「プレハブ」は仮設・安物の意味ではない。「建築学科のある大学」の不適切な用語の使い方はいかがなものか。蔦のからまる文化学院。

[第808回]
  前回、公開した御茶ノ水というのか駿河台というのかの「山の上ホテル」の周囲は、明治大学の校舎がいくつも建っている地域です。その案内図 ↓ を見て、あれ? ・・・と思った。
DSC09509.JPG
↑  上が凸の赤の▲ の所に貼ってあった看板です。▲の位置から右(西)に進んだ突き当りの位置には何も表記されていませんが、その場所が山の上ホテルです。 下が北なので、わかりにくいかもしれませんが、現地では南を向いた位置に貼られているものなので、現地においては南が上の図に書かれていた方がわかりやすいのです。 あちらこちらの案内看板を見た時に、その場所の向きを考えずに書かれた案内図があって、なんで、こういう書き方をするのだろうと思う時がありますが、この明治大学の案内図は、南を向いた場所に掲示する時には南を上に図を描くのがわかりやすいということをふまえて書かれており、その点ですぐれた図だと思います。 しかし・・・、
DSC09510.JPG
↑ ここ、「プレハブ棟」て書かれていますでしょ。 「プレハブ棟」と。
それで、どういう建物が建っているのか、確認しておきたいと思って見にいったのです。

  「プレハブ」という言葉は実にいいかげんな意味で使用されています。
  もともとは、「プレ ファブリケイト(prefabricate)」「プレ ファブリケーション(pre fabrication)」の略が「プレハブ」だったのです。 岩崎民平・小稲義男監修『新英和中辞典 第三版』(研究社)を見ると、
「ファブリケイト」とは、
fabricate(他動詞)1.<部分品などを>組み立てる、規格部品で造る
 2.<伝説・うそなどを>作りあげる、でっち上げる;<文書を>偽造する。
「ファブリケーション」はその名詞で、
fabrication (名詞)1.製作、構成、偽造;組み立て
 2.作りごと、うそ、偽造物、偽造文書(forgery) 
「プレ」は接頭辞で、
pre- (接頭辞)「あらかじめ」「・・・以前の」「・・・の前部にある」の意。
「プレファブリケイト」は、
prefabricate (他動詞)<家屋を>組み立て式に作る。
a purefabricated house 組み立て式住宅、プレハブ。
「プレファブリケーション」は、
prefabrication (名詞)前もって作り上げること;組み立て式住宅部分品製造、プレハブ。
・・と出ています。
prefab (名詞)組み立て式家屋、プレハブ(prefabricated house)
 (形容詞)組み立て式の
 (他動詞)=prefabricate
・・も出ていますから、略語としての prefab は英語でも用語としてあるようです。

  「プレファブリケイト」prefabricate、「プレファブリケーション」prefabrication の本来の意味は、「前もって作る」「前もって作り上げること」を意味するものなのです。

   ロンドンやパリの地下鉄をMETROメトロと言っているけれども、METROには「地下」という意味はない。日本でも真似て、東京の帝都高速度交通営団、略称「営団地下鉄」と言っていたものを「東京メトロ」と言うようになり、最近では大阪市交通局の地下鉄までが「大阪メトロ」などと真似だした・・・が、
metropolis (名詞)1.首都(capital);[the metropolis]ロンドンの別称。 2.中心地、主要都市。 3.大本山所在地;大司教[大監督]管区。
metropolitan (形容詞)1.首都の;大都市の;都会(人)の、都会的な;[Metropolitan]ロンドンの。 2.大司教管区の、大監督管区の。 3.《特にフランスについて》母国の、母国である;母国産の。
 (名詞)1.大都会の市民、都会人。 2.大司教、大監督、管長。
( 岩崎民平・小稲義男監修『新英和中辞典 第三版』研究社 )
ということで、「地下」という意味は「メトロ」「メトロポリス」「メトロポリタン」にはない。
東京メトロ とか、大阪メトロ という表現の場合、最近ではその鉄道は地下でない場所を走っている路線もあり、地上・高架を走った方がふさわしい場所であれば無理に地下を走らないといけないこともないわけで、「大都市の」「都会の」という意味で「東京メトロ」「大阪メトロ」という表現にしたということなら、悪くはないかもしれない。
しかし、「大都市の」「都会の」鉄道という意味で、「東京メトロ」「大阪メトロ」という言葉を使うのなら悪くないと思いますが、人によっては、「メトロ」という言葉を「地下」「地下鉄」の意味だと誤解している人もいると思います。 同様に、「プレハブ」という言葉は「プレファブリケイト」「プレヴぁぶりケーション」の略で、「プレファブリケイト」「プレファブリケーション」は「前もって作る」「前もって作りあげること」という意味のはずなのに、「仮説住宅」「安物住宅」の意味だと言葉の意味を誤解している人がいます。

  しかし、「プレハブ住宅」の場合は、「前もって作る」「前もって作りあげること」という本来の意味ではなく、仮設住宅とか、安物住宅という意味で使用されている場合と、本来の《「前もって作る」度合いが大きい住宅》という意味との両方の意味で使われていて、使用法が混乱している。
  常識のウソ研究会編『みんなが誤解している雑学』(2019.10.22.彩図社)には、
《 我々の身の回りは略語であふれているが、そもそも略語だと知られていないものもある。たとえば身近なところでは、「ボールペン」は「ボールポイントペン」の略である。「メモ」は覚え書きを意味する「メモランダム」を略したものだ。・・・・プレハブ小屋の「プレハブ」は、前もって製造することを意味する「プレファブリケーション」の略だ。・・・ 》
と出ているが、ここでも、「プレハブ」は《前もって製造することを意味する「プレファブリケーション」の略だ》と書かれているものの、他方で《プレハブ小屋の「プレハブ」は》と、それは《プレハブ小屋》を意味していると書いている。常識のウソ研究会と言いながら、自分でも不確かなことを述べているのです。 この本の作者もまた、「プレファブリケイト」「プレファブリケーション」の言葉の意味を調べながらも、それを《プレハブ小屋の》と間違った解釈をしているのです。

  明治大学の「プレハブ棟」とはどういう建物かというと、
DSC09515.JPG
DSC09516.JPG
↑ これを明治大学の案内図は「プレハブ棟」と表示しているのですが、正確には・厳密には、これは「プレハブ」という用語で表現するのは適切ではありませんね。

  最近、インターネットで、大学の学部を、全体を身売りするのではなく、特定の学部・学科を他大学に「譲渡」「移籍」するという方法が考えられるという記事を見た。
  どういうものが考えられるか? 昔から医学部が欲しいと言ってきたというわりに、いつまで経っても医学部を持てない早稲田大学に、複数学部を持つ私立大学から私立金権裏口薬漬毒盛医学部を早稲田大学に「譲渡」「移籍」すると、ある年から「早稲田大学医学部」に名称変更するとともに、入試難易度も急上昇、慶應大医学部に匹敵する難易度になり、医学部の評価も急上昇・・・てなるかな?
  慶應の理工学部は、私が大学に入学した頃は「工学部」で、その前は藤原工業大学だったらしいのだが、けっこう昔からある大学の理工学部のわりに、なぜか、建築学科がない大学だったのだ。 それに対して、日大というのは、「にちだい、にちだい言うけれども、建築学科は歴史があるんんだからなあ」というポン大卒のおっさんがいるのだが、実際のところ、杉山英男『地震と木造住宅』(丸善)を見ると、日本では、明治の終わりにおいて建築学科があるのは東大・京大・早稲田大の3つだけで、大正の終わりにおいても、東大・京大・早稲田大とそれに東京工大と日大の5つだけだったらしいのだ。だから、「にちだい、にちだい言うけれども、建築学科は歴史があるんんだからなあ」というおっさんの発言は間違いではないのだ。但し、それなら、今現在、千葉大工学部建築学科・東京芸大美術学部建築学科と日大の建築学科なら日大の方が「歴史がある」からと言って、両方通ったら日大の方に行くかあ? やっぱり、頭に「日大」とつくと、少々「歴史がある」とはいえ、日大になってしまうのだ。別に日大に恨みはないが、実際のところ、そうだ。その大正の終わりにおいて、東大・京大・早稲田大・東京工大とともに建築学科があったという日大の建築学科だけれども、今、日大には福島県郡山市の工学部と、千葉県船橋市の理工学部、それに千葉県習志野市の生産工学部の建築学科と3つあるわけで、大正の終わりからあるという建築学科はその3つのどれのことなのだろうか?・・と思うのだが、ともかく、日大には工学部・理工学部・生産工学部と3つの学部に建築学科があるわけだ。それで、なぜか、建築学科がない大学の慶應に、建築学科が3つもある日大からその1つを「売却」しちゃう♪・・・とすると、日大としては、郡山の工学部の建築学科は離れているから置いておくとして、理工学部と生産工学部はどちらも千葉県だし、片方をええ値で慶應に売りつけたとしても、まだ1つ残ってるし、不足ならまた作ればいいことだし、これを慶應に売りつけちゃう♪ ・・・とすると、慶應の理工学部には建築学科ができて、歴史を知らん人間からすると、「早稲田の建築」という建築業界では「学歴詐称の定番」になってる学科に匹敵する学科になる(?) 昔から早稲田と慶應というのはセットみたいに言われることが多いので、建築業界における「学歴詐称の定番」の「早稲田の建築」に匹敵する「慶應の建築」になる(?) ・・それで、それまで、「御主人さん、わたしい、日大ですけど、一応、建築学科でてますんでえ・・」とか「一応」付きで言うとった工務店のおっさんが、ある日、突然、ふんぞり返って「り~くのお、お~おじゃあ~あ、け~いお~お♪!♪」と叫びだしよる・・・て、なんかありそうな・・なさそうな・・・。
  それで・・・、何を言いたいかというと、なんか、まわりくどいことを述べたけれども、慶應には建築学科というものが今もってないらしいのだが(もしかすると、藤沢に新しくできた学部にいくらか似た学科があるかもしれんが)、明治大には建築学科があるのだ! 言うたらなんやけど、東大の建築学科・東京工大の建築学科・早稲田大の建築学科・東京芸大の建築学科・千葉大の建築学科より評価は下だと思うけれども、ともかく、明治大にも工学部建築学科があるはずなのだ。東京圏の私立大学では、早稲田大の建築学科、東京理科大の建築学科があるが、その次くらいの評価か? ・・というあたりの評価の建築学科があるのだ。実際に卒業した人間が優秀かアホかは別として。
  その「建築学科がある大学」にしては、「プレハブ棟」という表現は、これは好ましくないのではないか? ・・ということを私は言いたいのだ。

  「プレハブ小屋のプレハブ」以外に、「プレハブ」という用語の意味はあるのか・・というと、もちろんあります。本来の「前もって作る」「前もって作りあげること」という意味での住宅のことです。
  それから、さらに厳密に言葉の意味を吟味しますと、「前もって作る」「前もって作りあげる」と言うならば、大工が下小屋で柱でも梁・桁でも手加工で加工して、ホゾとか仕口(しぐち)・継手(つぎて)といったものを、ノミで手加工で加工するというのも、建築現場より前に、「前もって作る」「前もって作り上げること」になります。
  しかし、そこまで言うと、ほとんどの建築は「プレファブリケイト」「プレファブリケーション」になりますから、そこまでは言わないとして、建築現場よりも前に、工場といった所で加工する、特に機械加工するものを言うか、もしくは、建築現場より前に「前もって作る」「雨もって作りあげる」度合いが相当大きいものを言う、と考える定義のしかたがあります。 もっとも、これも、建築現場より前に「前もって作る」「雨もって作りあげる」度合いが相当大きいものというと、どのくらい大きいものを言うべきか・・どういうものを基準にするべきか・・というと、これはなかなか難しい。又、「工場といった所で加工する」と言っても、大工の下小屋のことを「工場」と命名すればノミでの手加工でも「プレファブリケイト」「プレファブリケーション」になってしまいますし、「機械加工する」と言っても、丸鋸(まるのこ)とかチェーンソーとか、そういうのは機械ですし、建築現場での作業でも、インパクトドライバーとか、釘打ち機とかは「機械」と言えば機械です。
  そして、ここが重要ですが、工事現場より以前において「前もって作る」「あらかじめ作る」部分が多いからだめということはないはずで、同時に、工事現場での「現場施工」の割合が大きいからだめということもないはずなのです。 もし、工事現場より前に、ほかの場所で「前もって作る」「あらかじめ作る」部分が多くていいものができるのなら、それでいいし、工事現場での「現場施工」の部分が多くて、それでいいものができるのなら、それでもいいはずなのです。「あらかじめ作る」「前もって作る」部分が多くても少なくても、そのこと自体は、いいとか悪いとかいうものではないはずですし、 「あらかじめ作る」「前もって作る」部分が多いものというのは、その理由で高級品ということもないし安物ということもないはずなのです。同時に「現場施工」が多いものもまた、その理由で高級品ということもなければ安物ということもないはずなのです。

   実際的な分類として、住宅建築業の会社が所属している「業界団体」によって分けるという方法があります。三島俊介『住宅業界早わかりマップ』(1995.9.10.こう書房)の巻末に、
社団法人 プレハブ建築協会会員名簿
社団法人 日本ツーバイフォー建築協会会員名簿 一般A正会員
     〃 一般B正会員
     〃 一般C正会員
社団法人 日本木造住宅産業協会会員名簿 一般A正会員
     〃 一般B正会員
という一覧が出ています。 1995年と今となってはかなり古い本ですから、そこに掲載されている会社には、倒産した会社もあり、他業界から住宅建築業に参入したが撤退して、本体の他業界の会社はあっても住宅建築業はおこなわなくなった会社もあります。
住宅・インテリアの建材・設備業界早わかりマップ (KOU BUSINESS) - 三島 俊介
住宅・インテリアの建材・設備業界早わかりマップ (KOU BUSINESS) - 三島 俊介
   ともかく、業界団体として、ツーバイフォー建築の団体・木造住宅(在来木造住宅)の団体と「プレハブ建築」の団体とがある。この三島俊介『住宅業界早わかりマップ』(1995.9.10.こう書房)には掲載されていませんが、ログハウスの業界団体もあったと思います。「輸入住宅」の業界団体もあったかもしれません。
  言葉の意味として、「ツーバイフォー建築」というのは、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)で建てている建物という意味と考えていいでしょう。かつて、在籍した新華ハウジング(有)〔千葉市中央区鵜の森町。2013年11月に正式に倒産。〕の建物などは、ツーバイフォー工法で建てているように見えて、部分的にツーバイフォー材を3枚ほど重ねてそれを軸組構法(在来木造)の柱のようにして、しかも、「柱」の1本立ちにして2階床を支えるという危なっかしいことをやっていましたが、それなどは、とりあえず、在来木造のようなことをしたいのなら在来木造で建てればいいのであり、ツーバイフォー工法で建てるのならツーバイフォー工法の特色に沿ったものを建てるようにするべきで、何を考えてるのか・・という感じがしますが、そういう建物でも分類上はツーバイフォー工法の方に一応入るらしいのですが、ツーバイフォー工法といえるのかどうか疑問という建物も含めて、ツーバイフォー工法(枠組壁工法)で建てている会社の団体が日本ツーバイフォー建築協会なのでしょう。
  そこに名前があがっている会社はというと、一般A正会員に、
三和ホーム(株)・(株)ジーエルホーム・(株)新昭和・住友不動産(株)・住友不動産ホーム(株)・積水化学工業(株)・積水ハウス(株)・太平住宅(株)・東急ホーム(株)・ナプコホーム(株)・三井ホーム(株)・三菱地所ホーム(株)・・といったところの名前が出ています。三和ホーム(株)・ナプコホーム(株)は今はもうなくなってありませんね。
   日本木造住宅産業協会は、「木造住宅」といっても、ツーバイフォー工法(枠組壁工法)も木構造ですし、ミサワホーム・エスバイエルなどの木質パネル構法も木構造ですし、ログハウスも木構造ですし、もう10年以上前になりますが、東京都の有明のビッグサイトでのインテリアコーディネーターの団体の発表で、島根県の方の人だったと思うのですが、コンクリートブロックくらいの大きさの木材で、おもちゃのレゴのように組み立てて作っていくというものを発表されていて、尋ねてみたところ、システム認定を取得していて、それで家1軒建てることが可能だという話でしたが、それも木構造です。スウェーデンハウスの建物は「輸入住宅」と言っているけれども、ツーバイフォー工法ではなく木質パネル構法でミサワホーム・エスバイエルの木質パネル構法と比較的似ています。 青森県の林業関係者が今使える杉材の活用法としてドイツで開発された構法で「木質パネル構法」と呼んでいる構法を紹介した本を読みましたが、それは「木質パネル構法」と言ってもミサワホーム・エスバイエルの木質パネル構法とは別のものですが、それも木構造です。 それら全体の木構造のことを「木造」という言い方をすることおあるのですが、日本木造住宅産業協会が言う「木造住宅」とはそれは「在来工法の木造」「軸組構法の木造」のことを言うと考えていいでしょう。もっとも、「在来工法の木造」「在来木造」「軸組構法の木造」と言っても、「筋交い式木造」と「貫式木造」があり、それを「戦後型木造」と「戦前型木造」という言い方をする人もいるのですが、「筋交い式木造」は戦後、広まったので「戦後型木造」と呼んでもいいかもしれませんが、「戦前型木造」と言うのは、「貫式木造」は今も建てられており、貫式木造は筋交い式木造に比べて弱いという批判に対しては貫式木造の側から、それはどういう貫式木造とどういう筋交い式木造を比較して言っているのか、土壁の下地でしかないような細い貫しか入っていないような貧弱な貫式木造を比較して言っているのではないのかといった反論もあるようで、「貫式木造」を「戦前型木造」と言うのは適切ではないとも言えます。筋交い式木造を「在来工法の木造」・貫式木造を「伝統構法の木造」という言い方をする人もあるようです。日本木造住宅産業協会が言う「木造住宅」は、筋交い式か貫式かは特に問題とせず、どちらのものでも「木造住宅」の範囲に入れているのではないかと思われます。
  どういう会社名が出ているかというと、一般A正会員に、
菊池建設(株)・(株)木下工務店・下津井電鉄(株)・住友林業(株)・積水ハウス(株)・太平住宅(株)・(株)谷川建設・(株)中央住宅・(株)土屋ホーム・野村ホーム(株)・富士ハウス(株)・古河林業(株)・(株)細田工務店・三井農林(株)・三井木材工業(株)・・。
一般B正会員に、
(株)アキュラホーム・(株)一条工務店・(株)一条工務店愛媛・(株)一条工務店鹿児島・(株)一条工務店柏・(株)一条工務店熊本・(株)一条工務店群馬・(株)一条工務店神戸・・・・仙台・千葉・長岡・姫路・広島・福井・福岡・宮城・ひらい建設工業(株)・・・
などが出ています。富士ハウス(株)・(株)一条工務店神戸はもうありませんね。材木会社の(株)万代と浜松の(株)一条工務店〔一条工務店浜松〕とが共同出資会社を作っていた(株)一条工務店柏は共同出資会社を解消して、(株)万代は(株)木の国工房という名前の会社でやっていますね。(株)一条工務店との共同出資会社を解消した所は他にもあります。
  問題は、社団法人 プレハブ建築協会 です。 「あらかじめ」・「前もって」、「ファブリケイト」した建物のことを「prefabricated house プレファブリケイテッド ハウス」と言うのですから、木構造のものもあれば、鉄骨造のものもあり、コンクリート造のものもあります。私は子供の頃、建物の構造としては、木造とコンクリート造とプレハブとがあるのかと思っていたのですが、そうではありません。プレファブリケイテッド ハウスには、木構造のもの・鉄骨造のもの・コンクリート造のものがあり、「プレファブリケイテッド ハウス」というのは、構法のしくみのことではなく、「あらかじめ」「前もって」作られる度合いが大きいかどうかの問題なのです。
  どういう会社の名前が出ているかというと、正会員として、
旭化成工業(株)・宇部興産(株)・エスバイエル(株)・エヌケーホーム(株)・クボタハウス(株)・積水化学工業(株)・積水ハウス(株)・大成建設(株)・大成プレハブ(株)・トヨタ自動車(株)・ナショナル住宅産業(株)・ニッセキハウス工業(株)・ミサワホーム(株)・レスコハウス(株)・・・
といった名前が出ているのですが、
旭化成・エヌケーホーム・クボタハウス・トヨタ自動車・ナショナル住宅産業・ニッセキハウス・・・といったところは鉄骨系、
宇部興産(宇部ハウス)・レスコハウスはコンクリート系、
エスバイエル・ミサワホームは木質系で、
積水化学工業(株)は鉄骨ユニット造と木構造のツーバイフォー工法、
積水ハウス(株)は、今ではトーヨド建設を買収した積水ハウス木造を積水ハウス(株)の本体に入れて、鉄骨系と在来木造とで建てています。
エスバイエル(株)はいったんつぶれて、ヤマダ電機が「いぬき」で買収して(株)ヤマダエスバイエルホームになり、さらに、「リフォームのナカヤマ」を買収したリフォーム部門と合わせて(株)ヤマダホームズになり「エスバイエル」という名前は消えました。ナショナル住宅産業は今ではパナソニックホームズ(株)という名称になっています。ニッセキハウス工業(株)もなくなりましたね。
これらの会社の「プレハブ住宅」というのは、あくまでも、《建築現場より以前に「あらかじめ」「前もって」作られた部分が大きい作り方をした住宅》ということです。それらの会社は、自分のところの建物を「安物」だとか「仮設」だとか言っていないはずです。
  1990年頃、私がエスバイエル(株)の前身の小堀住研(株)にいた時、小堀住研(株)の構造カタログには、木造の何倍強い・・といった話、こういった工夫をしているので、木造よりも耐久性があるといった話が掲載されていましたし、大手の「プレハブ」ハウスメーカーは、木造よりも強い、木造よりも耐久性があるというのを「売り」にしていたはずなのです。住宅金融公庫の融資での返済年数も木造よりも長い返済年数が認められていたのです。
〔 わざわざ、古い本から引用しましたが、現在の会員名簿はインターネットですぐに見ることができるようです。 社団法人 プレハブ建築協会会員名簿https://www.purekyo.or.jp/member.html 〕

  しかし、片方で、(株)大林組・奥村組(株)・鹿島建設(株)・五洋建設(株)・清水建設(株)・住友建設(株)・(株)錢高組・(株)竹中工務店・戸田建設(株)・西松建設(株)・三井建設(株)といった、いわゆる「ゼネコンさん」の名前もここに掲載されているのです。「ゼネコンさん」にはゼネコンさんの業界団体があったのではないのか。インターネットで検索すると、一般社団法人 日本建設業連合会https://www.nikkenren.com/  というのがあるようです。
  実際には、竹中工務店とか大林組とかそういった会社が戸建住宅を建てることも、「ないことはない」のではないかと思いますが、そういうのは、「特に、えらい人」の家とかであって、「庶民」の家、「一般大衆」の家とかの家は建てないでしょう。「わしぁ日陰の月見草」「わしぁ貧乏やからな」とか言いまくりながらベルサーチの腕輪はめてる爺さんの家とかはようわからんが、正真正銘の貧乏人の家は建てないでしょう。御殿場にある旧岸邸て、あれはどこが建てたのだろうなあ・・・と思って見ると、水澤工務店というところらしい。〔東山旧岸邸HP 東山旧岸邸とはhttps://www.kyu-kishitei.jp/kishitei ちなみに、現在、管理しているのは「虎屋の羊羹」らしい・・(^^)/ 〕旧岸邸の場合はゼネコンではないようです・・・が、そういう保守系政治家の「大物」とか、「財界の大物」とかいうようなそういう人の家を建てるのに、「ゼネコンさん」が建てるということはあるのではないかと思いますが、そういう場合、ミサワホームのような木質パネル構法、積水ハイム・トヨタホームの鉄骨ユニット構法、レスコハウス・宇部ハウスのプレキャストコンクリート造といったものを建てるのかというと、そうではなく、在来木造か鉄骨造か鉄筋コンクリート造かでではないかと思うのです。 ・・で、なんで、そういう「ゼネコンさん」の名前が 社団法人 プレハブ建築協会 の会員名簿に入っているのか?
  もしかして、「ゼネコンさん」の建築現場、ビル建築の工事現場で、工事中の仮設小屋を敷地の一角に作ると思うのですが、それを「プレハブ」という言い方をする人がいるけれども、そういうものを「ゼネコンさん」が作ることがあるので、それで、社団法人 プレハブ建築協会に入っているのか? しかし、そもそも、建築現場の仮設小屋って、ビル建築の工事現場の全体の元請けは「ゼネコンさん」であったとしても、その下請けにいくつもの業者が入って仕事をしているのであって、仮設小屋を作るのに、「ゼネコンさん」が作らないといけない理由はないのです。仮設小屋を作る業者に作らせてもいいはずなのです。
  社団法人 プレハブ建築協会会員 には、郡リース(株)なんて会社名もあります。1980年代に、新帝国警備保障でガードマン(交通誘導警備)のアルバイトをやったことがあって、この会社の工事現場に行ったことがありました。「リース」と「レンタル」はどう違うかというと、「レンタル」というのは、あらかじめ、貸す物を持っていて借りたい人に貸すのですが、「リース」はそうではなく、借りたい人が借りたい物を用意して貸すのです。その貸す物には建物もあります。1990年頃、小堀住研(株)は東京都町田市に寮を持っていましたが、それはオリックスからのリースだということでした。オリックスが所有していたものを借りたのではなく、寮としてリースしたものを建てたらしい。郡リース(株)もそういうことをやっていた会社らしく、東京都江東区の変電所の隣の敷地に東京電力の寮を建てて「リース」していたらしいのですが、その「寮」の建物はというと、ミサワホームのような木質パネル構法ではなく、積水ハイムの鉄骨ユニット造でもなく、積水ハウスの軽量鉄骨軸組構法でもなく、レスコハウスのようなプレキャストコンクリート造でもなく、普通の建物・・というと、どういうのが「普通」なんだということにもなるけれども、別に「プレファブリケイテッド ハウス」ではなかったと思うのですが、建設工事中に、2階を工事事務所・1階を工事現場作業員の休憩所として利用した仮設の軽量鉄骨造の建物も建てていました・・が、その建物の方は、別の業者に建てさせていたように思うのです。 ですから、「ゼネコンさん」とか建築の「リース」屋さんとかの名前が社団法人 プレハブ建築協会会員名簿にに入っていても、建築現場の仮設小屋を建てるからそこに名前が入っているということではないのではないように思うのです。

  社団法人 プレハブ建築協会HP の「協会の目的・特徴」https://www.purekyo.or.jp/feature.html には、
《 当協会は、プレハブ建築の研究開発及び建設・普及を通じて、良質な社会資本の形成と豊かな生活環境の創造を推し進め、もって国民経済の繁栄と国民生活の向上に寄与することを目的としています。 》
と書かれているのですが、その「プレハブ建築」とは何かという点については、どうも、はっきりしません。

  1995年頃の時点での 旭化成工業(株)・宇部興産(株)・エスバイエル(株)・エヌケーホーム(株)・クボタハウス(株)・積水化学工業(株)・積水ハウス(株)・大成建設(株)・大成プレハブ(株)・トヨタ自動車(株)・ナショナル住宅産業(株)・ニッセキハウス工業(株)・ミサワホーム(株)・レスコハウス(株)・・このうち、エスバイエル(株)はいったんつぶれてヤマダ電機に「いぬき」で買収されてヤマダホームズ(株)になり、ナショナル住宅産業(株)はパナソニックホームズ(株)になり、トヨタ自動車(株)はトヨタホーム(株)になり、ニッセキハウス工業(株)はなくなったようですが、これらの会社の建物の特徴としては、「プレファブリケイテッド ハウス」とともに、もうひとつ、構法として「クローズド構法」というものがあります。
  法律上、「オープン構法」と「クローズド構法」があり、在来木造は「オープン構法」で、基本的には誰が建ててもいいという構法で、「クローズド構法」とは、建設省⇒国土交通省 に「システム認定」の申請を出して認定を受けたならば、その認定を受けた者だけがその構法で建てることができるという構法です。 枠組壁工法(ツーバイフォー工法)は、日本に最初に伝わった時点では「クローズド構法」でしたが、その後、「オープン構法」に変わりました。ミサワホームやエスバイエルの木質パネル構法は「クローズド構法」で、システム認定を受けたその業者だけがその構法で建ててよいとされていたものです。「プレファブリケイテッド ハウス」の会社と「クローズド構法」の会社は、だいたい、重なるのですが、意味は別です。 

  嘘を広めようとする業者もあり、1990年代後半に(株)一条工務店が作った構造カタログには、「プレハブとプレカット。言葉は似ていても、意味は全然違います」と大きな字で書かれていたのですが、嘘です。 「プレカット(pre cut)」とは、「あらかじめ」「切る」という意味で、工事現場より以前に・前もって、柱のホゾ、土台のホゾ穴、梁桁材のホゾ穴、土台の継手・仕口、梁桁材の継手・仕口といったものを、プレカット工場で加工して工事現場に運んで、工事現場で組み立てるという方法を「プレカット」とか「プレカット工法」とか言うのです。ですから、「プレカット(pre cut)」とは「プレファブリケイト(pre fabricate)」の一種です。 「全然違います」ということはありません。嘘を言っちゃいけません・・・と思うのですが、毎度、嘘つき大好きの(株)一条工務店に、嘘 つくな・・と言っても、ききません。
  だいたい、私が入社した1992年、(株)一条工務店のカタログとか私が応募する際に見た(株)一条工務店の「ビーイング」における求人広告には、関連会社として「(株)一条ヨーロッパ(バルセロナ)」なんて書いてあってヨーロッパの家具を直輸入する会社だという話でしたが、ほお~お、静岡県浜松市の工務店だというわりに、ヨーロッパのバルセロナに会社を持っているとはたいしたものだな・・・と思いきや、ヨーロッパから誰が帰ってきたとか、誰が行ったとかいう話を全然聞かないので、それをベテランの某さんに話したところ、「何を言ってるんですか。そんなもの、(株)一条ヨーロッパなんて、そんな会社、最初からありません」ということでした。はあ? はあ~あ? 「しかし、カタログに『(株)一条ヨーロッパ(バルセロナ)』と書いてありますよね」と言うと、「書いてあっても、それはヨーロッパにそういう会社を持っているということにした方が会社が大きく見えるから、会社を実際より大きく見せようということで載せているだけで、最初から(株)一条ヨーロッパなんて会社はありません」ということでした。「それなら、『バルセロナ』という地名はどこから出てきたんですか?」と言うと、「だから、ヨーロッパに駐在所があるということにするのに、どこにあることにするといいかという話になって、バルセロナでオリンピックがあったからバルセロナがいいんじゃないか、ということでバルセロナになったんでしょうが」と言うので、「はあ? 普通、そんなことで、バルセロナに駐在所なんてないのに、それをカタログとか求人募集とかに載せますかあ? 全国に営業が何人もおれば、中には嘘つきもいて口頭で嘘を言うやつがいたなんてことならあるかもしれませんが、会社としてカタログや求人募集に活字としてまるまる嘘、まったくないものを載せますかあ? 普通、そんなことしますかあ?」と言ったところ、「だから、普通の会社じゃないでしょうよ。この会社にいったい何年いるんですか。いまだに『普通の会社』だなんて思ってたんですか。どうかしてるんじゃないですか」と言われてしまった。
  1990年代前半のもっとも主要なカタログには、「エアーフローシステム(壁体内換気)」と書かれて、床下から壁体内を空気が通って小屋裏まで通りぬけることで壁体内の結露を解消するシステムで建てている・・・と書かれた図が掲載されていたのです。小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホームズ の木質パネル構法は「壁体内換気システム」というのを「売り」にしていて、その方法は特許を取得していたのでしたが、(株)一条工務店のカタログにも同じような絵が描かれていたので、「へえ。一条工務店でもそういうことをやっているんだあ」・・・と思って(株)一条工務店の建築現場に行って見ると、どう考えてもそれらしきものが見当たらない。それだけではなく、壁体内の結露(内部結露、壁体内結露)を防ぐためには、断熱材の外側に下から上への空気の流れを設けることで結露を解消することとともに、室内側からの湿気の侵入を防ぐために、壁用の断熱材グラスウール・ロックウールには断熱材のメーカーが室内側に薄い防湿層を貼りつけていたのですが、(株)一条工務店の工事現場を見に行くと、どの工事現場に行っても、(株)一条工務店の大工は、筋交いとか巾木・廻り縁とか脚立とかをその防湿層に突き刺して、必ず、(株)一条工務店が使用していた壁用断熱材グラスウールの室内側防湿層を破っていたのです。壁用断熱材グラスウールのメーカー 旭ファイバーグラスが「こちらが室内側です。室内側防湿層を破らないように気をつけてください」と印刷していたまさにその場所めがけて、筋交いとか巾木・廻り縁とか脚立とかを、これでもかあ! と、まるで親の仇みたいに突き刺して破っていたのです。 それで、江東区潮見のウッディランド東京にあった東京展示場〔ウッディランド東京は今はなくなり、跡地に手前にヤマダ電機の潮見店、後ろにマンションが建ったが、ヤマダ電機潮見店もなくなった。〕の「リーダー」で主任だったM崎さん(男。当時、30代前半)に、「一条工務店の工事現場に行って見ても、このエアーフローシステムというのは、設けられているように見えないのですが、どういうようにできているのでしょうか」と、まさか、自分が勤めた会社がありもしないものをカタログに印刷して来場客に片っ端から配っているとは思いもしないものですから、私の見方が悪いのかと思って質問したのです。ところが、普段は何をきいても親切に教えてくれる人だった宮崎さんが、「お客さんに説明する時には、根太の間から空気が通って・・」と、なんか、ごまかすのです。「お客さんに説明する時には」どういう説明の仕方をするかは自分で考えるとして、実際にどうなのかを質問しているのです。それで、「『お客さんに説明する時には』ではなくて、実際にどうなのですか」と言っても、「だから、お客さんに説明する時には・・」とそればっかり言ってごまかすので、普段、何をきいても親切に教えてくれる人なのに、なんで、これは教えてくれないのだろう・・と思ったものでした・・・が、そのうち、カタログから「エアーフローシステム(壁体内換気)」という絵が消えた! ・・そして、「お客さんに説明する時には」ばっかり言いまくったM崎さんは「そりぁ、実際にやってないもん、書いてもしかたないから」とその時になって言うのでした。はあ~あ? 結局、実際にやってもいないものをカタログに絵入りで載せていたんかい?!? 全国に営業が何人もおれば、中には嘘つきもおれば、知識が不確かな人もいて、いいかげんなことを言う人もいるかもしれないし、人間は言い間違いをすることもあるかもしれないとしても、会社が印刷して見込客に渡すカタログに、まったくやっていないようなことを絵入りで印刷するかあ~あ? いくらなんでも、普通、そんなことするかあ~あ?・・・と思ったのでしたが、「だから、普通の会社じゃないでしょうよ。今まで『普通の会社』だなんて思ってたんですか、この会社を・ いったい何年いるんですか、この会社に!!!」とか言われそうです・・・が、今でも、「普通、いくらなんでも、そんなことするかあ~あ?」と思いますね・・・( 一一) ( 一一) ( 一一)
  但し、(株)一条工務店のカタログに載っているからといってすべてが嘘というわけでもない。 「比強度」という単位があって、これは質量あたりの強度のことを言い、この「比強度」で見ると、木は鉄よりもコンクリートよりも断然つよ~い♪・・・とか、(株)一条工務店のその構造カタログに掲載されていたのです・・が、「ま~たまた、自分の所に都合がいい、いいかげんな『単位』をつくり出しやがってからに。そんなもの、質量あたりで見れば、鉄よりもコンクリートよりも木が強いて当たり前やんけ! 逆に、体積あたり・断面積あたりで見れば木よりも鉄の方が強いだろうが。何をしょーもないこと言うとんねん!」・・と思ったら、実は「比強度」というのは(株)一条工務店がつくり出した単位ではなく、建築学の分野で一般に使われているものだったようです。(株)一条工務店のカタログに載っているからといって嘘だとは限らないみたいです(^^♪
  ついでに、1993年、松戸展示場で一緒だった某くんが、営業本部長で松戸展示場の所長を兼任していた天野隆夫が見込客宅に同行してくれた時に、見込客に「木造建築士の資格を持ってます」などと言うので、「ま~たまた、いいかげんなこと言いやがってからに。こんちくしょう。木造建築士なんてそんな資格あるわけないだろうが、ありもしない資格を持ってるなどといいかげんなこと言いやがってからに」と思っていたら、実は「木造建築士」というのは国家資格として実在する資格であり「ありもしない資格」ではなかった(^^)/・・・ということもあったようです。
  ・・・で、「(株)一条工務店のカタログ」に載っていることというのは「あんまり信用性が高くない」というのは事実ですが、それに載ってるから嘘というものでもなく、本当のことを書いている部分については、なかなかいいことを書いている部分もあったのですが、 「プレハブとプレカット。言葉は似ていますが、その内容は全然違います」という文言については、それは「全然違います」。「プレカット(pre cut)」とは「プレファブリケイト(pre fabricate)」「プレファブリケーション(prefabrication)」の一種です。
DSC09712.JPG
↑ こういう関係です。
   1980年代終わり頃の小堀住研(株)では、「プレハブ」と表現すると聞こえが良くないことから、「プレハブ」と言わずに「工業化住宅」と言ったり、そうではなく、構法の性質を表す「木質パネル構法」と言ったり、1部屋ごとに箱にして建物全体も箱にしていく構法だということで「木質パネル一体構造」と言ったりしていたのですが、「パネル」という用語が嫌だという人もいました。「パネル」と言うと安物の印象があると言う人がいたのですが、小堀住研(株)の「木質パネル」というのは、三井ホームとか三菱地所ホームとかのツーバイフォー工法(枠組壁工法)であれば、枠材(ツーバイフォー材)と合板を工事現場で釘で打ちつけるところを、工場で、あらかじめ、接着剤と貼り付けたもののことで、釘による接合よりも接着剤による接合の方が強度が強い、作業にバラツキがないという利点があった一方で、枠材(ツーバイフォー材)と合板を工事現場より以前に貼りつけた「木質パネル」を工事現場に搬入して作っていく構法なので、木質パネル1枚がけっこう重く、年配の大工さんとかだとけっこうきつい・・・といった問題点もあったようですが、枠材(ツーバイフォー材)と合板を工事現場で釘で打ちつけるのと工場であらかじめ接着剤で貼りつけるのとで、後者の方が安物というようなことはないのです・・が、「パネル」という用語が安物くさくて嫌だという人も現実にありました。そうなると、小堀住研(株)は、1990年頃までは、関西と東京都では在来木造ででも建てていたので、そこまで「パネル」という言葉に毛嫌いする人には無理に「木質パネル構法」を勧めずに在来木造で契約してもらって建てるか(新聞販売店で、読売と日経の両方を扱っている店の拡張員で、この人は「朝日」の読者で天地がひっくり返っても読売は定期購読はしない人だと見ると、「読売なんて、馬鹿馬鹿しくって読む気しないですよねえ~え。実は私もそう思ってるんですよ♪(ぶふふ・・) それじゃ、日経とってくださいよ、日経ならいいでしょ。御主人さん、日経3か月とってくださいよ。」なんて勧めるおっさんがいるごとく?)、もしくは「木質パネル構法」という用語を使用しないで、《「ツーバイフォー材と合板を工場で接着剤で貼りつけたもの」を工事現場では釘で打ちつけて建物全体を箱にしていく構法》というような表現をしたりしていました。
   最近では、在来木造でも、相当、工業化されてきており、ドアなども、1960年代、私が小学生の時、私の親がその頃はまだ在来木造の会社だった小堀住研(株)で在来木造の家を建てた時、玄関扉は、扉だけが商品として作られたものをドア枠などは大工工事で造って取り付けたもので、勝手口戸は、扉も枠も大工工事で造ったものでしたが、今では「工業化住宅」「プレファブリケイテッド ハウス」に限らず、在来木造でも、玄関扉も勝手口扉も、扉と枠がセットになった商品をドア材のメーカーが作っていて、それを取り付けるという方が主になっており、「プレハブとプレカット。用語は似ていても全然違います」と全然違うことをカタログに掲載している(株)一条工務店もまた、その扉と枠がセットになった商品を取り付けていたのです。 (株)一条工務店で住友林業(株)の仕事もしていたことがあるという大工さんから聞いた話では、(株)一条工務店も住友林業(株)も「機械プレカット」をおこなって建てているけれども、(株)一条工務店の方が工場加工の度合いが大きいということでした。今では、在来木造でも枠組壁工法(ツーバイフォー工法)でも、どの会社がということではなく、全般として工場生産の度合いは相当大きくなってきていますから、もはや、「工業化住宅」という用語自体が、あまり意味がない用語になってきています。

  社団法人 プレハブ建築協会 という業界団体は今もあるようで、「プレハブ」という略語のイメージが良くないにもかかわらず、今もその団体名を名のっているようです。

  「東京メトロ」「大阪メトロ」の「メトロ」には「地下」という意味はないのですが、かつては「地下鉄」と言っていたものをその名称に変えたことから、どうも、「メトロ」に「地下鉄」「地下」のイメージがついています

  そういう問題がないわけではないが、その用語を使用して表現するのが、かえって物事の適切な理解を妨げているのではないかと思われる用語もあります。「セクシュアルハラスメント」という用語と、特にその略語としての「セクハラ」という用語は、そういう問題がないということではなく、あるのですが、その用語を使用することでかえって物事の適切な理解と対応を誤らせることになっていると思います。
  『別冊宝島Real 050号 まれに見るバカ女との闘い』(2003.7.27. 宝島社)所収の望月真理子「おバカを増殖させた言葉 セクシュアル・ハラスメント」には、
《 従来、「強制わいせつ」や「痴漢」と呼ばれてきた行為のある一部が、セクシュアル・ハラスメント(以下「セクハラ」)という概念で括られ、特別視されるようになったのは、80年代後半のことだ。
  当寺、セクハラの定義は「職場で強い立場にある男性が、弱い立場の女性に対し、何らかの条件と引き換えに肉体関係を要求・強要すること」という、明快にして限定的なものだったと記憶している。今日でいう、<対価型セクハラ>である。
  その後間もなく、この定義は急速な変化を見せる。女性から男性に対する同様の行為があった場合もセクハラであるし、同性間においても成立する。さらに<環境型セクハラ>が加わって、相手を不快にさせる性的な言動はすべてセクハラとされるに至り、セクハラの概念はあまりにも広汎な、かつ極度に主観的なものとなった。乱暴に言うなら、「何でもアリ」になってしまったのである。
  給料ドロボーOLが、少しは真面目に働くよう注意する上司に向かって、「それってセクハラじゃないですかあ?」とのたまう。品位のカケラもないおっさんが、女の子のお尻を触りながら、「これってセクハラ?」とニヤつく。こいつらの存在自体が、社会に対するハラスメント以外の何ものでもないそんなバカ女とバカ男に弄ばれることで、この言葉がかつて持っていた有用性は、ゼロに近いところまで目減りしてしまった。ここに、セクハラという言葉の不幸がある。・・・》
と書かれているが、まさに同感である。
まれに見るバカ女との闘い (別冊宝島Real (050)) - 朝倉 喬司
まれに見るバカ女との闘い (別冊宝島Real (050)) - 朝倉 喬司
 それから、 「ストーカー」という用語もまた、これも、そういう問題がないということではなく、それぞれの内容は異なるのに、この用語を使用して表現することで「ステレオタイプ化」されてしまい、この用語を使用して表現することで、かえって物事の理解を妨げているように思います。この問題について対処するなということではなく、対処する際にこの用語を使用しないで対応した方が、物事の対応としてふさわしい対応ができるのではないのか、と私は思っています。

  「プレハブ」という言葉も、そうです。その用語を使用することで、実際にどういうものなのか、かえって理解を妨げています。 新聞記事を見ていても、湾岸戦争の時に、自衛隊を派遣して良いのかどうか・・という問題で、「多国籍軍のためのプレハブづくりとかならいいのではないか」と発言していた自民党だかのおっさんがいましたが、この場合の「プレハブ」というのは「仮設建物」のことを言っているのであって、「プレファブリケイテッド ハウス」の意味ではありません。 「プレファブリケイテッド」には、「メトロ」に「地下」という意味はないのと同じく、「仮設」という意味はありません。「仮設」という意味はない言葉を「仮設建物」という意味で使用していたのです。一般に「自民党の議員のおっさん」なんてアホの集団やんけ・・・と思っても、その「アホの集団」が日本の政権を握っているのですから、アホとはいえ、用語は適切な用語を使用してもらうようにしてもらわないといけません。
  さらに、東日本大震災の後、震災で住む家を失った人のための仮設住宅のことを「震災被害者のためのプレハブづくり」などと表現していた新聞がありましたが、その記事をよく見たところ、その新聞が「プレハブ」と表現していたものは、構法としては在来木造であり、木質系の「プレファブリケイテッド ハウス」でもなく、鉄骨系の「プレファブリケイテッド ハウス」でもなく、コンクリート系の「プレファブリケイテッド ハウス」でもなかったのです。 「プレファブリケイテッド ハウス」でなく在来木造のものを「プレハブ住宅」と表現して書く新聞記者、および、そういう記事を掲載させている「大新聞」というのは、そういう新聞社・そういう新聞を「クオリティーペーパー」と評価していいのかどうか・・。
※ 《コトバンク クオリティーペーパー 世界大百科事典第二版の解説》https://kotobank.jp/word/%E3%82%AF%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%86%E3%82%A3%EF%BD%A5%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%83%91%E3%83%BC-1160610
《 エリート階層を読者とする質の高い新聞。日本語では〈高級紙〉。広く大衆に読まれる娯楽的な大衆紙と対比的に用いられる。・・・》

  (株)一条工務店の場合は、「浜松流」の営業が意図的に「プレファブリケイテッド ハウス」について誹謗中傷を加えていたところがあります。
  私は、もとから住宅建築業の会社に勤めようと考えていた人間ではなく、高校を卒業する頃までは研究者・学者になるつもりでいましたので、学問論・教育論についての本もけっこう読みましたが、森 毅・齋藤 次郎『元気がでる教育の話』(1982.6.25.中公新書)に、学校の勉強を授業中に理解できるようにするべきか、授業中に理解できない生徒は劣った生徒なのか、という問題について、森 毅(もり つよし)が、
《 ・・宿舎に帰って、いま理学部長してる山口昌也としゃべったら、彼は極端でね、おれは小学校以来、いまだかつて授業中にわかったことはないとかね。彼はわりかた鈍いと自慢しとる。本人は鈍いつもりでおるわけ。それで、彼の説は、「わかる」というのは自己の内面に関わることだから、あんな教室みたいなとこで、一方的にわからせられたりしてたまるかという・・・(笑)。 ・・・ 》
というものがあった。
元気が出る教育の話―学校・世の中・自分 (1982年) (中公新書) - 斎藤 次郎, 森 毅
元気が出る教育の話―学校・世の中・自分 (1982年) (中公新書) - 斎藤 次郎, 森 毅
  《「わかる」というのは自己の内面に関わることだから、あんな教室みたいなとこで、一方的にわからせられたりしてたまるか》という、そういう思考をしていた人間ですから、ですから、会社という所に勤めて、研修で何かを聞いても、常に、そのまま受け入れるのではなく、
1.それは、その会社・その業界・その商品についてはあてはまることだが、他の会社・他の業界・他の商品についてはあてはまらないというものか、どの会社においても・どの業界においても、どの商品においてもあてはまることか・・・といったことを考えながら話を聞いたし、
2.研修で言われたことだから常に正しいと考えるのではなく、実際にそうなのかどうか、自分自身で考える・・という姿勢を持って聞きました。
   具体的な例としましては、大学の4年を2回やっており、最初、来てくださいと言ってもらった会社から、卒業しなくても来てもらっていいと言ってもらったので、そこに行くことも一時考えて、その会社の入社式にも出たのです。その後、そのコンピュータ関連のT社の社員教育担当の部署の男性が、こういうことを言ったのです。「皆さん、親が子供から物をもらった時と、子供が親から物をもらった時と、どう違うか知っていますか?」と。「教えてあげましょうか。教えてあげましょうか。教えてあげましょうか。教えてあげましょうか」と何度もおっしゃるのでしたが、誰一人として「教えてください」という者はありませんでした。誰一人として「教えてください」という人間がないからには、「そうですか。それならやめておきましょう」と言って話すのをやめるか、「まあ、そう言わないで、聞いてくださいよ」と言って話すかどちらかだろうと思ったのですが、その男性はそうではなく、「わかりました。それなら、教えてあげましょう」と言って話し出したのです。あれ? 日本語になっとらんじゃろうが・・・と思いましたが、新入社員ですから、黙って聞いていました。すると、その社員教育担当部署の男性(その時、50くらいかな?)は、「いいですか。子供が親から物をもらった時には、その物に喜ぶのです。それに対して、親が子供から物をもらった時には、物にではなく気持に喜ぶのです。わかりましたか。子供が親から物をもらった時と、親が子供から物をもらった時とでは、こういう違いがあるのです。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか」とおっしゃるのでした。
  それを聞いて、「ええ~え? 違うと思うぞお~お」と思いました。 どこが違うか。 私が小学校1年の時です。算数の授業で、先生が「足し算」「引き算」「掛け算」「割り算」を面白く学べるようにと思ってだと思うのですが、トーナメント大会として、隣の席の生徒と2人並び、先生が問題を出して先に正解を答えた方が勝ちとして、トーナメント方式で、最後、勝ち残った者が「優勝」、決勝戦で負けた者が「準優勝」として「連絡帳」に先生がそれを書き込んでくれる、ということをやったのですが、うちの父親が「次の大会で優勝したら、プラモデルをこうたる」と言ったのです。そして、次の大会で優勝しました。「プラモデルこうたる」と父親が言ったからには買ってくれるのでしょうけれども、我が家は、それまでから、よその子供が買ってもらっているものでも買ってもらえない物が多く、1960年代後半、家の近くのプラモデル屋のショーウインドウには「ゴジラ」「バラゴン」のプラモデルが飾ってあって、「いいなあ」といつもそれを見て思っていたのですが、同級生で「ゴジラ」も「バラゴン」も買ってもらって持っていた者がいたのですが、「いくらしたん?」ときくと、「4000円」ということで、今の4000円ではなくその頃の4000円ですから、その頃、アイスクリームは10円のものと20円のものがあり、よその家の子供は10円のものも20円のものも買ってもらえましたが、我が家は10円のアイスクリームは買ってもらったことが何度もあったのですが20円のアイスクリームは決して買ってもらえませんでした。今、コンビニかスーパーで売っているアイスクリームの値段というと比較的安いもので百何十円ではないかと思うので、アイスクリームの値段による物価スライド制を採用して考えると、その頃の4000円というのは今の4万円以上ということになります。もっとも、アイスクリームの値段で物価スライド制を適用するのが適切かどうかはわかりませんが、ともかく、その頃の4000円というのは今の4000円よりずっと高いのです。それでも、同級生で「ゴジラ」と「バラゴン」の片方を買ってもらっていた者が何人もいたし、両方を買ってもらっていた者もいたのです。だから、今、思っても高いと思いますが、買ってもらったとしても、よその家の子供との比較でなら、よその子供は買ってもらった者が何人もいたので、うちだけ贅沢ということでもなかったのです。よその子供は「足し算」「引き算」「掛け算」「割り算」のトーナメント大会で優勝なんてしなくても、1回線負けでも買ってもらっていたのです。しかし、うちは「プラモデルこうたる」と父親が言ったとしても、4000円の「ゴジラ」なんてまず無理だと思いました。だから、父親が「よっしゃ。プラモデルこうたろ。どういうのが欲しい?」ときくので、「ゴジラ」とか「バラゴン」なんて言っても無理だろうと思いながらも、「ゴジラが欲しいんだけれども、4000円もするから無理だと思う」と言ったのです。そう言えば、「そうやな。いくらなんでも、4000円もする物はそれは買えんわ。もうちょっと安いもん、ないんかな。一緒にプラモデル屋に行って、もうちょっと安いもんないか、きいてみようや」と言うのではないかと思ったのです。ところが、予想に反して、うちの父親は「なんで、無理やねん。なんで、4000円したら無理やねん。こうたるがな、そんなもん」と言うので、「そやけど、4000円もするんやでえ」と言いました。すると、「4000円が何やねん、そんなもん。こうたるがな。買ってやるがな。何をわけのわからん心配しとんねん。こうたるがな。絶対にこうたるがな。ほかでもないこのわしがこうたると言うてやってやっとんねんがな。このわしが、こうたると言うたからには絶対にこうたるがな。心配いりません。絶対にこうたる!」と言うので、びっくりしました。びっくりするとともに、予想外に買ってもらえるとわかって大喜びしたのです。そして、うちの父親と一緒に近所のプラモデル屋に入り、うちの父親がプラモデル屋の奥さんに「あの、ゴジラいうのん、あれ、いくらしますのん?」ときくと、「ゴジラは4000円です」と同級生から聞いていた通りの値段を奥さんは言いました。すると・・・、うちの父親は「たとえ、4000円したってこうたるがな。な~にをわけのわからん心配しとんねん。このわしがこうたるといったん言うたからには絶対にこうたるがな。このわしがこうたると言うとんねんぞ。わかっとんのか」と言いまくったおっさんは、「へえ? 4000円もしまんのん? 怪獣のプラモデルみたいなもんが、4000円もしますのん? ふええ~え。ひえええ~え。ぎょえええ~え・・・。かなんな、もう。かなんな、もう~お。そんなもん、絶対にこうたらいかん。そんなもん、怪獣のプラモデルみたいなもんに4000円なんて、絶対に出したらいかん。絶対に、そんなもんは買うわけにはいかん!」と言うのでした。「ふえええ~え。ひええ~え。ぎょええ~え」と言いたいのはこっちでした。あんた、「たとえ、4000円したってこうたるがな。他でもないこのわしがこうたると言うてやってやってやったっとるんやがな。な~にをわけのわからん心配しとんねん、何をお~お」と言いまくったのはどこの誰やねん??? そして、結局、買って帰ったのは、200円の「バルゴン」でした。最初から、「4000円もするものは買えないわ。たとえ、よその子で4000円のゴジラを買ってもらった子がいたとしても、うちは4000円もするプラモデルは買ってやれないわ。もうちょっと安いもん、ないのか。何百円というくらいのものなら、買ってやれんこともないのやけど」とでも言われてプラモデル屋に行って、それで、200円の「バルゴン」を買ってもらったのなら喜べたでしょうし、喜んだでしょう。プラモデル屋から家までの帰り道、うちの父親は「あんた、バルゴン買ってもらった。あんた、うれしいねえ~え♪ あんた、幸せやねえ~え♪ あんた、うれしい、うれしい♪ あんた、お父さんにバルゴン買ってもらって、うれしい、うれしい♪ あんた、幸せ、幸せ♪ あんた、恵まれてるねえ~え♪ あんた、ほんまにほんまに恵まれてるねえ~え♪ あんた、ほんまに、うれしい、うれしい♪ あんた、幸せ、幸せ♪ あんた、うれしいねえ~え♪ あんた、誰よりも恵まれてるねえ~え♪ あんた、ええお父さんをもって、ほんまに幸せな子やねえ~え♪」と言いまくるのでした。喜べなかった! 何も買ってもらえなかったわけではないので、その「物」には買ってもらってうれしいという部分はまったくないことはなかったが、うちの父親のそういう態度が嫌だった。そして、私が20歳になった時、うちの父親は言うのだった。「あんたには、よそとはちごうて、欲しいという物は、どんなもんでも、何でも何でも何でも何でも、ええもんばっかし、こうてきてやってやってやって、やあってやって、やあってやって、やあってやってやって来たから!」と。それで、「そんなことない! 絶対にそんなことない!」と言ったところ、うちの父親は「はあん!?! こいつ、こんなこと言いよる。困ったやつやなあ。こいつ、これは病気やわ。これは病気がこういうことを言わすんや。間違いないわ。これは治療したらんといかん! 薬飲ませたらんといかん。それも大量に飲ませたらんといかん。いや、薬ではあかん。薬やのうて、電気ショックとかロボトミーとかやったらんといかん! こいつにロボトミーとか電気ショックとかやってわからせてやらんといかん! ロボトミーとか電気ショックとかやって、こいつがこういうことを言わんように言えんようにしたらんといかん! 電気ショック♪ 電気ショック♪ 電気ショック♪ 電気ショック♪」と言うのでした。
スタンガン
スタンガン
( ↑ 「電気ショック」 )
  中学校1年の時、友達と4人で、岐阜から郡上八幡、そして、名古屋から中津川に旅行しました。郡上八幡に行った時、お土産を何か買って帰ろうと思ったのですが、それほど多額の小遣いなんて持っていませんから高い物は買えません。見ていると、今では珍しくないかもしれませんが、煙草の箱の下半分にその土地の名所の写真を印刷したものとして、ハイライトの箱の下半分に郡上八幡城の写真を印刷したものが販売されていたので、それを買ってうちの父親にお土産として渡しました。中学校1年生としては、煙草ではなく、郡上八幡城の写真入りの箱をプレゼントしたつもりでした・・・が。うちの父親としては欲しかったのは煙草であって郡上八幡城なんてどうでもよかった。それで、うちの父親が受け取ってから1週間後くらいに、ふと見ると、屑籠にその箱はまるめて捨ててありました。未来永劫に保存してもらわないといけないとまでは思わなかったけれども、1週間でくしゃくしゃっと丸めて捨てられるとは思っていなかった。1週間で捨てられるのなら、郡上八幡で買わなくても、その頃、うちの父親が普段吸っていた煙草はセブンスターだったのですから、ハイライトを買わなくても家の近所でセブンスターを買えばよかったのです。悲しかった。喜んでもらえると思って買って帰ったら1週間でまるめて捨てられたというのは悲しかった・・・。
  だから、「いいですか。子供が親から物をもらった時には、その物に喜ぶのです。それに対して、親が子供から物をもらった時には、物にではなく気持に喜ぶのです。わかりましたか。子供が親から物をもらった時と、親が子供から物をもらった時とでは、こういう違いがあるのです。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか」と言われても、「そうかあ~あ? 違うと思うぞお~お」と思ったのでした。
  その後、うちの父親が体の具合が悪くなって入院した時、「チャイコフスキーの『くるみ割り人形』を聴きたい」と言うので、それで、私がFM放送から録音した『くるみ割り人形』の演奏のカセットテープを、その時、住んでいた東京都大田区のアパートから大阪市内の病院まで持って行ったのです・・・・が、そうすると、「親が子供から物をもらった時には、物にではなく気持に喜ぶ」かというと、そうではなく、「あんた、それ、ラジオの放送から録音したんやろ。ラジオの放送から録音したもんなんて、音悪い。聴けるかあ、そんなもお~ん!!! 持って帰ってんか、あんたあ!!! そんなもん、このわしが聴けるかあ! 持って帰りなさい! あんたあ!!!」と言うのでした。情けなかった。東京都大田区から大阪市まで持っていった物を持ち帰らせるのなら、それならそれで、もうちょっと言い方というものがあるのではないのか・・・とも思ったが、「そやった、あのおっさんは、ああいうおっさんやった!!!」と思いました。 ですから、「いいですか。子供が親から物をもらった時には、その物に喜ぶのです。それに対して、親が子供から物をもらった時には、物にではなく気持に喜ぶのです。わかりましたか。子供が親から物をもらった時と、親が子供から物をもらった時とでは、こういう違いがあるのです。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか。わかりましたか」なんて、そんなもの、絶対に嘘ですよ。まったく、社員教育てのは、くっだらねえなあ~あ・・と思いました。
  1980年代後半の小堀住研(株)の研修では、もっともと思うものが多かったけれども、中には、それは違うぞというものもありました。最初、大阪駅前の本社で全体の研修が2週間あったのですが、社外講師だとして来たおっさんが「わしらが若い頃は、時計なんてものは家に1つか2つしかなかったもんだ。腕時計にしても親爺が1つ持ってるくらいのものやった。それを、最近は家にいくつも時計があって、又、腕時計にしても一人でいくつも持っとる。それだけ、世の中が贅沢になったということだ。それだけ、最近の若い者は甘ったれとるということだ。最近の若いもんは、甘ったれと~る!」と叫ばれたのでしたが、それは違います。明らかに違うのです。どこが違うか。その小堀住研(株)の副社長と財界団体の会合で知り合ったということで社外講師として研修に来たというおっさんは、私と私の親の中間くらいの年齢だったのではないかと思いますが・・ということは、私の父親は戦争の時、満洲に行き、満洲から帰ってきて明石の高射砲隊にいたそうで、満洲は寒くてうかつに立小便でもしようものなら即座に凍ったそうで、高射砲は撃っても米軍機が飛んでいる高さに届かなかったらしい。うちの父親と同年齢だった母の兄(伯父)は、健康診断で乙種だったそうで、そのため、自分自身が戦争に行くのではなく、戦闘に行く人の背後の役をやっていたらしく、回天という人間魚雷で敵の戦艦に突撃する人の船の整備の仕事をやらされたらしく、それが嫌だったらしい。何が嫌かというと自分が整備した魚雷で突撃して行った人間が死ぬのだから、死にに行く人の船の整備をするという作業が嫌だったらしい。小堀住研(株)の研修に社外講師として来て、「最近の若いもんは、甘ったれと~る!」とお叫びになった男性というのは、私の父親や伯父のように自分自身が戦争中に20代前半であった人間ではなく、私の姉は戦後それほど経たない時期に生まれたのですが、姉より少し年上くらいの年代の人でしたので・・・ということは、要するにどういう時代に生まれた人かというと、「戦争中、米軍のB29とかが空から爆弾落すような時や。防空壕に避難したりして大変な時や。竹槍もって突撃の訓練とかやっとった時期やがな」「そうや」「そういう時期に、おまえの親はいったい何をやっとってん?」・・・という漫才で語られるそういう時期にしこまれて産まれた人だったと思われます。そういう人が社外講師として来て、「最近の若いもんは、甘ったれと~る!」とか叫ばれるのです。「おまえの親は戦争中、ほかの人間が竹槍訓練や、特攻隊やと言うとるまさにその時に、いったい何をやっとったんや?」・・・という時期にしこまれて産まれた人が「最近の若いもんは甘ったれと~る」とか叫ばれたのです。「研修」で。 それで・・・、私が子供の頃、幼稚園児だったり小学校低学年だったりした頃、1960年代半ばから後半も、時計というものは、そんなにいっぱいなかったし、貴重品だったのです。森鴎外の小説『舞姫』だったか『雁』だったかで、大学生が生活に困っている女性を助けたいと思って自分が持っている唯一の「金目の物」である腕時計を売るという話があったと思いますが、森鴎外の時代においても時計は貴重品でしたが、私が子供の頃でもそんなに家にいっぱいはなかったのです。それが今は家に時計はいくつもあるし、腕時計にしてもホームセンターでも比較的安い値段で売っている。それだけ、世の中が豊かになって、「若いもん」が甘ったれとるから、だから、時計がいっぱいあるようになったのかというと、そういう問題とは違うのです。セイコーが「クォーツ」と呼ばれる水晶発振式時計を発明したことで、それまでは精密機械工業として一部の時計メーカーしか作ることができず、貴重品だった時計というものが、安価で正確な時計を作れるようになったのです。セイコーは「クォーツ」を発明したことで、安価で正確な時計を生産することができるようになったけれども、その結果として、それまでは、日本ではセイコーとシチズン(ウォッチの分野)・リズム(クロックの分野)・オリエント時計など限られた時計メーカーしか時計を作れなかったものが、シャープだとかカシオ計算機だとか時計メーカーでない会社も時計を作るようになった。実際には腕時計にしてもシャープやカシオ計算機の腕時計というのは低価格帯のもので、セイコーは日本製のものでは中高価格帯と住み分けができていますが、そのクォーツの発明によって、低価格で正確な時計の生産・販売ができるようになり、それで、家にいくつもの時計があるようになり、一人でいくつもの腕時計を持つこともできるようになったのです。別に「最近の若いもんは甘ったれとる」からという理由ではないのです。なんか、しょーもないこと言うとるな、このおっさんは・・と思いましたが、入社直後の研修でのことですので、「黙ってよなあ~あ」と思って黙っていましたが、「しょーもないこと言うとるなあ」とその男性の講釈には思いました。「戦中、みんなが東京大空襲や大阪大空襲や言うて、B29の爆撃やと防空壕に避難したり、バケツリレーや竹槍での突撃訓練やと言うて、特攻隊で突撃して死んだ人もあったまさにその時に・・・。そういう時に孕んでおまえが産まれたちゅうことは、まさにそういう時におまえの親は、いったい何をやっとったんや?」・・・と言いたい気持ちもないことありませんでしたけれどもね・・・。
  小堀住研(株)の新卒社員研修は、もっともだと思う話が多かった・・けれども、中には、「それはどうかな」と思うものもありました。最初、大阪駅の前の本社で2週間、全体の研修があって、その後、芦屋市のクボタの研修所を借りての営業系社員の合宿研修があったのですが、その合宿研修の時、TQC本部営業部会の課長の川崎(男。当時、40代?)、愛称「デブの川崎」が、「このネクタイ。『うちのが買ってきたもので、イッセー・三宅のネクタイなんですよ』と言うと、ほら、いいように聞こえますでしょ」と言うので、「そうかな?」と思った。 高いネクタイか安いネクタイか、ブランドもんかそうでないかにかかわらず、ネクタイというものは、本人が背広やワイシャツと合わせて、自分自身で、これがいいかな、これが似合うかな・・と考えて考えて選んでこそ、似合うネクタイをつけることができるのであって、イッセー・三宅という、かつてのダイエーホークスの初代ユニホーム、カラスかペンギンみたいなやつをデザインしたおっさんの名前のネクタイであっても、嫁はんにネクタイ選ばせてつけてるようなやぼったいおっさんて、「いいように聞こえます」かな?・・・と思ったのです。その時は口に出して言いませんでしたけれどもね。 そう思っていたら、池上正太郎が『男の作法』(サンマーク文庫)で、私が思ったことと同じことを書いていました。ネクタイをいつでも嫁はんに選ばせているようなことでは、だめだ、と。
新編「男の作法」 (サンマーク文庫) - 池波正太郎, 柳下要司郎
新編「男の作法」 (サンマーク文庫) - 池波正太郎, 柳下要司郎
  このように、「それはどうかな?」と思うものもありましたが、愛称「デブの川崎」が話したことも含めて、小堀住研(株)の研修での話は、もっともなことがど思えるものの方が多かった。 どういうものがあったかというと、
1. 営業として、お客様に話すものは、きっちりとした正確なことを話すようにするべきで、嘘やでまかせを話してはいけません。 もしも、その内容に自信がないようならば、「調べてきます」と言った上で、上役か先輩社員にきくか担当部署にきくか、自分で調べるかした上で、1週間以内にきっちりとしたことをお客様に報告するようにしてください。 決して、デマカセを話してはいけません。
2. 同業他社に対する誹謗中傷はおこなってはいけません。それは、むしろ、同業他社を誹謗する下品な営業として自分の評価を下げることになります。それでも、同業他社についての話をするのであれば、論拠をあげて論理的・科学的に話をするようにしてください。デタラメを言うとか、論理的でない悪口雑言を言うというのは慎んでください。
3. 契約前にお客様と約束したことは、何があっても絶対に実行するようにしてください。契約後になって、契約前に話したことを反故にするようなことは決してしてはいけません。
・・・と研修で教えられたのですが、これは、大いにもっともなことだと思いましたし、それは小堀住研(株)ではあてはまるが他の会社ではあてはまらないというものではなく、他の会社でもあてはまるものであろうと思いました。
  小堀住研(株)ではあてはまるが、他の会社ではあてはまらない場合もあるというものとしては、
[1] 服装は背広上下、紺かグレーの色のもの、ワイシャツは白か水色のものにしてください。ピンクのワイシャツとかはだめです。「替えズボン」として、背広とは柄が違うズボンをはくというのもやめてください。それは、工務店の営業で背広とは違う柄の「替えズボン」をはく人がいますので、一緒にされないようにするために、それはやめてください・・・と言われたのです。
これなどは、小堀住研(株)ではそうだったでしょうけれども、(株)一条工務店などで、「地方」においては、たとえば、福島県浜通り地区などにおいては、1993年に福島県いわき市に赴任した時、いわき市生まれの人から「いわき で、背広上下なんて着ているのは積水ハウスの営業と銀行の営業とおまえだけだ」と言われたことがあったのですが、「え?」と思ったのですが、実際、いわき市みたいな所では、背広きている人間なんてあまりない土地であり、背広上下をぴしいっと着てネクタイしめて行くと、「東京もんが何を売りつけにきたのか」みたいに思われてしまうことがある。実際、背広上下をきっちりと着て、法務局の向かいの店に登記印紙を買いにいったら、店のおばあさんから「何、買ってほしいの。いらんよ。帰って」とか言われて、「売ってるのはあんたやろうが! こちらは買う側だろうが。何、言うとんねん」と思ったけれども、いわき の耳の遠いばあさん相手に、「違いまんがな。登記印紙を買いたいんでんがな。売ってるのはそちらさんでっしゃろ」とわからせようと思っても大変!・・・なので、あきらめて郵便局まで買いに行った・・ということもありました。だから、いわき市の(株)一条工務店の営業は、下はスラックスで上はワイシャツの上にネクタイしめて「国防色」の作業服・・という格好をしている人が多く、私もいわき市にいた時はそれを基本にしましたが、総合住宅展示場の管理事務所のおばさんから、「一条さんはそれが制服なんですかあ?」ときかれたことがありましたが、制服ではないけれども、いわき市・福島県浜通り・茨城県北部においてはそのくらいの格好がその土地には似合っていると多くの営業が判断したのです。だから、都市圏型の小堀住研(株)の研修で、都市圏のインテリ層をターゲットとして考えた服装と「地方」の人間を想定した服装は違うのです。
[2] 小堀住研(株)では、乗る自動車は、外車・オープンカー・ツードアのクルマ・窓にスモークの入ったクルマ・羽根つきのクルマ・・はだめと言われ、又、「お客様よりも高級車に乗らない」と言われたのですが、この「お客様よりも高級車に乗らない」というのは、実際問題として、20代前半の若造がたっかいクルマに乗っとると、「なんじゃ、こいつ!」と思いますし、(株)一条工務店で1993年に福島県いわき市の営業所に赴任した時、東洋大工学部建築学科卒で3年目の春田靖が相当高そうなオフロードカーに乗っていたので、「こいつ、いったい何だ」と思い、又、「こいつの親は何やってる人間なんだ?!?」とも思いました。春田の親は中学校の校長先生だそうで、その親はいったい何教えてるんだ、その親に子供を教えられたくないものだ・・と思いました。 ですから、小堀住研(株)で言われたことは、他の会社においてもあてはまる部分もあるのですが、「お客様よりも高級車に乗らない」というのは、それは大学新卒で入った20代前半から半ばくらいまでの人の話であって、30代半ば以上になると、「多少いいクルマ」に乗った方が、むしろ、「できる男」に見える可能性もあり、「お客様より高いクルマに乗らない」と絶対考えないといけないことはないと思います。又、1980年代後半においては、外車というと「ヤクザさんか不動産屋か運動選手・芸能人の乗るクルマ」という印象がありましたが、最近ではそうでもなくなってきましたし、外車でも「黒のベンツ」とかは今でも「ヤクザさんのクルマ」というイメージがありますし、建築業界の人間は特に「黒のベンツ」は避けた方がいいと思われますが、「オペル」とかは国産車と値段も変わりませんし、その外車にもよるのではないかと思います。
  それで・・・、
  「2.同業他社に対しての誹謗中傷はやらないでください。もしも、同業他社とその商品について話すのであれば、論理的・科学的にたしかなことを話すようにして、決して、デマカセの悪口雑言を言うようなことはしないでください」というのは、これはどこの会社においても共通してあてはまるものだ、と思ったのでしたが、ところが、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ に入社すると、同社の経営者はそうは考えなかった。1993年、(株)一条工務店の千葉県松戸市の松戸展示場で、入社1年目の松田(男。当時、20代後半)が接客した来場客が「エスバイエルのハウス55というの、あれでいいと思うんだ」と話した人があったらしかったが、松田が来場客がそう言われたというのを事務所内で話すと、営業本部長で松戸営業所長を兼任していた天野隆夫が「ハウス55なんて建てたら、地震が来たらひっくり返りますよ、と言うてやれ!」と言うので、あきれて、「そんなこと言ったら・・」とそういうことを言うとどうなるかを説明してあげようとしたところ、天野隆夫から「おまえは黙ってろ! おまえは口きくなあ!」と怒鳴りつけられたのでした。 なんか、程度の低い営業本部長の程度の低い会社に入ってしまったようだ・・と悲しく・哀しくなりました。 「ハウス55」も含めて、小堀住研⇒エスバイエル の木質パネル構法には、どういう理由で・どのように小堀住研⇒エスバイエルの木質パネル構法は地震に強いのか、特に、どういうように在来木造よりも強いのかという理論・理屈があるのです。小堀住研⇒エスバイエルの営業は、よっぽど無能な営業でなければ、それを見込客に話をしているはずなのです。それに対して、理屈もなく、「ハウス55なんて建てたらひっくり返りますよ」などと天野隆夫流の営業をやったのでは、「うわあ。こんな品の悪い、論理的でない・科学的でない、態度の悪い営業の会社なんて相手にしてはいかんわあ」と思われてしまいます。小堀住研⇒エスバイエル には、小堀住研⇒エスバイエル の木質パネル構法は、こうこうこういう理由で地震・台風に強い、こういう理由で在来木造よりも強い・・という理屈・理論があるわけで、その頃の(株)一条工務店にはなかった「構造カタログ」もありましたし、よほどマヌケな営業でなければ、そのあたりを話しているはずなのです。自社の建物が地震・台風に強いというのはこうこうこういう理由でとそういったことをきっちりと話す営業の会社と、天野隆夫のように「どこそこで建てたら、地震が来たらひっくり返るぞ」と言ってやれ・・と、理屈もへちまもなく、単に悪口雑言をわあわあ言うだけの「一条オリジナル」「浜松流」とでは、よほどの「一条びいき」の見込客でなければ、こうこうこういう理由で地震・台風に強い、こういう理由で在来木造よりも強い・・という理屈・理論を聞かせてくれる人の方が良心的な営業という印象を受けるでしょうし、他の条件が同じならそちらで契約した方がいいと考えるようになるでしょう。ですから、「天野隆夫流」は営業としてはマイナスです。そういう「天野隆夫流」を聞かされて幻滅した人で、そして、それでも上司が言うことだからしかたがないと思って見込客にそういう対応をして背を向けられてしまったという営業で「浜松流はここには合わない」と思うようになる人がいるようでしたが、そうすると、1993年だったか1994年だったか、(株)一条工務店の本社は全国の展示場に「売れない営業のグチ10箇条」とけっこう高そうな素材に印刷したポスターを作って送りつけてきて、それを展示場の事務所の壁に貼っておけと言ってきたのですが、そこには「売れない営業のグチ10箇条」の1つとして「浜松流はここには合わない」というのがあったのです。そういうことをやったら売れなくなるぞということをさせて、予想通りうまくいかなかった、やっぱり、そんなやり方はだめだと認識した人間に向かって、「浜松流は全国どこでもいいに決まってるんだ」と理屈も理論もへちまもなく同業他社に悪口雑言をわあわあ言いまくるという「浜松流」「一条オリジナル」をさせようと押しつけるのです。それをやりたくてたまらない症候群が、それが(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫でした。(天野隆夫のこの「病気」はおそらく一生治らないのではないか。特に、「病識がない」という点が難儀なところ。)それ、やって営業活動にプラスになるのなら、それで契約してもらえるのなら、まだわかりますが、マイナスになることはあってもプラスになるとは思えない。そういう営業上プラスになるとは思えないことをやりたくてやりたくてたまらないシンドロームが天野隆夫だったのです。そういう「趣味」の人なのです。ですから、営業上、プラスになると思って言っている人になら、「それは、マイナスになることはあってもプラスになるとは思えませんよ」と説明することもできたのですが、「趣味」でやってる人に営業上プラスにならないと説明しても、プラスにならなくてもマイナスになっても、それをやりたいやりたい症候群の人なのですから、言ってもだめです。 その頃の(株)一条工務店は価格帯としてはクラウンの価格帯のみの会社でしたが、その頃の小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)は、価格帯としてクルマにたとえれば、カローラもありクラウンもありセンチュリーもあるという会社だったが、「ハウス55」というのは価格帯としてクルマにたとえればカローラに該当する価格帯の商品でしたが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が言う「『ハウス55なんて建てたら、住んだら地震でひっくり返りますよ』と言ってやれ」と言うのは、言ってみれば、「カローラなんて乗ったら、ハンドル右にきったら左に曲がりますよ」とか「カローラはブレーキ踏んだら加速しますよ」とか言っているようなものです・・が、私は最初に乗った車はカローラでしたが、カローラはハンドルを右にきったら右に曲がります。ハンドルを右にきったら左に曲がったりはしません。カローラはブレーキ踏んだら減速します。ブレーキ踏んだら加速するなどということはありません。
  「3.契約前にお客様と約束したことは、何があっても絶対に実行するようにしてください。契約後になって、契約前に話したことを反故にするようなことは決してしてはいけません。」というものも、これも、小堀住研(株)にだけあてはまるものではなく、どこの会社においても、どの商品においてもあてはまるものであろうと思ったのでした・・・が、ところが、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ にて、1993年初めに契約していただいた千葉県市原市で建てられるY様宅で、リビングルームに実際の薪を燃やす暖炉を設けたいという希望があり、契約前に「一条工務店では実際に薪を燃やす暖炉を設けることはできますか」と質問され、それで私は設計担当・工事担当・積算担当と問い合わせて、できますという返答をもらい、それを話して契約してもらい、そして、契約してもらった後、設計担当が「営業さんがカタログをそろえて、これをつけてくださいと用意してくれれば、それを図面に入れる」と言うので、又、積算担当が「営業さんが暖炉のカタログを用意して、それをファックスで送ってもらって、これをつけたいと言ってもらえば価格を出します」と言うので、私は暖炉のメーカー何社かからカタログを取り寄せていたところ、営業本部長で松戸営業所長を兼任していた天野隆夫が、「おまえ、いったい何やってるんだ?」と言うので、「Y様のお宅でリビングルームに暖炉をつけたいと言われるので、暖炉のカタログを取り寄せているのです」と答えたところ、営業本部長の天野隆夫は「なんで、そんなことするんだ!?!」と言うのです。「ですから、お施主様の希望です」と話したところ、「施主の希望なんて、なんで、きかなきゃいかんのだ」と天野隆夫は言うのでした。はあ? はあ~あ? 住宅建築業の会社は、施主が希望する家を実現するのが仕事でしょうが! この人、何、言ってるの? と思いました。 「ですから、お施主様が暖炉をリビングルームにつけたいと言われているのです」と話したところ、「だから、そんなもの、つけなくていいだろうが」と天野隆夫は言うのです。「契約前に、『一条工務店では暖炉はつけられますか』ときかれて、『つけることはできます』と答えて契約してもらったのです」と言いました。すると、営業本部長の天野隆夫は「だ~から、契約前に、暖炉はつけられるかときかれて『つけられます』と答えて契約してもらったんだろ。それはいいじゃないか、契約前なんだから。それで、今はもう、契約してもらって、契約金100万円も振込んでもらったんだから、『うちでは暖炉はつけられません』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが! 何考えてんだ、おまえはあ!!!」と怒鳴りつけられたのです。はあ? 「そんなわけにいきませんでしょ。契約前に『できます』と答えて契約してもらったからには、何が何でもその約束は実行しないといけませんでしょ」と言ったところ、天野隆夫は「なんでじゃ。なんで、契約前に約束したことなんて、守らんといかんのじゃあ。契約前に『暖炉はつけられます』と答えて契約してもらったのなら、契約してもらった以上は、『うちでは暖炉はつけられません』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが! それで、暖炉をつけられないのなら解約すると言うのなら契約金の100万円をもらっておけばそれでいいだろうが!!! 何、考えとんじゃ、おまえはあ!!!」と言って怒鳴りつけられた。・・なんとも、えらい会社に入社してしまったものだ・・と思いました。要するに、詐欺です、詐欺師です、(株)一条工務店の営業本部長と(株)一条工務店は。
  「エスバイエルの研修の時も言われましたけれども、契約前にお客様から、こういうことはできますかと訊かれて、『できます』と答えたものは、契約後には絶対に実行しないといけませんでしょ。これは、一条工務店でも変わらないことだと思いますよ」と言ったところ、営業本部長の天野隆夫は「なんでじゃ。なんで、そんなもん、守らんといかんのじゃあ。一条には一条のやり方というものがあるんじゃ。おまえは、エスバイエルに行け、おまえは」と言うのです。なんで、そんな話になる?!? さらに、「いいか。おまえ、一度、辞めた会社にもう一度、応募するのはしにくいだろうから、エスバイエルの提携会社が地方にあるから、そういう会社に応募しろ」と言うのです。「なんで、そんな話になるのですか」と言ったところ、「だから、エスバイエルに行けっつってんだ。一条には一条のやり方があるんだ」と言うのです。天野隆夫の発言によると、「3. 契約前にお客様と約束したことは、何があっても絶対に実行するようにしてください。契約後になって、契約前に話したことを反故にするようなことは決してしてはいけません。」というのは、それは「エスバイエルのやり方」であって、「契約前に、こういうものはできますかと尋ねられたら、何でも『できます』と答えて、契約して契約金の百万円を振り込んでもらったら、『それはうちではできません』と言って適当に建ててしまえ。もし、できないのなら解約すると言うのなら契約金の百万円をもらっておけがいい」というのが、それが「一条工務店のやり方」だと言うのです。・・しかし、それが「一条工務店のやり方」なのか? ・・私は(株)一条工務店の11年余り在籍して、「永年勤続表彰」の時計をもらいましたが、自分と同じ頃に入社した人でも、後から入社した人でも、自分より前からいる人でも、そんなことしていない人の方がずっと多いのです。天野隆夫が営業本部長であっても、数からいけば、天野隆夫の方が(株)一条工務店の営業としては少数派なのです。ですから、「契約前に、こういうものはできますかと尋ねられたら、何でも『できます』と答えて、契約して契約金の百万円を振り込んでもらったら、『それはうちではできません』と言って適当に建ててしまえ。もし、できないのなら解約すると言うのなら契約金の百万円をもらっておけがいい」というのは、それは「(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫のやり方」であって、「(株)一条工務店の営業のやり方」ではない! と考えるべきでしょう。しかし、それでも、そういう詐欺師が営業本部長である以上、詐欺師の考え方はこの会社からなくならないでしょうけれども、それでも、この会社の営業誰もがそういうことをやっているわけではないのであり、そうである以上、その「詐欺師のやり口」を「一条工務店のやり方」と認めることはできないし、「3. 契約前にお客様と約束したことは、何があっても絶対に実行するようにしてください。契約後になって、契約前に話したことを反故にするようなことは決してしてはいけません。」というのは、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) では通じても、(株)一条工務店では通じない営業手法というものではなく、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株)でも(株)一条工務店でも共通する営業の考え方である、と考えるべきもののはずです。「20代の頃に浜松でちょろっと特別扱いの営業やっただけの男」の天野隆夫が言っていることがおかしいのです。

  そして、いよいよ、「1. 営業として、お客様に話すものは、きっちりとした正確なことを話すようにするべきで、嘘やでまかせを話してはいけません。 もしも、その内容に自信がないようならば、「調べてきます」と言った上で、上役か先輩社員にきくか担当部署にきくか、自分で調べるかした上で、1週間以内にきっちりとしたことをお客様に報告するようにしてください。 決して、デマカセを話してはいけません。」という部分です。
  1993年初めに契約してもらった千葉県市原市のY様を浜松市の工場の見学に案内した後、浜松市のJR「天龍川」駅の南側の総合住宅展示場に(株)一条工務店が3展示場、出店していた所に案内した時だったと思うのですが、工場見学会として予定していた日程で行けないということで、又、浜松のインテリア館で家具を見たいという希望があったので、ご夫婦を私が別にお連れしたその時だったように思うのですが、もしかすると他の時だったかもしれません。

( ↑ 総合住宅展示場は、場所を移ることが多いのですが、静岡県浜松市南区青屋町400 の SBSマイホームセンター浜松 は、今もあるようです。 (株)一条工務店の展示場の総合住宅展示場の中での位置は、かつてあった場所とは異なる位置に移動したものもあるようです。)
ともかく、JR「天龍川」駅の南の総合住宅展示場に(株)一条工務店が展示場を3つ出していた所の1つの展示場で、来場客に浜松の営業がアルバム帳を見せて構造について話している横を通りかかりました。そこで、(株)一条工務店の「浜松営業」が何を言っていたか!!!
  はあ~あ、程度の低いやつだなあ、程度の低い営業だなあ。 浜松の営業てのは、こんな営業でも売れるのか・・・と思いました。・・まあ、何しろ、その頃、(株)一条工務店は、「セゾン275S1」という基本的なタイプを、「施工面積」という延べ床面積よりも広い面積になって、坪単価としては安めの金額になる面積で見て、東京都では坪55万円で売らされていたのに対して、浜松・掛川では坪48万円、名古屋南営業所では坪49万5千円でダンピング販売していたし、静岡県中西部・愛知県のみテレビ広告をドカンと一発やりまくっていたし、静岡県中西部・愛知県のみ、テレビ番組のスポンサーにもなっていたし、そもそも、その頃の(株)一条工務店の商品というのは「浜松向け」の商品であり、東京の住人からは「何、これえ~え。田舎のいえみた~い!」と言われるものでも、浜松ではそれが「ちょうどいい」というものだったし、東京展示場は2階ホールは端から端まで床鳴りのする展示場で外壁には黒い筋がたらあ~っとついている展示場だったのに対して浜松の展示場はどれも新しくてきれいだったし、耐震実験とかも浜松でやったし、「見せるための工場」も浜松にあったし、「地元の会社」という売りが浜松・掛川近辺にはあったし、東京都では「ピンコロ」という小さい束石での施工だったのに、浜松・掛川・名古屋では「マンホールのふたみたい」なでっかい束石をサービスしていたし・・・で、もともと、東京とは全然違う条件でやっていたので、営業が少々なっていなくても浜松では、そもそも、坪55万円と坪48万円という差があると、全国メーカーの商品で東京で競合する商品と浜松で競合する商品では、浜松では東京で競合する商品よりもひと回りか二回り下の商品との競合で浜松の営業は営業やっとったのであり、又、東京展示場は有望見込客が少ない展示場だったにもかかわらず、最大で13人も配属されていたのに対して、浜松・掛川・名古屋の展示場に配属される営業の数はそれよりもずっと少なく、少ないπ(ぱい)を多人数で分けさせられる展示場と、多いπ(ぱい)を少人数で分ける展示場とでは条件が違うのは明らかだった。だから、浜松の営業が営業としてろくな営業でないにもかかわらず、それなりに売れたとしても、「そんなもん、当たり前やんけ!」というものだった。東京の営業からすれば「ふざけるな、浜松・掛川・名古屋!!!」といったものだった。今は昔、平松紳二という漫画家の『ブラックエンジェル』という漫画があったが、そこで雪藤という男が、「ブラックエンジェル、地獄へ落ちろ!」と叫んで自転車のスポークの先をとがらせたもので「悪」の首筋を指すという場面があったが、まさにそんな感じ、「ブラックエンジェル、地獄へ落ちろ! 浜松・掛川・名古屋!!!」て、そんな感じ!!!
  (株)一条工務店の「浜松営業」は、建築現場の軽量鉄骨造の仮設小屋の建物が錆びてきている写真を客に見せて、「ほら。錆びてきていますでしょお。こういうのを『プレハブ』と言うのです」と、そう説明していたのだった。はあ? それは「プレファブリケイテッド ハウス」とは違うぞお! それは「軽量鉄骨造の仮設小屋」であって「プレファブリケイテッド ハウス」とは別だぞお~お! と思ったし、「プレファブリケイテッド ハウス」というのは「あらかじめ」「前もって」作る住宅のことであって、鉄骨造のものもあれば、木構造のものもあり、コンクリート造のものもあるのであって、軽量鉄骨造の仮設小屋が錆びたとしても、だから、「プレファブリケイテッド ハウス」の木構造の構造材の木が錆びるか? コンクリート造の「プレファブリケイテッド ハウス」のコンクリートが錆びるか? ・・・というと、木は錆びません! コンクリートも錆びません! 錆びる可能性があるのは鉄であって、木やコンクリートは錆びません!!! それから、「プレファブリケイテッド ハウス」で鉄骨系のものにしても、建築現場の仮設小屋の軽量鉄骨造の建物とは違います。 建築現場の仮設小屋の軽量鉄骨造の建物と、戸建住宅として長く住んでもらおうという建物とは同じではありません・・・が、それを同じだとお客様に説明して騙す、木構造の「プレファブリケイテッドハウス」もコンクリート造の「プレファブリケイテッドハウス」も軽量鉄骨造の仮設小屋だと客に話し、鉄骨造の「プレファブリケイテッドハウス」と建築現場の仮設小屋を仮設小屋としてでなく長く使用したものが錆びてきた写真を見せて、「プレハブ」とは軽量鉄骨造の建築現場の仮設小屋のことで、この写真のように錆びるものだと無茶苦茶言うのがそれが(株)一条工務店の「浜松営業」だった!!!( 一一) ( 一一) ( 一一)・・・あきれた!・・・( 一一) ( 一一) ( 一一)
・・かつ、東京圏の見込客なら、競合相手として鉄骨造の会社もあり、鉄骨造の会社ではどういう措置をして錆びないようにしているかといったセールストークがあるし、「プレファブリケイテッドハウス」の木構造の会社・鉄骨造の会社・コンクリート造の会社もいっぱいあるので、そういう無茶苦茶なことを言うと、「一条工務店の営業さんて、何もわかってないんですね」と集中砲火を浴びることになり、「多数決をとると負ける」ことにもなるのに対して、浜松では在来木造が有利な土地柄であり、東京圏・関西圏よりも非木造での強敵が少ない地域であることから、そんな営業でも通じたようで、浜松の展示場のその時のお客さんも、そんな無茶苦茶を聞かされて、「そうなんですかあ」などと言って感心して聞いていたので、もしかして、遠州人てアホなの??? ・・・という疑問も持ちました。
 そういえば、(株)一条工務店の入社して2か月目か3か月目かの中途入社の新入社員研修で、静岡県のどこだったかの所長のH村さん(男。当時、40くらいか?)が「だいたい、こういう浜松のような気候の暖かい所というのは、頭の中味も暖かい人間が多いという傾向があるんだけど、浜松とかこのへんも、そんなところがあって、頭の中味もあったかい人間が多くて、あんまり、頭よくねえんだ」と半分冗談みたいに話したことがあったのを思い出したが、「気候と頭の中味との相関関係」というのが正しいのかどうかよくわからないが、「浜松営業」の言う無茶苦茶を聞いて「はあ。そうなんですかあ」と感心して聞いていた遠州人のお客さんを見ると、もしかして、遠州人てアホなの??? ・・と、こういうことを言うと遠州人に失礼かもしれんが、実際のところ、そう感じた。
  それに、その写真で錆びていたのは、あくまでも、「金属系サイディング壁」が錆びていたのであって、軽量鉄骨造の骨組みではなかったはずなのだが、そんなもの、おかまいなしというのが「浜松営業」だった・・( 一一) ( 一一) ( 一一)

  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の営業で、「プレファブリケイテッド ハウス(pre fabricated house)」に誹謗中傷を加えたい症候群の男は、その時の「浜松営業」だけではなかった。 1992年に新卒入社して浜松の営業所に配属されて、4月から8月途中まで浜松の営業所に在籍して契約棟数ゼロ棟だった小野田くん(男。当時、20代前半)が、1992年8月半ばに東京展示場に本人の希望で転勤してきたのだが、小野田くんもまた、浜松の営業から、「プレファブリケイテッド ハウス」に対する誹謗中傷を教えられてきたようで、どういうことを言うかというと、
「 プレッハっぶう~う! 」
とか頬をふくらませて言ってみせる、というそういうことをするのだった。何、この品のない男は・・と思ったのだが、小野田くんが言うには、小野田くんは、当時、(株)一条工務店で通算契約棟数2位だった浜松の営業所の所長の平松さんの直弟子だそうで、それが「平松所長のやり方」だと言うのだったが、そうだとすると、平松さんという人は、新入社員にろくな教育をしない男だ・・ということになるが、それは実際にそうだったのかどうかわからない。 なぜかというと、私は平松さんから一度だけ、「平松流」の構造アプローチについて教えてもらったことがあるのだが、親切に教えてもらったと思っているし、そんな変な人だという印象はなかったのだ。小野田くんが言う「平松所長のやり方」と実際に会った平松さんの印象は全く違ったのだ。
   そして、私自身もまた、入社2年目の1993年、営業本部長の天野隆夫が、中途入社してすぐの秋山という「新潟大卒」だというが、そのわりに、「こいつ、本当に国立大学でてきたのかあ?」て感じの男を一緒に客宅に連れて行けと言うので、その時の見込客は、「本命:大成パルウッド、対抗馬:三井ホーム、ダークホース:なし。穴馬:三和ホーム。大穴の大穴になんとかはいった:一条工務店」という見込客であり、なんとか、それをひっくり返すことはできないものか・・と考えながらも、その方法が思い浮かばないという状態で、たとえ、本名の大成パルウッドの営業が大チョンボしたとしても、その時には対抗馬の三井ホームで決まるだろうし、その2つのどちらかで決まる可能性が大きく、(株)一条工務店は私がアピールしたことで、一応、話は聞きましょうということにしてもらったという人であり、とても、新人を連れて行けるような状態ではない相手だったので、それで、「すいません。ほかのお客さんの所にしてもらえませんか。このお客さんは新人を連れていけるような状態ではありませんので」と言ったのだが、「ぼくが連れて行けって命令してんだよお。いいから、そのお客さんの所に秋山くんを連れて行け」と天野隆夫が言うのでしかたなしに連れて行ったところ、天野隆夫が「秋山くんはクルマの運転に慣れているから、秋山くんのクルマに乗せてもらって行って」と言うので、それで、秋山に運転させて行ったところ、先に大成パルウッドの営業が来ることになっているが、2時間で帰ることになっているから、その後なら話をしてもいいと言ってもらえたので、2時間待って、その時刻にお客様宅に行き、「そのあたりにクルマを停めて」と言うと、先輩社員の私が適切な場所を指定して指示しているにもかかわらず、「はあ」と言って行きすぎ、「競合相手と正面から顔あわさない方がいいと思うから、そのあたりに停めて。行かないで」と言っても指示をきかないで、わざわざ、競合メーカーの営業とごっつんこする位置に行き、さらには、客宅で話をしていると、横からトンチンカンなことを言い出し、黙るように合図をしてもきかなかった。なんとも、困ったやつを一緒に連れて行けと言われたものだった。小堀住研(株)で入社1年目、松戸展示場で、営業課長のUさんが「おめえは、本当に優秀だなあ」とにやにやしながら話すので、どういう意味なのだろう・・と思うと、その前年、中途入社で入ってUさんの営業課にいたAさんという男性が物覚えが悪く、展示場の2階ロビーの床材を「これは、朝日ウッドテックのランバリー ツーという床材だ」と教えて、しばらくして、「おい、そこの床は何だ?」と尋ねると、「う~ん、う~ん」と唸った末、「ランジェリー ツー」と答えたそうで、「おまえ、それ、お客さんに言うなよ!」と言ったといい、「1坪は2帖だ。2帖が1坪だ。そこの部屋は6帖の部屋だが、何坪だ?」と質問すると、「う~ん、う~ん」と唸って答えられなかったそうで、そのAさんと比べて「おめえは本当に優秀だなあ」と言われたようで、要するに、冗談だったのだった・・・が、(株)一条工務店で松戸展示場で秋山を一緒に連れていかされて、私は少なくとも秋山よりはずっと優秀だったと思った。なぜなら、私は一緒に行く先輩社員がそれはやめろと言えばやめたし、先輩社員の担当の見込客に勝手にトンチンカンなことを横から言うというようなことは絶対にしなかったからだ。秋山はニコチン中毒で、私の横の席に座っても朝から晩までひっきりなしに煙草を吸い、そのおかげで私は気分が悪くなり、咳が出てきたのだが、そうすると、秋山は「どうしたんですか。体、気をつけた方がいいですよ」などと言うので、このウルトラのアホ、いいかげんにしろ。おまえ、本当に国立大学でてきたのか?・・と思ったことがあったのだが、営業本部長の天野隆夫から「おい、秋山くんが、おまえのおかげで一条の営業の仕事ができないと言ってるじゃないか。どうしてくれるんだ!?!」などと私に言うので、びっくりするとともに、あきれた。天野隆夫は営業本部長ならば、そういう困った男を一緒に客宅に連れて行けと言って私に迷惑をかけたのだから、「申し訳なかった」の一言くらいは言うもののはずであり、それを言わずに、「おい、秋山くんが、おまえのおかげで一条の営業の仕事ができないと言ってるじゃないか。どうしてくれるんだ!?!」とは、いったい何事だ!!! 天野隆夫は「秋山くんに『一条工務店の家はガラスが良くないから売れたもんじゃない』と教えただろう。それから、ユニットバスが良くないと言っただろう」などと言うのだったが、私は秋山に窓ガラスについてなど、一言として話したことはない! ユニットバスがいいとか悪いとかいう話もしたことも、一言として、ない!  天野隆夫は、私に「おまえのおかげで秋山くんが、一条でやっていく自信がないと言ってるじゃないか。どうしてくれるんだ!」と言うのだったが、そういう文句は私が天野隆夫に言いたい文句である。おまえのその態度のおかげで、こっちは大変、ショックを受けているんだ。私は秋山に窓ガラスについて何か言ったことはないし、ユニットバスについても言ったことはない。おのれが努力しないで、迷惑をかけた連れていってもらった先輩社員のせいにするようなあんぽんたんの男など、辞めるならさっさと辞めればよい! 天野隆夫のウルトラ フーリッシュのおかげで、むしろ、私の方が大変な精神的ショックを受けて迷惑している!!!  だから、その時の秋山と同様に、小野田くんが、平松さんから教えられたわけでもないものを「平松所長のやり方」と称して言いまくっていた、という可能性は可能性として十分ありうることだったのではないか・・と思ったのだ。
  小野田くんは、聞いていて、情けなくなるような品性下劣なその「ぷれっは、ぶうう~う♪♪♪」と言ってみせるというのを、私などに話すだけではなく、お客さんにもやるようだった。そういうことをすると、攻撃した相手よりも自分の方が、「品のない営業」「他社を誹謗する質の低い会社」という評価を受ける可能性が小さくない。それを平松さんがやれと指示したのであれば、平松さんも、営業所長としてあまり評価できないことになる・・・が、可能性としては、違うのではないかと私は思っている。平松さんは教えていないとしても、「浜松営業」でそういうことをやる人がいたのではないか。 それを小野田くんは真似て得意がっていたのだと思う。そういうことを新人の前でやって見せている「浜松営業」には、「そういうことはやめろ」と言わないのが(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫だったのだ。

  日本共産党の議長だった野坂参三は慶應大学の経済学部の学生だった時、塾長の小泉信三のゼミにいたそうで、小泉信三は野坂参三を大変高く評価して、大学に残したかったらしく、小泉信三という人は近代経済学者で、社会主義といったものには否定的な立場の人であり、野坂参三とは考え方が違うのではないかと小泉信三に言ったところ、「そんなものは何の関係もない。たとえ、自分と考え方が違っても、優秀なものは優秀だと認めるべきだ」と小泉信三は話したという。そして、小泉信三は『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)の「序」で、戦後すぐの時代に革新勢力が選挙で勢力を拡大したことについては、国民に革新勢力を支持する人がいる気持ちはわかると言い、それは革新勢力の人間には気概があるのに対して、保守の候補者の言うことを聞いていると、品性下劣で耳を塞ぎたくなるようなものがある。しかし、それが保守なのか、それが資本制経済を維持しようとする立場なのかというと、そうではないと小泉信三は言う。保守というのは、そういう品性下劣で耳を塞ぎたくなるようなもののことではない、と言う。 (株)一条工務店の「浜松営業」とか「平松所長の直弟子」と名乗る小野田くんの言うことを聞いていると、在来木造というのはなんだか程度の低いもののように思えてくる。しかし、それが在来木造なのか。杉山英男は『木造の家は地震に強いか』(講談社 ブルーバックス)・『地震と木造住宅』(丸善)などで、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法(木質プレハブ)には優れたところがあるが、しかし、それなら在来木造というのはくだらない劣った構法なのかというと、そういうことではない・・と述べる。
  小泉信三は保守の側の人間であったけれども、だからと言って、品性下劣で耳を塞ぎたくなるようなそんな「保守」の人間が選挙に落ちたとしても、そんな人間なんて落ちればいいのだ、と言い、それが「保守」じゃないと言う。同様に、(株)一条工務店の聞いていると情けなくなるような「浜松営業」、無茶苦茶なことを来場客に話して得意がっている「浜松営業」、「ぷれっは、ぶうう~う」とか頬をふくらませて言ってみせて喜ぶ「浜松流」営業を見ると、それが在来木造だとすると、それが(株)一条工務店の建物だとすると、程度の低い会社やなあ・・て感じがして、契約しない方が良さそうだな・・という印象を受けることになるのだった・・・が、杉山英男が言うように、それが在来木造ではないはずなのだ。
地震と木造住宅 - 杉山 英男
地震と木造住宅 - 杉山 英男

  ・・・それで、↑の写真の明治大学の「プレハブ棟」だが、構法としては、おそらく、軽量鉄骨造、軽量鉄骨の軸組構法ではないかと思う・・が、「プレファブリケイテッド ハウス(pre fabricated house)」とは違うと思うのだ。
  湾岸戦争の時に「多国籍軍のためのプレハブ造りくらいなら、自衛隊がやってもいいのではないか」と発言した自民党の誰やったかなんてのは、もともと、「自民党のおっさん」なんて「アホやから自民党やってる」みたいのが多いのだから、しかたがないといえばしかたがないのかもしれない。 又、「東日本大震災による被災者のためのプレハブ住宅」といった表現をした新聞記者は、一般に昔から、新聞というのは「インテリが作ってヤクザが売る」なんてことを言ったもので、「売る」人間というのはヤクザでないとしても、あんまり、インテリではない方の人が売っているのに対して、作っているのは「一流大学」を出た人間が記者をやっていることが多いはずで、それから考えると、いいかげんな用語を使うというのは感心しない・・・としても、建築を専門とする人間が書いたものではない・・というところはある。
  それに対して、明治大学という大学は、昔から「駿河台界隈においては、駿台予備校の学生の方が明治大学の学生よりえらそうにしている」と言われる大学・・・ではあるけれども、そのあたりはともかく、まがりなりにも、「建築学科がある大学」であるということを考えると、「プレハブ棟」「プレハブ」という表現を安易に・曖昧なままで、使用するというのは、いかがなものであろうか・・・と思うのだ。

  どうだろうか。もし、明治大学のあの案内図を作成した人が、このブログを見られることがあったなら、一度、考えてみていただきたい。案内図については、南を向いた位置にでも上を北にした図を掲示し、東を向いた位置に西を北にした図を掲示したりしている図をけっこう見るのだが、なんで、そういう向きに書く? ・・と思うものをよく見るが、明治大学の案内地図については、南を向いた位置には南を上にした図を掲示するといった配慮がされており、その点については考えて作られたものだと思う。
  「東京メトロ」という言葉の「メトロ」には「地下」という意味はない。「プレファブリケイテッド(prefabricated)」は「前もって作られた」「あらかじめ作られた」という意味であって、「安物」とか「仮設」という意味はないはずで、それを
DSC09515.JPG
この建物の名称として「プレハブ棟」と表記するのは、いいとは思わない。 どうだろうか。

  明治大学の「プレハブ棟」の外観を見たい人は、JR「御茶ノ水」駅の西側の改札口を出て、駅の前の交差点を南西に渡り、南北の通りを南に行き、最初の交差点 ↓ を、
DSC09491.JPG
( ↑ は北側の建物。「ニュー駿河台ビル」というらしい。かつては明治大の生協があった場所で、その後、富士銀行のなんとか支店になっていた場所。)
右折し(西に曲がり)、左側、南に曲がる道を1つめ、2つめと通り過ぎて、さらに西に進むと、南側に下りる階段が見えます。↓ この階段は明治大学の敷地内ではなく、公道のようです。
DSC09512.JPG
↑ この階段を下ります。
明治大学の建物と建物を結ぶ渡り廊下の下をくぐり、左に曲がる道(東に曲がる道)があるので曲がります。

  階段を下りて左に曲がると、右手(北側)の明治大学の建物は ↓
DSC09514.JPG
↑ 「この先は学外者の立入りを禁止します。
     (防犯カメラ撮影中)
       明治大学  」
と書いてあるのですが、こういう掲示て、悲しいですね・・・。
  この建物の場合は、比較的小さい建物なので、誰でも彼でも入られたくないというのはわからないこともないのですが、大学という所で、防犯カメラで人が入るのを撮影して、入れないようにしようというのは、なんか悲しい・・・。

  この「入っちゃだめえ」という校舎のことを「猿楽町校舎」と言うらしい・・。↓


  そして、まっすぐ行くと突き当りは右に(南に)曲がるしか行きようがない。その北と東が道路の北東の角地にあるのが、
DSC09515.JPG
↑ この「プレハブ棟」と案内図に表記されている建物です。 「プレハブ」棟という表現は、「建築学科がある大学」としてどんなものか・・と思います。 「プレハブ」という用語が適切に使用されていない、という点について、「建築学科がある大学」なら、そのあたりについて、考えてもいいのではないでしょうか。


[おまけ]
  先ほどの、「ニュー駿河台ビル」が北西にある所を西に進んで、南に下りる坂道の1つめ、2つめを通り過ぎたあたりの北側だったと思うのだが・・・。 や、や、や、甲子園球場みたいな建物がある(^^♪
⇒《YouTube-六甲おろし 唄:立川清登》https://www.youtube.com/watch?v=yV814_p2fxE
DSC09517.JPG
・・・と思いきや、現地の説明板を見ると、「文化学院」の建物だった。
  東京建築探偵団+増田彰久(写真)『建築探偵術入門ー東京、横浜の西洋館230を追跡する』(1986.9.25.文春文庫)には、
《 文化学院
竣工年:昭和12(1937)年。 設計者:西村伊作。
所在地:千代田区神田駿河台2-5.
  ”ストリート・アーキテクチャ”という言葉がある。 ”街路の建築”とでも訳すのだろうか、それが建っているだけで、何となくその通りが引き立つというような建物のことを言う。
  この文化学院は、壁を這う蔦(つた)、装置としてのヴェランダ、軒先から顔をのぞかせるスパニッシュ瓦、とまるで”街路の建築”の見本のような作品である。この建物の設計をした西村伊作は、文化学院の創立者。独学で建築を修めた人である。》
と出ている。 (株)一条工務店のような「バカでも入れる私大の建築学科」卒をありがたがって増長させるのが趣味の経営者の会社では、能力を発揮できなかったタイプの人だった・・ということか・・・。
  1937年というと、「戦さ(いくさ)長引く(1937)、日中戦争」で、日中戦争開始、盧溝橋事件の年。

  文化学院は、《ウィキペディアー文化学院》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%87%E5%8C%96%E5%AD%A6%E9%99%A2 によると、
《 1921年(大正10年) - 西村伊作により各種学校として開校。創立には、歌人の与謝野寛・与謝野晶子夫妻、画家の石井柏亭も携わる。学校令に縛られない自由な教育を目指し、あえて各種学校としたという。》
と出ているが、
《 2018年(平成30年) - 学校法人了徳寺学園と統合し、平成29年度(2017年度)をもって文化学院閉校。》
という・・・が、明治大学と駿台予備校にはさまれるような場所に、建物は今もある・・・。

  (2020.12.17.)

☆ ヴォーリズ設計の「山の上ホテル」について。⇒[第807回]《ヴォーリズ設計「山の上ホテル」見学。私が肉体労働のアルバイトをさせられていた時に椅子に座って法律の本を読んで司法試験に通ったモラトリアム人間病の男。小学校の同級生に3べんまわってワンと言えという男の話。夏目漱石が卒業した錦華小学校の北の錦華公園。》https://shinkahousinght.at.webry.info/202012/article_3.html 》 

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック