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zoom RSS 住宅は営業力だけで売れるか、及び、「チーム制営業」の問題点〜営業と会社の話(21)

<<   作成日時 : 2011/11/23 14:52   >>

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〔第77回〕
1.住宅は営業力だけで売れるか? 
   「住宅は」という場合、建築請負について言う場合と、不動産の売買について言う場合がありますが、ここでは、不動産も考えながら、主として、建築請負について述べます。

   結論としては、「NO!」、もしくは、「限りなくNO!に近い」と私は考えます。何年か前に、失業者というのか求職者というのかであった時、雇われて仕事をするのではなく、自営でやってみるということも考えたことはありました。厚生労働省であったかの関連の「独立自営セミナー」というものも聞きに行きました。しかし、住宅は営業の能力・商品の評価・会社の評価の3つが総合して売れたり売れなかったりするものであり、会社の評価の部分を、営業の能力の部分で頑張ればなんとかなるレベルまでできるかといったことを考えて、そう簡単ではないと考えて実行に至りませんでした。

(1)   私が大学を卒業して最初に勤めた木質系建築請負業のP社では、営業の能力は、営業知識・営業技術・営業意欲の3つから成ると考えていました。そして、見込客に説明するものとして、商品説明・会社説明、そして、営業担当者の説明(自己紹介)の3つを説明すると言っていました。そのうち、「会社説明」があげられているのは、P社は、宣伝広告が得意でなかった為、同業他社で同程度の位置づけの会社と比較して東日本では知名度が高くなかったことからでもあったようで、宣伝・広告がうまい会社や、会社の名前の一部分に三井・住友などの言葉が入っている会社の場合は、会社説明の重要性は高くないかもしれません。
   顧客に説明する際には、その会社により、重要性の比重は多少異なるでしょうけれども、顧客がその会社で契約するかどうかは、「その会社の評価」・「その商品の評価」・「営業担当者の評価」の3つにより決まるものであり、どれかひとつで決まるのではないと思います。 P社で、営業担当者が営業担当自身の説明だけで、会社の説明・商品の説明もせずに売れたかというと、そうではないわけですから、会社の評価がゼロで商品の評価もないという会社で、営業力だけで売ろうとしても、P社で会社の説明・商品の説明もなしに売ろうとする場合以上に難しいということになるでしょう。

(2)   会社の研修用のビデオを作成している会社というのがあるらしく、在来木造の建築請負業のQ社に在籍した時、東日本ハウスでトップの営業成績を残したという人の話と積水ハウスの営業部長だという人の話をビデオで見せてもらったことがありました。そこで、東日本ハウスでトップの営業成績を残したという人が、住宅建築で、売れるかどうかは、
〔営業能力〕×〔その場所の市場性〕=〔契約棟数〕 という話をされていました。
「かける(×)」というのは比喩であるのですが、私も、こういうものだと思います。Q社に在籍した時も、5年未満くらいの在籍の人を見た時、「通算契約棟数を見るとある程度の数字が示されている割に言う事のレベルが低い」というような人もいましたが、景気の良い時に入社した人、最初に配属された営業所が条件の良い営業所であった人、縁故入社の人などで、そういう人が少なからずいましたが、要するに〔その場所の市場性〕の方の数値が相当に高い所に配属されてきた人だったのでしょう。私は、その人がどの程度の実力の人か見るのに、通算契約棟数などの数字だけで見るのではなく、その人がどういうことを言うか、その人がどういう動き方をしているか、を合わせて見るようにしました。
   仮に、営業能力が、その会社の営業の平均が5であったとして、平均的な営業所の市場性が1であったとします。
平均の能力の人が平均の市場性の場所におれば、
5×1=5   となります。
営業能力が平均より2割増しの人が、平均より2割条件の悪い営業所にいたとすれば、
(5×1.2)×(1×0.8)=4.8
営業能力が平均より2割劣っている人が、平均より2割条件の良い営業所におれば、
(5×0.8)×(1×1.2)=4.8
平均より2割優れている人と2割劣っている人の、実際の契約数は同じということになります。
営業能力が平均より2割劣っている人でも、平均よりも5割条件の良い営業所におれば、
(5×0.8)×(1×1.5)=6
平均より能力的に劣っている人でも、平均よりも優れた営業成績を残したことになっていまいます。
   会社の経営者は、営業能力の部分で決まると言いたい人が多く、自分の気にいる人間(「イヌ」「草」「ひまわり」など)や一族や縁故入社の人間を条件の良い場所にばかり配属していても、それを認めたくない場合が多いでしょうけれども、従業員はそれをわかっています。 又、私が自分自身の事を考えてみても、営業成績が比較的上がった時に実力がついたのではなく、条件の良くない場所で「なぜ、売れないのか」と考えて考えてした時に実力がついたように思うので、他の人間よりも条件の良い場所にばかり配属してあげるというのが、その人の為になるのかどうかも疑問です。
   Q社にいた時、私は、どうも条件の良くない場所にばかり配属されてきて、いったい、なんなんだ、と思い、そのうち、「わしゃ日蔭の月見草や」とでも言いたくなり、I D野球で「長嶋みたいなやつ」(ひまわり)(及び、イヌ、草)をやっつけてやるという気持ちにもなりました。 実際に、同じ営業所に所属することになった「ひまわり」や「イヌ」「草」を上回る営業成績を残すことができたはずですし、又、同じ時期に私よりはるかに条件の良い営業所にいた「ひまわり」と同程度や同程度を少々上回るの実績を残した時もあったはずです。だから、私はその点で自信も矜持も持ちました。
   但し、「 I D野球」でなんとかできるのは、営業所の市場性が平均よりも2割劣っているとか3割劣っているとか、そういう場合のことです。1990年代のヤクルトスワローズくらいのチーム力があれば、カネにあかせて他チームの4番バッターやエースピッチャーを引っこ抜いて勝とうとする巨人にでも「 I D野球」で勝てるとしても、その辺のオッサンを集めてきただけというチームでプロのチームに勝てるかというと、監督に「 I D野球」の智恵があっても勝てないでしょう。それと同じく、「市場性」がゼロでは「 I D野球」式営業でも取れません。 又、「その場所の市場性」とは住宅全般についての市場性のことではなく、その会社の商品にとっての市場性であり、その会社の市場性がゼロの場合には、営業が「 I D野球」で工夫してなんとかしようとしても無理です。 できると言う人はやってみてください。 「その会社の市場性」をゼロでなくすようにしなければ、営業の能力だけでカバーできる性質のものではありません。両手でひとかかえくらいの大きさの荷物を持つのに、両手で持てば持てるという物を、片手を怪我をしているような場合、もう一方の手でカバーして持つということはできても、片手だけで持つということはできないという場合と同様です。

(3)  住宅建築請負の営業をやっている人には「自分が売った」という言い方をする人がいますが、確かに、その人が売ったのではあるでしょうけれども、その人の能力だけで売れたのではなく、商品力・会社の評価があって、それにその人の努力が加わって売れたのであり、商品力もなし、会社の評価もない物を売ったのではない、という場合が多いのです。
    新築屋に比べて、リフォーム屋は規模の小さい知名度の低い所が多いのですが、それは、家1軒の新築であれば、顧客が、名前の通っている所に頼みたいという気持ちになりやすいのに対して、リフォームであれば、会社の知名度や会社の規模よりも、近くですぐに対応してくれる所であれば良いという判断をする人が多く、その為、新築分野においては会社の評価の部分を上げることができない会社でリフォームに活路を見出す業者があるようなのです。

(4)  Q社にいた時、“元・ホスト王”という「零児」なる男が講演に来たことがありました。“零児”の話は、なかなか面白い話もあったのですが、それは違うよ、と思ったものもありました。 彼は、「我々、ホストは売る物のない営業をやっているのですよ。売る物といえば自分だけですよ。自分しか売る物のない営業ですよ。それに対して、皆さんは、住宅という売る物がある営業をやっているのじゃないですか。 自分以外に売る物のない営業に比べて、住宅という売る物がある営業なんて、どんなに楽か。」などと言ったのです。 それは違います。 「自分以外に売る物のない営業」と「売る物がある営業」のどちらが楽かなどと言う事は、いちがいにどちらが楽などと言えません。零児は「売る物のない営業」をやって実績を残したから、「売る物」がある営業なら、もっと楽だと、勝手に思い込んでいるかもしれませんが、「売る物がある営業」を「自分以外に売る物がない営業」のやり方でやったのではうまくいきません。
   零児は「もしも、私が、住宅の営業をやったら、間違いなくトップの成績を残しますよ。」などということまで口にしましたが、「ああ、そうですか。マア、それなら、一度、やってみ。」といったところでしょう。やりもせずに口だけかますのは誰でもできることで、又、やってみると、やるまえに思っていたことと勝手が違うところも出てきたりもします。 Q社でも、入社する時点では、零児のように「もしも、私が、住宅の営業をやったら、間違いなくトップの成績を残しますよ。」などと思って入社してきて、それで、売れなくて頭かかえることになった人は何人もいたのですから。
   但し、「自分以外に売る物のない営業」が「売る物のある営業」よりも大変な部分というのがあるというのであれば、私はそれは否定する気持ちはありません。
   それで、「自分以外に売る物のない営業」と「売る物のある営業」とは、どちらが大変か、どちらが難しいかというようなことは、一概に言えないと思うのですが、 「同業他社に商品力のある商品があり、自社には商品力のある商品がない」という場合、「同業他社に会社の評価が高い会社があり、自社の会社の評価がまったくない」という場合は、「商品力のある商品がある営業」「会社の知名度・評価がある会社の商品の営業」に比べて、相当に厳しいというのは、間違いありません。 ホストの場合は、「自分以外に売る物がない営業」だといっても、他のホストも「自分以外に売る物がない営業」であり、「自分以外に売る物がない営業」同士で競争しているわけです。それに対して、競合相手に「売る物」というに値する商品があり、自分に見込客から「売る物」として評価される商品がないというケースは、これは、相当に厳しい。 

   住宅でも不動産の売買の場合は、売れるか売れないかは、自分の会社で持っている売り物件が売れやすいものか売れにくいものかによって、建築の場合以上に左右されると言われます。そのかわり、不動産屋は、建築屋と違って、他社が持っているものを売ることもできるので、営業担当者は顧客のニーズに合った物を勧めることができれば、他社の物を仲介することで活路を見出すこともできるのです。

  それに対して、住宅でも建築屋の場合は、営業の能力・努力だけで売るということは考えるべきではないと思います。あくまで、会社の評価・商品の評価に営業の能力・努力・評価が加わって、それで、売れたり売れなかったりするというものであり、会社の評価・商品の評価の部分が同業他社よりも1割劣っているという程度ならば、営業の評価の部分で挽回して、ということも可能性としてありえても、会社の評価・商品の評価の部分がゼロでは、営業の評価の部分だけで挽回するのは、並大抵ではないでしょう。私が見込客なら、営業さん、大変ねえ、と思っても、そんな会社には頼みませんし。

  会社の評価・商品の評価の部分を上げる努力をしないで、営業の能力だけで契約取ってきて、という経営者というのは、それは職務怠慢であり、実際のところ、「子供とハワイに遊びに行くから、おカネちょーだい」と言って手を出しているだけというのとあまり変わらないことになります。


2.「チーム制営業」の問題点。   
  1で述べたように、住宅の営業には、会社の評価の部分・商品の評価の部分を上げる必要があるので、その点で、個人の営業の努力だけでおこなうものではないということは言えると思うのですが、それなら、「チーム制営業」が良いかというと、そうでもないように思うのです。

(1)  在来木造のQ社にいた時、同社では、月に1回、バスを用意して「工場見学会」というものを開催していました。最近の在来木造は、かつてと違って、柱・梁の継手(つぎて)・仕口(しぐち)といった部分を機会でプレカットをおこなうのが普通になってきました。そういった機械プレカットをおこなう作業や乾燥の作業などを見学してもらい説明しようというものです。 私が福島県の いわき市の営業所にいた時、浜通り地域に5つあった営業所(展示場)の営業の間では、ひとつのジンクスがありました。 栃木県にある工場まで、福島県の いわき市から往復するのはけっこう時間がかかるので、朝8時過ぎに出発していたのですが、普段、午前10時00分が始業時刻で、夜型人間の営業にとっては、朝8時過ぎ出発のバス見学会に、その準備の為にそれより前の時刻に出てくるのはきついのです。それで、自分の担当のお客様、特に、見込客で行かれる方がある場合に、自分がバスに乗って工場見学に同行する営業は、きつくてもそれが仕事ですから、がんばって出てきますが、自分の担当のお客様で行かれる方がないという場合には、それでも、会社としておこなっている行事ですから、出てくるべきなのですが、バスが出る時刻に出てこない人がいたのです。中には、出てくるべきであると思いながらも、自分の担当のお客様で行かれる方がないと、つい遅くなってしまって、まさにバスが出発する時刻や出発した直後に来てみたりということをやってしまう人もいましたし、実は、私もそれをやったことがあるのです。 それで、自分の担当のお客様で行かれる方がない場合に、本来、バスが来る時刻よりも前に行って準備をするべきであるのに、バスが出る時刻に来てみたり、バスが出た直後にクルマから降りて頭をかきながら恥ずかしそうに来るということをやるというのは、実は、少なくない人間がやったことで、それはまだ良いのですが、そういう際に、たとえ、遅れてでも顔を出すというのではなく、自分の担当のお客様で行く方がない場合には、まったく、出てこないという人の場合、不思議なことに、そういう人というのは、それから半年くらいの間にはいなくなるというジンクスがあったのです。もう、気持ちが切れているから、たとえ、遅れてでも出てこないのか、たとえ、遅れてでも出てこないようなことだから、いなくなるのかどちらか、もしくは、両方なのか、わかりませんが、そういうジンクスがあったのです。 だから、自分たちが相当につらい思いを頑張って出てきているのに、出てこない人がいても、「なんだ、出てこないで、あいつめ。」とは思わず、むしろ、「○○さんも、もうしばらくでいなくなってしまうのかなあ」というような気持ちになったものです。

(2)  Q社でもそうですが、中途入社で入る人には、「なぜかプライドを持っている人」というのがいたりします。 「なぜかプライドを持っている人」というのは、どういうことかというと、理由がないのに態度がでかい人のことです。 前職である程度の役職につかせてもらっていたとか、前職の会社の方が上の会社だとか思っているケースもあるようですし、中には、意図的にハッタリかましているような人もいるようです。 デカイ態度を取ったりハッタリかましたりするのではなく、実績を残すことでアピールするべきであり、たとえ、後から入った人間でも、実績を残されたのでは、一目、置かざるをえなくなりますから、そうするべきであるのですが、実績を残すことなく、なんだか、変な所で、態度だけでかいという人がいたりします。 「ハッタリかます」というのは、基本的にはよくないと私は思います。
   「基本的にはよくない」というのは、ハッタリかます人を評価するような会社もあるらしいので、それで、「基本的には」とつけたのです。 Q社をやめた後、ある人材紹介会社の紹介で応募した戸建住宅建築請負業の会社〔営業管理職候補〕の面接で、「入社して、どのくらい売るつもりですか。」ときかれて、「入社直後は、できるだけ早い時期にひとつ。 入社1年目は、最低でも平均を上回る」と答えたのですが、それで不採用にされたのです。間に入った人材紹介会社の人にその話をすると、「年齢がある程度いっているのですから、『平均』では不足で、もっと売ると言ってもらわないと困るということだと思います。」と言われ、私が「平均しか売らないと言ったつもりはなく、入社してみないと、その会社の状況、その場所の状況でわからない部分もあると思うし、やってみると、入社する前にわからなかった問題も出てくるかもしれないので、そういったことを考えると決して大口たたくべきではないと思うし、あくまで『最低でも』であって、平均をめざすと言ったつもりはないし、1年目は『最低でも平均を上回る』として、できるだけそれ以上高い成績を目指し、2年目以降はトップを目指し、トップにならなかったとしても、トップに近い成績をあげるようにしたい、と心の中では思っていたのですよ。ブーマーでもバースでも、三冠王になったのは来日2年目で(実際にはバースは2年目から活躍して3年目に三冠王でしたが)、プロ野球でも2年目から大活躍する外人選手がいますよね。もちろん、1年目からトップクラスの成績を残せれば、その方がいいし、残したくないなどと言っているのではないですよ。しかし、会社を変わると、今までとは勝手が違うという部分が、どうしても、多かれ少なかれ出てくると思うし、最初の年はそれが多少はあるということを頭に入れて考えているということで、そういうことがあるということをきっちりと認識されているということですよ。野村が阪神の監督になる時でも、1年目の目標をきかれて『最低でも昨年の成績を上回る』と答えたけれども、心の中ではそれ以上の成績を残したいと思っていたはずで、『昨年の成績を上回る』成績であれば良いと思っていたのではないと思いますが、それと一緒で、『最低でも平均を上回る』というのは、平均を上回れば良いと思っているわけではないですよ。それでは、なんか、ハッタリかました方がいいみたいですね。」と言ったところ、人材紹介会社の人から「そうなんですよ。なんか変な話なんですけれども、どうも、ハッタリかました方が採用されるみたいなんですよ。」と言われたことがありました。 その人材紹介会社の方が言われたように「なんか変な話なんですけれども」ハッタリかました方が採用されるということが現実にあるらしいので、それで、「基本的には」をつけたのです。私が採用担当なら、「トップの成績をあげる」とかいう文句は、口に出して言うのではなく、そういうことは実際にやってみることだと思うし、やる前に「トップの成績をあげる」とかなんとか言うヤツというのは、むしろ、私が評価する立場ならば、評価は下がるし、ある程度以上、住宅の営業の仕事をしてきた人間ならばどう思うかというと、やりもしないで大口たたく人間というのは、高い評価となるか低い評価となるかというと、その部分において評価は低くなると思うのですけれども。
※ブーマーについては、
「ウィキペディア―ブーマー・ウェルズ」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%BA
※バースについては、
「ウィキペディア―ランディ・バース」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%82%B9 他参照。
   住宅展示場に来場される方でも、住宅会社の営業に対して「なめられないようにしよう」という気持ちからか、知ったかぶりをする方というのが、時々、おられます。Q社の某展示場にいたある時、ある来場客の男性が、2間続きの和室の真中のところで、敷居を踏みつけた上で話をされるので、敷居を踏むのはやめてもらいたいと思いながら、契約客ではなく来場客であるとしても、広い意味で「お客様」であり、言いにくいと思って言わずにいたところ、営業に知ったかぶりをしようと思われたらしく、「これは○○なんだよ、あんた、知ってる? 知らないんじゃない?」とか言いだされ、住宅・建築は幅も広ければ奥行きも深く、新しいものも次々と出てくるので、ある程度以上の経験者でも知らないものはありますし、「インテリアコーディネーターでキッチンスペシャリストで2級建築施工管理技士で宅地建物取引主任者」の私でも知らないことはありますが、その時、言われたことは知っていましたが、そんなことよりも、敷居を踏みつけた上で知ったかぶりをするものではないので、私は言わせていただきました。「申し訳ありませんが、敷居は踏まないようにお願いいたします」と。 住宅展示場に行って、営業になめられないようにしようというのであれば、知ったかぶりをするよりも、靴を脱いで框を上がる時には、振り返って自分が脱いだ靴は自分できっちりとそろえる、敷居は踏まない、不必要にあちらこちらをべたべた触らない、といったマナーをきっちりと発揮していただければ、その方が、この方はきっちりした人だな、と評価は上がると思います。敷居を踏んだ上で知ったかぶりをするのと、敷居を踏まないで知ったかぶりをしないのとでは、私なら、そういう場所で、踏まないようにきっちりと気をつける方の方を高く評価します。
   それで、住宅展示場に来場される方で営業にハッタリかます人と同様、中途入社して、先輩社員に対してハッタリかます人間というのもいるのですが、ハッタリかまされても、ある程度以上、その仕事をやってきた者から見ると、ある程度、その人の実力がわかってみたりする場合があるのです。(俺がわかることを採用担当者はわからんのか!?!と思うこともありました。) Q社の某展示場にいた時も、日曜日の昼、最も来場客が多い時間帯に、その会社の展示場の玄関の目の前の来客用駐車スペースに、自分のクルマを斜め停めをして2台分占拠して停めるオッサンを見た時には、ありゃりゃりゃ〜あ・・・・、えらい人を採用したなあ〜あ・・・と思いました。 千葉市中央区の私の勤務先の住宅建築会社でも、2011年7月のこと、4月に縁故入社した新入社員の女性が入口の目の前の来客用駐車スペースに自分のばかでかい黒のクルマを停めるので、この人は営業としての常識がないなあとも思い、家庭のしつけがなってない人だなあとも思い、社会人として問題があるなあとも思ったものでした。入口の目の前の来客用駐車スペースに人の出入りを妨害するように自分のクルマを停めれば人から評価されるかというと、私はされないと思うし、評価する人がいたらその人がおかしいと思います。 前回のブログ〔第76回〕《建築屋のクルマの運転・停め方と不動産屋のクルマの運転・停め方〜営業と会社の話(20) 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201111/article_3.html でも述べましたが、自分の会社の展示場の玄関の目の前、自分の店の入口の目の前の来客用駐車スペースに、自分のクルマを停めて、それで、自分はできるように思いこんでいるような人というのは、まあ、その程度の人だということになると思います。住宅展示場に行って、敷居を踏みながら知ったかぶりをする方は、「なめられないようにしよう」と思うのであれば、知ったかぶりをすることよりも、とりあえず、敷居を踏むのをやめるべきであるのと同じく、先輩社員に自分を認めさせたいと思うのであれば、とりあえず、自分の店の入口の目の前に自分のクルマを停めるのをやめるべきです。 自分の店の入口の目の前に自分のクルマを停めた上でハッタリかまされても、とりあえず、そのクルマをどけてから口きけや、と思うだけです。 そういうことをする人というのは、営業としての「基本動作」「基本の基本」が身についていないのであり、プロ野球の表現を借りて言うならば「 1軍の試合に出すレベルではない」ということになると思います。
   ただ、「プライドばっかり高い」というタイプの人というのは、言ってあげてもきかない場合が多いので、本来は、言わなくてもわかって当然のことを、言いたくもないのに、言ってあげて、それで、逆恨みされても嫌だし、それでも言ってあげても、やっぱり、きかないだろうし、そういう人というのは、「半年程度でいなくなる」のを待つしかないのかということになるのですが、そういう場合に、個人の成績が出る営業の場合は、人の言う事はきかなくても、現実に営業成績が出ないとなると、そこで、自分自身で考えるというケースがあるのです。 それに対して、「チーム制」にしてしまうと、入口の目の前の駐車スペースに自分のクルマを停める人の分まで、他の人間が働かなければならなくなってしまうのです。そして、当人ははてしなく気づかない、という可能性が低くありません。

   四国のF社が「チーム制」の営業にしたというので、私は、「会社として売ろうという姿勢がある」ということなのかな、と、最初、プラスの評価をしてよいのか、と思ったのですが、そうではなく、結果としてみれば、アホを温存するやり方でしかないらしい、と気づきました。
   工場見学会の時に、自分の担当のお客様で行く人がない場合には出てこず、逆の場合には、他の営業に出てきてもらう人間、自分のクルマを店の目の前に停めて平気でいる人間、準備・片づけは人にしてもらって接客だけしようという不心得者は、Q社のような、個人別成績の会社においては、早かれ遅かれ、それが結果として出てきて、本人が態度を改めるか、そうでなければ淘汰されるのに対して、F社の“チーム制”では、本来は淘汰されるアホが温存されることになるのです。
   F社は「チーム制」というのを大発見・大発明したかのように思っているかもしれませんが、実は、そういうことをやった会社はすでにあって、それではうまくいかないから、だから、部分的にチーム制の要素を取り入れることがあっても、基本的には、個人別営業のシステムを、たいていの会社は取ってきたのだと思います。 「チーム制営業」という大義名分をかかげて、実際にやっていることは「アホの温存」では、結果としてやっていることは、アホです。

  木質系住宅建築請負業のP社では、私が在籍した頃、「QCサークル」なるものをおこなっていました。勤務時間外におこなっても時間外手当が出ないので、実質上、時間外無賃労働であり、又、「QCサークルは自主的におこなうもの」とか言いながら、自主的にやりたいと言わなくても強制的にやらされていたのであり、「自主的に」などという話は嘘であり、その為に不満も出ていましたが、「QCの手法」と言われるものには役だつものもあります。 「QC7つ道具」と言われるものがありましたが、そのひとつとして、 「特性要因図」というものがあります。魚の骨のような図に、≪「仕事の結果(特性)」と、それに与える原因(要因)を・・・系統的に整理した図」のこと≫で、≪特性に対してどのような要因がどのような関係で影響を与えているのかを明らかにして、原因の追及をしやすくするためのQC手法≫(藤田 董 他『すぐに使えるQC手法―QC7つ道具で問題解決』〔1988.6.20.日科技連出版社〕 杉山 哲朗「3.特性要因図」)です。 自分の店の入口の目の前の来客用駐車スペースに営業が自分のクルマを停めるということ、準備・片づけをしない人間に接客を認めるということが、「売れる」という特性の要因になるとは私には思えないのです。「売れない」という特性の要因になるというのであれば、たしかにそうだろうなあ、と思いますが。 F社は変わってますね。そういうユニークなところが「売れる」という特性の要因になるか・・・というと、あんまりなるようには思えないのですけれどもね・・・。
※特性要因図については、
「ウィキペディア―特性要因図」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%89%B9%E6%80%A7%E8%A6%81%E5%9B%A0%E5%9B%B3
「株式会社日科技連―特性要因図とは」http://www.i-juse.co.jp/statistics/product/func/qc7/fishbone-diagram.html 他参照。
  
   いずれにせよ、準備と片付けをしないで、接客だけしたいなどという新入社員が認められるようなら、早いか遅いかの問題はあっても、「悪貨は良貨を駆逐する」という結果となるでしょう。

※「悪貨は良貨を駆逐する」・・・イギリスの貿易商サー・トーマス・グレシャムが、女王に財政上の忠告をした手紙の中にでてくることばで、品質のわるい貨幣がでまわると、品質のよい貨幣は市場から姿を消すということ。 これを「グレシャムの法則」という。これから転じて、たちのよくない人間がはびこって、すぐれた人間がかくれてしまうことにいう。官衙、会社など、自分の勤めている周囲をみると、人間関係においては、たしかにこの法則のままである。
(折井 英治 編『暮らしの中の 故事名言辞典』1970.4.15.集英社)
              (2011.11.23.)


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