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zoom RSS 子守神社(こまもりじんじゃ)と摂社 天神社(千葉市花見川区) 参拝

<<   作成日時 : 2016/05/17 21:23   >>

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[第413回] 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念をはらすお百度まいり(33)
   千葉市花見川区幕張町 の子守神社(こまもりじんじゃ)とその摂社 天神社に参拝してまいりました。 子守神社は、《ウィキペディア―子守神社(千葉市)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%90%E5%AE%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%8D%83%E8%91%89%E5%B8%82) によると、「こもり」ではなく「こまもり じんじゃ」と読むそうです。
  、JR総武線・京成千葉線より南、国道14号より北、JR総武線「幕張」駅・京成千葉線「幕張」駅より西、JR総武線「幕張本郷」駅・京成千葉線「幕張本郷」駅より東、「幕張」駅と「幕張本郷」駅の中間よりも「幕張」に近い場所にあります。↓
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↑ なかなか立派な社殿があります。 
  祭神は、《ウィキペディア―子守神社(千葉市)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%90%E5%AE%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%8D%83%E8%91%89%E5%B8%82) には、
奇稲田姫命(クシナダヒメ)
素盞嗚尊(スサノオ ノミコト)
大己貴尊(オオナムチ ノミコト)
と出ています。 クシナダヒメ とは、ヤマトタケルが三浦半島から房総半島へ浦賀水道を船で渡ろうとした時に、海が荒れて船が進まず困った時に、私が海に身を沈めて海神の怒りをときますと言ってすでに子供もあるのに入水して死んだヤマトタケルの嫁はんで、その後、一周忌も住まないうちにヤマトタケルは尾張の何とか姫と再婚しよった、というバカみた女・・・・ではなく、それはオトタチバナヒメ。 クシナダヒメとは、出雲の国でアシナヅチ・テナヅチの8人の娘の1人で、7人がヤマタノオロチにとられ、最後に残った1人の娘であったが、スサノオがヤマタノオロチを退治して救い、妻としたという娘だが、島根県の出雲からずいぶんと離れた千葉県の幕張で、なにゆえ、クシナダヒメが祀られているのか。  《ウィキペディア―クシナダヒメ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%8A%E3%83%80%E3%83%92%E3%83%A1 を見ると、≪ 稲田の神として信仰されており、廣峯神社(兵庫県姫路市)、氷川神社(さいたま市大宮区)、須佐神社(島根県出雲市)、八重垣神社(島根県松江市)、須我神社(島根県雲南市)、八坂神社(京都市東山区)、櫛田神社(富山県射水市)、櫛田宮(佐賀県神埼市)のほか、各地の氷川神社で祀られている。 多くの神社では、夫のスサノオや子孫(又は子)の大国主などと共に祀られている。 ≫と出ている。クシナダヒメがなぜ稲田の神かというと、「クシナダ」→「クシ イ ナダ」→「櫛+稲田」か? 子守神社においても、稲田の神、農業の神だったのかもしれないが、今、周囲に稲田は見られない。
   「子守(こまもり)」とは、どういう意味だろう。
   《ウィキペディア―子守神社(千葉市)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%90%E5%AE%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%8D%83%E8%91%89%E5%B8%82) には、≪1194年(建久5年)大須賀胤信によって創建されたと伝えられ、古くは素加大王神社とも称された。≫と書かれている。 「大須賀」(大スカ)、「素加」(スカ)。 そして、「素盞嗚尊(スサノオ ノミコト)」の「スサ」。
   丹波基二『【地名】でわかるおもしろ起源<ルーツ>』(1996.9.1.青春出版社 青春BEST文庫)には、≪一見なんの変哲もない地名でも、われわれに何らかの危険を予告している。・・・・ 須加(すか)・菅(すが)・洲(す)・八須(やす)(砂によってできた地形)、・・・などは漢字を一応うたがってみたほうがよい。≫、≪白浜とか白須賀(しらすか)とかいう地名は多い。 スカは州処でやはり浜のことだ。 (横須賀といえば横に延び得た州処。 横浜も同じだ) ・・・・≫と書かれている。 今では、もっと海側の海浜幕張に高層ビルが建ち、幕張メッセ、とか千葉マリンスタジアムとかができているけれども、海浜幕張は埋め立てられて人工的に作られた場所であって、もともとは、国道14号のあたりが海岸線だったはずで、そう考えると、大須賀という殿さまの名字は「大きなスカ(砂浜が延びた所)」、「素加」も「スカ」で「砂浜が延びた所」、子守神社においては「スサノオ」の「スサ」もそれではないか。
   ウィキペディアでは、祭神はクシナダヒメが最初に掲載されているが、千葉県高等学校教育研究会歴史部会編『千葉県の歴史散歩』(2006.5.31.山川出版社 )を見ると、≪宝幢寺(ほうどうじ)の西にある子守神社(素加天王社、祭神建速素戔嗚命)は、三山の七年祭りに子守役として参加し、祭り後半の磯出祭(いそでさい)を主催する神社である。≫と、祭神はスサノオとして出ている。 砂浜が広がる浜辺の神社ということで、スカ→「スサ」(須佐?、洲砂?)神社→スサノオ 、それに農業守護の願いが加わって、稲田の神さま→イナダヒメ→〔スサノオの妻という〕クシ(イ)ナダヒメ か? 「スサノオ」というのは、洲砂の端っこという意味で洲砂の尾? 洲砂・須佐地方にいる男ということで洲砂の男? それとも、洲砂の王? 『日本書紀」では「素戔嗚尊」とも書くようで、「オ」に「鳴」という字を当てているということは、洲砂を踏んだ時に音がして鳴く、というイメージから「洲砂の鳴る」でスサノオ? 
  「幕張(まくはり)」は、もともとは「馬加」(まくわり)で、「青柳」(あおやぎ)」という貝を別名「ばか貝」と言うのは、たいていの貝は、つっつくと殻を閉じて殻の中に入って身を防ぐのに、「青柳」「ばか貝」というやつは、少々、つっついても、「舌」をべろんと出したままで殻を閉じないので、それで、こいつはバカだというので「バカ貝」と言われたという説と、千葉県の内房、千葉市より南の方の「青柳」(あおやぎ)という土地でよく採れたことから「青柳」と言われるけれども、青柳とともに、幕張でもよく採れた貝で、幕張はかつては「馬加」(まくわり)と書いていたことから、「馬加」を音読みして「バカ」、「馬加」でよく採れる貝だというので、「馬加貝」(ばかがい)と言われるようになったという説がある、というのは何に書いてあったかというと、『築地魚河岸三代目』なのだけれども。 幕張の元の漢字という「馬加」(まくわり)にしても、「加」は「カ」で、これは、「スカ(須賀)」「素加」の「カ」で砂浜を意味しているのではないのか、とも考えられないことはなさそうだが、そうなると、「馬」は何なのか。
   かつては、砂浜が広がっていた場所ということで、「スサ」ノオ、農業の守護とともに、家内安全と子孫繁栄を願った神社ということで、「子守り(こまもり)」神社・・・・かな・・・。 「こまわり」ではないわけだ。


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↑  本殿は、なぜか、透明ガラス張り・・・・と思ったのですが、《御朱印 神社メモ 子守神社 / 千葉県千葉市 》http://jinjamemo.com/archives/53963157.html によると、ガラス張りの建物は本殿そのものではなく本殿の覆屋で、その中に本殿があるようです。 現地で中に何があるのだろう、本来、本殿というのは「神さまがおられる場所」ということなので、外から見るものでもないのにと思ったのですが、本殿の建物を見ることができるように覆屋を透明にしたらしい・・・が、しかし、そうなると、拝殿の屋根と「本殿の覆屋」の屋根がつながっている、拝殿と本殿がつながっているのではなく、拝殿と「本殿の覆屋」がつながっているということなのか・・・・。 又、本殿ではなく「本殿の覆屋」だとすると、ずいぶんと立派な覆屋ですし、この屋根は本殿の屋根なのか「本殿の覆屋」の屋根なのか・・・? ・・・ どうも、もう一度、訪問して、見直す必要がありそうです。

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↑  本殿の屋根の上の、千木(ちぎ)を見ると、地面と平行、だが、穴が開いている。 鰹木(かつおぎ)は6本と偶数。 松浦昭次『宮大工と歩く千年の古寺―ここだけは見ておきたい古建築の美と技―』(2007.9.5.祥伝社 黄金文庫)に、≪ ・・・御上神社の本殿の屋根の上には、苗村神社や大笹原神社にはないものがあります。 堅魚木(かつおぎ)(読みは同じで勝男木とか鰹木とも書きます。)と千木(ちぎ)です。 どれも神社にだけあるものです。  堅魚木というのは棟の上にあって、棟と直角になるように載せる部材です。 御上神社の本殿の棟には三本の堅魚木が載っています。 また、千木というのは棟の両端に左右から交差するように載せた部材です。   この千木の上のほうの先端断面が地面と垂直になっていたら、その神社が祀っている神様は男の神様、地面と水平になっていたら女の神様とも言われています。  また、男の神様の千木は、側面に穴が開けてあるとも言われます。 さらに、堅魚木についても同じことが言われていて、奇数なら男の神様、偶数なら女の神様ということです。・・・・ しかし、・・・・堅魚木の偶数奇数や千木の先端の切り方で、男の神様か女の神様か必ず見分けがつくということもないようで、お話の種というぐらいに思っておいたほうがいいかもしれません。 ≫ と出ているのですが、子守神社の本殿の場合、千木は地面と平行、鰹木は偶数ですから女の神さまということで、3人というのか3柱というのかが合祀されているとしてもクシナダヒメが主祭神だということで女の神さまの仕様になっているのかとも思えるのですが、千木に穴が開いているという男の神さまの仕様もあります。 松浦昭次氏も≪堅魚木の偶数奇数や千木の先端の切り方で、男の神様か女の神様か必ず見分けがつくということもないようで≫と述べられているので、あてはまらないケースもあるのでしょう。 《ウィキペディア―千木・鰹木》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%9C%A8%E3%83%BB%E9%B0%B9%E6%9C%A8 には、≪ 出雲大社を始めとした出雲諸社は、祭神が男神の社は千木を外削ぎ(先端を地面に対して垂直に削る)に、女神の社は内削ぎ(水平に削る)にしており、他の神社でもこれに倣うことが多い。また鰹木の数は、奇数は陽数・偶数は陰数とされ、それぞれ男神・女神の社に見られる。≫と出ており、これによると、千木の先端と千木の側面に穴があるかどうか、鰹木の本数で男の神さま・女の神さまと言うのは出雲系の神社から来たものだそうで、又、≪伊勢神宮の場合、内宮の祭神天照坐皇大御神・外宮の祭神豊受大御神とともに主祭神が女神であるにもかかわらず、内宮では千木・鰹木が内削ぎ10本、外宮は外削ぎ9本である。同様に、別宮では、例えば内宮別宮の月讀宮・外宮別宮の月夜見宮は主祭神はともに同じ祭神である月讀尊(外宮別宮は「月夜見尊」と表記している)と男神であるが、祭神の男女を問わず内宮別宮は内削ぎで偶数の鰹木、外宮別宮は外削ぎで奇数の鰹木であり、摂社・末社・所管社も同様である。この理由には諸説あり、外宮の祭神が本来男神的性格を帯びていたためとする説もある。≫とあり、男の神さま・女の神さまかと千木の先端・千木の穴・鰹木の本数の奇数偶数は必ずということではないようだ。

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↑   子守神社 の 本社 の左(西)に 摂社 厳島神社がある。(右上はご本社の屋根)
   この摂社 厳島神社に参拝し2礼2拍手1礼して賽銭箱にいくばくか・・といってもたいした金額ではないが入れて、少々離れたところ、そこに宮司さんらしき男性がやってきた。 おそらく、賽銭回収だろうなあ〜あ・・・、チャリンちゃりんチャリ〜ンと回収していくのだろうなあ〜あ・・・と思って見ていたら、予想の通り、チャリンちゃりんチャリ〜ンと音を立てて回収していった。 前に、栃木県の大谷観音の前のお寺でもお坊さんの賽銭回収風景を見たのだが、な〜んか、人が2礼2拍手1礼して入れた賽銭を、入れたすぐ後からチャリンちゃりんチャリ〜ンと音を立てて回収されるというのは、なんだか、風情がないというのか、な〜んかなあ〜あ・・・・という感じがする。 人が見ていない時間帯に回収すれば、といっても、夜間に賽銭を回収していたのでは賽銭泥棒みたいだし、やっぱり、昼間に回収するしかないとなると、しかたがないのか、とも思うが、それにしても、人が入れたすぐ後でチャリンちゃりんチャリ〜ンと音を立てて回収するというのは、なんかこう〜・・・・ねえ・・・。 
   せめて、賽銭箱の内側に内箱を設置して、内箱を2つ用意して、賽銭箱の置いてある場所でチャリンちゃりんチャリ〜ンとやるのではなく、内箱を入れ替えて、賽銭の入っている方を社務所に持って帰ってチャリンちゃりんチャリ〜ンとやるのは社務所内で人が見ていない所でにするとか、そうでなくとも、せめて、硬貨が落下しても音がしないような布を敷いた箱を用意して、今、まさにそこに賽銭を入れたという人間にはチャリンちゃりんチャリ〜ンという音が聞こえないように賽銭を移すか、そうでなくとも、連日、押し合いするくらい人がいっぱい来る神社でもないのだから、周囲に人がいない時に賽銭の回収はするとか考えたっていいのじゃないか、と思ったが、それは参拝者の側の考えることで、神社としてはそういう思考はないのかもしれない。
  さらに、せめて、だ。今、まさにそこに賽銭いれた人間がそこにいて、目の前でそれを回収するのなら、「おおきにい〜い」と一言・・・なんて言われたら、余計変か・・・・・。 まあ、たいした額いれてないけどな・・・・、貧乏人やさかいに。

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↑  幕張の海岸が埋め立てられる前に使用されていた舟の錨 だそうだ。 かつては、この子守神社の南側の海までの距離はそれほどなかったようだ。 子守神社の南側の東西の道を歩いてみると昔からの建物らしい平屋の母屋が建っている家が並んでいる。

    さて、地図を見ると、子守神社には、摂社として、厳島神社とともに、天神社があることになっていた。 だから、ここに来たのだ。 冤罪を晴らす神さま・怨念を晴らすお百度参りの33社目 だから。 ところが、どうも、見当たらない。 本社の手前(南側)にあるはずだが・・・・・と思って、元に戻って見回すと・・・・・、え? これ? ↓
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↑  たしかに、「天神社」と書いてある。クリックすると大きくなるので大きくして見てください。賽銭箱の上のあたりに「天神社」とかかれた額が貼られています。 鐘もついているし、なにより、賽銭箱が置いてあるからには、摂社 天神社なのだろう・・・・・けれども、なぜ、最初、気づかなかったかというと、なんだか、お守り売り場かそれとも物置かという感じがしたのだ・・・・・が、賽銭箱が置いてある以上は摂社なのだ。(左奥は、クシナダヒメ他が祀られる御本社。)
   摂社は摂社でも、厳島神社の方は、摂社自体がけっこう立派な建物で、池もあって橋があり、厳島神社だぞお〜おという感じでできているのに対し、天神社の方はなんだか物置みたいな建物で、ええ、これがあ〜あ・・・・て感じがするが、賽銭箱が置いてある以上は神社であり摂社なのだろう・・・・けれども、本社の西に並んで配置されているけっこう立派な造りの厳島神社とは相当差がある。

    おそらく? たぶん?  やっぱり、なんだかんだ言っても、神社屋さんも商売でっさかいに、お客さんに来てもらってお金を払っていただいてこそ、商売が成り立つわけですわ。 となると、クシナダヒメが祭神・・・といっても、ええ〜え、誰、それえ〜え・・・・とか、今どきのギャルは言いよるわけだ。 そうなると、だ。 近所の年寄だけを相手にしていたのでは、この後、どうなるかわからんわけだ。 やっぱり、将来を見据えて、マーケティング戦略をねらんといかん。 神社屋としても、見込客が何を求めているか、どういうニーズがあるか、ということを考えんといかん。 どういう「ご神徳」の神さんが受けるか? そこやな、そこ。 一般に、見込客、浮動層に受ける「ご神徳」という点から考えると、人気の神さんとしては、「恋愛成就の神さん」か、そうでなければ、「受験合格の神さん」、この2つやないかな。自営業者には「商売繁盛の神さま」も受けるやろ。サラリーマンなら「◇◇株式会社がつぶれますように」と絵馬でも書いて奉納したろとか思うかもしれんが。 で、千葉県は前は津田沼より東はイナカやったさかいに、進学熱も都会ほどやなかったわけやが、最近では東京の通勤圏は津田沼までやのうて、千葉までは十分通勤圏になってきたし、「東京ディズニーランド」やたら「新東京国際空港」やたら、さらには「東京ドイツ村」とかいうて、千葉県でも東京の一部分やみたいなアピールもしだして、千葉県でも受験熱は高まってきたし、何しろ、小学校から高校までちいっとも勉強せんといてそれでいて「大学」行きたい〜いとかいうヤツは昔からぎょーさんおるさかいに、そういう連中用に、「受験の神さん」「合格祈願の神さん」というのを用意したったら、たぶん、アホがいっぱい来よるのとちゃうか。 勉強はせんくせに「合格祈願の神さん」行こかあとか言うと、けっこう喜んで来るヤツおるさかいな・・・。(「患者」を薬漬け・毒盛り・検査漬けにしたカネで関西医大だの帝京大医学部だのといった私立金権裏口医大に裏口入学する医者屋のドバカ息子よりマシかもしれんけど) となると、「天神さん」やな。 「天神さん」を摂社に作れば、商売繁盛で笹もってこ〜い♪ て感じで神社屋としては、利益が出て優良企業へまっしぐら♪ て感じや。一般人は天神さんに参拝で、神社屋はえべっさんに参拝や。 で、とりあえず、昔から納屋に使ってきたこの建物、これ「天神社」やいうことにしとこか。鐘つけて縄たらして「天神社」て額かけて賽銭箱おいとけば摂社に見えるやろ。 これで儲かって軌道にのったら、もうちょっと気のきいた建物に建て替えてもええんやしな。 厳島神社つぶすわけにもいかんやろから、これ、「天神社」やいうことにしとこ。 千葉県は天神社少ないんや。 これより東いうたら、千葉神社が境内に摂社「天神社」作りよったけど、あれかて、もとは長屋の神さんやったのを昇格させたもんやし、西では、本八幡の葛飾八幡に摂社葛飾天神社があるけど、摂社の扱いや。白幡天神社があるが、あれも主祭神は天神やのうてタケウチノスクネ、竹内さんが家主で菅原さんはルームシェアさせてもろとる神さんや・・・となると、子守神社も「天神社」を作れば、勉強せんくせに神社に参拝すれば合格できるやろとかムシのええこと思うとるアホがいっぱいきよって儲かるやろ。 それでまいこといったら、次は、もう一つ、「恋愛成就の神さん」でも境内に作ったってもええけど、神社の名前が「子守神社」やから、御本社自体が、子供を授かり、その子供が健康に育ちますようにという神さま、ひいては恋愛・結婚の神さまとしても使えそうやから、恋愛成就の神さんは御本社でええやろ。 恋愛成就の神さんと受験合格の神さん という現代のニーズに応えて歩む、経営者たるもの、こうでないといかんな・・・・・と考えた、のかどうか知らんぞ。 知らんけど、もしかして、そうかいなあ? という感じの建物ではある・・・・。


   今回、JR総武線「幕張」駅から歩いて行き、帰りはJR総武線「幕張本郷」駅まで歩いて帰った。 どちらからもすぐではないが、「幕張」からなら、「神社は多少は駅から歩いて行き、神社とともに周囲の町並みも味わうもの」という考え方から行けば「ちょうどいい」くらいの距離ではないか。 「幕張本郷」駅へだと、少し西、「幕張1丁目」というバス停の北側に、馬加康胤の首塚というのがあるが、「幕張本郷」駅から子守神社までは少々ある。
   JR総武線「幕張」駅の南側を出て南に歩いてすぐ西(南に向いて右)に行く細い道があるので、そこを西に進むと、京成千葉線の踏切にでる。 右手を見ると、京成千葉線「幕張」駅がある。 ↓
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   踏切を渡ってさらに西に進むと車が通る広い道に出て、車道が地下で京成千葉線・JR総武線をくぐるところの上を通ると、神社が見えてくるが、それは子守神社ではない。 なんだか、時間パーキングの奥に神社があって、時間パーキングの中を通って行くのか? て感じだが、「時間パーキングの奥に神社がある」のではなく、「神社の参拝用駐車場を無料で停めさせると神社に来たのでもないのに勝手に停めてしまうヤツがおるから時間パーキングにした」という感じ。
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↑ 左が 秋葉神社。 右が昆陽神社。 「昆陽」とは青木昆陽のことらしい。

   子守神社に行くには、この神社の南側をさらに西に進み、比較的広い道に出るとそれを西に進んで、その道が南に曲がる所で右手(北側)を見ると、最初に掲載した写真の鳥居が見える。

☆ 今回、参拝にあたり、下記のものを参考にさせていただきました。
《ウィキペディア―子守神社(千葉市)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AD%90%E5%AE%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%8D%83%E8%91%89%E5%B8%82)
《猫のあしあと―子守神社》http://www.tesshow.jp/chiba/chiba/shrine_hana_komori.html

   (2016.5.17.)

☆冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り 
千葉県
葛飾天満宮(市川市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_4.html
白幡天神社(市川市)
1.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_1.html
2.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_2.html
3.http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_3.html
意富比神社 末社 天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201302/article_10.html
船橋市東船橋の「天神社」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201311/article_1.html
下飯山満神明神社 摂社 天神社(船橋市) http://shinkahousinght.at.webry.info/201503/article_4.html
白井市(白井市河原子の)天満宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_5.html
千葉神社 摂社 千葉天神 と 鵜の森町の「神札」(千葉市中央区)
(上)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_2.html
(下)http://shinkahousinght.at.webry.info/201305/article_3.html
北總天満宮(千葉市中央区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201308/article_1.html
子守神社 摂社 天神社(千葉市花見川区) 〔今回〕

東京都 
亀戸天神社(江東区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201301/article_7.html
亀戸天神社 2回目 http://shinkahousinght.at.webry.info/201505/article_1.html
湯島天神社(文京区)
上 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_10.html
中 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_11.html
下 http://shinkahousinght.at.webry.info/201602/article_12.html
北野神社(文京区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_2.html
平河天満宮(千代田区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_3.html
西向天神社(新宿区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201502/article_1.html
根津美術館 庭園内 渡唐天神祠(「飛梅祠」)(港区) http://shinkahousinght.at.webry.info/201603/article_3.html 
若林天満宮・若林北野神社(世田谷区)http://shinkahousinght.at.webry.info/201312/article_5.html

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≪  1994年、免田は著書のなかでこう弁護士を批判した。
「日弁連の人権課が支援して(中略)7名の弁護士がかかわり、10年がかりで無罪を勝ち取ってくれたけれども、そのあと裁判所に補償請求し国から1億1000万円ほどカネが出ると、私に請求書類も渡さずにその金の半分以上をとった。 金をとるなら、請求書類くらいは出すのが常識ではないだろうか」
  これに対し日弁連は「心外だ」と強く反発したが、共闘してきた両者の溝は深まることになった。
  冤罪さえなければこのような思いをすることもなかったと思えば、免田はなおも「見えない桎梏」のなかに閉じ込められていたのかも知れない。 ・・・・・≫
(「知られざる「昭和」の謎事件・怪事件20 1948 事件3 史上初「死刑台からの生還」 免田事件」
『別冊宝島 昭和史開封Special』2016.5.26. 宝島社 ↑ 所収 )

ブレヒト詩集 (世界現代詩文庫)
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≪ おや、ぼくの三歩まえに、暴漢の出現だ!
  ぶんなぐっている、女をじいさんを子どもを!
  と、さらに見える、なぐっている道具が、警棒だ。
  ほっとしろ! さとれ、あれは暴漢じゃないことを。 ≫
〔 ベルトルト=ブレヒト「世界への同意のバラード」12 野村修訳。
( 『世界現代詩文庫31 ブレヒト詩集』野村修訳。2000.11.10.土曜美術社出版販売↑ 所収) 〕

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