自社の建築現場に問題点があったら、工事担当に連絡し善処を求めるべきか、「見なかったことにする」べきかー (株)一条工務店の東海地方の営業は非常識!

[第729回]
  1993年5月の(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ の浜松での「研修」と称する場で、東京都・神奈川県で坪55万円で売らされているものを坪49万5千円でダンピング販売してきた名古屋南営業所、東京圏の営業には「一条工務店は昔から、テレビ広告などは一切しないで、いいものを作れば売れるという方針でやってきた会社なんです」と「研修」で嘘を教えて、実は静岡県西部・愛知県においてはテレビ広告をドカンと一発、大量にやってきてそうやって営業やってきた名古屋南営業所の”所長”だったらしいが、ひとには「所属の営業所と名前を言ってください」と言って名のらせておいて、おのれは所属・役職も名前もなのらなかった無礼者の近藤路夫、「ろーお」と読むのかなんと読むのかわからんが、近藤路夫が発言した、「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」などという寝言は嘘であるのは、これまでに事実を指摘して述べてきたように明白であるが、しかし、前回に述べたように、クルマに例えれば、「カローラ」を「サニー」と比較して論じるならば、「クラウン」を「セドリック」と比較して論じるならば、「センチュリー」を「プレジデント」と比較して論じるならば、その議論には意味はあるが、(株)一条工務店の建物というのは「クラウン」であって、「地方向けのクラウン」「浜松向けのクラウン」だったので、地方とつながりのない東京圏の住人から見れば、「クラウン」でも「都市向けのカローラ」に劣る部分が見られた「地方向けクラウン」「浜松向けクラウン」だったが、静岡県中西部・愛知県においては「その地域の実状にあったクラウン」であり、しかも、東京都・神奈川県で坪55万円の値段をつけているものを、浜松・掛川では坪48万円、近藤ローオの名古屋南営業所や、1993年6月に、名古屋八事(やごと)営業所から千葉県松戸営業所に転勤してきて、来るなり「こんな営業やりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる」と発言して実際には8か月在籍して1棟も売れなかった「口から生まれてきた男」ビッグマウス松下がいた名古屋八事(やごと)営業所では坪49万8千円でウルトラのダンピング販売をしていたことから、浜松・掛川・名古屋南・名古屋八事営業所においては、「クラウン」を「カローラ」に近い値段で売っていたわけであり、その結果、全国メーカーの商品と比べて考えると、東京圏の営業が競合になる商品よりも、浜松・掛川・名古屋南・名古屋八事営業所の営業は、東京圏におけるよりもひと回りか二回り安いグレードの商品と競合になって営業をしていた のであり、東京圏においては「浜松向けのクラウン」を「都市向けのクラウン」との競合で営業していたのに対して、浜松・掛川・名古屋南・名古屋八事営業所においては、「その地域に合ったクラウン」を「カローラ」との競合で売っていたわけで、さすがに、「クラウン」を「カローラ」の値段で売れば、「カローラ」と比較すれば、「クラウン」は「すべてにわたって完璧にすばらしい」とかそこまでのものではないとしても、「クラウン」は「カローラよりは相当いい」部分があった。 1993年、ダンピングとテレビ広告で売っていた名古屋八事営業所で営業成績があがっていなかったがいくらかは契約をもらっていた松下が、東京圏でも東京都よりは坪3万円安い坪52万円の千葉県の松戸営業所(展示場)に転勤してきて、相変わらず名古屋八事営業所に自分はいるようなつもりで「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら最低でも浜松の倍は売れる」などと暴言をはいたあげく、このビッグマウスの穀つぶし松下は8か月間、松戸展示場に在籍して、その間、契約はゼロ棟「最低でも浜松の倍は売れる」のじゃなかったのか!! どうした、切腹でもするか???
  それが「口だけの男」松下の実力だったわけで、名古屋八事営業所(展示場)にいて、「口ばっかり」の男の実力というのはそんなもの、静岡県中西部・愛知県にいて勝手な口ばっかりきいている男というのは「そんなもの」だということを、このビッグマウス松下は、結果として証明してくれたのだった。浜松・掛川・名古屋南・名古屋八事営業所のテレビ広告とダンピングで売ってきた連中、 でかい口ばっかりきいている営業の実力というものは「そんなもの」だと証明してくれた、という点において、このビッグマウス松下には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとう!!!

  近藤路夫が私に「一条工務店の家は、すべての面にわたって完璧にすばらしくて、問題点はどこにもないと思うか?」と私に訊くので、私は「そうは思いません」と答えたのだが、それは実状を見てきた者としては、問題点はいっぱいあるのであり、それはひとつひとつ改善していかないといけないものだ。ところが、近藤ローオは「そういうところがいかんのだあ~あ! なんで、一条工務店の家にはすべての面にわたって問題点はまったくないと思えんのだあ~あ!!!」と叫んで怒り出した。「ほとんどビョーキ」というよりも、この近藤路夫は「病気」であろう。もはや、精神病理学上の問題であろう。「病院」に連れて行った方が本人のためではないか。又、その頃、私は相当忙しく働いており、毎日、深夜まで時間外労働・サービス残業をして、又、休日も出勤して働いていたのであり、それを、このような「病人」のうわごと・ざれごとを聞かされるために浜松まではるばると行かされるというのは迷惑千万であった。

  それで・・・。 今回の課題。 近藤路夫が私に「一条工務店の家は、すべての面にわたって完璧にすばらしくて、問題点はどこにもないと思うか?」と私に訊くので、私は「そうは思いません」と答えたのだが、それは実状を見てきた者としては、問題点はいっぱいあるのであり、それはひとつひとつ改善していかないといけないものだ・・・が、近藤ローオはそれが気に入らないらしかったのだ。近藤ローオは「そういうところがいかんのだあ~あ! なんで、一条工務店の家にはすべての面にわたって問題点はまったくないと思えんのだあ~あ!!!」と叫び、そして、東京都で坪55万円のものを名古屋南営業所でテレビ広告付きで坪49万5千円でダンピング販売してきた名古屋南営業所の近藤ローオはこう言ったのだ。
「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。

はあ???  はあ~あ?????
はあ、はあ、はあ~あ?????

そんな見方をすれば、どこの建物でも「すべてに面にわたって完全に優れている」「どこにも問題点はまったくない」「どこをとっても完璧にすばらしい」・・ということになるではないか?  逆に、そんな見方をしないと、「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」ということにならない建物だということか?  (株)一条工務店の家というのは、そういう奇妙奇天烈なことをしないと、売れない建物だと言いたいのか?
  近藤ローオは「もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る!」などという、そういう、奇妙なことをしなければ、営業できないようなそんな建物、そんな商品だと言いたいのか? ・・ということは、近藤ローオは「そういうところがいかんのだあ~あ! なんで、一条工務店の家にはすべての面にわたって問題点はまったくないと思えんのだあ~あ!!!」と、てんかん の発作でもおこしたみたいに、叫びまくったのだが、実は近藤ローオこそ、(株)一条工務店の家のいい所を知らない人間だった・・ということか? そういうことになるわなあ。そうでしょ。 私は違うぞ。私は、その時もその後も、(株)一条工務店の建物にいい所はないなどとは思っていなかった・・が、実際に(株)一条工務店の建物を見て回ると、問題点もまた現実にあったから、だから、あるものは「ある」と言ったが、いいところがまったくないとは思っていないし、いいところがまったくないとは言っていないぞ。
  近藤ローオは、自分こそ、(株)一条工務店の家のいいところをわかっていない人間であるのに、それを、逆に、ひとになんで、一条工務店の家にはすべての面にわたって問題点はまったくないと思えんのだあ~あ!!!」と絶叫したようだった。なんだ、この白痴は!!!
なんで、こんなアホの話を、わざわざ、浜松まで時間をとって聞きに行ってあげなければならないの?

  日本国における会社であるからには、日本国の法令は守らないといけません。1993年、営業本部長の天野隆夫が「一条工務店の会社には『労働基準法は守らない』という会社のルールがある」と何人もの前で発言し、さらには「『労働基準法は守った方がいい』などと思っているのなら、『労働基準法は守らない』という一条工務店の会社のルールを守る意思がないということなんだから、会社のルールを守る意思のない人間は会社、辞めろお!」と私に暴言を吐いたが、日本国の法律である労働基準法について「『労働基準法は守らない』という会社のルール」などというものは存在してはならないものであり、又、営業本部長の天野隆夫は『一条工務店には、労働基準法は守らない、という会社のルールがある』と明言したが、しかし、(株)一条工務店の就業規則のどこを見ても、その文章は見当たらなかった。就業規則にないものを天野隆夫が勝手に『会社のルール』だと主張することは、それは社会のルールとして認められないことで、会社の就業規則に規定のないものを「会社のルール」だと主張することは会社員として許されてはならないものである。 又、就業規則に「(株)一条工務店は労働基準法は守らない」と明記したとしても、日本国の法令に反する就業規則の条文は「その部分については、ただちに無効」であり、「ただちに無効」ということは、「存在しないのと同じ」ということであり、天野隆夫が、いくら、「一条工務店には『労働基準法は守らない』という会社のルールがある」と主張しても、そのような「ルール」は「ただちに無効」であり、「存在しない」のと同じであって、「労働基準法は守らない、という会社のルール」などというものは、「ある」と天野隆夫は思っていても、そのようなものは「ない」し、(株)一条工務店の従業員として、日本国民として、当然のことながら、国民の義務として、「ある」と認めるようなことはできない。
  会社と従業員は、労働契約という契約を結んで入社しています。労働契約により、労働時間は何時何分から何時何分で、休憩時間は何時何分から何時何分までで、週休は何曜日・・・といったことが決められています。使用者は労働条件通知書を渡さないといけません。労働時間は、現在では1日8時間、1週40時間を超えて働かせてはならない、と決められていますが、使用者と事業所ごとに労働者の過半数を代表薄る労働組合、もしくは労働者の過半数を代表する者との労使交渉により、三六協定を結べば、1日8時間・1週40時間を超えてもその協定の範囲まで働かせることができます。しかし、三六協定で結んで良い時間というものも決められており、無制限に超える協定を結べるわけではありません。 「みなし残業制」というものがありますが、最近、これをかなり問題のある使い方をする会社が出てきています。 「みなし残業制」を採用した上で、これまでの1月あたりの給与額を、「みなし残業制による時間外労賃を含む」という金額ですよお~お・・と主張すると、あ~ら、不思議、今まで「サービス残業」と言っていた違法なものが、「みなし残業制」という合法なものに早変わり~い!!!・・て、なんか、ひどくないか・・て思うのだが、そういう会社が少なからずあるみたいです。エン・ジャパンとかの求人広告に掲載されているものを見ても、 「みなし残業代を含む」なんて書いてあって、残業代を含む割には月給分だけみたいな金額だな・・と思うと、要するに、それまで月給の金額を「みなし残業代」を含んだ金額だということにして、そこから逆算して月給の額を決めなおしたということのようです。 「みなし残業制」て、そんな使い方をするためのものでしたっけ???
  それだと、最低賃金法による最低賃金を下回るなんてことはないのか?・・・というと、実は、最低賃金法の最低賃金というのはなかなか下回りません。橋下徹が、失業者を救うために、最低賃金法を撤廃してはどうかなどと一言だけ言って、その後は言わなくなったということがあったと思いますが、彼はその一言については軽率、勇み足みたいな発言だったと思います。最低賃金法の足かせがあるから、低い賃金で人を雇うことができないのであって、それを撤廃すれば、賃金は安いとしても、失業中の人も雇ってもらえるようになるのではないか・・と考えたのでしょう。考えたくなる気持ちはわからないこともないのですが、あまり、意味ありません。なぜかというと、最低賃金というのは都道府県ごとに設定されていて、都道府県の中では東京都は比較的高く、(株)一条工務店の工場部門の(株)日本産業の「西東京工場」と名づけた山梨県上野原市の工場がある山梨県などは東京都よりは低いのです。上野原市は東京都と神奈川県と山梨県の境目の山梨県ですが、この3都県では東京都が一番高く、山梨県が低く、神奈川県はその間です。3都県の境目付近で最も最低賃金が安い県に工場を作るなんて、いかにも(株)一条工務店がやりそうなこと!・・・て思いませんか? 思うでしょお~お!!! それで・・・、私も三流以下企業にばっかり勤めてきて、「やっすい給料で働かせやがってからに、これ、最低賃金法に違反してるんじゃないか・・?」なんて思って、労働基準監督署に行って最低賃金の額を確認したことがあるのですが、実は、最低賃金法に基づき、各都道府県ごとに設定されている最低賃金というのは、相当安いのです。設定されている最低賃金というのは相当安い金額に設定されているので、それまで、「サービス残業」させてきた会社が「みなし残業制」というのを利用して、それまでの基本給の額を「みなし残業制による時間外賃金を含む」という金額ですとして、そこから逆算して基本の月給の額を算定しなおしたとしても、それでも最低賃金法による最低賃金を下回るようになるということは、まずないのです。橋下徹も、一度、最低賃金法を撤廃することで、雇用を拡大する・・と口にしたものの、その後、言わなくなりましたでしょ。あれは、橋下も私と同じように、最低賃金法により定められている最低賃金というのが、もっと現実的な額であろうと思って口にしたところ、実際に設定されている最低賃金は安すぎて、それを撤廃しても存続させても、それで雇用がどうこうなるようなものではない、とわかったから、だから、言わなくなったのだと思います。

    「住宅建築業の営業は基本給と別に歩合給をもらえるのだから、時間外賃金はなしで当たり前だ」とか言う人がいますが、それはだめです。歩合給を払って、それでやる気を出させようというのはかまいませんが、歩合給を払えば時間外賃金を払わなくていいということにはなりません。 しかし、そうしたい気持ちはまったくわからないこともないのです。2001年、(株)一条工務店の栃木県南営業所所長になった木下(男。当時、40代)が、「営業は、外に出たら何やってるかわからんだろ」と言ったので、「あんた、わからんのお?」と思ったことがありました。そりぁあね、1分おきに何をやっていたかなんてそこまではわからんでしょう。社屋の中で事務仕事やっている人間だって、勤務時間中とはいえ、トイレに行って、う〇こ することだってないとは言えない。う〇こ したらあかん・・て言うわけにもいかんでしょうよ。しかし、それでも、どこにいるかはわかりますよね。工場でベルトコンベアの前に座ってやるような仕事だと、これは、何時から何時までの勤務時間で働いた、時間外労働は何時間やった、というのはわかりやすいですね。それに対して、販売の仕事でも、店頭で売るような仕事ならば、何時から何時まで働いたというのがわかりやすいけれども、外に出かけて行ってやる営業の場合、いったん、外に出たら、何やってるかわからない・・・なんて言う人が、(株)一条工務店の「所長」とかにならせてもらっている人には言う人が多かったのです。しかし、わからんかなあ?・・・・。 外に出かけて行っててやる営業の場合、客宅に訪問して、どうも、うまくいかなかった・・という時、次の訪問先に行く前に、清涼飲料水の自動販売機で缶コーヒーを買って飲んだ・・・て、「何を勤務時間中に勝手に休憩しとんねん」なんて、怒らなくてもいいのじゃないですか? 私はこれまで、煙草は1本として吸ったことがない人間ですが、喫煙者だと煙草の1本吸うくらいはいいのと違いますか? そんな細かいことにぐだぐだ言うのではなく、もっと、全体として、外で客宅に言っているのか、そうではなく仕事でないことをしているのか・・て、わかりませんか? 私は、自分自身がある程度以上の営業の経験のある人間なら、だいたい、わかると思うのですけれどもねえ・・・。わからんでしょうかねえ・・・。 「客宅から帰ってきた顔」と「パチンコに行った顔」は事務所に戻ってきた時に顔を見るとわかるなんて言う人もいますし、「パチンコで勝った顔」と「パチンコで負けた顔」はすぐにわかるなんて言う人もいましたが、私はパチンコはやらないし、やったことは小学校に行くよりも前に神社の夜店のパチンコをやったきりでパチンコ屋でパチンコをやった経験はないので「パチンコで勝った顔」と「パチンコで負けた顔」まではわかりませんが、たとえば、夜、自分が客宅に訪問して事務所に帰ってきて、その場に他の営業がいなかったという時、客宅に訪問していないのか、さっさと帰宅して「家族団らん」していていないのか・・て、ある程度、わかりましたよ。そういうのを、(株)一条工務店の「営業所長」という役職にならせてもらっていた人というのは、「わからない」「わかるわけがない」と言うのですが、なんで? 森川英正『日本経営史』(日経文庫)では、管理する人材、管理者としての能力というものは、一線の現場の経験だけでは育ちにくく、学識者の教養があって、学識者が現場での経験を積んで身につくもので、現場での経験だけでは管理者としての能力はなかなか身につかない・・と書かれているのですが、(株)一条工務店で「所長」とかにならせてもらっている人を見ると、それがあてはまるような人が多いように思えます。「一線の経験だけ」の人には、見えないのかもしれませんね。
   そういうことはあると思うのですが、しかし、それでも、「営業の場合は、歩合給で評価するのだし、どんなに長時間働いても契約があがらないのでは働いていることにならないし、逆に、短時間しか働いていなくても契約がいっぱいあがったなら働いたことになる仕事であるのだから、時間に対して給与を払うのではなく、契約に対して払うようにするのがふさわしいのだ」という理屈は一理はあるとは思います。
   しかし、です。その理屈は一理はあるとは思うのですが、無制限に主張されては困るのです。1989年、小堀住研(株)の千葉支店にいました時、千葉支店の「支店長」にならせてもらった渡邊士直(男。当時、40代。最終学歴:熊本県の底辺の高校卒。「小堀住研は大卒しか採らない会社」であったはずなのに、なぜ、そこにいるのか不思議。)は、毎週、千葉駅の前のビルにあった千葉支店に、午前10時の始業時刻よりも1時間早い時刻である午前9時に、松戸営業所・柏営業所の営業を呼びつけ、逆に自分が松戸営業所・柏営業所に行く時には、千葉支店のすぐ近くに借りた自宅から、いったん、自分の始業時刻である午前9時の少し前に千葉支店に出勤して「始業時刻より前に出勤した」という実績を作って、そこから、おもむろに、勤務時間内に松戸営業所なり柏営業所に移動する・・ということを毎度やっていたのでしたが、これは勝手です。自分は「出勤した」という実績を千葉支店に顔を出して作ってから、おもむろに、勤務時間中に移動して松戸営業所なり柏営業所に行き、松戸営業所や柏営業所の営業職にはそうではなく、普段の勤務場所より1時間以上長く通勤時間がかかる場所の千葉支店に、本来の始業時刻よりも1時間早い時刻に早出残業で出勤させるというのを常習としていたのですが、始業時刻よりも1時間早い時刻に、その場所に行くのに1時間以上長くかかる場所に来させたということは、「1時間以上」を仮にきりのいい数字で「1時間」とすると、2時間の早出残業をさせた、ということになります。この2時間の早出残業については、たとえ、営業職で歩合給をもらっていても、時間外賃金は支払うべきです。これは支払わないといけません。 払うのが嫌ならば、勤務時間内に来させるようにすべきです。支店長というのはそういったことを理解できている人がなるべき役職ですから、そういったことを理解できていない人間が支店長になっていたのなら、なるべきでない人間が支店長になっていたことに対して責任を取らないといけません。勤務時間外に「支店長」という立場で来させたからには、時間外賃金を支払わないといけませんし、何より、その頃、小堀住研(株)は、就業規則上の労働時間は、その頃の労働時間制限であった1日8時間・1週48時間ぎりぎりまで設定されていましたので、時間外労働をさせることはできません。渡邊士直は「支店長の命令」と言えばきいてもらえると勝手に思っていたようですが、労働基準法に違反する命令は「ただちに無効」であり、そのような「命令」は何の意味もありません。千葉支店の従業員はそのような「命令」に従う義務はありませんし、むりそ、労働者として、日本国民として、そのような法律違反の「命令」に従うのは国民の義務に反するもの、反社会的な行為であり、そのような命令には従うべきではないということになります。営業担当者が自分自身で行動を決めて動いている場合でも、時間外労働について、「営業だから」という名目で時間外賃金を払わなくていいというものではありませんが、ある程度自立して営業実績を残せている営業担当者が自分自身で行動を決めて動いている場合には、時間外賃金は支払われなかったとしても、それは経済的・金銭的に収入が多いか少ないかの話ですが、渡邊士直がやっていたことは営業妨害であり、世間平均の仕事から考えると夜型の仕事である営業社員に普段よりも早い時刻に普段の勤務場所よりも所要時間がかかる場所に来させようというものに対して、それに応じていたのでは、これは従業員としてはいずれ健康を害するのはわかっていることです。使用者は従業員に時間外や休日に働かせた時にはそれに対しての時間外賃金を払わないといけない、深夜に働かせた時には割増で払わないといけないと規定されているのは、労働契約によって結ばれた契約内容は、あくまでも勤務時間内のものについてであるから、勤務時間外についての報酬は支払っていない以上は、勤務時間外に働かせたならそれに対しての報酬も払わないといけない、という契約の信義からくるものもありますが、それとともに、労働者の健康維持の目的もまたあるのです。渡邊士直のように、千葉支店のすぐそばに家を借りて住んでいる人間が、自分が松戸営業所・柏営業所に行く時には、いったん、自宅からすぐの千葉支店に出勤して、始業時刻より前に出勤したという実績を作った上で、そこから、勤務時間中におもむろに松戸や柏まで移動するようにして、松戸営業所や柏営業所に勤務している営業社員には、営業社員の始業時刻である午前10時よりも1時間早い午前9時に普段の勤務場所よりも1時間半ほど多くかかる千葉支店まで来させようとする、というのは、これは労基法違反であってそのような法令に反する「命令」は「ただちに無効」であって効力はないものですが、そのような効力のない「命令」をきいていたのでは従業員は渡邊のおかげで健康を害し、又、そのために、営業実績も低下することが予想されるもので、渡邊のおかげで健康を害することに対しての対価は小堀住研(株)は従業員に支払っていませんし、そのような渡邊の「命令」はきいてはいけません。
  (株)一条工務店の場合ですが、1993年、営業本部長で松戸営業所長・東京営業所長を名目上、兼任していた天野隆夫(男。当時、40くらい。初代社長の大澄賢二郎の嫁の弟らしい。最終学歴:中卒、もしくは「定時制高校中退」らしい)が「『労働基準法は守らない』というのが一条工務店の会社の方針だ」と宣言。「一条工務店には『労働基準法は守らない』という会社のルールがある」と明言したのでしたが、そもそも、「労働基準法は守らない」などという「会社のルール」は日本国民として・労働者として守ってはならないものであり、「労働基準法は守らないというのが会社の方針だ」などというそんな反社会的な主張は国民の義務として認めてはならないわけでもあります。だいたい、就業規則に書かれていないようなものを天野隆夫がひとりで勝手に「会社のルール」だと主張するようなことは、会社として認められるものではありません。そのような天野隆夫の主張は会社のルールに反するもので、会社に敵対する行為です・・・が、実状としては、(株)一条工務店では労基法違反は日常茶飯事であったのは事実です。
   そういう会社であったわけですが、「営業の場合は、営業活動に対しては歩合給で評価しているのだから」というのは、それを口実に時間外賃金を払わないでいいと主張することは認められませんが、「どれだけの時間を働いたかではなく、どれだけの成果が出たかで評価したい」というのは、気持ちとしてはまったくわからないということもありません。 しかし、だから、使用者は時間外労働は無賃労働で無制限に命じることができるはずだ・・という(株)一条工務店の経営者の認識は認められません。 近藤路夫の勝手な講釈を聞かされるために、忙しい中を浜松まで行かされた・・というのは、これは時間外労働・休日労働として、時間外賃金を払ってもらいたいものです。こんなものは「営業活動」ではないのです。 近藤路夫の勝手な講釈を聞かされるというのは、それは「営業活動」ではありませんから、「営業活動に対する報酬は時間に対してではなく、成果に対して支払う」というのは一理あったとしても、近藤路夫の勝手な講釈を聞かされるというのはそれは営業活動と関係ないことを(株)一条工務店が要求してさせたわけであり、暇ではないのに浜松まで往復して、「ほとんどビョーキ」みたいなおっさんの勝手な講釈を聞かされて、不快指数を上昇させられたわけですから、それに対しては時間外賃金・休日労働賃金を払ってもらわないといけません。

  ところで。「自分の勤める会社の商品をいいと思えば売れる」とか、「自分の勤める会社の会社の商品をいいと思わなければ売れない」とか言う人というのが、時々ありますが、違うと思いますよ。そういうことを言う人というのは、たいてい、そういうことを言う人こそ、その人が勤めている会社の商品はどこがいいか、わかっていない人だと思います。
  自分の勤める会社の商品のどこがいいか、わかっていない人間の一例を(株)一条工務店の名古屋南営業所の「所長」の近藤路夫が具体的に見せてくれました。「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」と近藤ローオは言うものですから、どういうところが「完璧にすばらしい」と言うのか、どういうところをアピールすれば売れると言うのか、ぜひとも聞きたいと思ったのです。小堀住研(株)では、構造面においては「壁体内換気システム」という内部結露を解消する特許を取得したシステムがあること、高級住宅志向の「新 桂」の場合には「桂離宮のようなすばらしいデザインを現代に」というデザイン力と「小堀ならではの設計力」というもの、「高品質低価格」の「ハウス55」の場合には「その価格にしては高品質」「その品質にしては低価格」という経済性、その価格帯の在来木造では耐震性などに不安があり、在来木造の場合には相当の高価格帯のものであれば、施工にもそれに匹敵するものを期待できても、中低価格帯においては在来木造は施工に不安があるのに対して、工場生産性の高い木質パネル構法においては、安定した品質のものが提供できるという構造上の安心性・・といったアピールすると見込客に評価される点というのを全体での研修においても、配属された営業所においても教えられたもので、それは、実際に営業をしてみると、最終的に契約してもらえるか否かにかかわらず、それは顧客に相当評価されたのです。近藤ローオが「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」と言うものですから、ですから、特にここをアピールすると見込客は高く評価してくれる、特にこの点をアピールすると契約してもらえる可能性が大きくなる、というものを、近藤ローオは、ある程度以上、(株)一条工務店で勤務経験があるらしかったので、「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」とそこまで言うからには、それを言ってくれるのかと期待したのでした・・・が、そういうものを教えてくれるのならぜひとも聞きたいと思って期待したのでしたが近藤ローオが「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」と言う論拠はというと、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」・・というものだったのです。結論として、近藤ローオこそ、(株)一条工務店の家はどこがいいのか、他社の建物と比べていいのかどうか、誰よりもわかっていない人間だったのです。

  だいたい、近藤ローオは、「住友林業https://sfc.jp/ie/?utm_source=yahoo&utm_medium=cpc&utm_content=rid&utm_campaign=lis_001.%E6%8C%87%E5%90%8D&utm_term=e_%E4%BD%8F%E5%8F%8B%E6%9E%97%E6%A5%AD_2107_985356437_52595473361_234420067870_kwd-295945852022&yclid=YSS.1000004556.EAIaIQobChMIo4qrt7zj5QIV1qqWCh0LWQJPEAAYASAAEgJzb_D_BwE との競合なんて、そんなもん、『ごちそうさん』てなもんだ。『住友林業はプレカットしてますかあ』『してませんでしょお』、『住友林業はムク材ですかあ』『集成材でしょお』。それだけで、簡単に契約取れる」と言うのでしたが、すでに述べたように、近藤ローオが「住友林業は(機械)プレカットやってますかあ」「やってませんでしょお」と発言した1993年5月の時点において、「住友林業の家」は機械プレカットをおこなって建てていたのです。しかも、千葉県においては、浜松の(株)一条工務店〔実質、「一条工務店浜松」〕https://www.ichijo.co.jp/ と千葉県の (株)ひらいhttp://www.hirai-gnet.co.jp/#footer  という材木会社とが作った共同出資会社の(株)一条工務店千葉https://ichijo-c.com/  の親会社である(株)ひらい が住友林業(株)の「指定工場」になって「住友林業の家」の機械プレカットをおこなっていたのです。営業本部長の天野隆夫から聞いた話では、(株)一条工務店千葉 の建物と「住友林業の家」の建物には、その2つの材木が時々まざる・・なんてこともあったらしい。 「『住友林業はムク材ですかあ』『集成材でしょお』と言うだけで簡単に契約とれる」と近藤ローオは言うのでしたが、取れねえんだよ、そんなことでは。ほんと。そんなことで取れたら苦労しねえんだよ、まったく。よく言うわ!♪! 「集成材の方が高くていいんでしょ。住友林業の人がそう言ってたよ。あんた、そんなことも知らないの」なんて言われるのです。東京や松戸の営業所においては。

  すでに、述べましたが、まず、住宅の建物には、「好みの問題」というのが実際にあるのです。要するに、近藤ローオは、「構造材はすべてムク材」で「造作材にもムク材を多く使用する」会社の(株)一条工務店において、一貫して、集成材などの新しい木質建材よりもムク材を好む人が多い地域、で営業させてもらってきた、ということだったのです。そういう場所においては、「構造材はムク材で、造作材にもムク材を多く使用する(株)一条工務店」は有利で、やりやすいのです。しかし、そうでない場所においては、「ムク材だとなぜいいのか」といったことを述べないといけません。私は、木質パネル構法が主の小堀住研(株)に勤めた後に在来木造の(株)一条工務店に勤めて、どうも、在来木造、それもムク材の在来木造を志向する人というのは、論理的でない・科学的でない・開明的でない人が多い、教養水準が高くない人が多い・・・という印象を受けたのです。在来木造でも、「集成材や金物を多用する在来木造」はその中間です。そういう論理的でない・科学的でない・開明的でない・教養水準が高くない・・という在来木造の状況を知って、(株)一条工務店に入社する以前においては、在来木造についても、ムク材についても悪いようには思っていなかったのですが、(株)一条工務店のおかげで・・というのか、より正確には「一条オリジナル」「浜松流」の人間のおかげで、なんだか、在来木造とムク材というものについての印象がずいぶんて悪くなってしまったのです。
   小堀住研(株)では、「お客様のお宅に訪問したならば、礼儀正しく、インタホンはゆっくりと押す。急いで激しく押したのでは下品な印象を与えてしまう。お客様がインタホンに出られたならば、きっちりと会社名と自分の個人名を述べる」と教えられたものでしたが、ところが、(株)一条工務店では営業本部長の天野隆夫が「お客さんの家に行ってインタホンを押したら、見えない所に隠れる」などと教えていたのでした。程度の低い会社やなあ~あ・・とあきれました。隠れてどないすんねん、隠れて。小堀住研(株)の入社直後の新卒社員研修において、講師役だったTQC推進本部営業部会課長のMさんが、「昔、ぼくの営業課に配属された新人でけったいなヤツがおってなあ。一緒にお客さんの家に行ったら、インタホンを押すと同時に隠れよるんで、『おまえ、いったい、何やってんねん』と言ったら、『隠れてるんです』なんて、言いよったんやけど。けったいなヤツもおるもんやなあ、と思ったんや。きみら、そんな、おかしなマネすんなよお。隠れてどないすんねん、隠れて。お客さんの家に泥棒でもしに行ってんのか? それとも、お客さんの奥さんが出てきたら襲うんか? 違うやろ。お客さんのためにいい家を作りたいと思って行ってるんやろ。お客さんのためになることをしに行っているんだろう。なんで、隠れないかんねん。なんか、悪いことしてんのか。なんか、隠れないかんことしてんのか。違うやろ。悪いことしてないんやったら、隠れるなんておかしなマネせんと、堂々とこちらの顔と姿を見せればいいことやろ。小堀の営業は、隠れなきゃならんような恥ずかしいことするような営業とは違うんや。悪いことしに行ってる人間なら隠れなきゃならんやろうけど、そうでないなら、堂々とはっきりと自分の姿を見せればええやろ」と言われたものでした・・・が、(株)一条工務店でこういうことを言うと、営業本部長の天野隆夫から「そんなこと言うなら、エスバイエル〔←小堀住研(株)〕に行けよ。おまえはあ。エスバイエルに行け」と言われるのでした・・・が、そのあたりからして理解不能だったのです。「隠れてどないすんねん、隠れて。お客さんの家に泥棒でもしに行ってんのか? それとも、お客さんの奥さんが出てきたら襲うんか? 違うやろ。お客さんのためにいい家を作りたいと思って行ってるんやろ。なんで、隠れないかんねん。なんか、悪いことしてんのか。なんか、隠れないかんことしてんのか。違うやろ。悪いことしてないんやったら、隠れるなんておかしなマネせんと、堂々とこちらの顔と姿を見せればいいことやろ。◇◇の営業は、隠れなきゃならんような恥ずかしいことするような営業とは違うんや。悪いことしに行ってる人間なら隠れなきゃならんやろうけど、そうでないなら、堂々とはっきりと自分の姿を見せればええやろ」というのは、小堀住研(株)ではあてはまるが、他の住宅建築業の会社においてはあてはまらないというものではなく、胡散臭い怪しげなカタギでない感じの不動産屋・工務店の場合にはそうでない会社もあるのかもしれませんが、一般的・基本的には「隠れてどないすんねん、隠れて。お客さんの家に泥棒でもしに行ってんのか? それとも、お客さんの奥さんが出てきたら襲うんか? 違うやろ。お客さんのためにいい家を作りたいと思って行ってるんやろ。なんで、隠れないかんねん。なんか、悪いことしてんのか。なんか、隠れないかんことしてんのか。違うやろ。悪いことしてないんやったら、隠れるなんておかしなマネせんと、堂々とこちらの顔と姿を見せればいいことやろ。◇◇の営業は、隠れなきゃならんような恥ずかしいことするような営業とは違うんや。悪いことしに行ってる人間なら隠れなきゃならんやろうけど、そうでないなら、堂々とはっきりと自分の姿を見せればええやろ」というのは、どこの住宅建築業の会社においてもあてはまることであって、(株)一条工務店においてはあてはまらないというものではない、と思い込んでいたのでした。ですから、1993年、5月頃、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が「お客さんの家に行ってインタホンを押したら、見えない所に隠れる」と入社1年目の新人に教えるのを聞いて、変なことを言う人だと思い、又、この人は新人にいったい何を教えるんだ!・・・と思ったのです。又、(株)一条工務店の営業が誰もが天野隆夫が言うような「お客さんの家に行ったら、インタホンを押すと同時に隠れる」などというそういうことをやっていたかというと、やっていない人の方が圧倒的に多かったのです。だから、実状がどうかから判断すると、それは「一条工務店のやり方」ではなく「天野隆夫のやり方」だったのです・・・が、ところが、天野隆夫という人は自分自身のやり方が「一条工務店のやり方」だと主張する人で、《20代の若い頃に浜松で「特別扱いの営業」をちょろっとやっただけの人》のやり方のことを「一条工務店のやり方」だと主張し、そのやり方でやってうまくいかなければ、そうやれと「指導」した者が責任をとるのではなく、やれと言われてやってうまくいかなかった者に責任を負わせようというそういう人間だったのです。
  さらに。1993年、福島県いわき市の営業所に行くと、けっこう前から在籍していたS藤K二さん(男。当時、40代前半)から、「革靴をはくのに、靴ベラを使って履くなんて、おまえみたいにそんなおかしな革靴の履き方をする人間なんて、俺は生まれて初めて見た。おい、ちょっと、こっち来て見て見ろ」と言うので見に行くと、「ほら。H田くんにしても、こういう履き方をしているだろ。革靴というものはH田くんのようにイブサンローランとかそういったブランドものの革靴を買って、H田くんのように、あらかじめ、かかとを踏んでスリッパのように履くものだ。H田くんのように、あらかじめ、かかとを踏んでスリッパのように履いておけば、靴ベラなんてものは要らないんだ。革靴というものはこういうように履くものだ。それがレベルの高い木造の革靴の履き方というものだ。わかったか。おまえの革靴の履き方はプレハブの革靴の履き方だ。木造の会社の営業なら、このように、かかとを踏んで革靴は履かないといけないんだ。それが『木造の革靴の履き方』というものだ。わかったかあ!」と言って怒られたのでした。さらに、「おまえみたいに、お客さんの家に行って框を上がる時に、いったん、正面から框を上がって、そこで向きを変えて、自分が脱いだ靴を自分でそろえるなんて、そんなおかしな営業があるか! 靴というものは、そこの家の奥さんがそろえるもんだ! 今後はよく気をつけろお!」と怒られたのです・・・が、それでもやっぱり、営業という職種についている者は・・というよりも、営業でなくても、ひとの家に訪問して框を上がる時には、正面から上がって、そこで向きを変えて自分の靴は自分でそろえて上がるものであって、それを訪問先の家の人間にそろえさせるなどというのはもってのほかであり、ましてや、かかとを踏んで履いているような革靴をそこの家の奥さんにそろえさせるなどというのは、それが「木造の革靴の履き方」であってもなくても、人間としてそんなことはやりたくないことであり、「それが木造というものだ」と佐藤賢二さんは言うのでしたが、そういった話を(株)一条工務店で聞いているうちに、聞かされているうちに、なんだか、「木造」「在来木造」というものに対しての印象がずいぶんと悪くなってしまったのです。 (株)一条工務店の経営者の考えとしては、「お客様の家に行ったら、インタホンを押すと同時に隠れる」というもの、「革靴はかかとを踏んでスリッパのように、すっぽん、すんぽん、すっぽん、すっぽん・・と履く」というのが、「お客様の家に行って框を上がる時には、かかとを踏んで履いているきったない靴を脱ぎ散らかしてあがり、それをそこの家の奥さんにそろえさせる」というのが、それが「木造という構法」であり、それが「木造の営業」だという認識らしいのですが、しかし、こういうものは、多数決で決める性質のものでもないと思いますが、「お客様の家に行ったら、インタホンを押すと同時に隠れる」というのは多数派ではなかったし、革靴の履き方については、小堀住研(株)の従業員用出入口の靴箱を見ると、磨かれた革靴で、かかとなんて踏んでいない履き方の靴が入れられていたのに対し、(株)一条工務店の展示場の事務所の三和土(たたき)には、たいていの営業所において、かかとを踏んで履かれてきた磨かれていない革靴とか、健康サンダル(展示場で一時的に出入りする時のためではなく、客宅に訪問するためのものとしての)とかが脱いでおかれていましたので、それが「木造の革靴の履き方」かどうかはともかく、「(株)一条工務店の多数派の革靴の履き方」であったのは確かでしょう。そのあたりを見て・聞いて、私はなんだか、在来木造というもの、「革靴をかかとを踏んでスリッパのように、すっぽんスッポンすっぽんスッポンと履く構法」「お客様の家に行ったら、かかとを踏んで履いている磨かれていない汚い革靴をぬぎちらかして框を上がり、その汚い靴をそこの家の奥さんにそろえさせる構法」「お客さんの家に行ってインタホンを押すと同時に隠れる構法」というものに対して、なんだか、いや~な印象を受けるようになってしまったのです。もしも、自分が家を建てるなら、「革靴をかかとを踏んでスリッパのように、すっぽんスッポンすっぽんスッポンと履く構法」「お客様の家に行ったら、かかとを踏んで履いている磨かれていない汚い革靴をぬぎちらかして框を上がり、その汚い靴をそこの家の奥さんにそろえさせる構法」「お客さんの家に行ってインタホンを押すと同時に隠れる構法」でない「構法」で建てるようにした方がいいのではないか・・と思うようになったのです・・・・が、さらに考えてみると、それが「在来木造」なのかあ??? 違うのではないか。それは、多数派か少数派かはともかく、そんなことをやっている人が(株)一条工務店という未成熟な会社にはいるけれども、それはその会社にそういう人間が少なからずいるということ、かつ、それが「木造のやり方」と思っている人がいるということではあるとしても、それが「木造という構法」なのかというと、違うのではないか。

  在来木造という「構法」が、「お客さんの家に行ってインタホンを押したら隠れる構法」なのか、「革靴はかかとを踏んでスリッパのように履く構法」なのか、「お客さんの家に行って框を上がる時には、かかとを踏んで履いている汚い靴をぬぎちらかして上がり、そこの家の奥さんにその汚い靴をそろえさせる構法」なのか・・・というと、(株)一条工務店の「オリジナル営業」「浜松流」にはそれが「木造の訪問のしかた」「木造の革靴の履き方」「木造の框の上がり方」と思っている人が現実にいたようでしたが、「世の中、いろいろ。人間、いろいろ。会社もいろいろ」ですから、そういう「構法」が好きな人というのもいるのかもしれませんが、「お客さんの家に行ってインタホンを押したら隠れる構法」、「革靴はかかとを踏んでスリッパのように履く構法」、「お客さんの家に行って框を上がる時には、かかとを踏んで履いている汚い靴をぬぎちらかして上がり、そこの家の奥さんにその汚い靴をそろえさせる構法」というそういう「構法」は好きじゃない・・という人もいるはずなのです。私などは、そういう「構法」は嫌いなんです。こういうことを言うと、天野隆夫など(株)一条工務店は「一条が嫌いなら一条やめてエスバイエルに行けよお」と言うのですが、そういうものでしょうか? 違うと思うのです。「ち~が~う~だ~ろ。このボケぇ~え!」てとこです。在来木造という「構法」と「お客さんの家に行ってインタホンを押したら隠れる構法」「革靴はかかとを踏んでスリッパのように履く構法」「お客さんの家に行って框を上がる時には、かかとを踏んで履いている汚い靴をぬぎちらかして上がり、そこの家の奥さんにその汚い靴をそろえさせる構法」は、「構法」は「構法」でも、イコールではないと思うのです。在来木造という「構法」ではあっても、「お客さんの家に行ってインタホンを押したら隠れる構法」「革靴はかかとを踏んでスリッパのように履く構法」「お客さんの家に行って框を上がる時には、かかとを踏んで履いている汚い靴をぬぎちらかして上がり、そこの家の奥さんにその汚い靴をそろえさせる構法」でない「構法」もあると思うのです。天野隆夫は「お客さんの家に行ってインタホンを押したら隠れる構法」でない「在来木造」の存在を認めたくないようでしたけれども。
  [第725回]《なぜ「浜松流」は「構造アプローチ」において対在来木造の話ばかりか。「ツーバイフォーは面だからね」とはどういう意味か。意味を誤解している新卒社員と誤解を放置している「営業所長」。場所による似合う建物の違い。「地方」から東京に出てきた人には一条「セゾン」が受ける理由。 ――「一条の家は完璧にすばらしい」の反証》https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_2.html でも引用しましたが、早川和男『日経産業シリーズ 住宅』(1988.9.13.日本経済新聞社)には、
《 ここに一冊の印刷物がある。「住宅産業再構築――昭和60年代戦略展望」(住宅産業研究所、1982年)である。その中には、今後の住宅需要の展望、住宅市場の変化などとならんで、「十二の戦略テーマ」が書かれている。・・・》とあり、「大工・工務店の顧客特性」として、
《 大工・工務店の市場攻略は地縁血縁と価格だけでなく、もっとやっかいなファクターが多いとして、大工・工務店顧客の特性をあげる。すなわち、
(1)属性として低学歴、低年収、年齢は住宅メーカーと大差なし、
(2)指名客が8割に達する。
(3)和風傾向が強い。
(4)プレハブに対する無知、偏見、「敷居」の高さ。
(5)展示場にあまり来ない。モノグサ。
 これらのことから次のような行動をとることになる。
 低学歴、低年収のブルーカラー層の客として臆病で新しいモノの取り入れには消極的で、何よりも情報収集にはモノグサ。 彼らがプレハブを選ばなかった理由としてあげているのは、(1)二流品イメージ、(2)欠陥住宅が多い、(3)アフターケアが心配、 (4)よく知らない――で、数年前の古いイメージしかもっていない。
  ”これだけメーカーが宣伝し良い商品を出しても、情報収集に不熱心で、展示場に行かない、展示場利用率はプレハブ顧客92%、大工・工務店顧客59%(第1章3 の著者らの調査では後者も96%、これは神戸市という大都市のせいもあろう)。ヌカクギである”。》
と書かれていますが、  「属性として低学歴」「プレハブに対する無知、偏見」「臆病で新しいモノの取り入れには消極的で、何より情報収集にモノグサ」「彼らがプレハブを選ばなかった理由としてあげているのは・・・(4)よく知らない――で、数年前の古いイメージしかもっていない。」というのは、「大工・工務店顧客の特性」というよりも、「(株)一条工務店のオリジナル営業の特性」「『遠州人』の特性」「(株)一条工務店の経営者の特性」みたい。 (株)一条工務店で、もし、こういうことを言うと、営業本部長の天野隆夫から「そんなこと言うなら、エスバイエルに行けよ、おまえはあ」と言われるのです。(株)一条工務店というのはそういう会社、「属性として低学歴」「プレハブに対する無知、偏見」「臆病で新しいモノの取り入れには消極的で、何より情報収集にモノグサ」「彼らがプレハブを選ばなかった理由としてあげているのは・・・(4)よく知らない――で、数年前の古いイメージしかもっていない。」という傾向がある会社だった、そういう人間が幅をきかせている会社だった。

  しかし、それなら、「在来木造」というのがそういう「構法」なのか・・というと、東大農学部名誉教授・明治大学農学部教授で木構造の研究者だった故・杉山英男などはそうは考えていなかったのです。杉山英男の認識は(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫や「一条オリジナル」「浜松流」「遠州人」とはまったく違います。
  「パブリシティー広告」と言われるものがあります。はっきりとした「広告」ではなく、「業界紙」などに「記事」として掲載されたものですが、その会社がカネを出して書いてもらったものや、業界紙そのものにカネを出しているものなど、「広告」そのものではないとしても、「広告」でないと言い切れるか疑わしい・・というくらいの位置づけのもののことで、又、一般の新聞や雑誌に掲載されたものでも、その会社にとってプラスの評価をされたものばかりを集めて冊子にした場合には「パブリシティー広告」の性格を持ってきます。(株)一条工務店は、1990年代、その「パブリシティー広告」を集めた冊子を、一般のカタログと並んで発行して、来場客に配布していました。それは、「記事」といっても、「書いてもらっている」「載せてもらっている」性質のもので、一般の新聞・雑誌に掲載されたものも中にはあっても、自分のところをプラスに評価したようなものしか載せませんから、もとの媒体が何であっても、その冊子は結論として「広告」ですが、書かれている内容は、いいかげんなものばかりというわけでもありません。1990年代の終わりにはこの「パブリシティー広告」の冊子は発行・配布されなくなったのですが、な~んでか? ・・・というと、1996年8月、消費税が上がるという直前、今、契約取らなきゃ、今後は相当苦労する、必死のパッチで働かなきゃ・・というまさにその時、初代社長の大澄賢二郎のドバカ息子で(株)一条工務店のグループ会社の(株)日信という損害保険の会社の社長に仕事してないけど名目上なっていた大澄賢史という、名前と違ってあんまり賢くない男が、「女を刃物で殺して官憲に逃げる」という『水滸伝』の登場人物「呼保義 宋江(こほうぎ そうこう)」みたいな行為をやり、懲役20年の刑に処せられた・・という事件があり、そのまま、「(株)一条工務店に関しての新聞・雑誌の記事を集めたパブリシティー広告集」の冊子を発行するならば、ドバカ息子の事件についての記事も掲載するのか、それは掲載しないで「パブリシティー広告集」は発行して、「なんだ。ドバカ息子が人を殺した記事は載せないで、都合のいい記事だけ載せて発行してるのか」という批判を受けるのか・・というと、どっちもまずいと思って、それで、この「パブリシティー広告集」は発行をやめたのであろうと思われます。
  その「パブリシティー広告集」で、杉山英男が述べていたのを読みましたが、杉山英男は「一条オリジナル」「浜松流」「遠州人」みたいに、「プレハブ住宅」というものに悪口雑言罵詈讒謗中小を浴びせる・・なんてことはしません。杉山英男は「木構造の構造の研究者」であり、「木構造」として「在来木造」と「枠組壁工法(ツーバイフォー工法)」、それに「木質パネル構法」(木質プレハブ)その他、木構造全体についての研究者であり、在来木造について、『木造住宅は地震に強いか』(講談社 ブルーバックス)・『地震と木造住宅』(丸善)・『デザイナーのための木構造』(彰国社)などの本を出していますが、『安心の居住学-今、なぜ、ツーバイフォーか』(三修社)という枠組壁工法(ツーバイフォー工法)についての本も出しており、特にどの構法の味方というわけでもありません。杉山英男は、「パブリシティー広告集」に掲載されていた業界紙の中で、木質プレハブは、在来木造を合理化したものと言われるが、たしかに、木質プレハブにはよく考えて、合理的に造られているところはあると思うけれども、それなら、在来木造というのは非合理的なものなのか・・というと、そうではないのではないか。在来木造というのは、長い歴史とともに、相当、合理化されてきた構法であって、決して、在来木造は非合理的なものではない。 特に、在来木造は、大部分の部材を大人2人で運ぶことができるようにできている構法で、その点などは大変優れている・・といったことを述べている。『木造の家は地震に強いか』(講談社 ブルーバックス)でだったと思うが、ひとつには、「在来木造」という言葉が良くない。「在来木造」という表現だと、「新幹線」に対して「在来線」というイメージで、古いもの・時代遅れのものという印象を受けてしまう。しかし、「在来木造」は、決して、時代遅れな構法ではない、と言うのです。これは、『木造の家は地震に強いか』(講談社 ブルーバックス)・『地震と木造住宅』(丸善)でも述べられていることです。
  しかし、他方において、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法(木質プレハブ)についても、これもまた、長所のある構法であって、評価されていいところはある、と言い、決して、(株)一条工務店の「一条オリジナル」「浜松流」「遠州人」みたいに、「あほ、バカ、まぬけ、すっぽん、なんきん、かぼちゃ。おまえのかーさん、で~べそ。や~いやい!」みたいな攻撃、なんだか、あほくさいというのか、情けないというのか、聞いてて耳を塞ぎたくなるような下品な攻撃はしません。
  木質パネル構法(木質プレハブ)は工場生産の度合いが在来木造よりも大きく、それゆえに、工事の仕上がりにバラツキが少ないという長所があるのですが、(株)一条工務店が在来木造でありながら機械プレカットを導入したというのも、工事の仕上がりにバラツキを少なくしたいというところからであったはずで、「一条オリジナル」「浜松流」は、一生懸命、木質プレハブの悪口を言おうとしますが、むしろ、このあたりは、(株)一条工務店は木質プレハブが目指したところを在来木造という「構法」は維持しながらも同じ目的を目指していたはずで、なんで、そんなに必死こいて攻撃したがるのか、「一条オリジナル」「浜松流」のやることは不思議です。
  木質パネル構法(木質プレハブ)は一般に在来木造よりも工場生産の度合いが大きいのですが、「工場生産の度合いが大きい」というのは、「だから、いい」のか、「だから、よくない」のか、それはどちらとも言えません。工場生産の度合いが大きくていいものができるのなら、それはいいことですが、現場施工の度合いが大きくていいものができるのならそれもまた悪くないのです。「ノックダウン家具」というものがあって、部材が組み立てられない状態で販売されていて、購入者が自宅で組み立てるか、もしくは、家具屋が客宅で組み立てるかする家具のことですが、「ノックダウン家具」と最初から組み立ててある家具はどちらがいいか、というのは別に決まっていない。「ノックダウン家具」の方の長所として、出入口や廊下が狭くて、組み立てられた家具では入らないという家にでも、部品の状態で持ち込んで、使用する部屋で組み立てることができる、という長所があります。在来木造にはそれに似た長所がある。在来木造は「大部分の部材が大人2人で持てるようにできている構法」であるとともに、「線」の組み合わせですから、搬入経路が比較的狭くても建てることができるという長所があります。木質パネル構法というのは、壁面は枠組壁工法(ツーバイフォー工法)と似ていますが、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)では枠材(ツーバイフォー材)と合板を現場で釘打ちでとめると違って、枠材(ツーバイフォー材)と合板を工場で接着剤で接合しますので、接着剤による接合の方が一般に釘での接合よりも接合力が強い、釘による接合の場合は力が釘の周囲に集中するのに対して接着剤による接合の場合には全体で接合される、釘による接合の場合は釘の頭より下の部分しか合板は機能しないのに対して接着剤による接合の場合は合板の厚み全体が機能する、といった長所はあるのですが、枠材と合板を工場で接着剤で接合した木質パネルは、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)の枠材や合板と違って大きいし、在来木造の柱・筋交いと違って大きくて重いので、搬入経路が狭いような場合は、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や在来木造と比べてやりにくいところがあります。木質プレハブは在来木造よりも合理化された構法と言われるけれども、在来木造の方が、このあたりは「合理化」されているようなところもあるのです。
  片方で、在来木造というのは、決して、そんなに非合理的な構法ではなく、相当、合理化されている構法ではあるのですが、他方において、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法(木質プレハブ)にもまた、長所はあって、どっちがいいかなんて、簡単に言えるものではなく、杉山英男はそれぞれに長所があるという評価のしかたをしています。
  杉山英男は、『地震と木造住宅』(丸善)において、木構造の将来について、在来木造と枠組壁工法(ツーバイフォー工法)・木質パネル構法(木質プレハブ)は、おそらく、今後、同じになることはないけれども、他のものの長所を取り入れていくことによって内容が近づいていくであろう、と述べている。 そして、木質プレハブ(木質パネル構法)がということではなく、在来木造・枠組壁工法(ツーバイフォー工法)もともに、「プレハブ化」していくであろう、工場生産の度合いが大きくなっていくであろう、と述べている。1990年代後半になって(株)一条工務店が作成した構造についてのカタログでは、「プレハブとプレカット。似ているようですが、全然、違います」などと書いていましたが、それは違います。 「プレカット」の「プレ(pre)」というのは英語の接頭語で「あらかじめ」「前もって」という意味、「カット(cut)」は「切る」「切断する」という意味で、「プレカット」は工事現場より以前において加工するという意味で、言葉の意味合いとしては、大工が手加工により下小屋で加工する場合も「プレカット」ということになりますが、一般に「プレカット」というのは工場で機械で加工して現場に運び施工するものを「プレカット」と言っていますが、「プレハブ」は「プレ ファブリケイテッド ハウス」の略、「プレ」は「プレカット」の「プレ(pre)」と同じで「あらかじめ」「前もって」という意味で、「ファブリケイト(fabricate)」は「形作る」という意味で、「プレファブリケイテッドハウス」は「工場で前もって相当形作られた家」という意味で、「プレカット」は「プレハブ」の一種類・一形態です。「『プレハブ』と『プレカット』、似ているようですが、まったく違います」と書いていた(株)一条工務店の「構造カタログ」の作成者は何もわかっていない、ということになります。 杉山英男は「在来木造・枠組壁工法(ツーバイフォー工法)は木質プレハブとともに、今後、プレハブ化がより進んでいくであろう」と『地震と木造住宅』(丸善)で述べていますが、(株)一条工務店の建物を見ても、たしかに、「プレハブ化」が進んでいる、工場生産の度合いが大きくなっています。さらに、(株)一条工務店の「オリジナル社員」「浜松流」は「プレハブ」を敵視しますが、住友林業(株)の仕事と(株)一条工務店の仕事の両方をやったことがあるという大工さんから、住友林業(株)と(株)一条工務店の建物では〔一方で、(株)一条工務店の「一条オリジナル」「浜松流」は、住友林業(株)が集成材など新しい木質建材を使っている点などを攻撃するども〕、むしろ、(株)一条工務店の方が住友林業(株)よりも、より「プレハブ化」「工場生産化」されている、と聞いたことがあります。
  杉山英男は、在来木造には「大工が勘で作る科学的でない構法」というイメージがあり、実際そのような面はあり、むしろ、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法(木質プレハブ)の方が科学的・論理的なところはあるけれども、それなら、在来木造というのは、非科学的・非論理的な構法なのかというと、構法としてはなかなか合理的にできたものであって、構法そのものが非科学的なものというわけではないと考えていたようです。その点で、杉山英男は「一条オリジナル」とは「似ているようでもまったく違います」。
  私は、(株)一条工務店に入社して、「客宅に行くと、インタホンを押すと同時に隠れる構法」「革靴はかかとを踏んでスリッパみたいに履く構法」「客宅で框をあがる時には、靴はそろえずに脱ぎ散らかしてお客さんの奥さんにそろえさせる構法」というのが「木造」だと教えられて、それで、なんだか、「(在来)木造」というものに、うんざりしかけたのでした・・が、杉山英男の本を熟読することで、それを乗り越えました。「在来木造」というものを「客宅に行くと、インタホンを押すと同時に隠れる構法」「革靴はかかとを踏んでスリッパみたいに履く構法」「客宅で框をあがる時には、靴はそろえずに脱ぎ散らかしてお客さんの奥さんにそろえさせる構法」と認識していた人は(株)一条工務店において多数派かどうかはともかく「ごく少数ではない」人数でいたのですが、それが在来木造という「構法」ではなく、在来木造という構法は、杉山英男が言うように、枠組壁工法(ツーバイフォー工法)や木質パネル構法(木質プレハブ)にも長所があるけれども、在来木造というのは、「客宅に行くと、インタホンを押すと同時に隠れる構法」「革靴はかかとを踏んでスリッパみたいに履く構法」「客宅で框をあがる時には、靴はそろえずに脱ぎ散らかしてお客さんの奥さんにそろえさせる構法」という、なんだか、うんざりするような構法ではなく、在来木造もまた、構法として相当合理的にできた構法なのです。
  在来木造という構法は、近藤路夫が「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る!』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」なんて、そういう「けったいな」ことしなければ、いいように見えないような情けない「構法」ではなく、むしろ、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る!』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などと言うような「けったいな」人の方こそ、良さがわかっていない人間だったのです。

  これまで、三流以下企業にばっかり勤めてきましたので、変な人・しょーもない人はいっぱい見てきました。比較的良心的な人でも、営業というのは、自分の会社の商品について、幻想的にいいと信じて、まるで、宗教の信者のようになってその「宗教」を広めるようにすれば売れる・・みたいに思っている人というのがいるようなのです。
  例として。 1989年7月に小堀住研(株)の千葉支店の支店長にならせてもらった渡邊士直(男。当時、40代。最終学歴:熊本県の底辺の高校卒)が、千葉支店の営業会議において、「ぶうわあ~っとなって売るんじゃ」と発言したことがあったのですが、その「ぶうわあ~っ」て、それ、いったい何じゃい・・て思ったのでしたが、そういうことを言う人が時々あります。「ぶうわあ~っ」と、躁病みたいになったら売れるのか? あんまり、関係ないと思いますね。・・というよりも、なんだか、レベル低いなあ・・て感じがしました。「ぶうわあ~っ」となったら売れるか? むしろ、もっと落ち着いた方がいいと思いますね。「ぶうわあ~っ」とかいうそのビョーキみたいの、良くないと思いますよ。
  1990年、小堀住研(株)の東京支店の営業会議において、ある営業課長が、「小堀の家はいいんだ。それを売らないといけないんだ」と宗教の信者みたいなことを言うので、小堀の家が悪いとは言わんし、頑張って売ろうというのは営業としていいと思いますが、そういう宗教の信者みたいになって売ろうという姿勢というのはどうなのだろうなあ、と思ったことがありました。
  (株)一条工務店においても、2001年、各地域ごとに、ホテルで合宿をおこなって、それで「会議のあと、宴会に突入するのがいいと思う」と浜松の課長か所長かが言い出したようですが、それを言いそうな人というと、静岡県地域の課長だった石橋さんあたりが言いそうなので、そうだったのかもしれませんが、会議で「やる気」を出したあと、宴会に「突入」して、「ぶうわあ~っ」となったら、営業成績が上がる・・みたいに思う人があったのでしょう。会議をやりたいならやればいいし、宴会をやって悪いということもありませんが、それで、「ぶうわあ~っ」となったら売れますか? 「ぶうわあ~っ」となるのが好きな人、ひとを「ぶうわあ~っ」とならせたい人というのがいるようですが、営業成果には、あんまり、関係ないように思いますね。 むしろ、「どうすれば売れるか」についての「引き出し」があんまりない人が、「ぶうわあ~っ」となる・ならせるしか思いつくものがないから、そういうことを言う、「どうすれば売れるか」についての「引き出し」が少ない人がよくそういうことを言うように思います。
  住宅建築業の会社の「トップセールス」とか営業部長とかの話をビデオに録画して売る会社というのがあるようで、(株)一条工務店で、2001年、東日本ハウス〔→日本ハウスホールディングス(株)〕の「トップセールス」というおっさんと積水ハウス(株)の営業部長というおっさんの話を、栃木県地域の営業の会合において見せられましたが、そのビデオで、東日本ハウス〔→日本ハウスホールディングス(株)〕の「トップセールス」というおっさんが、「東日本ハウスでは、営業課長が営業に同行して客宅に行く時には、必ず、クルマの中で軍歌をかけて聴かせます。軍歌は人の気持ちをたかぶらせる歌だからです。軍歌を聴いて、気持ちが高ぶってやるぞという気持ちになってお客さんの家に行くようにしているのです」と語ったので、前から、右翼 東日本ハウス(株)〔→日本ハウスホールディングス(株)〕は危ない会社だと思っていたけれども、何とも気色の悪い会社だことと思いました・・し、(株)一条工務店も問題だらけの会社ですが、右翼東日本ハウスに比べたらまだましかも・・なんて思いましたし、在来木造の会社というのは(株)一条工務店とか東日本ハウス〔⇒日本ハウスホールディングス(株)〕とか、なんか教養水準の低い会社が多いみたいで、そのあたりを考えると、自分が家を建てるのなら木構造の場合でも純粋にその構法がどうかと別に会社の体質として在来木造以外の会社の方がいいのかも・・なんて思ってみたりもしたのですがが、これはすでにほかの稿で述べましたが、もしも、「気持ちを高ぶらせる音楽」というのなら、軍歌でなくても、阪神タイガース応援歌「六甲おろし」だっていいはずなのです。ミル=マスカラスのテーマ「スカイハイ」だっていいはずなのです。「アリ、ボンバイエ」でもいいし。なんなら、「赤旗の歌」だっていいでしょうし。「インターナショナル」だっていいはずです。「ガメラの歌」だっていいでしょう。「ウルトラマンのテーマ」だっていいでしょう。なぜ、軍歌である必要があるのか? そりぁ、やっぱり、東日本ハウス〔⇒日本ハウスホールディングス(株)〕が右翼企業だからでしょうね。・・で、それよりも、なんで、お客様の家に行くのに「気持ちを高ぶらせる」必要があるのでしょうか? 東日本ハウス〔⇒日本ハウスホールディングス(株)〕の営業というのは、お客様の家に、ボクシングかレスリングでもしに行くのでしょうか? 東日本ハウスのおっさんて、な~んか、勘違いしとるような感じがするんですけど、そう思いませんか? この東日本ハウスのおっさんの話は、他の部分でもっともなものもあったのですが、この部分については、な~んか、ちょっと変なこと言うとるように思いましたね。
  ど~も、「ぶうわあ~っとなってやるんじゃあ」とか言う人、「気持ちを高ぶらせて」とか言う人というのは、学歴の低い人・教養水準の低い人に多いように思えます。野村克也が書いていたけれども、長嶋茂雄の指導を見ていると、「ぶうわあ~っとやる」とか「が~っと打つ」とか、なんか矢鱈と擬音語が多くて何を言ってるのか何を言いたいのかさっぱりわからん(笑)・・というのです。そのあたりが、月見草と ひまわり の違いなのかもしれませんが、「ぶうわあ~っとなるんじゃあ」とか言いたい人というのは、自分が「ぶうわあ~っと」なる分には好きになっておけばいいのですが、ひとにまで「ぶうわあ~っと」ならせたがるところがあり、迷惑です。 特に、小堀住研(株)の場合、昔から、大阪万博のあった1970年より前から、「小堀住研は大卒しか採らない会社なんです」と言いまくってきた会社で、そういう会社を評価する人に契約して建ててもらってきた会社だったはずで、1980年代に私が応募した時も、慶應大学に小堀住研(株)が提出していた求人票にも「応募条件」として、「4年制大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」か「4年制大学の建築学科・土木学科卒の人」で「普通自動車第一種免許」を持っている人というものであったはずであり、そういう会社だと思って応募して入社したはずなのに、又、入社後の新卒社員研修においても、「昔から、小堀住研は大卒しか採らない会社で、住宅建築業の会社の営業でも、ミサワホームあたりは高卒の営業が多い会社ですが、小堀住研の営業は大卒の営業で、そのあたりが、ミサワの営業と小堀の営業とは営業が違うのです」ということであったはずであり、「大卒しか採らない会社」の「4年生大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」のコースに入社したはずなのに、なぜ、「最終学歴:底辺の高校卒」の渡邊士直がそこにいるのか?!? 実際のところ、同じ時に入社した人と会った際にも、「『大卒しか採らない会社』のはずなのに、なぜか、いないはずの高卒の人がけっこういる」、そして、しかも、「高卒の人間がえらそうにしている」と、大学新卒で入社した人間から不満の声が出ており、大学新卒で入った人間は怒っていたのです。なぜ、「底辺の高校卒」の渡邊士直がそこにいるのか? 「大卒しか採らない会社」だと思って応募して入社したのに、「4年生大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」か「4年生大学の建築学科もしくは土木学科卒の人」で「普通自動車第一種免許を持っている人」というのが応募条件であったはずで、小堀住研(株)は大学に提出し、学生が見た求人票にそう明記していたはずであるのに、なぜ、「底辺の高校卒の渡邊士直」がそこにいるのか?!?  「大卒しか採らない会社」に入社したはずなのに、「4年生大学の法学部・経済学部・商学部卒の人」のコースに入社したはずなのに、「底辺の高校卒の人」に「ぶうわあ~っとなってやるんじゃあ」と「底辺の高校卒の人の”営業法”」を「ぶうわあ~っ」と言われたのでは、それでは話が違うし、迷惑なのです。

  (株)一条工務店の名古屋南営業所の「所長」にならせてもらっていた近藤路夫が「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と発言したのも、これも、「ぶうわあ~っとなって売るんじゃあ」と同類の発言でしょう。「ぶうわあ~っと」なりたい人は好きになればいいけれども、「ぶうわあ~っと」なったから売れるかというと、関係ないと思います。同様に、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などということをやって、それで、「一条工務店の家は完璧にすばらしい」という「暗示」を自分にかけた・・として、それで売れるか? 売れないと思いますよ。「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」ということをやって、そんなことで、「一条工務店の家は完璧にすばらしい」と暗示にかかったとして、そう思って営業の仕事で見込客と接して、「一条工務店の家は完璧にすばらしいんです」と言ったとします。見込客はどう反応するかというと、「そうですか。どのあたりがですか?」と質問してくるでしょう。答えられますか? 「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と見込客にも言うのですか? 
  近藤ローオが、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などと発言したというのは、それは、「住友林業と競合なんて、『ごちそうさん』てなもんだ。『住友林業はプレカットやってますか』『やってませんでしょ』、『住友林業は柱はムクですか』『集成材でしょ』で、これだけで、簡単に売れる。ちょろいもんだ」と発言したのは、そんな営業でも売れるような場所で一貫して仕事をさせてもらってきた! というだけのことであって、そんなやり方では売れない場所でもそんなやり方で売ったのではなかったのです。なんとも、ひとをバカにした発言をする男です。

  1980年代後半、小堀住研(株)の新卒社員研修の際、講師役で来ていたTQC推進本部営業部会の課長のMさんが「営業知識と営業技術と営業意欲のこの3つのうち、3つともあるのが理想だけれども、最低2つあったらなんとか売れると思う。1つだと売れないな」と発言したのだが、これはその会社によっても、扱う商品によっても多少は違いがあるかもしれないが、住宅建築業の営業においては、多少は違いはあっても基本的にはどこでもあてはまるものではないかと思います。もしも、営業知識と営業技術がある人が、何らかの理由で意欲をなくしていた・・というようなことがあった時、「ぶうわあ~っと」なったら、もしかすると、売れるかもしれません。しかし、営業知識と営業技術のどちらもない人が、単に「ぶうわあ~っと」なったら売れるかというと・・・、売れないと思いますよ。「ぶうわあ~っと」酒飲みか躁病みたいになったら売れたら、楽なもんですよ、楽なもん。そんなもんで簡単に売れてたまりますかいな・・というよりも、そんなことで「売れた」人に、そんなことでは売れない場所で営業やっている者に生意気な口をきかすのはやめてもらいたいもんです。

  1992年、(株)一条工務店に入社した年、浜松の営業所長の平松さん(男。当時、40代)に「構造アプローチ」のやり方を教えてもらったことが一度だけあったのですが、その際、平松さんが「一条工務店の家は、決して、売るのに恥ずかしいような家じゃないから。どこと比べても、こんな建物を売ったのではお客さんに申し訳ないなんて考えなきゃならないような建物じゃないから、だから、安心して売れるから」と言われ、その時、私は「それは、建売屋の建物とか、あんまりレベルの高くない工務店の建物と比べてということではなく、大手有名ハウスメーカーの建物と比べてもですか?」と尋ねたのですが、それに対して、平松さんは「おう。大手の有名企業の建物と比べても、一条の建物は何ら恥ずかしい建物じゃないし、劣ってないから。住林(住友林業)? 東日本(ハウス)? 一条はちっとも劣ってない。一条の建物の方がいいから」と言い、「あんた、俺に、今、訊いただろ。『建売屋の建物とか、あんまりレベルの高くない工務店の建物と比べてということではなく、大手有名ハウスメーカーの建物と比べてもですか?』て訊いただろ。俺に尋ねて悪いということはない。質問して悪いなんてことはまったくないんだ。でもな。俺に質問するのじゃなくて、自分で、一条の建物の工事現場に行って自分の眼で見て、それで、他の会社の建物の工事現場も見に行って自分の眼で見て確認して、それで、どうか自分で考えてみるんだよ。そうやって、自分で見てどうか考えてみるんだよ」と言ってもらったのでした。そして、私は自分で(株)一条工務店の建物を構造段階の工事現場も完成に近づいた工事現場も見てまわり、他社の工事現場も、こちらはほぼ完成したところに「侵入」するわけにもいかないので、構造段階の所が主ですが、見てまわったところ、たしかに、(株)一条工務店の建物は、他社より優れているところはあったし、他社と比べて悪くないところもあり、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などというけったいなことをしないと長所が見つけられないような建物ではなかったのですが、片方で、「問題点はまったくない」かというと、そうではなく、問題点もあったのです。その問題点の中には、他社にもありうるものもあったし、今は改善されているものもありますが、いずれにしても、「一条工務店の家は同業他社の建物と比べてすべての面にわたって完全に優れている」「一条工務店の建物にはどこにも問題点はまったくない」「一条工務店の家はどこをとっても完璧にすばらしい」などというものではなかったのです。問題点はあったのです。いっぱい。どう考えても、どう見ても。
  「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などという不真面目なことをしていた人間なら、気づかなかったかもしれませんが、真面目に見てまわったところ、問題点はあったのです。私は、現実のものを自分自身の眼で見てまわったから、だから、プラスに評価されるであろうものも見たけれども、問題点もまた見たのです。それに対して、近藤ローオのような
《 「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。
はあ???  はあ~あ????? 》みたいなことをしていたならば、どこがプラスに評価されるかも、どういう問題点があるかも気づくことはなかったでしょう。その上で、「一条工務店の家は完璧にすばらしい」「一条工務店の家は同業他社よりもすべての面において優れている」「一条工務店の家には問題点はまったくない」と寝言を繰り返し叫んでおれば、営業本部長の天野隆夫
(「頭の薄い方の天野」〔その頃は、企画室課長で後に総務部長の天野雅弘が若禿であったことから、「髪の薄い天野」と言われ、(株)一条工務店には「髪の薄い天野」と「頭の薄い天野」がいると言われた、「頭の薄い天野」の方〕 )が喜んで、条件のいい営業所、住友林業(株)は機械プレカットをおこなって建てていたのに、「住友林業はプレカットやってますかあ。やってませんでしょお」と言えば、それだけで売れる営業所。松戸営業所(展示場)では向かいの住友林業の展示場から出てきた客に「一条工務店は柱はすべて国産材のムク材でして」なんて言うと、「集成材の方が高級品で強くていいんでしょ。住友林業の人がそう言ってたよ。あんた、そんなことも知らないの」などと言われてしまうところを、「住友林業は柱はムクですかあ。違いますでしょ。集成材でしょお」と言えば、それだけで契約してもらえる・・というけっこうな営業所(展示場)に配属してもらえることになる、それが名古屋南営業所(展示場)の近藤路夫であった・・ということのようだ・・・が、そんな態度が会社のためか? そうではあるまい。 会社のためを思うなら、自社の建築現場に行って問題点があったなら、「その工事現場の問題」であれば、工務課(工事担当)に即座に連絡をして早めに改善してもらうように伝える、もはや、その工事現場において改善しようがないものであれば、今後の問題としてそういう問題が発生しないように工務課に依頼する、ほとんどの工事現場において存在する問題点であれば、なんらかの機会に本社の部署に伝えて改善を求める、その上で、営業は売るのが仕事であるからには、たとえ、自社の建物に問題点があっても、住宅でも「不動産の住宅の営業」と違って「建築の住宅の営業」は、だからといって、自社の建物を売らずに他社の建物を売るわけにはいかないので、それらを把握した上で、売る方法を考えて営業活動をおこなう・・べきではないのか? 私は何かおかしなことを言っているか? 言っていないはずだ。おかしなことを言っているのは、《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? 》てことを何人もの前で大きな声でふんぞりかえって発言した人間の方であろう。違うか?!?!?

  小堀住研(株)の入社後の、合宿における新卒社員研修において、TQC推進本部営業部会の課長であった川崎(愛称「デブの川崎」「肥満体の川崎」)が、「小堀の家がいいとお客様に言う時には、必ず、『どこが』『どう』いいのか、『なぜ』いいのかということを言うようにしてください。それを言わずに、単に『小堀の家はいいです、いいです』と言いまくっても、効果はあまりありません」と話し、私はそれを聞いて、それはたしかにそうだなあと思ったのでした。かつ、それは、小堀住研(株)においてあてはまるが、他の住宅建築偉業の会社においてはあてはまらないというものではなく、小堀住研(株)においても他の住宅建築業の会社においてもあてはまるものであろうと思った・・のですが、ところが、(株)一条工務店では、1993年5月の「研修」において、名古屋南営業所の近藤ローオが《 「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る!』こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ??? はあ~あ?????》という発言をおこなったのです。その「研修」を見ると、その「研修」に講師役で来ていた近藤ローオを見ると、近藤ローオの発言を聞いて、それを基に判断すると、(株)一条工務店て、「なんか、レベル低いなあ~あ・・・」て感じがしました・・が、会社というものにはいろいろな人がいるわけであり、「レベル低いなあ」という人がいても、もともと、(株)一条工務店という会社は、入社する時点で、この会社は、住宅建築業の業界においてはトップクラスの会社ではないし・創業からの年数が浅い会社で・未上場の会社で・従業員数千人未満の会社で・浜松の地方の会社で・・と理解した上で入社したのですから、多少のことはしかたがないし、その前提で入社したのですから・・とは思ったものの、それにしても、程度の低い人間が講師役で来たものだ・・とあきれました。
  2000年頃、(株)一条工務店の栃木県佐野市の営業所に在籍した時、岩舟町(現在は栃木市の合併したらしい。佐野市と合併するという話もあったと思いましたが、栃木市と合併したみたいです)に在住の方のお宅で、ご主人から「〇〇さんは、自分の会社のものの説明をする時も、常に、『こちらのやり方をすると、こういう長所があるがこういう問題点も出る。それに対して、こちらのやり方だと、こういう長所があるが、こういう問題点も出てくる。そういったことを考えた上で、一条工務店はこちらの方法をとっています』といった説明のしかたをする。これまで、何社もの会社の何人もの営業がここに来ましたけれどもね。そういう話し方をする営業は、あなた一人だけですよ。これまで、来た営業は、どいつもこいつも、みんな、自分の所のものは『いいですよお』『いいですよお』と言うばっかりで、そんな人の話なんて聞いても、要するにその人は、自分の所で契約してほしいんだな、ということがわかるだけのことで、そんな人の話なんて聞いても得るものはない。それに対して、〇〇さんの話は、最終的にどこに頼んでどこで建てるかにかかわらず、聞くとためになる。だから、話を聞きたいという気持ちになる。それで、その次の段階で、同じ、家を建てるのなら、こういう人と一緒に建てた方が絶対にいい家ができるはずだ、と思うようになる」と言ってもらったことがありました。残念ながら、(株)一条工務店は栃木県南西部において建てている会社の中では高い方の会社であり、その方には、予算の都合から(株)一条工務店で建てていただくことはできませんでしたが、しかし、その時に言ってもらったことは間違っていないと思います。 《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る!』こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ??? はあ~あ?????》てことばかりやる「近藤路夫みたいなヤツ」というのが、いい営業かというと、「お客様のためになるいい営業」ではないでしょうし、「営業成績につながるいい営業」かというと、他の部分でどうかは別として、その部分については、「営業成績につながるいい営業」でもないと思いますよ。

  1989年、小堀住研(株)の千葉支店で、7月に千葉支店長にならせてもらったにもかかわらず、7月の下旬まで赴任しなかった渡邊士直が、「今現在も、質の悪い家を契約して建てているお客様がいる。そのような人が質の悪い家の被害に合わないように、小堀住研の営業は、寸暇を惜しんで、小堀の家を契約してもらわないといけない」とか何だか書いて千葉県内の営業所に送りつけてきたことがありました。なんか、程度低いなあ・・と思いました。そういう「宗教みたいなこと」をしなくても、千葉県内の営業は相当頑張って営業活動をしています。むしろ、営業は相当の長時間、働いているのに対して、渡邊の方が、早い時刻に退社しており、千葉支店に勤務していても何もしていない時間が多いのです。松戸営業所の課長だった石井が言うには「支店長というのは、あそこ(千葉支店)にいても、特にやることないから」と言い、「むしろ、あの人に千葉支店におられたら、千葉支店の従業員は迷惑なくらいだから」と言うのでしたが、その千葉支店にいても「特にやることない」人、終業時刻を過ぎたらさっさと帰っている人、千葉支店にいると設計課・工務課・工事課・アフターサービス課、それに(株)インテリアワークス・小堀住宅流通(株)の人間が迷惑するという人が、そういう「宗教の信者に信者獲得の督励」をするみたいな文章を送りつけてこられても、なんか、レベル低いなあ~あ・・とうんざりさせられるだけでした。
  2005年、千葉県内でリフォーム業を営む(株)ウッディホームhttps://www.woodyhome.com/ の社長の細木さんは、はっきりと、倫理研究所(=倫理法人会)という神道系の宗教団体(戦前の「ひとのみち」)にして「宗教右翼」と言われる団体の信者で、「太陽を拝みなさい」「親に孝行しなさい」などと従業員に伝道していました。従業員の間ではその評判は良くなく、だいたい、「親に孝行しなさい」とか社長の細木さんは言うのですが、それを「社長の命令だ」とか言うのですが、実際問題として、「親に孝行」したいと心より思いますから、だから、もっと高い給料を払ってもらって休みもいっぱい取らせてもらえれば、「親に孝行」できるので、ぜひともそうしてもらいたいのですが、それを、週休の日に「倫理研究所の研修に行きなさい」「倫理研究所の研修に行って、丸山先生に親孝行を教えてもらいなさい」だの言われて週休まで奪われたのでは、「親に孝行」できなくなってしまうんですよねえ。そのあたり、その「丸山先生」とかいうアホは理解できてないのでしょうか・・というと、おそらく、「理解してたまるか」と認識しているのでしょう。 「会社を宗教団体にして、従業員を宗教の信者にしてしまえば、給料安くても従業員は働く、給料もらわなくても、自分から会社にカネを払ってでも働くようになるだろうとか、社長は思ってるのかもしれない」という会話が従業員の間でされたりもしていましたが、社長はその「太陽を拝みなさい」というのが、そういった伝道を会社における「社長の業務命令だ」としてやっていたのでしたが、それやったら営業成績が伸びるか・・というと、倫理研究所(=倫理法人会)の理事長、自分は住宅リフォーム業の営業なんて1日でもやったことのない丸山なんとかは、それで営業成績が伸びるかのような幻想を中小零細企業のオーナー経営者に持たせて倫理研究所(=倫理法人会)を拡張していたようでしたが、そんなものは営業活動にプラスにならないし、むしろ、害がある。
  そもそも、自分の勤める会社の建物が、「すべてにおいて完璧にすばらしい」「同業他社よりもすべての面において優れている」とか、近藤ローオが言うような幻想を持ったとして、そのまま、見込客に言うとどうなるかというと、「そうですか。それなら、▽▽では標準仕様で☆☆もついているということでしたが、一条さんも当然ついていますよね」などと言われて、「いやあ~あ、それはオプションになりますねえ~え」とか口をもごもごさせながら言わされる・・なんてはめになる・・可能性が小さくありません。だから、「すべてにおいて完璧にすばらしい」「同業他社よりもすべての面において優れている」なんて、そういうアホなことは言わない方がいいと思いますよ。 「すべてにおいて完璧にすばらしい」「同業他社よりもすべての面において優れている」という「信仰」を事実を無視して持ったら売れるか? だめだと思います。近藤ローオは住友林業(株)は機械プレカットをおこなって建てていたのに「住友林業はプレカットしてますかあ。してませんでしょお」などと言えば「それだけで売れる」営業所・松戸展示場ならば向かいの住友林業(株)の展示場から出てきて入場した来場客に「一条工務店は柱はすべて国産材のムク材でして」などと言えば「おたくはムク材なんて使ってんの。集成材の方が高級品で強くて狂いがなくていいんでしょ。住友林業の人が教えてくれたよ。あんた、そんなことも知らないの」なんて言われてしまうところを、「住友林業は柱はムク材ですか。違いますでしょ。通し柱は集成材でしょ」とか言えば「それだけで契約してもらえる」なんて、なんともまあけっこうな営業所(展示場)に一貫して配属してもらって営業させてもらってきた、そんな人の言うことです、そんな人の言うこと!!!

   小堀住研(株)では、1989年、千葉支店の支店長にならせてもらった渡邊士直(男。当時、40代。最終学歴:熊本県の底辺の高校卒)は、「『ぶうわあ~っ』となってやるんじゃあ」と叫び、「今も質の悪い家を建てて苦しんでいる人がいる。そういう人を救うためにも、寸暇を惜しんで小堀の家を売らねばならぬ」とか「宗教団体みたいな文句」を自分は「あの人、やることないから」と言われていた「暇そうな姿」を目撃されていた男が書いて営業所(展示場)に送りつけてきたり、さらに、「私はやります、絶対やります、私はやります、絶対やります」と千葉支店の従業員に叫ばせようとしたり・・・といった、なんか、もう「聞いてるだけで情けのうなってくるわ」という発言を繰り返したが、同社がそういう会社であったかというと、基本的にはその逆だと従業員の間では言われていたが、そもそも、「小堀住研は大卒しか採らない会社」であったはずなのに、なぜ、「底辺の高校卒」の渡邊士直がそこにいるのか? そのあたりからおかしいのだが、渡邊士直など見ると、やっぱり、「底辺の高校卒」の人というのは「そんなもの」なのか・・という印象を受けたのですが、彼の頭にはその程度のことしか思いつかなかった、ということなのでしょう。
  小堀住研(株)では、会社として渡邊士直みたいな態度を従業員に取ろうとしていたかというと、そうではなかったはずなのです。入社後の合宿による新卒社員研修の際、TQC推進本部営業部会部長のS見さんが、「きみら、小堀の家というのは、いいと思うか?」と質問。「◇◇くん、どうや?」と言われて、言われた男は「・・、いいと思います」と答えたところ、「そうかあ? いいと思うかあ?」と。「悪いとは言わんし、悪いとは思わんけれどもなあ。ミサワの家だってそんなに悪くないぞお。ダイワハウスの家だってそんなに悪くないぞお。積水ハウスの家もそんなに悪くないぞお。三井ホームだって、そんなに悪くないぞお。小堀の家というのが、そんなにずば抜けていいと思うかあ?」と。
  ここで、S見さんは何を言いたかったかというと、ひとつは、住宅の品質だけで売ろうとしても、他の会社だって努力していいものを作ろうとしているのだから、品質だけで売るのは難しい。そうではなく、「住宅の品質」とともに「営業の品質」もまた、売れるか売れないかにおいて重要だ、ということ。これがひとつ。もうひとつは、「小堀の家はいいと思うか?」と小堀住研(株)の入社後の研修で訊かれたならば、「いいと思います」と答えがちだけれども、「どこが」「どう」いいのか、「なぜ」いいのか、ということも理解しないで、ともかく、「いいです」というようなことは言うな! と言いたかったようだ。「いい」と言うのなら、「どこが」「どのように」「なぜ」いいのか、それを理解した上で、「どこが」「どのように」「なぜ」いいのかを話すべきで、どこがいいかも自分自身で理解せずに「いいです」なんて、うかつに言うな! 「いい」と言うなら「どこが」「どう」いいのか、「なぜ」いいのかを理解して、その上で話すようにしろ! と。その時、TQC推進本部という、QC(品質管理)・TQC(トータル品質管理)の部署にいた人の発言だけはあると考えていいかもしれません。
  S見さんの場合は、小堀住研(株)に入社するより前、住宅建築業の営業の仕事を複数の会社でやったことがある人らしく、「住宅の営業の世界とクルマの営業の世界を行ったり来たりしてきた」人らしく、他の住宅建築業の会社に勤めたこともある人なので、それで、小堀住研(株)に入社した時点で、小堀住研(株)の商品を見て、「これは売れるわあ」と思ったらしいけれども、同時に、他の会社だって努力していいものを作ろうとしていて、「他の会社の商品だって悪くないぞお」と「カラダで理解した」ようなところがあったかもしれません。同業他社に在籍した人には、「他の会社だって、いいものを作ろうと努力しているのだから、他の会社の家だってそんなに悪くないぞお」と理解している人が少なくないのですが、どうも、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫などはそのあたりが同業他社に在籍したことがある従業員というのは気に入らないようでした・・・が、なんで、気に入らないのか不思議ですけれどもねえ・・・。もっと、そういう人の能力を活用すればいいと思うのですが、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などと言うようなそういう人が好きだったようです。アホちゃうか・・・て感じがしますが、従業員の間で、「髪の薄い天野」天野雅弘に対して、「頭の薄い天野」と言われた天野隆夫だけに、実際、アホだったのかもしれません。
   1993年、(株)一条工務店で、福島県いわき市の営業所に転勤した時、営業会議において、私より少し前にいわき市で入社したH田さん(男。当時、20代後半)が折衝中の見込客について、所長のK野さんが「おめえ、客の家に行って何を話してんだ。『地震に強いですよお』『白蟻に強いですよお』と、バカの一つ覚えみたいにそんなことばっかり話してるのか。そんなことで、契約してもらえるわけないだろうが」と言ったことを述べ、H田さんが「▽▽さん(その折衝中の見込客)も、一条工務店の工事中の家を見ているから、だから、▽▽さんも、一条の家がいいと自分で思うでしょう」と言った時、同席していたK井さん(男。当時、30代なかば)が、「いや、だめだ。おまえは一条の家がいいと思っているかもしれないけれども、それはおまえが一条にいるから一条の家がいいと思っているのであって、他の会社の営業は他の会社のいい所を言うから。他の会社の営業だって、他の会社のいいところをお客さんに言って、お客さんはそういう話も聞くんだから、一条の実際の家を見ているから一条の家をいいと思ってくれるとは限らない」と話した。K井さんは、(株)一条工務店のいわき地区の共同出資会社であった(株)一条工務店南福島から(株)一条工務店に移った人で、(株)一条工務店南福島に入社する前には、積水ハウス(株)で工事管理の仕事をし、その後、いわき市の地元の住宅建築業の会社G社で営業をして、その後、(株)一条工務店南福島に入社したらしかったが、積水ハウス(株)やいわき市の地元のG社などに勤務した経験もあって、「お客さんにアピールできるものがある」というのは、自分が勤めている会社だけでなく他の会社だってそうだということを実地に理解していたようです。H田さんはある程度以上、実績を残していた営業でしたが、住宅建築業の会社の勤務経験は(株)一条工務店だけでした。「他の会社には他の会社でいいところがあり、他の会社の営業は、それぞれ、自分の所のいい所を見込客にアピールしている」という事実を、他社に在籍した経験のある人は「カラダで理解している」ところがあるのに対して、(株)一条工務店にしか在籍していない人には、「いいところ」があるのは(株)一条工務店だけで、他社には「いいところ」はないみたいな幻想を持ってしまっている人が少なくないようでした。なぜ、そんな幻想を持ってしまうのか? そのような幻想は、どう考えても、営業上、マイナスであるはずでしたが、ところが、「一条工務店の家をいいと思わないと売れない」「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などと近藤ローオみたいな与太話を吹き込む「一条オリジナル」「浜松流」の古手の営業がけっこういたようです。そういう間違った認識を新人や社歴の浅い人に吹き込むのは害があり、会社のためにならないはずですが、ところが、営業本部長の天野隆夫はそういう会社に害があるような人が好きだったようです。

   住宅建築業の会社の「トップセールス」や営業部長の話をビデオに収録して販売されていたもので、↑ で述べた東日本ハウス〔⇒日本ハウスホールディングス(株)〕の「トップセールス」のおっさんの話は、↑ で述べた、客宅に同行する際には、必ず、クルマの中で軍歌を聴かせる・・というあたりは、気色の悪い会社・・というのか、程度の低い会社・・というのか、まさに東日本ハウス、まさに右翼企業て感じがしましたが、(株)一条工務店もひでえ会社だが、右翼 東日本ハウスと比べたらまだましなのか・・・なんて考えると、住宅建築業の会社でも在来木造の会社というのは程度の低い会社が多いということなのか・・・? などと思ったりもしました・・・が、軍歌を聴かせるというのは、右翼 東日本ハウスらしい程度の低さですが、それ以外の部分で、これはもっともなことだと思ったのは、
「営業能力×その営業所の市場性=契約棟数」
という話でした。当たり前のようで、(株)一条工務店の浜松・掛川・名古屋の営業と(株)一条工務店のオーナー経営者一族、及び、その腰巾着が頑固に絶対に認めないのが、これでした。
「営業能力、かける、市場性 イコール 契約棟数」
といっても、その「かける」という部分は比喩であって、「かける」とするのが妥当なのか、「たす」とするのが妥当なのか。いずれにしても、「当たらずといえども遠からず」の表現で、ぴったりではないのですが、この考え方はもっともなものです。
5の営業能力の人がいたとして、配属された営業所(展示場)の市場性が1ならば、結果は 5。
しかし、10の営業能力の人がいたとしても、配属された営業所の市場性が0.5ならば、結果は5。
3の営業能力の人でも、配属された営業所の市場性が2ならば、結果は6。 5の営業能力の人が1の市場性の場所にいた場合、10の営業能力の人が0.5の市場性の場所にいた場合よりも、結果は上であり、(株)一条工務店では「優秀な営業」と評価されてしまうのです。・・というよりも、腰巾着とかイヌとか草とかひまわりとか、もしくは「長嶋みたいなやつ」とかは、たいてい、その「市場性」の部分で有利な場所に配属されることになっています。私なんかは、そういう市場性の部分で有利な営業所に配属されたことは一度もありませんでした。よくも、そこまでやってくれるなあ・・という感じでした。
※ 《YouTube-松山で流れるくたばれ読売(東京音頭)ヤクルトラッキー7 20190416》https://www.youtube.com/watch?v=8qAPp3RbB7s
《YouTube-2019/8/18 巨人対阪神 7回裏 ラッキーセブン》https://www.youtube.com/watch?v=ACGj3Wm2YUc

  「かける」と考えるのが妥当か、「たす」と考えるのが妥当か。これはどちらとも言えません。
「市場性+営業能力=契約棟数」
「市場性 たす 営業能力 イコール 契約棟数」

と考えることもできます。
「普通にやったら」・・なんて言っても、「普通」てどういうのが「普通」なのかという問題もあるのですが、そのあたりはとりあえず横に置いておいて、仮に「普通にやったら」5の成果を出せる営業所があったとします。この場合、数字に単位はありません。
  2000年代、今となっては10年以上前のことですが、木下工務店https://www.kinoshita-koumuten.co.jp/ という会社に応募したところ、 「え? 俺をこんなおっさんに面接させるのかあ? もしかして、俺はこの会社からバカにされてるということなのか?」という感じのおっさんに面接で会わされ、そのおっさんから「もし、入社すると、どのくらいの棟数を取るつもりですか」と訊かれたということがありました。そんなこと言われても、小堀住研(株)では、契約金額3億円の契約を年に3棟取ったら、その支店では上位の営業成績であるのに対し、契約金額1500万円の契約を20棟取っても、新卒入社1年目ならいいとして2年目以降なら並か少々物足らないかというくらいの評価であり、「何棟」なんて言っても意味はないし、その場所の市場性によって、条件のいい場所でなら相当取れても、条件の悪い場所ならそうもいかないはずであり「何棟」なんて言われても答えようがない。 それで、私は「入社1年目については、最低でも平均を上回る」と答えたら、不採用にされた。なんで、不採用にされたのか、私を不採用にするのなら、この会社は採用する人はないのではないか・・と思ったのですが、この件について、ある人材紹介会社の人に話したところ、「年齢と経験から考えて、『平均を上回る』ではいけないのではないですか」と言われたのですが、それは違うと私は思う。私は入社2年目以降についても「平均を上回る」程度の成績だと言っていないし、「ぎりぎり『平均を上回る』くらいを目標にする」とも言っていない。私は「入社1年目については・最低でも『平均を上回る』」と言ったのだ。野村克也が阪神タイガースの監督に就任した時、ヤクルトスワローズで何度も優勝した監督であり、阪神でも、すぐに優勝まではできなかったとしても、Aクラスくらいは期待できるか・・と思うファンがいたのではないかと思うが、野村が言ったのは「最低でも前年の成績を上回る」であり、実際に就任して内部からチームの状態を見てみないと、外から見ていただけの状態であまり調子のいいことを言うわけにはいかない・・と考えての発言だったのではないかと思う・・が、実際にはその「最低でも前年の成績を上回る」という基準はクリアできたが、それ以上を期待したファンの希望までは満たすことができなかった。私は「入社1年目については・最低でも『平均を上回る』」と答えたが、「『平均を上回る』成績を目標とする」とは言っていない。あくまでも、「入社1年目については」であって2年目以降については1年目の状況を踏まえて目標を設定するとしても、2年目以降については「平均を上回る」ではなくそれ以上を考えていたのは当然である。私は「入社1年目」についても「平均を上回る」程度ではなく、それ以上の営業成績を残すつもりではあったが、しかし、それまでと異なる会社に勤めて、それまでと異なる場所でそれまでと異なる商品を扱った場合、思っていなかったものが出てくることもありうることであり、軌道に乗るまでには軌道に乗ってからと同じというわけにもいかないであろうし、何よりも、それまで、同業他社においてある程度以上の経験があったとしても、別の会社に入社して、その会社においては1棟もまだ契約を取っていない人間が、「全国1の営業成績を残します」とかそういう口をきくのは、それまでその会社に勤務して営業の仕事をしてきた人に対して失礼である。1993年6月、(株)一条工務店で名古屋八事営業所で営業成績があがっていなくて千葉県松戸営業所に転勤してきて、来るなり「こ~んなやりやすい所はない。ここなら、最低でも浜松の倍は売れる」などと暴言をはいたあげくにその場所に8か月在籍して契約ゼロ棟だった「口の松下」のようなことはやりたくない 、と考えたからである。自分自身の経験とそれまでに身に着けたものから考えて、どの会社のどの営業所に勤めてもある程度以上の成果は出せると考えたが、それでも、実際にやってみると予想しなかったものも出てくる可能性はあるし、軌道に乗るまでの間は軌道に乗ってからと同じというわけにはいかないであろうし、何よりも、その会社においてはまだ1棟も取っていない人間が、あまり大きな口をきくのはその会社にそれまでから勤めてきた人に対して失礼であろうと考えたから、だから、私は「入社1年目については・最低でも・平均を上回る」と答えたのであり、その答え方は間違っていないと思っているし、その答え方で悪いと言うのなら、そういう会社には不採用にされてもしかたがないことで、それを惜しいとか考えてもしかたがないことだと思っている。 私が住宅建築業の会社に最初に入社した1980年代後半においては、小堀住研(株)は「請負(うけおい)の会社」であったのに対して、木下工務店は「建売がほとんどの会社」であった。今で言うと、「一(はじめ)建設」https://www.hajime-kensetsu.co.jp/ みたいな感じの会社が木下工務店だったが、応募した2000年代においては請負で建てるものの割合が大きくなっていて、その頃はけっこう勢いがあったように思ったが、その後、衰退したのか最近では「あまり聞かなくなった」が、そのあたりに原因があったのかどうか、それはわからない。・・で、少々、話が別の方に詳しく論じてしまったが、この例でも言えるように、「何棟」と言っても、高い契約金額で粗利益(あらり)も大きいものと安い契約金額で粗利益(あらり)も小さいものを「何棟」と一緒くたにして考えても意味のないことであり、広告などにカネを注いで売れやすくするかわりに多い棟数を営業社員に求める場合と、広告などにカネを注がず営業の努力だけで契約を取ろうとするかわりに1棟あたりの評価を高くする場合というのもあるであろうから、単位に「・・棟」とつけて議論しても意味はないので、ここでは、営業成績に単位はない。
  「普通にやったら」という場合、「営業の能力・努力」の部分が5であると考え、その場合には5の契約を取得できる営業所であったなら、その営業所に勤務して、「普通に」ではなく、「営業の能力・努力」が10のものを発揮したとすると、
5+(10-5)=10
ということで、10の契約があがることになる。
もし、「普通にやったら」、「営業の能力・努力」が5である場合には、契約は0の営業所で仕事をさせられたなら、「普通の能力・努力」の営業は、契約は0ということになる。
そういう営業所で、「営業の能力・努力」が10ならば、
0+(10-5)=5
ということで、契約は5ということになる。
「普通にやったら」5の契約があがる営業所で「営業の能力・努力」が5の営業は、契約は5 であるが、
「普通にやったら」0の契約の営業所では「営業の能力・努力」が10の営業で、契約は5 ということになる。
逆に、「普通にやったら」10の契約があがる営業所であれば、「営業の能力・努力」が3でも、
10+(3-5)=8
ということで、「営業の能力・努力」は3でしかないのに、営業成績の方は8 の数字が残ることになり、「普通にやったら」5の契約があがる営業所で5の「能力・努力」を発揮した営業や、「普通にやったら」0の契約の営業所で10の「能力・努力」を発揮した営業よりも、「優秀な営業」と評価されることになる。 (株)一条工務店の静岡県中西部・愛知県にはその類がいっぱいいた! ということである。いわば、「巨人みたいなやつ」がいっぱいいたということである。
〔⇒《YouTube-阪神ファンによる商魂こめて2018.8.26》https://www.youtube.com/watch?v=vRSiBxAbLfk 〕
「普通にやったら」マイナス3くらいの営業所というものもある。そこでは、8の「営業の能力・努力」を発揮してやっと5の成果を出すことができることになる。
  私は(株)一条工務店で入社以来、条件の悪い営業所にばかり、一貫して配属された。私は入社以来、毎日毎日毎年毎年、滅私奉公を続けてきたのに、なにゆえ、そこまで一貫して条件の悪い場所にばかり配属されなければならないのか。なにゆえ、そのような扱いにされなければならないのか、と思ったがそういう扱いにされた。逆に、そういう営業所にばかり配属されてきたので、たとえ、「転勤」させられたとしても、条件のいい営業所にばかり勤務させてもらってきた「ひまわり」「長嶋みたいなやつ」と違って、どこに行かされても、たいていの所でやっていけるという自信ができた。
  但し、 「普通にやったら」0の営業所・「普通にやったら」マイナス3 の営業所で、そこで、「雨にも負けず、風にも負けず」「堪え難きを堪え、忍び難きを忍び」日夜努力を続けて実績を残してきた者は、「普通にやったら」5の営業所に配属されることがあったなら10~13の成果を出せるか? 「普通にやったら」10の営業所に配属されることがあったなら15~18 の成果を出せるか・・というと、実際にはそういう営業所に配属してもらえることはまずないのだが、住宅業界の景気の動向により、条件があまりよくない営業所、普段なら「普通にやったら」3くらいの営業所でも、一時的に「普通にやったら」7~8くらいの営業所になることもありうるのだが、それなら、そういう時にはドカンと取れるかというと、悲しいことに実はそうでもない。なぜかというと、これは、私だけが思ったことではなく、福島県いわき市の営業所にいた時に、「副所長」の役職をもらっていたKさんは、いわきの人間だけあって「口松下」「イヌ松下」などと違って比較的正直な人で、正直に話してくれたことがあったのだが、「条件の悪い営業所で、条件がいい営業所にいる営業に負けない営業成績を残す能力」と「条件がいい営業所でドカンと契約を取る能力」はその能力は同じではないのだ。Kさんの発言については、私自身も自分の経験を踏まえて言うが、同感である。「条件の悪い営業所で、条件がいい営業所にいる営業に負けない営業成績を残す能力」と「条件がいい営業所でドカンと契約を取る能力」は同じではないので、「条件が悪い営業所で、それでもめげずに奮闘努力して、条件がいい営業所の人間に負けない営業成績を残した」という者が、ある時、「条件がいい営業所」に配属してもらうことがあったとしても、営業所は同じ営業所でも景気の動向が一時的に良くなって「条件が比較的いい営業所」と同様の状況になったとしても、だから、ドカンと契約が取れるというわけにはいかない。1996年9月までは、10月より消費税が上がるということで、「神風が吹いた?」かのような好景気であったのだが、ここで取らなきゃ・・ということで私も必死に動いたのだけれども、動ききれなかった。あと1棟は取れたのではないか・・という気がするのだが、取れなかった。なぜなら、「条件が悪い営業所で苦労して必死になって取る」という契約の取り方が体にしみこんでいたため、1棟あたりにかける手間が条件の良い営業所に普段からいる人間に比べて多すぎたのだ。だから、条件が悪い時ならその動き方でいい・・というのか、そういうやり方でしか条件の悪い営業所では契約は取れないのだが、条件がいい時には、1棟あたりの動きを小さくしないと、取れるものを取れなくなってしまうことがあったのだ。
  こういうことを言うと、「浜松流」「遠州人」「一条オリジナル」は、「それなら、おまえは条件の悪い営業所で苦労して条件のいい営業所の人間と同じくらいの棟数の契約を取得するのが得意の営業なのだから、条件の悪い営業所を専門として勤めればいいらあ。条件のいい営業所でドカンと契約を取る人間とか、条件のいい営業所で並の契約を取る人間とかを条件のいい営業所に配属されるようにすれば、適材適所でちょうどいいらあ」とか言いそう、というのか、言うであろうけれども、そんなことされてたまるものか!}!!  会社は従業員に対して公平であるべきである。会社は従業員に対して公平でないといけないはずである。 なんで、そこまで差別されなければならないんだ!?!? (株)一条工務店の経営者がおこなってきた不公平な扱いは、どう考えてもおかしいではないか!!!  先発でばかり投げさせてもらっている投手と中継ぎや救援でばかり登板させられる投手で勝ち星を比較して評価されたのではたまったものではない!!! 一番打者で打たせてもらっている打者と代打で1試合に1打席しか打たせてもらえない打者で打率ではなく安打数で比較して評価されたのではたまったものではない!!! その類をするのが「遠州人」「浜松流」「一条オリジナル」であり、(株)一条工務店のオーナー経営者一族であった!
   「(株)一条工務店は営業所(展示場)による条件の違いが甚だしい」というのは、営業経験がある程度ある従業員で比較的正直な人は少なくない人間が言うことだった。どこの会社においても「完全に公平」「完全に同じ条件」というわけにはなかなかいかないとしても、「できるだけ公平に」努力をする会社と、(株)一条工務店のように意図的に条件に差をつけている会社とでは大きな違いがある。 2001年、「松下二世」とでも呼ぶのがふさわしいか、伊香(いこう)〔男。当時、30代前半?〕が栃木県地域の営業全員を集めた会合に来て、マイクに向かって、「『うちの営業所は条件が悪いですから』とか言う人がいますが、そんなものは、どこの営業所の人間でも言うことなんです。どこの営業所の人も、みんな同じことを言うんですよ。だから、自分の所は他よりも条件は悪いと思ったとしても、そうじゃないんです。どこでも一緒なんです」とびっくりするような発言をおこなった。そういうことを言うと、(株)一条工務店という会社においては、経営者から「いいこ、いいこ」してもらえるということである。「人間のカス」が、ま~た出現したか!!! たしかに、たとえ、比較的条件がいい営業所の人間に「おたくの営業所は条件がいい方でしょ」なんて言っても、な~かなか、それを認めないのではないかと思う。そうやって、自分の営業所の比較的いい条件と自分の契約の取りやすさを守っているのである。それもまた、「営業力のひとつ」と言う人もいる。しかし、「だから、どこの営業所でも条件は同じなんです」という「松下二世」イヌの伊香(いこう)の発言は「話のすり替え」であるのは明らかである。たとえ、条件が比較的いい営業所でも、そこの営業所にいる人間は、「うちは条件がいいですよ」とはなかなか言わないかもしれないが、だから、「どこでの条件は一緒」かというと、一緒であるわけないだろうが!!! 若造の「イヌ伊香」は何をわけのわからんことを言うか!!! まだ、30代の前半から、そんなイヌ生活を送って、いいことがあるか・・いいことがないか・・。いずれにせよ、そういう人生を送ることになるであろう。な~んか、そういう人間が続出する会社である。(株)一条工務店という会社は!!!
  伊香くんは、元住友林業(株)の営業だったそうで、「住友林業の営業」は優秀で「(株)一条工務店の営業」より優れていると思いたかったらしく、2001年の栃木県地域の営業社員を集めての会合においても、「住友林業の営業がどうして優秀かというと、それはお客さんが営業を育てているんですね」と60人以上もの人間の前でマイクに向かって発言したが、伊香くんは「住友林業の営業は優秀だ」「住友林業の営業は(株)一条工務店の営業よりも優秀だ」と勝手に思っていたらしいが、私は「住友林業(株)の営業」が優秀だなどとは少しも思っていない。むしろ、「浜松流一条オリジナル営業」とは別の意味で、「住友林業の営業」は「優秀ではない」と認識していたし今も「住友林業の営業」は「優秀ではない」と思っている。
(1)私は、高校生くらいの頃は、会社の名前の一部分に「三井」「三菱」「住友」「安田」といった名称が入っている会社の営業というのは、「すぐばれる嘘」「明らかな嘘」「ある程度わかっている人間が聞くとばかばかしいとしか思えない嘘」はつかないものだろう・・などと思っていたのだが、自分が住宅建築業の業界に勤めてみると、決してそうではない。「住友林業の営業」は本当にばかばかしい嘘をしばしばつく。しかも、「住友は絶対に嘘つかない」などとあほくさい信仰を持っているおっさんがいて、「住友林業の営業」がついた嘘を信じる人もいるのだ。そんな営業が優秀か? 私はそんな人間が優秀な営業とは思わないし、思えない。
(2)2001年の栃木県地域の営業社員を集めた会合の時だったと思うが、NHKが放送した「プロジェクトX」という番組で、ヤマト運輸が宅急便を始めたばかりの頃のセールスドライバーの苦労を特集していた話だったが、最初、ヤマト運輸が宅急便を始めた時、なかなか頼んでもらえず、「翌日に着きます」と言っても冗談としか思ってもらえず、なんとか、頼んでもらおうと思い、郵便局の前に行って、小包を出そうとしていたおばあさんに、「おばあちゃん、その荷物を私に運ばせてもらえませんか」と言ったところ、「『これはね。孫に送る大事な荷物なんです。これは大事なものだから、だから、あなたには頼めません。郵便局に頼みます』とそう言われました」と、その時のつらい気持ちを思い出して涙を流して語っていたものが放映されていた。私は(株)一条工務店に入社以来、そういう経験をずいぶんとした。特に住友林業(株)が相手の時には何度もそういう思いをさせられた。なんとか、契約してもらおうと真面目に必死に努力しているのに、「これは大事な荷物だから郵便局に頼みます」というようなそういう調子で「(家というものは大事なものだから)住友林業に頼みます」みたいな態度を取られた、そのような感じのことを言われたことは何度もある。黙って待っておれば、「本命:住友林業」の見込客が間違いなく一定量以上来てくれて、「住友林業」の名前、「住友」の名前で信頼してくれて契約してもらえるという営業を一貫してやってきたヤツが、なにゆえ、無名の浜松工務店の名前なんて出しても誰も信頼なんてしてくれないそういう会社のものをなんとか売ろうと苦労してきた人間よりも優秀なんだ??? 「バカ言ってんじゃないわ♪」「よく言うわ♪」・・アホちゃうか! (株)一条工務店の営業でも、私のように、「これは大事な荷物だから郵便局に頼みます」みたいなことを何度も言われてきた、そういう態度を取られる経験を何度もしてきた人間と、そういう経験など一度もしたことがない人間がいるが、「会社の名前の力」が相当強力な会社の営業が、「それほど強力でない会社」の営業や、「ちっとも強力でない会社」の営業に比べて優秀であるわけがない。むしろ、「会社の名前」で売れる営業ではない営業、「会社の名前」では売れない営業を経験してこそ、営業の経験をしたと言えるのではないか・・と考えると、「住友林業の営業」など営業のうちに入らない、とも言える。
(3)私は、小堀住研(株)の営業・(株)一条工務店の営業の立場で競合となった際に見込客の向こう側にいる「住友林業の営業」と接したケース以外にも、仕事と別に個人として接したこともあるが、一般に、「住友林業の営業」というのは「培養された営業」みたいな人が多いという印象を受けている。「培養された営業」というのは、自主的に自分で苦労して売れる手法を身に着けたのではなく、会社がこうしなさいと指導してそれを身に着けた・・というようなそういう営業のことである。落合が中日の監督に就任した時、「すべての選手に『オレ流』を発揮してもらいたい」と言ったが、「オレ流」とは我儘とかいう意味ではなく、監督やコーチがこうしろと言ったことをそのままやるのではなく、自分自身でこうやれば成果が出るのではないかといったことを考えてやる選手になってもらいたいという意味のようだ。(株)一条工務店は、入社前に見た「ビーイング」に掲載されていた求人広告には「研修制度が充実していますから、売れなくて困るということは絶対にありません」などと書かれていたが、それは真っ赤な嘘で、充実した研修制度などなかった。個人的に教えてくれる人はいたが、しかし、会社であれば、個人的に親切で教えてくれるというものだけでなく、会社としての指導というものがあっていいのではないか、あるべきではないのかと思ったのだが、(株)一条工務店には、「会社としての指導」としてろくなものがなかったからこそ、自分でなんとか売れる方法を考えないといけないと思って努力もしてきたのであり、そうやってある程度以上売れるようになった営業は、「オレ流」をある程度以上持っている。 「培養された営業」が絶対的に悪いとは言わないが、「オレ流」とどっちがいいかと考えた時、「培養された営業」が「オレ流」よりも優秀だとは私は思っていない。
 「なぜ、住友林業の営業は優秀なのか」などと、「(株)一条工務店の営業」に向かって「元 住友林業の営業」がよくそういう口をきくものだ、と思う。伊香くんがそのあたりについて無神経なところは、それは営業の職種についている人間として、マイナスの評価を受けるものであろう。違うか?・・

  「営業所の条件+営業の能力・努力=契約棟数」と考えるのが適切か、「その営業所の市場性×営業能力=契約棟数」と考えるのが適切か。いずれも、比喩であって、どちらも、「遠からずと言えども当たらず」であるが「当たらずと言えども遠からず」の見方である。
  「営業所の条件+営業の能力・努力=契約棟数」という見方をすると、ある営業が、こうするといいだろうと考えて何かをやった場合、それが有効なものか、たいして有効でないものか、まったく役に立たないものか・・・、もしも、「営業所の条件」が相当いい場所にいる営業の場合、その営業にいいところがあるのかもしれないが、あまり良くない部分もあったとしても、「営業所の条件+営業の能力・努力=契約棟数」として出てきた「契約棟数」が悪くないものだから、それがわかりにくい、ということがある。
   野村克也が「『失敗』と書いて『成長』と読む」、「人間というものは、成功からは学ばんものなんや」と書いていたが、それはあると思う。「もし、成功した時、『自分はなぜ成功したのだろうか』などと考えるか? 考えんやろ。失敗した時こそ、なんで、うまくいかんかったんや、と考えるものなんや」と。そういうこともあると思う。しかし、それだけではなく、成功した時に考えるのは、たいていが「なぜ、成功したのか」だと思うのだ。エール出版社から『東大入試合格作戦』『東大入試英語合格作戦』『京大入試合格作戦』『医学部入試合格作戦』『早慶入試合格作戦』・・といった本が出ていたが(『司法試験合格作戦』『公認会計士合格作戦』というのも出ていたように思う)、今から考えてみると、そういう本に書いていた人が述べていたものというのは、すべて、「私はこうやったから合格した」というものばかりで、実際には、合格できた者といえども、何から何まで成功ではないはずだし、不合格になった者といえども、何から何まで失敗だったわけではないはずなのだ。「敗軍の将、兵を語らず」とか言うて、不合格になった者はなんだかんだ言っても言い訳みたいでみっともないから黙っていた方がいい・・のかもしれないが、しかし、実際には、合格した者が「ええもん」で不合格になった者が「悪もん」というわけでもないはずなのだ。北野高校の3年の時の担任だったO谷が、私の浪人中、まるで、合格した者は「ええもん」で不合格になった者は「悪もん」みたいな言い方をしたことがあって、どうも、ショックを受けたのだが、あの考え方は間違いである。別に、「ええもん」とか「悪もん」とかではないし、合格できた者といえども、成功した部分があっても失敗した部分もあって、全体として、結果として合格最低点より高い点数を取ることができたということで、不合格になった者といえども、何から何まで失敗ということではなく、成功した部分と失敗した部分があって、結果として、合格最低点を上回る点数を取れなかったのが不合格になった者であって、合格した者は何から何まで成功で、不合格になった者は何から何まで失敗というわけでもない。ところが、合格した者に「合格体験記」といったものを書かせると、特に18~20歳くらいの若い者に「合格体験記」を書かせると、どうも、「こうやったのが成功の原因だった」みたいな書き方をする人が多いように思う。〔合格した人間は「ええもん」で、不合格になって浪人した者は「悪もん」みたいに言った、北野高校の3年の時の担任だった大谷という男は、あれはあの男が「その程度の人間だった」ということであり、そんなヤツの態度をいちいち気にしてしまった、というのが私の敗因のひとつだった、と今は謙虚に分析している。〕 しかし、実際には、合格できたのはその人にとって良かったであろうけれども、部分部分を取ってみると、それが成功なのか失敗なのか、どちらと判別できかねるようなものを、合格した人は「成功」ととらえてしまっている場合が多く、むしろ、不合格になってしまった人間は、「自分はどこが悪かったのだろうか」と考えて、合格した人間なら「成功」と考えるものでも、不合格となった者は「成功」とはとらえず、より良い成果を出すにはそのやり方ではなく・・とすればよかったのか・・とか考えることが多いと思う。
  『東大入試英語合格作戦』(エール出版社)に、日比谷高校卒で東大文科三類に1浪で合格した人が、英語力アップのためにビートルズの歌を覚えたと書いていて、それを読んで、私も英語の歌を覚えないといけないのだろうか・・などと、ふと思ったのだが、私はビートルズの歌なんて知らなかったし、その人はビートルズの歌が好きだったからそうしたかもしれないが、そうでない人間は別にそれをやらなくても、もっと、英語の試験に直結したものをやった方が良かったと思う。私は英語の歌としては黒人霊歌が好きなのだが、黒人霊歌というのは作られた時代の黒人の英語でできており、「黒人霊歌の英語」は発音もつづりも「高校の英語」や「大学入試の英語」とは少々異なるので、黒人霊歌は今も好きだけれども、大学受験のためということなら、他のものにした方がいいと思うし、あえて、歌で学ばないといけないことはないと思う。
  住宅建築業の営業においても、条件のいい営業所におらせてもらった人というのは、そういう営業所である程度売れたとしても、本人が何の努力もしていないというわけではないとしても、「その営業所の条件」というものが売れるための相当大きな要因になっていて、本人の努力とは別の部分で売れている場合が少なからずある。もちろん、「自動販売機以下の営業」というのもいるわけで、「相当条件のいい営業所」でもそこで契約を取れたなら、営業は何の努力もしていないわけでもないであろうし、「自動販売機に負けないだけの努力」はしたと評価されていいだろうけれども、条件の悪い営業所にいたならば売れていないのに、条件のいい営業所にいたから売れたようなケースにおいて、条件の悪い営業所にいた人間は、「どこがだめだったのだろうか」「どうすれば良かったのだろうか」と一生懸命考えるところを、条件の良い営業所にいた人間は、「自分はどこが良かったのだろうか」などと勝手な思考をして、条件の悪い営業所にいた人間ならば「良かったところ」と考えないようなものを「ここが良かった」「私はこんな努力をした」と思い込む・・ということが現実にある。 1992年8月、東京展示場(江東区潮見)に、新卒入社して浜松の展示場に配属された「平松所長の直弟子」だという小野田くん(男。当時、20代前半)が転勤してきたが、浜松の営業所にいた古橋(男。当時、40前くらい?)が、営業用に使用するクルマをワゴン車として、そこにビデオデッキを取り付けて、構造現場見学に見込客を案内する際に、クルマの中で見込客に構造についてのビデオを見せるようにしている・・と、「古橋さんは、そういう努力をしている人なんです」などと崇拝しているかのような口のきき方をして話していたのだが・・・〔小野田くんの、そのあたりの(東京都で坪55万円のものをテレビ広告付きで坪48万円でダンピング販売してきた)「浜松営業」に対する事大主義は毎度のことで、そんなに「浜松営業」が好きなら、東京展示場への転勤を自分で希望したりせずに、そのまま浜松におらせてもらえば自分のためにも東京展示場の従業員のためにもよかったと思われるのだが。〕、私はそれはあまり効果はない、むしろ、相手によってはマイナスになると思っている。別に、クルマの中でまで(株)一条工務店の宣伝ビデオを見込客に見せる必要はないと思う。今は昔、私が小学生のころ、1960年代後半だが、京阪特急に「テレビカー」というのがあって、「電車の中でテレビが見れる」というものだったが、別に、電車の中でテレビを見なくてもいいのではないか、電車に乗ったら窓から外を見ている方がよっぽどいいものを見れるのではないかと思ったし、そのテレビもあまり写りはよくなく、動く車内でテレビなんて見たら乱視になるのではないか・・とも思った。そのうち、京阪特急から「テレビカー」はなくなった。動くクルマの中でまで(株)一条工務店の宣伝ビデオを見る必要もないと思うし、見せられてもうれしくないと思う。小野田くんは、なぜか、古橋みたいなヤツを崇拝していて、「あの人は・・」と通算契約棟数ゼロ棟の営業の小野田くんは東京地区の営業に古橋をエライと言いたいようだったが、こうやってみたらどうかと思ってやってみたということなら、失敗することがあっても、やってみて悪いということはないが、「何かと浜松の人間のやることをいいと思いたい小野田くん」が古橋みたいなヤツの必ずしも成功でないものを「成功」だと評価していたのは、それは「営業所の条件」の部分が高いからである。「営業所の条件+営業の能力・努力=契約棟数」と考えると、古橋のような「営業所の条件」が高い営業所に在籍している人間は、成功でないものでも「成功」と小野田くんみたいな人間からは見えることがあるようである。私は、古橋が何から何まで成功しなくても、時として失敗することがあったとしても、それはかまわないと思っている。私だって、何から何まで成功しているわけではないから、他の人間が成功でないことをやってしまったとしても、それを特別に責めようなどとは思わない。しかし、 (株)一条工務店という会社においては「浜松営業」は実際には成功でないものまでも「成功」と評価されてしまっている場合が少なからずある、ということは事実であり、古橋などそれを認識できていない人間が多いというのは事実であり、そのあたりを(株)一条工務店の経営者は認識してたまるか、という姿勢を一貫して取り続けてきた、というのも事実で、そのあたりについてはいいとは評価できない。
  1990年前後の小堀住研(株)においては、営業が乗るクルマはセダンに限り、ワゴン車は不可としていたが、(株)一条工務店ではそういう制約は設けていなかった。ひとつには、小堀住研(株)の方が都市型の会社で(株)一条工務店の方が地方型の会社だったということがあるかと思う。都市部においては営業が客宅に訪問する際、客宅の前、もしくは近くに駐車する場合、真面目そうなセダンのクルマであればいいが、ワゴン車で訪問したのでは「なんだ、営業のくせにワゴン車で来やがったか」とマイナスの評価を受けることが考えられるのに対し、地方において兼業農家やそうでなくても農家とつながりがあるような家庭の場合には、ワゴン車で来られても抵抗は少なく、お客様をクルマに乗せて案内する場合、子供連れの人の場合には、ワゴン車であれば、クルマの中で座席を移動することができる(実際には、シートベルトをして乗車している者が運行中に無暗に席を変わらない方がいいと思うが)ので、子供づれの人を案内するような場合にはワゴン車は悪くないということがあるようで、それよりも、結婚して子供があるという人は、自分が家族で乗るためのクルマと会社の仕事のためのクルマと2台用意することができないという場合に、家族で乗るクルマとしてワゴン車を持っていて乗っている人は、自分の子供を乗せる時のような調子で子供連れの人をそのワゴン車に乗せて案内するという人がいるようだ。もしくは、家族でクルマを2台持っているという人は、異なるタイプのものを持つことが多く、片方がセダンであれば、他方はセダンでないクルマとしている人が多く、家族でセダンとワゴン車を持っているという人の場合、普段の営業はセダンでおこなっていても、子供連れの人を案内するような時にはワゴン車の方を使うという人もいるかもしれない。ワゴン車には、自分が家族で遠出する時、子供が飽きてきてむずがった時のため用にビデオ装置をとりつけて後部座席で見ることができるようにしている人がおり、もしかすると、古橋もそうしていたのかもしれない。 それを見込客を案内する時に利用して、(株)一条工務店の構造についてのビデオ〔静岡放送が放送した(株)一条工務店がスポンサーとなって放映したテレビ番組のビデオ〕を見せたことがあったのかもしれない。しかし、クルマで案内するのであれば、クルマの中でまでビデオを見せるよりも、クルマの窓から外を見ておれば、浜松であれば、過去に引き渡した家とかもあるはずで、「あそこのお宅も一条で建てさせていただいたお宅なんですよ」といったことでも話せば、それだけ、「実績がある会社」と評価されるであろうし、自社の工事現場や他社の工事現場もあり、他社の完成した建物でも、外から見ただけでも構造に問題があると思われる建物だってあるわけですから、クルマの中でまでビデオを見てもらうよりも窓から外を見ながら一緒に話をするようにした方がいいのではないのか・・という感じがします・・が、ひとつの試みとしてクルマの中でビデオを見てもらったことがあるということなら、そういうことをやってみたこともあった・・というのは絶対にやってはいけないとまでは思わない。しかし、それほどいいとは思わない。
  その時、案内した見込客に契約してもらえたとして、古橋がそれが原因で契約してもらえたと思っていたならば(その可能性はあると思うが)、アホである。そうではなく、契約してもらえた大きな原因は、
(1)東京で坪55万円のものを48万円でダンピング販売していること、
(2)東京などではやっていないテレビ広告をドカンとやり、東京ではやっていない住宅についてのテレビ番組のスポンサーになっていること、
(3)浜松に本社と工場がある「地元の会社」という売りがあること、東京圏においては菊池建設のように「静岡県清水市の宮大工が発祥」と言われると、「ええかもお~」と思う人がいるのに対し、「浜松の電気工事店が発祥の工務店」と言われても、「東京の人間が東京で建てるのに、東京に大手・有名ハウスメーカーはいくらでもあるのに、何がうれしゅうて、浜松の工務店に頼まにゃならんのだ」・・と思われるだけであるのに対し、浜松においては「地元の会社」だけあって「東京の会社」「大阪の会社」よりも地元のことをわかっているだろうし、地元密着の姿勢があるのではないかと期待してもらえること、
(4)商品が浜松向けの商品であること
(5)東京都では、ピンコロの小さい束石での施工であるのに、浜松では「マンホールのフタみたいなでっかい束石」で施工していること、
(6)カタログなど見ても、常に「浜松では」「静岡県では」と、でわ・デワ・出羽と「浜松」「静岡県」デワ一門の書き方がなされており、東京圏で営業するにはそれがやりにくい要素になっているのに対して、浜松ではそれが有利な要素になっていること、
(7)会社名の「・・工務店」も、東京圏においては、「・・ハウス」「・・ホーム」「・・林業」に比べて印象が悪いのに対し、浜松など
「地方」では「・・工務店」の方が近づきやすい名称になっていること、
(8)商品名の「セゾン」は、東京においては「西武のパチモンみたいな名前」で、「パチモンみたいな名前をつけている会社」というのは警戒される原因のひとつとなるが、浜松においては「西武セゾングループ」というのが東京圏におけるほど大きな位置づけではなく、東京で「セゾン」と言うと西武であるが浜松で「セゾン」と言うと一条工務店であって「西武のパチモンみたいな名前」とは受け取られないこと、
・・などが大きな要因であり、クルマの中でまでビデオを見せたというのは、それが少しはプラスになったか、プラスにもマイナスにもならなかったか、むしろ、いくらかマイナスになったか、そのいずれであっても、それは大きな要因ではない。
そのくらいのことはわかっていいと思うのだが、「浜松営業」には理解しない人間・理解できない人間・理解してたまるかという人間というのがおり、古橋もその1人かもしれない。
 又、小野田くんも理解できない人間・理解しない人間のひとりだったようだ。


  近藤ローオが、それまでに取得した契約は、
《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》 なんてことをしたから契約取れたのか? そうではないと思うぞ。
  「営業所の条件+営業の能力・努力=契約棟数」という見方をした場合、「営業所の条件」がいい所にいた営業というのは、「営業の能力・努力」の部分がそれほど良くなくても「契約棟数」の部分で条件が良くない営業所に所属した営業よりも「優秀」であるかのような数字が出てしまうことがある。近藤ローオはそれだろう。そういう営業所にばかり勤務させてもらってきた男だということだろう。だから、
《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》なんてこと、していても、ある程度、契約を取れてきたということだろう。

  もしも、問題点があったなら、「見なかったこと」にした方がいいのか? 「見なかったこと」にすると、見込客は高く評価してくれるか? 「見なかったこと」にしても、やっぱり、あるではないか!?! 違うのか? (株)一条工務店の工事現場に問題点があったなら、「見なかったこと」にすると、問題点はなくなるのか? なくならないと思うぞ!!! 見込客もそのあたりはわかると思うぞ!!! そんな「しょーもないこと」すると、かえって墓穴を掘ると思うぞ!!!
  但し、もしも、「アホの多い地域」においては、「見なかったこと」にすると、客の方でも「見なかったこと」にしてくれる、という地域も、もしかして、あるのかもしれない。1992年、入社1年目の研修の時、静岡県で営業課長になっていたと思う花村さんが、「この浜松とか、このあたりはね。気候が暖かい所だけあって、そのあたりに住んでる人間というのも、あんまり、頭は良くないんだよ。まあ、気候の暖かい所というのは、住んでる人間も頭が暖かいてことがあるみたいで、あんまり、賢い人間の多い地域じゃないんだ」と話したことがあった。花村さんは自分自身も静岡県西部人であったと思うが、自分自身もその地域の人間として、そう思ったらしい。そういうことを言う人というのは、ある。何で読んだか忘れてしまったのだが、
「教養水準が高い人に営業活動をおこなう場合には、いいところもあまり良くない点も、正直に述べて、問題点がまったくないわけではないが、いいところが相当あり、結論としてはなかなかいい・・というように話をもっていった方が、問題点があるのに触れずにいいところだけ話すよりも、高く評価してもらえて契約につながることが多いのに対して、教養水準が低い人が相手の場合にはそうではなく、いいですよお、いいですよお・・といいところだけ言いまくって問題点は言わないようにした方が契約につながりやすい」
と書いていた本があった。
 この本の見解が正しく、そして、浜松近辺の人間というのは、「あんまり賢い人間は多くない地域」なのだとすると、「いいところもあまり良くない点も、正直に述べて、問題点がまったくないわけではないが、いいところが相当あり、結論としてはなかなかいい・・というように話をもっていく」営業と、「いいですよお、いいですよお・・といいところだけ言いまくって問題点は言わないようにする」営業ならば、「賢い人間は少ない地域」においては、後者のスタイルの営業の方が成果が出る・・ということがあるのかもしれない。・・しかし、たとえ、そうであっても、「教養水準が低い人が相手の場合にはそうではなく、いいですよお、いいですよお・・といいところだけ言いまくって問題点は言わないようにした方が契約につながりやすい」と考えて、「アホ対象型営業」というものを、自分を営業担当として契約してくれるかもしれない人に対してやるというのは、どうも、私は気が進まない。学歴がどうかなんて関係ない。教養水準が高いか低いかなんて関係ない。たとえ、相手が「教養水準が高くない人」であったとしても、「アホ対象型営業」なんてやるのは、それは自分を担当として契約してくれる可能性がある相手に対して失礼であり、そういうことは人間としてやりたくない。
  近藤ローオが、
《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点が会ったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》・・なんて営業、それが受け入れられるのならば、それは「アホ対象型営業」ということだろうけれども、そんなやり方で成果が出るのか・・というと、私はそんなやり方がいいとは思えないし、たとえ、近藤ローオがそんなやり方である程度契約を取得していたとしても、そのやり方によって契約が上がっていたのではなく、
(1)東京で坪55万円のものを名古屋では49万5千円でダンピング販売していること、
(2)東京などではやっていないテレビ広告をドカンとやり、東京ではやっていない住宅についてのテレビ番組のスポンサーになっていること、
(3)浜松に本社と工場がある「東海地方の会社」という売りがあること、
(4)商品が静岡県中西部・愛知県向けの商品であること
(5)東京都では、ピンコロの小さい束石での施工であるのに、浜松では「マンホールのフタみたいなでっかい束石」で施工していること、
(6)会社名の「・・工務店」も、東京圏においては、「・・ハウス」「・・ホーム」「・・林業」に比べて印象が悪いのに対し、愛知県でも名古屋市街など「都市型名古屋」は別として、「大きないなか型名古屋」においては「・・工務店」も受け入れられる、
(8)商品名の「セゾン」は、東京においては「西武のパチモンみたいな名前」で、「パチモンみたいな名前をつけている会社」というのは警戒される原因のひとつとなるが、名古屋においても、「都市型名古屋」では「西武のパチモン」視されることがあるかもしれないが、「大きないなか型名古屋」においては「西武セゾングループ」というのが東京圏におけるほど大きな位置づけではなく、「西武のパチモンみたいな名前」とはそれほど受け取られないこと、
・・などが大きな要因であったのではないかと思われる・・・が、しかし、それとともに、愛知県においても、(株)一条工務店の客層となりうる愛知県人には、こういう見方はしたくないのだけれども、
《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》・・なんて営業が受け入れられるのであれば、「愛知県の(株)一条工務店の客となりうる層」には、「いいところもあまり良くない点も、正直に述べて、問題点がまったくないわけではないが、いいところが相当あり、結論としてはなかなかいい」というように話をもっていった方が高く評価してもらえて契約につながることが多いインテリ層ではなく、「いいですよお、いいですよお・・といいところだけ言いまくって問題点は言わないようにした方が契約につながりやすい」教養水準が低い人が多い・・・ということなのかもしれない。 ・・もしも、本当にそうであったとしても、それでもやっぱり、自分を担当として契約してくれる可能性がある人を相手に、「アホを相手にする場合の営業法」などというものをやるというのは、私はやっぱり気が進まない。学歴がどうかは関係ない。教養水準が高いか低いかも関係ない。どんな人が相手である場合でも、「いいところもあまり良くない点も、正直に述べて、問題点がまったくないわけではないが、いいところが相当あり、結論としてはなかなかいい・・というように話をもっていく」営業、「教養水準が高い人」向けの営業をやりたい。それが「教養水準が低い人」には通じないというのであれば、通じるように通じるような話し方で「いいところもあまり良くない点も、正直に述べて、問題点がまったくないわけではないが、いいところが相当あり、結論としてはなかなかいい」という持っていき方の営業をやりたい。
  私が中学生の時の『新しい生活』という「道徳」の教科書に「3人の僧侶」という話が載っていた。ある高僧に3人の若い弟子がいた。1番目の弟子は大変頭が良く、師匠でも理解できないような難しいお経でも理解した。この高僧と3人の弟子がいた寺の近くの山に、その岩から飛ぶと雲に乗れると言われる岩があった。ある時、誰より頭がいいと言われた1番目の弟子の姿が見られず、捜したところ、その岩の下に血だらけになって死んでいた。村の人たちは「あれだけ優秀な人でも雲に乗れなかったのか」と口にしたが、高僧は「バカなやつだ」と言っただけだった。2番目の弟子は、頭がいいだけでなく、村人たちに難しいお経を誰にもわかりやすいように話すことができる人だった。ある時、その2番目の弟子の姿が見えなくなり、1番目の弟子の遺体が血だらけで見つかったあたりを捜索してもその姿は見つからなかった。「あの人なら、雲に乗れたのだろう」と村人は話したが、高僧は「バカなやつだ」と言っただけだった。3番目の弟子は頭も悪く、難しいお経を村人に説明するも何も自分が理解できない人だったが、只管真面目に師匠に仕えた。高僧が高齢になって衰弱して他界する時、「おまえが一番、真面目に尽くしてくれた」と言って高僧は3番目の弟子の手をとって言い、3番目の弟子は涙を流し、高僧の死を見送った・・・という話だったが、いったい何を言いたいのかよくわからない話だった。あまり頭脳が優秀でない人でも最後まで努力を怠るなと言いたいのか、優秀な人間だからと雲に乗ってやろうなどと野心を持つなと言いたいのか、結局、3番目の弟子というのはその「高僧」にとって便利使いに良かった男であったということで、会社に勤めても、この1番目の弟子みたいに上役を超える優秀な実績を残してやろうとか、2番目の弟子みたいに、部下やそれほど優秀でない人の面倒見を良くして部下や同僚に支持され慕われるようになろうとか、そういうことを考えるのではなく、3番目の弟子みたいに、只管、上役に尽くして上役の便利使いになって勤めた方が、最後の最後には上役から評価されまっせえ~え!!! と言いたいのか? なんか、よくわからん話だった・・のだが、この2番目の弟子のごとく、たとえ、相手がそれほど教養水準が高い相手でなかったとしても、それでも理解できるように、それでもわかってもらえる話し方を考えて営業すればいいのではないか。少なくとも、相手を「教養のないアホ」と見て「アホ対象型営業」なんてものをやるのではなく、「相手が教養水準が高いか低いかにかかわらず、そんなことは何の関係もない、たとえ、教養水準が低い人であったとしても、それでも、教養水準が高い人を対象とするようなやり方で、それでも、教養水準が高い人か低い人かにかかわらず通じるやり方」でやろうと考えた方が、少なくとも、「心が責められる」ことなく仕事ができて、その結果、成果も出る可能性がある・・・と私は思ったし、今も思う。

 《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』
こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》 などという態度を取れば、(株)一条工務店の建物の工事の内容は「完璧にすばらしい」ということになるか? 「問題点はまったくない」ことになるか?
なるわけないだろう! むしろ、逆である。
  もし、(株)一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、「見なかったことにする」などということはしてはいけません。そうではなく、即刻、工務課(工事担当)に連絡をして、少しでも早く改善の措置を取ってもらうようにするべきです。もしかすると、工務課としては、「引き渡しまでに手直しすればいいんでしょ」とか言うかもしれませんが、営業としては、問題がある状態が長く続くということは、その問題のある状態を多くの人が見るということであり、お施主様としても、引き渡しまでに改善すれば住むには問題がないものであっても、少しでも早くに改善の措置をとってもらった方が気持ちはいいはずですし、少しでも早く対処してもらいたいものです。工務課がすでに知っていたのなら、「それなら、お願いします」とでも言うしかないでしょうけれども、すでに工務課が知っていたものをまた連絡したとしても、工務課に遠慮することはないと思います。ミスしたのは工務課なのですから、複数の営業から何度も連絡をされてわずらわしいと思うのなら、さっさと対処すればいいのであり、対処が遅いから複数の営業から何度も連絡を受けることになるのであり、さっさと対処しない方が悪いのですから、その点について遠慮する必要はないと思います。
  (株)一条工務店の建築現場に行って、問題点があったが、それは、その時点では、もう今更どうもできない、お施主様に我慢してもらうしかないが、好ましい施工ではないものの致命傷ではない・・というような場合、その場合にも工務課に連絡をして、今後の問題として、好ましくない施工が出てこないようにお願いするべきで、「見なかったことにする」という対処が好ましいということはないはずです。
  「 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 」なんてことをして、それが営業上、プラスになるか? ならないと思いますよ。近藤ローオは見込客をバカにしてるのと違いますか。そういう態度をとると、見込客からすると、工事に問題があるのを目撃しただけでなく、その営業担当者がいいかげんな人間・信用できない人間だということも目撃したことになります。そうではなく、誠意をもって、その工事現場のお施主様のために、できる限り、問題点を改善すべく努力するべきであり、そうすれば、見学に行った見込客もまた、工事に問題点はあっても、営業担当者がそれを善処しようと誠意をもって最大限の努力をした、という姿を目撃することになります。そうなるようにするべきと違いますか? 「見なかったことにする」とか「なかったことにする」なんて、近藤ローオみたいなことをして、それを目撃した見込客が好感を持つとは考えにくい。
  近藤路夫は、その時点で「通算契約棟数3位」ということになっていた・・・が、ええ~え? この人があ~あ??? という印象を受けた。もちろん、
(1)プロ野球でも、打率とかと違って、通算安打数・通算本塁打数・通算打点といったものは、長くやっている人が有利であり、近藤路夫はそれだけ長くこの会社にいるということであり、又、
(2)バブル経済が崩壊するより前からいる人間であり、私のようにバブル経済が崩壊した後に入社した人間とは事情が違うし、
(3)(株)一条工務店は私が入社した頃から後は「労働集約型経営」、同業他社と比べて(株)一条工務店は1展示場あたりの営業の数が多く、1展示場あたりの契約数は多くとも、1営業あたりの契約数は多くない・・というやり方をとるようになったが、それより前はそうではなかったらしいので、「労働集約型」にする前と後とで同じように棟数を比較しても意味はない、ということもあり、
(4)何よりも、静岡県中西部・愛知県という坪単価が東京都・神奈川県よりもずっと安い値段でダンピング販売している営業所に勤務して、東京圏などではテレビ広告などは一切しないにもかかわらず静岡放送で住宅についての番組のスポンサーになり、(株)一条工務店の鈴木室長とかがそのテレビ番組にも登場し、テレビ広告をばんばんやってきた静岡県中西部・愛知県で一貫して営業させてもらってきた人と、テレビ広告なし・坪単価は浜松・掛川・名古屋よりずっと高い営業所で営業してきた者と比較しても意味はない
・・・が、近藤ローオが何棟契約を取ろうが取るまいが、《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》という姿勢・態度が好ましいものではない、というのは明らかであり、近藤ローオが通算契約棟数3位ではなく1位であったとしても、このような認識を正しいと認めるわけにはいきません!!!
  (2019.11.15.)

 (株)一条工務店では、《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》・・などということを、「研修」だと称する場で何人もを前にして言う男が営業所長・課長にならせてもらっているということには驚いた!  「どのような賞を受賞しているかで人の値打ちが決まるのではない。どのような人が受賞しているかでその賞の値打ちが決まるのである」と「作家で精神科医」の なだ いなだ が『娘の学校』(中公文庫)で書いていたが、まさにその通りで、また、「どのような役職につかせてもらっているかで人の値打ちが決まるのではない。どのような人がその役職についているかでその役職が決まるのである」とも言える。近藤ローオが営業所長になっている(株)一条工務店の営業所長というのは「その程度のもの」だということなのかもしれないが、それにしても、ひどいな・・・・・。
 (株)一条工務店が、そんな人間を「研修」の講師役として来させるということにもあきれた。
 (株)一条工務店が、そんな人間を「一条工務店の土台を築いてきた人たち」と称して、「年誌」に氏名・顔写真入りで掲載しているのには首を傾げざるをえなかった。
 なにより、そんな人間を「営業所長」にならせている会社・そんな人間を「研修」の講師役に来させて「ほとんどビョーキ」みたいなことを言いたい放題言わせている会社の建物、《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》という建物が「完璧にすばらしい」「問題点はまったくない」「同業他社と比べてすべてにおいて優れている」ということになるかというと・・、なるわけないわなあ、そんなもの・・・( 一一)
 私が見込客の立場なら、木構造であれ、鉄骨系・コンクリート系の建物であれ、《「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」と。はあ???  はあ~あ????? はあ、はあ、はあ~あ???? 》なんて、そんな姿勢の会社には頼みたくないと思うな。私が見込客ならば、自社の建築現場に行って問題点があったなら「見なかったことにする」「なかったことにする」会社ではなく、「工事中現場に行って、問題点があった場合には、すぐに工事担当者に連絡をして対応してもらうようにする」という会社に頼みたい。木構造の場合であれ、鉄骨系・コンクリート系の建物の場合であれ。
  (2019.11.17.)

  普通、営業本部長とかいう役職についている人間というのは、「研修」に講師役で行って、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などとおかしなことを言う従業員がいたならば、「研修」という場でおかしなこと言うんじゃない! とたしなめ、そういう人は、一線の営業としてはともかく、営業所長・営業課長といった役職につかせるには問題が多い人ということでそういう役職からは忌避する、そうでなくとも、その後は「研修」の講師役はさせない、というように対処するものだと思った・・・のだが、ところが、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫という男は、「『 もし、一条工務店の建築現場に行って、何か問題点があったら、見なかったことにする。一条の工事現場に行って、問題点があった時には、なかったことにする。 他社の工事現場に行ったら、悪い所ばっかり見る! 』 こういうように、見なきゃいかん。このように見るようにすれば、そうすれば、一条工務店の家は完璧にいいというようになる」などと言うようなそんな人間の味方だったのだ。
  又、普通、営業本部長といった役職の人間は、それまで、東京都で坪55万円で売らされているものを、テレビ広告付きで坪49万5千円でダンピング販売の営業所にいて営業成績があがっていなかった男が、坪52万円の千葉県の営業所に行って、その場所においては1棟も契約取ったことがないにもかかわらず、「こ~んな営業やりやすい所はない。ここなら、浜松の最低でも倍は売れる」などとそういう口をきいたなら、「おまえ、その場所で1棟も契約とらずに、そういう生意気な口をきくのは慎むものだ」と注意するべきであるし、ましてや、そういう口をきくだけきいて、8か月間在籍して契約ゼロ棟と予想通り・予定通りの結果が出たという場合には、「わかっただろ。おまえみたいな態度と心がけの人間はこうなるということだ」と諭すものだ・・と思ったのだが、ところが、(株)一条工務店の営業本部長の天野の隆夫は「口だけの男」の味方だったのだ。
  ・・となると、革靴の履き方・客宅に訪問した時の框の上がり方も、これも営業本部長の天野の隆夫は「木造の革靴の履き方」「木造の框の上がり方」か・・・と思いきや、不思議なことに、履いている靴を見ると、かかとなんて踏まずに履いたきっちりと磨かれた革靴を履くという「プレハブの革靴の履き方」をしており、さらに、一度、客宅に同行してもらったことがあるが、客宅に行くと、正面から框を上がってそこで向きを変えて自分が脱いだ靴を自分で揃えて中に入る、という「プレハブの框の上がり方」を実行したのだった。「こらあ、それは『プレハブの革靴の履き方』だろうが。それは『プレハブの框の上がり方』だろうがあ! 木造の会社の一条工務店の営業なら、かかとを踏んでスリッパのように履くという『木造の革靴の履き方』をしなきゃだめだろうがあ! お客様の家に行って框を上がる時には、かかとを踏んで履いた汚い靴をぬぎちらかして、そこの家の奥さんに揃えさせるという『木造の框の上がり方』をしなきゃだめだろうが。一条の営業なら一条の営業らしく、『木造の框の上がり方』をしろ、『木造の框の上がり方』を~!」と営業本部長の天野隆夫に言ってやるべきだったのかもしえない。「そんな『プレハブの革靴の履き方』で『プレハブの框の上がり方』をしたいのなら、エスバイエルに行け、おまえはあ~あ!」と天野隆夫自身の言葉を天野隆夫に言ってやるべきであったのかもしれない。なんで、「木造の一条工務店」の営業本部長が「木造の革靴の履き方」「木造の框の上がり方」をしないで、「プレハブの革靴の履き方」「プレハブの框の上がり方」をしているのか? 『世にも不思議な物語』
     (2019.11.17.)
  

☆ これまで、 Windows7 のパソコンを使用してきたのですが、パソコンが故障し、修理受付期間を超えているということでWindows10 の新しいパソコンに買い換えたところ、黙って「e」をクリックすると、Windows10 のために開発されたブラウザだというMicrosoft Edge でインタネットの画面が開くようになっていました。ところが、それ以来、この私自身のブログの記事を見ると、せっかく入れたものが部分部分がとぎれたり消えたりしています。入れ方が悪いのか、字数が多いのかといろいろと手を加えてみましたが、改善できません。そこで、ふと気づき、Google Clone で見たところ、健全に見ることができました。又、Windows10 のパソコンでもInternet Explorer は入っており、Internet Explorer を使用することも可能で、Internet Explorer で見たところ、これまでと同じく問題なく見ることができました。入力のしかたの問題ではなく、理由はよくわかりませんが、Microsoft Edge で見ると健全に見ることができないようでした。私のブログを見てくださっている方で、Microsoft Edge を使用して見たところ、記事が部分部分がとぎれて見ることができないという方がありましたら、Internet Explorer かGoogle Clone かで改めて開いて見ていただければと思います。 (2019.10.26.)

★(株)一条工務店の浜松営業はどんな連中か。
【1】 (株)一条工務店の浜松の営業とはどういう連中か【1/ 】+遠州人の特徴 「渋谷て言ったら、小岩の東の方だらあ」 「東京駅から大手町駅に行くにはタクシーに ・乗るのが一番だらあ」https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_1.html
【2】 (株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか。「悪くないと思った」と言うと気に入らない人。https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_2.html
【3】 「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した?  住友林業は機械プレカットしているのに、「『住友林業はプレカットしてないでしょ』でそれだけで売れる」と言い張る浜松流オリジナル営業。https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_3.html
【4】 集成材vsムク材。対住友林業は楽勝か難敵か https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_4.html

★ 「一条工務店の建物は完璧にすばらしい」「一条工務店の建物には問題点はまったくない」の反証
反証1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_5.html
【C】-4 《1》 床下換気口の真上の位置に柱が載っている
《2》 柱の下に基礎がない
《3》 筋交いと換気扇の穴の位置がぶつかり、筋交いを切断している

反証2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_6.html
【C】-5 《4》 筋交いが片方の向きばかり。
《5》 寸法違いの丸太梁をそのまま入れる。工務課が工務課として機能していない

反証3 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_7.html
【C】-6 《6》断熱材の室内側防湿層を破る
《7》 断熱材の入れ方不適切。
《8》 やっていないのにカタログに書かれている「エアーフローシステム(壁体内換気)」

反証4 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_8.html 
【C】-7 《9》ヘルメット非着用・吊荷真下作業・無資格者玉掛作業

反証5 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_9.html
【C】-8 《10》  「施工ミス」「施工不良」「間違った施工」と浜松の営業が言い、会社が作成したアルバム帳に写真入りで記載されている小さい束石の施工を東京都でやっている。大きい束石でも端に床束が載る。床束が束石から浮いている。

反証6-1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_11.html
【C】-9 《11》-1 擁壁と基礎のとりあい について工務課(工事担当)が打合せを拒否。(株)一条工務店の東京工務課は深基礎ができないの? 

反証6-2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201904/article_12.html
【C】-10 《11》-2 深基礎の見積もりを計上し、深基礎の施工のはずが、どうも、そうなっていなかった可能性が小さくない

反証7 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_1.html
【C】-11 《12》 地盤調査・地盤補強は要ると言いたいのか要らないと言いたいのか。ある時を画して正反対を平気で言う会社

反証8 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_2.html
《13》「一条の家は完璧にすばらしい」の反証8.嘘の多い会社。土台は自社で注入してない。見学会限定の大道芸

反証9 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_4.html
《14》 出過ぎた口きく設計、学んだ者に学んでいない者に服従しろと言う本部長

反証10 https://shinkahousinght.at.webry.info/201905/article_bb94655b33.html
《15》 「引き抜き抵抗力」による「箱型筋交いプレート」は「せん断抵抗力」による「プレート型筋交いプレート」より、なぜ、いいのか? 質問しても答えてくれない先輩社員、質問すると営業本部長に「報告」されて「よそに行けよ」と言われる会社
《16》 一条工務店の建物の床下には木屑がいっぱい。煙草の吸殻もあった。

反証11 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_5.html
《17》「坪いくら」で契約させ、「施工面積」にどこまで入れるかは拡大し放題。契約時、「他社で契約するために解約する場合は契約金は返金しない」という文言を知らさずに署名捺印させる会社

反証12 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_7.html
《18》ひとの追客中見込客を横取りして放置する「一条の土台を築いてきた人たち」、それに加担する営業本部長

反証13 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_6.html
《19》浜松のインテリア館で購入を検討していいのは「静岡市から名古屋市まで」の人が限度。「遠州人」の世界観で運営される工務店とインテリア館

反証14 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_8.html
《20》「決定権者を見抜く」ヤツと「誘導する」ヤツには住宅は頼みたくない

反証15 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_9.html
《21》「他社に対して見当はずれな誹謗中傷をする下品な会社」

反証16 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_10.html
《22》 親戚の契約は(株)一条工務店ではさせられない。-RC造の地中梁を解体屋が無断で撤去。設計ミスで軒のない家を施主の承諾なく建てる。解体屋は隣家の塀も壊す。従業員の親戚の家には初めての大工・職人。引継ぎ営業は「めんどうくさいですから」と施主宅に行って言い、住宅金融公庫を高い金利で借りさせようとする。

反証17 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_5.html
《23》 立ち入ると鼻やのどが苦しく眼が痛くなる家
《24》「集成材はムク材の1.5倍強い」と自分は集成材を構造材とする会社の営業ではなくムク材を構造材とする会社の営業なのに言いまくる男の会社の家

反証18 https://shinkahousinght.at.webry.info/201908/article_7.html
《25》 「客宅に行ってインタホンを押すと隠れる」ヤツの作る家と、「ドアを開けると閉めさせないように足をつっこむ」ヤツの作る家
《26》 浜松の展示場は新しくてきれい、東京展示場は古くて汚くて床鳴りがする

反証19 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_1.html
《27》 バルコニーの防水の方法は《シート防水+人工芝》でないと絶対にだめだと教えながら、「シート防水」(「防水シート+人工芝」)とFRP防水では「なぜ」「どのように」《シート防水++人工芝》の方がいいのですか・・なんて質問してはいけない会社

反証20 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_3.html
《28》 「譜代」の所長がいる営業所には経験のある設計を担当させ、新人営業だらけの営業所には新人設計を担当させる会社

反証21ー1 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_5.html
《29》(ア)大型ベイウインドウは本来「親戚中が集まって座席が不足した時に補助席として使う出窓」ではない、と従業員に教えるべきなのに教えない会社。 
(イ)「洗面台・洗濯機置場・脱衣場を通路と兼用」にした展示場は、ユニットバスを見て腐り・白蟻対策を話す為の作戦だ、と従業員に教えるべきなのに教えない会社

反証21ー2 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_6.html
(ウ) 「地方」にいた「住友林業は財閥系だからいいと思う人もいるだろうけれども、それでも一条工務店の方がいいとうちは思う」と言う人というのは、(株)一条工務店の営業が努力して見込客に考え方を変えてもらったのではなく、もともと「地方」にはそういう認識の人が少なからずいたのだった

反証21ー3 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_7.html
(エ) 「ツーバイフォー工法で検討している見込客には『三井ホームならいいですけれども他の会社でならツーバイフォー工法はやめた方がいいですよ』と言っておく」という『営業マニュアル』の文句の意味。背景を知らなければ意味のないものをその文句だけ掲載する『営業マニュアル』

反証21ー4 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_8.html
(オ)浜松でエスバイエル「ハウス55」と競合になって苦戦している一条工務店の営業を「情けない」と私が思った理由。

反証21ー5 https://shinkahousinght.at.webry.info/201909/article_9.html
(カ)営業同士の情報交換・意見交換を妨げる営業本部長

反証21-6 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_1.html
(キ)「図面を1枚書くと20万円から30万円かかるんですよ」と言う「浜松流」の嘘八百はどこから出てきたのか。

反証21-7 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_2.html
(ク)「都会型」と「地方型」、「地方」から東京に出てきた人には受ける「セゾン」
(ケ) なぜ、「浜松流」は、「構造アプローチ」において、対在来木造の話ばかりなのか。
(コ)「ツーバイフォーてのは、あれは面だからね」という言葉はどういう相手に、どういうシチュエーションで言ったものか。意味を誤解している新卒社員と誤解している新卒社員を放置している「トップセールス」「営業所長」

反証22 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_4.html
《30》(株)一条工務店の工場の2段式移動棚は「いなかもん好み」で効率悪い。
「コストダウン」と称して経済性悪化を招く「工場部門責任者」。
嘘の多い「最先端のプレカット工場」、路上駐車トラック・溝なしタイヤフォークリフトで「ISO9001」取得!

反証23 https://shinkahousinght.at.webry.info/201910/article_5.html
《31》住宅金融公庫のオーバーローンを推奨する会社。 「どのような家を建てるのか決定してから申し込んでください」という住宅金融公庫の「趣旨」を踏みにじる会社。
《32》廃棄物は「川に捨ててきます」という会社。

「一条工務店の家は完璧にすばらしい」だのは嘘だが、ダンピング浜松・掛川・名古屋では「同業他社より全体的に相当いい」状況だった。https://shinkahousinght.at.webry.info/201911/article_1.html

自社の建築現場に問題点があったら、工事担当に連絡し善処を求めるべきか、「見なかったことにする」「なかったことにする」べきかー (株)一条工務店の東海地方の営業は非常識!〔今回〕


☆ 佐野展示場の新人類1
[第664回]自分に該当するものがなければ営業所ごとの報告を止める男はどうしたものか-やったことないことは【4】https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_9.html
[第665回]平日の来客を粗末にする営業・他の従業員に労働契約外の業務をさせる男、「聖教新聞」の押売り!https://shinkahousinght.at.webry.info/201901/article_10.html
[第686回]職場でアダルトビデオを見る男と、DVDプレーヤー付パソコンをアダルトビデオで試す男。職場の新人類現象https://shinkahousinght.at.webry.info/201903/article_6.html
[第417回]トヨタの車に乗らない理由―「朝来て『おはよう』と言うと同時におっぱいもみもみい」のネッツトヨタ栃木https://shinkahousinght.at.webry.info/201606/article_2.html
[第214回]職場で他の従業員からカネを騙し取るのは「営業力」だろうか?【上】新聞代、人が買った切手、飲み会代金https://shinkahousinght.at.webry.info/201312/article_2.html 【1】
[第547回]深奥山 方広寺(浜松市)と信教の自由の侵害【3】忘年会の金を払わない男、人に立替させようとする姑息男https://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_3.html (イ) 

☆ (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間か
【1/3】浜松独善主義の会社、宅建業法違反を要求する店長次長、軽犯罪法違反を従業員にさせて自分はやらない店長他https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_9.html
【2/3】「契約前は何でもできますと言って、契約後は適当に建ててしまえ」というのは営業上何かプラスになるのか?https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_10.html
【3/3】 (株)一条工務店「お客様相談室」の「責任者」とはどういう人間かー真面目に対応せず人を誹謗中傷https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_11.html

☆ コーヒー出すにはどういうお盆
【1/2】《商学部的発想+インテリアコーディネーター》を生かせない会社https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_5.html
【2/2】東武船橋店で見たイタリア製2点とHCで見た天然木2点https://shinkahousinght.at.webry.info/201902/article_6.html 

地震と木造住宅
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安心という居住学―今なぜツーバイフォー住宅か
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できる男の靴(シューズ)学 (ゴマセレクト)
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洗脳の時代 (1981年) (同時代叢書)
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