浜松市倉松町一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むか? 「丹波産黒豆使ってます」と他産も使う建築屋。遠方から来る従業員は遅刻しないのに遅刻してくてふんぞり返る浜松営業。「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」、「上級国民」鈴木修氏の横暴ー中田島砂丘【9/9】

[第863回]
  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の本社と浜松工場があった浜松市(南区)倉松町4040 のあたりは、中田島砂丘の陸側の交差点を西に進むとそのあたりに至る。
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 と
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との間の交差点、
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↑ 「中田島砂丘」交差点の所を東西に走っている道を西に進むと、

(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の倉松町の本社があった場所の裏手(南側)あたりに行くのだが、実際にクルマで走ってみたが、その付近に行ったら右折してみようと思っていると、ふと気づくと、通りこして総合水泳場(トビオ)https://www.hgw.co.jp/tobio/ とか西部清掃工場https://www.hgw.co.jp/seisou/ があるあたりに行っていた。

( ↑ マーカーが「トビオ」 と~び~お♪ ああ、トビオが空を飛ぶ~♪ )
「トビオ」て何でトビオて言うのだろう。「トビウオのような男」の意味からだろうか。それとも、「トータル バイオなんとか おのれらええかげんにせえよお」の略か? 千葉市稲毛区犢橋 でも、ゴミ焼却場と隣接して温水プールhttps://www.kotehashi-onsuipool.com/ があるが、浜松市南区の「トビオ」も西部清掃工場の近くなので、もしかして清掃工場で出た熱を利用して温水プールに使っているといったことから「バイオ」か?
  (株)一条工務店跡? を裏手から見て感知するのは難しいようだ。左手(海側)はずっと同じような景色が続く。中田島砂丘から西に倉松町4040あたりまで歩いてみるとけっこういいかもしれないが、今回はその時間はなかった。 なぜ、その時間はなかったかというと、この後、今では浜松市西区になった雄踏町(ゆうとうちょう)宇布見(うぶみ)の中村家住宅を見学に行ったからだ。その為にはそれほど多くの時間を費やすことができなかったのだ。中村家住宅については、
☆ 中村家住宅(浜松市西区雄踏町宇布見)
1.浜松IC・浜松西ICから中村家住宅まで。長屋門。茅葺と瓦葺のミックスの屋根。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_2.html
2.「和小屋組と扠首(さす)組が合わさった小屋組」、「浜松なのにイナカくさくない」、元 梁材を「柱」にするのではなく上り口に使用。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_3.html
3.「押板」・畳敷きの部屋の囲炉裏・女性的な造りの和室。茶室。「浜松に『浜松流』、他の場所にはその場所流」と考えることができない浜松中心主義は困りもの。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_4.html
4.「鏡戸」「板戸」。内側の雨戸、縦桟の格子。「面取り」した柱とそうでない柱。噛み合わせを設けて継いだ木材。細くない「貫」。飲食店なのに不衛生なしつらえの「花の舞」。嫌がらせの配置をされて学ぶ者と去る者。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_5.html
5.胞衣塚・天神社跡地・茶室・屋敷神祠・井戸屋形、満開の桜。中家住宅(大阪府熊取町)・大国家住宅(岡山県和気町)について。3月下旬、中村家住宅の桜はきれい。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_6.html
6.中村家 北西の天神社。https://shinkahousinght.at.webry.info/202104/article_7.html
・・・で公開したので見ていただければと思う。
  ↑ の「中田島砂丘」交差点を少し北に行ったあたりに遠鉄バス「中田島砂丘」バス停があるらしい。 さらに北に進み、中田島橋で馬込川を渡り、さらに北に行くと遠鉄バス「中田島町」バス停があり、さらに北に行くと国道1号(浜松バイパス)との交差点に至るが、そこが「中田島」交差点で、

( ↑ 国道1号(浜松バイパス)「中田島」交差点付近。 マーカーは ケーヨーデーツー 中田島店 https://www.keiyo.co.jp/shoplist/1500/ )
そこから国道1号(浜松バイパス)を西に進むと、倉松町の(株)一条工務店の北側に至る。うちの親戚の者で浜松に行ってインターチェンジを下りて適当に走っていたら(株)一条工務店にたどり着いたと言って、(株)一条工務店を前から見てきたという者がいたのだが、たしかに、東名高速道路「浜松」インターチェンジを下りて南に県道65号・国道1号を直進して道なりに進むと、倉松町の(株)一条工務店の北側に行く。
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↑ これが国道1号(浜松バイパス)「倉松」交差点で、西側を見たもの。左が南で、「倉松」交差点を左折して南に進むと(株)一条工務店跡? に行く。
↑ の写真で奥の左側には今も「一条工務店」と横書きされた、赤・白・緑のハンガリーの旗みたいな三色旗が建っている。イタリアの国旗みたいと言う人もあるが、イタリアの国旗は赤・白・緑が横に並んでおり、赤・白・緑が縦に並ぶのはハンガリーの国旗だ。
 人によってはこれを「創価学会の旗だ」と言う人がいるのだが、創価学会の旗がどんなものなのか私は良く知らないので、そうであるのかないのかわからない。(株)一条工務店の「一族」経営者は創価学会員だという話があるが、私は在籍中、同社の「一族」から特に創価学会の勧誘を受けたとかそういったことはなかった。創業者だという大澄賢二郎が中国の小説『水滸伝』が好きだということで、展示場の「子供部屋」の造りつけ本棚には横山光輝の漫画版『水滸伝』全巻が置いてあったが、横山光輝の漫画版『水滸伝』は創価学会系の出版社である潮(うしお)出版社が発行したものだが、創価学会系の出版社は3つあって、聖教新聞社・第三文明社・潮出版社の3つだが、そのうち、潮出版社の場合は、必ずしも創価学会と直結しない本、たとえば、本多勝一編『ペンの陰謀ー山本七平式ペテンの技術』とか、あるいは太宰治とか日本の文学者の文学作品とかも出版しており、横山光輝版『水滸伝』も、『水滸伝』については毛沢東の若い頃の愛読書だったとか、戦後の中国では「抗議抵抗の文学」と評価されたとか言われ、片方でヤクザさんが入墨に入れる柄に『水滸伝』ものを使うらしく、中国でも片方では『水滸伝』の終わり部分については敗北主義だとかいった否定的見解もされているようだが、ともかく、創価学会とは特別深い関係はない。
ペンの陰謀―あるいはペテンの論理を分析する - 本多勝一
ペンの陰謀―あるいはペテンの論理を分析する - 本多勝一
  又、(株)一条工務店の展示場の子供部屋の造りつけ本棚に、潮(うしお)出版社発行の横山光輝版『水滸伝』全巻が置かれていたが、潮出版社発行の漫画だけが置かれていたわけではなく、他にも小学館だか秋田書店だかが発行の漫画本も置かれていた。『クレヨンしんちゃん』とか『はじめの一歩』とかが置かれていたのを覚えている。
  時間がある時に・・というのか、時間があったからでもないのだが、それらの漫画は実はけっこう読んだのだが、『はじめの一歩』はボクサーを扱った漫画だが、登場人物が「ボクシングでは、どうして1位と別にチャンピオンがいるんだろうなあ」と話す場面があり、そうだよなあ・・と思ったことがあった。野球でもサッカーでも優勝チームというと1位のチームだが、ボクシングの場合は「世界ランキング」「東洋太平洋」「日本」のランキングでは1位のランキングの選手の上にチャンピオンがおり、「なんでだろうなあ」と登場人物が言い、そして、「チャンピオンというのは特別なんだよ」と語る場面があった。それを見て思ったのだ。(株)一条工務店に入社して、最初は自分が所属している展示場で一番売れている人に負けないようにと思って営業の仕事をしたのだけれども、ある時から、私がその展示場での営業成績が一番上になった。そうなると、その展示場で一番売っている人に追いつけ追い越せという気持でやるのとは事情が違うのです。「ペースメーカー」のような相手がいない。「あの人が何棟なのだから、まあ、この数字でも悪くないか」といった考え方はできなくなるのです(かわりに、「高木のおっさん」みたいなもんより少なかったら恥や・・・という思考はできました・・というより、あれより少なかったら目かんで死なんといかん・・と思うようになりましたけれども)。 ですから、全国で見て、同じような契約棟数であったとしても、いっぱい売っている人が何人もいる展示場にいての二番目以降の人と、その展示場でトップの人間とが同じ契約数であったなら、その展示場でトップの数字を残した者というのはそれだけ値打ちがあると考えていいはずだ・・と思ったのです。その展示場で2番と3番の違い、3番と4番の違いという違いよりも、1番と2番の違いというのは大きい。自分以外に「ペースメーカー」がいない状態で営業の仕事をしてきた者というのは、その分だけ値打ちがあると考え、もっと売っている人間がいる展示場の二番目三番目よりもその分だけ評価してもらえて悪くないはずだ・・・と思ったのですが、在籍後半は自分がトップの展示場に勤務してきた、自分が在籍している展示場ではトップを続けてきた私を(株)一条工務店の「一族」経営者は何と粗末にしたことか・・・。私は今でも「『掛川展示場の二番』なんて、それがどうした」と思っている。私より棟数として多くても、こちらはその展示場で一番の成績を残してきたのだ。””「親分」の後をついていくみたいなやつ””が棟数として見て多くても、だからどうした!・・てものだ。こう言うと、(株)一条工務店の「一族」経営者はおもしろくないみたいですが、間違ってないと思いますよ。私は自分が所属していた展示場では『はじめの一歩』の登場人物が言うところの「特別の存在」である「チャンピオン」を実際に務めてきた上で言っているのです。

  (株)一条工務店の公式なものとして創価学会の強制といったものを受けたことはなかったが、「創価学会の営業所」と言われて、その展示場は創価学会員ばっかりだと言われていた営業所(展示場)はあったが、そうであるのかないのかよくわからなかったし、又、創価学会員ばかりであったとしても、たまたま、創価学会員の人がその営業所には多かったということなのか、経営者が創価学会員だからなのかといったことはわからない。
   しかし、2001年、栃木県佐野市の展示場(その頃は佐野市浅沼町にあったが、その後、佐野市でも別の場所に移転したようだ)に他の展示場から来た「高木のおっさん」(男。当時、50代。元自衛隊。元トヨタカローラ)は創価学会員で、本人が言うには「聖教新聞」の配達もやっていたそうで〔そうだとすると、何を(株)一条工務店の勤務時間中に副業やっとんねん・・ということになるが〕、おっさんが学会員でも何でもいいけれども、選挙になると「選挙では公明党に入れなきゃだめだよ。公明党以外に入れちゃだめだよ」と言ってしつこく、その言い方は創価学会員の人に言うのならそれでいいのかもしれないけれども、創価学会に特に敵対しているわけではないけれども創価学会員ではない人間に対しては、あまりいい言い方ではなく、創価学会員ではない者に公明党に投票してもらおうとするのであれば、そうではなく、「公明党はこの問題についてこういう見解をとっています」「公明党はこの問題をこのようにしようとしています」とかそういった政策を説明して、だから、公明党に入れてもらえませんか・・というように話をするべきで、そうではなく、ともかく「公明党に入れなきゃだめだよ。他の所には絶対に入れちゃだめだからね」とそればっかり言って執拗に言って追いかけてくる・・というのでは、うんざりさせられるだけだった。「う〇こ まみれのザリガニ」で「うんざり」だ。 ほんと、もう、「うんざり」・・・( 一一)
  さらに、(株)一条工務店は「通達」として各展示場に1部ずつ連絡事項を送ってくるのだが、「高木のおっさん」はその通達何枚かの真ん中あたりに公明党のチラシをはさんでまわすのだ。あれえ? (株)一条工務店がこんなこと言うのかなあ・・と読んで不思議に思ってよく見ると、その1枚だけ公明党のチラシだった。そういうことをさりげなく平気でする。 「高木さん。通達の真ん中に公明党のチラシをはさんでまわすのはやめていただけませんか」と言ったところ、「何お~。なんだと、てめえ、この野郎!」と言ってつかみかかってきた。創価学会員のそういった行動に苦情を言うとつかみかかられるのだ。「高木のおっさん」は平気でやりますけれども、これ、暴行罪か傷害罪に該当する行為ですからね。そういうことが1回だけあった・・というのではない。何度も何度も私はそういうことを「高木のおっさん」からされてきた。かつ、(株)一条工務店という会社は本来なら「高木のおっさん」にそのような行為はやめるように注意しなければならないはずであるが「保護義務違反の(株)一条工務店」であるから、まったく注意しない。 さらには「こらあ。聖教新聞を購読しろお~お!」と叫んでストーカーとなってはてしなく追いかけてくる。職場でなければ、そんな人とはつき合わないようにすればいいことなのだが、職場なので、そのおっさんがいる所に行かないわけにいかない。まったく、往生しまっせえ、ほんまあ~あ・・・( 一一) 普通、会社は「高木のおっさん」のような人には「そういうことはやめてください」と注意するべきことだが、「保護義務違反の(株)一条工務店」では経営者は何もしなかった。何もしれくれなかった。
  創価学会員のおっさんがいる職場というのは(株)一条工務店だけではないのだけれども、「聖教新聞を購読しろお~お」と叫んでストーカーとなって後を追いかけてこられた・・というのは私の経験では(株)一条工務店においてだけである。
  ジャン=ポール=サルトルはサルトル・ガヴィ・ヴィクトール『(鼎談)反逆は正しい』(人文書院)において、かつて、サルトルは「共産党の同伴者」のように見られた時期があったが、その後、ソビエト連邦ともフランスの共産党とも距離を置くようになったが、サルトルは、共産党の人間と話をすると、サルトルは自分自身が考えたこと・自分自身が思ったことを述べるのに対して、共産党の人間というのは常に「党の見解」を述べる・・という。その「党の見解」というものが、たとえすばらしい見解であったとしても、常に自分自身の考え・意見を述べるのではなく「党の見解」を述べる人間というのは、人間のあり方としていかがなものだろうか・・とサルトルは思ったらしい・・のだが、これはソ連やフランスの共産党だけではなく日本共産党の人にもそういったところがあるのではないか・・と私は感じているのだが、しかし・・だ。「高木のおっさん」を見て思ったのだが、「創価学会のおっさん」というのは「党の見解」もないのだ。ともかく、「公明党に入れなきゃだめだよ」「公明党以外には絶対に入れちゃだめだよ」とそればっかり叫んで追いかけてくるのだ。たとえ「党の見解」ばかり述べるのであっても、ともかく「党の見解」でもある方がよっぽどマシと違うか・・と「高木のおっさん」を見て思った。
  ・・・ほんと、「聖教新聞を購読しろお~お!」と叫んで職場でストーカーとなってはてしなく追いかけてくるおっさん・・・というのは・・、もうイヤ!!!
  片方で(株)一条工務店は、1998年、浜松市北区引佐町奥山の深奥山方広寺で「坐禅研修」と称して「怪しげな自己開発セミナー」を受けさせれ、その内容は坐禅もさせられたが、それ以外にもボーズの勝手な講釈を無理矢理聞かされ、又、「エニアグラム」という怪しげなものを扱う「自己開発セミナー」なるものを強制的に受けさせられ、私が断っているのに、断っても断っても無理矢理、強制的に「半僧坊」にお参りさせられて「お守り」を作らされたが、当然のことながら、これは「信教の自由の侵害」という不法行為であり、会社という所において許されないことである・・のだが、創価学会というと、もともとは日蓮正宗(にちれんしょうしゅう)で静岡県富士宮市の大石寺(たいせきじ)が本山だったが、創価学会と大石寺はいつからか袂を分かち、互いに敵視するようになったらしいのだが、浜松市北区引佐町奥山の深奥山方広寺というええかげんな寺は何宗なのかというと、臨済宗で、かつては臨済宗南禅寺派に属していたが離脱して臨済宗方広寺派の本山になっている寺らしい。・・なんかもう、「なんでもあり」みたいな感じ・・。
  「エニアグラム」とかそういった「心理学」の「セミナー」を受けさせられるのなら参加しなかった。(株)一条工務店の掛川営業所の所長の近藤正夫が私に「坐禅研修も、あんたには絶対に参加してもらうからなあ」などと電話で言うので、「逆らうとうるさそう」と思ったので、それで「坐禅」は健康法としては悪いものではないと思っていたので参加したところ、怪しげな「心理学」の「セミナー」なんてものを始められてしまった。「エニアグラム」とかそういった「心理学」にこる人というのは、その時の講師役で来ていた人も少々そんな感じがあったが、実際問題として「病的」な感じの人が多い。こう言うと怒りだす人もいるが、新興宗教の信者に「あんた、その宗教はよくないよ」なんて言うと怒りだす人が多いのと同じく、「エニアグラム」とかそういった類の「心理学」を信じている人に、「それ、怪しいと思うよ」なんて親切から・老婆心から言うと、たいてい、怒り出すのだ。だから、そういう人とは深く関わりたくないのだが、会社のカネつかって、わざわざ、そんなものに従業員を参加させたがる(株)一条工務店。そんなカネがあるなら、もうちょっと従業員にまともな給料払えば良さそうなものだが、深奥山方広寺のいかさまボーズにはカネやっても「従業員に給料払う」というのはこの世で一番嫌い!・・というのが(株)一条工務店だった。それから、私はもともと、心身医学の研究者になりたいと思っていた人間であり、坐禅についてはある程度学んできた者だが、深奥山方広寺のボーズが私と同等のレベルまで坐禅について理解できているとは思えなかった。
セルフ・コントロールと禅 (NHKブックス 399) - 池見 酉次郎, 弟子丸 泰仙
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「深奥山方広寺」という表現をするのは、単に「方広寺」と記載すると京都の「国家安康」「君臣豊楽」の鐘で知られる方広寺と混同するおそれがあるからで、京都の方広寺と浜松市北区の深奥山方広寺とはまったく別で宗派も別である。
深奥山方広寺については、
☆ 深奥山方広寺(浜松市)と「信教の自由」を侵害する者
1.八百長の通算契約棟数全国1位。遠州地方の営業の我田引水。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_1.html
2.商品を大事に思う心。住宅営業にとっての知識。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_2.html
3.払うべきカネを払わない者。掛川の人口は4万人ではない。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_3.html
4.営業は自分で考えるもの+協力を求めてそれで契約になるのなら。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_4.html
5.うかつに「売れる人」と言うな。営業は大貧民ゲーム。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_5.html
6.山門。 「もうかってる」会社が人をやめさせてよいのか。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_6.html
7.弁天堂。 利益を生み出したのは労働。使用者に媚びる俗物寺。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_7.html
8.椎河龍王。亀背橋。「信教の自由の侵害」を認識できないのは「病」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_8.html
9.三重塔。 堂宇を増やすのが寺の発展なのか。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_9.html
10.鐘楼、本堂。 裏口は嫌い。従業員の労働が化けた羅漢? http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_10.html
11.上天台舎利殿、観音堂。 「親に感謝」は「教育勅語」の思想。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_11.html
12.山堂、勅使門、半僧坊真殿。 本人が希望しないお守りは害がある。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_12.html
13.七尊堂(富士浅間・春日・伊勢・稲荷・八幡・梅宮・北野)と稲荷社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_13.html
14.不良ボーズによる宗教の強制は国民に信仰心を妨げる http://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_14.html 
15.(株)一条工務店の従業員の給料へつった金が、深奥山方広寺門前のじいさんとその孫の小遣いに化けた https://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_15.html
[第732回]『ゴルゴ13』と考える「信教の自由」。「信教の自由」を侵害する深奥山方広寺は宗教失格。「信教の自由」を侵害する営業は三流の営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202001/article_4.html
・・で述べたので見ていただければと思う。実際のところ、深奥山方広寺なんて、あんな臨済宗ないと思うし、そもそも、自ら「信教の自由」を侵害するようなボーズを僧とは言えない。
  「聖教新聞を購読しろお!」と叫んでストーカーとなって追いかけてくるおっさんも、深奥山方広寺と組んで怪しげな「自己啓発セミナー」に参加させようとする掛川営業所所長もまったく困ったもんだ( 一一) (株)一条工務店の従業員の「信教の自由の侵害」をおこなった掛川営業所所長の近藤正夫は、福岡県の方で、メガソーラー工事で住民と対立しているようで、↓ にそれが出ている。
※ 《一条工務店の白旗山メガソーラー乱開発の説明会 日本共産党嘉飯地区委員会》http://jcp-kahan.info/archives/194

  今では倒産してなくなった 富士ハウス という浜松に本社があった会社の旗というのかマークというのかも、(株)一条工務店のものと似ていて、(株)一条工務店は赤・白・緑で真ん中の白の所に「一条工務店」と記載していたのに対して、富士ハウスは赤・白・青の3色で真ん中の白の所に「富士ハウス」と記載したものだった。同じ浜松に本社を持った浜松発祥の在来木造の戸建住宅建築業の会社で、(株)一条工務店の研修では「東京あたりの人は知らないかもしれませんが、浜松に富士ハウスという会社があって、何かと一条工務店の真似ばっかりやってる会社なんです」と講師役の人が説明したのだけれども、富士ハウスが(株)一条工務店を真似たのではなく、(株)一条工務店の方が富士ハウスを真似たくせしてそんなことを言ってるのだ・・という説もあった。どちらなのか、私はそれはわからない。まあ、どちらが真似たにしても、他社がやっていることで、いいものがあるのなら取り入れて悪いということもないだろうけれども・・。

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( ↑ 国道1号(浜松バイパス)を南に曲がった所から「倉松」交差点の方を、南から北を見たもの。)


↑ 航空写真で見てもわかるように、国道1号(浜松バイパス)より海側は、もともと、津波などが来た時のことを考えて、住宅などあまり建たなかった場所であり、そういう場所に浜松バイパスを通して、そういう場所だから土地の値段が安くて、かつ、新しくできた道であって、周囲に混雑するような施設があまりない場所なのでクルマは渋滞することなく走れる国道1号(浜松バイパス)が通って、バス便すらないけれども、平時においてはクルマでは便利のいい場所なので、そこに工場などが何軒か建った・・けれども、もともと、津波などを考えると、あんまり条件がいい場所ではないから、だから、土地が空いていた所であり、だから、浜松の中でも土地の値段が安い所だった・・という所のはずだから、「防潮堤」なんて作ってどれだけ効果があるかはわからないが・・効果があってもなくても、もともと、そういう場所だったはずだ。
・・スイカとか育てるにはいい場所ではないかな・・。
  浜松は東海道新幹線で通ることはあっても、(株)一条工務店に応募する時まで下車することはなかったのだが、私なんかは、都会の生まれ・育ちであっても、もともと、けっこう「いなか」は好きな方の人間で、JR「浜松」駅の売店で、スイカの皮を食べられるようにしたものが売られていて、「へえ、こういうのを浜松では作ってるんだあ」と思い、又、浜松⇒うなぎ・うなぎパイ ・・と発想する人が少なくないが、スイカも浜松の特産なんだ・・と知った。入社する時には、この会社で頑張ってやっていこうという気持になったのは私だけではないはずだ。そうやって、この会社で頑張って、自分の為にも会社の為にも成果を出そうと思って入社した人間を苛めて、だんだんと会社に・・というよりも「一族」経営者に対する信頼を損ねるように仕向ける会社が(株)一条工務店だった。辞めた人に話を聞くと、「働いた場所に対する思い入れはあっても、会社に対しての思い入れなんてちっともない」と言う人が多い。これだけ、この会社の為に努力もすれば、時として犠牲にもなってきたのに、そうやって尽くしてきた者に対して、この仕打ちはいったい何だ・・・という気持になって辞めていった人が何人もいる会社であり、浜松市長の鈴木康友・静岡県知事の川勝平太・・こいつら、そういうことを知ってか知らずか、「ええかっこしい」やるために300億円を浜松市に「寄付」すると言われると大喜び・大絶賛していたが・・、この会社に対して怨念を持っている人間が全国に何人もいる・・ということを、まさか知らんわけではないだろうなあ・・・。

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↑ (株)一条工務店が「たいした会社ではない」はずなのに、女子大生に就活の際の人気投票で上位に入ったということで、「週刊朝日」だったかに(株)一条工務店が掲載された時、「 『サティアン』と呼ばれる」と書かれていた緑の屋根と黄緑の外壁の工場の建物、外観がオウム真理教の事件の時に上九一色村で見られたオウム真理教のサティアンみたいな感じの建物は今も存在するようだ。しかし、「倉松」交差点から南に進んで左側(東側)にあった、白川郷から移築したという合掌造りの建物は見当たらないし、右側(西側)にあった、3階建て実物耐震実験 の建物と力を加えた鉄骨造の骨組みも見当たらない。
  今も、「倉松」交差点のカドには「一条工務店」はあっちと書かれた看板が出ているのだけれども、入っていくと、緑の屋根と黄緑の外壁の建物はあっても、「一条工務店」と書かれたものが見当たらない。

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↑ たしか、この右側の建物は「インテリア館」の建物だったように思ったのだが、表札には全然異なる名称が書かれていた。
左の方の建物が「サティアン」と呼ばれていると「週刊朝日」に書かれていた(株)一条工務店の工場だった? 建物。

  今では、大部分のものは浜松市でも西区大久保町 という内陸部、坂の上みたいな場所に引越した(「津波、怖いよ怖いよ・・と逃げ出した」?)のか、行った日の曜日が日曜日だったということもあるかもしれないが、閑散としていた。
  国道1号(浜松バイパス)から入る「倉松」交差点には今も「一条工務店」と書かれた看板は立っていたのだが、ここは、もう「(株)一条工務店跡」なのか? 誰か、そのへんに人がいたら、きいてみるのだったが・・「すんませ~ん、たしか、ここに一条工務店があったと思ったのですが、天罰あたってつぶれたんでっかあ~あ?」とでもきいてやるとよかったかもしれないが、残念ながら人っ子ひとり見当たらなかった。

  かつては、ここが(株)一条工務店の本社であり、浜松工場だった。「浜松中心主義の(株)一条工務店」の根拠地で、月に1回、工場見学会がここで開催された。
 (株)一条工務店と全国の共同出資会社の営業社員の研修もこの場所でおこなわれた。私が中途入社した1992年、私が入社した頃に中途入社した全国の従業員の研修の際、私の右隣は栃木県の宇都宮市あたりの営業所の人で、その右の2人は福島県郡山市の営業の人だったが、左隣は浜松市の営業の男だった。私は東京から新幹線で浜松まで乗って行ったのだが、私よりまだまだ遠くから来ている人が何人もあった。それに対して、左隣の男、秋元だったか何かそんな名前の男(当時、30代なかば)は、浜松の営業所、天竜川駅の南側の総合住宅展示場に(株)一条工務店が3店舗出展していた展示場の1つに所属していた男は、ひとりだけ、研修場所で宿泊しなくても自宅から通える場所での研修だったのだが、2泊3日の研修が2回あったのだが、この男は2回とも1人だけ遅刻してきた
  又、遅刻してきたなら、黙って着席するのではなく講師役の人間に「すいません。遅れました」という一言くらい言ってから着席するものではないのか・・と思ったが、この男はそういったことは一言も口にすることなく無言で平気で着席した。こういう態度は良くない・・と私は思う。但し、一番近い場所から行く者が一番後から着くということはあることで、それは、遠くから行く人間は遅刻しないように少々余裕を見て行く・・とすると、地方からだと、たとえば、私がこの後に勤務した福島県いわき市の平(たいら)駅⇒ いわき駅・湯本駅から上野行きの特急「スーパーひたち」号は1時間に1本しかないので、余裕をもって早めに行くとすると、1時間以上は早めに行くことになり、結果としてけっこう早めの時刻につくことになりやすい。それに対して、近い場所から行く人間ほど余裕を見る時間は少なくてすむので、結果として比較的近い場所から行く者の方が後から着くということはあることだ。そして、もとからその研修会場である浜松にいる人間というのは、研修にわざわざ普段と異なる場所に行くのではなく、普段と同じ場所に行くということから油断してしまい、その結果、ひとりだけ遅刻してしまう・・という結果になるということはありうることだ。しかし、「ありうること」であっても、近場にいる従業員はそういうことをやってはいけないのです。遠くから行く者は、自分が遅刻しないで行く為には何時に出てどの電車に乗るといいかという思考でいいのですが、近場から行く者はそういう思考ではなく、この研修に参加する人というのはどういう場所から来るか・・ということを考えて、比較的遠い場所から来る人は何時くらいに出て、どういう電車に乗って、研修会場には何時くらいに着くことが予想されるか・・と考え、近場から行く人間は自分が何時に出れば遅刻しないで行けるかという思考ではなく、遠くから来る人よりも前についておくようにする為には何時までにそこに行くようにすべきか・・という思考で考えるべきなのです。ところが、「浜松流」はそうは考えず、遠方から浜松まで研修に参加しにくる人間は遅刻してはいけないけれども、浜松の営業所の人間だけは研修には遅刻して行っていいと考えていたようでした。秋元だったかいう男はそういう思考をしなかった。だから、遅刻してきた。なおかつ、一回、そうやって、遠くから来ている人間が誰も遅刻しないで来ているのに自分ひとりだけ遅刻して後から入室した・・ということがあったなら、何とも恥ずかしいこと・遠くから来ている人に対して何とも失礼なことをやってしまったと反省して、次回は絶対にそうならないようにしよう・・と考えるべきもののはずですが、2泊3日の研修が2回あったのに、1回目だけではなく2回目の時にも、ま~た、やりやがった・・のでした。そして、他地域から来た人間に何と言ったと思いますか? 「営業のやり方を教えてやる」・・と、そう言いよったのです。アホが。
  普通、講師役をやっている従業員は、遠方から相当早い時刻に出て浜松まで来ている従業員が何人もいるのに、浜松の営業所に勤務している男が1人だけ遅刻してきて、平気で無言で入室して着席する・・ということをしたならば、「秋元さん。地元の人が一人だけ遅刻してきてはいけませんね」と言い、又、「秋元さん。遅刻してきた人は黙って着席するのではなく、『すいません』の一言くらいあっていいのと違いますか」というくらい言うべきではないのか・・・と思ったのですが、何ひとつ言わなかった。それだけではなく、「秋元さん、秋元さん」とへこへこへこへこして、かえって講師役の従業員の方がその浜松流遅刻男に媚を売り機嫌を取っているような状態だった。なんだ、こりぁ・・て感じやったが、もしかして、いわゆるひとつの「縁故入社」とかいうものやったんか? そうではなく「浜松は常に正しい」という(株)一条工務店における「不変の真理」を講師役の従業員も実行していたのか、「浜松の営業所の者には逆らえん」というこの会社における真理をわきまえていたということか・・。なんか、(株)一条工務店の浜松の営業所のやつて・・「巨人みたいや」( 一一)
※ 《YouTuve-くたばれ読売で盛り上がった東京音頭》https://www.youtube.com/watch?v=_lGaI9y6XVA
  さらに・・・、この男、ふてえ野郎だなあ・・と思ったのは、遠方から来ている人間が誰ひとりとして遅刻せずに早めに来ているのに、地元の浜松の人間ひとりだけが遅刻してきたその男が、東京営業所から参加していたその男の右隣だった私に「東京営業所では工場見学会に参加するのに新幹線を使ってますが、なんで、そんなことするんですか。新幹線使って工場見学会に参加して、契約はあがってるんですか」などと文句言ってきたのだ。まったくつくづく、ふてえ野郎だなあ( 一一)
・・まず、普通、遅刻してきた人間というのは、せめて、その日くらいはおとなしくするものだ・・と思いませんか? 「浜松流」はそうではないらしいのだが、なんとも「浜松流」というのはクソどあつかましい連中である。日頃から「遠州人だけが得することなら、どんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」をフルに発揮している連中だけのことはある。
※ 「やらまいか」というのは遠州弁で「やってみよう」という意味らしい。今回もまた、全国から得た「利益」から浜松市にだけ「恩返しをしたい」などと大澄賢二郎が言いだして、浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友が大喜び、静岡県知事の川勝平太が大絶賛して300億円を受け取りよった。まさに「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」の発揮だった。
  できるだけ穏便に、「こころは丸く、腹立てず、口慎めば、命長かれ・・」と誰やらが言うておったが、会社という所においては、「しょーもないやつ」というのはいっぱいおるわけで、そう思って私は「しょーもないやつ」が何を言っても我慢して反論しないで聞いていたのだったが、今から考えてみると、何も我慢してやる必要はなかった。ああいうけしからん浜松野郎はとことんやっつけてやるべきだった。
  だいたいやねえ・・・。 遅刻してきた者というのは、特に、遠方から研修に参加している人間は誰ひとりとして遅刻してきていないにもかかわらず、地元の浜松の人間ひとりだけが、2回あった研修に2回とも遅刻してきたのですから、普通は遅刻してきた男というのは「恥ずかしそうに」「申し訳なさそうに」するものではないかと思うのだが、それは私が考えることであって、「浜松流」はそうは考えないようだったが、「浜松流はここには合わない」。(株)一条工務店の「一族」経営者は「浜松流」を全国に押しつけたいようだったが、秋元だったか、こういう男の態度というのは浜松の人間は喜ぶのかもしれないけれども、浜松以外の場所ではそういうのは喜ばれないと思う。「浜松流はここには合わない」。
  あきれた浜松野郎は、その場でとっちめてやるべきだった。しまった。
  (株)一条工務店では、浜松・掛川では東京都で坪55万円で売らされていたものを坪48万円でダンピング販売していたのです。東京圏ではテレビ広告なんてまったくしないで、東京圏では「一条工務店なんて、そんな会社、だ~れも知らないわ! 知ってる人なんて誰もないでしょ」と言われる会社で、東京圏の営業はそういう無名な会社の無名の商品、それも「セゾン」なんて「西武のパチモンみたいな名前」をつけられた商品を売らされていたのです。それに対して、静岡県中西部・愛知県ではテレビ広告をドカンと一発♪ やりまくって売っていたのです。〔「ドカンと一発」⇒《YouTuve-東海大菅生 どか~ん【高音質】》https://www.youtube.com/watch?v=3xOzagJeMeQ 〕
  あの浜松野郎、その場でとっちめてやるべきだった。なんで、我慢してしまったのだろう。ああやって我慢するから私はなめられてしまうのだ。会社というものなら、そういうおかしな浜松野郎には会社として注意するものだと思ったし、当然、注意するはずだと思い込んだのだが、ところがどっこい、(株)一条工務店の「一族」経営者というのはそういう浜松野郎の手下だったのだ。
  とりあえず、言ってやるべきだった。「おまえら浜松・掛川の営業は、なにゆえ、東京都で坪55万円で売らされているものを坪48万円でウルトラのダンピング販売やってるんだ。ええかげんにせんか、コラ! なんとか言うてみろ、コラ!」と。
「おまえら、浜松・掛川・名古屋の営業は、なにゆえ、東京圏の営業がテレビ広告なしで営業やっているのに、ドカンと一発テレビ広告やりまくって、さらにはテレビ番組のスポンサーまでやって営業させてもらっているんだ。どうしてだ? 答えろ、コラあ!!! ただではすまんぞ、コラア!」
「おまえら、浜松・掛川・名古屋の営業は、東京の(株)一条工務店は坪55万円で束石はピンコロという小さい束石で施工しているのに、なんで、マンホールの蓋みたいなでっかい束石で施工してるんだ? なんで、おまえら浜松の営業はピンコロから『マンホールの蓋』の差額を客から取らないのだ? どうしてなんだ!?! なんで、勝手に『マンホールの蓋みたいなでっかい束石』をサービスしてるんだ?!? さっさと答えんか、こら、この浜松流遅刻野郎!!!」
「おまえら、浜松の営業は、天竜川南総合住宅展示場に3つ出している展示場はどれも新しいきれいな展示場で、しかも、1つあたり、カネかけた展示場になっている。それに対して東京都江東区潮見の展示場は、浜松の展示場よりも古いし、外壁は黒い筋がついていて客から『普通、展示場というのはきれいなものを見せるものと違うのですか。なんで、ここの展示場はあんなに汚れているんですか』なんて言われる展示場だが、なんで、浜松の営業はきれいな新しいカネかけた展示場を作ってもらって、東京展示場は普通の家でもあんなに汚れてないぞというような黒い筋が外壁についているし、浜松の展示場と違ってカネかけてない展示場だし、同じ会社なのに、なんで、おまえら浜松の営業はカネかけた展示場を作ってもらえて、東京の展示場はカネかけない『これが展示場なんですかあ』と言われる展示場なんだ。なんで、おまえら浜松流はカネかけた展示場を作ってもらえるんだ。それだけ、カネかけてもらっているのなら、1棟あたりの評価も東京の営業の1棟あたりの評価の半分以下というより4分の1以下でもいいはずだが、なんで、同じだけの評価をしてもらっているんだ、コラ! 答えんかい、こら、われえ! この浜松流遅刻野郎!」
「東京の営業は、『一条工務店』なんて言っても、『知らないわ、そんな会社』『一条工務店なんて、一度も聞いたことない』と言われるのに対して、浜松では駅前でタクシーの運転手に『一条工務店』と一言、言うだけでな~んにも説明しなくても倉松町の本社まで連れてきてくれるし、『一条さんはずいぶんと大きくなりましたねえ』と言われ、『一条工務店』という名前を出すだけで『私は今、〇歳で、年収は◇◇万円なんだけれども、こういう人間でも家は建てられるもんでしょうか。ちょっと教えてもらえませんか』なんて相談される。なんで、おまえら浜松営業はそんなけっこうな場所で営業させてもろうとるんじゃ、コラあ! なんで、そんなけっこうな場所で営業させてもろうとる男が研修に遅刻してくるんじゃ、コラア! 九州やら東北やらから早朝に出て来ている者に失礼だと思わんのか、この浜松野郎! 太平洋に突き落としたろか、コラア! 太平洋に突き落とされるのがええか浜名湖に突き落とされるのがええか、どっちか選べ、この野郎!」
「東京展示場に来場した来場客からは『ほおお~お、浜松の人というのはこんな家に住んどるんですかあ』と、なんだか、登呂遺跡でも見学に来た人みたいに言われる東京の住人には合わない『浜松の家』の間取りの展示場を東京展示場に浜松の人間は作りやがって、なんで、浜松には浜松に合わない間取りの展示場ではなく浜松向けの間取りの展示場を作ってもろうとるんじゃ、コラ、われ、ええかげんにせんか、コラあ! 答えんかい、コラあ! 中田島砂丘の砂に、おまえ、埋めたろか、コラ、われえ!」
「一条工務店は東京で契約した人の図面作成は名古屋にいる新人の設計が担当してファックスでやりとりさせられとるのに対して、なんで、浜松では浜松に設計担当がおるんじゃ、コラ! なんで、浜松や名古屋の営業は地元に設計担当者がおるんじゃ、コラア! なんで、名古屋南営業所では経験のある設計担当者には名古屋の営業の担当客の仕事をさせて東京の営業の担当客は新卒入社1年目の設計にさせるんじゃ、コラあ! われ、ええかげんにせんと、ドタマかち割られんど、こらあ!  こら、名古屋南営業所、なんで、おまえら、経験のある設計担当者には自分ら名古屋の営業の担当客を担当させて、新卒入社1年目の何もわかってないやつに東京営業所の営業が担当の客を担当させるんじゃ。名古屋南営業所の営業所長というのは、そういう汚い真似せんと契約できん人間なんじゃろ。違うんかい、コラ、われ! ええかげんにせんかい、コラア!」
「おまえら、浜松の営業は、耐火性能実験やたら、実物大耐震実験やたら、そういったパフォーマンスをすべて、浜松でやりよるけど、なんで、何でもかんでも浜松でやるんじゃ、こらあ。それだけ、浜松にカネかけたからには浜松の営業の営業成績はそうでない地域の営業1棟に対して浜松の営業の契約1棟は半分未満は当然のこと、4分の1未満でも評価が高すぎるやろうが。こら、何とかいわんか、こら。ただですむ思うとるんか、こら、この浜松野郎、なに、遅刻してきとるんじゃ、こら、われえ!」
「おまえら遠州人は、何を全国の費用使って遠州向け・浜松向けのカタログやらビデオやらレーザーディスクやら作っとるんじゃ、こらあ! 『浜松というと地震ですね』て、浜松の営業だけが使うレーザーディスクならともかく、全国の営業がバスでの見学会の際に使用するように作ったもので、なんで、ナレーターが『浜松というと』だの『静岡県というと』だのと言いまくるんじゃ、こらあ! どうしてくれるんじゃ、このくそがき、答えんかい、コラ、われえ!」
そして、
「なんで、『見せるための工場』が浜松にあるんじゃ、コラ! 東京から新幹線で浜松駅まで客を連れて行って、浜松駅からタクシーで相乗りして倉松町まで連れて行くのがどれだけ大変かわかとんのか、こら、われ、遅刻野郎! うんとかすんとか言わんか、こら!
 『地震が来るぞお、浜松に地震が来るぞお~。今にも浜松に大地震がくるぞお』と何度も何度も叫びまくりやがってからに、ちっとも浜松には地震は来ないじゃねえかよお! 釧路とか八戸とか奥尻島とか阪神淡路とか中越とか東北とか熊本とかに大地震があって、ちっとも浜松に地震ないやないか。狼少年か、こらあ! おまえら遠州人はそうやって地震対策の予算を静岡県にぶんどったんじゃろうが。静岡県に地震対策の予算をそうやってぶんどったおかげで東北地方の地震被害が大きくなったんじゃろうが、コラ! この卑怯者! 宇都宮が考えついた『餃子の街』という町おこしの案を後から横取りすんな、この卑怯者浜松! おまえ、どうせ、巨人ファンじゃろ。巨人ほど卑怯なものは世の中にないんじゃ、コラ、このこんちくしょう! 読売のスポーツ欄見るとむかつくんじゃ、コラ!」
・・・と、他にもまだまだあるけれども、ちょっとは言ってやるべきだった。そういうところで私は言わずに我慢するから、だから、浜松野郎になめられてしまうのだったと後悔している。
何よりも、「なんで、東京の営業は工場見学に新幹線なんて使ってるんですか。なんで、そんな勝手なことするんですか。どうしてですか」と単に、口に出して言うだけではなく、私に返答させようと執拗に食いついてきたのだったが、私は、この男、変だな・・と思って、変な男に真面目に相手にしてもしかたがないし、自分ひとりだけ地元の人間なのに、一番近い所にいる人間ひとりだけが遅刻してきて「すいません」の一言すらも口にしない「浜松流」は無視した方がいいと思って、相当気分を害したにもかかわらず、我慢して黙っていたのだが、黙っているべきではなかった。むしろ、そんなところで我慢するから「浜松流」になめられてしまうのだった。そんなところで我慢するから、だから、「浜松流」は東京の営業が坪55万円で売らされているものを浜松・掛川では坪48万円、名古屋では坪49万5千円でウルトラのダンピング販売をするし、静岡県中西部・愛知県のみテレビ広告をドカンと一発♪ やりまくるし、静岡放送のテレビ番組のスポンサーもやるし、全国向けに作っているはずのカタログに「浜松では」「浜松では」と書きまくるし、カタログも浜松の人間にとっては「ちょうどいい」ものでも東京や関西の住人が見ると「いなかくさい」「じじむさい」ものを作るし、ああいうやつは太平洋か浜名湖か佐鳴湖かに突き落としてやるか、中田島砂丘に埋めてやるかなんかしてやらんと、いくらでも無制限に増長する。
  特に東京営業所長の天野隆夫は「浜松・掛川・名古屋のまわしもの」であって、いわば、敵方の間者を城に入れているようなものだったから、「所長から苦情を言ってもらう」というのは期待できないから、こういう浜松野郎を各個撃破するしか手はなかったのだ。
  戦国歴史研究会著『戦国武将伝 真田幸村』(2008.6.28. PHP研究所)によると、大阪冬の陣が始まるまえ、真田信繁(幸村)は、その時点では大阪限定では豊臣が圧倒的に支配していたその状況を利用して、まず、徳川方の伏見城を落し、豊臣方が徳川方の伏見城を落としたという情報を全国に広めることで、豊臣方につくのをためらっている豊臣恩顧の大名に豊臣方につこうという気持にならせ、徳川方につこうとしている外様大名にも「豊臣が勝つのではないか」と思わせることで徳川方につくのをためらわせるようにして、東から攻めてくる徳川軍は宇治川のあたりまで来た時には疲れているであろうから、そこで一気に倒すという作戦を提案するが、それに対して、「兵法学者」だという小幡景憲(おばた かげのり)が過去に宇治・瀬田での戦いに勝ち戦さはないと主張して大阪城に籠城するよう主張して、その結果、豊臣方は大阪城に籠城してじり貧になったのだが、普通に考えて、いかに堅固な城があっても、城にたてこもるの効果があるのは、城にたてこもることで、自軍よりも量的に強大な相手に対して耐えて持ちこたえている間に、自軍の見方が他からやってきて助けてくれるという場合に役立つことであって、大坂の陣の豊臣方というのは、大阪城にいる軍で全部であって、城に籠って持ちこたえていても誰も助けになんて来ないのだから、城に籠ったらだめで、全国的には徳川有利であっても大阪限定では圧倒的に豊臣が支配していた初期の状況を利用して徳川方の伏見城を落として「豊臣が勝った」という情報を全国に飛ばすことで、徳川が勝つであろうと考えたことから徳川につこうとしている大名に「豊臣が勝つのでは」と思わせることで、徳川につこうとしている大名に徳川につくことをためらわせ、豊臣につくことをためらっている大名に豊臣につく気持にならせるようにしむけることが大事であったはずであるのに、「兵法学者」という小幡景憲は何を無茶苦茶な提言をしたのか・・というと、実は小幡景憲は「徳川のまわしもの」「徳川に内通していた男」だったから豊臣が有利にならないよう・豊臣が不利になるような提言をしたのだ・・という説があるらしい。他にも、これはインターネット上に出ていた話だが、織田信長の次男の織田信雄(のぶかつ)は、いとこにあたる淀殿を頼って大阪城で世話になっていたが、大坂の陣が近づいてくると、実はこっそりと徳川方に豊臣の情報を送っていたと言われ、淀殿からは織田信長の息子という立場で豊臣の総大将を務めてもらいたいと頼まれると大急ぎで大阪城を抜け出して徳川方に逃げていったとか、織田信雄からすると、もともと、織田信雄は小牧長久手の戦いの頃は、織田信雄は徳川家康と組んで羽柴秀吉と戦っていたわけだし、もともとは織田の家臣だった豊臣の為に戦う筋合いはないのだろうけれども、大阪方には「相手方のまわしもの」がけっこういたらしい。まあ、豊臣と徳川の戦いにおいては「勝つ側につきたい」と思っていただけの人間というのが多かったはずなので、「両側に対するスパイ」みたいな者がいても不思議はなかっただろう。
  1990年代初め、東京営業所長を兼任でなっていた天野隆夫は東京営業所長だといいながら、実は「浜松・掛川・名古屋のまわしもの」で、””大坂の陣の際の小幡景憲(おばたかげのり)か織田信雄(おだのぶかつ)みたいなやつ”” であった。淀殿は織田信雄をイトコだとして頼りにしたかもしれないが、信長の息子である織田信雄はもともとは織田の家臣で織田家を乗っ取ったような豊臣の為に戦う筋合いはないという立場だから「裏切った」と考えるべきではないかもしれないとして、小幡景憲(おばた かげのり)豊臣を負けさせるために大阪城にいた””小幡景憲(おばた かげのり)みたいなやつ””というのが(株)一条工務店の東京営業所長になっていた。 「普段は浜松にいる東京営業所長」で「20代の頃に社長の義理の弟としての特別扱いの営業を浜松でちょろっとやっただけの男」であり、東京の営業の利害を代弁するのではなく浜松・掛川・名古屋の営業が得するように動く「浜松営業所長みたいな東京営業所長」だった。そういう状況においては、浜松流遅刻男が勝手なことを言ってきた際には、我慢したりしないで、むしろ、そういうやつはとことんとっちめてやるべきだった。・・まあ、場所が浜松という「アウェイ」の場所だったということはあったが、そうであるからといって我慢なんかしていたのでは「浜松流」はとことんズに乗ってしまう。
  この研修に参加する際、私は東京から浜松まで行ったのだが相当早い時刻に出発して行き、けっこうきつかったのだが、行ってみると私よりもっと遠い所から来ている人が何人もあった。遠方から来ている人間で遅刻してきた者なんて一人もいないのに、地元の浜松の従業員である秋元ひとりだけが遅刻してきて、それでふてぶてしくも、そういったあつかましい・ふてぶてしい口をきくというのは、それは遠州地方では普通のことなのか、浜松では常識だと考えるのか・・どうかわからないが、非浜松・非遠州地方では、そういう行為は営業としておかしい・・と普通は考えるものだ・・と思うが(株)一条工務店においては「浜松は天下無敵」「浜松通れば道理引っ込む」であり「一条工務店では浜松と喧嘩しても勝てない」みたいな会社であるから、「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び」と考えがちだが、「耐えがたきを耐え」たからといって「忍び難きを忍び」したからといって、だから、それに報いてくれるという会社ではないので、非常識な浜松野郎は各個撃破してとっちめてやるべきだった。失敗した。

  最近では印象も変わってきたようですが、1990年代初めにおいては、(株)一条工務店は「工場見学会」というのを契約に結びつける販促ツールとしていたのだが、実際のところ、東京から浜松の工場まで見込客を連れて行くというのは大変で、又、「工場見学会に行きませんか」と誘うと「どこに工場はあるのですか?」ときかれ、「浜松です」と答えると「浜松町なんて、あんな所に工場があるんですか」と言われたもので、「浜松町ではなく、静岡県の浜松市です」と言うと「ええ、静岡県の浜松~う」と言われ、そこでまた「浜松の工務店」という印象を与えてしまい、「何も東京の人間が東京で家を建てるのに、物好きに浜松のえたいのしれない工務店に頼むことないわなあ」という気持になられてしまう・・という経験を何度もしていた。 実際には、住宅建築業と関係のない全国企業でも、かつては東京圏・関西圏に工場を持っていた会社が「地方」に工場を移転している所はあって、特に、静岡県というのは日本の真ん中あたり、浜松は東京と大阪の真ん中あたりにあって(それゆえ、「股座膏薬(またぐらこうやく)」と言われ「あっちについたり、こっちについたり」する蝙蝠(こうもり)と言われてきたのだが)、出荷する際のことを考えると便利な場所であり、浜松・掛川あたりに工場を持っている会社というのはあるのですが、「何かと浜松」というイメージの工務店にうんざりすることが多い東京圏の見込客に対して、またもや、「工場は浜松」と言うと、「はぁまぁまつ ですかあ~あ」と言われ〔これ、私が言ったのではなく言われたのだからね〕、そこでまたマイナスのイメージを持たれてしまうということがあった。
  (株)一条工務店のプレカット工場というのは、自社で使用する木材を加工して供給する、自社で使用する住宅設備を搬入して、それぞれの工事現場に送る住宅設備の管理センターとしての役割であるとともに、工場見学会をおこなって契約に結びつける販促ツールであり、浜松および静岡県中西部・愛知県の営業にとっては相当役立っていたようでしたが、東京圏の営業にとっては「浜松向けの工場」というイメージ・「静岡県・愛知県会社」というイメージが強すぎてプラスの面とマイナスの面の両方があったのです。全国企業としてのイメージがある会社が静岡県に工場を持っていても、だからといって静岡県ローカルという印象を持たれることはないのに対して、(株)一条工務店が「浜松に工場がある」となると「はまぁまぁつぅ~う( 一一)」・・となるその違いは何か・・。〔「はまぁまぁつぅ~う( 一一)」というのは、私は実際、見込客からそう言われたのだ。〕常に「浜松こそ宇宙の中心」みたいな姿勢というのは、東京圏の住人にとっては「住宅建築業の会社はいっぱいあるのに、何もよりによって『浜松の工務店』なんて相手にしなくてもいいのじゃないの」という印象をより強く与えることになる。かつ、この会社の常に「浜松こそ宇宙の中心」という態度を取りまくり、その印象を周囲に与えまくっている人間には自分がそういう態度を取っているという自覚がない、「病識がない」
  やっぱり、浜松および掛川など浜松に近い地域の営業は、東京営業所など遠方の営業に対して、自分たちは「販促ツールとしての工場」を自分たちの地域に作っているという点をきっちりと自覚する必要があるし、そうやって自分たちが有利な条件にしているのだから、せめて、研修の時くらい、遠方から来る人間が相当早い時刻に出てきつい思いをしてきているのに、地元の従業員だけが遅刻してくる、遅刻してきて平気な顔をしているというそういう態度は改めた方がいい・・と思うのだが、遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕は決してその態度を改めない。「遠州人だけ他の地域の人間よりも得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」を断固として実行する。
  1992年の時点で(株)一条工務店の浜松工場は閉鎖するべきだった。浜松工場は閉鎖して、かわりに千葉県の佐倉か成田か八街かそのあたりにでも作り、浜松・掛川・名古屋の営業は「工場見学会」には浜松・掛川・名古屋からバスで成田か佐倉か八街かそこらにはるばる行くようにするべきだった。 なにしろ、浜松営業所の秋元くんが言っていたように、浜松の営業は「東京の営業が新幹線で浜松工場まで工場見学会に連れていくのは新幹線代がもったいない」と文句言っていたのだから、浜松・掛川・名古屋の営業こそ、成田か佐倉か八街か、もしくは茨城県の鹿島とかつくばとかそのあたりの工場までバスではるばる往復するようにするべきだった。浜松の営業が「東京の人間も浜松までバスで行くようにすべきですよ。なんで、東京の営業は新幹線なんて使わせてもらってるんですか」などと言うのだから、自分たちがそうするべきだったはずだ。
  
それから、「東京の人間」は浜松・掛川の人間が坪48万円で売っていたものを坪55万円で売らされていたのだから、仮に40坪の家の契約なら、7万円/坪×40坪=280万円 の差が出てくるわけだから、もしも、工場見学会に浜松まで往復した人、2軒に1軒、契約してもらえるなら、新幹線代に140万円使っていい、3件に1件なら93万円使っていい。4件に1件でも70万円使っていいということになる。実際には、当然、そこまで使っていないし、逆に、浜松・掛川の営業は東京都で坪55万円で売らされているものを坪48万円、名古屋の営業は坪49万5千円と大幅なダンピング販売を勝手にやっていたのであり、東京都ではピンコロという小さい束石で施工していたのに浜松・掛川・名古屋では「マンホールの蓋みたいなでっかい束石」での施工を勝手にサービスしていたのであり、静岡県中西部・愛知県のみテレビ広告をドカンと一発♪ やりまくり、静岡県中西部・愛知県のみテレビ番組のスポンサーもやっていたのであり、それらの費用を浜松・掛川・名古屋の人間はなぜ会社にかけされることができるのか。それらの費用を秋元くんは東京の従業員に対して弁償したらどうなんだ!?! その前に、何よりも、遠方の営業所の従業員が相当早い時刻に出て相当きつい思いをして浜松まで研修を受けてに来ているのに、地元の浜松の人間ひとりだけが遅刻してくるな!!! とりあえず、おのれ一人だけ遅刻してきたことを遠方から参加した者に「すいませんでした」の一言くらい言ったらどうなんだ!!! また、(株)一条工務店の研修の講師役の従業員は、その一人だけ遅刻してきた男にへこへこへこへこすんな、あほんだら!!! ・・と思うが、そういうのが(株)一条工務店であり、そういうのが遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕だったのだ。
  又、浜松の展示場はどれも新しく費用をかけたきれいな展示場なのに東京展示場は古い汚い外壁が汚れてもきれいにしてもらえない、床鳴りがしまくっているのに直してもらえない、浜松の展示場は床鳴りがしなくて東京展示場は床鳴りがするというのはこれは不公平なので、やっぱり、会社は従業員には公平でないといけないはずですから、それから考えると、東京展示場の床鳴りを「他よりも古い展示所だというのはしかたがないとしても、せめて、床鳴りを直してもらうことはできないのですか」と言っても直してもらえなかっただから、公平性を確保するために、浜松・掛川・名古屋の展示場も床鳴りがするように作り変えるべきだったのではないか。 とりあえず、研修に遅刻してきた浜松男に「なんで、浜松の営業は床鳴りがしない展示場に勤務させてもらってるんですか。浜松の展示場も床鳴りするようにしたらどうですか。東京展示場の営業は床鳴りがしまくる展示場で営業してるんですよ。なんで、浜松の展示場の営業は床鳴りのしない展示場で営業させてもらえるんですか。あつかましいと思いませんか」と言ってやるべきだった。その前に、浜松のやつが遅刻していくのなら、私および遠方から研修に行った者は遅刻しない様にと早朝に出て行かなくてもよかったのではないのか。浜松のやつが遅刻してきて、しかも、講師役の人間がそいつにへこへこ機嫌をとるのなら、早朝にきつい思いをして出ていかなくても、もっと、ゆっくりと行けばよかった。
  「なんで、東京の営業は工場見学会に新幹線なんて使ってるんですか。あつかましいと思いませんか」などと遅刻してきた「浜松流」に言われたのだが・・・、そんなに新幹線を使いたいなら、浜松の営業も新幹線使って浜松工場まで行けばいいじゃん。工場見学会に行くのに、地元に「見せるための工場」があって、工場が地元にあるということから「地元の会社」とアピールできるというメリットが浜松にはあって、それが相当大きかったはずだが、それよりも「新幹線に乗れる♪」いうのが楽しいと思うのなら浜松の営業も新幹線使えばいいじゃん。なんなら、浜松工場の敷地内に遊園地か大型ショッピングセンターにあるような「跨って乗る子供用””新幹線””」でも作って浜松営業所の営業に〔お客さんの子供にではなく浜松の営業に〕乗せてやるようにしてもいいし。浜松の営業も工場見学会に新幹線使って東京まで行って、新宿から「あずさ2号」でも乗って塩尻まで行って、飯田線で南下してきて、また、豊橋から新幹線使って浜松まで戻って浜松駅からタクシーに乗って浜松工場まで行けばいい。そんなに新幹線に乗りたいのなら。そうでなくても、今、東京駅から浜松駅まで「ひかり」で1時間28分、「こだま」で1時間50分、1992年頃はもう少しかかっただろうけれども、浜松から新富士まで「こだま」で45分、三島まで59分なので、浜松から新富士か三島まで行って戻ってくると、東京から浜松までと同じくらいの時間、新幹線に乗ることになるから、浜松の営業も、浜松の営業も、浜松駅にお客さんに集まってもらって三島あたりまで行って、また新幹線で浜松駅まで戻ってきて、浜松駅から浜松工場までバスなりタクシーなりで行くようにすれば良かったのだ。そうすれば浜松の営業も新幹線を使うことができたのだ。そうすればよかったのだ。但し、浜松の営業は東京よりも坪7万円安く売っていたが、費用もかかることだから、浜松・掛川の営業も坪48万円ではなく坪55万円で、名古屋の営業も坪49万5千円ではなく坪55万円で売ってもらわないと困る。
  私は東京都で坪55万円のものを浜松・掛川の営業は坪48万円、名古屋の営業は坪49万5千円でダンピング販売しているというのは、かつ、それでいて営業の評価は1棟あたりの評価は同じというのはおかしいし、他にもおかしいものだらけと思ったが入社1年目からあまり言わない方がいいと思って我慢していたのだが、浜松の入社1年目の人間が遅刻してきてそういう口をきくのなら、何も遠慮することはなかった。私は遠慮しすぎで我慢しすぎだった。むしろ、はっきりと言ってやるべきだった。「東京都で坪55万円で売らされているものを浜松・掛川の営業は坪48万円でダンピング販売しているのはあつかましいのと違いますか。あつかましいとおもいませんか。どうして、東京都で坪55万円で売っているものを浜松の人間は坪48万円で売ってるんですか。どうして、そんなあつかましいことするんですか」と言ってやるべきだった。「東京圏ではテレビ広告なんてまったくやっていなくて『一条工務店なんてだ~れも、ぜ~んぜん、そんな会社なんて知らないわあ』なんて言われまくっているのに、なんで、浜松の人間は静岡県・愛知県だけテレビ広告やらテレビ番組のスポンサーやらやるんですか。あつかましいと思いませんか。どうなんですか。答えたらどうですか」つめよってやるべきだった。私は遠慮しすぎた。失敗した。なによりも、「東京から浜松まで来ている人間や、東北地方から浜松まで来ている人間や、九州から浜松まで来ている人間やらが遅刻しないで来ているのに、なんで浜松の従業員がひとりだけ遅刻してくるんですか。あつかましいと思いませんか。どうなんですか。答えたらどうですか。どうして浜松の人間は浜松での研修に自分ひとりだけ遅刻してくるんですか。あつかましいでしょう。そう思わないんですか」とつめよってやるべきだった。私は(株)一条工務店で遠慮と我慢ばっかりしてしまって失敗した。「遠州人一般」は誰もがその時の浜松営業みたいな人間ということではないのかもしれないが、「(株)一条工務店の遠州人」というのは ↑ の研修に自分だけ二度とも遅刻してきた秋元だったかみたいな人間が大変多いというのは事実だ。

  その中途入社の新入社員研修の時だが、講師役で来ていた静岡県地域での課長だった石橋さんだったと思うのだが、(株)一条工務店は梁桁材として使用しているダグラスファー(米松)を、一般の建設会社・工務店は日本の商社から買っているところを、日本の商社を通じても買っているけれども、アメリカ合衆国のオレゴン州ポートランドに(株)一条U.S.A.という会社を作って現地で買って、現地の工場(おそらく、エビソンランバー社の工場)で加工して、角材になった状態で日本に運んできて利用している。ダグラスファー(米松)は、カスケード・セミカスケード・コースト・ツーボードとランクづけされていて、現地で購入すると、カスケード・セミカスケードというランクのものを買えるが、日本の商社から買うとセミカスケードかコーストになる。(株)一条工務店がアメリカ合衆国オレゴン州で購入して日本に運んでいるダグラスファー(米松)はたいていの同業他社が使用しているダグラスファー(米松)の梁桁材よりも目が詰まったいいダグラスファー(米松)なのだ・・と教えてくれた。但し、(株)一条工務店が建てている家では、すべての家でアメリカ合衆国オレゴン州で買って現地で角材に加工して日本に運んだものということではなく、商社からも買っていて、(株)一条工務店で契約して建てていただく際に、どちらのダグラスファー(米松)が使われることになるのかは、それは「混ぜて使っている」のでどちらのものが使われることになるかはわからないし、どちらのものを使うという約束はできない・・ということだった。そして、浜松工場に置かれているダグラスファー(米松)の梁桁材を実際に見て「これは、現地で買ったものですね」「これは、日本で商社を通じて買ったものですね」と説明してくれたのだが、それを見て、ひと目見てわかるとはたいしたものだなあ・・とその時は感心したのだが、そこまでのものでもない。そのうち、私もわかるようになった。片方だけが置かれていたのではどちらか判別するのは難しいが、両方が同じ敷地に置かれていたならば、年輪の詰まり具合が全然違うので、どちらであるかは一目瞭然であり、見分けるのはそんなに難しいことではない。
〔アメリカ合衆国からカナダ・アラスカにかけてロッキー山脈という大きな有名な山脈が南北に走っていて、その西側にカスケード山脈が南北に走っており、さらにその海側にコーストレーンジス山脈というのが南北に走っています。「カスケード」というのはそのカスケード山脈で採れる米松(べいまつ)(ダグラスファー)、「コースト」というのはコーストレーンジス山脈で採れる米松という意味か? ・・と思いましたが、そうだと断定していいのかどうかわかりません。木材の場合、実際にその場所で採れたものでなくても、その場所で採れたものと同等の品質のものはその名称で呼ばれる場合もあるようですから、カスケード山脈で採れた米松でなくても「カスケード」と呼ばれているケースはあるかもしれません。〕
  (株)一条工務店は「アメリカ合衆国のオレゴン州ポートランドに(株)一条U.S.A. という材木会社を持っていまして、その工場で角材に加工した上で日本に運ぶようにしています」と言っていたのだが、「(株)一条U.S.A.という材木会社をアメリカ合衆国オレゴン州ポートランドに持っている」と言われると、たいしたもんだなあ~あ・・・と思うのではないか・・と思うが、落ち着いて考えてみると・・・だ。小堀住研(株)は木質パネルの枠材(ツーバイフォー材)に使用するヘムファー(米栂)もしくはダグラスファー(米松)をアメリカ合衆国第1位の材木会社のウェアハウザー社から買っていたのだが、(株)一条U.S.A. を持つ前は(株)一条工務店は、アメリカ合衆国で第2位の材木会社のエビソンランバー社から買っていたのだ。・・ということは、その(株)一条U.S.A. てのは、要するに、形式上、そういう会社名を創作した上で、(株)エビソンランバー社の社屋で(株)一条U.S.A. の部屋を1部屋あてられている・・というだけ・・てことないか? (株)一条工務店に送られてくる材木には緑色で「一条工務店」と塗料が吹き付けてあるけれども、それはアメリカ合衆国のエビソンランバー社が「サービス」でやっていることであって、実際は「エビソンランバー社から直接買っている」というのと変わらんのと違うのか・・・と気づいたのだ。それを、私なんかは正直な方だから、2001年、栃木県の営業所にいた時、そう話したところ、10年超在籍した私のさらに倍ほどいた栃木県南部にいたKが「いや、そんなもん、1部屋なんてあるわけない~い。絶対ない~い。あっても、机1個か電話1本くらいのもんだ、そんなも~ん。絶対、1部屋なんてないない。あるわけない~い」と言うので、そうなのだろう・・と思う。その部分では正直な人間は私だけではなかった。それで、たとえ、実際はエビソンランバー社の社屋に机1個あるだけ・・であったとしても、日本で商社を通じて購入するよりも目が詰まったいいダグラスファー(米松)を買うことができるということなら、それは悪いことではないだろう。
  しかし・・・だ。その頃の(株)一条工務店では、社長が初代の大澄賢次郎で、業務推進室室長の山本庄一と大澄賢二郎の義理の弟で企画室室長の鈴木なんとかさんの3人が同年齢で、山本庄一と鈴木なんとかさんは大澄賢二郎と小学校の同級生で「竹馬の友」だそうで、その時点では営業部次長で、その後、営業本部長になり、今、取締役になっている天野隆夫は初代社長の大澄賢次郎より少し年下で義理の弟だそうで、この4人が役員で、社長の大澄賢次郎以外の3人は同格だと聞いた。その企画室室長で初代社長と同年齢だが義理の弟らしい鈴木なんとかさんは、浜松工場での工場見学会の時、ハンドマイクを持って説明係を毎度やっていたのだが、そこで「他社は日本で商社を通じて梁桁材の米松を買っていますが、一条工務店ではそうではなく、アメリカ合衆国のオレゴン州ポートランドに一条U.S.A.という材木を扱う現地法人を作りまして、現地で加工をして日本に運んで使用するようにしています。日本で商社を通じて購入する場合よりも、現地で購入した方が米松でも目が詰まったいい米松を買うことができます。又、日本で商社を通じて購入する場合ですと、丸太のままで日本に運んできて、日本に持ってきてから角材に加工するので、切り落として実際には使わない部分も船で日本に運ぶことになりますが、一条工務店の場合は現地で買って現地で角材に加工してから日本に運びますから、実際には使わないことになる部分は現地で切り落とすことになり、使わない部分まで船で日本に運ぶことはないことになり、その分だけ、運送する費用がかからなくなって費用を節約できるということになります」と毎度、話していたのだった。毎度、毎度。・・しかし、鈴木室長の話を聞いていると、(株)一条工務店の建物で使われている米松(ダグラスファー)は、すべて、現地(アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド)で購入して、現地の工場で角材に加工した上で日本に運んできて日本の栃木工場・浜松工場・福岡工場に運んで、その工場でそれぞれの家で使用する長さに加工されて、継手・仕口といった加工がされて建築現場に運ばれて建てられている・・と受け取られるのですが、実際には、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランドで購入して、現地の工場〔ぼけっと聞いてると、(株)一U.S.A.がオレゴン州ポートランドに材木会社の工場を持っていると誤解しそうだけれども、たぶん、エビソンランバー社の工場〕で角材に加工して日本に船で運んだ木材と日本国内で商社を通じて購入した木材の両方を使用していて、どちらの木材がそれぞれの契約者のお宅で使用されるかはわからない・・というものだったのです。 それでは、嘘つきと違うんかい・・・と思ったのだが、それを口に出すと営業本部長の天野隆夫から怒られます。なんで、こっちが怒られるんだよ、嘘つく者がいかんのと違うのか? ・・と思ったのでしたが、実際には、アメリカ合衆国オレゴン州で買って現地の工場で角材に加工して日本に船で運んでいるものと日本の商社を通じて買っているものの両方を使用しているにもかかわらず、「一条工務店の梁桁材はアメリカ合衆国オレゴン州ポートランドで買って現地の工場で角材に加工した上で船で日本に運んできたものを使用しております。その方が同じ米松でも目が詰まった強い米松を使うことができますし、丸太のまま日本に運ぶよりも現地で角材に加工して日本に運んだ方が実際には使わない部分を現地で切り落としてから運ぶことができて、運賃も安くすることができるのです」と、鈴木室長はマイク持って何度も何度も言うておったのです。なんか、「当店は丹波産黒豆を使用しています」と言いながら、実際には丹波産黒豆も使っていることは使っているけれども、丹波産でない黒豆も使っているラーメン屋みたい・・・。
  『らーめん才遊記』というラーメン屋を扱った漫画があります。
らーめん才遊記 4 「仕事」とは・・・!? (My First WIDE) - 河合単 久部緑郎
らーめん才遊記 4 「仕事」とは・・・!? (My First WIDE) - 河合単 久部緑郎
久部緑郎 作・河合 単 画・石神秀幸 協力『らーめん才遊記 (4)「仕事」とは…!?』(2017.7.2. 小学館 My Ferst WIDE )の「第67杯  ライバルがいっぱい!!」で、汐見ひとり と 夏川 彩 が 「おっかさん」喜久沢 友恵が営むラーメン店「暖優亭」を訪ねたところ、出てきた看板メニューの「醤油ラーメン」に、
(汐見)「味の奥底にフルーティとも言える軽やかな甘みがあって、それによって他にはない美味しさを形作っています」
(夏川)「甘味の正体は?」
(汐見)「うーん・・・」・・・と悩むと、
「おっかさん」が
「甘味の正体なんて、スープに丹波産の黒豆を使ってるってだけのことなんだから!」と種明かしをしてくれたのですが、夏川が「でも、丹波産の黒豆なんてかなり高いんじゃないですか。」と言ったのに対して、
「そりぁあね! でも、丹波産じゃない黒豆もたくさん入ってるから! おっと・・! これは内緒ね! 企業秘密!」
と言う場面があります。
  こういうものをどう考えたものか。『らーめん才遊記』の「暖優亭」の場合は個人経営のラーメン屋であり、いちいち、「醤油ラーメン」のレシピを誰にでも話しているわけでもなく、食べにきた人間だって大部分はおいしければいいのであって、どうやって作られているかを考えるのは同業者である汐見や夏川くらいのものだし、この場面を見ても、「当店は丹波産黒豆を使用しています」とどこかにでっかく書いているわけでもないようで、あくまで、尋ねられた時に「スープに丹波産の黒豆を使ってる」と口頭で言う場合がある・・というもののようですが、又、丹波産でない黒豆というのは別に毒でもなく、丹波産でない黒豆でもいいものであれば使って悪いことは何もないでしょうけれども、そうであっても、丹波産以外の黒豆も使っているのに「丹波産の黒豆を使ってる」という言い方というのは、はたしていいのか・・?
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  『らーめん才遊記』の「第67杯  ライバルがいっぱい!!」を見ると、この店では別に「当店では丹波産の黒豆を使用しております」とでっかく書いて貼りだしているわけでもなく、誰にでも言いまくっているわけでもなく、甘味の正体をききたがるような人がいた時に「丹波産の黒豆を使っている」と言うことがある・・という程度みたいな感じです。
  しかし、(株)一条工務店の場合はそうではなく、工場見学会の時に、鈴木室長がハンドマイクを持って、常に「米松の梁桁材でも、一条工務店以外の会社は日本国内で商社を通じて購入しておりますが、一条工務店はそうではなく、アメリカ合衆国のオレゴン州に一条U.S.A. という材木会社を持っておりまして、現地で目の詰まったいい米松を購入して、現地で加工して角材として日本に運ぶようにしております。現地で買って現地の工場で加工して日本に運んだ方が、目が詰まったいい米松を買えるということ、日本で商社を通じて買うよりも安い値段で買えるということ、それに日本で商社を通じて購入する場合には日本に運ぶ際には丸太のままで運んで、日本に持ってきてから実際には使わなくなる部分を切り落とすということをするのですが、現地で加工して角材として日本に運びますと、実際に使わない部分は現地で切り落として実際に使う部分だけを日本に船で運ぶことになりますから、運送の費用も節約することができるのです」と毎度毎度大きな声でわかりやすく説明しまくってきていたのです。ですから、それを聞いた人は誰もが、(株)一条工務店で契約して家を建てたならば、自分の家の工事にその「現地で購入した、日本で商社を通じて購入する場合よりも目がつまったいい米松」というのを使ってもらえるものだと思い込むのです。・・そして、契約すると、その「現地で購入した、日本で商社を通じて購入する場合よりも目がつまったいい米松」を使ってもらえる場合もあれば「日本で商社を通じて購入した米松」が使われる場合もあるのです。・・これって、詐欺てことないんかあ???
  2006年だったか2007年だったかのこと、東葉高速鉄道「東葉勝田台」駅の売店で、何だったか和菓子を売っていたのですが、母が好きそうなものだったので買って帰ろうと思ったのですが、母は高齢なのでそれほど多く食べられないので賞味期限が迫っているものだと賞味期限の間に食べきれない可能性があるので、それで「賞味期限はいつまでですか」と店員に尋ねたところ、「〇日まで大丈夫です」と言って「〇日」が賞味期限としてシールが貼られたものを見せたので、「それなら、お願いします」と言った買って帰ったところ、持ち帰ったものを見ると、私が「賞味期限はいつまでですか」と尋ねた時には、かなり先の賞味期限が書かれたシールが貼られた箱のものを見せておいて、私が買うという意思表示をすると、私に渡すのは賞味期限がすぐの日に迫っている箱を渡しやがった。あのおばはん、やりやがったなあ・・と思い、二度とあの店では買わんぞ・・と思ったのだけれども、地下街に出店いる地方の土産物を集めて売っている店であって、もとから、たびたび買う店ではなかった。やられた・・と思ったが、賞味期限を尋ねられた時には賞味期限が先の箱を見せて、買うという意思表示をすると賞味期限が迫っている箱を売りつけるというそのやり口というのは、はたして、そのおばさんのやり方というのは「商売人としての倫理に反する」もので「あってはならないこと」「顧客の信用を失う行為」と考えるべきなのか、それとも「商売上手」とほめるべきものなのか? どちらだと思いますか? 私からすれば、おばあさんは多くは食べれないので賞味期限が迫っているものなら、どんなにおいしいものでも食べ残してしまう可能性があるから、だから、賞味期限がある程度先のものなら買おうと考えて、それで「賞味期限はいつくらいまでですか」とはっきりと尋ねたのですが、ところが、そのおばさんは、賞味期限が相当先の箱を見せて、買うと意思表示をすると賞味期限が迫っている箱の方を売りつけたのです。詐欺だろうが、それでは。詐欺罪で訴えて有罪にできるほどではないとしても、それは商人として、商道徳として許せんものだろうが・・と思うのは私の方で、(株)一条工務店の「一族」経営者なら、そういうやり方を「営業力がある」と考えるみたいで、「そんな考え方はよくないと思います」とか言うと、「エスバイエルに行け、おまえはあ」と営業本部長の天野隆夫から怒鳴りつけられることになります。・・そういうのはよくないと今も私は思いますけれども・・。
  (株)一条工務店の工場見学会に行ったら、企画室室長というその会社では上から2番目だという人がマイクもって「梁桁材に使用する米松(ダグラスファー)は他社では日本で商社を通じて買っていますが、一条工務店ではアメリカ合衆国のオレゴン州に一条U.S.A.という現地法人を作りまして、現地で買って現地で角材に加工してコンテナに入れて日本に運ぶという方法をとっていますので、他社ではセミカスケードかコーストという目が粗い米松しか使えませんが、一条工務店ではカスケード材という目がつまったいい米松を使用することができているのです」と話したのを聞いて、「そうかあ。在来木造で使っている木というのは、仕様書に『米松』と書いてあったら、ともかく米松であった一緒ということではなく、一条工務店はそれだけいい木材を使おうと努力していて、他社とは違うんだ」と思い、「一条工務店で契約して建てたら、他社で建てる場合とは違って、米松でもセミカスケードやコーストではなくカスケード材と言われるいい米松を使ってもらえるんだ」と思って契約したら、実際に建てた家では商社を通じて買ったセミカスケード材かコースト材を使われた・・・というのでは、それでは「賞味期限はいつまでですか」と尋ねた時にはかなり先の賞味期限が書かれた箱を見せて、それなら買いますと意思表示すると黙って賞味期限がすぐの箱を売りつけるという東葉高速鉄道「東葉勝田台」駅の地下の売店のおばはんと変わらんじゃないか。それよりひどいのではないか。賞味期限というのは「おいしく食べることができる賞味期限」であって賞味期限を1日過ぎたからといって毒になるというものでもないとしても、それでも、賞味期限が近いものなら買えないので賞味期限を教えてほしいと言った相手に、賞味期限がかなり先の箱を見せて、それなら買いますという意思表示をもらったら黙ってこそっと賞味期限が近い箱を売りつけるというのと、「米松でも現地で購入したカスケード材という目がつまったいい米松を使用します」と言って契約させて、契約したら、日本で商社を通じて買ったセミカスケード材・コースト材で建てる・・というのとでは似ているけれども、賞味期限が近いものを買わされても、しょせん、菓子なんてそれほど高いものではなく、いい経験させてもらったと思って、そういうことをするおばさんというのがいるものだと認識して次回から気をつける・・ということもできるけれども、家というものはそんなに何度も買えるものではなく、一度、失敗したらもうそれでおしまいということが多い。
  2011年3月の福島第一原発事故の後、「産地は偽装される」といったことが原発事故をとりあげた本に書かれていた。実際問題として、「◇◇県産」と書かれていても実際にそうかどうかわかる人よりは多くないのではないか。内田康夫『沃野の伝説』では米の産地偽装の問題が取り上げられているが、長野県と新潟県の境目付近の長野県で米を作っている農家としては「新潟県産」と言いたい誘惑にかられるという。すぐそこが県境なのに、「長野県産」と言うよりも「新潟県産」と言った方が米は高く売れる・・となると「新潟県産」と言いたくなる気持ちはわかるという。そのくらいなら、たとえ偽装したとしても、少しのスピード違反か短時間の駐車違反みたいなものだが、安いカリフォルニア米を「魚沼産コシヒカリ」とか言って売るというのは、それは許されないのではないか・・といったことが書かれている。それで、桧の柱を使いますと言っておいて杉の柱を使ったならわかる人は多いが、赤松か黒松かというのはわからない場合の方が多い。米松(ダグラスファー)でもカスケード材かセミカスケード材かコースト材か、オレゴン州の現地で買ったカスケード材か商社を通じて買ったコースト材かというのは、これは(株)一条工務店の工場にあれば両方のものがあるわけだから一般のお客さんはわからないかもしれないが見比べれば私はわかる。しかし、工事現場に運ばれると片方しかないのでどちらなのか判別できないか、目が粗いものが来ていると思ったとしても、現地で買ったカスケード材なんだと強引に言い張られたなら、違うと証明するのは難しいだろう。しかし、もしも、わからなかったらいいのだろうか? 日本で商社を通じて買ったセミカスケード材かコースト材と言っても別に不良品というわけでもないのだけれども、むしろ、わからないだろうから嘘を言ってもいいというその姿勢こそ不良品ではないか
  「現地で購入した、日本で商社を通じて購入する場合よりも目がつまったいい米松」ではなく「日本で商社を通じて購入した米松」を使われたとしても、「日本で商社を通じて購入した米松」は不良品ということでもありませんけれども、それにしても、「日本で商社を通じて購入した米松」ではなく「現地で購入した、日本で商社を通じて購入する場合よりも目がつまったいい米松」を使いますと明言しておきながら、「日本で商社を通じて購入した米松」を使って建てられたとすると、それはやっぱり、「嘘つき」でしょう。 「丹波産黒豆」の場合は、丹波産のものも丹波産でないものも混ぜて両方つかっていたとしても、米松(ダグラスファー)の場合は、自分の家にはすべてが「日本で商社を通じて購入した米松」で建てられた・・という施主は何軒もあるわけです。
  又、「現地で購入したカスケード材」ではなく「日本で商社を通じて買ったセミカスケード材かコースト材」であっても不良品というわけではないとしても、「他社では日本の商社を通じて買ったセミカスケードかコーストを使用していますが、一条工務店では現地で買ったカスケード材を使用しています」と言った時、その「他社」というのはたいてい(株)一条工務店よりも安い会社なのです。(株)一条工務店の方が少々高いけれども、いい木材を使ってくれるらしいからということで(株)一条工務店で契約したら、安い会社と同じものを使って建てやがった・・となったなら、使ったものというのが不良品というわけではなかったとしても、やっぱり、それは詐欺だということにならないか。
  鈴木室長て、そんな嘘つき言ってええんかい? ・・なんて言っても、毎度毎度、工場見学会のたびにハンドマイクで「米松の梁桁材でも、一条工務店以外の会社は日本国内で商社を通じて購入しておりますが、一条工務店はそうではなく、アメリカ合衆国のオレゴン州に一条U.S.A. という材木会社を持っておりまして、現地で目の詰まったいい米松を購入して、現地で加工して角材として日本に運ぶようにしております。現地で買って現地の工場で加工して日本に運んだ方が、目が詰まったいい米松を買えるということ、日本で商社を通じて買うよりも安い値段で買えるということ、それに日本で商社を通じて購入する場合には日本に運ぶ際には丸太のままで運んで、日本に持ってきてから実際には使わなくなる部分を切り落とすということをするのですが、現地で加工して角材として日本に運びますと、実際に使わない部分は現地で切り落として実際に使う部分だけを日本に船で運ぶことになりますから、運送の費用も節約することができるのです」と堂々と大きな通りやすい声でお話になってきたのです。・・なんか、この会社はこういうことが多いな・・と感じました。

  さらには、「一条工務店では、腐り・白蟻防止のために、CCA(後にACQに変更)という薬剤をタンクで圧力を加えて注入するという方法をとっております」と話し、「土台については、他社でも、この加圧注入した木材を使用している所がありますが、一条工務店の場合は自社の工場に加圧注入の設備を持っておりますから、ですから、機械でプレカットして、それから加圧注入するということができますので、一番良く注入できたところが表面に来ることになります。他社の場合は加圧注入された土台材を購入して、それから機械プレカットをおこなうという順番になるので、せっかく加圧注入しても、一番良く注入された部分を機械プレカットの際に切り落としてしまうことになります。」と、これも工場見学会の時に説明係が何度もマイクで言っていたのです。・・ところが、(株)一条工務店の工事現場に行って見ると、基礎の上に据えられている土台に「三井木材工業」とかスタンプが押されているのです。あれえ~え?・・・どうも、「一条工務店の場合は自社の工場に加圧注入の設備を持っておりますから、ですから、機械でプレカットして、それから加圧注入するということができますので、他社と違って一番良く注入できたところが表面に来ることになります。」というのは嘘で、(株)一条工務店の工場〔工場部門の(株)日本産業の工場〕では加圧注入の設備は持っていましたが、しかし、その工場で木材に加圧注入していたのは柱・筋交い・大引き・根太・床束・火打ち土台といったものについてで、土台は加圧注入されたものを購入して、それを機械プレカットして工事現場に送っていたのです。私は、最初に(株)一条工務店の工事現場で「三井木材工業」とスタンプが押された土台材が基礎の上に据えられているのを見て、これは何かの間違いでそうなったのかと思ったのですが、そうではなかったようで、「一条工務店の場合は自社の工場に加圧注入の設備を持っておりますから、ですから、他社と違って機械でプレカットして、それから加圧注入するということができますので、一番良く注入できたところが表面に来ることになります。お客さんにはそう話してください」という(株)一条工務店の研修で教えられた話が嘘で、土台については(株)一条工務店も注入された木材を買ってそれを機械プレカットしていた。実際は(株)一条工務店も加圧注入の機械を工場に持っていても土台については他社で防腐防蟻剤を米栂(べいつが ヘムファー)に加圧注入した商品(「ボリデン」)を使っている所と同じように防腐防蟻剤を加圧注入した木材を購入して、それを自社の工場で機械プレカットして工事現場に送っていたのであって、(株)一条工務店も土台については「注入してから加工する」という順番だったようです。・・どうも、そういった嘘が多い会社です。
  土台については、「土台については、他社でも、この加圧注入した木材を使用している所がありますが、一条工務店の場合は自社の工場に加圧注入の設備を持っておりますから、ですから、機械でプレカットして、それから加圧注入するということができますので、一番良く注入できたところが表面に来ることになります。他社の場合は加圧注入された土台材を購入して、それから機械プレカットをおこなうという順番になるので、せっかく加圧注入しても、一番良く注入された部分を機械プレカットの際に切り落としてしまうことになります。」という話を研修でも聞かされましたし、工場見学会の時にも毎度毎度、説明係がマイクに向かって言いまくっていますから、私も最初はそうなのだろう・・と思ったのですが、しかし、よく考えてみると、「たとえ、加圧注入された土台材を使用したとしても、他社の場合は、それから機械プレカットしますから、せっかく加圧注入しても、一番よく注入された部分を切り落としてしまうことになります」というのであれば、アンカーボルトの穴はどうなのか? アンカーボルトの穴も機械プレカットしてから加圧注入しているのかと思ったら、(株)一条工務店の建物の上棟の時に見ると、そうではなく、土台のアンカーボルトの穴は、上棟の少し前に大工が土台を基礎に据える時に現地で開けているのです。それで、私は「アンカーボルトの穴は加圧注入した後で開けても問題はないのですか」と、東京営業所長を兼任していた営業本部長(その時点での肩書は、「営業部次長」)の天野隆夫に質問したのです。質問すると、これはこうこうこういうことで問題ないんだ・・と言うか、それとも、本当は理想的ではないのだけれども、今現在はこのやり方しかできないんだと言うか、そういった説明をして答えてもらえるであろう・・と思ったのです・・が、又、そういったことをについて気づかずにいいかげんにすます人間と、そういったことに、きっちりと質問して正確に把握しておこうとする従業員ならば、きっちりと正確に把握しておこうとする従業員の方が高く評価されるはずだとも思ったのです・・が、ところが、私がそう質問したことに対して、営業本部長で東京営業所長の天野隆夫は何と言ったかというと、「おまえ、そんなこと言うならエスバイエルに行け、おまえはあ~あ!」とそう言ったのです。エスバイエル(株)なんか、ここでは全然何の関係もないのに・・( 一一)
  なんで、そんなこと言われなければならないの・・・( 一一)
  ともかく、(株)一条工務店というのはそういう会社だったのです。(株)一条工務店は「質問してはいけない会社」なのです。

  さらに。(株)一条工務店の浜松工場での工場見学会では、梁桁材の米松(ダグラスファー)の木口(こぐち)面に打撃を加えて音の伝わり方から強度を調べるという機械が工場内に置かれていて、工場見学会の時には、実際に、木口面に コン♪ と打撃を加えて、緑のランプがつくと説明係がマイクで「はい。緑のランプがつきましたね。この梁は強度が強いということが証明されました」と言い、次にコン♪と叩くとまた緑がつき、「また、緑がつきました。きょうは強い梁が多いようですね」なんてカマトト言い、そして、次に黄色がつくと「今度は黄色がつきました。これはそれほどは強くはないという意味です」と言い、そして、何本目かに赤のランプがつくと「赤のランプがついてしまいましたね。この木材は強度がそれほど強くないということですから、この木は梁としては使わないで、他のそれほど力が加わらない場所で使うことになります」とマイクで説明していたのです。それを聞くと、なるほど、そこまで品質管理に力を尽くしているのかあ~あ・・と感心するのです・・・が、そのうち、あれ? ・・と従業員は2つの点に気づくのです。気づかない人も中にはいるかもしれませんが、私は気づきました。
  第1点。(株)一条工務店では集成材の梁桁材ではなくムクの梁桁材を使用しているのです。集成材の梁桁材というのは、何枚ものものを接着剤で貼り合わせたものですから、亀裂は入っていません。それに対してムクの梁桁材というのは亀裂がいっぱい入っているのです。亀裂の入っていない米松を使ってくれなんて言われても無理です。「完全に真っ二つに割れてしまったものはいけないけれども、ムクの梁の場合は、多少のクラックはしかたがないのです」と研修でも石橋さんだったと思うのですが、説明してくれたのです。それはいいとして、木口(こぐち)面を叩いて音の伝わり方が早かったなら目がつまったいい米松なのか、木口面を叩いて音が伝わるのが遅かったら目がつまったいい米松なのか。ムクの梁というのは、多かれ少なかれ、クラックが入って割れていますから、その部分で音は伝わりにくくなるのではないのか。もし、音が伝わるのが遅ければ目が詰まっているというのなら、クラックが多い米松は「目が詰まっている」という判定になるのではないか。逆に、目が詰まっている米松は音が伝わるのが速いというのなら、クラックが入っているけれども目は詰まっているというものは伝わりにくいことになるし、クラックの入り方によっても変わってくるのではないのか。又、ムクの梁桁材が強いか弱いかというのは、目が詰まっているかどうかだけで決まるのでもないと思うのです。その梁桁材を木材からどのようにとったものかによっても変わるはずです。
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↑ の図を見てください。柱の断面は正方形ですが梁・桁の場合は上下に長くとります。梁桁材は幅よりも厚さが必要とされるので、上下に長いように取るのです。右の3つでは、他の条件が同じならば、どれが強いでしょうか。Aが強そうな感じがしますが、Bかもしれませんよ。Aは中央に芯がありますから、強いだけではなく狂いも少なそうですが、しかし、木口(こぐち)面を見るとこれが最高ではないか・・という感じがしますし、たいていのお客さまはこれが良さそうに思われるのですが、しかし、木口(こぐち)面からではなく横から見ると(梁桁材として施工された場合の側面から見ると)、どうも芯がど真ん中に通っているAのタイプというのは割れが多いという印象を私は受けています。
  Bは芯が上端にありますからAに比べて、上下で収縮が違って、施工後に曲がりが出てくる可能性がありそうです。しかし、木造というのは、もともと、いくらかは曲がったりする材料である木というものを使って建てる構法であり、むしろ、曲がったりする性質をうまく活用するのが上手い木造の建て方ともされるのです。Bの場合、上部に芯があり、下端の方が辺材で上部が芯材ですから、下の方が収縮しやすい。ですから、施工後、上に凸になろうとする傾向を持つことになります。長い梁ですと、中央部が下に下がろうとする傾向が出てきます。特に、この梁の中間で上に柱が載っていたりしますと、上から下に押さえつける力が加わります。そういう際に、もともと、上に凸になろうとする性質の梁桁材を使用しておくと、上から下に押さえつける力に対しての抵抗力になるのです。ですから、ムクの梁というのは、集成材と違って曲がる・狂うと言われるけれども、むしろ、上に凸に曲がろうとする性質を持つ梁桁材を使用することこそ合理的であるという面もあるのです。
  もしも、Bの梁桁材をこの図とは上下を逆に入れたとするとどうでしょうか。下が芯材で上が辺材となりますから、上の方が収縮が大きく、下に凸になるように曲がろうとする性質を持ちます。そうなると、施工後、梁桁材の中央部では重力により下に下がろうとしますし、特に梁の中央部に上に柱が載っていたりしますと、柱が下に押す力と梁桁材が下に凸になろうとする力が重複して、ますます下に凸に曲がろうとすることになります。ですから、普通、梁桁材というのは、辺材側を下・芯材側を上になるように加工して施工します。辺材側を上・芯材側を下になるような施工をする者なんてあるんかい?・・・というと、あります。どこにあるかというと、(株)一条工務店がそういう施工をするのです。・・なんで、そんなことするの?・・・なんでだと思いますか?
  答え・・・プレカット工場の従業員というのは工場労働者であって、大工でもなければ建築技術者でもなく、もとより、ムクの梁桁材はどちらを上にして加工するべきか・・なんてそんなこと知ってるわけがない・・からです。2001年に、嫌がらせで山梨県上野原市の「西東京工場」に行かされた時に、「西東京工場」の従業員に、この梁の上下は芯材側と辺材側のどちらを上にして加工するべきかという話をしたところ、「よく知ってるねえ。そんなこと知ってる人間なんて、工場にいる人間で一人もいないよ」と言われたものでした。そうなのです。(株)一条工務店の工場部門の(株)日本産業の工場に勤務して作業している人は、ムクの梁桁材をどちらを上にして加工すべきか・・なんて知らんのですよ。集成材とムク材はどちらがいいのか・・というのは、それはいちがいにどっちと言えるものでもないのですが、こういったことを知らない人が加工しているという場合には、上も下もない、芯材側も辺材側もない集成材を使用した方が失敗はない・・という面があるでしょう。
  一番右のCですが、工場見学は、工場見学会として月に1回、開催している日に見に行ってもらうという方法と、個人的に営業担当がその見込客だけを連れていくという方法があって、1993年の1月から3月の間くらいの時だったと思うのですが、個人的に案内したある見込客のダンナがCのような加工の梁桁材が浜松工場の敷地に置かれているのを見て、「これ、なんで、こういうふうに切るんだろうね。逆の切り方をした方が強いと思うんだけど」と言われたことがあったのですが、それはたしかにCの切り方をしたものとAかBの切り方をしたものとでは、AかBの方がCよりも強いと考えられるはずですが、しかし、左の丸太の絵を見ていただくとわかると思いますが、AかBの切り方でばかり梁桁材を取ることはできないのです。どうしても、Cの取りかたをする梁桁材も出てくるのです。又、自分の所にはAを入れてくれ、Cはよその家に使ってくれなんて言われても、そんなことはできません。
  それで・・・、仮に木口面を叩いた時の音の伝わり方からその木材の強度を調べることができたとして、音の伝わり方から判断した強度が同じであったとしても、↑ の右の図で、A、B、Bの上下が逆、Cの4通りの使い方のものを見ると、実際に梁桁材として組み入れた時の強度というのはそれぞれ違うと思うのです。そう思いませんか?

  そして、2番目。1990年代、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所に在籍した時のことですが、同じ営業所(展示場)の営業が担当で、いわき市勿来で建てられたお宅の上棟の作業に参加した時のこと。 ある梁桁材が上下に真っ二つに割れていた。しかも、その割れ方は、仕口(しぐち)の雄(おす)の方は上の側にすべてついていて、そのまま施工すると下側は落下してしまうようになっていた。
  こういう場合ですが、それでも、あえてその梁桁材を使用して施工しようとするならば、木工用ボンドで接着した上で、上下に分かれた両方にボルトの穴を開けて、ボルト2本を通して上下に縫う・・・ということをすれば施工できないこともないかもしれませんが、その場合、施工したように見えても、下側は上側にぶら下がっているだけで、十分に梁桁材としての役目は果たせない・・と考えるべきでしょうか。
  それで、急遽、栃木工場に電話を入れて、その梁桁材と同じものを、再度、加工してもらってトラックで大急ぎで運んでもらって、新しく持ってきた梁桁材を入れて施工したのです。
  さらに、その少し後、私が担当で契約いただいた福島県双葉郡広野町で建てていただいたN様宅で、玄関の真上の梁桁材が上下に真っ二つに割れていたのです。この場合、先のいわき市勿来のお客様宅の場合と違って、仕口(しぐち)の雄(おす)の部分の途中で割れていましたので、そのまま、施工しても下側が落下するということはありませんでしたが、しかし、玄関の真上の位置であり、クラックが大きく入っているというくらいのことならともかく、左右ではなく上下にであっても完全に2つに割れている梁桁材を入れるというのは、これは問題があると私は判断して、工事担当者の I くんに「これ、いくらなんでも、最初から完全に2つに割れている梁というのは具合が悪いよ。特に、このあたりは親戚や近所の人も上棟の時には来て、どんな建物を建てるのかみんなが見る土地柄だし、あれは何だべということになってしまう。栃木工場にすぐに電話して、大急ぎで別の梁を加工しなおして持ってきてもらうように頼んで」と言ったのですが、「そんなの、できるわけないじゃないですか」と言うので、「できるから。Kさんが営業担当の勿来の☆☆邸でも、梁が真っ二つに割れていたから、栃木工場に電話して、大急ぎで新しい梁を加工して昼頃にはトラックで持ってきてもらったということがあったから、だから、できるはずだから」と言ったのですが、「できるわけないじゃないですか」と言うので、「できるかできないか、とりあえず、工場に電話して言ってちょうだいよ」と言ったのですが、「できませんよ。できないに決まってるじゃないですか」と言うので、「どうして、電話してくれないの。私が工事担当なら私が電話するけれども、あなたが工事担当でしょ。今すぐ、栃木工場に電話して、大急ぎで新しい梁を加工して持ってきてくださいと言ってみてちょうだい」と言ったが、「そんなの、無理に決まってますよ。絶対に持ってこれませんよ」と言うので、「無理かどうか、ともかく、電話してみてよ」と言ったのですが、「無理に決まってますよ」と言うので、「無理に決まってるとあなたが決めるのじゃなくて、栃木工場に電話をしてお願いしてみてくださいよ」と言ったのですが、すでに(株)一条工務店の営業社員としては「真ん中より古い方」になっていた私がどんなに懇願しても哀願しても、新卒入社1年目の工事担当は「無理に決まってますよ」と言って工場に電話して話すことも拒否して、そして、完全に真っ二つに割れた梁桁材をそのまま入れて施工してしまったのです。又、もしも、その梁桁材を入れるのならそれならそれで、上下のものを木工用ボンドで接着した上で、2か所にボルトの穴を開けてボルトで2か所を上下に縫うということをした上で施工するということだってできたはずですし、上下にボルトで2か所を縫うということをやると、見た目からして「あれは何だ?」という感じがするというのなら、せめて、木工用ボンドで上下のものを接着するというくらいやっても良かったのではないのかとも思ったのですが、そのまま入れることになってしまいました。たとえ、私が営業担当であって工事担当ではなかったとしても、営業担当が私ではなく他の営業であったなら、営業担当が栃木工場に電話を入れて頼むとか、あるいは営業担当がいわき地区の工事責任者に電話を入れて、いわき地区の工事責任者から栃木工場に電話を入れさせるようにするとかする方法もあったのですが、私がそれをすると、またもや、営業本部長の天野隆夫から「余計なことすんなあ、おまえはあ」と怒鳴りつけられますから言えませんでした。その結果、大事な私が担当のお客様のお宅に完全に真っ二つに割れた梁が入れられて施工されることになりました。
  なお、仕口(しぐち)というのは、木材と木材を組み合わせる際に、長い方と長い方を組み合わせるのが継手(つぎて)で、長い方と短い方を組み合わせるのが「仕口(しぐち)」で、その組み合わせる所で、出っ張った側、突っ込む側が雄(おす)、へっこんだ側、突っ込まれる側を雌(めす)と言います。もともと、大工というのは男の仕事でしたから、だから、こういう表現があるのではないかと思うのですが、お客様が相手でも男性が相手ならいいのですが、時々、展示場に来場された奥さんで継手(つぎて)・仕口(しぐち)の「雄(おす)」とか「雌(めす)」と言われる方があって、その表現に応じていいのかどうか迷ったものでした。
  その後、山梨県上野原市の山梨県にある「西東京工場」に勤務した時、工場長の渡邊にそういったことがあったという話をしたところ、「なんだ、言ってくれればいいのにい」と言われました。I くんは「そんなの無理に決まってるじゃないですか」と私が何度懇願しても哀願してもはねつけたのでしたが、無理ではないのです。(株)一条工務店のプレカット工場には、これから加工する梁桁材用のダグラスファー(米松)がある程度以上、余裕をもってストックがありますし、1本だけ、予定を変更して先に加工することもできますし、それを福島県双葉郡広野町の上棟作業中の工事現場まで運ぶのは、(株)一条工務店の工場からは各都道府県に向けて、毎日、何台ものトラックが出ていますから、その工事現場に行く予定のトラックはなくても、比較的近い場所に行くトラックはあるはずなので、そのトラックに載せて運んでもらうように頼むということはできたはずなのです。自社でプレカット工場を持っている強みというのは、そういう場合には発揮できるはずです。又、もしも、自社のプレカット工場ではなく、プレカット工場の会社に頼んで加工してもらったものが真っ二つに割れていたということならば、それは不良品を届けたということですから、「どうしてくれるんだ。さっさと加工して問題ないものを大急ぎで届けてくれ」と言うべきです。それを言えないようでは工事担当と言えません。又、(株)一条工務店の営業本部長は、工事担当などが新人である場合に、ある程度以上経験を持った私が、新人の分まで気を配ってカバーして、時としては私が変わって対応するということをすると、「余計なことすんな、おまえはあ!」と怒鳴りつけますが、それは筋違い(すじちがい)というものです。会社という所においては、新人が担当である場合には、その周囲の職種の仕事についている経験がある従業員は新人をカバーしてあげるというのは大事なことであり、営業本部長の天野隆夫は毎度逆をやってきたが、まがりなりにも営業本部長なら「ありがとう」の一言くらい言うべきものです。
  そういえば、福島県いわき市の営業所に赴任してすぐの頃、同じ営業所にいた””(株)一条工務店の「がばいじいちゃん」”” S藤賢二さん(男。当時、40代前半。元自衛隊。霊友会会員)が営業担当の工事現場の上棟作業に参加した時、たしか、いわき市中央台鹿島 の工事現場だったと思うが、レッカー車が吊った梁がはずれ、その下で作業をしていた大工の上に落下して大工が大怪我をするということがあったのですが、その際、向かいの家の人が出てきて「救急車、呼びましょうか」と言って呼んでくれたのですが、営業担当のS藤さん(「がばいじいちゃん」・・要するに、勝手な時だけ「年寄」「アルツハイマー」になるおっさん)に「S藤さん、あそこの家に、着工前の挨拶には顔を出しているのでしょ」と言うと、「行ってねえ」と言うので、何、この人?・・と思ったものでしたが、又、怪我をした大工が病院に行くのに工事担当のAさんが「俺、一緒についていくわ」と言うので、怪我をした人を一人だけで行かすわけにはいかないとしても、片方で工事現場に(株)一条工務店の工事担当がいないというのも問題があるわけで、その工事現場の工事担当のAさんと営業担当のS藤さん(「がばいじいちゃん」)がいたわけですから、AさんとS藤さんとで話し合って、片方が怪我をした人についていき、他方が工事現場に残ることにして、どちらがついていくのか決めるべきで、又、工事担当者が怪我をした大工さんについていくのなら、工事現場に(株)一条工務店の工事担当がいないというのもよくないので、営業担当はいわき地区の工事担当がいる展示場に電話を入れて、こういう経緯なので、誰か手が空いている工事担当者が代わりに大急ぎで来てくれるようにと言うべきでした。しかし、その頃までは私はS藤さんがそこまで頼りないとは知らなかったので、S藤さんはすでに40代前半で(株)一条工務店のいわき地区の従業員の中でも古い方の人であり、S藤さんよりもずっと入社が後の私が言うことではないと思って黙っていたのでしたが、それにしても、その日の工事が終わってからも、そのまま帰ろうとするので、「S藤さん、所長か工事責任者のI さんに、こういう事故があって怪我をした人がいて救急車で病院に行ったということを報告しておいた方がいいのと違うのですか」と言ってあげたのでしたが、普通、S藤さんは自分より年下の人間や自分より後から入社した人間の言うことはきかないのですが、この時はS藤さんもそれはそうだと思ったようで、所長といわき地区の工事責任者のIさんがいる展示場に電話を入れて、所長に経緯を報告しました。もし、私が言わなかったらそういう報告もS藤さんはしなかったでしょう。この人、何なの?・・と思ったのですが、同じ展示場にいて「副所長」の肩書をもらっていたK井さんに話すと、「S藤さんはアルツハイマーだからしかたがない」と言うのでした。「しかたがない」ではすまないのではないか・・と思いましたが、ともかく、私が言ってあげたから、S藤さんも、これは所長と工事責任者のIさんに報告しておかないといけないと思い、所長のK野さんに電話で報告したのでした。こういったことは、(株)一条工務店の経営者は私に「よく言ってくれた」とそのくらい言っても悪くないのではないかと思うのですが、何ひとつ言いませんでした。おそらく、本音としては営業本部長の天野隆夫としては私を呼びつけにした上で「余計なことすんな、おまえはあ~あ!」と怒鳴りつけてやりたいところだったのだろうと思います。会社の為を思って尽力して、なんで、営業本部長から怒鳴りつけられなければならないのですか・・と思うのですが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫〔現 取締役〕はそういう人間でした。私が20代の前半だったか半ばだったかの頃、うちの父親が何の手術だったか忘れたが病院にしばらく入院したことがあり、私は何度か着替えを病院に持っていったりしました。しかし、私が30代になってすぐの頃にうちの父親は他界したのですが、その時に入院した際、うちの母親が「前に入院した時は〇〇が大阪にいたから着替えを病院に持って行ってくれたけれども、今は東京にいるから持っていってもらうことはできないから」と話したところ、うちの父親は「そんなもん、持ってきてもらったことなんてない~い。そんなもん、病院に持ってきてもらったことなんて一度としてない~い」と言い、うちの母親が「なんで、そんなこと言うの。何回も持って行ってくれたじゃないの」と言っても、「そんなもん、知ら~ん。いっぺんとして、そんなもん、持ってきてもらったことなんてない~い」と言ってきかなかったというので、あの人らしいなあ・・と思いました。着替えを病院に持って行ったなんてたいしたことでもなく、特別感謝してもらわなくてもいいし特に恩着せたいとも思わないけれども、「そんなもん、知ら~ん。いっぺんとして、そんなもん、持ってきてもらったことなんてない~い」といちいち言わないとおれない・・という態度は「あの人らしいなあ」とは思うけれども悲しい。同様に、S藤賢二のおっさん、「がばいじいちゃん」と同じ営業所に配属されて、↑ の時だけではなく、何度も助けてあげたはずだし、又、そうであるにもかかわらず、何度も「恩を仇で返す」ようなことをされてきたが、S藤賢二さんは「アルツハイマーだからしかたがない」といわき地区の営業社員は誰もが言っていた人だったが私は「しかたがない」と我慢させられなければならない筋合いがあるわけではないはずだけれども我慢させられてきたのだが、(株)一条工務店の会社は、経営者は私がそうやってS藤さんも助けてあげて、会社の為にも尽くしてきた・・ということを理解しないというのは、なんとも悲しい ↑ の話にしても、私がいたから、私がS藤さんに言ってあげたから、だから、S藤さんは所長に工事現場で「落下物による事故」があって大工が大怪我したことを話したのであり、私が言わなかったら所長は知らなかったのです。私がいたから助かったというものはけっこうあるはずなのですが、(株)一条工務店の経営者はまったく理解しないし、自分を犠牲にして(株)一条工務店の為に尽くしてきた者に恩を仇で返す態度を取り続けてきた。
  なお、「がばいじいちゃん」を知らない方は、《YouTuve-衝撃の3WAYマッチ!夏すみれvsバッファローvsがばいじいちゃん 2018.2.25》https://www.youtube.com/watch?v=6twCjUYpnTs  を参照。 S藤さんは「がばいじいちゃん」みたいなそんな感じ・・( 一一) 「もう、やだあ」と夏すみれ が言っていますが、私も(実際はその頃まだ40代前半なのに)「勝手な時だけ年寄になるおっさん」にずっと思っていた。「もう、(この人)やだあ」と。
  それで・・・、1990年代、福島県いわき市勿来の工事現場には、上下真っ二つに完全に割れた梁桁材で下側には仕口(しぐち)はまったくついていないという梁が届いたのです。福島県双葉郡広野町の私が営業担当のN様邸には、上下が完全に真っ二つに割れた梁桁材で、こちらは下側にも仕口(しぐち)の雄(おす)がいくらか残っているものが届いたのです。もしも、梁桁材の木口(こぐち)面をコンと叩いて音の伝わり方からその梁桁材の強度を調べるという調査をおこなっていたならば、その強度検査をする機械というものが本当に強度検査に役立つものであるかないかにかかわらず、その検査をする時点で、真っ二つに割れた梁というのはその検査をする作業員が気づいて排除していたはずだと思いませんか?
  木口(こぐち)をコンと叩いて音の伝わり方からその梁桁材の強度を調べる検査機械というものが、本当に強度を検査できるものであるかないかにかかわらず、そういう検査をしていたならば、その時点で真っ二つに割れたような梁桁材は、これは不良品だと判断してよけているはずだと思いませんか。
  なぜ、真っ二つに割れた梁桁材などというものが工事現場に届けられたのか? ・・・
⇒答え。 木口面を叩いて音の伝わり方から強度を検査する機械で梁桁材の強度を検査する・・などということは、そんなものは、工場見学会限定の大道芸であって、工場見学会の時に来客に見せて喜ばせることと、こういう検査をしていますから、だから、一見、問題がありそうに見える梁桁材が使われていても、実は十分に強いものなのだと施主に思わせるためのものであって、実際には、(株)一条工務店の工場部門の(株)日本産業の工場においては、梁桁材の強度を調べる為に木口(こぐち)を叩いて音の伝わり方から強度を検査する・・なんてことは、やってないのです。2001年に山梨県上野原市の「西東京工場」に勤務させられて、それでわかった。いくらなんでも、ここまでやるかあ~あ・・て感じがしました。そんな検査なんてやってないから、だから、真っ二つに割れた梁がいわき市勿来の工事現場や双葉郡広野町の工事現場に届けられたのです。実際にはやってもいない検査を、工場見学会の時限定でやって見せて、「はい。緑のランプがつきましたね。この梁は十分強い梁だということですね」とか、説明係がカマトトやってみせる・・・て、まったく、よくやるよなあ~あ・・・とあきれます。あのカマトト野郎!!!
  梁桁材のダグラスファー(米松)の木口(こぐち)をコンと叩いて音の伝わり方の速さからその梁桁材の強度を調べるという検査というのは、それは、あくまでも、工場見学会の時限定の大道芸だったのです。あほくさ・・( 一一)


  そして、(株)一条工務店の浜松工場があった浜松市南区倉松町4040、浜松市が政令市になる前は「南区」というのが入らない 浜松市倉松町4040 でしたが、その場所というのは、海に近い場所で、すぐ南に中田島砂丘から続く砂浜というのか砂の丘があるという場所でしたが、海が近いといっても海水浴ができるような海ではなく、工場に海水浴は関係ないとしても、外国から何かを輸入する場合に搬入する港が近くにあるわけでもなく、静岡県で港というと、「しみ~ず~みなと~のお、めい~いぶ~つ~はあ~あ♪」の清水港、今の静岡市清水区。 焼津港も有名ですが、焼津港は漁港でしょう。 浜松に近い港で外国から輸入するものを搬入できる港というと、東側だと清水港、西側だと名古屋港でしょうか。漁港なら他にもあるでしょうけれども、漁港から搬入はできません。
  搬出する方は、国道1号(浜松バイパス)のすぐ近くで、このあたりは混雑するような施設はありませんから、国道1号(浜松バイパス)からトラックが出て行くのに便利・・・のように思えて、「浜松近辺の一条工務店」ならよくても、全国展開する会社になると、浜松インターチェンジにも浜松西インターチェンジにもけっこう遠く、高速道路を出てからも、高速道路に乗るにもけっこう遠いという点では不便です。

  それで、金属のものを扱う会社ならば、海に近い場所というのは、金属は潮風にあたると錆びやすい・・という問題があるのですが、(株)一条工務店は鉄骨造ではなく木構造の会社です。だから、国道1号のバイパスの近くで土地の値段は安いけれども、バス便すらもないクルマがなければ便利ではないがトラックで搬入・搬出するには便利な場所に工場を持ったが、海に近い場所だから潮風は吹くけれども、鉄骨造ではなく木構造の会社だから、問題ないと判断したということか・・と私は最初思っていたのです。
  しかし、木材でも潮風にあたると塩害の被害が心配だと言う人もいるのです。誰が言っていたかというと、(株)一条工務店の企画室室長で(株)一条工務店の初代社長の大澄賢次郎の「竹馬の友」で同年齢だが義理の弟らしいの鈴木なんとかさんです。
  「一条工務店は創業以来、いいものを作れば売れるという方針でやってきた会社で、テレビ広告といったものはこれまで一切やったことがない会社です」と私は(株)一条工務店に入社して1か月経った頃に2泊3日、2か月経った頃に2泊3日で実施された浜松での研修で講師役の人から教えられたので、自分を雇ってくれた会社の研修で講師役の人がそう教えたからにはそうなのだろうと思い、お客様にもそう話していたのです。ところが、1992年後半、東京都江東区潮見の展示場に来場された浜松出身で東京都の江戸川区に住んでいて東京都に勤めているが、あと何年かで定年退職になるので、その時には故郷の浜松で家を建てて浜松で暮らしたいと思っているという方が来られた時に、それを話したところ、「何を言ってんだよ。一条工務店、テレビ広告、いっぱいやったるじゃないか。嘘を言っちゃだめだよ。たしかに東京ではテレビ広告はやってないけれども。浜松ではテレビ広告、いっぱいやったるじゃないか。嘘、言っちゃだめだよ」などと言われてしまったのです。私としては研修で教えられたことをそのまま話したのであって、嘘を言ったつもりなど毛頭なかったのですが、浜松出身だというその方が言われるには(株)一条工務店は浜松ではテレビ広告はいっぱいやっているそうでした。・・ということは、(株)一条工務店という会社は研修で従業員に嘘を教えていたということか・・・。
  そういえば、(株)一条工務店の展示場にはビデオデッキが置いてあって、そこに、住宅についての30分でのテレビ番組みたいな内容のものがいくつも収録されたビデオがあったのです。(株)一条工務店はそのあたりに力を入れて、お客様に見ていただくためのビデオをそれだけ作成しているということか・・・と最初は思ったのでしたが、そのわりに、30分の放送の番組みたいに(株)一条工務店のコマーシャルみたいなやつが中に入っているのです。「おじいちゃん、おばあちゃんと住める家♪」とか言って。「おじいちゃん、おばあちゃんと住める家♪」という文句からして、「地方」の会社という感じがしますけれどもね。
  結論を言うと、そのビデオというのは、静岡県・愛知県で静岡放送だったと思うのですが、30分の住宅に関しての番組を(株)一条工務店がスポンサーとして放送したものの収録だったのです。東京大学農学部名誉教授で明治大学教授の杉山英男先生が出てきて「戦後、日本で強くなったものとして、女性と靴下と言われますが、私はそれにもうひとつ、木造住宅というものをあげたい」とか話したり、あるいは、インテリアコーディネーターの村上英子先生が(株)一条工務店の浜松のインテリア館でそこにある輸入家具を見ながら(株)一条工務店の企画室室長の鈴木なんとかさんと対談をしたり・・と、毎回、内容を変えて、住宅に関する話題を提供するという番組でしたが、
地震と木造住宅 - 杉山 英男
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インテリアとともに歩んだ60年 - 村上英子
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  そういった番組の各回を収録したビデオが各展示場に置かれていて、従業員で欲しい人は販売もしていたのです。但し、その後、「買った」はずのものを、「貸した」などと(株)一条工務店は言い出したので、「これは『買った』はずのものですから、『借りた』ものなら返しますがお金を払って『買った』ものを返せと言われる筋はありませんから返しません」と言ったところ、「それでは返してもらわなくてもいいですう」と本社の人間は言ったので、別にそのまま持たれても困る性質のものでもないので、『買った』『売った』ものを返してもらわなくても困らないようでした。
  その番組のある回の放送の時に、(株)一条工務店の企画室室長の鈴木なんとかさんが登場して、アメリカ合衆国・カナダから船で木材を丸太の状態で運んでいる貨物船の写真を見ながら、「船の甲板の上に直接、丸太を載せて運んでいますね。潮風に当たっての塩害が心配です。その点、当社では、アメリカ合衆国のオレゴン州の工場で角材に加工した上で、すべてコンテナの中に入れて運ぶというようにしております」と、女性のアナウンサーに向かって話しているのが放送されていたのです。
  それを見て、え? 木て潮風にあたると「塩害」に合うの? ・・と思ったのでした。
  鉄骨造の建物の工場なら潮風にあたるのは良くないというのはわかります。1990年代、(株)一条工務店で福島県いわき市の営業所にいた時、茨城県北茨城市の海に近い場所で建てていただいた某様宅で、釘などは銅かステンレス鋼のものを使うようにしてもらいたいと言われ、それまで住まれていた家を見せていただいたところ、たしかに、鉄製のもので外に出ている所が内陸部ならないような錆び方をしていました。又、海に近い場所では、単にそこにいるだけではわからなくても、空気の中に潮風が混じっていることがあります。千葉県浦安市に住んでいる親戚の者は洗濯物が、それまで住んでいた内陸部に比べて、どうも、じとっとした感じになるといったことを言っていました。ですから、海に近い場所では鉄骨造ではなく木構造で建てるようにした方がいいのだと北茨城市で建てていただいた方も言われて(株)一条工務店で建てていただいたのです。
  鉄製のものは海に近い場所は潮風にあたることで、そうでない場所よりも錆びやすくなるということがあるようですが、木の場合は「錆びる」ということはありませんから、別に潮風にあたっても特に関係ないのではないのか・・と私は思っていたのですが、ところが、(株)一条工務店の鈴木企画室室長は、丸太を船の甲板の上に直接置いて運んでいる写真を見て「塩害が心配ですね」とテレビで発言なさっておったのです。(株)一条工務店では、その頃、社長の大澄賢次郎の他は、企画室室長の鈴木なんとかさんと業務推進室の山本庄一さんと営業部次長の天野隆夫さんの3人が同格で社長に次ぐ2番目の立場だと言われていましたので、その2番目の人が言われたこと、それも、「飲み屋で酒が入った状態で口にしたこと」ではなく、(株)一条工務店がスポンサーとなって放映している住宅に関するテレビ番組の中で発言なさったことですから、理由のない発言ではないのでしょう・・と考えた。又、これは記憶がはっきりしないのですが、鈴木なんとかさんは、工場見学会の時にも、ハンドマイクで「一条工務店では、梁桁材として使用している米松(ダグラスファー)はアメリカ合衆国オレゴン州で現地で買って一条U.S.A.の現地の工場で角材に加工してコンテナに入れて船で運ぶようにしております。商社が輸入する場合には、丸太のままで船の甲板に載せて運びますから潮風にあたるということがありますが、一条工務店の場合はコンテナの中に入れて運ぶようにしておりますから潮風にあたることもありません」といった発言をされていたように思うのです。
  それで・・・。 木が潮風にあたって塩害を起こすということはあるのか・・・という時、どういう状態の木のことかという問題もあります。
(1)「木材」「材木」としての木ではなく伐採される前の土に根が張った状態の木ですと、潮風に強い木とそうでない木というのがあるでしょう。海に近い場所に生えることが多い木と内陸部にしか生えない木というのがあるはずです。松でも赤松と黒松では、黒松の方が海岸部に生えることが多いと今村隆『これだけは知っておきたい建築用木材の話』(鹿島出版会)にも出ていますし、潮風にあたってもどうということもない木もあれば、潮風にあたると弱い木もあるということでしょう。
建築用木材の知識 (これだけは知っておきたい) - 今里 隆
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伐採されて建築用木材となった場合にどうかというと、丸太の状態のものと製材されて角材となったものとでは同じではないでしょう。
(2)丸太の状態のものでは、海辺に「貯木場」てありますでしょ。東京には江東区に木場という場所がありますが、最近ではその南に新木場という場所ができて、新木場に「貯木場」がありますが、丸太を海につけています。伊勢湾台風の時には、名古屋の高潮で潮位が上がっているところに台風が貯木場を襲ったことから貯木場の丸太が人家を襲うことになった・・と言われますね。海水に漬けるくらいですから、それから考えると、丸太の状態なら少しくらい潮風にあたってもどうということはないのではないのか・・・と思うのですが、鈴木室長は「塩害が心配ですね」とテレビで話されているのです。鈴木室長がそう言われるのであればそうなのでしょう・・と私は考えた。(株)一条工務店のアメリカ合衆国での現地法人の(株)一条U.S.A. という、たぶん、エビソンランバー社の中に机が1個あるかどうかみたいな会社が、アメリカ合衆国オレゴン州ポートランドで現地で買って現地の工場で角材に加工したというもんは、「当社ではコンテナの中に入れて運ぶようにしております」ということでしたが、コンテナの中というのは完全に密閉されているとまでは言えないので、海の上を船で運ぶ途中で空中に少しくらいは塩分はあるかもしれませんが、それでも甲板に露出している場合よりは潮風にあたる度合いは小さいでしょう。
(3)貯木場では海水に丸太を漬けたりしており、あれは海水に漬けた方が丸太を傷めないと考えるから漬けているのではないのかと思っていたのですが、ともかく、海水に丸太を漬けたからという理由で「塩害」に合うということはなさそうに思えるのですが、すでに製材した角材を貯木場で海水に漬けるということをしているのは見たことはありませんから、角材は海水に漬けない方がいいのかもしれません・・が、そのあたりの理由についてはどうもよくわからない。海水に漬けるメリットはないとしても、潮風にあたったとして、特にマイナスの影響は受けるのでしょうか。
  鉄鋼であれば潮風にあたる場所というのはそうでない場所よりも「塩害」に合うということは十分考えられるでしょうし、又、最近の建物というのは鉄骨造であっても木で作られている部分はありますし、木構造でも金属は使用していますから、木構造であっても金属の部分が「錆びる」という心配がまったくないというわけではありません。しかし、木の部分というのは潮風にあたると「塩害」を起こして傷むのでしょうか。
  そのあたりについて、よくわからなかったのですが、鈴木室長がおっしゃっておるからにはまったく論拠がないことではないのであろうと思ったのです。そのうち、営業部次長(⇒営業本部長⇒取締役)で東京営業所長を兼任していた天野隆夫が浜松工場のことを話しましたので、そうだ、尋ねてみようと思ったのです。鈴木室長は丸太を船の甲板の上に直接積んで運んでいるものを「潮風にあたりますから、塩害が心配ですね」と話し、「その点、当社ではコンテナの中に(製材した角材を)入れて運んでおります」とテレビの住宅に関する番組で話していたのですが、もしも、潮風にあたるから塩害が心配だということならば、(株)一条工務店の栃木工場は内陸部だから関係ないとして浜松工場は海のすぐそばですから、人間が単にそこにいるだけだと潮風が吹いている、潮風にあたっていると特に自覚しないかもしれないけれども、実際には潮風が吹いている、空中に塩分はあるはずです、船の甲板上に丸太を積んでいても、運んでいる時だけであるのに対して、(株)一条工務店の浜松工場の敷地では角材を屋外に置いていますから、船の甲板上とどっちが潮風にあたる時間が長いかはどちらとも言えないかもしれませんが、決して短くない時間、浜松市南区倉松町の浜松工場の敷地内において潮風にあたっているのではないかと思われたのです。それで、鈴木室長と同格で(株)一条工務店では社長の次の立場だと言われる営業部次長の天野隆夫さんに尋ねてみたのです。「浜松工場は海に近い場所ですが、外に置かれている角材が潮風にあたることでの塩害の心配というものはないのですか」と。
  そう質問すると、こうこうこういう理由でそれは問題ないのだ、船の甲板の上で丸太が潮風にあたる場合はこういう理由でよくないけれども、浜松工場の敷地内で角材が潮風にあたってもこういう理屈で何ら問題はでないのだ・・といった説明をしてもらえるだろう・・と思い込んで質問したのでした。天野隆夫さんは「社長の次の立場」と従業員の間では言われていましたが、東京営業所長でもあり、その時点では私のすぐ上の立場の人でしたから、東京展示場には「主任」で「リーダー」の宮崎さんもいましたが宮崎さんに尋ねてもよくわからないみたいでしたので、それで東京営業所長兼任の天野隆夫さんに質問したのです。質問すれば答えてもらえるだろうと思い込んで。
  そうすると、営業部次長(⇒営業本部長⇒取締役)の天野隆夫さんはどうおしゃったかというと、「エスバイエルに行け、おまえはあ! そんなこと言うならエスバイエルに行けえ!」と、そうおっしゃったのです。エスバイエル(株)なんか、ここでは何の関係もないはずでしたが、突然、エスバイエル(株)という会社の名前が出てきたのです。・・なんかもう、わけわからん・・・。
  結局、今でも、木材は潮風にあたることで「塩害」を起こすことはあるのかないのか、というのはよくわからない。鈴木室長が「塩害が心配ですね」とテレビで話されていたのですから、何か論拠があって言われたことなのでしょうけれども、自分のすぐ上の立場の東京営業所長だった天野隆夫さんに質問すると「エスバイエルに行け」というのがその返答でしたが、エスバイエル(株)の工場部門のエスバイエル住工(株)の工場は、その頃は滋賀県の甲西町と茨城県のつくば にあって、どちらも内陸部、海からは距離がある場所でしたが、それが何か関係あったのでしょうか。ぼく、頭が悪いからなんか、さっぱりわからへん。
  鈴木室長とは会うことはあまりなかったので直接きけなかったのですが、「潮風にあたって塩害が心配ですね」と発言したのは私ではなく鈴木室長ですから、ですから、一度、浜松本社に鈴木室長を訪ねていって「エスバイエルに行けえ、おまえはあ!」と言ってさしあげると良かったのかもしれませんね。実際のところ、今も、エスバイエル(株)がどう関係あるのかさっぱりわからないのです。ぼく、頭が悪いのでしょうか。
  私は、もともと、鉄は潮風にあたるとあまりよくないのではないかと思っていたのですが、どの程度良くないかはわかっていなかったのですが、1990年代、茨城県北茨城市で建て替えられた某様宅が海に近い場所で、それまで住まれていた家で鉄でできたものが錆びているのを見せてもらって、こんなに影響が出るものなんだと潮風が鉄などの金属に与える影響の大きさを実感したのです・・が、木は潮風にあたっても特に関係ないのではないかと思っていたのです。ところが、(株)一条工務店の鈴木室長が、丸太を船の甲板に直接に積んで運んでいる船について「潮風があたってしまいます。塩害が心配ですね」とテレビの住宅番組で発言していたので、それで、木も潮風にあたると良くないのか・・と思ったのですが、それなら、(株)一条工務店の浜松市倉松町4040の浜松工場は海のすぐそばですから、倉松町の浜松工場の敷地に置かれている角材は、当然、潮風にあたっているはずですが、船の甲板の上で丸太が潮風にあたるのは「塩害が心配です」で、浜松市倉松町4040 の(株)一条工務店の浜松工場で角材が潮風にあたるのは問題ないというのは、会社の上から二番目の方がおっしゃっているからには当然何か理由があってのことでしょうから、お客様からそれを指摘されて私が答えられないということではいけませんから、お客様から指摘される前に、どういう理由で船の甲板の上で丸太が潮風にあたるのは「塩害が心配」であるけれども(株)一条工務店の浜松市倉松町4040の浜松工場の敷地で角材が潮風にあたるのは問題ないのか、お客様から言われる前に、あらかじめ、なぜなのかを確認しておきたいと思い、それで、東京営業所長の天野隆夫さんに質問したのでしたが、ところが、天野隆夫さんは、なぜ、船の甲板の上に丸太を積んでいるのは「潮風にあたってしまいますね。塩害が心配です」ということになり、海に近い浜松市倉松町4040 の(株)一条工務店の浜松工場の敷地で潮風にあたるのは問題ないのかは説明してくれず、かわりに「そんなこと言うなら、エスバイエルに行け、おまえはあ」とおっしゃったのでせすが、私は、もともと、木は潮風にあたってもあまり関係ないのではないかと思っていたのであり、木が潮風にあたると「塩害が心配です」と言ったのは私ではなく鈴木室長ですから、「エスバイエルに行け、おまえはあ」という文句も私にではなく鈴木室長に言うべき文句であったはずです。鈴木室長とはあまり会う機会がなかったのですが、今から考えると、会う機会があったらではなく、こちらから訪ねて言って、鈴木室長に「エスバイエルに行け、おまえはあ」と言ってあげるべきだったなあ・・と思い、後悔しています。鈴木室長さんは初代社長の大澄賢次郎さんと同年齢とききましたので、今はそれなりの年齢で、もう引退されているかもしれませんが、これからでも、浜松市西区大久保町に引越した(株)一条工務店の浜松本社を訪ねていって、「すいませんが、鈴木室長さんにお話ししたいことがありますので、鈴木室長さんのご自宅の住所を教えていただけませんか」と尋ねて、鈴木室長さんのお宅に行き、「エスバイエルに行け、おまえはあ!」と怒鳴りつけてやるべきかもしれませんね。そうした方がいいのではないでしょうか。天野隆夫さんは私に「そんなこと言うなら」とおっしゃるのですが、「そんなこと」を言ったのは私ではなく鈴木室長なのですから、鈴木室長さんに「エスバイエルに行け、おまえはあ」と言うべきものですね。私の所で止めておくのは好ましくないことで、鈴木室長さんにぜひとも「エスバイエルに行け、おまえはあ」と言ってさしあげるべきでしょう。


( ↑ 静岡県浜松市西区大久保町1227-6
  現 (株)一条工務店 「浜松本社」)

  木構造の建物といえども金属も使ってまして、「火打ち」というコーナーの部分で斜めに入れる材を、その頃は、土台の所の「火打ち土台」は住友林業も一条工務店も木製のものを入れていましたが、1階と2階の間の火打ち、3階建ての場合の2階と3階の間の火打ちは住友林業は木製のものを入れていましたが(株)一条工務店では金属製のものを入れていました。実際には火打ちは木製のものでも金属製のものでもどちらでもいいようですが、(株)一条工務店は金属製のものを使っていました。筋交いプレートという筋交いを土台・柱と接合する部分、梁・柱と接合する部分で引っ張りの力が加わった時もはずれないようにする金物がありますが、その頃は住友林業では平金物というぺったんこの金物を貼りつけていたのに対して(株)一条工務店ではボックス型の筋交いプレートを使用していました。最近ではボックス型の筋交いプレートを使う所が多くなってきて、住友林業でもボックス型のものを使っているのではないでしょうか。 羽子板ボルト・両引きとかそういった名称で梁桁材をとめる金物も使用しています。鉄筋コンクリートの基礎と木製の木とをとめるアンカーボルトも金属製です。そのほか、構造に使用する金属製の部品はいくつもありますが、金属製の部品は浜松工場にあっても浜松工場で作っているわけではなく、カナイ とか、そういった金物の会社から買っていましたので、一時的に浜松工場に搬入して、それを各工事現場に送ったとしても、そう長い期間、浜松工場に置いているわけでもないので、潮風にあたってどうこうということはないかもしれませんが、釘・ビスといったものは、できれば潮風にあたらない方が良さそうではありますが、はたして、浜松市南区倉松町という海に近い場所にそういったものを搬入から搬出までの間に置いておいたからということで「塩害」によって「錆びる」ことになるものか、特に気に留める必要はないものなのか、それはよくわかりませんが、どちらかというと、多少は海から離れた場所の方が、実際に影響があるかないかにかかわらず、そういったことに気をもむ必要はないかもしれません。
  (株)一条工務店が浜松工場を浜松市西区大久保町の現在の場所に引越しよった・・・というのは、大久保町の方が東名高速道路の「浜松西」インターチェンジに近いので、搬入の際も搬出の際も高速道路を使用してトラックが移動する場合は便利だということと、何よりも「防潮堤」なんて作っても、はたして、倉松町4040 のあたいに効果があるのかないのかよくわからない・・ということがあると思いますが、海に近い場所の倉松町よりも、内陸部に入った大久保町の方が「塩害」を受けるということがあるかないか・・といったことに気をもむ必要はないであろうということもあったのかもしれません。
   ・・・で、エスバイエル(株)は何の関係があるのか・・、今もよくわからんのです。どなたかわかる方、おられますか。ぼく、頭わるいからなんか、さっぱりわからへんのですが、鈴木室長に「エスバイエルに行け、おまえはあ!」と一度は言ってやりたかったのですが、又、言ってやるべきだと思ったのですが、どうも、その機会がなかなかありませんでした。

  もうひとつ、(株)一条工務店の入社してすぐの研修の時に、講師役で来た静岡県地域の課長だった石橋さんから、「土台については他社でも加圧注入材を使っている会社はあるけれども、一条工務店の場合は加圧注入のタンクとプレカットの機械の両方を自社で持っているから、機械プレカットで先に加工してから加圧注入することができるので、一番良く注入できた部分が表面にくるのに対して、他社の場合は注入したものを買ってそれを加工するから、せっかく注入しても一番良く注入できている部分を切り落としてしまうことになる。それではだめで、土台は基礎の上に横たわっている木材で、一番、腐りや白蟻の被害に合いやすい木材ですから、一条工務店のように加工するものはすべて先に加工してそれから注入するというようにしないと腐り・白蟻にやられてしまうことになる。一条工務店の場合はすべて注入する前に加工していて、注入してから加工するものはまったくない。こういうやり方をしないと腐り・白蟻でやられてしまうことになる。これを必ずお客さんに話すようにしてください」と教えられたのです。なるほど~、そうかあ~あ。土台は特に腐り・白蟻の被害に合いやすい木材だから、すべて加工してから防腐防蟻剤を注入するというようにしないといけないんだあ、(株)一条工務店はそれだけ腐り・白蟻の対策を考えてやっているんだあ~あ・・と思ったわけです。
  ところが・・・。鉄筋コンクリートの基礎とその上に横たわっている土台を緊結しているアンカーボルトは、鉄筋コンクリートの基礎から上に突き出ていて、そこにアンカーボルトの穴が開いた土台を突っ込んで、土台の上に突き出たアンカーボルトをナットで締めつけます・・が、このアンカーボルトの穴というのは、いつ開けるか知っていますか? 木構造の戸建住宅建築業の会社の従業員なら知っている人が多い、(株)一条工務店の従業員なら知っているはず・・ですが中には知らずに売っている器用な営業もいるかもしれません。私なら、そんなことも知らずに売れるわけない・・と思うのですが、敷居と鴨居の違いも知らんのと違うか、柱と梁の違いも知らんのと違うか・・みたいな人でなぜか売っている人というのもいるみたいなのですが、建築関係の仕事についているわけでもなく、大工の息子とかでもないという人は普通は知らないと思いますが、木構造の場合は基礎工事が終わった後、上棟の何日か前に、担当の大工が工事現場に来て土台を据えますが、その時にアンカーボルトの穴も開けて、土台に開けたアンカーボルトの穴にアンカーボルトを通して土台を据えます。
  私は、(株)一条工務店の入社してすぐの研修で講師役の石橋さんから「土台については他社でも加圧注入材を使っている会社はあるけれども、一条工務店の場合は加圧注入のタンクとプレカットの機械の両方を自社で持っているから、機械プレカットで先に加工してから加圧注入することができるので、一番良く注入できた部分が表面にくるのに対して、他社の場合は注入したものを買ってそれを加工するから、せっかく注入しても一番良く注入できている部分を切り落としてしまうことになる。それではだめで、土台は基礎の上に横たわっている木材で、一番、腐りや白蟻の被害に合いやすい木材ですから、一条工務店のように加工するものはすべて先に加工してそれから注入するというようにしないと腐り・白蟻にやられてしまうことになる。一条工務店の場合はすべて注入する前に加工していて、注入してから加工するものはまったくない。こういうやり方をしないと腐り・白蟻でやられてしまうことになる。これを必ずお客さんに話すようにしてください」と教えられたものですから、(株)一条工務店は「加工するものはすべて先に加工してそれから注入するというように」していると石橋さんから聞いたものですから、だから、当然、(株)一条工務店の場合はアンカーボルトの穴もまた、防腐防蟻剤を注入するよりも前に開けていて、工事現場で上棟の何日か前に工事現場で大工が開けているなんてことはしていないであろう・・と思い込んでいたのです。ところが、実際には(株)一条工務店の工事現場ではアンカーボルトの穴は工事現場で大工が開けていたのです。あれえ~え? これだと「一条工務店の場合は加圧注入のタンクとプレカットの機械の両方を自社で持っているから、機械プレカットで先に加工してから加圧注入することができるので、一番良く注入できた部分が表面にくるのに対して、他社の場合は注入したものを買ってそれを加工するから、せっかく注入しても一番良く注入できている部分を切り落としてしまうことになる。それではだめ」と石橋さんが教えてくれた話から考えて、(株)一条工務店の建物もまた、土台のアンカーボルトの穴の部分は注入してから加工しているので、そこから腐り・白蟻の被害が出てくる・・ということになるのではないか? 何らかの理由でアンカーボルトの穴についてはかまわないのだろうか。どういう理由だろうか?・・・と思ったのです。
  木構造の建物の場合は、土台のアンカーボルトの穴は上棟の少し前に大工が工事現場で開けて土台を据えていますが、鉄骨造の建物の場合は鉄の土台に工事現場で穴を開けることはできませんから、あらかじめ土台にアンカーボルトの穴は開けられていて、そのかわり、鉄骨造の建物のアンカーボルトは木構造の建物のアンカーボルトよりもずっと正確な場所に出ているようです。誰に聞いたかというと、積水ハウス(株)が鉄骨造の建物だけ建てていた時代に積水ハウス(株)の工事担当をやっていた人から聞いたのです。どうやって聞いたかというと、積水ハウス(株)まで行って聞いたのではなく、(株)一条工務店に元積水ハウス(株)の工事担当やっていた人がいたから教えてもらったのです。鉄骨造の建物ではアンカーボルトの穴は工事現場で開けるのではなく先に工場で開けていたのですから、木構造でも工事現場で開けるのではなく、先に工場で開けて『加工してから注入』するようにするというのは、やろうと思えばできないことはないはずでしたが、(株)一条工務店ではアンカーボルトの穴は『注入してから加工』していたのです。
  それで、東京営業所長だった天野隆夫さんに「アンカーボルトの穴は、注入してから開けるという順番でもかまわないのですか?」と質問したのです。質問すると「それは、こうこうこういう理由でアンカーボルトの穴については、注入した後で加工して開けても問題ないんだ」と言うか、それとも「できれば、アンカーボルトの穴も注入する前に開けておきたいところなのだけれども、今はそうはできないでいるので、やむをえず、アンカーボルトの穴については『注入してから加工』という順番になっているんだ」と言うか、ともかく、そういった説明をして答えてもらえるだろうと思ったのです。又、天野隆夫さんは東京営業所長であるとともに営業本部長でもあったのですが、当然、そういったことに気づかない従業員よりも気づく従業員の方を会社は高く評価するでしょうし、そういったことをお客様から指摘されて初めて知るようなおめでたい従業員よりも、お客様から指摘される前にきっちりと認識して、実際にはどうなのか把握して、お客様から質問された時にはどう答えたものか考えておこうとする従業員の方が、当然高く評価してもらえるであろうと思って質問したのです。
  すると、私の質問に対して東京営業所長で当時は営業部次長、その後、営業本部長を兼任していた天野隆夫さんは何とおっしゃったかというと・・・「エスバイエルに行け、おまえはあ!」「そんなこと言うならエスバイエルに行け、おまえはあ」とそうおっしゃったのです。エスバイエル(株)なんて、ここでは全然関係ないはずですが、なぜか天野隆夫さんは「エスバイエルに行け、おまえはあ!」とおっしゃったのです。・・ということは、もしも、見込客あるいは契約客から「一条工務店さんは、《他社でも土台に加圧注入材を使用している会社があるけれども、他社の場合は注入したものを加工するから、せっかく防腐防蟻剤を注入しても一番良く注入できた部分を切り落としてしまうことになるけれども、一条工務店の場合は自分の会社でプレカットの機械と加圧注入のタンクを持っているから、だから、『注入してから加工』ではなくすべての部分を『加工してから注入』するという順番でやっているから、だから、一条工務店の土台は腐りや白蟻にやられない。『注入してから加工』という順番でやっている会社の建物は、土台が『注入してから加工』した部分から腐り・白蟻にやられてしまいます。土台が腐った建物というのは、もうだめですね》と言われたわけですが、一条工務店の土台もアンカーボルトの穴の部分は『注入してから加工』しているわけですから、そこから腐りや白蟻にやられてだめになってしまうということですか?」ときかれた時には、その見込客もしくは契約客に向かって「エスバイエルに行け、おまえはあ」と、こう言えということだと理解していいということでしょうか。
   いきなり、「エスバイエルに行け、おまえはあ」などと言われたら見込客もびっくりするでしょうね( 一一)・・・ どうも、天野隆夫さんとしては、見込客もしくは契約客から「アンカーボルトの穴は注入してから加工するという順番でもいいのですか?」と質問された場合を考えて、どうなのか、先にきっちりと会社に質問して聞いておこうと思う人間には「エスバイエルに行け、おまえはあ」とおっしゃるらしかったのですが、しかし、「『注入してから加工』ではだめで『加工してから注入』という順番でないと土台は腐ってだめになってしまいますね」と発言したのは私ではなく、(株)一条工務店の公式な研修において講師役で来た石橋さんでしたから、ですから、「『注入してから加工』ではだめで『加工してから注入』という順番でないと土台は腐ってだめになってしまいますね」と言った人間には「エスバイエルに行け、おまえはあ」と言う必要があるのなら、それは私に言うのではなく石橋さんに言うべきであったはずで、石橋さんに言わないといけないことであったはずですね。
  実際に、腐り・白蟻の被害を防ぐという点からどうすべきなのかというと、これは杉山英男『デザイナーのための木構造』(彰国社)に載っていたと思ったのだが、今、同書を見返すと見つからないので他の本で読んだのかもしれないが、防腐防蟻の薬剤処理は表面塗布の方法と加圧注入の方法があって、加圧注入の方法の方が表面塗布処理よりも木の内部まで浸透するのだが、表面塗布処理の場合は、工事現場である程度組みあがってから表面塗布処理をおこなうことが多いため、すでに組み合わされた部分が塗りにくいという問題があり、加圧注入の方法だと工事現場で組み立てるより前に加圧注入するので、組み立てた際に木と木が接している部分にもすでに注入されているという長所があるけれども、加圧注入した後に切ったり削ったりした場合にはよく注入できた部分を削り落としてしまうことになる。〔アンカーボルトの穴だと、土台を貫通させるように開けるので、中の方は注入できていない部分が表に出てくることになる。〕だから、加圧注入の方法によった場合も、加圧注入した後に切ったり削ったりした部分を表面塗布処理するべきだ・・というのだ。 しかし、それは防腐防蟻をおこなう上で理想的な状態から考えたものであって、実際に、日本の戸建住宅建築業の会社がそこまでやっているかというと、たいていの会社はそこまではやっていないと思うのだ。もうひとつの方法として、土台に米栂(べいつが)(ヘムファー)に加圧注入した木材を使用するのではなく、桧・ヒバ・栗といった防腐防蟻処理をしなくても最初から腐り・白蟻に強い木を使うという方法だが、この方法なら、先も後もなく、切っても削ってもすべての場所が腐り・白蟻に強い木材でできていることになる。しかし、加圧注入の方法でCCA⇒ACQ を注入した木材は桧・ヒバ・栗といった最初から腐り・白蟻に強い木材よりも腐り・白蟻に強いとも言われるらしい。それで、(株)その頃の一条工務店は、米栂(べいつが)(ヘムファー)にCCA〔後にACQに変更〕を加圧注入した木材(「ボリデン」と言われる)を土台に使っていたらしいが、防腐防蟻の点から一番理想的な状態にしようとすれば、自社で機械プレカットしてから加圧注入して、自社で機械プレカットして、アンカーボルトの穴も先に工場で開けて、その後に加圧注入して工事現場に届け、アンカーボルトは鉄骨造の建物と同様に先に開けたアンカーボルトの穴にぴったりと合うように正確な位置に出してもらうように基礎屋に依頼するというようにやればよかったのだろうけれども、(株)一条工務店はそこまではやっていなかった・・ということのようだ。
  企画室室長の鈴木なんとかさんは初代社長の大澄賢次郎氏と同年齢で大澄賢二郎氏の義理の弟の天野隆夫さんより少し年上でしたが、課長の石橋さんは社長の大澄賢次郎氏や鈴木なんとかさんより少し年下で、営業部次長⇒営業本部長の天野隆夫さんと同じくらいの年齢でしたが、私よりも年上で私自身が若くなくなってしまいましたから、それから考えると、石橋さんももう引退しているかもしれませんが、たとえ、引退なさっていても、天野隆夫さんのおっしゃったお話から考えると、「『注入してから加工』ではだめで『加工してから注入』という順番でないと、加圧注入材の土台でも、加圧注入してから後で少しでも切ったり削ったりしたら腐り・白蟻にやられてだめになってしまいます」と言ったのは私ではなく研修に講師役で来ていた石橋さんですから、発言なさった石橋さんに「エスバイエルに行け、おまえはあ!」と怒鳴りつけてやる必要があります。もう、退職されたのであっても、(株)一条工務店の本社なら連作先もわかることでしょうから、浜松市西区大久保町の現在の浜松本社に行って、「すいませ~ん。かつて、静岡県で課長だった石橋さんに『エスバイエルに行け、おまえはあ』という天野隆夫取締役からの伝言をお伝えしないといけないので、石橋さんの連絡先を教えていただけますかあ」と言って住所を聞いた上で訪問して、「エスバイエルに行け、おまえはあ」と怒鳴りつけてさしあげるようにする必要があります。浜松市には東名高速道路には「浜松」「浜松西」インターチェンジの他、その中間に「三方原」スマートインターチェンジ、「浜松西」インターチェンジの西に「舘山寺」スマートインターチェンジができ、その西には「三ケ日」インターチェンジがあり、新東名高速道路にもインターチェンジが複数ありますから、浜松をクルマで通る際に1か所のみ立ち寄るというくらいなら比較的立ち寄りやすい場所ではありますから、一度、(株)一条工務店の浜松本社に行って、企画室室長だった鈴木なんとかさんとともに石橋さんのお宅の住所も尋ねてみるといいでしょうね。これは石橋さんとしても営業本部長の天野隆夫さんのお言葉を聞けずにいるよりも、きっちりと聞いておいた方がいいでしょうし、伝言は止めずにきっちりと伝えるのが親切で礼儀でしょう。

  倉松町の(株)一条工務店の浜松工場跡地? から国道1号(浜松バイパス)に戻る際に、土の道を通ったところ、へこんだ所に釘でも落ちていたようで、それをはねたのか、タイヤに刺さり、この後、中村家住宅に行った後、発進すると前輪の片方のタイヤがパンクしていた。なんか、土の上に落していやがったか・・とも思うが証明できるわけでもない・・が、私が通った道というのは土の道でも公道だと思ったし、公道だと思うから通ったのだが、そんな場所に釘だか針だかのようなタイヤに穴があくようなものを落とすとすると、付近に落しそうな会社というと(株)一条工務店しかないのだが、300億円も従業員・元従業員に払っておくべきカネを払わずに貯め込んだカネから浜松市にくれてやるくらいなら、私のクルマのタイヤ1本の代金くらい出してくれんもんか・・とも思うが、そういうのは出しても「ええかっこしい」やるには役立たないから出さないのが(株)一条工務店。とりあえず、公道に釘とかそれ以外でもタイヤではじいた時にはねてパンクにつながりそうなものは拾っておいてもらいたいと思う。そうだと証明できるものがあるわけでもないが、そう古いタイヤだったわけでもないものがパンクしたのは、あの場所しか考えられないわけで、そこに何かはじいたらタイヤに刺さってパンクさせそうなものを落とすとすると、他の会社はありえない場所だから。
  だいたい、 「寄付」というのは多額の「寄付」する者というのはそのカネどうやって手に入れたかという問題があり、ある者から吸い尽くして貯めたものから別の者に「お・す・そ・わ・け♪」・・・というのは「あること」なのだが、浜松市民の皆さん、まさか、大澄賢次郎がせっせと「夜討ち、朝駆け」とか「滅私奉公」とかして働いたカネから「防潮堤の費用」と称する300億円が出ているなんてアホなこと思ってはおらんだろうなあ・・・。

  インターネット上で見ると「大澄賢次郎は男でござる」とか変な文句を書いたものとか見られる。なんだか、「英雄」にでもなったみたいだ。ナポレオンは最初は民衆の代表のように思われていて進歩派として支持を受けたが、そのうち、ナポレオン自身が皇帝になったことから、ベートーベンはナポレオンを想定して交響曲第3番「英雄」を作曲したものの、ナポレオンが皇帝になったというのを聞いて、怒って交響曲第3番「英雄」の「表紙を破り去った」(本体は破らなかった)といい、そして、「おまえのために、交響曲第3番には葬送行進曲も入れてある」と言ったという。
※ 《YouTuve-落ちた気分に寄り添う悲哀感ただよう曲⑤「交響曲第3番 第2楽章 葬送行進曲」ベートーヴェン》https://www.youtube.com/watch?v=lv2JyY95zQI

※ 《YouTuve-StopCovid 013 VKFエンターテインメント Gamma&デンセンマン&えべっさんvsペロ&くいしんぼう仮面&デルフィン》https://www.youtube.com/watch?v=clj3nWeZzTg
18:32~20:50
「給料あげろ、コラア!」
「おまえだけ ええもん食いやがって!」


《YouTuve-スペルデルフィン&くいしんぼう仮面&藤田愛vsポリスウ~メン&ミラクルマン&えべっさん【 大阪プロレス】 Osaka Pro 6 men tag》https://www.youtube.com/watch?v=AYgwjdpA4mw
15:18~15:45
「いつになったら給料上がんねん、こらあ!」
「なんぼや!、なんぼや、こら」

  この「えべっさん」のセリフのようなことを思って勤めてきた従業員・元従業員は全国にゴマンといるはずだ。従業員・元従業員にはまともな給料払わずにちょろまかしてきた労基法違反の常習札付き会社から「防潮堤の費用」などと称して300億円ももらった浜松市は労働者の敵であり国民の敵 である!!!
 こら、ええかげんにせんか、浜松市! おまえが受け取ったそのカネは俺のカネなんじゃ、こらあ!
 税金から給料もろとるもんが、労基法違反の会社と手くんでどないするんじゃ、こらあ!
 いくぞお、恵比寿落し~い!!!
 地獄へ落ちろ、鈴木康友!
 労基法違反の会社から行政が「寄付」もらうのがいいかどうか、考えたことないのか、鈴木康友!
 おまえ、法学部でいったい何、勉強してきたんじゃ。

※ 《一条工務店 サービス残業 「みなし労働時間」悪用 労働者が労基署に是正要求》https://www.jcp.or.jp/akahata/aik17/2017-11-25/2017112505_01_1.html

 遠州灘海浜公園中田島中地区(風車公園)の南西、「中田島砂丘」交差点に面した角〔浜松市南区中田島町〕に、
DSC09947.JPG
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↑ の掲示板が立っていて、
《 2011年3月11日に発生した東日本大震災の惨状を目のあたりにした株式会社一条工務店創業者の大澄賢次郎氏が・・・最大級の津波にも耐える防潮堤の整備をスズキ株式会社会長の鈴木修氏を仲介に市・県に提案。そして、その原資となる300億円を一条グループとして2011年5月8日静岡県に寄附を申し出た。・・》
などと書いてあるが、これはおかしい。
 (1) 「2011年3月11日に発生した東日本大震災の惨状を目のあたりにした」ということは「大澄賢次郎は東日本大震災の惨状」を当事者でもないのに見物に行ったということか?
(2) 「2011年3月11日に発生した東日本大震災」とその際の津波により、東北地方で(株)一条工務店で住宅を建てていただいた方でも被害にあった方は相当あったはずだ。 たとえ、命を失ったり怪我をしたりすることなく、(株)一条工務店で建てた家も無事であったとしても、その家が福島第一原発事故による放射能汚染による「避難地域」に指定されてそこに住めなくなってしまったという人もいるのだ。私が担当したお宅でも複数軒あるのだ。もしも、「恩返しをしたい」のなら、浜松市にカネ渡すよりも(株)一条工務店で建ててくださって(株)一条工務店に利益を下さった方で東日本大震災とその津波被害・福島第一原発事故による放射能汚染によって被害を受けている人が何人もあるのだから、それらの方の方に「恩返し」をする方が先であろう。なんで、東日本大震災には何ら被害を受けていない浜松市に「恩返し」をするのだ?!? おかしいだろうが!
・・・くらえ、恵比寿落し~い!!!
(3)東日本大震災において東北地方で被害が大きかった原因のひとつとして、「東海地震、東海地震」と言いまくってきたことにより、地震対策費用が静岡県及びその周辺地域に偏って使われたからではないかとも言われる。  (株)一条工務店もまた「地震と言えば浜松、浜松と言えば地震」「静岡県と言えば地震、地震と言えば静岡県」と何十年に渡って叫びまくってきた会社であり、(株)一条工務店の経営者というのは東北地方の地震被害を大きくした者の一員であろうが!!! 自覚がなさすぎる!
(4)たとえ、行政に寄附をするにしても、東日本大震災と津波、および福島第一原発事故による放射能汚染によって被害を受けた市町村の方に「恩返し」をする方が先であろうが。なぜ、東日本大震災と津波および福島第一原発事故で被害を受けた市町村にではなく浜松市に寄附したいのだ?・・というその「浜松中心主義」「浜松独善主義」はいったい何だ!
浜松市がそんなカネを平気で受け取るということは、浜松市は東北地方の震災に加担しているのに準ずるような態度であろう!
鈴木康友、おのれはそういう無神経な態度を取っているということが、その程度のこともわからんのか、低能未熟!
この程度の感覚もない者が大学行くな、鈴木康友!!!
落選しろ鈴木康友!!! 二度と通るな鈴木康友!!!

 《 2011年3月11日に発生した東日本大震災の惨状を目のあたりにした株式会社一条工務店創業者の大澄賢次郎氏が・・・最大級の津波にも耐える防潮堤の整備をスズキ株式会社会長の鈴木修氏を仲介に市・県に提案。そして、その原資となる300億円を一条グループとして2011年5月8日静岡県に寄附を申し出た。・・》などと、遠州灘海浜公園中田島中地区(風車公園)の南西カドのボードに掲載されているのだが、普通、大地震と津波があって多くの人が被害を受けた、かつ、原発事故があって放射能汚染から地震では倒壊などしなかった家屋でも避難地域に指定されて住めなくなってしまった地域が出た・・・となると、戸建住宅建築業の経営者をやってきた者ならば、自分の会社でその地域で建ててくださった方とその家は大丈夫だろうか、どうなっただろうか・・とまず考えるものではないか。実際に私が担当させていただいたお宅でも避難地域に指定された場所であるため、住めなくなってしまったという方があるのだが、そういう人の心配をするのではなく、そうではなく、浜松市に「最大級の津波にも耐える防潮堤の整備を」などと考える男というのは、その男、人間性に問題があるのではないか。 父親がそんな人間だから、息子が女性を刺し殺すのではないか?
  浜松市長の鈴木康友・静岡県知事の川勝平太・「仲介」したという鈴木修はそのあたりに気づかないのか? 気づかないということはそれらの者も同類ということか? 鈴木修は「勲二等」などというものを国からもらっているらしいが、この程度のことに気づかない人間に国は「勲二等」などというものを授与していたということか?

  「商工会議所」とは、《ウィキペディアー商工会議所》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%95%86%E5%B7%A5%E4%BC%9A%E8%AD%B0%E6%89%80 によると、
《 商工会議所(しょうこうかいぎしょ、英語: Chamber of Commerce and Industry)は、商工業の改善・発展を目的として、市など一定地区内の商工業者によって組織される自由会員制の公益経済団体。》
らしいのだが、それなら、(株)一条工務店の社長は1996年に退いて、その後は会長でも相談役でもヒラ取締役でもない、又、(株)一条工務店の大株主でもないという大澄賢二郎が、なぜ、浜松商工会議所に参加しているんだ?
 それとも、(株)一条工務店の株を99%持っているらしい「一条メガソーラー」か別の会社の代表取締役にでもなったのか? それならそれで、《株式会社一条工務店創業者の大澄賢次郎氏が》と書くのではなく、代表取締役に就任している会社名とその会社の代表取締役と明記するべきものではないか?!? 違うか?
浜松商工会議所 会頭で(株)ハマキョウレックス 代表取締役会長の大須賀正孝さん、もしも、大澄賢次郎が(株)一条工務店の代表取締役ではなく別会社の代表取締役であるのなら、それなら「株式会社一条工務店創業者の大澄賢次郎氏が」などと書くのではなく「株式会社なんたらかんたらごまかすための幽霊会社代表取締役の大澄賢次郎氏が」と明記すべきだと思いませんか? たとえ「創業者」であっても今はその会社の代表者ではない人を「創業者の誰それ」などと記載するのは不適切だと思いませんか?

 《 スズキ株式会社会長の鈴木修氏を仲介に市・県に提案 》などと書かれているが、スズキ株式会社 https://www.suzuki.co.jp/ というと、自動車・二輪車のメーカーとして知名度の高い会社で、(株)一条工務店のような「成り上がり」ではなく歴史のある会社のはずで、スズキ(株)HP の「会社概要」https://www.suzuki.co.jp/corporate/outline/ によると、スズキ(株)の社長は今も鈴木姓の人がなっているようだが、《ウィキペディアー鈴木修》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%88%B4%E6%9C%A8%E4%BF%AE_(%E5%AE%9F%E6%A5%AD%E5%AE%B6) によると、鈴木修はスズキ(株)の一族の息子ではなく岐阜県下呂市の出身でスズキ(株)の2代目社長の娘婿らしい・・・が、(株)一条工務店とは違ってスズキ(株)というのは、けっこう歴史のある社会的に定着した会社であり人によっては「名門」とも思っている人もいるのではないかと思うのだが、「名門」までいくかどうかともかく、そういう歴史があって全国で名前を知らない人はほとんどないような会社の会長ならば、(株)一条工務店が浜松市に多額の寄附をしたいと言うのを聞いたなら、とりあえず、
「お宅の会社は浜松市だけで商売されている会社ではなく、東北地方ほか全国で営業している会社で、東北地方で被害にあった市町村・県でも利益をいただいてきた会社ではないのですか」
「大きな被害を受けた東北地方からも利益をいただいてきた会社がその東北地方の県・市町村にではなく、特に被害を受けたわけではない浜松市に寄附されると言われるのですか」
という一言くらい言うべきであったのではないか?
 鈴木修さんは「勲二等」を受けておられるらしいが、日本の政府はこの程度のことも言えない人に「勲二等」を授与したのか?
鈴木修(すずき おさむ)さんという人は今、91歳で「勲二等」らしい・・ということは、いわゆる「上級国民」というやつなのか。
有名な飯塚幸三(いいづか こうぞう)さんは90歳らしいが、その仲間なのか?
※ 《YouTuve-【喧嘩】飯塚幸三被告へ抗議!演説をしたら妨害を受けた!?池袋暴走事故第8回公判で開き直る飯塚被告へ喝!》https://www.youtube.com/watch?v=urJglm-aay4
  「地震と言えば静岡県、静岡県と言えば地震ですね」と叫びまくることで、地震対策関連の予算を東北地方よりも静岡県方面に獲得するの働いてきた会社が、東北地方で地震の被害が出たとなると、またもや、東北地方ほかでもいただいた利益から「浜松市に恩返しをしたい」というのは、それは筋が通らないということはありませんか?・・といった一言くらい言うべきものではないか? 鈴木修さんは今現在では91歳と高齢らしく、東日本大震災があった2011年においても81歳だったわけだが、それでも、名前の通った歴史ある会社、(株)一条工務店みたいな「成り上がり」ではなく、(株)ハマキョウレックスみたいな浜松人は知っていても他県人は知らないような会社ではなく、全国で会社名を知らない人は少ないと思われる会社の会長を務めた人ならば、このあたりの思考があっていいのではないか。
   (株)一条工務店の社長ではなく会長でも相談役でもなく大株主でもなく、(株)一条工務店の代表者である代表取締役ではないにもかかわらず、(株)一条工務店の代表者ではない大澄賢次郎から(株)一条工務店として300億円の寄付をしたいと申し出を受けたのなら、
「大澄さんが個人として寄附をしたいと言われるのなら大澄さんが言われてもいいでしょうけれども、会社として寄附をしたいと言われるのであれば、そういう話は会社の代表者である代表取締役の方がされるのが筋ではありませんか」
という一言を言うべきであったのではないか?
 特に、鈴木修さんは中央大学法学部卒だそうだが、法学部卒の人間が、このあたりについて気づかないというのはおかしい。そんな「法学部卒」「法学士」はない。 (株)一条工務店とレベルを合わせると(株)スズキの評価も(株)一条工務店と同列になってしまう危険があるように思うのだが、スズキ(株)の現経営者の方たち、そう思いませんか?
  スズキ(株)の鈴木修さんは中央大学法学部卒で、「上級国民」でも飯塚幸三さんは東大卒であるのに対して中央大卒とそこのところはちょっと落ちるのだが法学部卒で、浜松市長の鈴木康友さんもまた慶應大学の法学部卒らしいが、けったいな「法学部卒」もあるもんやな
( 一一)( 一一)( 一一)( 一一)( 一一)

  1996年に息子が浜松市在住の女性を刺し殺したことから、「殺人犯の父親」という評価を受けた大澄賢二郎が、それから15年しか経っていない2011年、息子の懲役刑がまだ終わっていない時期に、2011年現在では自分は代表取締役ではない(株)一条工務店から従業員・元従業員の給料をかすめとって貯め込んだカネの一部分を浜松市に寄附することによって「殺人犯の父親」から「浜松市の郷土の英雄」に変身してやろうとして「寄付」をしたというその行為に加担した(株)スズキ の鈴木修、浜松市長の鈴木康友、静岡県知事の川勝平太。おのれらは人の皮をかぶった鬼畜である。「恥を知れ~」
  スズキ(株)のクルマは今後は買わない・・と言っても、今までも買ったことはないし、もとからスズキ(株)のクルマみたいなもん、買う予定はないけどな・・・

( ↑ スズキ(株) 本社。 静岡県浜松市南区高塚町300 
スズキ(株)HP 「会社概要」https://www.suzuki.co.jp/corporate/outline/ )
↑ スズキ(株)の本社は、JR東海道本線「浜松」駅のひとつ西の「高塚」駅の北東にあるようだ。
  『名探偵コナン』に登場する「鈴木園子」のじいちゃん・・かどうかは知らんが、『仮面ライダー』が乗っているバイクの会社だ。
《YouTuve-仮面ライダー(スカイライダー) 第01話[公式](仮面ライダー50周年記念)》https://www.youtube.com/watch?v=c9ejQKZLpH0 でも、《YouTuve-仮面ライダーV3 第01話[公式](仮面ライダー50周年記念)https://www.youtube.com/watch?v=MqsetPtzzOg でも、画面に大きく「SUZUKI」と書かれたバイクが映し出されているから間違いない。『仮面ライダー』を見る限り、プリウスとは違って、ブレーキレバーを引いたら加速するなんてことはないみたいだ・・。
  スズキ(株)と言えば、企業でも(株)一条工務店みたいな「成り上がり」とは違って社会に認知された「名門」「老舗」の方の会社で、(株)ハマキョウレックスみたいに浜松の人間で知っている人はいるかもしれないが東京や大阪の人間は「そんな会社、初めて聞きましたわあ」て会社とは違って日本全国で会社の名前を言えば知らない人はほとんどないであろうと思われる会社である。(株)一条工務店の初代社長の大澄賢次郎は、1996年8月にドバカ息子で関連会社の(株)日信の社長にならせていた大澄隆史(男。当時、20代)が浜松市在住の女性を刃物で刺し殺し、懲役20年の実刑判決を受けた際に、社長自身がドバカ息子が重大な犯罪を犯し、会社の評価もマイナスになることが考えられる行為を犯し、又、消費税が上がる直前の大変な時期に従業員が大変な思いをして働いている最中にそのような行為を犯したことについて、又、そのようなアホを関連会社の社長にならせていたということについて、自分自身へのペナルティーとして社長を退いたはずで、社長を退いたとはいえ、息子の事件により会社経営に携わる気力を失ったということで人に会社をまかせるのではなく「影武者」を社長にならせて、「院政」どころかヒラの上くらいの従業員に社長でも会長でも相談役でも何でもないのに直接、命令したりしていたようだが、それでも、ともかく、「表には出ない」ということを自分自身に対するペナルティーとしたはずだったのに、息子の懲役刑もまだ終わっていない時期に、スズキ(株)の会長の鈴木修氏という「勲二等」の「上級国民」を仲介にして「お世話になった浜松市に恩返しをしたい」などと言って表に出てくるというのは、それは少々了見が違うのではないか、あまりにも節操がないのではないか・・・と、鈴木修氏は、まがりなりにも「名門」企業の会長であったなら、「勲二等」であったなら、大澄賢次郎に一言は言うべきだったのではないか。それを言えないようなら、スズキ(株)という会社も「その程度の会社か」・・ということになる。スズキ(株)の従業員の皆さん、そうなってしまうと思いませんか?

  (2021.7.15.)

☆ 「中田島砂丘」(浜松市南区中田島町 ほか)見学
1.浜松インターから中田島砂丘へ。遠州灘海浜公園の風車と凧と桜。ダムで砂丘がやせて、テトラポッドで砂流出を防ぐ。「アタマが浜松」思考から抜け出せない人。ガチンコで資格試験に通った者はずるくない。カネで買ったような建築学科卒の者や医科大裏口入学の者がずるい! ダンピング坪単価とテレビ広告で売る浜松営業こそずるい! https://shinkahousinght.at.webry.info/202106/article_7.html
2.樹木の生えた丘と土の丘が2列にある。テトラポッドが沖に。労基法違反の会社・脱税経験の会社・安全対策不備の会社から浜松市は寄付金をもらっていいのか? それが「福沢精神」なのか? それが「独立自尊」か?https://shinkahousinght.at.webry.info/202106/article_8.html
3.2列の丘。土の丘から見た浜松駅付近。高層ビルをありがたがる精神面がイナカモン。木質系プレハブもコンクリート系プレハブも鉄骨系プレハブと一緒にして建築現場の仮設小屋だと決めつける一条浜松流営業のデタラメをありがたがって聞くのはやめてください。一条の「がばいじいちゃん」(仮名)を見捨てる無慈悲な会社。https://shinkahousinght.at.webry.info/202106/article_9.html
4.海側の丘は砂丘でなく人工の「防潮堤」だった。従業員の賃金をへつったカネが「防潮堤」に化けた。法学部卒の浜松市長鈴木康友さん、それでいいのか?堆砂垣は昔はなかった。ダムで砂丘がやせた。https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_1.html
5.陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。松杭は今も地盤補強に使われている。条件のいい展示場にばかりいて人の契約横取りして棟数稼ぐ「金田みたいなやつ」たる自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」「MVPメンバー」https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_2.html
6.恥知らず「一条堤」碑。従業員の給料削ったカネを寄付する労基法違反の会社を称える浜松市と浜松商工会議所。息子・関連会社社長が女性を刺し殺した件で辞任したはずの社長が平気で顔を出す「一条堤」と平気で受け入れる浜松市長と静岡県知事と浜松商工会議所。https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_3.html
7.「防潮堤」は津波対策として河口付近には役に立たないのではないか。両隣の市にはむしろ津波の害を大きくすることはないか。CSG工法とは。自然に広まった名称が「通称」で誰かが決めたような名前は「通称」ではない。https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_4.html 
8.もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。「通称」とは「一条堤」のようなものを言わず、「パリ寮」のようなものを「通称」と言う。 https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_5.html
9.建物はあっても閑散とした倉松町の(株)一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むのか? 「当店は丹波産黒豆を使ってます」と丹波産以外も使っているのに言うラーメン屋みたいな建築屋。遠方から来る従業員は遅刻しないのに遅刻してくてふんぞり返る浜松営業。「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」〔今回〕
追分殺人事件 (角川文庫) - 内田 康夫
追分殺人事件 (角川文庫) - 内田 康夫
やつらに復讐してやりたいよな、と言いました」
秋山はいきなり、言った。
「復讐?」
自分の話の腰を、思いがけない言葉で折られたので、吉井はギョッとした。
「復讐と言ったのですか? あの、桑江さんが?」
「そうです。しかし、私も言いました」
「秋山さんも、ですか」
「はあ。ただし、私は臆病者だから、ほんとだよなとか、まったくだとか、そういう負け犬の遠吠えみたいなことしか言えませんでしたが」
「じゃあ、桑江さんは本気でそう言ったのですかね、復讐したいと」
「そうだと思います」
「やつらというと、誰のことですか?」
「それは・・・・」
秋山は視線を吉井に向けた。そんな決まりきったことを・・・・と言いたそうな目をしていた。

「つまり、炭鉱の経営者?」
吉井は慌てて確かめた。秋山は黙って、コクリと頷いた。
「そんなに憎かったのですかねえ」
「はあ、憎かったです。・・・・(略)・・・」
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
秋山はいちど視線を落として、それから眉をひそめて、言った。
「それに、会社ばかりが悪かったのかどうかは、ほんとのこと言うと、分からなくなっているのです」
「というと?」
「いまでも忘れられないのですが、(昭和)五十七年(1982年)の十一月三日、文化の日に、夕張の市民会館で、市政労働者の表彰がありまして、夕張の労働組合の委員長が表彰されました。賑やかにパーティがあって・・・・だけど、その三週間前に、私ら組合員全員が解雇されていたのですよね。そういう最中に、いいのかなあと、割り切れないものを感じていました。結局、われわれ下っ端は、両方から踊らされていたのかなあと・・・・」
「なるほど・・・・そうかもしれませんね。桑江さんはそんなふうに、客観的には考えられなかったというわけですか」
「分かりません。そういう、人がどう考えているのか、それを批判することもできませんし、どのくらい本気で憎んで、復讐しようとか、そういうこと、思っているのかも、分かりません」
「しかし、言葉では、少なくとも復讐したいと言っていたのですね?」
「はあ、いつかきっと復讐するって、必ずやるって言ってました」
・・・・・・
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
〔 内田康夫『追分殺人事件』1993.角川文庫 ↑
1988年(昭和63年)11月  双葉社より刊行。〕

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