上宮天満宮(高槻市)参拝【1/10】JR「高槻」駅から上宮天満宮へ。大きな一の鳥居をくぐり石段へ。

[第629回] 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念をはらすお百度参り 第48念-1
   大阪府高槻市のJR東海道本線「高槻」駅の北口を降りて北を見ると、小山があって手前に鳥居があるのが見えます。それが、「上宮天満宮」。 《ウィキペディア―天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE の「主な天満宮」にも名前が出ており、≪菅公聖蹟二十五拝のひとつ。≫と書かれています。「菅公聖跡二十五拝」とは何ぞや? ・・というと、《ウィキペディア―菅公聖跡二十五拝》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E5%85%AC%E8%81%96%E8%B9%9F%E4%BA%8C%E5%8D%81%E4%BA%94%E6%8B%9D によると、 ≪ 京都から九州(太宰府)まで菅原道真を祀る天満宮の中から、由緒深い25社を選んで順拝する風習である。 明治に入り松浦武四郎が25社を選び、「聖蹟二十五拝順拝双六」を作ったことから始まる。 ≫ と書かれている。松浦武四郎て誰やねん? ・・というと、《ウィキペディア―松浦武四郎》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E6%B5%A6%E6%AD%A6%E5%9B%9B%E9%83%8E によると、≪文化15年2月6日(1818年3月12日) - 明治21年(1888年)2月10日)は、江戸時代末期(幕末)から明治にかけての探検家、浮世絵師、著述家、好古家。・・・蝦夷地を探査し、北海道という名前を考案した。 ≫という人らしい。
   「菅公聖跡二十五拝」は、第1番が京都の菅原院天満宮、第10番に大阪天満宮、第21番に防府天満宮が入り、第23番の大宰府天満宮と第25番の京都の北野天満宮の間の第24番に高槻市の上宮天満宮は配置されている。最後から2番目の順番で大宰府天満宮と北野天満宮の間にあると、なんだか他より格が高いみたいな感じがするが・・・、全国的な知名度としてはもっと知名度がある社もある。 結論として、「どこかの誰かが全国の天神社から25を選んだというもの」であり、絶対に悪いということはないけれども、自分自身で自分自身の25を選んでも悪くないような気もします。
   「上宮天満宮」は、これは「じょうぐう」と読むのか、「うえのみや」と読むのかどちらだろうか・・と長年思って来たのだが、《ウィキペディア―上宮天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%AE%AE%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE には、≪上宮天満宮(じょうぐうてんまんぐう)は、大阪府高槻市天神町にある神社。旧社格は郷社。一般には「うえのみやてんまんぐう」と呼ばれるほか、「北山の天神さん」とも称される。 ≫と出ている。≪「太宰府天満宮に次いで日本で2番目に古い天満宮」と称され、「上宮」の名も、創建が京都の北野天満宮より以前であることから冠せられたといわれる。≫という。 但し、≪日本で2番目に古い天満宮≫といっても、それは菅原道真を祀る天満宮としての話であり、天候の神さまとしての天神を祀る天神社はそれより前からあったはずであり、又、菅原道真を祀る菅原神社ではなく菅原氏の先祖を祀る神社としての菅原社もそれより古いものがあったのではないか。 さらに、《ウィキペディア―天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE の「主な天満宮」を見ると、京都府の菅原院天満宮(京都市上京区)・水火天満宮(京都市上京区)・文子天満宮(京都市下京区)・吉祥院天満宮(京都市南区)・生身天満宮(南丹市)、山口県の防府天満宮(防府市)にも「日本最古の天満宮」という文言が書かれており、「日本最古」を称している天満宮はいくつもあるようだ。上宮天満宮が言う「二番目」というのは他の「日本最古の天満宮」と比較してどうかはさておき、「大宰府天満宮より後、北野天満宮よりも先」を意味しているらしい。

   上宮天満宮の最寄駅は、JR東海道本線「高槻」駅。 阪急京都線「高槻市」駅からも行けるが、阪急「高槻市」駅からJR「高槻」駅まで歩く分が余計にかかる。 JR「高槻」駅の北口を降りて北側を見ると小山があり、その途中の道に鳥居が立っているのが見える。↓
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( ↑ クリックすると大きくなるので大きくして見てください。 道に大きな鳥居があります。)

↑ 「i」マークがJR「高槻」駅。 高槻駅の北に見える 愛仁会 病院の左あたりの緑色の部分が上宮天満宮。
かつてはなかったが、今はJR高槻駅の上の部分に高槻市の観光案内所ができている。
  駅から上宮天満宮に至る道の右側に西武がある。 かつては、西武と西友が並んでいたと思ったが、今は西武だけになったようだ。
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≪JR京都線高槻駅から上宮天満宮に至る参道に位置する大鳥居(一の鳥居)の両側には、文久2年(1862年)の浪花式狛犬がある。≫と《ウィキペディア―上宮天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%AE%AE%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE に出ている。狛犬にもさまざまなものがあり、「浪花式狛犬」らしいが、狛犬研究家でもない者としては、今一つよくわからない。 東京都北区の平塚神社の狛犬は自然石風の岩の上に乗っていて特に片側は2匹おり、これはユニークだと思ったのだが〔⇒[第618回]《平塚神社拝殿前のユニークな狛犬。のし瓦の日に扇の紋。盗泉の水-平塚神社と浅見光彦【6/15】 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_8.html 〕、それ以外は、◇◇式と言われても、どうも、よくわからない。 天神社の場合、狛犬が社殿の手前両側にいて、他に牛がいる神社があり、狛犬のさらに手前に牛が左右にいる神社もある。左右に牛がいるのなら狛犬はいなくても良さそうな気もするのだが、狛犬もいた方がいいという判断なのか、たいてい、狛犬もいる。
   ↑の「大鳥居」(「一の鳥居」)、よく見てください。 中央に梅鉢の紋が入っています。

  上宮天満宮でいただいた冊子「表情変えた てんじんさん」には、≪戦国の天正年間、豊臣秀吉は当社参道「天神馬場」に本陣を置き、明智勢を山崎天王山に討った。その戦勝を感謝して、後に秀吉は美々しく修造する。これは平成8年事故により失われた。≫と書かれているが、その≪当社参道「天神馬場」≫というのは、このJR「高槻」駅から↑の鳥居を経て石段の下のあたりにかけてのことだろうか。 石段の部分は相当急であり、「馬場」という感じではないし、急坂に「本陣」を置くわけにもいかないように思う。

  道にある大きな鳥居をくぐって直進すると、急坂を登る石段が見えてくる。↓
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   この上宮天満宮は、今となっては30年前に訪ねたことがある。JR「高槻」駅より東、JR、そのころは国鉄の東海道本線の線路のすぐ南側に、YMCA予備校高槻校という不誠実な予備校があった。そこにしばらく通ったことがあったのだが、その際、この上宮天満宮に寄ってみたことがあったのだ。その頃と今とはずいぶんと雰囲気が違う。 神社に「やる気」が感じられるけれども、その「やる気」がいいかどうかは何とも言えない。

   この石段の一番下に、小さな祠が見えるが、30年前にはこれはなかった。
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これは何かというと、上宮天満宮は石段を何段も登った上に本殿があるので、石段を何段も登れない人のために、石段の下からでも拝むことができるように設けられた・・・というものらしい。↓
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それがいいかどうか。親切といえば親切なのだろうけれども、いいのかどうかはよくわからない。別に、この祠がなくても、石段をしょっちゅう登って上まで行くことができない人は、下から拝めばいいことだった。階段の中央の位置に通せんぼみたいに祠があるというのは、どうなのだろうか。神社として、そういう人が賽銭を入れたい時のことを配慮したいのならば、賽銭箱だけ設けてもよかったのではないかとも思う。 又、こういう祠を設ける場合、石段下の中央がふさわしいのか、という問題もあります。どうも、中央で通せんぼしているような印象を受けたのですが、こういう印象を受けるのは私だけでしょうか。
  10年ほど前だっただろうか。大阪市住吉区の住吉大社に行った時、境内に摂社・末社がいっぱいあって、それぞれに賽銭箱が置いてあったので、賽銭箱がある以上はそこを通るからには1円でも5円でも10円でも入れなきゃいかんのかみたいに思って最初は律儀に入れていたのだが、そのうち、なんか、賽銭箱ばっかりいっぱい置きやがってからに、神さん、あんまり阿漕な商売しとったら神罰があたるどお・・・なんて、ふと思ったが、そう考えるべきではなく、神社でもお寺でも、ともかく賽銭箱というものがあるから1円でも5円でもともかく入れなきゃならないというものではないと思うのだ。 そもそも、入れる側は神さまに差し上げているつもりで入れていたとしても、実際にはその神社の会計に参入されるわけであり、神社としては、10の賽銭箱に1円ずつ入れてもらうよりも1の賽銭箱に500円でも1000円でも入れてもらった方が収入になるわけで、賽銭箱ばっかりいっぱいあって小銭ばっかり入れられるというのは、預金通帳ばっかりいっぱい持っていてたいして預金がない・・・みたいなどこかの誰かと似たようなところがある。で、賽銭箱をなぜあちらこちらに設けるのかというと、おそらく、神社としては、賽銭箱でない場所にお金を置かれた時、はたして、それはお賽銭のつもりで置いてもらったものなのか、それとも、忘れ物・落とし物なのか、判断に困る時があるのではないかと思う。お賽銭のつもりであるならば、その志を尊重するべきであろうが、落とし物・忘れ物であったなら、神社が落とし物・忘れ物を懐に入れてしまうわけにもいかない。だから、どちらなのか判断に困らないように、もしも、お賽銭のつもりであるならば賽銭箱に入れてください・・ということで賽銭箱があちらこちらに設けられているということだと思うのだ。ここも、下から拝むことはあっても、急な石段をしばしば登って上まで行くことは大変と考える人がいてもおかしくない地形であり、下から拝む人もありそうに思うのだが、あえて、ここに祠が必要かな・・・・、設けるならば賽銭箱だけでもよかったということはないかな。賽銭箱だけ設けると、「お金ちょうだい」と神さんが言ってるみたいな感じがするから、だから、祠も設けた方がいいという判断だったのかな・・・などと考えましたが、考えてみるとけっこう難しい問題かもしれません。
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↑  石段の左(西)側、「上宮天満宮」と書かれた石碑。 30年前にはなかったように思います。

   上宮天満宮は、豊臣秀吉が、山崎天王山の戦いの際に、この上宮天満宮の参道の「天神馬場」に本陣を置いて戦いに勝ったということから豊臣秀吉が1590年に社殿を修造したというが、その社殿は、1996年(平成8年)11月7日、≪裏山から侵入した少年5人組の賽銭狙いで放火焼失しました≫(現地の本殿脇の説明書き)ということで、それがきっかけで衰退するのではなく、逆に、神社業に「やる気」が出てきたのか、かつては「授与所」なんてなかったと思ったのが今はあるし、↑のような石碑もあれば案内看板もいくつもでています。しかし、監視カメラなどかつてはなかったような防犯設備が設置されたようですが、この神社の場合は、放火から社殿を焼失したということがあり、その後、敷地内の山林を整備・清掃したところ、空き缶や粗大ゴミを相当捨てられていて、さらに、猫が捨てられて住みついていたということもあったらしく、そういう経緯があったからということなのでしょうけれども、しかし、神社という所において、「神さん」以外の存在から常に見張られているというのは、はたして、それがいいのかどうか、難しい問題だと思いました。

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↑ 「三柱山門」。 これをくぐって、境内を北に進みます。 右(東側)が人の通路で左(西側)が自動車の通路ということらしい。中央に梅鉢の紋が書かれています。

※ 《ウィキペディアー天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE
《ウィキペディア―上宮天満宮》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E5%AE%AE%E5%A4%A9%E6%BA%80%E5%AE%AE
上宮天満宮HP http://jogu.jp/
高槻市HP 上宮天満宮 http://www.city.takatsuki.osaka.jp/rekishi_kanko/rekishi/rekishikan/jidai/shaji/1327659405625.html
《ウィキペディア―菅公聖跡二十五拝》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8F%85%E5%85%AC%E8%81%96%E8%B9%9F%E4%BA%8C%E5%8D%81%E4%BA%94%E6%8B%9D

  次回、絵馬堂・神輿庫・御霊屋・割拝殿。セキュリティーの難しさ https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_3.html

   (2018.11.4.)


★ 上宮天満宮(大阪府高槻市)
1.JR「高槻」駅から上宮天満宮へ。大きな一の鳥居をくぐり石段へ 〔今回〕
2.絵馬堂・神輿庫・御霊屋・割拝殿。セキュリティーの難しさ https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_3.html
3.竹製の本殿。菅原道真と為理と孝標。山崎の戦い後に建てられた旧本殿 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_4.html
4.本殿裏末社。神社の「経営」「経営者」とは。捨て猫はどう対処すべきか https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_5.html
5.摂社野身神社、車塚古墳、鉄骨で支えた石の鳥居。反則相撲の野彌宿祢 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_6.html
6.天満宮を見下ろす 地域の「気の流れ」を乱す 家相が悪い 高層マンションhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_7.html
7.「不純異性交遊」の男の大学は「同じ大学なのに」と考えるべきか?https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_8.html
8.東大はスーパー京大ではない、厚い本を使えばいいというものではない。高槻駅前 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_9.html
9.和訳でない問題で日本語訳を書くな、親が組みしやすいと親に吹き込む予備校 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_10.html
10.北山本山寺の石碑、景観重点地区、女性客の多い店でも入るのが商学士の使命 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_11.html


★  冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り
大阪府
大阪天満宮(大阪市北区)
1.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_1.html
2.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_2.html
3.http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_4.html
露の天神社(お初天神)(大阪市北区)
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_5.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201403/article_6.html
綱敷天神社(大阪市北区)
1.綱敷天神とは。「北野」の由来。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_6.html
2.社殿と桜。堅魚木と千木。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_7.html
3.「戦災の狛犬」、筆塚。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_8.html
4.白龍社、歯神社。綱敷天神社の周囲http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_9.html  
綱敷天神社 御旅社(大阪市北区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201405/article_11.html
池田市天神1丁目・2丁目 http://shnkahousinght.at.webry.info/201405/article_10.html
西江寺 摂社天満大自在天神(箕面市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201611/article_5.html
箕面市粟生間谷の天満宮
上 箕面市粟生間谷の天満宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201709/article_14.html
下 粟生間谷の天満宮の周辺 https://shinkahousinght.at.webry.info/201709/article_15.html
上新田天神社(豊中市)
1 千里中央駅から。電柱看板の是非。卑怯者不動産屋店長http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_15.html
2 鳥居から参道階段を経て拝殿へ。「他力」とは http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_16.html
3 拝殿・本殿・牛・屋根・稲荷社他 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_17.html
4 神社の社殿を背後から見下ろす下品な高層マンション http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_18.html

千葉県
千葉葛飾天満宮(市川市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_4.html
白幡天神社(市川市)
1.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_1.html
2.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_2.html
3.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_3.html
市川市北方町4丁目の天神社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201608/article_2.html
意富比神社 末社天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201311/article_1.html
下飯山満神明神社 摂社天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201503/article_4.html
白井市河原子の天満宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_5.html
子守神社 摂社天神社(千葉市花見川区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201605/article_3.html
千葉神社 摂社千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_2.html
(下)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201308/article_1.html 
新町天満宮(千葉市中央区) 
【上】 http://shinkahousinght.at.webry.info/201703/article_6.html
【下】 http://shinkahousinght.at.webry.info/201703/article_7.html

東京都 
亀戸天神社(江東区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_7.html
亀戸天神社 2回目 http://shinkahousinght.at.webry.info/201505/article_1.html
湯島天神社(文京区)
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_10.html
中 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_11.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_12.html
北野神社(文京区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_2.html
平河天満宮(千代田区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_3.html
西向天神社(新宿区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201502/article_1.html
根津美術館 庭園内 渡唐天神祠(「飛梅祠」)(港区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201603/article_3.html 
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201312/article_5.html
平塚神社 摂社菅原神社〔平塚天神社〕(北区)https://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_10.html

神奈川県
三渓園天満宮(横浜市中区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_8.html
永谷天満宮(横浜市港南区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_1.html
荏柄天神社(鎌倉市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201401/article_7.html
北野神社(鎌倉市山崎)http://shinkahousinght.at.webry.info/201504/article_2.html

静岡県
深奥山 方広寺 七尊堂(浜松市北区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_13.html

週刊文春 2018年 11/1 号 [雑誌]
文藝春秋
2018-10-25

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≪ 「不動産売買をネタに多額のカネを騙し取る『地面師』は役割分担を決め、チームで動くのが常道です。地面師事件の捜査は、メンバー全員を一網打尽に逮捕しなければ、各々が『良かれと思って紹介した。自分も騙された』と″善意の第三者″を装うので、公判維持が難しい。今回はキーマン二人の逃亡を許しており、重要なピースが欠けたまま捜査が進んでいる状況です。明らかな失態と言わざるをえません」(社会部記者)
・・・・
 「捜査当局は当初、この大掛かりな詐欺の端緒となる情報をいち早くキャッチし、全体像を描いた大物地面師、内田マイク(65)の逮捕状を執行するタイミングで一斉に身柄を確保する方針でした。内田は2011年に東京・杉並区浜田山の駐車場を舞台に2億5千万円が騙し取られた地面師事件の主犯格として七年の実刑判決を受け、北海道の網走刑務所に収監中でした。そこで法務省を通じて網走から東京の刑務所へ移管手続きを申請していたのですが、その間に今回の事件を主導したカミンスカス(旧姓小山、以下小山と記す)操(58)が日本を出国。慌てて事件に関与した八人の身柄をとった形でした」(前出・社会部記者)
・・・
  そして、もう一人のリーダー格と目される土井淑雄(63)もまた、逮捕目前に姿を消した。
・・・・
土井に近しい人物が捜査当局に、土井と警視庁組織犯罪対策部の幹部との癒着を克明に供述。捜査主任自らがすでにこの情報源の調べを担当しています。います。幹部と土井との間には面会の度に金銭のやり取りがあるのですが、幹部は″警視庁″と書かれた焼酎を持参しており、その代金だと言い逃れできると軽く考えていたようです。 さらに土井は、特定のメディア関係者や検察関係者とも同様の癒着関係にある。 一番の問題は、着手前夜に土井に連絡を入れた人物がいて、そこから慌てて土井が姿を消していることです」(警察関係者)
  土井とこの″黒い警官″の癒着は、組対内部でも有名な話だという。捜査当局は今後、キーマン二人を取り逃した失態を挽回し、、全容解明に迫れるのか。・・・・ ≫
〔 「週刊文春」2018年11月1日秋の特大号(株式会社文芸春秋)↑ 所収、《地面師14人 大物組長の息子、生保レディ、″黒い警官″》 〕



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