大鐘家【2/6】井桁に組んだ梁・千木の載る長屋門・酔芙蓉。なぜ川勝平太は事故を起こした原発を製造した会社の責任を問わず放射線量検査の方を拒否するのか

[第793回]
  大鐘家住宅見学の2回目です。 国道150号から少しだけ山側に入った所に、国道150号と並行に通る道があるのですが、どうも、それが「田沼街道」だったようで ↓ 、
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クルマの通れる道として国道150号をそれより海側に作ったのが国道150号ということでしょうか。
 その「田沼街道」に面して手前側の駐車場があり、大鐘家住宅に向かう細い道 ↓ を行くと左手にある駐車場は乗用車用となっているのは、その道をバス・マイクロバスが通るには厳しいということからか。
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( ↑ マーカーが大鐘家住宅。 )

  しかし、大鐘家住宅はいかに「大庄屋」といえども、お城とかお寺とかではなく、個人の住宅だったのですから、都会のような電車の便はないので乗用車で来る人はあるとして、私のような建築探偵団は、バスなんてので来る場所かあ? ・・という気持になるのですが、「花庄屋」と称し、右手前に花の咲く樹木が植わった庭園があり、庭園を見学するのならバスで何人もで押しかけるというのもわからないことはない・・
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  大鐘家HP の「入館の案内」http://www3.tokai.or.jp/oganeke/annai.html#ctitle を見ると、その時期と「庭園のみ」か「大鐘家住宅の家屋の見学と庭園との見学」かによって料金が異なり、訪問した9月下旬では、「家屋の見学と庭園」とでは500円でしたが、「庭園のみ」の場合は 300円らしい。
  庭園については、時期によって料金が異なるというのは、たしかに、花の咲く木が植わっている庭園の場合、ちっとも花が咲いていないという時期だと、料金を払って入ったのに~という気持になりますから、それはわかります。千葉県習志野市の京成バラ園http://www.yatsu-rosegarden.jp/ も、バラの花が咲いていない時期に行って、こりぁ安くていいわ・・と思い入ったら、花の咲いてないバラ園にカネ払って入ってもしかたない、やっぱり、バラ園はバラの花が咲いている時期に来なきゃだめだわ・・と思ったということがありました。
  庭園を見学するのならバスで何人もで押しかけるというのもわからないことはない・・が、「大庄屋」とはいえ個人の家なので、金沢の兼六園とかとは違って、やっぱり、そこまで何人もで押しかける所ではないような気がします。そう何人もの見学者がいない時に静かに訪問する方がふさわしい場所ではないか。庭園の方は、「バス」ではなく「マイクロバス」くらいで十数人で行くというくらいなら悪くはないか・・という場所かもしれません。
※ 大鐘家HP http://www3.tokai.or.jp/oganeke/
牧之原市HP 大鐘家 https://www.city.makinohara.shizuoka.jp/site/kanko/35075.html
静岡県観光協会 はろーはび しずおか 大鐘家 http://hellonavi.jp/detail/page/detail/1240
じゃらん 大鐘家 民家・長屋門 https://www.jalan.net/kankou/spt_22422ae2180021715/

  大鐘家住宅でもらったリーフレットを見ると、「年間行事」として、
1月上旬~5月中旬・・・つるし飾展
5月下旬~7月上旬・・・あじさい祭
9月上旬~10月中旬・・・酔芙蓉
・・と書かれているのですが、「酔芙蓉」て何なんだ? 
  インターネットで検索すると、《 大輪で上品な印象がある酔芙蓉(スイフヨウ)は、古くから日本や中国などに多く自生している落葉低木です。花色が1日で白色からピンク色に変化する特徴がある面白い植物で、7月~10月頃に見頃を迎えます。》( Green Snap 酔芙蓉の花言葉
https://greensnap.jp/article/8559 )だそうで、樹木の名前が「酔芙蓉」と言うらしい。
  《ウィキペディアーフヨウ(芙蓉)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%A8%E3%82%A6 によると、
《 フヨウ(芙蓉、Hibiscus mutabilis)はアオイ科フヨウ属の落葉低木。》で《中国、台湾、日本の沖縄、九州・四国に自生する。日本では関東地方以南で観賞用に栽培される。》もので、「スイフヨウ(酔芙蓉)」は「芙蓉(フヨウ)」の「変種・近縁種」で《朝咲き始めた花弁は白いが、時間がたつにつれてピンクに変色する八重咲きの変種であり、色が変わるさまを酔って赤くなることに例えたもの。》らしい。

  庭園と古民家見学とで500円というのは、安めかな・・と思うので、百葉茶は、静岡県知事の川勝平太が2011年3月の福島第一原発事故の後、静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否したという時から、静岡県産の農産物、特に静岡県産の茶葉は買わないことに決めたということと、痩せるか太るかなんて大きなお世話です・・と思ったことの2点から買わないつもりだったのですが、なんか、買っちゃった・・・が、施設管理料としてのカンパと考えると・・、まあ、今回はいいか・・な・・・。
  静岡県知事の川勝平太は、福島第一原発事故の直後、静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否することで、それで、静岡県産農産物、特に茶葉の生産者を守ったつもりだったのでしょうけれども、もしも、検査して、放射線量が高いとなると出荷できなくなるおそれがあったからなのだろうけれども、同時に、静岡県産農産物、特に静岡県産茶葉というものは、放射線量検査を拒否した農産物である、不誠実な商品だと認定したことでもあるわけです。そうなると、検査すべきものを検査せずに売ろうとする不誠実な商品、良心的でない商品というものは買いたくない・・という消費者もいるわけであり、消費者としてそういう判断をしても悪くないわけであり、川勝平太は消費者がそういう対応をする可能性がある対応を静岡県知事としておこなったわけです。

  この2020年、千葉県船橋市の船橋市役所のすぐ西にあった、「太宰治が宿泊した」ということで知られる、船橋市では旧近藤家長屋門(現 東葉学園 東葉門)とともに国登録有形文化財に指定されている、「割烹・旅館 玉川」の建物(船橋市HP の「国登録有形文化財」には今も記載がありますが⇒https://www.city.funabashi.lg.jp/kurashi/gakushu/0005/p008841.html)が知らない間に解体されていた(「知らない間に」というのは私が「知らない間に」であって、料亭・旅館の経営者が違法をやったということではないようですが、私など建築探偵団としては「知らない間に」という感覚です)ようです。〔《gooニュース 国登録文化財が次々解体 残る本館、まもなく見納め 【消えゆく太宰の宿 船橋・玉川旅館】(上)》https://news.goo.ne.jp/article/chiba/region/chiba-20200922120343.html 〕
人間失格 グッド・バイ 他一篇 (岩波文庫) - 太宰 治
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  「割烹 玉川」の場合、国登録有形文化財といっても《国から補助があるわけでもなく、金銭支援は市が独自交付する年4万円のみ。》と出ているのですが、国登録有形文化財などに指定された場合、解体して建替えたいとか、増改築したいとかいう場合に制約を受けてやりにくいが、そのかわりに、ある程度の維持費用が公共から出るのか・・と思ったら、国登録有形文化財の「割烹 玉川」の場合は「市が独自交付する年4万円のみ」だというので、それでは、もともと、維持していきたいと考えているお寺の本山の本堂とか・神社の社殿とかならば、「国登録有形文化財」と指定されることで「箔がつく」ということもあるでしょうし、維持するための助けにもなるでしょうけれども、個人の家の場合は、ちびっとだけ出してもらえるかわりに、今風にリフォームしたいと思ってもだめえ! と言われるし、建替えたいと思っても建替えられなくなるし・・・ということで、1990年代、(株)一条工務店で、福島県浜通り地区で勤務していた時には、それで、「登録有形文化財に指定される前に壊してやるんだ」とか言って建て替える人もいたようです。「割烹 玉川」は、多くの一般市民が知らん間に解体されたわけですが、かつて、小泉ええかっこしい内閣が、夏、靖国神社に首相に参拝させたいという人がいて、参拝してもらっては困るという人がいて、どうするのか・・と思いきや、8月15日よりも前に参拝してきて、「もう、行っちゃった♪ もう行ったから今年はもう行かない」と言うという作戦に出た・・・ということがあったが、「割烹 玉川」も、料亭・旅館としての経営を考えると建替えたいとしても・・というよりも、かつては、この付近は江戸から成田に行く人が宿泊する宿場だったらしいが、今では駅からも離れているし、料亭・旅館としては立地はあまりいい場所ではなく、他の用途にした方が良さそうな場所でもあり、国登録有形文化財に指定されたからとしてもたいした金額を補助してもらえるわけでもないのに、それを維持しなければならないというのは、相当の大企業でもない事業者にとってはけっこうきつい・・ということで、「もう、解体しちゃった」・・という手法に出たのか・・?
  大鐘家も、もともとは柴田勝家の家臣で、江戸時代の初めは旗本で、江戸時代中期以降、田沼意次が相良城主であった時代には「大庄屋」という庄屋をまとめる立場だったとはいえ、個人の家で、又、岐阜県高山市の日下部民芸館・吉島家住宅などは、その地域が伝統的建造物群保存地区に指定を受け、高山市が「ふるい町並み」というのを売りにしているので、夏休みの時期などは、その地域を歩いて散策する人がいっぱいで、入場者もそれなりの数を見込めるのに対して、大鐘家住宅などは、駅前にあるわけでもなく、藤枝駅からバス便があるらしいが、バス停がどこにあるのかもよくわからないし、たいして本数も多くないでしょうし、マイカーで来てもらうように駐車場を用意したとはいえ、観光施設としてすぐ近くに他のものがあるわけでもなく単独で存在するもので、人を呼ぼうとしてもそう条件がいいわけでもない・・という条件で、個人で運営して維持していこうということでは、けっこう大変ではないか・・・と思うので、静岡県産茶葉については、川勝平太の態度から判断して、当分の間、買わない・飲まないことにしているけれども、百葉茶については、施設維持のためのカンパのつもりで、まあ、今回は購入してもよかった・・と考えようと思います。

  地震とか台風とかで被害にあったとしても、地震や台風に被害にあったものをまどてちょうだいとは言えないわけですが、原発事故による被害については、原発事故を起こした相手に対して、まどてちょうだい・・と本来は言えるはずで、言えないとおかしい、言うべきもののはずなのです。 よく言われたのは、日本人というのは、戦争による被害について、戦争を始めた人、勝てない戦争を平気で推し進めた人に責任を問わず、まるで、自然災害のように被害を受け入れた・・と言われてきましたが、同様に、原発事故についても、その被害を事故を起こした者に責任を問うのではなく、自然災害のようにその被害を受け入れようとしている。 もしくは、「風評被害」などと言って、実際に事故を起こして放射能汚染の被害を与えた者に責任を問うのではなく、危険なものを危険だと言い、放射能汚染を受けているものを受けていると発言するものに責任を問おうとする人もいるようで、「風評被害を防ぐため」などと言って、実際に危険なものを危険だと言い、放射能汚染を受けているものを受けていると発言するものを攻撃しよう・攻撃させようとする人もいるようだ。
  又、この場合、どうも、「事故を起こした者」として東京電力が矢面に立たされてきたのですが、たとえば、我が家で設置していた石油ストーブが本来の使用法をとっていたのに突然爆発したとすると、責任を問われるのは我が家よりも石油ストーブの製造メーカーではないかと思うのですが、原子力発電の場合、原子力発電の設備が事故を起こして周囲に被害を与えたのであれば、原子力発電という大変危険な発電方法での発電をおこなった電力会社にも責任はあるとしても、より大きな責任があるのは電力会社よりも原子力発電の設備を製造して設置した会社の方ではないのか・・と思うのですが、東電ばっかりが矢面に立たされて、原子力発電の設備を製造・設置した会社の方は表に出てこないという不思議。静岡県知事の川勝平太は、静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否して、それで静岡県の茶の生産農家を守ったつもりでいるかもしれないが、本来はそうではなく、放射線量検査をきっちりと実施して、もしも、静岡県産茶葉の放射線量が高いということであれば、県知事として、福島第一原発の事故を起こした原子力発電の施設を製造・設置した会社に対して、被害を賠償せよ!・・と県知事として要求・要望するべきだったのではないのか?!? なぜ、川勝平太は静岡県産茶葉の放射線量検査を積極的におこなうことで、茶葉生産農家が放射能被ばくをうけないよう配慮し、静岡県産茶葉を使用して茶を飲むことが多いと思われる静岡県民を守り、静岡県の茶葉の生産農家を守るために、大事故を起こす原子力発電設備を製造・設置した者に知事として責任を問おうとしないのか???
  (株)一条工務店の元社長の大澄賢二郎が「お世話になった浜松市に恩返しをしたい」などと言って、従業員・元従業員の給料をへつったカネから300億円を「防潮堤の費用」と称して寄付し、浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友と静岡県知事の川勝平太が大絶賛したのですが、(株)一条工務店は、「防潮堤の費用」よりも、(株)一条工務店が住宅展示場で来場客に出しているお茶の葉でもある静岡県産の茶葉の放射線量検査をきっちりと受けさせるように静岡県知事の川勝平太に要望した上で、もしも、放射線量が高いとなると、売れない・売れにくい茶葉の販売価格分を(株)一条工務店が茶葉生産農家に立て替えて支払い、その分を福島第一原発の原子力発電の設備を製造・設置した会社に請求するようにするべきだったのではないか?!?
  なんで、みんなよって、一生懸命、大事故を起こした原子力発電の設備を製造した会社を守ろうとしているのか?
 不思議だと思いませんか?
東京が壊滅する日――フクシマと日本の運命 - 広瀬 隆
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  右側に庭園、左側に乗用車用駐車場がある道を直進すると、左手に「蕎麦処 門前」があるのですが、今回は閉店していました・・が、営業時間外だったのか?・・
※ 食べろぐ 「蕎麦処 門前」https://tabelog.com/shizuoka/A2203/A220302/22018679/dtlrvwlst/B144663364/
  静岡新聞SBS 創作料理の店 とろろ汁・そば処 門膳 http://www.at-s.com/gourmet/article/washoku/soba/125297.html
  い~らなび 手打ちそば とろろ汁 門膳 https://www.iiranavi.net/shop/shop.shtml?s=525

  正面に、「千木がある」というのが他の「民家」の長屋門と異なるユニークな点である、大鐘家長屋門 ( 《安永10年<1781年>の建築》(吉澤政己『日本列島民家の旅(6) 中部1 東海・中央高地の住まい』1996.4.30.INAX出版)が見えます。↓
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  長屋門を中から見ると、↓
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1716年(享保1年) 徳川吉宗 8代将軍に就任。
1719年(享保4年) 田沼意次 生まれる。
1735年(享保20年) 田沼意行 死去。田沼意次、知行600石を相続する。
1737年       徳川家治、生まれる。
1745年       徳川吉宗、将軍職を徳川家重に譲る。
1751年       徳川吉宗、死去。
1760年       徳川家重 死去。
            徳川家治、10代将軍に就任。
1767年(明和4年) 田沼意次、側用人に就任。遠江相良に築城を命じられる。
1772年(安永1年) 田沼意次、側用人兼務の老中に就任。
1780年(安永9年) 相良城 完成。
1781年(安永10年) 大鐘家 長屋門 竣工。
            田沼意次、4万7千石に加増。
1784年(天明4年) 田沼意知、佐野政言に斬られ死去。
1785年(天明5年) 田沼意次、5万7千石(最大の石高)に加増。
1786年(天明6年) 徳川家治、死去。徳川家斉、11代将軍に就任。
            田沼意次、老中を辞職。2万石の没収と謹慎を命じられる。
1787年(天明7年) 田沼意次、相良城と2万7千石の没収と隠居を命じられる。
            1万石を孫の田沼意明が相続、陸奥下村(福島市)へ減転封。
            松平定信、老中に就任。
1788年(天明8年) 田沼意次、死去。
1789年「火縄くすぶる(1789)、バスチーユ」フランス革命
1792年「異な国(1792)、ラックスマン、根室に来航」ラックスマン、根室に来航。 

  長屋門を入ると主屋が正面に見える。 ↓
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  主屋を背面(山側)から見ると、↓
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  大鐘家住宅は、長屋門と主屋が国の重要文化財に指定されており、藤井恵介監修『日本の家2 中部』(2004.5.28.講談社)・吉澤政己『日本列島民家の旅(6) 中部1 東海・中央高地の住まい』(1996.4.30.INAX出版)にも取り上げられている。
  《 御前崎に近い片浜海岸を眼前にする高台に建っている。当地の大庄屋で、田沼意次に始まる相良の藩主・田沼家などのスポンサーになったこともあった。》(藤井恵介監修『日本の家2 中部』2004.5.28.講談社)そうだ。
  長屋門は《 黒田家と同じように、茅葺きで千木(ちぎ)を置く》もので、《長屋門の奥に主屋が建つ典型的な豪農の屋敷構えで、昔は「大鐘屋館」とも呼ばれた。》らしい。
日本の家 (2) 中部 - 藤井 恵介, 和田 久士
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  主屋の方だが、《主屋は江戸時代中期の建物と推定されており、県下有数の古民家。土間に入ると、二本の大黒柱の上に、手斧(ちょうな)削りの太い梁が井桁に組まれ、圧倒するような空間を作り出している。・・》というのが特徴の1つである。
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  こういった曲がった梁を使用するメリットというと、木材の有効利用という点があるとともに、
1.野物(のもの)と言われる角材に加工されていない曲がったままのものを使用した場合の長所として、上に凸に曲がったものを使用することで、屋根の荷重が上から下にかかった時に、元に戻ろうとする力が働くので、角材の梁を使用するよりも強い、
2.角材の梁桁材は角材に加工される際に木の繊維が切断されるのに対して、野物(のもの)の梁桁材は木の繊維が切断されないので、その分、角材よりも強い。
3.「『しばり』に入れる」という入れ方、2本の野物を交差させるように組み合わせて入れることで、力が四方に分散される・・・
・・ということを、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ は工場見学会の時に説明係が言っていた。
  しかし、まず、(株)一条工務店の野物(のもの)、もしくは、丸太梁の場合、
1.はわかるのですが、
2.については、丸太張りの場合、「しばり に入れる」という2本の丸太梁(野物)を交差させる入れ方をすると、交差する部分で梁が削られることになるので、「繊維がとぎれていない」といっても、片方で交差させる部分で削られているので、結果として、強いのか弱いのかわからないようなところがある、
3.については、「しばりに入れる」という2本の梁を十文字に交差させる入れ方であると、上側の丸太梁は、角材の梁とのかみ合わせの部分が浅くなるので、地震で揺れた時に、一般的には構造材は太い方が強いか細い方が強いかというと太い方が強いのですが、もしも、梁が落下してきたということがあった場合は、太い梁が上から落下してくると、人がその下敷きになった時、重い梁にのしかかられて脱出できず、地震による家屋の倒壊で死亡することはなかったとしても、重い梁が上からのしかかられて脱出できなくなったために死亡に至る・・ということも考えられるわけで、重い丸太梁が角材の梁に浅いかみ合わせで載るというのは、はたしていいのか? ・・という疑問もあったのですが・・・。
  この大鐘家住宅の土間の上の丸太梁(野物)の梁桁材を見ると、
まず、資源の有効利用という点では、曲がった木材を有効に利用していますが、
1.については、ここで使用されている丸太梁は、上に凸かというと、必ずしもそうではなく、上に行ったり下に行ったりで、必ずしも上に凸というわけでもない。
2.については、木の繊維が切断されないという面もあるけれども、交差する部分で かみ合わせ において、削りとられているという部分はある。
3.についてですが、2本の丸太梁を「しばりに入れる」という程度ではなく、何本もの丸太梁を交差させて井桁に組むということがされており、これだけ、何本もをかみ合わせたならば、小屋組み部分において、「ラーメン効果」を発揮することが期待できるのではないか、単に屋根にかかる力を分散させるというだけではなく、井桁に組んだ丸太梁によって、地震・台風など横方向の力に対して、小屋組部分が動きにくくする効果を期待できるのではないか・・・? ・・といったことを思いました。
  非建築屋の方のために説明しますと、「ラーメン効果」というのは、栃木県佐野市は「ラーメンの街」として売り出そうと市で力を入れていまして、『らーめん発見伝』でも、爆食系ラーメン「どきゅん」のオヤジ・武田が作った野菜炒めが上に載った麺多めが基本のラーメンは、大急ぎで食べきらないと麺が伸びてしまっておいしくなくなるのを、ラーメンマニアキングの藤本さんが、加水率高めの麺を使用すると、スープを麺が吸うのが少なくなり、麺が伸びにくくなるので、加水率高めの麺の使用を勧めて解決するという話がありましたが、ラーメンで使う麺には加水率が高い麺と低い麺があり、加水率高めの麺の代表として佐野ラーメンがあげられていたのですが、佐野のラーメン屋では、青竹を使って麺を「うんせ、うんせ、うんせ」と打つというのか練るというのかしているところを見せる実演店があった。
※ 《ウィキペディアー佐野ラーメン》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E9%87%8E%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3
佐野市観光協会 佐野ラーメンとは http://sano-kankokk.jp/goods/580/
  そういう「青竹手打ちラーメン」のことを「ラーメン効果」「ラーメン構造」と言う・・・と新入社員の人に教えて喜ぶ人が(株)一条工務店にはおったのですが(実は私も言ったことがあるのですが)、それはジョークであり、「ラーメン構造」「ラーメン効果」の「ラーメン」とは、ドイツ語で、
Rahmen (男性名詞)1.枠、縁(ふち)。 2.枠型のもの;額縁;張り枠;刺繍枠;フレーム;台枠、シャーシ;車台;窓枠、かまち、骨組み、ラーメン;細皮(くつ底と甲皮の間の)。 3.・・・
( ロベルト=シンチンゲル・山本明・南原実 共編『現代独和辞典』1980.3.1.三修社。)
・・・という「ラーメン」であって、『らーめん発見伝』『らーめん才遊記』のラーメンとは別物。
軸組構法ですと、土台・柱・梁だけであれば、上からの力は柱が受けたとしても、地震・台風などで横方向の力が加わった時に、四角形は簡単にひしゃげてしまい、長方形が平行四辺形になって倒壊に至る。そうならないようにする方法として、
1.ブレース・筋交い(すじかい)といった斜め材を入れる。・・「トラス式」「ブレース式」
2.面を貼りつける。・・・「面式」「版式」
3.接合点を「剛」にして動かないようにする。・・・「ラーメン式」
という3種類の方法が考えられるのですが、在来木造で「筋交い(すじかい)」という斜め材を入れる方法というのは、1.の「トラス式」「ブレース式」になりますが、合板やOSBを貼りつけるという方法もあり、それは2.の「面式」「版式」になります。
 一般に、鉄を構造材とする場合は、1.の「トラス式」「ブレース式」か3.の「ラーメン式」が考えられ、鉄を構造材とする場合の「面式」はあまり考えられない。コンクリートを構造材とする場合には、2.の「面式」「版式」と3.の「ラーメン式」は考えられても、1.の「トラス式」「ブレース式」は考えられない。そして、木を構造材とする場合には、筋交い式木造は1.の「ブレース式」「トラス式」で、最近の枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法は、軸組構法ではないが、耐力壁として見ると「面式」「版式」になるでしょう。木を構造材とする場合には、木という素材から考えて、接合点を「剛」にして動かないようにするという「ラーメン式」は考えにくい・・・と言われてきたのですが、最近、「SE構法」といって「集成材と金物を使用する木を構造材とするラーメン構法」なるものが登場しました。 戦後、筋交い式木造が広まったことで、戦前型の貫(ぬき)式木造よりも、木造住宅は強くなった・・・と杉山英男さんなどはおっしゃったのですが、貫式木造の側からも反論があって、貫式木造と筋交い式木造で、筋交い式木造の方が強いという主張は、どういう貫式木造とどういう筋交い式木造を比較してのものか? 細い土壁の下地のようなものでしかない貫(ぬき)しか入っていない貫式木造を比較しているのではないのか? ・・・という主張がされるようです。たしかに、どちらが強いか弱いかという話であれば、いったいどういうものを比較の対象にしたのかという問題が出てきます。 それで・・・、この貫式木造の「貫(ぬき)」とは何かというと、柱が何本か並んで立っているだけでは、地震や台風で揺れた時に簡単に倒れてしまうのですが、倒れないように柱をつなぐ方法として、柱の外側から板を貼りつけたものが「長押(なげし)」で、柱に穴を開けて木材を通して固定したものが「貫(ぬき)」だったわけで、「長押(なげし)」は今では和室の装飾材になりましたが、元は構造材だったようです。この「貫式木造」というのは、「貫(ぬき)」によって建物が動かないように固めた「ラーメン構造」ではないのか・・・と考えることもできるのではないか。
木造建築を見直す (岩波新書) - 坂本 功
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  井桁に組むことで、小屋組みの梁が上からの荷重に対しても、全体として受けるようになるのではないか。 上が凸には必ずしもなっていないので、上が凸に丸太梁を入れたことで、上から荷重がかかった場合に、元に戻ろうとする力が起こるという点についてはそれほど期待できないが、複雑に梁がかみ合わされていることで、全体で受けるという効果を期待できるのではないか・・・とも思いました。
  ・・・が、↑ ほど複雑に組み合わされるとなると、もはや、芸術作品のようですね。 この木は南北方向が上で、隣の木は南北方向が下で・・と、よく、曲がった木を、これだけうまくかみ合わせたものだと感心します。

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《 (土間の)奥には30人もの食事を作ったという大きなカマドがある。》(藤井恵介監修『日本の家2 中部』2004.5.28.講談社)というカマドが、↑ でしょう。

  吉澤政己『日本列島民家の旅(6) 中部1 東海・中央高地の住まい』(1996.4.30.INAX出版)↓ の大鐘家住宅の項には、大鐘家の平面図(間取り図)と配置図(の略図)が掲載されているのですが、実際に行って見たところ、配置図については同書に掲載の図と一致するのですが、平面図(間取り図)は同書に掲載のものとは異なるように思えます。 この部分のみ、平面図(間取り図)をどこか他の家屋のものと載せ間違えた、ということはないでしょうか。
東海・中央高地の住まい―日本列島民家の旅〈6〉中部 1 (INAX ALBUM) - 吉澤 政己, 入澤企画制作事務所
東海・中央高地の住まい―日本列島民家の旅〈6〉中部 1 (INAX ALBUM) - 吉澤 政己, 入澤企画制作事務所

  静岡県、特に遠州地方の「民家」「古民家」を見学したいと思ったのは、特に、神棚と床の間を見たいという気持があったからです。 (株)一条工務店は、日本全国どこでも、床の間を「浜松流」「遠州好み」(この場合の「遠州好み」というのは、「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「遠州人が好むやりかた」という意味です)で施工させないとおれないシンドロームの人がアブノーマルに多い会社であり、特に、神棚の施工法・床の間の施工法については、それぞれの地域によってやり方が異なるのであり、そういったものは、どちらが正しいとか正しくないとか言ってもしかたがないこと、それぞれの地域のやり方を尊重するのか、そうでないやり方をとるのかという問題です。ところが、(株)一条工務店の「オリジナル従業員」、「遠州人」〔あくまでも「(株)一条工務店の遠州人」のことで、「遠州人一般」がどうかという話ではありません〕は、そのあたりを絶対に理解しようとしません。
  静岡県掛川市の加茂家住宅を見学に行ったのも、床の間と神棚について見たいと思ったから(それだけというわけでもありませんが)でしたが、加茂家住宅の場合は、床の間は2か所ありましたが、床柱と長押の位置関係については、床柱として特殊な柱を使うのではなく、その家屋の一般の柱と同じものを床柱に使用していたという事情があり、神棚については、「カマドの神様」は見せてもらいましたが、「カマドの神様」以外の神棚は見ることができませんでした。 今回、大鐘家住宅では、仏壇や神棚も見せていただけましたし、床の間も見せていただけました。 次々回と次々々回において、その神棚の施工と床の間・床脇の施工について、じっくりと述べたいと思います。
  まがりなりにも住宅建築屋ならば、神棚や床の間の施工について、施主が希望するもの・その地域の施工法を尊重した施工というものを、まったく考えないというのは情けない! そのあたりを理解できない「遠州人」は遠州地方から外に出ないでもらいたいし、「遠州地方の中のカエル」は遠州地方から外に出ないでもらいたいものです。「(株)一条工務店の遠州人」は、箱根の関より東、不破の関・鈴鹿の関より西に来ないでもらいたい。特に、勿来の関は「『遠州人』〔(株)一条工務店の遠州人〕よ、これより北に来る勿れ」ということで「勿来の関」と名付けられた関であるから、「(株)一条工務店の遠州人」は勿来の関より北に来ないでもらいたい。 次回・次々回、そのあたりについて述べる予定です。

  (2020.10.2.)

☆ 大鐘家と相良城跡
(1)田沼意次の城下町相良の牧之原市片浜にある大鐘家住宅 https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_7.html
(2)井桁に組んだ梁・千木の載る長屋門・酔芙蓉。なぜ川勝平太は事故を起こした原子力発電を製造した会社の責任を問わずに、放射線量検査の方を拒否するのか〔今回〕
(3)地形に合わせた建物の配置。「母屋」「上屋」と「庇」「下屋」。表側の庭と裏側の「小堀遠州庭園」https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_2.html
(4)床の間と床脇。床柱と長押の位置関係。遠州流を他の地域の人に押しつける(株)一条工務店。会社のために協力する従業員を罠にかける(株)一条工務店 https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_3.html
(5)神棚の造りについて。その地域のやり方を無視する(株)一条工務店の営業。会社のルールを無視する営業本部長 https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_4.html
(6)土蔵・資料館。大鐘家の裏の丘からの眺望。相良城跡と田沼意次。https://shinkahousinght.at.webry.info/202010/article_6.html

☆ 加茂荘花鳥園・加茂邸(静岡県掛川市)見学
1.「森掛川」I.C.より加茂荘花鳥園。温室と鳥舎。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_2.html
2.花菖蒲園と長屋門。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_3.html
3.加茂家住宅(1) 正玄関、土間、大黒柱・梁、庭の池と亀島と花。https://shinkahousinght.at.webry.info/202006/article_4.html 
4.加茂家住宅(2) 座敷、広縁・濡れ縁、廊下交差箇所の納まり、差鴨居。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_1.html
5.加茂家住宅(3) 床の間 2か所。一般の柱と同材同寸法の床柱と長押の関係。床の手前の横の位置の付書院。きれいな襖絵。 
6.加茂家住宅(4) 加茂家住宅の神棚は「竈の神さま」なのか。「浜松流神棚」を他地域に押しつける一条の営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_3.html
7.加茂家住宅(5) 窓の格子。「理由のある」桟の作りと「理由のない」作り。味噌蔵・米蔵。https://shinkahousinght.at.webry.info/202007/article_4.html

☆ 東京都 狛江市立古民家園
上  旧荒井家住宅主屋 https://shinkahousinght.at.webry.info/201509/article_1.html
下  旧高木家住宅長屋門 https://shinkahousinght.at.webry.info/201509/article_2.html

☆ 旧近藤家 長屋門(東葉学園 東葉門 )(千葉県船橋市)https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_3.html

☆ 旧安西家住宅(千葉県木更津市)https://shinkahousinght.at.webry.info/202009/article_5.html

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