慎腹風呂愚

アクセスカウンタ

zoom RSS 東京大学 「弥生講堂 一条ホール」について。不良企業の宣伝広告に加担する東京大学と浜松市と杉山英男

<<   作成日時 : 2017/01/08 20:31   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第494回]
   正月に東大の本郷地区の北西あたりにある白山神社に行きました。〔⇒[第490回]《あけおめ。 白山神社(東京都文京区)参拝−恋の神様(3) 「とりもつ」神さま。神社を見おろす東洋大学 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_1.html 〕 その帰り、東大弥生キャンパス(農学部)の弥生問を入ってすぐにある、「弥生講堂(「一条ホール」)」 と 「弥生講堂アネックス」 を見てきました。 見てきたと言っても、外観を見てきただけで内部を見ることはできませんでしたし、もともと、正月の1月1日から中を見たいと思っても無理だろうとは思っていましたが、ガラス張りなので、外からいくらかは見えます。
   東大の本郷地区には、南側に赤門とか安田講堂とか三四郎池とかがあって法学部・経済学部・文学部・工学部・理学部・医学部・医学部付属病院などがある本郷キャンパスがあり、道路を隔てた北側に農学部と野球場などがある弥生キャンパスがあって、最近では本郷キャンパスの北東側、少しだけ離れた場所に浅野キャンパスというものができているようです。 ちなみに、話が横にそれてしまいますが、俗に「東大病院」と言われる東大医学部付属病院は、名称とその場所から考えて東大医学部を卒業した医者がやっているように思いがちですが、実際はそうではないようです。 日本の医学部と病院は帝国主義医学部と植民地医学部・植民地病院からなっていて、東京圏では東大医学部帝国主義と慶應医学部帝国主義とその傘下の植民地医学部・植民地病院があり、千葉県限定では千葉大医学部が帝国主義医学部の側だそうです。 東大医学部付属病院(東大病院)の場合、その東大医学部帝国主義の傘下の植民地医大である私立金権裏口毒盛医大、カネさえあればアホでも入れる大学、まともな人間は行かない大学、たとえば、帝京大医学部とかそういう「大学」を卒業した若造の「医者」が、「このぼくは東大の理科三類を現役で通ってんだぞお。わかってんのかあ」とか言いながら勤めているようです。 ぼけっと聞いていると、はあん、そうかいなあと思いそうになりますが、よく聞いていると言っていることが一致しなかったりしてわかります。「東大病院」とか「東大医学部付属病院」とかいう名称はあれは不当表示ではないでしょうか。
   「弥生講堂(「一条ホール」)」 と 「弥生講堂アネックス」 は、本郷地区でも、赤門や安田講堂や三四郎池がある(他に、前川國男設計「山上(さんじょう)会館」、丹下健三「本部棟」、槇文彦「法科大学院棟」などがある)本郷キャンパスではなく、道路を隔てた北側の農学部がある弥生キャンパスの弥生門を入ってすぐの左右にあります。 弥生門を入ってすぐ右(南)にあるのが「弥生講堂(「一条ホール」)で、左(北)の忠犬ハチ公となんとか教授の像(東大農学部の先生とその先生が飼っていた「ハチ」という犬の像ですが、今では教授の名前よりも「ハチ」の名前の方がはるかに有名になってしまいました)の後ろにあるのが「弥生講堂アネックス」です。

   まず、弥生門を入って右(南)の「弥生講堂(「一条ホール」)」の方を見ます。↓
画像

↑ 「弥生講堂(「一条ホール」)」。 弥生門を入ってすぐの位置から、北側から見たもの。
画像

↑ 東側から見たもの。 左よりのへっこんだ部分が入口。 クリックすると大きくなるので大きくして見てください。その右手の非ガラス張りの部分に「東京大学 弥生講堂」と書かれています。
画像




   「弥生講堂(「一条ホール」)」の方は、坂本功『木造建築を見直す』(2000.5.19. 岩波新書)にちょっとだけ出ています。日本の建築でも大規模なものは、戦後、鉄骨造か鉄筋コンクリート造が多くなったが、1980年代から再び木造での大規模建造物が建てられるようになってきました。 その「代表的作品例」として、木造の建物は都会よりも地方に多いのですが、都会でも存在し、その1つとして出ています。
≪ 他方、都会にもそれにふさわしい木造建築が建てられるようになっています。ごく最近、東大のキャンパス内に完成した東京大学弥生講堂(通称 一条ホール、香山壽夫(こうやまひさお)、2000年)は、ガラスの箱に入った現代木造建築です。・・・≫
坂本功『木造建築を見直す』(岩波新書)では香山壽夫の名前に「こうやま」の部分にフリガナが書かれていて、「ひさお」の方には書かれていないのですが、香山よりも「壽夫」の方がフリガナが欲しいところではないでしょうか。 《ウィキペディア−香山壽夫》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E5%B1%jB1%E5%A3%BD%E5%A4%AB によると、「壽夫」は「ひさお」と読むようです。 「すしお」ではないみたいです。
   私は、建築・住宅の学習のため、香山壽夫という方の本では『都市を造る住居−イギリス、アメリカのタウンハウス(建築巡礼 8)』(1990.6.3.丸善)を読みました。この本の後ろの「著者の略歴」によると、香山壽夫という方は、1937年(盧溝橋事件の年)生まれで、1960年(安保闘争の年)に東大建築学科卒、1964‐65年ペンシルヴェニア大学美術学部大学院でルイス・カーンの下で学び、1968年、九州芸術工科大学助教授、1971年、東大助教授、1986年、東大教授。 工学博士・・・だそうです。
   「香山(こうやま)」という名字で大学教授というと、私たちの世代に有名なというのか「悪名高い」というのかは、学習院大学教授の香山健一(こうやま けんいち)です。 どこが「悪名高い」か。 松浦総三 編『文芸春秋の研究』(1977.4.1.晩聲社)所収の「グループ1984年の仮面をはぐ」(初出:「現代の眼」1976年4月号)より引用する。
≪ X   だって、香山(健一)が全学連にいたころ、砂川闘争にからんでいるでしょう。
Y  大将ですよ。 私は彼のアジを直接聞いて、いまでも覚えていますよ。 「アメリカ帝国主義が東南アジア一帯を支配して、いまや世界支配に乗り出している。アメリカの軍事基地が日本はじめ東南アジア地域から中東にかけて張りめぐらされている。これに対して全学連は先頭に立ってこれを打ち破っていかなければならない」。とにかくそういう点で彼は正義の旗を振りかざした、当寺、輝ける委員長でしょう。いまの水俣病の患者さんたちが東京の本社に座り込みやったなんて、そんな程度のものじゃなかったです、彼の旗の振り方、アジのやり方は。調べれば学生運動史に残ってるはずです。彼がイニシアティヴとって、先頭に立ってやったわけです。
X  1960年ごろですか、そのころの「香山健一における人間的研究」というテーマで「グループ1984年」は書いたらどうですか。「バカだったあたし」とかサブタイトルをふればいい。
Y  香山健一の転向の仕方というのは、戦前の佐野・鍋山の転向なんか比べても、非常にスケールが小さいわけです。
X  清水幾太郎センセーのあとにくっついていったわけでしょう。
Y  そうです。 だから、あんまりスケールが小さくて今までは相手にしないこともあったけど、大野明男さんみたいにちゃんと批判をした人もいるし、いずれ香山健一の過去の全学連時代の勇ましいアジテーターぶりについては正確に暴露する必要がありますね。 そのときは新左翼はまだ存在せず、日本共産党下に置かれていた全学連ですけど、その当時はまぎれもない名委員長でした。しかし、砂川で私なんかも兵隊でアジられて、こづかれて、ケガして散々な目にあっている。てめえはそのとき一応反体制運動の正義派ヅラして、旗振った張本人です。アジテーターとしてはかなり秀れていたわけです。 それがいまや少壮学者のグループとして、魔女狩りとはちゃんちゃらおかしいというか、何をぬかすかと。
X   魔女狩りという名を借りた、アカ狩りをやったわけでしょう。
Y   そういうことですね。・・・・・ ≫
かつて、全学連の委員長でアジテーターだったくせに、いつからか、右翼教授になって、反体制的な市民運動や学生を攻撃するグループに入った節操の無い男として、香山健一という名前は有名です。 香山という名字はそれほど多い名字ではありませんが、香山健一は≪1933年(昭和8年)1月17日 東京生まれ。・・・1953年(昭和28年) 東京大学文科I類入学。・・・1960年(昭和35年) 東京大学経済学部経済学科卒業。≫、香山壽夫は≪1937年(昭和12年)3月1日 ・・・東京生まれ。・・・1960年 東京大学工学部建築学科卒≫。 生まれは4年香山壽夫の方が後らしいが、香山健一の方は全学連やっていたからか卒業するのに6年間かかったらしく、卒業は同じ年らしいが、香山健一と香山壽夫は関係があるのかないのか。
    香山健一と香山壽夫の「香山」は「こうやま」と読むようですが、橋下徹の喧嘩友達の香山リカの「香山」は「かやま」と読むらしい。(《ウィキペディア−香山リカ(精神科医)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E5%B1%B1%E3%83%AA%E3%82%AB_(%E7%B2%BE%E7%A5%9E%E7%A7%91%E5%8C%BB ) 香山リカの橋下徹に対する批判は、もしも、それが文学・哲学というレベルでの批判であれば、そうだよなと思うものがあるが、「精神医学」だ「医学」だとして「診断」するとなると、無条件に賛成はできかねる。それは、「精神医学」全般に言えることだが、文学・哲学というレベルで言う限り、言われた側も同じ次元で言い返すこともできるものだが、「精神医学」だ「医学」だとして「診断」するとなると、これは《「診断」する側》と《「診断」される側》が別れてしまうことになり、《「診断」する側》は「診断」しほうだいということになる。さらに「治療」(=「加工」)し放題にもなっていくことになる。その点で「精神医学」「精神科医」というもの自体に問題がある。

   ガラス貼りなので、ガラスに顔を近づけて見ると内部もある程度見えます。↓
画像

↑ は北寄りの部分です。

   入口から奥を見たものが↓
画像

↑ 右奥の壁に「一条ホール」と書いてあるのですが、↓
画像

↑ これは、この建物を建てるのに、(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ が費用を出したことの見返りに「一条ホール」とここに入れてもらったというものらしいのです。 (株)一条工務店では、東大の建物でも企業名が入っている建物といえば、安田講堂に「安田」という名前が入っているくらいで、他はこの「一条ホール」だけだと自慢にしているのですが、浜松市の「一条堤」もそうですが、不良企業からカネもらってこんなもの建てて、不良企業の宣伝広告に国立大学が加担しているというのは、はたしていいのでしょうか?

   1994年、福島県いわき市の営業所に赴任させられましたが、同じ営業所に、自称「暴力団住吉連合系小名浜一家の組長の息子」で「父親は入墨を入れている」「中学生の時に同級生を殴って失明させたことがある」「高校時代は暴走族のリーダー」「大学は千葉工大に行き、千葉工大に行っていた時にはホストクラブでアルバイトをしていてその際には覚せい剤をあつかっていた」「傷害罪の前科がある」「極真会空手の有段者」という男Mがいて、「カネだせえ」と脅され、金属椅子で殴られるなどして暴行を受けて怪我させられました。いわき中央警察署http://www.police.pref.fukushima.jp/police/chuuou/ に言っても、警察は「それは会社が対処するものだから、警察に言わずに会社に言って」と言って対処してくれませんでした。その時、(株)一条工務店は何と言ったかというと、「男っちゅうもんは、何かあった時はおのれの腕で勝負するもんじゃい。それが大澄(賢二郎)社長が言うところの『梁山泊の精神』ちゅうもんじゃ。 警察に言うとはお前は男か。」と、そう言ったのです。 そして、「次、警察に言ったら会社を辞めてもらうからなあ」と(株)一条工務店はそう言ったのです。怖い会社ですね。そして、自称 暴力団関係者のMは「この野郎。よくも、警察に言いやがったな。ヤクザもんにそういうことをするとどうなるかわかっとるのか、ごらあ」と言って、さらに、金属椅子を投げつけたり、それで殴りかかったりなどして、さらに怪我させられました。 〔この件については、[第489回]《藤田結子「働く母親はいつまで謝るのか」7 未婚者は妻帯者より忙しい。不良企業から寄付をもらう鈴木康友》http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_11.html でいくらか述べました。〕 その時点では、(株)一条工務店は未成熟企業・発展途上企業であるのでその後いくらかなりとも改善されていくこともあるかとも考えましたが、2002年、総務部長の天野雅弘から、この件について謝罪するのではなく、逆に、「なんで入墨いれたらいかんのじゃあ。入墨くらい入れたっていいだろうが。 服きてるからおまえは知らんかもしれんけれども、そのへんで働いている人間だって何人かは間違いなく入墨いれてると思うぞ。なんで、入墨いれたらいかんのじゃあ。なんで、いかんのか説明しろ」と言われたので、ということは、2002年においても、要するに、東京大学弥生キャンパスの弥生門を入ってすぐ右手の弥生講堂が建てられた2000年より後においても、総務部長が「なんで、入墨いれたらいかんのじゃあ」と言う会社であった、ということです。 東京大学という大学は、そういう会社からカネをもらって↑の建物を建てたのです。

   2001年、栃木県佐野市の営業所に縁故入社の中途入社で入って来たK嶋(男。当時、40代)は、入社するなり、仕事を覚えられるようにベテランの男性社員の隣の席に配置されたにもかかわらず、勝手に席を移動して女性社員の隣に移り、横から手を伸ばして尻をなでて悲鳴をあげさせる、住宅展示場のガラス戸ひとつ隔てただけの展示スペースに隣接する事務所内でパソコンのDVDでとどろきわたるような大音量でアダルトビデオを見て、10年選手の私からやめるように注意されてもやめない、住宅展示場の来場が最も多い日曜日の午後に展示場の玄関の目の前の来客用駐車スペースに自分のクルマをわざわざ斜め止めにして2台分占拠して駐車させ営業妨害をはかる、日曜日、展示場入口に受付としている女性の所に行ってちょっかいをだしたようで展示場入口で大声をあげさせて営業妨害をはかる、など社会人として異常な行為が続き、私は営業所長の木下より注意しろと言われたものの、「私に注意させたいなら私を営業所長にしてください。私を営業所長にならさずに他の人を営業所長にならせているのなら、営業所長になっている人が注意してください」と言ったものの、またもや、小嶋は職場内勤務時間内に事務所内で女性社員の尻をさわり大声をあげさせて業務妨害をしたことから私がいやでいやでしかたがなかったがしかたなしに注意したところ、どうやら、それが営業本部長の天野隆夫が気に入らなかったらしく、私に「あんた、注意しろ」と言った営業所長の木下がやってきて、「あんたのおかげで迷惑した」と私に言いだした。 私に「注意しろ」と言っていたにもかかわらず、態度を180度変更した木下が言うには「一条工務店は、職場内勤務時間内に女性社員の尻をなでるような人間が支えてきた会社なんだから、なんとしてでも小嶋のような職場内勤務時間内に女性社員の尻をさわる人間を守らないといけない」と。 「あんたは女性社員が職場内勤務時間内に男性から尻をなでてもらう権利を侵害した。セクハラだ!」と、こう言ったのです。「木下さんが注意しろと言われたのと違うのですか」と言うと、「ぼくは高卒だからそんなこと知らない」と木下は言うので、「高卒であっても営業所長ですよね。 この人は高卒だから一線の営業はできても営業所長は無理だということで営業所長になっていない人ではなく、高卒だけれども営業所長にならせていい人だと会社が判断して営業所長になっている人ですよね。違いますか」と私は言いましたが、木下は「そんなこと言っても、ぼくは高卒だから知ったことじゃない」と、木下はそう言ったのです。(株)一条工務店はそんな人間を営業所長にしている会社です。木下はさらに、「あんたは勝手なことばっかり言っちゃいかん。あんたが職場内勤務時間内に女性社員の尻をさわらないというのを認めてもらいたいと思うなら、職場内勤務時間内に女性社員の尻をさわる人間もまた認めないといけない。これが民主主義だ」と、そう言ったのです。 さらに、総務部長の天野雅弘から私は呼びつけられて、天野雅弘は何と言ったかというと、「あんたのように職場内勤務時間内に女性社員の尻をさわらないという人間も認めるとともに、小嶋のように職場内勤務時間内に女性社員の尻をさわる人間もまた認める。これが、カーネギーが言うところの『清濁あわせ飲む』という考え方だ」と、そう言ったのです。カーネギーというのはまた、なんともユニークなことを言いますなあ。(株)一条工務店というのはそういう会社なのです。東京大学という国立大学は、そんな会社からカネをもらって建物を建てて、それで、「一条ホール」などという名称をつけてそんな不良企業の宣伝広告に加担しているのですが、いいのでしょうか? いいと思いますか? 私は総務部長の天野雅弘に「私は営業所長の木下さんから指示されて注意したのですから、それが気に入らないというのなら、木下さんに文句を言うべきと違うのですか」と言いましたが、天野雅弘は「木下は高卒だからしかたがないだろうが。おまえは慶應でてるんだから、おまえが責任とるのが当たり前だろうが、何、考えとるんじゃ、おまえはあ」と私に怒鳴りつけたのです。 「慶應でてるから私に責任とらせたいのなら、どうして私に営業所長にならせてもらえないのですか。 私が営業所長にならせてもらって、営業所長としての対応が不適切であったというのなら、責任とれというのもわかりますよ。しかし、一条工務店は私を営業所長にならせずに、高卒であろうが何であろうが木下さんを営業所長にならせていたのですね。 なぜ、営業所長にならせた人に責任とれと言わずに、営業所長でも何でもない私に責任とれと言うのですか」と言いましたが、天野雅弘は「だいたい、何が気に入らないと言って、おまえが慶應でてるというのが何より気に食わんのじゃ。俺らは高卒じゃい。この野郎、おまえが慶應でてるのが何と言ってもむかつくんじゃい」と、総務部長がそう言ったのです。

   (株)一条工務店は、2001年、営業所長の木下の指示で、入社そうそう職場内勤務時間内に女性社員の尻をなでて大声をあげさせたり、住宅展示場の営業時間中に展示スペースとガラス戸ひとつ隔てただけの事務所でパソコンのDVDでアダルトビデオをとどろきわたるような大音量で視聴したり、日曜日の午後の来客が一番多い時間帯に自分の会社の展示場の玄関の目の前の来客用駐車スペースに自分のクルマをわざわざ斜め止めにして2台分占拠して駐車して営業妨害したりした小嶋が、またもや、職場内勤務時間内に女性社員の尻をなでて女性社員が大声をあげて業務妨害をしたことにより、やむなく私が小島に注意したということが気に入らないということで私を解雇しようとしたのですが、栃木労働局雇用均等室からそのようなことで人を解雇するものではありませんよと言ってもらったことから、解雇をとりやめて、山梨県上野原市にある「西東京工場」に移動として、朝8時過ぎから夜11時12時まで30キロ・40キロあるタイルやレンガを運ばせる業務につかせて、腰・膝・肘を負傷させ、また、粉塵が舞う環境で作業させたことより気管を痛めさせた。 今も、腰・膝・肘の痛みは治らないし、咳が日常的に出て治らない。 これは、労災(労働災害)と評価するものではないと思う。労働災害というのは、使用者がある程度の安全対策を立てていたがその業務をおこなっていた際に負傷したというもので、その安全対策が十分であったか不十分であったかは別として、そういうものを労働災害(労災)と言うが、これはそうではなく、(株)一条工務店使用者は、こういうことをさせると怪我をする体を悪くするということがわかっていることを、意図的にさせて怪我させたのであり、これは、労働災害(労災)と評価するのではなく、刑法上の傷害罪に該当するものと考えるべきです。 (株)一条工務店はそういう会社です。 東京大学はそういう会社からカネをもらって↑の建物を建てて、その建物に「一条ホール」などと命名して不良企業・暴力企業の宣伝広告に加担しているのです。〔 この件については、[第429回]《 腰痛になる持ち方を強要する安全衛生管理者。鉱物繊維が剥落飛散の工場―機械プレカットは信用できるか4 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201607/article_10.html でいくらか述べました。〕
   その山梨県上野原市にある「西東京工場」においてですが、2002年、「東京大学」という大学から教授なのか准教授なのかはわかりませんが教員が学生を連れて「木材の乾燥の検査」というものに来たことがありました。 (株)一条工務店の方が「やってもらっている」という性質のものなのか、東大農学部の先生の方が「研究に利用させてもらっている」という性質のものなのか、どちらなのかはよくわかりませんが、いずれであったとしても、その「東京大学」という大学の教員と学生が(株)一条工務店の山梨県上野原市の工場に来て、何をしやがったか?  それを、[第433回]《 工場でキャッチボールの学生と注意しない教員の木材乾燥検査は役立つか?―機械プレカットは信用できるか8  》http://shinkahousinght.at.webry.info/201607/article_13.html で述べましたので、ぜひ見ていただきたいと思います。 もしかして、「東京大学」というのは、日本の大学の中でもよっぽどのバカ大学なのではないか? という印象を受けました。 普通、粉塵が舞う工場の中で、わざわざ、ゴムまり持って来て、そんな場所でキャッチボールするか? これから施主様の工事現場に送るべくパレットに載せてある住宅設備機器めがけてゴムまり投げつけてキャッチボールするバカがいるか?・・・・というといたのです。「東京大学」というバカ大学の学生が。 そういうおかしなことをする学生がいたなら、教員は注意しないといけないはずですが、注意できないアホ教員でした。いったいどこのバカ大学なのかというと、「東京大学」という大学の教員と学生でした。
〔 (株)一条工務店が「AQ認証」「ISO9001取得」と称しているプレカット工場については、その他、
[第428回]《 溝無タイヤ、ナンバー無走行、路駐でISO―機械プレカット工場[3]+傲慢日立、権威主義文化シャッター 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201607/article_9.html
[第430回]《 労働環境を引き下げる「スト破り」外人労働者・浜松「一条堤」に疑問―機械プレカットは信用できるか[5] 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201607/article_6.html
[第431回]《 梁の強度検査機械は役立つか?ソロモンマホガニーはマホガニーでない―機械プレカットは信頼できるか[6]  》http://shinkahousinght.at.webry.info/201607/article_11.html
[第432回]《 非常停止装置が働かない移動式棚。移動式棚と地面はどちらが効率的?他社には塩害を言い自社工場は海のそば 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201607/article_12.html 
などでいくらか述べました。 〕

   1993年10月に、福島県いわき市の営業所に転勤してくれと言われ、営業本部長の天野隆夫から「寮に入ってもらう」と言われて、自分のクルマに布団などを載せて行ったものの、3部屋と駐車スペース2台分のアパートを会社が借りて、それに、工事課もしくは営業課の従業員2名と設計課の従業員1名を工事課もしくは営業課の従業員には1部屋と1台分の駐車スペースを使用させて設計課の従業員には1部屋を使用させる構想にしていた「寮」において、「設計課」の春田靖が勝手に2部屋と2台分の駐車スペースを占拠していたため、泊まる所がなくて困り、本社の総務部に言っても対処せず、私に「寮に入ってもらう」と言った営業本部長の天野隆夫も対処せず、松戸営業所に名古屋の八事営業所にいて営業成績があがっていなくて転勤してきた松下には1ヶ月以上ものホテル住まいを認めて会社で費用を出したにもかかわらず、私には泊まる場所がなく、「一番安いビジネスホテルに泊まろうと思いますのでホテル代を出してください」と言っても天野は「ホテルになんか泊まることない」と言い、「それなら布団を持って来ていますから展示場に泊まっていいですか」と言うと「展示場になんか泊まることない」と言い、「それなら、いったい、どうすればいいのですか。私は今晩どこに泊まればいいのですか」と言っても(株)一条工務店は対処しなかったのです。 この件については、[第437回]《市川市北方(ぼっけ)町4丁目の天神社 参拝+遠回りして有料道路を使う男を認め、一方で人権侵害する会社》http://shinkahousinght.at.webry.info/201608/article_2.html 、[第478回]《葬式の時に故人の茶碗を割る習慣と転勤・移動する同僚のマグカップを捨てる男の神経と根性1 (松戸) 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201611/article_7.html 、[第490回]《あけおめ。 白山神社(東京都文京区)参拝−恋の神様(3) 「とりもつ」神さま。神社を見おろす東洋大学 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_1.html  でいくらか述べました。これは人権侵害も甚だしいものです。

   1993年前半、千葉県松戸営業所に入社したある男性(当時、20代後半)は、少々暗い感じで、私なら不採用にするがという感じの人でしたが、(株)一条工務店は営業本部長の天野隆夫が採用にしました。 私なら不採用にするがと思ったことには理由があります。 彼は、応募してから面接までの間に松戸展示場に来たのです。「来場客」として。 私ならそういうことはしません。 自分が面接に行く場所はあらかじめ前まで行って場所を確認するということはしますが、中に入って先輩社員に接客させるということはしません。 もしも、その会社の住宅展示場がどういうものか見ておきたいと思ったならば、私なら、自分が面接に行く場所の展示場ではなく、ある程度離れた場所の展示場に匿名で見に行きます。 20代も後半になった男なら、そのくらい、頭はたらかせよと思いますし、さらに、彼は、住宅展示場の玄関から框を上がる際に、おのれの靴を部屋の方につま先を向けて脱いでそのまま上がって行ったのです。 私はよく知っています。 なぜ、知っているかというと、住宅業界でも(株)一条工務店でも彼よりは「先輩」になる、そして、もしも、彼が採用になれば同じ営業所に勤務することになる私が彼の靴をそろえたからです。 「先輩社員」におのれの靴をそろえさせるバカはないでしょうが。違いますか。 そのあたりを見ると、「別に採用する必要はないと思える人」でした。 そのくらい、アホでも見るのではないかと思ったのですが、「アホでも見る」ぐらいのものも見えないアホが採用担当だったようです。営業本部長の天野隆夫が面接してその人を採用にしたのです。その時点で私は入社2年目に入ったばかりでしたが、私は慶應義塾大学の商学部で労務管理論や労働法・労働経済学などを学んできた人間であり、もしも、会社という所に勤めるのなら人事総務関係の仕事につきたいと卒業時には思っていた人間で、最初に「正社員型」で勤めた会社でも人事総務部に9カ月在籍して採用の仕事のはしくれを経験した人間です。もし、私に意見をきいてくれたらと思いましたが、(株)一条工務店という会社は慶應大卒とかいう人間には絶対にそういうところで意見をきかないのです。あくまで、中卒か高卒の人間に意見をきくのです。そして、私より1ヶ月ほど後で入社した、その時点で入社1年経つか経たないかのS藤が、接客の順番でその人を接客して、「いいなあ〜あ。あれは」などと間抜けたことを営業本部長に言い、それを参考にしたのかしないのかわからないが営業本部長の天野隆夫は採用したのです。そして、入社するとすぐに「あいつはよくなかった」と言い出し、そして、嫌がらせをしまくって2週間ほどで自分から辞めるようにしむけたのです。 程度の低い会社だなあと思いました。 私は慶應義塾大学の商学部で労務管理論や労働法・労働経済学などを学んできた人間であり、他社で人事総務部に勤務した経験、採用の仕事のはしくれを経験したこともある人間であり、そういう人間が入社しているのですから、そういう人間を生かしてくれればと思うのですが、(株)一条工務店という会社は絶対に生かしてなるものかと経営者が信念持っている会社でした。 会社というものは、人を採用する時にはよく見て採用しないといけません。かつ、いったん、採用したならば、会社として採用と決めた人である以上は入社後に思っていたのと違うと思う所があっても期待通りではないと思う所があっても自分が採用すると判断した人である以上は責任を持って使って行かなければいけません。 ところが、(株)一条工務店の営業本部長は、いいかげんに採用を決めて、そして、入社して感じ悪いと思いだすと今度は必死になって嫌がらせをして辞めるようにしむけたのです。 この姿勢はその後も変わりません。 そんな会社です。 (株)一条工務店の総務部長の天野雅弘が「営業の場合は、1年に10人中3人くらいは会社は好きにやめさせていいと労働基準監督署が言っています」と言うので、「どこの労働基準監督署ですか」ときくと天野雅弘は「浜松です」と言い、「労働基準監督署のどういう人が言ったのですか。 守衛とか清掃係とかの人ですか、それとも労働基準監督官ですか」と言うと、「労働基準監督官です」と言うので、私は浜松労働基準監督署http://shizuoka-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/kantoku/ki-kantoku/map_hamamatsu.html に電話をして、浜松労働基準監督署の労働基準監督官はそういうことを言うのですかと質問したところ、浜松労働基準監督署の返答は「絶対、言いません」ということでした。 そういういいかげんなことを平気で言う男が総務部長になっている会社なのです。

    (株)一条工務店の初代社長でオーナーの大澄賢二郎のバカ息子で日信(株)という関連会社の社長になっていたらしい大澄隆史が、1996年8月につきあっていて同棲していたこともある女性を刃物で刺し殺して懲役刑を受けた件について、大澄賢二郎は「相手が悪い」と言っていたという話を聞きました。バカ息子が別れたいと言っているのに、相手の親が「同棲して肉体関係も持ったのに、今さら別れたいなどとそんな話はないだろう」と認めなかったから殺したのだ、別れたいというのを認めなかった相手が悪い」と言うのですが、そうですか? 同棲して肉体関係まで持ちながら別れたいと言い出す方が悪いのと違いますか? たとえ、相手に悪いところがあったとしても、まがりなりにも人間1人殺しておいて「相手が悪い」てどういうことですか? それまでに何があったとしても、人を殺したら、殺した方が悪いのと違うのですか?  親がそんな認識だから息子が人殺しになるのです。 (株)一条工務店はそういう会社です。 東京大学はそんな会社からカネをもらって「弥生講堂」↑なんて建てて、そこに「一条ホール」などという名称を入れて不良企業の宣伝広告に加担しているのですが、いいのでしょうか?

   2000年頃だったと思います。木構造の研究者だった故・杉山英男の名前をなのって「杉山英男賞」というのを(株)一条工務店が作りました。 木構造に貢献した人に贈る賞だというのですが、そして、第1回の受賞者は・・・・・? 誰だったと思いますか? 第1回の受賞者は(株)一条工務店初代社長の「大澄賢二郎」。 よくやるよなあ。おのれで賞を作って自分に受賞させているのですから。
   角川書店の創立者の角川源義さんは東大文学部卒で角川源義さん自身が文学者だったようですが、どこで読んだのか忘れてしまいましたが、角川源義さんは、他の出版社・書店が実施する賞に応募することはあっても、角川書店が実施する賞には自分は絶対に応募しなかったというのです。 自分の会社が実施している賞に応募したのでは公平性を欠くことになりかねないし、自分の会社が実施している賞に選ばれてもしかたがないという判断だったようです。 それに対して、(株)一条工務店の大澄さんは、なんかこう・・・・、上品じゃないですね。 杉山英男という人の著作は私は何冊も読みましたが、木構造について良心的な内容を書かれていると思いました。しかし、杉山英男賞などというものを、大澄賢二郎が自分で作って自分に受賞させて・・・なんてことに名前を貸したのでは、「杉山英男」という名前の値打ちがずいぶんと下がってしまうように思います。
   「どういう賞を受賞しているかで人の値打ちが決まるのではない。 どういう人が受賞しているかでその賞の値打ちが決まるのだ」と、「作家で精神科医」の なだ いなだ が『娘の学校』(中公文庫)で書いていましたが、杉山英男賞という賞は、大澄賢二郎がおのれに受賞させるために作った賞であり、それだけのものでしかない。

   1985年に、横浜市港北区の慶應義塾大学日吉キャンパスに日吉新図書館が槇文彦設計で建てられましたが、慶應のOBから寄付をもらって建てた、「OBから」というのは、実質、「財界から」だという話を聞きましたが、OBが寄付をしてくれるというのはありがたいと言えばありがたいのですが、「財界から」寄付をもらうということは、結局、財界のひも付き大学になってしまうということはないのだろうか・・・とか考えましたが、そうかどうかはわかりませんが、慶應のOBなり「財界」なりで慶應日吉新図書館のために寄付をした人・企業で、寄付をした人間の個人名なり企業名なりをそこに入れろと要求した人は一人もなかったようです。 もしかすると、資本制経済を守る側か打倒す側かという問題においては守る側につきたいとかいうことはあるかもしれませんが、寄付したとしても、だからといって自分の会社の宣伝をしてくれとまでの要求は誰もしないししていないはずです。 それに対して、建物1つ建てるから「一条ホール」と名前をつけさせてくれ、防潮堤の費用を出すから「一条堤」と名前をつけてくれと、いちいち、そういう主張をする男というのは・・・・、なんか、成り上がりだけに、下品だなあ〜あ・・・という感じがします。 しませんか?

   「弥生講堂 一条ホール」↑ にしても、「浜松市 一条堤」にしても、(株)一条工務店のオーナーにカネを出してもらった・・・・と東大の運営者や浜松市の市長 鈴木康友は思っているかもしれませんが、違いますよ。 そのカネは(株)一条工務店の従業員に支払うべき給料をもっときっちりと支払うべきであったカネを支払わずに貯め込んだカネですよ。 いわば、従業員から「搾取」したカネがそれだけ貯まっていたということですよ。 2002年に私が(株)一条工務店の工場で健康を害した際にも、もっと安全衛生対策をきっちりとしておれば健康を害することがなかったかもしれないのにその費用をかけなかった、1993年9月に福島県いわき市草木台で屋根屋が墜落して頭を打って死亡した際も、もっと安全対策に費用をかけておれば死なずにすんだかもしれないのに十分に安全対策をとらなかった。 そうやって貯め込んだカネなんですよ、そのカネは。 東大のバカ学生やバカ教授はそのあたりをわかっていないのではないか?  もしも、「建築が専門ですから経済学のことはわかりません」などと言うのなら、それはいくらなんでも無責任すぎるし、そういうことを教授先生が言うのなら、そんな教授は知識人ではない、インテリではない、単なる白痴でしかないと言うべきでしょう。

  私は、今回、白山神社の帰りに寄りましたので、都営三田線「白山」から行き、帰りは東京メトロ丸の内線「本郷三丁目」から帰りましたが、「弥生講堂 一条ホール」の最寄駅は東京メトロ南北線「東大前」でしょう。 南北線の駅名は「東大前」より「東大農学部前」の方が妥当ではないかと思いますが「東大前」という駅名になっています。

※ 弥生講堂 一条ホール 施設案内 http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/plan_ichijo.html
   (2017.1.8.)

●  東京大学のホームページの《弥生講堂 一条ホール 施設案内》http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/plan_ichijo.html に、私は、この稿を「トラックバック」として送信しましたが、それが付きません。ところが、東京大学のホームページの《弥生講堂 一条ホール 施設案内》http://www.a.u-tokyo.ac.jp/yayoi/plan_ichijo.html には、(株)一条工務店のホームページ http://www.ichijo.co.jp/ がリンクされているのです。 国立の大学のホームページに営利企業の宣伝のためのホームページ、それもかなり不良企業のホームページがリンクされているというのは、これはおかしいと思いませんか? 同社は問題点が大変多い会社で、ここで私が述べたこと以外にも問題はいっぱいあります。同社について批判したものをトラックバックで送信しても付かないのに、不良企業のホームページがあらかじめリンクして作成されているというのは、こういうことを国立大学がやっていいのでしょうか? 東大の運営者というのは、そのあたりについて考える頭もない白痴なのでしょうか?
  (2017.4.6.)


☆  (株)エンゼルハウスhttp://www.angel-ho.com/top.html が費用を出したらしい「弥生講堂 アネックス」については、[496回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_8.html で述べます。 

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
東京大学 「弥生講堂 一条ホール」について。不良企業の宣伝広告に加担する東京大学と浜松市と杉山英男 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる