真宗本廟(東本願寺)参拝【4/4】大寝殿・菊門・玄関門。「修行できる人が救われるなら、修行できない人は救われないということになる」。景観に調和する外観が悪いわけではないが、交番は交番とすぐわかる意匠にすべきではないか。

[第802回]
  阿弥陀堂・御影堂の方を向いて右側に「参拝接待所」があり、その奥(西側)に「ギャラリー」があります。
「ギャラリー」の1階では、渉成園についての写真とその説明、地下1階では、親鸞の生涯の説明が掲示されています。地下1階のビデオでは、親鸞と法然についてのアニメーションが放映されていました。そこでは、
「もしも、お寺に高額の寄進をすれば救われるということならば、寄進することができない人は救われないことになる。
もしも、修行すれば救われるということならば、修行することのできない人は救われないことになる。
そうではなく、誰もが救われなければならない」
と法然が語る場面が放映されていました。

  この「ギャラリー」に、東山の延仁寺という寺が、親鸞が亡くなった時に火葬した場所だという説明書きが出ていたのですが・・、「あれ? 親鸞が亡くなった時に火葬した場所というのは、清水寺の南、大谷本廟の北にある『お荼毘所』ではなかったのかな・・」と思ったのですが、《ウィキペディアー延仁寺》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BB%B6%E4%BB%81%E5%AF%BA によると、《 浄土真宗の宗祖・親鸞の遺体を、荼毘(火葬)に付した寺院である。・・・延仁寺の道路の向かい地蔵堂の脇に「親鸞聖人御荼毘所」の碑が、隣接する延仁寺墓地の脇の「見真大師御荼毘所道」を登っていくと、「見真大師御荼毘所」の碑と親鸞の石像が祀られている。なお、浄土真宗本願寺派の寺伝では、現在の大谷本廟(西大谷)に隣接する地に「延仁寺」があったとされており、大谷本廟の飛び地境内には、同派により「親鸞聖人荼毘所」の碑が祀られている。》とあり、真宗大谷派では、京都市東山区今熊野字総山2 の真宗大谷派の寺院の延仁寺がある所が親鸞の遺体が火葬された場所だとしているが、↓

( ↑ 京都市東山区今熊野字総山2 。 延仁寺。 大谷派が親鸞の遺体が火葬された場所と考えている所。)
浄土真宗本願寺派では、東山でも清水寺の南側、京阪本線「清水四条」駅から東に進んだ突き当り、京都市東山区五条橋東6丁目514 の大谷本廟(西大谷)の北側にある「お荼毘所」が親鸞の遺体が火葬された場所だとしていて、↓

( ↑ 京都市東山区五条橋東6丁目514。 大谷本廟(西大谷) )
どこが火葬された場所かについての認識が大谷派と本願寺派とで異なるらしい。
※ 真宗教団連合 親鸞上人を訪ねて 延仁寺 https://www.shin.gr.jp/shinran/site/s_011.html
※ 大谷本廟HP 「境内地図」 お荼毘所 https://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/html/n1c1p3.html

  「ギャラリー」1階の北よりから、「大寝殿」、それに、「菊門」・「玄関門」の内側が見えます。又、地下にある「視聴覚ホール」の上の部分が見えますが、「視聴覚ホール」は、現在、コロナウイルスの問題により入れないようで、「ギャラリー」より北側は一般参拝者は入場できませんが、「ギャラリー」1階の北側の窓から見せていただくことができます。
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↑ 大寝殿

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↑ 視聴覚ホール の 上の部分。パリのルーブル広場の「ガラスのピラミッド」を思い出します。
その向こう側に見えるのは「玄関門」。

 真宗本廟(東本願寺)の東側には、南から、阿弥陀堂門・御影堂門があり、その北に、菊門、さらに、玄関門があります。
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↑ 菊門。 道路側(東側)から見たもの。
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↑ 菊門。 「ギャラリー」の北端から見たもの。
( 写真が少々霞んでいるように見えるのは、「ギャラリー」北端のガラス越しの撮影のため。)
門扉の外側に、大きく菊の紋が描かれた門・・・ということは、皇族が出入りするための門なのか?

  そういえば、阿弥陀堂門の扉は、↓
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菊の紋と「五七桐」の紋が入っている。
  「五三桐」ではなく「五七桐」です。 これは、豊臣秀吉の紋か? ・・・本願寺(西本願寺)は豊臣秀吉が土地を寄進して建てられたらしいが、真宗本廟(東本願寺)はそうではなく、徳川家康が本願寺の勢力を二分するために建立させたという説があり、又、鴨川を挟んで同緯度に、西に本願寺、東に豊国神社・方広寺と豊臣秀吉が配置したものを、西の本願寺に対応する東側の寺社は真宗本廟(東本願寺)であって豊国神社・方広寺ではないということにするために、徳川家康がこの地に真宗本廟(東本願寺)を手配した・・ということだったと思ったのだが・・。 インターネットで検索すると、桐の紋にも何種類かあり、左右が3枚、中央が5枚の葉のものは「五三の桐」、左右が5枚、中央が7枚のものは「五七の桐」で、豊臣秀吉はこの両方を使用したが、桐の紋を使用したのは豊臣秀吉が始めではないらしい。
  《ウィキペディアー桐紋》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A1%90%E7%B4%8B には、
《 室町幕府のほか皇室や豊臣政権など様々な政権が用いており、現在では日本国政府の紋章として用いられている。》
《 桐が鳳凰の止まる木として古代中国で神聖視されていたことに倣って、日本でも一説には嵯峨天皇の頃から、天皇の衣類の文様に用いられるなど、菊紋章に次ぐ格式のある紋とされた。室町幕府以後は、武家が望んだ家紋とされ、足利尊氏や豊臣秀吉などもこれを天皇から賜っている。このため、五七桐は「政権担当者の紋章」という認識が定着することになった。》
《 政治上においては、皇室・朝廷の副紋として五七桐が多用されていることがあり、標準的な図案だけではなく、豊臣秀吉(太閤桐)のようにその変種を使用した例もある。図案は五七桐に限らず、五三桐も使用された。》
と出ている。 だから、「五三桐」であれ「五七桐」であれ、豊臣秀吉の紋とは決まっていないらしい。
  現在、日本の官庁で、桐の紋を使用していることがあるのは、あれは、明治維新の時に、徳川家と対抗するために、豊臣家の紋を採用したのか? ・・・と思ったが、そうでもなく、桐の紋は豊臣秀吉よりも前に皇室が使用していた紋らしい。 「三つ葉葵」は徳川家の紋だが、「五三の桐」「五七の桐」は豊臣家とは決まっていないようだ。
・・・「三つ葉葵」は、栃木県足利市のパチンコ店「徳川」でも使用していました・・・。「ええんかいや」て感じですが、「下におろう!」て感じで、でっかい「三つ葉葵」がかかっていました・・・が、あのパチンコ屋というのは、徳川家と関係あるのだろうか・・・?
※ 《YouTube-水戸黄門第14部オープニング 里見浩太朗 伊吹吾朗》https://www.youtube.com/watch?v=01mOvhkELJI

  「菊門」のさらに北側に、「玄関門」
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  ↑ 「玄関門」。 道路側(東側)から見たもの。
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  ↑ 玄関門。 「ギャラリー」北端の窓から見たもの。

  『仏教新発見21 西本願寺 東本願寺』(「仏教新発見」2007.11.11.号。朝日新聞社)に掲載の境内図によると、大寝殿の後ろに、能舞台があり、その西に白書院があるらしい。
  『インテリアコーディネーター ハンドブック 技術編』(1994.1.10.インテリア産業協会)では、西本願寺の建築として、
「近世」において、
《 数寄屋といえば、草庵風茶室の意匠のみを取り入れたものと理解されがちだが、そうした自然素材を用いることは数寄屋造意匠の一面の表現に過ぎず、ましてや「ワビ」「サビ」を重視した地味で静寂な空間が数寄屋造であると考えるのは誤りである。逆に、派手でにぎにぎしく、ときには目がさめるように華美な「キレイサビ」の空間もあるという一面を忘れてはならない。前者の代表が桂離宮であるとするならば、後者の代表は西本願寺 飛雲閣や金沢城 成巽閣である。こうしたデザインの多様さがあるだけに、数寄屋造は意匠性に様式上の特質が認められるわけで、平面の構成や機能は原則的に書院造のそれを踏襲している。》
《 ・・・数寄屋造様式の建物では、非常に多様な棚意匠がみいだされる。たとえば桂離宮における「桂棚」や修学院離宮における「霞棚」は、醍醐寺三宝院奥宸殿の例を加えて「天下の三名棚」と称され、西本願寺 黒書院の棚なども華麗な例として有名である。》
《 二条城二の丸御殿や西本願寺(書院の)対面所などの書院造殿舎においては、欄間に極彩色の丸彫り欄間が入れられている。これも竹の節や筬欄間に比べるとたいへん派手で、西本願寺ではこの欄間にちなんで「鴻の間」と名付けられ、対面所の別称になっている。
  しかし数寄屋造の面皮柱等を用いた住空間には、こうした極彩色の欄間は適合しない。そのため、一枚板を彫り抜く透かし彫り欄間や、障子の組子のように細い桟を組み合わせた抽象的模様のものなどが、好んで使われ始めた。
  妙成寺書院や浄土院客殿では、部屋ごとに欄間意匠をまったく変えており、浄土寺客殿の欄間は、小堀遠州の好みの模様を用いている。この種の模様は、遠州の伏見奉行屋敷でも多様されたことが知られ、やがていわゆる遠州模様として流行し、先述した醍醐寺三宝院奥宸殿を恥締めとして、西本願寺黒書院の棚などの遺構にその例が見られる。・・・ 》
・・・と、飛雲閣・黒書院の棚・対面所の欄間 が記載されている。
  真宗本廟(東本願寺)の建築では、『インテリアコーディネーター ハンドブック 技術編』(1994.1.10.インテリア産業協会)に記載のあるものはありませんが、『仏教新発見21 西本願寺 東本願寺』(「仏教新発見」2007.11.11.号。朝日新聞社)には「黒書院」「白書院」について記載されており、御影堂から北に渡り廊下を進んで西側にあるらしい「黒書院」は、
《 和風様式の建築と縁側からの眺めが美しい。室内には寒山拾得図がかけてある。》というもの、
  大寝殿の北西あたりにあるらしい「白書院」は、
《 能舞台の観覧席にもなる白書院は、来賓の接待などに使用される。京都府技師・亀岡末吉の独創的な考案による彫刻意匠で飾られている。》 というものらしい・・・が、一般参拝者の見学はできない。  

  北東のカドから西にかけて、堀が続きます。↓
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  子供の頃、兵庫県尼崎市の塚口町に住んでいた祖父母の家の近くで、家の前に水路がある家があって、いいなあ・・と思って見ていたのですが、その後、1980年代後半、20代後半の時に、千葉県流山市で、前を水路が流れる所のアパートに住んだ時、こういう所に住めるといいなあと思って喜んで住み、夜、かすかに水の音が流れるのも心地よかったのですが、ところが、隣に住んでいた家主さんは「あのドブ」なんて言うので、「ドブ」なんて言わなくても「水の流れ」と言えばいいのではないかと思ったし、不動産屋の大建管理サービスの人間もそう思ったようで物件案内書には「水のせせらぎとともにあなたも住みませんか」などと書いてあったのだが、その水路を地下に入れて道路を広げようという計画があって、家主さんは「我々にとっては、あのドブをなくすのが長年の悲願なんですよ」と言うのだったが、「あれがいいのに・・・」と私は思ったし、アパートと道路との間にその水路があることで用心も良かったと思ったのですが、勤め先の小堀住研(株)にての転勤によりそこを退去してしばらくしてその場所に行ってみると、たいして交通量が多い場所でもない場所で道路が拡幅され、地下に水路は入れられて、「水のせせらぎ」はなくなっていました。 人それぞれに感じ方は違うのでしょうけれども、私は、あれは「ドブ」ではなく「水路」「水の流れ」だったと思うし、家の前を水路が流れるというのは風情があっていいと思いましたし、夜、寝ていても、かすかに聞こえる水の流れはここちよかったのですが、人によっては「あのドブ」と思う人もあったようでした。真宗本廟(東本願寺)の前の堀も、「ドブ」ではないと私は思います。堀といっても、今は、別に、どこからかの襲撃を防ぐためということではないでしょうけれども、↑ の写真で見ても、「ドブ」ではなく、「風情がある堀」だと思います。

  真宗本廟(東本願寺)の門は、東側に、南から阿弥陀堂門・御影堂門・菊門・玄関門と4つあり、参拝者は阿弥陀堂門か御影堂門から入ることができます。北側にも門がありますが、↓
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↑ こちらは、業務用のようです。
  この向かいあたりに、「しんらん交流館」があります。↓
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 さて、真宗本廟(東本願寺)からJR「京都」駅に向かっての途中右側に、↓
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↑ 「七条交番」と書かれているのですが・・・、「どこに交番あんねん?」て感じです。 手前がそうなのか? ・・と思って見ると、ベトナム料理の店みたいな感じ。 どこやねん? と思ってよく見ると、さらにその向こうに、警察官のおっさんが、両手を後ろに組んで立ってました。おっさんが立っている後ろが交番のようです。
  京都の町並みに調和する外観を考えた建物なのだと思うのですが、交番の場合は、交番はここですよとはっきりとわかる意匠でないといけないと思うのですが、どうも、最近、デザインに力を入れているらしいけれども、交番とわかりにくい交番が増えてきているように思えます。

  警官のおっさんとしても、退屈なのでしょうけれども、両手を後ろで組む・・というあたりが警察官ですね。 私は警備員の仕事を30年弱前にやったことがありますが、警備員が立哨する時には、両手は体側で、手を組んではいけないと教えられたものです。そのあたりが、警備員と警察官の違いでしょうね。
  警備員の研修では、(1)市民に何かを話しかける際には、まず、敬礼をして・・と教えられましたし、(2)もしも、持ち物を見せてもらわないといけないというような場合には、勝手に人の物に手をつけて中の物を引っ張り出すといったことは絶対にやってはいけません。見せてもらう必要があれば、こうこういう理由でお願いしますということを話した上で、持ち主の手で出して見せてもらうようにしないといけません。「こういう点については、警備員は4日間の研修ですが、警察官は警察学校で1年間かけて叩き込まれていますから、警察官はびしいっと心得ています」と研修で言われたのでしたが、実際には、警察官が市民に敬礼なんてするかというと、そんなもん、する警察官なんてほとんどありません。 又、警備員は、ひとの持ち物を勝手に手をつけて中を見るなんてことはしませんが、警察官はそうではなく、「見せろ、ごらあ~あ!」と言って人を突き飛ばして勝手に人の物を開けて見ようとします。もしも、「何を勝手なことするんだ」と抵抗すると、公務執行妨害罪とか暴行罪とか傷害罪とか言われてこちらが逮捕される危険があります。 警察官が違法なことやったんだ・・と他の警察官に言っても、「警察官はそんなことしません」と言いますし、検察に言っても「警察は違法なことしない」と言って受けつけないだけでなく、「そんなもの、おまえが作った話だろう」と検察官は言います。「それでは人権侵害だ」と言えば、「おまえに人権なんか、あるかあ!」と検察官は言います。そういった対応は「ヤクザ」「暴力団」といった人に対してだろうと思いこんでいる人がいますし、私も昔はそうではないかと思っていたのですが、違います。一般市民に対しても警察・検察はそういった対応をします。ヤクザと警察・検察ではどっちがよりヤクザかわかりません。警察・検察の方がよっぽどヤクザではないかという感じです。いくらなんでも、裁判官はまともだろうなどと期待すると期待は裏切られます。裁判官というのは、検察官のパシリです。 警察の下請けが検察で、検察の下請けが裁判所警察の孫請けが裁判所です。それらの者の協力者が弁護士・・という面もあります。
  それにしても、後ろで手を組んだとしても、それで何か得するわけでもないのだから、立哨する時に後ろで手を組まなくたって・・・と思うのですが。 大阪府吹田市で、ナイフで刺された警察官がいましたでしょ。重傷を負った人は気の毒とは思いますが、片方で気の毒ではあるけれども、警察官が普通の人間に1対1で簡単に刺されて拳銃を奪われるとは・・情けない、・・という面も片方ではあるのです。重傷を負った人にこういうことを言うのは酷かもしれませんが、しかし、そういう仕事のはずなのです。だいたい、コンビニとかで買い物している制服の警察官て、「おれの背後は無防備だ」と背中が語っていると思いませんか? ゴルゴ13 なら「俺の背後に立つんじゃない」と言うところを、後ろで人が何やっていても、平気でしょ。 スーパーとかコンビニで買い物している制服の警察官に、「わたしはアホです」と紙に書いて、背中にセロテープでこそっと貼ってやっても、たぶん、気づかないと思いますよ。・・私はやりませんよ。私はやらないけれども、もしも、「わたしはアホです」と書いた紙をセロテープで背中に貼られて気づかない警察官がいたとすると、貼ったやつが悪いのか、貼られて気づかない警察官が悪いのか? 制服着て街中におれば、背後にも気くばりがあっていいと思いませんか? 「俺の背後は無防備だ」と背中が語っているおっさんて、「親方日の丸」でけっこういい仕事なのかもしれないけれども、なんだかなあ・・・て思いませんか。 立哨中、後ろで手を組むということは、近くで何かあっても、即座に対応できないということでしょ。「俺は利き腕を相手に預けることができるほど自信家ではない」とか思ってないわけですよ。自分で自分の腕をつかんでいるのですから、その分だけ、反応に時間がかかるはずです。「立哨中、手を組むな」と上役は言わないのだろうか・・・て、たぶん、上役も同じようなことやっとるのじゃないかな・・。 ↑ のおっさん、こそっと行って、「足払い」かけたら、たぶん、ひっくり返ると思いますよ。私はやらないけれども、たぶん、足払いかけたらひっくり返ると思いますよ。「なんか、暇やなあ」て感じで立ってるけど、見た目にその意識が出てまんがな・・・。
  但し、実は、昨年、千葉県船橋市内で、事故で警察官に来てもらったことがあるのですが、交番にいるよりもサーティーワンアイスクリームにでもいた方が似合ってそうな若いおねえちゃんが来てくれたのですが、律儀に敬礼して話しかけてきましたから、この人は真面目にやってるんだなあ・・と思いました。「へえ~え? 警察官でも敬礼する人ているんだあ」と思いました。だから、警察官といえども、誰もが「警備員と違って敬礼なんて警察官はやらない」とは決めつけない方がいいようです。 警備員と同様に、真面目にやっている人もいるようですから。 その人と同一人物か別人かわかりませんが、JR総武線「東船橋」駅の前の横断歩道で、横断しようと思っていたら、制服の警察官の若いおねえちゃんがバイクで来たので、通り過ぎるのを待っていたら、律儀に横断歩道の手前で停車してくれたので、こういう人もいるんだなあ・・と思い、警察官だから、サイレンならしてないパトカー・サイレンならしてない白バイでは横断歩道では止まらないもの・・・と決めつけない方がいいようだ、と思いました。律儀に横断歩道の手前で止まる人もあるのですから、警察官はサイレン鳴らしてないパトカー・サイレン鳴らしてない白バイでは「誰もが」横断歩道では止まらない・・とか決めつけない方がいいと思いました。
  後ろで手を組んでいると、いざという時に対応が遅くなるはずなのです。『剣客商売』の秋山小兵衛とか秋山大二郎とか、『鬼平犯科帳』の長谷川平蔵とか、『仕掛人藤枝梅安』の小杉十五郎とか、そういった剣術家が、必要もないのに両手を組んでいますか? ゴルゴさんが両手を組んでいますか? 立哨する時にそうやってるのは、警察だけですよ。 ↑のおっさんは、まだいい方です。1992年のことですが、東京都大田区のある道を自動車で走行していて、横に警察署がある場所で信号でだったか渋滞でだったか停車した時、ふと見ると、入口で立哨している若いにーちゃん、暇なのか、あっち行ったりこっち行ったり、「動物園の熊みたいに」うろうろ・・していて、そのうち、警乗もちながらスキップやりだしましたよ。 暇なのはわかるが、そういう所を襲撃なんてされたら、どないすんの? 立哨するのに、警察署の入口前でスキップまで踏んだのでは、「あいつ、何やってんだ」と市民に見せているようなものじゃないですか。ああいう立哨では、立哨の意味があるのか疑問です。上役は指摘しないのか? ・・というと、上役も似たようなものなのかもしれません・・・。
  「警察官なんて体育会系の運動バカだろうからおかしなことをするかもしれないけれども、検察官は旧帝大系国立大学などを卒業したインテリで司法試験という難しい試験に合格してきた人たちだからそうおかしなことはしないだろう」などと期待する人もいるのではないかと思うのですが、そんなことありませんからね。まず、検察官には「副検事」なんていうヤカラがいまして、私は、最初、「副検事」というのはその検察庁で上から二番目の役職の検事のことを言うのかと思っていたのですが、そうではなく、検察官には司法試験に合格して検察官になった「検事」と司法試験に合格していないのに、なぜか、検察官をやっている「副検事」がいて、司法試験に合格していないのに検察官やってるて、そりぁ一体なんだ? 裏口入学か? ヤミか? ・・というのがけっこういるようなのです。検察庁に行って、検察官というのは旧帝大系国立大学などを卒業したような人で司法試験に合格した人がやっているのだろうと思っていると、「ええ、こんな人があ?」て人がいますが、そういう人が「副検事」です。そういう人は旧帝大系国立大学なんて出ていませんし、もとより、司法試験に合格していないから「検事」ではなく「副検事」ですから、「検察官は旧帝大系国立大学などを卒業したインテリで司法試験という難しい試験に合格してきた人たちだからそうおかしなことはしないだろう」などという対象には最初から該当しません。又、裁判所でも簡易裁判所の裁判官、「カンパン(簡判)」というのは司法試験に合格していない人がなれるそうで、「副検事」と似たところがあります。司法試験に通って検事や裁判官になった人ならまともかというと、そうでもありません。
  弁護士だけはまともかというと、これもまた違います。「〇日までに◇万円振り込んでください」と言うからないカネを無理して大急ぎで振り込むと働かない「振込め詐欺」弁護士、着手金取っただけで働かない「着手金泥棒」弁護士、当事者が裁判所に予納した郵券などを裁判所から受け取っておきながら請求しないと当事者に渡さない「ネコババ」弁護士(せこいやっちゃな・・)。毎回遅刻してくる遅刻常習弁護士。遅刻したら遅刻した側の人間が「すいません」くらい言うのが社会人の常識ではないのかと思うのだが、「弁護士は忙しいですから」とか言うが裁判所の法廷に遅刻してくる弁護士というのは、いったい何に忙しいのか? 依頼者は暇人だと言いたいらしいが、依頼者は決して暇ではないのだ・・が弁護士にそれを理解させるのは極めて困難。 弁護士てのは、依頼者はカネ払って弁護士の機嫌をとってくれるタニマチみたいに思っている。菓子折もっていくと当たり前みたいに受け取るが、「ありがとうございます」くらい言ったらどうかと思うが、それも弁護士の報酬の内みたいに思っており、かつ、報酬を受け取ったなら、その分、働くべきではないかと思われるが働かないのが弁護士。カネだけ取って働かない、ウルトラ殿様商売の役立たずども、「クソして死にやがれ!」というところから、「便後死(べんごし)」という言葉ができて、それに美しい漢字を当て字して「弁護士」になった・・のと違うのか? という感じがしないでもない。そもそも、本人訴訟より役立つ弁護士なんて、どこかにいるのか? 世間を知らないおのれのいびつな世界観を押しつける「慶應女子高女」みたいな女性弁護士てのもいましたね(実際に「慶應女子高女」なのかどうかはわかりませんが)。「物は使えば減る。しかし、頭だけは使えば使うほど増える」なんて、小学校の先生に教えられた記憶があるのですが、弁護士だけはそうではなく、司法試験という難関の試験に合格するために頭の大部分を使ってしまって、それ以外の部分は「ウルトラのバカ」弁護士てのが大変多い。しかも、「ウルトラのバカ」のくせしていばっている。ああいう役立たずが蔓延るのを改善するためには、弁護士の数を増やして、まともに働かないやつは食えないようにしてやればいいのではないか・・と思ったのですが、一時、司法試験の合格者を増やした時期があったが、「やさしい試験にしか通ってない弁護士」てのはやっぱりあかん・・という話もあったらしい。結局、弁護士てのは、どっちにしても役立たずだ、ということか。ひとつには、本人訴訟を経験した人が訴訟を職業としてやるようになったのではなく、大学生の時に私などはアルバイト漬けにされていた時に殿様みたいな条件で司法試験の勉強をさせてもらって合格したやつ、私が冷房なんて効かない工場で肉体労働やっていた時に冷房の効いた部屋で机に向かって法律の本を読んで司法試験に合格したやつ、自分自身が当事者ではやったことがない「他人事(ひとごと)弁護士」だらけだから、ということがあると思います。警察は相手の職業や保有資格をききたがりますでしょ。そこで「弁護士」なんて言うと対応が変わると思うのです。だから、弁護士というのは、警察官が弁護士ではない一般市民にどういう対応をしているのか知らないし、知ろうという気もないのです。そういう知らないやつが弁護士やっている、という点も原因のひとつではないかと思います。
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モンダイの弁護士―弁護士って、ほんとうに「人権を守る正義の人」なのか!? (別冊宝島Real (028))
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 ↑ この構図。 どもこもならん・・て感じでんなあ・・・。

  (2020.10.24.)

  京都駅では近鉄を別として、JRの路線の中で一番南側に新幹線のホームがある。京都駅の南側にあるのは東寺。真宗本廟(東本願寺)・本願寺(西本願寺)は京都駅の北側にある・・が、北側から南側まで移動するのはそれほど大変でもない・・が、南側で新幹線ホームに入る前、お弁当売り場がないかと思ったが見つからず、かわりに、マクドナルドがあった。
  いつからだろうか。マクドナルドに行くと、必ず、フィレオフィッシュを食べるようになったのは。 それは、1990年代、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ で、福島県いわき市の営業所に勤務した時、「ものしりおじさん」と言われるKさん(男。当時、40代)が、「外国に行きました時に、食べるものが何を注文していいかわからないという時に役立つのがマクドナルドなんですよね。マクドナルドはメニューが世界どこに行っても同じですから、だから、もし地元のレストランなんて入ったら何を注文していいかわからないという時にはマクドナルドが役に立つんですよ」と言い、「ただし、フィレオフィッシュはありませんけどね。フィレオフィッシュがあるのは日本だけですから」と言うので、「そうなんですかあ?」と言うと、「そうなんですよ。フィレオフィッシュは日本だけにしかないんです」とおっしゃるのだった。それで、「ほんまかあ~あ?」と思い、実証精神旺盛な者としては、ロンドンに行っても、パリに行っても、ミラノに行っても、マクドナルドに入ってみて、そして、フィレオフィッシュがあるのを確認して、ロンドンでもパリでもミラノでも自分の口でフィレオフィッシュを食べてきた。 そして、京都駅南口のマクドナルドにも、フィレオフィッシュはあった。 ちなみに、東京もん のおっさんは、「大阪は日本じゃないですよ。大阪は大韓民国でしょ。あそこは朝鮮人しか住んでない街でしょ」とか言いたがるおっさんが多いのだが、何か月か前、大阪府箕面市のマクドナルドに入ってみたのだが、東京もん のおっさんが大韓民国であると言う大阪府のマクドナルドにおいても、フィレオフィッシュはあった。そして、食べてきた。・・なんだか、「ものしりおじさん」て、知ったかぶりやってるだけで、実際は、あんまり知らないんだなあ・・・とわかった。(株)一条工務店という会社の「オリジナル」の営業には、別に必要もないのに嘘をつきたがる人間というのが多かったが、それは社員教育が徹底していないのだろうと最初は思ったが、そうではなく、経営者が嘘をついたり騙したりするのが好きな経営者だったようだ。「フィレオフィッシュがあるのは日本だけなんですよ。外国のマクドナルドにはフィレオフィッシュはないんですよ」なんて、そんな嘘をついて何の益があるのか・・・と思うが、そういう嘘をつきたがる・・というのも、(株)一条工務店の「社員教育」の影響なのか・・?
  小堀住研(株)では研修で「お客様に嘘を言ってはいけない。本当のことを話して評価してもらうようにする」と教えられたもので、その話を聞いた時には、それは小堀住研(株)で独特のものということではなく、営業一般にあてはまるものであり、戸建住宅建築業の会社の研修というもので話されているものでも、どこの会社においてもあてはまるものもあれば、その会社においてはあてはまるが他の会社においては異なるというものもあるが、小堀住研(株)においてはあてはまるが(株)一条工務店においてはあてはまらないというものではなく、小堀住研(株)においても(株)一条工務店においても他の住宅建築業の会社においてもあてはまるものであろうと思った。それを理解できない営業というのは、全国に何人もの営業がおれば、中には困った人もいるかもしれないが、それはその人が「困った人」であって、その「困った人」のやっていることが「正しい営業」ということではないと思っていた。ところが、(株)一条工務店では営業本部長の天野隆夫が嘘をつくように指導・指示していた。1993年、千葉県松戸営業所(展示場)にて、その年の初めに契約いただいた千葉県市原市で建てていただいたY様邸で、暖炉をリビングルームに設置したいという希望で、かつ、住宅建築業の会社でもその会社によってシステムが異なり、小堀住研(株)では、そういう場合、営業が暖炉の会社からカタログをとりよせて、こういうものをこのようにつけてくれと言わなくても、工務課でカタログはあらかじめ持っており、設計課でこういうものがいいと考えたものを提案して図面に入れたのだったが、(株)一条工務店ではそうではなく、小堀住研(株)の工務課に該当した積算部ではそのような作業はせず、営業がカタログを取り寄せて、これをつけたいと言ってもらえば取り付けた場合の値段を出します・・と言い、第一設計部の堤は「そういうのをつけてほしいなら、営業がカタログを取り寄せて、これをつけてほしいと指定すれば図面に入れる」と言うので、この会社は営業がそこまでやらないといけない会社なのか・・と思ったが、逆に、(株)一条工務店で営業をやっている人には、営業がいろいろとできるのがおもしろいと言う人もあった。どちらがいいのかはいちがいに言えないが、ある程度、経験のある営業ならそれでいいのかもしれないが、入社直後の新人の営業にはけっこうきついのではないかと思う。(株)一条工務店ではそういうシステムだったので、それで、私が何社かの暖炉の会社からカタログを取り寄せていたところ、営業本部長で松戸営業所長を兼任していた天野隆夫(男。当時、40代)が「おまえ、何やってるんだ」と言うので、「暖炉のカタログを取り寄せています」と言うと、天野は「なんで、そんなことするんだ」と言う。「お施主さんの希望なんです」と言うと、「お施主さんの希望なら、なんで、そんなことするんだ」と言うのです。最初、その意味がわからなかった。「ですから、お施主さんが暖炉をつけたいという希望なんです」と言うと、「だから、なんで、そんなもの、つけなきゃいかんのだと言ってるんだ」と言うのです。「だから、お施主様がつけたいと言われているんです」と説明したのだ。この人はいったい何を言ってるのか、と思った。天野隆夫が「そんなもの、つけることないじゃないか」と言うので、「ですから、お施主様がつけたいと言われているんです」と説明したのだが、天野隆夫は「だから、つけなくてもいいだろうが、そんなもの」と言うのだった。私は「契約前に、お施主様が『実際に薪を燃やす暖炉をつけたいのですが、一条工務店ではつけられますか』と尋ねられて、それで、私は各部処につけられるかどうかを確認して、つけられるということでしたから、そのように話して契約してもらったのです」と説明しましたが、そうすると営業本部長の天野隆夫は何と言ったかというと、「だから、契約前に『暖炉はつけられますか』と尋ねられたんだろ。それに対して『つけられます』と答えたんだろ。それはいいじゃないか。それで契約してもらったんだろうが。今は、もう契約してもらったんだから、『うちではつけられません』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが。何、考えてるんだ、おまえはあ!」と言って怒鳴りつけられた。はあ? はあ? はあ? 「そんなわけにはいきませんでしょ」と私は言ったのだが、天野隆夫は「なんで、そんなわけにいかんのじゃあ。契約前に『暖炉はつけられますか』ときかれて『つけられます』と言って契約してもらったんだろ。そこはいいじゃないか。それで契約金の100万円を振り込んでもらったんだろうが。今は契約してもらって契約金の100万円も振込んでもらったんだから、『うちでは暖炉はつけられません』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが。それで、『暖炉をつけられないのなら解約する』と言うのなら契約金として振り込んでもらった100万円をもらっておけばいいことだろうが。何、考えてるんだ、おまえはあ~あ!!!」と言って怒鳴りつけられたのだ・・・が、「何、考えてるんだ、おまえはあ~あ!!!」と言われなければならないのは、どちらだろうか? 天野隆夫こそ「何、考えてるんだ、おまえはあ~あ!!!」と言われなければならないのではないのか? だいたい、そういうことをやって何かプラスになるか?  普通に暖炉を取り付けたリビングルームの家を建てれば、喜んでもらって、近所や知り合いにも「一条工務店で契約して良かったよ」と言ってもらえるところを、「一条工務店のおかげでえらい目に合わされた」「一条工務店に騙された」と言われることになるはずだが、そういうことをやって、何のプラスがあるのか・・・?・・と思うのだが、何のプラスになるかというと、嘘つくの大好き♪ 人を騙すの大好き♪ という天野隆夫にとってはそれによって快感を覚えるのだろう。 天野隆夫が快感を覚えるためなら、会社のためというのは優先順位は下がるらしい。これは一例で、「なんで、そんなところで嘘をつかなきゃいけないんだ」といったものが(株)一条工務店という会社にはいっぱいあった。(株)一条工務店というのはそういう会社で、(株)一条工務店の経営者はそういう嘘つき人間を喜ぶ人間だった。 そういう嘘をつき顧客を騙すことに喜びを感じる経営者の会社というのは、一時的に調子が良かったとしても、長い目で見るとあまりいいことはないということはないか。長い目で見るならば、「生産力と生産関係の矛盾によって」そういう質の良くない経営者が会社から引きちぎられる・・ということが可能性の1つとして考えられ、別の可能性として、そういう会社が一時的に調子が良かったとしても、「勝ちに不思議の勝ちあり」てもので同業他社のレベルが高くないから結果として「勝ち組」の側にまわっているだけ、野球にたとえれば相手チームがエラーしまくった結果、自分のところもミスやりまくりだったのに勝った試合みたいなものという場合があり長い目で見るならば、そんな会社は「張り子の虎」であり、やがて消えてなくなる・・か、いったんつぶれた上で、どこかに買収されるか・・・可能性はいくつかあると思うが、そんなことやっている会社というのは、長い目で見るならばあんまりいいことないと思う・・・し、そう思うからこそ、会社のためを思って発言したりもしたが、せっかく会社のためを思って言うと怒鳴りつけられる会社だったので、だんだんと口をきかなくなった。「嘘つき」「詐欺師」の類を喜び大事にしたがる会社というのは、やっぱり、長い目で見るとあんまりいいことないと思う・・・。 だいたい、「だから、契約前に『暖炉はつけられますか』と尋ねられたんだろ。それに対して『つけられます』と答えたんだろ。それはいいじゃないか。それで契約してもらったんだろうが。今は、もう契約してもらったんだから、『うちではつけられません』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが。何、考えてるんだ、おまえはあ!」「契約前に『暖炉はつけられますか』ときかれて『つけられます』と言って契約してもらったんだろ。そこはいいじゃないか。それで契約金の100万円を振り込んでもらったんだろうが。今は契約してもらって契約金の100万円も振込んでもらったんだから、『うちでは暖炉はつけられません』と言って適当に建ててしまえばいいだろうが。それで、『暖炉をつけられないのなら解約する』と言うのなら契約金として振り込んでもらった100万円をもらっておけばいいことだろうが。何、考えてるんだ、おまえはあ~あ!!!」という営業本部長の天野隆夫の主張というのは、それは詐欺だろうが! 詐欺! 小堀住研(株)では「お客様と約束したものは、何があっても万難を排して実行しないといけない」と研修で言われたが、こういうことを言うと天野隆夫から「エスバイエルがいいならエスバイエルに行け、おまえはあ」と言われるのだが、そういうものか? 「ち~う~だ~ろ!」。  「お客様と約束したものは、何があっても万難を排して実行しないといけない」というのは、小堀住研(株)の研修で言っていたことだからではなく、それは住宅建築業の会社において、どこの会社においてもそうであるものを、小堀住研(株)の研修で話していたのであり、(株)一条工務店においてもあてはまるもののはずだ。私は営業本部長という役職についている人がこの程度のことも理解できないとは夢にも思ったいなかったのだが、そういう人が(株)一条工務店の営業本部長だった。「お客様と約束したものは、何があっても万難を排して実行しないといけない」ということを理解できない営業本部長こそ、営業本部長をやめて他のどうでもいい職種に行け! と言われる必要があったはずだ。
社長よあなたがお辞めなさい―変身できないあなたこそ会社のガンだ! - 精治, 安達
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小堀住研(株)の松戸営業課の課長だった I さんが「あまり下の方の会社に行くと、自分の心が責められるような営業をさせられることになる」と話していたことがあったが、その基準から考えれば、営業本部長の天野隆夫が主張するような営業が(株)一条工務店の営業であるのならば、(株)一条工務店という会社は相当下の会社ということになった。私は天野隆夫のその発言を聞いて、とんでもない会社に入ってしまったと思い、大変なショックだった。その直後、ある来場客のお宅にアポなし訪問に行ったが、家の前まで行って、そういう反社会的勢力の会社での建築を勧めるという行為に罪悪感を覚え、訪問できずに帰ってきた、ということがあった。 「営業」「商売」「商い(あきない)」と「詐欺」とは違うはずなのだ。その区別がつかない男は、その区別がつかないようなら営業本部長にはならない方が会社のためだろう。
  外国のマクドナルドでもフィレオフィッシュはあるのに「マクドナルドでフィレオフィッシュがあるのは日本だけですけどねえ♪」などという嘘はまだかわいい方(?)かもしれない・・が、おっさん、なんで、そんなしょーもない嘘つくんだ・・と思うのだが、嘘つきが好きな経営者の会社においては、そういう嘘も歓迎されるということなのか・・・?
   (2020.10.26.)

☆ 真宗本廟(東本願寺)参拝。
1.京都駅から北に歩けば、真宗本廟(東本願寺)。京都駅から程よい距離。東本願寺の前の道はトラックの休憩所ではない。使用者はトラック運転手の休憩場所・待機場所をきっちりと確保せよ。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_7.html
2.阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂、鐘楼、手水屋形。正門はどちらか・・。裏口入学する者は正規に入試に合格しようとする者を妨げる。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_8.html 
3.境内から阿弥陀堂門・阿弥陀堂、御影堂門・御影堂。「法話」。「しんらん交流センター」。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_9.html
4.大寝殿・菊門・玄関門。「ギャラリー」。 街の景観との調和は悪くはないが、交番は交番とわかりやすい意匠にする必要はないか。 〔今回〕 

新版 京都・観光文化検定試験公式テキストブック -  , 森谷 尅久, 京都商工会議所
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