入谷鬼子母神(真源寺)参拝。「子供」を大義名分におのれと夫と子供の為にひとの子供と親を犠牲にする鬼女を懲らしめる神。+元三嶋神社。

[第731回] 鬼子母神参拝(3)
  鬼子母神として有名なのは、やっぱり、雑司ヶ谷鬼子母神(威光山法明寺)と「おそれいりや(入谷)の鬼子母神」入谷鬼子母神でしょう。その入谷鬼子母神に参拝しました。入谷鬼子母神は、寺の名前としては、仏立山 眞源寺 と言うようです。東京メトロ「入谷」駅のすぐそばです。
  今年、2020年の最初の寺社参拝に選んだのは入谷の鬼子母神。子供を守る神様でもあり、当然のことながら、おのれの「子供」を大義名分にかかげて自分と自分のオットの男と自分の「子供」だけだけ守ってやろうという特定の女およびそのオットの男とその子供を守ったのでは子供を守る神様にはなりません。 鬼子母神(カリテイモ、神母天王)は、おのれの「子供」を大義名分にかかげて自分と自分のオットの男と自分の「子供」だけだけ守り、その「子供」を大義名分にして他の女、あるいは他の男の子供や親を迫害してやろう、まだ、ふさわしい結婚相手にめぐまれていない女・男を犠牲にしてやろう、結婚はできたが子供にはまだめぐまれていない女・男をいじめたおしてやろうという鬼女を守る神様ではないので、そういう女、及び、そういう女のオットの男を懲らしめる神様ということにもなります。そうでなければ、神でも仏でもありません。 年始に最初に訪問する寺社はその鬼子母神を祀る寺、雑司ヶ谷鬼子母神には [第139回]雑司ヶ谷鬼子母神堂訪問、及、鬼子母神の話と神がアブラハムにイサクを燔祭に捧げよと命じた話の意味https://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_2.html で訪問しましたので、今回は、入谷鬼子母神の方に行きました。

  入谷鬼子母神(眞源寺)に最寄りの駅は東京メトロ日比谷線「入谷」。そうでなければ、JR山手線「鶯谷」も遠くないようです。今回は、東京メトロ日比谷線「入谷」から行きました。 JR総武線からの東京メトロ日比谷線への乗り換えは「秋葉原」。秋葉原というと、電気製品の街・・という印象だった時代には、秋葉原というのはJR総武線・中央線の「秋葉原」駅の西側が秋葉原で、東側を南北に走る日比谷線「秋葉原」駅はJRの駅から「遠い」という印象でしたが、必ずしも電気製品だけの街ではなくなった秋葉原では、JR総武線・中央線「秋葉原」駅の東の日比谷線「秋葉原」駅はそう遠くない印象でした。「秋葉原」で乗ると、「仲御徒町」「上野」の次、3つ目が「入谷」です。
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↑ 東京メトロ日比谷線「入谷」駅にて。
  入谷駅では南側の改札口で出て、南側の西側の出入口から地上に出るのが一番近い。出てどう行くか・・・て難しく考えなくても、南の方を見ると・・↓
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↑ なんか、お寺らしきものが交差点の南西方向に見えます。
東西の通りは「言問(こととい)通り」。 東京メトロ日比谷線が地下を走っている南北の通りは地図を見ると「昭和通り」と言うようです。
もっとも、ヤフー地図とかグーグル地図とかを見ると、交差点と眞源寺との間に静蓮寺という寺があるように記載されていますので、はて、この写真ではどこからどこまでが眞源寺なのか・・となんだかよくわからなくなってきました。


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↑ 眞源寺の入口です。 左に「入谷鬼子母神」という札がかかっており、「下谷七福神 福禄寿 入谷鬼子母神 眞源寺」という幟、右に「入谷鬼子母神 法華宗 眞源寺」という幟が出ています。

  鬼子母神は日蓮宗・法華宗の寺でのみ祀っているというわけではないものの、日蓮宗・法華宗の寺で祀っていることが多い。眞源寺も「法華宗 本門流」の寺のようです。
  仏立山 眞源寺は、
1.法華宗本門流の寺、
2.入谷鬼子母神
3.下谷七福神の福禄寿の寺
・・という3つの性格があるようです。

 日蓮宗・法華宗はいくつもに分派しており、どう違うのかなかなかわかりにくい。村上重良『日本の宗教』(1981.3.20.第一刷。 2009.11.10.第24冊改版。 岩波ジュニア新書)によると、
《 法華経は、伝統的な解釈では、序分、正宗分(しょうしゅうぶん)、流通(るつうぶん)に三分され、また前半の14章を迹門(しゃくもん)、後半の14章を本門とよんで二分します。本門と迹門は等価値で、優劣深浅はないとするのが本迹一致(ほんじゃくいっち)(一致義)です。これにたいして、本門がすぐれ迹門が劣るとするのが本勝迹劣(ほんしょうしゃくれつ)(勝劣義)です。思想の性格からいえば、一致義は真理を幅ひろくとらえることで、保守的で現状肯定に傾きやすく、勝劣義は、真理を究極的にしぼっていこうとすることから、変革的で現状打破の傾向をもつことになります。
  さらに、布施(ふせ)についての、不信者から受けるべきか否かをめぐる受不受(じゅふじゅ)の論争、布教の方法についての摂受(しょうじゅ)と折伏(しゃくぶく)の論争も展開されました。法華経をひろめるのに、水がしみとおっていくようにゆるやかに説く方法が摂受(しょうじゅ)で、力をこめて折り伏せるようにはげしく迫る方法を折伏(しゃくぶく)といいます。また、三大秘法の解釈や、日蓮の本質をめぐる菩薩と本仏の論争もつづきました。日蓮を末法に法華経をひろめるために出現した上行(じょうぎょう)菩薩とする多数派にたいして、末法では、すでに釈迦は脱仏(だつぶつ)(ぬけがらの仏)となっており、日蓮こそ末法に出現した本仏(真の仏)であるとする日蓮本仏論が主張され、論争となったのです。
  室町中期に、四条門流から日隆(にちりゅう)(1385-1464)が出て、八品派(はっぽんは)をひらき、日蓮教学の展開に大きな役割をはたしました。日隆は、京都に本応寺(ほんのうじ)(のち本能寺)をひらき、近畿、四国、中国をめぐって折伏をつづけ、日隆門流の基礎をつくりました。八品派の教学は、勝劣義に立ち、真理は法華経本門の中の八つの章(品 ほん)にあるとしたので、この名があります。八品派では、日蓮以前の法華経は脱益(だっちゃく)(効力を失っていること)の法華経であり、末法の法華経は下種益(げしゅやく)(あらゆる人間に仏の種を下すこと)の法華経であるとする種脱論(しゅだつろん)を唱え、富士派にも影響をあたえました。・・・ 》
《 日蓮宗では、一致義に立つ主流の身延派は、(江戸)幕府にたいして従順で保護されましたが、不受布施派などの少数派は、封建支配に反抗して弾圧されました。
  不受布施派は、京都妙覚寺の日奥(にちおう)(1565-1630)がひらいた派で、法華経を信じない謗法者(ほうぼうしゃ)から施しを受けず、またこれにこたえて読経(どきょう)などを施してはならないとすることから、この名があります。日奥は、秀吉が京都東山の方広寺につくった大仏の千僧供養会(せんぞうくようえ)に出仕を拒み、妙覚寺を去りました。
  家康は、大坂城で受(じゅ)と不受の対論を行わせ、日奥の負けと判定して対馬に流しました。13年後、日奥は許されて妙覚寺にもどりましたが、日蓮宗内で不受布施の主張が有力になったため、幕府は、江戸城内で、受の身延山(みのぶさん)不受の池上本門寺の身池(しんち)対論を行わせ、不受不施を邪義と裁定しました。池上本門寺の日樹(にちじゅ)は流罪となり、対論の翌月に没した日奥も、死後の流罪を命じられて、遺体を対馬に送られました。こののち幕末まで、不受布施派はくりかえし弾圧され、信者は秘密の地下組織をつくって信仰を守りました。・・・ 》
と出ています。なるほど~をと思うものの、なんだか、ややこしくてようわからん・・・なんて言うと、「仏敵」とか言われ、「折伏」すべく、「なんみょうほうれんげきょう、なんみょうほうれんげきょう~」と言って押しかけられる? ・・・なんてこと、あったらどうしよ。2001年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の栃木県佐野市の営業所にいた「高木のおっさん」(男。当時、50代。創価学会員)みたいに、「こらあ、聖教新聞を購読しろお」とか言って追いかけて来られたらかなわんな・・・・という印象が日蓮宗・法華宗にはどうもあるのですが、鬼子母神の参拝に行ったからといって、別に、「聖教新聞を購読しろお」と言ってストーカーとなって追いかけてこられる・・・てことはないと思うので、それは大丈夫かと思います。
   入谷鬼子母神の仏立山 眞源寺は、《ウィキペディア‐眞源寺》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E6%BA%90%E5%AF%BA によると、《真源寺(しんげんじ)は、東京都台東区下谷にある、法華宗本門流の寺院。山号は仏立山、大本山光長寺末。》 《万治2年(1659年)光長寺20世・日融が当地に法華宗本門流の寺院を開山したことによる。鬼子母神を祀っていることで、入谷鬼子母神の名称で有名な寺院である。大田南畝の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神」という洒落も有名である。また、7月の七夕の前後に当寺院の境内で、入谷朝顔市が開かれることで、入谷の名物であることはもとより、東京下町の夏の訪れを伝える行事として、全国的にも知られている。》と出ており、法華宗本門流だそうです。
  法華宗本門流とは・・。《ウィキペディア‐法華宗本門流》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%95%E8%8F%AF%E5%AE%97%E6%9C%AC%E9%96%80%E6%B5%81 には、《 法華宗本門流(ほっけしゅうほんもんりゅう)は、日蓮を宗祖とし、日隆を派祖とする、日蓮門下の一派である。》 《 日隆は妙顕寺(京都府)日霽を師として修学したが、法華経について論争があり、「八品正意論」を提唱し、妙顕寺を出て本能寺(京都府)を建立し、日隆門流を興す。 》と出ています。 《ウィキペディア‐日蓮宗》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E8%93%AE%E5%AE%97 を見ると、「分派」(「門流」)の図が出ていますが、「日隆門流」・・「法華宗(本門流)、本門法華宗」は「釈尊本仏、勝劣派」と出ています。

   鬼子母神としては、《ウィキペディア‐鬼子母神》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%AD%90%E6%AF%8D%E7%A5%9E には、《「恐れ入谷の鬼子母神」の地口で知られる東京都台東区入谷の真源寺、東京都豊島区雑司が谷の法明寺鬼子母神堂(鬼の字には「角」が無い)、千葉県市川市の遠寿院(法華経寺塔頭)の鬼子母神が有名である(江戸三大鬼子母神)。》と出ています。中山法華経寺は千葉県の市川市と船橋市の境目あたりの市川市にありますが、千葉県市川市は下総国で武蔵国ではなく、江戸ではないのですが、「江戸三大鬼子母神」のひとつとされているようです。

  「おそれいりや(入谷)の鬼子母神」という文句が有名ですが、《ウィキペディアー真源寺》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E6%BA%90%E5%AF%BA には、《地口である「恐れ入谷の鬼子母神」と並んで知られている「びっくり下谷の広徳寺」の広徳寺は、現在の台東区役所付近にあったが、関東大震災により崩壊し、練馬区へ転出した。他に「情け有馬の水天宮」は中央区日本橋蛎殻町にある水天宮、「なんだ神田の大明神」は千代田区外神田にある神田明神である。》と出ている。《ウィキペディアー広徳寺》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%83%E5%BE%B3%E5%AF%BA_(%E7%B7%B4%E9%A6%AC%E5%8C%BA) によると、広徳寺は山号は円満山で、臨済宗大徳寺派らしい。
「おそれ入谷の鬼子母神」・・・眞源寺(法華宗本門流)
「びっくり下谷の広徳寺」・・・広徳寺(臨済宗大徳寺派)
「情け有馬の水天宮」・・・水天宮
「なんだ神田の大明神」・・・神田明神
と並ぶようですが、《東京とりっぷ 入谷鬼子母神》https://tokyo-trip.org/spot/visiting/tk0286/ には《「恐れ入谷(いりや)の鬼子母神(きしもじん)。びっくり下谷の広徳寺。そうで有馬の水天宮」というのは江戸っ子の洒落。》と出ており、「情け有馬の水天宮」説と「そうで有馬の水天宮」説があるようです。《ウィキペディアー真源寺》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E6%BA%90%E5%AF%BA には《大田南畝の狂歌「恐れ入りやの鬼子母神」という洒落も有名である。》と出ているが、他の3つも太田南畝(蜀山人)の作なのかどうなのか・・・。
※ 水天宮 については、
[第342回]東京水天宮【上】 水天宮仮宮(東京都中央区 浜町)、日本的矮小化音楽とお仕着せ合唱曲。https://shinkahousinght.at.webry.info/201508/article_3.html
[第343回]東京水天宮【下】 建替中東京水天宮(蠣殻町)、明治観音堂。「子供」を名分にすれば何でも通じるかhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201508/article_4.html

  「おそれ入谷の鬼子母神」という文句が有名ですが、入谷鬼子母神同のある眞源寺はそれほど敷地の広い寺でもなく、堂宇がいくつもある寺でもありません。↑の入口を入ると正面に見えるのが鬼子母神堂です。↓
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  正面の鬼子母神堂の方を向いて左側に、「南無妙法蓮華経 日蓮大菩薩」と書かれた石碑が建ち、その右に「畳針供養」と書かれたひと回り小さい石碑が建っています。↓
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入谷鬼子母神堂のある仏立山 眞源寺は法華宗本門流の寺で、《日蓮の本質をめぐる菩薩と本仏の論争もつづきました。日蓮を末法に法華経をひろめるために出現した上行(じょうぎょう)菩薩とする多数派にたいして、末法では、すでに釈迦は脱仏(だつぶつ)(ぬけがらの仏)となっており、日蓮こそ末法に出現した本仏(真の仏)であるとする日蓮本仏論が主張され、論争となった》という問題において、法華宗本門流は《釈尊本仏》の立場をとる派なので、「日蓮大菩薩」という表記ということでしょうか。

  「南無妙法蓮華経 日蓮大菩薩」の石碑・「畳針供養」の石碑の右に、「日朝上人」の像が祀られています。↓
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↑ 法華宗本門流の宗祖は日蓮、派祖は日隆。 眞源寺は《万治2年(1659年)光長寺20世・日融が当地に法華宗本門流の寺院を開山したことによる》寺だということだが、日朝て誰なんだ? 最近、ヤフーニュースに「米朝」なんて出ることがあるが、関西人は桂 米朝(かつら べいちょう)か・・なんて思うが、最近のニュースで出る「米朝関係」というのは桂米朝の人間関係のことではなく、米国と朝鮮民主主義人民共和国との関係のこと。とすると・・・、「日朝」というのも、日本と朝鮮民主主義人民共和国とのことか?・・・て、そんなわけないがな・・・。《ウィキペディアー日朝》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%9D によると、
日朝にっちょう、応永29年1月5日(1422年1月27日) - 明応9年6月25日(1500年7月21日))は、室町時代の日蓮宗の僧。字は鏡済、号は行学院。朝善の子。 12世の日意、13世の日伝とともに身延中興の三師と位置づけられている。》
《略歴
伊豆国宇佐美(静岡県伊東市)出身。幼くして三島本覚寺の日出に師事し、1441年嘉吉元年に寺を継ぐ。比叡山や南都に遊学して天台教学のほか諸宗の教学を修めた。
日蓮の没後、身延山は諸国へ教線を拡大するが門弟が各地で独立した一門を形成していったため身延山は衰退し、7世日叡の頃に中興された。1462年(寛正3年)身延山久遠寺11世法主となった。以後、37年間の貫主在任中に久遠寺の伽藍を西谷から現在地に移転して整備し、宗門の法制や年中行事の整備、組織の制定、門前町の整備に尽力した。日蓮の遺文を収集し、その注釈書「御書見聞」や日蓮の伝記「元祖化導記」、「法華草案鈔」(10巻)、「補施集」などの著作がある。》
という人らしい。「金 正哲(キム・ジョンチョル)」は関係ないようだ。

  鬼子母神堂は、見たところ、木造のようで、わりと新しい建物ではないかという感じだが ↓ 、
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↑ よく見ると、屋根まわり・軒まわりがけっこう面白い(^^♪ ↓
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  鬼子母神堂に向かって右手に、福禄寿が祀られている。↓
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↑  福禄寿とは、この後、JR山手線「鶯谷」駅近くの元三島神社でもらった「鶯谷駅下車 下谷七福神めぐり」のリーフレットを見ると、
「人望福徳の神」だそうで、
福禄寿は中国の道士(仙人)で、その姿は短身、長頭、多髪で杖に巻物を結び鶴を伴い三徳具備の相を表しております。・・・》
というものだそうな。
  村上重良『日本の宗教』(1981.3.20.第一刷。 2009.11.10.第24冊改版。 岩波ジュニア新書)によると、
《 七福神は、弁天、大黒天、恵比寿に、毘沙門天、布袋(ほてい)、福禄寿、寿老人の四神をくわえたものです。・・・・福禄寿と寿老人は、道教の神で、ともに神仙の姿をしています福禄寿とは、道教が説く万人の求める理想で、子孫の繁栄、財宝、長寿のことです。このように、日本、インド、中国の神々をあわせた七福神は、海の彼方から宝船にのりあわせておとずれてくると信じられ、宝船の絵を正月二日に枕の下に入れて眠ると、「一富士、二鷹、三茄子」のめでたい初夢がみられるとされました。・・ 》
  下谷七福神とは、
寿老人・・・・元三島神社・・延命長寿の神
福禄寿・・・・入谷鬼子母神・仏立山 眞源寺・・人望福徳の神
三面大黒天・・英信寺・・有福蓄財の神
毘沙門天・・・法昌寺・・勇気授福の神
朝日弁財天・・弁天院・・芸道富有の神
恵比寿神・・・飛不動正宝院・・敬愛富財の神
布袋尊・・・・寿永寺・・清廉度量の神
だそうです。
  入谷鬼子母神・眞源寺というと、何と言っても「おそれ入谷の鬼子母神」の鬼子母神かと思ったのだが、見ていると、七福神巡りでまわっている人もけっこう多い。鬼子母神堂と福禄寿の祠とは別で、御朱印も鬼子母神の御朱印と福禄寿の御朱印が用意されていた。

  鬼子母神堂に向かって右手に福禄寿。 左手に左から、「日蓮大菩薩」の碑、「畳針供養」の碑、「日朝上人」の像と並び、その右に ↓
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↑ 何と書いてあるかというと、「南無妙法蓮華経」 「有縁 無縁 戦没者 追善供養」と書かれています。
戦没者の追善供養の碑ということでしょう。

  その右はお地蔵さん。↓
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↑ お地蔵さんでも、子供を抱いているところを見ると、はっきりと書かれてはいませんが、子守地蔵・・てことでしょうか・・・。
  子供を守る鬼子母神と同じく、地蔵でも子供を守る子守地蔵ということかと思いますが、やはり、鬼子母神と同じく、当然のことながら、おのれの「子供」を大義名分にかかげて自分と自分のオットの男と自分の「子供」だけだけ守ってやろうという特定の女およびそのオットの男とその子供を守ったのでは子供を守る神様にも仏様にも菩薩にもなりません鬼子母神(カリテイモ、神母天王)と同じく、子守地蔵もまた、おのれの「子供」を大義名分にかかげて自分と自分のオットの男と自分の「子供」だけだけ守り、その「子供」を大義名分にして他の女、あるいは他の男の子供や親を迫害してやろう、まだ、ふさわしい結婚相手にめぐまれていない女・男を犠牲にしてやろう、結婚はできたが子供にはまだめぐまれていない女・男をいじめたおしてやろう、ひとに将来生まれてくる可能性のある子どもをいじめてやろう、生まれてこれないようにしてやろうという鬼女を守る神様ではないので、当然、そういう女、及び、そういう女のオットの男を懲らしめる神様ということにもなります。そうでなければ、神でも仏でも菩薩でもありません。
  ところで。「子供」を大義名分にかかげれば自分の我儘は何でも通せる、「子供」を大義名分にかかげれば、自分の担当で自分がそれに対して報酬を受け取っている仕事を担当外の従業員にさせることができると心得ている新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(千葉市中央区鵜の森町。2013年11月に正式に倒産)に2011年4月に社長 長谷川新二(男。当時、40代前半)の嫁 河野利華(女。当時、40代前半)の友人だということで縁故入社した滝口恵(女。当時、30代前半)のようなスーパー独善主義・ウルトラの我儘女とそのオットは、ひとの子供、および、まだ子供に恵まれていないひとにできる可能性があった子供をいじめ倒したわけですから、鬼子母神にも子守地蔵にも懲らしめられて当然であり、懲らしめられないようでは鬼子母神の値打ちはないことになり、子守地蔵の値打ちはないことになってしまいますが、その「子供」を大義名分にして、自分さえ良ければいいという態度で職場の他の従業員に労働基準法違反の時間外労働・無賃労働をさせておのれとおのれのオットの男とおのれの子供のためだけの利益をはかった我儘女の子供というのは、なんら処罰される理由はないのでしょうか? 「子供だからしかたがない」とか「子供を罰してもしかたがない」とか言って免責されるものなのか? 親と同じだけの責任は問えないかったとしても、何の責任もないのか?
  実際問題として、昨年、2019年7月末から8月初めにかけて、私は胆嚢炎で激痛を感じ、救急車で病院に連れていってもらい、緊急に手術を受けたのだが、2011年、担当外の私に負担をかけまくった滝口恵の子供は、それから8年も経っているのですから、たとえ、かつては「手のかかる子供」であったとしても、私が胆嚢炎で手術を受けた時においては「いくらかなりとも役立つ子供」になっているはずなのです。かつて、私に相当助けてもらったはずの子供は、恩のある私が胆嚢炎で苦しんでいる時、何かひとつでもやったか? 何ひとつやらなかったではないか!!!  さらに、胆嚢を摘出し、腹を6か所切った後、退院したが、退院後も、やはり、切った所は気になったし痛みを感じる時はあり、重い物を持つのは抵抗があり、スーパーで買い物をする際にも、買い物かごをそのまま持つのではなく、少量の買い物でもカートに買い物かごを載せて買い物をした。私にずいぶんと世話になった・私にずいぶんと世話をかけた滝口恵とそのオットと今は「多少なりとも役立つ子供」になったはずの滝口恵の子供は、世話になった相手が手術後、けっこう苦労しているのに何かやったか? 何ひとつやらなかったではないか!!! やってもらう方、専門であろうが!!! 新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)で、社長の長谷川新二の嫁の河野利華の中学生の時からの友人だという事務員の大竹加代子は、「滝口さんは子供があるんだから、子供のない人に何でもやってもらうのが当たり前でしょおおお!」などという暴言を何度も大きな声で吐きまくったが、その理屈で言うのなら、私には体の悪い老母がおり、滝口の親というのは私より年下かと思っていたらわずかに私より年上のようだったが、私とたいして変わらない年齢だから私の母のように体が不自由ということはないはずだったのだが、大竹加代子の”理屈”によれば、私は私の母の世話のために滝口恵とそのオットに何でもやってもらうのが当たり前でしょおおおおお!!!!! ということになるはずだったが、滝口恵も滝口恵のオットも何ひとつしなかった。これはどう考えてもおかしいでしょおおおおおお!!!! と大竹加代子は理解できているはずで、理解できていないのなら大竹加代子は精神的に異常、もはや、精神病理学上の問題でしょおおおおおお!!!!!! ということになるはずである。
  私が胆嚢を摘出する手術を受けたすぐ後、母がまったく食事をできなくなり体重も激減してしまい、体も弱まって起きられなくなり、医院・病院に連れて行くにしても歩くことはできないので車椅子で連れていくしかなかったのだが、車椅子を押すことは私はできても、クルマのトランクに車椅子を載せる際、トランクから車椅子を降ろす際、車椅子というのはけっこう重く、押すのはそれほど大変ではなくても、腹を切ったすぐ後の者には、車椅子をクルマのトランクに載せたり降ろしたりというのは相当こたえた。できれば、その作業だけでも誰かにやってもらいたかったが、誰もやらなかった。誰もやってくれなかった。大竹加代子の理屈からいけば、滝口恵やそのオットの男や大竹加代子や新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川新二やその嫁の河野利華や河野利華の母親でしばしば会社に顔を出して従業員に命令をしていた(ということは会社の役職を持っていたのか、何の役職もないにもかかわらず、従業員に「なんだかんだの大明神」言いまくっていたのかの)女とかは、胆嚢を摘出する手術で腹を6か所も切って、その痛みがなくなったわけでもないのに、又、その頃からの高血圧は治っていないのに、それでも母を医院・病院に連れていくために、けっこう重い車椅子をクルマのトランクに載せたり降ろしたりという作業を私がせざるをえないのを、何か少しでも、何かひとつでも助けるのは、「滝口さんは子供があるんだから、子供のない〇〇さんに何でもやってもらうのが当たり前でしょおおおおおお!!!!!」と暴言を吐いた大竹加代子や「滝口さんは子供があるんだから、子供のある滝口さんは子供のない〇〇さんに何でもやってもらうのが当然じゃないかあ。〇〇さんが子供がないのが悪いんだろうがあ!!!!」と暴言を吐いた長谷川新二やその嫁や母親は、私や私の母のために尽くすのは当たり前でしょおおおおお!!!!!! ということになるはずである。  労基法違反の時間外労働・無賃労働をさせ、賃金不払いで逃げた長谷川新二犯罪者もその嫁もその母親も元気なのに何ひとつしてくれなかったが、どう考えてもおかしいわなあ!!! 長谷川新二と河野利華の子供2人もまた、2011年の時点では「子供」だったが、それから8年も経てば、「子供は子供でも手のかかる子供ではなく多少なりとも役に立つ子供」の年齢になったはずなのだが、その「子供」もまた、何ひとつしなかったが、それはどう考えてもおかしいわなあ。腹を切る手術をしないといけないことになった私のために「何なりとするのが当たり前でしょおおおおお!!!!!」と大竹加代子や長谷川新二は言わないといけないはずだわなあ。 私のために長谷川新二と河野利華とその子供は「何なりとするのが当たり前でしょおおおおおおお!!!!!!」と大竹加代子・長谷川新二・河野利華は言うのが当たり前でしょおおおおおお!!!!! ・・・ということになるはずである。
  「子供」を大義名分にして、通らない主張を無理に主張してきた大竹加代子・滝口恵とそのオットとその子供・長谷川新二とその嫁の河野利華とその母親と長谷川新二の子供を懲らしめてください、と鬼子母神と子守地蔵の両方にお願いをして、賽銭も多めに入れてきた。まさか、神さん・仏さんが弁護士みたいに着手金泥棒やることはないと思う。 弁護士てのは「〇日までに◇十万円振り込んでください」なんて言うものだから、ないカネを無理して振り込むと・・振り込まれたと思うとゴルゴ13なら着実に仕事をこなすところを、ゴルゴ13とは正反対で弁護士てのは振り込まれたと思うと働かない。まさに、着手金泥棒! まさに、振り込め詐欺! その点、神さん・仏さん・菩薩さんはそんなことはまさかないと思う。鬼子母神と子守地蔵に手を合わせてお願いをして、賽銭も多めに入れてきたので、しかるべく仕事をしてもらえるものだと確信している。そうでなければ、もはや、この世に神も仏もない・・ということになってしまうではないか。 鬼子母神さん、子守地蔵さん、どうぞ、よろしくお願いします!!!
  胆嚢を摘出する手術を受けた時、手術前、激痛をこらえると血圧が上がるのか、何度かはかってもらったが、血圧が常に200を超えていた。手術後は200は切ったが、それでも、170前後ある。高い方は200は切っても低い方は常に100を超えており、何度はかっても100を切らない。毎朝、血圧計で血圧をはかるようにするといいとか薬局のおばさん(薬剤師)から言われたのだが、そんなこと言われても、身内で2人も入院する人間が出ると、自分自身については血圧が少々高いなんてことではかっている余裕はない私にずいぶんと世話になった滝口恵とそのオットと子供はまったく何もしないが、そういうのを「子供を愛する母親」とか「子煩悩な父親」とか言うのかもしれない。別名、「子供帝国主義」と言うのかもしれない。そういうのは「子供を愛している」とか言うのではなく身勝手・我儘と言うものであろう。
  長谷川新二は、「滝口さんは子供があるんだから、子供のない人間に何でもやってもらうのが当たり前じゃないかあ」などと暴言を吐いたのだが、それならそうやって世話になった子供が「多少なりとも役立つ子供」になった今、「かつて世話になった人に恩返しをするのが当たり前じゃないかああああ!!!」と長谷川新二は言って滝口恵の子供に私や私の母などのために働かせるのが「当たり前じゃないかあああ!!!」のはずなのだが、まったく何もしない。 私の親戚などでも子供があって滝口などよりもずっと大変な立場の女性がいるが、滝口みたいな勝手なことはしていない。滝口みたいに自分が担当で自分がそれに対する報酬をもらっている仕事を担当外の人間にやってもらって、自分はやってもらう方専門! などということをしていたのでは、「やめさせられてしまう」と思ってなんとか必死でやっている。滝口みたいなことはさせてもらっていない。滝口みたいなことさせてもらっている人間なんてあんまり見たことない。世間の人間全般のためにというのならともかく、特定の個人のために別の個人を犠牲にしてやろうという長谷川新二や大竹加代子の身勝手、逆立ちした主張は認められないし、そういう態度は鬼子母神・子守地蔵は許すものではないはずである。
  長谷川新二は、2010年の終わり頃から、倫理研究所(=倫理法人会)という神道系新興宗教団体にして右翼系政治団体にはまり、従業員にまで、担当外の他の従業員が労基法違反の時間外労働・無賃労働でその従業員の担当の仕事をしているまさにその最中に担当の従業員を倫理研究所(=倫理法人会)の集会に連れて行ったりしていたのだが、そういう「新興宗教にはまる人」には、長谷川が「社会貢献するんだよお」と叫んでいたように、「社会のために」とか「人のために」とか言いたいやりたいという意識から離れられない人というのがいて、その結果として、「片方から奪って、別の方に恵む。片方に恵むために他方から奪う」という行動をとるという人が多い。それは、どちらかというと女性の方に多いのだが、男性にも時としてそういう人間がいる。長谷川新二がそれだった。又、長谷川新二は元創価学会員で、長谷川の話によると創価学会というのはやめた人に対しての悪口を矢鱈と言う団体で、それは元創価学会や元公明党の幹部であった人に対してだけでなく一般の会員でやめた人に対しても悪口がものすごく、それを嫌だと思ったことなどで脱会したらしいが、脱会してどうしたかというと、今度は倫理研究所(=倫理法人会)に加入した・・というのだから、精神構造が変わっていない限り、ある新興宗教団体をやめても、その人はどうなるかというと、また別の新興宗教団体に加入するということになることがけっこうあるようで、長谷川はそれだったようだ。その精神構造を改めるというのはそれは本人が自分で自覚してやらないとどうもならないものだが、簡単ではなさそうだ。
  鬼子母神および子守地蔵さん、「子供」を大義名分にかかげればどのような身勝手でもまかり通ると考えるそういう身勝手な連中を、どうぞ、こらしめてください。お願いします・・・と手を合わせて、賽銭を多めに入れてきたし、世間一般では300円の御朱印料を正月料金なのか400円払って御朱印もいただいてきた。きっと、御利益はあるものと思っている。

  内田康夫の「推理小説」は半分は推理小説でも半分は純文学および社会の問題指摘の小説である。それだけ、「純粋推理小説」よりも内容がある。内田康夫『若狭殺人事件』(1992.2.カッパノベルス。 2016.9.20.光文社文庫)に指摘がある。
《 (どうする?――)
 浅見は自分に問いかけた。
 聖信女子大を卒業して役員秘書になった「お嬢様」のことを思った。もしかすると元皇族令息の令夫人に納まるかもしれない美人だそうだ。幸福の絶頂にある彼女の行く手を思いやった。
・・・・・
 日曜日の朝、浅見は兄の書斎に入り込んだ。
「その顔は、結論を出した顔だな」
 陽一郎はひと目で見抜いて、弟に椅子を勧めた。
「むごいことかもしれないけど」と浅見は憂鬱そうに切り出した。
「殺人者は罰せられなければならないでしょうね」
「当然だろう」
「罪は家族にまで及びますか」
「そんなことはない」
「しかし、現実には殺人者の身内という烙印はおされます」
「それはやむを得ないね。ヤクザの娘の親はヤクザなのだ」
「ははは、兄さんにしては珍しい譬喩をえらびましたね」
「ああ・・・」
 刑事局長は苦笑いを浮かべて、弁解するように言った。
「このあいだ、たまたまテレビを観ていて、暴力団幹部の娘の結婚式で仲人を務めたタレントの話を聞いた。そいつの論理によると、親はヤクザでも娘には関係ないというのだ。『娘さんの結婚を祝って何が悪い』と開き直っていた。その披露宴に出席したタレント連中の言い分は、いずれも似たようなものだった。とんでもない話だ。娘は親の威光によって今日まで成長し、おまけに豪勢な結婚式まで挙げ、大勢のタレントどもを招待できたのだ。豪華な結婚衣装も、料理も、新婚家庭の建物も、すべて暴力団組織が不法行為によって掠め取ったカネで賄われている――つまり、不法行為の成果そのものであることを思えば、関係がないなどと言えるはずがない。娘は親と一心同体、ヤクザの親を承知で、その恩恵を満喫している。親と共にヤクザであることの幸福を貫き通して生きているのだ。そう思われるのがいやなら、さっさと親を勘当するがいい。・・・・第一、娘のために仲人を務めたというのが、親が単なる一介の庶民だとしたら、仲人などしないだろう。あくまでも親であるヤクザとの付き合いを全うしたいがために引き受けたにすぎない。そういう事実を知りながら、マスコミは徹底究明などする気配もない。・・・・」
 陽一郎は一気に、しかし淡々とした口調で喋りまくった。・・・・ 》
「子供」を大義名分にして、ひとの子供や親を苦しめる行為をおこなってきた女およびそのオットの男の子供というのは、その親から「恩恵」を受けて育ったのだ。「子供に罪はない」などという主張は勝手すぎる。親と同じだけの責任まで問うのは酷であったとしても、何の責任もないなどとは言えないのは当然のことだ。「子供だから」などという居直りは身勝手すぎる。

  眞源寺の塀はなかなかおもしろい(^^♪ ↓
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↓ の黄土色の部分を壁の一部分に塗っているようですが、独特の味わいがあります♪
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  塀の上の瓦も面白い(^^♪ ↓
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福禄寿は中国の道士(仙人)で、その姿は短身、長頭、多髪で杖に巻物を結び鶴を伴い三徳具備の相を表しております。・・・》というところから、↑の写真の左側、鶴が瓦に描かれているのでしょうか・・。右側は何だろうか・・と思っていたのですが、左側が福禄寿が伴う鶴だとすると、右側はザクロの実ではないか? 《ウィキペディア―鬼子母神》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%AD%90%E6%AF%8D%E7%A5%9E に《 その像は天女のような姿をし、子供を1人抱き、右手には吉祥果を持つ。なおこれをザクロで表現するのは中国文化での影響であり、これは仏典が漢訳された時は吉祥果の正体が分からなかったために代用表現したものである。よって仏典中の吉祥果とザクロは同一ではない。また鬼子母神が人間の子を食べるのを止めさせるために、人肉の味がするザクロを食するように釈迦が勧めたからと言われるのは、日本で作られた俗説にすぎない。》とあるが、そのザクロの実が、福禄寿が伴う鶴とともに瓦の柄にされているのではないか。ザクロの実を食わせた方が良さそうな女というのが現在の日本にもいる。

  眞源寺(入谷鬼子母神)では江戸時代、朝顔市がおこなわれたそうで、今でも7月の第一週の土日頃、朝顔市がおこなわれるらしく、それにちなんだ名称の「朝顔せんべい」を売っている店が眞源寺(入谷鬼子母神)の言問通り沿いのすぐ西にあり、又、言問通りを西に進み、JR山手線「鶯谷」駅の北口からきた道と交差するあたりの竹隆堂岡埜 鶯谷北口店には「朝顔まんじゅう」が販売されています。「朝顔まんじゅう」は名称は「まんじゅう」でも中に入っているのは餡ではなくカスタードかチョコクリームで洋菓子。なかなかおいしい。
※ 竹隆堂岡埜 店舗案内http://www.chikuryuan-okano.com/info.html#shop4

  眞源寺は、入口を入って正面に鬼子母神堂があり、鬼子母神堂の方を向いて右手に福禄寿を祀る建物があって、その福禄寿は下谷七福神のひとつとされており、七福神巡りで訪れている人もけっこうありました。 七福神巡りで御朱印をいただく場合は100円で、御朱印帳に入谷鬼子母神として御朱印をいただく場合は400円というのは、どういうところから違うのだろうかと思ったのだが、七福神巡りの場合は、色紙に七福神の絵だかがあらかじめ印刷してあって、そこに御朱印を押していだたくだけであるのに対し、御朱印帳にいただく場合は「入谷鬼子母尊神 眞源寺」と書いてもらって御朱印を押していだたくという違いがあるようです。
  雑司ヶ谷の鬼子母神では、「鬼」という字の頭のテン(ツノ)がないということでしたが、入谷鬼子母神(真源寺)でも、御朱印に書いていただいたものにはテン(ツノ)はない字になっていました。
  自分の子供のためならひとの子供も親も犠牲にするのが当然と心得ている・「子供」を大義名分にかかげれば何やっても通ると思っている「子供」帝国主義の鬼畜女をこらしめる神としては、ツノのある鬼として懲らしめてやった方が「子供」帝国主義の我儘女とそのオットの社会人としておかしい男とその夫婦の子供のためではないかという気がしますが。

   今回、東京メトロ日比谷線「入谷」から行き、帰りはJR山手線「鶯谷」駅から帰りました。鶯谷駅の近くには、下谷七福神の寿老人を祀る元三嶋神社があります。周囲はホテルばっかり、ホテルはホテルでもビジネスホテルではない、観光ホテルでもない、帝国ホテルとかホテルオークラのような「西洋人向け高級ホテル」でもない・・・↓
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↑ こんな道、入って行って大丈夫か? みたいな所を入っていくと元三島神社が見えてきます。
  元三嶋神社でいただいた「下谷七福神」のリーフレットによると、
《 寿老人延命長寿の神中国道教の神、又老子の化身の神ともいわれています。寿老人は杖を手にし、杖に結びつけられた軸物は人命の長寿をしるした巻物といわれ、伴っている鹿は長寿をつかさどる神使とされています。》ということで、
《 元三島神社は弘安の役の折、勇将 河野通有、四国の大山祇神社に必勝祈願、出陣をなし、神恩加護の下、武功赫々(かくかく)として帰陣したところ夢中に神のお告げを得て大山祇神を武蔵国は上野山中に鎮座申したことに始まったと伝わっています。》
※ 《ウィキペディアー大山祇神社》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E7%A5%87%E7%A5%9E%E7%A4%BE
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   鳥居をくぐると、輪があって、輪をくぐると階段があり、階段を登っていった上に社殿があります。 眞源寺(入谷鬼子母神)は御朱印料は400円でしたが、元三島神社は500円。世間では御朱印料は300円というのが相場だったと思ったのですが、お正月料金なのでしょうか。
   ・・そういえば、2000年前後、栃木県佐野市に住んでいた時、佐野市というと佐野厄除け大師・・というくらい関東地方では佐野厄除け大師が有名で正月には厄除けに来る人が多く、佐野市というと佐野ラーメン・・ということで、佐野市は、「街中、ラーメン屋」という街で、「洋食とラーメン」「カツ丼とラーメン」なんて看板の出ている店がいっぱいあり、中には「スナックとラーメン」なんて店もあって、そんなスナックでラーメンなんて食うと、「わあ~あ、すご~い。すごい食べっぷりねえ~え」とか隣でねーちゃんが言ってくれる・・てことか? なんて考えたりもしましたが、ともかく、ラーメン屋だらけ、たまに行ってラーメン食うのならいいのですが、そこに住んでいると、「ラーメン係数」(食事に占めるラーメンの回数)が矢鱈と高くなる街であり、最初はおいしいと思ってもそのうち、ラーメン見るのも嫌になってくる・・という街だったのですが、正月はどのラーメン屋も普段よりも値段が高かったのです。正月だけ厄除け大師に観光に来る人は「しかたないなあ」と思って正月料金のラーメンを食うかもしれませんが、普段からそこに住んでいる者にとっては、なんで、同じものがいつもよりも高いねん?!? と不満でした。それも、「ラーメンの名店」みたいな店が高いというのならまだわかるのですが、「くるまやラーメン」まで普段よりも高い値段つけてましたから、なんかもう、「ええかげんにせえよ」て感じ、おまえら、森永と一緒で、そういう阿漕な商売やってると、厄除けに来た人が落としていった厄、つけられるど、ほんま!!! て感じがしました(いくらなんでも、「くるまやラーメン」まで正月料金とるというのは、なんだかなあ~あ・・て感じがしました)・・・が、御朱印料も正月料金だったのでしょうか・・・というより、普段はそう人がいっぱい来る寺社ではないので、普段は御朱印なんて受け付けてないのかもしれませんね。お正月限定なのかもしれません。
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階段を登っていった上に社殿があり、その左に社務所があります・・・が、ここはJR山手線「鶯谷」駅のすぐ東。 山にある神社ではないわけで、なんで、階段を登らにゃならんのだろうか・・・て、考えない人もいるかもしれませんが、なにしろ、建築探偵団ですから私は考えます。 神社とか寺は階段登って苦労して行った方がありがたみがある・・と思う人もいるかもしれません。又、元A級戦犯の笹川良一さんみたいに高齢のお母さんをおぶってみせて、「わしぁ、親孝行やねん、親孝行。どうじゃ、わしはえらいやろ。えらいえらいわしみたいに親孝行せえよ、わしみたいに。わしは親孝行でえらいねん」て感じで親孝行ぶりたいという人もいるかもしれませんが、私の母が90代まで生きてくれたおかげでその笹川さんの「親孝行せえよお」の像は欺瞞だということがよくわかりました。90代の母はもう歩いて出かけることができませんから、外に連れて行く時には、車椅子で連れて行くことになりますが、私にとっては、食堂に入るとかいう時には、車椅子をクルマのトランクから出して、また、トランクに入れてというのは、車椅子はけっこう重いので大変で、歳をいって体重は軽くなった母をおぶって連れて行く方がよっぽど楽なのです・・・が、ところが、年寄というのはおぶられるのを嫌がるのです。特に、人の見ているところでおぶられるのは嫌がるのです。ですから、本人が嫌がることをしてもしかたがありませんから、毎度、クルマのトランクから車椅子を出して乗せて押し、また、たたんでクルマのトランクに収納してということを繰り返します。笹川良一さんは、お母さんをおぶった姿の像を造らせて大阪府箕面市の箕面大滝に行く滝道の途中に《「わしみたいに親孝行せえよお」の像》というのをお造りあそばしたのですが、あれは、むしろ、お母さんをダシに使った身勝手者・親不孝者の像だと言うべきでしょう。あんなもの、お母さんにとってはちっともプラスになってません。( そういえば、今はなき父の父(私からすると祖父)は私が生まれる前に他界し、父の母(私からすると祖母)は私が中学生の時に他界しましたが、父はそれまでは「親孝行」なんて口にすることはなかったのに、自分の親が両方とも他界した、自分には子供がある! と思うと、途端に、「親孝行やがな、親孝行」「親孝行せんとバチあたんど、親孝行せんと」と言い出し、「親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ。こっこ♪ 親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ、こっこ♪」と毎日毎日、叫ぶようになったのでしたが・・、自分の親がおらんようになった、自分には子供がある! と思うと、とたんに「親こっこっこ、親こっこっこ」とか言い出すというのは、あれはどう考えても、ずっこい! と思ったのでしたが、そう思っていると姉も同じように思ったようで、「あれ、どう考えも、ずるいよねえ」と言うのでしたが、ほんと、ずるい! と思います。さらに、「親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ、クォ~ッ、クォ~ッ!」と叫んでおきながらその直後に「わし、あんたに親孝行せえなんて言ったこと、一言もないやろ、わし、あんたに親孝行せえなんて一回でも言うたことないやろ。そのくらいはわかるわなあ」などと言うのでしたが、あんた、今まさに「親こっこっこ、親こっこっこ、親こっこっこ、こっこ♪」と歌っとったじゃないか、「親孝行せえよお、わしに親孝行せえよお、わしにじゃ、わしに、わしにい。んが、んがんがあ~あ!!!」と言ったばっかりじゃないか。「よく言うわ♪」と思ったのでしたが、そう思って黙っていると、「はあ~あ! あんた、わしがあんたに『親孝行せえよ』なんて、ただの一言も言うたことはないという、そのくらいのこともあんたはわからんのんか!!! 難儀やな、こいつはほんまにもう。わしはあんたに『親孝行せえ』なんて、たったの一回として口にしたことはないのにからに、そんなこともわからんのんか!!! こいつ、ビョーキちゃうか、こいつ。絶対にこいつ、ビョーキやわ。わしはあんたに『親孝行せえよお』なんて言うたことは一回としてないのにからに、そんなこともわからんとは。困ったやつやな、こいつはもう。ほんまに難儀やな。わしいのような聖徳太子のようなキリストのようなヒットラー総統のような聖人の親を持ってあんたほど幸せな人間はおらんし、『親孝行せえよ』なんてただの一言として言わんわしのような聖人の親を持っとるのにからにやなあ、わしは聖人で聖徳太子でドイツ人でヒットラー総統のような英雄やのにからにやなあ、世の中には、カス親もおればダメ父もおるのにからに、わしのようなえらいえらい英雄のお父さんを持って、『親孝行せえよお』なんてただの一言も言わんお父さんを持ってあんたほど世の中で幸せな人間はおらんのにからに、わしが今まで一言として『親孝行せえよお』なんて言うたことないのにからに、そのくらいのことすらもわからんとは、困った人間やな、あんたは。これは絶対にビョーキやわ、ビョーキ!!!」と言うのだったが、ビョーキはあんたと違うんかい、あんた!!! あんたこそ、「親こっこっこ、親こっこっこ♪」「わしに親孝行せえよ、このわしにい、んが、んが、んがあ~あ!!!」「わしに親孝行せんとバチあたんぞ、わしに親孝行せんとお」「天の神様はわしに親孝行せんもんには絶対にお許しにはならんぞ、わかっとるかわかっとるかわかっとるか。まんまんまんまんまんまん。アーメン」とか毎日毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃうくらいに言いまくってきたくせしてからに、「わし、あんたに親孝行せえよなんて言うたこと一回もないやろ」て、あんたこそ、ビョーキやろうが、あんたこそ!!! と思ったものだったが、笹川良一さんの「親孝行せえよおの像」というのもそういう意識の人が作ったものだったのかもしれない。)
  元A級戦犯笹川良一さんみたいなそういうパフォーマンスやりたい人には神社・寺の階段というのは絶対必要で、パフォーマンスやるために参拝する人には階段がない寺社は寺社でないということになるのでしょうけれども、今や、バリアフリーの時代。兵庫県宝塚市の山地にある中山寺では、屋外の階段にエスカレーターを設置したようです・・・が、そんな時代に、なぜ、この都内、街中の平地にある神社が階段を登らにゃならんのだろうか? な~んでだ? ・・・なんて思い、建築探偵団としては、周囲を見て回るのが常ですから見てまわりました。 中央区の水天宮は1階には水天宮に参拝した人向けの店や駐車場があり、その上に水天宮の社殿があります。そんな作りなのか??? ・・と思ってみると・・・、↓
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↑ 台東区の元三島神社の場合は、社殿は2階の上にあって、1階にはバーとか飲み屋が入っている構造でした・・・( 一一)  まあ、街中だからしかたない面もいくらかはあるのかもしれませんが・・・、なんか、ありがたみが薄くなりますわなあ・・・。そう思いません?
  もっぱら「親おや、こっこー、親こっこー♪」と叫ぶために行く人なら、階段さえあれば他はどうでもいいかもしれませんけれどもね・・・。
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↑ JR山手線「鶯谷」駅のプラットホームから見た元三島神社。 元三島神社の背面が鶯谷駅のプラットホームからは見える。

 (2020.1.4.公開。
  参拝は2020年1月2日。
 なるちゃんが天皇へーかになって2年目の年。)

☆ 「子供」帝国主義の女とそのオットの男をこらしめる神・鬼子母神(カリテイモ、神母天王)参拝
1.[第139回]雑司ヶ谷鬼子母神堂問、及、鬼子母神の話と神がアブラハムにイサクを燔祭に捧げよと命じた話の意味https://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_2.html
2.[第199回]常照寺(横浜市)参拝―自分の子の為を名分にひとの子や親を食い殺す女・男を懲らしめる神・鬼子母神 2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201309/article_4.html
3.[第654回]とにかく長い三十三間堂、神母天王は鬼子母神。子供を名分に勝手する女に柘榴-妙法院・蓮華王院【5/6】https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_5.html
4.[第731回]入谷鬼子母神(真源寺)(台東区)参拝。「子供」を大義名分におのれとおのれの夫と子供のためにひとの子供と親を犠牲にする鬼女を懲らしめる神様。+元三嶋神社。 〔今回〕 

日本の宗教 (岩波ジュニア新書)
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若狭殺人事件 (講談社文庫)
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教育勅語 (朝日選書)
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