大雨冠水道路で水没の危険を冒してクルマで出勤するバカ。冠水道路を通ってブルーシートをかけ直せと言う遠州人若造。台風で窓ガラスは割れる、地震で窓ガラスは割れる、というのは(株)一条工務店の営業本部長は認めないが、事実である。

[第482回]
【1】 台風で窓ガラスは割れる。
   昨年(2019年)は、台風で千葉県船橋市の我が家の近所でも電柱が何本か倒れ、我が家も1日半ほど停電しました。新聞記事やインターネットのニュース記事によると、2019年、千葉県市原市の市役所では台風で窓ガラスが割れたようだ。1993年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ で、東京営業所の第一設計部のT(男。当時、20代なかば。明治大工学部建築学科卒)が「窓ガラスというのは、普通ガラスでも台風や強風で『しなる』ということはあっても、風で割れるということはまずありませんから」と契約客に話すので、「そうかな」・・・と思ったのだが、たしかに、我が家の2階などもけっこう強い風は当たるものの窓ガラスは割れたことはないが、それは、あくまでも、窓ガラスは台風・強風で「しなる」ことはしばしばあっても「割れる」に至るまではそうしょっちゅうあるわけではない・・ということであって、相当の台風・強風では風で窓ガラスが「割れる」ということもあるわけで、堤は無責任なことを言わない方がいいと思う。私が高校生の時は、うちの父親は「大学でも国立大学か私立大学でもせめて慶應・早稲田くらいに行くのなら行ったらいいし、行くべきやと思うけれども、そんなもん、明治やたら法政やたら専修やたらポン大やたらなんやらそんなアホ大学なんて行くようなやつなんて、大学行くことあらへん。甘ったれとってはいかん、甘ったれとっては。そんなやつ、みんな、自衛隊に入れたったらええねん、自衛隊に。甘ったれとてはいかん」と言っていたものだった。実際、私も明治やたら法政やたらそんな大学に行くやつなんて、なんで、大学に行くんだ・・と思っていた。私は、東大の理科一類に通ったか、京大の工学部建築学科に通ったかというと、それはわからないが、ともかくもどこか国立大学でというくらいなら、どこか、国立大学の建築学科に行こうと思えば通ることができる所はあったと思う。しかし、うちの父親は「うちは工学部になんか、行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言い、私が「国立大学なら何学部でも学費は一緒のはずや」と言っても、母は「何を甘ったれたこと言ってますのん、あんたはあ。たとえ、国立大学なら何学部でも学費は一緒であっても、百パーセント絶対に国立大学に通るとは限らんでしょうがあ。たとえ、0.01%でも落ちる可能性があるなら国立大学でも工学部なんて受けてはいかんでしょうがあ。甘ったれなさんな、あんたはあ!」と言うのだった。それから、考えると、堤みたいに明治大の工学部建築学科なんて行ったような人間なんて、なんで、大学に行くのかと思うし、よっぽど家が金持ちだったということなのだろうなあ・・と思ったが、そのわりに、堤は私に、製図用のシャープペンシルを買ってくれとかケント紙を買ってくれとか言ってたかったもので、昔から、金持ちでも厚かましい汚い人間は少なくないもので、金持ちでも貧乏人にたかるような人間というのはいるのだったが、堤はそのタイプ、ものすごい金持ちのくせして貧乏人にたかる男だった。営業本部長とか役職のある人間にたかるのなら、会社員としてわからないこともないが、ヒラの営業にたかる男。福島県いわき市の営業所にいた第一設計部の春田靖も、飲み会になると「設計」は他の従業員に出してもらって当たり前という態度だったが、これは(株)一条工務店の経営者の「バカでも入れる私大の建築学科卒の人間は新卒入社したその日からお殿様」という扱いにひとつは原因があるが、(株)一条工務店の第一設計部の人間にはそういう人間がいた。(株)一条工務店が私に払っていた給料は決して高くなかったわけで、決して高い給料なんてもらっていない者にたかるようなヤツというのは、自分で「設計士さま」とか思っていたのかもしれないが、「バカでも通る私立大学の建築学科」出て、同業他社で設計2年・営業1年の経験があるだけ(大成パルウッドで設計2年、住友不動産ホームで営業1年の経験があるだけ)という20代の若造が、たいしてわかっていないくせして、そういう態度というのはどうかと思ったのだが、又、それで、私は、いくらなんでもあれはいかんのではないかと営業本部長の天野隆夫に言ったのだったが、ところが、天野隆夫は「営業は設計にはどんなことでも服従しろ!」と私に命令したのだったが、私は、その時点では入社2年目でしかなかったので、会社においては、ある程度以上の役職につかせてもらうまでは「耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び」「雨にも負けず、風にも負けず」「韓信の股くぐり」と思って我慢もしてきたが、しかし、なんで、私が堤に製図用語を買わされなければならないのか? 今から考えても、あれは「たかり」というのか「カツアゲ」というのかだった。「設計に図面を書いてもらいたいなら、設計に機嫌を取るのがあたりまえだろうが」というのが堤の考えだったようだが、そういうものを会社として認めるべきではないと思う。小堀住研(株)では「社内営業」ということが言われ、営業社員はお客さんに対しての営業だけでなく他部署に対しても「社内営業」というものをするべきだ、といったことが言われたのだが、それには賛否両論があって、会社内においても他部署に気持ちよく仕事をしてもらえるように互いに努力するべきだが、特に営業の職種の人間は他の職種の人間よりも努力していいはずだという賛成意見があるとともに、設計の人間に図面を作成してもらう際、工務課(積算)の人間に見積もりを作ってもらう際、缶コーヒーの1本でも買って持って行くことで、何何さんの担当の仕事を一生懸命やろうという気持になってもらうようにするべきだという意見と逆にそうではなく、たとえ、缶コーヒーの1本にしても、会社から給料もらってやっている仕事をするのに、営業から買ってもらわないと仕事をやらないやれないというのはおかしい、会社から給料もらってその仕事をやっている者に、缶コーヒーの1本でも、営業は買って持って行くべきではない、たとえ、缶コーヒーの1本でも買って持って行く営業の担当の仕事を優先してやって買って持って行かない営業の担当のお客さんの仕事は後回しにするというのでは、それはいけない、という意見もあった。普通の仕事を普通にやるのに、缶コーヒーくらいをおごってもらうだけでなく、製図用具といった相当高いものを給料の安い営業社員に買ってもらおうとたかる堤はえげつないが、それを「営業は設計にはどんなことでも服従しろ!」などと言う営業本部長の天野隆夫は、使用者・経営者として「保護義務違反」であり、債務不履行責任を問われなければならない問題である。私の知っている人で、自宅を(株)一条工務店で建てて、アパートを旭化成で建てたという人がおり、(株)一条工務店は担当者がだめならだめだが、旭化成は担当者がどうであるかにかかわらず会社として対応するという姿勢があって、その点では旭化成の方が良かったと言っていたが、しかし、旭化成の人間というのは、自分の所は大企業だ・有名企業だという意識があってえらそうにしていて、その点は感じ悪い・・と言っていたのだが、但し、旭化成のえらそうにしていた人間というのは一級建築士の資格を持っていたらしいのだが、 《「いっきゅうけんちくしい~い」と言えば人は言うことをきくみたいに思っているシンドローム》の人間というのもいいとは思わない思えないが、一級建築士の試験も二級建築士の試験も通らないで「バカでも入れる私大の建築学科卒」だということで、いわば「カネで買ったような学歴」で、それで「設計士さま」になったようなつもりでふんぞりかえっている(株)一条工務店の第一設計部はそれ以上にその態度はいいと思えない。堤は、「ちょっと、そこ行って」と言って私にクルマで行かせて、それでどこに行ったかというと、パチンコ屋で、「ここで待ってて」と言って堤がパチンコをするのを前の道でクルマで待っているように要求したこともあったが、営業本部長の天野隆夫は第一設計部の「設計の命令にはどんなことでも服従しろ」と言うのだが、しかし、堤が勤務時間中にパチンコをするのに送り迎えするのは私の仕事ではないはずであるし、(株)一条工務店と私との雇用契約労働契約には、堤が勤務時間中にパチンコに行くのをクルマで送り迎えすることは私の業務の中にはなかったはずで、それをやれと命令する天野隆夫の言動はおかしい。
〔⇒[第702回]《「一条の家は完璧にいい」の反証9-出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長》https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html
⇒[第326回]《マンション住人は戸建住宅のどういうところを理解できないか。軒と雨戸はなぜ必要か。軒の出は配置図の基礎》https://shinkahousinght.at.webry.info/201504/article_4.html 〕

【2】 地震で窓ガラスは割れる。
  さらに、一昨年(2018年)には、大阪府高槻市あたりを中心とした地震があったが、その際、母方の親戚で大阪府高槻市に住んでいた人がいたのだが、地震の被害はどうだったかというと、「地震で窓ガラスが割れた、ということはあったけれども、相当揺れたけれども家自体は倒壊などすることはなかった」ということだった、表現を変えると「地震で相当揺れたが家自体が倒壊するといったことはなかったものの、地震で窓ガラスが割れる、ということがあった」ということだった。これもまた、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が「地震で窓ガラスが割れるなんてことないわあ!!!」と私に言ったのだが、なぜ、そういうことを言ったかというと、(株)一条工務店は「地震に強い家づくり」とアピールしていたのだけれども、窓ガラスは普通ガラスで、特に、浴室の窓ガラスと浴室に出入りするドアのガラスが普通ガラスというのは危険ではないか、せめて、裸で入る場所である浴室の窓ガラスと浴室に脱衣場から出入りするドアのガラスは強化ガラス(自動車の横の窓で使われているガラス。全体にかかる力には強く、割れても粒状になるので怪我をしにくい。自動車の前面のガラスは強化ガラスではなく、合わせガラス。1993年、(株)一条工務店で東京都町田市で建てていただいたU様宅で、防音を目的にガラスの厚みを「標準仕様」の3mmのものから5mmのものに変更した際、(株)一条工務店の積算部は5mmのガラスを「強化ガラス」と表記してきたが、たしかに、3mmのガラスと5mmのガラスでは5mmのガラスの方が厚みがある分だけ割れにくいが、「強化ガラス」というのは「通常より厚いガラス」のことではない。「強化ガラス」と「通常より厚いガラス」は意味が違う。(株)一条工務店の積算部は「その程度のこと」もわかっていなかったが、ベテランの某さんにそれを言うと「そりぁ、一条工務店の積算部なんてその程度のものですよ」ということだった)かアクリルにするようにした方がいいのではないか・・といったことを住宅展示場の事務所で話したことがあり、又、私の親戚が私が(株)一条工務店に在籍したことから(株)一条工務店で契約したので、浴室の窓ガラスと浴室に出入りするドアくらいは強化ガラスに普通ガラスから変更するようにした方がいいのではないか、といったことを親戚の者に話をしていたのだったが、それを営業本部長で東京営業所長・松戸営業所長を兼任していた天野隆夫(男。当時、40代。最終学歴:中卒)が「そんなもん、地震で窓ガラスが割れるなんて、そんなことあるかあ!!!」と私に怒鳴りつけたのだった・・・が、あったのだ。2018年大阪府北部を震源とし、大阪府高槻市あたりで最大の揺れを起こした地震の際、高槻市に在住だった私の母方の親戚の家は、家自体は地震で倒壊するなどということはなかったが、地震で窓ガラスが割れたそうだ。(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は嘘つきだった、ということになる。もっとも、こういうことを言うと、(株)一条工務店の従業員でもベテランの某さんなどは「そんなの、天野部長の言うことなんて、相手にしちゃだめですよ。なにしろ、あれは頭が薄いんですから」と言うのだったが。(株)一条工務店には天野姓の従業員が3人いて、営業本部長で初代社長の義理の弟だという天野隆夫(男)と企画室課長⇒総務部長でやはり一族らしい天野雅弘(男)と天野隆夫の嫁で「総務の責任者」だという天野順子(女)の3人で、そのうち、企画室課長⇒総務部長の天野雅弘が若禿であったことから(そのうち、年齢が頭に追いついてきたが)「ハゲ天野」、天野隆夫の方はハゲではなかったことから「ハゲでない方の天野」と言われ、「ハゲ天野」と「ハゲでない天野」と呼び分けられるか、もしくは、「髪の薄い天野」と「頭の薄い天野」と呼び分けられるかしていたのだったが、実際「頭の薄い天野」の言うことなんて、いちいち、気にする方がアホだった・・のかもしれないが、それでも、その人が営業本部長で東京営業所長・松戸営業所長であるからには無視するわけにもいかなかったが、「地震で窓ガラスが割れることなんてないわ」という天野隆夫の発言は、2018年の大阪府北部の地震の際に、大阪府高槻市の我が家の親戚の家で窓ガラスが割れた、ということから嘘だったということが証明された。その前に、1993年、天野隆夫が私に「そんなもん、地震で窓ガラスが割れるなんてことないわ」と発言した頃、私は住宅雑誌などで、地震が発生した際、家そのものが倒壊などしなかったが窓ガラスが割れたことからガラスの破片で怪我をした人があった、火災が発生して脱出しようとした際、窓ガラスが割れていたことからガラスの破片で足を怪我して脱出に困難をきたした、といった記事が出ていたのを読んでいて、その上で私は話をしていたのだが、 
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( ↑ 松本次郎・ 原作:永井義男 『いちげき』第43話 「コミック乱 ツインズ」2020.8月号(7.14.発売) リイド社 所収。〕
それでも、「地震で窓ガラスが割れるなんて、そんなことないわ!!!」と(株)一条工務店の営業本部長が言ったのだった。戸建住宅建築業の会社の営業本部長が言うからには、「そうなのかなあ?」と思ったが、「だめですよ。天野部長なんてあんなアホの言うことなんて本気にしては。なにしろ、あれは頭が薄いんですから、あれは」というベテランの某さんの言うことの方が正しいようだった。
  地震で窓ガラスが割れることはある。2018年の大阪府北部の地震で、大阪府高槻市のうちの親戚の家では窓ガラスが地震で割れた。

 《 ・・ガヴローシュは大きい方の防塞で働いていた。・・ガヴローシュは一つの旋風であった。絶えずその顔が現れ、常にその声が聞こえた。同時に至る所に出没して、空中にまでひろがっていた。・・・
  その小さな双腕は絶えず働き、その小さな肺は絶えず音を立てていた。
「しっかりやれ! もっと舗石(しきいし)だ、もっと道具だ! どこにあるんだ? この穴をふさぐ漆喰をいっぱい持ってこい。こんな小さな防塞ではだめだ。もっと高めなくちゃいかん。何でもある物はみんな積め、横にあてろ、ぶち込んじまえ。家をこわせ。防塞はジプー魔女のお茶だ。やあ、ガラス戸がきた。」
 その一語に、働いてる者らは叫んだ。
 「ガラス戸だと! そんな物をどうしようというんだ、チュペルキュール(小僧めが)」
 「何だヘルキュール!(大僧めが)」とガヴローシュは答え返した。 「ガラス戸は防塞には素敵だ。攻めることはできるが、取ることはできねえ、壜(びん)の破片(かけら)が立ってる壁越しに林檎を盗んだことがあるか。国民兵が防塞に上ろうとすりぁあ、ガラス戸で足の蹠(うら)を切っちまわあ。へん、ガラスという奴は裏切り人だ。お前たちはいい考えはねえんだな!」 》
( ヴィクトル=ユーゴ―『レ・ミゼラブル (四)』豊島与志雄訳 1987.改版 岩波文庫 「第十二編 コラント」「四 寡婦ユシュルーに対する慰謝」 より)

  (株)一条工務店では、私が入社した1992年においては、浴室の窓ガラスは普通ガラスを標準仕様にしており、浴室のドアのガラスも普通ガラスを使用していたが、そのうち、浴室のドアは普通ガラスではなくアクリルを使用するように変更した。私が言うと、「地震で窓ガラスなんて割れんわ」と営業本部長の天野隆夫が言うくせしてからに、それでいて、そのうち、浴室のドアを普通ガラスからアクリルに変更するのだから、営業本部長の天野隆夫という男は、つくづく、名前の通り、アマノジャク(天野邪鬼)である。

  1993年、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「そんなもん、強化ガラスなんて使ったら、重くて開け閉めが大変になるわ」などと言ったのだが、1990年前後、小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) では、「高品質低価格」の企画住宅「ハウス55」では、掃き出し窓に標準仕様で強化ガラスを使用していて、完全自由設計の「新 桂(しん かつら)」は、最初からこれが標準と決まっているものはないが、特に施主が指定しなければ掃き出し窓は強化ガラスにしていたが、住宅展示場では「これは強化ガラスと言って、全体にかかる力には強くて、たとえ、割れても粒状になるので、お子さんが走り回って掃き出し窓の窓ガラスにぶつかったということがあっても、怪我される可能性がずっと小さくなります」と話した上で、「重さも普通ガラスと特に変わりませんから、このように開け閉めも楽です」と言って、実際に展示場の窓を来場客に開閉してもらって、「ほら、開閉も楽でしょ」と言っていたし、実際に小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) の展示場の窓の開閉は強化ガラスだから開閉が重くて大変というようなことはまったくなく、「そんなはずはないがなあ」と思いつつも、戸建住宅建築業の会社の営業本部長が言うことなので、そういうこともあるのだろうか・・とずいぶんと考えたが、ガラス・鏡の会社らしい(株)コーワ の《強化ガラスとは?ゼロから徹底解説》https://www.kowa-m.jp/glass/3906 を見ても、《 強化ガラスも、元は普通のガラスに引っ張り力を加えた物なので、重量は一般的なガラスと変わりません。》と出ている。どうも、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、強化ガラスとペアガラスを間違えていたようだ。ペアガラスの場合は、1つのサッシ(枠)に2枚の普通ガラスが入っているので、1枚だけ入っているものに比べて、開閉する際に重い。それに対して強化ガラスは普通ガラスより重いわけではなく、開閉の際の重さも普通ガラスと変わらない。普通、まがりなりにも、戸建住宅建築業の会社の営業本部長がこの程度のこともわかってないなどということはないはずだ・・・と思い込んでいたのだったが、実は、その程度のことも、「知らんかった」ようだった。この話を(株)一条工務店のベテランの従業員の某さんに話したところ、「そんなの、天野部長なんて何もわかってないでしょ。なにしろ、あれはアホですから。あれは頭が薄いんですから、天野部長の言うことなんて相手にしちゃだめですよ。なんと言っても、あれはアホですから」ということだった・・・。しかし、知らんのならそれならそれで、ひとに話す前に調べてから話すようにすればどうかとも思ったのだが、知らんことをデマカセで何だかんだ言うというのが、そのあたりがご本人がおっしゃるところの「ぼくは学校でてないから(最終学歴:中卒)、だから、気さくで人間味があって、人間性が優れていて、人に好かれるんだ」という特徴なのかもしれない。なんで、実際に、強化ガラスの重さが普通ガラスと比べて重いのか変わらないのか調べてから話すべきだと考える人間が「気さくで人間味があって、人間性が優れていて、人に好かれる」のではないとされなければならないのか、どうも、ようわからんのだがなあ。私なら、実際にどうなのかきっちりと調べてから話す人間の方が「人間性が優れていて、人に好かれる」のではないかと思うし、なんで、デタラメばっかり言うヤツが「気さくで人間味がある」のかさっぱりわからんのだがなあ・・。

【3】(1) 深く冠水した道路をクルマで通るのは危険。
  そして、今年、2020年には、各地で道路が冠水し、冠水した道路で水没する自動車も続出したようだ。↓
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↑ 「千葉日報」2020年7月7日(火) 朝刊。1面。
  1993年前半、(株)一条工務店の千葉県松戸市の展示場に勤務していた時、千葉県船橋市の我が家から松戸展示場に向かう途中の千葉県鎌ケ谷市で道路が冠水していた所があったのだが、冠水していた向こう側は地面が見えていたので、ギアをセカンドにして、冠水している部分で停止することなく一気に通り過ぎてしまおうとして進んだところ、特別問題なく冠水した部分を通り抜けることができた。・・そこはまだ良かった。
  ところが、1993年11月だったか。(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所に移り、日曜日、栃木県の石橋町にある栃木工場へのバスでの工場見学会が予定されていた日、朝からものすごい雨で、住んでいたアパートの近くの川はものすごい水量だった。それで、比較的、広い問題が少なそうな道を選んで走ったのだが、県道14号(いわき石川バイパス)から県道20号(陸前浜街道)に左折するあたりで冠水しているのが見えた。千葉県鎌ケ谷市で冠水していた部分をギアをセカンドにして一気に通り抜けた時のことを考えて、同様に突き抜ければいいか・・・と思い、交差点を左折して北を向いたところ、見渡す限り・・・、道が川。 もはや、道というよりも「川」。向こうの方に地面が見えておれば、そこまで突っ切ればいいかと思うところだが、向うの方、どこまで見ても道が川!!! ↑ の「千葉日報」2020.7.7.の1面の写真なんかより水深ははるかに深い。↑の「千葉日報」の写真なんてその時のことを考えるとたいしたことない。それが、一部だけで、その一部を突っ切れば向こう側はそれより浅いのならいいのだがそうではない。もはや、道が川!!!
  これはいかん! ・・と思い、左側に空き地があるのが見えたのでそこでUターンをして戻ろうと考えたのだが、左の空き地に入ろうとすると、ガーン! と衝撃が加わった。水はタイヤの中心より少し上あたりまできており、窓から見ても見えなかったが水中に縁石があって、それにぶつかったようだ。その時はわからなかったが、後で見ると、その時、ホイールキャップを失ったようで、なおかつ、ホイールに少々損傷を受けたようだった。方向転換もできない。もしも、ここでギアをバックにすればバックで戻れるかもしれないが、うかつに水中でギアチェンジなんてして、それが原因で動かなくなっては困る。グリム童話だったか日本の民話だったかで、「命の水」だかを取りにでかけた男が、馬に乗って道を進んでいくと山あいで道がだんだんと狭くなって、進むに進めず戻るに戻れずになってしまう・・なんて話があったが、そんなことなんてあるのか・・なんて思っていたら、あったのだ。まさに、進むに進めず戻るに戻れずという事態になってしまった。
  とりあえず、前に進むしかないか・・・と思って進んだが、たしか、この先、「道が川状態」ではなく、「正真正銘の川」と交差していた場所があったはずで、まさか、そこから流されていくなんてこと・・・ないだろうなあ・・。あったら、どないしよ・・・と、生きた心地がしなかった。 このまま、水から出ることができなかったら、その時は、「海ゆかばみずく屍」を歌いながら死んでいくしかないのか・・・、「お国のために」「会社のために」とジャパニーズサラリーマンの鑑、「鹿取のように働~く」とかうちの父親が言うておったが、鹿取は死んでおらんが、俺は、もしかして、ここで死ぬのか? たいした給料もらってないのに、鹿取だって(株)一条工務店みたいな給料ではあそこまで登板せんかったと思うのだが・・・〔 うちの父親は「鹿取は、どんなに疲れている時でも、投げてくれと言われれば嫌がらずに登板して投げるという、まさにサラリーマンの鑑(かがみ)。サラリーマンはそうでないといかん」とか言って、その「鹿取式」なるものを自分が実行するのではなく私にさせようとしていたのだったが、しかし、鹿取投手が述べていたものを読んだが、鹿取は「もし、ぼくが江川みたいなことやったとして、通じたと思う?」と言ったそうで、鹿取が「どんなに疲れている時でも、監督が自分に投げてくれと自分を使命すると喜んで投げた」というのは、鹿取としては、何も酷使されることを喜んだのではなく、「どんなに疲れている時でも」、監督が他の投手を指名するのではなく、自分を指名してくれることを喜んだ、仕事を他の投手に取られたくなかったので、それで、「どんなに疲れている時でも」監督が他の投手を指名せずに自分に仕事をまわしてくれるということを喜んだ・・というのが真実だったようで、「サラリーマンの鑑(かがみ)」だのという解釈は正しくなく、そうではなく、《「どんなに忙しい時でも、他の業者に仕事をまわされるよりも自分の所に仕事をもらいたい」という自営業者の思考》だったようだ。それをわからんと「サラリーマンの鑑(かがみ)や、鹿取は」とか言って喜んでおったおっさんというのは・・・、アホちゃうか・・と思うなあ〕。 俺は、ひとを馬鹿にしたような安い給料しかもらってないのに、ここで死ぬのかあ? 「天は我々を見放したあ!!!!」〔⇒《YouTube-「八甲田山」予告編》https://www.youtube.com/watch?v=HslnP1vdWTw 〕・・・なんて言うてる場合やないぞ、ほんまあ!!!
  結果は、途中、右折して いわき市草木台という高台のような場所(1993年9月に、(株)一条工務店の工事現場で屋根屋が墜落して頭部を打ち死亡した事故が発生した場所)を経由して、いわき市平尼子町の住宅展示場JTいわきハウジングパークの近くまで行ったのだが、生きた心地はしなかった。・・新聞およびテレビのニュースによると、その時、いわき市内で、私と同じようにクルマで冠水した道路を走って勤務先に行こうとしたジャパニーズサラリーマンが、「川のようになった道」で流されて、ついに「正真正銘、本物の川」まで流され、さらには太平洋まで流されて死亡した・・・ということがあったらしい。何か条件が1つ違えば私もそうなったかもしれない状況だったのだ。

【3】(2) 「管理するのは所長の仕事とは違う」のなら誰の仕事なんだ? 勝手な時だけ「アルツハイマー」になる男。
  その際だが、草木台はいわき市では高台だから冠水する可能性は小さいが、草木台から降りてきて住宅展示場のあったいわき市平尼子町、今はスーパーのマルトがある所に向かおうとすると、住宅展示場があった平尼子町は、これも川に近い場所で、あまり高くない場所であり、はたして行けるかどうかわからないので、とりあえず、途中、冠水していない所から公衆電話で住宅展示場に電話したところ・・・・・。 電話に誰か出たかというと、「アルツハイマー」と言われていた佐藤賢二さん(男。当時、40代)が出て、「こらあ! 早くこんかあ~あ! 何やってんだあ~あ!」と電話で怒鳴りつけられた。 ・・ということは、佐藤賢二さんはクルマで平尼子町の展示場まで行けたのか? 私が相当苦労して死ぬような思い・・というのか、何か1つ条件が違えば、私も「正真正銘本物の川」まで流されて、さらに太平洋まで流されて、「海ゆかばみずくかばね」を歌いながら死んでいったか・・・もしれない状況だったのだが・・・と思ったのだが、後で知ったのだが、佐藤賢二さんは、いわき市平尼子町のJTいわきハウジングパークのはす向かいのアパートに住んでおって、JTいわきハウジングパークの駐車場に自分のクルマを普段から停めていたらしく、アパートから住宅展示場まではクルマでではなく歩いてきていて・・・というのか、佐藤賢二さんの住んでいたアパートのはす向かいが住宅展示場でアパートの前の道・展示場の前の道は冠水していなかった、ということだったのだ。

( ↑ 福島県いわき市平 尼子町3。 JTいわきハウジングパーク があった場所。今は、スーパー「マルト」がある。)
JTいわきハウジングパークの周りの道は冠水していなかったことから、それで、佐藤賢二さんはおのれは自分が住んでいるアパートのはす向かいまで歩いてきただけで、それで、文字通り死ぬような思いをして来た者に向かって、「こらあ! さっさと来い~い! 何やってんだあ! 早くこんかあ~あ!」などと怒鳴りつけたのだったその後、その時の状況は、およそ、佐藤賢二さんが口にしたような文句を言える状況ではなかったということがわかったはずだが、「アルツハイマー」だという佐藤賢二さんからは私に佐藤さんが口にした暴言について、「申し訳なかった」「悪かった」「すいません」「ごめん」といった類の言葉は今日に至るまで一言もない。 やはり、会社として、そういう暴言をはいた従業員には、「佐藤さん、そういう口をきいたことについては、やっぱり、最低、一言は謝っておくべきではないかな」と所長なり誰かなりが言わないといけないのではないかと思うのだが、ところが、「保護義務違反の(株)一条工務店」では、当時、企画室課長で後に総務部長の天野雅弘が「管理したり指導したりするのは所長の仕事と違います。所長は売るのが仕事であって、管理するのは所長の仕事とは違います」と言い、所長の草野次男さんが佐藤賢二さんに一言として注意しないことについて、「管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違いますから」と言って、佐藤賢二さんに何ら注意しないのが当たり前だという言動をとった。 「管理したり指導したりするのは所長の仕事とは違います」と言うのなら、それなら誰の仕事なんだ??? 所長の草野次男さんの仕事ではないというのはわかったが、それなら、会社としてそれを仕事とする者に、佐藤賢二さんに注意させないといけないはずである。誰も何もしないのはどういうことだ???  とりあえず、企画室課長⇒総務部長の天野雅弘は、この件について、企画室課長⇒総務部長であるなら、「申し訳なかった」でも「すいません」でも「ごめん」でも言い方は何でもいいから、ともかく、一言は謝罪すべきではないかと思うし、それも言えないのであれば、「そんな総務部長があるか!!!」・・ということになる、天野雅弘は総務部長として「イエローカード」というよりも、明らかに総務部長として「レッドカード」であると断定せざるをえない。
  道路が冠水して危険な状況であれば、そのような状況においては出勤しないようにと会社としてきっちりと指示を出すべきであり、そうできていなかったという点において、会社使用者は責任があるはずで、企画室課長⇒総務部長として天野雅弘には責任があるはずであり、「おれら、高卒じゃい」などと言えば免責される問題ではないはずで、「管理するのは所長の仕事とは違います」と言うのなら、それなら誰の仕事なのか? そのあたりをきっちりと答えて、管理するべき立場の人間に、なぜ、きっちりと対処しなかったのかと説明を求める必要があったはずである。企画室課長⇒総務部長として、それができていないようでは「イエローカード」というよりも「レッドカード」であろう。(株)一条工務店には企画室課長⇒総務部長の天野雅弘と初代社長の義理の弟で営業本部長の天野隆夫とその嫁の天野順子の3人の「天野」がいて、従業員の間では、若禿だった天野雅弘は「ハゲ天野」「髪の薄い天野」、禿ではなかった天野隆夫は「ハゲでない天野」「頭の薄い天野」と呼び分けられていたが、会社として安全衛生保護義務違反の対応であったにもかかわらず、「管理するのは所長の仕事とは違います」と言って、それなら誰の仕事なのか? ということを明確に示さない企画室課長⇒総務部長というのは、「髪の薄い」人間であるだけでなく「頭の薄い」人間でもあったと言われて文句は言えまい。頭の問題というよりも、むしろ、人間性の問題と違うのか、という感じがする。
  その時、工場見学会の係になっていた蛭田さん(男。当時、20代後半)は「工場見学会の係になっていて工場見学会のお金を持っていたから自分は何としても行かないといけないと思って水の中に突っ込んだ」そうで、そして、その「水の中」でクルマが動かなくなって、ドアを開けて歩いて水中を脱出して、下半身ずぶぬれで展示場まで来た。会社のクルマではなく個人のクルマを持ち込みで業務に使用していたクルマはその時にだめになったらしい。
  佐藤賢二さんは、私が「この状態では常磐交通のバスも栃木工場まで行けないと思いますけれども」と電話で言ったのに対して、「工場見学会のバスはどうにでもして走るんだあ! さっさと来い。こらあ!!!」と怒鳴りつけたが、常磐交通のバスは、そんなもの、冠水した道だらけの状態の所を走るようなことは断固拒否して最初から来なかった。もしも、あちらこちらで道が冠水しており、いわき市内では乗用車で冠水した所に入って川まで流されて、川から海まで流されて死亡した人もあったというようなそんな時にバスを運行して死者がでたとなると、バス会社は業務上過失致死罪に問われることになっただろう。だから、「バスはどうにでも走るんだ。そんなもんはあ!」という佐藤賢二さんの発言は間違いである。バスのタイヤは私の乗用車のタイヤよりもずっと大きいから水の中で動けなくなる可能性はそれだけ小さいかもしれないが、水の中で浮き上がって流される可能性や行くにいかれず戻るに戻れずになる可能性は十分あり、水の中で動けなくなって水中を歩いて脱出しようとして流されるとか、濁った水が溜まっている川のような道を歩いて脱出しようとしてマンホールのフタがはずれている箇所があってそこに吸い込まれるとか、そういった事態になる可能性だってないとは言えない。
  そして・・・。 私が所属した、いわき東展示場の「リーダー」だった国井さんは、朝、外を見て、「これは無理だ」と判断して最初から出勤しなかった。翌日、「おまえ、あんな状態で展示場まで来たのかあ? バカじゃないのか、おまえ! 死ぬぞ。そんなもの、あの天気で出勤するような給料なんてもらってないだろ。バカじゃないのか、おまえ」と言うのだった。しかし、それなら、それで、「リーダー」ならば、その展示場に所属の従業員に電話を入れて、「きょうの天候と道路状況では出勤するのは無理だからきょうは自宅待機にしましょう」と連絡するべきだったはずだが、「俺がリーダーなんて誰が決めたの? 俺、リーダーになってくれなんて辞令もらってないよ」なんて言うのだった。たしかに、そういう「辞令」はでていなかったであろうし、(株)一条工務店という会社は、私などでも、実際に、経験のある従業員として親切でやってあげれば、普通なら会社の経営者なら「ありがとう」の一言くらいは言うべきものを、営業本部長の天野隆夫から呼びつけにされて「余計なことすんな、おまえはあ」などと文句を言われるという会社であり、「この男、いったいどんな育ち方したんだ!」というそういう性格異常みたいな人間が営業本部長になっている会社であり、そういう会社においては、日々、びくびくびくびくしながら、生きなければならない、そういう会社であったから、こうした方がいいのになあ、こうしないといけないのになあ・・と思っても、だんだんと口をきかなくなっていく・・というそういう会社であった。
  なによりも、所長の草野次男さん(男。当時、50代)は、最初から出勤せず、翌日、私に「おめえ、あの天気で展示場まで来たのか? バカか? おめえ、どうかしてんじゃないか? 」と言うのだったが、「バカか?」というのは、あんたが言われなきゃならん言葉と違うのか? あなたが所長である以上、あなたは、自分が所長である営業所の従業員に、朝、一番に電話をかけて、「きょうは出勤は無理だから、自宅で待機するようにしてくれ」と言わないといけないのと違うのか? あんた、所長と違うのか? 「おめえ、バカじゃねえのか!」なんて、クルマのタイヤの中心より上まで、運転席に座って腰より上の位置まで水につかって走ってきた者に向かって言う文句か??? ・・・と思ったが、なにしろ、「管理するのは所長の仕事とは違いますから」と総務部長が保証するのであるから、所長としては、「おめえ、バカか?」で(株)一条工務店という会社ではすむらしかった。しかし、所長は「管理するのは仕事と違います」ということであっても、(株)一条工務店という会社には、安全衛生保護義務というものが使用者の義務、雇用契約・労働契約の上で使用者側の義務として存在するはずであり、それを怠っているということは、債務不履行責任を問われる問題であり、会社としては、使用者としての義務を果たしていないということは、それでいいことにはならないはずである。

  理解に苦しむことだらけの会社だが、中でも、ここで、一番、理解に苦しむのは、なんで、「アルツハイマー」だからということでおかしなことをして人に迷惑かけても免責にしてもらっている人が、「こらあ! さっさとこんかあ~あ!」などとえらそうな口をきくのか? ・・・という点だ。もしも、「アルツハイマーだからしかたがない」と特別扱いしてもらう権利があるのなら、権利ばっかり主張して許されるものではないはずで、「アルツハイマーだからしかたがない」と何やっても許されることになっている人は、いわば、かつての禁治産者、今は用語が変わって「成年被後見人」と言うようになったわけだが、「アルツハイマーだからしかたがない」と何やっても許される権利があると主張する人は、同時に言動に制限を受けるのでなければおかしい。「アルツハイマー」の人、「禁治産者」「成年被後見人」の人は「こらあ! さっさとこんかあ~あ!」などという口を、禁治産者・成年被後見人でない者に向かってきいてはならないはずである。勝手な時だけ「アルツハイマー」になるというのは、それは身勝手というもので、会社として、「あなた、『アルツハイマーだからしかたがない』という扱いを受けたいのか、それとも『普通の従業員』としての扱いを受けたいのか、どちらですか。どちらなのか、きっちりと自分で選択してください」と言わないといけないはずである。
  ・・それから、私は「アルツハイマー」についても少しは学習したのだが、「認知症」と「アルツハイマー」は別の病気ではなく、「認知症」にいくつかの型・タイプがあり、認知症の型の中で最も多い「アルツハイマー型認知症」のことを俗に「アルツハイマー」と言っているようだが、私が思うには、佐藤賢二さんというのは、あれは「アルツハイマー病」ではなく、結論として「単にずるいだけ!」だと思う。「単にずるいだけ」で「単に身勝手なだけ」だと思う。あんな「アルツハイマー」ないと思う。そもそも、お客さんから外出中の他の営業に電話がかかってきて佐藤賢二さんがとると、さっさとメモを書いてその営業の机の上に貼りつければ良さそうなものだが、電話を切ると、「どおれ、とりあえず、トイレでも行ってくるべえ~え」とトイレに行って戻ってくると、他の営業にかかってきた電話をとったのを「忘れる」が、自分が担当のお客さんからかかってきた電話ならそれほど忘れないというのは、あれは、やっぱり、「アルツハイマー」ではなく「単にずるいだけ」で「単に身勝手なだけ」だと思う。 2001年、栃木県佐野市の展示場においても、栃木工場で、床柱をお客さんが選定したものを、床柱の倉庫を整理したいので、各展示場ごとに、お客様が選んだ床柱を書きだして〇日までにファックスで送ってくださいと言ってきたので、私はその日のうちに書き出して、次の営業社員に用紙をまわして、「〇日までと締め切りが迫っているから、自分が担当のお客さんで選んだものがなければ、次の人にすぐにまわすようにしてください」と言い、特に、止めそうな危険を感じた高木義夫(男。当時、50代)、愛称「高木のおっさん」(創価学会員)には毎日毎日言い続けたが、ところが、「高木のおっさん」は私の担当のお客さんが選んだ床柱はあっても「高木のおっさん」の担当客では床柱を選んだ人は一人もなかったとなると、私が毎日毎日言っても、「わかってるう」「わかってると言ってるだろう!」と言い続けて、結局、「〇日まで」を過ぎても用紙を「高木のおっさん」の手元に置いたままで、その結果、栃木工場の床柱担当者から、「佐野展示場からはファックスが届きませんでしたので、選んでもらった床柱はすべてキャンセルされました」と連絡があり、「それは困ります。私はその日のうちに記入して次の営業に用紙をまわしたし、自分以外の営業に、さっさと記入してくださいと、毎日毎日、言い続けたのですが、言っても言っても、それでも、『わかってるう』『わかってると言ってるだろうがあ!』と言ってちっともわかってないという人がこの営業所には1人いて、その結果、ファックスが送られずに今日まできたのであって、私としてはこれ以上どうもできなかったのですから、私が悪いわけではないのに、私が担当のお客さんが選んだものをキャンセルされたのでは困ります」と言ったのだが、あの「高木のおっさん」もまた「アルツハイマー」であったのではなく「単にずるいだけ」「単に身勝手なだけ」だったと思う。「高木のおっさん」と佐藤賢二さんはそのあたりが大変よく似ているが、どっちも、あれは「アルツハイマー」ではなく「単にずるいだけ」「単に身勝手なだけ」「単にあつかましいだけ」だと思う。「アルツハイマー」だから自分がおかしなことをしても免責にしてもらいたいと思うのなら、まず、「医師の診断書」を提出するべきだ。それもなく、「アルツハイマーだからしかたがない」などと勝手なことばっかり言うというのは、「普通の会社」では通じないはずだが、それが通じてしまうあたりが(株)一条工務店という会社が「普通の会社」ではないところ・・・か。
  「佐藤のじいさん」が「高木のおっさん」に似ているのか、「高木のおっさん」が「佐藤のじいさん」に似ているのか、本当によく似ている。どっちも「アルツハイマーもどき症候群」でどっちも新興宗教の信者で、同年代で、最終学歴はどちらもあんまり上の方でない高校卒で、どちらも元自衛隊員で、他の営業にお客さんからかかってきた電話を「戻りましたらこちらからかけさせます」と言ってそのまま放置してお客さんに激怒させても平気の霊友会のおっさんと、自分が担当のお客さんで選んだ床柱はないと思うと他の営業の担当客であっても、他の営業から「ないなら、私がファックスで送りますけれども、あるなら早急に書いて送ってください」と言われても「わかってると言ってるだろがあ!」と言って断固として止めて送信しないという創価学会のおっさん、しかも、それならそれで「申し訳なかった」「悪かった」「ごめん」といった言葉を、言い方は何でもいいから、ともかく、一言は言って謝るものではないのかと思うのだが、断固として信念もって絶対に一言として謝らない!・・というところが、高木さんは実によく佐藤さんに似ているし、佐藤さんは高木さんに実によく似ている。この人はこういう人なんだ・・と思って我慢して世話してやると恩を仇で返す・・というところもよく似ている。創価学会のおっさんは「聖教新聞を購読しろお~お!」と言ってストーカーとなって追いかけてくるが(ほんま、かないまへんで、ほんまあ!)、霊友会のおっさんの方は聖教新聞に該当するものが霊友会にはないらしいので、その点はまだしも助かるが、かわりに、正月になると「俺の息子はまだ10代なのに子供を作ってお国のために貢献してるんだ。30代なのにまだ子供のない非国民のおまえはお国のために貢献している俺に年玉よこせえ!」「こらあ! 非国民は俺に年玉よこせえ!」「こら、年玉よこせ、年玉」と言って、やはり、ストーカーとなって追いかけてくる・・・という、なんか、職場でストーカーとなって追いかけてくるあたりまでよく似ている。どっちも同じ展示場にいると、疲れる・・・( 一一)
  実際のところ、勝手な時だけ「アルツハイマー」になるあのクソじじい、冠水した水の中に、一度、漬けてやれば良かったか・・・と思う。そうすれば、少しは頭がまともになったのではないか・・という気がする。「精神医学」においては「何でもやってみようの精神」で、ともかく、「療法」と名づければ治療したことになるわけで、「作業療法」と名づければ内職させて内職代を業者から病院が盗り、「患者」からは作業療法代としてカネを盗り、これを「一粒で二度おいしい♪」と言うのだが、他にも、電気ショックとか、ロボトミーとか、逮捕監禁療法とか、薬漬け療法とか、「なんでもやってみようの精神」で何でも「治療」になってしまう、なんでもともかく「療法」と名づければ「病院」「医者」はカネを盗ることが認められるという世界だが、いわき市の「アルツハイマーもどき症候群」の霊友会のおっさん、栃木県佐野展示場の「アルツハイマーもどきシンドローム」の「創価学会の高木のおっさん」、どっちも、一回、「冠水した水の中に漬ける療法」でもやってやれば、少しは「アルツハイマーもどき症候群」が「快方に向かう」ことができたのではないか? という気がしないでもない。

   長谷川和夫『ボクはやっと認知症のことがわかった』(2019.12.27.KADOKAWA)によると、「アルツハイマー病」は、アロイス=アルツハイマーというドイツの「精神科医」が症例を報告したことから、その名前をとって「アルツハイマー型認知症」と呼ばれたもので、「アルツハイマー病」と「認知症」という別の病気があるわけではなく、「認知症」に「アルツハイマー型認知症」「脳血管性認知症」「レビー小体型認知症」「前頭側頭型認知症」「アルコール性」などのいくつかの「型」があるそうで、長谷川和夫さん自身が「認知症」になったそうですが長谷川和夫さんがなったのは「嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症」という《八十代などの高齢期になってから現れやすい、進行が緩やかなタイプ》だそうで、それら全体を「認知症」と言うそうで、「認知症」を表す「Dementia」は、明治初期の医学用語書では、「狂の一種」と訳され、その後、「痴狂」「瘋癲(ふうてん)」「痴呆」などと訳されたが、明治末期に呉秀三(くれ しゅうぞう)が「狂」の文字を避ける観点から「痴呆」を提唱して定着したが、痴呆は「あほう・ばか」に通じる侮辱的な表現であったことから、2004年に、国は変更することにして、「痴呆」に変わる用語として、「認知障害」「認知症」「アルツハイマー(症)」「もの忘れ症」「記憶症」といったものの中から、検討会では「認知症」を選び、この言葉が定着したというものらしい。
   しかし、「佐藤のじいさん」にしても「高木のおっさん」にしても、「痴呆」にしてはずいぶんとずる賢いし、やることが卑劣で、こんな「痴呆」あるのか? ・・・という感じがするし、そもそも、「もの忘れ症」だとすると、他の営業にかかってきた電話なら簡単に忘れるが自分にかかってきた電話はそれほど忘れないというのは、そういう器用な「もの忘れ症」なんてあるのか?・・・というのか、別に認知症でなくても、「つい、うっかりと忘れてしまった」ということは多かれ少なかれあることだと思うのだが、私などは、同じ営業所の他の従業員にかかってきた電話は簡単に忘れるが自分にかかってきた電話はそれほど忘れないというような器用な忘れ方をすることはできず、「つい、うっかりと忘れてしまった」という場合でも、公平に忘れるものである。「佐藤のじいさん」みたいに、自分が担当のお客さんからの電話はそれほど忘れずに、他の営業の担当のお客さんからの電話だと平気で忘れるというのは、それは「アルツハイマー病」であるとかないとかの問題ではないように思う。「佐藤のじいさん」のような身勝手な都合のいいように忘れるという忘れ方で、なおかつ、それを被害にあった従業員から苦情を言われると、とたんに、「しかたがねえんだ」と「アルツハイマーだからしかたがない」と主張して、相手が無茶苦茶怒っていても一言として謝らずに、それでいて、えらそうな態度を取りたいと思うと、認知症だかアルツハイマー病だかはは雲の彼方までさっさと飛んでいく、そして、また、ひとに世話になりたいと思うと、またもや、「アルツハイマー病」の「病人」になって世話してもらおうとするという、その「二刀流」はあまりにもずるいし、そのずるいやり口というのは、それは、およそ、「痴呆」の人間にできる技と違う・・・と思う。
  「高木のおっさん」にしても、普通、期限が会ってその日までに記入してファックスで流しておかないといけないというものがあれば、私なら自分の担当で該当するものがあってもなくても、すぐに次の営業社員に用紙をまわし、期限の日までに送信されるようにするし、してきたし、自分が担当の客で該当するものがあればすぐに記入して次の営業社員にまわすが自分が担当の客で該当するものがないなら断固として止めて送信しないようにするという「高木のおっさん」のやり口というのは、それは人よりも忘れやすいか忘れにくいかという問題ではないはずであるし、私は、この人は危ないと思ったから、だから、「高木のおっさん」には、毎日、「床柱を選んだものがあれば栃木工場に送信するという件、期限が迫ってますが、書いてもらえましたか」「もし、高木さんのお客さんで該当するものがないようなら、私がファックスで送信しますけれども、ありませんか」と何度も何度も言いまくったにもかかわらず、「高木のおっさん」はそのたびに「わかってるう」「わかってると言ってるだろう!」と言って怒るのだが、「わかってると言ってるだろう」と言って怒るのならさすがにわかってるのだろうなどと思うと甘い! そして、断固として信念持って止めたのであり、どう考えても、あれは意図的に止めた、「高木のおっさん」が担当の客では該当するものがなく私が担当の客で該当するものがあり、他の社歴の浅い人には契約客そのものがない、ということを認識していたから、だから、意図的に止めたとしか考えられない。あれは、どう考えても、「忘れた」のではなく意図的に止めたと考えるしかないはずであり、又、そういう人が営業所にいる以上、会社は営業所長を通じて、そういう人の対策を立てないといけないはずである。「高木のおっさん」の場合は、あれは「認知症」であるとかないとかの問題ではないと思う。どう考えても、あれは意図的に止めている。認知症であるかないかではなく、人間性の問題と違うか。 かつ、こういう人のことを(株)一条工務店では営業本部長の天野隆夫は「大学出てないから人間性が優れてるんだ」とか言うのである。
  他の営業にお客様からかかってきた電話を、かかってきたと伝えるのを忘れる人、忘れることが多い人は電話を切るとすぐに伝言メモを書いて担当営業の机の上に貼りつけるようにするべきものだが、そういう人に限って、電話を切ると伝言メモを書く前に「どおれ、しょんべんでもしてくるべえ~え」とトイレに行き、トイレから帰ってくると、電話をとったことを忘れている。ニワトリは3歩あるくと前のことを忘れる・・というが、トイレに行って戻ってくると電話を取ったことを忘れる人はトイレに行く前に伝言メモを書いておくべきであろう・・と思うのだが、そういう人に限ってそれをやらない。かつ、他の営業にかかってきた電話は簡単に「忘れる」が自分にかかってきた電話はそれほど忘れない。「佐藤さん、電話とったのに、なんで伝えないの!」と言っても、「うるせえ。おめえが悪いんだ」などと言って、謝りもしない。 営業所ごとに、担当のお客様で床柱を選んだ人はそれを書きだして栃木工場にファックスで流してくれと期限を指定して依頼がきたという時、私のように自分が担当のものを即座に書き出して次の営業社員にまわす者がおれば、「高木のおっさん」みたいに言っても言っても書かないだけでなく、「もしも、担当で該当するものがないなら、ないと言ってもらえば、私がファックスを送信しますから」と言っても言っても、言っても言っても、「わかってるう」と言って断固として止めて期限を過ぎて、栃木工場から「佐野展示場からは期限内にファックスが届きませんでしたから、床柱を確保しておくものはないものとみなします」などと言ってきて、結局、「高木のおっさん」は自分に担当のものがあれば書き出してファックスを送信するが、自分に担当のものはない、私の担当客で該当するものがある、他の営業には契約そのものがない、とわかっていると、意図的に止めて私が困るように持っていったのであり、その上で、「すいません」も「ごめん」も「悪かった」も「申しわかなかった」も断固として絶対に言わない。こういう人は私が言っても言ってもきかない人であり、営業担当者が同僚の立場で言っても、自分は高卒だからきかなくても、それで人に迷惑をかけても責任は問われない、いざとなったら営業本部長が守ってくれると思っている人であり、そういう人には、会社として注意しないといけないはずであるが、ところが、(株)一条工務店という会社は、会社として注意しないといけない人に注意しない、という会社だった。中卒高卒と「アルツハイマー」は天下無敵みたいな会社だった。
(1) (株)一条工務店にわんさといたところの、片方で「学歴によって人を差別するのはおかしい」と言って高い役職につきたがる「高卒のおっさん」というのは、そういう主張をしてその役職につかせてもらってその役職の人間としての責任ある対応を求められると今度は「ぼくは高卒なんだから、そんなものわかるわ~けがない。高卒の人間にそんなもの、できるわ~けがない!」と言ってふんぞりかえるという「二刀流」を使いだす。
(2) 又、建築業界には自称「建築専門学校卒」という人間がいて、本来、「学歴」というのは中学校・高校・大学・短大・大学院のことを言うのであって、「専門学校」というのはそこで何かの技術を学ぶことはあっても「学歴」ではないと私は思ってきたし、又、もしも、「専門学校」を「学歴」と認めるのなら、それなら、たとえば、3年制の「建築の専門学校」というのは4年制大学と同じ扱いなのか、2年制の短大と同じ扱いなのかという問題も出てくるし、「専門学校」を「学歴」に認めるのなら大学受験予備校も「学歴」に認めるのか、大学を卒業した後、司法試験受験を目指して司法試験受験の予備校に2年なり3年なり行ったが合格できなかったという人はそれも「学歴」に認めるのか、という問題もでてくるのだが、この「建築専門学校卒」を自称する部族は自分を高く評価してもらおうとする時には「建築専門学校卒」を大卒と同等だと主張しながら(3年制とか2年制とかの「建築の専門学校」を4年制の大学と同等だと主張しながら)、かつ、「建築の専門学校」を学歴だと主張する人たちは、私が行ったポリテクセンター千葉の建築CAD科は「建築の専門学校が2年でやっているものを半年でやるという内容」だったようだが、「建築の専門学校が2年でやっているものを半年でやるという内容」のポリテクセンターの建築CAD科は建築の学歴に認めてくれないが、2年とか3年とか言ってもちっとも勉強しよらん「専門学校のやつ」は「学歴」に認められて当然だと主張するようで、片方で2年制や3年制の建築の専門学校を4年制大学と同等の学歴だと主張しながら、それでいて、責任ある対応を求められるととたんに「建築専門学校」は学歴ではないことになって「ぼくは高卒なんだから、そんなこと言われたってわかるわけないでしょう」とふんぞり返って言って逃げるというまさに必殺の「二刀流」を使う「ふたなり」の卑怯者が大変多いのだが、(日本の「建築の専門学校」というのは、そういう人間をわざわざ育成しているのではないかと思われる。日本の「建築の専門学校」というのは、全部、ぶっつぶした方が世のためではないかと私は思っている。)
(3) 又、最近では「女性の職場進出」などと言って建築業界にも女性で建築業界に勤めたいという人が出てきたが、そういう女性というのは、建築現場に行って男性が重い物をひいひい言って運んでいても女性は何もしないで見物するのが「女性の権利」で「当たり前でしょ」とか思っている人が多く、「女が働くのは大変なんだからねえ」とか言ってふんぞり返ったり、そんなに大変なら、別に無理に働いてもらわんでもええんやけどなあ、と思うのだが、又、「女が働くのは大変なんだからねえ」などと言うのなら、とりあえず、働けよお! 見物してないで・・と思うのだが。そういう人に、「女でも何なりと持てる物を持ったらどうなんだ」などと言おうものなら「女性差別だ」とか「女性の権利を侵害した」とか主張しだす者がおり、また、そういう「女性の勝手な”権利”」を守るための機関として雇用均等室という「反社会的勢力」を国は設立したのだが、そして、「女性として扱われるのは面白くない」とか勝手なことぬかしながら、それでいて何か責任ある対応を求められると平気で「女」に逃げ込むという、せめて、どっちか片方にしたらどうなんだ!?! て感じ、こりぁまた必殺の「二刀流」を使う女というのがいるのだが・・・、
・・そういうのは「アルツハイマー病」なのか「認知症」なのかというと、そういう問題ではなく、いずれも、「ずるい」のだと思う。 そして、
(4) ””勝手な時だけ「アルツハイマー病」になって「アルツハイマー病」なのだから職場の周囲の人間は誰もがいたわらないといけないのだと主張するおっさん””というのも、この「二刀流」もまた、無茶苦茶ずるい! と思うのだ。
  (株)一条工務店の経営者は、「学歴で人を差別してはいかん」とか言って高い役職につきたがるものの、その役職についた人間としての責任ある判断・責任ある対応を求められると「ぼくは高卒なんだから、そんなものできるわ~けがない!」「高卒のぼくがそんなもの、わかるわ~けがない!」と言ってふんぞりかえる「必殺、二刀流症候群」の人間が大好きで、そういう「二刀流」使いのずるい人間のことを「◇◇さんでも、大学でてないから人間性が優れているのだ」とか勝手なことを言いまくるのだが、どう考えてもそういう「二刀流」はずるいと思うのだ。 「せめて、どっちか片方にしろ!」と、これは私が言うのではなく、会社の経営者・使用者が言わないといけないことのはずである。そもそも、その「二刀流」使いのずるいやり口、どう考えても、「痴呆」とか「認知症」とかの人間にできる技ではないように思われる!
  私は、「電気ショック療法」だとか「ロボトミー」など「精神外科療法」だとか、「薬漬け療法」(「化学療法」)とか「逮捕監禁療法」(「入院療法」)とか「強制労働・労働搾取療法」(「作業療法」)とか、「心理療法」「カウンセリング」(「マインドコントロール」「精神支配」「言いくるめ療法」)とか、「なんでもやってみようの精神」で「精神科医」と称するイカサマが考えた「療法」と名づければ何でも「療法」「治療」になるとしているものを、そういうものをいいとは思わないのだが、「周りに迷惑かけまくっておいて、勝手な時だけ『アルツハイマー病』だから周囲の人間は誰もがいたわって大事にしないといけないはずだとか主張する勝手なおっさん症候群」の人間というものは、一度、そういう「電気ショック」か「ロボトミー」か「薬漬け」か「作業療法」か「入院療法」かでも受けさせてやれば、もしかすると、「ちょっとはまともになるかもしれん」て感じがしないでもないのだが(もっと、日常的な表現だと、「一回、殴ってやると、ちょっとはまともになるかもしれん」てところなのだが、殴るわけにもいかん・・・と思っていると、ますます、「二刀流」を得意がって使うようになる)、少なくとも、会社は「どっちの扱いにしてもらいたいのか、はっきりしなさい」という姿勢を示すべきで、会社がそういう「二刀流」使いを増長させるから、だから、「二刀流」を使ってやろうとする人間が(株)一条工務店では増殖するのだった。経営者・使用者の姿勢に問題がある。

  考えてみれば、私は子供の頃から、うちの父親から「会社員というものは、台風が来ようが地震が来ようが何が来ようが、どうやってでも出勤するものだ」と耳にタコできるくらいに教えられてきたもので・・・、それが知らないうちに体に身についてしまっていたようで、それならしかたがないか・・・なんて思ってやると、周りを見回すと、そんなことやってるのは自分ひとりだけだった・・・といったことが何度もあった。 しかし、まず、福島県においては、「福島県の普通の道路」というものを「東京の普通の道路」とか「大阪の普通の道路」と同じものだと思ってはいけない、ということを知った。「福島県の普通の道路」は「東京の普通の道路」「大阪の普通の道路」とは事情は違うのであり、都市圏と比べて「普通の場所」がはるかに「大自然」に近いものだ、ということを認識しないといけない、と知った。
  そして、(株)一条工務店という会社は、「普通の会社」ではない。「普通の会社」ならば、地震・台風・大雨・水害があれば、電話連絡網か何かで、きょうは出勤は無理だから各自自宅で待機してくださいと連絡をまわすもののはずだが、そういう「普通の会社」の対応を(株)一条工務店に期待しても、それは「八百屋で魚を求めるようなもの」であり「ベンチがアホ」の会社で「ベンチがアホ」でない会社の対応を期待しても、その期待は充足されることは永遠にないと考えないといけない。 そして、何より、リゲインみたいな勤め方なんて、もう、これ以上やったら命をなくす・・・とわかった。実際、その日、いわき市では私と似た状況で「川みたいな状態になった道」から「正真正銘本物の川」に流され、さらに太平洋まで流されて死亡した人があったのだから。〔⇒《YouTube-24時間戦えますか?》https://www.youtube.com/watch?v=VHYFDipo5Kc 〕
  ↑ みたいな、まるで、リゲインみたいな勤め方をしてきた私はアホだったのかもしれないが、しかし、アホであるかないかにかかわらず、そういう際に、「バカか、あんな日に会社に出てくるバカあるか」と決めつけて出てこない人が過半数だったが、それでも何とか出社しようと努力して会社に来た人間というのは、普通、会社という所においては、それだけ、仕事に、又、会社に真面目に取り組んでいるんだ、それだけ、会社のためにと思って勤めている人なんだ・・・と評価してもらえるはずだ、ろくすっぽ、会社に出てこない人とか、不真面目な勤務態度の人とは違う評価を受けて当然だ・・・と思っていたのだったが、ところが、(株)一条工務店の経営者・使用者というのはそうではなかった。(株)一条工務店の経営者・使用者というのは、リゲインみたいな勤め方をしても、そこまでいかないとしても、真面目に会社のためを思って尽くしても、「恩を仇で返す」使用者だった。いわば、「人間のカス」の経営者・使用者だった。
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「こ、これが(株)一条工務店のために懸命に働いた者に対する報酬なのか」
( ↑ 横山光輝『水滸伝 第2巻』2006.4.10.潮出版社 
  滅私奉公・破私奉公してきた相手から恩を仇で返すような仕打ちをされた、まさに私が(株)一条工務店の経営者からされたような仕打ちを受けた『水滸伝』の↑の男は「黄信(こうしん)」。 )

【3】(3)  新卒入社の「遠州人」の若造に身の程知らずな「命令」をさせる会社。つぶれた三和銀行の系列の三和総合研究所は、部外者でありながらひとの労働契約に口出すのはやめるべきである。労働契約違反をするよう「提言」する三和総合研究所(現 三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社)は「反社会的勢力」
  そして、その翌年1994年だったか翌翌年の1995年だったか、いわき市で建てていただいた契約客の「色合わせ」(「仕様打ち合わせ」)を、いわき市鹿島町飯田 のハウジングプラザいわき 内の展示場でおこなった日、またもや、豪雨になり、夕方、「色合わせ」(「仕様打ち合わせ」)が終わった時には、契約客の方は自宅まで帰る経路は大丈夫のようだったが、「色合わせ」「仕様打ち合わせ」の結果を整理し終わった頃には、(株)一条工務店の展示場の周囲の道は、またもや、冠水して、はたして、自宅まで無事に帰れるだろうか・・という状況にあった。終業時刻にはまだなっていなかったと思うが、他の営業はほとんどの人間が帰宅していた。
  その時、浜松から電話がかかってきたのだ。傍若無人な電話が。「遠州人」というのは、なんて無神経なのだろうか・・・と、「遠州人」を決めつけるのは必ずしも良くないかもしれない。傍若無人なのは、あくまでも、「(株)一条工務店の遠州人」のことであって、「遠州人一般」がそうかどうかは別かもしれないのだから・・・とは思うが、「(株)一条工務店の遠州人の傍若無人な態度」には毎度のことながらあきれます。 「いわき市勿来で工事中の△△邸でブルーシートがめくれているということで電話が入ったのですが、工事担当の人はいますか」・・・て、アホか! 「本日は日曜日でございまして、工事担当者はお休みでございます」とお答え申し上げましたところ、「それなら、△△邸の担当の営業の人」と言うので、「営業担当の☆☆さんは、もう、とうに帰宅されました」とお話申し上げたところ、「それなら、あなた。あなた、これから、△△邸に行ってブルーシート、かけ直してきてください」と言うのです。 それで、申し上げました。「浜松の若造」様に。「只今、こちらは避難命令が出ておりまして、展示場の周囲の道も冠水しており、いわき市内の道路はあちらこちらで冠水して通行できない状態になっております。ここから私の住んでおりますアパートまでも、はたしてクルマで帰れるかどうか相当疑問という状況でありまして、一般的に考えて、こちらのいわき市鹿島町飯田からいわき市勿来までクルマで行くのは不可能であろうと考えられます」と、そう申し上げました。

( ↑ 福島県いわき市鹿島町飯田 「ハウジングプラザいわき」 )
  それにしても、私などは、まがりなりにも、勤務時間というものは仕事をする時間であり、終業時刻よりも前に帰ってしまうというのは会社員として好ましくない・・・とか考えてしまうのだが、そういうことを考えていると、その時、いる場所の周囲の道路の水位がどんどん上がってきて、ほんと、冗談やないで、ほんま。 「川みたいな道」に突っ込んで、「ああ~あ、川の流れのよう~に~い♪」〔⇒《YouTube-美空ひばり - 川の流れのように》https://www.youtube.com/watch?v=LydorbSs1aE 〕・・・と流されて「正真正銘本物の川」に行き、さらには太平洋まで流されて「海ゆかば、水漬く屍(みずくかばね)」歌いながら死んでいくのかあ~あ〔⇒《YouTube-海行かば【軍歌・戦時歌謡】水漬く屍・草むす屍》https://www.youtube.com/watch?v=oNBc8aZLxwY 〕・・と今度こそなりそう!!! ・・・それにしても、安い給料しか払ってないのに、よくもまあ、人の命を軽く考えて、たかだか、ブルーシートがめくれているなどということのために、私の命を落としかねないようなことをやってくれと言うものだ。「バカ言ってんじゃないわ♪」、そんなことするような給料はもろてまへ~ん!!!
〔 その工事現場の担当営業が誰だったかは忘れてしまったが、ひとつには、その工事現場の担当の営業の施主との人間関係の作り方の問題もあったかもしれない。 いわき市内あちらこちらで深く冠水して、水害その他の災害が発生する可能性がある、過去に発生したように冠水した道路から海まで流されて死亡する人が出る可能性もあるという状況の時において、たかだか、ブルーシートが一部めくれているなどということのために、それを直すために冠水した道をクルマで突っ切って直しに来いなどと本社に電話して言う人というのも、そういうことを平気で電話して言うというのは、まず、目の前でブルーシートが一部めくれているというのを見たなら、気づいたなら、目の前でブルーシートが一部めくれているというのを見ているのなら、そのくらい、見た人間が自分で直せばいいことであって、深く冠水して自動車で突っ込めば水中で動けなくなる可能性は十分あり、流されて海まで行って死亡に至る可能性もあるという状況で、わざわざ、たかだかブルーシートが一部めくれているなどというものを直しに来いなどと言うというのは、営業担当者の施主との人間関係・信頼関係の構築のしかたが成功していないからという可能性が考えられる。そういう状況において、もしも、深く冠水した道路を中で動かなくなることなくたどり着けたとしても(たどりつけても無事に帰れるという保証はないが)、たとえ、行けたとしても、そういう状況で無理をして行くというのは、それは「かえって良くない」と思う。

  その浜松の本社の若造だが、たかだか、ブルーシートがめくれているなどということのために、1993年秋に新聞やテレビのニュースで報道されていたいわき市で死亡した冠水した道路から海まで流されて命を落として死んだ人のように、私に命を落とすかもしれないような行為をして、たとえ、命を落とすことがなかったとしても、その時、道の冠水した部分に突っ込んでクルマを廃車にした蛭田さんのように私のクルマをダメにして、そのクルマを修理するか新しくクルマを購入する費用は(株)一条工務店が負担するのではなく、「あなた、今から行ってください」などとえらそうな口をきいた若造が払うのでもなく、私に負担させようとしたのだが、よく言うと思う。あきれた!
  私が「只今、こちらは避難命令が出ておりまして、展示場の周囲の道も冠水しており、いわき市内の道路はあちらこちらで冠水して通行できない状態になっております。ここから私の住んでおりますアパートまでも、はたしてクルマで帰れるかどうか相当疑問という状況でありまして、一般的に考えて、こちらのいわき市鹿島町飯田からいわき市勿来までクルマで行くのは不可能であろうと考えられます」と言うと、「そうですか。・・・それなら、それなら、まあ、いいです」などと言ったのだったが、何を言っとるんだ、この生意気な礼儀知らずの若造は。良くないんだけどなあ。後から、「しまった」と思ったのだが、こちらから言ってやるべきだったと思うのだ。「それなら、あなた。あなたこそ、今すぐ、勿来まで行ってきてください」と言ってやるべきだった。 いわき市鹿島町飯田から勿来まで水中をクルマで走って行けるのなら(たとえ、行けても、そこから帰れるかどうかはわからないが)、浜松からでも行けるだろう。浜松から行けばいいだろうが、浜松から!!! なぜ、行かないのだ? なぜ、浜松から行かないのだ??? ・・もしかして、浜松の本社のその若造も「アルツハイマー型認知症」だったのか?
   まず、口のきき方からして、おかしい。 その浜松の若造、誰だ??? 自分の名前も名乗らずに、何をえらそうな口をきいてるのだ? (株)一条工務店という会社は、中途入社の社員を新卒入社の社員と差別する会社だった。会社は従業員に対して公平でないといけない。「同一労働同一待遇の原則」として、会社は従業員を公平に扱う必要があるはずだ。ところが、(株)一条工務店という会社は、中途入社の社員を新卒入社の社員と意図的に差別するようにしていた。これはおかしい。これはあってはならないことである。 又、それを、「三和総合研究所の提言」によりそうしたと言っていたのだが、株式会社三和総合研究所〔⇒株式会社UFJ総合研究所⇒三菱UFJリサーチ&コンサルティング株式会社〕は、株式会社一条工務店と私との労働契約において部外者であり、私だけではなく、(株)一条工務店と(株)一条工務店のそれぞれの従業員との労働契約において部外者であり、その契約の部外者が契約内容を従業員側が何ら承諾していないのにこのように変更しろなどと言うことは許されることではないはずであり、そのくらいのことは三和銀行および(株)三和総合研究所は理解できていないといけないはずで、「他社に対する干渉」などおこなってはならないはずであったが、そのくらいのことも理解できずに、「他社に対する干渉」をおこなおうとする会社であり、(株)一条工務店の中途入社従業員の権利を侵害してきたわけで、そういうことをやっているから、だから、三和銀行は消えてしまったのだ・・・ということだろう。だいたい、三和銀行て、そんなつぶれる会社の系列会社になんか相談して「提言」してもろうてどないすんねん!!!・・と思えへんか? 「三和総合研究所」とか言っていたが、要するに三和銀行の一部分であり、三和銀行はよその会社に「他社に対する干渉」かつ「労働契約違反」の要求を「提言」だとか言って余計な口出しするよりも、もっと自分の会社のことをきっちりとやれ!!!・・結論として、「そんなことだから、つぶれるんだよお!!!」
  (株)一条工務店は、最初、1992年に、野村総合研究所という野村證券の系列の会社に、会社の状況の分析を依頼したが、翌年からそれを三和総合研究所に変更した。 なぜ、変えたのか? ・・・というと、その理由について、従業員の間で、こうだと言われていたものが2つあった。それは、
1. 初代社長の息子が2人いたのだが、そのうちの1人が、中央大の商学部だかを卒業して(もしかして、裏から? もし可能なら「学歴コンプレックスの裏返しとしての東大崇拝」として東大でも行かせたいものだが、そんなもの、バカ息子が入れるわけないから、早慶にでも裏口で入れたいところだが、慶應は裏口入学の難易度がけっこう高いらしく、成り上がりの大澄賢二郎さんでは厳しいようで、それなら中央大法学部ならというところだが、中央大も法学部は看板学部なので厳しいということで、中央大の商学部か?・・・なんて思わんこともないが、なんかありそうな話だが、証拠まであるわけではないが「ありそうな話」ではある)、その息子、今、監査役だったかになっている息子を三和総合研究所に入社させてもらうために、前年、野村総合研究所に依頼していたものを三和総合研究所に変えますから、息子を入れてください~言うて頼みよったのと違うのか? ・・・という説。私が慶應大学に在学していた時、大企業の役員の息子とかで、A社に頼んでいたものをB社に変えるから息子をB社で採用してくださいと父親が頼んだ・・・とかいう人が内部進学の人でおったが、その類か?・・ 
2. もうひとつは、野村総合研究所が分析して出した返答が、どうも、初代社長の大澄賢二郎さんにとって気に入る内容ではなかったらしく、それで、気に入るような内容を「◇◇研究所の分析による提言」として言ってくれる所に依頼しなおした・・・という説。会社の状況を分析して、オーナー経営者の気に入ることも気に入らないことも言う野村総合研究所は避けて、オーナー経営者の気に入ることだけ言う三和総合研究所に依頼することにした・・ということらしい、という説。
(念のため、断っておくが、「従業員の間で言われていた」のであり、実際その可能性は低くないと思うが、俺が言うて広めたのと違うからな。ええなあ!)
3. ・・おそらく、その両方ではないかな・・と思うが、それにしても、自分がこういうことを「◇◇研究所による提言」だということにして言ってほしいというものを言わせて、それで、「三和総合研究所の提言で」という言い回しを使って自分がやりたい内容を推し進めるというのは、そういうのはどんなものか・・・と思うのだが、(株)一条工務店はそういうことをやる会社だったようだ。
  又、その「提言」が本当に、そのなんとか研究所がおこなったものであったとしても、その「なんとか研究所の提言」をすべてを従業員に明らかにしているわけではなく、オーナー経営者一族に都合がいいものだけを「三和総合研究所の提言」だと言って、それに反対することは許されないみたいな言い方で押しつけていたのであり、そういう「提言」というのは、かえって害があるのではないか。なにより、「三和総合研究所の提言」であろうがなかろうが、会社は従業員を平等に扱う必要があり、中途入社の社員を新卒入社社員と大きく差別するようにという「提言」などというものは、従業員の側としては受け入れないといけない義務はないし、受け入れるべきものではないはずであった
※ 《YouTube-三菱UFJリサーチ&コンサルティング》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%8F%B1UFJ%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%83%BC%E3%83%81%26%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B5%E3%83%AB%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%82%B0
  まず、その浜松の本社の若造だが、「それなら、あなた。あなた、行ってブルーシート、かけ直してきてください」などと、たかだか、ブルーシートが一部分めくれていたなどというその程度のことのために、担当外の従業員に、命の危険を冒して言ってこいなどと「命令」なさったのだが、いったい何様なのだ? その若造は!!! ・・・(株)一条工務店は、新卒入社の遠州人の若造に、そういう態度を会社が取らせていたところがある。 やっぱり、会社という所においては、自分よりも年上の人間で自分よりも前から在籍している人間には、「それなら、あなた。あなた、今すぐ行ってブルーシート、かけ直してきてください」などとそういう口のきき方はしないものだと思うのだ。 口のきき方というものがある・・・・とか、そういうえらそうな言い方は私はあまりしたくないし、私は(株)一条工務店には入社以来、自分より年下の人間にでも自分より後から入社した人にでも、誰にでも「さん付け」で呼んできたし、自分の方が在籍が長いからとか、そういうことでえらそうにするようなことはしてこなかったはずだが、それにしても、その浜松の若造は、自分より在籍が古く、自分より年齢も上だと思われる相手に、そういう口のきき方というのはいかがなものか・・と思うのだが、(株)一条工務店の場合は、経営者がそういう口のきき方をするように命令していた、と思われる実力もない若造に、そういう態度をとらせるというのは、その若造のためにもいいことないと思うのだが、そういうことをする経営者の会社だった。
  その若造が誰かわからない。自分の名前も名乗らずに(まず、自分の名前くらい名のるのが礼儀だろうが)、「それなら、あなた、あなた、今すぐ勿来まで行ってブルーシートをかけ直してきてください」だのと、こちらの名前もきかずに「命令」するというあたりからしておかしい。 若造だけれども、在籍年数はけっこう長い人間・・・ではなく、話しぶりなどから考えて、たぶん、私より新しい人間だと思うけれども、古くても新しくても、ともかく、相手が誰かききもしないで、「あなた、あなた、今からすぐに勿来に行ってブルーシートをかけ直してきてください」などと、たかだか、ブルーシートが一部分めくれていたなどということのために、人に命を落とす可能性が十分考えられるようなことをやれと無神経に言う男、それをさせている(株)一条工務店の経営者・・・というのは、それがこの会社の特徴だったようだが、油断もすきもない会社だった・・・と思う。いくらなんでも・・などと思っていると、その「いくらなんでも」ということを平気でする会社だった。うかつに、気持ちを許すとえらいめに合わされる会社だった。

  私は大学を卒業する時に人より歳をいっていたのだが、慶應大学の就職部に相談に行った際、「(人より歳をいって卒業する場合は、2年遅れまでよりも)不利ですが、いったん、採用になれば、『慶應大学の卒業生として採用』になる」と言われ、そういうものだと思ってきたし、慶應大学商学部の卒業証書を取得した時から、ありうるのは「全国社員」「総合職」としての採用か不採用かのどちらかであって、たとえ、希望しても「地域限定社員」「一般職」としての採用というものはありえない、と思っていた。 (株)一条工務店に入社して2年目に入ろうとした頃、営業本部長の天野隆夫から「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学の卒業生がうちの会社に来てくれるのか、と思った」と言われたので、そこまで喜んでもらえるのなら、従業員数千人未満の会社で、未上場の会社で、(その頃は)無名の会社で、創業からの年数が浅い会社で、東京圏には営業所は多くない会社ではあるが、悪くないかと思い、その会社のために尽力したいと考えたものだったが、ところが、 「〇〇くんは慶應大学卒の人ですから、他の人とは違って、いろいろな場所を経験してもらおうと思いまして」と言われて、それで、求人広告には「転勤はありません」と書かれていたけれども、入社2年目からして、負担を払って福島県いわき市の営業所に転勤もしたし、他の人間がしないような苦労もし、他の人間がしないような努力もし、他の人間がしないような我慢もしてきたのだが、いわき市の営業所に勤務していた時、どこだったか、三菱系の会社に勤めていた人から聞いたのだが、その会社では、従業員は「全国社員」と「地域限定社員」に分けられていて、「全国社員」として入社すると昇進は速く、給料もそれに見合って多くなるが、全国どこにでも転勤がありそれは拒否できないのに対して、「地域限定社員」として入社すると、転勤はないわけではないが一定地域内でのみになるが、昇進は全国社員より遅く、それに対応して給料も高くない、となっていたらしい。やっぱり、会社というものは、会社の都合をきいて、全国どこでも行く者と、一定地域内しか動かないという者とでは、扱いは違って当然で、それが同じであったり、逆に一定地域内しか動かない人間の方が優先・優遇されるようでは、そのような不公平・差別扱いでは、それは会社としてのあり方としておかしい・・・が、それが(株)一条工務店だった。「遠州人」と「新卒入社社員」、それに「中卒高卒」と「縁故入社」を特権階級扱いして異常に優遇するこの会社の病的状態には困ったものだった。
  2005年、千葉県のリフォーム会社の(株)ウッディホーム に入社した時、研修で、どこが編集したのか、まるで、花登筺の小説をもとにしたテレビドラマみたいな話のビデオを見せられたのだが、そこで、滋賀県(花登筺の出身地の滋賀県)の大店(おおだな)の息子が、子供の頃、自分は大店の跡取りだから、そうでない者よりいい思いをできるだろうみたいに思っていたところ、親戚のおじさんから「おまえなあ。大店(おおだな)の後を継ぐということを、自分だけ楽してええ思いをすることだとか思ってないか? そうじゃないんだぞ。大店の後を継ぐということは、他の人間がやらんような苦労をして、他の人間がやらんような努力をして、他の人間がやらんような我慢をするという、そういうことなんだぞ」と話すという場面があった(ほんと、花登筺の小説みたいやなあ・・)が、私は「慶應大学の商学部の卒業生として採用」されたと思っていて、「全国社員」「総合職」として採用されたと思っていたので、それで、そうでない人ならやらんような苦労をして、そうでない人ならやらんような努力をして、そうでない人ならやらんような我慢をしてきたはずだったが・・・、ところが、(株)一条工務店という会社においては、処遇においてはそれを逆の扱いにされてしまった。又、「バカでも入れる私大卒」の新卒入社の人間を「プロパー」と呼んで、ひとりひとり、経歴は違うはずの中途入社社員を「キャリア」と呼んで、「キャリア」となんだか病原菌保有者みたいな呼び名で呼ばれた者は「プロパー」と呼ばれた新卒入社社員と差別されるように、「三和総合研究所が提言した」ということで、「やらずぶったくり」にされてしまった。そもそも、先にも述べたが「三和総合研究所」は私と(株)一条工務店との労働契約において部外者であり、部外者が余計な口出しをしていることが、そもそも、おかしい。〔 「大店(おおだな)の後を継ぐということを、自分だけ楽してええ思いをすることだとか思ってないか? そうじゃないんだぞ。大店の後を継ぐということは、他の人間がやらんような苦労をして、他の人間がやらんような努力をして、他の人間がやらんような我慢をするという、そういうことなんだぞ」というのは、花登筺の小説に出てきそうな話だが、(株)一条工務店の一族経営者を見ると、それは違うように思うな。そうではなく、一般入社従業員が苦労して努力した成果を横取りしておのれらだけいい思いをするというもの、まさにカール=マルクスが描いた「古典的資本主義」がそこにあった( 一一)( 一一)( 一一) そして、労働者が団結しないように、イヌを優遇する姿勢がそこにあった!!!  イヌになって得意がっているヤツがいた( 一一)( 一一)( 一一) 〕
画像

「いやはや、こいつはとんだブラック企業にはいっちまったぜ。」
(↑山科けいすけ『C級サラリーマン講座』第682回。「ビッグコミック」2019.4.25号 所収)

  そもそも、私は応募する際に、「バカでも入れる大学」卒の新卒社員と差別されるような「キャリア社員」という職種に応募して入社したのではないはずなのだ。(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかと思った」と言ったのだが、「バカでも入れる大学」卒の新卒社員に差別されるような「キャリア社員」と呼べと三和総合研究所が越権行為で主張したような卑しい職種の募集なら、そういうものの募集なら(株)一条工務店に応募しなかったはずなのだ。三和総合研究所が「提言」だと言って押しつけたものは、それは労働契約違反のはずである。
  (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかと思った」と言ったのだが、私は、5年も10年も一線の営業の仕事をするつもりはなかったから、だから、パナホームとかミサワホームとかいった、商品名としては有名・全国区でも、実際に営業やって建てている会社はそれぞれの地域の「ディーラー」という会社には応募するつもりはなかったから、あくまでも会社を運営する人材として入社しているつもりであったから、だから、それらの会社よりも知名度は低く・歴史も浅く・一般には世間の評価は低い(株)一条工務店でも自社で営業やって建てている会社だからということで応募したのであり、5年も10年も一線の営業をさせられると思って応募したのではないし、ましてや、「キャリア社員」などと名づけられて新卒入社社員と差別されるような卑しい立場の職種に応募したのではなかった。当然のことながら、三和総合研究所におかしな「提言」をされる筋合いはない! 又、労働契約違反であるような「提言」を三和総合研究所がいくらしようが、そのような「提言」は無効である。
  このあたりについては、また、別稿できっちりと述べたいと思うが、やっぱり、従業員は、特に新卒入社で入った者でも中途入社で入った者でも、比較的若い年齢で入った人には、(株)一条工務店が「バカでも入れる大学」卒で新卒入社した「プロパー社員」に対しておこなったような「自分だけ楽してええ思いをする」扱いにして、台風だったかで道路があちらこちらで冠水してクルマで走れないという状態の地域に、たかだか、ブルーシートが一部分めくれたなどということで、そのブルーシートをかけ直してきてくださいなどと、担当外の従業員に命を落とす危険を冒してやってこいなどと、自分はやらずに平気であつかましくも言うという、そういうことをさせるというのは、それはその新卒入社の若造のためにもいいことはないと思う。 そうではなく、やはり、「他の人間がやらんような苦労をして、他の人間がやらんような努力をして、他の人間がやらんような我慢をするという、そういうこと」をやってこそ、実力は身につく・・と思う。私は「慶應大学の商学部の卒業生として採用」されたと思っていて、営業本部長がはっきりと口に出して言うので、だから、私は「他の人間がやらんような苦労をして、他の人間がやらんような努力をして、他の人間がやらんような我慢をするという、そういうこと」をやってきたはずだったが、「ベンチがアホやから野球ができん!」ような経営者の会社では、そういう経営者には、せっかくのそういう従業員を活用する能力に欠けていたということだったようだ。 よく、そういう会社のために、あそこまで滅私奉公・破私奉公を続けたものだと思う。 ・・ともかく、クルマの運転席に座って腰のあたりまで冠水したような道をクルマで走って営業所まで行くというような無謀なことはやるべきではないし、そういうことまでして会社のために尽くしても、むしろ、そういう努力をしない人間の方をありがたがる経営者の会社であった。 最近、そんな会社が私が入社した頃と比べるとずいぶんと知名度もあがり、東京圏においても、我が家に来たリフォーム屋のおっさんで「天下の一条工務店さん」などと言うやつがいたが、たしかに、かつてに比べると知名度は上がったが、あんた、そりぁ、いくらなんでも言いすぎやで。いくらなんでも、実態を知らなさすぎるのと違うか??? ・・・と思った。もっとも、「見てくればっかりいい会社」「外ヅラばっかりいい会社」というのは、日本にはいっぱいあるようだけれども・・・。

   浜松の本社にいて、箱根の関より東、鈴鹿の関・不破の関より西のことはちっとも知らないという若造が、「それなら、あなた。あなた、今すぐ行って、ブルーシートかけ直してきてください」などとアホなことを平気で言う会社、平気で言わせている会社。(自分の方が年上だとか、自分の方が入社が先だとか、そんなことで特にえらそうにしたいとは思わないし、(株)一条工務店で見ていると、「頭の悪いじいさん」に限って「変なプライド」を持っていて、実力もないのに自分より年下の人間にはえらそうにしたがる人とかもおり、私は(株)一条工務店に入社以来、自分より年下の人間にでも、自分より後から入社した人に対してでも、誰に対してでも「さん付け」で呼んで話してきたが、しかし、電話で相手の顔も見ずに、自分より歳も上で入社も先であろうと思われる相手に対して、「それなら、あなた」だのそういう口のきき方をさせている、というのもいかがなものかと思う。) 浜松を中心として、箱根の関より西、鈴鹿の関・不破の関より東の地域を「本国」として、箱根の関より東、鈴鹿の関・不破の関より西を「植民地」の扱いにしてきた、いわば、「浜松という後進国の外資系企業」みたいな会社においては、「浜松にいる若造殿様社員」は「植民地」の従業員には、「たとえ、火の中水の中」飛び込んで行って、たかだか、ブルーシートが一部分めくれているなどというものをなおすために行ってこい、それで命を落としても、悪いのは死ぬやつ! ・・・という思考だったようだ。
  ・・おまえら、そういう姿勢・態度では、そのうち、刺されるぞお!・・・と思っていたら、なんと、初代社長の大澄賢二郎のバカ息子が、つき合っていて同棲していたこともある女性を刃物で刺し殺し官憲に追われる・・という事件が1996年8月に発生した。刺し殺されてもおかしくないような人間が、刺し殺しよった・・・( 一一)( 一一)( 一一) ・・そして、初代社長の大澄賢二郎さんは、こうおっしゃったそうだ。「相手が悪い」と。 ・・・そういう人だったようだ。(株)一条工務店が全国からあげた利益、従業員の給料をへつって貯め込んだ「利益」から、浜松市にだけ、300億円の「寄付」をして、浜松市長で慶應大学ア法学部卒の鈴木康友が大絶賛した大澄賢二郎さんはそういう人だったようだ。 そのうち、浜松市役所の前か、JR「浜松」駅の前あたりにでも、大澄賢二郎と息子の「親子鷹」の像でもできるのではないか・・・。その費用も「300億円」の中に含まれていたか?

( ↑ 浜松市役所。 )

( ↑ JR「浜松」駅。)

  ・・・なんか、三流以下企業のために報われない滅私奉公を続けてきて、もう、疲れた・・・。
「24時間戦うのは、しんどい!」 
〔⇒《YouTube-リゲイン TVCM|2014 すみれ「どーなっとるんだ」篇 「3、4時間」篇》https://www.youtube.com/watch?v=1TbzRq6QmWE 〕

  (2020.7.26.)
レ・ミゼラブル〈4〉 (岩波文庫) - ヴィクトル ユーゴー, 与志雄, 豊島
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MJ-リゲイン 100mL×10本 【指定医薬部外品】
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ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言 - 長谷川 和夫, 猪熊 律子
ボクはやっと認知症のことがわかった 自らも認知症になった専門医が、日本人に伝えたい遺言 - 長谷川 和夫, 猪熊 律子
《 認知症の種類(主なもの)
《アルツハイマー型認知症》67.6%  脳内にたまった異常なたんぱく質により神経細胞が破壊され、脳に委縮が起こる。
《脳血管性認知症》19.5% 脳梗塞や脳出血によって脳細胞に十分な血液が送られずに、脳細胞が死んでしまう。高血圧や糖尿病などの生活習慣病が主な原因。
《レビー小体型認知症》4.3% 脳内にたまったレビー小体という特殊なたんぱく質により脳の神経細胞が破壊されて怒る。
《前頭側頭型認知症》1.0% 脳の前頭葉や側頭葉で、神経細胞が減少して脳が委縮。
《アルコール性》0.4%
《混合型》3.3%
《その他》3.9%  》
( 長谷川和夫『ボクはやっと認知症のことがわかった』2019.12.27.KADOKAWA。 所収。
厚生労働省資料(データは「都市部における認知症有病率と認知症の生活機能障害への対応」〔平成25年5月報告〕及び『「認知症高齢者の日常生活自立度」2以上の高齢者数について」〔平成24年8月公表〕を引用)をもとに作成 より )
 「アルツハイマー病」という病気と「認知症」という病気が別にあるのではなく、認知症にいくつかの型があって、認知症のうち、最も多いのが「アルツハイマー型認知症」ということのようです。
  「アルツハイマー型認知症」は《 昔のことはよく覚えているが、最近のことは忘れてしまう。軽度のもの忘れから徐々に進行し、やがて時間や場所の感覚がなくなる。》というのですが、同じ営業所の他の営業社員にかかってきた電話は、かかってきた営業に伝えるのを忘れるが自分にかかってきた電話は忘れることはあまりない(「佐藤のじいさん」)とか、自分の担当客で床柱を選んだ人がある場合にはさっさと記入してファックスするが、他の営業の担当客にはあっても自分の担当ではないという場合には、断固として「忘れる」(「高木のおっさん」)というのは、それは「ずるい」「身勝手」というものであって、「アルツハイマー型認知症」とは別だと私は思う。
  「アルツハイマー型認知症」だと主張すれば得する時だけ「アルツハイマー型認知症」になって、損する時には「アルツハイマー型認知症」ではないことになるという男も、これも「ずるい」「身勝手」なのであって、「アルツハイマー型認知症」というものとは違うと思う。・・というよりも、そのやり口は相当巧妙であり、「頭が悪い」のではなく、むしろ、相当「頭がいい」のではないか? という感じすらする。私なんか、そんなずるいやり口、できない。 

川の流れのように[EP] [Analog] - 美空ひばり
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