2000年代、住友不動産(株)の説明会に行ったが応募しなかった理由+都心ならよくても郊外には向かない建物がある。実質契約社員の募集は「正社員」と言わずに実状に即して「契約社員」の募集だと言うべきではないのか。

[第770回]
  東京の都心部の区・・・というと、練馬区とか杉並区とか世田谷区・大田区といった区ではなく、千代田区とか中央区とかそういう区のことを言うと思いますが、昼間人口だけ多くて夜間人口がほとんどない、オフィス街として昼間は人が多くてもその区に住んでいる人はほとんどいないという区にしたくないと考える区があるらしく、そういう東京の都心の区では新しくオフィスビルを造りたいという場合、そのビルの何割かは住居スペースにしてくださいと行政(「区」)が言うことがあるらしい。ドーナツ化現象というのか、都心部はオフィスビルばかりで居住者がなくなってしまうということを避けたいと考える行政(「区」)があるという。 どこで聞いたかというと、住友不動産(株)http://www.sumitomo-rd.co.jp/ の説明会、ビルの建築に際しての説明会ではなく、中途社員募集の説明会の時に聞いた。東京の都心部では、そういうことで、上の方の階が住居階で下の方がオフィスだという高層ビルがあるらしい。
  しかし、千葉県習志野市や船橋市にはそのような状況はない。「郊外」の住宅地として存在し発展してきた市であり、その特色を尊重するべきであり、その特色を失えば郊外住宅地としての価値は低下するであろう。現在、千葉県習志野市谷津1丁目15、JR「津田沼」駅のすぐ南側で、「津田沼ザ・タワー」〔代表事業者:三菱地所レジデンス(株)、(「代表事業者」でない)事業者:三井不動産レジデンシャル(株)・野村不動産(株)、施工者:株式会社フジタ、設計者:株式会社フジタ。〕という160mを超える巨大な人工の岩山をその内部は「マンション」だと言って建造中であるが、都心部であればともかく、習志野市や船橋市のような「郊外」に属する場所に建てるべきものではない。都心に向いているものと「郊外」に向いているものは違う。
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( ↑ 建造中の「津田沼ザ・タワー」。北側、船橋市域から見たもの。 このようなものは、東京の都心ならともかく、「郊外」である習志野市・船橋市に建てるべきものではないはずである。又、影響を強く受ける北側の住民に、何ら意見をきくこともなく、騙し討ちのように建築工事を進めて既成事実を作ろうとする進め方もまた良心的ではない。)

( ↑ 千葉県習志野市谷津1丁目15。「津田沼ザ・タワー」が建造中の場所。 「仲よし幼稚園」というものがあった場所の跡地らしい。)
都心部であっても、タワービルというものがいいのかどうかは議論されているが、都心部においてであれば、それが向いている場合であっても、「郊外」においては向いていない場合がある、というこのくらいは理解できて当然である。 「津田沼ザ・タワー」の建造計画においては、習志野市の「仲よし幼稚園跡地活用事業」だとして「プロポーザル方式」で決めたということで、審査委員に千葉工業大学の建築学科教授⇒名誉教授 の山本明氏が「委員長」として神輿に乗って「権威付け」をおこない、同大学建築学科の助教⇒准教授の倉斗綾子氏(「倉斗」は「くらと」ではなく「くらかず」と読むそうで、「綾子」は「あやこ」ではなく「りょうこ」と読むらしい)も審査委員に入っていたが、都心部になら向いているかもしれないと思われるものでも、「郊外」には向いていない、そのようなものを建造したのでは「郊外」の良さを失くしてしまう可能性が大きい、といったことを考える頭がないというのでは、これは、建築学科の教授だか准教授だかにしては、「あまりにも、オソマツ!」と言わざるをえない。又、山本明氏は、おのれが「建築学科教授」という肩書のもとに、それゆえに、委員長になることで、権威付けをおこなっている、権威付けのために「建築学科教授」が委員長になっているにもかかわらず、おのれのホームページの人物紹介https://www.cit-ylab.com/about-me で、「嫌いなこと・もの  ・・/権威主義/スノッブ/・・」などと書いており、まさに自分自身こそがスノッブの権威主義を実行しているにもかかわらず、そのようなことをホームページに記載するというのは、「開いた口が塞がらない」。山本明氏は、東京工大卒だということだが、東京工大でいったい何を勉強してきたのか。「建築学科教授」といっても、なんか、あんまり値打ちのない大学教授だこと・・・という印象を受ける。
  まず、「世界的建築家」とか「有名建築家」というものの存在は、これは民主主義のためにはよくない存在になっていると思う。たとえば、桂離宮の設計者は誰なのか、小堀遠州なのか、そうではなく、小堀遠州は何らかの部分で関わっているが別の誰かなのか、施主の八条の宮は皇族でもなかなか優れた人だったという話で、八条の宮自身が設計者だったのではないかとか言われるらしいが、桂離宮が優れたものかどうかは、設計者が誰かは関係ないはずなのだ。あえて言えば、桂離宮の場合は、ブルーノ=タウトさんというドイツ人の「建築家」が称賛した、という点が影響していて、ブルーノ=タウトさんが称賛したからそれに同調しているような人もいるのではないかとも言われるが、タウトさんの評価はおかしくないと思う。但し、「利休好み」とか「織部好み」「遠州好み」などという言葉があるように、「タウト好み」のものだということは少々言えるかもしれないけれども、「タウト好み」というのは私はおかしな好みではないと思う。法隆寺は優れた建物であるかどうか・・という際、法隆寺を設計した人が誰であるかは関係ないはずなのだ。ある程度以上古い建物については、その評価と設計者が誰かは特別に大きくは影響していないと思う。「有名建築家」の設計だから優れているという評価ではなく、優れた建築の設計者だから「建築家」として評価できる、という方向の思考のはずだ。ところが、戦後の建物になるとそうではない。先に「世界的建築家」「有名建築家」というものが指定されて、「世界的建築家」「有名建築家」と指定された人が設計したものが「名建築」と認定される。これはおかしいと思うのだ。 特に、美術工芸品としてのもの、絵画とか彫刻であればまだ許されても、建築は芸術・美術の一分野という性質もあるとはいえ、大きさも大きく、街と国土に大きく影響するものであり、広隆寺の弥勒菩薩像くらいの大きさのものなら、「芸術家」業界の人が「一般人」の意見を無視して作ってもいいとしても、ビル建築というのは、「一般人」は「建築家」業界の人間の言うことに従えなどという思考では困るのだ。「世界的建築家」「有名建築家」の名前を出されたなら、「一般人」は「言うことをきく」ようにしないといけないみたいな風潮というのは、それ自体、すでにファシズムの動き、ファシズム的傾向の動きである。 東日本大震災の時、誰も言わなかったが、誰も言わないなら私が言おうかとも思ったが、私が言っても「どうってことない」だろうけれども、「世界の丹下健三」の「東京湾計画」などというものがあって、東京湾に埋め立て地を千葉県から神奈川県にかけて設けて橋で結ぶという「計画」が提案されていて、その小型が木更津から川崎を結び、中間に「海ほたる」という人口島を設けた自動車専用道だったのだ。『築地魚河岸三代目』によると、「海ほたる」と自動車専用道の橋梁の建設だけでも、東京湾の漁獲には影響は出ているらしいが、ましてや、 「世界の丹下健三」の東京湾計画なんてやって、東京湾をベニスの街みたいに人工島を並べてそれを橋で結ぶなんてことをしていたならば、東日本大震災においては、はるかに大きな被害が出たことが考えられる。ところが、「世界の丹下健三」も丹下都市建築設計も批判されない。おかしくないか?  「世界の丹下健三」がやったら文句を言ってはいけないのか? それではファシズムそのものと違うのか? 絵画や彫刻ならば、「芸術家」がひとりよがりのものを造ったとしても、いつかはそれが認められる時が来るかもしれないし来ないかもしれない、というのでいいかもしれないが、建築の場合はそれではいけないのではないか。 「王様は裸だ」と国民は「有名建築家」「世界的建築家」に対して発言するべきではないか!!! 一般国民が「王様は裸だ」と発言するのを阻害しようというような「有名建築家」「世界的建築家」は、その存在そのものが「反社会的勢力」ではないのか!  「世界の丹下健三」だけではなく、その小型だか中型だかみたいな「建築家」がおり、それだけではなく、 《「『世界の丹下健三』のエピゴウネンのエピゴウネンになりたいなりたいなりたいわ♪」症候群》みたいな自称「建築家」のおっさん・にーちゃんという「ほとんどビョーキ」みたいなヤツというのがわんさといる。「世界の丹下健三」というもののそういうものの存在がまず反民主主義的であり、いわば、「反社会的」であるはずなのだ。現代の日本においては、「王様は裸だ」と国民が言いにくいようにするために、「世界的建築家」「有名建築家」などというものが捏造されている傾向がある。 「世界の丹下健三」のひと回り小型として「東京大学建築学科教授」とか、東大でなくても「早稲田大学建築学科教授」とか、比較的有名大学の建築学科教授がその肩書を出して、その肩書の人が「審査委員」に加入しているのだから、だから間違っていない・・というように話を持っていこうとするケースがあるようで、そのさらに小型として、「私立バカ大学建築学科教授」とか「私立バカ大学建築学科助教」とかいう肩書の人を審査委員に入れることで、一般国民・一般市民が「王様は裸だ」と言いにくくしてやろうという手法というのがある。それをやっているのが千葉工大の建築学科の教授⇒名誉教授の山本明氏と助教⇒准教授の倉斗綾子(くらかず りょうこ)氏である。 「世界の丹下健三」よりもひと回り弱い「東京大学建築学科教授」の権威よりもさらに弱い権威だが、それでも、権威付けの威力はあると考えたから、だから、山本明氏は習志野市の「仲よし幼稚園跡地開発事業」の「プロポーザル方式」の審査委員の委員長に神輿として載せられたのであり、断らずに神輿として乗って神輿として権威付けの役割を実行した山本明氏がホームページの「人物紹介」https://www.cit-ylab.com/about-me で「嫌いなこと・もの ・・/権威主義/スノッブ/・・」などと書いているというのは・・・何と言いましょうか、「よく言うわ♪」「バカ言ってんじゃないわ♪」てものである。こんな人が「大学教授」か・・て感じがする。それで、「千葉工大建築学科教授」だかいうのが「名前の威力」があるのかどうかというと、人によっては、「何やねん、千葉工大なんて、『バカでも入れる私大』だろうが、『勉強すんのん嫌いなやつの行く大学』やろうがあ」と思う人もあるかもしれない。「勉強すんのん、き~ら~い~! やから千葉工大みたいなもんに行くんやろうが。昔やったら、そんなやつ、大学なんて行かんもんや。そんなやつ、自衛隊に入れたったらええねん。自衛隊にい」とか思う人もいるかもしれない。今は昔、2000年だったと思うが、ラジオの野球中継で解説者の板東英二が「最近ねえ、『野球は頭でやるもんや』とか言いすぎですよお。だいたいねえ、そんなもん、野球みたいなもん、やってる人間が、頭、使うのん、得意なわけないでしょうがあ。頭、使うのん、き~ら~い~やから、野球みたいなもん、やっとんねんがな。頭、使うのん、得意やったら野球みたいなもんやらんと他の仕事やってるわ!」と発言。たしかに、頭を使うのが得意か体を動かすのが得意かというと、体を動かすのが得意な人間が運動選手になっているわけだけれども・・・、「そこまで言わんでも」て感じがしないでもないが、板東英二の場合は自分自身も元野球選手であり、自分自身も元野球選手だということで、笑いをとろうと思ってそういう言い方をしたのかもしれない。その表現を真似るならば・・、「勉強すんのん、き~ら~い~やから、千葉工大みたいなもん、行っとるんやがな。勉強すんのん、好きやったら千葉工大みたいなもん、行ってるわけないでしょうが」と、そう思う人もいるのではないかと思う。我が家は、私が高校を卒業する頃、父親は「うちは工学部になんて行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言い、「国立大学なら何学部でも学費は一緒のはずや」と私は訴えたが、母は「百パーセント絶対に国立大学に通るとは限らんでしょうが。落ちる可能性がたとえ0.1パーセントでもあったら国立大学でも工学部なんて受けてはいかんでしょうがあ」と言ったものだった。結果として、私は日本で一番嫌いな大学の首をもがれても行かされたくないと小学生の時から思っていた学部に暴力と強制と脅迫で行かされた。ましてや、千葉工大なんてものは、行きたいと言っても行かせてもらえなかっただろうし、その前に、受けたいなどと口にすることはおよそ許されなかった。東大とか京大とかに行こうとする人には、「早稲田みたいなも~ん」とか「慶應みたいなも~ん」とか思っている人がいて、それを口にする人もおり、さらに「関関同立なんて落ちたら、眼かんで死なんといかん」とか口に出すヤカラもいるのだが、そういうことを言っていると、その「・・みたいなも~ん」とか「眼かんで死なんといかん」というような所を落ちてみたりするもので、そういうことは「あること」であり、逆に考えると、「ID野球 弱者の戦術」としての「戦力の集中」として、1973年、前期優勝の南海は、「後期は阪急に3つ勝つことができれば、極端な話、ほかは全敗したっていい」という姿勢で戦い、「後期は阪急に3つ勝つことができれば」というのは、後期が終了した後のプレーオフで、先に3つ勝った方が年間優勝というルールである以上、プレーオフで後期優勝の阪急に5戦のうち3つ勝つことができれば、「他は極端な話、全敗したっていい」というもので、大学入試においても、東大なり京大なりに進学しようとする者は、東大なり京大なりの試験に合格することができるなら、「極端な話、ほかは全敗したっていい」という姿勢でやった方がうまくいくはずで、それから考えると、「早稲田みたいなも~ん」とか「慶應みたいなも~ん」とかをすべて落ちても東大なり京大なりに通ればそれでいいのであり、行きもしないところを「全勝した」とか言ってもそんなものは何の価値もない(・・・なんてことを言っていると、その「後期は阪急に3つ勝つことができれば」に該当する東大なり京大なりの試験も落ちてもうたあ~あ・・なんてことも「あること」なのだけれども)。私は高校を卒業した年もその後しばらくも工学部の建築学科は受けることはなかったが、もし、受けていたとしたならば、東大の理科一類とか京大の工学部建築学科を受けたとして通ったかどうかということならわからないが、「どこでもいいから国公立の大学の建築学科」ということなら、どこか通る所はあったと思うが受けさせてもらえなかった。ましてや、千葉工大みたいなもん、行きたいとも思わなかったし、行かせてあげると言われても行きたくなかったが、慶應・早稲田とかなら、「慶應みたいなも~ん」とか「早稲田みたいなも~ん」と口に出しては言わなかったが思っていたが、思っていても、その「みたいなも~ん」を落ちることは「あること」であり、関関同立も「関関同立なんて落ちたら眼かんで死なんといかん」なんて口に出して言わなかったけれども思っていたが、思っていても、その「眼かんで死なんといかん」とかいう所を落ちることも「あること」であり(だから、「・・みたいなもん」とか「眼かんで死なんといかん」とかそういうことは受験生は口にしない方がいいと思う)、試験というものは「そういうもの」であるのだが、それでも、さすがに、「千葉工大みたいなもん」を、もしも受けたら、さすがにそれを落ちるということはまずなかったと思う。そんな「勉強すんのん、き~ら~い~やから、千葉工大みたいなもん、行っとるんやがな。勉強すんのん、嫌いやから」というようなそんな私立大学の教授だか准教授だかなんて、「権威付け」にはたいして効力はないと思う人も中にはいるかもしれないが、それでも「建築学科教授」「建築学科助教」だということで、「世界の丹下健三」とか「東京大学建築学科教授」とかよりは弱い権威だけれども、それでも、権威づけに役立つと思う人間がいたから、審査委員になったり委員長になったりしていたのである 山本明氏は自分が審査委員長だとして神輿に乗ることで権威付けの役割を実行しておきながら、「嫌いなもの ・・/スノッブ/権威主義/・・」などとホームページの「人物紹介」に記入していたのだが、まさか、「世界の丹下健三」や「東京大学建築学科教授」よりは弱いものの「千葉工大建築学科教授」でも権威付けに役立つから審査委員長になっていたというそのくらいのことがわかってないわけないとは思うが、万一、わかってないようなら、「ウルトラの母」ならぬ「ウルトラのバカ」とでも言うしかないだろう。「ウ~ルト~ラの父がいる♪ ウ~ル~ト~ラのバカがいる♪ そ~して、アホウがや~て来た~♪」てものである。〔⇒《YouTube-ウルトラマンタロウ OP》https://www.youtube.com/watch?v=llRozhA0CiE 〕


  2000年代、住友不動産(株)http://www.sumitomo-rd.co.jp/ の戸建住宅建築業の新築の営業社員の募集とリフォームの営業社員の募集に説明会にだけ行って応募はしなかった、ということがあったのだが、その際に聞いた。住友不動産(株)の戸建住宅建築業の分野というのは、私が戸建住宅建築業の業界に最初に勤めた1980年代後半においては、住友不動産ホーム(株)という別の会社でツーバイフォー工法(枠組壁工法)で建てていた。三井不動産(株)から独立した三井ホーム(株)、三菱地所(株)から独立した三菱地所ホーム(株)と同様、住友不動産(株)とは住友不動産ホーム(株)は別会社でやっていたが、ふと気づくと、住友不動産ホーム(株)という会社はなくなり、住友不動産(株)に合体というよりも併合されて、住友不動産(株)の一分野になった。

  その際、なぜ、説明会にだけ行って応募しなかったかというと、
1. 「正社員」の募集という話だったので、応募したいと思って説明会に行ったのだが、「正社員」だと人事部の社員だという男性は言うけれども、1年間に何棟以上契約をとっていただくというのが条件で、取れなかった場合はやめていただく、という条件です、という話であり、たしかに、営業の仕事であれば契約は獲得するように努力しないといけないのは間違いないけれども、1年間に何棟契約を取るというのが条件で、取れなければやめてもらう。取れれば、向う1年間、在籍することができるが、その向こう1年間で指定された棟数の契約を獲得できなければ、そこで辞めてもらう、ということなら、そういうものを「正社員」と言うのだろうか? そういうのは「契約社員」と言うのと違うのか? そういう採用がいいとか悪いとかいうことではなく、実質、「契約社員」であるものを、なぜ、「正社員」と言うのか? 「契約社員」の募集なら「契約社員」の募集ですと言うべきではないのか?
  なぜ、「正社員」なのか、「正社員」だということでのメリットは何かあるのかというと、私がこれまで勤めてきた三流以下企業などと違って、住友不動産(株)というのは大企業なので、福利厚生施設などは私が勤めてきた三流以下企業などより充実したものがあるようで、そういうものを「正社員」だとして利用することは可能のようだった。それは悪くはないだろうけれども、そんなものは、きょうび、なかったらなかったでいいのだ。きっちりと給料払ってもらえれば、企業の施設でないものを利用すればいいことなのだ。住友不動産(株)の福利厚生施設を実質、正社員の人と同じように利用することができるなどというそんなもので、実質、契約社員であるものを「正社員」だなどとごまかされてたまるか!

2. 私の場合は、戸建住宅建築業の会社の営業の仕事は、その時点までに相当長くやってきた。複数の会社で、県民性の異なる複数の都県において、タイプの異なる展示場に勤務してきて、それも、条件が悪い方の営業所で苦労して努力して実績を残してきた。だから、「ある程度以上の期間で見てもらえるならば」、その説明会に来ている人の中では悪くない方の成績を残せるのではないかと思った。
  小堀住研(株)に入社してすぐの新卒社員研修で、「守⇒破⇒離」(「守る⇒破る⇒離れる」)という話を聞いたが、まず、その会社の研修で教えられたことや配属先の上役から教えられたことを「守る」というところから始めて、次にそれを「破る」ことをし「離れ」て、自分自身の考えによる営業を打ち立てる、ということだ。(株)一条工務店で見ていても、同業他社にいて経験のある人が、入社後、常に有利とは限らない。多少なりとも経験があるから有利な部分があっても、 「守⇒破⇒離」の「守る」の段階の人、だいたい、3年くらい経験があったというくらいの人だと、どうしても、その前職の会社のやり方でやってしまい、それが新たに勤めた所でも通じるものならいいのですが、そのためにうまくいかない場合もある。それに対して、「守る」の段階ではなく、「破る」から「離れる」の段階に達して、自分自身の考え・自分自身の営業のスタイルを確立した段階の人の場合には、同業他社に移籍した場合でも、それがプラスになる度合いが大きく、マイナスになることは少ない。
  又、小堀住研(株)に入社してすぐの新卒社員研修で、講師役で来ていたTQC推進本部課長だったMさんが「営業知識と営業技術、営業意欲の3つのうち、3つともあるのがいいけれども、最低でも2つあれば、何とか売れる。1つでは売れない」と話したことがあり、だから、「とりあえず、大急ぎで営業知識の部分を身につけるようにしてもらいたい」と言われ、同時に「最初から、営業技術の方を身につけようとしても、かえってよくない場合がある」とも言われたのだが、それは実際にそうだと思う。「営業技術」というのは、「営業知識」を特に必要としないような業種・商品の営業の場合ならば、「営業技術と営業意欲」の2つで成果は決まるので、意欲がある人は営業技術もまた身につけるように努力していいだろうけれども、「営業知識と営業技術と営業意欲」の3つが影響するような業種・商品の営業の場合には、営業技術を先に身につけようとすると、結果として「口先だけの営業」になってしまい、それは「営業技術」としてもいいものではないことになる可能性が考えられる。
  小堀住研(株)では「営業は頭の悪いやつはあかんのや」と言い、又、「住宅・建築について学ぼうという姿勢のない人で営業技術ばかりあるというタイプの人は、安いものは売れても高額物件は売れない」とも言われたが、実際そうだと思う。それに対して、(株)一条工務店などは営業本部長の天野隆夫が「営業に知識なんて何一つ必要ないで」「営業は頭のない人間がええんや、頭のない人間が。営業は頭のない人間に向いている仕事なんや」などと言っていたが、天野隆夫など見ても、「営業技術」だけ身につけようとした結果として、むしろ、「客をだますことを考える営業」「邪道の営業」「王道をはずれた営業」を得意とするような人間になっていた。「客をだますのが営業だと考えるような営業」というのは、小堀住研(株)の研修では、「そういうものも営業だという会社もあるのかもしれないけれども、小堀住研の営業は営業は営業でもそういう営業とは営業が違う」と言われたものだったが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫などは、そういう「客をだますのが営業」みたいな営業を得意としていたようだった。
  とりあえず、その会社の商品を売れるように、営業知識を蓄える努力をした人が同業他社に転職した場合、前の会社に在籍した時に身につけた営業知識で移籍した会社でも役立つものもあれば役立たないものもあり、移籍した会社で必要とされる知識で身につけていないものもあるという時、とりあえず、入社直後においては、新たに勤務した会社で必要とされる知識については十分ではない期間、前に勤務した会社での営業の経験で身につけた営業技術と営業意欲で切り抜けて営業成績を残し、そうやって切り抜けている間に、新たに勤務した会社で必要とされる知識を身につける、ということができる。 「営業技術」というのは実際に経験してみないと、特に経験して多少は痛い目にもあいつらい思いもしてこそ身につくものであって、「営業の本」みたいのは読んで悪いということはないとしても、それを読んだからといってそれを書いた人と同じ能力がすぐに身につくものでもない。私は、「守る⇒破る⇒離れる」の3段階で、「離れる」の段階まで達した人間であるから、だから、同業他社に移ったとしても、やっていける可能性が大きい人間だと考えていいと思った。
  又、特定の場所の特定の営業所でしか経験のない「浜松の中のカエル」みたいな人はその井戸から外に出ても、「なぜ、ここは井戸の中と違うのだろうか」と思い、そして、「井戸の外では井戸の中とは異なっており、井戸の中とは異なったやり方でやらないといけない」と思うようになればいいのだが、そうではなく、「ここは、浜松という井戸の中とは違う。この場所は間違っている」というそちらの思考をするようになる人がいる。(株)一条工務店なんかにはその種の「浜松の中のカエル」がうんざりするほどいっぱいいた。大隈重信は「地方の若い人は、地元の大学に行って一生地元で過ごすのではなく、大学は東京か関西の大学に行って、自分が生まれた場所とは異なる場所で過ごす経験を持つべきだ」と言って、それで東京に早稲田大学を設立したそうで、そういう経緯があるので、早稲田大学は慶應大などと比べて地方出身者の割合が大きいらしいが、学問的努力をある程度以上してきた人が、20歳前後の頃に「生まれ育った所とは異なる所」、特に「地方」出身者の場合は東京か関西で4年間過ごす経験を持つことで、「◇◇の中のカエル」的思考にならないことが期待できるが、(株)一条工務店の所長や古手の営業のように、「浜松の中のカエル」としての思考が固まった人が、ある程度以上の年齢になってから、浜松という井戸の外の別の地域に赴任したとしても、「世の中には浜松みたいな場所もあればそうではない場所もあるんだなあ」と考えるのではなく、「世の中は浜松のようにできているのであり、そうではないこの場所は間違っている」というようなそういう思考になるようで、学問的努力もしていない人で、浜松という井戸で相当の年齢まで過ごして「浜松の中のカエル」的思考が固まった人は、それから、浜松という井戸の外の地域に行っても、もう、そこから思考を改めるというのは期待しても無理のようです。(株)一条工務店でそういう人を私は見てきました。又、戸建住宅建築業の会社の場合、異なる地域への転勤は、所長・支店長といった役職になってからはあっても、一線の営業としては特定の場所にいることが多いようですが、「◇◇の中のカエル」的思考の営業にならないようにするには、むしろ、一線の営業をやっている時にこそ、複数の地域なり異なる性質の展示場なりを経験した方がいいのかもしれない、と私は思っています。「浜松の中のカエル」的傾向が強い人は同業他社に移籍した時に、その点でうまくいかない可能性が考えられますが、私はその逆ですから、そういう問題はないはずでした。
  また、「(株)一条工務店は営業所(展示場)による条件の違いが甚だしい」と比較的良心的な従業員の間では言われていましたが、会社は従業員に対して公平であるべきですが、戸建住宅建築業の会社の場合、どうしても、条件がいい営業所(展示場)とそうでない営業所というものが出てくるし、新人の場合は、新人のめんどうを見てくれる営業所長等の営業所とそうでない営業所というものもでてきますし、その時期によって住宅建築業にとって景気のいい時期とそうでない時期というものもあります。しかし、(株)一条工務店は、同業他社と比較しても「営業所による条件の差が甚だしい」と従業員の間で、特に、前職として営業の経験がある人やある程度以上の年数在籍した人で比較的良心的な人の間で言われていたのです。それは、おそらく、わざと差をつけていたのだと思われます。オーナー経営者一族や所長が気に入る人間、「ひまわり」とか、「イヌ」とか「草」とかそういう人間を条件のいい営業所に配属して、そうでない人間は条件が悪い営業所に配属されていたのです。私は入社以来、毎日毎日、毎年毎年、「会社のために」「滅私奉公」を続けてきたのに、なんで、こんなに条件が悪い営業所にばかり配属されなければならないのか、と思いました、「なんで、そこまでされなきゃならんのか」と思いましたが、2001年、総務部長の天野雅弘が「だいたい、何が気に入らないからといって、おまえが慶應大学を卒業しているということが、それが何より気に入らんのじゃあ。俺は正直だからこういうことを口に出して言うけれども、口に出さない人間でも、みんな、そう思ってるんだからなあ」と発言したのだが、そういうことだったのか? ともかく、「わしぁ、日陰の月見草やあ~あ」て感じで、条件が悪い場所にばっかり配属されてきた。よくもまあ、ここまでやってくれるものだと思ったが、そうであるからこそ身につけたものもある。「ひまわり」もしくは「長嶋みたいなやつ」というのは、その条件がいい営業所の条件が普通みたいに思っているヤツというのが少なくない。そういう所にいた人というのは、「巨人みたいや」という条件がなければ何もできないという人が少なくない。そういう「ひまわり」は「ひまわり」扱いしてもらっているうちはいいが、同業他社に移籍して「ひまわり」でなくなった場合に成果を出せないことがある。もしくは、営業本部長の「イヌ」とか「草」とかを務めてきたので、自分は営業本部長が自分の後ろ盾になってくれるものだと思い込んで調子に乗っていた人、もしくは営業本部長ではなく所長が自分の後ろ盾になってくれるものだと思い込んでいる人がいたが、実は当人はそう思っていたとしても営業本部長の方ではそこまでは考えておらず、後ろ盾になってくれるものだと勝手に思い込んでいるやつといのがわずらわしく思いだすこともあるようで、そこで、いわば、「はしごを外される」ような状態になる人というのもいたようで、そうなると、「ひまわり」が「ひまわり」でない条件でやらないといけないことになり、「ひまわり」だからこそ人並みの成績を残せていた者が「ひまわり」でなくなると成果を出せなくなる、ということもあったようだ。私はそういう「ひまわり」もしくは「長嶋みたいなやつ」とは違うので、同業の異なる会社に移籍しても、「ひまわり」とは違ってやっていける可能性は、少なくとも「ひまわり」よりは大きいと考えた。
※ 《YouTube-阪神ファンによるくたばれ読売(東京音頭)》https://www.youtube.com/watch?v=HEyGB5M-9K0
  「ある程度以上の期間で見てもらえるならば」というのは、短い期間であれば、交通事故にでもあったような契約があがる可能性もあり、別の表現をするならば、野球の打者がいいかげんにバットを振ったら振ったところにボールが来て当たって飛んでヒットになったみたいな契約だって出ないとは限らない。逆に、相当の努力をしていても、野球にたとえれば、ストライクゾーンに来る球は1球として来なかった、というような場合もある。落合がどこかで言っていたが、「一流投手の投げるその投手として会心の球」なんて、そんなもの、誰だって打てるわけないのだと。そうではなく、たとえ、「一流投手」でも失投が必ずあるはずで、そういう球をどれだけ逃がさずに打つことができるかで成績は変わる、というのだが、戸建住宅建築業の営業においても、「一流投手が投げる会心の球」みたいな見込客とか、その会社とその会社の商品から考えて見込客として「どう考えてもストライクゾーンを大きくはずれている」という見込客とかを契約に持っていくというのは、誰だって簡単にできるわけではないのであり、「契約になる可能性がある見込客」をいかに逃さずに契約に持っていくか、という視点から考えると、そういう見込客と巡り合える時期とそうでない時期があり、短い期間で契約が出ても、たまたま、有望な見込客と多く出会えたから契約が出た可能性もあり、契約がでなかったとしても、「一流投手が投げる会心の球」か「明らかにストライクゾーンをはずれている球」のような見込客としか出会えなかったから、という可能性もある。 野球の「3割バッター」でも、猛打賞の日も試合もあれば4タコの日もあって、それを年間通して見ると「3割」なのであって、毎試合「3打数1安打」打っているわけではない。だから、短い期間でならば人との比較で見て自分が多く契約があがってもあがらなくても、めぐり合わせの問題でしかない場合もある。それが、ある程度以上長い期間で見ると、それほど不公平な条件ではなくなることもある。それが、「ある程度以上の期間で見てもらえるならば」である。ともかく、何がなんでもその見込客を契約にもっていけなんて、「一流投手が投げる会心の球」を必ずヒット打てみたいなことを言われても、そこまでの自信はないが、一般には、経験のない人よりは成果は出せて当然だと思っていた。
  その説明会に来ていた人には、まったく、経験のない人もいたようだし、「一級建築士」を売り物にしているようなおっさんもいた。《「一級建築士」と何かと言いたがる症候群の人》というのは、たとえ、営業をやっても「一級建築士」と言えば「ひとは言うことをきく」という信仰を持っている人が多く、私が参加した住友不動産(株)の説明会に来ていた人でも、不思議なことに《「顔にそう書いてある」ような人》というのがいたのだが、「一級建築士」だと言って設計事務所か何かに勤めてきたとかいう人で、「『ピッチャー』(設計)をやったことがあるのだから、『キャッチャー』(営業)なんてできて当然だ」とか思っているような人というのは、実際に「キャッチャー」(営業)をやってみるとできない場合が多いと思う。「設計」という職種しか経験のない人間には、営業がどれだけ苦労してその契約とってきたか、ということがまったくわかっていない人種が多い。 「設計」という職種しかやったことがない人間は、建築現場に行った時、その場の人間が苦労して重い物を運んでいたとしても、「設計」は絶対にシャープペンシルよりも重い物は持ってはならないという戒律を持っている人が多いのだが、それが建築屋かというと違うと思う。そうではなく、自分の職種が何であれ、建築現場でひとが苦労して重い物を運んでいたのなら、自分も何なりとやるのがそれが建築屋というものだと思うのだ。そのあたりが、営業の仕事の経験がある者と設計の経験がある者では認識が正反対なのだ。 自分は「設計」だから「バカでも入れる私大の建築学科」出たその時からお殿様であるという認識を持って生きてきた人間に営業の仕事ができるか? ・・・というと、私はできない可能性が大きいと思う。工事担当をやってきた人間にも、営業の職種の人間は何の苦労もしていないみたいに思っている人間がいるが、そう思うのなら、やってみればいい。できないと思う。だから、私はその場に来ていた人を見て、おそらく、もしも、そこに来ている人が誰もがそのまま入社したとすると、私は「ある程度以上の長い期間で見てもらえば」、「最低でも平均を上回る」成果を出せるのではないかと思った。
  この「最低でも平均を上回る」という表現は、この表現については、この答え方について私は絶対の自信を持っている。どういう自信か。この2月に他界した野村克也のじいさんが阪神の監督に就任する時、多くの人間は、いきなり優勝はきびしくてもAクラスくらいなれるのではないか・・と期待したのに対して、「最低でも前年の成績を上回る」と答えた。それまで、ヤクルトで9年間に4回優勝し、3回、日本一になった監督としては、「最低でも前年の成績を上回る」というのは、目標が低い印象を受けたが、実際にやりもしないで大きなことを言うべきではないことと、実際にやってみないとわからない部分はあるわけであり、これまでの監督だって何の努力もしていないわけではないのであり、それを考えると、やる前に言う文句としては「最低でも前年の成績を上回る」という答えは、実績のある監督としては正しい答え方だったのではないかと思う。そして、実際に阪神の監督になってみると、思っていた以上に大変な状態だったとじいさんは言ったのだ。私は、戸建住宅建築業においては相当の経験を積んできた者であり、「平均を上回る」程度でいいと思っていたわけではないが、それでも、その会社では実際に勤務したことがない者が言える文句としては、「最低でも平均を上回る」という答え方が正しい答え方だと思っていたし、今でも思っている。2000年代、この答え方をして不採用にされた会社がある。匿名にする必要もないと思う。(株)木下工務店https://www.kinoshita-koumuten.co.jp/ という会社である。まず、面接に来てくださいと言われて、柏市の国道16号に沿った所にあった店舗に行くと、「ええ? この会社はこんな人に私を面接させるのかあ?」みたいなおっさんが会ったのだ。 「いくらなんでも、こんな人に私を面接させるというのは、それはこの会社は失礼ではないか」と思ったのだが、今から考えると、その時点で、この(株)木下工務店という会社は私をまともに採用するつもりはなかった、ということだと思う。 私の方は、それでも、ともかくも、応募して、そして、面接に来てくださいと言われてそこに行ったのだから、会ったおっさんの言うことに答えたのだが、その際、「入社するとどのくらい契約を取るつもりですか」と言われて、「どのくらいと言われても、会社によって、高いものを建てている会社なら、少ない棟数でも粗利益としては大きく、安いものを建てている会社ならば棟数は多くても粗利益は小さいこともありますし、営業所の条件や景気の動向によっても影響は受けますから、何棟という答え方は難しいと思います」と答えたところ、「そうだとしても、うちの場合、平均で〇棟くらい営業は契約を取っているのですが」とたしか言われたと思うのだが、それに対して、「入社1年目については、最低でも平均を上回る」と答えたとこと、不採用にされたのだ。私を不採用にするのなら、あの会社はいったい誰を採用にするのか、と思った。
  その話を、ある人材紹介会社の人に話したところ、「年齢と経験を考えると、『平均を上回る』ではだめなのと違うのですか」と言われたのだが、私は「平均を上回る」くらいの成績をずっと取りたいと言った覚えはない。もしも、「全国1位の営業成績を残します」とか言えば面接で会ったあのヌケタみたいなおっさんが喜んだとしても、私はそんなことは言いたくない。同業他社においてある程度以上の経験がある人間であっても、実際にその会社では1棟でも契約をとったことがない人間が、「全国1位の棟数を取ります」などと言うのは、それはその会社で実際に仕事をしてきた人間に失礼だ。そういう失礼な口はきくべきではない。そういう失礼なことを言う人間が営業の能力があるとは思えない。 私は、実際にやってみると、やる前に想定していなかったことも出てくる可能性もあるし、めぐり合わせで有望な見込客と出会えない可能性もあるし、戸建住宅建築業の場合は、入居者からの紹介というものもあるが入社1年目にはそういうものもないし、短期客・中期客・長期客が合わさったものが契約数であり、長くつきあった人が契約してくれるという長期客というものは入社1年目にはなく短期客だけの契約数が入社1年目の契約数であり、そういったことを考えれば、「入社1年目については、最低でも平均を上回る」というのは正しい答え方だと思ったし、今も思っている。それでいけないと言うのなら、いけないと言うやつが間違っている。 おそらく、あの「ヌケタみたいなおっさん」が間違っていると思う・・・というよりも、私をあんな「ヌケタみたいなおっさん」に面接させた(株)木下工務店は失礼である。
  それで、住友不動産(株)の説明会では、そこに来ていた人の中では、私はもしも入社したならば、売れなくて困る可能性は小さそうだとは思った。しかし、実際のところ、何があるかわからんのだ。(株)一条工務店でも、「自分は絶対に大丈夫」みたいに勝手に思っていて、なおかつ、口に出して言っていた人もいたが、そういう人でそのうち「大丈夫」でなくなった人は何人もいた。そんなこと思っているから「大丈夫」でなくなるという面もあるかもしれないが。 「絶対に大丈夫」な人間というのはオーナー経営者の一族の人間くらいだろう。逆にそういうのは「ぼくは、営業やった時は浜松で〇棟契約とった」などと口にする人でも、そんな「特別扱いの営業」など営業経験のうちに入らない。
  私は、その場にいた人など見ても、もしも、その場にいた人のほとんどの人がそのまま入社したとすると、おそらく、私はそこにいた人の中では売れる可能性が大きい方の人間だったと思うが、それでも、「絶対に」売れるかというと、「絶対に」などということは、それは誰であれ、「ない」と認識していたし、そう認識している人間は、「自分は売れると特に論拠もなく勝手に思い込んでいる人間」よりは売れる要素があるはずだと思っていた。そして、住友不動産(株)の説明会に行くだけ行って応募せずに帰った後、ある人材紹介会社の人から聞いた話では、住友不動産(株)では、入社1年目に売れずに「辞めてもらう」ということで退職した人だけではなく、何年か以上、一定以上の契約を獲得してきた人でも、1年単位で見て売れなくて辞める人というのがいるらしく、人材紹介会社にも、「今度、あの人が辞めるから」と過去にある程度以上の実績のある人が辞めるという「情報」が入ったりもするらしかった。
  結論として、住友不動産(株)の戸建住宅建築業の新築の営業・リフォーム(「新築そっくりさん」)の営業というのは名目上「正社員」と言っているけれども、実質は1年ごとの「契約社員」であり、むしろ、実質、契約社員であるものを「正社員」だと新聞の求人広告などに大きく掲載して募集するあたり、「住友さん」にしては、「なんか、やることが姑息」という印象を受けた。

3. 住友不動産(株)というのは大きな会社で、但し、東京都内の土地を、三井不動産(株)とか三菱地所(株)とかは相当持っているらしいが、住友不動産(株)の場合は、「住友」が持っていた土地を住友不動産(株)以外の「住友」の会社が所有したものが多いので、三井不動産(株)や三菱地所(株)などに比べると住友不動産(株)が所有している都内の土地は少ないらしいが、そういうことがあったとしても大企業であり、「わけのわからん一条工務店」とか「ボケみたいなおっさんが面接やるような木下工務店」とかそういう会社と違って、「正社員」だ「住友の正社員」だというと、「なんか、ええみたいな感じする」というところはあるかもしれないが、しかし、その説明会で聞いた話では、住友不動産(株)では、役員クラスであるとか会社の経営スタッフには、これまで、すべて、戸建住宅建築業以外の部門からなっており、戸建住宅建築業の部門から役員になった人はこれまでに1人もない、ということで、「今後ともなる人がないかどうかはわかりませんが」と説明係の人は言ってはいたが、見通しとしてなさそうであり、そもそも、住友不動産(株)の経営陣の一人として力を発揮してもらおうという考えがあるなら「実質、1年ごとの契約社員」という扱いにはしないのではないかと思われるし、結論として、大きな会社の中の「社内子会社」「社内下請け会社」みたいなものであり、そんな所で努力しても、努力のしがいがないという印象だった。
  慶應大学というのは、「『揺り籠から墓場まで慶應』⇒内部進学⇒私立大学系私立高校卒⇒私立高校卒⇒公立高校卒だが小学校か中学校が私立⇒公立高校卒だが親か親戚に慶應卒の人がいる⇒小学校から高校まで公立で親戚関係にも東大・京大・阪大卒の人はいても慶應大卒はいない」という序列というのか、内と外という思考がある大学、「本物の慶大生は最低でも高校から行った人間のこと」と言う大学であり、何もわざわざそんな大学に行かなくてもいいのじゃないか、という感じだった。昨年の「サンデー毎日」に「京大の全国大学化」「東大の東京地方大学化」といったことが書かれていたが、私が高校を卒業した1970年後半頃までは東大も値打ちがあったように思うが、今や、私立6年制受験校出身者の巣窟みたいになってしまった東大は値打ちが落ちたように思う。公立進学校出身の人間にとっては、東大に行けたとしても東大よりも京大の方がいいのではないか、という印象を受ける。 大学にしても、自分がそこに行ったとして、「外様」の扱いにされる大学に行くよりも、「親藩」「御三家」になれるかどうかはさておき「譜代」の扱いくらいになる大学に行った方が、「外様」の扱いにされる大学、「慶應義塾カースト」の最底辺に入れられることになる大学に行くよりもいいのではないか、と思うようになったのだ。だから、今では、私立6年制高校卒の人は東大に行けばいいが、公立進学校出身の人間は東大に行けても京大に行った方がいいのではないのか、という気がするし、「慶應義塾カースト」の最底辺に入れられることになる大学に行くよりも石にかじりついても「公立進学校出身者の大学」京大に行った方がいいと思う。慶應の内部進学の人にとっては、《小此木啓吾型「慶應的精神空間から外に出れない症候群」》の人、「小此木啓吾みたいや」て人は「揺り籠から墓場まで慶應」に行くしかないだろうけれども、たとえ、それ以外に行くとしても早稲田とかそういう所しか行けないだろうし、国公立の学校に行くとアレルギー反応を起こして息ができなくなって窒息して死亡に至るかもしれないから、そういう人は「揺り籠から墓場まで慶應」にいた方がいいだろうし、「小此木啓吾方内部進学症候群」の人は、慶應にいる限り、お殿様であり、公立高校出身者というのはドジンか何かみたいに扱えば、それを「思考が柔軟」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とか「独立自尊の精神を持っている」とか「慶應心理学」が「診断」することだろうから、そうすればいいと思う。ともかく、大学であれ会社であれ、そこに行ったとして、自分が「譜代」になるのか「外様」になるのかということを考えて、できれば、「譜代」になる所に行った方がいいと思うのだ。 それから、考えると、住友不動産(株)に入社するのなら、戸建住宅建築業の分野で入社するのではなく、他の分野、不動産の分野で入社するようにしないと、「あほくさい」のではないかと思ったし、今も思う。

4. 私は、大学に進学する頃は心理学の研究者になりたいと思っていた人間で、そういう人間がいやいや商学部に行かされてしまった人間だったので、大学の商学部でも労務管理論・労働経済学・労働法などを多く履修し、カウンセリングなども学習した者で、「会社」という所に勤めた場合には、人事総務関係の仕事につきたいと思っていた人間で、最初に正社員型で勤めた会社では人事総務部で勤務した者が、戸建住宅建築業では営業の仕事をしたという者だったので、営業の仕事をする時も「営業の視点」「人事の視点」の両方の視点で見てきた。
  私が人事総務部に勤務した時、その会社の課長から「人事担当というのは、人を採用する時、わずかの面接の時間でその人を見抜かないといけないのであり、入社してから採用された人間が役に立たないとなると、『おまえ、いったい何やってるんだ』ということになる」と、そう言われたのだ。もちろん、それは採用を担当する人事担当の立場でのことで、入社する人間は自分自身で貢献したと評価されるよう努力はするべきであるが、入社後、成果が出なかったとすると、誰が悪いのかというと、入社した人間だけではなく、採用担当した人間と、配属先でその人をうまく活かすことができなかった、配属先の上役と3者だと思うのだ。 (株)一条工務店の営業所長には、自分の所で採用した人の営業成績が良くないと、当人だけが悪いみたいに言う人間がわんさといたのだが、私が社長なら、「おまえは何なのだ。おまえの役職は何なのだ?」と言うところである。 「おまえは、所長と違うのか? おまえが、この人ならやっていけると判断して採用したのと違うのか!?! おまえが、この人ならやっていけると判断して採用した人がおまえが所長の営業所に勤務して成果が出せないということに、おまえは何の責任もないとでも言うのか。そういう口をききたいなら、所長を辞めろ」と私が社長なら言いますね。入社して成果を出せない人がいたとすると、その人に成果を出せるようにできない所長に何の責任もないのか? 配属先の上役が努力しても成果を出せないのか、配属先の上役が努力しても成果を出せないような人を採用した採用担当者が悪いのか、両方なのか? いずれにしても、採用を担当した人間で、なおかつ、配属先の上役でもある「所長」が自分が営業担当としては営業成績を残しているからということで「英雄」か何かになったような態度でいるというのは、それは「所長」としてはおかしい。そんなおかしな管理者はない。野村のじいさんは南海ホークスで選手兼任監督を8年間やったが、選手としての成績がいいからチームの成績が悪くてもいいという態度は取らなかったはずだ。選手兼任監督というのは、選手としての成績とともに、それ以上に監督としてのチームの成績が良くないといけないはずで、その営業所の従業員で成果を出せていない人がいた場合、その従業員がすべて悪いという態度をとりまくる(株)一条工務店のたとえば福島県中通り地区の所長だった片山とか、あいつらは営業担当者ではあっても、実質、所長ではない。私が読んだものによると、野村のじいさんは、南海ホークスの監督として3年目の1972年、前年、東映フライヤーズに入団したが1年目、勝ち星ゼロだった江本を「俺が受ければ最低でも10勝はできる」と言ってトレードで獲得、江本は開幕2戦目に先発し、9回まで0点に抑えるが、対戦相手の阪急 山田も好投して9回まで0-0で延長戦になり、延長12回、ついに江本は1点失い敗戦投手になるが、帰りのバスの中で野村はマイクを持ち、その日の先発メンバーの名前を読み上げて、「おまえら、みんな、情けない。江本があれだけ頑張っているのに1点も取ってやれんというのは情けない。きょうは江本に借りができた。次の試合は絶対に点を取って借りを返さないといかん」と言う。次の試合、江本は先に失点してしまうが、試合の中盤、円陣を組んで、野村は「前の試合、我々は江本に借りがある。何としてもその借りを返してやらんといかん」と言い、その後、江本が抑えると南海は逆転に成功して江本はプロ入り初勝利。前年0勝だった江本は、その年、16勝をあげる。その翌年、巨人で前年はゼロ勝だった山内を獲得し、肘が曲がってしまって普通に直球を投げてもスライダーになるのを逆に活かし、巨人の時とは投球のパターンを変えるよう助言し、先発1試合目で完封勝ち。試合後、「勝てたのはたまたまと違うのですかあ。完封したと言っても、三振は1つもありませんでしたし」と言う記者があったそうで、野村は「あんなやつの言うことなんて気にするな。野球は勝てばええんや。村田兆治がマサカリ投法で三振とって完封するなら、おまえは天然スライダーで内野ゴロを打たせて完封すればそれでええんや」と言い、その年、前年0勝だった山内は投げては勝ち、投げては勝ちで、20勝。前期優勝の南海は、その頃のパリーグにおいては絶対的に強かった後期優勝の阪急をプレーオフで3勝2敗で倒し年間優勝。監督というものは、そういうものと違うのか。常に成功するかどうかはともかく、そういう努力をしてこそ監督と違うのか。ところが、(株)一条工務店の「所長」というのはそうではなく、「俺は、〇棟契約とってきたどお~お。また、取ってきてやるどお~お。なんだ、おまえ、契約あがらんのかあ。俺は〇棟とってきたけど、おまえは契約あがらんのかあ」とか言うという、そういうことしかできない人間ばっかりだった。そういう人間というのは、それは営業担当としては優秀であったとしても、所長としては優秀とは言えないのではないのか、それは営業担当者としての仕事であって所長の仕事と違うのではないか、と私はずっと思ってきた。
※ 《YouTube-1973年 南海ホークス 選手名鑑》https://www.youtube.com/watch?v=do07iif282s
  私は、人事総務部に勤務した時、課長から「人事部の人間は、採用の時に、わずかの時間で相手を見抜かないといけない。入社後、その人が成果を出せなかったら、『人事は何をやってるんだ』ということになる」と言われた。もちろん、入社した本人はどういう経緯で入社したかにかかわらず成果を出して評価されるように努力するべきであろうけれども、入社した人間が入社後に成果を出せかった場合、配属先の上役には責任はないのか? 採用を担当した人事担当者には何の責任もないのか? 何の責任もないと言うのなら、それはおかしいのではないか。私の場合、最初、人事総務部に勤務して、その後、戸建住宅建築業の会社で営業の仕事をしたということもあり、又、戸建住宅建築業の会社で営業の仕事についても、5年も10年も一線の営業の仕事をするとは思っていなかったので、「営業の視点」と「人事の視点」の両方の視点で会社を見るようになったが、実際のところ、採用担当をやっている人事部の人間が、入社した当人だけに責任を負わせて、自分たちは何の責任もないみたいに思っている、さらに、それをはっきりと口に出して言うというのでは、それでは人事部の人間として責任を果たしているとは言えない、人事部の人間としての仕事をしているとは言えないのではないか。 求人広告の費用をかけて出して、ともかく、人を採用して、実質、契約社員なのに「正社員」と大きく記載して「正社員」の募集だと言いまくって採用して、入社後、最初の1年間で営業成績が悪ければやめてもらう、入社後何年か営業成績が出た人でも、その後、1年間単位で見て営業成績が悪ければ辞めてもらう、というそういうことをやって、それで、採用担当した人事部の人間は何も悪くありませ~ん! と言いはるというのでは、「天下の住友」か何かしらんけど、その人事部の人間というのは、結局、「勝手なことばっかりやってるだけ」であって、どう考えても優秀な人事とは言えない。 入社した後、営業成績がよくない人が出たとして、悪いのはその人だけなのか? そうではあるまい。この人ならやっていけるだろうと人事担当が判断した人なのに、成果を出させることができない配属先の上役にも責任はあるはずであるし、配属先の上役が努力しても成果を出せない人を採用したということならば、採用した人事担当者にも責任はあるはずである。私は、その場にいた住友不動産(株)の人事部の若造が、まるで、自分たちには何の責任もないみたいに大きな顔をして言うのを聞いて、人事総務部に勤務し採用にも関わったことがある経験者として強く不快感を覚えたのである。又、その人事部の若造と比べて明らかに不利な扱いの立場のものを「正社員」だと強弁して募集しているようなものに応募する理由があるとは思えなかった。
  ある人材紹介会社の人から聞いた話だが、ある会社の人事部にいた男が、なんともえらそうにして、まるで、自分が資本家にでもなったような態度だったので、「おまえ、自分が資本家か何かになったようなこと思っていたらだめなんだぞ。人事部にいると思っているかもしれないが、おまえだって雇われている立場なんだからな」と言ってやったそうだ。私は、会社という所に勤めるのなら人事の仕事につきたいと大学生の頃は思っていたが、その際、すべての従業員が働きやすい環境で働けるように尽力して、その結果として会社の利益も増えるようになればと思っていた。人事部に所属しても自分が資本家の立場になったわけではないのは当然のことで、経営者ににらまれたくはないが、しかし、人事部の人間として、経営者にも時として言うべきものは言わないといけない立場であろうし、それが喜ばれるか嫌がられるかはわからないという立場であろうと思っていたが、ところが、人事部にいることで自分が「資本家か何か」になったような気持になる人というのが現実にいるらしい。住友不動産(株)の説明会に行った時も、説明をしていた人事部の若造を見て、この人たちは、なんだか、自分たちが「資本家か何か」のような意識でいて、戸建住宅建築業の分野の営業職として「正社員」と称して実際は契約社員のような立場の従業員として募集しているものに応募して入社したような人間に対して、「資本家か何か」の立場で「支配する側」のような意識でいるようだ、と感じた。人事部にいても、雇われて仕事をしている立場であることに変わりはないはずなのだが、それがわかっていないようでは、「天下の住友さま」であろうが何であろうが、あまり優秀な人事ではない印象を受けた。私が人事総務部で勤めた中小企業の人事総務部の方が認識はずっとマシだったかもしれない。

5. 又、私は戸建住宅建築業の会社に最初に入社した時点において、まさか、5年も10年も一線の営業の仕事をさせられるとは思わなかった。そんなつもりで入社したのではなかった。実際には10年越、営業の仕事をしたが、特に(株)一条工務店では、この会社はいったいいつまで私に一線の営業をさせるつもりなのか、いつまで私に「雑巾がけ」させるつもりなのか。いいかげんにしろ・・・という感じだった。「正社員」だと言いまくっても、実質、契約社員の条件での採用ということであれば、その募集に応募して入社してしまうと、結局、「実質、契約社員の営業限定職」に入社してしまうことになるのではないか。 それなら、応募する理由はない、と判断した。

6. そして、1年間にどれだけ契約を取れなければ辞めてもらいますという会社というのは、自分自身がその「辞めてもらう」対象でなかったとしても、周囲にそれに該当して辞めていく人がいるわけであり、住友不動産(株)の場合、どのくらいの割合なのかはわからないが、(株)一条工務店などは、いいかげんな採用をしている会社で、その人が同社の営業として適性があるかどうかなど何も考えないで採用しているということもあるだろうけれども、「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」すれば優秀な営業社員が残るだろうなどとおかしな思想を持っている人間が経営者になっているということから、次から次へと同僚が辞めていくのであり、次から次へと同僚が辞めていく職場というのは、自分が辞めていく対象になっていなくても、職場の雰囲気が良くない。 たとえ、自分が辞めていく対象でなかったとしても、職場の同僚には仲のいい人間もあればあまり仲良くない人間もいるかもしれないが、たとえ、あまり仲の良くない人間であったとしても、同じ職場の人間が辞めていくというのは、なんとも悲しい。そういうことが日常的にある職場というのは、もう、(株)一条工務店でうんざりした。
  (株)一条工務店に入社した時、この会社で努力して貢献し、この会社をそれまでよりいい会社にしようと思ったものだった。そのために、時として、もしくは、しばしば、相当の無理をして、又、本来なら個人として出すのはおかしい出費も負担して、我慢を重ね、苦労を重ね、努力を続けてきたが、ふと気づくと、かつて、自分が入社した頃にいた人間、その後に入社した人間はその多くがいなくなっていた。一緒に努力してこの会社をよくしていこうと考えた者たちは、その多くが会社からいなくなっていた。自分が苦労して我慢して努力してきたものは、結局、オーナー経営者とその取り巻きに尽くすためだけのものであって、会社の従業員全般のためのものにはならなかった。いくら、努力して苦労して我慢して会社に尽くしても、その成果は、まさにオーナー経営者一族とその取り巻きに「搾取」されていたのだった。小泉信三という人は「リベラル」な人だったと言われ、野坂参三は慶應大学の小泉信三のゼミにいたが、小泉信三は野坂参三を大変高く評価していて、近大経済学者であった小泉信三にとって、共産党の野坂参三は考え方が違うのではないかと言うと、「そんなことは何の関係もない。たとえ、自分と考え方の違う人間でも、優秀な者は優秀だと認めるべきだ」と語ったということで、『共産主義批判の常識』(講談社学術文庫)の序文でも、戦後、選挙で社会党や共産党が躍進した時も、彼らには気概が感じられるのに対して、保守を名のる政党の言うことを聞いていると、耳を塞ぎたくなるような下品なものがあり、そういう者を支持するつもりはない、保守というのはそういうものではないはずだ、ということを語っている。そのあたりを読むと、なるほどと思うものがあるのだが、しかし、『共産主義批判の常識』の本文の方を読むと、国民の収入を増やすためにはどうすればいいか、ひとつの方法として、より資本が蓄積されるようにすれば、生産性を上げるための設備を充実させることができて、従業員の収入も増やすことができる・・・などと、おとぎ話みたいなことを述べているので、この人って、慶應の塾長で経済学者だというけれども、もしかして、アホと違うか・・などと思ったものだ。もしかすると、相当良心的な企業しか知らない人なのかとも思った。
  (株)一条工務店に私は11年余りいたが、そのさらに倍ほどいた人に聞いた話だが、私が入社した頃、(株)一条工務店は創業15年以上20年未満だったから、私の倍ほどいた人というのは、創業5年以上10年未満という頃に入社した人だと思うのだが、その人が入社した頃、「一条工務店はなあ、これから、全国に展示場を作って全国展開していかないといけないし、工場も作らないといけないから、そういうものにお金がかかるから、だから、従業員にはたいして給料は払えないんだあ」と初代社長の大澄賢二郎が言ったそうで、それを聞いて、「そうかあ。今、我慢して働けば、全国に展示場を作って、工場も何か所か作って、全国企業になれば、その時には今と違って、給料ももっと払ってもらえるんだろうなあ。それまでの我慢だなあ」と思って働いたというのだが、ところが、それから20年ほど経ち、ほぼ全国に展示場ができて、一応、全国的企業になり、会社の知名度もけっこうあがり、工場も全国に何か所かできて、さあ、そろそろ、これからは給料も世間と遜色のない給料を払ってもらえるのではないか・・・と思ったところ、 「一条工務店はなあ、これから、海外に工場を作ってやっていかないといけないから、そういうものにお金がかかるから、だから、従業員にはたいして給料払うわけにいかんのだあ」と初代社長の大澄賢二郎は言ったというのだ。あれ? あれ? あれ?・・・・、結局、従業員にカネ払うのは嫌だということだったのだ。
  小泉信三さんは、『共産主義批判の常識』で、国民の生活を豊かにするために、収入を増やすためには、企業に資本がより蓄積されて、生産性が上がる設備が充実されるようにすれば、結果として国民の収入は増えるであろう・・・なんて、おとぎ話を書いておられたが、それは違う。 (株)一条工務店のような会社においては、従業員の給料をへつることで資本が蓄積すれば、その一部は工場を新設したり、それまでに出店していなかった地域に展示場を作って出店し施工エリアを拡げ、それにより、会社の収入を増やすことになるが、会社の収入が増えたからといって、その分で一般従業員の給料を増やそうと考えるかというと・・・→そんなもの、考えるわけがない。それまでの安い給料でも働いていた人間であり、その後もそれまでと同様の給料でも働くはずだとオーナー経営者は考えるもので、むしろ、「一条工務店は大企業になった。従業員みたいなもん、求人広告さえ出せばいっくらでも採用できる。求人広告にはいくらでもカネをかけろ。求人広告はどんどん出して、中途入社の従業員はどんどん入れて、片っ端から辞めさせろお!」と初代社長の大澄賢二郎は叫んでいたそうだ。
  小泉信三が『共産主義批判の常識』の本文で述べているような、資本の蓄積をより大きくすれば、生産性が向上する設備に投資することができて結果として従業員の収入が増えて国民は豊かな生活を送ることができる・・・などというおとぎ話のようになることはなく、会社が大きくなるまでの我慢だと思って、安い給料でも、この会社に貢献してこの会社を良くして、その結果としてそれなりの給料ももらえるようにと思って我慢もして努力して苦労してやってきても、その結果、初代社長の大澄賢二郎はどう言ったかというと、「一条工務店は大企業になった。人なんていくらでも採用できる。従業員は片っ端から辞めさせろお!」とそう言ったらしい。
  こいつら、そのうち、刺されるのと違うかあ・・・と思ったら、1996年8月、なんと、初代社長大隅賢二郎のドバカ息子で関連会社の(株)日信の社長になっていたらしい大澄隆史が、同棲していたこともある女性を刃物で刺し殺し、懲役20年の実刑判決を受けた・・・と、「こいつら、そのうち、刺されるのと違うか」と思っていたら、逆に刺しよった。しかも、その後、初代社長の大澄賢二郎は、ドバカ息子が女性を刺し殺した件について、「相手が悪い」と言っていたそうで、そういう男が(株)一条工務店の「初代社長」だったのだ。ドバカ息子が女性を刺し殺して実刑判決を受けた時に、大澄賢二郎は「社長を辞任した」ということにしたはずだったが、その後も会社に顔を出して、「〇日までに◇棟は契約を取ってもらわないと困る」とか一線の営業社員に言ったりしていたそうで、もしも、社長は辞任したが会長になったとか、相談役になったとかなら、それでもいいだろうけれども、「社長を辞任した」上で、会長とか相談役とかになったわけでもなかったはずで、株主であっても社長でも何でもないという人は、株主総会で取締役会に対して発言することはできても、直接、一線の従業員に命令するようなことはしてはならないはずであるが、それをやっていたらしい。そして、2011年、東日本大震災の後、「お世話になった浜松に恩返しをしたい」と言って、浜松市に300億円の寄付を(株)一条工務店がするように「初代社長の大澄賢二郎氏が決めた」と記事に出ていたのだが、なんで、現在は社長でも何でもない人が決めるのか? おかしいでしょ。浜松市長の鈴木康友とか静岡県知事の川勝平太とかいった人は、なぜ、社長でもない大澄賢二郎と(株)一条工務店から寄付をもらう話をするのでしょうねえ・・・。変だと思いませんか? 変だと思わない浜松市長の鈴木康友とか静岡県知事の川勝平太とかいう男を変だと思いませんか?
  初代社長の大澄賢二郎は、「一条工務店はなあ、これから、全国に展示場を作っていかないといけないし、工場も作っていかないといけないから、だから、従業員に給料はたいして払えんのだ」とか言いながら、そして、その後も「一条工務店はなあ、これから、海外に工場を作って展開していかないといけないから、だから、従業員に給料はたいして払えんのだ」とか言って、なぜ、浜松市に300億円をくれてやることができるんだ??? おかしいでしょ。浜松市はそんなカネをもらっていいのか? 浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友と福島第一原発事故の直後に静岡県産茶葉の放射線量調査を拒否した静岡県知事の川勝平太の2名が大絶賛していたが、そのカネは本来なら従業員・元従業員に払っているはずのカネのはずで、それを浜松市に横取りされたようなものなのだ。浜松市が受け取ったというその300億円を差し押さえてやりたいくらいである。そういうものを浜松市が受け取っていいのか? 浜松市というのはそういう存在なのか? 浜松市長というのはそういう存在なのか?
  この会社のために貢献して、会社がより利益が出るようにすれば、そうすれば、従業員の給料も増えて豊かな暮らしができるようになるだろうと思っていたら、そうではなく、会社が大きくなっても従業員の給料は安いままであり、オーナー経営者一族とその取り巻きと浜松市だけがいい思いをするようになった。かつ、私が入社するよりも前・・だから、創立10年以上15年未満という頃だと思うが、初代社長の大澄賢二郎のドバカ息子が、フェラーリテスタロッサなんてクルマを運転中、クルマを燃やしたらしい。「燃やした」といってもクルマにガソリンをぶっかけて火をつけたのではなく、フェラーリテスタロッサなんてクルマはカローラなんかと違って運転するのが難しいそうで、市街地をトロトロ走っているとエンジンが火を噴いて炎上することがあるそうで、それで「燃えた」のか「燃やした」のからしい。従業員には「一条工務店はなあ、これから全国に展示場を作っていかないといけないし、工場も作らないといけないから、だから、従業員に給料はたいして払えんのだ」とか言いながら、働いていないおのれが生活費を稼いでいないドバカ息子にフェラーリテスタロッサなんてクルマを買って乗せていたらしいのだ。 さらに、1996年、10月頭から消費税が上がる、9月末までに何としても契約を取らないとその後は契約はあがりにくいと従業員が必死のパッチで働いているまさにその時、初代社長の大澄賢二郎の2人の息子のうちの片方、「フェラーリテスタロッサを燃やした息子」なのか「フェラーリテスタロッサを燃やした息子でない方の息子」なのか、どちらかで損害保険の代理店業務をおこなっていた関連会社の(株)日信の社長になっていたらしい大澄隆史(当時、20代)が「刃物で女性を刺し殺して、官憲に追われ逃げる」というまさに『水滸伝』の登場人物で「梁山泊」の首領「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」そのまんま の「梁山泊の精神」を実行し、「浜松の有名工務店の社長の息子」として週刊誌やらスポーツ新聞やらテレビのワイドショーやらに出まくって営業妨害やりよった。(株)一条工務店のオーナー経営者一族は、たとえば、企画室課長→総務部長の天野雅弘とか、少しでも売り上げが悪い営業社員には「赤字社員」だとか罵っていたのだが、会社で一番の赤字社員は誰だったかというと初代社長大隅賢二郎のドバカ息子だった!!! この親にしてこの子あり! ・・てところか・・・。名目上、(株)日信という損害保険の会社(といっても、従業員が仕事で使用するクルマの任意保険に入る際の代理店の会社)の社長になっていたとはいえ、実際には仕事はしていなかった息子に東京で戸建住宅に住ませていたそうで、従業員は「一条工務店にいたら、この会社の給料では他人の家は建てても自分の家は建てられない」という状況にしておきながら、実際に働いていない息子にフェラーリテスタロッサなんてクルマに乗せたり、戸建住宅に住ませたりしていたのだった。高速道路をぶっとばして東京から浜松まで行って浜松で女性を刺し殺して、また、東京に「豊臣秀吉の中国大返し」みたいに高速道路をクルマでぶっとばして帰り、警察にはすっとぼけたらしい息子に。
  「オーナー企業の社長てそんなもの」なのか??? そういう従業員と共存共栄しようという姿勢がないオーナー経営者の会社というのは、浜松市にはカネをくれてやっても、従業員・元従業員には払うべきカネを払わない会社というのは、そういう「反社会的勢力」が繁栄していいだろうか? 浜松市長はそんな会社から「防潮堤の費用」などと称して寄付をもらっていいのか? その「毒饅頭」と引き換えに、「従業員側からの相談が大変多い会社」と労基署が言っている(株)一条工務店に浜松市は物を言えなくなるということなのか? 鈴木康友としては物を言わなくなっても「毒饅頭」もらった方がいいと考えたのか? そのあたりが「慶應ボーイらしい思考の柔軟さ」というものなのか? そのあたりが「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とかいうものなのか、「独立自尊の精神を持っている」というものなのか??? それが「福沢精神」なのか???
  元慶應大塾長の小泉信三さんという方は「リベラル」な人で、保守的民主主義を志向する人だったと言われ、三田の慶応義塾には「努力は不可能を可能にする」などという文句の石碑が立っていたように思うが、その文句、うちの父親などは好きで、毎日、私に「不可能を可能にする。とってちってたあ~あ!」と言いまくっていたもので、そういうことは自分に言えばどうかと思ったのだが、「わしはひとに号令かけるのが得意やねん。あなたは号令かけられるのがうれしい人間や。これをもって、適材適所と言うんや。適材適所や。わしは号令かけるのが得意。あんたは号令かけられることに快感を感じる人間。適材適所や、適材適所」とか言うておったのだが、なんとも迷惑な文句を残してくれたものだと思うのだが、「リベラル」なところはいいと思うが、国民の生活を豊かにするには、企業により資本が蓄積されるようにすれば、生産設備を拡充して生産性を上げられるようになり、その結果として給料も高くなる・・などいう『共産主義批判の常識』で書かれていたおとぎ話は、「バカ言ってんじゃないわ♪」て感じがする。三流以下企業の実態を知っていて言っていたのか知らずに言っていたのか。(株)一条工務店なら、生産性が上がって企業の利益が増えて資本がより蓄積されたとしても、その分を従業員の給料にまわすなんてことは絶対にない。どこにまわるかというと、さらに広域に工場などを作ることにまわすか、カネがあろうがなかろうがオーナー経営者一族がフェラーリテスタロッサとかに乗るためのカネにまわすか、そういうものだろう。むしろ、従業員に対しては「一条工務店は大企業・有名企業になった。人みたいなもん、いっくらでも採用できる。気に入らんもんは片っ端からやめさせればいい」と発言するようになるだけのことである。この点の認識については、元慶應大学塾長の小泉信三先生よりも私の方がよっぽどよくわかっている。(株)一条工務店を見れば、たちどころにわかる。小泉信三先生は、いったい何を寝言おっしゃってるのか・・と思う。
  「資本家企業」という言葉は2通りの意味で使われている。マルクス経済学者は、社会主義国の企業を「社会主義企業」と言い、資本制経済の国における企業を「資本家企業」と言うことがあるが、森川英正『日本経営史』(日経文庫)では、資本制経済である日本の企業を、はっきりとこの人が資本家という人が存在する企業を「資本家企業」と言い、財閥系のどの人が資本家なのかわかりにくい企業を「財閥系企業」と分けて表現している。この森川英正『日本経営史』の用語での分類では、(株)一条工務店などは「資本家企業」になるのに対し、住友不動産(株)は「財閥系企業」になるはずで、「財閥系企業」においては、↑ に述べたあたりの問題について、「資本家企業」とは事情は違うのではないか・・と、当初、思ったのだが、住友不動産(株)の説明会を聞きに行ったところ、そうでもないようで、住友不動産(株)の本体部分、不動産部門の従業員に対して、住友不動産ホーム(株)が合併された部分の戸建住宅建築業の分野の従業員というのは、どうも、「支配される側」にあるらしい。本体部門・不動産部門に対して戸建住宅建築業の部分というのは、「オーナー一族と取り巻き」に対しての一般従業員みたいな立場にあるらしいと感じた。だから、そんな割の悪い会社に応募することないのではないか、と考えた。
  1997年11月に山一證券が倒産したが、世の中、不思議なこともあるもんやなあ・・・と思った。山一證券なんて大企業は簡単にはつぶれんもんかと思っていたが、又、「コロッセオが亡ぶ時、ローマも亡び、その時、世界も亡ぶ」という言葉のように、もしも、山一證券なんて会社が倒産する時は、日本の多くの会社は倒産し、(株)一条工務店なんてちっぽけな会社は当然倒産していることだろう・・・なんて思っていたら、なんとも不思議なことに山一證券がつぶれたのに(株)一条工務店はつぶれていない。世の中、不思議なこともあるもんやなあ・・・と思ったものだったが、週刊誌で読んだところによると、山一證券は倒産した時、従業員に再就職先の世話をしたそうで、それに対して、(株)一条工務店は会社は「一条工務店は大きくなった。一条工務店は大企業だ」とか初代社長の大澄賢二郎が叫びまくっていたものの、従業員はというと給料は安いし「一条工務店は大企業になった。人みたいなもん、いっくらでも採用できる。気に入らんようなやつは片っ端からやめさせろお」とか叫んでいたといい、そして、退職に追い込まれた従業員に再就職先なんて紹介しないし、それだけではなく、2001年、栃木県にいた時に聞いた話だが、(株)一条工務店は、(株)一条工務店の仕事をしている業者などに「うちの会社を辞めた人間を採用したら、仕事をまわさないよ」と言って就職妨害をしていた。(株)一条工務店の経営者にそういうことをする資格があるのか? それだけではなく、私などは自分で捜して勤めた再就職先にまで誹謗中傷をされた。会社のために自分を犠牲にして尽くしてきた従業員に対して、よくもそこまでやるものだとあきれた。そもそも、自分の会社を辞めた人には、できれば再就職先を紹介できるものなら紹介し、再就職先を紹介できない場合でも、再就職先が決まれば、「よかったですね」というものであって、「うちの会社を辞めた人間を採用したら仕事をまわさないよ」とは、それはいったい何なんだ・・・と思うが、(株)一条工務店のオーナー経営者一族とその取り巻きというのはそういう人間性の連中だったのだ。
  住友不動産(株)は「資本家企業」か「財閥系企業」かという分類なら「財閥系企業」に分類される会社なので、そのあたりについては、「資本家企業」の方である(株)一条工務店などとは違うのではないかと期待したが、どうも、本体部門に対して戸建住宅建築業部門というのが、(株)一条工務店におけるオーナー経営者一族に対する一般従業員みたいな位置づけにあるような印象を受けた。そういう会社ならば、本体部門に入社するのでなければ、入らない方がいいのではないか、と考えた。

  私が(株)住友不動産の説明会に応募するつもりで行ったものの、説明会を聞くだけ聞いて応募しないで帰った理由はそのあたりにあった。「正社員」の募集だと言いながらも、実質、契約社員の募集であるという点。 契約社員の募集なら最初からそう明示して募集するべきであるのに、「正社員」だと大きく記載して募集しており、「天下の住友」にしてはせこいことをやっている。「天下の住友」なら、実質、契約社員ならそのように明示して募集するべきもののはずで、実質、契約社員の募集を「正社員」と大きく記載して「正社員です」と説明会でも言いまくっていたが、そういう募集・採用のしかたというのは、募集・採用のしかたとして適切とは言い難い。「天下の住友」ならまかり通ると考えるのではなく、「天下の住友」ならばこそ、実質、契約社員の募集ならば、実態に即した表記をして募集するべきであり、「正社員」の募集だとして説明会に来させた上で、説明会の場でも「正社員です」と言いまくりながら、内容は実質、契約社員の内容を言うというそういうやり方はやめるべきだ。そう思ったから、だから、たとえ、「住友」の募集であっても、この募集には、応募したとして採用されるか不採用にされるかはわからないが、採用されるとしても応募すべきではない、と判断した。

  1980年代後半、小堀住研(株)に入社してすぐの新卒社員研修の際、副社長のKさんが、戸建住宅建築業について、「戸建住宅建築業の業界は、業界としては成熟している、会社は未成熟、という業界」と話したのだが、その意味は、戸建住宅を建てる人の数というのは、毎年、そう大きくは変わらない。一定以上の数は今後もあるであろうし、同時に、1人で2軒も3軒も建てる人は多くないので、それほど大きく増えるということもなく、需要は大きく変わらないと思われるし、供給の方も、すでに戸建住宅建築業の会社は相当の数が存在しており、施工数を増やす会社・減らす会社はあり、新規参入の会社も、撤退する会社もあるかもしれないが、全体の供給は大きくは変わらないであろう、というのが「業界は成熟している」という意味で、「会社は未成熟」というのは、日本の会社の中でも、未成熟な会社が多い業界であり、それはどの会社がというのではなく、全般に未成熟な会社が多い業界だ、ということを述べたものだったようだ。但し、それから、すでに30年以上経つのだが、30年以上経てば、全体的に30年分だけ、成熟しても良さそうな感じがするのだが、ところが、30年経っても、「会社は未成熟」という状態は30年前とほとんど変わらない。「そういう業界」と考えるべきなのかどうかわからないし、「そういう業界」だとして経営者に居直られても困るし、居直ってよいものではないはずであるのだが、現実に、「そういう業界」みたいなところがある。
  その点、《「住友」とか「三井」とか「三菱」とかいう名称が会社名の一部分についている会社》というのは、「けっこう建ててるみたいだがわけわからん工務店」とかと違って、「成熟」しているのかと期待したくなるのだが、どうも、あんまり、「成熟」しているように思えない。むしろ、「わけわからん工務店」のレベルに相当合わせているような印象を受ける。

  そういう「未成熟な会社が多い業界」で、まあ、よく頑張って長く勤めたものだ・・と思う。「えらい」かアホかというと、結論としては、アホちゃうか・・・という感じがしないでもないが、それでも「よく頑張った」という面もあるとは思う。この業界も、もうちょっとなんとかならんもんか・・・と思うが、なかなか、「成熟」しない業界のようだ。
  慶應大学の商学部の助教授のK川さん(内部進学)が「会計学総論」という講義の中で「企業の利益というものは、資本が生み出したものか、労働が生み出したものか。どちらだと思いますか。資本が生み出したと考えるのが近経(近代経済学)の考え方、労働が生み出したと考えるのがマル経(マルクス経済学)の考え方ですね」言われた方があったのだが・・・・・、「どちらだと思いますか」なんて言わなくても、そんなもの、利益を生み出したのは労働なのか資本なのかなんて、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ とかそういう三流以下企業に勤めれば、たちどころにわかる。労働が生み出したに決まってるだろうが、労働が。資本が生み出したわけないだろうが、アホか! そもそも、その「資本」というものだって、労働が生み出したものであろうが!!! そんなもの、マルクス経済学の立場に立とうが近代経済学の立場に立とうが、利益を生み出したものは労働に決まっとるだろうが!!! この点、「一流企業」に勤めるとわかりにくいかもしれないが、(株)一条工務店とかそういう三流以下企業に勤めると、ほんと、よくわかる!!! 慶應の教授先生には、「マルクスが思い描いたような『資本家が労働者を搾取して自分たちの腹ばかりを肥やす』といった資本主義社会とは異なった状況になってきた」といったことを言うひとがいたが、「バカ言ってんじゃないわ♪」。そういう資本主義企業もあるかもしれないが、(株)一条工務店のような三流以下企業に勤めると、「マルクスが描いたような、資本家が労働者を搾取して自分たちの腹ばかりを肥やすという『古典的資本主義』」とでもいったものがまさにそこにある!  マルクスは社会主義革命は資本主義が発展・成熟した国で起こるであろうと予想していたにもかかわらず、最初の社会主義革命は資本主義が発達した西ヨーロッパやアメリカ合衆国においてではなく資本主義が未発達なロシアで起こったというのはなぜなのか、というと、それは、西ヨーロッパの国においては、資本と労働との間で労使交渉をおこない資本がいくらかなりとも譲歩し妥協することで資本制の経済を維持していくシステムが構築されていたのに対して、ロシアにおいては資本と労働との間で妥協し譲歩して資本制を維持していくというシステムは存在せず、根底からひっくり返すしかなかったからであろうと言われ、又、ロシアは政治的・軍事的に大国であったがロシアの企業はイギリスなど外国資本に支配されており、その2つの点から「社会帝国主義」の国になる要素はロシア革命以前からあったのではないかとも考えられたのだが、(株)一条工務店のような三流以下企業に勤めると、「根底からひっくり返すしかどうしようもないロシア革命以前の『ロシア型資本主義』」がまさにそこにある。 そうやって貯め込んだカネの一部分を「防潮堤の費用」と称して浜松市に「寄付」だとしてもらって大喜びしているのが浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友であった。鈴木康友は慶應大卒だけあってまさに「古典的資本主義」の走狗としての行政の長だった、ということか・・・。
  利益を生み出したものは、労働に決まっとるだろうが。マル経の立場に立とうが近経の立場に立とうが、利益を生み出したものは労働である!!! そんなもの、三流以下企業に勤めれば、『近代経済学』とか『マルクス経済学を学ぶ』とかそういう題名の本を机に向かって読まなくても、体で実感してわかる!!!  頭でわかるのではなく体でわかる。 利益を生み出したものは労働であり、資本と言っているもの自体が労働によって生み出されたものである。 それは「マル経の立場に立てば」ではなく、マル経の立場に立とうが近経の立場に立とうが、利益を生み出したものは労働であり、営業の人間が契約になるかならないかにかかわらず夜遅くまで客宅に行き、苦労して努力している最中に、女性フィリピン人ネイティブスピーカーからマンツーマンでアルコール付きでタガログ語講座を受講していた中卒のおっさんが生み出したのではない! というのは当然のことである。

  ( 2020.5.21.) 

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