自分自身は体のどこにあるのか。心臓か脳か。脳および神経なのか。肝腎か肝胆か。-私の胆嚢を殺した会社と経営者。

[第810回]2020年の最終日。
  私が小学生の時、1960年代の終わりですが、心臓移植手術というものがされて、その是非が話題になったことがありました。心臓というものを移植していいのかという倫理面と、そして、結果として移植された人が、その後、長く生きて行ければよかったのですが、その時、移植された人は、しばらく生存した後、何か月も経たないうちに亡くなったので、そういう冒険的な手術をして結果として人を死なせたということについての批判もありました。
  ほかの臓器ならまだしも、心臓の移植について、批判されるのは、腎臓は2つあって片方を失っても1つ残っておれば生きていけるらしいのに対して、心臓はそうではないということと、臓器の中でも心臓は大変重要なもので、名称も「心の臓器」という名前であり、緊張した時、興奮した時など、心臓がどきどきしたりする臓器であり、「心をつかさどる臓器」であることから、心臓を移植した場合、もしも、移植が成功して、移植された方の人が、その後、長く生きていけたとして、「心をつかさどる臓器」を移植した場合、その心臓の元の体の人間が生きていて、他の体が心臓に移植されたのか、心臓が心臓以外に移植されたのか・・どちらなのか・・という問題が出てくるのです。
 しかし、物事を考えるのは心臓なのか。物事を考えるのは脳ではないのか・・ということは、その人間の本体は脳か心臓かというと脳であるとすると、脳が移植されたならば、脳以外が脳の持ち主に移植されたということになるが、心臓が脳を含めた心臓以外の体の持ち主に移植された場合には、心臓の方が移植されたということか。・・心臓移植には、こういった議論もされたのでした。
  1970年代前半、私が中学生の時に読んだ「作家で精神科医」の なだ いなだ の『娘の学校』(中公文庫)で、もしも、脳が移植されたならば、それは「脳が移植された」のではなく、「脳以外の部分が脳に移植された」ということだ・・・といったことを書いていた・・と思う。
娘の学校 (1969年) - なだ いなだ
娘の学校 (1969年) - なだ いなだ

  本日は2020年(令和2年)の12月31日、最終日なので、昨年、7月末に胆嚢の摘出手術を受けた後の感想を述べたいと思う。 昨年、2019年は令和1年、とうとう、浩宮さん、「なるちゃん」が天皇へーかになった年だった。歴史学の上においては、年号は元号(げんごう)で考えるのではなく西暦で考えるべきで、その理由としては、
(1)元号では外国との関係を考えることができない。
(2)短期間のものならば元号でも考えることができても、長期のものについては、元号ではいちいち計算しないと何年間か考えられない。特に、明治より前は元号がしばしば変わっているので、その間、何年間なのかといったことを元号では考えにくい。
たとえば、関ケ原の戦いは今から何年前かというと、
2020-1600=420 
で、420年前と西暦だとすぐにわかるが、これを元号で書かれていたのでは、なかなかわからない。
(3)天皇および皇室に関することについて元号で述べるのはいいとしても、何でも天皇や皇室を中心に動いているわけではないので、それを天皇の即位・退位をもとに決められる元号で表記して考えるのは不適切である
・・ということがあり、日本の裁判所が元号の使用を強制しているのは不適当・不適切であり、強制しようとする裁判官は知識人とは言えない・・が、裁判官というのはアホが多いのか元号を強制するが、国民としてはそういったものには拒否・抵抗の姿勢を示さないといけない。又、元号のことを「和暦」などと言う白痴裁判官がいるが、誰が元号を「和暦」などと認めたのだ? 勝手に元号を「和暦」などと決めてやろうとする傲慢な人間は裁判官としては不適格・適性に欠ける人間と考えるべきではないか・・と思うが、そういう人間が現実にいる。 私は元号は使わないとまで考えていないし、それは現実に使用されているものであることと、年配の人には大正から昭和にかけての物事について、元号で話した方がわかりやすいという人が現実にいるということもあるのだが、以上の理由により、西暦を主として元号は従として使用することにしているし、そうするべきであると思う。 日本は、もしも、何でも元号で考えていたのでは、国際的な問題に対応できなくなっていくであろう。
  ・・・そう思うのだけれども、浩宮さん、「なるちゃん」についてはまた別で、どこが別かというと、私と同年代なので、生まれてからその時代を一緒に生きてきた者として、ああ、浩宮さんが天皇になったんだなあ~あ・・・という感慨を持つ。 私が小学生・中学生の頃、プロ野球選手とか相撲取りとかは自分より年上の人間だったし、政治家も自分より年上の人間だったが、いつしか、小松辰雄とか大寿山とか同年代の人間がプロ野球選手になり幕内力士になり、そのうち、引退してしまった。さらにはプロ野球の監督なんてのはじいさんがやるものだと思っていたら、自分と同年代の人間がなり、さらには自分より若い者でなるものが出てきた。政治家というのも、これもじいさんがやるものだと思っていたら、自分と同年代の人間がなり、そのうち、自分より若い者で政治家になる者がでてきた。そして、浩宮さん、「なるちゃん」が、とうとう天皇になった。
  こう言うと、「右翼」の人たちから「『なるちゃん』とは何だあ!」とか言って怒られそうだが、私は親しみをこめて「なるちゃん」と言っている。子供の頃から、「なるちゃん」と聞いてきたのだ。小学生の頃は、浩宮さんが何何をやった・・とかいう報道が出ると、母親から「負けてはいけません」とか言われて、それ以上の成果を出すように要求された。高校生になると、浩宮さんというのは、間違いなく学習院大学に進学するから、もしも、浩宮さんと同じ大学に行きたければ学習院に行けばいい・・・と聞いたが、誰がそんなもの行くか・・・と思ったものだった。「裏口入学」にしても、頭狂大学とか狂徒大学とかに裏口というより別口で入るのなら、ずっこいやんけえ・・とか思うかもしれないが、学習院なら・・まあ、いいんじゃない・・というのか、一生懸命、勉強して東大とか京大とかに行けるくらいの状態になったとしても、それでも学習院にしか行かせてもらえない立場の人が学習院大学に「別口」で入ったとしても、特別に得しているというわけでもないだろう・・し、そもそも、学習院というのは、もともと、皇族などの人が行く学校として作られたものであって、そこに最近では貧乏たれの息子でも行くようになったというもので、皇族が学習院に「別口」で入学しても、もともと、そういうものなのだろう・・・と思った。
  関西医大http://www.kmu.ac.jp/ とか帝京大医学部https://www.teikyo-u.ac.jp/applicants/faculty/medicine_d とかそういう所に医者屋の息子が裏口入学で入ったとしても、そこの学校はもともとそういう学校であって、医者屋の息子でもそうでない人間であっても、実力で合格して大学に進学しようというガチンコの人間は、医学部に行くにしても、国立大学の医学部か、分類では私立になるが設立母体から考えると公立みたいなものである自治医大とか、「大学」ではなく「大学校」に分類される防衛医大とか、私立でも慶應大の医学部とか、慈恵医大とか特に寄付金払わなくても試験で合格最低点より高い点数を取れば入れてもらえるらしい大学に行けばいいことで、関西医大とか帝京大医学部とかいうのは、もともと、医者屋民族で八百長の人間が行く大学であり、非医者屋民族が行くべき所ではないし、ガチンコの人間が八百長グループの大学に行く必要はないことであり、もともと、そんな「大学」あるとは思ってないのだから、関係ない。皇族が学習院に「別口」で進学するというのはそれよりはよっぽどまともなことだ。 私立金権関西医大とかいうのは、もとから医者屋が「患者」を薬漬け・検査漬け・毒盛りして貯め込んだカネの一部分を「大学」に「お・す・そ・わ・け」「お・も・て・な・し」して入る「大学」であり、「入学後、医療に尽くしたい」だのと勝手なこと言うやつもいるらしいが、おまえがそこに入学するために、何人の患者が毒盛りされたことか・・ということを考えれば、そいつが関西医大に入学したということが反医療であり、関西医大などという「大学」の存在が医療の敵であり、反社会的勢力なのである。そういう私立金権裏口医大などというものは、ガチンコの人間にとっては最初から対象外・問題外であるのと似た感じで、学習院というのは皇族などのための学校であり、ガチンコの人間にとっては「あんまり関係ない」大学だった。
大学医学部―80大学医学部・医科大学の実態 (1981年) - 保阪 正康
大学医学部―80大学医学部・医科大学の実態 (1981年) - 保阪 正康
大学医学部〈続〉 (1982年) - 保阪 正康
大学医学部〈続〉 (1982年) - 保阪 正康
医界、腐蝕の構図 (1984年) - 保阪 正康
医界、腐蝕の構図 (1984年) - 保阪 正康
  ガチンコで京大・東大などに行こうとする者にとっては、八百長で関西医大や帝京大医学部に行くやつなんてのは、そういう人間というのはまさに「民族が違う」のである。 自分とは関係ない話だ。八百長で東大でも入りよるのなら、なんやんねん! ずっこいやんけえ! と思うところだが
〔阪神淡路大震災の後、神戸地域の大学受験生に対して、大学入試で他の受験生よりも試験時間を延長したという大学が国立大学でもあったが、バカなことをやるものだと思った。特に、数学などは、東大・京大の数学はもとから満点とれるという前提で問題は作られていないが、試験時間がひとより長ければその分だけ有利になるはずで、通常の試験時間でよりも高い点数を採れた者もいたのではないかと思うが、社長の息子とか医者屋の息子とかで、灘高校とかに行っていて、関西に戸建住宅を持っていて、東京圏に高級マンションを持っているような社長とか医者屋とかの息子が、神戸地域が大変な状況になった・・となると、東大うける前に東京圏の高級マンションに住まいを移して受験勉強に専心するような、そういうやつに、なんで、試験時間延長なんてしてやらんといかんねん! そんなことするなら、俺になんとかしてほしかったわ。・・だいたい、家庭環境とかはそれぞれの家庭によって違うとしても、我が家はあまりにも不利だった・・が、そういうのは証明するのが難しいとしても、1980年、共通一次試験で選択した理科の物理・化学は、物理・化学・生物・地学の4科目の中で平均点が低い方の2つ、社会科の日本史・世界史は、日本史・世界史・地理A・地理B・倫理社会・政治経済の6科目の中で、日本史が難問だらけで平均点が一番低く、世界史は平均点は低い方から3番目だが「世にもまれな奇問・悪問だらけ」と言われた。選んだ科目によって、難しい問題が出た科目・易しい問題が出た科目があるというのは「あること」かもしれないが、その差があまりにも大きかった。いくらなんでも、あんまりだと思ったし、「少々の差」ならしかたがないとしても「相当の差」があったのなら、「平均点調整」してくれても良さそうに思ったがしてもらえなかった。それから考えても、社長の息子とか医者屋の息子とかで、阪神地域に戸建住宅を持っていて東京圏に高級マンション持ってるとかいうやつの息子とか、たとえ、東京圏に高級マンションもっていなくても、「カネは有り余ってる」ようなやつで、東京の帝国ホテルとかホテルオークラとかの部屋を、もしくはシェラトンとかヒルトンとかいうホテルのスイートルームとかそういう所を何日間か確保して住めるようなやつというのに、なんで、「試験時間延長」なんてしてやらんといかんねん!!! 何をアホなことやっとんねん! むしろ、試験時間縮小したれ! 何が「被災者救済」じゃ!!! それこそ、ずっこいやんけえ!!!・・・と思ったが〕、
「無気力相撲」で私立金権関西医大に行ったやつがおった・・としても、「ああ、そうでっか」というくらいのものでしかなかった。もっとも、医者屋民族・「無気力相撲」グループとしては、彼らにとってはガチンコの人間が「腹立つ」らしかったが、なんで、腹立つねん、逆ならわかるが・・というのはそれはガチンコの人間の感覚であって、医者屋民族としては「無気力相撲」で私立金権関西医大などに入学することが「王道」「正道」「本筋」であり、ガチンコで国立大学に入ろうとする者というのは「頭、固いなあ」「そういうことでは、ろくなことないぞお」とかなんとかかんとかきんとかくんとか言いまくって足ひっぱってやろう・足ひっぱってやらなきゃ気がすまない・・というそういう存在だったようだ。1980年前後、うちの父親の「親友」で医者屋のM川という男(当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住)がいたのだが、M川もそういう人間だったが、ガチンコの人間からすると、けしからんやつだと思うのだが、医者屋民族・「無気力相撲」グループからすると、ガチンコで大学に入学しようとする人間の方がけしからん! という感覚だったようだ。私立金権裏口医大 に比べれば、皇族が行く学習院の方が、よっぽど「健康的」である(^^)/
  ・・そのうち、浩宮さんの結婚相手がなかなか決まらんという話が出てきて、「3高」が男の結婚の条件としていいと言われるが、浩宮さんはどうかというと、年収はこれは親方日の丸で、住んでいる家は広いし、クルマも運転手付きのクルマがあるし、年収は高い。職業は安定している。しかし、身長は日本人の男性としては低めであり、学歴は学習院では、東大・京大や早慶に比べて劣る・・・とか週刊誌の記事に出ていたのを見たことがある。そのうち、なんとか結婚はしたものの、嫁さんがどうもうまくいかんみたいで、なんだか、「お互い、なかなか、うまくいきませんなあ」て感じで、ラポールを感じたものだった。結婚後、嫁さんを守ろうとした発言が出たりして、そのあたりは、浩宮さんもなかなかいいところあるじゃないか・・と思ったこともあった。その浩宮さん、「なるちゃん」が天皇になったのが昨年、2019年だったが、その浩宮さんが天皇に即位した年に私は胆嚢を失った。私の胆嚢は私と同年代の浩宮さんが天皇に即位した年に死亡したのだ。

  ・・昨年、2019年7月下旬、夕方、腹部に激痛を感じ、最初、下痢か便秘か何かその類かと思って排便したが、それでも激痛は治まらず、吐き気もして、吐けばそれで楽になるかと思って吐いたが、それでも治まらず、また、胸のあたりから腹にかけての全域での痛みで、どこが悪いのかも自分でわからず、一晩、寝ればなんとかなるだろうと思ったが、横になった姿勢ではかえって苦しく、翌朝になったら医院に行ってみようと思って我慢していると、そのうち、我慢もできず、どこが悪いかわからないまま、救急車というのは家族と一緒に暮らしている人間が119番の電話をすると来てくれるけれども、一人暮らしの人間が電話をしたのでは、「電話、できるのに、なんで、救急車がいるんですか」とか言われるのではないかと思ったが〔実際、私は1989年だったと思うが、千葉県流山市に住んでいた時に言われた経験があるのだ〕、ともかく、電話してみようと思って119番にかけると、すぐに来てもらえて病院に運んでもらえた。
  どこが悪かったかというと、胆嚢に「石」があったのだが、それは前から内科で診察してもらって、胆嚢に「石」が4つあると聞いていたが、胆嚢に「石」があっても、特にそれでどうということはなかったのだが、昨年、「どうということはない」ことなくなってしまったようだった。 痛み止めの注射をしてもらって、翌日、手術を受け、「石」を摘出するのではなく胆嚢そのものを摘出した。 手術直後は安静にしてベッドから動いてはならないということで、その後、病棟内を歩く練習をして、1週間後、なんとか、自力で退院した。
  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の営業本部長の天野隆夫が、「おまえ、独身なら暇で暇でしゃあないやろ」とか「おまえ、独身ならカネいらんやろ」とか、次から次へと、よくもそこまで言えたものだ・・と思われる文句を私に言いまくってきたのだが、まあ、よくそこまで言うものだと思う。天野隆夫は「女の子には、気を配って気を配ってしてやらないと辞めてしまうから、気をつけて気をつけてしないといけないんだ。それに対して、男は辞めないから、男には何を言ってもいいんだ」と言っていたのだが、私は天野隆夫に何を言われてもいいなどと言った覚えはないし、「男には何を言ってもいい」という天野隆夫の認識は異常である。 又、女性でも、職場で嫌なことがあっても我慢して勤務している人もあるわけで、片方で「や~めま~すよお。わたし、や~めま~すよお♪」と言えば、周囲のアホな男やアホな上役が一生懸命機嫌を取ってくれると思いこんで、「や~めま~すよお。わたし、や~めま~すよお♪」と言いまくるバカ女症候群・・・というのか、「元検事総長の根来 元プロ野球コミッショナーみたいなやつ!」というのかもいるわけで、片方で天野隆夫が「機嫌をとって機嫌をとってしてやらないといけない」というバカ女症候群がいて、他方で「何を言ったっていいんだ」と天野隆夫が明言して、いくらなんでもそこまで言うか!?! ・・というようなことを言いまくる相手というのがいる・・・というのが、それが天野隆夫という男で、それが(株)一条工務店の経営者だった。
  しかし、独身の人間というのは楽なのか・・というと、ちっともそんなことはない。転勤するのに引越の手配をするにしても、部屋を片付けるのも、妻帯者は嫁と協力してやればいいところを一人でやらないといけない。子供がいても、産まれたばかりの子供ではなく、小学校高学年以上の子供ならば、荷物を作ったり部屋の掃除をしたりするのには役に立つはずだ。電気・水道・ガス・電話の停止と開始の手配も、住民票を移す手配も妻帯者は嫁と一緒にやればいいところを一人でやらないといけない。独身の人間は楽だなどということは絶対にない。ハタチで結婚したという天野隆夫は、低学歴の人というのは結婚が早い人が多く、その結果として、その逆の人間をやっつけたがる症候群になるようだが、その「症候群」の天野隆夫は、この人がこの会社では上役なのだから、少々のことは我慢もして・・と思って我慢していると、「少々のこと」でなくなる。むしろ、我慢していると、この人間はいくらでも我慢する人間だと思うようになるらしい。上役であろうが何であろうが、人間言っていいことと悪いことがあるし、やっていいことと悪いことがあるはずだが、いくらなんでも、それはいかんだろう・・ということを言い、それはいかんだろうということをやりたがるシンドロームの「重症患者」が天野隆夫という男だった。
  又、天野隆夫は「おまえ、独身ならカネいらんだろう」などとよくもまあ、そういうことを言うものだと思うことを言いまくるのだったが、20代なかばくらいで、片方ですでに結婚して子供があるという人間がいて、他方でまだ独身の人間がいたとすると、結婚して子供もある人間の方が子供にお金がかかって大変ということはあるかもしれないが、30を過ぎて独身の人間というのは、その後、結婚して子供ができるケース、その後、結婚するが子供はできないというケース、その後も結婚できずに独身で過ごすケースのいずれのケースで見ても、若いうちに結婚して子供ができてその子供が大きくなってきたという者よりも、おカネがかかるし必要なはずだ。天野隆夫はよくもまあ無神経なことを次から次へと言えるものだとあきれる。いったいどういう育ち方をしたのか。あまりいい育ち方をしていないのではないか。
  病院では、「退院する時、家族の方、どなたか来てもらえますか」と言われたのだが、来てくれる人間として思い浮かぶ人間がいなかったので、「ひとりで退院されてもかまいませんけれども」とは言われたので、誰にも来てもらわずに退院した。・・・しかし、「単にしばらく入院しただけ」の入院ならば、一人で退院してもいいのだろうけれども、手術をして、その後、「安静にしておかないと合併症をおこす危険がある」とう期間があり、そして、少しずつ歩く練習をして、病棟内なら歩けるかな・・というくらいにまでなっての退院・・という場合、自宅から病院までは救急車で行ったのだから、病院から自宅までタクシーで帰れるだろうと思ってタクシーに乗るつもりで病院を出て、駅まで遠くないので歩いてみるかと思って歩き、そこから1駅乗った駅からタクシーに乗るかバスに乗ってバス停から歩くか・・と考えて、ここまで歩いてこれたのなら、バス停から自宅までも歩けるのではないかと思って、こわごわ歩いて帰ったのだが・・・、家族と一緒に暮らしている人間は、そういう場合に誰か迎えに来るものだろうなあ・・と思った。
  私が大学生だった時、うちの父親が何の手術だったか大阪市内の病院に入院した時、私が着替えなど持って行ったりしたのだが、その後、1990年代の初めに他界する前、母が「前に入院した時には〇〇が大学の夏休みでいたから病院まで着替えとか持って行ってくれたけれども、今は勤めて離れた所にいるから、それは頼めないから」と言ったところ、うちの父親は「そんなもん、病院に来てもらったことなんてない~い! そんなもん、〇〇にやってもらったことなんて、何ひとつない~い!」と言うので、「どうしてよ。病院に着替えとか持って行ってもらったでしょう」と言っても、「知ら~ん! そんなも~ん!」と言いよった・・・というので、なるほどなあ、あのおっさんはそういうおっさんやったなあ~あ・・・と思ったものだった。
  退院した時、医師から、特にやってはいけないものはないと言われたのだが、それでも、腹を何か所か切ったわけで、大丈夫か不安だった。又、1週間、病院で寝ていた人間が、外を歩くのは、特別のことをしているわけではなくても不安があった。 腹を切った後なので、荷物を持つのが不安で、その後も、スーパーやホームセンターなどに買い物に行った時、それまでは籠を手に提げてあるいたが、手術の後は、手押しのカートに籠を載せて歩いた。今でも、どうも、スーパーやホームセンターの籠が苦手で、少量の買い物でもカートに籠を載せて買い物をしている。 だから、特に何もなくても、「単に少々の期間入院しただけ」の入院ならまだしも、「何か所か切る手術をしての入院」で「短期間でも安静の期間があった」という入院をして退院する時は、できれば、誰か家族が迎えに行くようにした方がいいものだと思った。 天野隆夫は、自分がハタチで結婚したものだから、その人間を基本にして考える姿勢があり、又、「おまえ、慶應大学を出てるんだから、おまえが何でも我慢しろ」とかそういうことを言う男であり、私には何でも我慢をさせまくってきたが、こういう時も、家族と一緒に暮らしている人間ならば、誰か迎えに来るものなんだなあ・・・と実感した。
  (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、「ぼくは学校でてないから、だから、気さくで人間性が優れているんだ。そう思うだろ。おい、『思います』と言え、ぼくが『思います』と言えと言ってるんだ。思いますと言えよ。おい、思いますと言え」と言って、私は、無理矢理、「思います」と言わされたのだが、ああいう人間のいったいどこが「気さく」でどこが「人間性が優れている」のか、さっぱりわからん。そもそも、そうやって、ひとに無理に「思います」と言わそうとするあたり、やっぱり、中卒のおっさんやなあ・・という感じがする。

  2019年8月の初めに退院して、その後、約1ヵ月後、約2か月後に外来診療を受けた後、その後は、普通に生活していいと医師から言われたのだが、それでもやっぱり不安はあった。 胆嚢を失っても生きていけるというのだが、又、胆嚢を摘出したからといって食べ物の好みが変わるということはないと医師から言われたのだが、そう言われても、多少、食べ物の好みは変わったところがある。特に、カツ丼・ソースカツ丼というのは食べられなくなってしまった。ソースカツ丼というのがけっこう好きだったのだが、どうも、食べる気にならない。
  何をやってもいいと言われ、むしろ、少しずつ、体を動かす練習をした方がいいと言われ、水泳などはいいと言われたのだが、ところが、温水プールに行ってバタフライをやって帰った後、どうも、腹のあたりが「痛みの直前」みたいな感覚があって、「何をやってもいい」と言われたが、やっぱり、いかんか・・・という感じで、その後、回復したのだけれども、どうも、怖くて、クロールや平泳ぎ・背泳はできても、バタフライは・・・、プールに行っても水泳選手でもない人間でバタフライをやる人はあまりないので、「どんなもんじゃ~い♪」て感じでバタフライで泳ぐのが好きだったのだが、又、バタフライというのはやり方を覚えるとそんなに難しいわけでもないので、けっこう好きだったのだが、それができなくなってしまった。 その後、コロナウイルスの問題で公営の温水プールが閉鎖されてしまったこともあり、しばらく、水泳はしていないが、平泳ぎやクロールはできても、バタフライはどうもやるのが怖い。
  又、自宅で体力づくり・・・というよりも体力の衰えを防ぐつもりで、腕立て伏せとか腹筋運動とかやっていたのだが、手術後、特に腹筋運動は怖くてできない。 ロスタンの戯曲『シラノ・ドゥ・ベルジュラック』に「詩人で名剣士、科学者で、しかも音楽家」というシラノについての文句があるが、私もそのつもりでいたのだが、プロの声楽家ではないが、声楽家のようなつもりで歌ってきたのだけれども、腹部を動かすのが怖くて、発声にも影響が出ている。 医師は「何をやってもいい」「特にやってはいけないということはない」と言うのだけれでも、1年と何か月か経った今でも、腹部を動かすような動きは怖い。

  結局、私は還暦よりも前に胆嚢を失った。 胆嚢を失っても人間は生きていけるらしいが、それでも、生まれてからともに生きてきた胆嚢を還暦よりも前に失ってしまった。 私は今も生きているから、胆嚢を失ってもいいのか。 そういう問題ではないと思うのだ。
  もしも、心臓を失ったなら、失った状態では生きることはできない。脳を失ったら、生きることができないか、生きていても「植物状態」になるかだろう。 それに比べれば、胆嚢を失ってもいいのか。 そういう問題ではないと思うのだ。

  人間の本体はどこなのか。 脳なのか、心臓なのか。 もしも、脳だとしたならば、頭部にある脳だけが物事を考える部署なのか? 私の場合は違うと思っている。 『ドラゴン桜』で、数学の教師が卓球のラケットを持って、卓球の球を打ち返す要領で数学の問いに答える・・という指導をする場面があるが、たとえ、スポーツではなく、学問的なものでも、考えているのは頭だけではなく全身で考えているということはないか。
  人間には、何種類かのタイプがあり、私は自分を「文武両道型文治派」と考えているのだが、そうでない人にはどういうタイプがあるかというと、「フォアグラ型文治派」の人があり、「文武両道型武断派」とか「完全スポーツマン型」の人というのがいる。 50代から司法試験をめざして合格した加藤さんという人が、試験勉強の途中でも、毎日、何キロ走り、嫁さんとテニスをやったとか書いていたが、加藤さんも「文武両道型文治派」の人なのではないかと思う。 体力維持のため・・と書いていたが、それだけではなく、それがその人の生活リズムなのだと思う。
弁護士をめざして56歳からの挑戦―司法試験一発合格 - 加藤 裕治
弁護士をめざして56歳からの挑戦―司法試験一発合格 - 加藤 裕治
加藤さんも私と同じ「文武両道型文治派」のタイプだと思う。私よりも「武」の傾向が強いかもしれない。私なら、何キロもは走らないのではないかと思う。 それに対して、「フォアグラ型文治派」の人というのも世の中にはおり、そういうタイプの人は、加藤さんのように、毎日、走ったりはしない。フォアグラみたいなものだ。
  知らない人のために説明すると、「フォアグラ」というのは「世界三大珍味」だか言われているが、鴨を体の下の方を土の中に埋めて動けないようにした上で、エサをたらふく食べさせて、人工的に肥大した肝臓にさせ、その人工的に(というのか、病的に)肥大した鴨の肝臓というのが、それがおいしい・・・と「食通」と言われる人は言うらしいのだ。私は、なにしろ、プロレタリアートであり、そんなもの、食ったことないし、今後も食うことはないと思うので、おいしいのかどうかなど知らないが、フォアグラというのはそういうものを言う。そんな感じの人間というのも、世の中にはいる。 「文武両道型文治派」の私は、あまり、体を動かさないと、体調が悪いし気分も良くない。 多少は体を動かした方が頭の働きも良くなる・・・ような気がする。 それに対して、「フォアグラ型文治派」の人はそうではないようで、フォアグラみたいな状態がその人にとっては普通のようだ。 「文武両道型武断派」とかの人・「完全スポーツマン型」の人はスポーツが好きで、たとえば、「きょうは、あんまり、気分が良くないから、だから、筋トレやろ♪」なんて人がいるのだが、私のような「文武両道型文治派」の人間にはそういう発想はない。 「きょうは、あんまり、気分が良くないから、だから、筋トレやろ♪」・・というのは、それは「文武両道型武断派」か「完全スポーツマン型」の人の発想で、私のような「文武両道型文治派」は、多少は体を動かさないと調子が悪いが、「きょうは、あんまり、気分が良くないから、だから、筋トレやろ♪」ではなく、毎日、ある程度は体を動かそうと考えているけれども、「きょうは、あんまり、気分が良くないから、だから、きょうはやらなくてもいいかな」・・て感じで、そのあたりに、「文武両道型文治派」と「完全スポーツマン型」の違いがあるのではないかと思う。 プロ野球選手のゴルフ大会なんて話を聞くことがあるのだが、なんで、あんたら、野球やらずにゴルフなんてやるの? 同じ球技やるならゴルフやらなくても野球やればいいのとちゃうの? ・・と思うが、野球やったら仕事になってしまうので、それでゴルフなのか。 それなら、普段、スポーツを職業にしている人間は、娯楽・親睦にはゴルフなんてスポーツじゃなくて、何かスポーツでないものやったらどうなの・・・と思うが、そのあたりが、「完全スポーツマン型」の人間は、趣味・娯楽・親睦やるにしてもスポーツになる・・ということか。 
  それで・・・、これは感覚的なものであって、科学的に理論づけられたものではないのだけれども、私のような「文武両道型文治派」の人間は、何かを学ぶにおいても、頭だけではなく頭以外の体も使って考えたり記憶したりしているのに対して、「フォアグラ型文治派」の人というのは頭だけで考えたり記憶したりしているのではないか・・と思うのだ。そんな感じなのだ。高校の時、1時限目が体育だと、うちの母親が「高校は勉強する所であって体育する所とは違うんだから、1時限目が体育なら出なくていいでしょ」と言って家を出してくれなかったのだが、そういうのは嫌だった・・が、我が家はそういう家庭だった。高校2年の時の担任の教師だった旧姓S野礼子が、その1限目の途中に学校に向かっていた私の後ろから出勤してきて、「〇〇くん、遅刻? きょうは、体育は欠席なの?」と言うので・・・、あれ? こっちが遅刻なら、あんたも遅刻と違うのか? こっちは高校に働きに行ってるのではないが、あんたは高校に働きに行って給料もらってるのと違うのか? 労働者としての始業時刻に遅刻してるのはあんたと違うのか? ・・と思ったことがあった。すでに、高校の敷地内にいる人間が登校してきた学生に言うのならわかるが、私よりも高校と逆側、駅の側から歩いてきた女がそういうことを言うので、あれ? ・・と思ったことがあった。旧制S野礼子は、私が入学した年の入学式に、「海外旅行に行かれておりまして、本日は欠席です」と校長先生だったかが紹介されたのだが、入学式の日に有給休暇とって海外旅行の行く教師て・・どうなんだろ。 担任もってる教諭が有給休暇とって海外旅行に行って欠席しているような入学式に、高校生が出席する必要があるのだろうか? 教諭が有給休暇とって海外旅行に行っていないような入学式に、親が有給休暇とって会社を休んで出席する必要があるのだろうか? そういうことをする教諭というのは、有給休暇というのは、夏休み・春休みの長期休暇と別に取得する「労働者の権利」とか思っているのかもしれないが、親の方は教諭が欠席していない入学式に、会社を有給休暇とって休んで出席する義務があるのだろうか? 義務まではないとしても、北野高校の入学式のために、会社を有給休暇とって休んで入学式に出席した親に対して、親が危篤だとか子供が交通事故にあったとか本人が急な体調不良だということならしかたがないが、もしくは、最近の「日の丸・君が代礼賛式」になった「入学式」もどきは有給休暇とって海外旅行にでも行ってやるのがふさわしいという意思で休むのならそれはひとつの考え方であろうけれども、そうでもないのに海外旅行に行くために有給休暇をとって入学式を欠席するというのは、その教諭は失礼だと思わないのだろうか・・・? ・・と思うのだが、そういう感覚がない女が高校2年の時の担任で、私としては「体育の授業くらい出席させてあげてください」と懇談の時でも話してくれないものかと思ったが、懇談の時になると、親に何でも同調する女で、それが高校教諭の処世術と考えているバカ女症候群の女だった。
  それで・・・、私のような「文武両道型文治派」の人間は、学問的なものをやる場合でも、お勉強をする場合でも、頭だけで考えたり記憶したりするのではなく、頭が中心でも頭だけでなく体全体で考えたり記憶したりしているように思うのだ。 それに対して、「フォアグラ型文治派」の人というのは、頭だけで考えて頭だけで記憶している。 そのあたりが、なんだか、「文武両道型文治派」の人間と「フォアグラ型文治派」の人間とは、別の動物みたいな感じすらする。 「完全スポーツマン型」の人間、昔、ラジオの野球中継で、オールスター戦の中継で、ゲストの誰だったか芸能人が「プロのピッチャーというのは、よくこれだけ速い球を投げますね。また、バッターはよくそれを打ちますね」と言ったところ、解説者の江本孟紀が「ええ、そりぁもう、なにしろ、それしか知らんのですから」と言った(笑)・・ということがあった。『シェイプアップ乱』という漫画に、「走るためだけに生まれてきた女 カール=ルイ子」なる女が登場し、「人は彼女のことをこう言う。『走るために生まれてきた女』ではなく『走るためだけに生まれてきた女』と。『だけ』と」という文句が書かれていたのだが、そこまでいかないかもしれないが、頭で考えるのではなく、体だけで考えているのではないかという感じの人もいないことはない。 
  自分というものは、心臓にあるのか脳にあるのか。 脳にあったとしても、脳て何なんだ? 脳とは神経の集合体だとすると、神経があるのはその「集合体」の脳に多くても、脳以外にも神経があるわけで、「フォアグラ型」の人の神経は発達しているのは脳だけで脳以外の神経は退化しているかもしれないが、「文武両道型文治派」の人間は、脳の部分の占める割合が比較的大きいとしても、脳以外の体でも「考える」「記憶する」という作業をしている部分があるような感じがするのだ。 だから、「考える」「記憶している」部分が自分だとすると、「フォアグラ型」の人は脳だけが自分というものかもしれないが、「文武両道型文治派」の人間にとっては、脳だけではないはずなのだ。

 「肝腎かなめ」「肝心かなめ」という言葉がある。特に大事なもののことで、「肝腎」とは肝臓と腎臓、「肝心」とは肝臓と心臓のことである。そういう言葉あるように、臓器でも、肝臓・腎臓・心臓の3つは特に重要だということだ。
  もうひとつ、「肝胆あいてらす」という言葉もあるが、この「肝胆」とは肝臓と胆嚢のことで、やはり、肝臓と胆嚢は近い場所にあるとともに、重要だから、「肝胆あいてらす」という言葉があるはずだ。
※ 肝胆(かんたん)・・・1.肝(きも)と胆(い)と。 2.心。心の底。
肝胆相照らす・・・互いに真心を打ち明けて親しく交わる。
※ 肝心・肝腎(かんじん)・・・(肝と心と、また、肝と腎とはともに人体に必要であるからいう)肝要。大切。必要。
肝心要(かんじんかなめ)・・・きわめて肝要なこと。
 ( 新村 出編『広辞苑 第二版』岩波書店 )

  脳と内臓とでは、脳は思考に大きな影響を与えるが、内臓は感情に影響を与えるのではないか、とも思う。内臓が快調であれば、気持ちも前向きになり、その結果として、脳の働きも良くなる可能性がある。
  「フォアグラ型」の人はどうか知らんが、「文武両道型文治派」の人間にとっては、頭だけで思考するわけではなく、腕や足の神経も頭とつながっているので、腕や足腰の調子もいい方が頭も快調になる・・ような気がする。

  それで、胆嚢を失ったとしても、人間は生きていける・・というのは手術してくれた医師から聞いた話であり、現実に今も生きているのだけれども、それなら、胆嚢はなくてもいいものなのか。 そうではないと思う。 胆嚢を失ったけれども、同時に《「石」が4つ入っていた胆嚢》もなくなったので、もう、胆嚢に「石」がつまって痛い思いをすることはないだろう。 しかし、失った胆嚢というのは、それは爪とか髪とは違うのだ。 爪が伸びた時に切っても体の一部分を失ったわけではないし、髪が伸びた時に散髪しても体の一部分を失ったわけではない。しかし、胆嚢を摘出して、胆嚢を失ったというのは、それは私の一部分を失った、ということだ。 胆嚢以外の部分が私であって、胆嚢は私ではない単なる道具であったわけではない。 胆嚢以外の部分と胆嚢との両方が私だったのだ。 だから、胆嚢を摘出し、胆嚢がなくなったというのは、私の一部分が死亡したということだ。 胆嚢を失っても、胆嚢以外の部分が生きていけたとしても、私の一部分が死亡してしまった、ということは間違いないのだ。

  移植となると、もしも、脳以外の体の一部分が移植されて、手術が成功して、手術後、元気に生きていけたとしたならば、生きている人間は、脳の元の持ち主の方か移植された臓器の元の持ち主の方かというと、基本的には脳の持ち主の方ということになるだろう。 しかし、その場合でも、移植された臓器は、元のその臓器の持ち主の体の一部分を預かって、そこで共に生きているのであって、脳の持ち主が生きていて、臓器の持ち主は何の関係もないということではないように思う。

  私の父親というのは「わしは人に号令かけるのが得意やねん。人間というものはな、人に命令し号令かけるのがふさわしい民族・階級と、常に人から命令されて号令かけられるのがふさわしい民族・階級との2種類に分かれておってな。 わしとかM川先生(父親の「親友」の医者屋)とかはドイツ人でアメリカ人の民族で人に命令し号令かけなければならないと『天の神さま』から決められて産まれてきた人間で、あんたあはチャンコロ人で、チャンコロは人から命令されて号令かけられるのがふさわしい民族であって、チャンコロは命令されたり号令かけられたりするのが何よりもうれしいねん。そやから、あんたはチャンコロやから、号令かけられることが何よりも快感、快感、うれしい、うれしいという人間やねん、あんたはあ!!! わしとあんたは民族が違うわけや。そんで、わしは慶應の階級であんたは浪商の階級の人間やねん。これは『天の神さま』というお方がお決めになったことであって、『天の神さま』が決められたことを人間が変えようと思っても、決して変えることはできないし、また、変えようとする者を『天の神さま』は決してお許しにはならんことなんや。わかっとんのか、浪商! このチャンコロ!!! わしは慶應やぞお、わしはあ! わしはおまえとは違って慶應やねんぞ、慶應! わしは慶應やぞお、わしはあ! おまえとは違うねんぞ、おまえとは、この浪商! この浪商めが、この浪商チャンコロ」と、私の眼を指で突き刺すように指さして、毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言い続けてきた。「わしは慶應やぞお、わしはあ! わしはドイツ人で慶應やねんぞお、わしはあ! おまえはチャンコロで浪商やねんぞお、おまえはあ! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな!」と毎日毎日言われてきた。
  「民族の違いを忘れるな!」「階級の違いを忘れるな!」と言われ、それに対して「民族の恨みを忘れるな!(不忘民族恨)」「階級の苦しみを忘れるな!(不忘階級苦)」と思い続けてきた。「『天の神さま』は、この『天の神さま』がお決めになった地上の掟を変えようとする者を決して決してお許しにはならぬぞ、チャンコロ!!!」と言われたのに対しては「造反有理(反逆には理由がある。反逆は正しく抑圧は間違っている)」「革命無罪(革命は無罪である)」と思ってきた。
毛沢東 (文庫クセジュ) - フランソワ・マルモール, 杉辺利英
毛沢東 (文庫クセジュ) - フランソワ・マルモール, 杉辺利英
中国の旅 (朝日文庫) - 本多 勝一
中国の旅 (朝日文庫) - 本多 勝一
   私はそういう家庭で暮らしてきた人間であり、毎日毎日、「撃ちてしやまん! い~ちおく、火の玉ぁ~あ! とってちってたあ~あ!」と言われ、「贅沢は敵だあ! とってちってたあ~あ! 贅沢しとらんやろうなあ、贅沢は。決して決して贅沢してはならんぞ、チャンコロ!」と言われ、「木口小平は死んでもラッパを話しませんでしたあ~あ! とってちってたあ~あ!」と言われ、「どんがん、どんがらがったちゃちゃちゃちゃちゃああ~あん、じゃあ~あ♪〔⇒《YouTube-<軍歌>軍艦行進曲(軍艦マーチ)》https://www.youtube.com/watch?v=mTwUiUCO7l0 〕」と言われ、「朕思うに我が皇祖こ~そ~はあ、わしに孝に、わしに孝に、わしに孝に、わしに孝に。わしに、わしに、わしに、わしに、わしにじゃわしにい! わしにわしにわしにわしにい~い! とってちってたあ~あ!!!」と、朝昼晩と言われ続けてきた。そういうことを言われると、そして、軍艦マーチを歌ってきかされると、ソビエト連邦 抗日パルチザンの歌とかでもお返ししたくなるものだが〔⇒《YouTube-【ロシア語】野こえ山こえ (По долинам и по взгорьям) (日本語字幕)》https://www.youtube.com/watch?v=ttg_ctf9cGM 〕・・・、我が家はそういう家庭だった。毎日毎日、ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに、「会社のために、会社のために、わしのために、わしのために。すべてをすべてを会社のために、すべてをすべてをわしのために! とってちってたあ~あ!!!」と言われ続けてきて、今もその文句が耳元でわんわんうなっている。
   毎日毎日、そういったことを聞かされてきて、「会社っちゅうところ」に勤めたら、リゲインのように働かなきゃならんもんか・・という意識が無意識のうちに植えつけられてしまった。〔⇒《YouTube-リゲイン24 CMメーキング♪ CG無し!》https://www.youtube.com/watch?v=-I56OyNhd7E 〕
MJ-リゲイン 100mL×10本 【指定医薬部外品】
MJ-リゲイン 100mL×10本 【指定医薬部外品】
  その結果、片方で法学徒であり、日本国の法律は守らないといけない、順法精神こそ法学徒の基本であるという認識を持ち、又、経済学徒として、社会全体を考える思考を持っている者としての認識がありながらも、「日本的滅私奉公」をついやってしまい、それをやり続け・・・、ふと気づくと、そんなことやっているのは私ひとりだけだった・・・などということは何度もあった。

  そんな無茶な勤め方をしてきて、又、そういう勤め方をする人間というのは、滅私奉公・破私奉公がいいということではないとしても、そのくらい会社のために一生懸命働く人間については、使用者はそれを見ているだろう、不真面目な勤め方をする者とは違うということをわかってくれるだろう・・・とも思ったのだが、私が勤めた会社の使用者・経営者はそういう人間ではなかったようだ。
  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/  および、その工場部門の(株)日本産業 の山梨県上野原市 の工場では、2001~2002年、意図的に私に怪我させようとして、もとより「体育会系」でもないような「文治派」の人間に何十キロもあるものを運ばせるなどの作業を長時間労働をさせ、その結果、腰や肘を傷めたが、これは労災(労働災害)というよりも、もとより、意図的に怪我させよう、体を傷めさせようとしてさせられたものであり、傷害罪の構成要件に該当し違法・有責な行為である。今も、(株)一条工務店・(株)日本産業に傷めさせられた腰と肘は治らない。
  「初代社長」の大澄賢二郎がずるいのは、1996年8月にドバカ息子で損害保険の代理店の業務の関連会社の(株)日信 の社長になっていた大澄隆史(男。当時、20代)が、つきあっていた女性で同棲していたこともある浜松市在住のピアノ講師の女性を、東京からクルマをぶっとばして行ってとんぼ帰りをするという「羽柴秀吉の中国大返し」みたいな往復で、「刃物で女を刺し殺し官憲に追われ逃げる」という『水滸伝』の「梁山泊」の3代目首領の「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」みたいな行為、まさに「梁山泊の精神」を実行して実刑判決を受けた時に、その責任を取ったの? ・・とも見えるような辞め方で社長を辞任したのだが、実は、それより前から、社長のくせして「社長」ではなく「専務」と呼べと従業員に行って、社長でないかのようなふりをしてきた男だったのだが、ドバカ息子が女性を刺し殺した機会に、「影武者」を社長にならせて、おのれは株主の立場で従業員に命令し、浜松市に300億円の寄付を(株)一条工務店がするという話とかになると、「初代社長の大澄賢二郎氏の主唱により」とか言って登場、「また、ええかっこしい やったろ思うてはるう」て感じで出てくる。それでいて、代表取締役・社長には別の人間が商業登記簿の上では就任しているので、これは業務上過失傷害ではないか、業務上過失致死ではないか、いや、そうではなく、意図してさせたものであり傷害罪の対象であろう・・・ということになった時、責任を問われるのは、会社の「代表者」は誰かというと、名目上、代表取締役になってるやつ・・・ということになるわけで、「ええかっこしい」やったろ思う時には「初代社長」として出て来て、業務上過失致死・業務上過失傷害とか、そうではなく意図的な傷害罪の対象ではないのかとかいった話になると、その時には、「影武者」の社長に責任を負わせる・・・というやり口。 インターネットに、浜松市に(株)一条工務店が300億円の寄付を申し出たということから、「大澄賢二郎は男でござる」などと書いてあったものがあったが、そのおっさんは今は社長ではなく会長でもなく相談役でもないはずで、 「ええかっこしいやったろ」という時には「初代社長」という変な肩書で出てきて、責任を負わされそうになると、「影武者」の社長などに責任を押しつける・・・という、そういう状況にしているのであり、そういうのを「大澄賢二郎は男でござる」と言っているらしい( 一一) ( 一一) ( 一一)  どこかの会社で、賞味期限切れの責任を「パートがやりました」とか言って逃げようとした社長を、「なんで、社長は俺らのせいにする?!?」と従業員が怒っているという新聞記事に出た会社があったが、「ええかっこしい」やろうという時には出てきて、責任とらなきゃならん時には従業員に責任とらせて逃げようという男というのは、大澄賢二郎のほかにもいるようだ。
   2014年、川口土木建築工業(株)https://www.kawado.co.jp/ の埼玉県朝霞市の工事現場(大京のマンションの工事現場)にて足を骨折したが、工事監督は足を痛めたと申告している者に対して、その後も作業をさせ、足を痛めたので病院に行きたいと言う者を骨折した足で徒歩で行かせた。やっと、石膏をはずすことができたという時点において、東京都墨田区の工事現場(三菱地所レジデンスのマンションの工事現場)でアクロバットのような体勢での作業をさせられ、その結果、それまでは、ほとんどいがむことなく接合されてきていた足がいがんでしまったようで、今も歩く際に違和感を覚える。
  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ では、1993年9月に福島県いわき市草木台のK様邸の工事現場で屋根屋が屋根から墜落して頭部を打撲し死亡する事故があったが、「ハインリヒの法則」と言って、「1の大事故の背景には10の中事故があり、10の中事故の背景には100の小事故がある」と言われるが、(株)一条工務店・(株)日本産業の場合はまさにそれで、1992年に私が入社した後でも、(株)一条工務店の工事現場は危険だらけであり、私が「これは・・・とした方がいいということはありませんか」と建言しても、(株)一条工務店は「そんなの、工事現場で怪我するなんて、あ~たりまえじゃ~あん♪ 怪我したらだめなんて言われたら、工事なんて、で~きないよお~お!」などと言って無視して危険な状態を続けたのであり、その後も、本来、レッカー車で荷を吊って運んでいる時には「作業半径内立入禁止」のはずが、(株)一条工務店では吊荷の真下で作業させられた。せめて、頭上を荷が通過している時くらいは荷の状況を見て、落下してきた時には、できるだけ、逃げることができるようにと思って見ていたところ、先輩社員から「こらあ! 吊荷なんて見るなあ。上から材木がおまえの上に落ちてきたとしても、お前が死ぬか半身不随になるだけじゃあ! 一条工務店にとってはおまえが死んでもいっこうにかまわんのじゃあ! 吊荷なんて見るなあ!!!」と怒鳴りつけられた。いわき市草木台のK様邸の工事現場で屋根屋が落下して死亡したのは、(株)一条工務店・(株)日本産業がそうやって安全対策を意図的に怠ったことによるものである。K様邸の工事担当のAさんが業務上過失致死で書類送検されたが、送検されるべきはAさんよりも、(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎や本社の工事部責任者の方であるはずだ。
  2014年、川口土木建築工業(株)の東京都墨田区の工事現場(三菱地所レジデンスのマンションの工事現場)では、鉄の塊をレッカー車で吊っているその真下で作業させられた。 三菱地所レジデンスとか住友不動産とかそういった「三菱」「住友」といった名前が会社名の一部に入っている会社のマンションというのはいいと思っている人がいるようだが、私は最初、「三菱」「住友」といった名称が会社名の一部に入っている不動産会社が販売するマンションの工事というのは、大手五社(竹中・大林・大成・鹿島・清水)か戸田建設とかの「中堅ゼネコン」か、もしくは三菱地所レジデンスなら三菱建設、住友不動産ならば住友建設というその財閥系のゼネコンがあるのだから、そういう会社が建設工事を担当しているものかと思っていたのだが、実際はそうではなく、実際に工事しているのは川口土木建築工業(株)といった極めていいかげんな会社であった。「え? こんな人が工事部長なの?」て感じの高卒の人が工事部長やってる会社である。
  2005年、千葉県のリフォーム会社、(株)ウッディホーム https://www.woodyhome.com/ では、船橋市内のトステムのショールームを使用させてもらった上でのリフォーム相談会を実施した時、チラシを相当印刷したものの、チラシの投函をしましょうと私が何度も行っても、船橋店の古田部・遠藤の50代の2人が「まだいいよ」と言いまくり、そして、前日の夜、ふと見ると、その翌日のリフォーム相談会の案内チラシが船橋店の床の上に山と積まれて放置されていた。 古田部に電話して「チラシが床の上に積みあがってますけれども、どうしましょう」と言うと、「ああ、それじゃあ、社長にわからないように、どこかに隠しておいてえ」などと言うので、社長にわからないようにするかどうかの問題ではなく、せっかくお金をかけて印刷したチラシを紙屑にするわけにいかないだろうと思い、古田部になんか言っても駄目だと思い、それで、真夜中にひとりでチラシのポスティングをした。戸建住宅に入れたのでは投函しきれない、マンションに入れるのでもドアポストに入れたのでは入れきれないし、昼間ならともかく真夜中の午前2時・3時・4時にドアポストに入れたのでは気味悪がられると思い、近隣のマンションの集合ポストに片っ端から真夜中に入れまくったが、船橋店には私と古田部・遠藤の3人がいたのに、なんで、私が1人でこういうことをしないといけないのか・・と思ったが、古田部と遠藤の2人は平気だった。翌朝、出社してきた古田部に、「きのう、真夜中に、この近所のマンションの集合ポストに・・・だけ投函したんですよ」と話したが、私としては「申し訳なかった」くらい言うだろうと思って言ったのだが、又、「申し訳なかった」か「すいません」かくらいは言うのが社会人としての常識のはずだったが、ところが、古田部は「ああ、そう。感心、感心」などと言うので、このハゲ親爺、頭おかしいのじゃないか・・・と思った。そして、リフォーム相談会に持っていく荷物を3人のクルマに積もうとした時、古田部は黒の軽自動車に乗っていたので、大きいものは軽自動車には載らないようで、「これ、載らないわ」と言うので、「それなら、それは私が積んでいくことにしますよ」と言うと、「そう。じゃあ、お願い」と言って行ったので、私としては、古田部が載せていく予定だったものを私が私のクルマに積んで載せていくかわりに、私が載せていく予定だった全体では多いがひとつひとつは体積が小さいものは古田部が載せていくということのはずだったが、ところが、古田部はおのれは手ぶらで行って、荷物はすべて私に持ってきてもらえるものだと思ったようだった。あきれた。営業として、特に住宅の営業として、古田部のようなことをしていて通じるわけないだろう・・と思ったし、当然、社長の細木さんはそのあたりについて、古田部や遠藤に注意するものだと思っていたのだが、細木さんにはそういったことを注意する能力は欠落していたようだった。
〔 トステムの船橋市の展示場にて、リフォーム相談会を実施した時、(株)ウッディホームでは、船橋店の古田部・遠藤と私、それに私と似た時期に入社した中途入社の新入社員の男性の4人と、船橋店で事務をやっていたパート扱いの女性の某さんが参加した。私は住宅建築業そのものにおいてはベテランであったがリフォームについては初心者だったのに対して、古田部・遠藤の2人は営業一般として、住宅建築業の営業一般としてはたいしたことないが、リフォームの仕事に従事してきた人間だったので、リフォーム限定では古田部・遠藤の方がわかっていた。ところが、昼休み、普通ならば、リフォームに経験がある古田部と遠藤は分かれて昼食をとるものだと思ったのだが、ところが、古田部は、私に「〇〇さん、△△くんと某さんと3人で先に昼食とってきてえ」などと言うので、なんで?・・と思ったのだが、すぐに理由はわかった。しょっぱい野郎だなあ・・と思った。ちっぽけな野郎だなあ・・と思った。 私ともうひとりの△△くんは入社して1ヵ月少々の時期だったのに対して、古田部と遠藤は入社して1年余り経っていて、その2人は「リフォームの経験者」という態度をとっていたのだ。事務の女性の某さんは、本来の勤務日は平日で日曜日は休みだった。平日、子供を保育園に預けて、会社に出社し、日曜日はダンナと子供とで過ごす日だったはずで、休日出勤や残業はないかわりに、正社員の扱いではなく正社員よりも給与はおそらく安かったのではないかと思う。そういう休日出勤はないかわりに給与は高くないというパート扱いの人に、日曜日に出勤してもらったわけであるから、そうなると、正社員の古田部か遠藤が一緒に食事に行ったならば「某さん、きょうは無理言って出てきてもらってすいません。某さんの昼食代はお礼の気持ちとして私が出させていただきます」と、そのくらい言ってもばち当たらんだろう・・し、営業ならばそのくらいはするべきだ。それに対して、私と△△くんは正社員としての採用とはいえ入社して1ヵ月少々しか経っていない人間で、その会社には入社して1ヵ月少々の人間がパートとはいえ3年ほどいるらしい人に、昼食をおごるというのは出過ぎたことだろう。だから、古田部は「リフォームの経験者」ヅラしてきた古田部と遠藤の2人が残り、入社して1ヵ月少々の私と△△くんと某さんをセットにして「先に昼食に行ってきてえ」などと言ったのだ。みみっちい男である。某さんは何も言わなかったけれども、やっぱり、休日出勤とかはないということでのパートで勤めているのに休日出勤させられたのでは、それでは何のために正社員ではなくパートで勤めているのかわからないことになるはずで、それを日曜に出勤してもらったのなら、正社員の人間は、昼食くらい自腹でおごっても悪くないはずだが、それを出すのをけちる男が古田部と遠藤だった。なんとも、みみっちい男だ・・とあきれた。私は、自分が出そうかとも考えたが、やっぱり、正社員での採用でも入社1ヵ月少々の人間が出すのは出過ぎたことだと思って出さなかったが、「コーヒーくらいでも出させていただきます」とでもすれば良かったか・・とも考えた。ともかく、絶対に正解ではなくても、こういったことを考えるのが営業のはずで、それを正反対やってけちる男というのは・・・、まあ、営業としてはその程度の営業だということだ。・・社長の細木さんは、そのあたりを見るのが社長の仕事のはずだったが、見ていたかというと・・・、見てないと思う。私と同時期に入社した△△くんはそのあたりに気づいていなかったが、私は気づいていたのだが、そのあたりに気づくということは、その分だけ営業力があるということだ。細木さんはそれに気づいていたか・・・というと、気づいていなかったと思う。 ともかくも社長とはいえ、社長は一般従業員と違って遊ぶだけが社長というような社長ではなく、売るための努力はする人だが、その程度の人だったのだろう。それにしても、パートの人には、正社員が一緒に食事に行ったなら、「某さん、きょうは無理言ってすいません」と言って昼食代くらい入社直後でない正社員の人間が出すべきではないか・・という点に私は気づいたし、私がもう少し社歴が長ければ私が出したが、古田部はというと入社1年余り経っていてその前もリフォームの仕事についていたらしく、パートの人には、正社員が一緒に食事に行ったなら、「某さん、きょうは無理言ってすいません」と言って昼食代くらい入社直後でない正社員の人間が出すべきではないか・・という点に古田部は気づいたが、気づいてどうしたかというと、それを自分が出すのが嫌なものだから、パートの女性と入社して1ヵ月少々の人間2人とを一緒に昼食に行かせて、自分は同じような社歴の遠藤と一緒に食事に行くことにした・・・・て、なんともミミッチイ男、営業としての「スマートさ」のない男・・であった。 社長というものは、たとえ、自分自身がせっせと一線の仕事をしなくても、こういったことが見えて、気づくというのがそれが社長の仕事のはずであるが、細木さんは見えていたか、気づいていたか・・・というと、見えていなかったのではないか、気づいていなかったのではないか・・。〕
  そうやって、真夜中に一人で3人分もチラシのポスティングをするなどということをすると、どうなるかというと・・、その何年か後に、胆嚢を失うということのようだった。
  2011年、千葉市中央区鵜の森町の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔いずれも、2013年11月に正式に倒産〕で、社長の長谷川新二の嫁の河野利華の友人だとして縁故入社した滝口恵(女。当時、30代前半)は「子供」を大義名分にして定時に帰り、自分が担当で自分がその業務に対して報酬を受け取っている仕事を担当外の従業員に労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働でさせた上で、自分が担当の仕事を担当外の従業員が滝口のためにやっているまさにその時に、オットと「妊活」(要するに性交)やって3人目を孕んで出産した。 同社の従業員の間では「こんなことでは、もうやってられないよお」という不満の声があがっており、私は社長の長谷川にそれを言ったのだが、長谷川は「何、言ってんですか。滝口さんは子供があるんだから、子供がある者は子供のない人間に何でもやってもらうのが当然じゃないかあ! 子供がない人間が悪いんだ! 子供がない人間は、子供がある滝口さんのために尽くすのが当たり前じゃないか!!! 何、言ってんですか。子供のない者が悪いんだろうが!!!」と暴言を吐いた。 滝口恵に出来の悪い子どもがあったら、他の担当外の従業員が、滝口が担当の業務を労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働でする義務があることになるのか?・・というと違うはずだ。又、長谷川新二は「滝口さんは子供があるんだから、滝口さんのために、みんなで尽くすのが当然じゃないかあ!」と暴言を吐いたのだが、それならそれで、長谷川新二や嫁の河野利華がまず先に「滝口さんのために尽くす」べきであって、長谷川新二と河野利華が滝口が担当の業務をやるべきであったはずだが、長谷川新二はそうではなく、「私は社長ですよ。私は社長ですから、従業員みたいに働いたりはしませんよ。勘違いしないでくださいよ」などと言って、おのれはやらず、担当外の従業員に滝口の仕事を労基法違反でさせていた。長谷川新二は「宗教右翼」と言われる団体のひとつ、倫理研究所(=倫理法人会)にはまり、従業員の給与は未払い・不払いでいて、それでいて倫理研究所(=倫理法人会)にはカネをつぎ込んでいたが、倫理研究所(=倫理法人会)が言う「倫理」とはこういうもののことである。今度、千葉県知事選に立候補するらしい現 千葉市長の熊谷なんちゃらは、そういう団体である倫理研究所(=倫理法人会)の会合に顔を出して、「千葉市の熊谷市長も出席している」としてその反社会的勢力 倫理研究所(=倫理法人会)に「お墨付き」を与えてきた男である。 新華ハウジング(有)が私に払っていた給料は給料と言うに値しないものであり、もしも、基本給で年1000万円以上もらっているのなら、少々のサービス残業でもやっていいかもしれないが、およそ、サービス残業できるような金額ではなかったが、目の前に、滝口と飯村の2名が担当の業務のために印刷屋に依頼して印刷したチラシが山と積まれており、「チラシ有効期限」が迫っていても、平気で定時に帰る滝口恵の態度を見て、「この人は営業は無理だな」と思ったが、床の上に大量に積まれた近日中に紙屑になってしまうチラシを見て、困った人間を雇ったもんだ・・と思いながらも、住宅建築業の営業の仕事を長くやってきた者として、担当外の仕事でありながら、相当無理して深夜までポスティングをしたが、そういうことをすると、おのれが担当の仕事でおのれがそれに対して報酬を受け取っている仕事を担当外の従業員が労基法違反の時間外労働・労基法違反の無賃労働でやると、普通なら「すいません」「申し訳ありません」くらい言うものだが、「子供」帝国主義・おばはん帝国主義の女 滝口恵にはそういう認識、社会人としての常識、住宅建築業の営業としての常識は欠落しており、やってもらうものだと思ってしまっていた。たとえ、嫁の友達でも、そんなアホ、採用すんな!・・・というものだが、そんな人のために、無理をして深夜まで働くとどうなるかというと・・・、胆嚢を失うことになった。
  大学卒業後、最初に勤めた小堀住研(株)〔⇒エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホーム⇒(株)ヤマダホームズ〕でも、次いで勤めた(株)一条工務店でも、毎日毎日、滅私奉公に勤めたが、普通、会社の経営者というものは、そういうものを見ているもののはずで、それを見ていないのならば、使用者・経営者として失格ではないかと思われるが、使用者・管理者・経営者として失格ではないかと思われる使用者・管理者・経営者の会社に勤めて、そういう会社のために滅私奉公・破私奉公を続けてきた男、私はどうなったかというと、安い給料でこき使われたあげく、肘を傷め、腰を痛め、足先を傷め、そして、還暦の誕生日よりも前に胆嚢を失った。 胆嚢を失っても生きていけるとしても、胆嚢というのは爪とか髪とは違うのであり、私の体の一部を失った、私の体の一部分が殺されたのだった。 私が、見るに見かねて、滝口の担当の業務を、担当外であるにもかかわらず、住宅建築業の業界の大先輩として、時間外に無賃労働で労基法違反の行為をおこなってポスティングをしても、平気で定時に帰った女、定時に帰るべく、終業時刻よりも前から「帰る準備」をして待ってる女は、定時に自分だけ帰って、オットと「妊活」(性交)やって3人目を孕んで産んだ。その3人目の子供は私の体の一部が死亡するのと引き換えに生まれた子供である。その3人目は私の体の一部を殺して生まれた殺人者である。
  (株)一条工務店は、「初代社長」という今は社長ではなく会長でも相談役でもない大澄賢二郎が主唱したということで、浜松市に300億円を寄付したようで、浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友が大喜び、静岡県知事で福島第一原発事故の直後に静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否して静岡県産農産物というのは不誠実な商品ですよとアピールした川勝平太が大絶賛したが、そのカネは従業員・元従業員、私などが滅私奉公して働き、本来なら受け取っていないといけないはずのカネをちょろまかした労基法違反によるもの、および、違法ではないとしても、経済学的に見れば、大澄のものではなく従業員・元従業員に払っておくのが妥当のはずのものを払わずに貯め込んだカネの一部分であり、そういうものを受け取って大喜びしている浜松市長の鈴木康友、そんなものを大絶賛している静岡県知事の川勝平太は政治家として良心的とは言えない。

  「会社のために、会社のために、しゅしゅぽぽ、しゅしゅぽぽ、しゅしゅぽぽ、しゅしゅぽぽ~お♪ とってちってたあ~あ!」と、うちの父親から毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらい言われてきたが、そういうことをするとどうなるかというと、産まれる時点では、せっかく、五体満足に産まれてきたのに、その体のあちらこちらを傷め、ついには、還暦の誕生日よりも前に、自分自身の一部分である胆嚢、「肝胆相照らす」という言葉があるくらい、大事なものである胆嚢を失うことになる。 私はそうなったのだ。
  (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫に、フィリピンパブに連れていってもらったことがあったが、「同伴」だか「アフター」だかいうやつなのか、天野隆夫がフィリピンパブのねーちゃんに焼肉おごったりしていたのだが、落ち着いて考えてみると、フィリピーナにおごっていたその焼肉のカネというのも、それもまた、従業員・元従業員からかすめとったカネじゃないか!!! さらに落ち着いて考えてみると、その夜は天野隆夫は私と一緒に行ったのだが、別に日には別の人間と一緒に、もしくは天野隆夫だけでそういう店に行っていたはずで、私などが、契約になるかならないかはさておき、夜、客宅に行って商談して、夜の1時・2時まで仕事をしていたまさにその時、フィリピーナのねーちゃんから、アルコール付きでのマンツーマンでのタガログ語講座を受講しておった!・・・ということだ。なるほど、タガログ語を話せるようになるわけだ。
  一般に、語学ができるというのはプラスの評価であるが、フランス語が話せる・イタリア語が話せるというのはプラスの評価で、ロシア語が話せるというのは、右翼のおっさんからすると、戦中、英語を「敵国後」と言い、江戸時代末期においては洋学者はけしからんと福沢諭吉などは襲撃されたりしていたのと同様に、ロシア語を学んでいるとはけしからんと襲撃されそうになる危険があるが、又、ドイツ語ができる人間にはヒトラー・ナチス大好き人間のおっさんというのもいて気色悪いのだが、ともかく、基本的には、英語・フランス語・ドイツ語・イタリア語・ロシア語ならば、いくらかなりとも学んだ者はその分だけプラスの評価を受けるもので、プラスの評価を受けていいと思うのだが、「タガログ語が話せる」というおっさん、特に話せる言葉というと、遠州弁とタガログ語、「遠州弁とタガログ語のバイリンガル」というおっさん・・というのは、要するに、一般従業員が、「夜討ち、朝駆け」して深夜まで働いているまさにその時に、フィリピン人女性ネイティブスピーカーからマンツーマンでアルコール付きでタガログ語講座を受講しとった!・・ということであり、「この野郎!」というものである。
  (株)一条工務店は、お客様向けのビデオで「一条工務店はフィリピンに工場を設けましたが、なぜ、フィリピンに設けたかというと、それはフィリピンでは英語が通じるからです」と女性ナレーターが話していたのだが、これもまた、落ち着いて考えてみると、フィリピン人で英語を話せる人が多かったとしても、(株)一条工務店の経営者が英語を話せるわけではないのだから、フィリピン人で英語を話せる人間が多かったとしても、しかたがないじゃないか・・・ということになるのだが・・、このことを(株)一条工務店の従業員に話すと・・・、多くの人間が言うのは「違いますよ。一条工務店の経営者が話せるのは英語じゃなくて、タガログ語ですよ、タガログ語! フィリピーナから教えてもらってタガログ語を話せるんですよ。フィリピーナのケツ追いかけてフィリピンまで行って、とうとう、フィリピンに工場まで作りやがった!!!」と、何人もがそう言うのだった・・( 一一)

  (株)一条工務店から浜松市に300億円の寄付をもらった浜松市長の鈴木康友、こういったことを認識した上でもらったのだろうか? そんなこと知ったことじゃない・・とか思っているのか? そうなのか? なんとも、いい気なものだな・・・。

  胆嚢以外の私は今も一応生きているが、胆嚢の部分の私は還暦よりも前に死亡した。会社のために尽くしまくる私に対して、「胆嚢の部分の私」を殺したのは、私が勤めてきた不良企業の不良経営者どもである。胆嚢は爪とか髪ではなく、私の一部分であり、私の一部分が不良企業の不良経営者に殺されたのである。
  12月31日の夜には「除夜の鐘」が鳴るが、除夜の鐘の数を上回るくらいに、「こんちくしょう!」「よくもやりやがったな!」という思いがある。

  (2020.12.31.)
労働法入門 第7版 (有斐閣双書) - 外尾 健一
労働法入門 第7版 (有斐閣双書) - 外尾 健一 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック