臥薪嘗胆」「韓信の股くぐり」「目立たず騒がず」「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」が(株)一条工務店という会社で生きていく道であると心得て生きてきたのだが、それでもけっこう正直だったので、裏切者を得意としてやるような者にとっては気に入らなかったかもしれない。だから、入社以来、条件の悪い展示場にばかり配属されてきた。条件の悪い展示場に配属されることがあっても、1回くらいなら、むしろ入社すぐの時期に条件のいい展示場に配属されて「そんなもの」みたいに思ってしまった人間にろくな人間いないし、営業の能力を身に着けるためなら多少条件が悪い方の展示場を経験した方がいいくらいかもしれないし、会社の内容を把握するためには条件のいい所しか知らないようではだめと思うが、しかし、移動するたびに、また、こんな場所に配属しやがったかと思うと、そして他方で条件のいい展示場にたいてい配属されている「長嶋みたいなヤツ!」がいるのを見ると、毎日、会社のために滅私奉公を続けてきたのに、なんで俺はこの会社からこんな扱いを受けなければならないのか!?! と思うようになった。
  2001年、その少し前に入社して和歌山県の御坊市の展示場に勤務したらしい伊香(男。当時、30代前半?  前職は住友林業(株)の営業と聞いた)が、栃木県に来て、栃木県の営業60人ほどを前にして、「住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の営業では、住友林業(株)の営業の給料は(株)一条工務店の営業の給料の倍ですが、契約棟数は住友林業(株)の営業は(株)一条工務店の営業の倍とっている。だから、一条工務店の営業も住友林業の営業と同じだけ契約とれば同じだけの給料がもらえるはずで、半分しか契約をとらない一条工務店の営業が悪い」とマイクに向かって発言した。ま~たまた、また股、イヌ人間を採用しやがったか!!! と思ったものだ。(株)一条工務店の経営者は軽佻浮薄なイヌ人間が大好きだ。 アホか!!! (株)一条工務店の展示場には住友林業(株)の展示場の倍以上の営業がいるのだ。一展示場あたり、もしくは、一定地域においてその会社で契約してもらえるお客様の数というのは、営業の数を倍にしたからといって倍になるわけではないのであり、営業の努力で増やせるものもあるとしてもそれには限度がある。農夫の数が1人から2人、3人と増えていけば、それまで耕していなかった土地も耕して作物を植えて収穫して2倍、3倍と収穫は増えていくとしても、さらに農夫の数が増えていけば、それまでよりも条件の悪い土地も耕すようになり総収穫量は増えても農夫1人あたりの収穫量は減っていくことになる。これを「収穫逓減の法則」と経済学では言う・・ということくらいは経済学部・商学部卒の者は知っているはずだが、まさにそれが(株)一条工務店だったのだ。しかも、(株)一条工務店では「一条工務店の土台を築いてきたと自称している人たち」というのがいて、こういう「人たち」は自分の収穫量を守るために、接客条件などに差をつけて自分たちが有望見込客を多く持てるように細工をするので、かつ、その細工の程度が半端ではないので、在籍年数が短い人間やあんまり好かれていないらしい人間はさらに条件は悪くなることになる。普通、営業所長とかになっている人間というのは、自分さえ売れればいいというものではなく、自分さえ売れればいいという者は営業所長とかにはなるべきではないはずなのだが、(株)一条工務店で所長とかになっている人というのは、「自分さえ売れればいい」というタイプの人が多かった。(株)一条工務店の営業は1展示場あたり、住友林業(株)の営業の倍以上いたのであり、私は住友林業(株)の店長のおっさんから(株)一条工務店は1展示場あたりの従業員の数が多いから、そのために総合住宅展示場の駐車場を(株)一条工務店の従業員のクルマが占拠して来客の駐車場所がなくなると言って苦情を言われたこともあるのだ。そういう文句は俺に言わずに浜松の経営者に言えよと思うのだが、遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕はそういう文句は各地域の人間に押しつけて知らんぷりだった。 伊香は、元「住友林業の営業」だったというのだから、こういうことは当然わかっているはずであり、わかっていて言っていたのである。伊香は「一条工務店の営業は住友林業の営業の半分しか売っていない。だから、一条工務店の営業は給料が低いので、売らない者が悪い。住友林業の営業が一条工務店の営業よりも給料が高いのは住友林業の営業が一条工務店の営業よりも優秀だから給料が高いんだ」と「元住友林業の営業」だという伊香は「一条工務店の営業」に向かってマイクで発言した。おまえ、喧嘩売ってんのか?!? ということになるが、そういう発言を伊香はした。(株)一条工務店の経営者、(株)一条工務店の遠州人はそういう発言をする人間が大好きだ。そういう発言をするような人間は条件がいい展示場に配属される傾向がある。その発言はおかしいではないかと、実際に口に出して発言するかしないかにかかわらず、私のようにそれはおかしいときっちりと認識できる人間は冷や飯くわされることになる。
  そういう会社で、「巨人みたいなヤツ」というのか「長嶋みたいなヤツ」というのかに、負けるもんかあと思って10年を超えて努力してきたのだが、1998年、栃木県の営業所に移動した時、栃木県地域の営業所長だった五十嵐(男。当時、50くらい?)が「巨人になれ」などと私に言ったことがあったので、「なんで、巨人なんてそんなもん、ならんとあきませんの!」と言ったのだが、たいがいのことは我慢してきたが、その発言だけは許せん! なんで巨人みたいなもんにならんといかんのじゃ! 我が家は先祖代々、アンチ巨人の家系であり、何が嫌いと言って巨人ほど嫌いなものはない! 「巨人になれ」とはその発言だけは許せん!
※《YouTube-阪神ファンによるくたばれ読売(東京音頭) 》https://www.youtube.com/watch?v=HEyGB5M-9K0
  いつの「研修」の時だったか講師役で来た人から聞いた話だが、愛知県のある営業所長が、自分が所長を担当している複数の展示場に従業員の配属を決める時、中日ファンと巨人ファンで分けたそうで、なぜそういう分け方をしたか尋ねたところ、「巨人ファンなんかと一緒に仕事できるかあ!」という答えだったと聞いたが、その気持ちはわかる(^^)/

  住宅建築業の会社においても、「営業」の仕事の範囲は会社によって異なる。(株)一条工務店の営業の仕事の範囲は同業他社に比べて相当広かった。個人大工で「ハウスメーカーは営業なんて余計なやつがいるからその分、高いんだ」などと言う人がいるがそれは違う。個人大工の場合、営業がいないのではなく、大工が営業もやっている、個人大工は「大工兼営業」なのであって営業がいないのではない。住宅建築業の会社で、設計・積算・工事管理・アフターサービスなどの係が充実している会社では営業は「売ること」に専念できるが(株)一条工務店はそういうった部署がないか、もしくはあっても充実していなかった。だから、営業は純粋な営業活動以外の仕事もしなければならなかった。だから、良くないということではない。そもそも、営業だけしかやらない人間に営業できるのか? という点もある。設計の能力も工事管理の能力もある程度以上あってこそ営業もできるものと違うのか? アフターサービスにしても、営業やった人間だからわかるものでも、いきなり、初めての家に行ってアフターサービスやるのは大変であるし、アフターサービスで入居者の家に行くからそこで学ぶものもあるのであり、分業しすぎがいいとも思えない。ともかく、(株)一条工務店の営業の守備範囲は住友林業(株)の営業の守備範囲よりはるかに広かったのであり、広い範囲の仕事をしている人間が狭い範囲の仕事しかしない人間より契約棟数が少なくなったとしても当たり前である。伊香は元住友林業(株)の営業だそうで、元住友林業(株)の営業が(株)一条工務店の営業に転職したなら、こういうことは当然わかっているはずであり、わかっていて、「住友林業(株)の営業と(株)一条工務店の営業では、住友林業(株)の営業の給料は(株)一条工務店の営業の給料の倍ですが、契約棟数は住友林業(株)の営業は(株)一条工務店の営業の倍とっている。だから、一条工務店の営業も住友林業の営業と同じだけ契約とれば同じだけの給料がもらえるはずで、半分しか契約をとらない一条工務店の営業が悪い。住友林業の営業の方が一条工務店の営業よりも給料が高いのは住友林業の営業が優秀で一条工務店の営業が劣っているからだ」などと「元住友林業の営業」が「一条工務店の営業」に向かってマイク持って言うというのは、おまえ、それは「一条工務店の営業」に喧嘩売ってるのか! おまえ、そんなに住友林業がいいなら住友林業におればいいだろうが! ということにもなるが、(株)一条工務店の遠州人というのはそういう男にそういう発言をさせたがる連中だったのだ。ストウ夫人『アンクルトムズケビン(トムじいやの小屋)』という小説に登場するアンクル=トム(トムじいや)という黒人奴隷は、かつては「右の頬をぶたれても左の頬をぶち返すのではなく、左の頬を差し出すようなヒューマニスト」のように理解されていたが、最近ではそうではなく、アメリカ合衆国の黒人の間では、「有色人種のくせに、白人におべっかをつかって、自分だけ白人から優遇してもらおうとする最低の裏切者」のことを言う、と本多勝一『アメリカ合州国』(朝日文庫)には出ているが、伊香はアンクル=トムであり、(株)一条工務店にはほかにもアンクル=トムが何人かおり、この会社の経営者はアンクル=トムが大好きだ。
  私は「住友林業の営業」が伊香が言うような「優秀」だなどとは少しも思っていない。むしろ、私は最終学校を卒業するまで、「三井」「三菱」「住友」「安田」といった名称が会社名の一部分に入っている会社の営業というものは、別に正義の味方とかそんなものではないけれども、「同業他社への露骨な誹謗中傷」や「すぐばれる嘘」「明らかな嘘」は言わないものだろうと思っていたのだが、ところが、自分が住宅建築業の会社に勤めてみると、特に「一条工務店の営業」の仕事を経験してみると、「住友林業の営業」というのはちっともそんなことない! むしろ、逆に「住友林業の営業」というのは程度低いなあ! とあきれることが何度もあった。私は東京・松戸から福島県いわき市、栃木県佐野市と移ったが、「住友林業の人からこう言われた」として同じ嘘をすべての場所で聞いた、ということは、どう考えても単に1人や2人の営業がやっていることではなく「会社としてやらせていること」と考えるしかないのである。「住友林業の営業」は「よく言うよなあ」とあきれることを平気で言いまくっている。又、そういういいかげんな話を「住友は絶対に嘘つかないから」などとバカ言ってんじゃないわ!♪! てことを言って信じるアホなおっさんというのも、けっこういるのであり、そういう「アホなおっさん」が住友林業の嘘つき営業をますます劣悪化させている。「住友林業の営業が一条工務店の営業より給料が高いのは一条工務店の営業よりも住友林業の営業が優秀だからなんです」などと、(株)一条工務店で雇ってもらって、「一条工務店の営業」を何十人と前にしてよくマイクで言うもんだと思ったが、「一条工務店の経営者」「一条工務店の遠州人」はアンクル=トムが好きらしい。

  続く・・・
   (2019.4.3.)

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