上宮天満宮(高槻市)参拝【7/10】「不純異性交遊」の男の大学は「同じ大学なのに」と考えるべきか?

[第635回] 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り 第49念-7
  高槻市のJR「高槻」駅から北に進んだ所にある上宮天満宮には、1970年代後半、この近くにYMCA予備校高槻校というものがあって、そこに行っていたことがあったので、立ち寄ったことがありましたが、その際、言っちゃなんだが、「不良」の高校生・・・という感じ(「感じ」というのは、イメージ・印象がそんな「感じ」であったということで、その場所で特別のことをしていたわけでもないのだが、そんな「感じ」だった)の男女が、上宮天満宮に2人できて、「べたついている」みたいな「感じ」で来たことがありました。 「不純異性交遊」とか「桃色遊戯」とかいった言葉がかつてはあったのですが、なんだか、今は死語みたいになってしまいましたが、北野高校のある英語の教諭が「女の子のことを考えるようになったら、もうおしまい。もう、伸びないね。 I とかTとかいう字を見ると立っているところが頭に浮かぶ、Lなんて字を見ると座っているところが思い浮かぶ・・・なんてそういう状態になったら、もうおしまい。もう、伸びない」などと言う人がありましたが、自分でもそんな感じに思っていました。ですから、その「不良」(といっても、その時の私が彼らを見て「不良」という印象を受けたのであって、実際に「不良」であるかどうかというと、まず、何をもって「良」か「不良」か判断するのか、けっこう難しいところもあるかと思いますが)高校生の男女みたいに、高校の授業時間中なのか授業が終わってすぐ後の時間だったか忘れましたが、予備校の場合は、大学と一緒で授業はある時間とない時間がありますし、そもそも、予備校というものは「卒業」というものは最初からないし、そこに1年間行ったからといって「学歴」になるものでもなく、行かないといけないという性質のものでもないのですが、高校は基本的には朝から6限目まで授業はあるはずですが、そんなの関係なく、男女でべたついていたようなのが上宮天満宮に来ていたのです。 やっぱり、その時点の私の感覚では「不良」でしたし、「不純異性交遊」でした。
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( ↑「割拝殿」 )

   高校生くらいの頃、私はそういう人というのは高校を卒業して就職する人で、大学には進学しない人なのだと思っていたのです。ところが、実際にはそうでもなく、そういう人が「大学」という所に行き、そして、4年になると、「同じ大学生なのに、大学によって人を差別するというのはおかしい。差別はいかん」とか大威張りで言い出すのです。なんか、違うように思うがなあ・・・という気持ちになりましたが、「多数は正義」みたいなところがありますので、そういう人たちの主張は通ることが多い。なんか、バカみたいです。
   あるいは、見てくれも「不良」で、私なんかが「女の子のことを考えるようになったら、もうおしまい。もう、伸びないね。 I とかTとかいう字を見ると立っているところが頭に浮かぶ、Lなんて字を見ると座っているところが思い浮かぶ・・・なんてそういう状態になったら、もうおしまい。もう、伸びない」とか高校の先生から言われて、自分でもそんな感じに思っていて過ごしていた時に、「不純異性交遊」だか「桃色遊戯」だかを当たり前みたいにやっていた人、高校卒業まで、お勉強なんてほとんど何もしてこなかった人が、そういう人というのは高校を卒業すると就職するものなんだろうと思っていたら、そうではなく、そういう人が「浪人」なんてして、そして、言うことが、「今、浪人でたいへんやねん」・・・・・・なんて言ったりして・・・・。 バカ言ってんじゃないわ♪ と言いたくなりますが。おまえ、どこ、「たいへん」なことやってんねん。 バカ言ってんじゃないわ♪ と言いたくなるけれども、なんか、そういうことを言うのです。 〔⇒《YouTube-3年目の浮気》https://www.youtube.com/watch?v=cRwYKs3fHlo 〕

   もっとも、「不純異性交遊」とか「桃色遊戯」とか、なんか、なつかしいというのか、昔はそういう用語があったなあと感慨深いというのか、そういうのがいいとは今も思いませんが、その片方で、「女の子のことを考えるようになったら、もうおしまい。もう、伸びないね。 I とかTとかいう字を見ると立っているところが頭に浮かぶ、Lなんて字を見ると座っているところが思い浮かぶ・・・なんてそういう状態になったら、もうおしまい。もう、伸びない」といった、そういう「ストイック」な姿勢が大学受験にいいのかどうかというと、そうでもないかもしれないと今は思っています。
   早稲田法経セミナー だったか 早稲田経営セミナー だったか、そんな感じの所が発行していた、司法試験(この場合、法科大学院大学ができるより前、今はなくなった旧型司法試験)受験の案内書を見ていましたら、「今年、司法試験に合格した人〇百人にききました」というコーナーがあって、なるほどと思ったのは、「司法試験に合格しないタイプというと?」という質問に、「あまりにもストイックな人」というのがあったのです。もうひとつ、「あまりにもアカデミックな人」というのも、これも、そうかもしれないと思いました。そして、この2つは旧型司法試験だけでなく、大学入試にもあてはまるのではないかと思ったのです。私なども、この2つ、あてはまったかもしれません。
   この「あまりにもストイックな人」「あまりにもアカデミックな人」という2つについては、あくまで、「あまりにも」とついている点がミソというのか重要です。 「ストイック」でない方がいいということではないのです。「アカデミック」であるのが絶対にだめということでもないのです。 あくまでも、「あまりにもストイックな人」「あまりにもアカデミックな人」です。そもそも、18歳から20歳くらいの年齢の男性が女性のことに関心がないというわけにはいかないと思うのです。それを、「あまりにもストイック」であろうとすると、かえって精神面が乱れてくるのではないかとも思います。結論として、「自然体」がいいのではないかと思うようになったのです。
   それにしても、やっぱり、あの時、上宮天満宮に来ていた「不良」っぽいイメージの男女、彼らが「大学」に行ったのか高校卒業して就職したのかはわかりませんが、ああいう人は「大学」には行かない人なんだと思っていたら、実際はそうでもなくて、「大学」に行く人がけっこう多くて、しかも、4年になったら「同じ大学生なのに大学によって差別するのは不当だ」とか胸張って言うのです。私が浪人中、私の父親は、私に「高校は義務教育じゃないんだから、おまえは高校に行く必要はないんじゃ。おまえは高校に行くべきではないのにからに高校に行きおってからに、反省しろ!」と毎日毎日言っていました。 それに対して、ああいう「不良」みたいな人というのは、高校卒業するまでお勉強なんて何もしないでいて、それでいて、「浪人」とかして、「今、浪人でたいへんやねん」とか口にしながら「浪人生活をエンジョイ♪」とかしよるわけです。それでもって、「大学」という所に行って、卒業する時には「同じ大学生なのに大学によって差別するようなことは不当だ」とか大威張りで言うのです。
   私が慶應大学の4年の時、父は「おまえはなあ、慶應大学に行ったと思ってるかもしれんけどなあ。もう、これで卒業したら何の価値もないんやからなあ。もう、これで、おまえは亜細亜大とか拓殖とかと一緒なんやからな。おまえは、拓殖じゃ、おまえは拓殖。おまえは亜細亜大じゃ、おまえは亜細亜大。わかっとんのんか、拓殖、わかっとんのんか、亜細亜大。おまえはおまえは拓殖じゃ。この拓殖、このチャンコロ!」と毎日のように私の鼻の頭を指さして叫んだものでした。 せっかく、小学校の1年から、ほかの同級生が遊んでいる時も勉強してきたのに、「これで、おまえは亜細亜医大のやつとか拓殖のやつとかと一緒じゃ。この拓殖めがあ」と言われるようなことになっては嫌だと思ったので、それで、まず、経済学部というのには絶対に行かされたくないと思ったものでした。 文学部の国文科か中国文学科を卒業して教員の資格を採れば高校か中学校の国語の先生になれる。文学部の史学科・地理学科・哲学科などを卒業して教員の資格を採れば、高校か中学校の歴史・地理・倫理社会などの先生になれる。理学部の数学科・物理学科・化学科・生物学科・天文学科・地学科を卒業して教員の資格をとれば高校か中学校の先生になれる。法学部に行って司法試験に合格すれば裁判官か検事か弁護士になれる。法学部に行って国家公務員1種試験に通れば、1種試験合格者として官庁に就職することができる。工学部に行ってできれば大学院の修士まで行けば、企業に勤めても研究室のような所に勤めることができる、医学部・歯学部に行って卒業すれば、医者・歯医者になれる、薬学部にいって薬剤師の資格をとれば薬剤師の仕事ができる、それに対して、経済学部・商学部・経営学部なんてものを卒業してしまったならば、高卒以下、もしくは、中卒以下になってしまう。特に、営業なんて仕事についてしまうと、「営業は頭のない人間がええんや」とか、「営業は高卒か中卒がええ」と企業の経営者は考えていますから、中卒以下です。 だから、私は、せっかく、小学校の1年からほかの同級生が遊んでいる時も勉強してきたのですから、たとえ、首をもがれても、経済学部・商学部・経営学部といったところには行かされたくなかった。 たとえ、首をもがれても絶対に嫌だった・・・・・が、ところが、父は言うのだった。「会社に勤めるのを嫌がる人間というのは、モラトリアム人間病という病気にかかっている人間です。慶應大学の小此木啓吾先生というエライえらいエライえらい先生が、そうおっしゃってます」と。ということは、何より、小此木啓吾こそ、「会社に勤めるのを嫌がる人間」であって、病院とか大学とかいう所に勤めた人間ですから、小此木啓吾こそ、モラトリアム人間病の「患者」として「治療」される必要があります。小此木啓吾こそ、「入院療法」(=逮捕監禁)・「薬物療法」(=薬漬け・毒盛り)・「作業療法」(=強制労働・無賃労働・労働搾取)・「心理療法」「カウンセリング」(=言いくるめ・マインドコントロール)といった様々な「療法」(何でも、「療法」と名前をつければ「治療」になる。言ったもの勝ち!)で「治療」される必要があることになります。そもそも、父の説では「高校は義務教育じゃないのだから、義務教育でない以上は、あんたは高校は行くべきではないんじゃ。おまえは高校には行くべきではないのにからに北野高校に行きおってからに。おまえが北野高校に行ったというのは、それは甘ったれとるからじゃ、このチャンコロめがこのチャンコロ!」ということでしたから、「幼稚舎から慶應」の小此木啓吾こそ、何よりも「最大級にウルトラ甘ったれとる」人間であり、小学校・中学校が義務教育だというのは、それは公立の小学校・中学校の話であって、慶應幼稚舎だの慶應中等部だのというのは義務教育ではありませんので、小此木啓吾こそ、「おまえが小学校行ったのは余計じゃ! ウルトラ甘ったれるな!!!」と顔を指さして言ってやるべきであったはずです。

   高校3年の1月、それまで、高校卒業の年は、国立大学だけ受験することにする、と決めていたはずでしたが、1月に入って、父が、突然、「関関同立のどこかを練習で受けてみればどうか」と言い出したので、それにしても、そういうことを思っているのなら、もっと早くから言うべきで、早くから話をしてそういう予定にするのならそれもいいかもしれないけれども、1月に入って、本人は国立大学だけ受けるつもりにしているのに、突然、そんなことを言いだすというのは、変った親だなと思ったものでしたが、あまりにもしつこくて、「要りません」と言っても言ってもきかず、根負けして、立命館大学のある社会科学系学部を受けました。試験会場に行くと、「見るからに不良」みたいのがいました。「コンビニ前うん〇座り」みたいのを試験会場の前でやってるのがいました。煙草喫ってるのもいたような気がしますがそれについては記憶がはっきりしません。ああ、これまで、勉強してきたのも、やめようかなとか思ったこともなかったわけでもないけれども、やめずに続けてきてよかったな、こんなヤツと同じ学校に行かされなくて良かった・・・・と思ったのです・・・・が、結局、そんな連中の行く大学に行かされてしまいました。
   慶應タイプの強姦魔の大学、慶應タイプの助駒氏の大学・・・なんて、行かされるくらいなら、大学は行かない方がマシ・・・・・・とずっと思ってきました。 父は慶應に行きたかったようです。父が好きな大学は「慶應の経済」と「神戸の経済」でしたが、私が日本で一番嫌いな大学は「慶應の経済」と「神戸の経済」でした。 この2つだけは死んでも行きたくない、殺されても行かされたくない、首をもがれても行かされたくない・・・と小学生の時から思ってきたのです。実際、慶應大学に行くと、「慶應タイプの助駒氏」みたいのがいっぱいいました。慶應というのは、ああいう連中の仲間にだけはなりたくない・・と小学生の頃から思ってきたそういう連中の大学でした。

   最近、高校で、6年制私立受験校がけっこう多くなってきました。それらの多くは男子校か女子校で、公立進学校が、戦後、男子校と女子校が生徒を「交換」することで教学になった、男子校であった北野高校は女子校であった大手前高校と生徒を「交換」することで両方が共学の高校になったが、全国でそういうことがあり、その流れで、公立進学校は共学の学校が多いのに対し、私立新興受験校は男子校か女子校が多い。
   大学入試だけを考えると、女性はどうか知りませんが、男性の場合は男子校の方がやりやすいかもしれません。だいたい、男性というのは、子供の頃から、「女の子になんか、負けてどうしますのん」とか言われて育ってきたのです。  元 阪神タイガースの桧山選手が平安高校の4年の時、夏の京都府の大会で、1回戦で進学校の洛星高校に負けて、しかも、1回戦で平安高校に勝った洛星高校は2回戦では「普通の公立高校」に負けた。「『恥知らず』『恥を知れ』と言われました」と桧山選手は、「プロ野球選手にきく、高校野球の想い出」という企画で、アナウンサーからきかれて答えたということでした。 それは辛かっただろうなあとも思うが、プロ野球選手になりたいと思っているような人間が多い高校の野球部が、野球が中心の人間が、進学校の野球部の人間、野球は趣味・体力づくり・健康増進・リクリエーション・気分転換でやってる人間に負けてどうすんの? ・・・てところだったのでしょう。 実際には、相撲でも、横綱が平幕に負けることだってあるし、プロ野球でも優勝するチームが最下位のチームに負けることだってあるわけで、相撲で初日に負けても残りを勝って優勝することだってあるわけですが、高校野球の場合はトーナメント方式ですから、野球専門校が1回戦で進学校に負けてしまうと、「恥を知れ」「恥知らず」と言われることになるのでしょう。 私なんかも、小学生の頃から、学校の成績は、ともかく、最低でもクラスで1番でないといけないと言われてきましたし、特に女の子で自分よりも成績がいい者がいると、「なんで、女の子になんか負けますの」と怒られたものでした。 それが、小学校や中学校くらいなら、「最低でも、女の子よりはいい成績」くらいは取れないこともないかもしれませんが、高校で共学の進学校に行きますと、女性でもできるやつはできますから、「女の子になんか負けてどうしますのん」とか言われても、必ずしも、そううまくいかない場合も出てくるのです。 デューク=エイセスという4人のコーラスグループのおっさんたちが、「おさななじみ」という歌を歌っていたのを覚えています。 「幼馴染みの想い出は・・・」と始まる歌ですが、そこで、「小学校の運動会、きみは一等、ぼくはびり。泣きたい気持ちでゴールイン。そのままうちまで駆けたっけ♪」なんて歌詞がありました。大学受験においても、女性の場合、うまくいくと、「女の子なのにえらいねえ」とほめてもらえて、うまくいかなくても、「まあ、女の子なんだからいいじゃない」てことになるのに対し、男はそうはいきません。「女の子になんか負けてどうしますのん」なんて言われても、「こんちくしょう」と思って頑張ればいいと言われても、「こんちくしょう」と思って頑張ってそれで、その「女の子」を上回る成績をとって、「上の大学」に行けたらいいのですが、相手がある程度てごわいと、常に上回ることができるとは限らんわけです。 ・・・となると、どうも、男性はそのあたりで余計なことを考えて、それがペースを崩すもとになる・・・可能性がある。
※ 《YouTube-デュークエイセス おさななじみ》https://www.youtube.com/watch?v=N2s8yMIsguM
   たとえ、「女の子のことを考えるようになったら、もうおしまい。もう、伸びないね。 I とかTとかいう字を見ると立っているところが頭に浮かぶ、Lなんて字を見ると座っているところが思い浮かぶ・・・なんてそういう状態になったら、もうおしまい。もう、伸びない」なんて認識でいたとしても、それでも、同じクラスに女性がいると、気になりますでしょ。どうしても。 その点、男子校であれば、「余計なこと、考えずにすむ」ところがあります。 だって、同じクラスに女性はいないんだもの、自分が悪い成績をとったとしても、あくまで、それだけですから。その点、大学入試だけを考えるなら、男性は共学の学校よりも男子校の方がいいのかもしれません。 しかし、だから、将来を考えて、男子校の方がいいかどうかはわかりません。 職場に勤めてみると、男子校の高校出身者とか共学の高校出身でも男性の方が多い高校で男ばっかりのクラブにいたとかいう人と話をすると、「ぼく、女性が苦手なんです」とか言うやつがいます。 「苦手」なんて言われても、世の中の半分は男で半分は女でできているのですから、苦手なんて言ってられないと思うのですが、現実にそういう人がいます。 また、「女ごころ音痴」みたいな男もいます。 そういう人を見ると、やっぱり、中学校・高校は共学でないといけないのではないか・・とか思ってみたりもします。私が中学生の頃、「灘高校なんてあんな変な学校はたとえ東大に行けても、あんな学校は行かない方がいい」という話があり、その良くない理由のひとつに「灘高校出身者は離婚率が高い」という話がありました。それはあくまでも「話」で実際にそうであるのかないのか知りませんが、「なんかありそうな話」ではあります。
   昨年でしたか、東京の桜蔭高校から東大に行って卒業した女性の国会議員、「自動車のトヨタよりも有名」「プロレスラーの豊田よりも狂暴」なおばさんが、秘書の男性に「ち~が~う~だ~ろ。このハゲぇ~!」と叫んでクルマの中でボコボコ殴った、という事件が発覚しましたが、あれなども、もしも、大学なり短大なりを卒業した後、就職するにしても一般職で勤めて、その後、結婚して、結婚後、勤めるにしても補助的な仕事につくのであれば、中学校・高校と女子校でも悪くないのかもしれませんが、大学卒業後、男性と同じように、それも東大出た男性と同じように勤めて東大くらいを出た男性と同じような仕事を男性と一緒にやっていこうということですと、中学校・高校と女子校というのは良くないのかもしれないと思いました。あの怖いおばさんは、個々の問題がどうかよりも、まず、全般的に男性の気持ちを理解できないのと違いますか。

   上宮天満宮の祭神は菅原道真。 菅原道真は「学問の神さま」ということになっていますが、浪人中、ここに立ち寄った時には、だから、拝んでおこうなどとは思わなかった。宮本武蔵が、これから勝負に向かおうという時、道のかたわらに、何の神さんかわからないが祠があり、手を合わせようかとふと思ったが、いや、神に頼むというようなことではいけない、自分自身の力で勝とうという姿勢がなくてどうするか・・・と思って拝むのをやめた・・・という話が、吉川英治『宮本武蔵』(講談社文庫)の中にあったような気がします。 昔はそんな感じのことを思っていました。

   結局、慶應大学などという「女たらしの大学」に行かされてしまいました。 「かかわりたくないようなの」が周囲にいっぱいいました。 結局、2浪もしてしまい、2浪目は、国語の成績が飛躍的に上がり、ほかの科目は別として、国語については、共通一次試験においても東大の二次試験においても、東大の受験生の中でも悪くない方の成績をとれたと思います。 そこまでもっていくには相当の努力をしました・・・・が、入学試験に国語がない大学に行かされてしまいました。 「慶應タイプのブタ人間」にえらそうにされるために、国語の勉強、文学・哲学の勉強をしたようなものでした。

   慶應大学で、あるサークルにはいった時、千葉市の千葉クロマティ高校卒で1浪で慶應の文学部に入ったT永という私より1つ年下の男がいました。 彼は「俺の出た高校なんて進学校でもない下の方の高校だったし、俺が高校出た時の成績なんて、どこも行ける大学ないような成績だった」と自分自身で言っていましたが、話をすると、話の内容がレベルが低い。 こいつ、勉強してないなあというのが話すことを聞くとすぐにわかりました。そういうクロマティ高校卒で、高校卒業時の成績では、行ける大学なんてたいした大学ないという男が、ふんぞり返って浪人して、浪人して行った予備校がそいつに合って、その結果、数学と英語だけが試験科目の慶應の経済学部とか慶應の文学部とかにその科目だけ受験勉強をして合格して入るという人間が、慶應にはけっこういたようです。 そもそも、慶應の経済学部に1浪で入ったという人間で、「国立は一橋の経済を受けた」と称していた人間というのは、その「一橋の経済」というのは、大部分がオリンピック。「参加することに意義がある」。 試験科目は数学と英語だけの慶應の経済にその科目だけ勉強して合格して入学した人間が、試験科目が多い国立大学の「一橋の経済」なんて通るわけないのですから。 あくまでも、「人生経験のために」国立大学も1つ受けた、というだけのことです。そういうのを「俺も国立は一橋の経済を受けた」と叫ぶのです。「1浪で慶應の経済」て男は。そういう男のことを「思考が柔軟」とか「福沢精神を身に着けている」とか「自我が確立されている」とか「人間的に成熟している」とか「ギャルにもてもて」とか「診断」するようです。
    千葉クロマティ高校卒の富永は、高校卒業時の成績だと行ける大学なんてほとんどなかった男のようで、そういうのが1浪して、慶應の入試の試験科目だけ学習して合格して入る大学学部が慶應の経済と慶應の文学部です。 そういう人間からすれば、私のように、自分よりも格上の高校に行っていた人間で、自分よりも年上の人間が、自分と同じ大学に行って自分よりも下の学年にいるというのが、これまた、うれしくって楽しくってたまんない♪ ・・・らしいのです。 「思考が柔軟な慶大生」というのはそういうやつのことを言います。 そういう男のことを「思考が柔軟な慶應ボーイ」とか「スマートな慶大生」とか言うのです。 クロマティ高校卒で中学校から煙草を喫ってたような不良にとては、私みたいに東大に行くために浪人して、2浪で慶應に入学させられてしまった、などという人間が、自分よりも下の学年にいるというのは、うれしくって楽しくってたまんない、この世の極楽極楽、隣の不幸は鴨の味♪ とかそういうもののようです。 慶應の人間というのはそういう男が多い!
   富永は私にこう言ったのです。「俺なんかは、きっちりと1浪で大学に通ったんだけれども、なんで、おまえは2浪なんてしたんだ。こらあ。おかしいんじゃないのか、おまえ。こらあ、なんで、おまえ、2浪なんてしたんだあ。答えろ! こらあ!!!」と。 「いかにも、慶應」て感じですね。 慶應という「大学」はこういう富永みたいな人間が行く所です。 まず、私の認識として、「きっちりと現役で大学に通った」という日本語ならありますが、「きっちりと1浪で大学に通った」という日本語はないのです。 1浪で大学に通ったというのは、私が北野高校の時に属していたクラブのOBなどが1浪で大学に合格した後、クラブに顔を出した時にどう言ったかというと、「恥ずかしながらも、笠貼りを1年間いたしましたが、このたび、なんとか、合格させていただくことができました」とか、そういう言い方をしたのです。そういうもののはずでした。「俺なんかは、きっちりと1浪で合格したんだけど」などと、そういう富永みたいな日本語があるとは、私は夢にも思いませんでした。 彼は「慶應タイプ」だと思います。「いかにも慶應」て感じですね。
   私が高校3年の時、母は何を思ったのか、「こいつ、現役で大学に行ったら思い上がった人間になるから、絶対に落としてやるう~う!!!」「こいつ、東大になんか通ったら思い上がった人間になって、女を泣かすから、こいつ、絶対に合格させてなるものかあ!」と言って、私が家で学習していると、後ろからつかんで背後にひっくり返したり、箒をもってきてボコボコ殴りつけたり、私が学習している部屋の電気のブレーカーを落として見えなくしたり、さらには、学校から帰るとインタホンのコンセントを抜いて鳴らないようにして家に入れてくれなかったり・・・その他、さまざまな妨害をしました。 それだけが原因ということでもない、そもそも、ある程度以上手ごわいところを受ける以上は、絶対に通るなどというものはありえない、ある程度以上手ごわいところを受ける以上は通ることもあれば落ちることもあるものですが、そういうことがあって落ちました。浪人しても、母のその態度は続きました。私が受験生の父親であれば、自分の妻に「そういうことは、やめてやってほしい」と言いますが父は言うような人間と違いました。そして、私が浪人すると、電卓を持ち出し、「電卓、でんたく、デンタック」と言いながら、「東大を受ける時のホテル代が・・・円、交通費が・・円、応募する時の封筒代が・・・円、切手代が・・円、・・・・円の損させられた」と言いまくりました。もしも、私が親ならば、合格して入学が決まったならば、「これだけ損したんだぞお」と一言くらい言っても悪くないかもしれないが、浪人中には絶対にそういうことは言いませんが、父は息子が浪人中だと思うとそういうことを連日言いまくる人間でした。 北野高校の2年の時の担任だった旧姓作野礼子(女。当時、20代。北野高校→神戸大文学部卒。結婚して寺地礼子。後に離婚したか再婚したか再離婚したかは知らん)が、私に「私なんかは浪人なんて絶対にさせてもらえなかったわよ」と言って私を責めるのでしたが、私が高校の教諭であったなら、浪人中の人間には絶対にそういうことは言いません。旧姓作野礼子は「私は両親が離婚したから」というのが最大の自慢で、その時も言われましたが、しかし、何よりも、旧姓作野礼子の親が離婚しようが再婚しようが私が離婚させたのではないのですから、知ったことではない。そもそも、「両親が離婚した」て、そういうのは自慢することか?!?  「ち~が~う~だ~ろ! このボケぇ~え!!!」。 その時は、北野高校の教諭の言うことだからかしこまって聞かないといけないみたいに思っていたのですが、後から考えてみると、何も黙って言われていることないのですよ。むしろ、「私なんか、神戸大の文学部なんて、絶対に受けさせてもらえなかったわ」「私なんか、神戸大の文学部なんて、まず、受けたいなんて口にすることは許されなかったわ」と言ってやればよかったと思います。高校の教諭だから、生徒・元生徒には何でも言いたい放題言っていいというものではないと思うのです。 どうも、旧姓作野礼子という女は、自分の学校の生徒には言いたい放題言って苛め倒す。その苛め倒す相手の典型的な存在が私だったようですが、片方で他校の生徒は苛めない、むしろ、持ち上げるという性質があったようです。旧姓作野礼子の発言から考えるならば、本人も言っていたように高校卒業時の成績だと行ける大学なんてほとんどなかったという千葉クロマティ高校卒の富永なんて、もとより、「高校は義務教育じゃないんだから行くべきではない」だけではなく、富永みたいにクラスおまえ。クロマティ高校に行くような不良は義務教育であろうが中学校行くことないのです。富永は中学校言ったのは間違いなく余計です!  ウルトラ甘ったれとるから富永は中学校に行ったのです。 旧姓作野礼子だって、「高校は義務教育じゃないんだから」高校に行くことなかったのです。「甘ったれとるから北野高校に行った」のでしょう。 顔を指さして「ウルトラ甘ったれるな!」と言ってやればよかった。
    立命館大学の産業社会学部を受けた時、受ける前は「立命なんて落ちたんでは、眼、噛んで死なんといかん」とか思っていたのですが、受けてみると、けっこう問題は難しくて、あんまりなめたもんじゃないなと思いました・・・が、ともかく合格しました。 その時に、試験会場で、「見るからに不良」て感じのが受けに来ているのを見て、「ああ、これまで勉強してきてよかった。こんなのと同じ大学に行かされることにならなくて良かった」と思ったのですが、結局、2浪もしたあげく、千葉クロマティ高校卒の富永みたいなその類の不良の行く大学に行かされてしまうことになってしまいました。

    慶應みたいなものに行かされるくらいなら大学は行かない方がいいと思いましたし、千葉クロマティ高校卒の不良の富永みたいなヤツの大学に行かされて悪影響受けさせられるくらいなら、たとえば、旧型司法試験は、4年制大学の2年を修了すれば1次免除で2次から受けることができますが、大学に行かなくても1次試験に合格すれば2次試験を受けることはできます。 富永なんぞは、慶應の文学部の入試科目である数学と英語しか学習していませんから、旧型司法試験の1次試験を受けて合格するのは大変ですが、私のような旧帝大系国立大学を目指して来た者は、旧型司法試験の1次で出題される科目、一般教養科目というのは高校の全科目と重なる部分が多いですから、十分合格できる可能性はあります。 北野高校で私より1つ上の学年だった男で、1浪して二期校の静岡大学工学部に行ったが、2年まで行ってやめて、受け直して阪大の歯学部に行ったという人がいましたが、彼が言うには、その頃の静岡大学の工学部(俗に言う「浜松工業大学」)では、京大・阪大の工学部あるいは東大の理科一類・理科二類を受けて落ちて静岡大学工学部に来た人間が多く、そういう人間は「一浪したことだし、しかたがない」という気持ちで静岡大工学部に入学するが、「半年以内には半分以上はいなくなる」、「誰がこんな大学行くものか」「静岡大卒にされてたまるか」という気持ちになって受け直すことになる・・・らしかった。 そして、言っていた当人は「半年以内」ではなく2年途中まで行ったらしいが、1浪+静岡大2年=3年遅れで、受け直して阪大の歯学部に行った。 私が慶應大に入学させられて住んだ日吉台学生ハイツの私と同じフロアに私と同じ歳で、大阪の天王寺高校卒で慶應大商学部に2浪で入ったという男がいて、彼も「誰がこんな所に行くものか」と思ったようで、翌年、3浪で東大に合格したらしい。 私もそうしたかった。私もそうしたかったが、させてもらえなかった。私は、千葉クロマティ高校卒の不良にえらそうな口をきかれるアホ大学に暴力と強制と脅迫で行かされてしまった。小学校の1年から同級生が遊んでいる時も勉強してきたが、私が勉強している時に遊んでいたヤツが行く「大学」に行かされてしまった。 父は私の顔を指さして「産まれてこなければ良かったのに、産まれてこなければ良かったのに」と毎日言っていたが、実際、クロマティ高校卒の不良が行く「大学」に行かされてしまうくらいなら、「産まれてこなければ良かったのに」と思う。

    慶應大学で、ステューデントカウンセラーズというカウンセリングの学習をするサークルに加入していたことがあったのだが、そこでは相当尽力したはずだが、そこに東京都の多摩地区の本人が言うところの「三流高校」卒で1浪で慶應大学の商学部に入った高橋という男がいた。結局、「3年以上遅れ」になってしまったが、「1浪1留」になった彼が私に「〇〇さんは、俺を見て自信もつだろ」と言うので、私は言ってやったのだ。「だ~れが自信もつか! いいかげんにしろ! 」と。「こんなヤツなんかと同じ学校に行かされてるのかと思って嫌になるだけのことじゃ。三流校出身のくせに!」と、「冗談みたいに」言ってやったのだ。私が「冗談みたいな言い方」で言ったことから、彼は私が冗談を言ったと思ったらしい。 しかし、「冗談みたいに」言ったけれども、実質的には冗談ではないのだ。実際のところ、私は小学校の1年から、高橋なんかが遊んでいる時も勉強してきたのだ。そして、慶應なら高校卒業する時でも通った可能性が低くないと思っている。「低くないと思っている」というのは実際に受けていないからで、実際に受けていない以上は、もしも、受けたらどうだったかはわからないが、それにしても、慶應なら高校卒業する時でも通った可能性は低くないし、慶應に行くために浪人したのではない。 むしろ、高校卒業する年なら、慶應みたいなもんに行くくらいなら大学は行かない方がいいと思っていた。 「富永や高橋の行く大学」に行かされるために、あれだけの努力をする必要はなかった。 そういうことを口にしてもしかたがないと思って我慢して言わないようにしてきた。 日吉台学生ハイツに、大阪府堺市の公立高校でも「下の方」の高校卒で2浪で慶應大に入学した男がいて、彼が私に、「北野から慶應で我慢できますのお? そんなの、よく我慢できますね。俺なら絶対に我慢できないですけどね」と言ってくれた男がいた。もう1人、大阪府出身で、藤井寺市だったかの出身で2浪で法政の夜間に入学したという男がそこにいて、「でも、◇◇さんも慶應に行ってるじゃないですか」と言ったところ、「そりぁ、俺は北野みたいな高校出てないもの。俺は▽▽高校しか出てないから、うちの高校からなら2浪で慶應なら御の字であって、これ以上望んだらバチ当たるようなところだから、だから、俺は慶應でいいんだ。 でも、俺だって、もしも、北野かうちの学区なら三国ケ丘高校にでも行っていたら、そんなもの、2浪しようが3浪しようが慶應では絶対に我慢なんてできないな」と言うのだった。私もそういう意識だった。 それでも、そういう「大学」に嫌々行かされてしまった以上、それを口に出して言ってもしかたがないと思って我慢して言わないようにしていたのだ。ところが、ステューデントカウンセラーズにいた高橋(男。多摩地区の公立「三流以下高校」卒。当時、20代)が、「〇〇さんも、俺を見て自信もつだろ」と言い、そして、私が「冗談のように」であっても、。「だ~れが自信もつか! いいかげんにしろ! こんなヤツなんかと同じ学校に行かされてるのかと思って嫌になるだけのことじゃ。三流校出身のくせに!」と言ってやっても、それでも、「なんでよ。もう、一緒じゃん。 どこの高校出てても、もう、同じ慶應じゃん。何の違いもないじゃん」と繰り返し繰り返し言うのだった。 この医者屋の息子の高橋の態度は、どう考えても、喧嘩売ってるとしか思えない態度だった。医者屋の息子というのはそういうものなのだろうか・・とも思ったが、そういう医者屋の息子もおればそうでない医者屋の息子もいるので、ここは決めつけない方がいいとは思う。

   結局、2年も浪人しても東大に合格することはできなかったが、現役ですんなりと通った人間より努力した面もある・・・・が、それでも、千葉クロマティ高校卒の不良とか東京都多摩地区の三流高校卒の医者屋の息子とかの行く「大学」に行かされてしまった。「強姦魔の慶應」「助駒氏の慶應」なんかに行かされてしまうとは、小学生や中学生の時には夢にも思わなかった。
   千葉クロマティ高校卒の富永と同じサークルにいた時のことだが、慶應幼稚舎→慶應中等部→慶應義塾高校→慶應大経済学部卒 という「本物の慶大生」「本物の慶應ボーイ」の男というのがいた。まさに「サラブレッド」である。 1984年、慶應大学商学部で「会計学総論」という科目を教えていた黒川行治という助教授(その後、教授になって、今は名誉教授になったのではないかと思う)が講義の最中に「この僕は中等部から慶應なんだぞお。わかってんのかああ! 我々内部進学の人間はおまえら外部の者とは違うんだ。おまえらは模擬試験でいい成績をとった優秀な人間だとか思ってるんだろう。そんなものは何の価値もないんだ。小学校から高校までの勉強は害があるんだ。その点、我々内部進学の人間は塾風というものを身に着けているんだ。この僕は中等部から慶應なんだぞお。わかってんのかああ! 中等部から慶應のこの僕がおまえら外部の人間に話をしてやってるんだぞお。 わかってんのか。内部進学のこの僕がおまえら外部の者に口をきいてやってるんだぞお。もっとかしこまってききなさい。わかってんのかあ!」とマイクに向かってお叫びになったことがあった。 そのへんにファーストベースがあったら投げてやりたい気持ちだったが、誠に残念なことにそのへんにファーストベースがなかった。〔⇒《YouTube-【ブラウン監督退場!】ベース投げ!ベース埋め! 》https://www.youtube.com/watch?v=QBvG_1qkK-w 〕 そのサークルにいた「幼稚舎から慶應」の男、辰巳は、食事の時、種無しブドウを食べない。そして、言うのだ、普通に種無しブドウ(デラウエア)を食べる私などに。「おまえ、よく、そんなもの、食べるなあ」と。 最初、何を言っているのかわからなかった。「種無しブドウをひとつひとつちぎって食べるなんて、よくそんなめんどうくさい、おかしなことできるなあ」と言うのだ。「ひとに皮をむいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくってなら食うけれども、自分でひとつひとつちぎって口に入れて食べるなんて、そんなおかしなことできるかあ。おまえ、よく、そんなことできるなあ」と、そう言うのだった。なんか、こいつと一緒にメシ食うと、メシがまずくなるわ。そして、彼は言うのだった。「蜜柑でもそうだ。ひとに剥いてもらってカラスにしてもらってなら食べるけれども、そんなもの、蜜柑を自分でひとつひとつ剥いて食べるなんて、そんなおかしなこと、できるかあ」と。 なんか、「幼稚舎から慶應」の人って、かわいそうな教育うけとるなあ~あ・・・と思ったのだが、彼はそれが自慢だったようだ。 「慶應幼稚舎流種無しブドウの食べ方」「慶應幼稚舎流蜜柑の食べ方」というものなのだろう。 そして、言うのだ。「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」と。 はあ? あんたが「教育」すんのお?  はあ?  あんたが教育されんといかんのとちゃうのん?  あんたが「教育」すんのお? と思ったのだが、慶應の内部進学の人間の意識というものはそういうものだったのだ。 そういう人のことを「塾風を身に着けている」とか「福沢精神を身に着けている」とか言うのだ。福澤諭吉がひとに皮を剥いてもらってスプーンですくって種無しブドウを食べたかなあ??? 福澤諭吉ってそんな人だったかなあ??? とか思ったが、そういうことを口にすると、「僭越だ」とか言われるのだ、慶應という学校では。 なんか、ビョーキうつりそうで嫌なんだけどなあ・・・・。 そういう「種無しブドウをひとに剥いてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくってなら食う」「蜜柑でも、ひとに皮を剥いてもらってカラスにしてもらってなら食う」というそういう人のことを「思考が柔軟な慶大生」とか「本物の慶應ボーイ」とか「福沢精神を身に着けている」とか「独立自尊の精神を身に着けている」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを身につけている」とか「思考が柔軟」とか「世の中を知っている」とか「現実的だ」とか「そういう人間が社会で役に立つ」とか「会社はそういう人間を喜ぶ」とか「ギャルにもてもて」とか言うらしいのだ。 そのように「診断」されるわけだ。 ええ~え? なんか違うのとちゃいますかあ~あ・・・なんてことを言おうものなら、「独立自尊の精神がない」とか「自我が確立されていない」とか「アイデンティティーを持っていない」とか「モラトリアム人間病にかかっている」とか「なんとかかんとかシンドロームだ」とか、あるいは、「そんなこと言ってると就職先なくなるぞ」とか「おまえなんかと結婚する女ないぞ」とか、あるいは「それでも慶應の学生か」とか戦中に「おまえはそれでも日本人かあ」とかいう文句が言われたみたいに言われるのである。慶應という学校においては。ともかくも、慶應という学校においては内部進学の人たちというのはお殿様であり、大学だけ行った人間なんてものは、「外部の者」「外部の連中」と言われるのだ、慶應という学校においては。大学だけ慶應に行った人間というのは、「(慶應義塾の)外部の者」「(慶應義塾の)外部の人間」なのである、内部進学者様からすれば。 助教授が講義の最中に「この僕は中等部から慶應に言ってるんだぞお。我々内部進学の人間はおまえら外部の者とは違うんだ、わかってんのかあ!」と叫ぶ大学であるのだから。 慶應という大学においては、大学だけ行った人間、特に公立高校卒の人間というのは、これは、内部進学者様からすれば、いわば、軒の先っぽの下にお情けで入れてやってる・・・みたいな存在である。 私が卒業した北野高校というのは、特に慶應の教授が嫌っている高校だったようだ。「北野高校の人間というのはね」と、講義の最中にマイクに向かって、ひとの出身校の悪口を固有名詞あげて言った教授もおられた。「北野高校の人間というのは、何かと、私学よりも国公立の方がいいと思っていませんか」と。 たしかにそうだ。「北野高校の人間というのは、『どうして、私学だったらいいんですかあ?』なんて言うでしょ。 バカか! 私学だってことは、いいってことじゃないか。 北野高校の人間というのは、この程度の常識もわからんのかあ~あ!!! 」と言われたのだ。私は言いたかったのだけれども。「せ~んせえ~え。 どうして、『私学だってことはいいってことだ』というのが『常識』なんですかあ~あ?  わっかりませえ~ん!」と。 小学校の1年から、同級生が遊んでいる時も勉強してきた、あげくのはてに、千葉クロマティ高校卒の不良とか種無しブドウ(デラウエア)をひとに皮むいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食うやつとかの行く「大学」に行かされるはめになってしまった。そんな「大学」に行かされるために浪人したのではないし、そんな「大学」に行かされるのなら浪人なんかする必要はなかったし、なにより、父は、毎日毎日、私の顔を指さして、「産まれなければよかったのに、産まれなければよかったのに、チャンコロ。産まれなければよかったのに、チャンコロ!」と叫んでいたが、実際、千葉クロマティ高校卒の不良とか種無しブドウをひとに皮むいてもらってお皿に盛ってもらってスプーンですくって食う男で「外部の連中を教育してやらんといかんからなあ」とか大威張りで言う自分が教育される必要があるのと違うのかという感じの男の「大学」なんかに行かされるくらいなら、「産まれなければよかったのに」という気持ちになる。実際、産まれなければよかったのかもしれない。

   桑田と清原がPL学園にいた3年間で、夏は1年と3年の時に全国優勝したが2年の時は決勝戦で茨城県の取手二高に敗れて準優勝だった。桑田らが2年の時に3年であった清水哲という選手が同志社大学の野球部に進んだが、同志社で試合中だか練習中だかに衝突して後遺症が残る大怪我をして野球を続けられなくなり、それについて本を書いて出版した。その際、スポーツ新聞に清水哲選手の話が出てきたが、清水哲が高校3年の時、決勝戦で取手二高に負けたのは今も悔しく忘れられない、と述べていた。何が悔しいかというと、PL学園の野球部では、夏の大会の期間中に海水浴に行くなどは許されなかったし、グランドで練習中に、スタンドにいる女の子に手を振るなんてとんでもない、そんなことをしたらえらい怒られたというのだが、ところが、取手二高の野球部の人間はそれをやっていた。自分たちは精進してそんなこと、絶対にやらなかったのに、そんなことをやっているようなやつらに負けた、というのが何年経っても悔しくてたまらない、と述べていた・・・が、その気持ちはわかる。 小学校の1年から真面目に努力してきたつもりだったが、なんか、そんな感じのやつの行く大学に行かされてしまった。
   結局、2浪もしても東大の試験に合格できず、慶應の商学部なんてものに行ってしまうと、日吉台学生ハイツという宿舎の食堂で食事をしていると、食堂の向こうの方の席で桃山学院高校卒http://www.momoyamagakuin-h.ed.jp/senior/ で慶應大商学部に入った井上という男とその連れ2人、計3人が食事をしていたことがあった。そいつらがこう言っていたのだ。「慶應の名前さえ出せば、女なんていくらでも手に入る。今度、電車に乗って女子学生がいたら、慶應の学生証を出して、水戸黄門の印籠みたいに、『これが目に入らぬか』とやってやろうか」と、そいつらはそう話していたのだ。なんとも、人間としてレベルの低いやつらだなあと思った。こいつらは、学校の名前以外にとりえないのか。(そういう学校の名前以外にとりえがないようなヤツが、慶應では「独立自尊」とか言いよるのだ。チンケな独立自尊だこと!)小学校の1年から他の同級生が遊んでいる時も勉強してきて、あげくのはてに、こんな程度の低いやつの大学に行かされるはめになってしまったかと思った。

  次回、8.東大はスーパー京大ではない、厚い本を使えばいいというものではない。高槻駅前 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_9.html

   (2018.11.4.) 

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