「一条の建物は完璧にいい」の反証1.柱の下に基礎がない、換気口上に柱- 一条工務店浜松営業【5/ 】

[第692回]
【C】-4
   1993年5月の「研修」において・・・といっても、あんなもの、研修と言うに値しないと私は思っていますが・・・、名古屋南営業所の所長にならせてもらっていた近藤路夫は「一条工務店の商品は、同業他社の建物に比べて、すべての面において絶対的にいい」と発言した。そんなことないじゃろ・・・と私は思った。なぜかというと、いいものがまったくないことはないけれども、問題点もある。それは、構造上においての問題もあり、又、それぞれの地域の人たちのニーズに合っているかどうかという点で合っているとはいいがたい面もある。
  何より、「すべての面において絶対的にいい」ものを作ろうとすれば、それだけ費用もかかるわけであり、なかなか、「同業他社に比べて、すべての面において絶対的にいい」というようにはできない。もしも、「同業他社に比べて、すべての面において絶対的にいい」建物を作ろうとすると、たとえ、できたとしても、費用が同業他社の建物より高い建物になる可能性が高い。そうなれば、費用・経済性という部分において「同業他社に比べて、絶対的にいい」とは言えないことになる。
   それで、近藤路夫は私に「一条工務店の建物は、同業他社の建物に比べて絶対的にいいと思うか」と質問したので、私は「いい所はあるとは思いますが、すべての面にわたって絶対的にいいとは思わないですね」と事実に即して答えたのだが、そうすると、近藤路夫は「なんで、同業他社の建物に比べて、すべての面にわたって絶対的にいいと思えないんだあ!!!」と言って怒り出したのだ。 なんか、扱いにくいおっさんやなあ、ほんまに。こういう精神に問題があるような人は、「研修」の講師役をさせるのは不適格であろう。

   まず、普通に考えて、高いものと安いものとでは、高い物の方がいい場合が多いけれども、しかし、その場合でも「価格」という点において、高い物は安い物に劣るわけです。ですから、なかなか、「同業他社の商品に比べて、すべての面にわたって絶対的にいい」とはならないのです。又、(株)一条工務店がいい建物を建てようと努力していたとしても、同業他社もまた、努力しているわけですから、なかなか、「すべての面に渡って絶対的にいい」というわけにはいきません。しかし、営業は自社の商品を売るのが仕事であって、他社の商品になかなかいいものがあると思うことがあっても、営業としては他社の商品を勧めて他社で契約してもらうようにもっていくわけにはいきません。そうは言いましても、現実に、「同業他社の商品と比べて、すべての面に渡って絶対的にいい」なんてことはないし、なかなかそうはいきませんから、そんなことを言ったら嘘を言ったことになりますし、又、「同業他社の建物に比べて、すべての面に渡って、絶対的にいい」かどうかという視点、基準で見られてしまうと、違うやんけ! という部分が出てきますし、見えてきます。 そうではなく、営業としては、それぞれの会社が努力していい商品を作ろうとしているのでしょうけれども、結論として全体としては、自分の所の建物はいいと思いますよ・・・ということで契約してもらえるように持っていけばいいのではないでしょうか。それならば、「たしかに、それぞれの会社の建物にいい所はあるけれども、全体としては結論として、うちには一条工務店の建物がいいな」と考えてもらえて契約してもらえる、ということはあると思うのです。 なんで、この人、こういう変なことばっかり言うのだろうか、と思いました。途中から、この人と話をしてもしかたがないなと思うようになりましたし、そもそも、相手にだけ氏名と所属を名のり自己紹介をするように要求して、自分は所属・役職も名乗らずおのれの名前も名乗らずに勝手なことばっかり叫びまくっているこの無礼者は、いったい、どこの誰なんだ? もしかして、どこかの営業所から意味不明のおかしな人間が本社のビルに紛れ込んだとかいうことはないか? 本社の担当部署に所在確認をした方がいいということはないか? と思いました。そう思いませんか?

   まず、構造において、(株)一条工務店の建物が「一条工務店の商品は、同業他社の建物に比べて、すべてのにおいて絶対的にいい」かという点について、それは違うということを示そうと思ったら、そんなもの、簡単だ。もし、「悪くないよ」というものを否定しようと思えば、これは難しいかもしれない。たとえ、問題点があっても他社の建物にだって問題点があるかもしれない。他社にない問題点があったとしても、他で他社にない長所があるかもしれない。しかし、「すべてにおいて絶対的にいい」という極めて高い基準について、反証をあげようと思えば、そんなもの、いくらでもある。簡単だ。
   いくつか、その反証をあげてみよう。私があげられるものをことごとくあげようなんて思ったら、相当の量になるので、あくまで、とりあえず、いくつかあげるということにする。
《1》  柱の真下には床下換気口は来ない、床下換気口の真上には柱は来ないように床下換気口の位置は決めるべきある・・にもかかわらず、柱の真下の位置に床下換気口がある。
  1992年のことです。基礎の床下換気口の上には柱は来ないようにするべきで、柱の下には床下換気口は来ないようにするべきである。これは、私は高田秀三編『これだけは知っておきたい 住宅の設計と施工の知識』( 鹿島出版会)に出ていたのを見て、なるほどと学んだものでした。ところが、同業他社の工事現場をのぞいた時に、柱の下に床下換気口が来ている工事現場を見ることはなかった、にもかかわらず、(株)一条工務店の工事現場では、床下換気口の上に柱、柱の真下に床下換気口が来ている工事現場があった。↓
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   たしか、私はこれを、川崎市多摩区か高津区あたりの工事現場で見たのですが、「一条工務店の家は、構造については他社よりもすべてに渡って断然いい」と会社から言われ、「他社とは違って一条の建物には問題点はまったくない」と言われていたので・・・、「嘘やんけ!」と思うとともに、なぜ、嘘をつくのか? とも思いました。
   大学を卒業して最初に勤めた小堀住研(株)の新卒社員研修で「工事現場に行って、工事ミスがあれば、すぐに工事課に伝える」と教えられましたが、これは小堀住研(株)ではあてはまるが他社ではあてはまらないというものではなく、どこの会社においてもあてはまるものと考えられます。もっとも、工事のミスとはいえ、そこから直せるもの、もしくは、完全に治せないとしても次善の策をこうじることができるものと、そこまで工事が進んだらどうもできないものとがあります。基礎の床下換気口の位置が柱の真下の位置に来ていて、なおかつ、土台が据えられて柱も建って梁も載って2階の上の小屋組みもできているという家で、床下換気口の位置が不適切であるからといっても、今さらどうもできないでしょう。しかし、それでも、今後の問題として、今後はそうならないように会社として対策を建てるべきですから、ともかく、それは工務課〔小堀住研(株)では積算の係を工務課と言い、工事の係は工事課と言っていたが、(株)一条工務店では積算の係は積算部と言い、工事の係を工務課と言っていた〕にきっちりと伝えるべきであろうと私は考えました。
   私は入社する際、面接で会った営業本部長(その時点での役職名は「次長」)の天野隆夫から、「東京展示場では、主任の宮崎くんの指示に従ってやってもらう」と言われていたので、これは誰に伝えるべきか、主任の「一級建築士の宮崎さん」に話しました。ところが、一級建築士はどう言ったかというと、「言わなくていいよ、そんなの」と言うのです。「いや、今から直せないとしても、今後の問題としてでも、担当部署に伝えておくべきでしょ」と言ったのですが、「言わなくていいよ」と一級建築士は言い、さらに「それ。柱の下に床下換気口が来ないようにするべきだ、てそんなのないと思うよ」と言うのです。「そんなのないと思うよ」と言われても、たしかに、私は高田秀三編『これだけは知っておきたい 住宅の設計と施工の知識』(鹿島出版会)を見て、なるほど、柱の位置では柱は常に上から下に押さえつける力を加えるもので、鉄筋コンクリートの布基礎は床下換気口の位置はそれ以外の位置よりも弱いので、柱の真下には床下換気口は来ないように、床下換気口の真上に柱が来ないように床下換気口の位置は決めるべきなのだな、と学んだのですが、しかし、高田秀三編『これだけは知っておきたい 住宅の設計と施工の知識』(鹿島出版会)がそう言っているから柱の下に床下換気口は来ないようにするべきだということではなく、理屈として柱の真下には床下換気口は来ないようにするべきであるはずなのです。(株)一条工務店の工務課なり設計なりの人間が会社から渡されている「マニュアル」に柱の真下には床下換気口は来ないようにというものがあるかないかとは関係ないはずなのです。違いますか? 一級建築士、何言うとんねん。 後から考えて思ったのは、「一級建築士の宮崎さん」は、(株)一条工務店では、もともと、工事課にいた人で、(株)一条工務店が会社から工務課の担当者に指示していたものに、柱の真下に床下換気口は来ないように基礎は作らないといけないというものはなかったと思う、ということを言っていたのではないかと思います。しかし、だから、工事担当者としてはミスではないと「今は営業であっても、営業よりも工務課につく傾向のある宮崎さん」は言いたいのかもしれませんが、(株)一条工務店がその点に無頓着であったから、工事課の担当者に責任は責められないとしても、だからと言って、柱の真下に床下換気口があるというのは好ましいことにはならないはずなのです。私はその時点で入社1年目であって、前職の建築会社と通算して考えてもそれほどの経験年数はなかったので、それで、「好ましいとは言えない施工」があっても、それが致命的なものなのか、好ましいとは言えないとしても致命的ではないものなのか、好ましくはないとしても建築業界においてはけっこうよくあるものなのか、好ましくないとともにそういうことをする業者はあまりないものなのか、そのあたりがまだよくわかっていなかったのですが、読んだ本の題名からして『これだけは知っておきたい・・』ですから住宅建築業の会社の従業員は知っておくべきだろうし、当然、一級建築士は知っていることだろうと思っていたのですが、まあ、本の題名なんてものは、『・・・序論』『・・・序説』なんて題名で無茶苦茶ぶ厚い本だってありますし、『詳説・・・』とかいう題名でうっすい簡略な本もありますし、題名と内容が一致していないことは珍しくもないことですが、その本になんと書いてあるかよりも、理屈から考えて、柱の下に床下換気口は来ないようにした方がいいはずなのです。(株)一条工務店がそうならないように工事課に指示していなかったから、だから、問題はないことになるのではなく、指示の内容が不足していた、ということのはずなのです。
   私は、(株)一条工務店のその川崎市多摩区だったか高津区だったかの工事現場の近くの見込客宅に訪問した帰りにその工事現場を見て、その柱の真下に床下換気口があるという点と、それは外周ですが、もう1点、内部において、柱の下に基礎がない、基礎がない所の上に柱があるという箇所があり、まさにそれは(株)一条工務店が住宅展示場においている『間違いのない家づくり』という題名のアプローチブックに、「こういう施工で建てられたのでは困りますね、こういうことがないかどうか、建築現場を見に行って確認してから契約しないといけませんね」と来場客に話しているものそのまんまであり、この工事現場は見込客には見せられないなと思って帰ってきたのでした。
  入社してそれほど経たない時期に、浜松の所長であった平松さんから、平松さんがやっている(株)一条工務店の構造の説明を実演して見せてもらったことがあったのですが、その際、平松さんが「一条工務店の建物の構造は、どこと比べても、決して劣ってないから」と言うので、「それは、建売の建物とか、一条よりも相当低価格帯の会社の建物とか、小規模な工務店の建物とかと比較してではなく、大手の住宅会社と比較してもですか」と言うと、平松さんは「おう、住友林業と比較しても東日本ハウスと比較しても、一条の建物は決して劣ってない。」と言い、「だけど。あんた、今、俺にそれを訊いたけれども、訊いて悪いことはまったくない。訊いて悪いことはまったくないけれども、それよりも、自分自身で一条の工事現場を見てまわり、他社の工事現場を見てまわって、それで、そうであるかないか自分の眼で見て自分で判断するようにした方がいい。見てまわればわかる。一条の建物は住林と比べても東日本ハウスと比べても、決して劣らない建物だから」と言われたことがあり、それは大いにもっともだと思い、それで、(株)一条工務店の工事現場を見てまわり、道を歩いていて工事現場があれば見て、クルマで走っていて工事現場があればクルマを停めてのそきこむようにしてきたのです。そうすると、あくまでも、在来木造同士での比較の話ですが、たしかに、(株)一条工務店の建物にいいところはあったけれども、しかし、工事ミスもけっこうあったのです。ひとつには、平松さんが勤務していた浜松では創業の地だけあって(株)一条工務店は会社の状態がかなり整備されていたけれども、順調に軌道に乗っていない東京圏においては、施工の内容が浜松のレベルよりも低かった、ということもあると思えます。
   実際のところ、床下換気口が柱の真下にあるというのは、工事が進んだ状態においては、もうどうすることもできません。すでに小屋組みまでできた建物をぶっ壊して、基礎もぶっこわしてやり直すのか・・・というと、(株)一条工務店は嫌でしょうから、そうなると、「黙ってよなあ~あ」とするしかないか、営業担当者が施主に「申し訳ありませんが、これは今さらどうもできませんので」と頭を下げるかしかないでしょう。しかし、それはどうしようもないとしても、自分を雇ってくれた会社を良くしたいと思って、それで、今後のために、今後はそういうことにならないように対策を建ててもらいたいと思い、言うべき相手は施工をした工事課なのか、そうではなく図面を作成した設計の方なのか、その設計は最初に図面を作成した者なのか、基礎の業者に渡す基礎図面を作成した者なのか、ともかく、きっちりと伝えて、今後はそうならないように対策を建ててもらうようにするべきだ、と私は考えたから言っているのに、「言わなくていいから」と必死になって言わないようにさせようとする一級建築士の態度は理解しがたかったし、そういう態度を取らせている(株)一条工務店の施工が「他社と比較してすべてにおいて絶対的にいい」かというと、いいとは思えなかった。 こう言うと、近藤路夫は「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と怒鳴りつけるのですが、「言うからいかん」と言うなら黙ってもいいけれども、私が黙ったとしても、それでも、その川崎市高津区だったか多摩区だったかの工事現場では、床下換気口の真上に柱が来ていた、柱の真下に床下換気口があったのです。結局、近藤路夫という男は、(株)一条工務店の工事現場には問題点はいっぱいあるが、黙っておけ、黙って「一条の建物の構造はすばらしい」と嘘を言え、とそう言いたいようでした。なんだか、えらい会社に入社してしまったもんだなあ、と思いました。

《2》  柱が土台の上に載っている部分では、当然、その下に基礎はないといけない・・にもかかわらず、柱が載っている土台の下に基礎がない。
  これは、(株)一条工務店の住宅展示場に置かれていた『間違いのない家づくり』という「アプローチブック」に、「施工ミスの例」・「正しい施工の例」という写真入りで掲載され、(株)一条工務店の営業が、「こういうことが実際にあるんですよ。高いおカネを払って依頼して、こんな施工をされたのでは困りますね」と言い、「きっちりと施工している会社に、こういう間取りにしてほしいとかいったことは言えても、普段から、こういった問題のある施工をしている会社にきっちりとした施工にしてくれと言っても、なかなかそうなりませんね。ですから、どこに頼むか決める前に、工事現場に足を運んで確認する必要があるんです」と話している、まさにその「施工ミスの例」として出ていたものが、(株)一条工務店の川崎市多摩区だったか高津区だったかの工事現場にあったのです。↓
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  自分とこでやってりぁ世話ないわ・・・て感じですが、実は、こういうことは時々あるようです。小堀住研(株)で、松戸営業課長のUさんが担当での契約客宅を一緒に見に行った時、木構造での足のあるベランダで、その足の下の基礎の位置が間違っていて、半分しか基礎に載っていないという所がありましたが、Uさんはそれを見て「うわっ」と口にし、展示場の事務所に戻るとすぐに工事課の担当者に電話を入れて、「おい、◇◇さんの所のベランダはどうするんだ」と対処するように話をしました。「あれ、大丈夫なのですか」と私は尋ねたのですが、「いいってことはないけれども、引き渡しまでには下に基礎が来るようにするから、大丈夫だ」ということでした。 (株)一条工務店の川崎市の多摩区だったか高津区だったかのお宅にしても、内部で1階の柱の下に基礎がない、基礎がない土台だけしかない上に柱が建っているというのも、好ましいことはないのは間違いないけれども、引き渡しまでにはその部分に後から基礎を入れるようにするのでしょうし、するべきです。 工事課は引き渡しまでに入れればいいだろうくらいに思っていたのでしょうけれども、(株)一条工務店の場合、「間違いのない家づくり」と言って、見込客を工事現場に案内して、このように問題のない施工をしていますということを見せて契約につなげるということをしており、そうでなくても、通りがかりの人が外から覗き込むことだってないとは言えないのであり、営業上のことを考えると、「引き渡しまでに」ではなく「早急に」であるべきだったはずなのです。
   実は、柱が土台の上に載っている下に基礎がきていない、というのは、(株)一条工務店の工事現場では、1990年代なかば頃、福島県いわき市でも見ました。工事現場に行って、柱の下に基礎がないので、「あっ」と口にしたところ、大工が「図面のミス」と言いました。図面のミスなのか、基礎屋のミスなのかは、どちらかわからないわけで、決めつけちゃいかんのではないか、確認してどちらがミスしたのか解明するべきではないのかとも思ったのですが、「図面の方が間違っていたのですか」と私が言うと、大工が「そりぁ、そうだよ。基礎屋のYさんはそんなの間違えないよ。きっちりとやるもの」ということでした。私はその基礎屋のYさんが間違えたと思ったわけではないのですが、たとえ、それでも、実際にどうであったか調べる前に、誰々は間違えないから誰々のミスだと決めつけちゃいかんのじゃないかとも思ったのですが、まあ、しかし、その基礎屋のYさんと(株)一条工務店の設計担当者であれば、設計の方がミスした可能性の方が大きそうでした。
  「一条工務店の建物は、すべてに渡って、完璧にいい。すべてにおいて絶対的にいい」という近藤路夫の発言が間違いであることの反証をあげようと思えば簡単です。 柱の下に基礎がない工事現場が、すでに2軒あったのです。いわき市の工事現場では、工事担当者も気づき、後からその部分に土台の下に基礎を入れるように措置したようでしたが、川崎市の工事現場がどうなったかはわかりません。対処したのかもしれませんが、たとえ、対処したにしても、私が工事現場を見にいった際に、施工ミスがあったのを気づいて報告しようとしているのに、それを「言わなくていい。言わなくていいから」と言って言わないようにさせる会社というのは何なんだ?
〔 床下換気の方法には、昔から、床下換気口を基礎にあける方法「ネコ土台」と言って基礎と土台の上にそれほど厚くない木を挟み、ネコ土台のない部分で換気をはかるという方法がありましたが、最近では、その「ネコ土台」を樹脂(プラスチック)で作ったような「基礎パッキン」を基礎と土台の間に挟むという方法が普及してきています。「基礎パッキン」の方法は理屈としては「ネコ土台」と同じで、部材が木ではなく樹脂(プラスチック)だというものです。(株)一条工務店は、最初、同業他社の多くが「基礎パッキン」による床下換気を取り入れだした時も、「あれは、理屈通りに床下換気がはかれない」と言って床下換気口による方式をとっていましたが、今では「基礎パッキン」の方法をとるようになったようです。もっとも、「多数は正義」であるわけではなく、私は今でも、「基礎パッキン」の方法というのは、あれで本当に床下換気がはかれるのだろうか? と思ったりもしていますが、ともかく、「基礎パッキン」の方法であれば、柱と床下換気口の位置の関係については考えなくても柱の真下であるもないもありません。もしかすると、「基礎パッキン」の方法が普及したのは、床下換気口の方法より「基礎パッキン」の方法の方が優れているからではなく、施工が楽だからではないのか? とか思ったりもしています。案外、そうかもしれませんよ。〕

《3》  筋交いと換気扇の穴がぶつかり、換気扇の穴のところで筋交いが切断されている。
  (株)一条工務店が住宅展示場に置いていた『間違いのない家づくり』という題名の構造についての「アプローチブック」では、筋交いと換気扇の換気口の位置がぶつかり、筋交いを切断している工事現場の写真が掲載されており、「切断してしまったのでは、その筋交いはもう効きませんね。柱というのは上からの荷重を支えるもので、地震や台風など横方向の荷重を受けるのは筋交いですが、それを切断しているようでは、この家は大地震が来た時、危ないですね。何より、平気で筋交いを切断するというその姿勢は、住宅建築業の会社として良心を疑いますね。こういったことがないかどうか、契約するより前に工事現場を見に行って施工を確認する必要があるんですよ」とか言っているわけですが、ところが、その換気扇の口と筋交いがぶつかるために、筋交いを切断しているという工事現場を、1993年4月頃、私は千葉県松戸市で、(株)一条工務店の工事現場ではないが、(株)一条工務店と柏市の材木会社との共同出資会社の(株)一条工務店柏 の松戸展示場からそれほど遠くない場所の工事現場で目撃した。(ちなみに、その工事現場には「一条工務店」と書いて、「本社 柏市・・・」と書いた上で、「支店」だか「営業所」だかとして、(株)一条工務店と(株)一条工務店の全国の共同出資会社・業務提携会社の営業所の地名が書いてあった。)「うわっ」と思ったし、まさに「切断してしまったのでは、その筋交いはもう効きませんね。柱というのは上からの荷重を支えるもので、地震や台風など横方向の荷重を受けるのは筋交いですが、それを切断しているようでは、この家は大地震が来た時、危ないですね。何より、平気で筋交いを切断するというその姿勢は、住宅建築業の会社として良心を疑いますね。」と思った。(切断されて何の意味もなさない筋交い崩れの分も客から費用はとってるんだよねえ・・・) 住宅展示場のテーブルの上に載せて来場客に見せている「アプローチブック」で、「こういう施工をして平気でいるような建築会社は困りますね」と営業が言っているまさにその「施工ミス」が住宅展示場からそれほど遠くない場所の「一条工務店」というブランド名の工事現場にあったのだ! その直後に、浜松で「研修」があってそこで近藤路夫は「一条工務店の建物は、構造についても仕様についても完璧なんだ。すべてに渡って絶対的にいい。同業他社に比べてすべての面に渡って優れている」と発言したのだが、とりあえず、「一条工務店」というブランド名で建てていた、「一条工務店」と大きく書かれたイメージシートを掲げて建てていたあの建物の筋交いを切断した箇所、あれを何とかしてからそういう口はきいてもらいたいものだ、と思いました。そう思いませんか?
  なぜ、換気扇の穴と筋交いがぶつかるのか。なぜ、換気扇の穴と筋交いがぶつかった時、筋交いを切断する方を選択するのか。 考えられることとしては、
(1)設計がアホや。及び、設計と「コーディネーター」が別人であること。設計が未熟で「コーディネーター」が「ほとんどしろうと」である。
(2)営業が工事現場に顔を出していない。営業がお施主様とのコミュニケーションがとれていない。営業とお施主様との人間関係ができていない。
(3)得大工が良心的でない。もしくは、会社の大工に対する姿勢が良くない。
この3種類が考えられます。まず、
(1) 普通に考えて、 「おまえら、曲がりなりにも設計なら、筋交いと換気扇の位置関係くらい考えて設計しろよなあ~あ」と思いませんか? 筋交いと換気扇の穴とがぶつからないかどうかを考えて設計することもできないようなヘボが「設計士さま」ヅラするんじゃねえ! と思いませんか? そうでしょ。換気扇と筋交いがぶつからないかも考えずに図面を作るようなヤツて、そんなの「設計」と言えるか? そうでしょ。 ところが、 (株)一条工務店という会社は「バカでも入れる私大の建築学科」卒の人間を増長させるのが大好きな会社! だから、人にもよるけれども、設計は増長し放題!  もうひとつ、(株)一条工務店の設計は工事現場を見に行かない。営業は見に行く。だから、営業はわかっていることを設計は分かっていない。「殿様」やってるやつはあかんいうことや!  東大の建築学科でも出たというのなら、ちょっとくらいお鼻が伸びたとしても、わからんこともないかもしれんが、(株)一条工務店では、しょーもない私立大学の建築学科しか出てない人間が、何様やねん・・・て態度・意識でおり、それも経営者がそうさせている。それが一番の原因。
  副次的な物としては。 (株)一条工務店では、図面を作成する際に、平面図だけ考えて図面を作り、図面決定以後に、立面図を作って施主に見せて承認の印をもらっている。 そうではなく、設計は、本来、図面を作成する時には、最低でも平面図と立面図、平面図と展開図を同時に書くか、書かないにしても頭の中に描きながら図面を作成するものだ。そうしておれば、キッチンをこの位置に配置すれば、換気扇はこのあたりに来て、筋交いはここに来るはずだが、換気扇の穴と筋交いがぶつかるということにならないか・・といったことをその時点で考えるはずなのだ。換気扇の穴のことなんか、ちっとも考えずに平面図を作成するから、だから、工事を始めてみると、換気扇の穴と筋交いがぶつかったりもするのだ。
  もうひとつ。「仕様打合せ」「色合わせ」として、床はどの色にしましょうか、畳べりはどれにしましょうか、外壁の色はどれにしましょうか・・・といった打合せを、「コーディネーター」と称する女性にさせ、電気配線とスイッチの位置・照明の位置の決定もその「コーディネーター」にさせていたが、その「コーディネーター」の女性をどういう基準で人選していたか・・・というと、「20代の女性ならいい」という基準で選んでいた。人にもよるのだけれども、そんないいかげんな人選しているから、そんないいかげんな「コーディネーター」は換気扇の位置を決める時、筋交いと換気扇の穴がぶつかることにならないかなんて考える能力はない。
  さらに、照明器具などを決定する際、これも、「インテリア担当」の女性はどういう基準で決めていたかというと、「20代の女性ならいい」という基準でその女性は採用されていたが、そんないいかげんな人選であるから、だから、換気扇を決定する際、この位置では、筋交いと換気扇の穴がぶつかることはないか、ぶつかるようならプロペラファンではなくシロッコファンの換気扇を選ぶようにした方がいいのではないか・・とか考える頭が最初からない。 何より、採用やってるヤツがアホだから、この人にこういう仕事ができるだろうか・・なんて考えて採用してない。
   こういったことを在籍中に発言すると、こちらとしては、こんなことではいかんじゃないですかと会社のためを思って改善されるように働きかけているのだけれども、ところが、そういうことを言うと、「それなら、辞めろよ」と言われることになるので、うかつなことは言えなかった。(株)一条工務店の経営者というのは、これは違うのではないかと思って会社のためを思って改善のために発言する人間を排斥し、ひたすら翼賛することで自分だけ経営者から優遇してもらおうとする人間のカスを喜ぶ経営者だった。しかし、今は、すでに辞めているから、だから、この際、言っちゃおうか・・・。「ベンチがアホやから、野球ができん」と。

  初代社長の大澄賢二郎は「一条工務店はもはや大企業だ。人みたいなもん、求人広告さえ出せばいくらでも採用できる」と叫んでいたというのだが、そういう認識で生物学上の「人」なんか「いくらでも採用できる」と思って「生物学上の人」を採用して得意になってるから、だから、「生物学上の人」の仕事しかできない・・・・( 一一)
(2) 営業が自分が担当で契約してもらったお宅の工事現場を時々見に行っているかどうか。基本的には工事現場を管理するのは工事課の仕事であるが、工事にミスがあった時、施主から苦情を言われるのは営業であり、最終的には営業が何とかしないといけないのだから、時々は見に行かないとどんな施工をされるかわからない。工事課の人間が誰もが能力的にも優秀で人間的にもいいとは限らない。 又、営業が大工その他の職人とある程度馴染みになっていて話をするようになっておれば、換気扇の穴を作る時、筋交いとぶつかるということがわかれば、筋交いを切断する前に、「これ、ここに換気扇をつけようとすると、筋交いを切らないといけないことになるけれども、切っていいの」と訊いてくれる場合がある。その時点で、営業がお施主様に頭を下げて、筋交いと換気扇の穴がぶつかってしまうので、少々値段が高くかかってしまうけれども、筋交いを切らなくてすむように、換気扇をプロペラファンではなくシロッコファンに変更するようにさせていただきたい、といった話をして変更すれば筋交いは切断しなくてすんだはずだ。
  又、営業とお施主様との人間関係が良好であれば、プロペラファンからシロッコファンへの変更による価格の上昇分くらい出してもらえると思うが、そういう人間関係ができていたかどうか。 「施主に話して、シロッコファンへの変更分を出してもらおうとすると怒られるから、黙って筋交いを削って建ててしまおう」とするのが「それが営業力だ」とか思ってるような営業が担当だったのか? 世の中にはそういうのが「営業力」だと思っているような「営業」もいるだろうけれども、私は、そうやって隠して施工不良の工事をするのが優秀な営業だとは思わない。そうではなく、「筋交いと換気扇の穴がぶつかるような設計をしてしまい、それに気づかなかったのは本当に申し訳ありませんが、筋交いを削ったのでは構造上良くありませんし、プロペラファンの場合はこの筋交いがあったのでは設置できないので、申し訳ありませんが、シロッコファンに変更させていただきたいのですが、差額分、・・・円かかってしまうのですが、出していただけませんでしょうか」とお願いする能力、お願いできる関係を構築しておく能力というのが営業力のはずだ。
(3) 大工もまた、換気扇の穴のためにその枠をとりつける作業をする時、筋交いとぶつかるので、そのまま換気扇の穴の枠を作れば筋交いを切断することになるとわかれば、平気で筋交いを切断するのではなく、その前に工事担当か営業担当に連絡をして、「これ、このまま換気扇の枠を作ってしまうと筋交いを切断することになってしまうけれども、切断してはまずいんじゃないの」と一言は言うべきだ。大工というのは単なる人夫・肉体労働者ではなく体力も使うだろうけれども技術者であり、「図面にそうなってるから俺は悪くねえんだ」という考え方はしないでほしい・・・と思うのだが、普段から、大工その他の職人に対して、「会社がこうしてくれと言ってるんだからそうしてください」みたいな態度を工事課の人間が取っていると、「そうかい。会社がこうしてくれと言ってるのならそうすればいいんだな」と思うようになって、これはおかしいと思っても、「これはまずいよ」と言うと文句言われるのなら、おかしくても何も言わずにそのままやった方がいいてことだな、と人間は少しずつ考えるようになってしまう。私にしても、(株)一条工務店に入って以来、会社のためを思って口をきくと怒られるので、だんだんと口をきかなくなった。「物言えば、唇寒し 秋の風」てなもので、「見ても見ざる、聞こえても聞かざる、言うべきことでも言わざる」と少しずつなっていったが、職人にもそうなってしまった人がいるのではないか。これは(株)一条工務店だけの問題ではない。2010年、新華ハウジング(有)〔千葉市中央区。2013年に正式に倒産〕の千葉県市原市の工事現場で、筋交いが逆向きに入っていたので、私が工事担当の植草に指摘したが、植草は指摘されてもそれでも、「大丈夫です。プレカット工場が大丈夫だと言ってますから、絶対に何の問題もありません」と大声で叫び、私が「どうして、大丈夫なんですか」と言っても、それでも「プレカット工場が大丈夫だと言ってますから」と言って聞かなかったのだが、その時も、工事現場で「大工さん、これ、筋交いの向きが逆向きてことないですか」と言ったのだが、担当の大工は「そんなこと言われても、俺はこの図面の通りに入れてるんだよ。ほら、図面、見てよ」と言うので見ると、たしかに図面はそうなっていた。しかし、だ。大工というのは単純肉体労働者ではないはずなのだ。職人と人夫は同じではないと思うのだ。単なる肉体労働者なら、「俺は言われた通りにやったんだよ」でもいいかもしれないが、大工というのは技術者であり、単なる肉体労働者ではないはずで、図面の通りに入れようとしても、「あれ、これ、逆と違うてことないか?」と思ったら、その時点で工事担当に連絡して確認するようにするべきだし、そうする大工の方が良心的な大工であって、そういったことを言ってくる大工が「うるさいやつ」で、何も言わずに言われた通りにやる人がいい人ではないはずなのだ。言われた通り黙ってやってくれるのがいい、みたいな態度をそれまでに会社がとってきたのであれば、その対応には問題がある。新華ハウジング(有)の市原市の工事現場の場合は、営業担当にも問題はある。その工事現場の担当でもない私が見に行って筋交いが逆向きであることに気づいて指摘しているのに、その工事現場の担当の営業Kが気づきもしなければ指摘もしない。そこの施主はその営業K(男。当時、40代前半)の親戚だったらしいが、親戚だから安心だなんて思って頼んでもらったのかもしれないが、それならそれで、工事現場には時々は足を運んで問題がないか見ないといけないが、Kはそれができていない。

  ここまで見ただけでも、(株)一条工務店の1992年~1993年の建物というのは、構造の部分において、「同業他社に比べて、すべての面において絶対的にいい」「すべての面にわたって完璧にすばらしい」などという近藤路夫の発言内容を満たしていませんでしょ。 もっとも、だから、他社がいいということでもありませんよ。
  どうも、(株)一条工務店の営業で浜松で「研修」されてきた人間というのは、「一条はよそとは違って・・・」という言い回しをしたがる人が多いのですが、なぜ、そのような天動説的な表現をしたがるのか、大いに疑問を感じたものです。この表現では、まるで、住宅建築業の会社は(株)一条工務店という会社と「よそ」という名前の会社の2社しかないみたいじゃないですか。そう思いませんか? 実際には、(株)一条工務店の他にも住宅建築業の会社は何社もあるわけであり、もうちょっと、せめて、地動説的な表現・地動説的思考はできんもんか、と思ったのですが、(株)一条工務店という会社は、なんんかこう、「宇宙の天体はすべて浜松を中心として回転している。こんな常識もわからんのかあ!」みたいな、そんなに感じでした。私は、慶應義塾の商学部の卒業生として、やはり、その業界を考えるにおいて、浜松流地動説思考で物事を考えるわけにはいきませんし、天動説思考でその業界・その業界の商品を考えるのがその会社のためになるかというとそんなわけありませんね。天動説的思考で、(株)一条工務店という会社と「よそ」という名前の架空の会社の2社しか住宅建築業の会社はないという観念で物事を考えるのではなく、地動説思考により、住宅建築業の会社は何社もあって(株)一条工務店はその中の1社なんだという事実を前提として認識して物事は考えるべきだと思ったし、今も思います。一条オリジナル営業が「よそは・・」と言った時、「『よそ』って、どこのことを言ってるのですか」と尋ねてみたところ、一条オリジナルは「『よそ』ったら、よ~そ~お!」と言うのでした。具体的に何社かを調べた上で言っていたのではないようで、あくまで、「よそ」という名前の観念上の架空の存在の会社のことを言っていたようです。もっとも、これだけのことでもうかつに口に出して言うと、「そんなこと、言うなら、『よそ』に行けよお」とか言われますし、言わなくても、私が一言も言っていないことを「言っていた」として営業本部長に報告する“忠義者”が同社にはおり、同社のオーナー経営者はそういう人間が大好きでしたので、油断もすきもありません。 (株)一条工務店という会社では、「それでも、地球はまわっている」とつぶやくと怒る遠州人がいるのですが、それでも、地球はまわっているのですよ。「一条工務店の遠州人」を見ていると、遠州人というのは思考が低劣な未開民族ではないのかという印象を受けますが、それは「一条工務店の遠州人」のことなので、遠州人一般についてどうとは決めつけないことにします・・・が、遠州人一般がどうかはともかく「一条工務店の遠州人」については、「太陽、月、星といった宇宙の天体はすべて浜松を中心として回転している」と信じていて、「そうじゃないと思いますよ」と言うと激怒する人が大変多いというのは事実です。
   「よそ」がどうなのか、といっても、やっぱり、旧帝大系国立大学や早慶の社会科学系学部卒の者は、科学的思考をしなければいけません。ですから、どういう結論になるかというと、「『よそ』といっても、何社もあるわけであり、その会社によって異なる」と言うしかないし、実際、そうなのです。ところが、近藤路夫やその同類が(株)一条工務店にはいて、「なんで、一条だけがこのうえもなくすばらしいと言えんのだ、おまえはあ!」とか言うのです。あんたこそ、なんで、「一条だけがこのうえもなくすばらしい」なんてアホなこと言えるんだ? と思いましたし、実際、「一条だけがこのうえもなくすばらしい」なんて、なんでそんなことが言えるのかマカ不思議でした。 建築中の工事現場を見に言って、問題点があったら、やっぱり、それはすぐに工務課(会社によっては「工事課」)に報告して、できるだけ早急に対処してもらうようにする、今すぐ改善できないものもあるかもしれないけれども、そういう場合には、今後の問題として改善してもらえるように期待して報告するのが従業員としての愛社精神であり、問題点があるにもかかわらず、気づかない人間・気づくことができない人間や、問題点があることに気づきながら、「一条だけがこのうえもなくすばらしい」などと「よく言うよなあ~あ」と思うような文句を言いまくる人間が、そういう人間が愛社精神のある人間ということではないはずです・・・・が、ところが、この(株)一条工務店という会社のオーナー経営者は、「一条だけがこのうえもなくすばらしいんだ」とか事実を見ないで言うのか、事実がそうでないことを見た上で言うのか、そういうことをヌケヌケと言う人間が大好きでした。問題点に気づいたら、会社のためを思って改善の方向に努力するのが愛社精神であり、問題点があるのに気づかない人間や、気づいておきながら「一条工務店の建物だけがよそとは違ってこのうえもなくすべての面にわたって完璧にいい」とか勝手な文句をまくしたてるアホが愛社精神ではないはずです。
  「よそ」はどうなのか? と言っても、一条浜松流オリジナル営業が言うような「よそ」という名前の会社が存在するわけではなく、実際には「よそ」にもいろいろな所があり、それぞれ違うのですが、;少なくとも、すべての「よそ」が完璧にすばらしいなどということはなかったし、今もそうではありませんが、「一条だけがこのうえもなくすばらしいんだ」などということもないわけです。すでに、↑に述べただけでも、反証をあげることができましたでしょ。だから、「このうえもなくすばらしい」とか「一条はすべてに渡って完璧にいい」とかそういう言い方をすることに問題があるのです。
  東京営業所の営業がある見込客を工事現場に見学に連れて行った時、大工のSさんが「ここ、悪くないよ」と言ってくれたのが、営業上プラスになったと担当営業が喜んでいたことがあり、1994年だったか福島県いわき市で比較的古くからいた営業の某さんは「もともと、木造という構法自体が、そんなにきちきちした構法じゃないし。『きちきちしたもの』が好きなら木造じゃなくて鉄骨造か鉄筋コンクリート造で建ててもらった方がいいくらいだし。一条の建物だって、一条の工務課の実力を考えても、そんなに『完璧に』なんて期待できるレベルのものじゃないし、だから、『一条の建物は完璧にいい』だの『一条の建物はまったく何の問題もない』だのそんなこと言ってしまって、そういう基準で見られたら、工事現場を見に行った時に、『なんで、ここ、完璧じゃないんですか』ということになってしまうでしょ。そうじゃなくて、『できあいのものじゃなく、これから作っていくものなので、問題点も出てくるかもしれませんが、その時はその時で、きっちり対処してきますから』というくらいに言っておけば、『そういうもんだ』とお客さんも思うし、『悪くない』くらいの言い方をしておけば、そういう基準で見てもらえば、実際、一条の建物は『悪くないなあ』と見えてくるような建物なんだよね。だから、そんなもの、完璧だとかこのうえもなくすばらしいだの、そんなこと言うもんじゃないよ」と言うのでしたが、私もそう思います。ところが、近藤路夫その他の浜松流一条オリジナル営業は、非浜松地域の従業員にその「完璧だ」とか「このうえもなくすばらしい」とかアホなことを言わそうとする、「なんで、完璧だと言えんのだあ!」とか言うのでした。「なんで」かというと、ほら、↑ 「完璧」じゃないでしょうが。違いますか?
  次回、もうちょっと、反証をあげてみます。

  (2019.4.11.) 

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