住宅建築業・他の営業と「バッティング」した時に盗られない方法。「あんたのやってた客はやりにくい」という誉め言葉。盗っても自分は契約できない先輩社員の有望見込客を盗ろうとする愚か者営業。ひとの見込客を横取りしようとする者がやりにくいのは横取りしようとする者が悪いと認識できないアホ営業本部長。

[第828回]営業と会社の話
  2001年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ で、営業本部長の天野隆夫から栃木県南部営業所「副所長」の木下が、どうも私の「担当の客は他の営業にやりにくいので迷惑だ」と言われたらしかった。よく言うとあきれた。むしろ、天野隆夫に営業本部長になられたのでは従業員は仕事しにくい、と言うべきだ。天野隆夫以外にも、(株)一条工務店には、この男に所長になられたのでは従業員は仕事しにくい、という「所長」は何人もいたはずだ。
  私の追客中の見込客というのは他の営業が横取りしようとした時にやりにくいようにできているのだ。そういうように意図的にしたのだ。1990年代、福島県いわき市平 尼子町(たいら あまこまち) の JTいわきハウジングパーク〔現在は、総合住宅展示場のJTいわきハウジングパークはなくなり、その場所はスーパーマーケットの「マルト」になっている〕では、自動車で出入りできる出入口が2か所、他に人のみ出入りできる出入口が1か所あったと思うが、自動車で出入りできる出入口のメインの方を入ってすぐに管理事務所があり、その隣に(株)一条工務店の「セゾン」という商品名をつけていた建物の展示場があり、奥まった位置に「百年」と名前をつけていた和風の展示場があった。隣同士に同じ会社の和風と洋風の展示場が建っているのなら、最初の時点でその来場客の好みの外観に近い方に先に入るかもしれないが、入口はいってすぐの場所と奥まった場所とでは、入口はいってすぐの所に先に入って、後から「こっちにもあったんだあ」ともう片方にも入る人がいる・・ということになる
  だから、1993年10月に私が千葉県松戸市の展示場から福島県いわき市の展示場に転勤してすぐの頃、私と同じ時期に神奈川県茅ケ崎市の展示場から いわき市の展示場に転勤した「木南さん」(仮名)が入口に近い場所の展示場に配属され、私が奥まった場所の展示場に配属されたところ、奥まった場所の展示場の来場は少なく、入口に近い場所に先に入場して入口に近い展示場に所属している営業が少しでも接客した来場客は入口に近い展示場の営業の担当とされたことから、奥の方の展示場にいる営業は入口に近い展示場に先に入場した人が後から奥の方の展示場に来場すると、電話で入口に近い展示場の営業に連絡してあげないといけないことになり、さらに、入口に近い展示場の営業に電話で連絡してあげても、その時にすでに次の来場客の接客をしていると、その間、来場客が少ない奥まった場所の展示場の営業は先に入口に近い場所の展示場に入場されたお客様の接客を入口に近い展示場の営業のためにしてあげないといけないことになった
  1993年、終り頃、福島県浜通り地区の所長だった草野次男さん(男。当時、50代)が私に「おい、どうなんだ。楠くんは契約1棟とってきたぞ。おめえはどうなんだ」などと私に言ったのだが、よく言うよなあ・・と思ったものだ。新規客の接客数が入口に近い展示場にいた楠さんと奥まった場所の展示場に配属された私とでは全然違ったのだ。それだけではなく、楠さんが入口に近い展示場で接客した客が、その後、奥まった位置の私がいた展示場に来た時に私が接客した客は相当あったはずだ。私自身が新規の見込客を1軒接客する間に、楠さんなど入口の脇の展示場の営業がツバだけつけた来場客の接客を3軒以上はしていたのだった。私自身が新規客を1軒接客する間に楠さんが入口の脇の展示場で接客してツバつけた客が奥の展示場に来場された客の接客を私は3軒はやってあげていたのだ。そういう客が1軒、契約になったのなら、入口に近い展示場でツバだけつけた営業は「ありがとう」の一言くらいは言うもののはずだろうが。それを言わずに「おい、楠くんは1棟、契約になったぞ。おめえはどうなんだ」て、何それ!?! なんだ、その口のきき方は?!? ・・・というものだった。
  野球とゴルフのたとえを頻繁にやるようになるとおっさん・・なので、おっさんにならない為、あんまり野球のたとえはやりたくないのだが、それでも野球にたとえるならば、先発して2イニングだけ投げて、その後3回から6回くらいまで4イニングくらい投げる投手がいると、プロ野球の場合は先発投手は5イニングは投げないと「勝利投手になる権利」を得ることはできず、先発投手が2イニングだけ投げて他の投手が3イニングから投げたのでは「勝利投手になる権利」を得ることはできず、3回から6回まで投げた投手に勝利投手の権利があることになるが、(株)一条工務店はそうではなく、最初の2イニング投げた営業に「勝利投手の権利」(その見込客の担当営業となる権利)が与えられ、3回から6回まで投げさせられた営業にはセーブポイントもホールドポイントもつかない。それでいて、最初の2イニングだけ投げた営業が1棟契約取ったぞとなると、3イニングから投げさせられた営業には「ありがとう」くらい言っても良さそうなものだが、「おい、楠くんは1棟契約あげてきたぞ。おめえはどうなんだ」と、そういう口をきかれることになる。それだと、私は最初、どういう状況であれ、「会社のお客様」である以上は手を抜くことなく誠実に応対しなければならないと考えていたけれども、会社と所長がそういう姿勢であるならば・・・。 1997年、ロッテオリオンズから巨人に移籍したヒルマンという投手が、開幕後、しばらく怪我で休んだ後、初登板の時、テレビの野球中継でアナウンサーが「巨人の選手としては、きょうはヒルマンの初登板ですから、みんな、『ヒルマン、頑張れ。ヒルマン、大丈夫か』とみんな思っていたでしょうからねえ」と言ったところ、解説者の江本孟紀が「はあ? そんなこと思いますかねえ、そんなこと。そうじゃなくて、『たっかい給料とりやがってからに、こんな時期まで休みやがってからに。ゴロでも飛んできたらヒットにしたろか、こんちくしょう!』と、そう思うものと違いますかねえ。そんなもの、『ヒルマン、頑張れ。ヒルマン、大丈夫か』なんてそんなこと思いますかねえ~え」と発言したのだが、さすがは江本♪ ええこと言う(^^♪
※ 《ウィキペディアーエリック・ヒルマン》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%92%E3%83%AB%E3%83%9E%E3%83%B3
  そんなもので、「どうも、ありがとうございます」とでも言うのならともかく、「おい、楠くんは1棟契約あげてきたぞ。おめえはどうなんだ」などとそういう口をきかれるのであれば、それならば、「なんやねん。ゴロでも飛んできたらヒットにしたろか、こんちくしょう!」ということになる。どうも、(株)一条工務店で「所長」という肩書をもらっている人間というのは無神経な口をきく人間が多いように思うのだが、誰が担当の客であれたとえ自分の契約として計上されなくても「会社のお客さん」だと思って対応してきたのは間違っていたということか・・ということになる。

  そのうち、福島県いわき市平尼子町(たいら あまこまち)のJTいわきハウジングパーク の奥まった位置の展示場で私と一緒にいたK井さん(男。当時、30代後半)が、いわき地区内の移動で入口に近い場所の展示場に移り、私はそのまま奥の来場客が少ない展示場におらされた時、私と一緒に奥まった場所の展示場にいた時には「主任」だったK井さんがK井さんの営業棟数なら昇進できるという制度ができて「主任」の上の「副所長」になり、私はぎりぎりのところで「主任」昇進の条件に足らなかった。過去3年間の契約棟数が何棟で昇進という数字が規定されていてそれに基づいて昇進が決まるというその時の(株)一条工務店の制度は条件がいい場所に配属された営業に有利な制度であり、その結果、全国で実力のない「主任」がけっこう出現していたのだったが、私の場合はその逆で、いわき地区で「主任」にならせてもらっていた人、ならせてもらったが降格した人と同じくらいの契約棟数をあげていたが、条件の悪い場所に配属されていたことがあり、ぎりぎりのところで昇進条件に達しなかった。
  そのため、K井さんとは「役職」の差が2つついてしまった。その時に、浜松の「本社」から、1つの総合住宅展示場の2つ以上の展示場を出展している展示場では、同じ日の来場客はどちらの展示場に先に来場したかにかかわらず、「役職」が2つ以上差があれば上の「役職」の者の担当とする・・という「通達」が送られてきた。ふざけんな!!!  ふざけんな、浜松野郎!!! 一回、浜名湖なり佐鳴湖なりに突き落としたろか!!! 「地震と言えば浜松」「浜松と言えば地震」とか狼少年みたいに言いまくりやがってからに、1992年に私が(株)一条工務店に入社した時以来、奥尻島とか釧路・八戸・阪神淡路・中越・東北・熊本と浜松以外で大地震があって、浜松には大地震なんて来ないじゃねえかよお! この狼少年野郎!!! 「地震が来るぞお~お、浜松に地震が来るぞお~お!」と何度も何度も叫びやがってからに、この狼少年野郎、ちょっとは釈明くらいしてみろ! ・・そのうち、本当に浜松に大地震が来ても、全国の非浜松人は「え? どうせ、また嘘だろ」と誰も相手にしなくなるのではないか・・・
  平松伸二という漫画家に『ブラックエンジェル』という漫画があり、雪藤という男が「ブラックエンジェル、地獄へ落ちろ!」というセリフとともに悪党の首に自転車のスポークの先を削ってとがらせた金属の棒を突き刺して殺すという漫画だったのだが、そんな感じ。 「ブラックエンジェル、地獄へ落ちろ、浜松!」・・て、そんな感じ。
  1つの総合住宅展示場に2つ以上出展していて、その2つの展示場の来場数が同じくらいである場合でも、《2つ以上「役職」が異なる場合には、2つ以上上の役職の者が担当とする》というのは、それはなんというのか、ハンディキャップマッチとでもいうのか、そういうハンデつけてそれでやっと「役職」を保てるようなヤカラが考えたものであって、 (株)一条工務店の「所長」とか自称「一条工務店の土台を築いてきた人たち」とかいう連中というのは、そういうあつかましいことをやらないと契約取れない連中だったのだ。 汚らしいことこのうえない、あつかましいことこのうえないのだが、「強い営業が担当した方が会社にとってプラスになる」というのがその主張の論拠だったらしいが、そういうハンデつけてもらわないと契約取れない営業がなんで「強い営業」なのか?・・ということになるが、そういう””論拠”” によって、「役職」がない営業はさらに不利な扱いにしてやろうということを「本社」がやってきたのだった。 仮に「強い営業が担当した方が契約につながりやすい」という理屈が正しかったとしても、だから、その「強い営業」とかいうのにばっかり見込客を持たせてそうではない営業と認定された営業は見込客を持たせてもらえないということならば、それならば、「強い営業」だけでやればいいことであって、そうでない営業社員は最初から採用しなければいいのだ。採用して入社させたからには接客させて営業活動をさせないといけないはずだ
   2001年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県南部営業所の「副所長」という肩書で所長の役割についた木下(男。当時、40代前半)「運動競技でも上位の者と下位の者が対戦すれば上位の者が有利な扱いになるのと同じだ」などと「本社」の誰かから教えられて話したのだが、それに対して私は「たしかに、ボクシングのタイトルマッチでは引き分けの場合にはチャンピオンは防衛になるが、挑戦者は引き分けではタイトル奪取になりませんね。チャンピオンはタイトル守るためには引き分けでもいいけれども、挑戦者は勝たないといけない。あるいはフィギュアスケートとか体操・新体操やシンクロナイズドスイミングなどの採点競技では、どうしても、先入観で有名選手や過去に上位入賞の国の方が高い点数をもらいやすいということがあり、無名選手は有名選手と同じではだめでそれを超えることをやらないとだめだと言われますが、そのくらいの差ならまだわからないことはありませんよ。もしくは、野球の打順で1番打者が1試合に4回打順がまわるところが6番・7番の打者は3回しかまわらない、5回のところが4回とか、それもわからないことはありませんよしかし、毎試合1番打者で打たせてもらう選手と代打で1打席だけ打たせてもらえるかどうかという選手で打率ではなく安打数で比較されたのでは、それで毎試合1番打者で出ている選手の方が代打で1打席だけ打たせてもらえるかどうかの選手より安打数が多かったとしても、それで代打でたまにしか打席に立たせてもらえない選手の方が安打数が少なかった、おい、安打数が少ないじゃないか・・なんて言うのなら、それはそういうことを言う方がおかしいですね。違いますか」と言ったのです。(株)一条工務店はいくらなんでも差をつけすぎていたのです。
  (株)一条工務店では「営業成績がいい者が条件のいい展示場に行くんでえ」という考え方があったのだ。しかし、そういう「考え方」はあっても実際にはそうなっていない場合はしばしばあった。なぜか条件がいい展示場に常に配属される「長嶋みたいなやつ」というのがいて、毎日毎日毎年毎年、会社のために滅私奉公を続けてきたのに、その地域にいる他の営業と比べて少なくとも真ん中より上の方の営業成績を残しているはずなのに条件が悪い展示場にばっかり配属される私みたいな者もいたのだ。「ええなあ、うらやましいなあ、ほんまにええなあ、長嶋はあ。わしぁ、日陰の月見草やあ」とでもつぶやきたくなる・・。 これはこのブログでも前に述べたが、それならば、私はこの場所ではなくもう少し条件がいい場所に行かせてもらっていいはずだということがあり、所長に言っても、「ここの展示場は総合住宅展示場の奥の方の場所で来場客が少ないし、和風の展示場で、和風の展示場というのは木にうるさい人だったり、家相にこだわる人だったりが多くてなかなか難しくて、新人では厳しいので、ここは経験と実力がある人にいてもらわないといけないんだ」などと所長から言われて、「それなら、所長が一番経験と実力があるじゃないですか。所長がここに来てくださいよ。私、所長がおられる所に行きますから」と言ったのだ。又、「ここの展示場は来場数が少なくて、又、和風の展示場で、和風の展示場に来る人というのは木にうるさい人だったり、家相にこだわる人が多かったりして、新人には厳しい展示場なので、経験と実力のある人にいてもらわないといけないんだ」などと言いながら、1993年に入社2年目私が いわき市に赴任した時には私と同じ時に いわき市に赴任した「木南さん」(仮名)と私では「木南さん」(仮名)の方が(株)一条工務店での在籍年数はずっと長く経験があったのに、経験がある「木南さん」(仮名)を入口の脇の来場数が多い展示場に配属して、入社2年目の私を「ここの展示場は新人ではきびしい」という展示場に配属したではないか。入社2年目の私をその「来場者数も少なくて、和風の展示場で和風の展示場というのは木にうるさかったり家相にこだわる人が多く新人ではきびしい」という展示場に配属して、その時点でも(株)一条工務店である程度以上の在籍年数を経ていて私より経験が長かった「木南さん」(仮名)の方を入口の来場者数が多い展示場に配属したのは誰なんだ?  浜通り地区の所長の草野さんではなかったのか? それを「ここの展示場は新人にはきびしい展示場だから経験と実力がある人にいてもらわないといけないんだ」とは、いったいどの口が言ってるんだ、どの口があ?
   それに対して今度は「営業は成績残した者が条件のいい場所に行くんでええ」と言われ、それなら「私は所長よりは少なくても、いわき地区の営業の中では少なくとも真ん中より上の営業成績を残しているはずですよ。ここにいる必要はありませんね」と言うと今度は「この展示場は奥まった位置にあって来場客数が少なくて、和風の展示場で和風の人というのは木にこだわりがあったり家相にうるさかったりする人が多くて新人では厳しいので実力と経験がある人にいてもらわないといけないんだ」と言われた。私は「それなら所長が一番実力と経験がある人ですから所長がここに来てくださいよ。私、所長がおられる所に今すぐ行きますから」と言ったのだ。するとまた・・・という繰り返しをやられた・・ということがあった・・が、私は少なくとも在籍後半は少なくとも真ん中より上の営業成績を継続的に残してきたにもかかわらず常に条件が悪い展示場にばかり配属されてきたのだが、もしも、その《「役職」が2つ以上上》という「強い営業」がそれを理由として、条件がいい展示場に配属してもらえるとか、もしくは、条件が同じ展示場が2つ並んでいてその片方にいるが、同じ日に両方の展示場に入場された来場客についてはそれぞれで接客した上で「役職」が2つ以上上の営業の担当客とするということにするのか、どちらか片方ならば、まだわからないこともないしかし、もともと、来場客数が全然違う入口脇の展示場と奥まった位置でそこまで行かない人がけっこう多くて、行っても入口脇の展示場に先に入場して入口脇の展示場の営業が先にツバつけた人である場合が多いというそういう場所において、さらに《2つ以上「役職」が異なる場合には、2つ以上上の役職の者が担当とする》などとされたのでは、奥まった場所の展示場にいる人間は、死ねと言われたようなものだ。浜松野郎がそこまでやるのならば、それならば、その場所にいる営業は自衛しないといけない。自衛しなければ食っていけない。
  ・・・それで、入口脇の展示場にいたK井さんが私に「あんたが接客した客はやりにくい~」と言うようになったのだ。ざまあみろ!・・やりにくいようにしてやったのだ。 もとから、来場客数が全然違う2つの展示場が同じ総合住宅展示場の中にあって、入口脇の展示場の営業に比べて奥まった位置の展示場にいる営業は接客数が3分の1以下だったのだ。それをさらに、もともと接客数が多い入口脇の営業に盗られたのではたまったものではない。・・・だから、「あんたが接客した客はやりにくい・・」ようにしてやったのだ。どうじゃ、私から奪ってもその客は契約に持っていきにくいじゃろうが!!! ざまあみろ!!! そんな簡単に盗られてたまるか!  自衛するために、「あんたがやった客はやりにくい」と思い、「あんたがやった客」は要らん、あんたがやれ・・と思うようにしてやったのだ。ざまあみろ!!!
 「長嶋みたいなやつ」に勝てるようにするためには、「 I D野球 弱者の戦術」で「営業はアタマでやるもんや」てなもので、そう簡単に私が担当して客は盗れないというようにしてやったのだ。ざまあみやがれ!!!
※ 《YouTuve-氷川きよしさんと阪神ファンのコラボによる東京音頭!》https://www.youtube.com/watch?v=Vt2yXzBWMiA

  どうやったか。 まず、私は入口脇の展示場にいたK井さんの(株)一条工務店の営業として「弟子」だったのだ。だから、「弟子」は「師匠」がどういう接客をし、どういう営業をやるか知っていたのだ。そして、「師匠」から学んだ「弟子」は「師匠」と同じようなことができたのだ。感謝である。そして、「師匠」とは異なることもできたのだ。「弟子」は「師匠」が同じ展示場にいた時、ずっと「師匠」を見ていたので、「師匠」がもうひとつの展示場でどんな接客をしたか、どんな営業をするかだいたいわかるのだ。それに対して、「師匠」は「弟子」の「師匠」から学んだものではない部分について知らないか、たとえ知ってもそれをやることはできないのだ。 入口脇の展示場と奥まった場所の展示場なら、入口脇の方に先に入ることの方が多い。奥まった場所は入場されるとしても後からになることが多い。話を聞いていると、入口脇の展示場で誰が接客したかはある程度わかるし、どういう話をそこでしたかもわかる。だから、「師匠」がやったものについて「師匠」より強力なことをやり、「師匠」が持ってないものを私がやれば、その客の印象は私の方が上になり、私がいる展示場を出て帰られる時点では自分たちの担当営業は私の方だという意識になるそういう見込客を「会社のルール」だと言って、「師匠」がやろうとしても、「師匠」は「弟子」が持っている技術・能力を持っていないので「弟子」がやったことをやろうと思ってもできない。客の側からすれば、なんで、この人はあっちの展示場にいた人のようにやってくれないんだ・・という気持になる。だから、「あんたが接客した客はやりにくい」ということになるのだ。ざまあみろ!!! どうじゃ、契約取れんじゃろう・・ということだ。
  念のため、断っておくが、「師匠」は(株)一条工務店の営業の中では決して悪い方の営業ではない。もちろん、相性のようなものもあるだろうけれども、少なくとも真ん中より上の営業である。しかし、「弟子」は「師匠」の手の内を知っているし、「師匠」から学んだものとは異なるものも身に着けているので、ははあん、K井さんが接客した人だな・・と思うと、「師匠」がやらないことをやり、「師匠」がやったものでも「師匠」とは違う手法でより強力にやれば・・、その後は「あんたがやった客はやりにくい・・」となるのだ。 もし、それをされたくなければ、展示場による条件の違いを大きくして、条件のいい展示場に配属する人間と条件が悪い展示場に配属される人間とを分けて、しかも、1つの総合住宅展示場に2つの展示場がある時には、条件のいい方の展示場に配属された営業が担当営業とするなどという卑劣な「制度」は設けないことである。そういったことをやって意図的に差をつけることで「売れる営業」と「売れない営業」を作ろうと浜松の「本社」がやったからには、「日陰の月見草」は自衛のために「長嶋みたいなやつ」に負けない方法を考えるしかないことになる。当然であろう。
※ 《YouTuve-2018年7月1日阪神ファンによる東京音頭!》 https://www.youtube.com/watch?v=moEWTBI0KiE
 《YouTuve-令和になって初めての阪神ファンによる商魂こめて》https://www.youtube.com/watch?v=ugxjW6OGvhk
弱者が勝者になるために―ノムダス〈2〉 - 野村 克也
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野村ノート (小学館文庫) - 野村 克也
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  これは、ある程度離れた場所の展示場で「所長」とかいう「役職」をもらっているような自分さえ良ければいいみたいに思っている連中と見込客がぶつかった時にも対応できる。 相手は「一条オリジナル」のやり方でやっているのに対して、私は「一条オリジナル」よりも正統的な方法で、科学的・論理的な方法で話をしているし、「一条オリジナル」がだますようなことを言っている部分でも私は本当のことを話している。だから、「所長」とかいうような連中とバッティングした時に、その見込客がまともな人ならば、私の方を「あっちの営業さんの方がいいよね」と思ってくれるであろうという営業をやっている。だから、そういう「所長」とかいう連中は私が追客中の見込客を横取りしようと思っても「あんたがやった客はやりにくい」ということになるはずであった。そういう接客とそういう営業を私は意図的にやるようにしたのだ。 自分の契約は自分で守らないと(株)一条工務店の浜松野郎は「所長」とかそういう連中のテカとなって一般営業に敵対するために存在しているのだから、そういう連中から自分と自分が担当の契約客・見込客を守らないといけないのだ。

  そして、対住友林業https://www.sumirin-ht.co.jp/  では、(株)一条工務店の「本社」が考えたセールストークなんてものを全国の展示場勤務の営業に伝えた時点では、それより先に住友林業(株)の営業にそれは伝わっており、それに対する反撃トークも先にできているので、そういうものはあまり役に立たないのに対して、自分で考えたものについては住友林業(株)の営業はそれに対する反撃トークというものを持っていないし、(株)一条工務店の「浜松流」が考えたものは、もとから、あまり理論的・科学的なものではないので、反撃されると弱いのに対して、私が話すことは論理的・科学的なものなので、少々反撃されても即座にどうこうなるものではない。

  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の「オリジナル営業」「浜松流」は、対在来木造での「構造アプローチ」というものを重視してきたが、論理的でないもの・科学的でないものもあり、単なる同業他社への罵詈雑言でしかないものもあり、「こんな施工では困りますね」なんて言っても(株)一条工務店にそういう施工が少なからずあるものもあり、それらをわからずにわあわあ言うのが「一条オリジナル」「浜松流」と信じてやっている人が少なくないのだが、私は、杉山英男『デザイナーのための木構造』(彰国社)・『地震と木造住宅』(丸善)・上村武『棟梁も学ぶ木材のはなし』(丸善)などを精読してその意味を考えて、その上で自社と他社の建築現場を見てきて、そこからの見解をお客様に話してその反応を見てきたので、そういった努力をしてきていない営業とは同じではないという自負がある。 だから、不正確なことや論理的に筋が通っていないようなことをわあわあ言えばお客さんは言うことをきくみたいに思っている営業とでは、その部分で差をつけることができる、差別化をはかることができる。
デザイナーのための木構造 - 杉山 英男
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地震と木造住宅 - 杉山 英男
地震と木造住宅 - 杉山 英男
  そして、私は「インテリアコーディネーターでキッチンスペシャリストで二級建築施工管理技士で宅地建物取引主任者(現 宅地建物取引士)であり、詐称ではなく努力して苦労して合格した者であり、そうやって身に着けたものがあり、自分の担当客のお宅には入居後にも顔を出して、入居してみてどうだったかといった話も聞いてきた人間ですから、そういう話もできます。入社以来、毎日、住宅・建築に関する本を30分読むということを「雨にも負けず、風にも負けず」続けてきたので、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が言うところの「営業は頭のないやつがええんや。頭のないやつが。勉強なんかちっともせん、何考えとるらあというような人間がお客さんに喜ばれるんや」という考えの営業とは違うので、毎日30分を10年以上にわたって続ければ、0.5×365×10=1725時間 ということになるが、そういう努力をしてきた者と同じことをそういった努力をまったくしない者にできるとは思えない。
  (株)一条工務店で、成績が比較的よかった営業には海外旅行に行かせるというキャンペーンを実施した時、私がヨーロッパの国に行って、教会や城や貴族の旧宅やらを見学してきたのを、佐野展示場にいた某さん(男。当時、30代)が「〇〇さん、海外に旅行に行って城だとか教会だとか見学に行くんですか? へえ~え。変わってますねえ」と言うので、「え? 行かないですか?」と言ったところ、「普通、そんなもの、行きませんよ。俺なんか、海外に旅行に行ってやることと言ったら、女 買うことだけですよ。他に何がありますのん。女 買うだけでしょ。普通は」と言うのだった・・。聞いた話だが、テレビのニュースで日本人のおっさんが海外に買春に行く一団がいると批判されて、飛行機に乗る一段の動画が出ていたところ、そこに(株)一条工務店のおっさんどもが映っていた・・ということがあったらしいが、佐野展示場にいて私にそれを言った人の場合はいくらか冗談なのだけれども、そういうことばっかりやってきた人とは違いがあるという自信がある。『味いちもんめ』という板前を扱った漫画で「若い頃に流した汗は歳をいった時に財産になる」と言って、若い板前見習いが少ない給料から料理の本を買って勉強したり、休みの日に他の料理屋に食べに行って他の店の料理を味わったりする話が出ているが、(株)一条工務店には「そんなもの、海外に旅行に行ってやることと言えば、女 買うこと以外に何がありますのん」と冗談ではなくそれを本当に実行している人とは違うという自負がある。

  もうひとつ、「浜松流」で「売れた」場所でばかり営業させてもらってきた営業には、その「浜松流」しか持っているものがないという営業が多い。なにしろ、「浜松流」で「売れる」場所にいたのであり、それで「売れた」のだから、そして、それやってる限り「売れる営業」と認定してもらえるのだから。『チーズはどこに消えた』なんて本があったが、「浜松流」やっておれば「チーズ」は食えるはずであり、「浜松流」やっているのに「チーズ」を食えなかったとしたなら、「浜松流」やってる者が悪いのではなく他に悪いやつがいるということになる。それが「浜松流」の発想である。
チーズはどこへ消えた? (扶桑社BOOKS) - スペンサー・ジョンソン, 門田美鈴
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  それに対して、私は入社以来、条件が悪い方の展示場にばっかり配属されてきた、言い換えれば、「浜松流」だけでは契約してもらえない場所にばっかり勤務してきた。だから、「浜松流」もある程度以上身に着けているけれども、「浜松流」でないものも身に着けており、又、「浜松流」に該当する分野についても「浜松流」的表現ではなくそれぞれの地域に即した表現を常に考えてやっている。 だから、「浜松流」で「売れる場所」に配属されたなら「浜松流」総本舗・「浜松流」スペシャリストと競った時に「浜松流」総本舗・「浜松流」スペシャリストの方が優れた成績を残すという可能性は絶対ないとはいえないとしても、たいていの場所で・たいていの相手に対しては「浜松流」よりも私の方が上なのだ。
  2001年、(株)一条工務店は『チーズはどこに消えた』という小説を引っ張り出して、かつてはそのやり方で売れたとしても、今はそのやり方では売れなくなってきている以上は、他のやり方も考えてみるべきだ・・と、過去に言っていたことと異なることを言いだした。ほほお~お・・・。 しかし、それから後においても、やっぱり、《「浜松流」やっとれば「チーズ」にありつける》という「一条オリジナル」を教える人がこの会社には多いようだ。同業他社に勤めると、「ま~だ、あの会社にはそんな営業を教えているやつがいるのか」とあきれることがある。
  私は(株)一条工務店に11年余り在籍して約10年営業やったのだが、私よりも在籍が短くて私より実力がないと思われる営業が本社の研修に講師役に呼ばれても私には声がかからなかったが、それなら別に頼まれもしないのに教えることないだろうと思ってきたが、見ていると、本社での「研修」に講師役で呼ばれるような人間というのは、「浜松流」を大事にして、「一条オリジナル」のやり方しか知らない、そんなやり方で「売れた」「売らせてもらった」という人間が多く、別の見方をすると「営業としての『引出し』が少ない」人が多い。だから、そういう人に教えられても、「売れる」場所に配属してもらえれば「売れる」こともあっても、条件がよくない場所に配属されたのではそんなやり方では売れない。そういうやり方を研修で(株)一条工務店は教えているのである。条件が悪い場所にばっかり配属された者はそこで何とか売らなければと思い、その結果、「営業としての『引出し』」が多くなる。その「浜松流」以外の「引出し」を教えられたくないらしいのだが、教えられたくないと意思表示されているのに無理に教える必要もないだろう。「営業としての『引出し』が少ない」営業は自分よりも「引出し」が多い営業を見ると腹が立つことがあるらしいが、腹立てる方が間違っている

  そして、同じ展示場にいる「所長」でもなければ2つ以上上の「役職」でもない者が盗ろうとした場合にも、「一条オリジナル」の部分を自分なりに嚙みこなしたやり方でやり、「一条オリジナル」よりも強力なやり方でやり、「一条オリジナル」とは異なる自分にしかできない・・かどうかはわからないが、自分以外にもできる人も中にはいてもできない人の方が多いであろうというやり方でやっておけば、先輩社員の見込客を横取りしてやろうとする不心得者がいても、そんな人間にはその見込客は契約取れないことになるのである(^^♪ 
※ 《YouTuve-38度線の目の前で商魂込めて歌ってきた 2019/10/10 CS Final 第2戦 巨人対阪神 ラッキーセブン》 https://www.youtube.com/watch?v=77veMUsGSKA
《YouTuve-くたばれ讀賣大合唱!みんなで東京音頭♪♪ 2019/5/6 ヤクルト対阪神》https://www.youtube.com/watch?v=-Xxv0Uq5VRQ

  1999年か2000年のこと。(株)一条工務店の佐野展示場に来場された群馬県館林市に在住の夫婦があった。1992年に入社した時には(株)一条工務店は「来場時に長時間アプローチをおこなって、その後は訪問しないで客の方から頼みに来るのを待つ」と、なんだか殿様商売みたいなことを言っていたが、それから半年も経たないうちに「来場から3日以内訪問」と真逆のことを言いだした。栃木県佐野市に来場された群馬県館林市の御夫婦の場合も、「3日以内訪問」と言っていた時代の来場客だったので、私は3日以内に訪問した・・が、芳名帳に記帳していただいた住所に行ってみてもそれらしい住居は見当たらなかった。来場時は、けっこう和やかに話をできたのだったが、その住所は不正確なものだったようだった。
  結論として、その方は、総合住宅展示場への初回の訪問時においては、すべての会社の展示場において、まるまる見当違いな場所ではないが、実際の住居から遠くはないが別の場所の住所を記帳しておられて、展示場で会った営業がどういう人かを考えて、次回の訪問でどこに行くか決めようと考えておられたらしい。だから、初回の来場時に芳名帳に書かれた住所は不正確なもので、その場所には住宅は建っていない場所だったのだ。
  もうひとつ、(株)一条工務店の場合は「芳名帳」で、展示場に入場時に記帳していただくようにお願いしていたという点がある。帰りに記名してもらおうとすると、「いいから、いいから」と言って記帳せずに帰られてしまうので来場時に書いてもらうようにした方がいいという説があり、又、男性の営業が書いてもらうようにお願いするよりも女性の受付係が言った方が書いてくれるという人もあったのだが、男性か女性かは関係ないと私は思う。 まったく別の方で、来場時は住所と氏名を書いていただいたが電話番号は書かれておらず、訪問して話をした後に、「もし、よろしければ、お電話番号を教えていただけますでしょうか」と言うと、「行った時は、どんな人が営業として出てくるかわからないから電話番号は書かなかったんだ。〇〇さんなら教えますよ」と言って教えてもらったということがあった。そういう方もあるが、女性の受付係が入場時に住所・氏名を書いてもらおうとすると、どういう営業が出てくるのかわからないからということで、住所はあえて不正確な住所を書くという方もある。 1980年代終わり頃、小堀住研(株)では「芳名帳」ではなく「お客様アンケート」でそこに住所・氏名の欄があって、展示場内のあちらこちらに置いてあって、途中で書いていただくのが一番いいとその頃は言っていた。途中で商談が進んでいる過程で書いていただくのがよく、帰りがけにお願いすると「いいよ」と言って帰られてしまうことが多く、入場時に言うと「書かなきゃ見せてもらえないのならいいわ」となってしまうことがあるので、途中が一番いいと言っていたのだが、「芳名帳」で入場時にというのと、「お客様アンケート」で途中にというのとどちらがいいかはいちがいにどちらとは言えないと思うが、「芳名帳」で入場時にということであると、どんな営業かわからないから教えていいかどうか判断できないので不正確な住所を書いたり、住所は書いても電話番号は書かないというケースが出てくるのに対して、「お客様アンケート」で途中でということならば、すでに営業とある程度は話をしているので、この人にならと正確な住所を書いてもらえたり、電話番号も書いてもらえるという場合もある・・が、展示場を見学しようと思うなら自分の名前と住所くらいは書いて入ってくださいという意味が「芳名帳」にはあると思うが、1992~1993年頃の東京地区においては、「浜松のえたいの知れない工務店」「西武でもないのに『セゾン』などと名のっている西武のパチモンみたいな会社」の(株)一条工務店では、入口で書いてもらおうとすると入場してもらえないという場合があった。
  そんなことで、総合住宅展示場への初回の来場時には氏名は正しいものを書いても住所は意図的に不正確なものを書いて、総合住宅展示場への2回目の訪問までは住宅建築会社の営業が訪問できないようにされていたということと、(株)一条工務店の展示場は「芳名帳」で入場時に記入してもらうようになっていたということから、住所は記帳してもらった所に行っても住宅らしいものはなかった、ということになったようだった。

  (株)一条工務店の「浜松流」「一条オリジナル」の営業には「構造アプローチがすべてだ」と言って在来木造としての構造の話しかしないという人がいるが、その切り口で話が進む相手もおられるとは思うが、それでは話が進まない場合もある。 この館林市の御夫婦はそれでは話が進まず、奥様が直前にイタリアに旅行されてきたということを話されたので、「イタリアに行ってこられたんですかあ。いいですねえ。イタリアのどちらに行かれたんですか」とそのイタリア旅行の話をして、それでけっこう和気あいあいと話ができて、帰りがけには「なんだか、一条さんと話が合うわねえ」と喜んで帰られたのだった。だから、あれ? 「なんだか、一条さんと話が合うわねえ」と言って喜んで帰られたのに、虚偽の住所だったのか? ・・と思ったが、その場所に住宅がない以上はどうしようもなかった。来場御礼の手紙も返ってきたので、しかたがないかと思ったのだった。 しかし、その応対で良かったようで、帰られてから、どこの営業と具体的な話をして検討しようかを考えられた上で、「一条さんに相談に乗ってもらおう」という結論になったようで、再度、今度は(株)一条工務店の展示場を目指して来場していただいたのだった。
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  やはり、営業は「切り口」「引出し」は多く持つべきであり、「アホの一つ覚え」みたいに「地震に強いですよお」「白蟻に強いですよお」ばっかり言っていたのでは、それで通じる相手もあるかもしれないがそれではだめな相手もある。奥様が「イタリアに旅行に行ってきたのよ♪」と言われたなら、それはやっぱり「気分はイタリア♪」で行くもんでしょう・・・「アリ~ベデ~ルチ ロ~マ♪」て感じで。その対応で良かったようだった・・・が。
※ 《YouTuve-アリベデルチ・ローマ》https://www.youtube.com/watch?v=5F2DBuBKPwI

  ある見込客を、構造建築現場見学に1日かけてお連れして、夕方に佐野展示場に戻ってきたところ、そのご夫婦が(株)一条工務店の佐野展示場から出てこられたのだった。そして、私の顔を見るなり、「あ、〇〇さんだった。〇〇さんに相談に乗ってもらいたいと思って来たのだけれども、名刺もらったんだけど、どこにやったか見つからなくて、名前を思い出せなかったんだけど、〇〇さんだった。今、思い出した」とそう言われたのだった。「うちの土地のこと、今、あの人に話してきたから、聞いてちょうだい。聞いて、それで教えてちょうだい」「うちの住所と電話番号も、〇〇さんに伝えてちょうだいとあの人に頼んできたから、あの人に聞いて連絡ちょうだいね」と、そう私に言われたのだった。・・で、その「あの人」というのが誰かというと、所長の五十嵐さんの「お気に入り」の上岡くんだったのだ。難儀なやつが接客したものだと思った。
  これは、誰の担当見込客かというと(株)一条工務店の会社のルールに従えば私の担当見込客です。戸建住宅建築業の業界では、複数の営業が見込客について「バッティング」することがあります。(株)一条工務店はそういう際に、どちらの担当とするかという点について基準を設け、それを文書にしています。但し、解釈が微妙なケースも中にはありますし、言ってもきかない「所長」もいます。「所長」が「ルール」を守らない場合は、そのうち、「ルール」が変更されて「・・の場合は所長の担当とする」とかいう「ルール」ができることが多い。ですから、「所長」とか「『一条工務店の土台を築いてきた人たち』と自称している人たち」が相手の場合は、「ルール無用の悪党に~♪ 正義のパンチをぶちかませ♪ 行け、ゆけ、タイガー♪ タイガー、マ、ス、ク~ぅ、ちゃちゃっちゃちゃん♪」〔⇒《YouTuve-タイガーマスクOP - 行け!タイガーマスク / 新田洋》https://www.youtube.com/watch?v=GLNb6DmTpWo 〕なんて思っても(株)一条工務店ではだめです。
  私は栃木県佐野展示場には、「特進転勤」という「一定以上の在籍年数に達した者」で「一定以上の通算契約棟数に達した者」が「会社都合での」「居住地変更をともなう転勤」をした場合に「副店長」昇進させるとともに、転勤した時点で2棟契約したという扱いにするという「ルール」により営業本部長から頼まれて佐野展示場に赴任した者で、「副店長」昇進というのは「最近ではやってないんだ」と営業本部長の天野隆夫から言われて、しかたなしに承諾してあげたけれども、どういう「ルール」があったかというと、
(1) 展示場来場から3日以内に訪問した来場客は、その営業の担当見込客とする。但し、3日以内に訪問した場合でも、毎月、営業が会社に申請する登録見込客名簿に記載しなかった場合には、その日より後は担当見込客ではなくなるので、他の営業が追客してもよい。
(2) 毎月、登録見込客というものを10人、登録名簿に記載して会社に申請し、申請した見込客については、登録した営業が担当とする。
(3) そのいずれでもない場合でも、見込客の方から、その営業を訪ねて来場した場合はその営業の担当見込客とする。
(4)営業社員の親戚については、その営業社員の担当とする。
・・というものだった。
  この場合、私は3日以内に訪問したが、展示場来場時に入口で記帳された住所は意図的に不正確な住所を書かれたもので、訪問してみたところ、その住所には住宅はなかった。訪問できなかったことになるが、訪問しなかったわけではない。
  なによりも、その見込客が私を訪ねて来られたのだから、私の担当見込客である。問題は来場時、初回に来場された時に会った営業担当者の私から名刺はもらっていたが、それをどこかにやってしまい、名前を思い出そうとしても思い出せず、展示場から帰ろうとされた時に他の見込客を案内して帰ってきた私の顔を見て「あ、〇〇さんだった」と顔を見て名前を思い出されたというもので、2回目の来場時には営業担当の私の名前を思い出そうとしても思い出せなかった、ということがあった。
  しかし、「一条さんに相談に乗ってもらおうと思って、土地の書類を持って来た」と言われたのだが、その場合、「一条さん」というのは「(株)一条工務店」のことではなく「(株)一条工務店の営業の私」のことである。営業担当者をその見込客が指名して来場された場合には、たとえ、登録名簿にその見込客の住所・氏名を記載していなかったとしても、その見込客がその営業を指名された場合にはその営業の担当とすることになっていますから、私が担当です。それで、見込客が営業担当者の名前を忘れていた場合はどうかというと、その場合でも、住宅展示場には営業がそんなに多人数いるわけではありませんから、「〇歳くらいの男性で」「・・という感じの人で」・・と言われれば、2回目に応対した営業が「◇◇ですか?」「いえ、そんな名前じゃなかった」、「☆☆でしょうか?」「あ、そうそう、そうだったと思う」という会話をすれば、名前は出てくるのです。私は自分が2回目以降に来場された時に接客した時に、2回目以降の来場だけれども、来場客の方で、2回目以降の来場だけれども、別に初回に接客した営業が担当とは思っていないという人ならば、自分が担当として接客しますが、2回目に来場された客が「〇日頃に前に来たんだけれども、一条さんに相談に乗ってもらおうと思って、それで土地の図面を持ってきたんです」と言われれば、又、その言い方から考えて、その「一条さん」というのが(株)一条工務店のことなのか(株)一条工務店の前回に会った営業担当者のことなのかというのはわかるはずなのです。そして、展示場から出られる時に私の顔を見て、「あ、〇〇さんだった。今、思い出した。覚えていたら、〇〇さんと言ったんだけど」と言われたのですから、会社のルールから考えて、当然、私の担当見込客です。
  ところが、上岡くんに「今の△△さんの住所を教えてもらいましたか」と言っても、「ああ、聞いたよ」と言うだけで私に教えないのです。さらに、「どういう話されましたか」と言っても、「ああ、話、聞いたよ」と言うだけで私に伝えないのです。そうやって、会社のルールから考えても、又、見込客の意識から考えても私の担当見込客を横取りしようとしたのでした。この男に接客されたのが悪かったな・・と思ったのでした。
  私は、立場がまったく逆の時には、その見込客から営業担当者の名前がはっきりと出なくても、その見込客がその営業を訪ねて来場されたと思われる場合には「◇◇ですか?」ときいたり、もしくは「・・て感じの人間ですか」とか尋ねたりして、その上で過去の来場名簿を調べて、その時の営業担当を見て、「☆☆ではありませんか」と言って、「ああ、そうです。☆☆さんです」と答えられたら、「中継ぎ」をした上でその営業に見込客を渡してきたのです。これは誰にでもそうしてきたはずですが、上岡くんにも過去にそうしてあげたことがあるはずなのです。
  相撲の八百長について、板井が「週刊現代」だったか「週刊ポスト」だったかで、八百長である以上はいいということはないけれども、「許せる八百長」と「許せない八百長」というのがあり、自分が過去に「ここで負けたら陥落する。助けてくれえ」と泣きついて負けてもらっておきながら、立場が逆になった時に負けてくれと頼まれて、八百長はいかんと断るというのがいいのか?・・というと違うと思うと述べていたのだが、そんな勝手なやついるのかと思っていたら、「貴闘力部屋」https://www.youtube.com/channel/UCNxyWUfEIBTV4I1C9E4OyCg の《【法案成立】八百長は脱税より罪は重い!協会理事全員が手を染めた?八百長したらクビどころじゃ済まされない!》https://www.youtube.com/watch?v=YLVOns0KvFs で貴闘力が「自分が調子悪い時は八百長やって、自分が調子のいい時はガチて、ああいうの腹立つなあ」と話していたので、そういう力士は実在したんだな・・と思った。やっぱり、自分が助けてもらう時に助けてもらったなら、逆の立場の時にも助けないといけないと考えるのが普通ではないか。自分を訪ねてきた見込客を「中継ぎ」してもらったことがある先輩社員の見込客を横取りしてはいかんだろう。
  その時だが、上岡くん以外の佐野展示場の営業が接客していたならば、私は「今の▽▽さんは私を訪ねて来られた方ですから私の担当見込客ですね。帰られる時にもそう言われていたのを聞かれましたね」と言いました。又、言わなくても、たいていの営業ならば、これは自分以外の営業を訪ねて来た人だから、訪ねてこられた相手の営業以外の者が担当してやるわけにはいかんだろうと考えます。しかし、上岡くんの場合は所長の五十嵐が「爆発力がある」と評価する男で「暴れる」のです。暴れると自分の言うことをきいてもらえるという教育を受けて育った人のようで、気にいらないことがあると「暴れる」人で、私も何度も暴れられて怪我させられたことがあるのですが、(株)一条工務店のオーナー経営者はそういう人のことを「梁山泊の精神」と言って称賛し、所長の五十嵐は上岡くんが「最終学歴:底辺の方の高校卒(「自分の名前を書くことができれば合格」と言われる私立高校のスポーツ入学)、住宅:建築に関する資格:なし、前職:クルマ屋」という点と「爆発力がある」という点が気に入っており、上岡くんの我儘にこちらが困っても言っても、五十嵐は上岡くんの我儘を全面的に後押しする男でしたので、そんな「所長」なんていない方がいいような「所長」でした。
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  時々、「アホは純真」とか思っている人がいますが決してそんなことはありません。低学歴の人は純真だとか厚かましい主張をする人もしばしばありますが、決してそんなことはありません。むしろ、そういう身勝手な主張をするような根性の腐った人間だからまともな学校に行けなかったのであろうという人がしばしばいます。
  又、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「営業は学校でてない人間がええんや、学校でてないやつが。ぼくなんかも学校出てないから(最終学歴:中卒)、だから、気さくで人間性が優れていて誰からも好かれるんだ。おい、そう思うだろ。おい、思いますと言えよ。ぼくが『思います』と言えと言ってるんだろうが。言わないのか、おい、『思います』と言え」と言われて無理矢理「思います」と言わされたのだが、なんで、真面目に努力して優秀な成績を取って評価の高い大学に進学した人間はそれを理由として「気さくではない」「人間性が優れていない」「人から好かれない」と決めつけられなければならないんだ? 小学校・中学校は義務教育のはずで、その義務の教育をまともに学ばずにいた人間がなぜ「人間性が優れている」ということになるんだ?
  「僕は学校でてないから、だから、気さくで思いやりがあって人間性が優れていて誰からも好かれるんだ」と主張し、誰もそんなこと言ってないのに、「おい、そう思うだろ。思いますと言え。ぼくが思いますと言えと言っているのにどうして言わないんだ。思いますと言え」と言って無理矢理「思います」と言わせる男というのも、なんか変わった性格していると思います。「口裂け女」という妖怪が「わたし、きれい?」と執拗に尋ねて、「きれい」と答えないと殺される・・とかいう話がありましたが、なんかそんな感じ・・。相当変わっとる・・( 一一)
※ 《ウィキペディアー口裂け女》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A3%E8%A3%82%E3%81%91%E5%A5%B3
 《新もっと知りたい話題 洒落にならない怖い話「口裂け女のかなえさん」にまつわるホラーな都市伝説。でももし会ってしまったら・・・。》https://www.youtube.com/watch?v=F0GYsEDQVJ8

  もうひとつ、実際問題として、その見込客を自分が担当となってやったとして、自分が商談を前に進めていくことができるのか・・という問題があります。たとえ、先輩社員から見込客を横取りしたとしても、自分以外の営業を訪ねて来て、前に会っている私に「相談に乗ってもらおうと思ってきた」と言われている人を他の営業がやろうとして、はたしてできるのか?・・という問題があります。
  自分が担当しても契約まで持っていけそうにないという場合には、会社の「ルール」がどうであるかにかかわらず、見込客が訪ねてきた営業担当者に渡すことで、その営業に「恩を売る」ようにしておけば、そしてその営業が契約に持っていくことができれば、逆の立場の時に協力してもらえるようになることが期待できます。それを、上岡くんのようなことをやったのでは、横取りした見込客には嫌われて契約につながらないだけでなく、横取りされた営業からも「やっぱり、この男はそういう男なんだな」ということになるだけで、失うものだけですそのあたりを理解できないのか・・とも思いましたが、上岡くんは理解できない人間でした。要するに、「営業能力がない」のです。営業能力がある人ならば、そのあたりを見通すことができるはずなのです。この人は自分以外の営業を訪ねてきた人だとわかった上で、その営業なら契約につながるが自分が担当したなら契約にはつながらない・・ということを認識できなかったというのは、それは上岡くんが「営業能力がない」ということを示しています。本来、所長はそのあたりを見抜けるはずなのですが、わからんのかなあ、そんなことも・・ということを見抜けないのが所長の五十嵐さんでした。

  1980年代終わり、小堀住研(株)の千葉支店では、柏展示場にいた営業の犀川(男。当時、30代半ば過ぎ)が「他の営業の見込客を横取りする」と評判で、私も彼に盗られたか?・・と思われる見込客があり、特に「自分が所属している営業課の課長の担当客でも盗る」と評判でした・・・が、犀川の場合は前職がマンションの営業だったらしいこともあって「ハウス55」という「高品質低価格」のお客さんを得意としていて高級志向の「新 桂」の契約は苦手とする営業で「高品質低価格」タイプを毎月ポンポコ契約取りまくるというタイプの営業でしたが、粗利益額(あらり)で見て継続的に千葉支店で1位、全国でも10位以内の営業成績を残していただけに、たとえ、自分が所属の営業課の課長に嫌われても時分は契約取れるという自信があってやっていたと思われ、「あの野郎」と思う人はあったでしょうし私も思いましたが、S川の場合は「この野郎」と思われても時分は取れるという自信を持っていてやっていたと思うのですが上岡くんの場合は逆で、もしも、営業能力があったなら、その見込客を横取りしたとして自分に契約できる見込客かどうか・・という判断をする能力が欠落しているから、だから、自分が横取りしても契約できる可能性は極めて小さいという見込客を、単に他の営業の営業活動の邪魔をすることと(株)一条工務店の会社としての契約を1棟減らすことだけを目的に横取りするのでした。
  もったいないなあ~あ・・・と思いました・・し、本来、所長というのはそういう人にきっちりと指導するのが「所長」のはずですが、(株)一条工務店の場合は、総務部長の天野雅弘が「所長は売るのが仕事であって、管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違います」と明言していた会社で、所長は「管理したり指導したりするのは仕事とは違う」らしかったのですが、それならいったい誰の仕事なんだよ?!?・・ということになりますし、五十嵐さんは、私が入社した1992年頃は栃木県地域の「所長」であるとともに自分自身が営業活動をやっていた「プレーイングマネージャー」みたいで「管理したり指導したりするのは仕事とは違う」ということは、相撲で横綱・大関・関脇・小結という肩書がついていても土俵の上でやることは平幕と変わりはないのと同じく「所長」という番付をもらっていて、横綱と一緒で「所長」はめったに降格にならないものの「管理したり指導したりするのは仕事とは違う」という番付であったが、1998年に私が栃木県佐野市の展示場に赴任した時点では、五十嵐さんは足利市の展示場に常駐していて、その後、石橋町だったか宇都宮市南部だったかの展示場に常駐するように変わったものの、いずれの時も「所長」専任であって自分自身が営業担当として営業活動はしない「所長」になっていたのですが、そうなると、「売ることが仕事であって、管理したり指導したりするのは仕事とは違う」という「所長」から「売ること」はしないとなった人というのは、結局、仕事は何もないということであり、結論として「ごく潰し」「給料泥棒」「赤字社員」ということになります。
  小堀住研(株)の柏展示場にいた犀川も、あれもどうかと思うが、それにしても、千葉支店では一番売っていた営業が「あいつは営業成績はいいが、えげつないやつだから、気をつけないとパクッとやられる」と言われていても、当人はそれで平気でいたし、犀川の場合はこの見込客を横取りすれば自分が担当で契約まで持っていけると判断した見込客を「パクッ」とやるのだったが、上岡くんの場合は実力もないのにやっていた、むしろ、営業としての実力がないから、その見込客を横取りしたとして自分が契約まで持っていけるものかどうかという判断する能力が欠落していた・・のだった。
  1990年代、(株)一条工務店の福島県浜通り地区では、「アルツハイマー」と言われていたS藤賢二さん(男。当時、40代)は所長のK野次男さん(男。当時、50代)に何軒も見込客を「盗られた」と言っていたのだが、いわき地区に長くいる営業は「S藤さん、そんなの、簡単に盗られちゃだめだよ」と言っていたのだったが、S藤さんは「いいんだ」と言ってあきらめることが多かったようだ。実際に「盗られた」のかどうかは、所長のK野さんとしては「盗った」つもりはなかったかもしれない。 私が知っているケースでは、比較的古くからいたK井さん(男。当時、30代後半)が私と同じ展示場にいた時、福島県双葉郡で建てたいという見込客が、「この土地に建てたいんだ」と言われた場所を見て、その場所に建てるなら、こういうものになるという図面を作って見せたところ、いわき市の2か所の総合住宅展示場に2展示場ずつあった時に、他の総合住宅展示場の方の展示場に行き、そこで会った所長のK野さんに「愛想もくそもない図面を持ってきやがってからに」と怒られて、「なんだ、あの愛想のない営業は」だか言われたらしかったが、K井さんとしては、たとえ、そう言われたとしても、だからといって簡単に所長に見込客を奪われてたまるかと思い、「それなら、所長、私とお客さんの所に一緒に同行して所長として話を聞いてくださいよ」と言い、そして、同行してもらったところ、その見込客が「ここに建てたいんだ」と言われた土地に建てようとする限り、K井さんが描いた図面、もしくは同業他社が描いて持参した図面のようなものしか建てようがなかったらしく、どの会社の営業も、この人はどうしてわかってくれないんだ・・と頭を抱えていたらしかった・・・が、(株)一条工務店の浜通り地区の所長のK野さん一人だけはそうは考えなかったらしい。K野さんは周囲を見回して、そして、そのお客様にこう言ったらしい。「◎◎さ~ん、ここにある納屋なんだけんども、見たところ、まだ新しくて、これを壊すのは何とももったいないように思うんだけんど、もし、この納屋を壊して、この納屋が建っている場所とこちらの土地とを合わせて、その両方の土地を使って家を建てたなら、けっこういい家が建つように思うんだけんども・・、どんなもんだろうねえ~え・・・」と。それを聞いて、その見込客の方は感心して言われたらしい。「今まで、ここに何社もの会社の何人もの人間が来たけれども、それを言ってくれたのは草野さん、あんた、一人だけだ」と。一緒に行っていたK井さんも感動したと言っていたし、私もその話を聞いて、さすがやなあ・・・と感心した。福島県浜通り地区の所長だった草野さんは(株)一条工務店で年間全国1位の営業成績を残したこともある人だったが、「営業成績を残した者が一番条件がいい展示場に行くんでええ」と言って自分が所長になっている展示場何か所かの中で自分が一番やりやすい所を選んで在籍するようにしていたとかそういったこともあるかもしれないけれども、又、中にはかなりいいかげんな契約もあるとか言うけれども、そういったこともあったとしても、それでも、年間全国1位は伊達じゃないなあ、たいしたもんやなあ・・と感心した。その時、K井さんは、所長から「おめえみたいな愛想の悪い営業はだめだとお客さんは言ってるぞ」と電話で言われて、そこで「はい、わかりました。それでは所長が担当してやってください」と簡単に譲ってしまったのでは、誰もが所長に見込客を奪われることになる、そうはいかんと頑張って、「所長に所長として同行してもらって応援してもらう」という「お願い」をして「所長の協力のもとにK井さんの担当として契約」に持って行った・・ということがあった。S藤さんは、なぜ、所長と「バッティング」した時に頑張らないのか・・というと、おそらく、「勝ち目がない」と認識していたのではないか、と思う。私は福島県いわき市の営業所にいた時にはっきりと「所長に盗られた」というものはなかったと思うのだが、それはひとつには「得意とするストライクゾーンの違い」があったからではないかと思う。私が担当の契約客で「あの人が所長さんなんですか。あの人が担当なら私は契約しなかったですね」と言われた方が複数あったのだが、人間であるからには「相性」のようなものはどうしてもあると思うが、そのあたりが私と浜通り地区の所長だったK野さんとは違ったので、それで、「盗られる」ことはあまりなかったのではないかと思う。浜通り地区の所長の草野さんも、本人は「盗った」つもりはなかったとしても、「バッティング」した営業として「盗られた」と思っていたケースでは、草野さんとしては「その営業がぼんやりしている」と思えて、自分が担当すれば契約してもらえるとふんでやっていたと思うのだ。S藤賢二さんは「得意とするストライクゾーン」が所長のK野さんと共通していて、K野さんの方が「得意とするストライクゾーン」が広くて、しかも、お互いに「得意とするストライクゾーン」において所長のK野さんの方が強力だった・・とすると、「盗りやすい」「盗られやすい」関係になることが考えられた。
  「盗った」のかどうかはよくわからないケースもあると思う。ある営業が追客中の見込客が、その営業の対応について他の展示場に行かれた時に不満足なことをこぼすということはあることだと思うが、そういう見込客を私が「中継ぎ」として接客した場合ならば、いつも「弁護側」にまわってきたものだったが、それを「あんな営業はだめだとお客さんが言ってるぞ」と解釈して、だから俺に担当を変われと所長が要求すると、所長としてはお客さんからあんな営業ではだめだと言われた営業が悪いんだから俺が担当になっていいんだという主張になるが、しかし、お客さんから不満を言われたとしても、その営業が悪いのではなくその営業だからそこまでやっているというケースだってわるわけだし、所長ならば営業担当者についての不満をお客さんから聞いたから俺が担当になってやると言うのではなく、所長ならば担当営業をかばい弁護側に立った上でその営業に協力してもいいのと違うのか・・とも言えるわけで、しかし、そうは言っても、「営業担当者を変えてほしい」と言われるケースはあって実際に営業担当者に問題があってそう言われてもしかたがないというケースも中にはあるであろうから、「盗った」と解釈するべきものかどうか判断つきにくいものはあります。
   そのあたりにおいても、浜通り地区の所長のK野さんは「盗った」のかどうか当事者でない者にはよくわからないが、「盗られた」と言っている人がいるようなものについては、K野さんとしては「盗った」としても時分が契約まで持っていくのは大変そうと思うようなものは「盗る」ようなことはしなかったし、「盗った」と言われたものはK野さんとして契約まで自分なら持っていける可能性が十分高いと思うものだったのだ。上岡くんみたいに、私が担当でやれば普通にやりさえすれば契約してもらえるが、上岡くんが担当してやればつぶれる可能性が極めて高いというものを、つぶして私から契約を1つ奪い、(株)一条工務店から契約を1つ奪うことだけを目的に「盗る」ようなことはしなかったのだ。 自分が担当としてやったとして契約まで持っていけそうな相手を「パクッ」とやるのならまだしも、自分が担当になってやったら契約してもらえる可能性は極めて低いという見込客を同じ展示場の営業の担当の契約を1つつぶすことと(株)一条工務店の契約を1つ減らすことだけを目的に横取りする男というのは、それはいったい何なんだ・・・と思うが、何なのか?・・というと、それが栃木県地域の所長の五十嵐さんの「お気に入り」というものだったのだ。

  小堀住研(株)の千葉支店柏展示場にいた犀川は「課長の客でも盗るやつだ」と言われていたが、上岡くんはそれ以上・・もしくはそれ以下だということになる。私は、実質「副店長」なんですよ。「特進転勤」の条件を満たして営業本部長から頼まれて栃木県佐野市の展示場に赴任した者であって、栃木県地域の「リーダー」になっている人間の少なくとも過半数より上の立場なんですよ。 (株)一条工務店では上岡くんの倍以上在籍している人間なんですよ。 (株)一条工務店の前にいた小堀住研(株)に入社した時から計算すれば、戸建住宅建築業の業界に上岡くんの3倍いる人間なんですよ。 そういう自分の倍以上、(株)一条工務店にいる営業担当者で、自分の3倍以上、住宅建築業界にいる営業担当者の見込客を、盗っても時分が契約に持っていくことはまずできないとわかっていてやったのか、わからずにやったのか、どちらかわからないが、そういう相手のそういう見込客を横取りしようとする男というのは、入社以来、どういう「指導」されてきたのか、「所長」はどういう「指導」してきたのか?・・・となるのだけれども、そうなるとまた、「一条工務店では所長は売ることが仕事であって、管理したり指導したりするのは所長の仕事と違いますから」という総務部長の天野雅弘の見解がそこに出てくることになるのだが、「管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違います」のなら、それなら「管理したり指導したりするのは」いったい誰の仕事なんだ? 「管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違います」のなら「売ること」も仕事としていない五十嵐さんには何一つ仕事はないことになるわけで、何ひとつ仕事がない男が、なぜ、給料を盗っているのか?!? ・・ということになるはずなのだ。

  小堀住研(株)で入社1年目に松戸営業一課の課長だったUさんに見込客宅に同行させてもらった時、見込客のお父さんが建てられた家があり、それを息子が建替えて小堀住研(株)の「ハウス55」を建てたいと考えていたが、お父さんがせっかく工務店に頼んで建てられた家を壊されることにお父さんは抵抗を感じておられたようだったが、お父さんに話を聞いてもらえるようにと思い、Uさんはお父さんは盆栽が趣味らしく、盆栽の話をされると、そのお宅にいたかなりの時間、盆栽の話を聞くようにした。結局、契約にはならなかったが、お客様が好んでいる趣味のものの話を聞くといったことも営業の能力のひとつであるし、又、それに応じて会話する能力も営業の能力のひとつである。佐野展示場に来られたその方は、奥様がイタリアに旅行に行ってきたと嬉しそうに話されるので、私は「イタリアに行ってこられたんですかあ。イタリアのどこに行かれました?」ときいて、その話でかなり盛り上がったりしていたのだったが、上岡くんにはそういった話に応じる能力はない。
  いわき市で同じ総合住宅展示場の入口に近い展示場にいたK井さんは「あんたが接客した客はやりにくい」と私に言ったのだが、K井さんはわかったのだ。私は他の営業に盗られないようにするために自分にはできても他の営業にはできない場合が少なくないことを意図的にやっているということを。上岡くんはそれをわからんのだ。わからんかなあ~あ・・と思うのだが、わからん男だった。五十嵐さんも、変わった人間が好きだなあ・・とあきれたのだが、五十嵐さんはそういう人だった。 「前職:クルマ屋」でも、やはり、「前職:クルマ屋」だったS藤(女。当時、20代半ば過ぎ)は展示場での接客を見て、私と I 田さん(男。当時、40代前半)は入口で記名したお客さんでも記名しなかったお客さんでも変わらずに熱心に接客するが、上岡くんは記名しなかった人だと途端にいいかげんな応対をするようになると見抜き、「あんな接客していたら、私が前にいたネッツトヨタなら、かんかんに怒られましたよお」と憤慨していたのだったが、「元クルマ屋」でもS藤にはそのあたりが見えても五十嵐さんにはそれが見えないようだった・・・ということは、おっさん、アホやな・・ということになる。 私は五十嵐さんは他の部分ではまったくだめな人ではないと思っていたので、あんた、そのあたり、わからんのか・・と教えてあげたかったが、「高卒の所長」というのは、大卒の人間から教えられたくないという信念もっているので、教えようがなかった。あかんなあ、やっぱり・・と思ったが、それでも、まったくだめな人でもないし、とことん陰険な人というわけでもなく、福島県中通り地区の所長だった片山が五十嵐さんのことを「天野部長(営業本部長の天野隆夫)の腰巾着」と言っていたが、その部分では実際はそんなに「腰巾着」という感じの人でもなく、むしろ、片山こそ「大澄(初代)社長の腰巾着」と従業員の間で言われていた人間であり、実際そうだったしするので、そのくらいわからんかなあ~あ・・と思ったしわからんのなら教えてあげたいとも思ったのだったが、わからんようだった。残念ながら、「アホやった」ということか。

  私は、ミラノ・パリ・ロンドンには戸建住宅建築業の会社に勤めている限りは、最低1回は行って自分の足で街を歩いてみる経験は持たないといけないと思い、無理をしてでも身銭を切って言ってきたが、上岡くんなどはそんな努力にしてもするわけがないのだ。
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そういった努力をしてきた者とそうでない者とは同じではない。「イタリアに旅行に言ってきた」と言われた時にも、「いいですねえ。イタリアのどこに行かれたんですかあ」と話をしても、そういう話でも私はできるが、上岡くんにはできないはずだ。 そのあたりもわからんのか・・と思うが、小堀住研(株)の犀川とか(株)一条工務店の浜通り地区の所長の草野さんとかは「盗った」と「盗られた」側の営業から言われたケースにしても、「盗った」とすると自分が契約まで持っていけると判断した見込客を「盗った」のか「奪った」のかそうではなく「盗られた」と言っている側の営業が「ぼんやりしている」のが悪いというのか、どちらであるかにかかわらず、その見込客は自分がやれば契約まで持っていける可能性が十分大きいと判断してやり、自分が担当となっても契約まで持っていくのは難しそうと思った見込客を奪おうということはあまりやらないのに対して、上岡くんの場合は「盗った」としても上岡くんには無理と思われるものを盗りたがる・・というあたりの違いがあった。 (株)一条工務店の会社としては、もったいないことである。私が担当しておれば、「普通にやりさえすれば」契約になった可能性が相当大きかったと思われたものを、格下の営業がそういう勝手なふるまいをしていることについて、所長がアホの後ろ盾になっていたことから、アホはズに乗って会社にとって不利益になる行為をやっていたのだった。私が担当すればいい家ができただろうになあ・・と思うと残念である。

  それで、自分が担当した見込客が他の営業が横取りしようとした時に、簡単には盗れない、無理に盗っても、私が担当の見込客を横取りした営業が契約まで持って行こうとしても難しいというのは、そうしている営業というのは、その点においてその分だけ「営業能力がある」ということであり、それに気づかない営業というのはその部分においてその分だけアホである・・ということである。 いわき市の展示場にいたK井さんは「あんたがやった客はやりにくい」と気づいた・・ということは、その点において、その分だけ、アホではなかったということだ。
  それを、私が担当した客は他の営業はやりにくい・・というのを、それに文句言うような営業本部長というのは「私はアホです」とそこで宣言しているということである。 違うというのなら、どう違うのか、ぜひともお聞かせいただきたいものである・・・が、違わないはだ。

 (株)一条工務店では、「ベンチがアホやから野球ができん!」と言われても文句は言えない男が営業本部長になっていたし、今もなっているようだ。〔もっとも、江本は「アホ」と言ったのはロッカールームで壁に向かって言ったのであって、直接にその相手に向かって「ベンチがアホやから野球ができん」とは言っていないらしいし、YouTuve に入っている江本の話では、そんなこと言うなら星野仙一なんてもっと言うとった、あれで辞めなきゃいかんというなら星野仙一なんて何百回と辞めてなきゃいかんはずだが、それを名古屋の中日新聞は中日の選手を守るのに対して、関西系のマスコミは話題が欲しいから実際以上にふくらませて報道した結果だ・・ということらしいが〕今から考えると、(株)一条工務店では毎年毎年毎日毎日滅私奉公・破私奉公を続け、涙ぐましい我慢に我慢を続けて重ねてきたが、あそこまで我慢ばっかりするのではなく、「ベンチがアホやから野球ができん!」とはっきりと言ってやった方が会社のためでもあり、その「アホ」のためでもったのではないか・・とも思う。もっとも、言ってやったとしたならば、こちらは会社の為を思って、それではいかんと思い、その「アホ」に態度を改めてもらいたいと思って言うわけだが、「アホ」を改めたくないという信念もっている人間は態度を改めることなく、「それなら辞めろ」と言った・・かな・・。だから、やっぱり、(株)一条工務店のような「オーナー経営者の会社」で中卒高卒のオーナーが好き放題やってるような会社というのは、勤めてあんまりいいことない・・ということ・・なのか・・・・。  《「オーナー経営者一族の気まぐれ」は「会社の利益」に優先する》という思想信条のオーナー経営者一族の会社、「たとえ、『オーナー経営者一族』であっても、従業員として仕事をする上においては自分も従業員の一人なのだ」という意識が完全に欠落した人間が経営者になっている会社・・というのは、勤めると何かと不快指数が上昇する会社である。「この程度の会社にはこの程度の人間」とでもいったような「お似合い」みたいな人もいたのかもしれないが・・・。

  (2021.3.17.)

☆ 会社と営業の話 シリーズ
 [第822回]新卒社員研修で「この会社におる奴はアホばっかしや」と言う外部講師と東京海上火災の営業を「皆さんとは違ってエリートの人」と言う社員教育担当者。 「最近の若い者は甘ったれとる」のか? 「親は子から何かをしてもらった時に気持に喜ぶ」のか?https://shinkahousinght.at.webry.info/202102/article_6.html
 [第823回]電話はいくつ鳴ったら取るべきか。ベルいくつ、何秒かけて相手が出なければ、かけるのをやめるべきか。「自分にかかってきた電話でなくても会社にかかってきた電話は取るべき」ではないのか。配偶者でもない女からひっきりなしに職場にかかってくる電話について、使用者は注意するべきではないのか。居留守使うやつに協力する必要はあるのか。サラ金の督促の電話に他の従業員が出る筋合いはあるのか。https://shinkahousinght.at.webry.info/202102/article_7.html
 [第824回]ある日の営業会議ー「社長の腰巾着」に物言えない所長と「腰巾着」におべっか使おうとする男。世話になってきた営業の担当契約客にお茶の一杯入れて出さない郡山の営業。玄関まで行って他営業の契約客だと戻ってきて外出するいわきの営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_1.html
 [第825回]会社の為に転勤する全国社員を犠牲にする会社、営業本部長の約束を平気で反故にする会社、「契約がすべて」と言いながら契約半分未満の人を「優秀者」とする会社、世話になってる人を世話している者の「応援者」にする会社、自社が作った制度を踏みにじる会社ーある日のリーダー会議【上】https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_2.html
 [第826回]ある日の「リーダー会議」【下】ー勝手に歩合給部分を減額する会社、筋を通して従業員の立場を説明する者と使用者にすり寄って自分だけ好かれようとするクズ、自分だけ使用者に喜ばれようとして失敗した経験を少しも活かさない成長しない男。話のすり替えをして使用者にすり寄ろうとするアンクル=トム https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_3.html
 [第827回]極端に労を惜しむ営業、割が良くない作業は人に押しつける営業と他の営業がやりたがらないことを引き受ける営業。日報ださせてもその内容を見る視力がない所長  https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_4.html
 [第828回]住宅建築業・他の営業と「バッティング」した時に盗られない方法。「あんたのやってた客はやりにくい」という誉め言葉。盗っても自分は契約できない先輩社員の有望見込客を盗ろうとする愚か者営業。ひとの見込客を横取りしようとする者がやりにくいのは横取りしようとする者が悪いと認識できないアホ営業本部長。〔今回〕

[新訳]営業は断られた時から始まる - E・G・レターマン, 松永 芳久
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