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門戸厄神(もんどやくじん)(兵庫県西宮市)参拝。愛染明王と不動明王が一体となった厄神明王。たとえ階段でも表門から。…

[第717回]   鉄道の駅名になっているお寺・神社というのがいくつかある。駅名になっているからには相当の寺・神社であろう・・という気持ちになるが、そうである場合もあればそうでない場合もあるようだ。 千葉県鎌ケ谷市の鎌ヶ谷大仏は新京成電鉄の駅名になっているので、奈良の大仏ほど大きくはないとしても鎌倉の大仏と同じくらいかそれより少し小さ…
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三十三間堂は木造の基本。梁と桁。身舎と庇。オバタリアンは不動産業にいい?ー妙法院・蓮華王院【6/6】

[第655回]    三十三間堂の中央の千手観音坐像は≪作者は大仏師湛慶(たんけい)で小仏師康円と康清を率いてことにあたった。≫ ≪湛慶は運慶の長男で、鎌倉中期を代表する彫仏師であった。父運慶の作風に一段と洗練の度を加えた気品あふれるもので、この中尊を作ったときすでに82才の老齢だった。 中尊は、単に湛慶の傑作であるばかりではなく、鎌…
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とにかく長い三十三間堂、神母天王は鬼子母神。子供を名分に勝手する女に柘榴-妙法院・蓮華王院【5/6】

[第654回]     南大門をくぐったすぐ左に蓮華王院(三十三間堂)があるが、その東回廊の南に門があり、こちらの門は普段は閉められていて参拝者はこちらから入ることはできない。参拝者は北側、七条通りの側の「普門閣」にある参拝受付で参拝料金を支払って入場することになるが、この南東の門の部分からも三十三間堂とその南東の鐘楼が見える。↓ …
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智積院。南大門、法住寺、養源院と三十三間堂。コナンは寺でキスなんかするな-妙法院・蓮華王院【4/6】

[第653回]    妙法院のすぐ南に、真言宗智山派の智積院があります。↓ ( ↑ 「 i 」マークが、智積院。 ) 真言宗の本山てどこだろう? とりあえず、中学校の歴史・高校の日本史の教科書にも出ている高野山の金剛峯寺、そうでなければ、新幹線からも五重塔が見える京都の東寺、空海の生誕地の讃岐にあってJR土讃線の駅名にもな…
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妙法院3 大玄関。千僧供養会の際に建てられた大規模な庫裏。宗教の寛容-妙法院門跡・蓮華王院【3/6】

[第652回]   「大玄関(おおげんかん)」↓は重要文化財に指定されているのだが・・・、 ≪大玄関(おおげんかん)―江戸時代 (重要文化財)   この建物は、東福門院(後水尾天皇中宮)縁の殿舎と伝え、御所より移築されたものです。二つの「車寄せ」を持ち、来賓を迎える玄関として用いられています。   三室二十面にわ…
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妙法院2 宸殿・普賢堂と庭園。「三門跡寺院」―妙法院門跡・蓮華王院【2/6】

[第651回]   妙法院(妙法院門跡)は、『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.8.7.小学館)の「妙法院三十三間堂境内地図」には、≪ 公開時期以外は拝観できないが、案内のしおりをもらうことができる。≫ ≪妙法院内は、普段は非公開。年数回の特別拝観や法要のときにのみ公開。≫と書かれている。そうであれば、なおのこそ、表門か…
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妙法院門跡1 表門から入ろう、寺も学校も。フォーシーズンズホテルと土塀-妙法院・蓮華王院【1/6】

[第650回]    京都の「三十三間堂」は有名だが、しかし、三十三間堂て俗称か通称か愛称みたいな名称で、お寺の名前は別にあるのだろうか? 普通、◇◇寺というお寺があって、そのお寺の中のひとつのお堂の名前が△△堂というものではないか、又、三十三間堂という呼び名は、長さが三十三間あるので三十三間堂と言っているとして、それは通称ではないの…
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城官寺、上中里駅、上中里不動尊・摩利支天。「宗教はアヘン」の意味は―平塚神社【9/15】

[第621回] [14] 平塚山 城官寺    平塚神社の東のあたりに、城官寺 というお寺があります。↓城官寺HPhttp://www.jokanji.jp/ によると、真言宗豊山派らしく、「平塚山 城官寺」というそうです。 ( ↑「旗」マークが城官寺。 地図で見ると、けっこう広い敷地のお寺です。 )  ↑表札には「真言…
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光明寺(鎌倉市)参拝【7/11】「鎌倉アカデミア」。「『教育』する側」の論理・「される側」の論理

[第594回] 鎌倉シリーズ(3)‐7    開山堂の左手前に「鎌倉アカデミア」の碑が立っています。↓ ( ↑ 背後の建物が開山堂。 左手前が「鎌倉アカデミア」の碑。 ) (↑「ここに 鎌倉アカデミア あり」 と書かれています。)    「鎌倉アカデミア」とは、いったい何なんだ? というと、《光明寺HP 「境内のご案…
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光明寺(鎌倉市)参拝【6/11】天照山の展望台から見た山門・大殿と海、廟所、風致保安林、大聖閣背面

[第593回] 鎌倉シリーズ(3)-6    大殿(本堂)の右側から大殿の後ろにまわって背後の小山に上って行く小道があります。 上がっていくと、ウッドデッキ・・と言っていいと思いますが、海側に向かって2つ設置してあり、光明寺の伽藍を手前に、向こうに海岸から相模湾を見ることができます。 〔 ↑ (左)開山堂。 (その向こう)山…
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光明寺(鎌倉市)参拝【5/11】開山堂。網引地蔵。「地蔵」とは。戦没者碑。

[第592回] 鎌倉シリーズ(3)-5   大殿(本堂)に向かって左側に、開山堂があります。↓  開山堂の内部には、本堂の前で靴を脱いで、本堂の前から渡り廊下で開山堂の方に行って入らせてもらうことができます。 ここまで、拝観料は払わずに入らせてもらえたので、なんだか、悪いなあ・・・なんて思ったのです。 まあ、「大本山」なん…
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光明寺(鎌倉市) 参拝【4/11】大聖閣と記主庭園。景観に隠す建築と新たに創造する建築

[第591回] 鎌倉シリーズ(3)‐4    大殿(本堂)と開山堂は渡り廊下でつながっています。 開山堂は、開山堂の正面から拝むことができますが、靴を脱いで本堂に上がり、渡り廊下を通って開山堂の内部に入らせてもらい参拝することもできます。   さて、本堂から開山堂につながる渡り廊下の北側に広がる庭園を「記主(きしゅ)庭園」と言い、そ…
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光明寺(鎌倉市) 参拝【3/11】大殿(本堂)と桜。火灯窓。善導大師とは。

[第590回] 鎌倉シリーズ(3)-3   総門を経て山門をくぐり、右に鐘楼を見ながら直進すると、重要文化財に指定される「大殿」(本堂)にぶつかります。↓ ( 「 i 」マークが「大殿」(本堂)です。 ↑の図で左から大殿に向かって左側にあるのが開山堂。 大殿から開山堂に行く渡り廊下の↑の図で上側にあるのが記主庭園。その上にあ…
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光明寺(鎌倉市)参拝【2/11】山門と桜。鐘楼。羅漢さん。山門からの景観。「いっけん」と「ひとま」

[第589回] 鎌倉シリーズ(3)-2   「総門」をくぐると、目の前に迫力がある「山門」が見えてくる。 ( ↑ 天照山 光明寺 山門。 ) ≪ 1847年(弘化4)に再建されたもので、2層式で、間口5間の堂々たる構えだ。 ≫ ( るるぶ社 国内編集局 企画 編集『アイじゃぱん 18 鎌倉を歩く ’04』(2003.9.1.…
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光明寺(鎌倉市)参拝【1/11】光明寺は鎮西派と西山派の鎮西派。総門と大殿の菊と三つ葉葵の紋。本殿。

[第588回] 鎌倉シリーズ(3)-1    神奈川県鎌倉市材木座 の 天照山 蓮華院 光明寺(浄土宗大本山)に参拝してきました。 ↑ 光明寺 大殿。    JR・江ノ電「鎌倉」駅の東口より、京浜急行のバス、材木座から逗子まで行って鎌倉に戻ってくるバスに乗り、「光明寺」バス停で降りると、地図を見ると、そこから「内陸部」に歩いて…
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あけおめ。放生寺(新宿区) 参拝。お地蔵さん、「子供帝国主義」の女とそのオットを懲らしめてください

[第581回] 2018年の第2回 (会社と営業の話(141) )    早稲田大学の法学部・政治経済学部・商学部などがある早稲田キャンパスと文学部などのある戸山キャンパスの真中あたりの交差点、「馬場下」交差点の北西側のカドに 穴八幡宮 があり、穴八幡神社の南側、早稲田大学戸山キャンパスの道路を隔てた向かいあたりの位置に、光松山 放生…
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祐天寺参拝【7/7】宝篋印塔・祐天上人墓・C57の車輪。権威主義「デザイナー」。親に加担する教諭。

[第579回]    駒沢通りに面した表門から南に入り仁王門・・は今は工事中でその下は通れないので左か右からまわって進むと、表門-仁王門-本堂 というラインに3つが並び、その途中の左側(東側)に阿弥陀堂、本堂の右(西)に書院、本堂の左(東)に仏舎利殿があるのだが、本堂の前で左に曲がって進むと、道路を間に挟んで祐天寺の墓地がある。 墓地…
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祐天寺(目黒区)参拝【6/7】書院。免震とバリアフリーの関係。鬼怒川・毛野国の地名の由来。

[第578回]    本堂の右側に「書院」がある。↓ ( ↑ 「 i 」マークが書院。 ) ≪ 寛保元年(1741)、六代将軍家宣の正室天英院が逝去ののち、その御座の間の材木、金具等が祐天寺に寄進されました。それを使って寛保4年(1744)にほかの建物と共に、書院が建立されました。しかし明治27年(1894)書院は…
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祐天寺(目黒区)参拝【5/7】-本堂。免震構造建物の周囲の問題、出入口のバリアフリーとの関係。

[第577回]    表門-仁王門 というラインを進むと突き当りにあるのが「本堂」↓です。 〔 ↑ (正面)本堂。 (右手前)「水屋」(手水舎)。 (左の赤い鳥居)五社稲荷。 (左奥の1階に絵があって塔がある建物)仏舎利殿。 (右側 水屋〔手水舎〕と本堂の間)水子地蔵。 〕 ( ↑ 本堂。 ) ( ↑ 「 i 」…
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祐天寺(目黒区)参拝【4/7】鐘楼堂・阿弥陀堂・五社稲荷。お堂の免震構造の問題と施工法。「水屋」とは

[第576回]    祐天寺(明顕山 祐天寺)の表門をくぐり、表門‐仁王門‐本堂 というラインを進むと(仁王門は工事中のため、今はその下を通ることはできません。左か右から回ることになります)、仁王門より本堂側の右手に「かさね塚」があり、それより本堂側に「鐘楼堂」↓ があります。 撮影は12月2日、紅葉がきれいです。    《ウ…
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祐天寺(目黒区)参拝【3/7】職場の我儘女と「少子高齢化対策」に殺れた我が子。かさね塚と絵。

[第575回] (会社と営業の話(139) )    2011年4月、千葉市中央区鵜の森町 の 新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔どう考えても逆じゃないかて名前〕で、社長 長谷川新二の嫁 河野利華の友人だという滝口恵(女。当時、30代前半)が縁故入社してきたが、住宅建築業の営業というものは、特に新華…
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祐天寺(東京都目黒区)参拝【1/7】祐天寺商店会・表門・仁王門。警察は犯罪者の味方。内田康夫の変節?

[第573回]    東京の渋谷から東急東横線の各駅停車に乗ると3つ目に「祐天寺」という駅があります。 駅の目の前にお寺があるわけではありませんし、駅から周囲を見まわしても見えませんが、それほど遠い場所ではない。 今は昔、1980年代前半、「大学生」であった時、家庭教師を紹介する店の紹介で、この近所の家に週に2回、高校3年の息子の家庭…
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大谷本廟(京都市東山区)参拝。円通橋は江戸時代の石造アーチ橋。二天門、石窟 他。思い出す過去の経験。

[第570回]    京都市東山区の大谷本廟(西大谷)〔浄土真宗本願寺派〕に参拝してきました。 なぜ、ここに行くのかというと、単に、「それは、そこにあるからだ」ではなく、我が家は、もともと、浄土真宗で、祖父母がここでお世話になっているからです。    何度か行くと、それまで、知らなかったものを発見することがあります。 森谷尅久 監修…
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深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由侵害【10】 鐘楼・本堂。裏口は嫌い。従業員の労働が化けた羅漢様

[第554回] 会社と営業の話(127)    深奥山 方広寺(浜松市北区引佐町)では、拝観受付が2カ所あるようですが、バスで行って「奥山」バス停で降りて歩いていくか、もしくは、自家用車で行ったとしても、「奥山」バス停の付近に無料駐車場があるので、そこに停めて行くかすれば、「黒門」をくぐり、赤い「山門」の手前の拝観受付で拝観料を払って…
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深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由の侵害【9】三重塔。堂宇を増やすのが寺の発展なのか

[第553回] 会社と営業の話(126)    黒門をくぐり、参拝受付の後ろの赤い山門をくぐり、二俣になった道の左の小川に沿った道を進み、椎河龍王の宮の下を進んでいくと、道は上り坂になって、赤い亀背橋という鉄骨造の橋の左側に出るが、そこで橋を渡らずに、左手に坂を進んでいくと、登り切った所が駐車場になっていて、駐車場の手前に、もう1箇所…
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山田寺跡(奈良県桜井市)、飛鳥資料館 訪問。 蘇我倉山田石川麻呂が造営着手、東回廊は飛鳥資料館に

[第499回]    蘇我倉山田石川麻呂という人を知っていますか。 私が小学生から中学生や高校生の頃(1960年代~1970年代)までは、乙巳の変(いっしのへん)と大化の改新はセットで「蒸し米(645年)ふかして大化の改新」と覚えたものですが、最近は、645年の中大兄(天智)と中臣鎌足(→藤原鎌足)らによる蘇我入鹿暗殺事件が乙巳の変で…
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法興寺〔飛鳥寺〕〔安居院〕参拝 蘇我入鹿首塚 訪問。≪下≫思惟殿、鐘楼、蘇我入鹿首塚、西門跡。

[第498回]     飛鳥寺(安居院)の本堂の左手前に、「思惟殿」があります。↓ ↑ 右手前の木札には「聖観世音菩薩」と書かれています。   鐘楼。↓     飛鳥寺(安居院)の西の門を出ると、蘇我入鹿首塚 が見えます。↓ ↑  蘇我入鹿首塚(高市郡明日香村飛鳥)     乙巳の変で、中大兄(天…
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法興寺〔飛鳥寺〕〔安居院〕(奈良県 明日香村)参拝、蘇我入鹿首塚 訪問。≪上≫本堂、塔跡。

[第497回]    飛鳥寺(あすかでら)〔安居院(あごいん)〕へ行ってきました。↓    何枚か写真を撮らせてもらったのですが、観光案内書であれ、建築史の本であれ、飛鳥時代についての歴史の本であれ、現在の飛鳥寺(安居院)の写真を1枚掲載するとなると、やっぱり、↑のように本堂を南から見たものを選ぶことになりそうです。 …
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宋猷寺(高山市)参拝-東山遊歩道を歩く[9]、「木地師の集団墓地」訪問は中途断念。

[第467回] 高山シリーズ第4回≪11≫ 東山遊歩道(12)  飛騨三十三観音霊場 第6番 真龍山 宗猷寺(そうゆうじ) (臨済宗妙心寺派)    天照寺・法華寺・善応寺と来て、さらに南に行くと、宗猷寺があります。 「東山遊歩道」と言うので、「そのへんにあるお寺」「そのへんにある神社」を結んだ道で、お寺や神社は「そのへんにあるお…
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善応寺(高山市)参拝2 地蔵堂、水子地蔵。及、未婚の人間を苛め、「婚活」「妊活」を妨害する会社列伝

[第466回] 高山シリーズ第4回≪10≫ 東山遊歩道を歩く[8] 東山遊歩道(11) 飛騨三十三観音霊場第5番 宝樹山 善応寺(ぜんのうじ) ↑ 善応寺。 本堂の左手前(北側の西側)にある地蔵堂。 左の木札には「南無地蔵願王菩薩」と書かれている。 ↑ 地蔵堂の屋根の上。    地蔵堂の右手前に「水子…
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