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zoom RSS 1990年代(株)一条の浜松・掛川・名古屋でのダンピング。浜松通ればマーケティング引っ込む

<<   作成日時 : 2019/02/05 20:27   >>

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[第672回] 会社と営業の話(161)−2 「相場」より高い金額でひとに契約させようとして、おのれは掟破りの大幅な値引きをする男【2/4】
   1993年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の名古屋南営業所の所長だという近藤路夫というおっさんが「浜松でいいものは日本全国どこだっていいに決まってるんだ。東京でも大阪でも、20坪の敷地でも30坪の延床面積の家でも二間続きの和室は絶対に必要なんだ。八寸角の大黒柱は絶対にいいに決まってるんだ。こんなこともわからんのかあ」と絶叫したことがあり、こんな程度の低い人をこの会社は営業所長にならせてるんだ、とびっくりしたことがありました。もはや、マーケティング的発想なんてどこにもないのです。「浜松通れば道理ひっこむ」・・・というよりも、「浜松通ればマーケティング引っ込む」です。「そこのけ、そこのけ、浜松通る」みたいなもので、マーケティングの「マ」の存在さえも許さないという態度です。ちなみに、「マーケティング」は、アクセントは頭にあり、ケとテの間に小さいツは入りません。 「マーケティング」であって、「マーケッティング」ではありません・・・が、私が勤めてきたような三流以下企業の「えらい人」というのは、たいてい、「マーケッティング」と言います。「マーケティング」と言うと怒られます。「その程度の会社」に私は勤めてきました。疲れます。「マーケッティング」と言う人とつきあうのは。そういう人はたいてい「バブル経済」のことを「バルブ経済」と言いますしね。1993年、東京営業所長を兼任していた営業本部長の天野隆夫は「新宿といったら、小岩の東のあたりだらあ。渋谷いうたら、平井の近くだらあ。ぼく、東京はよく知ってるんだから」といったことをしばしば口にしていたので、笑っちゃいかん笑っちゃいかん・・と思いつつも、この程度の人がこの会社では東京営業所長なんだなあと思いました。もっとも、慶應大学の商学部の先生で、「東大・京大とか慶應・早稲田といった大学の卒業生ばかりの会社に勤めるよりも、慶應くらいの大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社に勤めた方が、活躍の場があっていい」と言われたことがあり、この程度の人しか東京営業所長になる人がいない会社なのだから、この会社にとっては私は貴重であるはずで、活躍の場もあるだろうし大事にもしてもらえるだろうと思ったのでしたが、その程度の人しかいない会社では、その程度の人の方が大事にされるようで、冷や飯ばっかり食わされてろくな扱いを受けませんでした。
   この程度の人が東京営業所長になっているから、だから、「浜松でいいものは東京でもどこでもいいに決まってるんだ。こんなこともわからんのかあ!」とか言うような人が営業所長になるんだなあとも思いました。 だいたい、遠州人というのは、浜松から東京都江東区木場の東京事務所に行くのに、新幹線で東京駅まで来ると、東京メトロ東西線で「木場」まで乗るのに、新幹線の東京駅から東京メトロ東西線の大手町駅までタクシーに乗りますからね。そういう人が会社を支配していたのです、(株)一条工務店という会社は。そういう人が。
  その頃の(株)一条工務店においては、マーケティング的発想なんてもとよりないのです。「浜松でいいものはどこでもいいに決まってるんだ」というのがその頃の(株)一条工務店だったのです。それでは売りにくいだろう・・・と思いますでしょ。売りにくいですよ、浜松と市場が違う所では。浜松と市場が似ている所では、浜松向けに作られた商品はけっこう人気があったのですが、市場が違う所では、「なに、これえ〜え」とか言われたのです。さらに、「浜松向けのセールストーク」を必ず言えと会社から厳命されるので、しかたなしに言うとどうなるかといいますと、「結婚式とかお葬式とか法事の時とか親戚中が一同に集まる時にはこういった二間続きの和室は役に立つのです」と言えと言われるので、なんか、それ言うの嫌だなあと思いつつも東京展示場で言いますと、「そんなの、今どき、結婚式を自宅でやる人なんてないよお。親戚中を法事で家に呼んだりなんてするわけないでしょお。やっぱり、お宅は浜松ねえ」と言われるのです。そうだよなあと思って、こう言われましたと言うと、近藤路夫などは「そういうことを言うからいかんのだあ!」と言って怒るのです・・・が、怒るのなら、そう言われた人間に怒るのではなく言った来場客に怒ってほしいと思うのです・・が、「一条工務店の土台を築いてきたと自称している人たち」というのは言われた人間に向かって怒るのが得意です。「ちょっと、頭、変じゃないのお、その人〜お」と言われるでしょう。(株)一条工務店は「お母さんとお嫁さんが一緒に調理のできるシステムキッチン」とかを「売り」にしていたのですが、「はあ。浜松では今でもそういう家なんですか。なるほど、『浜松の家』というのはそんなふうにできてるんですねえ〜え」とか、なんだか、縄文時代の竪穴住居遺跡でも見学した人が言うような文句を来場客から言われるのでした。だから、「浜松流はここには合わない」と思うようになるのです。しかし、その文句をうかつに言うと、遠州人は、「売れない営業のグチ十箇条 浜松流はここには合わない」などと書かれてけっこう高い質のものに印刷したものを配布されて、展示場の事務所に貼りだせと言って送りつけてきます。「浜松でいいものは東京でも大阪でもどこででもいいに決まってるんだ。こんな常識がわからんのかあ!」という人がそういうものを作って日本全国に送りつけてくるのです。まさに、「浜松通ればマーケティングひっこむ」です。
   そういう「浜松の家」というものを、非浜松で建てたいという人があった時ですが、浜松よりも高い値段で建てるべきものなのか、浜松よりも安い値段で建てるべきなのか、という問題が出てきます。その地域の実状にあってないものを建てるのですから、その分、安くしないと売れにくい売りにくいはずですから、その点から考えれば浜松より安くていいはずです。しかし、遠州人はそうは考えないのです。浜松よりも遠い所で建ててあげるのだから、その分、浜松よりも高くて当然だ、と考えるようなのです。それでは、非浜松地域は売れにくい売りにくいのは当然で、その条件のもとに、浜松・掛川・名古屋の営業(静岡県西部・愛知県の連中)は営業やって稼いだのです。卑怯な連中です。

   戸建住宅建築業の会社では、全国一律の金額にしている会社と、地域によって、あるいは都道府県によって価格を変えている会社があります。 小堀住研(株)は全国一律でしたが、(株)一条工務店は都道府県によって金額を変えていたのです。しかも、浜松・掛川・名古屋(静岡県西部・愛知県)のダンピングは半端jじゃありません!  1992年に私が(株)一条工務店に入社した時点で、「セゾン275S1」というもの、「セゾン」はフランス語で四季という意味、英語のシーズン、なんだか「西武のパチモン」みたいな名前ですが、「275」というのは1階の天井高が275cmというのが「売り」であったので「275」、「S」はスタンダードのつもりだったのではないでしょうか。「S]のあとの「1」はその最初のバージョンということでしょう。これが、東京都・神奈川県では↑に述べた「施工面積」で坪55万円で売らされていたのに対して、浜松・掛川(静岡県西部)ではなんと坪48万円と大幅なダンピング販売をしていたのです。しかも、東京都では束石(つかいし)はピンコロという小さい立方体であったのに対して、浜松・掛川では「マンホールの蓋みたいなでっかいの」を「標準仕様」で施工していた。その上、静岡県西部・愛知県のみテレビ広告をドカンドカンとやっていた。
   なぜ、東京都・神奈川県では坪55万円で売っているものを浜松・掛川では坪48万円と約1割5分引きと言う大幅なダンピングをするのかというと、「物価が違いますから」などと「遠州人」〔「(株)一条工務店の遠州人」です。遠州人一般がどうかはここでは関係ありません〕は言うのでしたが、たとえ、職人の手間が東京の方が浜松・掛川よりいくらか高かったとしても、いくらなんでも差がありすぎるのではないか。又、もし、都市部は高く「地方」では物価は安いものだと前提して、東京都・神奈川県で坪55万円、浜松・掛川で坪48万円というのが妥当だというのであれば、東京圏・関西圏に次ぐ都市圏である中京圏は東京圏と同等もしくはそれに準ずるくらいに物価は高いと考えて、東京都・神奈川県で坪55万円のものが浜松・掛川では坪48万円が妥当であるならば、名古屋では坪54万円か53万円くらいなのか・・・というと、なんと、名古屋では坪49万5千円だった。なんじゃ、こりぁ!  名古屋は「大きないなか」などと言われることがあるが、それは東京圏・関西圏に次ぐ都市圏、東京・横浜・大阪に次いで人口の多い大都市と思って見ると案外いなかっぽい体質がある街だという意味だが、だからといっていなかなのかというとそうではない。行ってみるとわかるが、「大きないなか」なんて思って行くと相当都会である。だから、都会は高い、イナカは安いという前提が正しいのであれば、名古屋が坪49万5千円でウルトラダンピング販売していたのは不当なのだ。いわば、浜松・掛川・名古屋で(株)一条工務店で家を建てた人は東京都・神奈川県で(株)一条工務店で家を建てた人が払ったカネで家を建てていたような面がある。浜松・掛川・名古屋の営業はどあつかましくもこのあたりについての自覚が欠落していた。浜松・掛川・名古屋の営業は自分たちがウルトラダンピング販売で売らせてもらっていたという自覚ないというのはおかしいはずで、それはもはや、ほとんどビョーキ! とでもいう状態だったが、彼らは「病識がない」という状態だった。 東京都・神奈川県で坪55万円のものが浜松・掛川で坪48万円というのが「物価が違う」というのが理由ならば、名古屋は坪54万円くらいで売って良さそうなものだが、それを坪49万5千円でダンピング販売していたというのはおかしい。又、東京都・神奈川県で坪55万円のものが浜松・掛川では坪48万円というのが妥当だとするならば、福島県浜通りでは浜松・掛川・名古屋と同じものを建てていたのだが(福島県でも中通りになると準寒冷地仕様として少し内容が変った)、東京都・神奈川県で坪55万円のものが浜松・掛川で坪48万円になるなら、福島県浜通り地区では坪40万円くらいになって良さそうなものだったが、ところが、福島県浜通り地区でも浜松・掛川と同じ坪48万円だったのだ。 どうも、「遠州人」というのは「浜松は、ホンダ・ヤマハ、それになんちゃらエレクトロニクスがある大都市で、政令都市である」とか片方で言いながら、同時に日本一のどいなかだから物価は日本一安いと主張したいらしい。まったくつくづく、この二刀流は勝手な連中である。イナカだと言いたいのか大都会だと言いたいのかどっちなんだよ! ・・と思うが、両方言いたいあたりが、イナカ根性なのかもしれない・・・が、それを言うと怒るから、うるさいから言わない方がいい・・・。〔そもそも、遠州人は「浜松は政令都市である」とか言いたがるのだが、私が子供の頃、1960年代後半くらいは、「政令都市」というと、東京・横浜・名古屋・京都・大阪・神戸の6つで六大都市と言っていたのだが、いまや、「政令都市」は20もあるわけで、まるで、幕内の枚数を増やして十両まで幕内にしたみたいな「政令都市」であり、そういうのを「浜松は政令都市だ」とか言いたがるというのは・・・・、なんかイナカくせえ〜え・・・て感じがする・・・と言うとまたもや遠州人は怒り出すから黙っておいた方がいいかもしれんが、実際、「政令都市」なんて言っても幕内の枚数を増やして十両まで幕内にしたような「政令都市」でしかないし、「浜松は都会である」とか言われると・・・、なんか、ますます、イナカくせえ〜え・・・て感じがしてくる・・・が言うと怒るからうるさいから、まあ、黙ってよ・・・と思いつつ、つい、「王様の耳はロバの耳」みたいに言いたくなってくるのだが・・・・〕ともかく、両方言うのはズルイと思うし、普通に考えて、東京都・神奈川県で坪55万円のものが浜松・掛川で坪48万円、名古屋で坪49万5千円というのはおかしい。神奈川県は全域が「都市部は物価が高いですから」という理由で坪55万円なのだが、そうすると、小田原とか箱根とかも坪55万円で東京圏・関西圏に次ぐ都市圏である中京圏、東京・横浜・大阪に次いで人口の多い名古屋が、小田原・箱根よりもうんと安い坪49万5千円というのが、それが「物価の違いによるものです」とか浜松・掛川・名古屋の人間は平気な顔で言いよるのだが、名古屋は小田原・箱根よりもどいなかなのか? そんなおかしな話を信じる人間は「遠州人」以外ではない。そもそも、 (株)一条工務店は「個人大工や小規模な工務店と違って、一条工務店では大量仕入れによってコストダウンをはかっています」とあちらこちらで言うておったはずだが、(株)一条工務店が住設メーカーから購入する洗面化粧台とかユニットバスとか床材とかは東京都・神奈川県で建てる人用に買う時と浜松・掛川・名古屋で建てる人用に買う時で「物価が違う」のか?  柱材として購入していた東濃桧・美作桧・吉野桧・博多桧というのは、東京都・神奈川県で建てる人用に買う時と浜松・掛川・名古屋で建てる人用に買う時とで「物価が違う」のか? 梁桁材として使用していたアメリカ合衆国オレゴン州産の米松(ダグラスファー)というのは、浜松・掛川・名古屋で建てる人用に買う時と東京都・神奈川県で建てる人用に買う時とで「物価が違う」のか? ・・・そんなアホな話があるわけないだろうが。「バカ言ってんじゃないわ!♪!」〔⇒《YouTube-3年目の浮気 》https://www.youtube.com/watch?v=cRwYKs3fHlo 〕
   2年目に入った1993年、「研修」で名古屋南営業所の所長になっていた近藤路夫という男が「一条工務店の家は他の会社のものに比べてすべての面で絶対的にいい」などと発言したが、それが正しいか間違っているかというと、ある意味で間違っており、ある意味で正しい。間違っているというのは、それは、その時点で創業20年未満の会社であり、未成熟な部分は多く、建てている建物も、見てまわると問題点はいくつもあった。「すべての面において絶対的にいい」などということはなかった。近藤路夫が「一条の建物はすべてにおいて絶対的にいい」などともしも本気で思っていたならば、それは近藤路夫が不勉強で事実を知らないということであり、(株)一条工務店の従業員として職務怠慢であろう。近藤路夫は「研修」に講師役で出てくるのは不適任であるのは明らか。自分自身で「私は研修の講師役は無理ですから他の人に頼んでください」と言うべきだが、それも言えない男だった。
[1] (株)一条工務店では断熱材にグラスウールを使用していたが、その入れ方をわかっていない大工が多いようで、壁体内の室内側にグラスウールを入れてその外側に通気層ができるように入れるものだが、一条では壁体内に押し込めるようなとりつけかたをしていた。あの入れ方では断熱材の外側に通気層を確保することはできない。
[2] 断熱材の室内側防湿層を(株)一条工務店の大工はどこの工事現場でも親の仇みたいに破っていたが、「この面が室内側です。室内側防湿層を破らないように気をつけてください」と旭ファイバーグラスは壁用断熱材グラスウールの室内側防湿層に印刷していたが、その印刷しているところを信念もって破っていた。
[3] 基礎の床下換気口は柱が上にきていない所に開けるべきで、床下換気口が開いている部分というのはそうでない部分よりも弱いので、床下換気口の上には柱はこないようにするべきであったが、その頃の(株)一条工務店の工事現場を見ると、柱の下に床下換気口が配置されていた。
[4] 合板などの面の耐力壁であれば向きはないのでどちらの方向に入れるということは考えなくてよいが、筋交いなどの斜め材の耐力壁は効く向きと効かない向きがあるので、その向きを考えて入れる必要があるが、私が入社した1992年に(株)一条工務店の工事現場に見に行くと、同じ方向にばかり筋交いを入れていた工事現場があった。あれでいいのだろうかと思って東京展示場の「リーダー」に「筋交いの向きというのは、誰が決めているのですか。図面に指示はされていないのですか」と尋ねたところ、一級建築士は「そんなもの、筋交いの向きなんて適当だよ、適当。現場で大工が適当に入れるもんだよ。そ〜んなの、筋交いの向きみたいなもん、気にしてないよ」と言うのだった。なんか、さりげなく、無茶苦茶なこと言っとる・・のだった。
[5] 私は(株)一条工務店に入社するより前、新帝国警備保障でガードマン(交通誘導警備士)の仕事をやったことがあったが、新帝国警備保障では、建築現場では建築現場の敷地に入る前にヘルメットを必ずしないといけませんと言われ、ヘルメットをしていない人がいたらヘルメットをしてくださいと言ってくださいと言われたが、(株)一条工務店の上棟の際にはヘルメットはしていない人の方が多かった。「ヘルメットをしなくていいのですか」と一級建築士に尋ねたところ、「そんなの、建築現場で怪我するなんて当たり前じゃん。怪我したらだめなんて言ってたら工事なんてで〜きねえよお〜お。ヘルメットなんて要らない要らない」と言われたのだった・・・が、それから1年少々後、福島県いわき市草木台で屋根屋が屋根から墜落して頭部を打ち死亡する事故があって、社長の大澄賢二郎がいわき市の労働基準監督署から呼ばれると、突然、「安全こそ一条のポリシー」などとそれまでと正反対のことを言いだした。いいかげんな会社!
・・・ほかにもいっぱいあるが、そのあたりを見ると、「すべての面で絶対的にいい」などとはどんなに贔屓目に見ても言えないし、東京都においては浜松向け商品は「やっぱり、お宅はいなかねえ」と言われることはしょっちゅうであり、マーケティング的発想の欠如、「浜松でいいものは東京でもどこでもいいに決まってるんだ」という浜松独善主義・浜松中心主義は浜松とは市場が違う場所においては、「すべての面に渡って絶対的にいい」などという商品でないのは間違いなかった。
   しかし、一方において、(株)一条工務店は、浜松・掛川・名古屋(静岡県西部・愛知県)においては、無茶苦茶なダンピング販売をやっていたのであるから、だから、全国一律の金額に設定していた同業他社の商品と比較すると、東京都・神奈川県の営業が競合になる商品よりもひと回り・二回り安い価格帯の商品と競合になっていたのである。 浜松・掛川・名古屋の営業は東京都の営業が競合になっていた商品よりもずっと安い価格帯の商品との競合で契約をとっていたのだ。 1992年に東京営業所に入社した時、同じ営業所にいたH本さん(男。当時、20代なかば。九州大農学部卒、新卒入社3年目)が浜松の営業所に転勤になった後、浜松から電話をしてきて、「エスバイエル(株)〔←小堀住研(株)〕の『ハウス55』と競合になっているのですが、ハウス55について教えてください」と言ってきたことがあったのだが、正直なところ、「あんた、いったい、何やってんの」と思った。 小堀→エスバイエルの「ハウス55」というのは、これは「高品質低価格」というタイプの商品であり、クルマにたとえればカローラみたいなものだ。カローラはけっこうよくできていると思うが、しかし、カローラはクラウンではないのだ。それに対して、(株)一条工務店の「セゾン275S1」というのは、クルマにたとえればクラウンくらいのものである。 クラウンがセドリックと競合になるのならわかるが、クラウンをカローラの値段で売ってる営業が他社の「正真正銘カローラ」と競合になって、どうしたら契約とれるだろうか・・・と頭を悩ませている・・・て、「あんた、いったい何やってんの」ということになる。 1990年代前半、小堀住研(株)→エスバイエル(株) と (株)一条工務店とは、どちらも木質系の会社なので、競合になることは多いかと思ったら、競合になることは東京圏においてはほとんどなかった。なぜ、競合にならないかというと、小堀の「新 桂」という高級志向タイプは、これは都会的で斬新な商品であり、それに対して、(株)一条工務店の「セゾン」及び和風の「百年」というのは、「地方」においてはけっこう喜ばれたが、都市圏の人間には「いなかくさい」「いなかの家みたい」「うち、農家じゃないです」と言われる建物だった。だから、価格帯としては、一条の「セゾン」「百年」というのはクルマでいえばクラウンくらいの価格帯のもの、小堀→エスバイエルの商品では「新 桂(しん かつら)」がクラウンからセンチュリーにかけての商品で、「新 桂」の方が価格帯としては一条の建物には「「ハウス55」よりも近いのだが、「「新 桂」はタイプが違うので、又、浜松などではクラウンの価格帯で建てる人はあってもセンチュリーの客層というのは東京圏・関西圏などと違って多くないので、それで、いずれも木質系という共通点はあってもあまり競合にはならなかった。それに対して、「高品質低価格」タイプの「ハウス55」は、(株)一条工務店がプレカットを導入するなどして品質の安定に努めたというのと同様、もともとは在来木造の会社だった小堀住研(株)が在来木造では相当の費用をかけた高級住宅ならいい家はできても、中より下の価格帯では難しいが木質パネル構法なら可能であり、高品質の家を低価格で実現したというフレーズなどが一条と似ているところがあったが、しかし、東京都では価格帯がまったく違うので、ガチンコの競合になることはほとんどなかった。それに対して、(株)一条工務店は東京都で坪55万円のものを浜松・掛川では坪48万円でダンピング販売していたので、東京都では価格帯が違うので競合にならない商品が浜松・掛川では価格帯が近づいてしまって、競合になっていたようだ。しかし、浜松・掛川の人間はクラウンをカローラの値段で売っていたようなものであり、クラウンをカローラの値段で売っている者が、「正真正銘カローラ」と競合になって、それで競合に負けて、あんた、どうすんの。あんた、何やってんの! というのが印象だった。もっとも、クラウンをカローラの値段で売っていたといっても、それでも、 「クラウンをカローラの値段で売っているカローラの値段のクラウン」と「正真正銘カローラ」とでは価格帯が近づいたとはいえ、それでも「正真正銘カローラ」の方がやっぱり「クラウンをカローラの値段でダンピング販売しているクラウン」よりも安いので、予算のない人は正真正銘カローラの方で契約して建てるという人はあっただろう。だから、「正真正銘カローラ」なら建てることができるが、「クラウンをダンピング販売してカローラに近い値段で売るダンピングクラウン」は建てることはできないという客層は存在するので、そいういう人の契約を取れなかったとしてもしかたがないかもしれない・・・が、そのあたりを、あんた、わからんの? と思ったものだった。私はその時点で2社に在籍したし、慶應大学の商学部の卒業生として、自分がどこにいるかにかかわらず、その業界全般を見渡して思考するものだと思っていたが、そうでない人にとって、特に、「一条天動説」を吹き込まれた人には、一条工務店の位置から見た視点しか視点をもたない人がおり、その視力では見えるものも見えなくなることがあるようだ。(株)一条工務店は、東京都では「ハウス55」とガチンコの競合になることはなかったが、浜松近辺では競合になることがあったようで、その際、「一条オリジナル営業」は「ハウス55なんて建てたら地震の時にひっくり返りますよ」とか、いわば、「カローラなんて運転したら、ハンドル右に切ったら左に曲がりますよ。カローラはブレーキ踏んだら加速しますよ」みたいな悪口雑言罵詈讒謗を言うようだったが、これを言うと(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫に怒られるのだが、カローラはハンドルを右に切ったら左に曲がるなどということはない。カローラはハンドルを右に切ったら右に曲がる。カローラはブレーキを踏んだら加速するなどということはない。カローラはブレーキを踏んだら減速します。「ハウス55」というのはその時代においてはなかなかよくできたカローラだった・・・のだが、こう言うと天野隆夫は怒るのだ。「そんなにエスバイエルがいいならエスバイエルに行けよ」と言うのだ。なぜ、そんな話になる。それならどう言ってほしいのかというと、「カローラはハンドルを右に切ったら左に曲がっちゃいますよ」とか「カローラなんて運転したらブレーキ踏むと加速して事故起こしますよ」とかそんな感じのことを従業員に言わせたいようだった。そういう天野隆夫の姿勢を見て、程度の低い会社だなあと思ったものだった。天野のような「嘘言うの大好き人間」は嘘をつくのが営業上プラスになるから嘘をつくのではなく、嘘をつくことが好きだから営業上その嘘をつくのがマイナスになっても嘘をつくのである。人間の質が低いから嘘をつくのであって、その嘘をつくのが営業にプラスになるから嘘をつくのではないのである。そういう人にはしゃべらない方がよいようだ。それで、カローラはハンドルを右に切ったら右折するし、ブレーキを踏んだら減速する・・というのでは、それではクラウンは売れなくなってしまう・・・とクラウンを売っているアホな営業は思うらしいのだが、そうか?  クラウンもカローラもハンドルを右に切ったら右折するし、ブレーキ踏んだら減速するが、だから、カローラは売れるがクラウンは売れないということになるか? クラウンというのはカローラがハンドル右に切ったら右に曲がったなら何の値打ちもないことになる商品なのか? そのあたりを考えてみるべきはずだ。 カローラに悪口雑言罵詈讒謗中傷を加えることに力を入れることよりも、クラウンにはどういういいところがあるのか、そこを考えて述べるべきではないかと思うが、悪口雑言罵詈讒謗中傷を言うのが大好きという人間が遠州人には多いようだった。
  名古屋南営業所の所長にならせてもらっていた近藤路夫が「一条工務店の建物というのは、他の会社の商品に比べてすべてにわたって絶対的にいい」と発言したのは、それは正しいか正しくないかというと、問題点がないかといえばいっぱいあったので「絶対的にいい」とかいう表現は間違いであるという点で正しくないが、(株)一条工務店では浜松・掛川・名古屋(静岡県西部・愛知県)では他の地域と違って無茶苦茶なダンピング販売をやっていたので、同業他社との競合においては、同業他社のひと回りふた回り下のランクの商品との競合になっていたので、クラウンをカローラの値段でダンピング販売している浜松・掛川・名古屋の営業にとっては、同業他社の商品というのは全般的に下のランクの商品であったので、同業他社のひと回りふた回り下のランクの商品と競合で営業していた浜松・掛川・名古屋の営業にとっては「一条工務店の商品は同業他社のものに比べて絶対的にいい」という状態だったのだ。近藤路夫はそういう場所で仕事をさせてもらってきた男だったのだ。そういう人間が勝手なことを言っていたのであり、(株)一条工務店の経営者というのはそういう自分さえよければいい、自分の所がよければそれでいいという態度をとってきた人間に勝手なことを言わせてきたのである。

   職人の手間は、これは地域によって多少違いがあるようだ。だから、地域ごとに・都道府県ごとに価格を多少変えた方がいいという考え方はあるだろうし、そういう細かいことを言っていると境界付近で仕事をする者はかえってやりにくいところがもあるので、価格は全国一律にして、あとは価格交渉の際に調整すればいいとする姿勢もわかる。しかし、(株)一条工務店の価格の設定のしかたは、あまりにも恣意的であり、浜松・掛川・名古屋あたりの営業が自分たちにとって都合がいいように勝手に無茶苦茶決めたというものでしかない。
   (株)一条工務店は最初、浜松でできてその周辺に広がり、西は名古屋付近まで広がり、東は静岡市付近まで広がったが、それとは離れて、東京都で東京都江東区潮見のウッディランド東京という林野庁が運営する国産材の使用促進のための施設に1か所、神奈川県は中央部の茅ケ崎に1か所設けたが、その時点では、東京都と神奈川県の2つの展示場は「アンテナショップ」、東京都・神奈川県の市場を探るための店というくらいのもので本格的に売る姿勢はなく、むしろ、浜松・名古屋・掛川(静岡県西部・愛知県)での販売促進のために、東京都・神奈川県では意図的に浜松・掛川・名古屋よりも高い値段をつけて、「これ、東京では坪55万円のものなんですよ」というように話を持って行って浜松・掛川・名古屋の営業が契約をとりやすいようにしようとしたものという性質もあったようだ。 浜松・掛川・名古屋の営業はそういうことをしてもらっておきながら、自分達がそうしてもらったという認識が大きく不足していた。

   もうひとつ、機械プレカットで構造材を加工していたのだが、工場から近い場所と遠い場所では価格は変えるべきなのか一緒であるのが当然なのかという問題もある。私は、もともと、大学を卒業する頃は全国メーカーに入社する可能性はあっても小規模工務店に入るつもりはなかったので、全国メーカーを前提として考えていたが、全国メーカーの場合、消費者・建築主・見込客の立場からすれば、その会社のプレカット工場がどこにあるかなんてことは客の側にとっては関係ないこと、知ったことじゃないのだ。だから、工場がお宅の敷地から遠い県にありますから、その分、高い金額をもらいたいなんて言われても、それはお宅の都合であってうちには関係のないことでしょ、お宅の工場が遠い県にあるから高い金額を払ってほしいなどと、そんなことを言われるのなら、何も遠い県に工場がある会社に頼むことはないのであって、近い県に工場がある会社に頼めばいいことだ、ということになる。
  1990年代終わり、栃木県佐野市の展示場にいた、在籍年数では私の半分くらいだった営業所長の五十嵐さんと経歴が似ている〔最終学歴:底辺の高校卒、住宅・建築に関する資格:なし、前職:クルマ屋のディーラー〕ことから五十嵐さんの「お気に入り」だったらしい上岡(当時、40代前半)が「栃木県は工場から(栃木県石橋町にあった栃木工場から)近くて、福島県の方が工場(石橋町の栃木工場)から遠いのに、福島県の方が栃木県よりも坪2万円安い金額で売りやがってからによお!」と文句を言ったのだが、その主張は適切ではないが、適切であるかないかにかかわらず、そう言いたいのなら会社に言うか営業所長に言えばいいことだが、それを福島県の営業所から佐野営業所に移動した私に向かって言うのだったが、そんなことは私に言われても、どうもできないので無視することにしたが、上岡は気に入らないことがあると暴れるし、扱いにくい男だった。上岡は《「自分の名前を書くことができれば合格」と言われる私立高校のスポーツ入学》だったらしいが、私の場合は、「文武両道系の文治派」なので、文治派としてはスポーツ入学に暴れられるのは迷惑だった。
  この男も変わった発想をするものだと思った。なんとも、せせこましい発想するやつだな、とも思った。そもそも、明治とか森永とか不二家とかロッテとかいった製菓会社がお菓子を売る時に、そのお菓子の工場から遠い所にある都道府県では近い場所よりも高い値段で売るか?  鉛筆とか消しゴムとか作っている工場から近い場所では安い値段で遠い場所では高い値段で売るか? そんなことせんだろうが。 どこからそんな発想が出て来るのかと思った・・・が、建築会社の場合、比較的小規模な会社の場合、工場や本社から遠い所での工事には高めの金額を請求する所があるらしい。それは、基本的にはその本社の付近で工事をするという前提の会社であって、遠方での仕事は考えていないが、もし、遠方から、多少、高めの額を出してもいいからお宅に頼みたいと言ってくれる人があった場合には、その時には、高めの金額をもらってやることがある、というそういう会社があるようなのだ。 (株)一条工務店はそういう会社ではないし、むしろ、福島県のお客様と栃木県のお客様との比較であれば、「工場見学会」に行くためにも福島県の人は栃木県の人よりも遠方から時間と労力をさいて来てくれているのであり、むしろ、遠い所から工場まで足を運んだ分をすぐ近くの人より何かプラスしてくれないかと言いたいくらいのものなのだ。 工場が自分の所の近くにあるから自分の担当の客には安くしていいはずだという上岡の発想にはあきれた。この男の言うことに耳を貸していたのでは自分の都合のよいように屁理屈を捏造するので、できるだけ相手にしない方がいいと思うようになったが、それはそれとして、本社や工場から遠い場所で工事をする時には高めの額を欲しいというのは、それは小規模な建築会社・小規模な業者は言うことがある。遠くまで行ってられないが、それでも頼むから遠くの工事をやってほしいと頼む側が言うのであれば、遠くまで行く分、いくらか多めに出してくれ、それならやる、というケースはある。 だから、逆に言うと、「大手」だろうと思って契約を検討している人にそういうことを言うと、そんな会社だったの? と思われる危険もある。お菓子でも、明治や森永の製品なら「メーカー希望価格」は全国一律であろうが、地域の店でその地方の名産の菓子・・・というと、まず、思い浮かぶのはやっぱり「もみじ饅頭」♪?♪ だが、もみじ饅頭は漫才のおかげで今は全国区になって東京圏でもけっこう売っているのだが、「地方の銘菓」といったものを取り寄せて食べたいと思ったら宅急便代が余計にかかるというのはしかたがない、と多くの人間は考えるが、誰が明治や森永の菓子を工場から近い場所は安く、工場から遠い場所では高い値段で買うものだと考えるか? 普通は考えない。 私が入社した1992年頃の東京で、ただでさえ、東京で家を建てるのに何がうれしゅうて浜松工務店に頼まにゃならんねん・・という意識のある人に、そんなことを言ったなら、「お宅は東京ではやる気ないということでしょ。浜松でだけ仕事しておけばいい会社ですね」と言われてしまうだろう。自分が栃木県の生れで栃木県で採用されて栃木県で仕事をしていて他の県に行くことはないと思っている人間が、たまたま、プレカット工場が栃木県にあったから、だから、工場から近い場所では安く、工場から遠い場所は高くするべきだとか言い出すヤカラというのは、もしも、自分が工場から遠い場所の生れで工場から遠い場所で勤務していたなら、その時には、「工場からの距離で価格を変えるのはおかしい」と言うだろう。そういうしょーもないことを言うミミッチイ男は、一緒にいると疲れる。福島県の営業としては、もしも、「工場から近い場所は安い価格、工場から遠い場所は高い価格にするべきだから、栃木県より福島県は高くするべきだ」という上岡の主張を耳にしたならば、おそらく、「それなら、栃木工場を福島県に移転しましょう」と言うだろう。福島県人が頼んで栃木県に工場を作ってもらったわけではなく、福島県には工業団地もあるし、浜通りは雪も降らないし、小名浜港は近いし、福島県に栃木工場を移転してもらうといい、と言うだろう。その時には、「福島県の人間は栃木県よりも工場から遠いのに栃木県より安い金額で建てやがって」とか言っている人間は、今度はおそらく「工場に近い所は近いことで優遇されているのだから、その分、高くていいはずなのに」とか言い出すだろう。なんともミミッチイ男である。彼は「自分の名前を書くことができれば合格」と言われる高校のスポーツ入学だそうだが、そういうミミッチイ根性を「スポーツマンシップ」とか言うのかもしれない。

   1990年代、(株)一条工務店は、「間違いのない家づくり」を理解してもらって「坪いくら」で契約し、契約後にプランニングをして建築図面を決定する、ということをしていた。これは、建設業法違反のはずだ。建設業法では、建築の契約は、金額をきっちりと決めて契約しないといけないはずで、その頃の(株)一条工務店の方式は違法のはずである。
   行政から言われたらしく、1990年代の終わりに、「坪いくらでの仮契約→図面・見積もり決定後の本契約」というシステムに変更したが、かつてはそういう契約のしかたをしていたので、だから、「坪いくら」というものから、「値引き」も何もやりようがなかった。 その「トーク」として、「値引き交渉に応じたのでは、それでは、交渉して値切る人には安い値段で建てて、交渉しない人には高い値段で建てることになり、不公平になりますから」とか、そういうことを言っていたのだが、しかし、すでに、浜松・掛川・名古屋ではドカンと一発ダンピングをして契約していたのであるから、すでに相当不公平になっていたはずだ。

   もうひとつは、「坪いくら」という計算法が適切なのか、という問題もある。普通に考えて、だ。2階建ての場合で、総2階の立方体みたいな形状の家というのが一番建築費はかからないはずなのだ。 平屋は計算法を変えていたはずだが、2階建てといっても、2階がのっかっているの部分はわずかで、1階のみの部分が広い2階建てと、総2階の建物で、どちらも「施工面積」で見て「坪いくら」の値段の設定が適切なのか、ということもある。 さらに、屋根は、寄棟を「お勧め」としていたのだが、一般に、雨風を防ぐという点から考えれば、屋根の形はシンプルな方がよく、山はあってもいいが谷はできるだけ少ない方がいいとされる。 寄棟は四方に対して均等に強いという長所があるが、切妻は妻面に換気ガラリを開けることで小屋裏の熱気を換気ガラリから出すことができ小屋裏の熱気を出すことができるという点では切妻の方が一般に優れている。小堀住研(株)の「ハウス55」の「ブラウン」「グレイッシュ」は寄棟の屋根の上に「換気棟」を載せて、換気棟から小屋裏の熱気と湿気を放出するようにしていたが、換気棟による小屋裏の換気は相当効果があると言われるのだが、(株)一条工務店が得意としていた「地方」においては、換気棟を寄棟屋根のてっぺんに載せるのを嫌がる人が多いようで、あまりやらなかった。実際には「地方」に行って昔からの家を見ると「換気棟」の載った家はあるのだが、「遠州好み」(この場合、「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「遠州人の好み」という意味)ではないようだ。入母屋は好む人と嫌がる人と好みの差が大きいのだが、屋根の形状が複雑になることで雨仕舞の点では寄棟・切妻の方がいいとされ、費用の点では寄棟・切妻に比べて入母屋は高くなる。(株)一条工務店では寄棟か切妻の屋根を「標準仕様」としていたのだが、一般に、切妻の方が寄棟よりも建築費用はかからないはずだが、「坪単価」は同じだったのだ。 こういうことを余り細かく言うと、それなら、坪単価方式ではなく、ひとつひとつ拾って計算する方式にするしかない、ということになり、そうなると、その方が正確な計算ができるかもしれないが、見積もりにその分、手間がかかることになり、全体としては割高になる、ということも考えられる。そもそも、(株)一条工務店の積算の係の人間にそれができるかどうか、かなり疑問であった。積算の係の人間の人数の問題もあるが、1993年だったと思うが、私が担当の契約客の家で、窓ガラスを「標準仕様」の3ミリのものから5ミリのものに変更したところ、見積書に「強化ガラス」などと記載してきたのだが、強化ガラスというのは、全体にかかる力については普通ガラスよりも強く、1か所に集中して力が加われば割れるが割れた場合も粒状になるので安全性が高いというもので、自動車の横の面のガラスが強化ガラスでできているのだが、「強化ガラス」というのはそれは通常よりも厚いガラスというのとは意味は違う。3ミリのガラスを5ミリのガラスに変更というのを、「強化ガラス」と記載してきたのは、どういうつもりかと思ったが、それをベテランの某さんに話したところ、「一条の積算部なんて、まあ、その程度のものですよ」ということだった。(株)一条工務店の積算部は「積算部」というよりも「計算部」みたいなところがあり、人数もそれほどいないらしく、量を多くこなすことをあまりにも求められると、人間はそのうち考えなくなってくるが、(株)一条工務店の積算部も数をこなすことでせいいっぱいだったのかもしれない。だから、難しい細かい計算をやってくれと言ってもおそらく無理だろう。

  (2019.2.5.)

  次回、3.全国一律料金の住宅会社と都道府県により価格を変える会社。浜松流他社への誹謗中傷 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_3.html に続く・・・

☆ 「相場」より高い金額でひとに契約させようとして、おのれは掟破りの大幅な値引きをする男
1.見積もり「一拾い」「坪単価」方式。報酬高いか安いか。「のせる」と「ぬく」。「ステータス」を捨てる社長 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_1.html
2.1990年代(株)一条の浜松・掛川・名古屋でのダンピング。浜松通ればマーケティング引っ込む 〔今回〕
3.全国一律料金の住宅会社と都道府県により価格を変える会社。浜松流他社への誹謗中傷 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_3.html
4.「メーカー希望価格」のような見積額から「相場」まで引くのと「相場」から大きく値引きするのは意味が違う https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_4.html 

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