「借金すると売れる」などということはあるか? 営業所長が「従業員に強制的に借金させた」などとは許されることか? そのような「所長」に所長させてよいのか?

[第769回]
  (株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/  は、1991年の「ビーイング」の求人広告には「研修制度が充実していますから、売れなくて困ることはありません」と書かれていたはずだったが、入社すると「充実した研修」などというものはなかった。「一条工務店の展示場の来場数は群を抜いており、売れて売れて困っています」などとも書いていたが、よくもまあ、恥知らずにあそこまで嘘を書けるものだとあきれた。
   1993年5月、忙しいさなか、浜松まで「研修」だとして呼ばれて行ったのだが、講師役で来た従業員は、自分の所属と名前も最後まで名乗らず、勝手なことばかり言いまくった。(株)一条工務店は時間外手当を未支給、休日出勤手当を未支給であり、それを、営業は契約があがればそれに対して歩合給をもらうのだから時間外手当・休日出勤手当が払われないのは当たり前だと経営者は主張していたようだが、日本の労働法ではそういう主張は認められていないはずであり、いわゆる「フルコミの営業」、雇用契約と言っても自営業に近い形式の営業の場合には、そういうこともありうることかもしれないし、「基本給+歩合給」の営業においても、「時間で見るのではなく、成果で見る」ということをしたいという気持はまったくわからないこともない。しかし、それならば、営業活動と何の関係もない、営業活動には何のメリットもない、講師役の人間が勝手なことばかり言いまくるようなものに「研修」と称して参加させたというものには、それに対しては、「時間で見るのではなく、成果で見る」という考え方でも、当然、時間外手当・休日出勤手当を支給しなければならないはずであり、1993年5月に「研修」だとして浜松まで往復させられて、名古屋南営業所の所長だという近藤路夫という男が勝手なことばかり言いまくったものについては、1日分の休日出勤手当を支給しなければならないはずだ。その日が出勤日であったとしても、その日に営業活動と何の関係もないものに時間を奪われれば、その分の仕事を休日や時間外にしなければならないことになるのであるから、その「研修」が勤務時間内におこなわれても、「時間で見るのではなく、成果で見る」という視点から考えても、それが原因で時間外や休日にせざるをえなくなる仕事に対しては休日出勤手当・時間外手当を支給しなければならないはずである。

  1998年、静岡県の今は浜松市になった場所にある 深奥山方広寺(浜松市北区奥山1577-1) という臨済宗の寺〔京都にある「国家安康」「君臣豊楽」の鐘で有名な方広寺(天台宗)とは別〕で「座禅研修」と称してわけのわからんボーズの戯言を聞かされ、エニアグラムという怪しい「心理学」もどきを受けさせられた。そのさい、「心理テスト」だか「性格テスト」だかを受けさせれれたが、そもそも、「心理テスト」などというものは本人が希望していないものを使用者が強制的に受けさせるような権利が使用者にあるものではないはずである。そのあたり、(株)一条工務店とそれを推進していた掛川営業所 所長の近藤正夫、及び、深奥山方広寺 は傲慢であり、何より、自分自身が「性格テスト」でも受けておのれの性格について反省した方が良さそうである。
  掛川営業所所長の近藤正夫は、1992年に私が入社した頃、通算契約棟数1位ということになっていて、私がやめるまで誰かに抜かれることはなかったようだが(というよりも、すでに100棟以上の実績がある人間を後から入社した者が抜くというのは簡単ではないのだが)、「通算」で見れば古くからいる人が多いことになるということ、バブル経済崩壊前と後を同じ基準で見てもしかたがないし、又、その頃から(株)一条工務店は労働集約型同業他社と比べて1展示場に多くの営業を配属することでその地域の契約棟数は多く稼いでも1営業あたりの契約棟数は少なくなるというやり方に変更したので、それより前にいた人の契約棟数と後の人間の契約棟数を比較してもしかたがないこと、近藤正夫がいた掛川営業所は浜松などとともに東京都では「施工面積」という(株)一条工務店が独自の計算方法としていた延べ床面積よりも広い面積になり「坪あたり」にすると安めに見える金額で「セゾン275S1」というタイプを東京都で坪55万円で売らされていたものを掛川営業所では坪48万円で大幅なダンピング販売をしていたこと、静岡県中西部・愛知県以外ではテレビ広告など一切やらなかったのに掛川など静岡県中西部・愛知県ではドカンと一発♪ テレビ広告をやりまくり静岡放送のテレビ番組のスポンサーもやってきたこと、東京都では「ピンコロ」という小さい束石で施工していたのに掛川地区では「マンホールのフタみたいなでっかい束石」をサービスしていたことなど、「地元の会社」という売りがあったこと、何でも静岡県西部(遠州地方)から充実させていっていたこと、木造建物の実物耐震実験も浜松でやったこと、インテリア館も浜松に設けたこと、建物の仕様そのものが浜松・掛川向けのものであったこと、その他、掛川営業所の営業の契約棟数などというものは、「巨人みたいや」「長嶋みたいや」とでもいったようなやり口で稼いだ棟数。もしくは、「白鵬みたいや」とでもいうようなもの、「下位の力士が横綱に張り手をしてはいけない」などという「準ルール」みたいのを相撲協会は適用し、白鵬の方は遠慮なく張り手をお見舞いするし、他方で「下位の力士が横綱に立ち合いの変化をしても許されるが横綱が立ち合いの変化をするのは許されない」はずだが白鵬は遠慮なく下位の力士に立ち合いの変化をするし、肘撃ちなんて相撲の技ではなくどう考えても反則であり反則であるからには刑法上の「違法性阻却自由」としての「正当業務行為」には該当しないはずであり暴行罪・傷害罪として有罪のはずだがなぜか逮捕も送検もされない。白鵬が肘撃ちやっていいのなら他の力士もやっていいことになりそうだが、もし、他の力士が白鵬みたいな肘撃ちをやればおそらくとがめられるだろう。これだけ、不公平だと勝敗にも影響は出て当然だ。白鵬が肘に巻いている「サポーター」は特注のもので表面がざらざらしていて対戦力士にとっては白鵬の「サポーター」の部分が当たると大変痛いそうで、白鵬はそれを目的に「サポーター」を肘にはめているという話だが、インターネット上の動画を見ると、白鵬は巡業の時には「サポーター」をしていない時があり、本場所では必ず「サポーター」をしており、逆ならわかるのだが、巡業でしていない「サポーター」を本場所では必ずしているというのを見ると、あれは「凶器攻撃」としての道具ではないのか、という感じがする。それだけではなく自分が有利な立ち合いができれば立ち合い成立で相手が有利な立ち合いであれば立ち合い不成立だとあつかましい主張をする。格闘技というものは公平なルールでやってこそ値打ちがあるはずだが、あれだけ、白鵬に有利なように不公平な解釈・無理な解釈をしている相撲協会の対応では、白鵬が何度優勝しようが反則で勝ってるやつの優勝なんて評価できない。「外交特権」のために相撲協会はモンゴル力士には注意できないのかもしれないが、そんなことではそのうち、相撲はファンから見放される可能性がある。私は白鵬の優勝と長嶋の首位打者は評価したくないと思っている。1971年、日本シリーズの第3戦、最終回に王が阪急 山田から逆転サヨナラホームランを打った試合でその直前、3番の長嶋が二遊間をセンターに抜けるヒットを打ったことになっているが、阪本遊撃手が一応追いついてグラブにあてたが取れなかったという打球で、こういう打球はヒットなのかエラーなのか評価が難しいところだが、長嶋だから「ヒット」と評価されたもので他の球団の他の選手なら「エラー」と記録された可能性がある。この時に限らず、長嶋の「ヒット」はそういうものがあったはずで、だから、「長嶋の首位打者」はあまり評価したくない。掛川営業所に最初から最後までいて他県で営業担当をやったことがない近藤正夫の「通算契約棟数1位」などというものは八百長、もしくは「白鵬の優勝」みたいなもの、もしくは「長嶋みたいや」とでも言うべきもので、たいして値打ちはないと言わざるをえないものである・・・・が、仮にそういうことを無視して考えたとしても、片方で多くの契約を取って利益をあげたとしても、その利益を「座禅研修」と称する害はあっても益は何もないものに、深奥山方広寺にくれてやったわけであり、その分の費用は相当のもので、それをドブに捨てたことで大きな損失を会社に与えたはずである。それとも、深奥山方広寺から「バック」でももらったのだろうか。 「宗教の敵」とでもいうような「寺もどき」である深奥山方広寺に「ボーズ丸儲け」させて、その分、会社に損失を与えたのであるから、「通算契約棟数」を考える際にはそれも同時に計上する必要があるはずである
  座禅については私は価値があるものだと思っているし、もともと、私は心身医学の専門家になりたいと思っていた時もあり、座禅などについてはけっこう学習したのだが、方広寺のボーズのやっている座禅は本来の座禅と違うように思うし、又、ボーズが勝手なことを言い、エニアグラムと称する怪しい「心理学」もどきを受けさせられたが、あれは、明らかに「信教の自由の侵害」であり(深奥山方広寺は臨済宗のいくつかある「派」のひとつ、方広寺派の本山だというのだが、「信仰の自由」は守られないといけないということくらいは「臨済宗の本山」なら理解できていて良さそうなものだが、そのくらいのことも理解できていないとは、こりぁまた、なんともユニークな本山もあったもんだ・・)、又、「エニアグラム」で「タイプ◇」であるとかないとか大きなお世話であるとともに、明らかに営業活動と関係のないもの、労働契約上の業務とは関係のないものに参加させられたものであるから、当然、時間外手当・休日出勤手当はそれに対して支給されなければならないはずであるが、それも今日に至るまで支給されていない。・・それでいて、2011年、(株)一条工務店は浜松市に「防潮堤の費用」と称して300億円を寄付し、浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友が大喜びし福島第一原発事故の後、静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否した静岡県知事の川勝平太が大絶賛したということだが、そのカネは本来なら従業員・元従業員に支払われていなければならないカネのはずで、それを浜松市は横取りしたのである。行政が労基法違反の会社からカネをもらっていいのか? 浜松市長の鈴木康友はこの程度のことも考えないのか? 浜松市長の鈴木康友は、この程度のことも考える頭がないようでは、それでは「法学部卒」と言うに値しないのではないか。よく、平気で「法学部卒」と名乗っているものだ。 「浜松市」は「反社会的勢力」ではないのか?
※ ⇒[第732回]《『ゴルゴ13』と考える「信教の自由」。「信教の自由」を侵害する深奥山方広寺は宗教失格。「信教の自由」を侵害する営業は三流の営業》https://shinkahousinght.at.webry.info/202001/article_4.html

  1993年5月の「研修」においては、講師役で来た男は、参加者に、所属の営業所と個人の名前を名のってくださいと要求し、参加者は全員が所属営業所と個人名を名のったのだが、ところが、講師役で来た男、ひとりだけが、最後まで自分の名前も所属も名乗らなかった。これは会社員としての礼儀に反するはずだ。まず、(株)一条工務店は、その男に「ひとに名前をきく時は、まず、自分が名のるものだ」と「研修」するべきであったはずである。会社員として、そのくらいの「常識」はわきまえている人間に講師役はさせるべきであろう。
  会社員としての「常識」に欠けていた男は、名古屋南営業所の「所長」だった近藤路夫という男だった。(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ はこんな人間を所長にならせているのかとあきれた。
※ 「おい、お前は自分の名前を名のらないのか。人に名前を尋ねて聞いたら、自分も名のるのが礼儀だと親から教えられなかったか」⇒[第689回]《(株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_2.html

  近藤路夫が、あきれかえるようなおかしなことを述べたことについては、
[第690回]《一条工務店浜松営業【3/ 】「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した? 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_3.html
[第720回]《もとから「地方」にいた「住友林業は財閥系だからいいと思う人もいるだろうけれども一条工務店の方がいいとうちは思う」人。(株)一条工務店の営業が努力して見込客に考え方を変えてもらったのではない――「一条の家はすべてにおいて完璧にいい、問題点はまったくない」の反証》https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_6.html
[第729回]《自社の建築現場に問題点があったら、工事担当に連絡し善処を求めるべきか、「見なかったことにする」べきかー (株)一条工務店の東海地方の営業は非常識!》https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_2.html
・・などで述べた。 又、普通、営業所長というのは、設計が2人おれば、所長は新人を引き受けるべきもので、経験のある設計は新人の営業が担当のお客様を担当させるようにするべきであるのに、経験のある設計に自分の所の担当をさせて、新人の設計に新人営業だらけの東京営業所の担当をさせた、という件について、
[第718回]《経験のある設計を「譜代」の所長の営業所の担当に、新人設計を遠隔地で新人営業だらけの営業所の担当にする会社――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証》https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html
で述べた。
  会社はこういう人間に対して、きっちりと注意しないといけないはずだが、それを注意しない・できないのが(株)一条工務店だった。

  近藤路夫は「展示場で営業をやっていて、何かやりにくいと思う所はあるか」と言うので、言えば善処してもらえるか、もしくは、こうすればいいというものを教えてくれるのかと思い、
1. ある程度以上の規模の会社は、それぞれの地域のニーズに沿った建物を展示場に作っているのに対して、(株)一条工務店の場合は、東京の展示場にも、浜松向けの間取りやデザインの展示場を建てている。「二間続きの和室」「親戚中が集まった時に補助席として使えるベイウインドウ」「お母さんとお嫁さんが一緒に調理のできる広めのキッチン」「八寸角の大黒柱」など、それらは「地方」においては喜ばれるかもしれないが、東京など都市部においては受け入れられない、もしくは、「二間続きの和室」は和風で延べ床面積が広い家においては設けられることはあっても、都市部の敷地面積も狭く延べ床面積も狭い家においては、なかなか、設けられることはない。「オール四寸角の柱」も、「地方」においてはプラスの面ばかりが評価されるが、都市部においては「四寸の柱を使うと家が狭くなりますなあ」と言われたりする。そういったことを、(株)一条工務店の運営者はまったく考えていない。
  たとえば、1993年に福島県いわき市の展示場に転勤した時、前にあったパナホーム(現 パナソニックホームズ)の展示場は、東京圏・関西圏のパナソニックホームズの展示場は、たいてい、「二間続きの和室」などなく、和室は1室ということが多いのに対して、福島県いわき市の展示場では、いわき地区の見込客の要望に合わせて「二間続きの和室」をきっちりと設けた展示場になっていた。展示場を建てる時には、その場所の見込客の要望に合った展示場を建てるべきである、にもかかわらず、(株)一条工務店は全国どこでも「遠州好み」(「小堀遠州が好んだ」という意味ではなく、「遠州人の好みに合わせた」という意味)の展示場を建てまくる。それでは、浜松および浜松と共通点が少なくない「地方」においてはよくても、東京など都市部においてはやりにくい。
  (株)一条工務店の従業員でも誰もが近藤路夫さんみたいな「アタマが浜松」であったわけではなく、たとえば、1992年、神奈川県藤沢市の藤沢展示場の所長だった千葉さんなどは、千葉さん自身が浜松の出身の人であったらしいが、それでも、神奈川県に最初に建てた展示場である茅ケ崎展示場について、「浜松ではこのデザインでいいけれども、神奈川県ではこのデザインではいなかくさいからだめだ」と言ったと聞いた。大学の商学部で商業学・マーケティングといったものを学問として学んできた者でなくても、その地域で真面目に努力して営業の仕事をしてきた人なら、こういうことに気づくはずだ。千葉さんはそれに気づいていたのであり、遠州人誰もが「アタマが浜松」であるのではなく、遠州地方出身の人でも気づく人は気づいていたのである。その頃の茅ケ崎展示場のようなデザインのものが絶対的に悪いということではないのだが、千葉さんが言ったというように、「浜松ではそれでいい」けれども、「(茅ケ崎など)神奈川県ではだめだ」ということがあるはずだ。間取りやデザインについて、やはり、その地域で売って行こうと考えたならば、その地域の見込客の要望に沿った展示場を建てるようにするべきである。但し、1992年に私が入社した頃、(株)一条工務店がそれまでに建てた家を見ると、「地方と何らかのつながりがある人」が多く、「地方と何らかのつながりがある人」が東京圏で家を建てる場合には、「地方」の家と都市圏の家の中間もしくは折衷様のような家を建てることが多いように思えたが、そういう客層は一定量いるので、その客層を(株)一条工務店が狙うターゲットとして建てるのならいいが、それでも、東京の江東区潮見の展示場、江東区亀戸の展示場は、あくまでも「浜松向け」のものを東京に建てたというものだった。
  私は大いにもっともなことを言ったはずである。ところが、近藤路夫は「そういうことを言うからいかんのだあ~あ。浜松でいいものは東京でも大阪でもいいに決まってるんだあ。八寸角の大黒柱は絶対にいいに決まってるんだあ。二間続きの和室は20坪の敷地の家でも30坪の延べ床面積の家でも絶対に必要なんだあ。こんな常識がわからんのかあ!!!」と絶叫したのである。この話を東京圏在住の友人・知人何人かに話してみたが、「その人、頭おかしいのと違うのお~お」 「その人、酔っ払いか何かなのお~お」と全員から言われた。
  (株)一条工務店で所長になっていた人は誰もが「頭おかしい」「酔っ払い」であったというわけでもないのです。神奈川県の所長になっていた千葉さん、栃木県地域の所長になっていた五十嵐さん、栃木県南部の所長(役職名は「副所長」)になった木下さんは、近藤路夫さんとは違って、地域によって見込客の好みは違う、又、同じ会社でも、その地域によって、競合相手として手ごわいか楽勝かは違う、ということは理解できていたのです。

2. 又、近藤路夫が「そんなもん、住友林業が競合となったら、『ごちそうさん』てなもんだ」と言うので、それで、1992年から1993年、東京圏においては、住友林業が競合となると、まるで、序の口の力士が横綱に立ち向かうような感じであった東京圏の営業として、どうすれば「ごちそうさんてなもん」になるのか、そのやり方をぜひとも教えてもらいたいと思い、「住友林業が競合となったら、『ごちそうさん』てなもんだと言われましたが、住友林業と競合の場合に、どのようにすれば『ごちそうさん』というようになるのか、教えていただけないでしょうか」と言ったのだが、すると、近藤路夫は「そんなもん、『住友林業はムクですか? 違いますでしょ。集成材でしょ』『住友林業はプレカットやってますか。やってませんでしょ』で、それだけで契約とれる。簡単なもんだ」などと言ったのです。東京圏において、「住友林業はムクですか? 違いますでしょ。集成材でしょ」などと言うと、「集成材の方が高級品で、集成材の方が強いんでしょ。住友林業の人がそう言ってたよ。あんた、そんなことも知らないの」と言われたものでした。私は、ムク材はどういう点がいいのか、ムク材はどういいのか、ということをアピールすれば、対住友林業で有利に立てるのか、ということを尋ねたのですが、ところが、近藤路夫は「『住友林業は柱はムクですか? 違いますでしょ。集成材でしょ』で簡単に契約とれる」などと言うのでした。近藤路夫みたいなことを言ったのでは、住友林業に簡単に取られますよ。結局、どちらが性能が優れているか、どちらが強度があるか・・といったことと別に、「好みの問題」というものがあり、「地方」においては、柱・梁といった構造材について、ムク材を好む人が多く、都市圏においては、特にムク材でなくても、きっちりとした家ができればいいという人が多い
  又、「会社の名前の力」というものがあり、営業の評価が同じであっても、「会社の名前の力」が強い会社の営業が言うことと、「会社の名前の力」が弱い会社の営業が言うことでは、説得力に違いがでてきます。すでに、その地域で(株)一条工務店が実績を残していて「会社の名前の力」がある地域で言う場合と、その地域においての認知度が低く「会社の名前の力」が競合相手に比べて格段に低い地域においてとでは、大きな差がでます。
  結局、近藤路夫が「住友林業との競合なんて、『ごちそうさん』てなもんだ」などという口をきいたのは、単に、近藤路夫が「通し柱は集成材の住友林業」と「柱はすべて国産材のムク材の一条工務店」であれば、ムク材・国産材を好む人が多い地域で営業させてもらっていた、というだけのことだったのです。
  2000年、栃木県地域の営業社員全員が集まった場で、栃木県地域の所長だった五十嵐さんが、入社してからの年数はそれほど長くないが入社以来、継続的に多く契約を取っている、栃木県北部の西那須野営業所の阿久津さんに「阿久津さん、あんたは、営業やる際に、こういうことを作戦として考えているということはある?」と質問したところ、「展示場に来場したお客さんは、最初、いくつもの展示場を見て、そこから、2つか3つを選んで、その上で、その2つか3つの中から1つを決めるわけですが、最後の競合に残る相手を、直接対決で有利な相手を残すようにしています」と阿久津さん話した。なるほど。たいていの人間は、「予選」に勝ち残ることと、「決勝戦」で直接対決になった時、その相手との競合にどう勝つかを考えるのだが、「予選」の段階で自分が「予選」に勝ち残るだけではなく、「決勝戦」で直接対決する相手にあらかじめ直接対決で相性のいい相手を残すようにしておく、という点については考えていない人が多いのではないか。
  大相撲の2017年秋場所、豪栄道が途中までリードし、2番手の日馬富士に星3つの差をつけていて、このまま行くと豪栄道が久しぶりに優勝するのではないかと思われたが、終盤、2つ負けて星1つの差になり、千秋楽 結びの一番で日馬富士と対決することになったが、その時点で、豪栄道は不利だなと思ったところ、思った通り、本割と優勝決定戦と2つ続けて豪栄道は負け、日馬富士が11勝4敗で優勝した。解説者の北の富士さんが「『最後の最後は心の強い方が勝つ』と言いますが、そうなりましたね」と言っていたが、豪栄道からすれば、直接対決で相性がよくない相手との対戦が千秋楽に残っているということは、3差といっても実際は2差だと考えるべきで、3差が2差までなっても、2差で千秋楽を迎えることができれば、日馬富士に千秋楽に負けても追いつかれないが、1差になってしまったら、直接対決で分が悪い相手に2番のうち1番勝てばいいといっても勝てない可能性が大きかったわけだ。だから、豪栄道としては、3つリードしていた段階で、「3つリード」というと相当のリードみたいな感じがするが、実際は「千秋楽を迎えるまでに、あと1つなら負けてもいいが、2つ負けてはいけない」というものだったのが、2つ負けてしまって、直接対決で分が悪い相手に「2番のうち1番勝たないといけない」という不利な状況になってしまったわけだ。豪栄道としては、千秋楽に直接対決で分が悪い相手との直接対決が残っている以上、千秋楽を迎えるまで2差はなんとしても保つようにするべきだったのに1差にしてしまった、という時点ですでに不利な状態になっていた。直接対決で不利な相手に「2つのうち1つ勝つ」というのはそう簡単ではなかったのだ。
  1973年、セリーグの終盤、阪神は残り2試合、中日戦と巨人戦の2つのうち、1つ勝てば優勝、巨人は残りは阪神戦1試合のみ。阪神は「2つのうち、1つ勝てばいい」、巨人は「阪神が先に中日戦で勝てばどうもしようがない」という状況で、「毎度、優勝争いした末で最後は2位が多い阪神」は・・・、あ~あ、やっぱり負けよったあ~あ、ということがあった。この年、阪神は江夏と上田の2人が20勝以上の勝ち星をあげたが、江夏は中日球場での中日戦は相性が悪く、上田は中日戦に強かったが巨人戦は相性がよくなかった。ところが、ローテーションからいくと、中日球場での中日戦で江夏が先発、巨人戦で上田が先発ということになり、中日戦では星野仙一が先発した中日に江夏が先発した阪神は負けて、そして、最後、「この試合に勝った方が優勝」という甲子園での試合、上田は早い回に大量失点、その後も阪神投手陣は失点を重ねて大敗。試合終了とともに怒りの阪神ファンはグランドになだれこんだ・・・ということがあったが、これなども、「2つのうち、1つ勝てば優勝」と言われると、一見、有利のような感じがするものの、「千秋楽、本割か優勝決定戦のどちらか1つ勝てば優勝」の力士と「千秋楽、本割と優勝決定戦の2つ勝たないといけない」力士とでは前者の方が有利のような感じがしても実際には直接対決で不利な力士は「2つのうち、1つ勝つ」というのはけっこう大変なのと同様、「先発投手の相性がよくない相手との2試合のうち1つ以上勝つ」というのはそう簡単ではなかった・・これがその年の阪神の敗因の1つかとも言われた。・・・それにしても、阪神にゃんこ は「優勝争いした上での2位」というのが多い。〔「ここで負けたら優勝できないという場面になると審判がなんかやる巨人」「巨人の打者とタイトル争いしている相手打者に投手がぶつけて怪我させる巨人」に対し、「ここで勝てば優勝て場面でたいてい負ける阪神」というのは、この伝統はそう簡単に変わらんみたいやなあ・・・。〕
  住宅営業でも、ほとんどの見込客の場合、予選で2社か3社が選ばれ、そして、決勝戦で2社か3社の中から1社が決められるのだから、決勝戦のことだけ考えるのではなく、予選の時に、自分の所が決勝戦に残るようにするだけではなく、他に残る所を、できるだけ、直接対決での分がいい相手を残すようにもっていく、というのは、もっともなことで、それを考えるか考えないかで、結果としての獲得棟数は変わるということは十分に考えられる
  但し、東京・松戸⇒福島県いわき市⇒栃木県佐野市 と移った私の感覚では、東京では、住友林業と一条工務店では絶対的に住友林業が有利、福島県では一条工務店の方が有利で、栃木県南部においては「やや一条工務店の方が有利」かと思ったらそうではなく、むしろ、住友林業の方が有利だった。「一条工務店と住友林業では、営業の能力・努力が五分と五分なら、東京では住友林業の方が圧倒的に有利だったけれども、福島県では逆に一条工務店の方が有利でしたが、佐野とか栃木県南部においては、6対4 くらいで一条工務店の方が有利かと思ったらそうではないですね。むしろ、4対6くらいで住友林業の方が有利なくらいですね」と佐野展示場で、栃木県地域の所長だった五十嵐さんに話したことがあったのですが、五十嵐さんは「いや。4対6 じゃなくて、3対7 くらいじゃないか」と言ったのですが、五十嵐さんは所長の中でも、東海地域の「アタマが浜松」の所長とは違って、栃木県で自分自身が努力して営業をやってきた人だけあって、「アタマが浜松」の人とは違い、そのあたりを感知する能力があったのです。佐野・足利・栃木といった栃木県南西部においては、その見込客にもよるけれども、一般には、営業の能力・努力が五分と五分ならば、その頃、3対7 までいかないかもしれないけれども、4対6 以上、住友林業の方が有利だったのではないかと思います。五十嵐さんは自分自身が栃木県地域で営業の仕事をしてきた人で、「アタマが浜松」の人間のように、「遠州人」が気に入るように「遠州好み」のことを言って「遠州人」に喜ばれて自分だけ得してやろうというようなズルイ人ではなかったので、自分が栃木県地域で勤務して感じたことを正直に話したのです。西那須野営業所の阿久津さんが「展示場に来場したお客さんは、最初、いくつもの展示場を見て、そこから、2つか3つを選んで、その上で、その2つか3つの中から1つを決めるわけですが、最後の競合に残る相手を、直接対決で有利な相手を残すようにしています」と話したのを聞いて、なるほどと思ったし、さすがに多く売っている人だけのことはあるとも思いました。
  但し、私は、佐野展示場に勤務して、できれば、最後、直接対決になる相手は、住友林業ではなく、東日本ハウス(現 日本ハウスホールディングス)か富士ハウス(その後、倒産)などであった方がいいと思ったのですが、《「予選」の段階で「決勝戦」に残る相手は直接対決で比較的分がいい相手になるようにする》というのは、思った通り常にできるわけでもなかった。
  所長の五十嵐さんが「阿久津さんは、どこを競合として残すようにしてるの?」と質問したところ、阿久津さんは「私は住友林業を残すようにしています」と発言したのですが、それを聞いて、五十嵐さんは「え、住友林業を残すの?」と不思議そうに言ったのですが、私も五十嵐さんと同じことを思いました。なぜ、強敵をわざわざ残すのか? ・・・と。できたら、予選の段階で落ちてもらった方がありがたい相手をなぜ残すのか? と。私は、その理由がわかりました。しかし、栃木県の営業は60人少々いたと思うのですが、すでに入社後の年数で見ると私は古い方から1割以内に入っていたのですが、社歴の浅い人にはその理由がわからない人の方が多かったのではないでしょうか。だから、所長が説明するかと思ったのですが、所長が説明しないのならば、それなら、私が言おうかとも一瞬思ったのです。翌年、2001年、栃木県南部地域の所長(役職名としては「副所長」)になった木下さんは私に「あんただって、もう、10年目なんだから、遠慮しないで思ったことを言っていいよ」と言ってくれたし、木下さんの前に栃木県地域の所長だった五十嵐さんも、もし、私が「所長、今の件について、社歴の浅い人で意味がわかっていない人もいるかもしれませんから、私が解説してもかまいませんでしょうか」と言えば、発言してはいけないと言ったり、私が発言することを不愉快に思うような人ではなかったので、私は会社のため、その地域の営業のためを思って言おうかと思ったのです。「総合住宅展示場に来場する見込客は、最初、何社もの展示場を見て、そこから2社か3社を選ぶという『予選』の段階があり、次に残った2社か3社の中から契約する会社を選ぶ『決勝戦』の段階があるわけで、『決勝戦』にいかに勝つかを考えるだけではなく、『決勝戦』で対決した時に直接対決で分がいい相手が『決勝戦』に残るように『予選』の段階で工夫するというのは、もっともなことだと思います。思った通り、分がいい相手を残せるかという問題はあるでしょうけれども、直接対決で分がいい相手が『決勝戦』に残るように『予選』の段階で考えるというのはもっともだと思います。しかし、残す相手をどこにするかの問題で、阿久津さんは住友林業を残すと言われたけれども、それは、阿久津さんが勤務している営業所が西那須野営業所という栃木県の営業所の中では一番北の営業所、『ほとんど福島県』の営業所だからということがあると思います。この点を認識しておかないといけないと思います。福島県においては、浜通りにおいても中通りにおいても、柱・梁などの構造材はムク材で建てたいという人が多かった。それから何十年か経ちましたが、これはそう簡単には変わらないのではないかと思います。たとえ、施主がその点にこだわらなくても、「地方」においては近隣や親戚との関係が都市部よりも密で、集成材の柱で建てると、「なんだべ。あれは」などと言われたりもします。この点で、「通し柱は集成材で管柱は輸入材の住友林業」と「通し柱・管柱ともムク材で国産材の一条工務店」は相当有利だったのです。又、外観や内装のデザインの好みも、「地方」と都市部とでは、「地方」の方が重厚なデザインを好む人が多く、「地方」に比べると都市圏では軽快なデザインのものを好む人が多いように思えるのですが、住友林業と一条工務店とでは、一条工務店の方が重厚なデザインのもの、住友林業の方が軽快なデザインのものが多かったと思います。 「地方」においては、ムク材か集成材か、国産材か輸入材かという点で一条工務店の方が相当優位であったものの、それでも、住友林業の営業はけっこう頑張りましたから決して楽勝ということはありませんが、営業の能力・努力が五分と五分なら一条工務店の方が有利であったのです。栃木県でも最北部はそのあたりの事情については「ほとんど福島県」だったのではないか。阿久津さんがいた西那須野営業所の付近においては、福島県中通りと事情はそう変わらなかったのではないか。だから、「予選」において「決勝戦」に残る競合相手にどこを残すか(しつこいようですが、そう思い通りに直接対決での分がいい相手を残すことができるかどうか、という問題は残りますが)という問題において、住友林業を残すというのは間違っていなかったと思いますが、しかし、栃木県でも、たとえ同じ県でも佐野市・足利市・栃木市といった栃木県南西部においては、一条工務店にとって住友林業は強敵であり、あえて、強敵を残すようにする理由はなかったのです。むしろ、東日本ハウス(現 日本ハウスホールディングス)や富士ハウス(その後、倒産)などの方が一条工務店にとっては直接対決の分が良かったのです。ですから、 「予選」の段階で「決勝戦」のことも考えて、「決勝戦」での直接対決での分がいい相手が「決勝戦」に残るように「予選」の段階で考えるというのは間違いではないけれども、それなら、どこを残すのかという問題においては、栃木県でも「ほとんど福島県」の最北部では住友林業を残すというのでいいでしょうけれども、佐野・足利・栃木といった南西部では残す相手は住友林業ではない方がよく、宇都宮など県央部でも住友林業以外のどこかを残すようにした方がよかったのではないかと思います。
  私は、このカラクリがわかったし、所長の五十嵐さんもわかったようでしたが、それ以上、何も言わないなら、社歴の浅い営業で、栃木県でも中南部で勤務している人で、阿久津さんが言った言葉の意味合いを取り入れるのではなく、字面そのままを実行してしまう人が出てくる可能性が考えられ、そうなると、せっかく、実績のある人のやり方を取り入れようと努力したにもかかわらず逆効果になる危険が考えられたのです。だから、私は、会社のため営業所のためを思い、もし、所長が解説しないのならば、「所長、今の件について、社歴の浅い人で意味が理解できていない人もあるかもしれませんから、私が解説させていただいてもかまいませんでしょうか」と言えば、五十嵐さんは意地はってそれをだめだとは言ったりしない人だったと思いますので、栃木県地域の営業で社歴の浅い人が失敗する危険は回避できたと思うのですが、しかし、もし、私が会社のため・営業所のためを思って、それを発言したとすると、営業本部長の天野隆夫(アマノジャク〔天野邪鬼〕の天野)から呼びつけにされて、「余計なこと言うなあ」と怒鳴りつけられる可能性が大きい・・と思いましたから、ひとがせっかく会社のためを思って言って、それで呼びつけにされて怒鳴りつけられたのではたまったもんではない・・と思い、この会社は「ベンチがアホ」の営業本部長の会社だったなあ・・と思って言いませんでした。 「ベンチがアホ」の営業本部長の会社においては、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」「目立たず、騒がず」で、きっちりと説明できる人が私の他にいないのなら、私がきっちりと説明してあげれば、意味合いを取り違えて失敗する人が出る危険性を小さくすることができるのになあ~あ・・・、「ベンチがアホ」の営業本部長はどうしようもないなあ~あ・・と思って言いませんでした。私が入社した時、営業本部長の天野隆夫は「〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかと思った」と言って喜んでくれたはずでしたから、そこまで喜んでもらえるのなら、ぜひこの会社のために尽力していい会社になるよう貢献したいと思ったものでしたが、「ベンチがアホ」の営業本部長は「うちの会社に慶應大学卒の人が来てくれるのかと思ってびっくりした」と言ってそういう人間を採用しても、それを活かすことができない。「やっぱり、アホはあかんでえ」というものだったのかもしれませんね。
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( ↑ 久部緑郎 作・河合単 画・石神秀幸 協力『らーめん才遊記 (1)ラーメンとはなんですか?』2017.4.1.小学館 My First WIDE 「第十一杯 新米のお仕事」より。
 「雑巾がけのうまいやつなど必要ない」 )
(株)一条工務店は「いやあ、〇〇くんが応募してきた時はびっくりしたなあ。慶應大学卒の人がうちの会社に来てくれるのかあと思った」と言いながら、その「慶應大学卒の人」に11年余にわたって「雑巾がけ」させたのです。よく、それに耐えた・・というのは、エライ!・・のか、むしろ、アホや!!・・と評価すべきなのか。両方の面があるかと思いますが、雨ニモ負ケズ風ニモ負ケズ、耐え難きを堪え忍びがたきを忍び、「ベンチがアホやから」状態の会社でよく頑張ったものだと思います。
  私は、(株)一条工務店に入社する際、履歴書を提出して入社しており、「慶應大学の出身の人ですから」ということで、負担を払って他の人間ならしないような転勤もしてきましたし、インテリアコーディネーターの資格を取ってくれと言われればそれも取得しました。他の人間がしない苦労もし、他の人間がしない努力もし、他の人間が払わない負担も払ってきましたから、その分だけ身についたものも出てきたのですが、ところが、それを活かしてなるものかという信念もっている経営者というのは、これはいったい何なのか。ベンチにめがけてグローブを投げつけるしかないのか!?!

  近藤路夫は「住友林業が競合になったりしたら『ごちそうさん』てなもんだ」などと言うので、東京圏において、特に住友林業は強敵であり、私が入社した1992年においては、東京圏での(株)一条工務店の営業にとって住友林業が競合の時というのは、まるで鉄の壁にでも体当たりしているような感覚だったのですが、それを「『ごちそうさん』てなもんだ」と近藤路夫は言うわけですから、いったいどのように対処すれば「『ごちそうさん』てなもの」になるのか、頭を下げて教えをこえば、その「『ごちそうさん』てなもん」になる方法を教えてもらえるのなら、ぜひとも教えていただきたいと思ってお願いしたのでしたが、ところが、近藤路夫は生意気な口をきくだけで、「住友林業との競合の時に、『強敵の住友林業』を《『ごちそうさん』てなもの》に変える方法なんて、まったく保持していなかった。単に、もともと、その地域が、「住友林業の家」よりも「一条工務店の家」の方を好む人が多い地域で営業させてもらっていたというだけの男だったのだ。そういう男が生意気な口ばっかりきいていたのだった。下手に出て損した。
  そして、何より、近藤路夫は「『住友林業はプレカットしてますか? してませんでしょ』と言えば簡単に契約とれる」などと言ったのですが、1993年5月現在、住友林業は機械プレカットをした木材で建てていたし、千葉県では、「浜松の(株)一条工務店」(「一条工務店浜松」)と共同出資会社としての「(株)一条工務店千葉」https://ichijo-c.com/ という会社を作って戸建住宅建築業もおこなっていた (株)ひらい http://www.hirai-gnet.co.jp/ という材木屋が住友林業(株)の「指定工場」として「住友林業の家」の構造材を機械プレカットしていた。 住友林業の営業は、それを「一条工務店は住友林業の下請けだ」とか言っていたのです。営業所長になっている人間が、そんなことも知らんのか?!? と思ったが「そんなことも知らん」人間が愛知県の「営業所長」にならせてもらっていて「所長」の役職手当を盗っていたのだった。近藤路夫の話は「聞いてるだけでアホくそなってくるやろ」て感じやった。

  だいたい、(株)一条工務店は、「セゾン275S1」というタイプを「施工面積」という延べ床面積より面積が広くなり、「坪あたり」にすると延べ床面積の「坪あたり」よりも安い金額になる(株)一条工務店の独自の計算方法で、どう考えてもその地域に合っていない東京都では「坪55万円/坪」で売らされていたのに対して、浜松・掛川では浜松・掛川向けの商品である「セゾン275S1」を「48万円/坪」でウルトラのダンピング販売をしていたのであり、近藤路夫が営業所長にならせてもらっていた名古屋では「49万5千円/坪」で、やはり、ウルトラのダンピング販売をしており、かつ、静岡県中西部・愛知県の営業は東京圏の営業には「一条工務店は創業以来、いいものを作れば売れる、広告に費用をかけるくらいなら商品に費用をかけた方がいいという考えでやってきた会社だから、テレビ広告などは一切やらないできました」と嘘を研修で教えておきながら、静岡県中西部・愛知県の自分たちの所だけで、ドカンと一発♪ テレビ広告をやりまくり、静岡放送でテレビ番組のスポンサーもやっていたのでした。まったく、「遠州人」〔あくまで、(株)一条工務店の遠州人のことだが〕というのは根性が汚い。「遠州人」〔(株)一条工務店の遠州人のことだが〕は、根性が う〇こ でできている。これだけ、価格に差をつけられると、ハウスメーカーで全国規模で建てている会社で価格帯の幅が広い会社の商品では、浜松・掛川・名古屋の営業が競合になる商品と東京圏の営業が競合になる商品は別のものになり、浜松・掛川・名古屋の営業は東京圏の営業が競合になる商品よりも一回りか二回り下の商品との競合で営業やっていたのである。いわば、東京圏の営業が「《東京向けのクラウン》との競合で《浜松仕様のセドリック》を売らされていた」のに対して、浜松・掛川・名古屋の営業は「《都市型カローラ》との競合で《浜松向けセドリック》をカローラの値段で売っていた」のである。カローラの値段でセドリックもしくはクラウンを売るならば、セドリック・クラウンの値段でセドリック・クラウンを売るよりも売りやすい・売れやすいのは当たり前である。ラグビーやってる人間が野球やってる人間よりも多く得点しても当たり前だ! たとえ、浜松・掛川・名古屋でしか営業やったことがない人間でも、このくらいのことは理解できてもよさそうなものだが、それをあえて理解しないようにしているというあたりは、(株)一条工務店の浜松・掛川・名古屋の営業というのは、なんとも「ふてえ野郎だ」ということになる。
  なおかつ、東京都では束石は「ピンコロ」という小さい立方体の束石が標準仕様であったのに、浜松・掛川・名古屋では「でっかいマンホールのフタみたいな束石」を””サービス””して、なおかつ、浜松・掛川・名古屋の営業は「構造アプローチ」として、「アプローチブック」というアルバム帳を使用して、「このような立方体の小さい束石ですと、地震がきた時に揺れて床束がはずれてしまいますね」などと(株)一条工務店の東京都での施工方法の悪口を言いまくって、せっせと東京の営業の営業妨害をやっていたのだった。
〔 実際には、床束は束石からそう簡単にははずれないと思いますけれどもね・・・・。
⇒[第696回]《「一条の建物は完璧」の反証5.束石は小さいと床束ははずれるか?他-一条工務店の浜松営業【9/  】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_9.html
  むしろ、(株)一条工務店の栃木県栃木市の工事現場で実際にあった、機械プレカットで土台にホゾ穴を開けられていなかったというものがあった際、(株)一条工務店の大工はまったくためらうことなく、「ホゾを切り落とせ」と言い、えっ? ホゾ穴を開けるのではなく柱のホゾを切り落とすの??? と驚き、特に、(株)一条工務店は「構造アプローチ」で「柱のホゾが腐ってしまうと、土台の上にのっかっているだけになってしまい、そうなると地震が来た時に簡単に柱が土台からはずれてしまうことになりますね。そうならない為にも腐り・白蟻対策は重要なんです。」と話しているのに、上棟の日にその柱のホゾを故意に切り落とすというのか??? とびっくりしたのでしたが、私が営業担当の工事現場であれば、「大工さん、プレカットでホゾ穴が開けられていないといけないはずの所が開いていなかったというのは、誠に申し訳ないと思いますけれども、1か所だけのことなので、手間かけて申し訳ないけれども、ノミでホゾ穴を作っていただけませんか」と最低でも一言は言ったと思います。そう言っても、それでも面倒がってやらないようならば、「それなら、私がホゾ穴を作ってもかまいませんか」と言えば、いくらなんでも、大工として営業にホゾ穴を作られたのでは大工として情けないはずであり、「しようがねえなあ。わかった、わかった」とでも言って作ってくれるのではないか。ミスは誰がやったのかというと、プレカット工場で柱を機械加工していた作業員ではなく、そこに渡された図面を作っていた人間の可能性が大きいように思いますが、大工は何のミスもないのかというとそうではなく、上棟の何日か前に、土台を据えているはずで、その際に、ホゾ穴がきっちりと開けられているかどうか確認しなかった、という点において大工にもミスはあるはずであり、それを考えれば、少々、手間がかかったとしても、ホゾ穴の1か所くらい、ノミで掘っても悪くはないはずです。又、そのお宅の請負業者は(株)一条工務店であり、その大工が請負業者ではないのですから、土台にホゾ穴が開いていない場所が1か所あったと気づいた時点で、その工事現場に来ている(株)一条工務店の工事担当者に、「ホゾ穴が開いていないといけない場所に開いていないが、どうする?」と訊くべきで、自分が請負業者でもないのに、「ホゾを切り落とせ」と決めてしまうというのは、それは立場を逸脱しており、(株)一条工務店としては、「(株)一条工務店が請けた仕事である以上、(株)一条工務店に確認しないで、ホゾを切り落とせと言うようなことはやめてください」と言わないといけないし、言うべきです。その時の工事担当者は新卒入社2年目のにーちゃんだったと思いますが、新人でも経験が浅くてもそんなことは関係ない。言うべきことは言わないといけません。もしも、私が営業担当の工事現場であったなら、「大工さん、申し訳ないけれども、1か所だけのことだから、ノミでホゾ穴を作っていただけませんか」とお願いします。私が営業担当ではない場合でも、工事担当が新卒入社2年目で、営業担当も新人だとかいう場合なら、工事担当と営業担当に、一言、話した上で、工事担当に「大工さんに、ホゾ穴を作ってくださいと言った方がいいのと違いますか」と言います。しかし、その栃木市の工事現場は、営業担当者は私より年齢は若かったけれども、社歴は私よりも古く、工事担当の経験もある人でしたから、もしも、そういうケースで私がでしゃばったことを言ったなら、またもや、営業本部長の天野隆夫から呼びつけにされて、「余計なことすんなあ」と怒鳴りつけられるでしょうから、せっかく、会社のためを思って言って、「余計なことすんなあ」などと怒鳴りつけられたのではあほくさいですから、ここのお施主さんは気の毒になあと思いながら、請負契約書の文面を読むと、地震など天災による損傷については瑕疵担保責任の対象外で(株)一条工務店は責任を負わない旨が書かれていたが、本来、柱と土台はホゾとホゾ穴で緊結されるべきものを、「ホゾを切り落とせ」などということをやった建物が地震で倒壊したという場合も瑕疵担保責任の対象外なのだろうか???・・・とずいぶんと考えたものでした。浜松・掛川・名古屋の営業が言っている、(株)一条工務店が東京都で施工していたピンコロの束石では、地震の時に床束が束石からはずれてしまうというのは、それはそう簡単にはずれるものではないと思われるし、又、竣工時から床束が束石から浮いている工事現場もあったし、「マンホールのフタみたいなでっかい束石」の場合でも、その「マンホールのフタみたいなでっかい束石」の端っこに床束が載っている工事現場もあっちやらこっちやらにあったのですが、むしろ、ホゾのない柱が土台の上にのっかってる建物の方が危ないように思えます。
⇒[第426回]《木造建築に際し機械プレカットは信用できるか―[1]寸法違いの丸太梁、ホゾ穴のない土台、鉋がけ不良の柱》https://shinkahousinght.at.webry.info/site/pc/preview/entry 【1】(イ) 〕

  近藤路夫は、さらに、「営業は借金すると売れるようになるから、だから、うちの営業所では、従業員全員に強制的に借金させた」と発言。あきれた。びっくりした。こんな非常識な男が営業所長になっているとは、あきれた。驚いた。
  慶應大学の商学部の先生で、「誰もが行きたがる一流企業」「東大・京大や慶応・早稲田といった大学の卒業生ばかりの会社」に勤めるよりも、「東大・京大や慶応・早稲田といった大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社」に勤めた方が、実力を発揮する場があって、その方がいいと言う方があった。例として出された話は、神奈川県の桐蔭学園高校の野球部の投手で、甲子園大会にも出場し、桑田が2年の時のPL学園と対戦して負けた志村投手が慶應大学に推薦入学で入ると、東京六大学野球で大活躍したが、もしも、法政か明治に入っていたら、他に高校卒業時にプロから誘われていたような投手がいっぱいいて、出番がなかなかないのに対して、慶應に入ったから出番があって活躍する場ができた、という話をされた。
  そういえば、野村のじいさんも、もともとは巨人ファンだったが、巨人には自分より1歳年上の藤尾という有望捕手がおり、応募する際に、レギュラー捕手が30代であるチームということで見たところ、南海と広島がそうだったところで、南海がテスト生の募集をやっていたので南海に応募した、と書いておった。『私の教え子ベストナイン』では、ドラフト制度が始まる前に南海に入団して野村の控えだった柴田捕手に、野村は「ドラフト制度で入団できる球団を指定されたわけでもないのに、なんでレギュラー捕手が三冠王のチームに入団したんや」と言ったという話が出ていた。
  岡邦行『江川になれなかった男たち』(三一書房)に載っていた話では、1970年、プロ野球界の黒い霧事件で主力投手が何人も永久追放になった西鉄にいた東尾は「これはチャンスだ」と思ったそうで、「野球はピッチャーなしではできない。これだけ、一線級投手が追放になってやめたとなると、俺たち二線級の出番だ」と考えたが、実際、東尾は先発投手として試合に出してもらったものの、投げては打たれ出ては負けして、パリーグの敗戦数ワースト記録を残した・・が、それでも他に投げる投手がいないので出してもらうことができ、そのうち、経験を積んで、シーズン終わり頃になると多少は勝てるようになり、その後、一線級投手の仲間入りをすることができた、というのだ。
  だから、(株)一条工務店のように、名古屋南営業所の近藤ローオさんとか福島県中通りの片山さんとかそんな人が営業所長になっていた会社ならば、当然、出番はあるはずだった、実際、近藤ローオさんや片山さんを見て、この会社はこんな人が営業所長になってるのかあとびっくりしたし、こんな人が営業所長になっている会社なら、たしかに、社内での競争なんて最初からないなあと思ったものだった・・が、「ベンチがアホ」の会社においては、「一線級投手」がいないなら「二線級投手」か「新人投手」に出番がありそうな感じがして・・そうではなく、いわば、便所掃除か下足番をマウンドにあげて投げさせる、ということをするようだった。(株)一条工務店はそういう会社だった。

  「東大・京大や慶応・早稲田といった大学の卒業生ばかりの会社」に勤めると、なかなか、出番がない、試合に出てこそ経験を積めるのだが、その「試合に出る」ことがなかなかできないのに対して、「東大・京大や慶応・早稲田といった大学の卒業生をなかなか採用できないというくらいの会社」に勤めた方が「出番がある」、経験を積む場もあるから、その方がいい・・というその見方によると、近藤路夫みたいな非常識な人間が営業所長になっている(株)一条工務店というのは、たしかに、これはもう、競争なんてないはずで、さっさと所長にでもなって実力を発揮してくれということになるはずだった。会社内での競争なんて最初からないわけで、他社の「東大・京大や慶応・早稲田といった大学の卒業生」と競争してくれということになるはずだった。・・・但し、慶應の先生は知らなかったのかもしれないが、「あまりにも下の会社に勤めるとかえってよくない」ということを言う人もおり、(株)一条工務店はそれに該当したかもしれない。
  「作家で精神科医」の なだ いなだ が『娘の学校』(中公文庫)で、「どのような賞を受賞しているかで人の値打ちが決まるのではない。どのような人が受賞しているかでその賞の値打ちが決まるのだ」と述べているが、会社の役職もそのようなところがあります。「どのような役職を会社からもらっているかで人の値打ちが決まるのではない。どのような人がその役職についているかで、その会社のその役職の値打ちがきまるのだ」と言えるでしょう。近藤ローオさんが営業所長になっていた(株)一条工務店の「営業所長」というのは、「普通の会社なら、主任 か 副主任 くらいのもの」だとわかりました。その後、1993年後半、福島県いわき市の営業所(展示場)で、福島県中通り地区の「所長」だった片山が、自分が所長ではなく他の人が所長になっている営業所(展示場)に来て、なんら挨拶することもなく、ずけずけと上がり込んできた時、「なんだ、この男は」と思い、会社員として、どこの誰やらわからん人間を展示場の展示スペースの方ではなく事務所の方に入れるわけにはいきませんから、「あんた、どなたですか」と言い、まともに返答しないようならつまみだすべきか・・と思ったことがありましたが、その時もまた、(株)一条工務店はこんな程度の低い男を「営業所長」にならせているのか、とあきれました。近藤ローオにしても片山にしても、「普通の会社なら、せいぜい、主任か副主任」という程度の人です。もともと、「主任か副主任くらいがいいとこ」の人に「所長」「営業所長」にならせるから、話がややこしくなるのです。

  「借金すると売れるようになるから、営業は借金しないといけないから、だから、私の営業所では従業員全員に強制的に借金させた」とは、あきれた。又、そういうことを堂々と胸張って言うというあたりにも、あきれた。そんな人間を営業所長にならせている、そんな人間に「研修」の講師役として発言させている、ということにも、あきれた。
   「借金すると売れるようになる」のか? という問題と、そうであってもなくても、営業所長、もしくは会社経営者が従業員にそのようなことをしていいのか? という問題と、2つの問題がある。

  後の方、営業所長が、もしくは、会社経営者が、「借金すると売れるようになるから」とか「借金しないと営業は売れないから」とか、そういうおかしな理屈をつけて、従業員に「強制的に借金させた」などとそういうことをやっていいのか?
  いいわけないのですよ。 会社・使用者は、いったん支払った給与・賃金について、それをどう使えなどといったことに口出してはならないものであり、もしも、「強制的に借金させた」などということをしたのでは、それでは、その部分について、給与・賃金を支払っていない、ということになります。 いくらなんでも、そこまで非常識なことを発言する人間が営業所長になっている、ならせてもらっている、所長の役職手当をもらっているとは、まさか思わなかった。あきれた。
  これは、当然、労働基準法違反であり、罰則規定もあり、労働基準法違反は犯罪であり、あってはならないことです。ところが、普通なら、「ああいうことはいけませんよ」と経営者に教えてあげると、経営者は「ありがとう」と言うものだと思うし、そういう非常識なことをやる営業所長にはまず注意してそういった非常識な行為はやめるように言うものです。 ところが、(株)一条工務店という会社はそうではない。(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、私に、周囲に何人もの従業員がいる場で、「『労働基準法は守らない』というのが、それが一条工務店の会社の方針だ」と発言。さらに、「労働基準法を守った方がいいと思うのなら、『労働基準法は守らない』という一条工務店の会社のルールを守る意思がないということなんだから、『労働基準法は守らない』という会社のルールを守らない者は会社を辞めろお!」と発言したのです。そんなことを言う人間が(株)一条工務店では営業本部長になっていたのです。そんなことを言う人が、上から何番目かだったのです。
  営業本部長の天野隆夫は、「労基署でもどこでも言いにいけばいいだろうが」と言うのでしたが、私は会社のためを思って言っているのに、それをそういうことを言うのでは・・・、なんとも程度の低い会社であり、なんとも程度の低い経営者の会社でした。
  「法は道徳の最小限」と、中学校の「公民」で教えられ、高校の「政治経済」でも同様の話が出て、大学の「法学」でも「法は道徳の最小限」と最初の方で出てきたはずでした。 (株)一条工務店は「道徳の最小限」を守らないというのを「会社の方針」にしている会社だそうです。
   日本国の法律を守らない会社というのは、それは、「その程度の会社」であり「程度の低い会社」だということです。労働基準法という法律については、厳密に守れていないという会社はあるでしょうけれども、しかし、「『労働基準法は守らない』というのが会社の方針だ」と明言する会社というのは、それは(株)一条工務店くらいのもので、それほど多くはないはずで、「『労働基準法は守らない』というのが会社の方針だ」というようなことを会社の上から何番目かという人間が何人もの前で明言するというのは、それは「三流以下の会社の証明」だということになります。・・・私は「会社のため」を思って我慢してきましたが、今から考えると、「上から何番目か」という人が「労基署でもどこでも言いにいけばいいよ」と言ったのですから、遠慮せずに言いにいけばよかったですね・・・。 「浜松市」はそういう「労働基準法は守らないというのが会社の方針だ」と明言するような不良企業から、「防潮堤の費用」と称してカネもらったわけですが、行政はそういうことをしていいのか? そういうカネをもらうかわりに、「浜松市」は何かとその企業に加担するということか? 浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友は、カネもらった相手のために働くつもりで不良企業からカネもらったのか? そのあたりが「思考が柔軟な慶應ボーイ」なのか? そのあたりが「自我が確立されている」なのか???  そういうのを「アイデンティティーを持っている」とか言うのか???
  まず、とりあえず、近藤ローオさんが、名古屋地区の営業所の従業員に「全員、強制的に借金させた」という部分については、それは、その分については(株)一条工務店は給料未払いと同じであるから、該当する従業員・元従業員にその金額を(株)一条工務店は支払うべきである。「浜松市」はそんな会社から「防潮堤の費用」などと言ってカネもらうのではなく、従業員に払うべきカネは払いなさいと(株)一条工務店経営者に言うべきである。もっとも、実際に、近藤路夫犯罪者が従業員に「強制的に借金させた」という部分について、(株)一条工務店に支払わせようとすると、それを証明できるかという問題が出てきて、おそらく、(株)一条工務店の不良経営者は、しらばっくれると思われ、又、日本の裁判所は労働者・従業員と使用者との裁判になると、労働者・従業員側には相当高いハードルを要求するであろうから、実際にその分のカネを(株)一条工務店から奪還するのは簡単ではないかもしれない。しかし、会社の経営者というものは、そういう所でしらばっくれて、違法行為をおこなっている「所長」を擁護するのが仕事ではなく、そういう違法行為をおこなっている「所長」に、そういうことはやめてください、と注意するのが会社経営者の仕事のはずである。違うか?
  まず、営業担当者としての能力と所長としての能力は同じではない。営業担当者としての能力も所長になる人はある程度以上あった方がいいであろうけれども、営業担当者としての営業成績にかかわらず、本来、「私の営業所の従業員には全員強制的に借金させた」とかそういうことをやるような人は所長になるべきではないし、ならせるべきではないはずである。 本来、所長というのは、「私の営業所の従業員には全員強制的に借金させた」などと、そういったことはおこなってはならないものだ、ということをきっちりと認識している人がなるべき役職のはずである。
 「浜松市」はそういうことをおこなっている会社に、「お金ちょうだい」と手を出すのが浜松市長の仕事だろうか? そうではなく、会社は従業員にそのような違法行為を働かないように指導するのが行政の仕事ではないのか? 法的に「市」にそれをやる立場にないというのなら、せめて、そのような会社からは「寄付」は受け取らない、という態度をとるということくらいできるはずで、そのような会社からの「寄付」は受け取らないという態度をとるべきはずである。違うだろうか? 浜松市民はそんな男を市長に選んでいていいのか? 市長が不良企業からカネもらって喜ぶということは、「市」はその会社に対して、その分だけ口をききにくくなる、ということになるであろう。それでいいのか??? 浜松市民は、そんな男が市長でいいのか???

  そして、「借金すると売れるようになる」だの、「借金しないと営業は売れない」だのと、よく言うと思うのだが、そのあたりについて。
  田中真澄『なぜ営業マンは人間的魅力が磨かれるのか』(1992.9.10. PHP研究所 PHPライブラリー)には安田善次郎の言葉が引用されているのだが、
《 しかし、どんなに繁盛しても儲かるようになっても、彼(安田善次郎)は決して無駄使いをせず倹約に徹した。生活費は店の収益金の一割を超えないことと決め、次の二つを心中に誓い続けた。
(1) いかなる場合も、うそをついて、他人に迷惑をかけることは断じてしない。
(2) いかなる場合も、身分不相応な生活は断じてしない。 》
《 とにかく彼(安田善次郎)の生活信条は、個人生活はできるだけ質素に、残した金は真に社会のためになることに大きく使うということであった。したがって、どんなに苦しい時でも自分の収入の二割は貯蓄に、あとの八割で暮らすことを生涯続けたのである。
  ローンを利用し、自分の収入以上の生活をして、揚げ句の果てに個人破産を招いている人々に彼の精神の何分の一かでも見習ってもらいたいものである。
と書かれている。私は、田中真澄氏が述べている安田善次郎の考え方というのは、もっともなことだと思う。少なくとも、(株)一条工務店の近藤ローオさんよりはるかにまともだと思う。

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  ↑ は、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所にいた時、「社員旅行」として佐渡に行った時に購入した「巾着袋」である。
《 金のたまる人
・・・
一. 収入以下で生活する人。
・・・ 》
  と書かれている。
裏面は、↓ のようになっている。
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↑ 観光地で販売されているもので、同様のもので、「福沢諭吉の人生訓」と書かれたもので「借りては使うな」と書かれたものを、どこかで見たように思うのだが、私は、福沢諭吉の著作は『学問のすすめ』『福翁自伝』『文明論之概略』『やせ我慢の説』『学問の独立』他、何冊か読み、福沢諭吉の伝記は小泉信三『福沢諭吉』(岩波新書)・遠山茂樹『福沢諭吉』(東大出版会 UP選書)・羽仁五郎『白石・諭吉』(岩波書店)など読み、三浦綾子『氷点』の中に、旭川に「福沢諭吉の恋人の孫」という人が住んでいるという話とそれに関する福沢諭吉のエピソードが載っていたのも読んだが、福沢諭吉がそういったことを述べているものを見たことはない。しかし、福沢諭吉は、やはり、「借金すると売れるようになるから借金せんといかん」などという暴論を主張するような人ではなかった、というのは間違いないと思う。

  佐渡だけではなく、成田山新勝寺https://www.naritasan.or.jp/  に行った時も、↓ のような巾着袋に出会った。やはり、
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《 金のたまる人
・・・
一. 収入以下で生活する人。
・・・ 》
  と書かれている。 裏面は、↓
DSC08506.JPG
↑ のようになっている。
  「親爺の小言」として、「朝は機嫌よくしろ」とかなんとかずらずら書き連ねた湯呑も観光地で売られていたのを見たことがあり、それにも、「借りては使うな」と書かれたのを見たように思うが、どこで見たかは忘れてしまった。

  普通に考えて、「借金すれば売れるようになる」なんて、サラ金か街金が言うのならともかく、そんなもので簡単に売れてたまるか!!!
  私の父親にしても、あんなおっさんでも、一応、会社の役員にならせてもらっていたのだが、「入るをはかって出づるを制す」と常に言っており、「それを、入るをはかることなく、出づるばかり先にやっていたのでは、出づるばっかりになってしまって、うまくいかなくなるのは目に見えている」「会社でも、おのれの収入を考えずに後先考えずに借金して物を買ったり使ったりして借金かかえるようなそんなやつは、総務なんかさせるわけにはいかんし、営業もだめ、経理なんてとんでもない。そんなやつ、あかん」と常に言っていた。 但し、借金を抱えたという人でも、だらしのない生活で借金を抱えたという人もおれば、自営業の人で事業がうまくいかなくなって借金を抱えてしまったという人とか、取引先がおかしな経営をしてそのあおりを食らったという人とか、友人が事業をやるのに保証人になったところ、その友人がドロンしてしまって借金を抱えることになったという人とか、様々であり、「借金を抱えている人」といっても、すべての人が一律に「だらしのない生活を送った人間」と決まっているわけでもないと思うが、それにしても、一般に、「借金を抱えている人」というのは、それはマイナスの評価をされることはあってもプラスの評価を受けることは普通はない。
  営業の能力があるのなら、なぜ、借金抱えなければならないのだ?  普通に考えて、「稼ぐ⇒使う、稼ぐ⇒使う、稼ぐ⇒使う・・・」とするのと、「使う⇒稼ぐ⇒返す、使う⇒稼ぐ⇒返す、使う⇒稼ぐ⇒返す・・・」とやるのとでは、同じだけ働いて同じだけ稼いだとしても、使える金額は後者は前者に比べてずっと小さくなるはずで、営業の仕事をする人間がこのくらいのことを理解できないのはおかしい。このくらいのことも理解できない人間が「営業できる」という主張は、それは理屈としておかしい。

  但し、それならば、「借金を抱えている人」というのは常にだめなのか、というと、そうではないケースもあるようだ。 久保もと子『トップになったセールスレディが書いた 女性がセールスで一流になる法』(1991.7.10.こう書房)には、
《 収入に対する意欲が実績を左右する、という典型で思い出すのはKさんという人です。Kさんは私の会社を口コミで聞いて面接にやってきました。いっては悪いけれど、見るからに色黒く、”田舎のおばさん”という感じで、会った瞬間私は”この人はセールスには向いていない”と思ったものです。
  話を聞くと、Kさんはこれまでガソリンスタンドで働いたり、化粧品のセールス経験があるとのこと。例の私の”いくら欲しいの?”という質問に、
「借金があるので、ここ三か月で200万円必要だ」
といいます。欲しいというのではなく、必要なのだ、です。そしてその借金というのは、Kさんのご主人がサラ金に借りたもので、九州の実家に子供を預けて、夫婦で名古屋に働きに来ている、ということも話してくれました。
  お金が必要だから歩合給セールスになりたい、というのは、意欲としては高いとは思いました。しかし、目の前のKさんは、いくら意欲があったとしても、とても必要とする収入に見合う実績を上げることは難しいと感じました。Kさんはしつこく採用を頼み込みます。私は、これも経験かもしれないと、一応採用して様子を見ることにしました。
  通常、私の会社では一週間の研修をしてから、セールスに出すのだけれど、Kさんは二日間の研修が終わると、”セールスに出してくれ”といってきました。私が一週間しないと出せない、といっても聞きません。社長に相談すると、社長は反対です。
  しかし、Kさんは、
「お願いします。命がけでやりますから」
 といいます。確かに200万円という借金の返済が迫っているのだから、命がけになるという理由はわかります。私は思い切ってその依頼を受けました。私自身がパートで入ってきて、三日目にセールスをやらせてくれ、といった経験の持ち主だから、やればやれるかもしれない、と思ったのです。
  しかし、というより、やはりというのが正しいのでしょうか、そのようなKさんでも一日目は契約ゼロでした。”明日もセールスに出たい”というKさんを、”やはりまだ早いから”と押し止めて、もう一日研修をすると、その翌日から契約を取り始めました。
  結局、採用一か月目の収入は75万円でした。新人としてはすごい成績です。やはり収入に対する意欲がモノをいったのだろうと思います。 ・・・・ 》
《 ・・二か月目も順調でした。ところが、その月の途中で、Kさんは50万円を貸してほしい、と頼みに来ました。・・・
  ・・私は迷いました。ここで突き放してしまうと、Kさんはどうなるかわかりません。社長に相談して、私がKさんの保証人になることで、50万円を貸してあげる、ということになりました。・・・
・・
  Kさんの働きは前にも増してすごくなりました。リーダーとして、部下を信用するということの重要性を、私は教えられたのです。
  その月の給料日、Kさんは50蔓延を返しにきましたが、私は、
「月10万円ずつの返済でいいから、40万円は田舎の子供さんに送りなさい」
 と、10万円だけ受け取りました。ただし、ご主人には絶対に渡してはいけない、と条件をつけて。Kさんは翌日、”主人には1万円だけあげた”と笑いながら郵便局の振込証を見せてくれました。・・・ 》
という話が出ています。 このKさんは、借金を抱えていたことから、何としてもそれを返さないといけない、ということから、稼ぐ意欲があった人で、それがプラスになったようです。 しかし、「借金を抱えていた人」といっても、Kさんが自堕落な生活をして借金を抱えたということではなく、Kさんの主人がサラ金で借りた借金が200万円あってそれを返さないといけないという事情があった、という人だったのです。
  1980年代後半、小堀住研(株)に入社してすぐの新卒社員研修で、「営業知識・営業技術・営業意欲の3つがそろってるのがいいけれども、そのうち2つあるとなんとか売れる。1つでは売れない」と言われました。(株)一条工務店に、2000年か2001年か、「零児」というホストが講演に来て、「私たち、ホストは、自分以外に売る物がない営業をやっている。それに比べると、皆さんがやっている住宅建築の営業は自分の他に売る物がある営業で、自分以外に売る物がない営業のホストに比べるとずっと楽だ。私は住宅建築の営業をやったら絶対にトップになる」などと発言していたので、ありぁ、そうですかいのお、それなら、やってみたら・・・と思ったものでした。
1. もしも、「売る物のある」営業で、自社の商品が競合他社の商品と比べて商品力があるという場合ならば、有利です。しかし、「売る物のある営業」の場合、逆の場合だってあります。同業他社の方が自社よりも商品力のある「売る物」を持っている場合もあるのです。
2. 「売る物のある営業」で、自社の商品に商品力があって、競合他社の商品に商品力がないという場合であれば、これは有利ですが、ホストというものを営業のひとつと考えたとして、ホストというのは「売る物がない営業」だというのは競合のホストだって「売る物のない営業」であって、自分にだけ「売る物がない」わけではないのです。
ホストを「売る物のない営業」として考えるならば、ホストは自分だけが「売る物のない営業」で同業他社は「商品力のある売る物」があるわけではなく、同業他社もまた「売る物のない営業」なのです。
3. そして、「自分以外に売る物がない営業」と「自分の他に売る物がある営業」では後者の方が楽とは限りません。
(ア)もし、「自分の他に売る物がある営業」で自分だけを売り込んだのではうまくいかないでしょう
(イ)又、「自分の他に売る物がない営業」と違って、「自分の他に売る物がある営業」はその「売る物」についての知識を習得しておく必要があります。
「零児」は、ホストとしては実績を残したということでしたが、そのあたりについての認識は正しいとは言えません。
4. 又、「私は住宅建築の営業をやったら絶対にトップになる」などという発言は、実際にやりもしないで言わない方がいいでしょう。自分はできると思うと言って入社して、壁にぶちあたって頭を抱えた人はいくらでもあります。やりもしないで、「私は住宅建築の営業をやったら絶対にトップになる」という発言は、それは実際にその仕事をやってきた人間に対して失礼であり、営業としては口にするべき文句ではないでしょうし、そういう口をきくというのは、それは「売れない方の要素」です。
5. ついでに、こちらは客としてホストクラブという所に行ったわけではないのですから、講演でえらそうな口をきくのであれば、源氏名とともに本名も名乗った上で発言すべきではないのか、源氏名という匿名でえらそうな口をきくというのはいかがなものか
・・
とも言えるのですが、しょせんはホスト屋のおっさんの言うこと・・かもしれません。
  ・・それで、ホスト屋のおっさんのことはさておき、ホストというものを「売る物のない営業」と考えるならば、「営業知識・営業技術・営業意欲の3つがそろってるのがいいけれども、そのうち2つあるとなんとか売れる。1つでは売れない」かというと、ホストの場合は「知識」に該当するものはないので、「技術と意欲」の2つが関係することになるでしょう。 「売る物がある営業」でも、「売る物」があればすべて同じというわけでもなく、戸建住宅建築業の場合は、地べたにゼロから作っていきますから、知識については無限大に近いところがあるのに対して、クルマ屋の営業では、オプションとしてのものを取りつけるかどうかということはあっても、一から作っていくわけではないので、戸建住宅建築業の営業に比べると「知識」の部分の割合は小さいのか、クルマ屋の営業から戸建住宅建築業の営業に転職してきた人を見ると、どうも、前職のくせが抜けないのか、もちろん、人にもよりますが、知識を蓄えようという姿勢がない人が多いように思えました。
  久保もと子さんがやっていたセールスというのは何を売る仕事をしていた人かというと、《 現在、体形補正専用のファンデーションを製造・販売している、(株)プルミエールという会社の名古屋店長を拝命しています。》という人らしい。
  この久保もと子『トップになったセールスレディが書いた 女性がセールスで一流になる法』(1991.7.10.こう書房)に書かれている「Kさん」の話というのは、歩合給の営業で、多く売って稼ぎたいという意欲が強い人、多く稼がないと困るという意識の人が成果を出した例で、売れるかどうかは能力だけで決まるのではなく、意欲があるかどうかも影響するという例ですが、しかし、ここで、2つの点について認識しておく必要があると思われます。
  小堀住研(株)では、新卒社員研修の際にTQC推進本部営業部会課長のMさんが「今まで見てきた上で言うと、営業知識・営業技術・営業意欲の3つがそろってるのがいいけれども、そのうち2つあるとなんとか売れる。1つでは売れない」と発言したのですが、これはその会社や扱っている商品によっても多少は比重は違うかもしれませんが、戸建住宅建築業の営業の場合は、どの会社においても基本的にはあてはまるでしょう。特に、(株)一条工務店の場合、営業は「設計」に対しては捕手、それ以外の職種の人間に対しては外野手の性質がある会社でした。この場合、「捕手」とはどういう意味か。野村克也が書いていた話では、1970年、南海ホークスの監督に就任した時、かつて、何度も優勝した時の南海とは違い、「年齢がいって力の落ちたピッチャー」か「安もんのピッチャー」しかいなかった、というのだ。たしか、野村が監督になった最初の年の1970年の先発投手というと、西岡・皆川・三浦・村上雅則の4人に、この年限りで引退した杉浦、それに新人の佐藤道雄。・・落ち着いて考えてみると、なんや、一応、いるやんけ・・・て感じがしないでもないが、優勝した1973年の先発投手というと、山内・江本・西岡・松原、それに村上雅則が何試合かで、救援が佐藤道雄。たしかに、東映で1勝もしていなかった江本が南海に移籍するといきなり16勝。巨人で前年0勝の山内は南海に移籍するといきなり20勝。巨人在籍3年で通算0勝だった松原は7勝。すごいなあと思ったものだ。片方で、野村が監督になる前から実績のあった村上雅則は野村と対立して阪神に移籍したとかもあったらしいが、ともかく、「投手としては高齢になって力の落ちたピッチャー」「安もんのピッチャー」「新人のピッチャー」でも、捕手が「ストライクさえ入れば、あとは俺がなんとかする」という姿勢で、その結果が、江本の移籍初年16勝、山内の移籍初年20勝につながったらしい。
※ 《YouTube-1973年 南海ホークス 選手名鑑》https://www.youtube.com/watch?v=do07iif282s

  私が小堀住研(株)に入社した時、小堀住研(株)は「技術の小堀、設計の小堀、デザインの小堀」と言っていて、設計担当者は、各支店に5~6人おり、新人の営業が担当の契約客の担当は新人ではない設計が担当し、新人や経験の浅い設計が書いた図面でもそのまま営業の手元に渡るのではなく、設計課長が一通り見た上で営業に渡されたのに対して、1992年の(株)一条工務店では、東京圏に設計担当者は在籍しておらず、名古屋にいた設計のうち、経験のある人は名古屋の営業の契約客を担当し、「新卒入社1年目の設計」(ほとんど、しろうと)が東京の営業が担当の契約客の設計担当をしていた。その後も、(株)一条工務店は私には新人の設計ばっかりまわしてきた。〔もともと、三流大学の建築学科に行きたいと思うようなやつ、特に、三流大学しか行けない行かないくせしてからに「設計」やりたいというようなやつ(「設計士さま」扱いしてもらいたがるやつ)というのは、最初から「精神的にぱっぱしたやつ」が多いということもあるかもしれないが。〕普通、営業所長というのは、自分が新人を引き受けて、新人の営業には経験のある設計を担当させるものではないのか、と思ったが、近藤路夫ら(株)一条工務店の所長は、自分に経験のある設計をまわさせた。私は(株)一条工務店に入社以来、新人やヘボ設計ばっかりまわされて、それを「ストライクさえ入れば、俺がなんとかする」という気概で努力して苦労して工夫して、なんとか乗り切ってきた。戸建住宅建築業においても建てる図面ができあがるまでに「捕手の力」(営業の力)は大きいが、(株)一条工務店の場合は、設計はヘボか新人しかいなかった会社であり、小堀住研(株)のように各地域に設計が何人かいて新人が書いた図面でも設計課長が内容を見て、それで問題点があれば指摘し、良ければそれでいいとして進めていたのではなく、そういうシステムがない会社だったので、より「捕手の力」は重要だった。
  そして、実際、完成した家を見ると、担当の設計によってではなく、担当の営業によって似ているのがわかった。そして、(株)一条工務店の営業の中には、「あの人に営業を担当されたお客さんは気の毒だなあ」という人もいた。ヘボ設計でも苦労して使っても、それでも、営業は「営業」であるのに対して、ヘボでも新人でも設計は「設計士さん」だったりするのだが、「わしぁ日陰の月見草や」とか思いながらでも「捕手の力」を発揮していたのだ。ところが、1998年、営業本部長の天野隆夫から呼びつけにされて、「余計なことすんなあ」と怒鳴りつけられた。はあ? はあ~あ? 「天野がアホやから仕事にならん!」・・・。野村が書いていたものによると、全盛期の杉浦というのはものすごいピッチャーで、相手の打者がこういう球が来るだろうと予想しているところにまさにその球を投げても、それでも打てない、というピッチャーだったというのだが、そんな「全盛期の杉浦みたいな投手」(営業が努力しなくても設計の力だけでお客様が満足できる図面を作れる設計)が(株)一条工務店の設計にいったい何人いたか? ほとんどいなかったではないか。 たとえ、いても、そういう「投手」(設計)はずべて、所長が担当の契約客の担当になり、私のところにはヘボか新人ばっかりまわしてきたではないか! 私はこの件について、(株)一条工務店のある程度以上の経験がある営業社員何人かに話したのだが、 「一条工務店の設計に、営業が『捕手の力』を発揮しなくても設計の力だけでお客様に満足してもらえる図面を作っていけるような人間がいったい何人いると思いますか? たいしていないのと違いますか」と言ったところ、誰もが「そうだ。ほとんどいない」という答えだった。「捕手の力」なしでも打ち取れる「投手」(営業の苦労なしでも設計の能力だけで顧客が満足できる図面を作成できる設計)を会社がそろえているのならまだしも、ヘボか新人ばっかり私のところには押しつけてきたにもかかわらず、「余計なことすんなあ!」とは何事か! (株)一条工務店はその程度のアホが営業本部長になっていたのである。念のため、断っておくと、私は営業本部長の天野隆夫という男が最終学歴が中卒だからアホだと言っているのではない。アホだからアホだと言っているのであり、ウルトラのアホのくせして自分はアホだという自覚がないからアホだと言っているのである。又、もしも、「一流の投手」「捕手の力がなくても、投手の能力だけで打者を打ち取ることができる投手」(営業の努力・苦労がなくても設計の能力だけで顧客が満足できる図面を作れる設計)がいたとしても、たとえ、そういう設計であっても、自分は一流の設計だから非設計職は何でも自分に従うべきだとかそんなことを思っている人間なら、そんな人間は一流ではないと思う。山田久志が『プロ野球 勝負強さの育て方』(PHP文庫)に「俺は一流投手だから、捕手も他の野手も誰もが何でも自分の言うことをきくのが当然だとか、そんなことを思っているような投手は一流投手ではない。一流投手なら、一流投手であればこそ、捕手や他の野手の気持ちも考えて、他の選手のことも考えてやるものであって、他の人間は何でも俺の言うことをきいて当然だとかそんなことを思っているような投手は一流投手ではない」と書いていたが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は、ヘボ設計に、山田久志が言う「そんな投手は一流投手ではない」ということをさせようとしていたのだった。天野隆夫がいる以上、まず、この会社はまともな会社にはならんだろう。
  戸建住宅建築業における設計と営業の関係は、野球の投手と捕手の関係のようなものだ。野村が書いていたが、金田はたしかに一流投手ではあったが、捕手のサインなど無視して投げたい所に投げていたそうで、野村が、せめて、三塁に走者がいる時くらい、そらしては失点につながるからサインの通り投げて欲しいと言うと、「わかった」と言ってサインと逆の所に投げたそうで、野村が書いていたものによると、投手と捕手とは正反対の立場で、捕手は野手の中で1人だけ後ろを向いて、しゃがんで低い位置にいて、それに対し、投手はマウンドという他の人間よりも高い場所に立って、しかも、金田は背が高いものだから、余計に自分が世界で一番えらいみたいに思って・・・、しかし、それでも、金田の場合は実際にそれだけの投手ではあったのだけれども・・・ということだったが、1997年、新卒入社で福島県いわき市の営業所に入った長谷川恭子は、すべに(株)一条工務店の営業の中では古い方(といっても、この会社は、従業員を「とっかえひっかえとっかえひっかえ」年中やっている会社なので、「古い方」といっても、この会社では古い方でも世間一般から考えると無茶苦茶古いわけではないけれども)の私に新人のくせして「金田みたいなこと」をやった。かつ、それをさせたのは、いわき営業所にいた長谷川より少々社歴が長い春田靖(男。東洋大建築学科卒)だったようだ。「おまえ、いったい、何やってんだ」と言わないといけないものだ。「おまえら、いったい、何のつもりだ」と言ってやらないといけないものである。何年か前、ヤフーニュースに出ていた話だが、中日ドラゴンズの建山捕手が、試合の途中でマウンドに行き、新人投手の小笠原投手だったと思うが、「おまえ、いったい、何やってんの」と怒ったという記事が出ていた。捕手のサインを無視して自分の投げたい球ばかり投げる。捕手としては試合の後半も考えて、相手打者の意識を考えてサインを出しているのに、途中まで投げて、後半を他の投手に投げてもらうのに、後で投げる投手のことを考えていない。「そんなことなら、おまえ、もう、ひとりでやれよ」「そんなことなら、おまえ、9回まで最後まで責任もってひとりで投げろ」と建山捕手は言ったというのだ。入社1年目の長谷川恭子はそう言われなければならないことをやっていたのだ。かつ、それを入社6年目だったか7年目だったかの春田靖がそうさせていたのだった。「おまえら、いったい何やってんのお!」と言ってやらないといけないものだった。何とかしないといけないと思っていたところ、営業本部長の天野隆夫から呼びつけにされて、「余計なことすんな」と怒鳴りつけられた。営業本部長こそ、この会社の問題の元凶であった。天野隆夫は本来なら春田靖にきっちりと注意しなければならないはずである。天野隆夫は春田靖に「おかしなことするな」と言わないといけないはずだった。それが逆立ちしているのが天野隆夫であり、天野隆夫の頭の中味は脳味噌が逆立ちしていた。今も逆立ちしているだろう。おそらく、この男は死ぬまで脳味噌が逆立ちしていることだろう。何より、「余計なことすんなあ」と言われなければならないのは天野隆夫であったはずである。私はあの男は間違いなく変質者だと思っている。あの男が営業本部長をやっている限り、この会社はまともな会社にはならないであろう。
  ついでに、1999年だか2000年だったか、栃木県佐野市の営業所(展示場)に在籍した時、佐野営業所に勤務していた設計担当に本社からFAXが来ていて、課題だとして、「客をうならせるトーク」を考えて本社に送れと書いてあったのだが、「なんか、ずれとる」と思いませんか? まがりなりにも「設計」であるのなら、考えるべきものは「客をうならせる図面」であって、「客をうならせるトーク」ではないのではないか? そう思いませんか? 「『いっきゅうけんちくしい』と叫べば人は言うことをきくと思ってる三流一級建築士」とか、「『ラーメン屋みたいにヒゲはやせば建築家』とか『スポーツカーにのってルパシカとか変わった服を着て大久保清みたいな格好すれば建築家』とか思ってる「建築家」ぶりっこ症候群のおっさん」とか、「『設計士さま』とか、日本にありもしない資格を名のれば、客はありがたがるとか思ってるヤツ」とか、(株)一条工務店の第一設計部はそういう類の人間を育成したがっているのか? アホと違うか・・て感じがする。「スタンドカラーシャツを着ると建築家」とかいうのもあるらしいが、スタンドカラーシャツというのは、基本的にはネクタイをしないで、そのかわりにワイシャツの前の部分の装飾がネクタイをする前提のシャツよりも多くなっているものであり、図面を書く作業をする者はネクタイが前に垂れないし、工事現場や工場に行った際も、回転するような機械があっても、ネクタイがそれに巻き込まれることはないので、そういった仕事場に勤務する者には適しているのだが、別名を「文化人シャツ」と言って、「文化人ぶりたいシンドローム」の人間が着たがるシャツだとも言われているのだが、私は、このスタンドカラーシャツが似合う男として自信がある。しかし、なぜ、私がスタンドカラーシャツが似合うかというと、それは、苦労して努力して営業の仕事をやってきた者で、努力しても契約してもらえずにつらい思いも経験してきた者であり、建築現場でも自分自身で柱を持ち、梁を運びしてきた者であるから、だから、スタンドカラーシャツを着ても「文化人ぶりっこ」には見えないのであり、そういう経験をせず、「設計」しか仕事をしたことがないような人間が着ると、「建築家ぶりっこぶりっこ症候群」に見えて似合わない。不思議なもので、スタンドカラーシャツというのは、「建築家ぶりっこぶりっこ症候群」とか「『いっきゅうけんちくしい』と言えば人は言うことをきくだろうと考えている浅はかな人間シンドローム」の人間が着るとそのように見えるようにできている。不思議なものである。

  1980年代後半、私が小堀住研(株)に入社した頃、住宅建築でわからないことがあれば、会社に誰かその問題についてわかる人間がいた。又、一般に、設計課の人間は設計については新卒入社した私よりも知っており、工事課の人間は工事についてわかっていた。それに対して、1992年、(株)一条工務店に入社すると、(株)一条工務店の工務課(工事担当)はそうではなかった。東京営業所の主任で「リーダー」だった宮崎さんは元工務課であったことから、営業にしては工務課寄りの態度を取ることが多い人で、「工務課が大変だかた」と工務課に対する「思いやり」が多い人だったが、そういう「思いやり」してもらっている工務課、一人前でない工務課であった。
⇒[第698回]《「一条の建物は完璧」の反証6.擁壁と基礎の取り合いの打合せを工事担当が拒否-浜松営業【10/  】》https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html
その後、福島県いわき市の営業所に赴任すると、いわき市の営業所の工務課は東京事務所の工務課よりはよっぽど良かったし、工務課の人間と打ち合わせをして、ここは工務課でやる、ここは営業がやると分担して進めることもできたが、(株)一条工務店の工事担当は、決して経験豊富な人間ぞろいではなく、それでも、ともかく、竣工まで持って行かないといけないのであり、営業だから契約とっておればそれでいいという姿勢ではまともに家は建たない会社だった。 (株)一条工務店では、「設計」は自分の担当の仕事はここからここまでと決めてそれ以外はやらない、工務課もまた工務課の仕事はここからここまでと決めるとその外側はやらない。しかし、営業がそれと同じように、営業の仕事はここからここまでと決めてそれ以外はやらない・・などということをしたのでは、自分が担当のお客様の家がまともに建たないことになる。だから、(株)一条工務店の営業は「外野手」。内野手が捕ってくれるものは内野手にやってもらえばいいが、内野手が捕らないものが外野手が捕らないといけないし、内野手は内野手が捕れないものは外野手に捕ってもらえばいいが、外野手は外野手が捕れないものでも外野手が捕りに行くしかない。外野手の頭上を越えたものも外野手が捕りに行くしかない。「外野手」が捕れないといっても、自分よりも後ろを守っている者はいないのだ。それが(株)一条工務店の営業だった。
  新人設計やヘボ設計を「わしぁ日陰の月見草」てなもので「捕手の力」を発揮して、他社の「一流の設計」(実際、他社においても、本当に一流の設計というのがどれだけいるかという問題もあるけれども)に負けない図面を作らせる努力をし、それぞれの部署が自分の守備範囲はここからここまでと決めてその外側はやらなくても、営業は「外野手」として、他の人間がやらない仕事でもやらなければ家が建たないものについては、「これって、営業の仕事かなあ」と思ってもそれでも「外野手」として自分以外にやる人間がいなければやらなきゃしかたがないわけでやってきたのである。内野手が捕らないものを捕り、内野手が後ろにそらせたものも捕り、外野手の守備範囲でないもの、外野手の頭上を越えて行った球も追いかけて行って捕りしなければ成り立たないのが(株)一条工務店の営業の仕事だった。
  戸建住宅建築業の営業の場合は、営業には知識が要る。契約までに必要とされる知識も、契約後に必要とされる知識もある。「営業としての住宅・建築の知識」と「営業技術」と、それと意欲との3つが影響する。 近藤路夫のように相当条件のいい営業所に配属してもらった人、「ひまわり」の場合は、野球でいえば、「たまたまバット出したところにボールが来てあたって飛んでヒットになった」みたいな契約も出るだろうけれども、私のようになんでそこまでというくらい、毎回毎回、条件の悪い所にばかり配属されてきた者の場合は、その3つのうちの最低でも2つはないと契約にはつながらない。
  久保もと子さんが書いていた「Kさん」の話は、たしかに、借金を抱えてそれをなんとか返さないといけないと思っていた人が、歩合給の営業の仕事について、入社時点で、「営業技術」の部分でも特に優秀とも思えなかった人が、優秀な成果を出せた、というものだったようですが、それは、「体形補正専用のファンデーション」の販売というものにおいては、それほどものすごい知識は必要なかったということがあるのではないか。「体系補正専用のファンデーション」の販売においては、影響するのは「営業技術」と意欲の2つであったのではないか。だから、「営業技術」の方でそれほどのものを持っているわけでもないと思われた人でも、意欲の点で相当のものがあった人が成果を出せたのではないかと思うのだ。 そうではなく、営業知識と営業技術と意欲の3つが影響するような営業であれば、小堀住研(株)のTQC推進本部営業部会課長だったMさんが言ったように、「営業としての住宅・建築についての知識と営業の技術と意欲の3つのうち、最低2つ」はないと売れなかったのではないか。小堀住研(株)のTQC推進本部営業部会課長のMさんは、それまでにいた人を見て、どんなに意欲がある人でも、知識がなく、営業技術もない人というのは、売れないようだというのを見てきたようなのだ。(株)一条工務店の場合、浜松・掛川・名古屋においては、東京都では坪55万円のものを浜松・掛川では坪48万円、名古屋では坪49万5千円でウルトラのダンピング販売をしていて、なおかつ、浜松・掛川・名古屋においてはテレビ広告もドカンと一発♪ やりまくってきたので、「買いに来るようなお客さん」というのが来場したかもしれないので、1992年に私が入社した東京営業所などとは条件がまったく違ったはずで、少々事情は違ったであろうけれども、「営業技術と意欲が影響を及ぼすが知識はそれほどのものは要らない営業」なら、営業技術はそれほど優秀でなくても意欲がきっちりとある人が成果を出すということはあっても、「営業知識と営業技術と意欲」が影響を及ぼす住宅建築業の営業の場合には、基本的には意欲だけではきついのではないかと思う。

  そして、もうひとつ。久保もと子さんが書いていた「Kさん」の話で、入社時において、特に営業の能力があるとも思えなかったが、歩合給の営業で売って稼がないといけないという意欲が強かったことから売れた、というのは、「サラ金で借金をこしらえたダンナ」ではなく、あくまでも、それを何とか返さないといけないと思って嫁さんの方だということだ。久保もと子さんが書いていた話で相当の成果を出したのは、あくまでも、「借金を返そうとした人」であって、決して「借金した人」ではなかったのである。近藤路夫が言うような「借金すると売れるようになる」だの「借金しないと売れない」だのという寝言を実行した人ではなかったのである。  

  (株)一条工務店では、もうひとり、静岡県の掛川市の営業所の所長の近藤正夫が入社時において、相当の借金を抱えていたが、入社後、相当売れたことで借金を返済することができたということだったが、その掛川営業所の所長の近藤正夫と名古屋南営業所の所長の近藤路夫の2人の「ダブル近藤 借金コンビ」のおかげで、「従業員に借金を勧める会社」になっていたが、従業員からすると迷惑な話である。
  新卒入社の人から聞いた話では、(株)一条工務店は新卒入社の従業員には、三和銀行(⇒UFJ銀行⇒東京三菱UFJ銀行)でカードローンのカードを強制的に作らせていたということだったが、そういうものを作らされて、「借金すると売れるようになる」だの「借金しないと売れない」だのと言われて借金すると、どうなるかというと・・・・⇒ 「貯金も借金もない状態になると、なんだか、貯金があるみたいな気持ちになる」そうだ。 実際に、(株)一条工務店で三和銀行(⇒UFJ銀行⇒東京三菱UFJ銀行)でカードローンのカードを作らされて、それで借金した人から聞いた話である。 「貯金も借金もない状態になると、なんだか、貯金があるみたいな気持ちになる」ようになった人が、営業として売れるのか? ・・・違うと思うぞ。
  
  私は、実際のところ、近藤路夫の被害者なのである。1994年、(株)一条工務店の福島県いわき市の営業所に、自称、
1.暴力団住吉連合系小名浜一家の組長の息子で、
2.父親は入墨を入れている。
3.中学生時代に同級生を殴って失明させたことがあり、
4.高校生時代は暴走族のリーダーで、
5.極真会空手の有段者で、
6.高校卒業後、千葉工大の建築科に行ったが4年で中退したが、
7.千葉工大に在学した時、アルバイトとしてホスト部に勤めていて、ナンバーワンホストだったが、
8.ホストをやっていた時、覚せい剤を扱っていて、ヤクザに襲撃されたことがあるが空手で撃退した。
9.傷害罪の前科がある。
10.千葉工大を中退した後、ミサワホームに勤めてミサワホームの中央設計室にいたが、
11.ミサワホームが(株)一条工務店を買収しようとしたことがあって、その際にミサワホームから(株)一条工務店に派遣されて行った時に、(株)一条工務店の大澄賢二郎社長からひとりだけ別室に呼ばれて、「うちの会社に来てもらえないか」と熱烈にスカウトされて、それで、(株)一条工務店に入社した、
・・・というM上という男(当時、20代後半)がいたのだが、ちなみに、↑ の1~11の話は、2だけが本当で他はすべて嘘らしい。よく言うなあ・・とあきれた。世の中、学歴詐称する人とかはいっぱいいるのだが、傷害罪の前科があるとか親が暴力団の組長だとか、そういうことは実際にそうでも隠すものであって、実際はそうではないのに詐称する人間なんているわけないだろうと思い込んでいたら、そうではなかったのだ。ミサワホームには最初から勤めたことはないようで、(株)一条工務店に入社したのも、別に社長からスカウトされたわけでもなかったらしい。
  このM上は、会社にあまり出てこない人間・・・て、普通、会社員で会社にほとんど出勤しない人間てありうるのか、コロナウイルスの影響での自宅勤務とかいうことならわかるが、そうではなく、コロナウイルスが蔓延しているわけでもないのに、会社に出勤してこないのである。かつ、そのわりに、パチンコ屋が改装オープンというような時には10時の開店に間に合うように駆けつけるのだ。なぜ、会社に出勤して来ないかというと、まず、クラブのホステスやっていた女と同棲していたので、クラブのホステスというのは、クラブの営業時間というのは午後7時から午前1時までで、午前1時に客を帰らせて、それから家に帰って風呂に入って・・・という生活をしており、住宅営業が一般の仕事に比べて夜型だといっても、クラブのホステスはもっと夜型であり、クラブのホステスと生活を合わせていたのでは、住宅建築業の営業の始業時刻の朝10時00分までに出勤するというのは大変だったのだ。会社は従業員に対して公平でないといけないはずであるが、(株)一条工務店は、私が松戸営業所に勤務していた時、連日、夜1時2時まで働いていた私が、朝、家を出ようとしても高齢の母がむずがって出れず、5分未満遅刻したということがあった時に、時間外手当を払わずにサービス残業にしている会社が遅刻したからと言って給料を引いたにもかかわらず、午前中に出勤してくることは月に5日もないM上には、普通に出勤したようになんらペナルティーを課さずに給料を払っていたのだった。「従業員に対する公平性の欠如」というのが、それが(株)一条工務店の特徴である。
  M上は、サラ金などで相当の借金があったようで、給料日になると朝から晩まで、平野とか佐々木とか佐藤とか田中とかいった「よくある名前の個人名」で営業所に電話がかかってきた。明らかに営業妨害であった。サラ金としては、勤務先に朝から晩まで電話をかければ、会社から該当従業員に「いったい、何だ」と注意されるであろうし、それが嫌だと思えば利息分だけでも無理してでも払うであろうと思ってかけてきていたようだったが、M上はそういう電話がかかってくることがわかっているものだから、普段から会社に出勤してくることが少ない人間だったが、給料日頃は特に出てこないので、結果として、サラ金から借金したわけでもない私が朝から晩まで電話を取らされることになるのだった。それでも、ごくたまに本人がいる時にかかってきたということが一度だけあったのだが、M上は「いないと言え」などと言うのだった。「言え」などとえらそうな口をきける立場ではないはずなのだが、M上は自分の言うことをきいてもらえないと暴れるので、しかも、「おい、俺の親は暴力団の組長だということは言ったよなあ」「ヤクザもんに言われて、嫌とは言わんだろうなあ」とかそういうことを言うのだった。いわき中央警察署http://www.police.pref.fukushima.jp/police/chuuou/index.html に聞いた話では、「小名浜にはM上という名前のヤクザはおらん」ということだったが、それなら、あれは何なのか。いわき中央警察署の警察官は「M上はヤクザとは違う」と言うのだったが、「ヤクザとは違う」と言われても、M上はサラ金から催促されて、それで、「おい、〇〇ちゃんよ。会社の仲間が困ってるんじゃないか。会社の仲間が困ってるのを助けないなんて、そんなおかしなことはねえよなあ。カネだせえ、こらあ!!!」と言って金属椅子で殴りかかってきたり、金属椅子を投げつけたり・・といったことを何度もされて、何度も怪我させられた。↑のM上が言った経歴は「父親が入墨を入れている」ということだけが本当でそれ以外は嘘らしいのだが、(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘はそれから7年後の2001年、私に「なんで、入墨いれたらいかんのじゃあ。入墨くらい入れたっていいだろうが。何考えとるんじゃ、おまえはあ」と言い、さらに「おまえは知らんかもしれんけども、服着てるからわからんだろうけれども、そのへんで働いている人間でも、何人かは間違いなく入墨いれてると思うぞ。なんで、入墨いれたらいかんのじゃあ。説明しろ、こら」と発言した。(株)一条工務店という会社は、総務部長という役職についている人間がそういう口をきく会社だった。怖い会社である。天野雅弘のこの発言を友人知人何人かに話したところ、「それって、その人も入墨いれてるのと違うのお?」と言う者がいた。天野雅弘は外見は「ヤクザ風」でもなく「強そう」でもないのだが、案外、その可能性はあるのかもしれない、と言われてわかった。 「住吉連合系小名浜一家の組長」というのは、M上の父親とは別人で、M上の父親はいわき市の小名浜地区に住んでいて入墨をいれているらしいが、「住吉連合系小名浜一家の組長」ではなく、小名浜地区の住人にきくと、本当の「住吉連合系小名浜一家の組長」というのは、近所の人にはけっこう評判がよく、少なくとも、「サラ金で借金して返せないから、会社の同僚に『カネだせえ』とか言って、椅子を投げつけるようなそんな人とは違うよお~お」ということだった。普通は、ヤクザでなくても入墨を入れている人というのは「ヤクザ者」でなくても「入墨者」として警戒されるもので、あえて、一般世間から警戒されるようなものを入れる人というのは、「ヤクザでなくてもそれにいくらか近い人」と見られるものだが、「ヤクザの入墨」ではなく「職人の入墨」だとか言う人もあるのだが、しかし、職人でも入墨を入れている職人というのは、(株)一条工務店でも「どんなに腕がいい人でも、入墨を入れている者は使うな」と指示していたはずで、やっぱり、入墨いれてる人というのは、「ヤクザの入墨ではなく職人の入墨」であったとしても、それでも、そういう方向に近い人がそういうものを入れるはずなのです。そして、私は、サラ金でカネ借りて返さないものだから、給料日ごとに朝から晩まで督促の電話が(株)一条工務店のいわき市の営業所にかかってきて、その電話を取らされて、さらに、本人がたまたまいる時にかかってきても、本人が「いないと言え」と言う。「すいません。いないと言ってください」と言うのならともかく、「いないと言え」と言うのだが、私は(株)一条工務店の業務に関する電話は取るのは仕事であっても、M上にかかってくる個人的な用事の電話を取るのは私の仕事ではないし、私は(株)一条工務店からもM上からも、M上にかかってくるサラ金からの電話を取ることについての報酬はもらっていないのである。
  実際のところ、近藤路夫が「借金しないと売れない」だの「借金すると売れるようになる」だのと、従業員に借金を勧めたおかげで、M上は堂々と借金をして、給料日になると普段以上に会社に来ないようにして、サラ金は会社に督促の電話を朝から晩までかけまくり、私は朝から晩までサラ金からの電話を取らされて自分が担当の仕事に支障が出たのだった。さらに、M上は私に「おい。〇〇ちゃんよお。会社の仲間だろうがあ。会社の仲間が困ってるのにそれを助けないなんておかしな理屈はねえよなあ。さっさとカネ出せ、こらあ~あ! うちの親は住吉連合系小名浜一家の組長だと言ったよなあ。わかったらカネだせえ、こらあ」と言ってつかみかかってくる。これ、いわき中央警察署に言っても、「それは会社として注意するべきものですから、警察に言わずに会社に言ってください」と言って対処してくれず、会社に言ってもどうもしてくれず、それだけではなく、営業本部長の天野隆夫から、「おまえ、独身だからカネ要らんだろうが。会社の仲間が困ってるんだから、家を売ってでもカネ出してやるもんだろうが。何、考えてるんだ、おまえはあ~あ!」と言って怒鳴りつけられた。怖い会社である。営業本部長の天野隆夫は、だらしない生活をして、クラブ・スナックのホステスにいい顔するために、サラ金でカネ借りてそれを返せない男の借金を、何の関係もない私に、親から相続した家を売って払ってやれと言ったのである。恐ろしい会社であり、又、天野隆夫という男はまともな人間とは言えない。カタギとは言えない態度である。それだけではない。(株)一条工務店は、サラ金から借金して、給料日およびその後、何日かは朝から晩までサラ金から督促の電話がかかり、私に「カネ出せえ。こらあ」と脅し、金属椅子で殴りつけるなどして私に何度も怪我させた男については、「借金すると売れるようになる」とか近藤路夫が言って擁護し、私に「男っちゅうもんは、何かあったらおのれの腕でやりあって勝負つけるもんなんじゃあ。それが、大澄賢二郎社長が言われるところの『梁山泊の精神』ちゅうもんなんじゃあ。警察に言うとはおまえはそれでも男かあ! もしも、今度、警察に言ったら会社を辞めてもらうからなあ!」などと言ったのである。(株)一条工務店という会社はそういう会社、そういう「反社会的勢力」である。会社がそういう態度を取ったというのを見て、M上はさらに、私に「おい、〇〇ちゃんよお。ヤクザもんを警察に言ったらどうなるか、わかってんだろうなあ、ごらあ。うちの親はヤクザの組長だって言ったよなあ。うちの親は入墨いれてるて言ったよなあ。ごら、ヤクザもんを警察に言ってただですむと思ってるのか、ごらあ。指つめろお!」と言って、つかみかかり、又、椅子で殴りつけるなどして、また、怪我させられた。(株)一条工務店の経営者は使用者責任があるのは当然として、傷害罪の共犯と考えるべきではないか。
  会社が本来なら対処すべきことを対処しなかったのであり、(株)一条工務店は「保護義務違反」の会社であるのだが、会社が対処すべき問題を対処しないから、しかたがないから警察に言っているのに、何度も何度も暴力をふるわれて何度も怪我させられているのに、それでも警察は「それは会社が何とかするものだから、警察に言わずに会社に言って」と言うのです。たとえ、M上が実際に暴力団組長の息子でなかったとしても、暴力団組長の息子を自称して恐喝を働いているのであり、私はすでに何度も暴力をふるわれて何度も怪我させられているのであり、会社がしかるべく対処しないから警察に訴えているのであり、このいわき中央警察署の対応はおかしい!。又、いわき中央警察署の警察官は「M上はヤクザと違う」と言うのでしたが、「ヤクザと違う」と言っても、現実に本人が自分で「俺のような暴力団関係者は・・」と常に口にしており、常に職場でそう口にして恫喝を加えている人間というものは「カタギ」だと言う警察の主張はどう考えてもおかしい。(株)一条工務店の総務部長の天野雅弘が「なんで、入墨いれたらいかんのじゃあ。入墨くらい入れてもいいだろ」などと言うのだが、それこそ、「入墨は犯罪ではありませんから」と清原が言っていたように、たしかに、入墨自体は犯罪ではないでしょうけれども、「うちに父親は入墨いれてるてわかってるよなあ」と言って恐喝を働いているその行為は犯罪なのです。日常的にそういう行為を繰り返している人間のことを、警察が保持しているらしい「暴力団構成員」のリストに名前が入っていないからという理由で「カタギ」だと認定して、「カタギ」だから、何度も暴力をふるって私に怪我をさせ、恐喝をはたらいてカネを奪いしても、何ら対処してくれない。こういう警察を何と言うかというと、税金「泥棒」と言うのではないのか。(株)一条工務店のいわき地区の従業員にも話しました、「こいつ(M上)が『ヤクザと違う』と言うのなら、それなら何なんだ? カタギか? こんなカタギがあるのか?」と言うのですが、私もそう思います。世の中には、「ヤクザにあこがれながらも、ヤクザにはなれない。しかし、カタギにもなれない」みたいな人、「ヤクザにもなれず、カタギにもなれず」という人がいて、そういう人のことを「チンピラ」と言うという人もいるのですが、その定義ならM上は「チンピラ」になるのかもしれませんが、それならそれで、現実に市民がその「チンピラ」の被害にあっていて、はっきりと被害を訴えているのですから、それにまともに対処しないいわき中央警察署の対応では、警察に存在価値はないことになります。
  それならと思って、いわき労働基準監督署https://jsite.mhlw.go.jp/fukushima-roudoukyoku/kantoku/list/map_iwaki.html に相談に行ったのだが、「それは、警察に言うべき問題で、労働基準監督署が対処する問題ではないので、警察に言ってください」と言われ、「警察に言っても対処してもらえないので、それで、ここに来たのです」と言っても、「そう言われても、労基署で対処する問題ではありませんから」と言われ、それならと思って、いわき法務局の人権相談http://www.moj.go.jp/jinkennet/fukushima/area_iwaki/d_soudan/d_soudan.html に言いに行ったところ、人権擁護委員なのか法務局職員なのかどちらかわからないが「それは警察に言う問題ですから、警察に言ってください」と言うので、「警察に言っても『会社に言ってください』と言われ、会社に言っても対処してくれないだけでなく、『次、警察に言ったら会社を辞めてもらうからなあ』と言われるので言えないのです」と言ったのだが、すると、人権擁護委員なのか法務局職員なのかは何と言ったかというと、「そんなもの、知ったことではない!」・・・と、そう言ったのです。「そんなもの、知ったことではない!」と。「法務局の人権相談」というのは、あれはいったい何なのか? 「そんなもの、知ったことではない!」などとそういう口をきくのが、それが「法務局の人権相談」だった。
  本来なら、会社がきっちりと対処すべきものを、それを対処しないだけではなく、「次、警察に言ったら会社を辞めてもらうからなあ」などと被害者に恫喝を加え、警察は警察で「それは会社が対処すべきものだから、警察に言わずに会社に言って」などと言い、「法務局の人権相談」は「そんなもの、知ったことではない」などと言ったのです。いったい、どうしたらいいのか。毎日、毎日、恐怖にかられて過ごしました。
  私は、その時はまだはっきりと気づいていなかったのですが、(株)一条工務店では私の周囲に必ず「草」とでもいう従業員がいた。「草」は普段は一般の従業員のように勤務しているが、何かの折に営業本部長の天野隆夫に「情報」を送ることを使命にしており、それによって一般の従業員よりも優遇されている。いわき市の営業所にいた時、「うちの父親は暴力団の組長だと言ったよなあ」「指つめろお」とか言って金属製の椅子を振り回したりしたM上正彦は、実は営業本部長の天野隆夫のいわき地区における「草」だった可能性がある。だから、私は「次、警察に言ったら会社を辞めてもらうからなあ」などと言われた、ということが考えられる。そういう人間を「草」として使っていたということは、(株)一条工務店の経営者というのもまた、M上と同様のチンピラだ、ということになる。
  ・・・案外、住吉連合系小名浜一家の組長さんという方に、「どうも、住吉連合系小名浜一家と関係のない人らしい人間が、『住吉連合系小名浜一家の組長の息子』を名のって恐喝したりしているのですが・・・」と相談してみたら、もしかすると、M上のような人間にはそれが一番効いたかもしれない・・・かと思ったりもします。元兵庫県警の松井なんとかさんが本に書いていたが、ヤクザでもないのにヤクザの組長をかたっていた男が、それが、かたっていた組長に知れて、半殺しにされたというようなこともあったそうで、ヤクザでもないのにヤクザの組長をかたるなどということは絶対にやってはいけない、と書いていたのだが、そういう、M上のような暴力団組長の息子でもないのに「暴力団組長の息子」をかたって恐喝を働くチンピラは、本物のヤクザさんにお願いすることができれば、もしかすると、それが、M上のような人間を駆除するには一番いい方法なのかもしれないか?
  「暴力団組長の息子でもないのに『暴力団組長の息子』をかたって恐喝を働くチンピラ」のことを「梁山泊の精神」とか言っていた会社が(株)一条工務店でした。もっとも、1996年8月、大澄賢二郎初代社長の息子で関連会社の(株)日信の社長に名目上なっていたらしい大澄隆史がつきあっていた女性を刃物で刺し殺して実刑判決を受けて刑務所に入るという、まさに「女を刃物で刺し殺し、官憲に追われ、逃げる」という『水滸伝』の梁山泊の首領 「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」そのまんま を実行して以来、(株)一条工務店は「梁山泊の精神」というのをあまり言わなくなりましたけれども。 
  いずれにしても、近藤路夫が「借金すると売れるようになる」だの「借金しないと売れない」だのと言いまくったおかげで、私は被害にあっているのである。給料日になると、朝から晩まで、吉野だの佐々木だの佐藤だの田中だのとよくある個人名で電話をかけてくるのだが、サラ金からの督促の電話であるのは明らかである。こちらも、住宅建築業の営業だから、「M上さんはおられますか」と言って住宅展示場に電話をかけてくる人には、「申し訳ありません。只今、外出しておりますが、戻り次第、こちらからかけさせたいと思いますので、お電話番号を教えていただけますでしょうか」と言うと、電話番号を教えてくれたのだった、切った後、展示場の「リーダー」が、その番号にかけてみろと言うのでかけてみたところ、吉野さんだったか佐々木さんだったかの電話番号は「武富士 平(たいら)店」の電話番号だった。〔⇒《YouTube-武富士CM》https://www.youtube.com/watch?v=Fo-z9lYJn8c 〕
   実際のところ、近藤ローオさんは迷惑なのです。「借金すると売れるようになる」だの「借金しないと売れない」だのと言いまくり、その結果、M上みたいに堂々と借金して、給料日になると他の従業員にサラ金からの督促の電話を取らせる従業員が出てくるということに対して責任を取らない。借金を勧めたからには、その結果、どうなったかということに対しても責任をとってもらいたいのです。
   サラ金の借金を返せないということで、「こらあ。カネだせえ」と言って、金属椅子で殴りつけたりした人の犯罪について、近藤ローオさんは、いくらか責任はあるはずなのです。 違いますか? どう考えても、いくらか以上責任はあるはずですよ。 サラ金は、なぜ、自宅ではなく会社に電話をするかというと、自宅にかけても出ないということもあるかもしれないが、会社にかけると、たいていの会社では、会社の経営者が、該当従業員に、「そういうことをされたのでは、会社の営業妨害であり、そんな電話が会社にかかってこないようにしてくれ」と注意するはずで、そうなっては困ると思うと利息分だけでもなんとかして払うだろうと思うから会社に電話をかけているわけです。ところが、(株)一条工務店は営業所長の近藤ローオさんが「借金すると売れるようになる」だの「借金しないと売れない」だのと、そういうことを言うから、だから、大威張りで借金して、なおかつ、会社は借金した従業員の味方だと思っているものだから、給料日になると(普段から会社に出てこない人間だがなおさら)会社に出てこないようになって、それで、結果として、私のように普通に出勤している従業員が被害に合うことになるのでした。 実際のところ、私がサラ金で借金したわけでもないのに、朝から晩まで督促の電話ばっかり大量にとらされて、精神的にまいりました。サラ金は、借りて返さない人に精神的にまいってもらって、それで、なんとか返そうという気持、もしくは利息分だけでも払おうという気持にならそうと思って職場に電話攻撃をかけていたのですが、精神的にまいったのはサラ金から借りて返さないM上ではなく、自分がサラ金から借りたわけでもない私でした。 自分がサラ金から借りたのならともかく、自分がサラ金から借金したわけでもないのに、なんで、そんな電話を大量にとらされなければならないのか? (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫や総務部長の天野雅弘は「そのくらい、とって当たり前だろうがあ」と言うのでしたが、私と(株)一条工務店との間の労働契約には、M上にサラ金からかかってくる電話をとることは対象業務には入っていないはずであり、M上にサラ金からかかってくる電話をとることに対する報酬はもらっていないはずですから、もし、そういう「業務」もさせるのであれば、それに対する報酬を別に払ってもらわないといけないことにもなります。M上にかかってきたサラ金からの督促の電話は1本や2本ではなく、その量は半端ではなく明らかに業務妨害であり、その電話を取ることで私は本来なら事務所でやる必要に支障が出たのであり、それをやるために時間外に余計に働かないといけないことにもなったからには、それに対しての時間外手当は支払われるべきであるはずですが、(株)一条工務店はサービス残業にしてきたのです。
  近藤ローオが言ったような「借金したら売れるようになる」というようなものなら、M上は売れたはずで、サラ金からの借金はさっさと返済できたはずですが、返せないから、だから、給料日ごとに朝から晩まで、吉野さんだか佐々木さんだか佐藤さんだか田中さんだかから電話がひっきりなしに展示場の事務所にかかってきたのでした。M上に暴行を受けて怪我をさせられ、恐喝されてカネも奪われたが、M上は、近藤ローオさんが主張する「借金すると売れる」というのは大間違いである、ということを証明してくれたわけで、その点ではM上は(株)一条工務店にも私にも貢献した、と言える・・のかもしれない。
  そんな「研修」に参加させられるのは迷惑です。(株)一条工務店は、毎年、年頭に「年誌」として分厚い冊子を全従業員に配布し、そこに「一条工務店の土台を築いてきた人たち」として通算契約棟数が多い人の顔写真と氏名を掲載していたのですが、1992年に私が入社した時点で、近藤ローオさんは、通算契約棟数3位ということになっていましたが、通算契約棟数が3位であろうが2位であろうが1位であろうが、「借金すれば売れるようになる」だの「借金しないと売れない」だのと言って、従業員に借金してカネを使うことを奨励して、その結果、吉野さんだか佐々木さんだか(と称するサラ金の従業員)から、給料日ごとに朝から晩まで展示場の事務所に電話がかかってきて、実際に借金してカネを使った男は会社に出てこないで、普通に出勤して勤務している従業員が被害に合っているという実状に対して、きっちりと責任をとってもらいたいもので、何らおのれの身勝手な発言に責任をとらないのであれば、その人は「一条工務店の土台を築いてきた人たち」ではなく「一条工務店の基礎を破壊してきた人たち」だと言わざるをえません。

  又、どうも、(株)一条工務店という会社は、営業社員に対して、喉元に刃物を突き付けるようにすれば、必死になって売りに行って売れるようになるとでも思っているのか? という態度を取りたがるが、しかし、「営業知識と営業技術がある人」が「売れる営業所(展示場)」に配属してもらっているのに意欲の点で問題があるから売れていないという人ならば、喉元に刃物を突き付けるごとくして売るように要求すればそれで売れるということもあるかもしれないが、そうではなく、「営業知識と営業技術」の方に問題がある人で意欲はすでにある人に、なおさら、意欲を向上させようとしても、それで売れるようにはならないでしょう。 「営業知識と営業技術」が身につくようにするか、もしくは、経験と実績のある営業にアドバイスしてもらえるようにするか、ということが必要なはずです。
  むしろ、営業所長等の肩書をもらっておきながら、所長らしいことを何もやっていない人というのがおり、たとえば、1993年にいわき市の営業所に来た時の片山なども、自分が売れているからとして、「売れていない人を『転勤』にすることが所長会議で決まった」などと得意がっていたが、営業所の成績についての責任は営業個人に押しつけて、自分が個人として売れているからと、営業所の成績について責任を取ろうとしないような男というのは、それは「所長」の肩書をもらっていても、実質、そんな人間は所長とは言えないはずである。
 野村克也のじいさんは、1970年~1977年に南海ホークスの選手兼任監督を務めたわけだが、選手としての成績がいくらよくても、監督としてのチームの成績が悪ければ、「選手兼任監督」というのは、選手としては評価されても監督としては評価されないのです。(株)一条工務店の営業所長というのは、多くは「営業担当者 兼 所長」であったわけですが、福島県中通り地区の所長だった片山にしても、自分が営業担当として多く売ったと自慢にしていたようだが、それはあくまでも営業担当者としての成績であり、所長としての成績ではないはずであるのだが、当人、それがまったくわかっていないようだった。名古屋南営業所の近藤路夫もまた、営業としてどれだけ売った(というより、売らせてもらった)ということは考えても、営業所の成績や営業所のあり方についてどれだけ貢献したかは考慮されていない、というよりも、自分が営業所長になっている営業所の従業員に「全員、強制的に借金させた」などと得意がって発言するというあたり、そのあたりだけでも「営業所長としては失格」であり、もとより、営業所長にならせるべき人ではない、と評価される人間であろう
  入社して比較的早いうちから「ひまわり」扱いされた人は、「なぜ売れるのか」「なぜ売れないのか」ということがわかっていない人がいるのではないかと思う。私はある程度以上わかっていた。だから、在籍後半は、端で見ていて、言ってあげたいなあと思うことは何度もあったし、言ってあげれば会社にとってもプラスになったと思うのですが、私が言うと、またもや、営業本部長の天野隆夫が「余計なことすんなあ」とか言うでしょうから、だから、言えなかったのです。 会社の営業実績のためにマイナスになる男が営業本部長になっている会社というのは、なんだか、やりにくいですね・・・。

  1990年代、福島県いわき市の営業所には、自称「住吉連合系小名浜一家の組長の息子」「父親は入墨いれてる」「傷害罪の前科がある」「高校時代は暴走族のリーダー」「覚せい剤を扱ったことがある」「極真会空手の有段者」というM上(男。当時、20代後半)に、給料日ごとにサラ金から個人名で朝から晩まで電話がかかってきたとともに、M上と同棲していた女もまた、「M上さんいますか」と自分の名前も名乗らずに何度も電話してきたが、設計の春田靖(当時、20代なかば)にも、「佐藤さん」という女性が、毎日毎日、朝から晩までひっきりなしに電話をしてきたのだが、普通に考えて、業務外の電話、私用の電話は会社にかけるのではなく住居の方にかけるべきであり、親族でもなければ嫁でもない女が、朝から晩まで営業所にひっきりなしに電話をかけてまくって、それが会社という所で通じるというのはおかしい。ところが、それを(株)一条工務店の経営者はまったく注意しない。普通の会社なら、毎日毎日、嫁でもない女が朝から晩までひっきりなしに職場に私用の電話をかけてくるというものに対しては、使用者は「勤務時間中の私用電話はほどほどにしてください」と注意するはずであるが、(株)一条工務店という会社は不思議な会社で春田靖に対してまったく注意することがなかった。
  しかし、春田靖に「佐藤さん」がかけてくる電話を取るのは私の仕事ではないし、私は、「佐藤さん」が春田靖にかけてくる電話をとることに対しての報酬は(株)一条工務店からも春田靖からも受け取っていない普通、私用の電話を取りついでもらったなら、「すいません」なり「ありがとうございます」なり言うのが常識ではないかと思うが、春田靖という男は「すいません」も「ありがとうございます」も言ったことは一度もない。この男、あんまりいい育ちじゃないなあ、という感じがした。あんまり、いい教育を受けてきてないなあ、と判断せざるをえない。そのうち、「佐藤さん」とは縁が切れたらしく、まったく別の女と結婚したが、「結婚式の二次会」に参加してくれと私に言ってきたので、「用事で欠席」することにしたところ、春田靖は不満だったようで、「どうしてなんですか?」と何度も私に訊いてきたのだが、「どうして」か自分でわからんというのは、それはすでに20代も後半になった男としておかしい。親族でも嫁でもない女が、会社に勤務時間中に傍若無人に何度も何度も電話してきて、その電話を何度も取ってもらって取りついでもらった相手に、「すいません」も「ありがとうございます」も「申し訳ありません」も一言も言わないで、他の女と結婚しますからと言って結婚式の二次会だか三次会だかに参加してくださいなどと言って、来てもらえると考えるというのはどう考えても非常識である。そのようなものに参加したのでは「私はアホです」と言っているのと変わらないことになる。そのようなものには絶対に参加してはならない。この男、いったいどんな教育うけてきたんだ? この男、学校で何を教えてもらってきたんだ? 「親の顔が見たい」・・といっても実物を見せられてもどうしようもないのだけれども、この男の親はいったい何やってる人間なんだ?・・と思ったら、春田靖の父親というのは中学校の校長先生だそうだ。なるほどなあ~あ・・・、なるほど~お・・と思った。その校長先生というのは、そういう「教育」やってきた人間だったのか・・・。又、学校の先生の息子・娘というと、たとえば、私が行った大阪府立北野高校の物理のF先生の娘は私と同年齢で天王寺高校から現役で京大の医学部に進学したし、父の知り合いだった大阪府立豊中高校の某先生の息子さんは北野高校から阪大の医学部に現役で合格・進学したが、学校の先生というのは教えるのが仕事なのだから、学校の先生の息子というのは東大とか京大とかに行くものと違うのかと思ったのだが、春田靖の父親というのは中学校の校長先生なのに、中学校の校長先生の息子の春田靖はなんで「東大」は東大でも《東京大学の東大》ではなく《東洋大学の「東大」》なんてものに行くのか、なんか不思議やなあ、なんでなんやろうなあ~あ・・・・て感じやった。なんや、その先生に習ったら成績下がりそうやな・・・。
  考えてみると、1970年頃、私が行っていた大阪府北部の市立小学校で、私が小学校5年の時の担任(男。大阪府立池田高校卒⇒大阪教育大卒)Hが、「社会科」の授業の時、「日本の干拓地にはどんなものがあるか?」と私にあてて質問したので、目の前にある教科書には、児島湾(岡山県)・有明海・八郎潟(秋田県)という3つが掲載されていたので、その3つは誰でも知っているわけで今更質問してきくようなものではないからそれ以外にどんなものがあるかという質問だと思って、「十三湖(じゅうさんこ)〔青森県〕」と答えたのだが、すると、その教諭Hは「じゅうさんこやてえ。なんや、それえ。何言うてんねん、おまえはあ。はははははあ~あ・・」と言ってクラス全員で大笑いさせやがった。そして、「誰か他に答えられる者おらんか」と言うと、「児島湾」「八郎潟」「有明海」と目の前の社会科の教科書に大きく載っていることをそのまま言うやつがい、「そうやろ。干拓地というのは児島湾とか八郎潟とか有明海とかそういうもののことを言うんやろうが。『じゅうさんこ』やて、おまえ、いったい何言うてんねん。アホか、おまえはあ!!!」と言われた。しかし、青森県の津軽半島側にあり、日本海と一部がつながっている汽水湖である十三湖(じゅうさんこ)はシジミが捕れる汽水湖であるがこの付近には水田の用地がなかったので、十三湖の3分の1ほどを干拓して水田にして、残った3分の2ほどで今もシジミ漁がおこなわれていると内田康夫『十三の冥府』にも登場する。シジミラーメンの店があるらしい。内田康夫『十三の冥府』にも登場するが、そうでなくても、十三湖は日本の干拓地として、その頃、私が使用していた『力の5000題 社会科』(教研出版)に書かれていたのだ。だから、私は「日本の干拓地として(教科書に載っている児島湾・有明海・八郎潟の他には)どんなものがあるか?」という質問に対して、「十三湖(じゅうさんこ)」と答えたのだ。ところが、その教諭Hは「『じゅうさんこ』やて、何やそれえ。そんな干拓地あるかあ。何を言うとんねん、何をお!」「干拓地言うたら、児島湾とか有明海とか八郎潟とかそういうものが干拓地やろうが。『じゅうさんこ』なんてそんな干拓地があるかあ!!! アホか、おまえはあ!!!」と言われたのだった。私が中学生になった頃だったか高校に進学した頃だったか、そのおっさんが小学校の教諭から中学校の教諭に変わったと聞いたのだが、なんとびっくらこっこしたことに、中学校の何の先生になったかというと社会科の先生になった、と聞いたので、他の科目ならともかく社会科の先生になったとは「あ~れえ~え。どっひゃあ~あ」と思ったものだった。小学校の先生なら、小学校の先生というのは何でもかんでも教えないといけないから、中にはわかってない科目もあるのかもしれないと好意的に解釈することもできたかもしれないところだが、よりによって、中学校の社会科の先生になったとは・・・と思っていたところ、そのうち、そのおっさんは中学校の校長先生にまでなった、と聞いたので、あんなおっさんが校長先生やてえ・・・と思ったものだった。「中学校の校長先生」というのはそういうおっさんも「中学校の校長先生」であり、あの「『じゅうさんこ』て、いったい、それなんや、それええ。そんなおかしな干拓地があるかあ! アホかおまえはあ!」と言ってクラス全員で大笑いさせたあの男が「中学校の社会科の先生」経由で「中学校の校長先生」だそうだから、「中学校の校長先生」なんて「そんなもの」なのかもしれない。そのおっさんHは、私が小学校6年の時、家庭科の授業の時、家庭科の女性の非常勤教諭? の先生は少々生徒になめられていたようなところがあって、家庭科の授業は「学級崩壊の手前」みたいな感じで生徒がわいわいざわざわ騒ぎまくり、遊びまくっていたが、私は学校の勉強はけっこうよくできたし、家庭科の授業も真面目に聞きたかったので、なんで先生は注意しないのだろうとずっと思ってきたのだったが、前の席のやつとか後ろの席のやつとかから、黒板を引戸の上にはさんで引いた時に落ちるようにやろうと何度も何度も誘われ、片方で家庭科の授業を真面目に聞きたかったけれども、同時にクラスの同級生とも仲良くやっていきたかったので、何度も何度も誘われて断り切れずに前の席の人間と一緒にそれをやりに行ったところ、たまたま、その教諭Hがそこに来て、目の前で黒板拭きが落下すると激怒して、家庭科の授業を真面目に聞きたいのにクラスの人間が騒ぎまくってしかたがないのをずう~っと我慢しまくってきた私だけに、思いっきり殴りつけやがった。その上で、「〇〇みたいなやつがいると、戦前やったら、学級委員のN口も一緒に怒られるもんや」などとその時の学級委員は選挙で選ばれて私だったのに、前期の学級委員であって後期の学級委員ではなかったN口を学級委員だと言い、選挙で選ばれた私を学級委員と認めず、何度も何度も言いまくったのだった。「戦前やったら」などと言っても、そのおっさんは戦後世代で戦前に学校に行った世代ではなかったはずなのに、何度も何度も言うのだった。Hに殴られて私はその後、3日ほど頭ががんがん傷んだが、あれは傷害罪に該当するはずである。それだけではない。私は小学校の4年の途中に転校したのだが、4年の途中まで行っていた小学校は5段階相対評価だったが、4年の途中から6年まで行ったその小学校は3段階絶対評価で、各科目に何項目かあって、それぞれに「⦿」(三重丸)(「よくできました」)・「◎」(二重丸)(「普通」)・「〇」(丸)(「もうちょっと頑張ってね」)の3つのどれかが記載されたのだが、その後、通知簿を受け取ると、家庭科では筆記試験の成績で考えれば「⦿」(三重丸)〔最高評価〕のはずなのに、「〇」(丸)〔最低評価〕にされていて、しかも、その「〇」は、いったん「⦿」(三重丸)のスタンプを押したものから真ん中の部分「•」の部分を砂消しゴムで消した跡がくっきりとついていた。おそらく、家庭科の女性教諭は筆記試験の成績そのままで「⦿」(三重丸)の成績をつけたが、その後、担任の教諭のHが砂消しゴムで「⦿」(三重丸)の真ん中の「•」を消したのであろう。そういう陰湿な男だった。体育の授業の時には、体操服の下は下着は着ないものだと言い、それはいいのだが、この男Hは女生徒の体操服をつかんでめくりあげるということもした。小学校の5年6年の女の子なんて子供であって女じゃないと思っていたかもしれないが、そういう認識は他の仕事についている人間ならあることかもしれないが小学校の教諭を職業としている人間がそれではいけないはずだが、そういうおっさんだった。だから、生徒から「エロ教師」と言われていた。卒業文集にはその教諭Hは「卒業して何年経っても化粧で顔を汚すことはしないでほしい」などと、共学の小学校なのに女生徒しか念頭にないようななんか変な「送別の言葉」を文集に書いていた。変なおっさんやなあと思ったものだった。この教諭Hは、私が5年の時、N口とM下という2人の生徒を特別扱いしており、M下が日直をさぼって先に帰ってしまってもとがめなかった。ところが、私がうっかりと忘れて帰ってしまうと、「おまえ、日直なのに帰ったんだから、倍やれ」と言い、おかしいじゃないか、M下ならおかまいなしで、何で俺なら「倍やれ」などと言うんだ、なんだ、この不公平男はと思って、だれがやるか、意地でもやるか、やってなるものかと思って帰ると、「おまえ、なんで帰るんだ。おまえ、俺が倍やれと言ったのにやらないから、今度は4倍やれ」と言い、なんでじゃ、誰がそんなものやるか! と思って帰ると、「おまえ、俺が4倍やれと言ったのに帰ったんだから、向う1ヵ月全部おまえがひとりでやれ」などと言い、結局、私がひとりでさせられた。それでも、M下はおとがめなしだった。それだけではない。M下は、教室で、いきなり、隣に座っている生徒めがけて彫刻刀を投げつけ、その彫刻刀が隣の席の生徒の腕に刺さったということもあったが、それでも、その教諭HはM下には一言も何も言わず、むしろ、「M下はえらいわあ。すごいわあ」と称賛しまくっていた。その男Hが中学校の社会科の先生になり、その後さらに、「中学校の校長先生」になったと聞いたので、「あ~れえ~え」と思い、あんなやつが校長先生になるのか、あんなやつが・・・と思ったものだった。「中学校の校長先生」というのは「その程度のもの」だったのかもしれない。うちの親は「先生」には何も言えない親だったが、今から考えると、あの男からいきなり思いっきり殴りつけられた後、3日ほど頭ががんがん痛んだのだが、あれは傷害罪の構成要件に該当する違法・有責な行為であり、ああいう男は傷害罪で告訴してやるべきだったのではないかと思う。
  うちの父親は、私が高校3年の時、「東大にでも行くのなら下宿してでも行くべきやし、下宿は嫌やなんて甘ったれたこと言うておってはいかんし、慶應か早稲田にでも行くのなら下宿してでも行く値打ちはあるけれども、そんなもん、法政やたら専修やたら明治やたらポン大やたらそんなアッポン大学に行くのに下宿してまで大学に行く必要あらへん。だいたい、法政やたら専修やたら明治やたらポン大やたらそんな大学に行くようなやつなんて、大学行くのがおかしい。自衛隊に入れたったらええ、自衛隊に」と言っていたものだ。又、国立大学は何学部でも学費は一緒だが、私立大学は法学部・経済学部・商学部・文学部は国立大学よりは高いが私立大学の学部の中では安く、工学部はそれらよりずっと高い。我が家では父親が「うちは工学部になんか行かすような金持ちとは違います。甘ったれなさんな」と言い、私が「国立大学なら何学部でも学費は一緒のはずや」と言っても、母は「絶対に百パーセント国立大学に合格するとは限らんでしょうが。落ちて私立大学に行くことになる可能性だってゼロではない以上は、国立大学でも工学部なんて受けてはいかんでしょうが」と言ったものだったが、それを春田靖は静岡県の人間なのに、東洋大学んて大学、東大は東大でも東京大学ではなく東洋大学の工学部建築学科なんてものに下宿して行ったらしいが、なぜ、東洋大なんてものにしか行けない人間が東京で下宿してまで大学に行くのか? なぜ、東洋大にしか行けないような人間が、工学部なんて学費の高い学部に行くのか? 我が家ならありえないことだが、それを行ったということは、中学校の校長先生というのは超ド級に給料が高いということだったのか? 私が中学校に行っていた時、担任の先生は「ぼくらなんか、給料安いから」とか言うておったと思ったのだが、あれは嘘だったということか・・・。 中学校の校長先生というのは無茶苦茶給料高かったようだ。しかし、そのわりには、春田靖は、私が1993年にいわき市の営業所に赴任した時、会社では、一般の家作を借りて寮として使用していたが、3室と駐車スペースが2台分ある家作を借りて、工務課・営業課の従業員は1室と駐車スペース1台分、設計科の従業員は1室を使用ということで住ませていたはずなのに、春田靖はばかでかいオフロードカーに乗り、実力行使で2室と駐車スペース2台分を占拠して、ばかでかいオフロードカーを1台分では停められないからと2台分を占拠して停めていたようだが、東洋大しか行けないような人間を私立の工学部に行かせて、しかも、下宿してまで「大学」に行かせるような金持ちの親の息子で、若造のくせしてけっこう高いであろうオフロードカーに乗っているような男が、何もそんな金持ちが、会社が認めていないようなものを実力行使で不法占拠するのではなく、2室と2台分を使用したいのなら、金持ちなんだから、自分で2室と2台分を借りて住めばよかったはずだが、金持ちにしてはやることがせこい。 中学校の校長先生の息子にしては順法精神がないというのか、あつかましい男だった。なにより、勤務時間中に私用の電話がかかってくることが多すぎであり、社会人として非常識であり、中学校の校長先生というのはそういうのが認められるのかもしれないが、一般の会社では普通は認められないものであるはずだが、中学校の校長先生というのは思考がユニークなのか何なのか。天野隆夫はそういう人間が好きだったようだが、我が家では考えられないことだった・・し、普通の会社では認められないはずのことだった。

  1990年代前半、福島県いわき市の営業所に第一設計部としていた春田靖は、20代前半の若造がかなり高そうなばかでかいオフロードカーに乗っていたが、「世の中いろいろ、人生いろいろ」なのかもしれないけれども、私の感覚からすると、あれは「身分不相応」だと思う。
  1980年代後半、小堀住研(株)に入社してすぐの新卒社員研修で、営業が乗るクルマについて、外車はだめ、スポーツカーはだめ、羽根つきのクルマはだめ、派手な色合いのクルマはだめ、オープンカーはだめ、ツードアのクルマはだめ、ワゴン車・トラックなどはだめ(その後、ワゴン車は可になったという話も聞いたが)、窓ガラスにスモークの入ったクルマはだめ、「改造車」はだめ・・・といったことが言われた。研修で聞いた話では、お客様のお宅の敷地調査に行く際に、休みの日にスポーツカーで隣に彼女を乗せて行ったやつがいて、お客様から「ふざけんな」「帰ってくれ」と言われたということがあったそうで、そういうクルマには、もしも、2台持っているのならともかく、営業の仕事で乗るのにオープンカー・スポーツカー・羽根つきのクルマ・窓ガラスにスモークが入っているクルマ・派手な色合いのクルマ・外車などはだめということにしたらしい。(株)一条工務店はその逆で、営業本部長の天野隆夫は、「そういう羽根のついた暴走族みたいなクルマに乗ってるやつが営業として売れるんだ、そういうのんが。そういうやつがええんや、そういうのんが。そういう人間がお客さんに喜ばれるんだ、そういうのんが」などと言ったので、私はそれを聞いて「こういうのんが営業本部長になってるんだ、こういうのんが。こういうのんが営業本部長になってるんだ、この会社では」と思ったものだった。
  小堀住研(株)の新卒社員研修で言われたものに、「お客様よりもいいクルマに乗らない」というのがあった。但し、それは、22か23くらいで大学を卒業した新卒社員向けの研修で言われたことなので、30代のなかばから上の年齢の従業員になると少々いいクルマに乗っても悪くはないのではないか、むしろ、多少いいクルマに乗って方が「売れる営業」とか「できる男」のように見えるかもしれないが、20代前半の人間が、けっこう高いと思われるクルマに乗っているというのは、特に、客がそんなに高いクルマになんて乗れない、もしくは、カネがあるかないかにかかわらず、そんなに高いクルマに乗らないのに、若造が高いクルマに乗っているというのは、いい印象を受けないものだ。私は春田靖がずいぶん高そうなオフロードカーに乗っているのを見て、中学校の校長先生というのはずいぶんと年収が多いようだが、その部分についてはいい印象は受けなかった。
  (株)一条工務店は「ダブル近藤借金コンビ」のおかげで「従業員に借金を勧める会社」であったが、従業員としては迷惑である。(株)一条工務店より前に在籍した会社で、某県にて警察官の人に契約してもらったことがあったが、警察官の場合は「借金がある」というのは相当マイナスの評価を受けるらしい。住宅を取得する際の住宅金融公庫での借金くらいならいいらしいが、サラ金・街金・闇金でなくても、銀行のカードローン・フリーローンやノンバンク系のものも借りない方がいいらしい。「言わなきゃいいのと違いますか」と言ったのだが、何しろ、職場が「日本一の興信所」みたいな「会社」だとそうはいかないらしい。警察の場合は特に従業員の借金は喜ばないらしいが、そうでなくても、普通の会社でも従業員が借金をすることを喜ぶ会社というのはそうないはずだ。実際にそうかどうかわからないが、佐川急便の宅急便のドライバーというのは、相当体力的にきつい大変な仕事なので、借金を抱えていて返さないといけないという人間を歓迎すると聞いたことがあるが、そういう仕事も中にはあるらしいが、普通は従業員が借金をしているというのは会社はあまり喜ばないものだ。(株)一条工務店というのはそのあたりが「変わっている」。新聞販売店なんてのは、相当、採用が緩いようで、向う1ヵ月の生活費もないような人でも配達できる人は採用するらしいのだが、(株)一条工務店はそれともタイプは違うようだが、なんか、あんまりレベルの高い会社ではなさそうだ。というより、程度の低いおっさんが営業所長になっている程度の低い会社・・てかんじ・・・。
〔名古屋南営業所の「所長」の近藤路夫は、もしかして、サラ金なり街金なりとコネクションがあって、自分が営業所長である営業所の従業員全員に強制的に借金させて、サラ金なり街金なりから「バック」でももらっていたのだろうか・・? 〕
   1970年代後半、高校2年の時の担任だった旧姓S野礼子(女。当時、20代)は「私は両親が離婚したから」「私は父親がいなかったから」というのを自慢にしていたのだが、結婚というものはその人と一生一緒にやっていきましょうということでするものであるが、それでも、一緒にやっていけないということで離婚する人はそれはしかたがないことなのかもしれないが、しかし、「しかたがないことなのかもしれない」ということなら、それはその人の問題であって、他人がどうこう言う必要のないことであろうけれども、それなら、自慢することなのか? 違うと思うぞ。「両親が離婚した」などということは自慢するものかというと、違うと思う。やはり、1970年代後半、父の親友の医者屋のM川という男(当時、50代前半。大阪府豊中市在住)が「患者」を薬漬け・検査漬けして貯め込んだカネでドバカ息子を私立金権関西医大 に裏口入学させたというのを自慢していたのだが、裏口入学というものは、たとえ、やるとしても、「恥ずかしそうに」「こそっと」やるものであって、自慢するものとは違うと思うのだが、M川は自慢しておった。「わしなんかは思考が柔軟なもんやから、うちの息子は関西医大裏口入学なんじゃあ」と言っていたのだが、そんなに「思考が柔軟」なら、頭狂大学の理科三類でも狂徒大学の医学部でも犯大医学部でも、その「柔軟な思考力」を生かしてさっさと実力で現役で通って行けばよさそうなものだが、「とっころがそれが違うんじゃ~い」とM川は言っていたが、我が家の場合は、私立金権医学部に裏口入学するようなカネもコネもなければ、M川のように薬漬けにして儲けることができる「カネのなる木」としての「患者」も所有していないので、「思考が柔軟」であろうがなかろうが関係ない。 「人間いろいろ、人生いろいろ、会社もいろいろ」なのかもしれないが、やっぱり、借金というのは、それは自慢することと違うと思うのだ。違うか? 「両親が離婚した」とか「息子を裏口入学させた」とか、そういうのも自慢することと違うと思うのだが、自慢する人というのが現実にあるのだが、借金というのも自慢することとは違うと思うのだ。
  春田靖がずいぶんと高そうなオフロードカーに乗っていたのは、「人間いろいろ」だとしても、私が施主の立場ならいい印象は受けない。「なんだ、こいつ」という印象を受ける。まず、なんで、東洋大しか行けないような人間が学費の高い工学部になんか行くんだ。なんで、東洋大しか行けないような人間が静岡県の人間なのに東京で下宿してまで「大学」に行くんだ・・という点からして疑問に思っているところに、その20代前半の若造が高そうなオフロードカーに乗っている、というのを見ると、こいつの親というのはいったいどういう人間なんだ。こいつの親は息子にどういう教育しているんだ、と思う。 20代の若い者に高いクルマに乗せるというのはいいことではない、と私は自分が20代の時も思ったし、そのくらいの年齢の人間の親であっておかしくない年齢になっても思う。
  そのあたりが(株)一条工務店の経営者と私などの感覚の違いなのかもしれないが、(株)一条工務店の初代社長の大澄賢二郎さんには息子が2人あって、その片方の息子に、まだその息子が20代の時に、フェラーリテスタロッサなどという高級車を買って乗せたところ、「燃やした」そうだ。「燃やした」と言っても、故意に火をつけて「燃やした」のではなく、カローラとかと違って、フェラーリテスタロッサなんてクルマは運転が難しいそうで、日本の市街地でトロトロ走っているとエンジンが火を噴いて炎上することがあるそうで、それで「燃やした」らしい。又、2人いた息子の1人は、東京で戸建住宅を用意して住ませていたところ、クルマで高速道路をぶっとばして浜松まで行き、かつて、同棲していたこともある女性を刃物で刺し殺し、「豊臣秀吉の中国大返し」みたいに東京まで高速道路をぶっとばして帰ってきて、「女を刃物で殺し官憲に追われ逃げる」という『水滸伝』の登場人物、「梁山泊」の首領「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」そのまんまを実行したが、今や、高速道路にはあっちやらこっちやらにカメラがついていて写っていたそうで、実刑判決を受けて刑務所にお入りになったらしいが、「フェラーリテスタロッサを燃やした息子」と「女を刃物で刺し殺し官憲に追われ逃げる」という「梁山泊の精神」を実行した息子とは別々の息子なのか、同じ息子が両方やったのか、従業員の間では、どっちだろうなあ~あ? と話題になったりもしていたのだが、いずれにしても、フェラーリテスタロッサなんておのれが働いたカネで買えるようなものではないクルマを20代の息子に乗せるというのは、私はいいとは思わないし、私が親の立場ならたとえそういうものを買えるカネがあっても買わないし、私の父親でも「そんな身分不相応な車に乗せるなんて親としておかしい」と言ったと思う。自分で働いて生活費を稼いでいない息子にフェラーリテスタロッサなどというクルマを買って乗せるというのは、社長か何か知らんが、その考え方は間違っている。そういう人が(株)一条工務店の経営者だったのだ。「フェラーリテスタロッサを燃やした息子」と「女を刃物で殺し官憲に追われ逃げる」という「梁山泊の精神」を発揮した息子は同一人物なのか別の方の息子なのかはよくわからないが、いずれにしても、20代の息子にフェラーリテスタロッサなんて「清原みたいや」てクルマに乗せるようなことをするから、だから、息子が人を殺したりすることになるのであろう。「親の因果が子に報いた」ということである。覚せい剤は食ってないようだからその点は「清原よりまし」かもしれんが、清原は人は殺していないようだから、大澄賢二郎のドバカ息子は清原以上というのか清原以下というのか・・ということになる。従業員にはカネを出さないくせにバカ息子にはカネを出してフェラーリテスタロッサなんて乗せるから、だから、人を殺したりすることになるのだと思う。そもそも、そのフェラーリテスタロッサというのは従業員の給料をへつったカネが集積したものが化けたものであるわけで、恨みのこもったクルマであるから、だから、その恨みが火を噴いた・・のかもしれんし。
  「借金すると売れる」とか勝手なことを言いまくる男というのは、従業員としては迷惑である。 「借金すると売れる」とかなんとかかんとか言いまくって(株)一条工務店を「借金を奨励する会社」にしてしまった人は、とりあえず、吉野だか佐々木だか佐藤だか田中だかいう個人名で給料日ごとにかけてきた武富士 平(たいら)店(だけではなく、他にもあった可能性が高そうだが)からの電話をなんとかしてもらいたいものだった。実際問題として、営業妨害もいいところだったのであるから、「借金すると売れる」とか言って借金を勧めた人はその結果についても責任をとってもらいたい。 

  (2020.5.14.)

☆ 営業と会社の話 シリーズ
[第675回]コーヒー出すにはどういうお盆【1/2】《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_5.html
[第676回]コーヒーなど出すお盆はどういうものが【2/2】東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_6.html
[第678回]「じゅらく壁」・「京壁」とは何か? 「珪藻じゅらく」て何? きっちりと対応する従業員を嫌う営業本部長 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_8.html
[第679回]浜松独善主義の会社、宅建業法違反を要求する店長次長、軽犯罪法違反を従業員にさせて自分はやらない店長他 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_9.html
[第680回]「契約前は何でもできますと言って、契約後は適当に建ててしまえ」というのは営業上何かプラスになるのか? https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_10.html
[第681回](株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か【3/3】真面目に対応せず人を誹謗中傷 https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_11.html
[第696回]職場でアダルトビデオを見る男と、DVDプレーヤー付パソコンをアダルトビデオで試す男。職場の新人類現象 https://shinkahousinght.at.webry.info/201903/article_6.html
[第732回]『ゴルゴ13』と考える「信教の自由」。「信教の自由」を侵害する深奥山方広寺は宗教失格。「信教の自由」を侵害する営業は三流の営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/202001/article_4.html
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☆ (株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か。
[第688回](株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_1.html
[第689回](株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_2.html
[第690回]一条工務店浜松営業【3/ 】「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した? https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_3.html
[第691回](株)一条工務店の浜松営業はどんな連中か【4/ 】集成材vsムク材。対住友林業は楽勝か難敵か https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_4.html
[第692回]「一条の建物は完璧にいい」の反証1.柱の下に基礎がない、換気口上に柱- 一条工務店浜松営業【5/ 】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_5.html
[第693回]「一条の建物は完璧にいい」の反証2.筋交いの向き・寸法違いの丸太梁-一条工務店の浜松営業【6/ 】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_6.html
[第694回]「一条の建物は完璧にいい」の反証3.断熱材入れ方不適切、防湿層破る-一条工務店浜松営業【7/ 】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_7.html
[第695回]「一条の建物は完璧」の反証4.「工事で人が死んだ家」はいい家か?-一条工務店の浜松営業【8/ 】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_8.html
[第696回]「一条の建物は完璧」の反証5.束石は小さいと床束ははずれるか?他-一条工務店の浜松営業【9/  】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_9.html
[第698回]「一条の建物は完璧」の反証6.擁壁と基礎の取り合いの打合せを工事担当が拒否-浜松営業【10/  】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html
[第699回]「一条の建物は完璧」の反証6-2.深基礎のはずが単なる布基礎だったのでは-一条の浜松営業【11/ 】 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_12.html
[第700回]「一条の建物は完璧にいい」の反証7.地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか? https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_1.html
[第701回]「一条の家は完璧にすばらしい」の反証8.嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸他 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_2.html
[第702回]「一条の家は完璧にいい」の反証9-出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html
[第707回]引き抜き抵抗力による「筋交いプレート」はなぜいいのか? 答えてくれない先輩社員、本部長に「報告」(密告)される会社。床下は木屑だらけの一条の建物―「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証10 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_bb94655b33.html
[第708回]「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証11-「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社。https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_5.html
[第709回]ひとの追客中有望客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長ー「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証12 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_7.html
[第710回]「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証13-浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館。https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_6.html
[第711回]「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証14-「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない。https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_8.html
[第712回]「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証15-「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_9.html
[第713回]親戚の契約は(株)一条工務店でさせるわけにはいかない。――RC造の地中梁を無断で撤去。設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。解体の際に隣家の塀も壊す。従業員の親戚の家には初めての大工・職人。「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言うやつ・・――「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証16 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_10.html
[第714回]立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家。「集成材はムク材の1.5倍強い」とムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男――「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証17 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_5.html
[第715回]客宅で「ピンポンダッシュ」を勧める・自分の「特殊意志」を「会社の意思」だと考える営業本部長。「反動」的経営の会社。きれいで新しい浜松展示場vs汚れていて床鳴りのする東京展示場―― 「一条の家は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_7.html
[第716回]バルコニーの防水の方法は、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」どちらがいいのですか・・なんて質問してはいけない会社――「一条の家は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_1.html
[第718回]経験のある設計を「譜代」の所長の営業所の担当に、新人設計を遠隔地で新人営業だらけの営業所の担当にする会社――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html
[第719回]大型ベイウインドウは本来「親戚中が集まって座席が不足した時に補助席として使う出窓」ではない、「洗面台・洗濯機置場・脱衣場を通路と兼用」にした展示場の間取りはユニットバスを見て腐り・白蟻対策を話す為の作戦なのだ、と教えるべきなのになぜか教えない会社――「一条の工務店の家は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_5.html
[第720回]もとから「地方」にいた「住友林業は財閥系だからいいと思う人もいるだろうけれども一条工務店の方がいいとうちは思う」人。(株)一条工務店の営業が努力して見込客に考え方を変えてもらったのではない――「一条の家はすべてにおいて完璧にいい、問題点はまったくない」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_6.html
[第721回]「ツーバイフォー工法と競合になったら三井ホームをほめろ」という一条工務店『営業マニュアル』の意味。背景を知らなければ意味のないものをその文句だけ掲載する『営業マニュアル』――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_7.html
[第722回]浜松でエスバイエル「ハウス55」と競合になって苦戦している一条工務店の営業を「情けない」と私が思った理由。「浜松流」が「エスバイエルは安もん、安もん」と言いまくった理由として考えられる「浜松流天動説思考」――「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_8.html
[第723回]差額出してユニットバス変更は良い等の情報・意見交換を妨げる営業本部長、及、 自分がした契約には注文者にも責任はあることは認識しないといけない。https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_9.html
[第724回]「図面を1枚書くと20万円から30万円かかるんですよ」という「一条浜松流」の嘘八百はどこから出てきたのか。「押し相撲」の会社と「四つ相撲」の会社 ー 一条工務店の家は完璧にすばらしいの反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_1.html
[第725回]なぜ「浜松流」は「構造アプローチ」において対在来木造の話ばかりか。「ツーバイフォーは面だからね」とはどういう意味か。意味を誤解している新卒社員と誤解を放置している「営業所長」。場所による似合う建物の違い。「地方」から東京に出てきた人には一条「セゾン」が受ける理由。 ――「一条の家は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_2.html
[第726回]一条工務店の工場の2段式移動棚は「いなかもん好み」で効率悪い。コストダウンと称して経済性悪化を招く工場部門責任者。嘘の多い「最先端のプレカット工場」、路上駐車トラック・溝なしタイヤフォークリフトで「ISO9001」取得!-「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_4.html
[第727回]住宅金融公庫オーバーローンを推奨する会社。廃棄物を「川に捨ててくる」会社-「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_5.html
[第728回]「クラウン」を「カローラ」の値段で売る一条工務店のダンピング浜松・名古屋は「同業他社より相当いい」状況だった。「一条工務店の家には問題点はまったくない」は嘘だが。+ 自分だけ経営者に取り入ろうとするイヌ。https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_1.html
[第729回]自社の建築現場に問題点があったら、工事担当に連絡し善処を求めるべきか、「見なかったことにする」べきかー (株)一条工務店の東海地方の営業は非常識!https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_2.html
[第769回]「借金すると売れる」などということはあるか? 「営業所長が従業員に強制的に借金させた」などとは許されることか? 〔今回〕
なぜ営業マンは人間的魅力が磨かれるのか―人生を力強く豊かにする営業体験のすすめ (PHP business library) - 田中 真澄
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トップになったセールスレディが書いた女性がセールスで一流になる法―女性ならではの心理をガッチリつかむ私のやり方 (KOU BUSINESS) - 久保 もと子
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超二流: 天才に勝つ一芸の究め方 (ポプラ新書) - 克也, 野村
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《 この話をすると、すぐに思いつくのが田淵幸一だ。私が西武に在籍していた頃、田淵とチームメイトだった。ある試合で田淵がマスクを被り、特大のホームランを打たれてベンチに戻ってきた時に「田淵、あのホームラン、最後ピッチャーに何を投げさせた?」と聞くと、「えっと、ストレートです」と即答する。それで「いや、何であの場面で真っ直ぐなんや?」と聞いたら、「んっ? ノムさん、投げているのはピッチャーじゃないですか」と返してくるのだ。
  私は「サインを出したのは誰や?」と突っ込みたかったが、それを言っても分かり合えないだろうと思って話を打ち切ったことを覚えている。「投げているのはピッチャー」という考え方では、キャッチャーとしての反省もないし成長もしない。・・・ 》
( 野村克也『超二流 天才に勝つ一芸の究め方』2019.8.7.ポプラ社 ポプラ新書 ↑ )

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