店内を見せて安心させる店と隠す店。自分の姿を見せる営業と隠す男。目元を見せる意識のある者とない男-『らーめん才遊記』と考える会社と営業の話

[第772回]
  『らーめん発見伝』から登場人物がいくらか変わった続編の『らーめん才遊記』に、さらにその続編『らーめん再遊記』が「ビッグコミックスペリオール」に連載されだした。『らーめん発見伝』の続編ではなく『らーめん才遊記』の続編・・ということは、汐見ゆとり というキャラクターがけっこう人気があるというのか、もしかすると作者も気に入っていたのではないか・・と思う。
  それに対して、テレビ番組として『行列の女神』と題して、芹沢達也を女性の「芹沢辰美」に変えて放映しだしたらしい・・と思ったら、インターネットで検索すると、「行列の女神~らーめん才遊記」https://www.tv-tokyo.co.jp/gyouretu/ を見ると、8話で終わりにするらしく、不人気だったのではないか。そうだろなあと思う。まず、なぜ、男性だった芹沢達也をあえて女性に変えたのかもよくわからないし、漫画でうまくいった話でもそれを人間が演じるドラマにする場合、キャラクターが合うかどうか、なかなか難しいと思うのだが、安易にドラマ化しようとしてさっさと失敗した・・ということか。なんか、チムニー(株)https://www.chimney.co.jp/ の 店舗名はファーストフードの名称で店舗の外観もファーストフードの外観で店で出している料理はファーストフードではなく相当ボリュームのある料理でというチグハグの飲食店でこってりしたものばかりで夏メニューがない、始めたと思うとさっさとやめた、さっさとやめるくらいなら最初からやらなきゃよかったのじゃないのかという感じの「ファーストグルメ」という名称の店みたい!・・という印象。ラーメン店の経営コンサルタントの「清流企画」という会社の話なのに、なんとも、みっともないなあ・・という感じ。
  野村克也のじいさんなら「理由のないことをするな」と言うのではないかと思うのだが、清流企画の社長の芹沢達也を芹沢達美という女性に変えてドラマにしていたが、女性に変える理由はあるのか? 登場人物としては、汐見ゆとり と夏川の2人が女性で、清流企画の社員は芹沢達也と他に男性が3人という男女比でできていたものを、女性が3人の話にして何のメリットがあるのか? ・・という点でも「理由のないこと」をやっていた。芹沢達也を女にしてしまったのでは、その後の話の展開がおかしくなるし、汐見ゆとりとのかけあいも芹沢が男だから成り立っていたものが成り立たなくなるし、芹沢が女になってしまうと、その女芹沢が汐見ゆとりの役どころを「食ってしまう」ことにもなったのではないか。

  『らーめん才遊記』は面白いと思う。・・私だって・・・、「今、一番、ひっぱってみたいものというと?」ときかれると、そりぁ、もう、なんといっても、「汐見ゆとり のほっぺた♪」・・・(^^)/
・・・ああ、引っ張ってみたい(^^♪(^^♪(^^♪

  久部緑郎 作・河合単 画・石神秀幸 協力『らーめん才遊記 (2)店主の器』(2017.5.2.小学館 My First WIDE )の「第二十六杯 打開策」を見て、「そうだよなあ~あ」と思った。
  エレベーターなしの雑居ビルの4階を借りて始めたラーメン屋が、ラーメンの味は悪くないが立地の悪さから、なかなか、入店してもらえずに苦戦している・・というものを改善しようと取り組んだ清流企画の夏川が考えたのが、
1.店の存在のアピール と、
2.魅力的なメニューの開発で、
1.店の存在のアピール として、
(1)窓に店名とラーメンについてのアピールを入れ、
(2)ビルの前の看板を改良して、矢印を入れて「ご苦労かけます でも昇って食べる価値あり」という文句を記入、
(3)それに店内写真を入れて安心して入れる店だとアピール、
2.魅力的なメニューとして、「最近大流行のつけ麺」をメニューに加え、
「大盛り無料サービス」も実施するというもの、
須田が考えたのが、ホームページとブログの開設だった。
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「路面店みたいに中をのぞきこんだりできないんですから、
安心して入れるお店だという情報を提供してあげないと・・・・

  店舗の内部を道路から見えた方が入りやすい。店舗の内部がいくらか外から見えて、どんな感じの店なのか、どんな人がやっているのか・・というのがある程度わかった方が入りやすい・・・というのは、これはラーメン屋だけではなく、たいていの業種であてはまることではないかと思うのだ。
  ところが、なぜなのか、不動産屋というのは、わざわざ、店の窓ガラスに「物件案内」の紙を貼りつけて外から内部を見えないようにする者が多い。 なぜなのか、? やましいことをやっているから隠したいのか?

  この点について、1980年代後半に小堀住研(株)に入社した時、入社直後の新卒社員研修で、
「お客様のお宅に訪問した時、カメラ付きインタホンがある家やドアミラーがある家ではどうするか?」
という問いがされ、その答えは・・・・
→「相手から一番よく見える位置に立って、こちらの姿をはっきりと見せる」
というものでした。
  合宿研修で講師役を担当したTQC推進本部営業部会の課長だったMさんが、
「昔、ぼくが営業課長だった所に来た新人でけったいなヤツがおってなあ、一緒にお客さんの家に行って、カメラ付きインタホンがある家に行くと、インタホンを押すと同時に隠れよるんや。・・『おまえ、いったい、何やってんねん?』と言ったら、『隠れてるんです』と言いよるんや。隠れてどないすんねん! ほんま、けったいなヤツもおるもんや。 きみら、間違ってもそういうおかしな真似はすんなよお」
と言われたものでした。
「小堀住研(株)の営業がお客様の家に訪問するのは、そのお客様のためにいい家を建てたいという気持から訪問しているのであって、お客様のためになることをやりに行っているのであって、小堀の営業は押売りではないし、隠れないといけないようなやましい営業やってるヤツは隠れるだろうけれども、小堀住研の営業は隠れる理由なんて何一つないんだから。そういう隠れないといけないようなやましい営業をやっているヤツとは違うということをはっきりと見せるようにするもんだ」
と言われた。私もそう思ったし、今もそう思っている。
  これは、小堀住研(株)に限らず、請負の戸建住宅建築業においては、どこの会社においても共通するものであろう・・・と私は思ったのです。思っていたのです。
  ところが・・・・、1993年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ にて。千葉県松戸営業所(展示場)の事務所において、営業本部長兼松戸営業所長だった天野隆夫(男。当時、40代)が、入社1年目の新人に
「お客さんの家に行って、カメラ付きインタホンがある家とかドアミラーのある家に行ったら、インタホンを押すと同時に隠れるといいよ」
などと、小堀住研(株)の課長のMさんが言うところの「けったいなヤツ」みたいなことを教えるのでびっくりした! ということがあった。
  隠れてどないすんねん、隠れて!?!?! ・・・と思いませんか?  小学生のイタズラかい?  けったいなことするやっちゃな!!!・・・と思いませんか?
  天野隆夫が言うには「インタホンを押すと同時に隠れると、誰だろう? と思って出てくるから」と言うのでした・・・が、もしかして、「遠州人」が得意とする「浜松では」「浜松では」・・という ””デワ一門”” の手法では、「インタホンを押すと同時に隠れる」ということをすると、「誰だろうと思って出てくる」なんて人もいるのかもしれませんが、我が家の近所もそうだが東京圏・関西圏ではそうはいかない。「うかつに話に応じるとうるさい怪しい宗教団体」、「半ヤクか準構みたいな押売新聞の拡張員」(商魂こ~め~て~♪・・)〔⇒《YouTube-【阪神タイガース 大合唱】開幕戦の"商魂こめて"は凄まじい》https://www.youtube.com/watch?v=jqA-_IY2Gu8  本多勝一『NHK受信料拒否の論理』(未来社)によると、本多勝一は自宅の入口に「NHK受信料拒否の家」と書いた札を貼っておいたというのだが、我が家も「読売新聞拒否の家」と書いて貼ってやろうかと思っているのだが・・。「今、何新聞とってられますか」とか言うがうちが何新聞を購読しようが大きなお世話だ! 洗剤売ってるのか新聞売ってるのかようわからんようなやつ。〕、「『デジタルテレビは持ってません』と言っているのにそれでもやってくる押売りみたいなNHK受信料集金人」、「イカサマくさいリフォーム屋」等々、「ケーサツ漢の『巡回連絡』」なんてのも来るし、それから、「現役世代の人間に相手にしてほしがって、それなら自分の息子なり息子の嫁なりに相手になってもらえばよさそうなのに、そうではなくよその家の現役世代の人間に相手になってもらおうとして徘徊している近所の『体だけ元気な年寄』」とかも来るし・・・怪しいのがいっぱいやってくる東京圏においては、「インタホンを押すと同時に隠れるヤツ」というのは、出ない方がいい相手・・・と判断されることが多い・・・と思う。「インタホンを押すと同時に隠れるヤツ」というのは怪しいヤツだから隠れるわけだから、私ならそんな相手に出ないな。そう考える人の方が多いのではないかと思う。「時間だけは持て余している年寄」なら相手になってもらおうと出てくるかもしれんが。それで、私はつい言ってしまったのだ。「私、エスバイエルにいた時の研修でも言われたことでもあるのですが、インタホンを押すと同時に隠れるなんて、そんなことしたのでは、かえってお客さんから怪しまれて良くないと思います」・・・と。ある会社の研修で指摘されたことでも、その会社ではあてはまるが他の会社ではあてはまらないというものもあるでしょうけれども、どこの会社においてもたいていあてはまるというものもあり、これは、どこの会社においても通じる話であり当たり前のことであることを言ったはずでした。ところが、天野隆夫は「そんなこと言うなら、エスバイエルに行けよ、おまえはあ!!! 一条には一条のやり方があるんだから、エスバイエルのやり方がいいと思うのならエスバイエルに行け、おまえはあ!!!」と言うのでした。「小学校の子のイタズラみたい」というのか「ピンポンダッシュ」を「一条のやり方」だと天野隆夫は主張するのでした。あきれた。もう言わんわ、こんな人には・・・と思った・・とともに、こんな程度の低い人が営業本部長やってるんだ、この会社は・・と思い、こんな会社なら私が実力を発揮する場はいくらでもあるようだとも思ったが、片方で、こんな押売りみたいな営業を新人に勧めるような会社に勤めていていいのだろうか? と不安も感じた。
  お客様の家に訪問して「インタホンを押すと同時に隠れる」などということをする営業というのは、それだけ、「程度の低い営業」だということになる、と思う。自分は営業は営業でも「インタホンを押すと即座に隠れる」などというそんな程度の低い営業とは違うんだ! ということをアピールするためにも、お客様の家に訪問して、インタホンを押すと、カメラ付きインタホンやドアミラーがある家では「相手から一番よく見える位置に立って、こちらの姿をはっきりと見せる」ようにするべきだ、と思う。これは小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→・・〕においても(株)一条工務店においても変わらないはずである。(株)一条工務店はアホが営業本部長になっているだけのことである。
  ここで考えこんでしまったのは、私は
「お客様のお宅に訪問した時、カメラ付きインタホンがある家やドアミラーがある家ではどうするか?」
という問いがされ、その答えは・・・・
→「相手から一番よく見える位置に立って、こちらの姿をはっきりと見せる」
というのは、戸建住宅建築業の会社においては、小堀住研(株)においても(株)一条工務店においてもそれ以外の会社においても、基本的にはどこでもあてはまることだ、と思い込んでいたのだった。住宅というのは高額物件であり、高額物件の営業というのはそういうもののはずだ・・と思い込んでいたのであり、「小堀のやり方」とか「エスバイエルのやり方」とかいうものという意識はまったくなかったのだ。だから、「私、エスバイエルにいました時の研修でも言われましたことでもありますが、インタホンを押すと同時に隠れるなんてそんなことしたのでは、かえってお客さんから怪しまれて良くないと思います」と言ったのだ。
  お客様の家に行って、カメラ付きインタホンやドアミラーがある家では「インタホンを押すと同時に隠れる」というのが、それが「一条工務店のやり方」なのか? ・・・「一条工務店に入ったなら、一条には一条のやり方というものがあるんだから、一条のやり方でやれ。嫌ならエスバイエルに行け、おまえはあ!」と天野隆夫は言うのだった・・・が、新人にその「小学校の子のイタズラみたい」というのか、その「ピンポンダッシュ」(『名探偵コナン』にこの言葉が出ていたのだが、《「ピンポン」と鳴らすと同時にダッシュして逃げる》というので「ピンポンダッシュ」と言うらしい。 )を教えているのが「普通の営業担当者」ではなく営業本部長で初代社長の義理の弟だということは、それが「一条工務店のやり方」だということになるのか??? ・・しかし、(株)一条工務店の営業誰もがそういう「ピンポンダッシュ」をやっていたかというと、答えは「やっていない」である。何より、私はやっていない。私は、(株)一条工務店に11年余在籍して「永年勤続表彰」をもらった同社では珍しい人間で、(株)一条工務店で営業をやった期間は天野隆夫より長いはずだが、私はやっていないし、私と同じ営業所で勤務していた人でも「ピンポンダッシュ」なんてやっていない人の方が多かったと思う。小堀住研(株)⇒エスバイエル(株) は、その頃、従業員数千人少々で、(株)一条工務店は700人程度だったと思うが、その後、(株)一条工務店は従業員数が増えて千人を越え、エスバイエル(株)は逆に縮小したが、ともかく、千人前後も従業員がおれば、いろいろなことを考える人がいるわけで、小堀住研(株)でも、中に1人か2人、インタホンを押して隠れると「誰だろう」と思って出てくるかな、と考える人もいたかもしれないが、結果として、そういう考え方は間違いだと会社として認識するようになり、研修でもそれを教えていたわけであり、(株)一条工務店においてもこれはあてまはることのはずで、中に、インタホンを押して隠れると「誰だろう」と思って表に出てくるかな・・と考える人もいるかもしれないが、それは結論として間違いだということになるはずで、「小堀住研のやり方」とか「一条工務店のやり方」ということではないはずで、「小堀住研のやり方」であるとともに「一条工務店のやり方」でもあるはずだった。だから、私は言ったのだ。「インタホンを押すと同時に隠れる」などという小学校の子のイタズラみたいなことを(株)一条工務店の営業が誰もがやっていたかというとやっていなかったのであり、誰がやっていたのかというと20代の頃に浜松でちょろっと初代社長の義理の弟としての「特別扱いの営業」をやっただけの天野隆夫の頭の中のものだったのだ。「特別扱いの営業」を20代の頃に浜松でちょろっとやっただけの男が、自分の頭の中の妄想を「一条工務店のやり方」と主張して譲らないのだった。同じ苗字の天野雅弘にも思ったことだが、一族としての「特別扱いの営業」などというものが営業経験のうちに入るかというと、結論としてそんなものは経験のうちに入らないと思う。「特別扱いの営業」の経験などというものは、かえって害があるかもしれないくらいである。
  ここで問題は、ジャン=ジャック=ルソーは「特殊意志」「全体意志」「一般意志」という用語を使っているのだが、個人個人の考えが「特殊意志」であり、それが総合された全体の意志が「全体意志」であり、「全体意志」とは別にその団体やその国にとってあるべき方向を目指す意志を「一般意志」と名づけたものであるのだが、この「一般意志」というのはけっこう問題があって、これが「一般意志」なのだと専制的政治家が政治を推し進めると、結局、それは民主主義に反するものになり、「特殊意志」を押しつけているのと変わらないことになりかねないのです。会社の場合は、もともと、従業員の多数決で決めるのではなく、株主が会社に命令する権利があるわけで、取締役会が株主かれ命令され、それに基づいて代表取締役が個々の従業員に指示を出して会社を経営することになりますが、しかし、営業本部長が「お客さんの家に行ってインタホンを押したらすぐに隠れる」などという手法をやりたいやりたいという人であったとすると、それが(株)一条工務店の「全体意志」か「一般意志」になるのか?・・・違うのではないか。それは(株)一条工務店という会社があるべき「一般意志」ではないし、営業の仕事に従事している従業員全体の「全体意志」でもないし、単に営業本部長になっている天野隆夫さんの「特殊意志」でしかないものを、「一条のやり方」と強弁しているだけではないか。 ところが、もしも、こういうことを言うと、天野隆夫さんの「特殊意志」でしかないものを「一条のやり方」と強弁する天野隆夫から「そんなこと言うならエスバイエルに行け、おまえはあ!」と言われることになるのだった。
  店舗において、「路面店」で外から内部が見えるか、雑居ビルの4階の店などでは入口に店舗内の写真を出して、入って問題ない店だという安心感を訴えるのと同様、カメラ付きインタホンやドアミラーがある家では、「相手から一番よく見える位置に立って自分の姿をはっきりと見せる」ことで、又、そういう姿勢・態度を取ることで、ドアを開けて出ても大丈夫な人だと思ってもらえるようにする・・というのは私は戸建住宅建築業の営業においてはある会社においてはあてはまるが別の会社においてはあてはまらないというものではなくどこの会社においても基本だと思っていたのですが、(株)一条工務店の天野隆夫の意識はそうではなく、「ピンポンダッシュ」をすると客が出てくるというもの、店舗の場合だと、内部がどうなってるかわからない店だと、どんな店だろうかと思って入ってくる・・というそういう思想だったのです。その店の業種によっても違いはあるかもしれませんが、一般には、外から中がまったく見えない、中がどうなっているかわからない店、どんな人がやっているのかわからない店というのは、入りにくいし、それと同様に、誰が来たのかわからない、特に、実際に「インタホンを押すと同時に隠れる」ということをする怪しいセールスというのはいますから、そういうヤツには居留守を使って次の家に行ってもらった方がいいと考えます。そもそも、自分の姿を見せた方が客が出てきてくれるか、自分の姿を見せない方が客は出てくるか、という問題において、自分の姿を見せない方が客が出てくる可能性が常に大きいと考える営業というのは、営業の意識としていかがなものか、と思います。天野隆夫はそれが「一条のやり方」だと言いたいようでしたが、あくまでも、「天野隆夫のやり方」であって、(株)一条工務店の営業は誰もがそんなことをやっていたわけではなく、誰もが、自分の姿を見せることで出てきてもらえるか、自分の姿を見せない方が出てきてもらえるか、という問題で「自分の姿を見せない方が出てきてもらえる営業」かというとそうではない、そんな人も中にいるかもしれないけれども、誰もがそういう営業ではなかったはずです。
  又、これは「聞いた話」なので、まるまる本当かどうかわからないが、(株)一条工務店で、私が入社した1992年の時点で通算契約棟数2位だという浜松営業所所長の平松さんが、
「お客さんの家に行って、お客さんがドアを開けたら、こんな感じで足をつっこんで閉めさせないようにする」
と「指導」していた、というのだ。もっとも、私は平松さんには《「構造アプローチ」のやり方》を実演して見せてもらったことがあり、その際なども、そんなに変な人だという印象は受けなかったし、私自身もまた、「〇〇さんから・・と言われた」などと私が一言も言っていないようなことを言われたらしいことがあったし、そもそも、小野田くんは自分を「平松所長の直弟子」と言っていたが、小野田くんはそう思っていても平松さんの方がそう思っていたかどうかはわからないし、””「世界の丹下健三」のエピゴウネンになって「世界の丹下健三」をヨイショよいしょヨイショすることで自分もまた「世界の丹下健三のエピゴウネン」として評価されたい症候群””みたいな自称「建築家」のおっさんというのが日本にはゴマンといるごとく(いますでしょ、そういうしょーもないおっさんが)、(株)一条工務店には《会社が「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と称していた人の隣の席に座っていたということから「直弟子」だということになることで通算契約棟数ゼロ棟の自分もまた「一条工務店の土台を気づいてきた人たちに準ずる人間」みたいに扱ってもらおうとする人間》という独立自尊の精神に欠けるようなのがわんさといたのであり、「お客さんの家に行ってお客さんがドアを開けたら、こんな感じで足をつっこんで閉めさせないようにして」なんて本当に平松さんがそういうことを教えたのかどうかはわからない。
  平松さんが本当にそういうことを教えたのかどうかはわからないが、1992年8月に「本人の都合で」東京営業所に転勤してきた「平松所長の直弟子」らしい新卒入社1年目の小野田くん(男。当時、20代前半)が東京展示場に転勤してきて、「平松さんから教えられた」として「営業のやり方を教えてやる!」と通算契約棟数ゼロ棟の男が周囲の営業社員に得意がって言っていたことなので、「まったく火の無い所に煙はたたない」かもしれない。 小堀住研(株)で松戸営業所(展示場)に在籍した時、営業課長だった I さんが言っていたのだが、千葉支店の工務課に勤務していたNさん(男。当時、20代)がかつて I さんが営業課長だった営業課に営業担当者として在席していたことがあって、Nさんが「課長、お客さんの家に行って、お客さんがドアを開けたら、こんな感じでドアに足をはさむようにしましょうか」などと言ったことがあり、それを聞いて、「あんなこと、言ってるようでは営業はだめだ」と思った、と言っていたことがあったのですが、(株)一条工務店では浜松営業所長がその「あんなこと、言ってるようでは営業だだめだ」ということを実行していた・・という話が広がっていたのでした。実際に平松さんがやったのかどうかは知りませんが、そういう話が広まっていたのであり、営業本部長の天野隆夫が現実に「お客さんの家に行ってインタホンを押したらすぐに隠れる」と入社1年目の人間に教えていたのですから、「お客さんの家に行ってお客さんがドアを開けたら、こんな感じで足をつっこんで閉めさせないようにする」と教える人がいたとしてもありそうな話でした。

  「お客さんの家に行ってお客さんがドアを開けたら、足をつっこんで閉めさせないようにする」という類をやる営業を、私はこれまで自分自身が見たものとしては、読売新聞の拡張員、それに、「リフォームのナカヤマ」の営業がそれをやりやがったのを見ました。聞いたものとしては、2008年、東海住宅(株)https://www.10kai.co.jp/ の花見川店の店長の田中(男。当時、60歳)がそれをやると自分で言っていて、かつ、「前、奥さんから思いっきり、ドアをしめられて、ドアに足はさんで痛かったのなんの。『あ~ら、足つっこんでたの。知らなかったわ。ごめんなさ~い』なんて言われて、痛かった痛かった」などと言っていたことがあったのだが、それは、その奥さんは足をつっこんでいるのを知って意図的にそれをやったのだと思う。ドアに足をつっこめば閉めることができないだろうと思って、女性がひとりでいる家でドアに足をつっこむような男を撃退するには・・と思って、意図的にやったのだろう。案外、「奥さん」というのは強かったりするのだ。
  読売新聞の拡張員は、うかつにドアを開けると必ずドアに足をつっこんで閉めさせないようにするし、アパートで廊下に面した部屋の窓を開けていると勝手に窓を開けて部屋の中に手をつっこんで閉めさせないようにする。だから、「読売の営業」は相手にしないに限るのだ。
  「リフォームのナカヤマ」は、かつて、我が家に来て、外壁の塗装をやり直すか、もしくはタイル貼りにしてはどうかと言ってきたのだが、やるつもりはありませんと言ったのだが、隣家と少ししか開いていない壁面を「タイル貼りにしましょう、いいですよお」などと言うので、「こいつ、アホか」と最初は思ったが、アホかどうかの問題ではなく客のためをまったく考えていないから、だから、客のためにならないことでも平気で言う男だったとわかった。「リフォームのナカヤマ」というのは程度低いなあと思ったし、それは小堀住研(株)の研修では、そんなことはやってはいけないということを「リフォームのナカヤマ」はやっていたのだった。断ったからにはあきらめたかと思うと、再度、やってきて、「詳しい者を連れてきましたので話だけでも聞いてください」と言うので、私自身が住宅建築業の営業の仕事をしていたことから、「詳しい者」をわざわざ連れてきたということなら「話だけでも聞いて」あげようかと思って出て行ったら、その「詳しい者」というのはちっとも詳しくなかった
  その際、何人もでやってきて、敷地の奥の方までそこまで行っていいなんて言っていないのに勝手にずけずけと入り込んで、断っても断っても出て行かない、という対応をしやがった。それ以来、「リフォームのナカヤマ」は要注意だと思うとともに、読売新聞と同様の「程度の低い会社」のひとつと認識するようになった。
  飛込訪問で行って、お客様がドアを開けると足をつっこんで閉めさせないようにするとか、戸建住宅で門扉を開けると、奥まで入っていいなんて言っていないのに敷地の奥の方まで何人もでずけずけと入って行って退去を求めても帰らないというそういう態度を取った者というのは、そういう会社は次回から相手にしてもらえなくなる可能性がある。「可能性がある」程度ではなく、私は読売新聞と「リフォームのナカヤマ」は「相手にしない」ことに決めたし、いくら、インタホンを押しても、読売新聞の拡張員や「リフォームのナカヤマ」の営業にはインタホンに出ないし、カメラ付きインタホンで見えない位置に立つヤツにはインタホンに出ないとともに、「誰かなと思ってドアを開けて外に出る」なんてことは絶対にしない。(ついでに、けーさつの「巡回連絡」にも「善良な市民」としてそんなものには出ないからね。) 「お客さんがドアを開けると足をつっこんで閉めさせないようにする」だの「インタホンを押すと同時に見えない位置に隠れる」だのというそういう「程度の低い行為」をする営業は、自分が営業上マイナスになることをやっているだけではなく、会社の評価も下げているのである。 その後、小堀住研(株)が名称変更してエスバイエル(株)と「リフォームのナカヤマ」はいずれもヤマダ電機に買収されて(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ になったが、お客様との対応はどちらの姿勢を選択したのだろうか。小堀住研(株)でも、1989年7月に千葉支店の支店長になった痴漢人間の渡邊士直は「(客宅に行ったら)目標を完遂するまでは対座するな」と主張していたのだが、商談に行って簡単に帰るわけにいかない場合もあるとは思うが、これも程度の問題もあるかとは思うのだが、ドアの間に足をつっこんで閉めさせないようにするヤツとか、戸建住宅で門扉を開けると、そこまで入っていいと言っていないような所まで入り込んで帰らないヤツとかと同様、「下品な営業」「程度の低い営業」としてそれがマイナスの評価を受けて、契約につながらないようにする可能性もある。

   読売新聞の拡張員や東海住宅(株)〔本社:千葉県八千代市〕https://www.10kai.co.jp/ 千葉市花見川区の花見川店(最寄駅は京成本線「八千代台」)の支店長だった田中、(株)一条工務店の浜松営業所長の平松さんが言ったという話の「お客さんの家に行ったらドアに足をつっこんで閉めさせないようにする」というやつと、「リフォームのナカヤマ」がやった「お客さんが門扉を開けると、そこまで入っていいと言っていないような奥の方まで何人もで入り込んで退去を求められても帰らない」とか、小堀住研(株)の千葉支店長だった痴漢人間の渡邊士直の言う「目標を完遂するまでは退座するな」という押売りとたいして変わらんやり口とか、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が「ぼくなら、こうする」と言う「お客さんの家に行ってカメラ付きインタホンやドアミラーがある家ではインタホンを押すと同時に隠れる」などというそういうことをやる人間というのは、それが営業として効果があると思っているらしいのだが、むしろ、逆であることが多く、その時に逆であるだけではなく、会社の評判を落としていることが少なくないはずである。それは、『らーめん才遊記』で、「清流企画」社員の夏川が発言したところの
「店内写真も入れたほうがいいです。
路面店みたいに中をのぞきこんだりできないんですから、
安心して入れるお店だという情報を提供してあげないと・・・」
という姿勢と正反対の姿勢
です。

  もうひとつ、小堀住研(株)の新卒社員研修では、「お客様のお宅に行って、奥さんがひとりの時にはあがらない」とも言われたのですが、これは、女性に意見をきくと、「なんでよ?」と言う人がけっこう多かった。「なんでよ?」というのは、別に、ダンナがいない時にあがってもらったとしても、浮気だか不倫だかをやろうということではなく、女性の方であがってくださいと言ってあがってもらって、それで家の話をするのに、なんで、それがいけないのよ! ・・と思う女性がけっこうあるようだったのだ。それが「なんでよ?」なのだ。
  会社の同僚などの何人かの女性に意見をきいてみて、それで気づいたのだが、「お客様の家に行って奥さんがひとりの時にはあがらない」というのは、それは、奥さんがひとりの時にあがりこんで話をするということをその奥さんに嫌がられるからということよりも、「ダンナが気分を害することが少なくないから」だとわかった。嫁さんよりも、ダンナの方が気分が悪いのだ。俺に無断で俺の留守中にあがりこみやがって・・と、あがりこんでも別に嫁さんと浮気だか不倫だかをしたわけではないとしても、それでも、男の気持ちとして面白くないのだ。そっちが主だと思う。 これもまた、嫁さんがひとりの時にはあがらないようにすることでダンナの信頼を得る、ということがあると思うのだ。東海住宅(株)の店長の田中は、嫁さんがひとりの家に行って、嫁さんがドアを開けると閉められないように足をつっこんだところ、実は「家庭の主婦」というのはけっこう強くて(もしかすると、男なんかよりよっぽど強いかも)、「この野郎」と思ったかどうか、思いっきり力いっぱいドアを閉めてその足をドアに挟ませた上で、「あ~ら、足つっこんでいたの。知らなかったわ。ごめんなさいね」と言って、痛い痛いと足をさすっている「人相の悪い男」を外にしてドアを閉めた・・・らしいが、田中のその行為は信頼を失う行為であろう。

  それにしても、不動産屋というのは、なんで、窓ガラスに物件案内をべたべたと貼り付けて、外から中を見えないようにしてしまうのだろうか? ・・と前々から疑問に思ってきた。1990年代末、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所にいたWさんは(株)一条工務店を辞めた後、栃木県ではけっこう手広くやっている不動産業兼建築業の会社に勤めたのだが、Wさんは真面目な人で、見た目も「不動産屋みたい」ではない人だった。本人にそれをずけずけと言ってみたところ、
「そうでしょう。そこがいいんですよ。みんな、不動産屋というと、ずるい、怖い、あつかましい、とか思ってるでしょ。そこにちっともそうじゃないという人間が顔を出すから、だから、『この人は不動産屋なのに不動産屋みたいじゃない』ということで話が進むんですよ」
と言うのだった。たしかに、「ずるい、怖い、あつかましい」という感じの「見るからに不動産屋みたい」という感じの人と「不動産屋なのに不動産屋みたいじゃない」という人なら、「不動産屋なのに不動産屋みたいじゃない」という人の方が、この人に相談しよう、この人と契約しようという気持になりやすいと思う。
  だから、売買の不動産屋でも賃貸の不動産屋でも、外から店の中が見えて、この店の中はこんなになっているんだとわかって、かつ、中にいる人間の姿が見えて、ああいう人がやってる店なんだとわかった方が、その方が安心感を持ってもらえて入店してもらいやすい、と思ったのだが、不動産屋というのは、窓ガラスや入口のドアのガラス面に物件案内を(それも、すでに売れたか借り手が決まったかの物件も含めて)貼りつけて内部を見えないようにする業者が多いのは、なぜなのだろう・・と疑問に思ってきた。
  不動産屋にしては、外から内部が見えるようにしているのが(株)エイブルhttps://www.able.co.jp/ だった。 (株)エイブルは道路との間、雑居ビルの2階から上の階にある店だと共有スペースのホールとの間は透明なガラスにして外から内部を見えるようにして、物権案内はそのガラス面には決して貼らないで、かわりに、「A型看板」を前に立ててそれに物権案内を貼るようにしていた。「A型看板」というのは、不動産屋なら誰でも知っているものかと思っていたら、(株)エイブルの人間は知っていても東海住宅(株)の人間は知らなかったのだが、↓ のようなやつのことだ。
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横から見ると、「A」の形に見えるから「A型看板」と(株)エイブルでは呼んでいた。物権案内はこれに貼りつけて店頭に奥が、道路との間のガラス面には決して物権案内などは1枚として貼らず、外から店の内部が見えて、どういう人間がそこにいるのかも見えるようにしていた。この点については(株)エイブルのやり方は正解だと私は思う。
  その逆が東海住宅(株)https://www.10kai.co.jp/ で、東海住宅(株)は、2008年、私が辞めた後、花見川店の前を通ったところ、事務所のスペースが狭いからと設置した仮設ユニットの事務所の窓ガラスにべたべたと物権案内を貼りつけていたのだが、仮設ユニットの事務所の窓はそういうものを貼るにはスペースも小さいし、前面道路を通る人が見るには見やすい位置ではないし、なんで、わざわざ、そんな場所に物権案内を貼りたがるのか? おかしな発想をするものだと思った。それは、店長の田中が、窓ガラスというものは物件案内を貼りつけて外から中を見えないようにするものだという不動産屋としての固定観念・強迫観念を持っていたから、だから、その固定観念・強迫観念に基づいてやったことだろう。「バカみたい」という感じだったが、バカだと思う。

  ラーメン屋でも、外から中がある程度見えた方が入りやすい、特に新規の客は外から中が見えて、内部はどんな感じか、どんな人がやっているのかわかった方が入りやすい、というのだが、不動産屋は、片方で商談している人、土地建物を売ろうとしている人などは他人にそれを知られたくないから、不動産屋で話をしているところを人から見られたくないという場合もあるだろうけれども、他方において、売る側の人・買う側の人・借りる側の人・貸す側の人、いずれの場合でも、どんな人がやっているのだろうか・・と不安を感じる業種であるのだから、商談中の来客の顔は外から見えない方がいいとしても、店の内部と店員の顔はいくらかなりとも外から見えた方がいいはずなのだ。なぜ、それを見えないようにしたがるのか? ひとつは、東海住宅(株)の花見川店の田中のように、不動産屋というものはそうするものだという固定観念があるからで、固定観念から離れることができない独創性のない無能が多いから、だろう。
  そして、もうひとつは、自分自身の風貌に自信がないからだろう。 東海住宅(株)の花見川店の店長の田中は、かつて、賃貸マンションでポスティングをしていたところ、入居者から「ヤクザが来ている」と言って110番通報されたと自分で言っていたが、たしかに、「ヤクザか?」という顔つき・風貌をしていた。その頃、東海住宅(株)の常務取締役で建設部担当の役員で、後に社長になった大澤と田中の2人は「おまえ、ヤクザだろうが!」と言い合いしてふざけていたことがあったが、実際、この2人は、見た目だけで判断すると「ヤクザみたい」という顔をしていた。私自身、東海住宅(株)に応募した時、面接で常務取締役だった大澤と会った時、「こんなヤクザみたいな人が常務取締役の会社になんて勤めて大丈夫だろうか?」と不安を感じた。
   東海住宅(株)の花見川店で、仮設ユニットの窓ガラスにまで物権案内を貼りつけて外から内部を見えないようにしたのは、それは、「不動産屋というのはそういうもの」「不動産屋はそうしなければならないもの」という店長の田中の固定観念・強迫観念によるもの、という点があるとともに、常務取締役の大澤や店長の田中が、外から中を見られて、こういう人がやっているのかと思われて、それで、こういう人がやっているのなら入って相談に乗ってもらおうと思われるか、こんな怖そうな人がやっているのなら避けた方が良さそうと思われるかというと、こんな怖そうな人がやっている店は避けた方が良さそう・・・と思われるであろう・・ということを自覚していたのだと思う。だから、外から中が見えないようにしておいた方が、「どんな人がやっているかわからない」状態と「こういう人がやっているのか」とわかった状態とでは、大澤や田中がそこにいる場合は「どんな人がやっているのかわからない」状態にした方が入店してくれる人が多い、と考えたのであろう。

  そういうのはどうだろうか? 自分の顔つきや姿に自信がない・・という場合でも、一般的には「かっこいい人」と「ブサイクな人」では「かっこいい人」の方が好かれる傾向はあると思うが、二枚目と「二枚目ではない」人とでは、「二枚目ではない」人は、持っていきようによっては「親しみやすい人」というキャラクターにできる場合もある。しかし、東海住宅(株)の大澤や田中のような「おまえ、ヤクザだろうが」という印象を受ける風貌の人というのは、それはマイナスにはなってもプラスになることは、まず、ない! ・・・しかし、今さらながら思うのだが、「不動産屋のおっさん」と警察官というのは、なんで、あんなに人相の悪い人間が多いのだろうなあ・・・・。
  (株)エイブルにしばらく勤務して思ったのだが、「アパートを借りる人」と「アパートを貸す人」というのは、店のドアを開けて入ろうとするその時点でどっちかわかるのだ。不思議なもので、前々から知っている人ではなく初対面の人でも、どっちの人かわかるのだ。そして、たまに、その「どっちでもない人で無茶苦茶人相の悪い人」というのが来店したが、それが警察官だった。入居者で何らかの犯罪の容疑者とされている人の情報を求めて来店する警察官というのがあったのだが、たとえ、相手が警察官でも犯人と決まったわけでもない人の個人情報を無条件に教えてよいものではなく、どういう場合は教えるべきか、どういう場合は断るべきかというのはなかなか難しいのだが・・・、ともかく、「うわっ、人相の悪いのが入ってきた」と思うと、たいてい、警察官だった。
  但し、警察官でも、「あんまり警察官みたいではない」人もいるようなのだ。交番にいるおねーちゃん見ても、迷子の相手でもするならいいかもしれないけれども、暴漢に襲われた・・とかで交番を頼ったとしても、こんな「サーティーワンアイスクリームにいた方が似合ってそうな」おねーちゃんに頼ってもあかんやろうなあ・・て感じの女性とかもいるし、こんなでぶっとしたおっさん、たぶん、暴漢が来たら一番先に逃げよるやろうなあ・・ておっさんとかもいるようだが、ともかく、警察が好きとか嫌いとかいう問題ではなく現実に「なんとも人相悪い男」というのが警察官にはいる。警察が好きとか嫌いとかいう問題ではなく、これは事実だ。
  そして、「不動産屋のおっさん」というのがこれがまた、「ヤクザみたいな顔」というのか、「ヤクザでないと言われたってヤクザみたいな顔」、要するに「不動産屋みたいな顔」しているおっさんというのがいるのだ。まさに、東海住宅(株)の大澤と田中はそれだったのだ。

  2000年代、厚生労働省委託で東京リーガルマインドが実施していた「求職支援セミナー」というのに出た時、講師の人が「履歴書の作成のしかた」を説明されたのだが、履歴書に貼る写真について、「カラーでも白黒でもかまいません。白黒の方がアラを隠すことができるので白黒の方がいいでしょう」と話されたのだ。それで、そうかいなあ~あ・・・と思ったのだが、その話を母にしたところ、「あんた、別にアラなんてないやろ。なんか、あるか?」と言うので、そう言われればそうだなと思ったのだ。「何も、あんた、カラーで見られて困るような顔してないやろ。カラーで見てもらった方がいいでしょ」と言うので、そうだなあと思ったのだった。 「求職支援セミナー」の講師の人が言われたのは、《「見た目にどこか問題がある人」の場合は白黒にした方が「見た目の問題を隠せる」場合がある》ということを言われたようだった。
  その後、1990年代後半、私が東海住宅(株)を辞めた後、私が在籍した時は常務取締役だった大澤が社長になったが、さらにその後すぐ、大澤は社長を退任した。なぜ、退任したのかはわからないが、ごく短い期間で退任した。 大澤が社長だった時、東海住宅(株)のホームページを見たところ、大澤が気色の悪い作り笑いをした顔をした写真が掲載されていた。 「不動産屋みたいな顔」したおっさんというのは、写真に写る時、苦労するもんだな・・・・。 大澤は自分の人相が悪いことを自覚しているので、それで、東海住宅(株)のホームページに掲載される写真に写る時、一生懸命、優しそうな顔をしようとして頑張って笑顔を作って見せたようだった・・・が、残念ながら、かえって気色悪いだけだった。
  その大澤の写真を見て、就職支援セミナーの講師の女性が言った意味がわかった。大澤のような、そのまんまだと「ヤクザみたい」という印象を受ける人の場合、履歴書なり何なりに掲載する写真はカラーだとそのままの姿が見えるが、白黒にした方がいくらかなりとも「アラを隠すことができる」という場合があるということだったようだ。但し、少しくらいの「アラ」なら白黒にすれば隠せても、大澤くらいの「ヤクザ顔」というのか「不動産屋顔」をしている人の場合、白黒にしたくらいでは隠せない。 それで、一生懸命、作り笑いを浮かべ、笑顔を作ろうとして優しそうな顔に写ろうと努力したものの、「かえって気色悪い顔」になって写っていたのだった。「不動産屋顔のおっさん」は白黒にしようが笑顔を捏造しようが、あかんいうことやったようや。
  その場合だが、俺にきいてくれたら教えてやったのに・・・と思うのは、「似顔絵にする」という方法があると思うのだ。 「白黒にする」とか「気色悪い作り笑いを浮かべる」とかより、「似顔絵にする」という方が、さらに「アラを隠す」というのか「ヤクザ顔を隠す」ことができるのではないかと思う。
  ・・但し、その前に、その「ヤクザ顔」を改善した方がいいのではないか・・という気もしないこともないが、なかなか、改善できそうにない人もいるから、その場合は、「似顔絵にする」という方法がお勧め・・・だな・・・。

  1980年代後半、小堀住研(株)に入社した時、研修で「基本動作の徹底」ということを言われた。「営業としての基本動作」を徹底することで、「ミサワあたりの程度の低い営業との差をつける」と言われたのだ。「ミサワあたりの程度の低い営業」というのはどういう具合に程度が低いのだろうか? 身だしなみとか、着る服とか乗るクルマとか、そういったものを適切なものにする・・といっても、そんなことは他社でも研修で教えているだろうから、徹底してもそれほど差はつかないのではないのだろうか・・・と思ったのだが・・・。 実はそうでもないようだった。たとえば、「革靴を履くときは靴ベラを使って履く。靴ベラを使わずに、つま先を地面にトントンと叩きつけてはくとか、カカトを踏んで履くとかそういうことは営業として絶対にやってはいけません」と言われたものだったのだが、これなど、住宅建築業の会社の営業なら当たり前のことであって、それを「徹底」してもそれほど差はつかないのではないか・・・と思ったのだったが、ところが、1990年代、(株)一条工務店では、たとえば、福島県いわき市の営業所にいたS藤K二さん(男。当時、40代)は私に「おまえみたいに革靴を靴ベラを使ってはくなんて、そんなおかしなことする人間なんて、俺は生れて始めて見た。そんなおかしな革靴の履き方があるかあ!!!」と言うのだった。「ちょっと、こっち来て見てみろ」と言うので(株)一条工務店の事務所の三和土(たたき)の所を見ると、同社の営業のH田さん(当時、20代)の革靴が脱いであったのだが、「ほら、見てみろ。革靴というのはH田くんのように、イブサンローランとかこういうブランドものの靴を買って、H田くんのようにカカトを踏んでスリッパみたいにして履くものなんだ。こうやって、あらかじめ、スリッパみたいにして履いておけば、靴ベラなんてそんなもの要らないんだ。これが営業の革靴の履き方というものだ。おまえみたいに革靴を靴ベラを使って履くなんて、そんなおかしな革靴の履き方なんて、あるけえ!!!」と言われたのだった。「今後はよく気をつけろ!!!」と言われたのだ。「これが(在来)木造の革靴の履き方というものだ」と言うのだが、たとえ、それが「(在来)木造の革靴の履き方」であっても、そんな履き方するの嫌だなあ~あ・・・と思ってさすがに私はそれはやらなかった。たしかに、小堀住研(株)の展示場の従業員用出入口の脇の下駄箱の中を見ると、磨かれた革靴でカカトなんて踏んでいない革靴が何足か入っていたのに対して、(株)一条工務店の事務所の三和土(たたき)には、カカトを踏んだ型がついている汚れた磨かれていない革靴が何足も置かれていて、それとともに、健康サンダルとかも置かれていた。客宅に健康サンダルはいて、スッポンすっぽんスッポンすっぽん・・と行く人とか、革靴をカカトを踏んでスリッパみたいにスッポンすっぽんスッポンすっぽんと行く人とか、(株)一条工務店の営業はそういう人が多いようだった。「それが木造の営業というものだ」という話だった・・・が、私が客の立場なら、健康サンダルはいて我が家に来たような人を上にあげる気持ちにはならないし、革靴のカカトを踏んでスリッパみたいにスッポンすっぽんスッポンすっぽんと来た人も上にあげる気持ちにはなれない。契約以前に、人を馬鹿にしてんじゃないか、という感じがする。(株)一条工務店ではS藤さんだけではなく、何人もから「おまえみたいに靴ベラ使って革靴をはくなんて、そんなおかしな営業があるかあ!!!」と言って怒られたのだ。「それはプレハブの革靴の履き方というものだ。木造の会社に勤めたら木造の革靴の履き方というものをしないといけない」と言われたのだ。「木造の革靴の履き方」というのはどういうものか? というと、靴ベラなんて使わないで、カカトを踏んでスッポンすっぽんスッポンすっぽんと履くのがそれが「(在来)木造の革靴の履き方」というものらしかった・・・のだが、「郷に入れば郷に従え」といってもさすがにそれは嫌だったので私はその「木造の革靴の履き方」というものをやることはなかった。
   その後、2010年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(いずれも、2013年11月に正式に倒産)に勤めると、元ミサワホームだというS井さん(男。当時、40代)は「(在来)木造の革靴の履き方」、靴ベラを使わないでカカトを踏んで革靴を履くという履き方をしていたので、「あ! ほんとだ」とわかった。「ミサワの営業」というのは革靴をカカト踏んで履くようだった。『基本動作の徹底でミサワあたりの程度の低い営業との差をつける』というのは、こういうことだったのだ」とわかった。小堀住研(株)では研修で「革靴をカカトを踏んで履くなどは営業としてもってのほか」と徹底して言われていたので、カカトを踏んで革靴を履いている従業員はまずいなかったのに対して、ミサワホームではそうではなかったのだ。だから、カカトを踏んで革靴を履くというのは「(在来)木造の革靴の履き方」というのは正確ではなく、それは「(在来)木造とミサワホームの革靴の履き方」と言うべきものだったようだ。
  「世の中いろいろ、会社もいろいろ、人間いろいろ」であるのだろうけれども、私は、やっぱり、革靴は靴ベラを使ってカカトは踏まないようにして履くものだと思っているし、カカトを踏んで革靴を履いている人に来られたら、そんな人に框から上にあがってもらいたくないと私なら思う。少なくとも、「カカトを踏まないで革靴を履く営業」と「カカトを踏んでスリッパみたいに革靴を履く営業」とでは前者の方が高い評価を受けておかしくないと思うし、私なら前者の営業の方を高く評価する・・・・というよりも、我が家に来るのにカカトを踏んだスリッパみたいな革靴で来るのなら、どんなにすばらしい商品を扱っている人であってもそんな人は来ないでもらいたいと思う。
  「基本動作の徹底」により他社の「程度の低い営業」と「びしいっと差をつける」としても、他社だってそういう研修をやっているだろうし、他社の営業だってそういうことは考えているのではないかと思ったのだが、必ずしもそうでもないようだった。「嫌われないような服装」「嫌われないような顔」というのも、それも、誰だって考えるだろうと思っていたら、そうでもないようだった。
  2010年、千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕では、出入口は全面ガラス貼りにしていたので、これなら外から内部が見えるので、初来場の人でも入りやすい・・・と思ったのだが、そのうち、出入口付近のガラスになんだかんだと貼りだしたので、「これ以上は貼らない方がいいでしょう。外から中が見えた方が、お客さんは安心感を持ち、入りやすいはずですから。不動産屋がガラス面になんだかんだ貼って中が見えないようにするのは、それは不動産屋のおっさんというのは人相が悪くて、中にどういう人がいるのか外から見られると、あんな人がいるのかと思われて入らなくなるから、だから、お客さんが中に入るまでは外から中が見えないように貼っているのであって、ここは、不動産屋みたいな人相の悪い人はいないでしょうから、こういう人間がいますとアピールした方がいいでしょう」と言ったところ、カジ〇(2010年入社。男。当時、40代)が「いますよ」と言って自分の顔を指さしたのだったが、言われて見ると、たしかに、カジ〇は「高校の時に喧嘩して退学になった」とか「転校した高校を卒業した後、拓殖大学空手部卒の見るからにヤクザという水道屋に勤めた」とか「ヤクザとつきあいがある不動産屋とつきあいがある」とかいうだけあって、たしかに、人相悪い顔をしていた。カジ〇も「履歴書に貼る写真は似顔絵にまでしなくてもいいが白黒にした方がいいタイプ」かもしれない。
  しかし、カジ〇の場合は、人相については東海住宅(株)の大澤や田中に比べればずっと軽症であり、「不動産屋型の姿勢」ではなく「戸建住宅建築業の姿勢」で臨むようにすれば、改善の余地はあるか・・・とも思われたのだが、問題は精神面だろう。自分で自分をどう評価するのかという点において、「不動産屋のおっさん」と同型の思考をしているようではその方向に進むだろう。彼は自分では、「菊池建設と桧家住宅にいた」と自称していたのだが、よくよく聞くと、それ以外に、住友不動産(株)の営業をやったことがあり、喧嘩して退学になった高校から転校して入った高校を卒業した後、「拓殖大学空手部卒の見るからにヤクザという男が社長の水道屋」に勤めていて、さらに、蒸発散槽の たつみ産業にいて、成田空港の付近で空港関係の仕事についていたことがあり、自営でやっていた時もあり・・と、それだけでも菊池建設・桧家住宅の他に5つで計7社。失業中の時期もあったと考えてそれを加えると8。まだいくらかありそうだが、高校卒業から40代初めまで20年少々と考えてそれを8で割ると、平均して1社あたり、3年も勤めてないことになる。彼の接客態度を見ていたところ、請負の会社の営業よりも建売屋の営業のスタイルと思われるフシがあった。だから、おそらく、「菊池建設と桧家住宅」というのは勤めた所の中で比較的聞こえが良さそうな所を言ったもので、実際は、「建売やってる不動産屋」の方が中心だったのではないか。だから、来客に対して、入ろうかどうしようかという相手に対して、「私はこういう人間なんです。見てください」という「高額物件の戸建住宅建築業の営業の姿勢」を取るのか、「自分の姿を見られないようにして、店内に入ってもらうようにする」という「不動産屋のおっさん型思考」をするかという時、後者の思考をするのが習慣になっていたのではないか。こうなると、その時点での「人相の悪さ」という点については比較的軽症であったとしても、《「自分の姿を見られないようにして、店内に入ってもらうようにする」という「不動産屋のおっさん型思考」》が固定化しているならば、その精神面を変えるのはそう簡単ではないことになる。

   『らーめん才遊記』で清流企画の夏川が言う「安心して入れるお店だという情報を提供してあげないと・・・」というのは、戸建住宅建築業においてもあてはまる。 不動産業においてもあてはまるはずであり、(株)エイブルはそれを実行しており、その点においては、「エイブルはえらい!」と言うほどのことでもないが評価してよいはずである。 しかし、東海住宅(株)の花見川店の田中が、ふと気づくと、仮設ユニットの事務所の窓ガラスにすら物権案内を貼りつけて中から外、外から中を見えないように塞いだ行為などは、まさに、外から内部を見られたくない、外から自分の姿を見られたくない、店内に客が入るより前に自分を見られたくない・・・という「不動産屋顔のおっさんの思考」であり、その固定観念・強迫観念のある男というのは、これはそう簡単には治らない、「このビョーキは簡単には治らない」もしかすると、「一生なおらない」かもしれないであろう。又、「病識がない」人もけっこういるのではないか。男に限ったことではなく、女でもそういう人はいるであろう。

  「外から店の内部が見えるようにして、安心して入れるお店だとアピールする」ということとともに、会社についてと営業担当者自身について、自己紹介をすることで安心感を持ってもらうということもある。その点で、2010年~2011年、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)〔千葉市中央区鵜の森町〕は、会社の店舗に看板も貼りつけず、言っても言っても、自称「工事責任者」の植草は「つけます」「つけます」「すぐにつけます」と毎度のことながら言いまくってつけず、「私がつけましょうか」と言っても「いえ。こちらでつけますよ」と言ってつけない。ホームページくらいあるのが普通の時代において、これもまた、植草英二が「やります」「ぼくがやります」と言ってやらない。やっぱり、小規模な工務店が仕事をもらおうと思ったならば、看板とインターネット上のホームページの開設くらいはないと、「ホームページもない会社」というのでは、信頼と安心感を持ってもらえないことになる。
 又、「やります」「やります」「すぐやりますよ」「すぐやると言ってるでしょ」と言い続けて断固としてやらない男というのも、これもまた信頼をなくす。実際、私は植草のそういう態度を見て、「会社でなければつきあいたくない人間」と思った。植草は「ぼく、営業やったことないですけど、営業で~きま~すもお~おん!」とド厚かましくも、ヌケヌケとデブデブと叫びまくっていたが、植草はそのあたりにおいて、すでに「信用をなくす行為・態度」をとりまくっており、そのあたりにおいて「営業できない人間の態度」を取りまくっていたのである。

   営業担当者個人についての自己紹介として、継続中の顧客や見込客に、漫画チックな似顔絵とそれに合わせて、出身地や学歴や趣味などを書いて印刷して配るという方法と、会社に応募する時に提出する履歴書と同じものを作成して顧客に渡すという方法がある・・・と教えている人が世間におり、1980年代後半、私は小堀住研(株)の新卒社員研修の時にその話を聞いたのだが、それもいいかどうかわからない場合もある。 某所にて、近所の大和証券だったかの新人社員らしき営業が、それを教えられて実行していたのだが、「東京大学経済学部卒」なんてかさ張った学歴を履歴書に書いてそれを何部も印刷して近所中にポスティングしていたのだが、な~んか変なことやっとるなあ・・・と思ったのだ。そういうのは、継続的につきあっている相手に自己紹介として渡すのなら悪くはないかもしれないが、会ったこともない、これから飛込訪問に行こうかという家に、「東京大学経済学部卒」なんて書いた履歴書をポスティングしても、「おめえ、何が言いたいんだよ」て感じがする。案外、そういうことをするなら、「無名私立しょーもない大学卒」の人の方が、会ったこともない相手に近所中にポスティングするという場合は良かったりする。「私は東京大学経済学部卒です」と書いてポスティングされても、「だから、おめえ、何なんだよ・・」ということになると思う。そういう場合は、履歴書形式のものよりは、「漫画チック形式」のものにして、「私立無名しょーもない大学卒」の人は大学名も入れてもいいけれども、「東京大学経済学部卒」とかそういったかさ張る大学名の人は、会ったこともない相手に配布するものには大学名は入れずに、単に「◇◇年、経済学部卒」くらいにとどめて、ある程度、つきあって、相手から「◇◇さんはどこの大学を出てられるのですか」とでも尋ねられた時に答える・・というくらいの方がいいのではないかと思う。
  会社でも、おっかしな対応ばっかりやってる会社が、「うちは一部上場ですからねえ」などと言いまくるという会社があるが、そういう発言は「かえってよくない」と思うのだ。ある程度以上、きっちりとした対応をして、客の側が、なかなかたいしたものだなあと思った時に、「うちは一部上場ですから」と言うのならいいけれども、おかしな対応ばっかりやってる会社の人間が「うちは一部上場ですから」なんて言っても、「だから、何なんだよ!!!」と思われるだけだと思う・・・のだが、なじかは知らねど、この程度のことも理解できない「一部上場企業」というのが、世の中、ずいぶんと多い( 一一)

  もしも、担当者の経歴を知りたいという人には本当のことを言っていいと思うのだ。1989年、小堀住研(株)の千葉支店柏営業所にいた犀川は「私、早稲田の建築でてますから」と実際はニチゲーのくせにお客さんに言っていたというのだが、おめえ、「早稲田の建築」みたいな顔してねえだろうが・・・て感じだったが、そういうことを言いたい年ごろだったのかもしれない(?)。こういうのは客の側にも責任はあると思うのだ。私が客の側なら、「早稲田の政経」と建築業界限定で「早稲田の建築」というのを聞くと、「ははあ~ん・・・」と思う。「早稲田の政経」と建築業界限定で「早稲田の建築」というのは学歴詐称の定番である。いかにも胡散臭い・・・て感じがする・・・と私なら思うのだが、そんなものをありがたがる人がいるようなら、そんな詐称をしたがるおっさんとそんな詐称をありがたがる人とは「にわとりとタマゴの関係」みたいなもので、どっちかがどっちかを生産しているのである。

  「どうぞ、見てください」とアピールするのは、店舗の中や担当者の顔とともに、「目元」というのもあるようだ。
  1992年、(株)一条工務店で、神奈川県地域の所長だったT葉さんから、「眼鏡はずしてみてくれ」と言われてはずしたところ、「なかなか、いい顔してるじゃないか。眼鏡はやめてコンタクトレンズにした方が絶対にいいよ」とアドバイスしてもらったことがあった。千葉さんの話では、「眼鏡のある顔」と「眼鏡のない顔」では8割の人間は「眼鏡のない顔」の方がいい顔で、2割程度、「眼鏡のある顔」の方がいい顔の人もいるけれども、「眼鏡のない顔」の方がいい顔の人は、他の職種ならどちらでもいいが営業の場合は眼鏡ではなくコンタクトレンズにした方がいい、ということで、「あんたは絶対に眼鏡の無い顔の方がいい顔だから、コンタクトレンズにした方がいい」と言ってもらい、他の人からも同様のことを言われたこともあってコンタクトレンズに変えた。
  「眼鏡のある顔」と「眼鏡の無い顔」では「眼鏡の無い顔」の方がいい顔の人は、営業の仕事をするのならコンタクトレンズにした方がいい、ということもあるが、千葉さんから言われたのは、もうひとつ、ある程度以上度の強い眼鏡をかけている人間は、相手から眼の周りが見えないので、表情がわかりづらい。 そのため、相手(特に客)から、何を考えているのかわからない・・というように受け取られてしまう場合がある。だから、「眼鏡のある顔」と「眼鏡の無い顔」では「眼鏡のない顔」の方がいい顔の人は眼鏡ではなくコンタクトレンズにした方がいいということとともに、「ある程度以上度の強い眼鏡をかけている人」はコンタクトレンズにした方がいい、ということがあるという点だった。私もそれはあると思うのだ。
  自分自身については、たしかに、「眼鏡のある顔」と「眼鏡の無い顔」なら「眼鏡の無い顔」の方がいい顔だと思うが、「眼の周囲が相手から見えない」ということが、相手に対しての印象という点でプラスかマイナスかということはそれほど実感しなかった。それをわからせてくれたのが、2015年、フリーダムアーキテクツデザイン(株)〔本社:東京都中央区。発祥は関西。社内公用語は大阪弁。〕https://www.freedom.co.jp/ にいた「統括」という役職の青木という若造だった。 青木は相当度の強い眼鏡をかけていたため、目元が見えない。そのため、表情がわかりにくい。それは、相手にとっては「不安を感じる要素」と言えばそうであるし、「信頼できる人かどうか考える判断材料が欠ける」と言えばそういうものだった。青木が設計したものは、「けったいなことするなあ」というものが多いというのか、「設計の基本がわかってない」と思えるものが多かったのだが、それでも、若いにもかかわらず「統括」という役職についていたのだが、「統括」という役職についているくらいなら、このあたりの認識ができていても良さそうにも思えたができていなかった。
  (株)一条工務店にいた時、「設計」という職種の人間を見て、人にもよるのだろうとは思うけれども、「設計」という職種についた人間は基本的には我儘で身勝手、営業がどんなに苦労して契約とってきたかなんてまったく理解しない、「バカでも入れる私大の建築学科」を卒業したその日から自分はお殿様みたいに思っている・・・というそういう連中であり、野村克也が「ピッチャー」について、「まあ、ピッチャーという人間は我儘なものだと思いますよ」とか言うておったが、「設計」というのはそんな印象であり、一度、営業の経験させてやったら少しはまともになるのではないか・・と思ったりもしたのだが、野村克也が新庄に経験としてキャッチャーをやらそうとしたら「見るからに嫌そうな顔」をしたのでそれは無理だとあきらめて、「ピッチャーをやりたい」と言うのでそれならピッチャーを経験させてやれと考えてやらせた・・と書いていたが、「バカでも入れる私大の建築学科」卒で「設計」しかやらないという人間を見ると、「キャッチャー」(営業)をやれと言っても「経験として」でも絶対にやらないという人間が多い、と思う。それに対して、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の場合は、「営業」という職種の人間はおらず、「設計兼営業」もしくは「営業兼設計」として勤務しているので、その点で同社の人間はいいか・・といくらか期待したのだったが、逆だった。フリーダムアーキテクツデザイン(株)の「設計」というのは、「営業でもある設計」ではなく「営業がいない設計」だった。営業がおれば、営業担当者から、「なんだ、これは!」と言われたり、苦情を受けることもあり文句を言われることもあるところを、それを言う人間がいない設計、だった。 青木が、自分の「目元が人から見えない」というのは営業としてマイナスである、ということを認識できていなかった、というのも、フリーダムアーキテクツデザイン(株)の「設計兼営業」は自分は「設計」と認識するのならまだしも「設計士(さま)」などと思っており、営業だという意識は完全に欠落しているところからくるものだったのではないか。
   野村克也が書いていたものによると、投手やっていた人間で捕手的性格の人間というのは江夏くらいのもので、投手型の性格の人間というのは、杉浦などは投手にしては珍しい謙虚な性格の男だったが、たいてい、投手というのは自分が世界で一番えらいみたいに思っているような人間が多い、というのだが、それを読んで、なんだか、野村が言うところの「投手」というのは戸建住宅建築業の会社における「設計」みたいやなあ・・・と思った。中には、その「投手」(設計)を増長させたがる経営者・「投手」(設計)を増長させるのが生きがいという経営者というのもおり、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫などは「投手」(設計)を増長させるのが ””趣味”” だった。 フリーダムアーキテクツデザイン(株)の場合は「投手」ではなく「投手兼捕手」なので、その点で「投手」の問題点は克服できている人が多いかといくらか期待したが、逆に、「捕手のいない投手」であるとともに、自分の所は設計事務所だという意識があることから、「設計」ではなく「設計士(さま)」だという意識があり、「先生」と呼ばれていい気になってる ””実力もないのに「先生さま」”” みたいな若造ども集団・・・みたいになっていた。

  フリーダムアーキテクツデザイン(株)では、服装は背広上下を着なくていいということにしていたが、そういうことにすると、「かえって難しい」ところもあるはずで、「週刊朝日」だったかに、ドン=小西の服装診断なんて企画が毎号あって、漫画家の松本零士の服装を、「スーツを着ない職業の人として工夫が見られるが・・・」として論評されていた時があったのだが、背広上下をとりあえず着てネクタイをしておけば、最低、無茶苦茶ではない服装をしているところを、それを崩すと、一から服装を考えないといけないことになり、芸術家的建築屋としてはそれでもその「一から服装を考える」ことによる独創的な姿勢を目指すべきなのかもしれないが、見ていると、2015年、「ヒゲはやせばラーメン屋」みたいな「ヒゲはやせば”建築家”」みたいな人とか、アフター課の山本大輔(男。20代)は上のシャツをズボンの外に出して着ていたが、あれは休みの日にそういう格好をして彼女と遊びに行くのなら好きにすればいいが、建築屋としては建築現場に行くこともあれば、図面を作成することもある職業として、上半身のシャツがズボンから外に出た状態では、建築現場でそれが何かに引っかかったり引っ張られたりする可能性が考えられて危険であり、図面を作成する場合も、昔ならシャープペンシルでドラフターなりT定規なりで書くにはシャツがズボンの外に出ていたのでは邪魔であるし、CADで作成するのが普通になった今でも、そういう服装は建築屋の服装ではないはずであり、アフター課の阿諏訪(男。40代)は、時々、どう考えてもそれは「普段着」だろうがという服装で出社しており、一番すごいのは「副統括」という職種につかせてもらっていた石塚で、それではどう考えても「寝巻」だろうがという服装で出社していたのだが、阿諏訪は「お客さんと会う予定がない日にそういう格好をしてきているのであって、お客さんと会う予定の日はそれなりの格好をしてきていると思う」と言うのだったが、「お客さんと会う予定がない日」にでもお客さんが来ることがあるというのが営業と違うのか? 「お客さんと会う予定がない日」でもお客さんと会える格好で出社するのが営業と違うのか? と思うし、「お客さんと会う予定がない日」であろうがなかろうが、いくらなんでも、「寝巻」で会社に出勤することないだろうが! と思うのだが、そのあたりだが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)は会社として「背広上下でなくてもよい」ということにしたということを、阿諏訪や山本大輔、および、石塚はそのあたりの意味を誤解しているのではないか、という印象を受けた。実際、毎日毎日、「一から服装を考えないといけない」というのはけっこう大変なのだが、ひとつの方法として、「背広上下ではない」もので、ひとつの型とでもいうものを自分で作り、その「型」をその日によって部分的に崩したり変更したりすることで、それほど苦労せずに独創性と職業的誠実さの両方を実現することができるのではないか、と思うのだが、阿諏訪が「普段着」で出勤し、山本大輔が「彼女と遊びに行く格好」で出勤し、石塚が「寝巻」で出勤していたというあたりは、彼らはそのあたりについての認識ができていなかった・・と考えるべきであろう。彼ら、3人とも、自分の職種を営業的職種と考えておらず、《「設計士(さま)」の補助者》か何かみたいな意識でいるから、だから、そういう会社員として考えておかしな服装をするのではないか、と思う。「世界でただひとつの家」というのは「いくらなんでも、こんなおかしなことする人間おらんぞおという家」というのとは違うと思うし、それと同様に、「寝巻」は《「芸術家的建築家」としての「独創的服装」》とは違うと思う・・・が、たぶん、彼はわからんだろうなあ・・・と思う。

  今でも大学入試の夢を見ることがある。あそこで何点とれた、ここは間違えた、あそこは何点くらい取れているのではないか、この科目は何点くらい、こっちは何点くらいか・・と夢の中で点数の計算をしている。まるで、『番町皿屋敷』のお菊さんみたいなものだ。1点、2点、3点、4点、5点、6点、7点、8点、9点・・・・、1点足らな~い・・・とか・・・。眼を覚まして、「あれ、俺、どこを受けるんだっけ?」と思いつつ、それでも、眼が覚めてからもしばらく、点数の計算をしていたりすることがある。 合格発表の夢も見ることがある。夢の中で、合格発表の会場で自分の受験番号を探すのだが、いくら探しても自分の受験番号がないのだ。ないと困るのだが、ないのだ。ないものはしかたがない・・と思って帰りかけるが、やっぱりもう一度見ておこうと思って戻って探すのだが、いくら探してもないのだ。ないと困るんだよ・・と思ってまたもや探すのだが、やっぱりない・・・と思っていると眼が覚めて、それでもしばらく、なんか探していて、「あれ、俺、何を捜してるんだろう」・・・などと思う。
  そして、それとともに、見込客名簿を頭に描いて、見込客のどこそこには何日に訪問して、契約客のどこそこのお宅のあの打ち合わせは〇日に予定を入れて・・・とか夢の中で考えていることがある。眼が覚めてからもまた、しばらく、それを考えていて、「あれ・・」と思うことがある。それだけ、その仕事について必死に努力をしてきたということだと思うのだ。そうなるだけの努力をしてきていない人間、私と同じだけの汗を流していない人間、私と同じだけの涙を流していない人間が、私と同じだけのことができてたまるものか。私と同じだけのことがわかってたまるものか。
  ・・・それにしても、「不動産屋のおっさん」というのは、「外から店の中を見られないようにしたがる症候群」みたいな人間が多いが、なんか、「病的」な印象を受ける。 清流企画に提言でもしてもらった方がいいかもしれない。 又、野村のじいさんに服装や顔について注意してもらった方がいいかもしれない。「ヤクザみたいな顔」しているだけでなく「ヤクザみたいな服装」したがるおっさん、東海住宅(株)の田中なんて、そういうのを得意がっていたが、得意がるだけあって、それだけ、「ヤクザみたい」タイプというのか「不動産屋のおっさん」タイプだったのだろう。あのビョーキは簡単には治らないだろうし、「病識がない」と「診断」すべき状態だったかもしれない。

  新華ハウジング(有)〔建設業〕(千葉市中央区鵜の森町)〔2013年11月に正式に倒産〕に在籍した時、千葉市内の不動産屋をまわったことがあるのだが、ある不動産屋のおばはんは、「二級建築士」と記載した名刺を渡して、それを自慢みたいな言い方をしたのだったが、要するに自分は「大学の建築学科」卒で二級建築士であり、他の不動産屋のおっさんとは違うのだと言いたいらしかった、「自分は不動産屋であんたは建築屋だろうけれども、自分は建築学科卒で二級建築士で、あんたは建築屋でも私の方があんたより上なんだ」と言いたいらしかった・・のだが、その不動産屋のホームページによると、そのおばさんは日大の建築学科卒と書いてあったのだが・・・・、「ポン大の建築学科卒」なんてそんなもの、自慢にするなよなあ・・・て感じというのか、ポン大の建築学科なんてのを自慢にするあたりは、なんか、やっぱり、不動産屋というのは程度低いなあ~あ・・・という感じがした・・・。

  (2020.6.4.)


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