名曲喫茶でなくなった「名曲喫茶 白十字」、及び、「慶應の学生なら芳賀書店に行くべき」なのか?

[第703回] 神保町界隈【1/3】
  このブログでも東京圏の名曲喫茶を何軒か紹介いたしました。
「麦」(東京都文京区本郷)・・・クラシック
〔⇒[第170回]《春日通から本郷三丁目。中央大理工学部・東京戦没者霊苑・シビックセンター。名曲喫茶「麦」。住宅の擁壁 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201303/article_3.html 〕
「さぼうる」・「さぼうる2」(東京都千代田区神田神保町)
〔⇒[第563回]《「さぼうる」「さぼうる2」(神田神保町)-名曲喫茶。木構造に忠実な内装。学生の活力を奪ったのは何か 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_19.html 〕
「ミロンガ ヌォーバ」(東京都千代田区神田神保町)・・・タンゴ
〔⇒[第561回]《「ミロンガ ヌォーバ」(神保町)-名曲喫茶。『カムイ伝』とタンゴ。教えるべきでない相手に教えた失敗 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_17.html 〕
それに、「名曲喫茶」とは言っていないが、ジャズが流れる喫茶店らしいのが、
「ラドリオ」 (東京都千代田区神田神保町)で、ウィンナコーヒー発祥の店らしい。
〔⇒[第562回]《「ラドリオ」(神田神保町)―風情のある路地。「ウィンナコーヒー」発祥の店・・・らしい。 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201707/article_18.html 〕
  これまでに行ったことがある「名曲喫茶」としては、神田でも神保町ではなくもっと東の方にあるピアノ曲の「ショパン」があるが、ここは店の雰囲気がそれほどいいと思わなかった。インターネットで見ると、渋谷の「ライオン」http://lion.main.jp/info/infomation.htmが有名らしいがこれはまだ行ったことない。
  なくなってしまったのが東京都文京区の東大の正門の向かいあたりのビルの2階にあった「ワルキューレ」
建物は今もあるが名曲喫茶はなくなってしまったのが千代田区の御茶ノ水の「ウィーン」
松戸市のJR「松戸」駅の西側のビルの2階に「田園」という名曲喫茶がかつてあったが今は見当たらない。柏市のJR「柏」駅の西側にも2軒、名曲喫茶があって、1軒は1989年に東武野田線の「運河」駅が最寄だったかの東京理科大で試験があった宅地建物取引主任者の試験を1回目に受けて「こりぁ、落ちたな」と思いながら立ち寄った想い出深い店だったが、2軒とも見当たらない。その片方は何年か前に柏駅の西側を歩いた時、もしかするとここじゃないかと思う場所に喫茶店があったが名曲喫茶ではなくなっていた。

  東京都千代田区の神田神保町というと、どういう所かというと、杉本書店だったか杉なんとか書店という古書店に行き、「ラテン語の聖書を探しているのだが」と店主に言い、「ラテン語の聖書ならそちらに一冊あります」「このラテン語の聖書には『ヨハネ黙示録』の13章が欠けている」「取り寄せましょうか」「うむ。至急、頼む」という会話をすると、ゴルゴさんと連絡がとれる・・・というその杉なんとか書店がある所・・ということになっているが、「古書店の街」なんて言われてきたが、新刊書の書店も多い街だったのだが、ところが、冨山房というのは、1980年前後は2階建ての書店で、南側の東京堂書店、北側の書泉グランデ、東側の三省堂書店に比べると売場面積の狭い書店だったが、ひとによっては「見やすい」と好評の店だったが、そのうち、書店は1階だけになり、さらにそのうち、「冨山房ビル」はあるものの書店はなくなってしまった。 さらに、その北の書泉グランデは、小川町に姉妹店の書泉ブックマートがあって、そちらは漫画などばかりの書店であるのに対し、書泉グランデは学問的な新刊書を多くそろえていて、私は、これまで、学問的な本を、取り寄せるのではなく、又、大学に在学中に大学生協の書籍部で購入したというのでもなく、一般書店で購入した場合、一番よく購入した店というと、書泉グランデで、又、見やすい店だったのだが、残念ながら、今も書泉グランデはあることはあるけれども、漫画や娯楽本ばかりの店に変ってしまい、もはや私が好んだ書泉グランデではなくなってしまった。 神田神保町交差点からJR「水道橋」駅までの間の白山通りの「水道橋」寄りの東側に旭屋書店水道橋店がかつてあり、関西人としては「大阪の書店」である旭屋がそこにあるというのがうれしかったのだが、これもかなり早い時期になくなってしまった。

  神田神保町交差点からJR「水道橋」駅までの間は、資格試験予備校がいくつもあるという場所でもある。東京リーガルマインドは「水道橋本校」が水道橋駅寄りにあるが、大原簿記学校とか他にもあるみたいである。「犬も歩けば日大にあたる」の日大もいっぱいある。「いっぱい」というのは、学部もいっぱいあって何学部やら何学部やらが神田神保町と水道橋の間にいっぱいあるのだ。何しろ、日大てのは「犬も歩けば日大にあたる」というくらい東日本ではどこにでもあるので、神田神保町から水道橋にかけてあっても不思議でも何でもない。

 1983年前半だったと思うが、白山通りを「水道橋」駅から神保町交差点に向けて歩いていて発見したのが「名曲喫茶 白十字(はくじゅうじ)」だった。それから、何度も通ったものだが、会社に勤めて転勤で東京を離れたりすると行く頻度も減ったが、今も「あることはある」が、かなり衰退した印象である。「白十字」は「しろじゅうじ」と読むのかと最初思ったのだが「はくじゅうじ」らしい。
 その頃は縦に「名曲喫茶 白十字」と書かれた看板がついていたのだが、いつの時か看板が傷んだのかなくなり、新しくつけられることもなく今日に至っている。
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↑「名曲喫茶」だったはずの「白十字(はくじゅうじ)」(南側から見た写真)
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↑「白十字」(北側から見たもの)
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 痛々しい感じなのが↓
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↑かつてはここに「名曲喫茶 白十字」と縦書きされた看板がついていた。
  この白山通りの店を見ると、歩道の上にはみだしてついている看板のある店がいっぱいあるが、本来はいかんはずだと思う。市町村によっては、道路上にはみだして看板をつける場合、年にいくらとその市町村に払えば、地盤面から高さ〇メートル以上の高さにつけるといった条件付きで敷地から道路上にはみだして看板をつけることが認められている市町村があるらしいが、ここはたぶん本来はだめなものをいくつもの店がつけているのではないのかな。

  何年か前、「白十字(はくじゅうじ)」にしばらくぶりに行くと、見当たらない! ので、「白十字」もなくなってしまったのか・・と嘆きかけたのだがよく見るとあったのだが、なぜ、見当たらないと思ったかというと看板がなくなっていたからだった。看板はなくなったが店はあった・・が、それから何年か経つがとれた看板のかわりは新しくとりつけられることはなく今日に至っている。
  かつ、入口を入ってそこから階段で下に何段か降りた半地下の階と、入口を入ってそこから階段を上に上がった中二階とがあったが、今は普段は半地下の階だけで営業していた、中二階は普段は閉鎖されている。悲しい・・と思ったのだが、今回、東京リーガルマインドの水道橋本校で受講するものがあって、その関係などあってこの店に3回、入店したのだが、そのうち、1回は、上の中二階を「貸し切り」みたいにして営業していたのだ。そういう使い方で中二階も使われているようだ。
  しかし、外からよく見ると、中二階のまだ上のフロアもあるようなのだが、そこはほぼ閉鎖されたままである。もはや落ち目なのか?・・と思うと、時間帯にもよるがそれなりに客は入っている。

  看板がはずされ、普段は中二階は閉鎖されて半地下階のみでの営業になっているが、時間帯にもよるがそれなりに客は入っているので、なんとか継続しそうにも思えた・・けれども。メニューの表紙には「CLASICC MUSIC  COFFEE PARK」というように書かれているのだけれども、ところが、かかっている曲はクラシック音楽ではない。二度目に行ってもそう。三度目に行ってもそうだった。
  「名曲喫茶」というものはコーヒーなどを飲みながら音楽を聴きたいと思う人が入る店なので、来客の方でも、二人以上で行ってそこで話をしていけないことはないが、音楽を聴きたい人もいる場所なので、声はあまり大きな声を出さず静かに話はするものだと思うのだが、ところが、そうではなく大きな声で話す人が多く、もはや、喫茶店ではあっても「名曲喫茶」と言える状態ではなくなってしまった。大学生というものは名曲喫茶に行くものだと私はかつて思っていたので、この店にも何度も行ったし、その後、神田神保町にあった会社に勤めたこともあってその際にもこの店には何度も入ったものだったが、残念ながら、私にとって想い出深い「名曲喫茶 白十字(はくじゅうじ)」はかつての名曲喫茶とは別のものになってしまった。
  もうひとつ、非喫煙者としては、最近では「分煙」が普通になっているにもかかわらず、この店は「禁煙」でもなく「分煙」でもない。 かつてはそれほど気にならなかったのだが、喫煙者の煙草の煙は嫌煙家としてはかなり気になる。

  名曲喫茶というのは「客の回転が悪い」というのが経営者にとっては難点だとか言われる。名曲を聴きたいという人間が入るので、そうでない喫茶店に比べて長居する客が多いため、結果として「回転が悪い」ということになりがちだというのだ。しかし、だから、経営しにくいというのは違うようにも思う。名曲を聴きたいという気持ちで来る客が多いのなら、「回転は悪い」状況になりやすいかもしれないが、同時に「名曲喫茶は名曲喫茶でない一般の『純喫茶』より少々高い値段をつけても来てもらえる」という可能性が考えられると思うのだ。
  最近は、ドトールコーヒーとかスターバックスコーヒーとかいったセルフサービス形式の喫茶店が増えてきたが、名曲喫茶という店でセルフサービス形式の店というのは見たことがない。やっぱり、名曲喫茶はウエートレス・・であれウエイターであれ、店員が注文を聞いて持ってきてくれてこそという感じがする・・が、その分だけ人件費がかかるかもしれない・・けれども、その分だけ少々高めの金額に設定しても、それでも来てもらえるし、そういう店であるからこそ、わざわざ、交通費使って遠くから来る客もあり、その場所に来たついでに入店する客にしても、他にも店はあるにもかかわらずそこに入るのだ。だから、「回転が悪い」というのは経営上、難点といえばそうかもしれないが、悪い面ばっかりでもないはずなのだ。名曲喫茶でない喫茶店にすれば経営が成り立ちやすいかというとそうでもなく、「別に、ドトールコーヒーでもいいんじゃない」となってしまうかもしれない。

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↑「白十字」の南の交差点より「白山通り」を北向きに見る。左から2軒目が「白十字」。
  かつて、この白山通りの神田神保町交差点から水道橋駅までの間の東側の建物の2階に「ウニタ書舗」という書店があった。どういう書店かというと、「反体制・反権力の本なら何でも置く」という店だったらしい。なかなか、骨のある店である。1982年、「朝日新聞」にその「ウニタ書舗」が閉店するという記事が出ていたので、これは見にいかなきゃと思って見に行った。 行くと、新聞に写真が出ていた店主のおやじがいた。 私が行った時、小学館の部長だかが挨拶に来ていたらしく、店主のおっさんが知人らしい人に、「今の人は小学館の部長なんだよ。小さい書店の閉店に小学館の部長が挨拶に来てくれたよ」と話していたのが聞こえた。「ウニタ書舗」の店主は、別段、「活動家」でもなくましてや「過激派」でもなかったらしいが、けーさつがこの本は置くなとか口出すことがあって、なんでそんなこと言われなきゃならんのだ、と考えて、逆に「反体制・反権力の本なら何でも置く」という方針にしたらしい。たしかに、なんで、けーさつに本屋が何を置いていいだの悪いだのと言われなきゃならんのだ。本屋にどういう本は置いてよろしい、どういう本は置いてはいけませんなどと口出してやろうというような者こそ、「反社会的勢力」であり、「過激派集団」であろう。 どういう店だったのかというと新刊書の「小さい書店」であってそれ以外のものではなかったらしいし、「普通の本」も置いていたが、そういう骨のある書店だったようだが、1982年に閉店してしまい、今はそれがどこだったかもわからなくなってしまった。旭屋書店水道橋店もなくなったが、ウニタ書舗の方が旭屋書店水道橋店より南側、旭屋書店水道橋店は「水道橋店」と言うだけあって神田神保町交差点と水道橋駅の中間よりも水道橋駅に近い場所だったが、ウニタ書舗は神田神保町交差点と水道橋駅の中間付近かどちらかといえば神田神保町交差点の方に近いかというあたりだったような気がする。

  「名曲喫茶 白十字」にはいくつかの想い出がある。私は大学生というものは名曲喫茶に行くものだと思っていた。又、東京の大学生というものは神田神保町に行くもので、神田神保町の新刊書店や古書店、それに名曲喫茶に足を運ぶものだと思っていたのだ。ところが、同じ中学校から同じ北野高校に行って、慶應大学の経済学部に進学したS本に、神田神保町の名曲喫茶(白十字のこと)に行ってきたという話をしたところ、S本から「おまえ、変ってるな。まるで、東大の学生みたいなことするなあ」と言われたのだった。「神田神保町といえば芳賀書店だろうが。俺の知ってる慶應の学生なら、神田神保町に行ったらみんな芳賀書店に行くぞお。名曲喫茶なんてそんなもの行くようなヤツなんて、東大の学生なら行くだろうけれども、慶應の人間でそんなもの行くやつなんて知らんなあ」と言うのだった。そして、「おまえも、慶應の学生なら芳賀書店に行け。名曲喫茶やなんて、東大の学生みたいなことするというのは、慶應の学生らしくない行為であって良くないぞ。慶應の学生なら慶應らしく芳賀書店に行くべきやろうが」と言うのだった。なんか、慶應の学生って「レベル低いなあ」と思ったものだ。
  中には知らない人もあるかもしれないので説明すると、芳賀書店というのは、神田神保町交差点のひとつ西側の「専大前」交差点の南東側にあるビルで、ポルノ書籍・アダルトDVD専門の「書店」で、1980年だったか1981年だったかその頃にできた。ビル全体がポルノ書籍・ポルノDVDという「書店」である。その頃まで、神田神保町というと、硬派の新刊書店・古書店の街だったのが、そこにポルノ書籍専門の店が入り込んだとして新聞にも出たのだが、今では神田神保町界隈にもポルノ書籍・ポルノDVD専門の「書店」は他にも何店もある。
  S本は、おのれが芳賀書店に行くだけでなく、「名曲喫茶やなんて、東大の学生が行く所だろうが。おまえ、慶應に行ったからには慶應の学生らしくしろ! 慶應の学生なら名曲喫茶なんて行かずに芳賀書店に行くべきだろうが」と言うのだった。なんか、慶應という学校に行くと悪影響受けそうで嫌だった。そんな悪影響受けるような学校には行かされたくなかった。その「芳賀書店」が↓
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都営新宿線・東京メトロ半蔵門線「神田神保町」駅の西側の出口を出てすぐの場所、「専大前」交差点のカドかと思ったらそうではなくカドから2軒目のようだ。

  私はS本の話に相当のショックを受けた。それで、慶應大学の「学生相談室」に行き、「カウンセラー」で慶應大学の心理学の講師でもあったT橋にそのことを話したのだ。まがりなりにも「心理学者」で大学の講師を勤めているような人ならば、「慶應の学生なら慶應の学生らしく芳賀書店に行け」「名曲喫茶なんて東大の学生の行く所だろうが。慶應の学生のくせして東大の学生みたいなことするなよ、おまえは。慶應に入った以上は慶應の学生らしく芳賀書店に行くものだろうが」というS本の主張を否定してくれるだろう、そうではなく、「東大の学生にも慶應の学生にも様々な人間がおり、慶應の学生でも芳賀書店に行く者もおれば名曲喫茶や古書店に足を運ぶ者もいる」と言ってくれるだろうと期待して言ったのだった・・が、ところが、慶應大学の「心理学」の講師にして「学生相談室」の「カウンセラー」のT橋はこう言ったのだ。「なるほど。慶大生としてのアイデンティティーを持てということですね」と・・。
  私が人生において失敗したと思うものは・・といっても失敗だらけなのだが、中でも大きな失敗は「心理学」「心理学者」を実状をかけ離れて信頼していたという点である。おそらく、内部進学・・ということは慶應女子校出身らしいT橋は「慶應の学生なら芳賀書店に行け」というS本の主張を支持して「慶應の学生としてのアイデンティティーを持てということですね」と言ったのだ。あれえ~え?・・と思い、納得いかなかったのだが、慶應大学の「心理学」の講師を勤めているT橋が言うのだから、それが「アイデンティティー」だということなのだろう。即ち、名曲喫茶というのは阪本が言ったように「東大生の行く所」であって、阪本や高橋が主張するように「慶應義塾のアイデンティティー」というのは芳賀書店だったのだ。
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↑ 「芳賀書店」が「慶應義塾のアイデンティティー」だったのだ。慶應大学という大学は、内部進学の人が私のように大学だけ行った人間に「外部の者」とか「外部のやつら」と言う。「内部の者」という言い方はかまわないと思うが「外部の者」だの「外部の連中」だのという言い方は失礼である。「内部の者」というのは「内部進学の者」の略であるから良くも悪くもない表現であるが、「外部進学」などという言葉はない。内部進学の人間が大学だけ慶應に行った人間に対して「外部の者」だの「外部の連中」と言う時、その意味は「(慶應義塾の)外部の者」「(慶應義塾の)外部の連中」というニュアンスで言っている。「本物の慶大生は最低でも高校から慶應に行った人間のことを言う」とも様々な本に掲載されているが、その基準からいくと私なんかは「筋金入りのニセモノ」ということだ。まあ、いいけどね。

  少し前に、慶應大学の広告研究会の人間が、新入生の女子学生を輪姦したという事件があったが、そのあたりにも慶應義塾の特徴が出ていると思う。女子学生を輪姦するというのもそれも「慶應義塾のアイデンティティー」かと思ったら、その時の塾長だった清家塾長は当該学生に無期停学と広告研究会に解散命令を出した・・ということは、必ずしも輪姦が「慶應義塾のアイデンティティー」というわけでもないということかもしれない。清家塾長は私が大学生であった頃はまだ商学部の助教授だったような気がするのだが、その後、教授になり塾長になられたようだが、インターネットや雑誌などで見られる発言で見る限り、慶應の教授にしては良心的な人という印象を受けたが、清家塾長が比較的良心的な人であったとしても、輪姦こそ「慶應義塾のアイデンティティー」とか輪姦に加担するのが「慶大生らしい協調性」とか思っている人間もまた慶應義塾には存在するはずである。輪姦に加担するのが協調性だろうか? そういう行為を働こうとする者がいたならば、「おい、やめておけ」と注意してあげる(被害者のためでもあり加害者のためでもあって)者こそ協調性ではないのか?・・・と思うのだが、そういうことを言うと「おまえ、頭かたいなあ。慶應の学生ならもっと柔軟な思考をせんといかんぞお」とかS本などの「慶應タイプ」の慶大生は言うわけだ。輪姦などに加担するのが「協調性」で「柔軟な思考」だと言いたいらしいのだ。「おい、やめておけ」と言うのは「思考の硬さが気にかかります」と「診断」されることになり、「慶應の学生らしくないじゃないか。おまえは、まるで東大の学生みたいなこと言うなあ」とか言われることになってしまうのだ。
  「FLASH」2019.6.4.号(光文社)に掲載の「慶應院生“淫乱接客指導”」によると、
≪ 17歳の女子高生を、未成年と知りながらデリヘル店で雇い、わいせつな行為をさせていたとの疑いで、警視庁は5月14日までに、慶應義塾大学院生の水上裕一朗容疑者(33)を逮捕した。・・≫
≪ デリヘル店を始める前は、JKリフレ店を経営していた。「学部生時代から、JKリフレ店に通い、自身で経営を始めた。・・・」(捜査関係者)≫
≪ 「・・・・ゼミを3つくらい掛け持ちして、慶應の中でも選抜が厳しく、かつ続けるのが難しいとされる竹中平蔵先生のゼミにもいました」
  竹中氏といえば、小泉構造改革のブレーンとして、閣僚まで務めた経済学者。“愛弟子”の犯罪に竹中氏にコメントを求めたが、締め切りまでに回答はなかった。・・・≫
ということだ。竹中せんせえも何かひとことくらいコメントすればいいのにねえ。そのあたりをコメントせず無視してすますあたりを「独立自尊」とか「福沢精神を身に着けている」とか「自我が確立されている」とか「アイデンティティーを持っている」とか「思考が柔軟」とか(「ギャルにもてもて」とか)言うようです。こういう批判をすると、「独立自尊の精神がない」とか「自我が確立されていない」とか「アイデンティティーを持っていない」とか「未成熟」とか「外罰的性格」とか「モラトリアム人間病にかかっている」とか「受験勉強の悪影響だ」とか「なんちゃらかんちゃら症候群にかかっている」とかもうぐっちゃらぐっちゃら言われることになるのです、「慶應タイプの心理学」から。
  フランソワ=モーリャック『テレーズ=デスケルウ』(1927. 1970.遠藤周作訳。1997.講談社文芸文庫)には次の一節がある。
≪ 「わたしが望んでいたこと? 望んでいなかったことのほうをいうほうがやさしいわ。わたしはただ人形のように生きたくなかったんです。身ぶりをしたり、きまりきった文句をいったり、いつもいつも一人のテレーズという女を殺してしまうようなことをしたくなかったんです。ねえ、ベルナール、わかるでしょう。わたしは本物でありたいと願ったんです。・・・」≫
こういうことを考えたり口にしたりすると、「慶應タイプの心理学」からは「モラトリアム人間病にかかっている」とか「未成熟」とか「自我が確立されていない」とか「アイデンティティーを持っていない」とか「診断」されることになります。「自分を自分でないみたいに感じている」と解釈され「離人症候群」と「診断」されて、「治療」されてしまう危険もあります。逆に、「ただ人形のように生きたくなかった」「身ぶりをしたり、きまりきった文句をいったり、いつもいつも一人のテレーズという女を殺してしまうようなことをしたくなかった」などと考えない・意識しない・自覚しないような人間を、キルケゴールが『死に至る病』で「絶望」の1形態として指摘したような人間、「慶應タイプのブタ人間」のことを、「独立自尊の精神を身に着けている」「スマート」「塾風を身に着けている」「福沢精神を身に着けている」「自我が確立されている」「アイデンティティーを持っている」「そういう人間が社会で役に立つ」「企業はそういう人間を喜ぶ」「ギャルにもてもて」とか「診断」しおるわけです。それが小此木啓吾と「慶應タイプの心理学」なのです。ファッショ的な政権・非民主主義的な政権にとっては「ブタ人間」が多い方が統治しやすい。小此木啓吾と「慶應タイプの心理学」というのは非民主的な政権・ファッショ的な政権の一端を担っている小道具でしょう。
  私のような公立進学校出身者は小学校から中学校にかけて身に着けた技術的なもののもとに中学校から高校まで「すべてについて一通り」を学び、大学の一般教養課程で「すべてについて何か」を学び、大学の専門課程および大学院に進学する人は大学院で「何かについてすべて」を学ぶようにして、「すべてについて一通り」と「すべてについて何か」という一般教養の上に「何かについてすべて」という専門を構築しますが、慶應内部進学小此木啓吾はそうではなく、「塾風」という内部進学の人が持っているらしい「ヤマトダマシー」みたいなものの上に「専門」をのっけるのです。その「塾風」で見えたものが「小此木啓吾の“精神分析学”」であり「慶應タイプの心理学」なのです。ちっぽけな精神面の男が見えたものはちっぽけな「診断」であり、ちっぽけな男が精神分析学だと思って書いて売りまくった紙爆弾は「便所紙のかわりにもなりゃしない」クズである。「わたしはただ人形のように生きたくなかったんです。身ぶりをしたり、きまりきった文句をいったり、いつもいつも一人のテレーズという女を殺してしまうようなことをしたくなかったんです。」といったことを感じる人間を「モラトリアム人間病にかかっている」とか「自我が確立されていない」「アイデンティティーを持っていない」「独立自尊の精神をもっていない」「未成熟」と「診断」し、「わたしはただ人形のように生きたくなかったんです。身ぶりをしたり、きまりきった文句をいったり、いつもいつも一人のテレーズという女を殺してしまうようなことをしたくなかったんです。」と感じない人間、「慶應タイプのブタ人間」にさせてやろうというのを「治療」と称しているわけです、「内部進学小此木啓吾“精神医学”」と「慶應タイプの心理学」は。「狂ってるのは誰か?」・・。キルケゴールが「絶望」を決して「薬」とは理解せず、「病(やまい)」と理解しているのに対し、「小此木啓吾精神医学」と「慶應タイプの心理学」はキルケゴールの表現で言う「絶望」を「治療」と称しているわけです。『聖書』にある「盲人の手引き」ようなことをしているのが小此木啓吾と「慶應タイプの心理学」です。

  私の親戚の人でも、慶應大学卒の人は「◇◇さんや☆☆さんは東大卒で俺は慶應だけれども、俺の方が年収は多いんやぞ」とかそういうことを言うようだ。 どうも、「慶應タイプ」の人というのは年収を自慢するブタ人間が多いように思える。「ブタ商人のブタ財布」・・ジャン=ポール=サルトルの『自由への道』では登場人物が自分のことを自虐的にそう言う場面があるが、「慶應タイプ」の人は自虐的に言うのではなく、自らがブタ商人でブタ人間であることを自慢する。キルケゴールは『死に至る病』で「絶望」に3つの形態があることを指摘し、そのひとつとして「絶望」して自己を持とうとしない「絶望」というものをあげているが、「慶應タイプ」とはまさにそれではないか。
  まあ、女性はそういうブタ財布を持ってる「慶應タイプ」のブタ人間と結婚した方が、私なんかと結婚するよりもよっぽど幸せかもしれんけどな。だから、ブタ人間を自慢する男も、何の理由もないわけではないわけだ。そういう「慶應タイプ」のブタ人間と結婚した方が私なんかと結婚するよりよっぽど女性にとっては幸せなのだろう。但し、夫がブタ人間であるのに対応してその嫁もまたブタ人間になるであろうけれども。

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↑ 神田古書センタービル。かつて、このビルの何階だかに「新世界レコード」店が入っていたが、なくなってしまった。
  今は昔、モスクワ放送というラジオ放送が流れていて、「ロシア民謡の時間」とか「音楽の時間」という番組があったのだ。そこで、「ブラト=オクジャワの音楽」というのを聴いた。特別にうまい声楽家の歌とかではないのだが、しかし、いい歌だなあと思った。ロシア語をそのまま理解するだけのロシア語の語学力はないので、曲の歌詞の意味はモスクワ放送のアナウンサーが日本語で説明する内容だけしかわからなかったが、聴いていて心に残るものだった。大急ぎでカセットテープに録音して、それを何度も聴いていたのだけれども、そのうち、テープがからまってうまく聴けなくなってしまった。ブラト=オクジャワの音楽のCDなんて日本では手に入らないだろうとなかば諦めていたのだが、ところが、それがこの神田古書センタービルに入っていた新世界レコード店にあったのだ。うれしかった。
  「慶應タイプ」の人間にうかつにこういう話をすると、「ソ連の歌がいいなんて、おまえ、そんなこと言ってると就職先なくなるぞ」とか「おまえは共産党か」とか言われることになる。「聖なるものをイヌにやるな。真珠をブタに投げてやるな。おそらく彼らはそれらを足で踏みつけ、向き直って噛みついてくるであろうから」と『聖書』に書かれているがまさにその通りである。「慶應タイプ」のイヌブタにはブラト=オクジャワの歌なんて教えない方がいい。
  そもそも、ブラト=オクジャワという人は旧ソ連の「詩人で音楽家」であるが社会主義を広める側の活動家ではない。オクジャワの父親はグルジア人(最近は「グルジア」と言わずに「ジョージア」と言うらしいが、「ジョージア」と言われるとアメリカ合衆国のジョージア州を思いうかべてしまう)で母親はアルメリア人であったそうで、特に父親は第二次世界大戦の独ソ戦の最中にグルジアのソビエト連邦からの独立(離脱)運動をおこない、「人民の敵」として銃殺され、母親もまた刑務所に長く入れられたという両親の息子であり、オクジャワはそれでもスターリンを信じていたが、そのために母親と不仲にもなったらしいが、ところが、自分自身も、何かスターリンを批判したわけでもない、あくまでも、日常の生活を歌ったような詩や歌を発表していただけであるにもかかわらず、スターリンの政権から上演禁止を命じられた。オクジャワの歌には「紙の兵隊」というものがあるが、「この世を正しくしたいと思って、彼は進んだ、炎に向かって」「彼は進んだ、炎に向かって。すっかり忘れていた、自分が紙だと」と自分が紙だということをすっかり忘れて炎に向かって突き進み、焼かれて後には何も残らなかったという「紙の兵隊」とは、独ソ戦の最中にグルジアの独立(離脱)運動をして「人民の敵」として銃殺されたオクジャワの父親のことではないかと言われているらしい。「アイデンティティーを身に着けている」とか「自我が確立されている」「独立自尊の精神をもっている」「福沢精神を身に着けている」「塾風を身に着けている」「スマートな」「協調性がある」とかなんとかかんとか言ってる、強姦魔に加担するのが「協調性」で「スマート」で「思考の柔軟さ」だと信じている「慶應タイプ」にはオクジャワの歌なんて二束三文としか思わないようだ。「新世界レコード」店が入っていた「神田古書センタービル」と「慶應義塾のアイデンティティー」らしい芳賀書店ビルとは同じ並びで遠くない場所にあるが、「慶應タイプ」は芳賀書店には行っても新世界レコードに行くことはなかったであろう。そういう態度・姿勢のことを「慶大生らしい思考の柔軟さ」とか「自我が確立されている」とか言うらしい。それに逆らうと「モラトリアム人間病にかかっている」とか「なんとかかんとかシンドローム」とか「未成熟」とかなんとかかんとか「診断」され「治療」されるおそれもあるから、怖い、怖い。
※《YouTube-「真夜中のトロリーバス」 ブラート・オクジャワ 》https://www.youtube.com/watch?v=fsAsXOPfQO4
《YouTube-Булат Окуджава(ブラト=オクジャワ) - Бумажный солдат(紙の兵隊)》https://www.youtube.com/watch?v=NqiYknlH5nI

≪ 夜、うつくしい魂は泣いて、
    ――かの女こそ正当(あたりき)なのに――
  夜、うつくしい魂は泣いて、
    もう死んだっていいよう――といふのであった。

  湿った野原の黒い土、短い草の上を
    夜風は吹いて、
  死んだっていいよう、死んだっていいよう、と、
    うつくしい魂は泣くのであった。

  夜、み空はたかく、吹く風はこまやかに
    ――祈るよりほか、わたくしに、すべはなかった・・・・・ ≫
(中原中也 詩集『山羊の歌』 「妹よ」
 河上徹太郎編『中原中也詩集』1967.改版 角川文庫 ほか所収 )
  中原中也の詩は好きで特にこれはいい詩だと思うのだが、「慶應タイプ」のブタ人間にとっては何の価値もないものだろう。「何がそんなものいいんだ」と言うだろう。だから、私は「慶應タイプ」「慶應ボーイ」とは関わりたくなかった。悪影響うけそうで、ビョーキ移されそうで嫌だった。そういう連中と関わると、魂が死ぬのではないかと思えた。「かの女こそ正当(あたりき)なのに」、その魂が「慶應タイプ」のブタ人間、「慶應の学生なら芳賀書店に行け」と言う連中に殺されそうで嫌だった。

  名曲喫茶でも「麦」や「さぼうる」「ミロンガ ヌォーバ」は名曲喫茶として成り立っていると思うのだ。「白十字」も名曲喫茶として復活してほしいように思う。長くつきあってきた者として神田神保町の交差点の北側に行った時にはできるだけ利用して店の存続に協力したいようにも思うので名曲喫茶として復活してほしい。

  私は、別段、自分が聖人君子だとか思っていないし、そういう主張をしたいとも思っていない。しかし、それでもやっぱり思うのだが、やっぱり、大学生というものは芳賀書店に行くものではないと思うのだ。大学生は「ビニ本」と言われたようなポルノ書籍やポルノDVDを見るのが大学生ではなく、アンドレ=ジッド『狭き門』とかロマン=ロラン『ジャン=クリストフ』とかツルゲーネフ『はつ恋』『父と子』とか、ジャン=ポール=サルトル『自由への道』とか『言葉』とか、ヴィクトル=ユーゴー『レ・ミゼラブル』とかキルケゴール『死に至る病』とか、阿部次郎『合本=三太郎の日記』とか森鴎外『青年』とかそういうものを読むのが大学生だと思うのだ。違うだろうか。
  シューベルトの歌曲集『冬の旅』を得意としたハンス=ホッターはミュンヘン大学の哲学科卒だそうで、哲学科卒だけあって「内省的な歌い方」と言われた声楽家であったが、ホッターが晩年になってオペラも引退して最後の最後まで残したのは『冬の旅』だったというのだが、シューベルトの『冬の旅』は、全体が祈りのような歌であるように思う。 この白山通りを『冬の旅』の第1曲目の「おやすみ(秘めてぞ去らん)」を口ずさみながら歩いた日、その同じ頃に片方で「慶應の学生なら芳賀書店に行くのが常識だ」とか言うやつ(「慶應タイプ」)がいたが、『冬の旅』を口ずさみながら歩く男と結婚するよりも芳賀書店に行くべきだと主張する「慶應タイプ」と結婚した方が女性は幸せであろうけれども、そういう男と結婚すると、たぶん、女もそういうタイプの女になるだろう。オクジャワの歌や『冬の旅』や中原中也の詩を感じ取る心はドブに捨てて、いわば、「両腕いっぱいにカネと女を抱かかえて生きるような」そういう男とそれに対応するような女になることだろう。
※ 《YouTube-ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ 「冬の旅」 から ”おやすみ”” 1966 》https://www.youtube.com/watch?v=dKdiPutcGM4

 (2019.5.26.)

★ 神保町界隈
1.名曲喫茶でなくなった「名曲喫茶 白十字」〔今回〕
2.「帝国大学学士様御用達」だけに入りやすいと言えない「学士会館」https://shinkahousinght.at.webry.info/201906/article_a5e86fc3e4.html?1562338768
3.「周恩来ここに学ぶ」の碑・『親切な物理』でおなじみの研数学館跡・九段下ビル跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201907/article_1.html

FLASH (フラッシュ) 2019年 6/4 号 [雑誌]
光文社
2019-05-21

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