中田島砂丘【8/9】もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。「通称」とは「一条堤」のようなものを言わず、「パリ寮」のようなものを「通称」と言う。

[第862回]
  砂丘というものはあった方がいいのか?  砂の供給がなくなった砂丘は人工的に維持するべきなのか?
今回はそのあたりについて考えてみたい。

  (株)一条工務店の仕事で浜松市南区倉松町4040 のかつての本社に行った時に乗ったタクシーの運転手のおじさんが「『浜松には何があるか』ときかれると『大阪城よりは小さいけれども浜松城がある、琵琶湖よりは小さいけれども浜名湖がある、鳥取砂丘よりは小さいけれども中田島砂丘がある』・・と私はこう答えるんです」と教えてくれたのだった・・が、中田島砂丘は今では砂の供給源がなくなったことから砂丘が痩せた・・ということもあるだろうけれども、それだけではなく、浜松市の対応の仕方が、あくまでも、地元の人が凧揚げ大会などに利用する場所として位置付けていて、他の都道府県の人に来てもらおうという姿勢は見られない。 国鉄が「分割民営化」してすぐの頃には「東京から一番近い砂丘、中田島砂丘。JR東日本」というラジオのコマーシャルを聞いたことがあるのだが〔東京から浜松まで新幹線で行ったら、乗る電車はJR東日本じゃなくてJR東海と違うんかい・・と後から思ったのだが、又、千葉県の御宿にも「砂丘」に近いものはあるし、静岡県でも中田島砂丘よりも東京に近い側に「砂丘」みたいな感じのがいくつかあるのではないか・・とも思ったが〕、そのコマーシャルも聞くことはなくなった。
  それぞれの施設の運営の仕方について、他県から来てもらっても悪いということはないけれども地元の人向けで運営している施設と、基本的には他県の人に来てもらおうということで運営している施設と、他県から来る人と地元の人の両方に利用してもらおうという姿勢で運営している施設とがあるのだが、私が行ったことがあるものとしては、鳥取砂丘は他県から来てもらうことを前提に運営されていたと思う。
  岐阜県高山市の飛騨の里 という古民家を集めた施設は、行ってみると他県から来ている人・外国からの観光客の方が多いけれども、他県から来る人・外国から来る人と地元の人の利用の両方を考えて運営されている施設だ。高山市には「さるぼぼバス」「町並みバス」という小型のバスが走っているが、高山市の人間はよく考えたなあと思ったのは、地元の人間の足としてだけだと成り立たない可能性があり、観光客だけ対象でも成り立たないかもしれないものを、地元の人の利用と観光客の利用の両方に利用してもらうことによって、市内移動に役立つバスを成り立たせていた点だ。
  それに対して、中田島砂丘と遠州灘海浜公園は、はっきりと地元の人対象であって、他県から来てもらおうということはまったく考えられていない。「一条堤」などと横書きで記載した(株)一条工務店の宣伝みたいな変な石碑まで設置したが、地元の人間は思わないかもしれないが、他の都道府県の人間が見ると、見る人が見れば「変な石碑( 一一)」て思うだろう。
  中田島砂丘は浜松市としても「観光資源」としては、もとから考えていないし活用していないし活用したいという考えはないのだから、「観光資源としては」別になくなってもいい・・のではないか。凧揚げ大会にしても、あくまでも、地元の人のリクリエーションだし。
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( ↑ 遠州灘海浜公園中田島中地区(風車公園)。 )
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( ↑ 中田島砂丘。 )

  「路線検索」で検索すると、JR「浜松」駅から中田島砂丘へは、遠鉄バスで「中田島車庫」行き に乗ると15分くらいで「中田島砂丘」バス停まで行けるらしい。だから、そんなに不便というわけでもないけれども、実際にその付近の雰囲気として、観光で売り出そうというような姿勢は感じられないし、遠州灘海浜公園にしても、他県から来たい私みたいな物好きは来てもいいけれども、基本的には地元の人向けの施設・・という雰囲気がぷ~んぷんしている。


( ↑ マーカーが「中田島砂丘」バス停。 )
  JR東海道本線の駅としては「浜松」駅と「天竜川」駅とが直線距離では同じくらいの距離のようで、「天竜川」駅は国道1号バイパスのすぐ西にあるので、「天竜川」駅からの方が自動車では行きやすいかとも思ったが、バスは「浜松」駅からは出ているが、「路線検索」では「天竜川」駅からのものは見当たらない。
※ 遠鉄バス 路線図 https://bus.entetsu.co.jp/search/routemap.html
 遠鉄バス 浜松駅(6)乗場、中田島砂丘方面行き時刻表 https://bus.entetsu.co.jp/rosen_time/20210401/20210401_nakatajima.pdf
  遠州灘海浜公園中田島中地区・中田島北地区に駐車場があるからクルマでも行けるが、浜松駅からのバスの本数も十分あるようだから、バスで行くのにも困らないようだ。

  そのあたりから考えると、津波の被害防止に砂丘が役立つのか役立たないのか・・ということは別として、あくまで、観光資源として考えると、中田島砂丘はもうなくなってもいいのではないのか・・という感じがする。地元の人の意識としても、「別に要らない」と思っているのではないか。そんな感じがする。

  砂丘というものが、災害防止に役立つかとかいったことは別として、あった方がいいかない方がいいかというと、石川県の金沢市の北側の内灘町などの内灘砂丘は、今では砂丘だった所を削り取って住宅地にしているらしい・・・という話が、内田康夫『砂冥宮』に出ている。かつての、内灘闘争を指揮した者が今では砂丘を崩して作られた住宅地に大きな家を建てて住んでいるのを、かつての「同志」がその無神経な態度を非難するという場面があるが、私は金沢市には、「わび」「さび」の数寄屋の桂離宮に対して「きれいさび」の数寄屋の代表と言われる成巽閣(せいそんかく)と兼六園を見たいと思って頑張って行ったことがあるが、残念ながら内灘に行く時間は取れなかったので内灘砂丘には行ったことがないのだが、内田康夫『砂冥宮』によると、かつて、砂丘だった所が住宅地になって、砂丘はほんとに小さくなってしまったらしい。
砂冥宮 (実業之日本社文庫) - 内田 康夫
砂冥宮 (実業之日本社文庫) - 内田 康夫
  鳥取砂丘は千代川によって海に流れ出たものが海岸に集まってできたと言われてきたが、鳥取港の所で、川の流路が変わるような工事をおこなった結果、砂丘が小さくなってきたという記事が出ていたのをインターネットで見たが、天竜川ほどいっぱいダムがあるわけではないらしく、中田島砂丘ほどは「砂丘が痩せた」という話はだいたい的には出ていない・・・が、「鳥取と言えば・・→鳥取砂丘♪」というくらい有名で、鳥取にとっては一番の観光資源だと思ったのだが〔最近、鳥取空港を「コナン空港」なんて名前をつけているようだが、『名探偵コナン』の作者が鳥取県の出身ということかららしいが、『名探偵コナン』に鳥取県を場所としての話があるわけでもなく、私はあまりいいとは思わない。〕、又、たしか、私が小学生の時の「国語」の教科書に鳥取砂丘の話が出ていて、砂丘を利用してチューリップの栽培をおこなっているという話が載っていたように思うのだが、《ウィキペディアー鳥取砂丘》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B3%A5%E5%8F%96%E7%A0%82%E4%B8%98 を見ると、
《 江戸時代に入ると、人間の側から砂丘に手を加えるようになっていく。1897年(明治29年)から陸軍歩兵第四十連隊の演習地として利用され、第二次世界大戦後までほとんど自然のまま放置されていた。1927年(昭和2年)の地元新聞(因伯時報)のアンケート結果によれば、鳥取砂丘は鳥取県八景に洩れており10位にも入っておらず、不毛の厄介者として扱われていたようである。 戦後のある鳥取市長は砂丘について「木も生えないようなところは鳥取の恥部である」と述べている。戦後の食糧不足で、1953年(昭和28)に海岸砂地地帯農業振興臨時措置法が制定され、全国的に砂防造林が本格化し、砂丘開発が大規模に行われるようになった。
砂丘近辺の民家は砂丘から飛んでくる砂の害に悩まされていたため、防風林の植林が行われたが、これが観光資源かつ貴重な自然である砂丘の規模縮小や生態系の変化の原因となったため、防風林の面積を減らしながら地元住民との共生を図っている。・・・》
と出ており、過去には砂丘は、むしろ、「鳥取の恥部」とか「不毛の厄介者」のように見られた時期もあったらしい。
  だから、砂丘を観光資源と見るか、「厄介者」と見るかは、その地域にもより時代にもよって違うようだ。

  内灘砂丘は、砂丘を削り取った場所を住宅地にしているという話だが、もともと、砂丘になった場所に住宅を建てても、また、砂がどこやらからやってきて積もるということはないのか・・とか考えたのだが、そう思うと実際に行って自分自身の眼で見てみたいようにも思うが、なかなか、足を運べないでいる。

  中田島砂丘は、実際問題として、(株)一条工務店が従業員・元従業員に払うべきカネを払わずに蓄積しカネの一部を浜松市に「お・す・そ・わ・け♪」して作ったという「防潮堤」によって、海側と陸側に2分されて、観光資源としての砂丘はこの「防潮堤」によって事実上「終わった」のではないか。 「防潮堤」はCSG(セメンテッド サンド アンド グラバル)の両側をどこやらの山を崩して持ってきたらしい「(土+砂)÷2」みたいので囲わなくても、コンクリートむき出しでもよかったのではないか。 砂丘に似せたところで、どうせ、偽物なのだから。 むしろ、CSGの両側にぺったんこと貼り付けるための土を取るために静岡県のどこやらの山を崩したというが、「自然保護」というなら、その山の方を保護した方が良かったくらいかもしれない。
  インターネットで検索すると、「さようなら、中田島砂丘」https://www.koji-kishita.com/ といったものも出てきた。人工的な「防潮堤」の工事がおこなわれることで、中田島砂丘はそれまでとは別物になった・・と考える人もいるようで、実際、海側の砂の広場と陸側の砂の広場を人工の「防潮堤」分断したことで、痩せてきていた中田島砂丘は「終わった」と考えるべきなのかもしれない。もう、史跡としては「終わった」のではないか。今後も、凧揚げ会場としては「使える」だろうし、他にも地元の人にとっての利用法はあるかもしれないが、史跡としては「終わった」のではないか。
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  「防潮堤」によって「中田島砂丘」が2分されたことで、アカウミガメの産卵地として保護しなければならない海側と、「浜松型どきゅん」がオフロードカーを走らせてアカウミガメの卵を踏みつぶしたという、そういうことをする場に分けた・・ということなら、かえって良かったのかもしれない・・か?

  「砂丘」というと、砂ばっかりの場所・・ゆえに、恋に疲れた女・・、別に男でもええけど・・・や、事業に失敗した者や、就職活動がうまくいかない者とか・・そういう者が心を落ち着けにやってくる場所・・になっても良さそうに思う人もいるかもしれないけれども・・・、残念ながら、そういう場所としては、浜松というのは「あったかい所」というのが難だな・・。
  田中千代子『イタリア 都市の歩き方』(講談社現代新書)によると、
イタリア・都市の歩き方 (講談社現代新書) - 田中 千世子
イタリア・都市の歩き方 (講談社現代新書) - 田中 千世子
イタリア映画で貧乏人が駅で切符を買う場面があると、行先はたいていナポリだというのだが・・、日本のテレビドラマとかで、失恋した人間とか事業に失敗した人間とかの行先というと、上野駅から東北本線の列車に乗って降りるのは青森駅で、青森駅のプラットホームに降りて「ああ、とうとう、こんな所まで来てしまったんだ」とかつぶやく・・・という、東京もんが作ったテレビドラマというのはたいていそうなっているのだが、青森県人にとっては失礼な話であって「そんなに嫌なら来るなあ!」てもんだ。
  ・・実際、青森県人にとっては大変失礼な話なのだが、どうも、失恋した人間とか事業に失敗した人間とかが行く所というと、北に向かって行くような所があって、北の寒い所に行って、自分の身の上を考える・・となるのが「定番」のようなのだ。 デュークエイセスが歌った「女ひとり」でも、恋に疲れた女が行く場所というと、京都でも大原 三千院とか、栂尾 高山寺とか、嵐山 大覚寺とか、北の方であって、宇治の平等院とか東福寺とか南の方には行かない。〔⇒《YouTuve-女ひとり デューク・エイセス》https://www.youtube.com/watch?v=we3rlwx0lUQ 〕
  『北帰行』なんて歌もあったが、失恋した者とか事業に失敗した者とかは、たいてい、北に向かって行くのだ。浜松にはあまり行かない。失恋した者が「うなぎパイ」なんて食う気にはならない。だいたい、「うなぎパイ」は「夜のお菓子」だし・・まあ、おいしいけど・・。
※ 《YouTuve-北帰行》https://www.youtube.com/watch?v=MmCWmXksTyo
  三浦綾子『氷点』『続氷点』では、母親との関係に思い悩む女性が、普段は旭川から札幌にかけての住人だが、わざわざ、冬のオホーツク海に面した紋別の町に流氷を見に行く。やっぱり、何か思い悩む者が行く所というのは、北の方、寒い所・・というのが「定番」であって、浜松というのは、向かない。失恋した者とか事業に失敗した者とか、何か悩み事をかかえた者が行きたがるのは青森・大原三千院・紋別とかそういう所であって、浜松のようなあったかい所は向かないのだ。どきゅん がオフロードカーで砂浜を走りまくってウミガメの卵をぶっつぶすというような場所だから、そういう人には向いているのかもしれない。

  1993年、(株)一条工務店で福島県いわき市 の営業所に転勤して行ったところ、東洋大学工学部建築学科卒で2年目だか3年目だかいう春田靖という男が、ばかでかい相当高そうなオフロードカーに乗り、駐車スペース1台分では停められないので、(株)一条工務店が用意した「寮」の駐車スペースを不当に2台分占拠して停めていた。東洋大みたいな「大学」に行ったようなやつが、こんなクルマに乗ってるんだ・・と思ってびっくりした。私なんかは、うちの親から「高校は義務教育ではないんやから、あんたは高校には行ってはいかん人間であって、ましてや大学には行ってはいかんのやぞ」と毎日毎日言われてきたものだった。慶應大学の商学部を卒業して小堀住研(株)に勤めても、大学を新卒してすぐには乗用車は買えないから、新卒入社1年目に受け取った給料を貯めて中古のセダンを買おうと考えたところ、うちの母親が、初めてクルマを運転するのだから、せめて、クルマの性能は問題がない新車を買ってほしいと言っていくらか出してくれたので、それで、新卒入社2年目にカローラの新車を購入したのだが、春田靖という男は東洋大みたいな私立大学に静岡県人なのに下宿してまで行ってからに、大学新卒で会社に勤めてすぐに、相当高そうなオフロードカーなんてものに乗っているとは、相当金持ちの息子なのだろう・・と思ったら、父親は「中学校の校長先生」だと聞いた。「中学校の校長先生」というのは相当給料高いようだ。私なんかは、東大の試験に通るか、京大の試験に通るかというと、それはわからないが、ともかくも国立大学でというくらいならどこなと通る所はあったのだが、それでもうちの父親は「おまえは大学行くな、チャンコロ! チャンコロは大学には行かんでもええ人種なんじゃ、チャンコロ!」と私の眼を指で突きさすようにして毎日毎日言ったものだった。又、「うちは工学部になんか、行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな、チャンコロ!」とうちの父親は毎日毎日私に言ったものだった。「国立大学なら何学部でも学費は一緒や」と私は言ったのだが、うちの母親は「何を甘ったれたこと言ってますのん。百パーセント絶対に国立大学に通るとは限らんでしょうが。落ちる可能性がたとえ0.1%でも0.01%でもあったら国立大学でも工学部なんか受けたらいかんでしょうが」と言うのだった。行きたいと思う大学の行きたいと思う学部に行けるように、どの学部でも学費は同じである国立大学に行けるようにすれば、行きたいと思う学部に行ってやりたい勉強をさせてもらえると思って、小学校の1年から同級生が遊んでいる時も勉強してきたはずだったが、実際に大学に行く時になると、「うちは工学部になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」ということになった。又、うちの父親は「東大にでも行くのなら東京で下宿してでも行けばいいし、行くべきやし下宿は嫌やなどと甘ったれたことを言うてはいかんし、慶應か早稲田に行くのでも東京で下宿して行く価値はあるけれども、明治やたら法政やたら専修やたら東洋大やたらポン大やたらそんなアホ大学に行くのに下宿してまで大学に行くことあらへん。アホ大学に行くようなやつは、たとえ行くにしても地元の学校に行けばええことや。下宿してまで、明治やたら法政やたら専修やたら東洋大やたらポン大やたらに行くような甘ったれたやつなんて大学行く必要あらへん。だいたい、そんなやつが大学に行くということからして間違ってる」と言っていたし、私もそう思っていたのだが、(株)一条工務店の第一設計部の春田靖は、静岡県の人間なのに、「東京大学の東大」ならともかく「東洋大学の東大」みたいなもんに東京で下宿してまで、しかも私立大学の場合は国立大学とは違って工学部は法学部・経済学部・商学部・文学部よりも学費がずっと高いのに行くなんて、春田靖の親だという「中学校の校長先生」というのは天文学的に高い給料を盗っていたということであろう。しかも、春田靖は新卒入社2年目だか3年目だかの年に私なら考えられないような相当値段の高そうなばかでかいオフロードカーに乗っていた。仕事では使えない、もし、そんなクルマに乗って客宅に行けば、お客さんによっては「ふざけるな!」と言われるのではないかと思われるようなクルマに、仕事でではなく遊び用に乗っていた・・・が、おそらく、そんなやつが、中田島砂丘をそういうクルマで乗り回してアカウミガメの卵を踏みつぶすのだろう・・・。

 インターネットで検索して見ていると、中田島砂丘‥→ホモのたまり場・・なんて書いたものも見つかったが、そうなの?
あんまり、夜は行かない方がいいのかもしれないね・・・


  雁屋 哲 作・花咲アキラ 画『美味しんぼ(おいしんぼ) 104 食と環境問題』(2010. 小学館 ビッグコミックス)では、中田島砂丘の問題と天竜川のダムの問題の両方から述べられている。
美味しんぼ(104) (ビッグコミックス) - 花咲アキラ, 雁屋哲
美味しんぼ(104) (ビッグコミックス) - 花咲アキラ, 雁屋哲
  天竜川のダムで、特に佐久間ダム は1960年代後半から1970年代初め頃、私が小学生くらいの頃は肯定的な評価が多かった。雁屋 哲 作・花咲アキラ 画『美味しんぼ(おいしんぼ) 104 食と環境問題』(2010. 小学館 ビッグコミックス)でも「戦後の日本経済復興の象徴のダムだね」と表現されていますが、かつてはそういう評価だった。佐久間ダム は小学校の「社会科」の教科書にも掲載されていて、実は、試験の時に「佐久馬ダム」と答案に書いて担任の教諭が「馬と違うで、間(あいだ)やで」と、こそっと教えてくれたことがあって、それ以来、「さくまダム」の「ま」は「馬」ではなく「間」だと覚えている。
  佐久間ダムが有名だけれども、天竜川のダムは佐久間ダムだけではなく、いくつもあって、それが天竜川が太平洋に流していた砂を止めているらしい。海に流し出していた砂を流さなくなったなら、その分だけ、日本の国土が削られなくていいか・・というと、そういうものでもないらしい。
  ダムの上側に鮎の稚魚を放流しても、ダムの下側に下れないので繁殖しない。ダムの上流側では川底に鮎が食べる川底に石につく苔が育たないので鮎が繁殖しない。 そして、ダム湖ではダムに近い場所に砂が堆積するが、ダムから多少離れた場所に川の流速が遅くなることから砂利が堆積して川が浅くなり洪水の原因となるらしい。

  川から砂が海に放出されないことから、その砂が砂丘に供給されないことで砂丘が痩せることになっているが、砂丘が痩せることを防ぐために、テトラポッドを沖に並べて波を防いでいるが、テトラポッドはアカウミガメが産卵に来た時に砂浜に上がる時に障害になっているらしい。テトラポッドは、あくまで、ところどころに設けているのであって全面的に塞いでいるわけではないので、まったく浜に上がれないということではないが障害にはなっているらしい。アカウミガメの産卵地は北太平洋では日本だけで、中田島と御前崎が北限だそうだ。
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  「防潮堤」だが、これは「津波」の被害防止にいくらかなりとも役立つものなのかどうか、どうも、よくわからない。役立たないのではないのか・・という感じがしないでもないのだが・・・。根源的な問題としては、もともと、浜松や東海道筋の街というのは海から多少離れた所に発達した街が多いというのは、海に近い場所は津波の被害にあったことがあって、それで、海に近い場所は街として発達しなかったということではないか。 国道1号バイパスはその場所に通したものではないか。だから、もともと、そのあたりというのは、いざ、津波が来たという場合には弱い場所で、そんなに簡単にこの原理を変えることができるものでもないのではないか。
   ・・・・で、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の経営者もそのあたりに気づいたので、それで、南区倉松町 に浜松工場や浜松本社を置いていては危ない・・と思ったので、それで、西区大久保町1227-6 に逃げ出しよった・・・ということかな・・。 (株)一条工務店が倉松町4040 に浜松工場と本社を設けた時点では(株)一条工務店は「浜松近辺の(株)一条工務店」だったから、国道1号バイパスに近い場所でこの地域では土地の値段が安い所に工場を設けたというのは立地として良かったけれども、全国展開するようになってみると、浜松という所も倉松町も海に近いといっても港があるわけでもなくて外国から輸入するものを搬入するのに便利なわけでもなく、他地域に搬出するには倉松町は高速道路のインターチェンジに遠い。それなら、もう少し、高速道路のインターチェンジに近い場所に移した方が有利だ・・ということもあったかもしれないし、木構造の建物といえども金属を使わないわけではなく、海に近い場所というのは金属のものを長く置いていると潮風が当たって錆びる・・という危険もあるので、その点では内陸部の方がいい・・ということもあったかもしれないが、ともかく、東日本大震災の時の「津波」の被害を見て、自分の所の浜松工場と浜松本社も危ないのではないか・・と思い、それで「防潮堤」を設けて防ぐようにしてはどうかということと、それよりも内陸部に移転した方がいいのではないか・・ということの2つを考えつきよった・・・と、そんなところ・・かな・・。2つを同時に考えたのか、最初は「防潮堤」で防ぐことを考えて、浜松市なり県なり国なりにやってくれと言ってもやってくれないだろうから、自分の所が費用を出すからやってくれと言えばやってくれるかもしれんが、倉松町の(株)一条工務店の所だけを城砦のように守る「防潮堤」を作らせるわけにもいかないから、それなら、この機会にまた「いつものええかっこしい」やったろかあ・・と考えてカネを出すことにした・・・が、そんな「防潮堤」作っても本当に大規模な「津波」が来たらあかんのとちゃうかあ・・・と思い、高速道路のインターチェンジからの距離を考えると南区倉松町よりも有利な場所の西区大久保町にちょうどいい物件があるようやから、そっちに引越した方がええぞお~お・・・と思って移転することにしたが、自分の所が引越すから「防潮堤」はもうやらんでもええ・・と言うわけにもいかんから「ええかっこしい」だけが残った・・・・て、そんなとこか・・・?

   どうも、ダムの方は治水には、むしろ、マイナスになる場合があるようで、今後とも、どうしたものか検討していく必要がありそうだが、砂丘はあると多少なりとも津波の害を小さくしたこともあったかもしれない・・が、観光資源としては今も活用していないし、浜松は別に「観光で食ってる」街でもないし、もう、要らないのではないか・・。人工の「防潮堤」が砂丘なのか? ・・と最初は思ったが違うみたいで、もう、「砂丘」としては「終わった」て感じ・・・かな。

  遠州灘海浜公園中田島中地区(風車公園)の南西のカドに ↓
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↑ 「一条堤」なんて横書きで掘られた石碑が置いてあるのだが、
● 浜松市という行政機関が労基法違反の札付き会社から多額の「寄付」をもらってこんなもの設置していいのか?
● 脱税で多額の追徴金を支払った過去がある会社から浜松市という行政機関が「寄付」をもらって、浜松市が管理しているらしい公園にこんなものを設置していいのか?
 ・・ということを浜松市役所に行って尋ねてみたいと思ったのだが、あいにく、行った日が日曜日だったので市役所は締まっていると思われたので行けなかった。そのうち、平日に行って尋ねてみよう。

↑ 浜松市役所。
※ 浜松市 HP https://www.city.hamamatsu.shizuoka.jp/

  次回、倉松町あたりについて・・・。
  『カサブランカ』という映画で、「俺達にはパリの思い出があるぜ」・・というハンフリー=ボガードだったかが女性に言うセリフがあるのだが、倉松町の(株)一条工務店の浜松工場と浜松本社の周囲には、連れ込みホテル・・最近は「ラブホテル」と言うようになったらしいが、そういうホテルがいっぱいあって・・というか、もともと、そういう場所に工場を作ったわけだが、倉松町4040 の(株)一条工務店の浜松本社と浜松工場があった場所の少し西にあった「パリ」という「ラブホテル」の建物を(株)一条工務店が買い取ってそれを「寮」にしていた。 会社として正式に命名したわけではないが、いつしか、従業員はそれを「パリ寮」と呼ぶようになった。念のため、断っておくが私が命名したわけでもなく私が広めたわけでもない。研修に行って宿泊する時に、講師役の人間だったか、宿泊場所を教えてくれた係の従業員が「パリ寮」と言っていて、そして、従業員は誰もが「パリ寮」と呼んでいたのだ。書面にも書かれていたような気がする。
  遠州灘海浜公園中田島中地区(風車公園)の南西のカドの「一条堤」と彫られた石碑の左横のボードに
《 防潮堤整備の施工にあたり、地域に多大なる貢献をした企業を後世にまで称えるため、この防潮堤の通称を『一条堤』とした。 》
などと書いてあるのだが、↓
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↑ 通称というものは、誰かがこのように呼んでくださいと決めるものではなく、誰かが決めたものを「通称」とは言わない。そうではなく、誰かが正式に決めたものではないが、いつしか、そう呼ばれるようになった・・というものを「通称」と言うのであり、遠州灘海浜公園中田島中地区(風車公園)の南西のカドに建ててあるボード、真ん中の石碑は浜松商工会議所と裏に書かれているから、それから考えると両側の説明書きも浜松商工会議所が設置したのか?・・て感じのものに書かれているのだが、誰かが決めたような名称は、その名称がいい名称であるかなってない名称であるかにかかわらず、「通称」とは言わない。「通称」とは(株)一条工務店の「パリ寮」のように正式に名付けられたものではないが、いつしか、多くの人間がその名称で呼ぶようになったもののことを言う。・・そうでしょ。違いますか。違わんでしょ。
  「高輪ゲートウェイ」駅も、そのうち、もうちょっと短い「通称」ができて広まるのではないか。さらにそのうち、その通称が正式名称になるかもしれない。阪急電鉄宝塚線「石橋」駅を昨年だったか、阪急電鉄は「石橋阪大前」に変更したが、石橋という街は阪大ができて開けた街ではなく、先に石橋の街があって、そのはずれみたいな場所に阪大が引越してきたのであり、「石橋阪大前」という長ったらしい呼びにくい名称よりも、もとからの「石橋(いしばし)」の方が通称として呼ばれ続けるのではないかと思う。北大阪急行電鉄が「千里中央」から北に2駅、延伸する工事をおこなっているが、その1つ目の駅名が「箕面船場阪大前」にするというのだが、元 大阪外大である大阪大学外国語学部を箕面市の粟生地区(箕面市と茨木市との境目付近の箕面市)(大阪モノレール彩都線「彩都西」駅のすぐそば)にキャンパスを持っているのに、箕面船場に高層ビルを作って移すというのだが、「箕面船場阪大前」も長くて呼びにくいから、いずれ、「通称」として「箕面船場(みのおせんば)」と呼ばれるようになるのではないかな。ともかく、「通称」というのは、誰かが決めたものが「通称」ではなく、誰かが決めたものとは別に、その呼び名が広まったものが「通称」であるから、《この防潮堤の通称を『一条堤』とした。》というのは、何よりも、日本語としておかしいのだ。
  研修で浜松に来た時に、浜松工場のCCA→ACQ の加圧注入タンクの真上の大部屋と「パリ寮」とに宿泊場所があって、最初、防腐防蟻剤の加圧注入タンクの真上・・という、1泊くらいならともかく、いつもいつも泊まるとあんまり健康にいいことないのとちゃうんかあ・・みたいな部屋で泊まったが、その後、「パリ寮」でも泊まることがあった。もともと、男女2人で泊まることを想定した部屋が何室もある建物だったので、宿泊する時も「2人部屋」で、浴室はベッドがあるスペースとの間はガラス張りになっていたが、そのガラスは透けて見えないように何か貼ってあった。男と2人で泊まったのだが、ベッドはダブルベッドではなくシングルベッドが2つ置いてあった。・・「俺達にはパリ(寮)の思い出があるぜ」・・・
  1980年代、ラジオの『百万人の英語』という番組でハイディ=矢野の「映画で学ぶ英会話」という講座があって、そこで「リエゾン」なんて言葉を覚えたのだが、その「ハイディ=矢野の映画で学ぶ英会話」でバーティ=ヒギンズの「カサブランカ」という歌がとりあげられていた・・のだが、映画『カサブランカ』を見ても、「時の過ぎゆくままに」という歌は歌われてもバーティ=ヒギンズの歌「カサブランカ」は映画のどこでも歌われることはないので、「あれ?」と思ったのだが、映画『カサブランカ』ができた後で、映画『カサブランカ』を念頭にバーティ=ヒギンズの歌「カサブランカ」はできたようだった。映画『カサブランカ』は、最初、見た時はいい映画かと思ったのだが、レンタルビデオ屋で借りたりDVDを購入したりして2回、3回と見ていくと、あんまりいい話ではない、むしろ、変な話だと思うようになったし、若い頃のイングリッド=バーグマンはたしかにきれいな女性かもしれないが、映画『カサブランカ』でイングリッド=バーグマンが演じていた女については、私がリックという男の立場ならこんな女は相手にしたくないなあ・・と思うようになった。
  ・・・ともかく、「俺達には浜松市南区倉松町のパリ寮の思い出があるぜ」・・
※ 《YouTuve-カサブランカ Casablanca カタカナ歌詞【Bertie Higgins バーティ・ヒギンズ】》https://www.youtube.com/watch?v=ihFKvEeVc8A
  次回https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_6.html  はそのあたり、倉松町付近について述べる。

  熱海市で「盛土」部分が土石流を起こして何人もの人が亡くなった事件で、保安林がソーラーパネルが設置されていた所で伐採されていたようで、静岡県知事 川勝平太の対応にも問題があったのではないかという旨、 YouTuve で公開している人があるようだ。
《YouTuve-【熱海土石流】川勝知事が違法許可か?開発出来ない保有林にメガソーラー!!再生可能エネルギーが土石流災害や森林破壊を引き起こす!!林野庁が》https://www.youtube.com/watch?v=y57FBclhuHQ
《YouTuve-熱海崩落】隣のメガソーラー、違法伐採の疑い!別の場所も崩落の危険性あり。》https://www.youtube.com/watch?v=4mQqxs97bhQ

  ソーラー発電(太陽光発電)・風力発電・潮力発電・地熱発電といったものは、自然のエネルギーを利用するもので、環境保護に役立ちそうに思えたのだが、現実におこなわれているものについては、ソーラー発電(太陽光発電)は実際はそうでもないようです。
※ 白旗山メガソーラー開発中止求める決議を一条工務店社長に…飯塚市議会ー日本共産党筑豊 http://jcp-kahan.info/archives/423

  (2021.7.13.)

☆ 「中田島砂丘」(浜松市南区中田島町 ほか)見学
1.浜松インターから中田島砂丘へ。遠州灘海浜公園の風車と凧と桜。ダムで砂丘がやせて、テトラポッドで砂流出を防ぐ。「アタマが浜松」思考から抜け出せない人。ガチンコで資格試験に通った者はずるくない。カネで買ったような建築学科卒の者や医科大裏口入学の者がずるい! ダンピング坪単価とテレビ広告で売る浜松営業こそずるい! https://shinkahousinght.at.webry.info/202106/article_7.html
2.樹木の生えた丘と土の丘が2列にある。テトラポッドが沖に。労基法違反の会社・脱税経験の会社・安全対策不備の会社から浜松市は寄付金をもらっていいのか? それが「福沢精神」なのか? それが「独立自尊」か?https://shinkahousinght.at.webry.info/202106/article_8.html
3.2列の丘。土の丘から見た浜松駅付近。高層ビルをありがたがる精神面がイナカモン。木質系プレハブもコンクリート系プレハブも鉄骨系プレハブと一緒にして建築現場の仮設小屋だと決めつける一条浜松流営業のデタラメをありがたがって聞くのはやめてください。一条の「がばいじいちゃん」(仮名)を見捨てる無慈悲な会社。https://shinkahousinght.at.webry.info/202106/article_9.html
4.海側の丘は砂丘でなく人工の「防潮堤」だった。従業員の賃金をへつったカネが「防潮堤」に化けた。法学部卒の浜松市長鈴木康友さん、それでいいのか?堆砂垣は昔はなかった。ダムで砂丘がやせた。https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_1.html
5.陸側の丘に生える松は黒松か赤松か。松丸太梁に使われる松は黒松ではなく赤松の方が良いのか。松杭は今も地盤補強に使われている。条件のいい展示場にばかりいて人の契約横取りして棟数稼ぐ「金田みたいなやつ」たる自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」「MVPメンバー」https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_2.html
6.恥知らず「一条堤」碑。従業員の給料削ったカネを寄付する労基法違反の会社を称える浜松市と浜松商工会議所。息子・関連会社社長が女性を刺し殺した件で辞任したはずの社長が平気で顔を出す「一条堤」と平気で受け入れる浜松市長と静岡県知事と浜松商工会議所。https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_3.html
7.「防潮堤」は津波対策として河口付近には役に立たないのではないか。両隣の市にはむしろ津波の害を大きくすることはないか。CSG工法とは。自然に広まった名称が「通称」で誰かが決めたような名前は「通称」ではない。https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_4.html 
8.もともと、地元向けで観光用でない中田島砂丘は観光資源としては要らないのではないか。「防潮堤」が海側と陸側に「砂丘」を分けたことの影響。砂丘は保護すべきものか撤去すべきものか。「通称」とは「一条堤」のようなものを言わず、「パリ寮」のようなものを「通称」と言う。〔今回〕
9.建物はあっても閑散とした倉松町の(株)一条工務店跡? 木材は潮風にあたると傷むのか? 「当店は丹波産黒豆を使ってます」と丹波産以外も使っているのに言うラーメン屋みたいな建築屋。遠方から来る従業員は遅刻しないのに遅刻してくてふんぞり返る浜松営業。「遠州人だけ得することならどんなことでも『やらまいか』」という「やらまいか精神」による「防潮堤」https://shinkahousinght.at.webry.info/202107/article_6.html

☆ 静岡県シリーズ
☆ 加茂荘花鳥園・加茂邸(掛川市)見学
1.「森掛川」I.C.より加茂荘花鳥園。温室と鳥舎。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_2.html
2.花菖蒲園と長屋門。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_3.html
3.加茂家住宅(1) 正玄関、土間、大黒柱・梁、庭の池と亀島と花。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_4.html 
4.加茂家住宅(2) 座敷、広縁・濡れ縁、廊下交差箇所の納まり、差鴨居。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_1.html
5.加茂家住宅(3) 床の間 2か所。一般の柱と同材同寸法の床柱と長押の関係。床の手前の横の位置の付書院。きれいな襖絵。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_2.html
6.加茂家住宅(4) 加茂家住宅の神棚は「竈の神さま」なのか。「浜松流神棚」を他地域に押しつける一条の営業 https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_3.html
7.加茂家住宅(5) 窓の格子。「理由のある」桟の作りと「理由のない」作り。味噌蔵・米蔵。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_4.html 

☆ 大鐘家住宅と相良城跡(静岡県牧之原市〔旧 相良町〕)
(1)田沼意次の城下町相良の牧之原市片浜にある大鐘家住宅 https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_7.html
(2)井桁に組んだ梁・千木の載る長屋門・酔芙蓉。なぜ川勝平太は事故を起こした原子力発電を製造した会社の責任を問わずに、放射線量検査の方を拒否するのか https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_1.html
(3)地形に合わせた建物の配置。「母屋」「上屋」と「庇」「下屋」。表側の庭と裏側の「小堀遠州庭園」https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_2.html
(4)床の間と床脇。床柱と長押の位置関係。遠州流を他の地域の人に押しつける(株)一条工務店。会社のために協力する従業員を罠にかける(株)一条工務店 https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_3.html
(5)神棚の造りについて。その地域のやり方を無視する(株)一条工務店の営業。会社のルールを無視する営業本部長 https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_4.html
(6)土蔵・資料館。大鐘家の裏の丘からの眺望。相良城跡と田沼意次。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_6.html 

地球環境報告 (岩波新書) - 石 弘之
地球環境報告 (岩波新書) - 石 弘之
地球環境報告〈2〉 (岩波新書) - 石 弘之
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日本環境報告 (朝日文庫) - 本多 勝一
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