「建築屋」と「建築家」は、どこが違うか――サポリティ=イタリアの家具に関して

〔第4回〕 
   2001年のこと、インテリアコーディネーターの資格を扱っている社団法人インテリア産業協会が、参加企業の協力で、インテリアコーディネーター資格取得者向けに、スキルアップ講習をおこなっていて、その時、輸入家具を扱っている株式会社大塚家具が、東京都江東区有明の同社ショールームにて、ブランド家具の流れ・・だったか、そういったテーマで説明をされる講習を開催され、私も参加させていただき、輸入ブランド家具について学ばせていただきました。

※ 株式会社 大塚家具 については、
「株式会社 大塚家具」ホームページ「有明本社ショールーム」
  http://www.idc-otsuka.co.jp/showroom/ariake/ariake.html
「ウィキペディア――大塚家具」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%A1%9A%E5%AE%B6%E5%85%B7
  他を参照。
インテリアコーディネーター と インテリア産業協会 については、
「社団法人インテリア産業協会」ホームページ http://www.interior.or.jp/ 他参照。

 その時のことをお話しましょう。 「サポリティ=イタリア」という、イタリアの素敵なブランド家具があります。 『別冊be Sure(ビー・シュア)  デザインの国のスタイルを手に入れる イタリアンな部屋』(2001.4.1. トーソー出版)に掲載されている「イタリア家具 ブランド図鑑」の「サポリティ イタリア Saporiti Italia」の項には、≪デザインの可能性を信じ続けること。≫≪ 1950年の設立以来、コンテンポラリーな家具を発表し続けてきたこのブランド。 常にその世界の先駆者として活躍してきました。 建築家マウロ・リッパリーニたちと生み出したデザイン性の高いアイテム群が、その成功を導いてきたといえるでしょう。 ポリシーである“デザイン イズ カルチャー”を自ら実現したのです。≫と書かれています。

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 ↑ 『 別冊be Sure(ビー・シュア)  デザインの国のスタイルを手に入れる イタリアンな部屋』(2001.4.1. トーソー出版)に掲載の「サポリティ イタリア Saporiti Italia」についてのページ

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 ↑ 『別冊be Sure(ビー・シュア)  デザインの国のスタイルを手に入れる イタリアンな部屋』(2001.4.1. トーソー出版)

  この『 別冊be Sure(ビー・シュア)  デザインの国のスタイルを手に入れる イタリアンな部屋』に掲載されているイタリア家具は、どれも魅力的ではあるのですが、特に、サポリティ イタリアには魅かれます。 私は、この大塚家具が主催されたインテリアコーディネーター向けの「世界のブランド家具の流れ」であったかの講習で、サポリティ=イタリアの家具を見て、ああ、こんな家具を我が家に置いてみたい~い・・・と思ったものでしたが、そう思う「建築家」は少なくないようです。 大塚家具の講習では、同社の有明のショールームにおいて、輸入ブランド家具を順番に見て回りながら解説していただいたのですが、この「サポリティ イタリア」のところに来た時には、「おお~、すごい」と思ったものでした。
  どうすごいか・・・というのは、たぶん、今でも、大塚家具のショールームに、サポリティ イタリアの家具は展示されていると思うので、見たことのない方は、購入するかどうかはさておき、見るだけでも、見に行って損はないと思います。本当に「すごい」ですから。

    但し、この稿で取り上げるのは、別の問題です。 大塚家具の講習で、サポリティ イタリアのコーナーに来た時、大塚家具の講師役をしていただいた方が話されたのが、「このブランドは、施主様よりも、『建築家』の方が好まれるブランドです。 いつも、『建築家』の方とお施主様が一緒に来られて、『建築家』の方が、これを押されて、お施主様の方は、『建築家』の方が少し離れておられるような時に、私たちに、『本当は、私たちは、これよりも、むこうの方がいいんだけれども、“建築家の先生”がこれがいいと言われるものだから・・・・』とこぼされる、ということが大変多いというブランドなんです。」と話され、なるほど、そうだろうなあ~あ・・・と思ったものでした。
   「なるほど、そうだろうな~あ」という感想には、2通りの意味があります。 ひとつは、確かに、これは、「建築家」や「建築屋」にとっては、魅力的で、ぜひとも取り入れたいという気持ちにならされる家具だ、という意味です。 『 別冊be Sure(ビー・シュア)  デザインの国のスタイルを手に入れる イタリアンな部屋』には、「Edison エディソン」という机(?)、「Omaggi オマッジ」という椅子、「Gallery ギャラリー」というソファ、「Avedon アドベン」というソファが掲載されており、「(参考価格)」として書かれている金額を見ると、「エディソン」が53万6800円、「ギャラリー」が47万1900円、「アドベン」は170万1700円と、私のような貧乏人にとっては、購入するには、ちょっと勇気と計画性が必要な価格ですが、「オマッジ」という椅子の場合は、一脚、8万8000円と書かれていますから、イケアの家具よりは高いとしても、絶対に買えないという金額でもないので、お金をためて、ダイニングルームに、一番気にいったデザインのものを、ひとつ置いてみたい、という気もいたします。(イケアが悪いと言うのではありませんが、サポリティ イタリアとしては、イケアの家具と比べられても困ってしまうかもしれません。)
   もうひとつの意味は、なるほど、「建築家」というのは、そうなんだろうな~あ・・・という、なんとも、あきれたような感想です。 私は、長年、住宅を中心とした建築会社に勤務してきました。 自分自身も、自分の家として、こういう家を建てたいなあ、と思うこともあり、施主様の家としても、こういう家を担当して建ててみたい~い、と思うこともありました。しかし、お施主様と打ち合わせをおこなう際に、自分が良いと思うもの、魅力を感じるものを紹介することはしても、それでも、お施主様が、それは気が進まないという意思表示をされた場合、それ以外のものにしたいという意思表示をされた場合は、なおさら、無理押しするようなことは、一度もしたことはないはずなのです。 もっとも、お施主様としては、担当者の考え、担当者の意識に影響されることはあったとは思いますし、こちらの意識に合わされたかな・・・と思うケースもなかったわけではありませんが、しかし、決して、無理押しするようなことをしたことはないはずですし、あくまでも、決定するのはお施主様であり、建築屋の担当者は、それを助けるのが仕事であり、担当者が決めるものではない、と認識して仕事をしてきましたし、その認識をきっちりと持って仕事をしているということに誇りを持ってきました。 それに対して、「建築家」というのは違うらしいのです。大塚家具の方も言われたように、お施主様が、自分たちは、それではなく他の物の方がいい、と思われても、それでも、「建築家の先生」がいいと思うものに決めてしまうのです。 それが「建築家」であり、そこが、「建築屋」と「建築家」の違いなのです・・・・・。・・・・・まったく、「建築家」というのは、ろくなもんじゃねえなあ・・・・・。

   今は昔、もう20年以上前のこと、20台前半であった私に、父が、大阪市の当時は南区、今は南区と西区が合併して中央区の、いわゆる「ミナミ」の宗衛門町の「高級料亭」に連れていってやると言い、私は、そんなところに行きたくないと言ったのですが、「そんなこと言うもんじゃない。連れて行ってやる、と言われたら、ありがとうございます、と言って行くもんだ。」と父は言い、なんだか、無理矢理、連れて行かれたということがありました。 その時に、その店で、父が言ったのが、「ええか。わかっとるか。この店はなあ。 わしのようなエライエライエライ人間だけが入っていい店なんだぞ。 あんたなんかの入っていい店ではないんだぞ。わかっとるか。おまえみたいな人間の入っていい店じゃないんだぞ。本来なら、あんたなんかが入ろうとしようものなら、『出て行ってちょうだい』と言われて、つまみだされるところだぞ。」という文句でした。 そんな店なんか、入りたくねえよ、バーロー! だから、最初から、行きたくないと言ったじゃないか、それを、無理矢理、連れてきておいて、何、言ってやがる!と思ったのですが、さらに、「ええか。この店ではなあ。 およそ、『まずい』などと言おうものなら、『あんたの舌が間違ってます。』と言って怒られるぞお! 『まずい』などと言おうものなら、『出て行ってちょうだい』と言って追い出されるぞお!」と言われ、そんな、気難しい店で食ってもうまくないよな~あ・・・と思ったものでした。 そして、その後、だいたい、客がおいしいと思うものを出すのではなく、板前がおいしいと思うものを出す、というのはマーケティング的発想法としておかしいのではないか、マーケティング的発想法としては、板前がおいしいと思うものではなく、客がおいしいと思うものを出すべきだということになるのではないのか、と思い、又、客がまずいと思っても板前がおいしいと思えばそれでいいという発想は、客商売としておかしいのではないか、とも思ったのでした。 そして、「この店はなあ、このわしのようなエライエライエライエライ人間だけが立ち入ることを許される店であって、お前みたいな人間の入っていい店ではないんだぞ。わかっとるのかあ!おまえはあ。」と何度も何度も言い、そして、仲居のおばさんが、それに合の手を入れたのでした。私は、なんで、このおばさんに合の手入れられなければならないのだろう、と思いましたが、その店は、父が取引先の方に接待で連れて行ってもらっていた店であり、父は、接待してもらう側であって、もしかすると、接待する側の会社の方が、いつも、その店で、「ほうかん」のような態度を取って機嫌をとってこられたので、その時も、いつも、接待されている人が、若い男性と一緒に来たので、それで、仲居のおばさんは、私のことを、この人がきょうの「ほうかん」だと思って、それで、合の手を入れたのかもしれません。

※宗衛門町(そえもんちょう)については、 「ウィキペディア――宗衛門町」 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80%E7%94%BA 他参照。
※「ほうかん【幇間】・・・・・客の宴席に侍し、座を取り持つなどして遊興を助ける男。たいこもち。男芸者。 (新村出 編『広辞苑 第二版』岩波書店)

   「ドン=コサック合唱団」というロシア民謡などを得意とする男性合唱団があります。 セルゲイ=ジャーロフという指揮者のもとに、アメリカ合衆国で活動してきましたが、もともとは、ロシアの出身で、1917年のロシア革命の時にアメリカ合衆国に亡命した人達であったようです。 最近、「ソ連官僚制共産主義」「ソ連国営資本主義」「ソ連社会帝国主義」に対しての批判が強い為、「ドン=コサック合唱団」の人達も、「共産主義の犠牲者」のように言おうとする人もいるかもしれませんが、ドン=コサック合唱団の人達は、どうも、ロマノフ朝のロシア帝国を擁護する側の兵士であった為に亡命を余儀なくされた人達で、「資本主義の側」ではなく、それより前の体制を擁護していた人達であったようです。 その後、「ドン=コサック合唱団」は、アメリカ合衆国を本拠に活動し、団員の過半数はロシア人以外の民族となっていったといいますが、私が持っているレコードジャケットに書かれていた話では、ある時、指揮者のセルゲイ=ジャーロフが、「ああ、ロシアに帰りたいなあ。ロシアの居酒屋で一杯やりたいよ。アメリカ(合衆国)の御殿みたいな金ぴかのホテルにはあきあきしたよ。」と話した・・・ということでした。
   宗衛門町の「高級料亭」に、もう一度行きたいかというと、二度と行きたくないわ、あんな店・・・というのが、私の感想です。 セルゲイ=ジャーロフにとって、御殿みたいなホテルよりも、ロシアの居酒屋がいいように、私にとっても、宗衛門町の「高級料亭」などという、私が入ろうとするとつまみだされるような店よりも、誰でも向かえ入れてくれる大衆向けの飲食店の方が、よっぽど、居心地もいいし、なにより、おいしいと思うのです。だいたい、宗衛門町の「高級料亭」などというものは、「わしのようなエライエライエライ人間だけが入っていい店なんだぞお。この店はあ。」と思わせて喜ばせ、「『まずい』などと言おうものなら、つまみだされるぞお。」と思わせて、「おいしい。うまい。ほっぺたがおちそうだ。」と、自分が感じたかどうかではなく、「高級料亭」であるからうまいはずだ、と決めて言う人間を喜ばせる、というのが本来の目的の店であり、そうである以上は、その目的を達している限りは、実際の料理がうまいかどうかはどうでもいいことであり、別段、賞味期限切れであろうが、犬の肉でもミミズの肉でも、ダンボールでも、なんでもいいわけで、賞味期限切れの肉でも、犬の肉でもミミズの肉でもダンボールでも、「特別のエライ人しか立ち入ることを許されない宗衛門町の高級料亭の料理」と言われれば大喜びで食べる連中のニーズを満たしているわけであり、だからこそ、「船場吉兆」としては、なんで、文句言われなければならないんだよお・・・とでも思っていたところでしょう。
   1970年、関西の読売テレビ、東京圏の日本テレビで、『細腕繁盛記』というテレビドラマが放送されました。 花登筐(はなと こばこ)の『銭の花』という小説をテレビドラマとしたものです。 花登筐『銭の花・上』(1970. 講談社)には、食堂楽という糸商の主人の話が出てきます。 ≪ 若い頃、父親である先代と、食い倒れでも有名な、ミナミの魚半へ、めしを食べに行って、料理を出されて、「うもうないな」と言った言葉を、おかみが聞きとがめ、「若旦那、どこがおいしいないんだす。」と聞き返され、「食べたけど、うもうないのや」と答えるのを、「わてとこは、魚半だす。おいしいない料理は、つくりまへん。それは、若旦那さんの舌が悪いんだす」 プライド高きおかみに、逆に切りかえされ、カッとした。 「味が、自慢の魚半で、あんな阿呆なことを言うやつがあるかい」 と逆に父親の先代からたしなめられても、承服出来ず、自ら、料理屋の板前となって修業して、二年後、再び魚半へ行き、「あんたとこの料理の味つけがおかしいのや」と、醤油や、味噌の分量までピタリと当て、「わしの口に合う料理は・・・・」と、その明細を注文してつくらせたのには、さすがのおかみも、何も返事が出来なかったと言うこともあった。・・・・≫という話が出ています。 糸商の主人は、そこまでするかもしれませんが、私の場合は、「高級料亭」などというものは、もうけっこう、仕事でしかたなく利用するならともかく、自分のカネで食べに行く物好きの気持ちがわからない、と思うようになりました。

※『細腕繁盛記』(『銭の花』)については、
「YouTube――細腕繁盛記 新珠三千代」 http://www.youtube.com/watch?v=zffvTTqOIpY&feature=related 
「ウィキペディア――花登筐」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8A%B1%E7%99%BB%E7%AD%BA
「ウィキペディア――細腕繁盛記」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E3%81%86%E3%81%A7%E7%B9%81%E7%9B%9B%E8%A8%98 他参照。

   それで、「建築家の創る家」などというものは、マア、宗衛門町の「高級料亭」、あるいは、船場吉兆みたいなものであって、実際に良いかどうかではなく、「建築家 ○○◇◇の設計した家」というフレーズに意味があるのであって、それが住みやすいかどうかなどは、どうでも良いのであり、それこそ、「『まずい』などと言おうものなら、つまみだされるぞお」という、そういう建物であるわけです。 それで、「建築家 ○○◇◇の設計した家」というフレーズがついておりさえすれば、別に、犬の肉でもミミズの肉でも賞味期限切れでもダンボールでも、なんであれ、うまいうまい、おいしいおいしい、と言って喜んで食べる連中の家であり、「建築家」がサポリティ イタリアがいい、と言えば、それでいいし、イケアの家具にサポリティ イタリアと書いた札をくくりつけてやれば、それで大喜びする連中の家なのです・・・・・と、ここまで言うと、怒る方もあるかもしれませんが、しかし、それなら、間違っていますかな?????

   それで、《 「建築家の創る家」というのは、要するに、「建築家の創る家」と言われれば、イヌの肉でもミミズの肉でもダンボールでも賞味期限切れでも大喜びする連中の家 のこと》と表現すると、アホやんけ! と言いたくなるところですが、まあ、ここまで言うと、反論もあれば、お怒りもあるかもしれませんが、しかし、私たち、「建築屋」なら、サポリティ イタリアの家具って、いいな~あ・・・と思っても、それを押しつけたりはしないし、サポリティ イタリア以外にもいいものはあるので、他のものをお施主様が入れたいと思われるならば、それはそれでいいじゃないか、と考えるところを、「建築家」の場合は、施主が他の物がいい、と思っても、「建築家」がいいと思うものを採用する、という姿勢で、それは、大塚家具の方も言われたように、日常的なことであり、怒られるならいくら怒っていただいてもかまいませんが、それが、「建築屋」と「建築家」の違いだ、と言わせていただいて、間違っているとは、私は、まったく、思いませんね。

   それでも、サポリティ イタリア の家具は魅力的ですけれども・・・・。

☆ 「建築家」については、≪ ワイングラスはどこを持つべきものか。≫ http://shinkahousinght.at.webry.info/201101/article_2.html も、どうぞ御参照ください。


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