テーマ:建築

「帝国大学の学士様御用達」だっただけに、入りやすいと言い難いアプローチと入口の学士会館(神保町)。ソ連映画をハリウ…

[第704回]神保町界隈【2/3】   東京都千代田区の神田神保町交差点を南北に通っているのが「白山(はくさん)通り」。前回、公開した「名曲喫茶 白十字(はくじゅうじ)」は白山通りの西側、神保町交差点とJR「水道橋」駅の間にある。  神保町交差点の南東側には「名曲喫茶 さぼうる」「名曲喫茶 さぼうる2」。↓ 「さぼうる」という…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

谷保天満宮【5/5】梅林、稲荷社、第六天神社。建築は構造・機能・デザイン・経済性をともに満たしてこそ

[第685回] 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り 第49念-5   神楽殿と筆塚の間を東に登る坂道があり、それを登って行くと「梅林」に出ます。 梅は桜に比べると華々しくないかもしれませんが、むしろ、梅の方が上品なところもあります・・・・が、やっぱり、ある程度近づいて見てこそというところがあります。 《ウィキペディ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

三十三間堂は木造の基本。梁と桁。身舎と庇。オバタリアンは不動産業にいい?ー妙法院・蓮華王院【6/6】

[第655回]    三十三間堂の中央の千手観音坐像は≪作者は大仏師湛慶(たんけい)で小仏師康円と康清を率いてことにあたった。≫ ≪湛慶は運慶の長男で、鎌倉中期を代表する彫仏師であった。父運慶の作風に一段と洗練の度を加えた気品あふれるもので、この中尊を作ったときすでに82才の老齢だった。 中尊は、単に湛慶の傑作であるばかりではなく、鎌…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

とにかく長い三十三間堂、神母天王は鬼子母神。子供を名分に勝手する女に柘榴-妙法院・蓮華王院【5/6】

[第654回]     南大門をくぐったすぐ左に蓮華王院(三十三間堂)があるが、その東回廊の南に門があり、こちらの門は普段は閉められていて参拝者はこちらから入ることはできない。参拝者は北側、七条通りの側の「普門閣」にある参拝受付で参拝料金を支払って入場することになるが、この南東の門の部分からも三十三間堂とその南東の鐘楼が見える。↓ …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

妙法院3 大玄関。千僧供養会の際に建てられた大規模な庫裏。宗教の寛容-妙法院門跡・蓮華王院【3/6】

[第652回]   「大玄関(おおげんかん)」↓は重要文化財に指定されているのだが・・・、 ≪大玄関(おおげんかん)―江戸時代 (重要文化財)   この建物は、東福門院(後水尾天皇中宮)縁の殿舎と伝え、御所より移築されたものです。二つの「車寄せ」を持ち、来賓を迎える玄関として用いられています。   三室二十面にわ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

妙法院2 宸殿・普賢堂と庭園。「三門跡寺院」―妙法院門跡・蓮華王院【2/6】

[第651回]   妙法院(妙法院門跡)は、『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.8.7.小学館)の「妙法院三十三間堂境内地図」には、≪ 公開時期以外は拝観できないが、案内のしおりをもらうことができる。≫ ≪妙法院内は、普段は非公開。年数回の特別拝観や法要のときにのみ公開。≫と書かれている。そうであれば、なおのこそ、表門か…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東大寺参拝【4/10】大仏殿2 伝統構法による木造で最大級。大仏の頭の上に鉄骨製トラスは見えない

[第642回] 飛鳥・白鳳・天平の建築 シリーズ    東大寺の大仏殿(金堂)は、「世界最大の木造建築」と言われるが、それは正しいのか・・・というと、厳密にはよくわからないところもあるようだ。 『古社名刹巡拝の旅1 平城の都 奈良  東大寺・春日大社・興福寺』(2009.4.28.集英社)には≪・・大仏殿は天平の創建時も鎌倉の再建時も…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東大寺参拝【3/10】大仏殿1 なぜ東大寺の大仏は大きいか。幅・奥行・高さの釣合い。中門・西楽門

[第641回] 飛鳥・白鳳・天平の建築 シリーズ    南大門をくぐり直進すると、 ↑ 手前に見えるのが「中門」(重要文化財)で、その向こうに見えるのが「大仏殿」(金堂)(国宝)です。 ↑ 「南大門」から「中門」に至る参道の右手にある池は「鏡池」。 ↑ 「中門」(重要文化財)。    南大門を見てそ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東大寺 参拝・見学【2/10】南大門〔2/2〕挿し肘木・通し肘木。鉄骨の貫は見えない。背割りはない。

[第640回] 飛鳥・白鳳・天平の建築シリーズ    東大寺の創建は、奈良時代、聖武天皇の時代であったが、その後、多くの伽藍は焼失して、創建時から残っているものは転害門だけで、南大門・大仏殿は鎌倉時代初期に再建され、大仏殿はその後、さらに焼失して江戸時代初期に再再建された。 だから、南大門は様式としては、鎌倉時代初期の「天竺様」(もし…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

東大寺 参拝・見学【1/10】南大門〔1/2〕 近鉄奈良駅から南大門へ。知識で物を見ないで

[第639回] 飛鳥・白鳳・天平の建築    「飛鳥・白鳳・天平の建築」シリーズ・・・とはいえ、東大寺の場合、南大門は鎌倉期の再建、大仏殿になると、平重衡の南都攻めで炎上して鎌倉期に再建されたものが、戦国時代、松永久秀と「三好三人衆」との戦いにおいて炎上、今あるものは、1705年、18世紀初め、江戸時代に再再建された三代目の大仏殿であ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

滝野川会館と筒。「一里塚」バス停から本郷通り・蝉坂を経て上中里駅―平塚神社と浅見光彦【14/15】

[第626回] [21] 滝野川会館    本郷通りが、駒込から東大農学部の前の方へ行く道と田端駅の西口の方へ行く道に分かれる三叉路の、旧古河庭園の側でもなく、滝野川小学校の側でもない側、東側に「滝野川会館」がある。地図によっては、「滝野川図書館」と書いてあるものもある。 ↑  「滝野川会館」の建物は、けっこう大きな建物で、か…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

旧古河庭園(1)洋館と洋風庭園、つつじ園。陸奥と古河と大谷と田中―平塚神社と浅見光彦【10/15】

[第622回] [17] 旧古河庭園(1)  洋館と洋風庭園。 つつじ園。    東京メトロ南北線「西ヶ原」から東京メトロ南北線・JR山手線「駒込」までの中間あたりに旧古河庭園がある。 道路を隔てたその東側には、浅見光彦がかつて通ったという滝野川小学校がある。 ≪ 滝野川小学校というのは北区でも歴史のある学校で、何年か前に創立百二…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

九品寺・日本基督教団鎌倉教会・「共産党事務所建築」・「警察建築」・交番研究―光明寺【11/11】

[第598回] 鎌倉シリーズ(3)-11 [A] 内裏山 九品寺(だいりさん くほんじ)    JR・江ノ電「鎌倉」駅から光明寺に歩いて行くには、鎌倉駅の東口を出て正面の鶴が丘八幡から南に伸びる「若宮大路」を南下し(海の方へ向かい)、「海岸橋」交差点で左折、「九品寺(くほんじ)前」交差点で右折し、優先道路が左折する所を左折して直進す…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

「(スプルースの)集成材はムク材の1.5倍強い」て誰が言った?-光明寺(鎌倉市)参拝【10/11】

[第597回] 鎌倉シリーズ(3)-10    「樹種名 スプルース」ということですが、かつては、スプルースは構造材としてはあまり使われなかったはずですが、最近はスプルースの集成材を柱として使用した木造住宅をよく見かけます。 今里隆『これだけは知っておきたい建築用木材の知識』(1985.5.6.鹿島出版会)には、 ≪ スプルス ・ …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

コンパネはぬるま湯ではがれるか?釘と接着剤の接合の違い。建築専門学校は役立つか-光明寺【9/11】

[第596回] 鎌倉シリーズ(3)‐9    光明寺がる鎌倉市材木座で二世帯住宅を建てようという方に、(株)一条工務店に在籍した時、1992年の終わりから1993年の初めにかけて折衝させていただいて、結局、住友林業(株)で契約されたということがありました。たしか、そのあたりだったと思うので、どんなお家が建ったのか、外観だけでも見せても…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

光明寺(鎌倉市) 参拝【4/11】大聖閣と記主庭園。景観に隠す建築と新たに創造する建築

[第591回] 鎌倉シリーズ(3)‐4    大殿(本堂)と開山堂は渡り廊下でつながっています。 開山堂は、開山堂の正面から拝むことができますが、靴を脱いで本堂に上がり、渡り廊下を通って開山堂の内部に入らせてもらい参拝することもできます。   さて、本堂から開山堂につながる渡り廊下の北側に広がる庭園を「記主(きしゅ)庭園」と言い、そ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

祐天寺参拝【7/7】宝篋印塔・祐天上人墓・C57の車輪。権威主義「デザイナー」。親に加担する教諭。

[第579回]    駒沢通りに面した表門から南に入り仁王門・・は今は工事中でその下は通れないので左か右からまわって進むと、表門-仁王門-本堂 というラインに3つが並び、その途中の左側(東側)に阿弥陀堂、本堂の右(西)に書院、本堂の左(東)に仏舎利殿があるのだが、本堂の前で左に曲がって進むと、道路を間に挟んで祐天寺の墓地がある。 墓地…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

祐天寺(目黒区)参拝【6/7】書院。免震とバリアフリーの関係。鬼怒川・毛野国の地名の由来。

[第578回]    本堂の右側に「書院」がある。↓ ( ↑ 「 i 」マークが書院。 ) ≪ 寛保元年(1741)、六代将軍家宣の正室天英院が逝去ののち、その御座の間の材木、金具等が祐天寺に寄進されました。それを使って寛保4年(1744)にほかの建物と共に、書院が建立されました。しかし明治27年(1894)書院は…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

祐天寺(目黒区)参拝【5/7】-本堂。免震構造建物の周囲の問題、出入口のバリアフリーとの関係。

[第577回]    表門-仁王門 というラインを進むと突き当りにあるのが「本堂」↓です。 〔 ↑ (正面)本堂。 (右手前)「水屋」(手水舎)。 (左の赤い鳥居)五社稲荷。 (左奥の1階に絵があって塔がある建物)仏舎利殿。 (右側 水屋〔手水舎〕と本堂の間)水子地蔵。 〕 ( ↑ 本堂。 ) ( ↑ 「 i 」…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

祐天寺(目黒区)参拝【4/7】鐘楼堂・阿弥陀堂・五社稲荷。お堂の免震構造の問題と施工法。「水屋」とは

[第576回]    祐天寺(明顕山 祐天寺)の表門をくぐり、表門‐仁王門‐本堂 というラインを進むと(仁王門は工事中のため、今はその下を通ることはできません。左か右から回ることになります)、仁王門より本堂側の右手に「かさね塚」があり、それより本堂側に「鐘楼堂」↓ があります。 撮影は12月2日、紅葉がきれいです。    《ウ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

祐天寺(目黒区)参拝【2/7】地蔵堂と免振。水子地蔵。「寅さん」「鬼太郎」「マグマ大使」浅見光彦論

[第574回]    表門を入ってすぐ左に、地蔵堂門と地蔵堂があります。 ( ↑ 地蔵堂門。 国登録有形文化財。) ( ↑ 地蔵堂。  国登録有形文化財。) ( ↑ 地図の「 i 」マークが地蔵堂 地蔵堂の前が地蔵堂門。 道路に近い場所にあるのが表門。 表門から直進した位置にあるのが仁王門。)    この地蔵堂には…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

飛騨高山美術館-窓からの風景と建物は調和も、遠景としては・・・-高山シリーズ第5回【10/15】

[第599回] 高山シリーズ第5回【10/15】    高山に飛騨高山美術館http://www.htm-museum.co.jp/ があって、そこに、ルイス=コンフォート=ティファニー エミール=ガレ、ルネ=ラリックなどのガラス工芸品、マッキントッシュなどの家具、ミュシャのポスターなどの世界的作品が所蔵・展示されている。 日本にも…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

飛騨民俗館(飛騨民俗村) 山岳資料館(旧高山測候所)、飛騨民俗村とは-高山シリーズ第5回【7/15】

[第596回] 高山シリーズ第5回【7/15】     旧 野首家住宅・旧 新宮村 郷倉 のさらに山側(南側)に、 「山岳資料館」(旧 高山測候所) があります。↓ ≪ 木造洋館の高山測候所を移築したもの。館内には登山靴、ピッケル、スキー板などを展示。 また、中部山岳地帯の動物のはく製、植物の標本、気象・地学に関する資料もあ…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

飛騨民俗館(飛騨民俗村) 旧 新宮村の郷倉・「管理人室」-高山シリーズ第5回【6/15】

[第595回] 高山シリーズ第5回【6/15】    飛騨民俗館(飛騨民俗村)の旧 野首(のくび)家住宅 の 右後ろの位置に、小さい建物があります。 野首家の物置か別棟かという感じですが、「郷倉(ごうくら)」と言い、高山市内からですが、野首家とは別の場所から移築された建物のようです。↓ ≪ 高山市新宮町から移築した江戸後期の…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

飛騨民俗館(飛騨民俗村) 旧 野首(のくび)家住宅-高山シリーズ第5回【5/15】

[第594回] 高山シリーズ第5回【5/15】    高山は、金森氏の城下町から発展した街だということで、高山本線は既成市街地の西側を南北に通り、市街の西側に駅ができて、既成の市街と駅との間が埋まるように市街化てきた所のようだ。 だから、駅の東側と西側では東側の方が開けているのは不思議ではない。 しかし、西側に何もないわけではない。 …
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

内田康夫『風の盆幻想』と巡る高山[4]高山市役所(高山5【4/15】)+銀行建物で見るデザインと立地

[第593回] 高山シリーズ第5回【4/15】  内田康夫『風の盆 幻想』と巡る高山[4]    富山県の八尾の老舗旅館の若主人 安田晴人が、当初、結婚したいと言っていた八尾の土産物屋の美濃屋の娘の増子が結婚した相手の津島秀之の勤め先が高山市役所。 ≪ (妙なことになってきた――)  浅見は天井のしみを数えながら考えた。  若女…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

筋交いの向きの適否。「圧縮筋交い」は十分太い厚い物を-[第231回]への「おき」様のコメントへの回答

[第569回]    木構造でも、枠組壁構法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法、貫式木造(戦前型木造)と違って、筋交い式木造の場合、筋交いをどこにどちらの向きに入れるかという問題があります。    まず、基本として、最上階の上の梁桁材の位置に水平方向に加わった(と理論上考えることになっている)地震や台風・強風の時の力を伝えて基礎…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

淀屋橋から中之島東部、その周辺の建築。及、思考の堅さを「思考の柔軟さ」と主張する慶應ボーイ!

[第536回]     東京圏の人間には、関西嫌い、大阪嫌いの人間がけっこうおり、そういう人間には、「大阪なんて何もない」などと自分が知らないだけなのに言う勝手な者がけっこういます。 東京もん がそういうことを言うのなら、アホはほっとけ! と考えるしかないのかもしれませんが、大阪府北部の市立中学校で1年の時に、「地理」の先生が、「京都…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

長岡天満宮(長岡京市)参拝【4】梅園、錦景園と菅原定義・白太夫。開田城跡。写真で見る建築「ほおづえ」

[第535回] 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り(43)‐4   長岡天満宮の御本社は東向きにあり、ひとが東から西に向かって参拝する配置になっている。その左手前(南東)側に紅梅殿(神楽殿)があり、紅梅殿(神楽殿)の手前(東側)に社務所があり、授与所もそこにあるが、紅梅殿(神楽殿)と社務所との間を御本社に向かって左(…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more

新町天満宮参拝【下】+実用的でないらせん状登坂パーキング、上部を保守に使える懸垂式モノレール他

[第529回] 冤罪を晴らす神さま・菅原道真・怨念を晴らすお百度参り(42)-2    千葉市中央区新町 の 新町天満宮 参拝の後半です。 ↑ 「新町天満宮」を南西側から見たもの。 東隣には「新町自治会館」があります。 ↑ 道路を隔てた南側には「新町公園」。 JRと京成の「千葉」駅からすぐの場所で、「そごう」のすぐ南な…
トラックバック:0
コメント:0

続きを読むread more