あけおめ。大國魂神社(府中市)参拝【1/6】北府中駅より。分譲マンションより居住性が良さそうな宿舎

[第656回] 2019年(平成31年)第1回  あけおめ。 愛の神さま参拝シリーズ。
   東京都府中市の 大國魂神社 に参拝してきました。
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↑ 大國魂(おおくにたま)神社 拝殿。
   東京都府中市は、かつては武蔵の国の国府で、大國魂神社の大國は「だいこく」ではなく「おおくに」と読むそうで、武蔵野国の守り神の「大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)」を祀る神社で、『古事記』『日本書紀』の神では大国主命と習合するらしい。 予想を超えて参拝者は多かった。4
   編集 青木康・執筆協力 青木康 平川綾子『日本の神社』(2014.5.18.宝島社 TJ MOOK)には、
≪ 祭神 大國魂大神(おおくにたまのおおかみ)
   主な神徳 縁結び・商売繁盛 ≫
と出ており、大國魂神社HPの「神社の歴史・由緒」https://www.ookunitamajinja.or.jp/yuisho/ には、
≪ 大國魂大神[おおくにたまのおおかみ]を武蔵国の守り神としてお祀りした神社です。
この大神は、出雲の大国主神と御同神で、大昔、武蔵国を開かれて、人々に衣食住の道を教えられ、
又、医療法やまじないの術も授けられた神様で、俗に福神、又は縁結び、厄除け・厄払いの神として著名な神様です。 ≫
と出ています。

( ↑「i」マークが、大國魂神社。 )

   住所は、東京都府中市宮町3丁目。 宮町というのは、大國魂神社がある所という意味だろう。最寄駅はどこかというと京王帝都電鉄「府中」、もしくは、JR南武線・武蔵野線「府中本町」だが、この大國魂神社というのは、奇妙といえば奇妙な神社で、社殿は北を向いており、ひとは南に向かって参拝するようになっている。
   悪いとは言わんが、多くの神社と比べると少数派と思えるのが、「くらやみ祭り」というのが、5月5日にあるらしいのだが、それが、夜、8基の神輿が御旅所に渡御するというのだが、一般に神社は昼のもので、夜間の参拝は認める神社もあるが、お断りの神社もあるのだが、「くらやみ祭り」は、午後4時に、大太鼓に導かれて府中市内を巡り、御旅所まで渡御し、翌朝午前4時には御旅所から神社に帰るという。
   社殿が南ではなく北を向き、「祭り」が昼ではなく夜おこなわれる。社名が「大國魂」だが、「大國」「大国」を「だいこく」と読んで変換すれば「大黒」、大いなる暗黒にもなる・・・ということは、何らかの「くらやみ」の神社なのだろうか。かつて、「くらやみ」に行われた、「反社会的勢力」の宗教儀式がおこなわれた拠点? もしくは、「反権力」なのか「反体制」なのかの儀式がおこなわれた所なのか・・・なんて考えそうですが、拝殿の屋根には菊の紋がついていますが、そうはいっても、何か、多くの神社と逆・・・というのは、何かあるのか・・・と考えたくなります・・・が、それが何かはなかなかわかりません。

   で、その北から南に伸びて大國魂神社の鳥居につながる道は、国分寺街道ですが、最後の部分が「馬場大門(ばばだいもん)欅通り」と言い、道の両側に欅の大きな木が植わっており、それが、国名称天然記念物に、大正13年・・・というと、「大(正)いに人に〔12〕震災、幾人、見つかる〔1923〕」関東大震災の翌年1924年・・・に指定されたというもの。 大國魂神社の敷地に一番近い駅というと、JR南武線・武蔵野線の「府中本町」ですが、「神社・寺の参拝は正門・表門から入るのが原則という考え」、なんちゅうてもね、世の中、何が嫌いちゅうて、裏口入学ほど嫌いなもんあらへんねん、裏口入学ほど。裏口入学するやつ・させるやつというのは、裏口入学が王道みたいに思ってますから、そういう人間はおのれが裏口から入るだけじゃなくて、一般入試で大学に入ろうとする者を攻撃し、必死で妨害しますからね。そういうやつ、嫌いですねん。1970年代後半、私が大学を受ける頃、父の親友で「医者」のM川いう男(当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住)が、ドバカ息子を私立金権関西医大に「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネで裏口入学させたというのを自慢していたのですが、普通、裏口入学した・させたなんてのは、自慢するもんちゃう思うねん。そういうのは、たとえ、やるとしても、「こそっと」「恥ずかしそうに」やるもんとちゃうんかい・・・と私なんかは思うのですが、それは一般入試派が思うことであって、裏口入学派はそんなこと思うとれへんみたい。父はその「医者屋」の自慢を聞いて、私に「M川先生の息子さんは、関西医大裏口入学やねんぞお~お。おまえとは違うねんぞ、チャンコロ。おまえとは違って、裏口入学やねんぞ、このチャンコロめが、このチャンコロ!」と、毎日毎日、私の顔を指さして叫んでいましたが、「なんで、裏口入学する人がエライんですかあ?」と尋ねると、「裏口入学ちゅうことは、思考が柔軟やちゅうことじゃ。わからんのか、チャンコロ!」と言うので、「そんなに思考が柔軟なら、その柔軟な思考力を使って、狂徒大学医学部でも頭狂大学理科三類でもさっさと実力で現役で通って行ったらよろしいのとちゃいますのん? 狂大医学部でも犯大医学部でも現役で実力で通って行けばええことちゃいますのん? なんで、そんなに柔軟な思考力をお持ちの方が裏口入学やなんて汚らわしいことして、関西医大やなんて、どこの馬の骨かわからんおかしな学校に行かなあきませんのん?」と言ったのですが、「そういうことを言うあたりが、おまえは思考が硬いんじゃ、このチャンコロめが!」と毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらい言われてきまして、今もって、なんで、「思考が柔軟な人」が裏口入学なんてせんとあかんのかようわかりまへんねんけれども、ともかく、そういうことで、「裏口から入る」というのは、思考が硬いのか柔軟なのか知りませんが、嫌いですねん。そやから、
  「表から入ろう神社も大学も」
ということで、南側が表門の神社ですと、南から北にですが、ここは北から南に入るのが表門ですから、北側の欅並木を歩いていくことにしました。 その欅並木は京王帝都電鉄の「府中」駅の北西のあたりで終わりですが、道はそのまま北に続いていきます。どこまで続いていくかというと、国分寺街道(国道133号は、JR中央線の「国分寺」駅のあたりまで直進し、国道133号としてはまだまだ北に行きますが、国分寺駅から歩くのは、「寒いのに、御苦労さ~ん」て感じですので、とりあえず、JR武蔵野線「北府中」駅あたり、府中刑務所の南のあたりからこの道を歩いてみました。

   我が家は、千葉県のJR総武線 各停しか止まらない駅の沿線です。そういうJR総武線沿線から、大國魂神社に行こうとしますと、
(ルート1) ・・・(総武線各停〔黄色い電車〕)→御茶ノ水・・・(中央線快速〔オレンジ色の電車〕)→西国分寺・・・(武蔵野線)→北府中・府中本町
(ルート2―ア) ・・・(総武線各停〔黄色い電車〕)→御茶ノ水・・・(中央線快速〔オレンジ色の電車〕)→新宿・・・(京王線特急)→府中
(ルート2―イ) ・・・(総武線各停〔黄色い電車〕)→本八幡・・・(都営新宿線・京王帝都電鉄)→府中
・・という方法がありますが、今回は、(ルート1)で北府中まで行き、帰りは(ルート2―ア)で帰りました。
御茶ノ水駅で、「オレンジ色の電車」に乗りかえる際、快速と特別快速の2種類が来ますが、西国分寺に停車するのは快速で、特別快速に乗った場合は、国分寺あたりで快速に乗りかえる必要があります。
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( ↑ JR武蔵野線「西国分寺駅」 プラットホーム。 左が府中本町行き。 右が西船橋方面。 )
  西国分寺駅では、中央線の上をほぼ垂直に武蔵野線が通っています。 ですから、武蔵野線で府中本町行き、南方面行きに乗るためには、中央線では後ろ寄りで下車して階段を登るのがよく、北朝霞・武蔵浦和・南越谷・西船橋方面、北方面行きに乗るには中央線では前寄りで下車して階段を登った方がいいことになります。
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( ↑ JR武蔵野線「北府中」駅 プラットホーム。 左が西国分寺・西船橋方面、右が府中本町行き。 )
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( ↑ JR武蔵野線「北府中」から見た西側の「東芝府中」 )

   住宅建築業の会社に勤めますと、「刑務所の塀みたいな塀」がいいか悪いか・・なんて話が出ます。要するに、相当背の高い塀のことを「刑務所の塀みたいな塀」と言うのですが、そういう表現する人って、実際の「刑務所の塀」というのを見たことあるのかなあ・・・なんて思ったことがありますが、もし、本当に「刑務所の塀」を“外から”見たい人は、このJR武蔵野線「北府中」駅を東側に降りて、少し北に行って東に曲がると府中刑務所の「刑務所の塀」を“外から”見ることができます。 1996年8月、(株)一条工務店 の初代社長の大澄賢二郎の息子で自動車の損害保険を扱っていた関連会社の(株)日信の社長に(実際は仕事していないが)名目上なっていたらしい大澄隆史(男。当時、20代)が、同棲していたこともある女性を刃物で百カ所以上刺して殺し、懲役20年の有罪判決を受けたということがありましたが、初代社長の大澄賢二郎は『水滸伝』に出てくる「梁山泊」が好きで同社は「梁山泊の精神」としばしば言っていたのですが、大澄隆史がやったことというのは、「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ、逃げる」という、まさに『水滸伝』の登場人物にして「梁山泊」の首領の「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」のやったことそのまんまであり、まさに「梁山泊の精神」を発揮したわけです・・・・が、住宅建築業の会社の社長の息子だけあって、「刑務所の塀」というものを、“外から”ではなく“中から”見学したい! と向学心に燃えて、そのために刑務所に入るための行為として人を殺したということなのか?・・・・というと、まあ違うだろな・・・たぶん・・・。単に「アホやから」だろうな。というよりも、1996年8月というと、1996年10月1日より消費税が上がるということで、住宅建築業の会社としては、1996年9月までがかき入れ時であり、9月までは契約をとりやすい、10月になったら逆に相当厳しいであろうと見られていたまさにそういう時であり、そういう時に、社長の息子がいったい何をやってくれるんだ!!! ・・・ということをアホがやりよった。(株)一条工務店 は、求人広告においては「ノルマはありません」「研修制度が充実していますから、売れなくて困ることはありません」「一条工務店の展示場の来場者数は他社より群を抜いて多く、売れて売れて困っています」とかなんとかかんとか、勝手なことばっかり書いて、入社してみると、それと正反対・・という会社で、入社した人間が、「話が違うじゃないか!」と思いだした頃に、逆に会社の方から少しでも契約実績がよくない従業員に「赤字社員」だとか本来文句を言われる側が、文句を言おうとしていた側に文句を言う、ということを繰り返してきた会社で、そうであるから、労働基準監督署でも「この会社は、日ごろから従業員側からの相談が大変多い会社です」という状態の会社で、それを改善しようとはせず、むしろ、それを「上手い経営」みたいにオーナー一族は考えている会社でした。しかし、そもそも、いったい誰が一番の「赤字社員」だったか?・・・というと、「(答) 社長のバカ息子」・・・ということになります。実際のところ、どれだけ、会社に貢献できるかはさておき、せめて、人を殺すのはやめてほしかったなあ~あ・・・と思うのですが、「社長の息子なんてそんなもん」なのでしょうか・・・・・。
   初代社長の大澄賢二郎は、その際、「責任をとって」ということで社長を辞任したはずでしたが、2011年3月の東日本大震災の後、「お世話になった浜松に恩返しをしたい」などと言い出し(この表現だと、浜松以外の都道府県・市町村には世話になっていないみたいであり、なんか勘違いしてないかあ?・・・て感じですが)、「防潮堤の費用」という名目で300億円を寄付し、浜松市長で慶應大a法学部卒の鈴木康友と福島第一原発事故の直後に静岡県産茶葉の放射線量調査を拒否した静岡県知事の川勝なんちゃらが大喜びして大澄賢二郎を称賛した・・・という記事が出ていて、それを見て、(株)一条工務店の経営者というのはなんてすばらしい人なんだ・・・とかアホなこと思った人もいたようですが、それは要するに、本来従業員に払っておくべきカネを払わずに貯め込んだカネがその「防潮堤の費用」に化けたということだ。 そんなカネがあるなら、従業員にもっと給料払ってもよさそうなものだ。 大澄賢二郎は従業員に払うべきものを払わずに貯め込んでそれを浜松市に「寄付」して「浜松市の英雄」にでもなったつもりでいるのだろう。そのうち、浜松駅前に銅像でも立つのではないか。〔⇒《YouTube-カラヤン指揮 ベートーヴェン 交響曲第3番変ホ長調作品55『英雄』 第1楽章》https://www.youtube.com/watch?v=64RRk9O4BWI 〕 そもそも、労基法違反の札付きの会社から行政が寄付金をもらうということがいいことなのかどうか?!?  市長ならそのくらいのことは考える必要があるのではないかと思うのだが、そのあたりが慶應大ア法学部卒だけあって、そういったことを考えないのが「慶應らしい思考の柔軟さ」とか「福沢精神」とか「独立自尊」とか「自我が確立されている」とか「そういう人間が社会で役に立つ」とか「企業はそういう人間を評価する」とか思っとるのかもしれませんね。もしかすると、そういうのが「ギャルにもてもて」とか思っとるのかもしれん。その際、ともかくも、大澄賢二郎は社長を退任したはずなのですが、なぜ、「防潮堤の費用」という名目で浜松市に寄付をするとかいう話で、またもや、表に出てきているのでしょうか。もともと、「責任をとって社長を退任」なんて、ナマ言っても、どうせ、形だけだろうがと多くの従業員は思いましたし、その後も、「〇日までに◇棟は売ってもらわないと困る」とか会社に出てきて、社長でもなければ会長でも相談役でも取締役でもない人が一般従業員に直接言っていたというのですが(それは、日本国の会社法から考えておかしいはずなのです。会社の株を1単位株もてば株主総会に出て発言することはできますが、その会社に行って、個々の従業員に直接仕事の内容を命令することができるわけではありません〔もし、できるのなら、ソニーあたりに行って社長に命令してやりたい気もするのですが・・・(笑)〕。1単位株の株主ではなく、相当の大株主ならできるのかというと、それもできません。株主は取締役会に指示・命令することができ、取締役会を代表して代表取締役が会社を経営します。その代表取締役の指示に従って各従業員は職制により、業務をおこなうことになります。大澄賢二郎が社長を退き、会長にも相談役にもならず、会社の役職は何もないという立場になったならば、たとえ、大株主であっても、会社に言って、直接、ヒラかヒラの上くらいの個々の従業員に、「〇日までに◇棟は契約を取ってもらわないと困る」とか困らないとか言ってはいけませんし、そういうことをされたのでは会社の秩序を乱すことになります・・・が言っていたようなのです。社長でなくなっただけでなく会長でも相談役でもない人が。)社長を退任しただけでなく会長でも相談役でもない人が表に出てきて「お世話になった浜松に感謝の気持ちをこめて恩返しをしたい」とか大っぴらに発言するというのは、その態度というのは、これはいったいどういうことだろうか?!?  浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友は、そういう態度に同調するのがいいか悪いか・・・といったことを最初から考える頭がないくらい低能未熟でアホウ学部だったということか。
   ・・・とりあえず、「刑務所の塀」を“外から”見たい人は、「北府中」駅の東口で降りて、少し北に行って右(東)に曲がれば、“外から”見ることができます。 周囲は普通の住宅地であり、アレクサンドル=デュマフィス『モンテ=クリスト伯』に出てくる収容所の要塞島みたいな場所ではないので、“外から”見るのは、特別のことをしなくても普通に見ることができます。 私は住宅建築業の営業が商談の際に話にでる「刑務所の塀みたいな塀」という表現での「刑務所の塀」を実際に見ておきたいのなら、それは“外から”見れば十分と思ったが、もしも、「どうしても“中から”見たい」という人は、できれば、(株)一条工務店の社長のバカ息子みたいに「人を殺す」ことで刑務所の中に入って「“中から”見る」のではなく、刑務官にでもなるか刑務所御用達の業者として中に入るかした方がいいのではないか・・・と思いますね。・・・思いませんか? 

   ・・・・・それで、今回は、「『刑務所の塀』見学ツアー」ではありませんので、その話はこの程度にいたしまして、「北府中」駅を出て、ちょっとだけ北に行って右(東)に曲がります。

( ↑の通りを東に行くことにしました。 )
   しばらく、東に行くと見えてくるのが、↓
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↑  同じ建物がいくつも並んでいる・・・ということは、これが刑務所の建物なのか・・・というと、そうではなく、「府中刑務所 職員宿舎」のようです。
    あくまで、外から見ただけですが、いいと思いませんか?  どこがいいかというと、ベランダのパーテーションの位置から判断して、各区画ごとに、南に3室分、窓があり、3室が南に面しているのです。 これはひと様の住居ですから、クリックして大きくして見れるようになんてしては失礼であろうと思ったのですが、しかし、大きくしないとわからないし、どの部屋も部屋の中まで外から見れないようにカーテンを敷かれていますので、ここはいいことにさせていただきたいと思います。 どの区画を見ても、真ん中の区画のどちらか寄りに換気扇があり、換気扇に近い方が「嵌め殺し(はめころし)」(「Fix(フィックス)窓」)〔法律用語で言うと、「強姦殺人」〕になっており、その横にガラス戸の開き扉になり、両側の部屋は引き違い戸になっています。 おそらく、真ん中の換気扇のある部分が手前から向こうにかけてキッチンで、換気扇の脇にコンロがあり、対面式キッチンでキッチンがある側の隣の部屋がダイニングルームなのか、それとも、キッチンとは逆側の隣の部屋と一続きでダイニングキッチン形式の大きな部屋となっているのかで、もうひとつの部屋がリビングルーム、もしくは、座敷(和室)という配置ではないでしょうか。
   たとえば、[第325回]《なぜマンションのキッチンは対面式か。「東京では最近はキッチンは対面式と決まってる」か? え?》https://shinkahousinght.at.webry.info/201504/article_3.html で、埼玉県蕨市と川口市の境目付近の蕨市で、川口土木建築工業(株)https://www.kawado.co.jp/ が建設していた住友不動産(株)http://www.sumitomo-rd.co.jp/ のマンションなどの例をもとに、マンションの間取りの取り方について述べましたが、一定の敷地にできるだけ多くの区画を設けようというところから、どうしても、窓側に2部屋で片方がダイニングでキッチンは中ほど、通路側に2部屋という間取りになってしまい、かつ、すべての区画が南に窓というのではなく、南に窓という区画もあれば、東に窓という区画もあり、西に窓という区画もあるというような作り方になっていたのです。 「住友不動産のマンション」というと、住友系のゼネコンの住友建設か「ゼネコン大手5社」か、せめて、戸田建設とかそのあたりの「中堅ゼネコン」とかが建設しているかと思いきや、川口土木建築工業(株)なんていいかげんな所が建設していたのですが、それとともに、敷地に無理矢理いっぱい部屋を作ったような造りで、昼間でも人工照明で生活するのが当たり前・・なんてそんな認識で造られたマンションであり、1階に「専用庭」がある区画もありましたが、「専用庭」なんていい名称つけていても、戸建住宅の庭とは違って、真上に他のひとの住居があって、「いいかげんな格好で庭に出る」というのは戸建住宅と違ってできないし、いつ、上から植木鉢が落ちて来るやらわからない・・なんて危険もあるし、「庭」といってもそういいものではなさそうでしたし、なにより、せっかく「持家」を持つのに、なにがうれしゅうて、昼間から人工照明で生活しないと生活できないような家、四季を通じてエアコンなしでは生活できないような家に住まにゃならんのや・・・て感じでした。そもそも、高層ビルの「高級マンション」て、あれは電気が停まったらアウトと違うのか・・・てそんなマンションを「高級」と言うべきだろうか、なんて思います。 それに対して、↑の「府中刑務所 職員宿舎」の場合は、ものすごい豪勢とかではないとしても、ともかく、すべての区画が南に窓を持つように配置されており、南に3室(そのうち、1室はキッチン)が並ぶ配置にできており、集合住宅であっても、キッチンに自然光がある程度は入るようになっていて、これなら、「人間の住む家」ではないか、たとえ、電気が停まったとしても、ある程度は生活できる家ではないか、という印象を受けました。 これは、この職員宿舎が敷地に恵まれているということなのか・・というと、むしろ、住友不動産(株)のマンションとかが、あまりにも、居住環境を軽視した配置・間取りになっているというそちらの方が問題があると考えるべきではないか、昼間から人工照明で生活するのが当たり前という思想はいかがなものか、日光が入らない風が通らない部屋が当たり前という思想はいかがなものか、と思います。。 「設計士」と称するデマカセ屋は、そのあたりを一度、考えてみた方がいいと思いますね。

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↑ 向こうに見える茶色の建物が、府中刑務所のようですね。

   次回https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_2.html 、国分寺街道を南に進みます。

  (2019.1.8.)

☆ あけおめ。 大國魂神社。
1.北府中駅から。表から入ろう、神社も大学も。「刑務所の塀」は外から見れる。分譲マンションより居住性は良さそうな刑務所職員宿舎。〔今回〕
2.幸町から国分寺街道、欅並木通。鉄人風屋上。司祭館は教会のそば。広い歩道と自転車 https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_2.html
3.欅並木通。大鳥居。突けば転びそうな警官。屋台の食べ物はばっちいか。デマカセ心理学 https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_3.html
4.手水舎・随神門・鼓楼・宝物殿・神楽殿。「軍艦多摩慰霊碑」、慰霊はあくまで慰霊で。https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_4.html
5.中雀門・自然石風の上の狛犬・おみくじ箱・拝殿・本殿 https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_5.html
6.「仕事人の神社」東照宮・北を向く天神社、御旅所。府中競馬場のアルバイトの想い出 https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_6.html



医界、腐蝕の構図 (1984年)
現代評論社
保阪 正康

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≪ 呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)
  百八星の頂点に立つ三代目首領。宋家村(そうかそん)の出身で、鄆城県(うんじょうけん)では押司(おうし)(上級書記)を勤めていた。色黒で身長六尺(約144cm)と風采は冴えず、槍棒を好むが腕前は十人並、策を立てても敵に見破られる等々、眼を見張るようなとりえがないのだが、なぜか名声と人望だけは高い。なにしろ「宋江」の名を出すだけで、好漢たちは水戸黄門の印籠よろしく平伏し、宋江を「兄者」と敬うのだ。しかも神仙まで宋江には協力的で、九天玄女(きゅうてんげんじょ)から三巻の天書と四句の天言を授かっている(まあ、このアイテムはあまり役立っていないのだが)。
  しかし、本当に宋江が大徳の持ち主かというと、ちょっと疑問だ。梁山泊とのつながりを材料に妾の閻婆惜(えんばしゃく)に脅迫されると、かっとなって彼女を殺害。その逃亡中に散々お世話になっておきながら、清風山(せいふうざん)の頭になることや梁山泊入りを「山賊は嫌だ」とばかりに拒み、恩赦によって罪が減じられるとあっさり自首を選ぶ。好漢を仲間に入れるために悪どい策略を使っても罪の意識をそれほど見せず、晁蓋(ちょうがい)の死後に首領となると他の好漢の不満を押し切って朝廷への帰順を決定。この結果、梁山泊は朝廷の駒としていいように使われ、遼(りょう)、田虎(でんこ)、王慶(おうけい)、方臘(ほうろう)を征伐することになる。
  こんな人物が首領でいいの? と思わなくもないが・・・・・ ≫
( 超音速 編『水滸伝の108人がよくわかる本』2009.4.20. ぶんか社文庫 ↑)

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