極端に労を惜しむ営業、割が良くない作業は人に押しつける営業と他の営業がやりたがらないことを引き受ける営業。日報ださせてもその内容を見る視力がない所長

[第827回]会社と営業の話
  1990年代、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/  の福島県いわき市 の営業所(展示場)にいた自称
「暴力団住吉連合系小名浜一家の組長の息子」
「父親は入墨を入れている」
「中学校時代に同級生を殴って失明させたことがある」
「傷害罪の前科がある」
「高校時代は暴走族のリーダーだった」
「極真会空手の有段者」
「大学は千葉工大に行ったが4年の時に中退した」
「千葉工大に行っていた時、ホストクラブでアルバイトをしていてナンバーワンホストだった」
「ホストクラブに勤めていた時、覚せい剤をあつかっていた」
「覚せい剤の問題でヤクザともめて極真会空手で撃退した」
「きれると何をするかわからない」
「小名浜ではいつでも肩で風切って歩いており、ヤクザから挨拶される」
「父親が小名浜一家の組長なので、小名浜のソープランドはただで利用できる」
「昔から親しくしているヤクザ者ですぐ切れる無茶苦茶強いやつが刑務所から出てきたばかりで、『何かあったら俺に言えよ』と言っている」
という馬上正一(男。当時、20代後半)がいたが、私は最初、↑ みたいなもの、詐称しても本人にプラスになるものなんてないだろうから、そんなものを詐称する人はないだろうから本当のことなのだろうと思っていたのだが、そうでもないらしかった。住吉連合系小名浜一家の組長は馬上の父親とはまったく別人であるだけでなく苗字も「馬上」ではないらしく、いわき中央警察署で聞いた話によると「小名浜には馬上という名前のヤクザはおらん」ということで、又、馬上には傷害罪の前科はないらしい。そんなものを詐称しても得することはないと思ったのだが、それを詐称したがる人というのも世の中にはいるということを(株)一条工務店のおかげで知った。しかし、「ヤクザではない」と警察は言うのだが、「ヤクザではない」と言われても、こういったことを常に職場で口にして人を脅す人間というのを「カタギ」と言うのかというと通常の日本語ではこういう人間を「カタギ」とは言わないはずであるし、そういう人のそういう行為を放置して対処しない会社の態度のことを日本の労働法では「保護義務違反」と言うはずである
  「ミサワホームに勤めていて、ミサワホームの中央設計室にいて、ミサワが(株)一条工務店を買収しようと考えたことがあって、その時にミサワホームから派遣されて浜松の(株)一条工務店に行ったことがあり、その時に(株)一条工務店の大澄賢二郎初代社長から別室に呼ばれて『馬上くん、うちの会社に来てくれないか』と社長から直々にスカウトされたので、それで、どうしようか考えたけれども、社長からそこまで頼まれるのならと思って、それで(株)一条工務店に入社したんだ。だから、(株)一条工務店では他の社員とは扱いが違うんんだ」とも言っていたのだが、かつ、日本の会社員は有給休暇を使えていない会社員が多いが、有給休暇を使用しないかわりに使用者がそれをカネで買いとるというのは合法か違法かというと、あらかじめ、有給休暇を取らさずに買い取るというのは違法であるが、使用しなかった有給休暇を使用者がカネを払って買い取るということについては労働法の分野において議論があり、かまわないのではないかという説があるらしく、その例としてミサワホームは使用しなかった有給休暇を会社が買い取っているという話をどこかで読んだことがあったので、馬上がミサワホームにいたと言うので「ミサワホームは使わなかった有給休暇を買い取るらしいですね」と話したところ、「うん。そうだ」と話を合わせたので、実際にミサワホームに勤めていた経験があって(株)一条工務店の社長からスカウトされて入社したのかと思ったら、実はもとよりミサワホームになんて在籍したことはなく、いわき市の平工業高校を卒業した後、いわき市の地元の会社に就職して、その後、(株)一条工務店に入社したらしく、別に社長からスカウトされて入ったのでも何でもなかったらしい。・・・まったく、よく言うなあ・・とあきれた。
  いわき市南部に「モウエハウジング」という工務店があって国道沿いにモデルハウスを出していたので、「馬上さんのお父さんの会社の展示場ですか」と言ったところ、「ああ、うちの親父の会社だ」と言うのでそうかと思っていたら、それも違ったらしい。次から次へとよく言うと思う・・・が、ヤクザとつきあいがあるというのは本当らしく、どれが嘘でどれが本当の話なのかよくわからない。
  「千葉工大に行ったが4年の時に中退した」という話については、もしも詐称ならば、
(1)同じ詐称するなら千葉工大なんて「バカでも入れる私大の建築学科」を詐称するのではなく、もうちょっと評価が高い所を詐称すれば良さそうなものだから、詐称ではないのだろうと思ったのだが、又、
(2)同じ詐称するなら「4年で中退した」ではなく「卒業した」としておいた方が評価が高いはずだから、それを「4年で中退した」と言うということは本当のことかと思ったのだった
・・が、実はそうでもないようだった。
  2008年、千葉県八千代市に本社がある東海住宅(株)https://www.10kai.co.jp/ の千葉市花見川区の花見川ショールームの店長になった「人相が悪く眼つきが悪いヤクザ顔の田中」(男。当時、60歳)は「佐倉高校卒。明治大学中退」と称していたのだが、これも、「明治大学中退」なんて詐称しても、そんなもの、誰もそれでプラスの評価なんてしないだろうから、詐称してもしかたがない話だから詐称ではないだろうと最初は思っていたのだが、どうも、彼と話をすると明治大学について私が明治大学卒の人から聞いたようなことを知らないし、佐倉高校というと「長嶋の出身校」というイメージがあって、そこから「何にも考えてない」という人の学校かと思いそうになるのだが、野村のじいさんは「私は監督としての長嶋は評価していないが、選手としての長嶋についてはそうではない」とか言いながら、村山に長嶋を打ち取る方法を尋ねたところ、「長嶋を打ち取るのなんて簡単や。巨人のチャンスで長嶋に打順がまわると、わざとボール珠を2つ続けて投げてツーボールナッシングにして、その次に、真ん中から下にぽと~んと落ちるフォークボールを投げてやると、長嶋は必ず手を出して内野ゴロのゲッツー打ちよる。何回やっても、同じ手にひっかかりよる」と教えてくれた、なるほど~、長嶋打ち取るのはそうすればいいのか、わざとツーボールナッシングにして真ん中からぽと~んと落ちるフォークボールを投げてやると、必ず手を出して内野ゴロゲッツー打ちよる、何回やっても同じ手に引っかかりよると、アホやアホやアホやアホや♪・・・て、やっぱり選手としての長嶋もバカにしとるやんけ・・・て、このじいさん、よっぽど長嶋が好きみたい・・・・というその長嶋の出身校なのだが、実は佐倉高校というのは千葉県では進学校らしく、「あんなやつが、佐倉高校だの明治大学だのなんて行ってるわけないだろうがあ」と言う人があって、言われてみるとそうかもしれん・・・とも思ったということがあった。「人相と目つきが悪いヤクザ顔の田中」は「宅建主任(宅地盾澪の取引主任者⇒宅地建物取引士は俺は受けさえすれば通るんだけど、あんなもの、取ってもしかたないから、だから、わざと取らないようにしてるんだ」などと称していたのだが、たしかに、宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士 という資格は、「不動産屋」でも三井・三菱・住友・野村といった名前が会社名の一部分に入っているような会社ならば取った方がいいだろうけれども、そうではない方の不動産屋で宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士 の資格を持つと、宅地建物取引業の会社では従業員5人に1人以上宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士 の資格を持っている人間を置かないといけないということになっていることから、結果として、この資格を持って不動産屋に勤めると、1対4で少数派になってしまうところがあり、会社という所においては少数派になると損みたいなところがあり、努力して取得することでかえって「少数派」になってしまう資格であり、努力して取ってもあんまり得しない資格・・というところはあり、その点で田中が言う「宅建主任(宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士)なんてあんなもの取ってもしかたがない」というのは、まるまる間違いではないと思うが、しかし、
(1) それなら、 「俺は受けさえすれば通るんだけど、取ってもしかたがないから、だからわざと取らないんだ」というのは、そうかな? そういう文句というのは、実際には受けたら落ちる人がよく口にする文句だし、資格試験にしても大学入試にしても「受ければ通るんだけど」などと思っていたとしても、実際に受けてみて通るという保証はないわけで、大学入試でも「××なんて落ちたら眼かんで死なんとあかん」とか言うておったらそこを落ちたあ・・・なんてことは「あること」だし、「受けたら通る」のなら受けて通ればいいだろうが・・てことになり、なんで受けて通れへんねん!?!・・というと「あんなもの、取ってもしかたがないから」とか言うのだが、そういうことを言って、受けたら落ちるものだから「受ければ通るんだけど、わざと取らないようにしてんだ」とか言いまくる人というのは世の中にはゴマンといるのだ。だから、「ああ、そうですか」くらいに思っていたのだが、一般に大学入試に失敗して本人が行きたいと思った大学より評価が下の大学に行った人や、大学を中退した人には、それを理由に低く評価されたくないという気持から、実際にその資格が役に立つかどうかにかかわらず、資格試験については何が何でも通ってやるという気持になる人が多いのだが、自称「明治大学中退」にしては「宅建主任なんて、あんなもの取ってもしかたがないから、だから、俺は受けさえすれば通るんだけど、わざと取らないようにしてんだ」と言いまくっているを見ると、そう思って見ると、「佐倉高校」も「明治大学」も詐称ではないのかいなあ・・て感じがしてきます。
(2) 又、詐称するなら明治大学じゃなくてもうちょっと評価が高い所にすれば良さそうなものだが、その点も、田中が「東大中退」なんて言ったら「ええ、あんたが~あ?」と思われるだろうし、「早稲田大中退」と言うと「なんで、たとえ中退でも早稲田大まで行って不動産屋やってんのお?」とか言われるから、だから、信じてもらえる可能性がありそうな所として妥当なところで「明治大中退」だったか?・・と考えると、実際にそうであるかないかは別として辻褄が合ってくる。
(3) 田中を見て気づいたのだ。「明治大中退」と、なぜ、「卒業した」と言わずに「中退」と言うのかという点だが、「卒業した」と職場で詐称してしまうと、卒業証明書を出せと言われて出せない、「大卒」が受験資格の資格試験を受けてくれと言われて受けられない、「大卒」と職歴何年が受講資格の講習を受けてくれと言われて受けられないといった事態が発生する可能性があるのだ。それに対して「中退」にしておけば卒業証明書を出せと言われてももとより「中退」だから出せないし、「大卒」が受験資格の資格試験を受けることも「中退」だから受けられないし、「大卒」と職歴何年が受講資格の講習を受講するのも「中退」だから受けられない・・ということで、「中退」にしておいた方がばれにくいということがあるらしかった。
  馬上の場合も
[1] 「千葉工大を4年で中退した」というのは、東大の建築学科を中退したとか言うと、「おめえが東大なんか行けるわけねえだろうが。バカ言ってんじゃねえ」と言われるだろうし、いわき市では県立磐城高校から1人か2人東大に通る年があるが、馬上が卒業した平(たいら)工業高校卒で東大に通った人なんてこれまでに1人もないはずだから「東大中退」なんて言っても誰も信じないが、千葉工大あたりなら「ありそうな話」で信じそうになる話だった。
[2] そして「4年で中退した」という部分だが、私は最初「それは馬鹿なことしてしまいましたね。4年まで行ったのならなんとか卒業しておけば良かったのに」と本気にして言ってあげたのだったが、千葉工大なんて最初から行ってなかったらしい。あほくさ( 一一) ・・ なんで「千葉工大を卒業した」ではなく「4年で中退した」ということにしたかというと、これも、おそらく、 「卒業した」と言ってしまうと、卒業証明書を出せと言われる危険があり、「大卒」が受験資格の資格試験を受けてくれと言われるおそれがあり、馬上は千葉工大の建築学科を4年で中退したと言っていたのだが、建築学科の場合は平(たいら)工業高校の建築学科卒ならば実務経験何年か経て二級建築士の受験資格を得られるのに対し、「大学」の建築学科卒なら卒業と同時に二級建築士の受験ができて、二級建築士に通らなくても卒業後2年の実務経験で一級建築士を受けることができることになり、入社して2年後に一級建築士の受験資格があるはずだから一級建築士を受けて取れを言われるおそれもあり、受けろと言われても実際は受験資格がないから受けられないという事態を招くおそれがある。だから、「中退した」それも「俺って、ものすごく、気の毒だよね」と言うために「4年で中退した」という話にしたらしかった。なかなか、芸が細かいところであった。
[3]  もうひとつ、馬上は「俺は二級建築士を持ってるからインテリアコーディネーターは受けさえすれば通るんだけど受けないんだ」とも言い、「宅建主任(宅地建物取引主任者⇒宅地建物取引士)も受けさえすれば通るんだけど、取っても仕方がないから受けないんだ」とも言っていたのだが(「受けさえすれば通る」のなら受けて通ればいいのと違うのか、なんで受けて通れへんねん?・・と思うのだが)、二級建築士については私も取得を検討したことがあるので少しは知っているのですが、インテリアコーディネーター試験と二級建築士試験は出題されるない様に共通の部分もありますが異なる部分が相当多いので、どちらか片方に通ったから他方も通るということはありません。二級建築士を取得したがインテリアコーディネーターは取得していないという人と話すと「インテリアコーディネーターは難しい」と言う人が多いのですが、それは自分が学習していない方の分野は難しく感じるということだと思います。戸建住宅建築業の会社に勤める人でも建築学科卒ではない人で営業など図面を作成することが主ではない仕事についていなかった人がどちらかに通った場合には、他方の試験を受ける場合には、製図試験については「製図試験」というものに慣れたことから最初からその試験を受ける人よりも通りやすいということはあると思います・・が、受けもしないで「受けさせすれば通る」と矢鱈と言いたがる人というのは世の中にけっこういるようですが、私は大学受験の際に、自分自身がいくらなんでもどこそこなんて落ちるわけない・・などと思っていたら、実際はそうでもないという経験をしてきていますから、ですから、どんな試験でも「受ければ通る」と思っている人がいても、「受けて実際に通った」と「受ければ通ると思っている」とは雲泥の差があるということを認識しているので〔どんなこと思っても、「思う」のはその人の勝手ですけどね〕、どんな試験であれ「俺は受けさえすれば通る」と言われても、「ああ、そうですか」と思うだけで、馬上にも正直に「ああ、そうですか」と答えたのでしたが、どうも、馬上は「俺は受けさえすれば通るんだけど受けないんんだ」とわあわあ言うと、それで自分の評価が上がるみたいに信じているようでした。田中にしても馬上にしても、「ああ、そうですか」と言われても、それでも、それは少なくともその相手にはまったく効果はないということを理解できない、認識できないようなのですが・・・、まあ、そういう人にわからせるのは私の仕事ではないので、それ以上、苦心してわからせてあげようとする必要もないのでしょう・・と思っていると、「ああ、そうですか」と言われてもわからないという状態が続くようでした。 
   その馬上は営業として、有望見込客と出会うと「一発で決めてやる♪」と毎回宣言するのだが、KOや強打が売りになるプロボクサーならともかく、なんで、戸建住宅建築業の営業が「一発で決めてやる」などとボクサーみたいなこと言うのか・・・と疑問に思う人もいたし、私も思った。なんでか?・・・その理由はわかった。理由は2つあった。
(1) 極端にものぐさで労を惜しむ人間、骨惜しみする人間だから。 だから、「ワン、ツー、スリー」くらいでクロージングにもっていけば、見込客としても「ちょうどいい」タイミングで、「そうですね。契約しましょうか。お願いします」となるところを、「一発で決めてやる♪」とボクサーが客の受けを狙って「KO宣言」するみたいな感じで言うということが多かったのだ。
  それが理由だと私は最初思っていたのです。しかし、「馬上さんは、毎回、必ず、『一発で決めてやる』と言いますが、『ワン、ツー、スリー』くらいでクロージングするとちょうどいいという見込客に『一発で決めてやる』なんてことをやろうとすると、それが原因でうまくいかなくなることだってあると思うんですけどもねえ・・」と口にしたところ、ベテランの某さんが「どうして、そんなことするか、わかりますか」と言うので、「それは、極端に労を惜しむ人、骨惜しみする人だからでしょ。見ていてわかりました」と言ったところ、「それもあるでしょうけれどもね。それだけじゃないですよ」と言うので、「他にもあるのですか?」と尋ねると、
(2) 「精神面が卑しいから契約までに見込客と長くつき合うと客にそれがわかってしまうんですよ。それを自分で自覚しているから、だから、客にそれを見抜かれないうちに契約書にハンつかそうとするんです」と。「ああ、そうかもしれませんね」と言ったのだが、「そうでしょ。今まで気づかなかったのですか」と言われてしまった。
  実際、(1)と(2)の両方が原因だろう。

  そして、こういう人は(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の営業には他にもいた。1998年に栃木県佐野市の展示場に移った際、佐野展示場にいた栃木県地域の所長だった五十嵐さんの「お気に入り」だったらしい上岡くん(男。当時、40代前半)もそんなところがあった。
  1998年、私が「特進転勤」の条件を満たして、営業本部長の天野隆夫から頼まれて「リーダー」として佐野展示場に赴任したはずだったが、ところが行くと、私より在籍年数が長い武田さん(当時、30代)が茨城県の展示場から私と同時期に転勤して「リーダー」になっていた。
  毎週、開催していた佐野展示場の会議において、その武田さんが所長の五十嵐さんから言われたとして、栃木県宇都宮市で地域振興整備公団だったか公的機関の分譲地の申込が始まるので、分譲地内の事務所に申し込みに来る人を相手に、(株)一条工務店のカタログを渡し、住所・氏名を記載してもらい、アプローチをするというのを栃木県内の営業所(展示場)から土日に交替で行くことになり、佐野展示場は〇日の日曜日が担当になったので誰か行かないといけないと言ったのだ。
  しかし、栃木県の南西部の佐野市から栃木県の中央部の宇都宮市まではけっこう遠く、宇都宮市近郊に住んでいる見込客と話をするよりも佐野市の展示場にいて佐野展示場に来場される方の相手をした方が展示場勤務の営業としては得で、わざわざ、宇都宮まで行くメリットはあまりなかったのです。それで、私は武田さんに「それは、義務的なものなのか、権利的なものとしての話なのか、どちらなのですか」と言ったのです。佐野展示場に所属していた人は誰もが行きたがらなかったのです。ですから、もしも、義務的な性格のものならば、誰かが行かないといけませんんが、そうではなく、権利的な性格のものならば、所長の五十嵐さんは佐野から宇都宮までの所要時間について十分にわかっておらずに言っている可能性があるので、もしも、それが権利的なものであるのなら、佐野展示場としてはその「権利」は放棄して宇都宮市近郊の他の展示場の人にその「権利」を譲渡してよいのではないか、ということを言ったのです。
  ところが、武田さんは「さあ~あ。どうなんでしょう」と言うのです。「どうなんでしょう」ではなく、「リーダー」ならば、所長にそのあたりをきっちりと確認すべきところです。結局、佐野展示場から誰か1人がその日に宇都宮まで行って1日いなければならないことになりました。
  しかし、誰も行きたがらないのです。その日曜日、佐野展示場にいて佐野展示場に来場される佐野市近辺の見込客を接客して追客するのと、佐野市からはかなり遠い宇都宮市の分譲地で(株)一条工務店に来場されたのではなく分譲地に申し込みに来た人にアプローチして宇都宮市近辺の人を追客するのとでは、どちらが契約に結びつきやすいかということを考え、又、どちらが労力がかからないかを考えるなら、佐野市の展示場で接客した方がいいに決まっているからです。 又、その頃、佐野展示場に勤務していた営業は、私と武田さんの2人は他から転勤してきた者でしたので佐野市内でアパートを借りて住んでいましたが、所長の五十嵐さんのお気に入りらしい上岡くんは佐野市のすぐ東隣の藤岡町(現在は栃木市と合併して栃木市の一部)の自宅から通っていましたから佐野市内と同じようなものでしたが、渡邊さん(男。当時、40代前半)は前は小山市の展示場にいた人で小山市内から通っており、もうひとりの佐藤さん(男。当時、30代後半)は群馬県の太田市から通ってきていましたので、太田市から佐野市まで通っていた人からすれば、佐野市でも自宅の太田市からは近くないのに宇都宮市なんて・・という感覚があったでしょう。

  それで、誰が行くか・・という話で、武田さんはその日は私用で休まないといけないということでした。そうなると、私以外の3人はなんとか行きたくないということで「腰が重くなる」のです。
  太田市から通っていた佐藤さんが宇都宮市まで行きたくないというのは気持ちはわからないこともありませんが、佐野市にアパート借りて住んでいた私だって宇都宮市までは近くないのです。考えようによっては宇都宮市まで行かされるのならその日は「私用で」休みにしようかという考え方だってでてくるところです。そこで、その佐藤さんがこう言ったのです。「そんなの、行く人間なんて〇〇さん(私のこと)くらいしかないだろうが」と。・・・どういう意味か? その頃は、消費税が上昇した後で、戸建住宅建築業の業界は「バブル経済が破裂した」後、景気が悪く、住宅金融公庫の金利を下げることで景気回復をはかる・・なんてことを長く続けたために、「需要の先食いをしてしまった」感があり、継続的に景気が悪く、(株)一条工務店の会社が定める「ノルマではないがガイドライン」と称する「ノルマ」を達成できるかできないかくらいの人がいっぱいいたのです。そういう状況下で佐藤さんが「そんなの、行く人間なんて〇〇さん(私のこと)くらいしかないだろうが」と言うということは、その日は私用で会社を休むという武田さんと私の他の3人は、もう辞めるつもりでいるから、だから、宇都宮市まで行って地域振興整備公団の分譲地に申し込みに来た人にアプローチするなんてことはやってもしかたがない・・という意味なのか? ・・と思ったのです。それならば、私が行くしかないことになります。
  その佐藤さん(男。当時、30代後半)とは私は仲は悪くなかったと私は思っているのですが、営業としてはまったくだめということはないけれども、「営業としては評価できない部分」というのもある人でした。どういう所が評価できないかというと、私が福島県いわき市から栃木県佐野市まで引越して転勤する時に、佐野展示場の人間に何かお土産を買って行こうと思っても、アパート捜しに住居の引っ越しに会社の物の引っ越しに相当大変でしたので、その中で無理をしてお土産を買って行ったのでしたが、その後、いわき市に残してきたものを取りに行く用事があった時に、彼はこう言ったのです。「すいませ~ん。ままどーる 買ってきてもらえないですか」と・・( 一一)
  「ままどーる」というのは福島県郡山市に本社がある三万石という菓子店が作って販売している菓子の名前で「ミルクたっぷりママの味」という意味で「ままどーる」と言うらしく、東京の銀座にも店を出していて福島県では「郡山 三万石」と記載して売っていましたが、東京の店では「銀座 三万石」と書いて売っていたのです。その「ミルクたっぷりママの味」の「ままど~る」を食べたいが、郡山市でなくてもいわき市でも売っているけれども栃木県や群馬県では売っていないので買ってきてほしい♪・・・と言うので、別に悪い人ではなさそうだが、困った人だと思ったのでした。私は遊びに行くのではないのです。「ミルクたっぷりママの味のままど~る」なんてそんなもの買っている余裕はないのです。困った男やなあ・・と思ったのです。営業ならそういうことは言うものではないのですが、それを「無理ならいいですけど」と言ったように、半分はジョークだったのかもしれないけれども、そういうことを言う人だったのです。
三万石 ままどおる (6個入)【常温便】
三万石 ままどおる (6個入)【常温便】
↑ が「ミルクたっぷりママの味」の「ままど~る」です。
  さらに、その後、キッチンスペシャリスト試験を受けに東京に行く試験の前日、またもや、私に言ったのです。「すいませ~ん。浅草の舟和の芋羊羹買ってきてもらえないですかあ」と。アホか・・とこの時は思いました。私は、また、「ままど~る」とか言うだろうなあ・・と思ったので、その少し前に東京に行った時に、何も、どこかに行った時にいちいちお土産を買ってこなければならない義理なんてないのだけれども、佐藤さんが何か言うだろうなあと思ったので、それで試験の日よりも前に買ってきたのでした。 入学試験でも資格試験でも、たとえ、1%でも2%でも合格の可能性を大きくしようと思ったら、落ちる可能性をわずかでも小さくしようと考えたなら、試験の前にも後にも何ひとつ予定は組まない方がいい。試験が終わった後、通ったみたいでも落ちたみたいでも、そこまで来たのだからどこそこにちょっと寄って行こうかというのはかまわないと思いますが、試験の前だけでなく試験の後であってもあらかじめ予定を組んでおくと、その分だけ気持が分散されるというのか、試験へ気持ちが集中しなくなってしまうようなところがあるのです。これは、その年よりも前のキッチンスペシャリスト試験の時に、生命保険会社の担当者が一度会いたいと言うので、試験の前は困るが後ならいいだろうと思って会うことにしたのでしたが、特別のことをするわけではなくても、試験の後に予定を組むと、どうも、気持ちが分散されてしまうようなところを感じ、それだけが原因で落ちたわけでもないけれども、その経験から、資格試験でも入学試験でも、試験の前だけではなく試験の後であっても予定は入れないようにした方がいいと認識したのでした。だから、キッチンスペシャリスト試験を受ける試験日に、試験が終わった後であってもお土産買ってきてくれと言われたくないので、それでそれより少し前に先にお土産を買ってきたのでした。佐藤さんはそれを食べたはずです。それなのに、まだ、試験の当日に「舟和の芋羊羹を買ってきてもらえないですか」て、それをきいて買ってきたのではアホやと思ったので、買いませんでしたが、そういうところのある人でした。他の部分ではまったくだめな人とは思いませんが、そういうしょーもないことを言うというのは、それは「営業できない方の要素」と評価されてもしかたがありません。
【浅草 舟和】 芋ようかん8本詰×1箱
【浅草 舟和】 芋ようかん8本詰×1箱
 知らない方のために説明すると、↑ が「舟和の芋羊羹」です。 芋羊羹というのは関西人には珍しく、私は1980年代末、東京都江東区大島のあたりで、交通誘導警備のアルバイトをした時に、その仕事場の近くに芋羊羹などの店があって、こういうものがあるのかあと感動して買ってみたのが芋羊羹を知った始まりでしたが、関西人には珍しくても東京人にとっては別に珍しいものでもないようです。「舟和の芋羊羹」というのは単なる「芋羊羹」と違うのかというと、浅草にある「舟和」という店の芋羊羹というのは、芋羊羹でもブランドらしいのです。いわば、「舟和の芋羊羹」というのは、芋羊羹界におけるシャネルかサルバトーレ=フェラガモのような存在(^^♪ ・・というのかどうかわからんが、芋羊羹は芋羊羹でも「舟和の芋羊羹」というのは芋羊羹界においては””ブランド”” であり、そんじょそこらの芋羊羹とは違う(^^♪ ・・というものだったので、それで、「舟和の芋羊羹」が欲しかったらしいのですが、そこまで欲しいのなら自分で買いにいけよ・・というのか、今ならインターネットでも買えるわけだが、その頃は今ほどインターネットでの購入というものはなかったかもしれないけれども、資格試験を受けに行く人間に買ってきてくれと頼むほどのものと違うやろうが・・・というものだった。「無理ならいいですけど」と佐藤さんは言ったように、半分はジョークだったつもりでしょうけれども、それ、ジョークになってないのです。試験を受けに行く者に頼むことと違うし、そういうことを頼まれたくないと思うから別にお土産を買ってこなければならない義理も義務もないけれども先に買ってきた者に向かって、それを食べた者が言うことと違うでしょう。すでに30代も後半になって子供もあるおっさんが言うこととは違うでしょう。
キッチンスペシャリストハンドブック - キッチンスペシャリストハンドブック改訂編集委員会, 産業能率大学出版部, 産能大学出版部=
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キッチンスペシャリストの一番わかりやすいキッチン製図入門【第3版】 - 中原 章
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  その佐藤さんが「そんなの、行く人間なんて〇〇さん(私のこと)くらいしかないだろうが」と言ったというのは、佐藤さんと上岡くんと渡邊さんの3人はもう辞めるつもりだということで、それで辞める人間が新たに接客してお客様の住所・氏名を教えてもらってもしかたがないから、だから、私用でその日は会社を休む武田さん以外ではその後も会社にいる私しか行く人間はいないという意味で言ったのかと思ったのでした。
  しかし、その後の発言をきくとそういうつもりではなかったらしい。佐野から宇都宮まではけっこう遠いので、わざわざ、その距離をクルマで走って行く気力のある営業は私くらいしかいないだろう、他の3人はそんなあほくさいもの行く気にならないと言ったつもりだったようです。そういう口のきき方というのはそれは失礼だと思うのです。実際に、私くらいしかそれだけの労力をかける作業をやろうという気持になる気力のある営業はいないのかもしれないけれども、そうであったとしても、在籍年数が私の3分の1程度の人が言う文句とは違いますでしょう。そういう口のきき方は失礼でしょう。・・まあ、何か月か同じ場所で勤めた者として、そんなに悪気だったわけではないとはわかりましたけれどもね。

  その3人がどう考えていたのか。佐藤さんはもう辞めるつもりで、渡邊さんも辞めるつもりだろうと佐藤さんは思っていて、上岡くんは宇都宮市まで行くような労力をかけるような人間ではないし、無理に行かそうとしても行かない人間だと佐藤さんは思っていたのでしょうから、誰か1人が行かないといけないことになっていたものを、「リーダー」の武田さんは私用で休みだと言い、他の3人が「そんなもの、行くわけない」と言って行きたがらないが、しかし、所長から誰か1人がそこにその日に行けと「リーダー」が言われてきたということで、誰かが行かないといけないということであれば、割が合わなくても私が行ってあげるしかないと考えたのです。入社以来、ずっと私はそうしてきたのです。
  稲尾・杉浦の日本シリーズの4連投なんて話があって、それだけ、ものすごいピッチャーだったけれども、そんな無茶な登板するから体を傷めて投手生命を短くしてしまった、杉浦なんかはものすごい投手でありながら体を傷めて200勝はできず、落合が「杉浦さんが入っていない名球会なんて値打ちがない」と言ったとかインターネットに出ていたが、杉浦が日本シリーズで4連投4連勝したものの、鶴岡監督の南海ホークスはパリーグでは強くても日本シリーズでは巨人に勝てないチームで、全盛期の杉浦がいてこその4連勝だったそうで、杉浦はたとえ体がきつくても「誰もが投げたがらない時でも投げるのがエースだ」と言ってマウンドに行ったとこれもインターネットでどこかに出ており、稲尾はというと、《ウィキペディアー稲尾和久》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A8%B2%E5%B0%BE%E5%92%8C%E4%B9%85 には《 豊田は国鉄時代の同僚金田正一と稲尾について、「カネやんはチームより自分本位。これで通してきたことが大きかったと思います。勝てそうな状況になると『よっしゃ、ワシが行くで』となる。私は西鉄で誰も行きたがらないしんどい場面で『私の出番でしょう』と出ていく稲尾和久の減私奉球ぶりを知っていますから。ずいぶん違うもんだなあと認識を新たにしました。まあ、カネやんとしては自分の数字がすべてということだったのでしょうね」と述べている。》が、普通ならば、誰も行きたがらないようなものならば、もしも権利的なものならば「リーダー」が所長に「もしも、権利的なものなら、うちの営業所はけっこうですから、近くの他の営業所の人に行ってもらってください」と言えばいいことで、義務的なもので誰かが行かないといけないのなら、くじ引きかじゃんけんででも決めるか、そうでなかったとしても、当日は私用で欠席するという武田さんを別にすれば一番在籍が古い私が犠牲になる筋合いはないことだが、そういうことを言っても、極端に骨を惜しむ上岡くんに行かそうとしても行くことは絶対にないし、「ままど~る と芋羊羹の佐藤さん」は自分は行かないと先に宣言したのだから、そうなると、杉浦や稲尾が他の誰もが行きたがらない場面でも行ったように私が行くしかないのだった。私は(株)一条工務店では入社以来そういう態度・姿勢を貫いてきたはずだ。当然、会社経営者はそういう勤め方をしてきた者にはそういう勤め方をしてきてくれた者としての評価をしないといけないはずだったが、(株)一条工務店の経営者は逆に私は我慢させればいくらでもはてしなく我慢する人間だからこれからも我慢させまくってやろう・・というように考えたようだった。慶應大学の商学部の「経営学総論」という講義で教授が「日本の会社では『ここは泣いてくれ。後で必ず儲けさせるから』というものがある」といった話をされたことがあったが、(株)一条工務店においては「ここは泣いてくれ」という場面で無理をしてきた私に対しては(株)一条工務店のオーナー経営者一族とその取り巻きは、私に対してこいつはいつでも我慢する人間でいつでもどこまでも犠牲になる人間だからそういう扱いにしてやるのがいいと思うようになったらしかった。そういう会社とそういう経営者だったようだ。ウィキペディアには《稲尾は「エースと言うのはトランプで切り札の意味。20勝する人と言う意味ではなく、チームが一番苦しい時に勝てる人の事を言うのだと思う。単に勝利数ではない。相撲の横綱のように品格が求められる。さすがエースと呼ばれる人は違うな、と周りの人が思うような、人間性を伴って初めてエースと言えるのでは」と述べている。》と書かれているが、私は(株)一条工務店で誰もが行きたがらないものに行ってきたし、誰もが嫌がることでもやってきた。いわば、その部分において「エース」の勤め方をしてきたのだ。アホの経営者にはその程度のことも理解できないようだった。 稲尾と豊田の発言から考えると、(株)一条工務店で所長にならせてもらっていた男ども、「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と自称していた連中というのは、私が入社以来一貫して「稲尾・杉浦型」で勤めてきたのとは逆で、どいつもこいつも「金田型」の人間ばっかりだった。
※ 《YouTuve-昭和34年・南海ホークス日本一&御堂筋パレード》https://www.youtube.com/watch?v=vXULBR0R9mA
《YouTuve-1959年 南海ホークス選手名鑑 (南海野球株式会社)日本シリーズ優勝》https://www.youtube.com/watch?v=W3B9G95uzdc

  1996年に消費税が上がった後、消費税が上がるまでに契約しましょうと戸建住宅建築業界の各社はせいいっぱい頑張って契約に結びつけたので、1996年の9月までは契約が上がりやすかったが、10月以降はその逆になった。「需要の先食いをした感」がある業界と言われ、その後、戸建住宅建築業の業界は全般的に苦しんだが、1998年に佐野展示場に私が移った後、(株)一条工務店の本社では過去の来場客に電話を入れたり、総合住宅展示場に来場したが(株)一条工務店の展示場には来場しなかった方のお宅に訪問したりするようにと言ってきたが、それをやったのは佐野展示場では5人いた営業の中で私1人だけだった。だから、それから考えれば、佐藤さん(「ままどーる と芋羊羹の佐藤さん」)(福島県いわき市の展示場にいた「アルツハイマーの佐藤さん」と区別する)が「そんなの、行く人間なんて〇〇さん(私のこと)くらいしかないだろうが」と言ったのは営業としての姿勢から考えればその通りだったのですが、佐藤さんの3倍ほど、上岡くんの倍以上在籍していて、通算契約棟数もそれに見合って私の方が多く、「特進転勤」の条件を満たして「副店長」昇進に該当する転勤をして佐野展示場に赴任した私にそういう口をきくというのは、かなりあつかましい物言いでした。
  私としては、佐藤さんと渡辺さんの2名については、もう辞めるつもりなのかそうでないのか不明で、辞めるつもりだから今さら宇都宮まで行きたくないということなら、その後もいる人間から行くようにした方がいいというのは理屈としてあります。だから、それかと思っていたのですが、どうも、佐藤さんの場合は違ったようです。そんなに悪い人だとは私は思っていないし私とも仲は悪くなかったのですが、しかし、そのあたりについては、私なら宇都宮まででも行くだろうというのは、それは南海の2戦級投手が自分は投げたくないから杉浦なら投げるだろうとか、西鉄の二線級投手が自分は投げたくないから稲尾なら投げるだろうと言っているようなもので、これは相当失礼なことです。杉浦や稲尾はチームが勝つために無理をしてでも投げていたのであって、ものぐさ者のために連投していたのではないのです。
  上岡くんについては、五十嵐さんの「お気に入り」なのをいいことに勝手な態度を取る男でしたので、この人はどうもできないなと思っていましたが、それにしても、「副店長」昇進条件で佐野展示場に赴任した自分の倍以上も在籍している先輩社員に対して失礼な男です。「スポーツ入学」というのは先輩社員にそういう態度を取るものなのでしょうか。

  それで・・・。しかたがないので、杉浦や稲尾が誰も投げたくないという場面でマウンドに向かったごとく、私がその日曜日には宇都宮市の分譲地に行きました。佐野から宇都宮までは往復するだけで大変です。
  しかし、宇都宮まで行ったおかげで、同じ栃木県とはいえ、佐野市およびその東西の栃木市・足利市付近と県庁所在地の宇都宮市とでは、ずいぶんと違いがあるということも実際に自分自身が宇都宮市在住の方と接し、宇都宮市在住の方のお宅に訪問して話をして理解しました。ものぐさ者はそういう経験もしないでしょう。そのあたりがモノグサ者のモノグサ者たるところなのかもしれません。
  栃木県は、県庁所在地は宇都宮市で栃木市が県庁所在地ではないのに栃木県・・とは、な~んでだ? というと、これは、廃藩置県の時には、その時点での藩をもとにいくつもの細かい県に分かれた後に、中北部が宇都宮市を県庁所在地とする宇都宮県、南部が栃木市を県庁所在地とする栃木県になり、その後、宇都宮県と栃木県が合併して、全体が「栃木市を県庁所在地とする栃木県」になり、さらに、自由民権運動を弾圧したとして悪名高い福島県令 三島通庸(みちつね)が福島県令とともに栃木県令も兼ねて、栃木市よりも福島県に近い宇都宮市に栃木県の県庁所在地を移し、それ以来、「宇都宮市を県庁所在地とする栃木県」になって今日に至る。実際、それぞれの街に行ってクルマで走ってみて、歩いてみてすると、違いがわかる。栃木市と佐野市と足利市も違いはあるが、栃木県南西部・両毛線沿線として似た部分もあるのに対して、中央部で県庁所在地の宇都宮市とはずいぶんと違う。 クルマで走ってみて、自分の足で歩てみても違いは感じるが、実際にそこに住んでいる人と戸建住宅建築についての話をしてみると、宇都宮市は県庁所在地だけあって全般的に年収が栃木・佐野・足利近辺よりも多い。もちろん、人によっても違いはあるだろうけれども、全般的に宇都宮市は栃木県南西部より年収は多い。 行かずに考えると、最近ではJR東北本線、宇都宮線などと言うようになったようだが、上野から快速ラビットなんてのが走り、新幹線の駅もある小山は街が大きそうだが、人口で見ると、栃木県で人口が多いのは1位は文句なしに県庁所在地の宇都宮市だが、2番目は足利市で、言われてみると、問題が出た足利銀行なんて地方銀行も足利市の名前を名のっていたし、栃木県の名所旧跡として、特に調べずに多くの人間が思い浮かぶものとしては、中北部(元宇都宮県地域)では日光の東照宮・輪王寺・二荒山神社、南部では足利学校と佐野厄除け大師ではないか。栃木市の山本有三旧宅と『路傍の石』の吾一がぶらさがったのではないかという鉄橋なんてのもあるかもしれない。山本有三は子供の頃に鉄橋にぶら下がった経験があったわけでもないそうだが、山本有三旧宅などのあるエリアには塚田記念館 とか土蔵のある家が何軒もある。 佐野厄除け大師はなかなか商売熱心で、千葉県船橋市の我が家にも年末になると「初詣は佐野厄除け大師まで」なんて折込チラシが入るが、渡良瀬川鉱毒問題と谷中村問題に尽力した義人 田中正造は今は佐野市になっている佐野市小中町の生まれで、田中正造翁旧宅や5分骨された田中正造翁の墓がある。足利市の「足利」というと足利学校の足利であるとともに、室町幕府を作った足利尊氏ゆかりの地であり、「ふるさと創生」でJR「足利」駅前に足利尊氏の像が建った。戦前戦中は悪者扱いされた足利尊氏だが、現在の天皇は北朝・持明院統の天皇であって南朝・大覚寺統の天皇ではないのであり、明治・大正・昭和の天皇は楠木正成のおかげで天皇になったのではなく足利尊氏のおかげで天皇になったのに、その足利尊氏を悪者扱いするとは・・・というのが戦前戦中だったが今はそういうことはない。栃木県には栃木銀行というぱっとしない地方銀行があるが、足利市は足利銀行があったり、栃木県南部においてはけっこう有力な市のようだったが、東北本線・東北新幹線は小山を通り、東北自動車道は佐野市と藤岡町(現 栃木市)の境目に「佐野藤岡」インターチェンジができて、足利市はメインルートからはずれてしまい、小山市の方が最近では開けてきたような印象はあり、南部でも足利・佐野・栃木という「昔ながらの」の要素を残す市と「最近の」の小山市ではかなり違いを感じる。足利市は人口で2位と言っても、1位の宇都宮市とはかなり離れていて、小山市に追いつかれるのではないかと言われたりしていたが、伝統的な町並みという点では小山市は単に「小さい山」という名前の市であって、歴史的に有名なものというと、関ケ原の戦いの前夜、上杉景勝に戦いをいどむべく豊臣政権の五大老筆頭の徳川家康に率いられた軍が北に進む途中、大阪で石田三成らが打倒徳川家康として挙兵したという知らせが入り、そこで、それまではあくまで「豊臣政権の五大老筆頭の徳川家康」が率いていた豊臣政権の一部の軍に所属する豊臣政権の大名に徳川の配下として西に向かうことに決定する「小山会議」が開かれた土地・・というが、名前からして「小さい山」で、まだしも、佐野の方が佐野源左衛門常世という戦前の修身の教科書に出てくるおっさんの墓が佐野市の北の田沼町の北の葛生町(今は佐野市の一部分)にあり、佐野市の北の田沼町は江戸時代中期の老中 田沼意次の先祖がこのあたりの出ではないかと言われたりする場所で、田沼意次の息子の田沼意知を殿中で刺殺した佐野政言も先祖は佐野市付近にゆかりがあるのではないかとも言われ、東京では英雄の扱いの平将門を破ってとどめを刺した男・・というとなんか「権力のイヌ」みたいだがその藤原秀郷が城を持ったのは佐野市付近と言われており、そのあたりを考えると、「小さい山」の小山というのは単に東北本線・東北新幹線・国道4号の通り道というだけ・・みたいな印象を受けるが・・、そんなもので、県庁所在地の宇都宮市と南西部の足利・佐野・栃木・小山とは相当の違いがあるし、街の雰囲気に違いがあるだけではなく、住んでいる人間の感触も違うし、年収は南西部では小山市は東京に通う人間もいるくらいで高めだが他の3市に比べると県庁所在地の宇都宮市は高いということを実際にその地域の住民と会って話をして実感した。そういうところで得るものはあった。ものぐさ者はそういう認識を学ぶことはない。・・・しかし、そうは言っても、佐野と宇都宮とは往復するだけでも大変だった。
※ 《ウィキペディアー三島通庸(みちつね)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%B3%B6%E9%80%9A%E5%BA%B8

  だいたい、元いた福島県いわき市の契約客の仕事について、(株)一条工務店の会社の規定では片道200㎞以内であればひとに頼まずに転勤後も時分でやることになっていたのであり、それをやっておれば、契約客から親戚で家を建てたいという人がいるといった場合など紹介してもらえてそういう場合には契約につながる可能性は大きいので、たとえ、片道百何十キロでも行く値打ちはあったが、佐野から宇都宮までけっこう遠いのに往復しても、往復するだけ大変であり、元いた場所の追客中の有望見込客を放棄して他の営業に渡してきたのに、なんでまた、わざわざ、遠い場所の宇都宮市の見込客を拾いにいって追客しなければならないのかというものだった。

  土日の昼間はできる限り展示場に詰めて、新規の見込客をつかむようにするというのが営業の基本であり、11月初め、五十嵐さんの「お気に入り」の上岡くんが、連休で総合展示場がキャンペーンを開催した日にわざわざ地盤調査の予定を入れるという暴挙を敢行したが、これは上岡くんにしても入社したばかりの人間ではないので、入社したばかりの人間でもないのに、そういうことを平気でやるというのは、それは「営業力がない」ということを証明しているものであった。
  その際だが、「リーダー」の武田さんは私用で休みとしていたのだが、佐藤さんは子供の運動会だから休むと言い、渡邊さんも子供の運動会の予定の日だったが「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と何度も何度も言い続けていたのだった。その言葉の意味を私は読み違えた。この人、子供の運動会があっても、戸建住宅建築業の会社の営業にとっては「国民の祝日」で総合住宅展示場がキャンペーンを開催する日というのは営業職の従業員は出勤して見込客をつかむべき日だったのであり、仕事の方を優先するのか子供の運動会を優先するのか、どちらか決めるしかないことで、それをなんでこの人は「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と口に出してつぶやくのか・・と思ったのだった。その意味は後でわかった。
  まさか、「国民の祝日」の日で総合住宅展示場がキャンペーンを開催している日に、営業社員が3人行く必要があるスウェーデン式サウンディング試験による地盤調査をやろうとするような営業なんておらんだろう、もしも、あえてやりたいのなら、あらかじめ、他の営業にお願いできますでしょうかと問い合わせてみるべきもので、先に言われれば、私なら「上岡さん、総合住宅展示場がキャンペーンを開催しているような日は住宅展示場での接客が優先でしょう。上岡さんが1人でできるものならば、上岡さんが1人だけ出かけてもいいけれども、他の営業を2人も道連れにするわけにはいきませんでしょう」と言ったでしょう。武田さんも「リーダー」ならば、そのあたりをきっちりと言うべきですし、言えないといけません。栃木県地域の所長の五十嵐さんは、そのあたりを所長ならば見ていないといけません。ところが、五十嵐さんという人は、結論として、アホなのです。五十嵐さんは自分と経歴が似た人間に対して理由もなく高く評価してしまう病癖があった。しかも、自分自身がそういう「ビョーキ」であるという「病識がない」。上岡くんは「自分の名前を書くことができると合格と言われた私立高校のスポーツ入学」だったらしく、そのあたりが五十嵐さんとしては気に入ったようで、「最終学歴:底辺の方の高校卒。住宅・建築に関する資格:なし。前職:クルマ屋」という点で五十嵐さんと上岡くんは共通していたということから、上岡くんがどんなにおかしなことをしても、五十嵐さんは絶対的に上岡くんに加担したのでした。だから、ますます、実力がない営業が「ズに乗る」ことになりました。
  私は、最初、そのあたりについてわかっていなかったが、私より前から佐野展示場にいた佐藤さんと渡邊さんはわかっていたのです。上岡くんは、最初、佐藤さんに地盤調査に必要な人員として、上岡くんの他に2人必要な人間の1人として来てもらうように言ったのです。佐藤さんは「祝日だぞお。キャンペーンだぞお。そういう日に地盤調査入れる者があるか!」と言ったのですが、上岡くんは言われてもきかないのです。それで、佐藤さんは最初は子供の運動会は嫁さんだけ行かせて自分は出勤して展示場で見込客を取ろうと考えていたけれども、子供の運動会に出ずに出勤して上岡くんの担当客の地盤調査に行かされるくらいなら、それなら子供の運動会に行ってやった方がいいに決まっているということで、総合住宅展示場がキャンペーンをおこなっている「国民の祝日」に休んだのです。それを横で見ていて、渡邊さんは「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と何度も何度もつぶやいていたのです。その《「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と展示場の事務所内で何度も何度もつぶやく》という行為の意味は後からわかった。上岡くんは、最初、新卒入社1年目の設計の大沢くん(男。当時、20代前半)と営業の佐藤さん(男。当時、30代後半)の2人に頼むつもりでいたのです。設計の職種の人間も、経験として一度か二度、あるいは三度くらいはスウェーデン式サンディング試験による地盤調査の作業に参加して経験してみていいと思います。しかし、それはあくまでも「経験として」であって、(株)一条工務店は新人の設計に営業の下働きみたいにスウェーデン式サンディング試験による地盤調査の手伝いをさせろとは言っていないのです。むしろ、本社の設計部の責任者は、地域によって新人の設計に設計の仕事ではなく上岡くんが新卒社員の大沢くんにしばしば頼んでいたように地盤調査の手伝いやら上棟の手伝いやらに参加させていたことに怒っていたのです。経験として時に参加してみらうのはいいと思いますよ。しかし、会社が新人の設計に営業の下働きをさせるのはやめてくれと言っているのに、それを上岡くんは平気で設計の人間に頼み、又、大澤くんは上岡くんが「暴れる」人間であることから怖がって拒否できずにいたのです。それだけではないのです。上岡くんが「暴れる」ものだから、大澤君は設計としての仕事をするにおいても私が担当のお客さんの仕事より上岡くんの担当の仕事の方を優先してやっていたりしたのです。そういった我儘身勝手を「暴れる」ことで周囲の従業員に怖がらせて実行していた男には、本来、所長の五十嵐さんは所長として注意しないといけないはずだったのです・・・・が、ところが、「最終学歴:底辺の高校卒」というところが一番重要で、他に「建築・住宅関連の資格:なし。前職:クルマ屋」という点で共通点があったことから、上岡くんの横暴を所長の五十嵐さんが後ろ盾になって支持していたのでした。渡邊さんが「どうしようかなあ。どうしようかなあ。う~ん、どうしようかなあ~あ」とつぶやきまくっていたのは、本当は子供の運動会に出るのではなく、「国民の祝日」で総合住宅展示場がキャンペーンをやっている日は出勤して見込客を獲得したかったのです。しかし、上岡くんが最初に頼んだ佐藤さんが出てきて地盤調査に行くのなら、自分は出勤して見込客を取りたいと考えたが、佐藤さんが非常識な上岡くんの担当客の地盤調査につき合わされるくらいなら休んで運動会に行った方がいいに決まってるわと考えて休むと、次は自分に(渡邊さんに)地盤調査に来てくれと上岡くんは頼むということが予想されたし、断ると上岡くんは「暴れる」ということもわかっていたししたので、それで、何度も何度も「どうしようかなあ。どうしようかなあ」とつぶやきまくって、佐藤さんが地盤調査に出るのなら自分は子供の運動会には行かずに出勤して見込客を取るが、佐藤さんが上岡くんの地盤調査のために子供の運動会に行かずに出勤するなんてアホなことすることないわと休んだなら、次は自分が子供の運動会を休んで上岡くんの地盤調査につき合わされるか休むかどっちかになる・・ということが予想されたので、それで、「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と優柔不断みたいなそぶりをして、佐藤さんがどうするか様子を見ていたのでした。そして、佐藤さんが、「上岡くんの担当見込客のための地盤調査につき合わされるために出勤して、その為に子供の運動会には行かない」ということにするくらいなら、「子供の運動会に出るために会社を休む」という方がいいに決まっていると判断したことから、「よし。決めた。休もう」と言って「上岡くんの地盤調査のために、子供の運動会がある日に出勤して上岡くんのために地盤調査に行く」のではなく「会社を休みにして子供の運動会に行く」ということに決めたのでした。そのあたりのカラクリについて、それを見ていた時には私は気づかなかったが、後からわかった。
  私は、その問題については関係ないと思い込んでいたのです。そして、上岡くんも最初は私に頼もうとはしていなかったのです。ところが、佐藤さんに「見込客をつかむために『国民の祝日』に出勤するならともかく、上岡くんの担当客のための地盤調査に出るために子供の運動会に行かずに『国民の祝日』に出勤するというのは筋違いだ」と判断して会社を休むと、渡邊さんも同じ判断をして会社を休むことにしたのです。
  武田さんはあらかじめ、私用で休むことにしていました。「国民の祝日」で、かつ総合住宅展示場のキャンペーンの日に休むというのは、今から考えると、武田さんは私より少し前、1年ほど前に入社した人でしたが、「転勤してほしいんだけど、いいか」と頼まれると、いつも、「いいですよ」と言ってきいてきた人だったらしく、本人が言うには「1年以上続けて同じ展示場にいたことないですよ」ということだったが、その場合の転勤は、あくまでも茨城県内、水戸市近辺の展示場での転勤であって、居住地変更を必要とする転勤はしたことはなく、私が佐野市の展示場に赴任した同じ時に転勤した時も、営業本部長の天野隆夫から「転勤頼んでいいか」と言われた時も「近場の転勤」「居住地変更の必要がない転勤」のことだと思って「いいですよ」と言ったら、話が違ったそうで、「8年も勤めた人間にこんなことするとは」と言って怒っていたのです。どうも、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、会社のためを思って、頼まれれば応じてきた人間に対して、この人間は何でも言うこときく人間だと考えて報酬なく何でも無理をきかせてやろうという気持になる傾向があるようでした。そうではないのです。1993年初め、東京都江東区亀戸に新しくできた(新)東京展示場に来場した見込客で「大島で建てたい」という方があり、「大島」と言っても、「東京都江東区大島(おおじま)」ではなく「伊豆の大島(おおしま)」だそうで、接客した営業が営業本部長で東京営業所長を兼任していた天野隆夫に「『大島で建てることはできますか』ときかれたのですが」と言ったところ、「契約したら建てられるようにしてやる」と天野隆夫が言ったというのですが、どういう意味なんだ・・・と思ったのですが、大工については、泊りがけででも行ってくれる大工がいて、「あの人なら行ってくれるという人がいるから」と天野隆夫は言っていたのです。・・大工についてはそういうアテがあったので、他の職種はなんとでもすると考えたようでした・・・が、その「あの人なら行ってくれるという人」という大工ですが、その人ではないか?と思われる大工が、福島県いわき市の上棟現場に来ていて会ったことがあるのですが、その人が「泊りがけで行くところばっかりやってきた」と口にしていたので、普通は不公平のないようにするものではないのかと思ったのでしたが、その人は「泊りがけだけれども行ってもらえるか」と言われると、「いいですよ」と自分に仕事をくれる会社のためならと思って行ったところ、その後、この人は泊りがけの仕事でも行く人だと思われてしまって遠方の仕事ばっかりまわされることになったらしい。そして、天野隆夫からは「あの人は独身だから、どこでも行くから」と言われたらしい。「独身だから」となんだか独身の人間には無茶苦茶やってもいいみたいな言い草だったのです。大工にしても、自宅から近い場所と遠い場所なら近い場所の方がいいのです。自宅の目の前とかなら、むしろ、もうちょっと遠い場所の方がいいという場合もあるかもしれませんが、遠方にわざわざ行きたいわけではないのです。それでも、(株)一条工務店が建てたいという場所で仕事をやる大工が(株)一条工務店の仕事をしている大工にいないという場合に、自分に仕事をくれる会社のためならばと思って泊りがけに行ったならば、そうやってその会社のために貢献したからには、自分に対してはその会社はそうやって会社に尽くしてくれた人なんだと認識してくれるだろうと思ったと思うのです。普通の人間はそう考えます。私もそう考えました。慶應大学の商学部の「経営学総論」という講義で教授が「日本の会社では、『申し訳ない。ここはちょっと泣いてくれ。後で必ず儲けさせるから』といったものがある」という話をされたことがありましたが、「申し訳ない。ここはちょっと泣いてくれ」と頼まれてそれに協力したならば、必ず、「後で必ず儲けさせるから」というものがあるであろうと思って協力するのです。ところが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は逆するのです。「あの人はやってくれる人だから」と認定してしまうのです。武田さんは本人が言うには「近場での転勤」について「転勤頼めるか」と言われた時にはいつも「いいですよ」と言ってきいてきたそうで、「1年以上同じ展示場にいたことは一回もありませんよ」ということだった。「近場での転勤」であっても、そう頻繁に場所を移ったのではその分だけ不利でしょう。それでも協力してきたらしいのです。ところが、そうやって協力すると、「何何くんは、転勤してくれと言ったら行く人間だから」と思われてしまったらしい。そして、佐野展示場に転勤させられた時には「近場での転勤」だと思い込んで「いいですよ」と言ったら居住地変更が必要な場所への転勤だった。本人から聞いた話では私より1年ほど前に入社した人だったらしく、「8年も勤めた人間にこんなことするとは、びっくりした」と言って怒っていたのですが、最後、退職する時には次の勤め先が決まっていたようで、「8年も勤めた人間にこんなことするとは」と思い、「近場での転勤」なら応じてきたが「居住地変更をともなう転勤」で単身赴任する気はなかったので、それで、一度は佐野展示場に転勤して単身赴任したけれども、すでに転職を考えて活動していたようで、今から考えると、「国民の祝日」で総合住宅展示場のキャンペーンの日に休んだのはその為のものだったのかもしれません。そして、「あの人ならどこでも行ってくれる」と営業本部長の天野隆夫から決めつけられた「独身の大工」・・この「あの人なら独身だからどこでも行く」という発言はものすごく失礼で相手を侮辱していると思います。独身の人なら、ふさわしい結婚相手とめぐりあえるように考えてあげるべきであり、独身の人間だから無茶苦茶やってもいいという認識はまともな人間の認識ではありません。そして、その大工だけでなく、武田さんだけでなく、私自身が「何でも言えば言うことをきく人間」と天野隆夫から思われてしまっていたようでした。
  2021年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業。2013年11月に正式に倒産〕で「工事責任者」を自称していた植草A二(男。当時、30代半ば過ぎ)もまた、人を「大事にしないといけない人」と「大丈夫な人」に勝手に2分する男で、この男から私は「〇〇さんは大丈夫な人ですから」などと言われたので、「なんで、私が『大丈夫な人』なんですか。違いますよ。やめてくださいよ、私は『大丈夫な人』と違いますよ」と言ったことがあったが、それでも、この植草という男は「〇〇さんは『大丈夫な人』ですよ」と言ってきかず、他方で、なんだかよくわからんしょーもないやつに、へこへこへこへこする男だったのだが、こういうやつには「大丈夫な人」と思われないようにしないといけない。こういうやつに親切にしてやったり寛容な態度に出たりすると「大丈夫な人」と思われてしまう、ということがあったようです。

  それで、結局、「国民の祝日」で総合住宅展示場のキャンペーンの日の前日の夜に私にアパートに上岡くんは電話してきたのです。佐藤さんに休まれ、渡邊さんにも休まれたようで、それで武田さんは最初から私用で休むと言っていて、それで、設計の職種の新卒入社1年目の大沢くんに頼み、もう1人必要となると、もう1人の在籍何年目かの設計の人間か私かしか頼める可能性がある人間はなく、大澤くんは暴れられたら怖いので従ったらしく、もう一人の設計は早い時期にその日は私用があると宣言していたようで、それで私に頼もうと電話してきたようでした。非常識な男です。
  営業というのは、見込客の言いなりになるのが営業ではないのです。そういう場合には、その見込客に「申し訳ありません。その日は祝日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施する日でもあって展示場に詰めていないといけないのです。他の日にさせていただくようお願いします」と言わないといけないし、言えないようでは営業としてだめです。
  昔、三波春夫が「お客さまは神さまです」と言ったそうで、それを「レツゴー三匹」という漫才トリオが「ジュンで~す。長作で~す。・・三波春夫でございます。お客さまは神さまです」とやったのが広まり、営業の仕事についた人でも、客の我儘はどんなことでも我慢しなければならないとか、客に言われればどんな理不尽なことでもきかないといけないみたいに勘違いする人がでてきましたが、そんな認識は間違いです。1980年代後半、私が小堀住研(株)に入社した年の新卒社員向けの営業社員の合宿研修の時に、質問を一人ひとつずつ書いてくれと言われた時があって、「『お客様は神さまです』と言われますが・・」と書いた者がおり、それに対して講師役の部長が「お客さまは神さまではない。お客さまは人間。あくまでも、人間として尊重する」と答えた。 「お客さまは神さまではないから、何でも従わないといけないなどということはない」と。さらに、「だから、お客さまから『ち〇ぽ なめろ』と言われても、なめる必要はない」と。「トルコ(風呂)〔現「ソープランド」〕じゃねえ。営業はトルコ風呂(現 ソープランド)じゃないから、だから、お客さまから『ち〇ぽ なめろ』と言われても、なめる必要はない。・・・どうや、こう言ったらわかりやすいやろ」と。・・わかりやすいか、かえってわかりにくいか、ようわからんが、そうなのだと思う。その時は、理屈でわかったが、その後、実際に戸建住宅建築業の営業の仕事を長くやって、実感としてわかった。たしかに、お客さまは人間であって神さまではないし、又、福島県いわき市にいた時に書店の棚で見かけたのだが、『お客さまは悪魔です』なんて本が出ていたのだが、神さまでないとともに悪魔でもなく人間です。「ち〇ぽ なめろ」と言われてもなめる必要はない。たしかにそうだ(^^♪
  そのあたりを上岡くんは理解できていない・・というよりも、自分が担当の見込客のために、他の営業に「国民の祝日」で総合住宅展示場のキャンペーンの日に協力させようということはするけれども、もしも、逆になったら協力するかというと、絶対にしない。そういう人なのです。栃木県地域の所長であった五十嵐さんは、たとえ、「自分の名前を書くことができれば合格という私立高校のスポーツ入学」というあたりが「お気に入り」だったとしても、気にいらなかったら「暴れる」というところが「梁山泊の精神」という(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎の考えに沿っていたとしても、上岡くんがいなければ佐藤さんも渡邊さんも出勤して展示場で接客して見込客をつかもうとしたところを、上岡くんのおかげで佐藤さんも渡邊さんも会社を休むことにしてしまい、本社の設計部の責任者は「設計」の職種の人間を設計の職種の人間が休みである日に地盤調査のために休日出勤させるといったことに怒っていたのであり、それをさせる、私まで地盤調査に行ったなら、(株)一条工務店は「国民の祝日」で総合住宅展示場がキャンペーンを実施している日に戸閉めにしないといけないことになり、そのような非常識なことを自分だけのために無理矢理実行しようとするような男には、所長としてきっちりと注意しないといけないはずでした。それを注意できないような男なら所長をやめるべきです。もしくは、(株)一条工務店の経営者は、それを注意できないような所長からは所長の役職をはく奪するべきです。
  私は上岡くんには言ったのです。「あしたは祝日ですよ。佐野の総合住宅展示場ではキャンペーンをやる日ですよ。私が展示場にいなければ、武田さんも佐藤さんも渡邊さんも休みですから、総合住宅展示場がキャンペーンをやっている日に一条工務店だけが戸閉にしないといけないことになるんですよ」と。それでも、上岡くんは「わかってる」と言うのです。わかってないでしょう。わかっておれば、そんな日に自分だけが出かけるのならともかく、他の営業まで巻き添えにするようなことはしないでしょう。
  言うだけはかなり言ったのですが、それでもきかないので、しかたなしに、「国民の祝日」に出勤して、総合住宅展示場はキャンペーンを開催して来場客がいっぱい来ている日に(株)一条工務店1社だけが戸閉にするという非常識なことをして、上岡くんのどうせ契約にならない見込客の地盤調査のために行きました。そういう不真面目な態度でやったような地盤調査は契約につながりにくい傾向があります。五十嵐さんは、そのあたりを上岡くんに指導しないといけません。そうでなければ、上岡君ひとりだけにとどまらず、私や佐藤さん・渡邊さん、それに設計の大沢くん(私は入社以来、誰にでも「さんづけ」で呼んできましたが、さすがにこのころの新卒入社の人になると20歳ほども年下になるので、20歳ほど年下の新入社員なら「くんづけ」でもいいかなとも思うようになったのです)も上岡くんひとりのおかげで迷惑こうむっているのです。
  結局、佐藤さん・渡邊さんの2人と比べて、上岡くんに対して一番ガードが甘かったのは私だったのです。いくらなんでも、こんなことする人なんてないと思い込んでいたし、自分の倍以上在籍している私にまで、そういう無茶無理を要求してくるとは思わなかったのです。いわば、「職場にエイリアンがやってきた」という感じでした。
会社に異星人(エイリアン)がやって来た!―新人類現象を読む - 中野 収
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↑ (株)一条工務店に入社して、こんな人がいるんだあと驚かされることだらけでしたが、「もう、どんな人間が来ても驚かないぞお」なんて思うと、ま~だまだ驚かされるということがあったのです。
  こういうことをする人が同じ展示場にいるとなると、こちらも対策を立てなければなりません。渡邊さんはおそらく過去にやられた経験があったのではないでしょうか。それで、「どうしようかなあ。どうしようかなあ。う~ん。どうしようかなあ」と何度も何度もつぶやいて、それで、どっちの態度でも取れるようにしていたのでした。 それで、その時は、引きずられて、わざわざ、祝日に出勤した上で上岡くんの我儘につき合ってしまったのですが、今後はこういうことはしてはいけないと思いました。 それで、私が考えたことは2つです。
  ひとつは、上岡くんは今後も同様の行動をしてくるでしょうから、そういう場合ですが、たとえ、電話をしてきて、いったん、「じゃあ、しかたがないですね。行きますよ」と返事してしまった場合ですが、後から上岡くんの家に電話を入れて、親戚のおっさんが危篤だとか、あるいは自分が急に腹痛で転げまわっているとか、親戚の誰かが急に亡くなって通夜に行くというのでもいいし、なんなら、意図的に「嘘だろう」と上岡くんが思いそうな理由にしてもいい、「親戚の結婚式に出ることになっていたのを忘れていた」でもいいでしょう。「暦を調べたら、明日は外出すると祟られる日だった」とかいうのも面白いかもしれません。ともかく、上岡くんの非常識な行動を認めたのではその後も同様のことをやるでしょうし、それは会社のためにならないし、上岡くんのためにもなりません。
  「普通の仕事」では週休日は日曜日で、「国民の祝日に関する法律」で「国民の祝日」は休みになっているのです。しかし、戸建住宅建築業の場合、工事課は平日に工事をおこない、日曜・祝日は休みなので工事課は平日が出勤で日曜・祝日が休みですが、営業は人が休みの時に働く仕事なので、日曜は出勤で、水曜日ともう1日、火曜あたりに休みをとる会社が多かったと思います。賃貸の不動産屋の(株)エイブル は年末年始以外は無休で月の初めに当番表を作成して交替に休みを入れていたのですが、戸建住宅建築業の(株)一条工務店は水曜日が週休で、それだけでは1週40時間を超えてしまいますから、「自由休」として月に3日を本人が決めて休むということにしたのですが、このあたりが巧妙というのかずっこいところで、「自由休」を月に3日と言われると、結局、取れなくなるし、営業本部長の天野隆夫は1993年、松戸営業所で兼任の松戸営業所長として「何で休みの日に休むんだ」などと発言。は?・・・と思いましたが、そんな会社でしたから、「自由休」を月に3日というのは、要するに、週に休みは1日だけという結果になるようにという作戦だったのです。平日に休みがある仕事と日曜日が休みの仕事とどちらがいいかはいちがいに言えませんが、平日に休みがある方が銀行とか市役所とかに行く用事があった時に休みの日に行けるという長所はあり、たとえば、有名建築・歴史的建造物を見学に行ったとすると、平日に休みがあった方がすいているというメリットはありますが、「出会いを求める」となると日曜休みの方が良さそうです。大きな問題として、日曜休みの仕事では「国民の祝日」もまた「国民の祝日に関する法律」に従い休みなのですが、水曜休みの仕事だと「国民の祝日」もまた出勤で、日曜は出勤で平日に休みという仕事では「国民の祝日」の分だけ休みが少ない、それでいてその分だけ給料が高いわけではなく、別の見方をするとその分だけ給料が少ない 、ということになるのです。
  戸建住宅建築業の営業が、なぜ、日曜・祝日に休まずに出勤しているかというと、住宅展示場で待機して見込客をつかむためです。見込客をつかむために住宅展示場に詰めるために日曜・祝日に出勤して平日に休みを取るようにしているのに、その日曜・祝日で総合住宅展示場がキャンペーンをおこなっている日に(株)一条工務店だけが戸閉にしたのでは何のために日曜・祝日に出勤としているのかわからないことになります。これは、理屈で諭しても上岡くんは理解しませんし暴れますから、そうではなく、佐藤さん・渡邊さんが「子供の運動会」を大義名分にして会社そのものを休んでしまったように、私もまた、これからは日曜・祝日の前、特に総合住宅展示場がキャンペーンを開催する日の前には、アンテナを敏感にして、上岡くんがそこで上岡くんのためだけに他の従業員を犠牲にし、(株)一条工務店を犠牲にしようとする可能性がありそうだと感知した場合には渡邊さんのように「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と優柔不断であるかのように装ってどちらの態度でも取れるようにしておく。それができずに、上岡くんが自宅まで電話してきて祝日で総合住宅展示場がキャンペーンを開催する日に上岡くんのために展示場を戸閉にして、上岡くんのために会社を犠牲にしようとした時には、正面から「あなた、そんなことしてはだめでしょう。わからないのですか」と言うと暴れますから、しかし、だからといって穏便に・遠回しに・婉曲に言ったのでは絶対に理解しませんから、ですから、そういう場合には私も「子供の運動会」があったことにするか、親戚の誰かが危篤とか死亡したので通夜にでないといけないとか、自分自身が急に体調が悪くなったとか何かそういった理由により会社そのものを休むようにしないといけないと判断しました。そうしないと、上岡くんはその後も同様のことをやります。もしも、逆を頼まれたら上岡くんは絶対に協力しませんが、自分はそれで通ると思い込んでいますから、そういう人が同じ展示場にいる以上は、親戚の誰かが危篤か死亡して通夜に出るとか、自分自身が急に体調が悪くなったとかいうことで、そんなことは通じないんだよということを上岡くんにわからせてあげないといけません。

  そして、私が取ったもうひとつの事は、これは極めて王道の行為です。所長の五十嵐さんに、このことを話して、こういうことは困りますねと言ったのです。まがりなりにも五十嵐さんは「高卒の所長」でも所長であるならば、所長から上岡くんに注意するであろう・・・と思い込んでいたのです。普通、所長なら注意しますでしょ。(株)一条工務店は上岡くんひとりのおかげで、総合住宅展示場がキャンペーンをやっている日に、他の会社は展示場を開けて、なんとか集客して見込客を獲得しようとしているまさにその時に、(株)一条工務店1社だけが戸閉にしていたのですよ。普通の所長なら怒りますでしょ、いったい何やってんだ!・・と。私は五十嵐さんがたとえ「高卒の所長」でも所長である以上、総合住宅展示場がキャンペーンやってキャラクターショーとかやっているまさにその最中に(株)一条工務店の展示場だけが戸閉にしていたとは、いったい何だ、それは!・・と怒るものだと思っていたのです。
  ところが、五十嵐さんは「普通の所長」ではなかったのです。総務部長の天野雅弘が「所長の仕事は売るのが仕事であって、管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違いますから」と明言していたのですが、しかし、この時、五十嵐さんは自分自身では営業活動はしていなかったのです。「一条工務店の所長は管理したり指導したりするのは仕事と違います。売るのが仕事です」と総務部長の天野雅弘が明言していたのですが、五十嵐さんの場合、この1998年の時点では「プレーイングマネージャー」ではなく、「売るのが仕事であって管理したり指導したりするのは仕事と違います」という単なる「プレーヤー」でもなく、そして、「管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違いますから」と総務部長が言ったわけですから、そうなると、五十嵐さんの仕事というのは、結論として何もない!・・・ということになるのです。それで、なんで、給料もらってるの? 給料泥棒ということなのか???
  もしも、「管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違います」ということならば、それなら誰の仕事なんだ?・・ということです。総務部長の天野雅弘はそれなら誰の仕事なのか明確に示す必要があります。上岡くんのような異星人(エイリアン)というのか困った人を採用しているのですから、そして、その人は言ってもいかないし、気にいらないと「暴れる」という特徴を持つ人なのですから、もしも、所長の仕事ではないのなら誰の仕事で誰が対処するのか明確に会社として示さないといけません。
  とりあえず、五十嵐さんはその時点では自分自身が営業の仕事はしていなかったのですから、それなら、異星人(エイリアン)には、「それは困ります」と、きっちりと言って指導して、同じ展示場にいる人間が困らないように、その後は(株)一条工務店だけがキャンペーンの日に展示場を戸閉にするようなことはないようにしないとするべきです。
  ・・・ところが、この五十嵐さんというおっさん、何と言ったと思いますか。「何、言ってるんだあ。地盤調査の方が優先だろうがあ! おまえは何、考えてんだあ!」と。私、五十嵐さんから大声で怒鳴りつけられたのです。この男、アホやな・・と思いました。こいつはあかんな・・と思いました。この男は所長の給料もらう価値がない男だな・・と思いました。地盤調査の方を優先してキャンペーンの開催日の祝日にやるべきだということならば、私だって自分が担当の見込客のものの予定を入れましたよ。それを、そうではなく、キャンペーンの開催日でもある祝日は営業はその日に行けば契約してもらえるがそうでなければ契約してもらえないという見込客のお宅に行くとか何かそういう特別のことでもなければ、展示場に詰めて接客して見込客をつかむようにするべきで、又、自分自身が接客していない時も他の営業が接客しているお客様にお茶を入れて持っていくとか、その間に事務所にかかってきた電話に出るとかいった仕事があるはずなのです。
  客商売の店というのは、当然、その日のその時間に行けば開いているだろう、営業しているだろうと思って行ったら閉まっていた・・というのは印象が悪く、その時、その来場客と折衝できなかったというだけではなく、それ以上に大きなマイナスになります。ですから、五十嵐さんが言うように、上岡くんのためなら佐野展示場と佐野展示場に勤務している営業社員・設計社員を犠牲にして戸閉にして上岡くんと上岡くんの担当の我儘な見込客のために尽くせというのは理不尽であり、それは会社の利益に反するものです。私だって見込客と折衝していて、総合住宅展示場がキャンペーンをやっている祝日なら予定がつくという人はあるのですが、そういう方にも、地盤調査その他については他の日にしていただくようにしてもらっているのです。上岡くんの担当客のために展示場を戸閉にするくらいなら私が担当の見込客・契約客の予定を入れた方がよかったということになります。(株)一条工務店の営業の中には、自分が担当のお客さまの相手をしていると他のお客様のことが見えなくなってしまう人というのが中にいます。契約客のお宅の工事中現場に見込客を案内に連れていった時に、自分が連れて行った人だけがお客様だという意識になって必死になってしまい、その工事現場のお施主様もお客様だという意識がどこかに飛んで行ってしまう人というのもいるのです。それではいけません。両方がお客様なのですが、ところが、経験が浅い人にはそれが認識できない人というのが時々います。しかし、上岡くんの場合はそれだけではないでしょう。それだけではなく、所長の五十嵐が自分についてくれているので、自分は他の営業と他の営業の担当の客を犠牲にする権利があるという意識がある。五十嵐さんの「暴れる」「爆発力がある」という人の我儘はきくべきだという思想は相当問題があります。
  この五十嵐という男はアホだとよくわかりました。この人に言ってもだめだとわかりました。五十嵐さんは「今の日本の世の中は人を肩書で見る世の中だ」と栃木県地域の営業の集まりの時に発言したのですが、要するに自分が高く評価してもらえないのは自分が高卒だからだと言いたいらしかったのですが、違いますよ。アホだからですよ。アホだから高く評価してもらえないのです。高卒だからではないのです。
  もっとも、管理したり指導したりする仕事になると、「あかんなあ。この人は」というところがある人でしたが、しかし、片方で自分自身が営業として契約を獲得するための仕事については真面目に努力してきた人ではないかと思いましたし、それは営業の仕事について言うことを聞いているともっともなことを言うことが少なくない人であり、(株)一条工務店の営業についての認識については私と共通のものがけっこう多い人でもあり、その点については私は決して低く評価はしていないのですが、何か知らんけど、””「最終学歴:底辺の方の高卒、住宅・建築関連の資格:なし、前職:クルマ屋」という点で自分と共通する人間がやることだと、同じ展示場の人間が誰もが嫌がって避けていても、それでも、その困った男がやる我儘に全面的に加担しないとおれないシンドローム”” というビョーキであり、かつ、自分がそういうビョーキだということについての「病識がない」という人で、このビョーキは治療する方法は見当たらない・・・と思われたのでした。
  こうなると、上岡くんはその後も同様のことをやるでしょうし、きつく言うと「暴れる」人ですから言えないし、又、上岡くんの場合、佐野警察署とコネクションがあるのか?・・みたいなところもあり、この場合ですが、「警察は暴力団の一種」「警察は日本で最大・最強の暴力団」という意味での佐野警察署とコネクションがあるのか?・・みたいなところもありましたので、
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そういう危ない系の人とは関わらん方がいいのかもしれませんので、自衛するためには、佐藤さんのように「子供の運動会」を名分にして会社そのものを休んでしまう、渡邊さんのように「どうしようかなあ。どうしようかなあ」と優柔不断であるかのように装ってどちらの態度でも取れるようにしておいて、上岡くんが非常識な要求をしてきたならば、その時点で会社を休むことにしてしまう・・・というそういう方法を私も取るようにして、上岡くんに他の展示場の人間にでも頼まざるをえないようにして、他の展示場の人間から五十嵐さんに「なんですか、これは」と文句・苦情を言わせるようにすれば、おそらく、五十嵐さんは次には他の展示場の人間に「何だ。上岡くんが総合住宅展示場のキャンペーンの日に地盤調査やると言ってるんだから、誰もが上岡くんのためなら自分を犠牲にして協力するのが常識だろうがあ!」と叫びだすでしょうから、そうさせてやれば、そのうち、五十嵐さんが栃木県地域の上岡くん以外の営業から総スカンを食うことになるでしょうから、そうさせてやるようにするべきだ・・ということでした。 ・・・そうなりますでしょ。なりませんか? なりますでしょ。会社のためには、そうすべきでしょ。

  私は、祝日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施している日は展示場で接客する日であるとして、私が担当の見込客には地盤調査は入れないようにしてきたのです。それで、なんで、上岡くんの担当の見込客の地盤調査を祝日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施している日にやるために展示場を戸閉にしないといけないのか。佐藤さんも渡邊さんも、私と同様に祝日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施している日は展示場で接客する日であるとして、私が担当の見込客には地盤調査は入れないようにしてきたのです。佐野展示場にいた営業5人の中でそういう姿勢が出来ていないのは上岡くんひとりだけなのです。佐藤さんと渡邊さんは、子供の運動会と祭日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施する日の展示場での接客とでは、祭日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施する日の展示場での接客の方が優先だと判断していたのです。それを上岡くんが上岡くんの担当の見込客の地盤調査をわざわざそういう日にやるから来てくれと最初は佐藤さんに頼み、次に渡邊さんに頼んだのですが、どちらも、子供の運動会と祭日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施する日の展示場での接客とでは、祭日で総合住宅展示場がキャンペーンを実施する日の展示場での接客の方が優先だと判断したけれども、上岡くんの担当客のために地盤調査と子供の運動会とでなら子供の運動会の方が優先だと判断して会社を休みにすることにしたのです。本来、このあたりについては、「所長」という役職を会社からもらい「所長」の役職手当をもらっている者は、指摘されなくても、教えてもらわなくても、そのあたりについては把握して、上岡くんにきっちりと注意しないといけないし、それができないようなら、何のための「所長」なんだ、何のための役職手当なんだ・・ということになります。それを、五十嵐さんが気づいていないから、だから、私がバカ親切で五十嵐さんに教えてあげたのです。ところが、アホの五十嵐は「何、言ってるんだあ。地盤調査の方が優先だろうがあ! おまえは何、考えてんだあ!」と言って大声で私に怒鳴りつけたのです。このアホはどうしようもない。自分がおかしいということについて「病識がない」というのも問題です。アホにつける薬はないと昔から言いますが、こういうのを治療しようとすると、「蚊取り線香を粉にして、蕎麦にふりかけ」て食わせるか、「通天閣から突き落と」すかするしかないのかもしれません。
※ 《YouTuve-アホの坂田》https://www.youtube.com/watch?v=nyNnvSRNgY4
通天閣HP https://tsutenkaku.co.jp/

  私は、営業社員の営業としての能力を見るにおいて、グラフに記された契約棟数だけで見るのではなく、その人がどういう動き方をしているか・その人がどういうことを言うかということと合わせて判断するようにしてきました。グラフに記載されている契約棟数だけで見たのでは、条件がいい営業所(展示場)に配属してもらった人は契約棟数は多いように見えるのは当たり前であり、東京都で坪55万円のものを浜松・掛川では坪48万円、名古屋では坪49万5千円で売っていたのであり、同じものを高い価格で売るか安い価格で売るかでは安い価格で売った方が契約棟数としては多くなって当たり前であり、又、1996年10月から消費税が上がり、その後、戸建住宅建築業界は全国的に不況に陥りましたが、その不況の度合いというのはその地域によって度合いが違うということを1998年の途中に福島県浜通りから栃木県に移って実感しました。1996年10月に消費税が上がった後の住宅建築業の不況の度合いは福島県浜通りと栃木県なら福島県浜通りの方が不況の度合いは重かったと実感しました。又、短い期間で見ると、たまたま、有望見込客がその人の所に行っただけという場合もあり、ある程度長い期間で見るとそれほど差がなくなる場合もあります。
  佐野展示場にいた所長の五十嵐さんの「お気に入り」だった上岡くんの場合、消費税が上がる少し前の入社で、しかも、佐野展示場が新しくオープンした頃の入社でした。新しく展示場がオープンんしたという場合も2通りの場合があります。1993年1月に東京都亀戸に(新)東京展示場をオープンした時、初代社長の大澄賢二郎が「展示場を新しくオープンした時には、爆発的に売れるのに、なんで、東京展示場は爆発的に売れないんだ」と怒っていたというのですが、怒る者がアホです。東京都に1つ展示場をオープンしても、他のハウスメーカーは東京都には1つや2つではなくいくつも展示場を持っており、無名の浜松の工務店、それも「セゾン」などと「西武のパチモンみたいな名前」を商品名につけている怪しい危なそうな工務店が爆発的に契約を取れるわけないのです。浜松および浜松と共通点がある「地方」で売ってきた会社が東京など都市圏で売るには都市圏で売る方法というものを考えないといけません。それに対して、たとえば、1994年に福島県会津若松市に新しく展示場がオープンしましたが、会津若松市で最初に(株)一条工務店で建てられたのは私がいわき市の営業所に勤務していた時に契約していただいた方ですが、会津若松市など会津地方は福島県浜通り・福島県中通りの続きであり、いわき・郡山・福島・会津若松の4市が福島県では人口10万人以上の都市でしたが、いわき市と会津若松市では市場の規模は同じくらいと考えると、いわき市に4展示場あって営業の数も4展示場分おり、会津若松市には1展示場で営業の数も1展示場分だとすると、同じくらいのπ(パイ)を4倍の営業で分けるのと1展示場分の営業で分けるのとでは、営業1人あたりでは同じくらいの市場の場所では1展示場だけの所の方が契約棟数は多くなって不思議はないのです。又、消費税が上がるということでそれより前に契約してもらおうと戸建住宅建築業の会社は相当頑張って契約してもらい、又、バブル経済崩壊の後、不景気が続いたことから住宅金融公庫の金利が下がり、「金利が低いうちに建てた方がお得ですよ」とのアピールもおこなってきた結果、どの会社がということではなく戸建住宅建築業の業界は全体的に「需要の先食いをした感がある」と言われていたのですが、その地域に(株)一条工務店が出展しておれば契約してもらえた可能性は低くないがそれまでは出展していなかったという地域に新しく出展した場合には「需要の先食いをした」というケースの逆、「前の需要が残っていた」ような感じになり、その分、契約が多く上がりやすいという傾向があったのです。上岡くんが入社したのは消費税が上がるすぐ前であり、佐野展示場が新しくオープンした頃であり、そういう時期に入社した人というのは、その時限定で他より多く契約を獲得したように見えて不思議はありません。ですから、私がグラフに記載されている上岡くんの契約棟数が本人の動き方や言うことから考えて、どう考えても多すぎると感じたのは当然のことだったのです。
  それだけではないのです。本人の性格というものもあります。上岡くんが退職する時、契約客の引継ぎをしようとしてG藤さんがある契約客のお宅に上岡くんに一緒に行きましょうと言ったら、上岡くんが「行かなくていい」と言い、「そうもいかないでしょう」とG藤さんが言っても上岡くんが「行かなくていいから」と言いはるので、しかたなしにG藤さんが一人でその契約客の所に行き、「この度、私が◇◇様のお宅の仕事を引き継いでさせていただくことになりました」と挨拶したところ、「え? 解約すると言ってましたでしょ」と言われたそうです。ずいぶんと前から解約したいと上岡くんに行っていたにもかかわらず、上岡くんは解約の措置をせずに長く放置してきていたようでした。契約客から解約したいと言われた時、締め日の直前くらいに言われたという場合に、締め日の前に出すか後に出すかというくらいは、そのくらいは営業担当者の都合で都合がいい方を選んでもいいと私は思います。しかし、聞くとすいぶんと前から解約したいと聞いていたにもかかわらず、そのまま放置してきていたようでした。なるほど、上岡くんらしいなあ・・と思いました。栃木県・埼玉県北部地域の所長だった五十嵐さんというのはそういう男が「お気に入り」なのです。なんで、そんなのがいいのか?・・というと、「最終学歴:高卒、住宅・建築関連の資格:なし、前職:クルマ屋」という点で五十嵐さんと共通しており、特に「最終学歴:「自分の名前を書くことができれば合格」と言われる私立高校・・のスポーツ入学」というあたりは五十嵐さんにはこたえられないもの、ものすごい高い評価になるものだったようです。

  「お客様は神さまではない。お客様は人間。人間として尊重するけれども、何でも言うことをきかないといけないなどということはない」と小堀住研(株)の入社時の新卒社員研修で言われたのですが、これは小堀住研(株)ではあてはまるが(株)一条工務店ではあてはまらないことではなく、(株)一条工務店でもあてはまることのはずです。そして、小堀住研(株)に入社1年目、同じ営業所にいた何年か前に入社していた人が前に所属していた営業課の課長から「『客(契約客)』というのは、契約書に署名捺印して契約金を払ってくれた人のことを言うのであって、契約書に署名捺印していない・契約金を入金していない人というのは『見込客』ではあっても『客(契約客)』とは違う。時々、まだ、契約書に署名捺印していない・契約金を払っていない人で、自分は客だから何でも言うことをきいてもらって当たり前みたいに思っている人がいるけれども、そんなもの、きく必要はない。契約書に書かれている内容で契約してくれて契約金を払ってくれた人には、その契約書の内容の通り、誠意をもって仕事をしないといけないけれども、契約していない人には何かしてあげないといけないというものはないのであって、これやってくれ、あれやってくれと言われてもきかないといけないことはない」と言われたと教えてくれたのでしたが、これもまた、小堀住研(株)ではあてはまるが(株)一条工務店ではあてはまらないというものではなく、どちらの会社においてもあてはまるもののはずです。もっとも、こういうことを言うと営業本部長の天野隆夫から呼びつけにされて「おまえ、そういうこと言うならエスバイエルに行けよお」とか言われるでしょうけれども、「頭の薄い天野」と言われていた人の雑言寝言は横に置いておいて、契約して契約金を払ったわけでもない人に我儘放題言われて、何でも言うことをきいているようでは、そんなことではかえって契約につながりません。
  何よりも、上岡くんの場合は、自分が担当の見込客のためならば、他の営業社員や設計社員、他の営業が担当の契約客・見込客をとことん犠牲にしようとしますが、他の営業が担当の契約客・見込客のために自分が就くそうとは絶対にしませんから、そのあたりについては、この人も変わった性格している人だなあ・・と思いました。 2010年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業。2013年11月に正式に倒産〕にいたS井(男。当時、40代前半)が「俺は百姓の息子で田舎者だから、人がいいんだ」などと私に言うので、「はあ?」・・「はあ? おまえのどこが『人がいい』んだあ? はあ?」と思ったことがありましたが、「イナカモノ」は「人がいい」なんてどこからそんなわけのわからん話が出てくるのかと思うのですが、S井さんの場合は「俺は田舎者だから人がいいんだ」などとアホなことを言うと、「この人は田舎者だから人がいいんだ」と思って心を許してくれて言うことをきいてくれるという人間がいると勝手に変なこと思っていたようでしたが、「イナカモノは人がいい」などということはありません。しょーもないこと言わない方がいいでしょう。上岡くんも藤岡町の兼業農家の息子だったようですが、かなり性格変わっています。「人がいい」などということはなく、逆です。
  上岡くんはその後も、自分が追客中のお客さまに完成した入居者宅を見せたいと考えたことがあり、上岡くん自身が担当の契約客でほぼ完成したお宅があったにもかかわらず、自分が担当の契約客宅に新規見込客を連れていって傷つけられたり汚されたりしたくないと考えて、他の営業の担当の契約客宅に連れて行きたいと考えたようで、そのお宅が工事担当者にどういう状況か電話したところ、工事担当者が「もう、引渡し前の清掃をすませましたから、新規見込客を案内することはできません」と言ったようでしたが、ところが、工事担当者からそう言われると上岡くんは「いいんだよ。そんなもの。うるせえ! これから案内に行ってくるからな」と言って、すでに引渡し前の清掃も補修をすませた他の展示場の営業が担当の契約客で引き渡し寸前のお宅に上岡くんが担当の見込客を案内に連れていったということがありました。その電話のやりとりはその時に佐野展示場に在籍した人間がその場に誰もがいましたので、誰もがそのやりとりを聞きました。入社してすぐの人が非常識なことをやりかねないということならありうることですが、上岡くんは入社したばっかりではなく、それまでに、そういったことはしてはいけませんと上役がきっちりと指導しないといけません。もっとも、こういうことを言うと総務部長の天野雅弘から「指導するのは所長の仕事とは違いますから」と言われるでしょうけれども。上岡くんはそういう人間、そういう性格、そういう人間性の人間だったのです。自分が担当の契約客の家には完成に近い家には新規客を案内したくないと考えて、なおかつ、他の営業が担当の契約客の家になら引き渡し寸前で清掃も補修も終わり引き渡すだけというお宅に「いいんだよ。そんなものは。うるせえ、この野郎!」などと言って連れていくのです。上岡くんの担当客には私の担当客のお宅には入ってもらいたくないものだと思いました。営業本部長の天野隆夫は「ぼくは学校出てないから(最終学歴:中卒だから)、だから、気さくで人間味があって、人間性が優れていて、誰からも好かれるんだ」と言い、私に「おい、そう思うだろ。思わないのか。ぼくが『思います』と言えと言ってるんだ。『思います』と言え」と「命令」して無理矢理「思います」と言わされたということがありましたが、「学校でてない」人はなぜ「気さく」で、なぜ「人間味がある」ことになり、なぜ「人間性が優れている」ことになり、なぜ「誰からも好かれるんだ」ということになるのか? なんとも、マカ不思議です。上岡くんにしても、むしろ、そんな根性しているから、だから、「自分の名前を書くことができれば合格」という私立高校にスポーツ入学でしか入れないのではないのか。

  高校とか大学とかにスポーツ入学で行く人がありますが、高校野球のテレビ中継など見ると、野球専門校・野球名門校といった高校が甲子園大会に出て試合をしている時、スタンドではユニフォームを着た野球部員が何人もがメガホン振りながら「かっとばせえ~え」とか叫んでいるのが映ります。 私はああいうのを見るたびに、なんで、この人たちはスポーツ入学で入るような高校に入って、野球部員なのに野球やらずにスタンドで「かっとばせえ~え」と声援送ったり、レギュラー選手の服の洗濯やったりなんてことばっかりやっているのだろう。どうせ、レギュラーになれないだけでなくベンチ入りメンバーにもなれないのなら、それなら「野球名門校」に行って野球部に入るのではなく、「普通の公立高校」に行って野球部に入れば、2年くらいでベンチ入りはできて3年の時には試合に出れる可能性が大きいのだから、スタンドで「かっとばせえ~え」と叫ぶのとレギュラー選手の服の洗濯とかばっかりさせられるくらいなら、「普通の公立高校」に行って野球部に入れば、ともかくも、3年では試合に出してもらえる可能性が大きいのだからそっちの方がよっぽどいいのと違うのか・・と思ったのです。
  しかし、上岡くんの話をきくと、そういうことではないらしい。高校にスポーツ入学で入る人というのは、桑田・清原みたいになろうという人がそういう所に行くものだろう、中には桑田・清原みたいになれずにプロで採ってもらえない人もおり、大学野球にスポーツ入学で行くか社会人野球にスポーツ入社するかもできなかったという人だってあるかもしれないが、ともかく、桑田・清原みたいにスポーツ選手になりたい、高校卒業時に無理でもさらにスポーツ入学で大学に行くかスポーツ入社で社会人野球に行くかしようという人がスポーツ入学で私立高校に入学するのだろうと思いこんでいたら、そうではなく、「普通の公立高校」に合格できない人が、プロの野球選手にはなれる見通しはないけれども、その学年の生徒の中では野球ができるというくらいなら私立高校にスポーツ入学できるらしく、そこで野球部に3年間いて、スタンドで「かっとばせえ~え」と叫び、レギュラー選手の服の洗濯とかやれば、その私立高校を「卒業」させてもらえて、「高卒」の資格を獲得できるそうで、最初からプロの野球選手になろうなどとは毛頭考えていないようで、勉強して高校に合格して入学して勉強して高校を卒業して「高卒」になるよりも、野球やって高校にスポーツ入学して、スタンドで「かっとばせえ」とか叫んでレギュラー選手の服の洗濯とかやって高校の勉強はやらなくて卒業して「高卒」になるのなら、勉強せんと「かっとばせえ」と叫んで「高卒」になった方がいい・・というそういう発想をする人がいるらしいのです。そういう人にとっては、もとからプロの野球選手になろうという気持はないので、「普通の公立高校」に行って野球部に入っておれば、野球の名門校には勝てないとしても、公立高校の野球部では試合に出してもらえるからその方がいいのでは、といった発想はないらしいのです。そんな考え方もあるのか・・と知りました。

  (株)一条工務店は同業他社と違って、上棟の日に営業の職種の従業員が作業服を着て上棟の作業を手伝うことになっていました。一般に、担当の営業とあと2人くらいが参加しました。又、1990年代の後半の後半から、それまで業者に依頼していたスウェーデン式サウンディング試験による地盤調査の実施を営業社員がおこなうことになりましたが、これも、人手が3人必要でしたので、担当の営業とあと2人が強力しました。この場合ですが、気持ちよく協力してもらおうと思えば、そういう頼み方をしないといけないし、自分も協力しないといけません。同じ営業所の人が誰が誰に頼むかというのを見ていると、人間関係がわかったり、その人がどう思われているかわかったりします。もっとも、あまり人に厳しいことを言うと自分だって人からいいと思われない場合だってありえますから、人のことばかり厳しく言うわけにもいきませんが。あまりにも自分ばかり頼まれているようでは、自分の営業活動に費やす時間が奪われてしまいますが、逆に誰からも頼んでもらえないとなると寂しいものというよりも、なぜ誰も頼んでくれないのかということを、特に営業の仕事についている人間なら考えてみる必要があります。(株)一条工務店の栃木県佐野市の展示場で見ていると、上岡くんは上棟の手伝いや地盤調査の協力を他の従業員の都合などまったく考えないで平気で頼むのですが、上岡くんに頼む人間が誰ひとりないのです。なるほどなあ~あ、この人には誰も来てもらいたくないのだなあ・・とわかりました。・・私がわかることを営業所長の五十嵐さんは所長なのになぜわからない。私に見えるものが営業所長の五十嵐さんにはなぜ見えない?・・・とも思いましたが、結局、要するに「その程度の所長」だったのです。「その程度の人」だったのです。

  それで、宇都宮市の地域振興整備公団の分譲地に申し込みにきた人、(株)一条工務店の展示場に来たわけでもない人にアプローチをする役などという割の合わない役なんてのを、上岡くんはやるわけありませんから、そうなると私がやるしかないのです。
  会社というものは、そういう我儘身勝手な人間なら何でも認めて、誰もが嫌がることでも誰かがやらなきゃしかたがないものなら引き受けようと引き受けてきた者はいくらでも犠牲にするというのでは、そんな会社はそのうち破裂するでしょう。そんな会社は「勝ちに不思議の勝ちあり」であって、たとえ、一時的に「勝ち組」になることがあっても「長い目で見るならばハリコの虎」であって「その実力はたかがしれており」「やがて打倒される」ことになるでしょう。

  営業というのは、なんだかんだ言っても契約を取らないといけないのです。その点から考えて、もしも、宇都宮市に在住の人で宇都宮市で建てるという方でも、たまたま、佐野市に来られることがあった、佐野厄除け大師に来たというのでも、足利フラワーパークに来た帰りでも、佐野ラーメン食べにきた帰りでも、たまたま、佐野展示場に来場されて話をすると、相当話が進んで、その来場客の方でも、この営業さんに担当してもらいたいと思われることになった・・・ということならば、それならば、佐野から宇都宮まででも行く価値はありますが、そうではなく、宇都宮市に在住で宇都宮市での分譲地を購入しようと申込んで宇都宮市で建てて住もうと考えているが、(株)一条工務店の展示場に来場されたわけではなく、特に(株)一条工務店が他の住宅建築業の会社よりも優先的な位置づけにあるわけではないという方の所に、佐野から宇都宮まで何度も何度も往復するというのは、これは「コストと利益を比較考量して考えて」あんまり割のいいものではないのです。
  宇都宮市の分譲地で会った方に住所・氏名を教えてもらった方のお宅には郵便で「礼状」「案内状」を出すだけではなく訪問したいのですが、佐野から行って佐野市近辺と違って地理が不案内な宇都宮市で家を探し当てて訪問しても、平日の夜に訪問しても2軒訪ねることができればいい方でした。佐野市近辺でも見込客は持っていますから、そちらの方を優先するためには、毎晩毎晩、宇都宮まで佐野から往復しているわけにはいかないのです。
  それで、本来なら日曜・祝日は展示場に詰めている日ですが、1日だけ、日曜日を宇都宮市の分譲地で会った方のお宅に訪問する日と決めて、朝から夕方まで1日かけて、ほぼすべての方の所に訪問しました。申し込んだということで、建てると決まった方でもなかったと思いますし、あんまり割のいいものではありませんが、放置しておくわけにもいきませんし、いつまでもこだわって佐野市近辺の見込客宅への訪問ができなくなってはいけませんから、そういう対処をしました。
  ところが・・・。

  栃木県および埼玉県北部地域、五十嵐さんが所長になっていた地域では、夜9時を過ぎてから「日報」を五十嵐さんがいた宇都宮市南部だったか石橋町だったかの展示場にファックスで送れと五十嵐さんが言っていたのです。私が所長ならそんなことはせんなあ・・と思ったのですが、五十嵐さんはするのでした。なぜ、私が所長ならしないかというと、片方で、何時まで仕事をしていたかよりも、どれだけ実がある働き方をしているかの方が大事であり、又、日報よりも、本人から話を聞いたり、動き方を見たりすれば、所長の能力がある人間なら、その人がどういう動きをしているかはある程度以上わかるはずだからということがあります。それとともに、(株)一条工務店の営業職の始業時刻は午前10時00分であり、終業時刻は午後7時00分と就業規則には書かれていたのです。ですから、毎日、夜9時を過ぎてから日報を送れと言って、午後9時過ぎるまでは働けと所長が命令したのでは、それは労働基準法違反であり、しかも、日報を送らせると労働基準法違反の証拠がそこにできるのです。ですから、私が所長の立場ならそんなことはしません・・・・が、「高卒の所長」というのは、あんた、そういうことやるとまずいのとちゃうのん?・・てことをやりたがるのです。
  (株)一条工務店の各展示場にはコピー機兼ファックス機が備えられていて、最近のファックス機はよくできていて、「何時に送信」と送信を予約しておけば、午後7時くらいに退社しても午後9時過ぎに五十嵐さんがいる展示場あてに送信してくれるので、そうセットして帰った人もいたようでした・・・が、そういう時に限って五十嵐さんがその人がいる展示場に、午後7時を過ぎてやってきて、「なんだ。もう家に帰っているのに、なんで、午後9時過ぎまで仕事をしたと書かれた日報が午後9時過ぎに送られてくるんだ?」と言ったとか、そういうこともあったようです。

  女性がお客様宅に訪問した時に「襲われる」なんて危険はないとは言えない・・と思っても、男がそういう立場になることなんてないと思うでしょ。ところが、世の中にはいろいろな人がいるのです。佐野市の展示場にいた時、夜、来場客のお宅に電話したところ、今から来てほしいと言われ、けっこう遅い時刻だったのですが訪問しましたところ、机の上にアルバム帳を広げて話をしていたところ、私の股のあたりに手を伸ばしてきたのです。女性に手を伸ばしてこられたのなら喜ぶおっさんもいるかもしれませんが、女性ではなく男性です。格闘技やってるような感じの人でもなく、ガタイのでかい人でもなく、筋肉系の人でもない人でしたが、それにしてもびっくりしました。切り上げて帰ってきましたが、女性ならそういうことだってあるかもしれないと思っているかもしれませんが、男がそういう体験をするなんて思いませんでしたのでショックでした。その件について、日報にも記載して所長の五十嵐がいる展示場にファックスで送信しました。
  そうすると・・・、どういう反応があったと思いますか。普通、まがりなりにも所長ならば、「〇〇くん、大丈夫だったか」という一言くらいあっていいと思いませんか。しかし、五十嵐さんにそういう反応を期待するのは「八百屋で魚を求めるようなもの」でした。まったく何も言わない。何、この人? これが所長か? これでは日報を書いて送信している意味がないではないか。こんな所長あんのか?・・と思いましたが、「保護義務違反の(株)一条工務店」ではあるのでした。
  そして、そのかわりに、五十嵐さんがいる展示場の営業どもから、「〇〇さんて、ホモに襲われたんだってええ~え♪」と何人もから大喜びで言われたのでした。笑いごとじゃないんだよ、笑いごとじゃ。だから、「笑うな!」と言ったのですが、それでも、そいつらは大笑いするのでした。ほんと、笑いごとじゃないんですからね。
  ・・・そんな「日報」なんて、意味ないのではないか・・と思いませんか。そんな「所長」なんて意味ないのではないか・・と思いませんか?

  そして、私が日曜日に1日かけて宇都宮市の分譲地で会った方のお宅にほぼすべての家に訪問した後、佐野展示場に来た五十嵐さんが私に、「おい。これ、なんで、日曜日に宇都宮に訪問になんて行ってるんだ。訪問は平日の夜にするもんだろ」・・・て。おまえがそれを言うか?????  はあ~あ???  上岡くんが、「国民の祝日」で総合住宅展示場がキャンペーンを実施している日に、自分ひとりだけで出て行くのならともかく、他に2人、協力を頼まないとできないスウェーデン式サウンディング試験による地盤調査の予定を、他の日にしてもらうように見込客に言えばいいものを言えずに約束してきて、その結果、最初は「子供の運動会」があっても出勤して展示場で接客する予定にしていた佐藤さんが、展示場で接客して見込客を取るためなら「子供の運動会」よりも展示場での接客を優先するべきだと考えていたところを、上岡くんの担当客の地盤調査に来いと言われて、そんなことなら「子供の運動会」に行った方がいいと判断して会社を休みにすることにして、さらに、最初は出勤して展示場で接客して見込客を取るつもりでいた渡邊さんも上岡くんから地盤調査に来てくれと言われて、上岡くんの担当客の地盤調査に行くために出勤するくらいなら「子供の運動会」に行った方がいいと判断して会社を休みにすることにして、さらに、新卒入社1年目で「設計」に配属されていた大沢くんは本社の設計部の責任者から営業の下働きみたいに地盤調査や上棟の手伝いなんてやってはいけないと言われていたにもかかわらず、上岡くんの仕事のために本来は設計は休みの日に出勤して、佐藤さんと渡邊さんが自分より前からいる上岡くんに気兼ねして逆らえずに会社を休むことにしたところ、さらに上岡くんの倍以上も在籍している先輩社員の私にまで前日の夜に電話をしてきて、総合住宅展示場のキャンペーンの日に上岡くんが担当の見込客の我儘のために展示場は戸閉にして行くのに来てくれと言ってきて、「あしたは祭日でしかも総合住宅展示場がキャンペーンの日ですよ。もし、私が外に出たら一条工務店1社だけが、せっかく、総合住宅展示場の運営会社が費用をかけてキャラクターショーやったりするキャンペーンの日に、一条工務店だけが戸閉にすることになるんですよ」と、いくらなんでもここまで言えばどんなにアホでも理解できるであろうと思われるような言い方で言ってもそれでも理解しないし、それ以上言うと「暴れる」「爆発力がある」男であり、しかたなしに戸閉にして行った後、所長の五十嵐さんにそれを話したところ、普通の所長ならば、上岡くんに注意するものであるはずだが、五十嵐さんはそうではなく、「何、言ってるんだあ。地盤調査の方が優先だろうがあ! 上岡くんに協力するのが常識だろうがあ! おまえは何、考えてんだあ!」と、五十嵐はそう言って私に怒鳴りつけたのですよ。その男が、今度は私に「おい。これ、なんで、日曜日に宇都宮に訪問になんて行ってるんだ。訪問は平日の夜にするもんだろ」なんて言ってきたのですよ。はあ? はあ~あ???
  私だって、「訪問は平日の夜にするもの」で「日曜・祭日は展示場に詰めて接客して見込客を確保するもの」というくらいのことは認識していますよ。しかし、平日の夜に訪問しないといけない見込客は佐野市近辺の方で相当あり、佐野市から宇都宮市まで平日の夕方に行ったとしても、夜、訪問できるのは、訪問して会えて、かつ、長くは話さなかったという場合で2軒、長くは話をせずに、かつ、うまく会えたという場合で3軒です。それを毎日、やっていたのでは平日に佐野市近辺の方のお宅に訪問できなくなるのです。そういったことを考えて、日曜日を1日だけ、宇都宮市の分譲地に来場された方のお宅への訪問の日として使って、宇都宮市の分譲地で会った方のお宅に一通り訪問するということにしたのです。五十嵐さんの態度を見て、こいつはアホやな・・と思いました。私は今までからこの人のことを「特別に賢い」とかいうようには思っていなかったけれども、ここまでアホとは思わんかった・・・( 一一)

  さらに、その日報の記載について、「この間、少し時間が空いてるだろ。その間、おまえはパチンコやってたんだろ。そうだろ」と言うので、「パチンコなんてやりませんよ」と言ったのだが、「嘘ついてもわかるんだからな。パチンコやってだんだろ。そうだろ。正直に言え」などと言うのです。私は今までからこの人のことを「特別に賢い」とかいうようには思っていなかったけれども、ここまでアホとは思わんかった。むしろ、五十嵐という男は「ウルトラマン+パーマン」だなと思いました。・・ちなみに「ウルトラマン+パーマン」とは「ウルトラのパーマン」という意味です。スペシウム光線なんて出しませんからね・・( 一一)
  私、今まで、パチンコというものは小学校に行く前、近所の神社の夜店のパチンコをやったことと、やっぱり、小学校に行く前に、一回、うちの父親がパチンコ屋に入る時に一緒に入って隣の席でしばらくはじいたということがあるだけで、それ以外、パチンコというものは一回もやった経験がない人間なんですよ。たとえ、勤務時間中に仕事以外のことをやるとしても、パチンコなんてやらない・・というよりも、最近のパチンコはなんだか複雑で難しくて、福島県いわき市の展示場にいた時、営業所の営業成績が比較的優秀だった営業所の人間には海外旅行に行かせるということがあった時に、いわき市の私がいた展示場の人間と原町市(今は南相馬市)の原町展示場の人間とでハワイに行った時、いわき市からその1人のクルマに乗せてもらって成田空港まで行く途中、国道沿いにパチンコ屋があって、私以外の人間が「パチンコやっていこう」と言って入るので私もクルマで待っているわけにもいかないので一緒に店に入ったことがあったのだけれども、入ったからにはやってみようかとも思ったものの、最近のパチンコというのは複雑でどうやったらいいのかやり方がわからなくて、結局、人がやるのを横でずうう~っと見ていたということがあったようなもので、そもそも、私はパチンコのやり方というものを知らないのです。
  パチンコをやったことがなくてパチンコのやり方というものを知らない人間に向かって、「パチンコやってたんだろ。わかるんだからな」などと五十嵐は言ったのでしたが、勝手にわかるな、あほんだら!!・・てものです。
  栃木県地域に新卒入社で入って、それほど経たないうちに辞めたある人が五十嵐さんのことを「頭悪いなあ~あ・・と思いますよお」と言っていたのだが、実際、アホやな、この男は・・と思いました。「おまえ、アホだろ。わかるんだからな」と言ってやるべきだったかもしれません。

  本来、佐野展示場は宇都宮市とは同じ県内とはいえ宇都宮市には遠く、佐野展示場に在籍していた営業は誰もが宇都宮市の分譲地の申込会場に行くのは嫌がっていたのです。武田さんは「リーダー」ならば、その分譲地の申込会場の近くで待機して申込に来た人に話しかけるというのは、それは権利的なものなのか、義務的なものなのかということを所長の五十嵐さんにはっきりときくべきで、もしも、権利的なものであるのなら、「佐野展示場は宇都宮市までは遠く、行きたがらない人ばかりなので、それは辞退しますので宇都宮市近辺の他の展示場の人に行ってもらってください」とはっきりと言うべきです。それを、私が武田さんに「これは、権利的なものなのか、義務的なものなのか、どちらなのでしょうか」と言っても、「さあ・・」と言って、それだけ。
  それで、武田さんは私用で(おそらく、転職のための活動をしていたのではないかと思うが)その日は休みにして、そして、佐藤さん(「ままど~る と芋羊羹の佐藤さん」)は「そんなの、行く人間なんて〇〇さんしかいないじゃないか」などと言うので、佐藤さんはもう辞めるつもりなんだなと思い、渡邊さんも似たような態度を取っていたので、それで、この2人はもう辞めるつもりなんだなと思い、辞める人に遠い場所まで行ってもらうわけにもいかないだろうと思い、モノグサで労を惜しむ骨惜しみする度合いが極端に大きい上岡くんは、そんなもの、宇都宮までなんて行くわけないので、・・そして、「行くわけない」では会社という所では通じないはずでしたが、それを五十嵐さんは自分の「お気に入り」の「爆発力がある」男には認めてしまうので、それなら私が行くしかないと、いわば、↑ で述べた稲尾か杉浦のように、他の人間が嫌がるのなら俺が行くしかない・・という気持で、いわば、その部分において””「エース」の心意気”” を発揮して行ったのです。それに対して、五十嵐は ↑ のような口をきいたのです。この「ウルトラのパーマン」はどうしようもないな・・と思いました。

  (株)一条工務店は、私が入社した1992年からしばらく、「夜は特に仕事がない時も午後9時までは展示場にいること」と会社が作成して展示場勤務の営業社員に送った「通達」に書かれていたのです。そして、「タイムカードは午後9時を過ぎてから押すこと」とも書かれていたのです。(株)一条工務店の営業社員の始業時刻は午前10時00分ですから、それでは労働基準法違反であろうが・・と思ったのですが、そして、実際に労働基準法を厳密に守れていないという会社はけっこうあっても、ここまではっきりと「通達」に明記する会社というのはあんまりないであろうとも思ったのでした。
  そのうち、「タイムカードは朝は午前10時までに押すこと。帰りについては押さないこと」という「通達」が送られてきました。伝わってきた話では、自分のタイムカードを労働基準監督署に持参した人がいたらしく、それ以来、「帰りについては押さないこと」と変更になったようでした。
  私は、就業規則上での終業時刻は午後7時00分なのですから、用事があるならさっさと遠慮なく帰ればいいと思うのです。しかし、戸建住宅建築業の営業という仕事は、実際問題として、「5時から男」なんて言葉が言われたりもしていたのですが、平日の午前中などよりも、就業時間の後であっても、夜、人が家に帰ったかという時間帯の方が訪問すれば会える可能性が大きく、そこでさっさと帰っていたのでは営業にならないような仕事なのです。ですから、契約を獲得しようと思えば、特に用事がある時は定時に帰ってもいいけれども、そうでなければ、毎日定時に帰っているようでは、営業としての成績は残せないでしょう。
  そこでなのですが、この「特に仕事がなくても、午後9時までは展示場にいること」と言いたかった人が過去にいたのでしょう。それが「通達」に掲載されたのだと思うのですが、その後、その意味を取り違えて伝えた人がいたのではないかと思うのです。
  その意味ですが、ある程度以上の契約棟数を継続的に獲得できるようになった人は、終業時刻が午後7時00分であるからには、そこから後はその人の判断で好きにやればいいと思うのですが、そうではなく、入社してまだ契約が1棟も獲得できていないといったような人は、特にはっきりと私用で用事がある日は定時に帰ってもかまいませんが、そうでない日は、自分自身に特に仕事がなくても午後9時過ぎる頃までは展示場の事務所にいるようにした方がいい・・ということはあると思うのです。
  2021年の前半に入社した久保(男。当時、30代半ば)は、言っちゃ悪いが頭が悪くてニブイ! という男だった。こんな人を採用しても、この人は売れんだろうなあ~あ・・と最初に見た時に思いました。不真面目な人ではなく、朝は誰よりも早く出勤して、他の人間が出社するより前に展示場の掃除を一人ででもやり、他の営業が接客している時にはお茶を入れて持って行き、他の営業にかかってきた電話を取りつぎ、他の営業が担当のお客様のお宅の上棟の手伝いにも生き、他の営業が担当の見込客の地盤調査の協力にも嫌がらずに行く人でした。でも、入社早々、総合住宅展示場のキャンペーンがあった日、展示場の前にテントを建てようとして作業をしていた時、私がパイプの支柱を手で持っていた時に、久保が別の柱を曲げて、その結果、私が指をはさまれるということがあったのですが、普通、黙っていても、他の人間がどこを持っているか見てから曲げるものですが、私が「痛い、痛い、痛い、痛い」と叫んでやめろと伝えても理解しない。悪気だったわけではないでしょうけれども、そういった時の判断力というのか運動神経というのかがニブイ! そして、そういうことがあれば、「すいません」の一言を言うのが常識でありマナーですが、言わない、言えない。ですから、久保さんはもうすでに30代の半ばにもなっていたことでもあり、戸建住宅建築業の営業ではなく他の仕事についた方がいい人だと私は最初に見た時に思ったのです。そして、思った通り、契約は出なかった。しかし、2001年から栃木県南部の「副所長」という名目で実際には所長の役割になって赴任した木下(男。当時、40代前半)が、「どうした。契約あがったのかあ。売れないのかあ」と言うだけの所長が多い中で、なんとか、契約をあげさせてあげようとして、久保さんにとっての唯一の見込客のお宅に木下が同行すると言い、実際に同行してなんとか契約にもっていこうとしたようでした。そのあたりについては、木下はなかなかいいところがあると思いました。私も、久保さんは、ニブイし営業の経験もない人だったので、最初に入社した時は「この人はきついのではないか」と思ったのでしたが、それでも、朝は誰より早く出社して一人ででも展示場の掃除をして、先輩社員が担当の契約客宅の上棟の手伝いにも行き、地盤調査の協力もして、他の営業が接客している時にはお茶を入れて持っていきといったことを真面目にやってくれる人でしたので、なんとか契約があがるように協力してあげたいという気持になったのでしたが、「副所長」という名目で実際には所長の役割についた木下が同行して行くと言っていたので、それならば、「船頭多くして船山に登る」という言葉もあるように、何人もで口出したのではかえって良くない場合があるので、横から口出さずに見ていたのですが、ところが、ある夜、私が客宅から帰ってくると、木下と久保の2人がいて、木下がかんかんに怒っているのでした。どうしたのかと思ったら、住友林業との競合で、久保は有望な見込客だと思っていたらしいが、木下が見る限り、どうも、住友林業のペースで進んでいたようだったのだが、その見込客から住友林業が「標準仕様」として入れているもののタイプで見積もりを出してくださいと言われたらしかったのだが、戸建住宅建築業の会社では、それぞれの会社によって「標準仕様」に含まれているものは異なり、住友林業(株)の営業は(株)一条工務店のことを本当によく知っており、住友林業(株)の比較的グレードが低い坪単価が安いもので「標準仕様」に含まれているけれども、(株)一条工務店ではかなり上のグレードのものでしか含まれていないというものについて、「これが標準仕様で含まれているもので見積もりを出してもらってください」と見込客に住友林業(株)の営業が言いよったのではないか・・という感じだったのです。そういう場合に、相手方のペースにそのまま乗ってしまっては負けパターンを突き進むことになります。競合相手のペースで進んでいると思ったら、とりあえずはそのペースを崩してやらないといけません。
  相撲で押し相撲の力士と四つ相撲の力士が「がっぷり四つ」に組んだとしたなら、それぞれの力士の得意不得意を知らなければ、「がっぷり四つ」であるからには五分かという感じがしてしまいますが、押し相撲の力士と四つ相撲の力士が「がっぷり四つ」に組んだなら、その時点で四つ相撲の力士の方がかなり有利なのです。同じようなことが戸建住宅建築業の営業にもあります。それぞれの会社がどういうものが得意なのかということを無視すれば「がっぷり四つ」のように見えても、片方の得意の分野で話が進んでいるのなら実際は五分ではないのです。(株)一条工務店は住友林業(株)と競合になることが多い会社でしたが、私は何度もしてやられて、それで、「そんなに何回も同じ手にやられてたまるもんか」と思うようになり、住友林業(株)の営業がどんな手を使ってくるかある程度以上はわかるようにもなったのですが、久保さんのような新人はそのあたりをわからず、実は相手ペースで進んでいるにもかかわらず「がっぷり四つ」で進んでいるみたいに思ってしまう場合があります
   木下さんは気づいたようで、住友林業(株)の営業が住友林業(株)の比較的安いグレードのもので、比較的安いグレードのものでも「標準仕様」に含まれているものを示して、「一条工務店さんでもこれを含んでいるグレードのもので見積もりを出してもらってください」というようなことを言いよったようなのです。木下はそれに気づいて、そのまま、その見込客の向こう側にいる住友林業(株)の言う通りのことをやっていたのではその契約は持っていかれてしまうので、そうではなく、(株)一条工務店で住友林業(株)が出している見積もりと同程度もしくはそれより安いグレードのもので、(株)一条工務店の方が全般的にはいいというもので見積もりを出して、それで話をするべきだと久保に言ったらしい。ところが、久保に(株)一条工務店では安めのグレードのもので出した見積もり作って用意しておけと言ったのに、行こうとすると久保は見込客の向こう側にいる住友林業(株)の営業の言いなりになったごとく、住友林業(株)が出したものよりずっと高い値段のグレードのものでのみ見積もりを作っていた。木下が「住友林業さんと同程度のものということなら、うちならこれになりますよ。これでも住友林業さんより上ですよ」というように話を持って行こうとしたのに、それよりずっと高い価格のもので見積もりを作り、それを「住友林業が見積もりを出したもので『標準仕様』に含まれているものが『標準仕様』に含まれている一条工務店のもの」だとして用意したようで、それを比較されたのなら、同じものが(株)一条工務店の方がずっと高いかのように見えてしまう。なんで、そんなアホなことをしなきゃならんのだ、せっかくなんとか契約に持って行こうとしてやっていたのになんで俺の言うことをきかんのだ・・と木下は怒っていたのだった。しかし、木下が佐野展示場の事務所を出て行った後、久保は「失敗してしまいました」とでも言うかと思ったらそうではなく、「あんなことで起こりまくるとは木下さんは困った人ですねえ」と、そういう口をきいたので、こいつはあかんわ!・・・と思ったのでした。私が入社してすぐの頃、その時の木下みたいに新人になんとか契約を取らせるために同行して契約に持っていってあげようと努力してくれる所長なんていなかった。その後も、私がいた営業所に中途入社で入ってきた人になんとか契約取らせてあげようと木下ほど一生懸命努力する所長はいなかった。それを着下がなんとか契約取らせてあげようとしているのに、なんで、あんた、その所長の言うことをきかないの?  もしも、ある程度以上の契約棟数をある程度以上の期間、継続的にあげてきたという人が、自分のやり方でやりたいから自分のやり方でやらせてくださいというのならそれでもいいと思いますよ。野村のじいさんが書いていた本によると、落合がロッテオリオンズに入団した時、ロッテのバッティングコーチやっていた山内は「かっぱえびせん」と言われてバッティングの指導を始めたら「やめられない、とまらない」という指導熱心な人だったが、話し方に独特なものがあって人によってはよくわからないという人もあったらしく、落合は「すいませんが、自分にはよくわからないので、黙っていてもらえませんか」と言いよったというのだ。入団1年目の選手に「黙っていてもらえませんか」と言われて、バッティングコーチは怒ったかというと、山内は怒らずに黙ってくれたそうで、なおかつ、黙ったかわりに見捨てたのではなく、黙った上で見守ってくれたと落合は後に感謝していた・・・と野村のじいさんは書いていたのだが、その時の落合のように、自分はこういうようにやりたいんだというものがあるのならそれでもいいと思う。しかし、中途入社したばかりで何もわかってない者が、せっかく所長がなんとか契約取らせてあげようと努力してくれているのに、なんで、その所長が言うことを無視するんだ! ・・又、もしも、「副所長」の木下が言った内容が納得いかなかったけれども、木下にそれを言いにくかったとでもいうのなら、それならそれを私に言えば良かったじゃないか。私にそれを話せば、「久保さん、それは・・・ということがあるんですよ」と説明してあげたのだ。それを私にも言わずに、何を勝手なことやってんだよ。だめだ、こいつは!・・と思ったのだった。
  2001年、私が、夜、客宅に訪問して午後9時を少し過ぎた頃に帰ってくると、展示場の事務所には誰もいなかった。その時は誰もいなかったが、「高木のおっさん」(男。当時、50代)はおそらく客宅に訪問に行っているのだろうと思っていたら、まもなく、「高木のおっさん」は帰ってきた。しかし、入社して何か月か経つが契約はあがらない久保はさっさと定時頃に帰宅して家族で団らんしているようだった。契約があがらんと言っていて、さっさと帰宅して家族団欒して悪いのかというと、就業規則の上での労働時間としては終業時刻を過ぎているからには帰ってはいけないということにならないのでしょう。しかし、継続的にある程度以上の契約をあげてきた「高木のおっさん」とか私が、夜、夕食時刻より後の時間帯の見込客宅に訪問したり電話したりしているのに、入社して契約ゼロの男がさっさと帰って家族団欒しているというその状態というのはそれでいいのか?
  そういう時に、「特に仕事がなくても、午後9時までは展示場にいること」というのを実行しておれば、新入社員はある程度以上経験がある営業社員が夜、終業時刻の午後7時より後の時間帯にどうしているか、そこで見ることができるはずなのでした。あんたみたいに、さっさと定時に帰って””家族団欒”” なんてやってないよ・・・ということがわかるはずだが、朝は人より先に出社して展示場の掃除を一人ででもやってくれる人でも、夜もまた人より先に帰って家族団欒している・・というのでは、それを相当長い期間にわたってある程度以上の契約とってきた人がやるのならともかく、新しく入社してまだ1棟も契約もらえていない人がやっているのでは・・、それではなあ・・・・と思いました。
〔 ある程度以上、経験がある人が終業時刻は午後7時である会社において無理に午後9時過ぎまでいる必要はないし、自分で判断して好きなようにすればいいが、(株)一条工務店は「午後9時までは特に用事がなくても会社にいること」などと「通達」などと言って文書にして各展示場に送ってきていたのだが、それは労働基準法に違反する犯罪であるとともに、営業は休むべきところで休んで体力を回復・温存して働くべきところで働けるようにしないといけませんから、必要もないのにそれほど重要性が高くない時間や翌日の比較的早い時間帯に重要な仕事がある時などに会社にいるだけいろというのでは、それは仕事で成果を出すためにという視点でマイナスでしかない。
  又、「午後9時までは会社にいること」としたいのならば、就業時間の方を午前10時から午後7時として毎日最低2時間は労基法違反の時間外労働をしろと「命令」するのではなく、「午後1時から午後9時まで」にするとかすればいいのであり、住宅建築業の会社でもそうしていた会社はあったように聞きます。「午後1時から午後9時まで」なんてそんな就業時間の会社があるか?・・といえばあるはずです。スナック・クラブのホステスなんてのは終業時間は午後7時から午前1時とかで、住宅建築業の営業を「夜の仕事」なんてふざけて言っていたが、スナック・クラブのホステスに比べたら「昼の仕事」です。そこまでいかなくても、午前10時から午後7時までで成り立つ仕事ではないのですから、「午後1時から午後9時まで」とかに就業時間を変えるとかして、「午後9時までは会社にいること」というのなら悪くはなかったでしょう。
  新人は入社してしばらくは、はっきりと用事がある時は定時に帰ってもいいけれども、そうでない時には終業時刻の午後7時を過ぎた後も午後9時くらいまで展示場の事務所にいるようにすれば、ある程度契約をあげている先輩社員が、その時間帯にどういうことをしているのか見ることができる・・ということから、「特に用事がなくても午後9時までは会社にいること」と言い出した人がいたのかもしれない。その意味で言うのなら一理はある話なのですが、それから、「特に忙しい仕事がなくても、毎日、最低2時間は労基法違反の時間外労働・無賃労働をやること」という「通達」になったようで、そこからさらに、営業本部長の天野隆夫が「『労働基準法は守らない』というのが(株)一条工務店の会社の方針で会社のルールだ」という主張にもなり、「労働基準法は守った方がいいと思うのなら、それは『労働基準法は守らない』という””会社のルール””を守れないということなんだから、労働基準法は守った方がいいと思うやつは、会社辞めろ!」という主張になったようです。浜松市はその日本国の法律を守らないのが会社のルールだと主張する反社会的勢力の(株)一条工務店から300億円の寄付を受け取り、それを浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友が大喜び・福島第一原発事故の直後に静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否した静岡県知事の川勝平太が大絶賛していましたが、日本国の法律を守らないのが会社の方針で、日本国の法律を守った方がいいというやつは会社のルールを守れないというやつだから会社辞めろと営業本部長が主張・明言していた反社会的勢力の会社から行政がカネもらって喜んでいたということです。反社会的勢力と手を組む男である浜松市長の鈴木康友という男は、その男も反社会的勢力に準ずる人間と判断せざるをえないでしょう。
  営業本部長の天野隆夫は従業員に無駄な時間外労働をさせて苦しめることにオーナー経営者一族として快感を覚えていたようですが(そういう””趣味””もってる男のようで、かなり性格変わっています、)、又、「労働基準法は守らない」というのが ””企業としてのステータス”” みたいに思っていたようですが、「午後9時までは特に用事がなくても会社にいること」と最初に言いだした人がどういうつもりで言い出したのかわかりませんが、「新入社員は、入社してしばらくの間、特に用事がある日は午後7時の定時に帰ってもいいけれども、そうでない時には、自分自身が営業担当としての仕事がなくても、午後9時くらいまでは展示場の事務所にいるようにすると、先輩社員がその時間帯にどういう動きをしているかわかる場合があります」というのなら、そういうことはあるのです。 〕
   それで・・・。 その時にしても、私が午後9時過ぎた頃に客宅から帰ってきた時、展示場の事務所には誰もいなかったのですが、「高木のおっさん」は客宅に行っているからここにいないのだろうと思えて、久保さんはさっさと定時に帰って家族団欒やってるのだろうと思えたのです。そして、実際、そうだったのです。展示場の事務所にはいないという時に、客宅に行っていていずれ帰ってくるのか、さっさと定時に帰って家族団欒しているのかは、そういうものというのは、ある程度以上、営業やってきた者にはある程度以上のことがわかるのです
   ですから、五十嵐さんも、私の日報を見ても、日報には1分1秒まで詳細に書かれているわけではないとしても、この人なら、この間、こんな感じだったのではないかというのが、ある程度以上わかっていいはずなのです。それをわからん男というのは・・・、この人、自分自身が栃木県地域で長く営業やってきて通算契約棟数100棟越えたという人のはずなのだけれども、それでもわからんのかあ? ・・もしかして、この人、アホとちゃうか・・・? ・・ということになるのです。アホでしょ、他の部分がどうかはさておき、その部分については。

   私が「大学生」だった時に、うちの父親の勤め先の工場にアルバイトに行かされた時があったのですが、工場勤務の正社員の人から指示されて仕事していたのですが、特に指示されるものがなかった時、ウエスで棚など汚れた部分を拭いていたのでしたが、その後、私に指示していた正社員の人から「あんた、さっき、そこを拭いていたけれども、今まで、何人ものアルバイトが来たけれども、何も指示してないのに自分から棚を拭いているアルバイトはあんただけや」と言ってもらったということがありました。上役の息子だからということもあったかもしれませんが、嘘八百言ったわけではないと思います。私は、佐野市の展示場に勤務しているのに、日曜日に、わざわざ、宇都宮市までパチンコに行くような人間と違いますよ。そのくらいのことは、同じ地域で勤務しておれば、わかるはずなのです。それを、それまでパチンコなんてやったこともない、かつ、パチンコというもののやり方を知らない男に向かって、「おまえ、パチンコやってたんだろ。わかるんだからな」て、何それ?  「おまえ、アホだろ。わかるんだからな」と五十嵐に言ってやった方がよかったかもしれません。

   誰もが行きたがらないで、なおかつ、誰かが行かないといけないのなら、それなら私がやるしかないわ・・と思って、「稲尾・杉浦型の発想」をして、佐野から宇都宮まで行った私に向かって、五十嵐はよくもそういう口をきけたものだとあきれる。こいつはアホやな・・とわかった。買いかぶっていたようだった。

 (2021.3.13.)

☆ 会社と営業の話 シリーズ
 [第822回]新卒社員研修で「この会社におる奴はアホばっかしや」と言う外部講師と東京海上火災の営業を「皆さんとは違ってエリートの人」と言う社員教育担当者。 「最近の若い者は甘ったれとる」のか? 「親は子から何かをしてもらった時に気持に喜ぶ」のか?https://shinkahousinght.at.webry.info/202102/article_6.html
 [第823回]電話はいくつ鳴ったら取るべきか。ベルいくつ、何秒かけて相手が出なければ、かけるのをやめるべきか。「自分にかかってきた電話でなくても会社にかかってきた電話は取るべき」ではないのか。配偶者でもない女からひっきりなしに職場にかかってくる電話について、使用者は注意するべきではないのか。居留守使うやつに協力する必要はあるのか。サラ金の督促の電話に他の従業員が出る筋合いはあるのか。https://shinkahousinght.at.webry.info/202102/article_7.html
 [第824回]ある日の営業会議ー「社長の腰巾着」に物言えない所長と「腰巾着」におべっか使おうとする男。世話になってきた営業の担当契約客にお茶の一杯入れて出さない郡山の営業。玄関まで行って他営業の契約客だと戻ってきて外出するいわきの営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_1.html
 [第825回]会社の為に転勤する全国社員を犠牲にする会社、営業本部長の約束を平気で反故にする会社、「契約がすべて」と言いながら契約半分未満の人を「優秀者」とする会社、世話になってる人を世話している者の「応援者」にする会社、自社が作った制度を踏みにじる会社ーある日のリーダー会議【上】https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_2.html
 [第826回]ある日の「リーダー会議」【下】ー勝手に歩合給部分を減額する会社、筋を通して従業員の立場を説明する者と使用者にすり寄って自分だけ好かれようとするクズ、自分だけ使用者に喜ばれようとして失敗した経験を少しも活かさない成長しない男。話のすり替えをして使用者にすり寄ろうとするアンクル=トム https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_3.html
 [第827回]極端に労を惜しむ営業、割が良くない作業は人に押しつける営業と他の営業がやりたがらないことを引き受ける営業。日報ださせてもその内容を見る視力がない所長  〔今回〕
 [第828回]住宅建築業・他の営業と「バッティング」した時に盗られない方法。「あんたのやってた客はやりにくい」という誉め言葉。盗っても自分は契約できない先輩社員の有望見込客を盗ろうとする愚か者営業。ひとの見込客を横取りしようとする者がやりにくいのは横取りしようとする者が悪いと認識できないアホ営業本部長 https://shinkahousinght.at.webry.info/202103/article_5.html 

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