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zoom RSS 故人の茶碗を割る儀式と同僚のマグカップを捨てる男1+同僚のせいにして自分だけいい顔する卑怯者(松戸)

<<   作成日時 : 2016/11/27 23:32   >>

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[第478回] 営業と会社の話(98)
    中学生の時に父方の祖母が他界しましたが、その葬式で、出棺の時に、家の門のすぐ外の場所で、葬儀社の人が、茶碗だったか陶器を舗装された道路に打ちつけて割りました。 あれは何だろうと思っていたら、その人が亡くなったということで、故人が使用していた食器を割るという儀式だそうで、それを葬儀社の人がやってくれた、ということでした。 但し、その葬儀社の女性が割ったのは、祖母が使用していた食器ではありませんでした。祖母は私が小学校に入る頃まで同居していましたが、私が小学校に入ったくらいから老人ホームに入り、最後は体調を崩して病院に入院して病院で他界しましたので、我が家の食器棚には祖母が使用していた食器はなかったのですが、葬儀社の人は、ともかく、門の外の所で「故人が使用していた食器」を割るという行事をするべきだと判断して、我が家の食器棚から適当に(この場合の「適当に」は、「しかるべく」ではなく、「どれでもいいから」くらい)持ち出して割ったようでした。母は「あれ、割られてしまったの」と嫌がっていました。本来なら、祖母の葬式ですから割るなら祖母が使用していた食器を割るもので、祖母が一度も使用したことがない食器を割っても意味はないわけですが、葬式であわただしくしていた時のことでやむをえなかったのだとは思いますが、祖母が使ったことがない食器を割られてしまったのですが、母としては、割る食器が必要なら、これなら割ってもいいと思うものを選ぶところだったのですが、無断で持ち出された為、これは置いておきたいと思うものを割られてしまったようでした。

    葬式の時の風習はその地域によって違い、又、宗教宗派によっても違うと思いますが、葬式の後、出棺の時に、門の外の位置で故人が使用していた食器を割るという風習は特別に珍しいものではないと思っていました。 しかし、これはやるべきではないという説もあるようです。 何で読んだかというと・・・・・→『本当にあった まるなま ここだけの話』。
    『本当にあった まるなま ここだけの話 トンデモ冠婚葬祭SP』(2016.11.23.芳文社)に、佐賀県のペンネーム:あいるさんの投稿による藪犬小夏さんの漫画で、初七日に来たお坊さんが「お葬式の際、棺桶をぐるぐる回したり・・・・ 故人の茶碗を割ったりする風習がありますが どちらも『もう帰ってくるな』という意味なのでやってはいけませんよ」と述べたという話が載っていました。
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( ↑ 『スゴ盛 本当にあった 生(まるなま) ここだけの話 極(ウルトラ)(16) トンデモ冠婚葬祭SP(スペシャル)』2016.11.23. 芳文社) 所収 藪犬小夏 漫画「ザ・お葬式 珍エピソード」 佐賀県 ペンネーム:あいる さんの投稿)
  そのお坊さんも、葬式ですでにやってから言うのではなく、前に教えてくれればよさそうにも思えますが、そういう意味でやる地域もあるようです。 しかし、最初はそういう意味であっても、故人が亡くなったということを遺族親戚友人知人で確認しようと認識しよういうことで割っている場合もあるのではないか。 又、火葬場に行った後、行きと帰りでは別の道を通るようにする地域もあるようで、これは、霊がついてこないようにという意味だという話ですが、故人の茶碗を割るというのが「もう帰ってくるな」というのも、故人の霊に、成仏してくださいという意味で「もう帰ってくるな」という意味なら、「もう帰ってくるな」でも悪い意味ではないことになるようにも思えます。 ですから、そのお坊さんのお寺では「やってはいけません」という考え方だったようですが、実際にやっている人としては、遺族親戚友人知人は、その方が亡くなったということを自覚しようという意味で割っている場合、どうか成仏してくださいという気持ちで割っている場合もあり、「二度と戻ってくるなこの野郎」という意味で割っているという場合も世の中にはないことはないのかもしれませんが、そうとは限らないようにも思います。 少なくとも、私の祖母の葬式の時に葬儀社の人が陶器を割ったのは、祖母に恨みがあったとかで割ったのではないはずです。

    しかし、生きている人間にやったらどうでしょうか?  どう思いますか。 私は、木造在来構法の戸建住宅建築業の(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に在籍した時、同僚に私のマグカップを2回捨てられました。 どう思いますか。 私に恨みがあった者に捨てられた、と解釈するべきなのでしょうか・・・・・。

    1回目は1993年。 千葉県松戸市岩瀬のハウジングギャラリー松戸(今はなくなって、マンションか何かが建っていると思います)にあった営業所(松戸展示場)から福島県いわき市の営業所に転勤した後、松戸展示場に私が使用していたマグカップを置いていたのを持ってくるのを忘れたので、千葉県に帰ることがあった際に、展示場に立ち寄りたいが、立ち寄る予定にした○日は同社の展示場は休業の曜日は特になかったが、万一なにかの事情で閉めているということはないか展示場を閉めているということはないかと電話で確認したところ、松戸展示場にいたS藤(男。当時、20代後半)が「それ、もうないよ。捨てたよ」などと言ったのだ。 はあ? そういうことをするのかと思った。 よっぽど経ってからならともかく、まだ、たいして経っていない。 又、私が担当していた契約客、私が担当していた見込客を引き継いだ人間もいるわけで、電話に出たS藤も私が追客していた見込客をもらったはずだったたし、私から引き継いだ見込客の話をするために、いわき市の営業所(展示場)に電話してきたこともあったのに、私から見込客はもらっておきながら、私からもらった見込客のことをきくために電話はしてきても、そういう電話をしてきた際にでも、「マグカップが置いてあるけれども、もう要らないですか。それとも、取りに来ますか」とでも尋ねればよさそうなものだが、見込客の件で電話はしてきても、それは一言も言わなかった。 そして、私に黙って廃棄したというのだ。 そういうことをするのかと思った。 そして、「○○さん、ごめん。あれ、要らないかと思って捨てちゃった」とでも言うのならまだしも、「あれ、もうないよ」という言い方はいかがなものかと思った。 同じ営業所で苦労をともにしてきた仲間に対してそういうことをするのかと思った。 もしかすると、彼はそこまで複雑に考えていなかったかもしれないが、「そこまで複雑に考えていなかった」ということは、営業としてそれだけ無神経だということであり、その分だけ、営業として低い評価をせざるをえない、と私なら考える・・・が、(株)一条工務店のオーナー経営者はそういう無神経な人間が好きなようだ。
   彼は別に極悪人ではないと私は思ってきたし思いたいが、この部分においては無神経である。 S藤については、松戸展示場の事務所において、彼が茶碗を拭く布巾でホワイトボードを拭くのを見て「え?」と思い、ホワイトボードを拭いた布巾でまた茶碗を拭くのを見たことがあって、いったいどんな育ち方したんだ? と疑問に思ったことがありましたが〔 (株)一条工務店の住宅展示場に行って、お茶なりコーヒーなりを出されたとすると、そのお茶なりコーヒーなりはホワイトボードを拭いた布巾で拭かれた湯呑茶碗・コーヒーカップに入れて出されたものかもしれない、ということだ 〕、この時も、「あれ、もうないよ」と平気で言う無神経な態度に疑問を感じました。

    1993年6月頃、名古屋の八事という所にあった営業所にいて営業成績が上がっていなくて松戸営業所に転勤してきた「主任」だった松下という男(当時、30代前半)が、転勤してくる早々、千葉県・東京都においては1軒も契約をもらっていないにもかかわらず、「こんなやりやすい所はない。ここなら浜松や名古屋の最低でも倍は契約とれる」と、それまで、東京営業所・松戸営業所で苦労してきた営業を前にして傍若無人な発言をおこない、そして、松下は松戸営業所に8か月ほど在籍して1棟も契約とれなかった。そんな人間だから八事営業所で売れなかったのかもしれない。 そいつが、松戸営業所で8カ月契約ゼロだとどうなったかというと、習志野市に新しくできた展示場に昇進して移動した。 (株)一条工務店では営業成績が上がらないと昇進する人間がいるのだ。 片方で、条件が良いとは言えない営業所で苦労して契約をあげようと奮闘する人間には、「契約が上がらない者は赤字社員だ」とか言いながら、他方において、契約ゼロを続けると昇進させるという従業員もいたのだ
    M下は名古屋の八事営業所で営業成績があがっていなかった人間で、私よりたしか1つ年下だったと思うが、この時点で10年ほど在籍していた在籍年数の長い従業員だったはずだ。 松戸営業所(展示場)は在籍年数が長い従業員がいないということで、松下は赴任すると、「展示場リーダー」ということになったはずだ。 この1993年5月に、松戸展示場において私が担当で契約してもらった、松戸展示場から歩いてもそれほど離れていない場所で新築のKさんは、急ぎで建てたいという希望だったが、ところが、契約してもらうと、図面の打ち合わせをしたいと言っても、予定がとれないと言い、それなら、ともかく、図面を渡しておくから見て検討しておいてもらいたいので、図面だけ渡すので、その上で打ち合わせの日を改めて決めたいから図面だけ受け取ってもらいたいので渡したいと言っても、受け取る時間なんか取れないと拒否する。 通常のスケジュールではなく大急ぎで建てたいと言いながら、建築屋の側にばかり急ぎを要求して、施主の側が急ぎの対応をしようとしない。最初は、お客様のことだからと思って、下手に出て、なんとか理解してもらおうと努めてきたが、建築屋の側は相当の無理をして急ぎで進めようとしても、施主が協力的でなく、そうでありながら、「急ぎなのにちっとも進まない」と文句を言う。たとえ、お施主様でも、これは、それは違いますでしょと、はっきりときっちりと言わないといけない と思った時に、松下が名古屋の八事営業所から赴任してきた。 来ると言いながら来るまでずいぶんと長くかかったものだった。
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(↑ 雁屋 哲 作・花咲 アキラ 画『美味しんぼ(おいしんぼ) [真心で握る!味わいの寿司編]』2005.11.4. 小学館 My First BIG  所収「寿司と煙草」より ↑)
   その松下が、このKさん宅に一緒に行くと言うので、年齢は同年代、たしか、彼の方が私より1つだけ年下だったと思ったが、同社では2年目でしかない私と違って彼は10年ほど在籍している古手の営業だということなので、それならと一緒に行ったのだ。ところが。 あきれた。 こういうことをする人間がいるのかと驚いた。 こちらはなんら遅い対応はしていない。 特に、営業担当の私は、Kさんが急ぎだというので他の契約客や見込客よりも最優先して対応してきた。 そうであるにもかかわらず、松下は「〇〇の対応が悪くてご迷惑をおかけいたしまして、大変申し訳ありませんでした」などと私の承諾も得ずに言い出したのだ。 そして、自分だけいい役を盗ったのだ。 「すべて、〇〇が悪いんです。よく承知しております」と、そういうことを言い出したのだ。 私は悪くない。私はK泉さんのお宅の仕事を最優先して対応してきたし、相当の無理をして対応したし、そのために私生活も相当犠牲にもしてきた。 松下にそのようなことを言われる筋合いはない!  その時、一緒に言った三重県から松戸に来た工事課の神堂は、どういう理由かわからないが、一生懸命、松下をヨイショしていたのだが、今から考えると、そういうおのれだけいい役をとって他の従業員のせいにしてやろうという卑怯者というM下のような人間は(株)一条工務店のオーナー経営者の好みのタイプであり、オーナー経営者の好みのタイプをヨイショしていたということが可能性として考えられる。 私は、他の営業の担当の契約客・見込客が来場した時、電話をしてきた時、その営業をどんなに悪く言う人に対しても、常に弁護側にまわってきた。 (株)一条工務店においても他の会社においても、一緒になってその営業の悪口を言ったようなことは一度もない。 ところが、松下は、最大限の対応をしていた私を悪者にして自分だけいい役をやろうとしたのだ。 まさか、こんな人間がいるとはその時は思わなかったがうかつだった。
   よく、契約客や入居者ともめた時に、「辞めた前の担当のせいにして逃げる」というような話はあるが、私は辞めたのではなくそこにいるのであり、その場にいたのであり、その後も私が担当を続けるのだが、担当を続ける人間のせいにして、せいにされた担当は、その後、どうしたらいいの? どうしろと言うの? 「会社を辞めた人のせいにする」というのもどうかと思うし、道義上どうかということとともに、それはばれる危険があるということもあり、「死人に口なし」みたいに辞めた人間を悪者にしてやろうという卑しい態度をとる営業として評価を下げてしまう危険もあるが、辞めたわけでもなく、今後も担当である人間のせいにしてどうすんの? それは営業上もプラスにならないことで、松下が私のせいにして自分だけがいい顔をしようとしたに過ぎないことであり、自分だけがいい顔をしようという卑怯者が普段から社内でとっている態度を契約客に対してとったということだった。この男は、この後も、社内においてオーナー経営者に媚びを売って自分だけ優遇してもらおうという態度をとったことがあり、「三つ子の魂百まで」 と言うが、この男は変わらんなあと思ったものだ。
〔  長島 総一郎『応酬話法 AtoZ』1987.9.1. 経林書房)にも≪ おうむ返し方は、お客様の言葉をセールスマンがそのまま受け入れたという形をとることによって、お客様に勝利感を与えることができます。・・・・ 「忙しいんだよ」「そうでしょうね。忙しいんでしょうね。だからこそ・・・」というふうに言い換えるところに、この話法の特徴が表れています。 ここに、売り込みのポイントがあるのです。・・・・自社製品や自社のサービスに対する故なき誹謗や中傷をおうむ返ししてはいけません。 おうむ返し法は、あくまでもどちらに転んでも大過はない話法であり、お客様の調子に合わせる話法であることを理解しておきましょう。・・・・≫と出ています。 このケース、契約客の松戸市のKさんは、通常より急いで建てたいという希望だったのですが、建築屋の方ではその方の為に相当の無理をして急ぎで進めているにもかかわらず、お施主様の側が打ち合わせをしたいと言っても時間を取らない、それなら、打合せの日までに図面を見て置いてもらって施主の考えをまとめておいてもらえば打合せが効率よく進むことが考えられるので
とりあえず図面を渡すだけ渡すので見て置いてもらって打合せの時間を取れる日を連絡もらいたいと言っても、受け取るだけでも、急に持ってこられても困ると言って拒否するという具合で、急ぎであるにもかかわらず進行しないのは建築会社の側の問題ではなく、急ぎだと言いながらまったく協力的でない施主の側の問題があったのであり、特に私はKさん宅のために私生活も犠牲にして相当の尽力をしていたのであり、それを私のせいにしておのれだけいい顔をしようというM下の態度(この男が日頃から社内でやっていることだが)は、長島 総一郎『応酬話法 AtoZ』(1987. 経林書房)にも書かれているように、営業の基本的な考え方からしても間違っているのです。 〕

    そのM下が、「展示場リーダー」になっていたのだが、松下は自分が松戸展示場に赴任する時には、1ヶ月を超えるホテル暮らしをしてその費用を会社に負担させた。 たかだか、主任でしかない人間で、かつ、赴任前の営業所で営業成績があがっていなかった男にそんなことをさせる会社はあんまりないと思うが、(株)一条工務店はそういうことをさせる会社だった。 ところが、私が福島県いわき市の営業所に赴任する際、営業本部長の天野隆夫が「寮に入ってもらう」と言うので、そのつもりで、クルマに布団を載せていわきまで行ったところ、「寮」とは一般のアパートを(株)一条工務店が借りて「寮」にしていたもので、もともとは3軒長屋の賃貸住宅だったのだが、2間続きの和室ともう1室の和室があって、それにトイレ・洗面所・浴室・ダイニングキッチンがあって、駐車スペースが2台分という いわき市では一般的な間取りのものだった。 部屋が3室で駐車スペースが2台分というのは、(株)一条工務店では、営業と工事課は仕事で使用する乗用車を「持ち込み」で、会社が個人のクルマを借りたということにして、借りたクルマを仕事で使用する時は持ち主に貸しているという扱いにしていた。 だから、営業と工事課の人間の乗っているクルマは本人の所有のものでも業務用のものであり、ガソリン代を会社から出してもらえる(指定のガソリンスタンドで入れる)かわりに電車賃・バス代は支給されなかったのに対し、設計の職種の人間は仕事でクルマに乗ることはないという前提であり、そのかわりに電車・バスなどの公共交通機関の交通費が支給されていた。 だから、設計の人間1人と工事課2人、もしくは、設計1人と工事課1人・営業1人がそこに住めば、部屋は3室で駐車スペースは2台分でちょうどよかった。 ところが、第一設計部の春田靖(男。当時、20代前半)が、本来は設計の人間は自動車に乗りたければ乗っても自由だが、その場合は個人で駐車場を借りるか個人で駐車場付きの賃貸住宅を借りるかしなければならないにもかかわらず、2間続きの部屋を2部屋占拠し、(株)一条工務店の業務に使用できない娯楽用のばかでかいオフロードカーに乗って駐車スペースを2台分占拠していた。 その為、私は住む場所がなく、クルマも路上駐車せざるをえなかった。 春田靖はその時点で入社して2年目だったか3年目だったかでしかない人間であり、20代前半の8流大学出の若造にそんな豪勢なことを会社の費用でさせるような会社は、今まで(株)一条工務店の他に見たことがない。 「(株)一条工務店の他に」と言っても、(株)一条工務店にしても、正式に認めていたのではなく、春田靖が実力行使でそのようにしていただけであり、本来、そんな「権利」があったわけではないのだ。
   まず、第一に、これは福島県浜通り地区の問題であり、浜通り地区の営業所長であったK野次男さんは、私がいわきに行くよりも前に、春田のこのような横暴・我儘を注意してやめさせていなければならないはずだった。会社としては、工事課と営業課の従業員には1部屋と1台分の駐車スペース、第一設計部の人間には1部屋を「寮」としては使用させることにしていたのであって、第一設計部の人間が2部屋と2台分の駐車スペースを使用したいのなら、自分で別にアパートなり家作なりを借りるべきであったはずなのだ。一般に、営業所長の給料をもらっている人はそういった対応をしなければならないはずだった。 ところが、(株)一条工務店では総務部長の天野雅弘が「営業所長は売るのが仕事であって管理したり指導したりするのは所長の仕事と違います。」と言うのだ。 おかしくないか?  「売る」ことに対しては、歩合給でそれに対して報酬を受け取っているはずなのだ。 所長はそれと別に所長の手当をもらっているはずなのだ。所長の手当をもらっておきながら、営業所の管理の仕事もしなければ指導もしないというのはおかしくないか。給料ただどりということにならないか?  私は春田がやっていたことは不当であると思ったし今も思っているが、それは私が注意してどかせる性質のものではない。会社が言うべきものである。 それで、本社の総務部に言ったが、総務部は何もしない。 「総務部の責任者」というのは社長の大澄の義理の弟の天野隆夫の嫁の天野順子で、主任として無能の山本がいたが、山本は何らかの対応ができる人間ではないのでどうしようもない。 私に「転勤先のいわきでは寮に入ってもらう」と言ったのは営業本部長の天野隆夫で、「寮がある」と私に言ったのも天野隆夫だったので、電話で天野隆夫に「会社から春田に部屋と駐車スペースをあけるように言ってください」と言い、「とりあえず、あけるまでの間、私が一番安いビジネスホテルに宿泊してそのホテル代を会社で負担するのを認めてください」と言ったが、天野は「ビジネスホテルなんか泊まらなくていい」と言い、総務部は「ホテル代は会社では出せません」と私には言うのだ。「それなら、いったい、どうしたらいいのですか」と私は言い、「それなら、布団をクルマに積んで持って来ていますから、展示場に泊まっていいですか」と言うと、天野隆夫は「展示場になんか泊まらなくていい」と言うのです。「それなら、いったい、どうしろと言うのですか。 松下さんは1ヶ月以上もホテル暮らしをしたでしょう。松下さんには1ヶ月以上ものホテル暮らしをさせて、私には3日や4日の宿泊代を出さないのですか。どうしてですか。その不公平な対応はどうしてですか」と言ったが、天野は「ホテルなんか泊まらなくていいと言ってるだろ」と言う。 「じゃあ、どこに泊まれと言うのですか。それを教えていただけませんか」と言ったが、「だから、春田に『泊めてください』と言ってお願いしろ」と言うのです。 「私がお願いするものと違いますでしょ。会社命令で転勤したのであって、会社として、『寮があるからそこに泊まってもらう』と言った以上は、会社として泊まる場所を用意するものでしょ。違いますか」と言いましたが、天野隆夫は最後まで「春田にお願いしろ」と言って、不当に部屋と駐車スペースを占拠している不心得者の若造に頭を下げてお願いしろと言い続けたが、(株)一条工務店のこの対応は人権侵害である。
    名古屋の八事営業所(展示場)で営業成績があがっていなくて千葉県松戸市の松戸営業所(展示場)に転勤してきた松下には1ヶ月を超えるホテル暮らしをさせて会社で費用を出しておきながら、私には泊まる場所がない、ホテルに宿泊してはならない、展示場に泊まってもならない、と無理な要求をした(株)一条工務店の態度は人権侵害であるとともに、 「甚だしい公平性の欠如」 と言わざるをえない。 そういった無茶苦茶な扱いにも、この会社は発展途上会社なのだからと思って我慢してきた従業員に対して(株)一条工務店はそれに対応して報いるべきではないのかと思うが、逆になめられてしまったようだ。 「人を殴った側は忘れるが殴られた側は忘れない」という話があるが、この時のことも、私は決して忘れはしない。
   名古屋の八事営業所で営業成績があがっていなくて千葉県の松戸営業所に転勤してきて、来るなり「こんなにやりやすい所はない。ここなら浜松や名古屋の最低でも倍は売れる」とそれまでその地域で苦労してきた営業を前にして暴言を吐いたあげく、約8カ月間、松戸営業所に在籍して、その間、松下は契約ゼロ! だったわけだが(そういうなめた発言をするような人間だから契約ゼロになるんだよ!)、それでも、在籍が長いということで、私が松戸営業所からいわき東営業所に移動する際に、移動前の営業所の「展示場リーダー」であったのだから、転勤して動く者が移動先で泊まる部屋くらいはきっちりとあるように配慮するのは「展示場リーダー」の仕事の1つでもあるはずで、無関心でいることは認められないはずであるが、私の契約客のお宅に「一緒に行く」と言って行ったあげく、「すべて、〇〇が悪かったと理解しています。誠に申し訳ありません」などと言って、私は悪くないのに私のせいにして自分だけいい役を勝手に盗った男は、ここでも私が泊まる所もなく困っていても何もしなかった。
   その時、松戸営業所に在籍したのは、東京営業所で私より1ヶ月くらい後で入社した私より少し年下だった先に述べたS藤、名古屋の八事営業所で営業成績があがらなくて松戸に転勤してきた「主任」だった松下、東京営業所で私より3ヶ月か4カ月後で入社したG藤、その他は、松戸営業所を共同出資会社の(株)一条工務店柏〔現在は、共同出資会社を解消し、(株)一条工務店柏の親会社だった(株)万代http://e-mandai.co.jp/info/001/ は(株)木の国工房http://www.kinokuni-koubou.com/ という名前の会社で住宅を建てている〕から「いぬき」で(株)一条工務店が買い取った後で、松戸営業所に入社した1年目の人間で、T川、M田、K下・・・その他、私が追客中の3階建てを検討中だった見込客宅に一緒に連れていけと営業本部長の天野隆夫が言い、この人はかんべんしてくださいと私が訴えたにもかかわらず、無理矢理つれていかされたあげく、私がクルマを停める場所として最適と思われる場所を指示したのもきかず、わざわざ、競合メーカーの営業と顔を合わせる場所に運転していき、客宅では営業担当の先輩社員である私に許しをえずにトンチンカンなことを勝手に話し出し、私が黙るように合図をしてもきかなかった、新潟大卒だというが、こんなアホが駅弁といっても国立大学でてるのか?という感じがしたニコチン中毒の秋〇など。数人がいた。
    私が大事にしていた思い入れのあるマグカップを捨てたのは誰か?
直接、捨てた人間が誰であったにせよ、それまでいた名古屋の八事営業所で営業成績があたっていなくて、松戸に転勤してきて「展示場リーダー」となっていた松下には、当然のことながら、松戸営業所から他に移った人間の私物は勝手に捨てたりしないように配慮する責任があったはずだ。退職して2年、3年経つ人間の物というならともかく、他の営業所に在籍していて、その後もその営業所に残してきた契約客や見込客のことを電話でやりとりしている人間の物を勝手に捨てるという道理はないはずで、道理がわからぬ者が「リーダー」になることはない・・のだが、なるのがこの会社だった。

    普通、人のマグカップを捨てるか?  (株)一条工務店では、一時期、夕食代を会社で出すということをしていた。 そりぁいいね・・と思う人もいたようだが、そうじゃない。 残業代、時間外手当をごまかすために、「夕食代」なるものを出してはぐらかしていたのだ。 福島県いわき市にいた時、何か月か在籍したGさんが退職した後、Gさんが提出した領収証にもとづいた「夕食代」について、私がGさんに電話して、近くに来た時に寄って下さいと言っても、「いいよ。それ、〇〇さんが使ってよ」とGさんは言って取りに来ないということがあった。 特別、高い金額でもないが、一時期でも一緒に仕事をした人のものをもらうわけにはいかないと思って、Gさんがどうしても取りに来ないので、私は自宅まで持って行ってあげたことがあった。 営業として入社して、営業成績が出た人もあれば思うように出なかった人もあり、営業成績があがるとかあがらないとかいう前に、向いていないと思って辞めてしまう人もある。又、転勤で他の場所に移動する人もある。 仲が良かったか悪かったかなどは関係ない。 一時期でも一緒に仕事をした人がいなくなるというのは、なんとも寂しいものである。 人が亡くなった時、その人の物を簡単にゴミ箱に捨てるだろうか。 「形見分け」として、お金や貴金属など金銭的価値があるものではなく、特に金銭的価値が高いわけでもないものでも、服や帽子など、使えるものは、捨ててしまうのではなく、故人とつきあいがあった人にもらってもらって、故人を思い出しながら使用してもらいたいというものではないか。転勤で他の営業所に移った人間は死んだのではない。生きているし、その転勤が「左遷」的なものでも「昇進」的なものでも、その会社にいる限り、「左遷」的な移動をしても移動した先の部署で実績を残して結果として「昇進」したみたいになるケースだってあるし、「昇進」的な移動をしても移動した先で成果を出せなければ「左遷」されたみたいになることもある。 いずれの転勤であっても、それまで同じ場所で働いてきた人間が口をつけて使用してきた食器を簡単に捨てるか?  私はその神経が理解できなかった。
  捨てるなら、その前に、S藤などは私が追客中の見込客をもらったのであり、その見込客について私に問い合わせの電話をかけてきたことだってあったのだから、そのついでででも、「マグカップが残ってますが、こちらに来ることがあった時にでも取りに寄りますか。それとも、もう要らないのですか」と、一言、尋ねればよかったはずだ・・・・が、彼は私から見込客はもらっても私が忘れてきた私物を要るものかどうかとは尋ねなかった。私が担当の契約客で引渡前の顧客を松戸営業所のG藤とM田と東京営業所のWが引き継いでおり、(株)一条工務店では契約後、引渡までに引き継いで完成・引渡しまで担当した者には入社後3棟目から手当がつき、2棟目までは手当はつかないとしても、1棟としてカウントされたのであり、私から引き継いでその1棟を獲得した人間がいたはずなのだが、引き継いだ顧客のことで電話してきたこともあったと思うのだが、私の私物については無断で捨てられてしまったわけだ。

    マグカップなんて高いものでもないだろう、そんなものにこだわることないだろうが、と言う人もあるかもしれない。 しかし、そうではない。 人が大事にして使用していたもの、口をつけて使用していたものを、平気で捨てる無神経さは、営業としてマイナスに評価される性質のものではないか? 違うか?
    私は、(株)一条工務店でもそれ以外の会社でも、人が使用していた私物の食器を本人に無断で捨てたことは一度もない。 その営業所で一緒にいた人間のものを本人に無断で捨てるようなことはしたくないという神経の人間と、平気で捨てる人間と、どちらが「営業に向いている」だろうか?  私は「平気で捨てる人間」でない方だと思うが、どうだろう。

   
    私が(株)一条工務店の松戸営業所で捨てられたマグカップは、たしか、「スターバックスの当たり」だったと思う。 もしかすると、スターバックスではなく他の会社だったかもしれない。 慶應義塾大学の日吉の生協の前にあった清涼飲料水の自動販売機で、カップの底に「当たり」のマークが出た場合にもらえるというものだったように思う。 納得いかない思いで、嫌な気持ちでともかく通った大学で、大学の講義よりも図書館とか生協の書籍部とかの方が真面目に足を運んだくらいだった時に、その生協の前の自販機で「当たり」が出たか「当たり」を何枚か集めるともらえたかでもらったマグカップだった。 それから、そのマグカップは私と一緒に移動してきた。川崎市幸区のアパートから目黒区のアパートを経て千葉県流山市のアパートに行き、そこから東京都大田区のアパートに移り、千葉県船橋市の家に行って、松戸展示場に持って行っていたもので、私の人生をともに歩んできてくれたマグカップだった。 「おまけ」だか「当たり」だかでもらったマグカップで、メーカーのロゴが入ったものであって、非売品なので、買うといくらするかは評価のしようもないものだ。 同じ物を買おうと思っても、もう、手に入らない。 同程度の物なら手に入るかもしれないが、高いか安いかの問題ではなく、何年もそのマグカップは私と一緒に生きてきてくれたものであり、思い入れのあるものだった。 私の思い入れのある物を、何とも思わずに捨てる人間というのは、私に「戻ってくるな」という気持ちで捨てたのだろうか?  私なら、好きな人間でも嫌いな人間でも、仲が良かった人間でも仲が良かったとは言えない人間の物でも、そんなことはしない。
   「もう、戻ってくるな」という気持ちで捨てられたのなら、捨てた人間が悪いのか、「もう、戻ってくるな」と思われた人間の方が悪いのか。 私は「もう、戻ってくるな」と思われなければならないようなことはしていないはずだが、自分ではしていないと思っていても、又、「逆恨み」という言葉もあるように、恨まれるようなことはしていなくても恨まれることは人間関係としてはあるかもしれない・・・・が、黙って捨てることはないのではないか。 黙って捨てた人間は、いったい、どういう気持ちで捨てたのだろうか・・・・・。
   葬式の時、出棺の際、門の外の場所で、故人が使用していた茶碗などを割るというのは、「もう、戻ってくるな」という意思表示なのか、そうではなく、故人は亡くなったという事実を遺族が気持ちとして受け入れるようにということでの儀式なのか。 地方によって、宗派によっても違いがある可能性も考えられるが、転勤で移動してまだそれほど経っていない人間が口をつけて使用していた食器を、本人に無断で簡単に捨てる人間の気持ちというのが、私は理解できない・・・・・。

   この後、(株)一条工務店に在籍していた間においては、栃木県佐野市の佐野展示場から移動する際、まだ、佐野展示場に在籍期間中であるにもかかわらず、まだ、私が佐野市に住んでいたにもかかわらず、私がパリで買ってきた日本では売っていないマグカップを捨てられたということがあった。 まだ、そこにいる人間の食器を捨てる人間というのは、いったいどういう神経をしていたのか。どういう神経で捨てたのか。 その人間の神経の構造が理解できない。 佐野展示場の話も一緒に述べるつもりで書きかけたが、字数が多くなってきたので、それは別の稿で述べることにしよう。

    私が長年使ってきたマグカップを捨てたのは誰なのか。 特別、悪気でなかったのかもしれないが、悪気でなかったなら、無神経であったということになる。 死んだわけでもない者の食器を本人に無断で捨てるというのは、死んでしまえという意味だったのか? そこまでのことをされなければならないようなことを私は松戸営業所にいた誰に対してもしたことはないはずなのだが・・・・。
   (2016.11.27.)

    (株)一条工務店の栃木県 佐野営業所でマグカップを無断で捨てられた話は次回 http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_1.html

☆ (株)一条工務店で私のマグカップを無断で捨てられた話
千葉県 松戸営業所 〔今回〕
栃木県 佐野営業所 http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_1.html

☆ 営業と会社の話
(83)[第375回]クリスマスが来ると思いだすこと(下) 小堀住研の支店長は痴漢人間―富士銀行は会社をつぶす(1) http://shinkahousinght.at.webry.info/201512/article_3.html  
(84)[第385回]忙しい者に手間をかけさせてチャラける痴漢支店長―自分が働いていない時は見えない場所で[4] http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_5.html
(85−1)[第395回]適切な会社名と不適切な会社名≪上≫地名と会社の仕事の関係。傲慢な「東京・・」。内容と名称の不一致。他  http://shinkahousinght.at.webry.info/201603/article_1.html
(85−2)[第396回]適切な会社名と不適切な会社名≪下≫会社名は何をやる会社か、どの地域で商売するのかわかりやすく!他 http://shinkahousinght.at.webry.info/201603/article_2.html 
(86)[第397回] コーヒーを和風の盆で出す住宅会社。インテリアコーディネーターもキッチンスペシャリストも生かさない会社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201603/article_4.html
(87) [第409回]アクビ の松嶋みどり と職場の「新人類」家庭の教育の悪い女 。生命保険屋の異星人女は帰れ! http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_10.html  
(88)[第410回]「営業進捗表」に意味はあるか 「痴漢人間」は支店長をできるか?「管理者的能力」の欠落営業課長  http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_11.html
(89)[第411回]商品の性質を理解せず、安売りチラシを出すとどうなるか ― つぶれるべくしてつぶれたエスバイエル(株) http://shinkahousinght.at.webry.info/201605/article_1.html
(90)[第412回]「会社の役職を軽視する社長」 「痴漢人間を大事にする社長」 この2つの思考は対立でなく共通するらしい http://shinkahousinght.at.webry.info/201605/article_2.html
(91)[第414回]給与振込の銀行・支店を会社が指定するのは違法であり犯罪です。 違法でもやる厚顔無恥な人達。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201605/article_4.html
(92)[第415回]建築屋と言えない愚行―石膏ボード下地の壁に膝蹴り、6階7階から植木鉢を落下―言論弾圧する経営者 http://shinkahousinght.at.webry.info/201605/article_5.html
(92−2)[第416回]本当にあった笑えない話―「休日出勤」と嫁には話してホステスと出かける男。本当にあった怖い佐野警察署 http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_1.html
(93)[第417回]トヨタの車に乗らない理由―「朝来て『おはよう』と言うと同時におっぱいもみもみい」のネッツトヨタ栃木  http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_2.html
(94)人と話す時、どこを見るか1.[第418回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_3.html
(95)人と話す時、どこを見るか2.[第419回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_4.html
(96)人と話す時、どこを見るか3.[第420回]http://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_5.html
(97)[第477回]新幹線に乗ると思いだすこと−おばはん帝国主義に隣に乗られるのは苦痛で恐怖。おばはんの「治療」は困難  http://shinkahousinght.at.webry.info/201611/article_6.html 
(98) 〔今回〕
(99)[第479回]故人の茶碗を割る儀式と会社の同僚のマグカップを捨てる男の根性(2)及、来客と展示場でつかみあいする男  http://shinkahousinght.at.webry.info/201612/article_1.html

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故人の茶碗を割る儀式と同僚のマグカップを捨てる男1+同僚のせいにして自分だけいい顔する卑怯者(松戸) 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
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