馬籠(まごめ)と神坂(みさか)PA。中央自動車道道中記。サービスエリアから本線に出る加速車線に駐車は避けてほしい。及、労基法違反を守る千葉労働基準監督署。交通費の支給額を従業員によって変える小堀住研(株)。トラックを路上駐車させる「いいかげんそう」なISO・「経費節減ではなくコストダウン」の(株)一条工務店。

[第729回]
  東京~大阪 間の移動手段としては、飛行機・新幹線・夜行バスがあり、かつては在来線夜行電車というものがあった。
1.飛行機。 この場合、東京側は羽田と成田があり、大阪側は伊丹・神戸・関空がある。本数からいくと、羽田―伊丹 が一番本数が多い。関空は「泉南和歌山空港」みたいな位置なので大阪府でも北半分に用事がある者には便利が悪い。神戸空港は行ってみると、ローカルな感じで、福島空港を思い出した。飛行機が離陸する時、空港職員がピカチュウの人形を持って手を振ってくれるし、都市圏の空港にしてはほんわかした雰囲気が親しみを感じるし、羽田や伊丹のように空港が大きくないので乗り降りに疲れないが、三宮からのモノレールがけっこうかかる。
  飛行機は、日本からパリとかミラノとかまで行くと、片道12時間程度かかるので「長いなあ」て気持ちになり、ロシア連邦のイルクーツクに行った時、新潟から片道5時間で「このくらいがちょうどいいかな」て感じがしたのだが、東京~大阪 間だと、飛行時間は1時間少々で、それでも一人前に手荷物検査とか受けないと乗れないし、新幹線だと発車時刻直前に飛び乗っても乗れるが、飛行機は時刻表を見ると速そうだが、飛行機の発車時刻は飛行機の車輪が空港の地面を離れる時のことで、到着時刻も空港の地面に車輪が着く時刻らしいので、実際には発車時刻より30分前には搭乗口に行っていないといけないし、羽田や伊丹のような大きな空港だと手荷物検査にも行列して時間がかかるし、新幹線なら東京駅・品川駅から発車するものが飛行機は東京・品川から羽田まで行く時間がかかる・・・といったことを考えると、東京~大阪 間だと、飛行機は新幹線より特に有利でもない。株主優待券を持っていると半額で乗れるので、新幹線より安いか・・とも思ったが、東京から羽田までの電車賃を合わすと安くない。同じようなものなら、自由席でも混雑期でなければ東京側からなら東京駅から乗れば座れる、関西側からなら京都駅からは座れないこともあるが新大阪からならたいてい座れる新幹線の方が、乗り遅れても通勤電車並みに来るので便利。

2.新幹線。 今や、東京~大阪間では一番便利だろう。誰が言ってたか忘れたが、人間がそれほど苦痛を感じずに乗ってられる時間というのは2時間30分までらしい。東海道新幹線が開通した時の「ひかり」は東京ー新大阪間を3時間10分で走ったが、それまでに比べて夢のような速さではあったが、それでも、仕事で毎週、東京―大阪間を往復するというような人にとってはけっこう苦痛だったようだ・・が、今では「のぞみ」は東京ー新大阪間を2時間30分~33分(電車によって微妙に違うようだ)で走る。たしかに、実際に乗ってみると、3時間10分だと、最後の頃は「まだ、つかんかなあ」て気持ちになるが、2時間30分だとそういう気持ちになる頃かなる前に到着する。 東京~京都・大阪間の「のぞみ」の感覚で、「こだま」しか停まらない駅に行こうとすると本数の少なさに驚くが、東京~京都・大阪間は「のぞみ」が便利・・・だが、かつては新幹線の窓から外を見て車窓を楽しめたが、今は速すぎて窓から外を見てもかえって気持ち悪くなる。

3.夜行バス。 新幹線より安いのは間違いないが、夕方、特にその後、やることがなくても、夜11時頃の出発時刻まで時間をつぶしていると、新幹線ならその時間でもう着いてるのに・・・と思うことになる。運賃は新幹線より安いとはいえ、その時間、働けばもっと稼げるのなら稼いだ方がよさそうにも思える。ええとしこいて夜行バスなんて乗るとわびしいような気もするが、貧乏性なのか、その方がガラに合ってる・・・なんて気持ちになることもあるが、情けないような気もする。
  横4列のバスだと、横に肥満体のおっさんに座られると自分の座る場所がなくなる。だから、私は夜行バスに乗る時は、横4列のものしか運行していない所に行く時はしかたがないが、東京~大阪間の場合は横3列のバスに乗ることにしている。かつて、京都駅から千葉県のJR「西船橋」駅行きの夜行の京成バスに乗った時、横の席が体が大きい太った男でかつ亀田オヤジみたいな人相の悪い怖そうなおっさんで、そのおっさんが自分の体の中心を自分の座席の中央に合わせて座ってくれればまだいいのだが、そうではなく、左の窓側の席で、自分の体の左端を自分の座席の左端に合わせて座るものだから、そのおっさん亀田オヤジの体の右端は私の座席の中央より右に来てしまい、私はいったいどこに座ればいいの? て状態になった。 さらに、京成バスの運転手ともう1人乗っていた運行スタッフはそれには何ら対処せず、かつ、「廊下にはみだして座られますと他のお客様の迷惑になりますから廊下にはみださないようにお願いします」などとマイクで放送するのだった。俺、一人分の切符買って乗ってるのに座る場所ないんだけど、どうすればいいの? て状態で西船橋まで一睡もできなかった。2人用の座席に1.6人分ほどのスペースを占拠して座る”亀田オヤジ”には何も言わないで(乗務員としても人相の悪いおっさんには言いたくなかったのかもしれません)、残りの0.4人分か0.3人分に座れなんて言われても座りようがない者に、通路にはみださないように気をつけてくださいなどと言われても、そんな不可能なこと言われてもできないので、それ以来、「夜行バスで横4列のバス」と「夜行バスの京成バス」は乗らないことにした。 横3列のバスは横4列のバスより運賃は高いが座る場所のないバスでカネ盗られるよりは横3列で座れるバスの方がいい。横2列で豪華な座席の夜行バスも東京~大阪間ではあるのだが、これだと、運賃は新幹線普通席と同程度であり、夜行バスに乗る意味がないことになる。

  2011年、千葉市中央区の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕で、徳島市の(株)フィットに「フィットグループ」の研修を受けに行くのに、男性社員には夜行バスで行かせておいて、社長の嫁の友人だとして縁故入社した新入社員の滝口恵(女。当時、30代前半)には飛行機で行かせたが、たとえ縁故入社であってもそういう「差別」はいかんのではないかな・・と思う。会社は従業員に対して公平でないといけない。夜行バスに乗ってみると、けっこう、女性客が多い。東京~大阪間もしくは東京~京都間だと、夜11時くらいに発車して朝6時か7時に着くというくらいで、夜2時間か3時間待つ時間が無駄みたいになることがあるが、徳島までだと、今は橋で淡路島経由で行けて「ちょうどいい」時間に発車して到着するくらいの所要時間のはずだ。 男性には滝口恵よりも年上の年齢の者にも夜行バスに乗せて、たとえ縁故入社の人間であってもまだ30過ぎの滝口に飛行機に乗せるという社長の長谷川新二のその発想はおかしいし、新入社員にそういう扱いにすると増長させるだけでいいことはない。こういうことを考えるのが社長の仕事のはずであり、それを考えることができないなら、社長としての役割を果たしていることにならない。 ・・・だから、2013年11月、正式に倒産することになった。
  インターネットで検索してみたところ、東京→徳島 の夜行バスは、(株)高知駅前観光というバス会社が運行しており、http://www.kosokubus.com/search/brand/KT3/
東京 八重洲南口鍜治橋駐車場21:00発→徳島駅前6:00到着予定
徳島駅前22:15発→東京八重洲南口鍜治橋駐車場7:40
東京から京都、東京から大阪だと夜11時頃に出て朝6時か7時に着く、名古屋だともっと早く着いてしまうのに対し、東京から徳島だと、「ちょうど、一晩」というくらいで夜行バスで行くには「ちょうどいい距離」みたいなところがある。
  夜行が嫌なら、新幹線で新大阪まで行き、新大阪から大阪駅までJRに乗って、大阪から徳島までバスに乗る方法、大阪は新大阪と大阪が分かれているので乗り換えがわずらわしいということなら、京都駅で乗り換えるという方法もある。京都駅で乗り換える方法ならhttp://www.kosokubus.com/search/oneway/0700026-0900036/20191222/W1/ 、たとえば、
● 東京 6:16 →京都8:26 「のぞみ 3号」
  京都駅 9:00発 →徳島駅前 12:06到着予定 阿波エクスプレス京都号 JR四国バス
● 東京 7:10 →京都9:22 「のぞみ 9号」
  京都駅 10:00発→徳島駅前 13;26到着予定 阿波エクスプレス京都号 JR四国バス
● 東京 9:50 →京都 12:08 「のぞみ 105号」
 〃 12:40発→ 〃  15:46到着予定 阿波エクスプレス京都号 JR四国バス
「新大阪」~「大阪」乗り換えが本数としては最も多いだろうけれども、他に、「新神戸」で新幹線を降りて「三宮」から徳島行高速バスに乗る方法もあるようだ。それも嫌だと言うのなら、そんなヤツ、雇う必要はないのではないかな。どっちにしろ、女だから飛行機に乗って行くカネを会社に出させるなんてそんな女を、嫁の友達とはいえ、無理に雇わないといけないことはないはずであり、「嫁の友達」に飛行機代を出すのなら一般従業員にも飛行機代を出すべきで、「嫁の友達」に一般従業員には出さない費用を出すということなら、「会社のカネ」と「社長のカネ」がごっちゃになっている会社であっても、それでも「会社のカネ」で出すのではなく「社長のカネ」で出すべきであろう・・が、「社長のカネ」ででも特定の従業員にだけ出すというようなことはやめるべきである。社長は「社長のカネ」で出す場合であっても従業員には公平でないといけないはずである。メカケでなくても「メカケ待遇」みたいなことを特定の従業員にするべきではない! ・・というより、一般従業員は夜行バスで行っているのに滝口だけ飛行機に乗って行きたいなら滝口が自分のカネで出すべきではないか。なにより、わざわざ、「中途入社した時から殿様」みたいなそんな女を採用しないといけない理由があるとは思えない。
   2011年、新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕〔千葉市中央区鵜の森町〕では、もう一人、「嫁の友人」として、事務として大竹加代子(女。当時、40代前半)がいたが、大竹は過去に特に経理の経験があるわけでもなく、会計系の資格を持っているわけでもなければ、会計系の学校を出ているわけでもないにもかかわらず、私の倍以上の給料を盗っていた。それだけならまだしも、タイムカードを管理して労働時間を見る係を大竹加代子がしていたのだが、大竹は自分自身には時間外賃金を計算してつけていたのに対して、私には時間外労働は「サービス残業」にしていた。 そういう縁故入社従業員と一般従業員とで明らかに大きく差別する扱いというのは、それは会社の経営者としてやるべきことではないはずで、又、一般入社従業員はそのような差別待遇を認めて入社したのではないはずである。どうも、千葉労基署はそういう不良企業の差別待遇や労基法違反に積極的に加担していると見受けられるところがある。労働基準監督署と労働基準監督官というのは不良企業と不良経営者の労基法違反を必死で守ろうとして存在しているとしか思えない。 私は、千葉労働基準監督署に行き、新華ハウジング(有)が、私の時間外労働について時間外賃金を不払いであることを指摘し、又、その後の賃金不払いについても労基法違反で代表者・代表取締役 長谷川新二を処罰するよう求めたのだが、労働基準監督官の佐野は「その件はとりあげないことにしました」と言うので、「なぜですか」というと、「証拠がない」「代表者の社長の居所がわからない」という2つを理由としてあげたが、
(1) 「代表者の居所がわからない」などというおかしな主張は通らないはずである。労働基準監督署というのは労働基準法・労働安全衛生法に関する部分の警察であり、警察が犯人の居所がわからないからとりあげないことにしました、などというそんなおかしな話はない! 犯人の居所がわからないのならば警察である以上は捜査して見つければよいことであろうが。指名手配でもすればいいことのはずである。 「居所がわからない」から免罪というのが通じるのなら、殺人でも強盗でも「居所がわからない」状態にすれば「取り上げないことにしました」で通じることになってしまう。千葉労働基準監督署の労働基準監督官というのはとんでもないことを言う男である。
(2) 「証拠がない」などという主張も通らない。「どうして、『証拠がない』のですか。私が証人で証拠ですよ。裁判所で証言する証人が要るのなら私が証言します。私のタイムカードの写しがここにあるでしょ。私の給与明細もありますでしょ。それが証拠でしょう。私のタイムカードと給与明細があるのに、どうして『証拠がない』のですか。きっちりと証拠はあるでしょう。」と言ったのですが、ところが、千葉労働基準監督署労働基準監督官の佐野は「ですから、それは取り上げないことに決めたんです」と言う。「どうして、『取り上げないことに決める』などということが許されるのですか。起訴しないのなら検察審査会に訴えますよ」と言ったところ、労働基準監督官の佐野は「検察審査会というのは検察庁に送検されたものの場合であって、これは送検されてませんから、検察審査会に訴えることなんて、できませえ~ん!」とひとを馬鹿にした口調で言うのでした。送検したものを検察が起訴しない場合には検察審査会に訴えることができるが労基署が送検しないで止めれば検察審査会に訴えることはできないから労基法違反はやりたい放題というのはそれはおかしい! 千葉労働基準監督署の対応は市民として労働者として認めがたいものである!
(3) さらに。労働基準監督官の佐野は、「代表者の(長谷川新二)の居所がわかりませんから」というのを「取り上げない」理由としてあげたのだが、2013年11月、長谷川新二は新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の倒産と長谷川の破産の申請を東京地裁民事20部におこなったが、その時には長谷川新二は裁判所に出てこないわけにはいかないので、東京地方裁判所(但し、場所は、裁判所棟ではなく、家庭裁判所などの入る合同庁舎6号館C棟)に出頭したが、その際、私は長谷川が出頭したのを確認して、倒産についての話が終わった直後、まだ、破産についての話をおこなっている最中、千葉労働基準監督署に電話をして、労働基準監督官の佐野に「犯人の長谷川の居場所がわからないから取り上げないという話でしたが、今、千代田区の東京地方裁判所に長谷川が来ていますから、長谷川を逮捕して取り締まってください」と言ったのです。ところが、千葉労働基準監督署の労働基準監督官の佐野は「代表者の居場所がわかりませんから」というのを取り締まらない理由としたにもかかわらず、「今、長谷川はここにいますから」と私が電話をして言っているのに、それでも、「だから、それは取り上げないと言ったでしょ」と言うのです。私は「だから、長谷川の居場所がわからないから取り上げないということでしたから、だから、今、長谷川がここにいますから逮捕してくださいと言っているのじゃないですか。ここまでやってるのにここまで言ってるのに、どうしてあなたは対応できないのですか。労働基準監督官というのは労基法違反の犯人を取り締まるのが仕事でしょ。どうして仕事をしてくれないのですか」と言ったのですが、ところが労働基準監督官の佐野は「だから、それは取り上げないと言ったでしょ」と言うので、私は「だから、取り上げないわけにはいかないでしょと言ってるんです。市民が違法行為を取り締まってくださいと言っているのに、労働基準監督官が取り上げないと言い張る理由はないでしょう」と言ったが、佐野は「取り上げませんと言ったら取り上げません! 何度言ってもそれは取り上げませんから!」とこの労働者の敵は言い張るのでした。 それで、私は、しかたがないので、ともかく、犯人の長谷川の身柄を抑えないといけないので、110番通報をして「労基法違反の犯人がいるのですが、労働基準監督署としては居場所がわからないから取り上げないと言っているのですが、今、東京地方裁判所に来ていますから身柄を確保してください」と訴えたところ、「警察官を向かわせます」ということになった。しかし、ここで私はミスをした。長谷川は東京地方裁判所に倒産と破産の件で債権者会議に出席していたのだが、東京地方裁判所でも倒産・破産を扱う民事20部は、東京地方裁判所の大部分の部が入っている裁判所棟ではなく家庭裁判所などの入る中央合同庁舎6号館C棟に入っていたのだった。私は110番通報をして、「今、東京地方裁判所に犯人が来ていますから」と言ったのだが、電話を切ってから、「東京地方裁判所」と言ってしまうと、裁判所棟の方に行ってしまうと気づき、即座に110番にかけなおして訂正を求めたのだが、ところが、先にかけた電話を受けた人と後で受けた人は別人なのか話がなかなか通じず、警察官は裁判所棟の方に行ってしまい、犯人の長谷川新二はその間に帰ってしまった。労働者の敵・労働基準法の敵たる千葉労働基準監督署と労働基準監督官は市民として労働者として許すわけにはいかない! 
  債権者会議の資料によると、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)は私には時間外手当不払いと賃金不払いの債務が残っていたが、「縁故入社の滝口恵」には賃金をきっちりと支払っていたようであった。 そのあたりの不公平性においても、長谷川新二および、ビルダーズジャパン(株)の代表取締役に最後になっていた河野利華の犯罪性はより重いことになるはずである。
  「縁故の滝口」は、新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)〔千葉市中央区〕の事務所にて、「こんなの、パートのおばさんにやらせればいいんだ」などと口にしたことがあり、驚いたということがありました。滝口こそ「パートのおばさん」なのです。「パートのおばさん」の勤務状態の人間が「こんなの、パートのおばさんにやらせればいいんだ」などと言ったのでは「パートのおばさん」が気を悪くします。その発言は「パートのおばさん」に失礼です。「おまえがパートのおばさんと違うのか」と言って諭してあげるのが本来だったのかもしれませんが、我儘な性格の人ですから言ってあげてもきかなかったでしょう。そういう、言ってあげてもきかない鉄板入りの我儘な人には社長は会社の職制を通じて注意するということをきっちりやらないといけません(というより、そんな人、最初から雇う必要がないはずなのですが)・・がその程度のことができない男が長谷川新二だった・・・から、倒産した。

4.在来線。 かつては、東京発大垣行の「普通」というのか「快速」というのかがあって、大垣で西明石行に乗り継ぐと普通運賃だけで乗れた。
  1980年代後半、小堀住研(株)で、入社式と新卒社員研修に参加するため、私はお金がなかったので、この大垣行「普通」で大垣で西明石行に乗り換えて行ったが、千葉工大のやつは新幹線に乗っていったようだ。「普通」に乗って行ったのは私一人だけだった。小堀住研(株)は千葉工大のヤツには新幹線代を支給して私には普通運賃しか払ってくれなかった。東京圏から行く者には新幹線代を支給しますと先に言ってもらえば、新幹線に乗って行ったのだが、自腹で出すものかと思って通勤ラッシュ並に混んでいた「普通」に荷物を持って大変な思いをして行ったが、普通は、東京~大阪間を移動するなら新幹線に乗った場合の運賃を出すということなら、実際に何に乗ったかにかかわらず新幹線に乗った場合の金額を支給するもので、最大で新幹線指定席の運賃を出すがそれより安いものに乗った場合には実際にかかった運賃分しか出さないということなら先にそう言うもののはずであったが、小堀住研(株)はそれを言わなかったので、お金がなかった私は無茶苦茶混んでいた「普通」に乗って普通運賃しか出してもらえず、千葉工大のヤツは殿様みたいに新幹線に乗って行って新幹線代を支給してもらっていた。又、私は、当然、実際に何に乗ったかにかかわらず、新幹線普通車指定席の運賃を出すと規定しているものならその額を出すものだと思っていたから、無警戒に「なんや、出してもらえるのならそれなら新幹線に乗ったのに」なんて口にしたものだから、総務の課長というおっさんから、「あかん、あかん。普通にしか乗ってないのに新幹線代をもらおうなんて、そんなズルしたらあかん。何を考えてるんや」などと言われ、後々まで同じ時期に入社した者から、「ズルすんな。普通に乗って新幹線代もらおうなんてズルしたらあかんぞ」などと言われるようにされてしまったが、何十人か入社して、そのうち、東京圏の住人・東京圏の大学卒の者は相当いたはずで、「普通」に乗って行ったのは私一人だけだったが、新幹線に乗って行った者でも自由席に乗って行った者は間違いなく何人かいたはずで、小堀住研(株)の総務部の課長は、私には「普通にしか乗ってないのに新幹線代をもらおうやなんて、何考えてんねん。そんなズルしたらあかんに決まってるやろ」と言いながら、新幹線の自由席に乗って行った者には新幹線の普通車指定席の金額を払っていた。「何考えてんねん」と言われなければならないのは、小堀住研(株)の総務部とその課長のおっさんの方ではないか!・・・と思う。「バカでも入れる私大」のやつで新幹線に乗って行ったようなヤツには、何事においても負けてたまるか! と思ったものだった・・が、その際の総務のおっさんの対応を見ても、「あんまり、レベルの高くない会社だなあ」という印象を受けたし、「小堀住研は理工系の会社」と言うておったが、たしかに、作るものはなかなかいいものを作っていたが、人事部長の高田なんか見ても、「こいつ、アホやな」て感じがしたし、「理工系」が優秀というよりも、それ以外の部分で優秀でない部分がある会社だったようだ。私は、父の勤め先の会社にアルバイトで何度か行ったことがあったのだが、そこも、「あんまり優秀じゃねえなあ」て感じのおっさんが少なくない会社だったのだが、従業員数が千人少々・社長は2代目・創業以来の年数も同じくらい・本社は大阪駅から遠くない場所にある・・という点で似たところがあり、違いは父の勤め先は二代目社長だけが東大出だったのに対して、小堀住研(株)は「小堀住研は大卒しか採らない会社です」と言いまくってきたが二代目社長は高卒であった点と、父の勤め先は未上場だったのに対して小堀住研(株)は一応「一部上場」の会社だったので、「上場している」、「一部で上場している」という点で、その部分だけ、小堀住研(株)は父の勤め先よりいくらか上かと私は入社する前には思ったし、父もそう思っていたようだが、入社して中から見ると、そうではなく、むしろ、小堀住研(株)の方が下と違うか・・という感じで、父も私が入社してから見聞したものから、「小堀住研の方がむしろ下やなあ」と思ったようだ。東京~大阪間の交通費の払い方の総務の課長のおっさんの対応など見ても、「むしろ、下やな」て対応だった。・・・そんな調子だったから、だから・・・、つぶれた。ヤマダ電機が「つぶれた会社」を「いぬき」で買い取って(株)ヤマダエスバイエルホームにして、同様に買い取った「リフォームのナカヤマ」と合わせて(株)ヤマダホームズにして、ついに、二代目社長で初代の小堀林衛の「甥っ子」と言っていたが実際は「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」らしい中島昭午が初代の名字が入っている小堀住研(株)という会社名から「小堀」を取り除いてつけた「エスバイエル」という安もんくさい名前、ツーバイフォー(2×4)工法で建てている会社じゃないのにツーバイフォー工法みたいな名称(S×L)は消えた。私は小堀住研(株)の総務の課長のおっさんから「ズルしたらいかん」だの「何考えてるんや」だのと言われたが、私は「ズル」なんてしていない。東京~大阪間の運賃を支給するのなら、同じ立場の従業員になら会社は公平に対処するべきであり、千葉工大のやつに新幹線に乗せたのなら私にも新幹線に乗せるべきであり、私には普通運賃しか出さないというその方が「ズル」であるはずである。 むしろ、千葉工大のヤツの方こそ、千葉工大みたいな「大学」しか行かれへんくせして「大学」に行かせてもらったという「ズル」しているはずである。私が大学に進学する時には、父から「高校は義務教育やないのやから、おまえは高校には行くべきやないのにからに、それをおまえが北野高校に行ったというのは、それはおまえが甘ったれとるからやねんぞ。高校は義務教育やないのやから、おまえは高校には行くべきやないんやぞ。ましてや、おまえは大学になんぞ行くべきとは違うねんぞ」と何度も何度も言われたものだったが、それから考えると、千葉工大みたいなもんにくそどあつかましくも行くやつなんて、義務教育であろうがなかろうが中学校行く必要ないはずであって、ましてやそんなヤツが「大学」に行くなんてどう考えても「ズル」だ。 なぜ、小堀住研(株)はそういうヤツには新幹線に乗せて、私には人間の扱いでない満員電車の夜行に一晩中立ちっぱなしで東京から大垣まで乗って行かせるということをしたのか? そっちの方こそ「ズル」のはずであり、そっちの方こそ「何考えてるんや」と言われる必要があることのはずだ。なんで、千葉工大みたいなもんにくそあつかましくも行くようなやつが「大学」に行かせてもらえるのか、さっぱりわからんし、なんで、そいつには新幹線代を小堀住研(株)は出して私には普通運賃しか出してくれないのか、その扱いはどう考えても不当であるはずだ。その総務の課長のおっさんの言い草は今も納得いかないし、納得してはならないものと考える。
  大垣行夜行は、そのうち、「ムーンライト長良(ながら)」という愛称がついて全席指定になって座席も良くなったが、けっこう好きだったがなくなってしまった。
  インターネットで検索すると、「赤旗の歌」というものの「替え歌」があり、そのひとつに「民衆の足、国鉄は~♪」というのがあって、「金持ちは~、飛行機に~♪、乗るぞ! 我らは~、国鉄に~い♪」というのがあったらしい。 「千葉工大は~、新幹線に~♪ 乗るぞ! われらは~、在来線夜行普通に~い♪」て、それが小堀住研(株)の扱いだった。「総務のおっさん」とかアホまるだしの人事部長の高田とかも東京~大阪間の移動には新幹線を利用していたことだろう。もしくは、飛行機か。

   もうひとつ、5番目として、マイカーというものがある。そして、マイカーの場合、
東名・新東名~伊勢湾岸道~新名神~名神 ルート と、 中央自動車道~名神 ルートの2つのルートが考えられる・・のだけれども・・。
  (株)一条工務店に入社した1992年、東京営業所に勤務していた浜松出身のO田が、自分のクルマで浜松まで帰るというので、「ええ? 浜松までクルマで行くんですかあ」と言ったところ、「たいしたことないですよ。すぐですよお」と言うので、そうかな・・と思ったが、その後、福島県いわき市に勤務して東京から いわき まで運転してみると、運転できるもんだな・・と思った。東京から いわき まで運転できるなら、東京から浜松も同じくらいかと思ったのだが、東京から いわき までよりも東京から浜松の方が少々遠いようだ。いわき よりも浜松の方が距離が少々遠いが、そのくらいは特に問題ではないのだけれども、東京から いわき までの常磐自動車道はすいていて走りやすく、特に、夜はすいているから快適(一度、柏インターチェンジを出て国道16号を走っていると、前を暴走族みたいのがのろのろと走っていて怖かったことはあったけれども。「何をのろのろ走っとんねん」と思ったが、クラクション鳴らさなくてよかった・・・)だが、それに対して、東名・新東名は混んでいる。なおかつ、夜はすいているなどということはない! むしろ、東名・新東名は、日没後は、箱型トラックの割合が大きく、こちらもトラックで運転席がトラックの高さにあればまだいいのかもしれないが、普通乗用車では本当に運転しにくい。 一般道を走っていると、箱型トラックも含め、トラックの運転手というのは、「おばさんドライバー」などと違って、運転すること自体を仕事にしている人だけあって運転が下手ではないし、運転マナーは悪くない人が多いと思っていたのだけれども、東名・新東名の夜間に走っている箱型トラックの運転手は、決してマナーは良くない。東名・新東名の箱型トラックはけっこう運転が荒いドライバーが多い。 乗用車・セダンを運転していて、すぐ前に箱型トラックに来られると、前方がまったく見えなくなり危険である。セダンで走っている時、周囲が箱型トラックばかりの時、安全のため、普段よりも車間距離を長めにあけるようにすると、いくらかなりとも前方が見えるのだけれども、ところが、東名・新東名においてそれをやると、長めにあけないと前方が見えなく危険だから長めにあけたのに、まさにその場所に別の箱型トラックに入り込まれることになる。東名・新東名を夜間、普通乗用車で走行するのは危ない。
  又、夜間のサービスエリア・パーキングエリアでは大型のクルマの駐車スペースが不足気味なのか、サービスエリア・パーキングエリアに入る車線・出る車線に駐車している箱型トラックが多く、入る車線の方はまだいいが、出る車線に停められると、その部分で加速するところを徐行しなければ通れないことになり、左に駐車しているトラックを気にしていると、右後方を十分に見ることが出来ずに本線に入ることになり、大変危険である。サービスエリア・パーキングエリアに入る車線の方はまだいいが、出る車線に駐車するのはできるだけやめてほしい。
   東京~大阪間を乗用車で最初に往復した時、「走っている時間」で約8時間、「休憩時間・食事時間を含めた時間」で約10時間かかった。たどりついた時はへとへとだった。これはきついな・・とその時は思ったのだが、2回目は「走っている時間」で約6時間、「休憩時間・食事時間を含めた時間」で約8時間で行けて、1回目ほどは疲れなかった。これなら可能かもしれないと思った。新幹線なり夜行バスなりで行って、行った先でレンタカーを借りると、レンタカーというのはそのクルマに乗っている時間だけでなく、借りたクルマを駐車して何かしている時間も料金はかかる。自分のクルマを運転していくと、新幹線なり夜行バスなりの運賃はかからないが、高速道路代とガソリン代を合わせると、十分、新幹線代くらいかかるので、安上がりにはならないのだけれども、行った先でも自動車があり、レンタカーを借りるのとは違って自分のクルマであるから、どういう乗り方をしようがクルマを借りる費用はかからない。 無茶苦茶時間がかかるか、無茶苦茶疲れるかだと検討対象外だが、「運転している時間で約6時間、休憩時間・食事時間も含めて約8時間」なら検討対象に入る。いまや、新幹線「のぞみ」号は東京~大阪間を2時間45分くらいだかで走るとはいえ、東京駅までの時間、新大阪駅からの時間というのが別にかかるし、切符を買ったり、東京駅で在来線から新幹線まで歩く時間とかも必要であることを考えて、所要5時間半とすると、クルマでは自宅から目的地まで約8時間なら、2時間半の差で、かつ、クルマは運転しないといけないが、必ず座れる・乗り換えの必要はない、という利点がある。 目的地でクルマがあると便利である場合には、高速道路代とガソリン代を合わせると新幹線代より少々高いくらいであっても、行った先でレンタカーを借りるなら、新幹線もしくは夜行バス代とレンタカー代を合わせた金額よりは安いし、自分のクルマの方が運転に慣れているし、十分、選択肢のうちに入る。但し、渋滞にひっかかると時間はさらにかかることになるし、東名・新東名の夜間の危なさを考えると、朝早めに出発して日没までに到着するようにする、というのが条件である。 自分のクルマで東京~大阪間を運転すると、せっかく、東京から大阪までクルマで行くのだから・・と、つい、どこかに立ち寄りたくなってくるのだが、東名「三ケ日」インターチェンジのすぐそばの鰻屋のうなぎは「すき家」のうな丼よりは高いけれどもそれほど高くはなくておいしかったが、又、地図を見ると、東名「静岡」インターのそばに登呂遺跡があるらしいが、そのくらいならいいと思うが、インターチェンジから「それほどないだろ」なんて思って行くと、けっこうあった・・・なんてことになると、何のために往復しているのかわからないことになってしまう。

  岐阜県出身の人にこの話をしたところ、東名・新東名ではなく中央道経由で行くといいのではないか、という意見をもらった。それをやってみたのだ・・・・が、結論を言うと、もう、やらない。
  岐阜県出身の人で東京圏に勤めている人が岐阜県に帰る場合に、東名・新東名ではなく中央道経由でというのは、それはありかと思う。中央道では、新宿から八王子・上野原・大月・甲府ときて、諏訪・岡谷あたりまではJR中央東線と似たようなルート、諏訪湖をJR中央東線は北側を通るところを中央自動車道は南側を通るが、そのあたりまではJR中央東線と似たルート。 岡谷ジャンクションで南に辰野まで行き、JR中央東線はそこから北に塩尻に行くのだが、中央自動車道は木曽谷を通らず伊那谷を通る。 木曽谷と伊那谷では木曽谷は谷が深く狭いのに対し、伊那谷の方が平地が広い。かつて、国鉄の中央本線が開設される時、伊那地方の人間は、蒸気機関車などというものに通られてはかなわんと反対して、その結果、伊那地方を中央本線が通らず、木曽を通るようになったために伊那地方は時代の進歩から取り残されたという話が、本当かどうかわからないがそういう話があるらしい・・・と伊那地方の飯田の出身らしい本多勝一がどこかに書いていたが、たしかに、実際に中央自動車道で岡谷ジャンクションから南に走ると、伊那谷は谷が広い。「谷」というよりも両側にけっこう平地がある「盆地」である。そして、内田康夫『皇女の霊柩』にも登場する「なが~いトンネル」恵那山トンネルを抜けるとそこは木曽地方の南の端、馬籠(まごめ)の近く。パーキングエリアの名称は「神坂(みさか)」パーキングエリアだが、高速バスのバス停もあってバス停の名称は「神坂(みさか)」ではなく「馬籠(まごめ)」停留所。もっとも、地元の人で家族が神坂P.A.のそばまで迎えに来てくれる人はいいだろうけれども、「馬籠(まごめ)」バス停とはいえ、地元のバスの「馬籠」バス停とは離れていて、付近のバス停にバスは来るとはいえ、たいした本数はないはずで、「馬籠(まごめ)」宿まで少々歩かないと行けない所で降ろされても、最初から歩く覚悟の人はいいが、「馬籠」バス停だから「馬籠」のそばだろうなんて思いこんで降りても、そこからどうすんだろ・・・て感じがしないでもない。
  なお、神坂パーキングエリアの東、園原インターチェンジの西の「なが~い」トンネルは「恵那山トンネル」と言っているけれども、島崎藤村『夜明け前』で半蔵が馬籠から眺める恵那山はこの恵那山トンネルの上のあたりではない。『県別マップル 長野県道路地図』(2019年4版)を見ると、恵那山トンネルは神坂山(1684.7m)の下あたりを通っており、恵那山(2191m)はこのトンネルより少々南にある。地図で見たところ、馬籠宿から恵那山は南南東あたりだが、神坂山は南東方向で恵那山は見えても神坂山は他の山に遮られて見えにくいのではないかな・・・。

  馬籠も神坂(みさか)もかつては長野県だったが今は岐阜県中津川市になった。越県合併なんてできるもんなんだね。橋下 徹が、元摂津の国の西半分が兵庫県になってしまっているのが大阪府の行政のやりにくいところだと言うておったが、私もその点については一理あるように思うのだ。阪急「十三(じゅうそう)」駅のプラットホームで北方向を見ると、京都線・宝塚線はしばらく大阪府やのに、なんで、神戸線は園田から向こうは兵庫県なんやろなあ・・て気持ちになるもんなあ。兵庫県尼崎市とか伊丹市とか川西市とかも隣接する大阪府の大阪市か豊中市か池田市かと合併して大阪府になったらどうや? なんなら、神戸市も県庁所在地なんて姫路市あたりに贈呈して大阪市と合併して大阪府になったらどうないやろ???  神戸市から芦屋市・西宮市・尼崎市とその北の宝塚市・川西市・伊丹市あたり全体が大阪市と合併して、「阪神市」を名のり、市庁舎は地理的に真ん中あたりの西宮市の甲子園あたりに設けて、その時には「市の歌」は当然、「六甲おろし」でやなあ、ついでに、阪神地方限定で国歌も「六甲おろし」にすればどうや??? 入学式か卒業式かで「君が代」を歌うの歌わんだのというて問題になっておるが、関西地方限定で国歌は「六甲おろし」!!! それで問題解決や♪♪♪・・・て、どうや?  それから、「民間人校長」とか称する、実質、配属将校やけども、中原徹とかいう橋下徹の縁故入社おったと思うが、大阪府の校長になりたいならば、とりあえず、面接の際には、「六甲おろし」を歌えるかどうかを見るべきやないかと思うな。歌えんようなら、ジャビット人形、もしくは長嶋茂雄の写真を足元に置いて「踏めえ~え!」と命じて踏めなければ不採用・・・(もしくは、逆さ吊るし?)と。 そのくらいはせんとあかんのと違うやろかなあ・・・。

   ・・・それで。諏訪湖サービスエリアは、私が今まで行ったことがあるサービスエリア・パーキングエリアの中で最も見晴らしのいいサービスエリアなのだけれども(中央道「諏訪湖」サービスエリアで諏訪湖が見えるように名神「大津」サービスエリアも晴れた日は琵琶湖が見えるのだが、曇っていると手前のビルだけ見えて琵琶湖は見えないのに対し、諏訪湖サービスエリアはすぐ下が諏訪湖で、たいてい、諏訪湖が見える)、諏訪湖サービスエリアあたりまで着た時点で、「遠いなあ~あ」て気持ちになる。そこから南下する道はそれまでよりもすいていて走りやすかったが、走りやすくても、東京~大阪の行き来から考えると、南北に走っても意味はないのであるのだが、ところが、諏訪湖サービスエリア・岡谷ジャンクションから飯田山本インターチェンジあたりまで、ほとんど南北に走るのだが、それがけっこう距離があるのだ。
   そして、恵那山トンネルは内田康夫『皇女の霊柩』では「暗くて長い」と書いてあったが、実際に走ってみると、たしかに「なが~い」けれども、特に他のトンネルと比べて暗いということはなかった・・・が、たしかに、長い! このトンネルがないと、清内路(せいないじ)街道という峠超えのアップダウンも多くカーブも多い事故もけっこう多いらしい道を通るしかなかったようだが(内田康夫の小説は、そんじょそこらのガイドブックよりもその地域の理解に役立つように思う。さすがに「旅と歴史」の執筆者 浅見光彦が登場するだけある)、その恵那山トンネルのおかげで、飯田と中津川が自動車道で結ばれて、岡谷ジャンクションから伊那谷を南下してきたクルマが中津川から西は美濃地方を走ることができるようになったわけだ。
   しかし。 中津川まで着たら、そこは東京圏か関西圏かと二分すると関西圏だから京都・大阪ももうすぐか・・・なんて思うと、考えが甘い!!!  ま~だまだ。 長良川を超える鉄橋はこれもまた川の名前の通り「なが~い」し。それから西に行くと、養老パーキングエリアの西には「関ケ原」。関ケ原というと、「新幹線が雪で止まる関ケ原」。 言いましたよねえ、「関ケ原あたりの雪で止まる新幹線を、東北だの上越だのに作って、いったい、どうすんだろ?」て。 そのわりに、東北新幹線・上越新幹線は雪で止まらないみたいだけれども、その「新幹線が雪で止まる関ケ原」なんですよ。 東名・新東名で東から来ると、伊勢湾岸道はこれは「たか~い」。高いといっても落ちなければいいのだけれども、伊勢湾岸道は「風がつよ~い」から運転は要注意・・・だが、その点、関ケ原は海から離れているから伊勢湾岸道みたいに海風に飛ばされたらどうしよ・・・て心配は要らんが、なにしろ、「新幹線が雪でとまる関ケ原」ですからね。雪降ったらどないしよ・・・て思いますでしょ。雨降って凍ったらどないしよ・・・て思いますでしょ。
   それを過ぎて、ついに滋賀県! 今では、姫路から加古川・明石・神戸から大阪・京都を経て米原・長浜までJRの新快速が走っている滋賀県でんがな。 もはや、大阪駅からの新快速のテリトリーの滋賀県♪  こ~こまで来たらもうこっちのもんや♪・・・て思いそうになるけれども、ところが、ここからまだまだあるんやわ。 大阪から彦根か長浜かあたりまで来るつもりなら「そんなもんか」みたいな調子で来れるかもしれんが、なにしろ、諏訪湖から馬籠のそばまで通って来た者にとっては、米原ジャンクションなんてあたりまで来たら、「もう、このへんでいいにしてくれへん?」て言いたくなるよ、ほんと。
   やっぱり、中央道経由で東京から大阪まで行くというのは無謀だったか・・・・。 もっとも、雪は降らんかったから、「天は我々を見放したかあ~あ」なんて言わなくてすんだし、もし、ほんとに雪が降ってきたら、多賀サービスエリアあたりで待機するしかなかっただろうけれどもね。
   疲れた。 新東名~伊勢湾岸道~新名神~名神 だと、「実際に運転している時間で約6時間」「休憩時間・食事時間も合わせて約8時間」で行けるところを、中央自動車道~名神 だと、「休憩時間・食事時間を合わせて」12時間近くかかった。疲れた。たしかに、東名・新東名よりはすいている。常磐自動車道よりは混んでいるが東名・新東名よりはすいているが、東名・新東名よりも距離が長いとともに、カーブとアップダウンが多い。 坂道も高速道路として成り立つ程度の坂とはいえ、けっこうな高低差のある坂がある。登りだけでなく、下りの坂でもそれほどスピードを出せないので、東名・新東名と比べるとすいている、東名・新東名と比べると、夜間でも「箱型トラックばかり」でもないとしても、結果として時間がかかるので、新東名~伊勢湾岸道~新名神~名神 経由だと東京から大阪付近までが自家用車で行ける限度だけれども、中央道経由でなら内田康夫『皇女の霊柩』で大学職員の女性が老教授を乗せて名古屋から東京まで運転してきた話が出ているが、その話のように、東京からは中央道経由なら「小牧・岐阜・名古屋付近までが限度」ではないかと思う。
  岐阜県出身で東京圏にいる人が岐阜県に帰るという場合ならば、東名・新東名経由だと名古屋付近から北上する時間が必要であるのに対して、中央道経由だと、中津川から岐阜県であり、中津川・恵那・・・といったインターチェンジで自分が一番都合がいい所で降りて一般道に移ればいいのだから、中央道経由だとカーブが多い・坂が多い、東西ではなく南北に走る部分がけっこうある・・といったことがあっても、それでも、中央道経由のメリットはあるようだけれども、東京から京阪神圏に行く場合には、新東名~伊勢湾岸道~新名神~名神 経由だと選択肢のひとつとしてあっても、中央道経由だと、諏訪湖から伊那地方・馬籠・中津川あたりに行くのに自家用車で行くということは選択肢にあっても、関西まで行くのには選択肢に入らない・・・と思った。疲れた。二日酔いみたいなもので、翌日にまで、もしくは翌々日までこたえる。

  その中央道経由の道中記をここで公開する。
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↑  紅葉がきれいな「談合坂」サービスエリア
  今は昔、中央自動車道が建設される時、ゼネコンの人たちが集まって談合をして造られたサービスエリアなので、それで「談合坂」サービスエリアと言う・・・・て、いかにも、ありそう!!! て感じの名称だが、実業之日本社「森岡浩の人名・地名おもしろ雑学 談合坂の由来」https://www.njg.co.jp/column/column-28472/ には、
《・・・・誰と誰が談合したかに諸説あり、戦国時代の勢力圏からみて武田氏と北条氏といわれることが多い。ただし史料的裏付けはなく、農民同士が談合したという可能性も高そうだ。 ところが、江戸後期に書かれた「甲斐国志」では、上大野村の枝郷として団子坂をあげており、団子坂から談合坂になったとも考えられる(逆に「だんごうざか」に団子坂という漢字を当てた可能性もある)。・・》と出ている。
「ゼネコンが談合して造ったサービスエリアだから、『談合坂サービスエリア』かあ」・・・いかにもて感じ、「正直でよろしい♪」て感じの名称であるが、そうではないらしい・・・。
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↑ 「談合坂」サービスエリアからも人は外に出入りできるようだ。別に、「談合」して袖の下を渡さなくても、人は出入りできる。

  次いで、
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↑ 「諏訪湖」サービスエリア。 諏訪湖の眺めがすばらしい。 これまで、新宿から高山、高山から新宿に行く高速バスで「諏訪湖」サービスエリアで途中休憩で降りた際、西行でも東行きでも、諏訪湖がきれいに見えたのだが、な~んでか? と思ったが、自分のクルマで下車して見てわかった、西行きは東行きより南側、諏訪湖から遠い側を走っているのだが、諏訪湖というのは湖だけあって周囲より低いわけで、南側・西行きの路線およびサービスエリアは、北側・より諏訪湖に近い側・東行きの路線およびサービスエリアよりも高い位置にあるのだ。だから、諏訪湖から遠い側のサービスエリアからでも諏訪湖がきれいに見えるのだ。
  ついでに、天龍川というのは、浜松の東のあたりで太平洋に流れ出している川だが、かつては太平洋に砂をいっぱい出していて、それを太平洋の波が打ち寄せて中田島砂丘ができたが、ダムがいっぱいつくられて砂を太平洋に出さなくなったことから、「東京から最も近い砂丘 中田島砂丘」とJR日本がラジオでコマーシャルを流していた中田島砂丘がやせてきているらしいのだが、その天龍川というのはどこから流れ出しているのか、中部地方の山岳部でいくつもの支流が合流しているのはわかるが、「天龍川」という名称の川をとことん遡っていくと、最後はどこかの山の谷あいで終わるのかな・・・と思っていたら、実はそうではなく、「天龍川」を遡っていくと最後は諏訪湖なんだわ。これは、内田康夫『長野殺人事件』に出ていたのを見て知ったが、地図を見ると、嘘でな~い、ほんとに諏訪湖が天龍川の出発点なんだわ。但し、諏訪湖に注ぎ込んでいる川というのがいくつかあるので、それを考えると諏訪湖が最初の最初というわけでもないが、諏訪湖に注ぎ込んでいる川には天龍川という名称の川はないので、「天龍川」という名称の川の最初は諏訪湖ということになる。
   湖から流れ出す川としては、琵琶湖~瀬田川(滋賀県内)~宇治川(京都府内)~淀川(大阪府内)→大阪湾 というのが知名度があると思うが、諏訪湖~天龍川→太平洋 は、湖と海との間の川の名称が最初から最後まで天龍川・・・・で、だから何なんだて思う人もいるかもしれんが・・・、そういうもんだ。

  そして、「なが~い」恵那山トンネルの西側、「神坂(みさか)」パーキングエリア、西行き部分。↓
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↑ この付近では、「神坂」パーキングエリアの西の「中津川」インターチェンジの西、「恵那」インターチェンジとの間にけっこう規模の大きい「恵那峡サービスエリア」がある。恵那峡は木曽川の渓谷だが「恵那峡」サービスエリアはJR中央西線を隔てた木曽川と逆側にあり、恵那峡のそばにあるわけではない。 「神坂(みさか)」パーキングエリアは、サービスエリアではなくパーキングエリアで規模は大きくないが、日暮れ時などには、こういう小規模なパーキングエリアはむしろ風情があっていい・・・といえばいい。 東行きの「神坂」サービスエリアではこの付近の産業らしい木製の食器などが販売されていた。そう高い値段でもなく、なかなか良さそうだったが、買っても使いようのない者は買って無駄にしてもしかたがないので残念だ。

   ところで。東京~大阪 間を自家用車で行き来するとなると、単に高速道路を走るだけでもけっこうかかるのだが、逆に、それだけ、自家用車で走るのなら、どこか立ち寄らないともったいない・・・なんて思いかねない。 だからといってインターチェンジから遠い所まで行くと、インターチェンジまでの往復に時間がかかり、何やってるかわからないことになるのだが、どこかに立ち寄りたい気持ちになる。 たとえ、名所旧跡でなくても、食事するのにサービスエリアの食堂で取るのではなく、インターチェンジから外に出たその町の食堂に入ってメシ食うだけでもいいじゃないか、インターチェンジから駅が近い場所なら駅前がどうなってるか見るだけでもいいじゃないか・・・なんて思いそうになる。中央自動車道だと、名所旧跡でインターチェンジから近そうな所というと、地図を見ると、諏訪神社の上社本宮が「諏訪」インターチェンジから近そうだ。建築探偵団としては、長野県駒ケ根市の「駒ケ根」インターチェンジから西に行ったあたりの、「旧竹村家住宅」など見学に訪問したい所として、インターチェンジから比較的近そうに思える。
   しかし、インターチェンジからすぐ近くとかでなくても、行ってみたい所としては、特に建築探偵団として行ってみたい所としては、「馬籠(まごめ)」と「妻籠(つまご)」。 これは、インターチェンジとしては西側の「中津川」インターチェンジから行くか、東側の「飯田山本」インターチェンジから行くか。 「飯田山本」インターチェンジの少し西の昼神温泉は、内田康夫『長野殺人事件』にも登場するが、「飯田山本」インターチェンジの側から「妻籠」「馬籠」の方に行く清内路街道はカーブとアップダウンが多くクルマの事故も多い・・・と、何に書いてあったかというと、「そんじょそこらの観光案内書より役に立つ内田康夫の本」、『皇女の霊柩』に出ていたので、その土地に不慣れな者は初回はやめておいた方がよさそうなので、行くとすると「中津川」インターチェンジからか。 もしくは、「神坂(みさか)」パーキングエリアの一部に高速バスの「馬籠」バス停があって、人は外に出ることができるので、「神坂(みさか)」パーキングエリアから「馬籠(まごめ)」まで歩くというのもひとつの選択肢としてはありそうだった・・・・が、ともかくも、初回はクルマで馬籠か妻籠かのどっちか、とりあえずは「中津川」インターチェンジから近い方の「馬籠(まごめ)」の方に行ってみようか・・と考えた。

   「馬籠」と「妻籠」は、「馬籠・妻籠」もしくは「妻籠・馬籠」とセットみたいに書かれることが多く、私は、1970年代、中学生の時に「馬籠・妻籠」か「妻籠・馬籠」だったか書かれたものを「月刊 旅」(日本交通公社)だったか「旅行読売」(読売新聞社)だったかで見て、これは何と読むのだろうか? 
「馬籠」は「まごめ」と読むのだろうか。そうすると、「妻籠」は「つまごめ」か?
「妻籠」は「つまご」なら「馬籠」は「うまご」か?
・・・なんて考えたものだったが、セットみたいに言われるわりに読み方はセットではない。
「馬籠」は「まごめ」であって「うまご」ではないし、「妻籠」は「つまご」であって「つまごめ」ではないのだ。
 な~んでだ? と思うが、なんでかわからんが「馬籠」は「うまご」ではなく、「妻籠」は「つまごめ」でも「めごめ」でもないのだ。

   「中津川」インターチェンジというのは、中津川氏のJR中央西線「中津川」駅とか中津川市役所とかよりずっと西よりにあるのだ。だから、中津川市の東隣、かつての中山道の宿場としては、「中津川」の東の「落合」のもうひとつ東の「馬籠」とか、そのもうひとつ東の「妻籠」とかに行くには、中津川市でも西よりの「中津川」インターチェンジで降りたのでは往復にけっこうかかるのだ。
   しかし、ともかくも、ご苦労さんなことに、中央自動車道をマイカーで千葉県から走って中津川市まで来たのだから・・・ということで、「根性で」、ともかくも馬籠まで行ってきた。「根性」で。
   国道19号を北向きに走っている段にはいいけれども、「沖田」という交差点、かつての「落合」宿あたりかと思われる所で、県道中津川南木曽線に曲がり、中津川市神坂の中切というあたりで、東に直進すると「クアリゾート湯舟沢」というのがあるらしいが、三差路を北に曲がると、知らないうちに中央自動車道の下をくぐっていて、そのまま進むと、「凍結注意」とか「冬タイヤ装着」とか書いた看板がいっぱい立っていて、こんな所、他県ナンバーで走ってるのなんて俺だけかな・・とか、早めに帰った方がいいかな・・とか思い出した頃に、「馬籠(まごめ)」に到着する。↓
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↑ 「馬籠館本館」の前の、なんだろな、これは・・・・。
島崎藤村『夜明け前』なんて読んでみても、馬籠というのは江戸と京都の真ん中あたりに位置する宿場町であり、「ついでに寄る所」ではなかったような・・・・。
  でも、ともかくも、「根性で」、行くだけ行ったのだ。↑↓
DSC07251.JPG↑ 「馬籠(まごめ)」の石畳の道。
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↑ 「清水屋資料館」
《 馬籠宿の役人を務めた清水屋の旧跡で、島崎家と縁が深かったことから、島崎藤村の書簡、『是より北 木曽路』の掛軸などを展示している。ほかに尾形光琳や富岡鉄斎の掛軸もある。藤村の手紙が展示されている2階の雰囲気もいい。》( 『楽楽 信州』2018.8.1.JTBパブリッシング ) ・・・というものだが、閉館時刻を過ぎていたようだ。 どこに載っていたか、「できれば、宿泊して夕刻の馬籠を味わいたい」と書いてあったと思ったが、宿泊するのならいいかもしれないが、まだ、そこからクルマをぶっとばしていかないといけない者には、「凍結注意」「冬タイヤ装着」と看板があっちこっちに出ている道を通って帰るからには、長居は無用、やっぱり、安全第一であるので、馬籠の街道も途中までで引き返した。 残念だが、「ちょっと立ち寄る」所ではなかったかもしれない。
※ 木曽広域公式観光サイト 清水屋資料館http://www.kisoji.com/kisoji/history/magome/simizuyasiryoukan.html

  「売らない、貸さない、壊さない」という標語で、伝統的建造物群保存地区に指定されたのは「妻籠」。《時代の流れの中で、活力を失った古い町並を保存・活用して、町の再生を図ることを、我が国で最初に考え、実行したのが「妻籠宿」である。白川郷で盛んに皆が口にする「売らない、貸さない、壊さない」を最初に標榜したのも妻籠宿なのだ。まさしく町並保存の先駆的存在として歴史に残る街だが、その裏では多くの先人が町並保存に尽力したことを忘れてはならない。》(『歩きたい歴史の町並 [重要伝統的建造物群保存地区]全86ヵ所』2010.1.10.JTBパブリッシング 楽学ブックス)というものだが、「馬籠」は指定はされていないようだ。

 「馬籠・妻籠」とか「妻籠・馬籠」とかセットのように表記されることが多いのだけれども、内田康夫『皇女の霊柩』に登場する馬籠宿の娘の女子大生が言うには馬籠と妻籠は「全然違う」そうなので、両方行ってみた方がいいのだろう。しかし、遠いわ。クルマだと東京から中央線で一本だが、鉄道だと、名古屋で乗り換えるか、塩尻で乗り換えるか、どっちも遠そうだし、高速バスで中央自動車道の「神坂(みさか)」パーキングエリアにある高速バスの「馬籠」バス停で下車して歩くか・・・。 「馬籠」も「中津川」インターチェンジからけっこうあったが、「妻籠」はまだそれより北なのでさらに遠いわけだ。

  馬籠は『夜明け前』『家』『破戒』などの作者の島崎藤村の生誕地。
島崎藤村(しまざき とうそん)とかけまして・・・・」
「島崎藤村とかけて、真弓明信(まゆみあきのぶ)ととく」。
「その心は・・・?」、
「どっちが名字でどっちが名前かはっきりせえ」
・・・なんて言うと叱られるか・・・。 その「どっちが名字でどっちが名前か」という島崎藤村、1970年代、私が行った大阪府の中学校の時の先生でも「ふじむらとうそん」なんて口にして、「あ、違った。しまざきとうそんだった」なんて言った人がいたが、その「ふじむらとうそん」ならぬ「しまざきとうそん」は馬籠(まごめ)の本陣の息子で、その話が『夜明け前』だったのだが、残念ながら、「藤村記念館」や、永昌寺の「藤村の墓」、内田康夫『皇女の霊柩』で女性が刺殺された場所とされる「藤村の墓」、内田康夫自身が書いていたが、日本国中あっちやらこっちやらに行って、全国で歓待を受けておきながら、恩知らずなことに、そこで人が殺されたなんて実際にはなかった話を書きまくってきた・・というその「藤村の墓」にも行きたいと思いながら行けずに帰ってきた・・が、できたら、いつか行ってみたいものだ。
※ 藤村記念館HPhttp://toson.jp/

  ↓ は「神坂(みさか)」パーキングエリアの東行きの方。
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↑ 「馬籠と湯舟の里」「霧しなそば」と書いてある。
  現在は、岐阜県中津川市の一部分になっていて、中津川市馬籠と中津川市神坂(みさか)という地名で、湯舟沢川という川が流れていて、湯舟沢川は中津川市落合で落合川と合流し、落合川はさらに木曽川に合流する。《ウィキペディアー神坂村》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E5%9D%82%E6%9D%91#%E3%80%8C%E5%B3%B6%E5%B4%8E%E8%97%A4%E6%9D%91%E3%80%8D%E9%A8%92%E5%8B%95%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6 によると、
《1874年(明治7年)9月7日 - 筑摩郡馬籠村湯船沢村が合併し筑摩郡神坂村となる。》
《1958年(昭和33年)10月14日 - 自治庁(後の自治省・現在の総務省)の裁定により旧馬籠村地区が分村し隣接する山口村に編入合併される。この時点で旧湯船沢村地区のみとなる。
10月15日 - 残った旧湯船沢村地区が岐阜県中津川市に越県編入合併。》
《当初主張していた全村合併(山口村の中津川市への越県編入合併による神坂村全体の中津川市との合併)が実現するのはそれから47年後の2005年2月13日のことであった。》
とある。 なるほど、全国的知名度としては馬籠は有名でも「湯舟沢村」「神坂村」は知名度が低いが、旧神坂村(旧湯舟沢村)に神坂インターチェンジはあることもあり、「馬籠と湯舟の里」なのか・・・。

  そして、一生懸命探したところ、あった♪↓
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↑ 中央自動車道「神坂(みさか)」サービスエリア内、「馬籠(まごめ)」バス停。
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↑ パーキングエリアでない場所にある高速バスのバス停からでは、高速バスに乗ってきた客はそこから外に出ることはできても、自分でクルマを運転してきた者はバス停のある場所に駐車することはできずそこから出ることはできないが、高速バス「馬籠」バス停は「神坂(みさか)」パーキングエリアの一部分にあるので、外に出ようと思えば出ることはできるのだ。内田康夫『皇女の霊柩』では、名古屋から東京に老教授を乗せてクルマで走った女性職員が、この神坂(みさか)パーキングエリアに駐車させた上で、トイレにでも行ったかのように老教授には思わせておいて、このバス停の出入口から外に出て、あらかじめ、外に停めておいた別のクルマで馬籠まで大急ぎで行き、馬籠の永昌寺の「島崎藤村の墓」の所に来るように男性から伝えて来させておいた女性を刺殺して、とんぼ帰りで「神坂」パーキングエリアまで戻り、東京まで運転して帰り、「名古屋から東京までずっと一緒だったし、途中でどこかに寄るようなことはなかった」と老教授から証言を引き出して「アリバイ」とするという内田康夫の小説にしては西村京太郎の推理小説みたいなトリックが登場するが、実際には内田康夫がそういうトリックは理屈としてはあっても実際には成立しにくいことを『沃野の伝説』で指摘しているように、なかなか難しいのではないか。刺殺する相手の女性を「藤村の墓」に呼び出したころ合いの時刻にそこに行けるように名古屋から神坂パーキングエリアまでちょうどいい時間で運転してくることができるかという問題があるが、それとともに、クルマを運転していた女性職員が神坂パーキングエリアにクルマを停めてトイレにでも行ったふりをして駐車中にパーキングエリア外に出てあらかじめ駐車させていた別のクルマで馬籠まで行って帰ってくるというのは、恵那峡サービスエリアとかもっと大きいサービスエリア・パーキングエリアなら、「戻ってくるのが遅いけれども、どうしたのかな」と思っているうちに帰ってきたということはあるかもしれないが、「神坂」パーキングエリアは小さいので、高速道路やパーキングエリアがどうなっているかといったことに無頓着な老教授といえども、窓から外を見ていたら同行している女性がパーキングエリアから出ていく姿を目撃して「なんで、パーキングエリアから出ていくのかな?」と不思議に思うことになる・・という可能性も考えられ、「『トリック』としては、ないことはないが成功するとは限らない」という不確実なものであり、馬籠もそんなに大きな街ではなく、クルマで大急ぎで来て大急ぎで帰った女性がいたとなると不審に思う目撃者が出る可能性もあり、いわば、内田康夫があまり肯定しない「西村京太郎的トリック」ではないか、という気がする。まあ、それでも、けっこうおもしろい話だけれどもね。
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↑ 高速バス「馬籠」バス停から、「神坂」パーキングエリアを外に出てすぐの道。
こういう道を急いで歩いていると、誰かに目撃される、「アリバイ」証言をしてもらおうと考えた「老教授」にクルマの窓から見られて、「どこに行ったの?」と尋ねられる・・・という可能性は、可能性として考えられることで、この「西村京太郎的トリック」は内田康夫としては否定的に評価しているものだったと思うのだが・・・・。 着想としては面白いので、「内田康夫的」ではないと作者も自覚しながらも、あえて採用したというところ・・・かな。


   中央自動車道は、東名・新東名に比べると、距離が長い、坂が多い・カーブが多いということで時間がかかるが、夜間は、東名・新東名は箱型トラックの割合が圧倒的に多いのに対して、中央自動車道は、やっぱり、箱型トラックは多いけれども、普通乗用車も走っており、又、箱型トラックの台数も東名・新東名に比べると少ないので、前を箱型トラックが走っているから車間距離を長めにあけたとすると、東名・新東名なら即座にそこに別の箱型トラックに入り込まれるところが、中央道ではそうではなかった。その点では中央道の方が走りやすかった。
   しかし、東行きでは、「中央道原」サービスエリアで休憩を取ったが、 「中央道原」サービスエリアで、サービスエリアから本線に入ろうとする加速車線に左に寄せて駐車中の箱型トラックが2台あり、それを注意しながら徐行して走ると十分に加速することができず、かつ、左側の駐車中のクルマに注意をはらうと、本線の右後方を十分に確認することができず、本線に合流する際、苦労した。加速すべき車線に、たとえ、左に寄せてその右に通れるスペースをあけてであっても停めるのはできる限り避けてほしい。あれは危ない。
   その後、談合坂サービスエリアから出る車線でも、駐車している箱型トラックがいたが、夜間のサービスエリアは小型車のスペースはすいていても、トラックなど大型車のスペースは混んでいるということがあるのだろうけれども、サービスエリアに入る車線ならまだしも、サービスエリアから本線に入る部分の車線に停められると大変危険なのでできる限りそれはやめてほしい。
   2002~2003年、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の工場部門の(株)日本産業https://www.ichijo.co.jp/corporate/outline/nissan/ は、山梨県上野原市の工業団地内の工場において、他の会社はすべての会社が、自分の所の工場に出入りするトラックの駐車場所の分も含めて工場敷地を購入して運営していたのに対し、(株)一条工務店・(株)日本産業だけはそうではなく、工場を動かすための敷地だけ確保してトラックを停める場所を確保せず、トラックは工業団地内の路上にずらずらと駐車させ、他の会社の工場の前にまで駐車させていた。

そして、そういう路上駐車のトラックのすぐ後ろの建物に「ISO9001 取得工場」と大きく書いた看板をでかでかと建てたのだったが、「ISO」というのは「いいかげんそう」の略なのか?
 という感じがした。私は、一時的にならともかく、日常的に路上にトラックを駐車させるという前提で工場を運営するのはおかしいのではないかと上野原警察署に行って指摘したのだが、上野原警察署の警察官は、「今度、パトカーでそのあたりに行った時に言うわ」ということだったが、誰に言うのかが問題なのだ。どうも、トラックの運転手に言いそうな感じの言い方だったのだが、トラックの運転手をいじめてもしかたがないと思うのだ。そうではなく、トラックを駐車させるスペースも用意するべきなのに、「工場部門の責任者」になったという高橋が「今年度の目標は、『経費節減ではなくコストダウン』だ」などとアホなことを言って(「コストダウン」を日本語にすれば「経費節減」だろうが! アホか!)〔⇒[第726回]《一条工務店の工場の2段式移動棚は「いなかもん好み」で効率悪い。コストダウンと称して経済性悪化を招く工場部門責任者。嘘の多い「最先端のプレカット工場」、路上駐車トラック・溝なしタイヤフォークリフトで「ISO9001」取得!-「一条工務店の家は完璧にすばらしい」の反証 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_4.html 〕、トラックを駐車させるスペースを用意しないことが「経費節減ではなくコストダウンだ」という認識だったようで、そういうおかしな認識をしている者に注意するべきで、そういうおかしな認識をしている者とそういう人間に「責任者」にならせる経営者に注意をして取り締まるべきであったはずだ。 高速道路のサービスエリアへ入る車線・サービスエリアから本線に出る車線に駐車して休憩している箱型トラックの運転手というのは、(株)一条工務店・(株)日本産業のようなトラックの運転手をいじめるだけの「経費節減ではなくコストダウン」とかいうのを実行している会社の仕事をやっている人なのだろうか・・・・。
DSC07365.JPG

↑ 「中央道原」サービスエリア 東行き、 夜、駐車中のトラック群。手前の小型車用駐車スペースは夜間はガラガラ。
  小型車の駐車エリアは夜間はすいているのに対し、トラックなど大型車のエリアは満員で、高速道路の本線へ出る加速車線にまでトラックが停まっていて本線への合流に苦労したが、大型車の駐車スペースが不足しているのだろうか?・・・などと一瞬思ったが、しかし、落ち着いて考えてみて、これらのトラックは、なぜ、高速道路のサービスエリア・パーキングエリアの駐車スペースにこれほど長時間停めていないといけないのだろうか?  長距離を走るのに、途中1か所か2ヵ所もしくは3か所で休憩をとるということはあるだろうし、運転中、眠気がしてきたり体調が悪くなった場合には最寄りのサービスエリア・パーキングエリアに入って駐車するべきだろう。しかし、どう考えても、あまりにも長時間、停めているトラックが多すぎるように思うのだ。又、エンジンをふかした状態で停めているトラックも多い。なぜなのか? そこで、(株)一条工務店・(株)日本産業の山梨県上野原市の工場(「西東京工場」と称していたが東京都西東京市にあるわけではなく東京都の西部にあるわけでもなく、山梨県上野原市にある)で、工場の敷地は工場の作業がおこなわれるぎりぎりの広さしか購入せず、トラックは工業団地の道路上に日常的に停車させていたのを思い出した。上野原警察署の警察官は「今度、パトカーでそのあたりに行った時に見てみるわ」と言っていたが、その工場の経営者に「トラックを駐車するスペースもきっちりと確保して工場は運営してください」と言うのならいいのですが、それを言わずにトラックの運転手に道路上に長時間駐車するのは控えてくださいとだけ言うと、結果として、トラックの運転手はどこかにトラックを駐停車させて時間待ちをしないといけないことになるのではないか。それが、高速道路のサービスエリア・パーキングエリアの大型車の駐車スペースに異常に長時間駐停車しているトラックであったり、サービスエリア・パーキングエリアに本線から入る車線、サービスエリア・パーキングエリアから本線に出る車線にまで停めているトラック群ではないのか? トラックを依頼する会社は、出荷側・入荷側ともに、トラックが待機するスペースというものを用意するべきで、それを用意しないから、それが原因で高速道路の本線へでる加速車線にまで駐車して危険な状態になっているのではないか。 そのあたり、トラックの運転手をいじめるのではなく、運送会社の経営者の姿勢・トラックを依頼している会社の経営者の姿勢を行政はきっちりと問うべきではないか。(株)一条工務店・(株)日本産業は浜松市に「防潮堤の費用」と称して300億円の寄付をして浜松市長で慶応大ア法学部卒の鈴木康友を大喜びさせるカネがあるのなら、その前に、そのカネでトラックの駐車スペースの土地を工場近くで(上野原市の工場なら工業団地の隣地は空いていたはず)購入して、荷待ちのトラックはそこに駐車させて運転手は休ませるように配慮すべきではないのか。本来、かけるべきところに費用をかけずに、「寄付しましたあ~あ」とパフォーマンスやるためなら仰々しくカネだすというそういう浅はかな姿勢はしない。

   馬籠(まごめ)と妻籠(つまご)は、漢字で書くと似ているけれども、読み方は全然違うのと同様、内田康夫『皇女の霊柩』に登場する女性が「全然違います」と断言しているようなので、どう違うか、落ち着いて、馬籠と妻籠の両方に行ってみたいものだと思うのだが、さて、生きているうちに行けるものかどうか・・・。
  (2019.12.20.)

☆ 内田康夫の作品に登場する街 として・・・
『北の街物語』『金沢殺人事件』他・・・浅見光彦の街 東京都北区西ヶ原・上中里
1.裏口は嫌い。西ケ原駅 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_3.html
2.国立印刷局、滝野川警察署、七社神社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_4.html
3.花森東京病院、滝野川公園、地震の科学館 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_5.html
4.平塚神社全景、門柱、平塚亭  http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_6.html
5.平塚神社参道、社殿、蝉坂からの階段と社務所 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_7.html
6.ユニークな狛犬、扇に日の丸の紋 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_8.html
7.社殿の裏の岡。猫の死骸を「かわいそう」と思うか「気持ち悪い」と思うか http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_9.html
8.菅原神社(平塚天神社)、大門先・元稲荷神社、御料稲荷神社、石室神社 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_10.html
9.城官寺、上中里駅、蝉坂、上中里不動尊、摩利支天 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_11.html
10.旧古河庭園(1)洋館、つつじ園 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_12.html
11.(2)心字池、雪見灯篭、石橋、兜門、染井門 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_13.html
12.(3)茶室、黒ボク石積、崩石積、書庫 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_14.html
13.滝野川小学校、「御子柴邸」 https://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_15.html
14.滝野川会館。「一里塚」バス停から「上中里」駅まで http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_16.html
15.上中里駅陸橋、尾久操車場・田端機関区、銭湯 http://shinkahousinght.at.webry.info/201807/article_17.html

『風の盆 幻想』・・・岐阜県高山市
1.内田康夫『風の盆 幻想』と巡る高山(1)喫茶店「ロスト」を探すhttps://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_5.html
2. 同 (2)高山ラーメン http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_6.html
3. 同 (3)「K病院」 http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_7.html
4. 同 (4)高山市役所 http://shinkahousinght.at.webry.info/201710/article_8.html

『皇女の霊柩』・・・岐阜県中津川市馬籠、及び、神坂パーキングエリア ・・〔今回〕 

皇女の霊柩 (講談社文庫)
皇女の霊柩 (講談社文庫)
長野殺人事件 (角川文庫)
長野殺人事件 (角川文庫)
夜明け前 全4冊 (岩波文庫)
夜明け前 全4冊 (岩波文庫)
信州 (楽楽)
信州 (楽楽)

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