一条工務店浜松営業【3/ 】「浜松でいいもの」は東京人に?プレカット工場はプレカットせず出荷した?

[第690回]
【C】-2
  1992年5月、「研修」に講師役で来た名古屋南営業所の所長の近藤路夫は、「住友林業なんかが競合になったら、『ごちそうさん』てなもんだ。簡単に契約とれる」と発言したのだ。私は1992年4月に入社して東京営業所(展示場)に勤務し、その後、松戸営業所(展示場)に勤務したが、その頃の東京圏の(株)一条工務店にとっては住友林業(株)は強敵であり、というよりも、まるで、幕下以下の力士が横綱に立ち向かっているような感じ、子犬か子猫が象に立ち向かっているようなそんな感じだった。それで、近藤路夫が「住友林業なんか競合だったら簡単に契約とれる。『ごちそうさん』てなもんだ」と発言したので、これは、ぜひとも、どうやれば「ごちそうさんてなもん」になるのか、どうすればそのように持っていけるのか、聞いておきたいと思った。もし、そういう方法を教えてもらえるものなら、少しくらい頭下げても十分に割があう・・と思ったのだ。「三べんまわってワン」と言えば、「住友林業が競合だったら、『ごちそうさん』てなもんで簡単に契約とれる」方法を教えてもらえるのなら、「三べんまわってワン」くらい言うたるがな・・と思い、それで、近藤雅夫が「何か、質問したいことがあるか」と言うので、「『住友林業が競合だったら、簡単にとれる』と言われましたが、それはどういうようにされるのでしょうか」と質問したのだ。
  ところが。近藤路夫が言うのは、「そんなもん、『住友林業は(機械)プレカットやってますか。やってませんでしょ』、『住友林業はムクじゃないでしょ。集成材でしょ』と言えば、それだけで契約とれる。簡単なもんだ。そう言ってないんだろう!」などと言うのだった。なんか、あほくさくなってきた。対住友林業競合の必勝法でも教えてくれるのかと思ってひとが下手に出て質問したら・・、こいつ、アホや! 単なるアホが妄想をわめいていただけだった。
  まず、第一に、その頃、「住友林業は(機械)プレカットやってますか?」・・というと、やっていたのだ。「住友林業は(機械)プレカットやってないでしょ」という近藤路夫の認識が間違っていたのだ。そういういいかげんなことを言っていて、それで「ごちそうさん」か「いただきます」か知らんが、住友林業との競合で契約とれたのか、というと、それは、おそらく、本来的に(株)一条工務店の商品と住友林業(株)の商品とでは(株)一条工務店の商品の方に魅力を感じる人が多い地域で近藤路夫が営業の仕事をさせてもらってきた、ということだろう。あほくさ。その時、「研修」に講師役で来た近藤路夫という男は、自分が住友林業(株)との競合だと有利な地域で仕事をさせてもらってきたものだから、だから、住友林業(株)との競合だと弱い地域で悪戦苦闘している人間に向かって、「そんなもん、住友林業との競合なんかだと、『ごちそうさん』てなもんだ。簡単に契約とれる」などと勝手なことをわめきまくるアホだったのだ。そもそも、そんなアホを講師役に来させるというのが間違っている。

 1993年10月に福島県いわき市の営業所に赴任した時、「ここはやりやすい」と思った点があった。「・・点があった」というのはどういう意味かというと、「ごちそうさん」だのなんだのというほど簡単に契約してもらえるということではないし、そこの場所にはまた営業の苦労はあるのだけれども、ある点において(株)一条工務店の営業はやりやすいと思えたのだ。「ある点」とは何かというと、強敵 住友林業がそこには存在しなかったのだ。
 その後、私がいわき市の営業所に在籍中に、いわき市にも住友林業の展示場はできたが、それでも、(株)一条工務店は構造材がムク材で柱材はムク材の国産材であるのに対し、住友林業は集成材や輸入材を使用しているという点は、ムク材・国産材を志向する度合が強いいわき市・浜通り地区およびその周辺地域の住人を相手に営業する場合においては相当有利だった。 さらに、デザインの好みというものもあり住友林業と一条工務店では、住友林業の方が「軽快」な感じ、一条工務店の方が「重厚」な感じのものが多かった。「もし、軽快な感じのものが良ければそういうように設計しますよ」なんて言っても、実際に(株)一条工務店の設計にその能力があるかというと疑問だったし、たとえ、できても、展示場やすでに建っている入居者宅のイメージというのは見込客に対して大きく影響した。この「軽快」と「重厚」というのは、比較的、好意的というのかプラスの表現であり、(株)一条工務店の「重厚」な感じの建物のことを、東京圏においては「いなかくさ~い」「どてぇ~っとした感じ」とか言われたし、福島県いわき市・浜通り地区や茨城県北部の住人からは「住友林業というのは、プレハブみたい」などと言われた。この「プレハブみたい」という表現は、その地域に住んだ人間でないと理解しにくいと思うのだが、「プレハブ」というのは、本来は「プレ ファブリケーション(pre fabrication)」「プレ ファブリケイト(pre fabricate)」の略で、「あらかじめ作る」という意味で、工事現場より前において形作った部材を使用して建てる建物のことを言う。別段、高級か安物かという意味はない。又、実は私も住宅建築業の業界に勤めるより前においては、戸建住宅の構法というのは、木造とコンクリート造と鉄骨造とプレハブ造があるのかと思っていたのだが、「プレ ファブリケーション(pre fabrication)」「プレ ファブリケイト(pre fabricate)」して建てる構法には、木質系のもの・鉄骨系のもの・コンクリート系のものがあり、木構造でも鉄骨造でも鉄筋コンクリート造でも、建築現場よりも前に工場で形作る部分が多いものは、「プレハブ」の本来の意味からすればプレハブということになる。(株)一条工務店などがとりいれた構造材の機械プレカットも「プレハブ」の一種ということになる。しかし。三島俊介『住宅業界早わかりマップ』(1995.9.こう書房)の巻末に、戸建住宅業界の業界団体とその加盟会社名が掲載されているが、社団法人プレハブ建築協会・社団法人日本ツーバイフォー建築協会・社団法人日本木造住宅産業協会という3つの業界団体が記載されている。もうひとつ、ログハウスの業界団体があったように思う。ある程度以上の規模の住宅建築業の会社はたいていこの4つのどれかに加入しているが、積水ハウス(株)は日本プレハブ建築協会と木造住宅産業協会の両方に加入している。一般に社団法人日本プレハブ建築協会に加入しているハウスメーカーの建物を「プレハブ」「プレハブ住宅」とか「工業化住宅」と言っているが、実際には木造住宅でも(株)一条工務店なども機械プレカットをおこない、住設機器もどの会社がというよりも、住宅建築業の業界全般が工業化(プレハブ化)してきており、杉山英男『地震と木造住宅』(丸善)でも、今後の木構造の展望として、在来木造・枠組壁構法(ツーバイフォー工法)・木質プレハブの3つが、完全に一緒にはならないが、他のものの特色を取り入れて性質が近づいていくのではないかという点と、いずれもが工業化(プレハブ化)がさらに進むのではないか、と指摘している。私もそう思う。新聞を見ると、「プレハブ」という言葉について、もうひとつ、まったく別の使用法があり、これは、工事現場の仮設事務所の建物とか、戦争がおこなわれている所の仮設の建物、地震・洪水などによる被害にあった人が避難して住む仮設の建物などのことを「プレハブ」と書いていることがある。しかし、この「仮設の建物」というのは、本来の「プレ ファブリケーション(pre fabrication)」「プレ ファブリケイト(pre fabricate)」という意味とはまったく別の意味であり、災害があった時の仮設住宅のことを「プレハブ」と新聞記事に書かれているものをよく見ると、構法としては在来木造であって社団法人日本プレハブ建築協会に加入しているハウスメーカーが建てている建物とはまったく異なるものである。もとより、工事現場での施工の割合が多い方がいいものができるか、工場であらかじめ形作ったものが多い方がいいものができるかというと、それはいちがいにどちらと言えるものではなく、工場で形作る部分が多くていいものができるならそれでいいだろうし、工事現場で作った方がいいものができるのならそれでもいいはずだ。福島県の人間が「プレハブみたい」と言う場合、その時の「プレハブ」というのは、構法としてどういう構法のものとかどういう業界団体に加入している会社かとかそういう意味ではなく、「『都市部中心のハウスメーカー』の建物みたい」という意味である。 東京圏や関西圏の住人は、都市銀行と地方銀行だと都市銀行の方が上みたいな印象を持っている人がいるが、たいていの都市銀行というのは「地方」に行くと、県庁所在地に1店舗あるだけだったり、福島県だと県庁所在地の福島市に1店舗だけという都市銀行と福島市にはなくて郡山市に1店舗あるだけという都市銀行とあり、なぜか、富士銀行→みずほ銀行だけが福島・郡山・いわき・会津若松と4市に店舗があったが、そんなもので、「地方」に行くと、その「地方」の地方銀行の方が支店の数が多くて便利だったりする。同様に、「大手ハウスメーカー」というと「大手」だから良さそうに思う人もいるかと思うが、実は東京圏・関西圏中心のハウスメーカーである場合が多く、「地方」に行くと営業所がない場合もあれば、都市圏向けの建物なのでその「地方」には合わなかったりすることが少なくない。だから、「大手ハウスメーカー」はその多くが「都市圏向けハウスメーカー」であり、福島県の住人からすると、「東京あたりで建てるのならあれでもいいのかもしれないけんど、ここらであんなの建てたら笑われる」という建物だったりするのだ。それが、(株)一条工務店というのは「アタマが浜松」の建物なので、「地方」の好みには好みが比較的近いのに対し、住友林業の建物というのは、外観や内装のデザインにしても、都市圏の方の好みか「地方」の好みかどちらに合わせた建物かというと、基本的には都市圏の好みに合わせた建物なのだ。だから、東京圏では住友林業と一条工務店では、一条工務店の建物というのは「いなかくさい」、「お宅はやっぱり浜松ねえ」と言われる建物だったが、福島県の住人からすれば、住友林業の建物の方が「プレハブみたい」、要するに「積水ハウス・パナホーム・トヨタホーム・大和ハウスなど」みたいという意味である。もっと「地方」にいくと、「大工さま」の力が強くて「アタマが浜松の一条工務店」でもなかなか入り込めないが、「地方」でも県庁所在地の市とかいわき市のような県庁所在地より人口が多い市とかだとかそのくらいの場所だと、一条工務店の建物くらいがちょうど良かったりしたのだ。 いわき市の私が在籍した展示場の向かいに東日本ハウスの展示場ができ、そこに店長できたおっさんとガソリンスタンドで会い、「どこから来られたのですか」とおっさんが言うので、「いわきに来る前は東京にいたのですが、東京ではけっこう苦戦しました」と話すと、東日本ハウスのおっさんは「そうでしょ。うちもそうですよ」と言うので、「そうですか。東日本さんと一条工務店となら、東日本さんの方が都会的だから東京でもいいかと思いましたが、そうじゃないですか」と言うと、「いやあ。うちも東京では苦戦してますよ」ということだった。一条工務店と東日本ハウスなら一条工務店の方が「地方」向けの傾向が強く、東日本ハウスは一条工務店に比べれば都会的な建物だったが、それでも、大手ハウスメーカーと比べると「地方」的だったのかもしれない。ともかく、住友林業の建物を「プレハブみたい」と福島県の住人が言うのは、「積水ハウス・大和ハウス・パナホーム・トヨタホーム・ミサワホームなど」みたいという意味で、「東京あたりならあれでもいいのかもしれないが、ここらではなあ」という意味だった。だから、いわき市に住友林業の展示場ができても、それでも、いわき市・浜通り・茨城県北部においては住友林業と一条工務店なら、営業の能力・努力が五分と五分なら一条工務店の方が強かった・・が、だからといって、「ごちそうさん」などと言えるほど楽勝ではなくけっこう住友林業の営業は頑張ったので油断はできなかったが、しかし、構造材がムク材か集成材か、国産材か輸入材かという点と、外観・内装のデザインが「重厚」(「いかにも、いなかて感じ」)か「軽快」(「プレハブみたい」)かという商品の性質の違いは、一条工務店の営業にとっては相当有利だった。
  近藤路夫は「住友林業なんかと競合だと『ごちそうさん』てなもんだ。簡単に契約とれる」と発言したのだが、要するに住友林業の建物と一条工務店の建物とでは、一条工務店の建物の方を志向する人が多い地域にこれまで勤務させてもらってきたというだけのことだったのだ。それでもって、近藤路夫は「住友林業なんかとの競合なら、『ごちそうさん』てなもんだ。『住友林業はプレカットやってないでしょ』『住友林業はムクじゃないでしょ』と言えばそれだけで契約とれる」などと言ったが、東京圏において住友林業の建築現場をのぞいてみると、どこを見ても機械プレカットしていたし、そもそも千葉県においては住友林業の家で使用していた構造材の機械プレカットはどこがやっていたかというと(株)一条工務店が共同出資会社の(株)一条工務店千葉をともに作っていた 材木業者の(株)ひらいhttp://www.hirai-gnet.co.jp/#footer がやっていた。(株)一条工務店千葉 を浜松の(株)一条工務店〔実質、一条工務店浜松〕とともに共同出資会社として形成していた(株)ひらい が機械プレカットした構造材を使用して住友林業(株)は建てていたことから、千葉県では住友林業(株)の営業は「一条工務店は住友林業の下請けだ」とか言ったりしていたのだ。 (株)ひらい は、ひらい建設という建設業の会社も自社で持つとともに、(株)一条工務店との共同出資会社として(株)一条工務店千葉を作り、住友林業の家で使用する構造材を加工していて、さらに、ユニバーサルホームの加盟店として展示場も持ち、フリーダムアーキテクツデザイン(株)が設計し建物の施工もやっていた、という、「幅広い経営」というのか節操がないというのか。ともかく、浜松の(株)一条工務店が共同出資会社を作って「一条工務店」のブランド名で千葉県でやっていた(株)一条工務店千葉の親会社の(株)ひらい が住友林業の部材の機械プレカットをやっていたのであり、もし、近藤路夫が「研修」で講師役の立場で発言した「住友林業はプレカットやってないでしょ」という発言が正しければ、(株)ひらい は住友林業から構造材の機械プレカットを依頼されて出荷しておきながら、依頼された機械プレカットをしていなかったということなのか? そうではないだろう。「住友林業はプレカットやってないでしょ」なんて、まがりなりにも「営業所長」にならせてもらっていた男が「研修」の講師役として来てよく言うよなあ・・てところだったのだ。

  栃木県で自分自身が営業をやり、栃木県の営業所長をやっていた五十嵐さんなどは近藤路夫みたいなアホなことは言わない。1999年だったと思うが、私が栃木県佐野市の営業所(展示場)に移って1年弱くらいの時、「私は東京で入社して、福島県のいわきに行って、それから佐野に来たけれども、東京では住友林業と一条工務店なら圧倒的に住友林業の方が強かったのに対して、福島県では逆で、もし、営業の能力・努力が五分と五分なら、8対2くらいで一条工務店の方が強かったけれども、このあたりは地理的にその真ん中あたりだから、もし、営業の能力と努力が五分と五分なら6対4くらいで一条工務店の方が強いかと思ったら、そうじゃないですね。むしろ、4対6くらいで住友林業の方が強いですね」と話したところ、五十嵐さんは「いや、4対6じゃなくて、3対7くらいじゃないか」と言ったのですが、それは実際にその地域で、非浜松・非「静岡県中西部・愛知県」の地域で自分自身で営業をやってきた人だから言うことであり、当たり前のことを言っているようですが、静岡県中西部・愛知県でしか仕事をしたことがない「井戸の中のカエル」には言えないことです。実際は何対何くらいだったかというと、佐野市近辺においては、4対6 より住友林業の方が強いくらいだが、3対7まではいかない、その間くらいだったかと私は思っています。
  もっとも、近藤路夫など「浜松の中のカエル」はひどすぎます。それは、(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫が「営業は頭のない人間がええんや、頭のない人間があ。ぼくらでも学校でてない(最終学歴:中卒)だから、だから、気さくで人間味があってお客さんに好かれるんや。そう思うだろ。思わないか。思います、と言え」などと言って、無理矢理、「思います」と言わされてしまったということがあり、オーナー経営者一族がそんな認識でいるから、だから、その程度の人が営業所長になっており、たとえ、自分自身は1か所でしか一線の営業をしたことがない人間であっても、最終学校を卒業するまでに、科学的思考・実証的態度・学問的思考の修練をある程度以上おこなってきた者であれば、「一条オリジナル」「浜松流」従業員みたいにそこまで「井戸の中のカエル」にはならないはずなのですが、ところが、そういう科学的思考・実証的態度・学問的思考の修練のない人を、ダンピングの浜松・掛川・名古屋に配属して、ダンピングとテレビ広告で売らせてあげると、「浜松でいいものは日本国中、どこだっていいに決まってるんだ。こんなこともわからんのか」とか叫び出すのです。往生しまっせ、ほんま。
  E=H=カー『歴史とは何か』(1961.清水幾太郎訳 1962.岩波新書)には、
≪私が悪王ジョン学説――歴史で問題になるのは諸個人の性格や行動であるという見方――と呼ぼうとするものは、長い系譜を持っております。個人の才能を歴史における創造力として要請しようという欲求は、歴史的意識の原始的段階の特徴であります。・・
 悪王ジョン・善女王エリザベス学説は、最近になるにしたがって特に発達して来ております。共産主義を「カール・マルクスの脳髄が生んだ子供」――私は、この言葉を最近の株屋のパンフレットから借りました――と名づける方が、共産主義の起原や性格を分析するより容易ですし、ボリシェビキ革命をニコライ二世〔NikolaiⅡ.1868-1918 ロシア革命当時のロシア皇帝〕の愚昧やドイツの金に帰する方が、革命の深い社会的原因を研究するより容易ですし、二十世紀の二つの世界大戦をヴィルヘルム二世〔Wilhelm Ⅱ. 第一次世界大戦当時のドイツ皇帝〕やヒトラーの個人的な悪意の結果と考える方が、国際関係のシステムにおけるある根本的な崩壊の結果と考えるより容易なのです。≫
といったことを述べているが、たとえば、このE=H=カーが指摘しているようなこういった思考の訓練をおこなってきた人間であれば、たとえ、自分自身は1か所でしか営業をしたことがなくても、全国的視野・総合的視点で考えるということができると思うのだが(もちろん、それでも、全国的視野・総合的視点で会社運営を考えるには、できれば、1か所だけではなく私のように2ヵ所以上の場所を経験した方がいいだろうけれども)、「営業は頭のない人間がええんや、頭のない人間が」と営業本部長がそんなことを言い、そんな認識で任命した営業所長というのは、自分自身が、対住友林業では有利な場所で営業をさせてもらい契約を取らせてもらったなら、日本全国どこでもそうであるはずだと勝手に決めつけてしまう、井戸の中の状況が井戸の外でもあてはまるに決まっているという思考をしてしまうようです。「その程度の人」はその程度の人として使ってあげる(「アホはアホなりに使ったらいいがな」という使い方をする)ようにするべきだと思うのですが、井戸の中のことしか考えられない人に、井戸の外のことにまで口出させようとするのが(株)一条工務店の経営者でした。

  栃木県南西部、佐野市・栃木市・足利市など、両毛線沿線の人間の特色としては、福島県の人間などに比べると、「けっこう細かい」。 (株)一条工務店の総務部長の天野雅弘と話した時に、それを口にした際、かつては、この地域は繊維産業がさかんだった地域だということを言ったのに対して、天野雅弘が「そりぁ、繊維の仕事やってた地域の人間は細かいわ」と言ったことがことがあった。天野雅弘の説は、糸を扱っている人間というのは、糸の値段が基準になるから、家1軒建てる時に、糸1本の値段を普段考えている人間は、どうしても「細かい」ことになる、というのだ。そういうことかどうかはわからないが、福島県の人間などに比べると「細かい」。栃木県でも、小山は地名を見ると、「小さい山」で普通名詞みたいな地名であり、もともとはその地域では特に大きな町ではなかったかという感じだが、関ケ原の戦いの際に、徳川家康を中心とした東軍が会津の上杉景勝を攻めに向かう途中、西で石田三成や宇喜多秀家らが挙兵した知らせを受けて、引き返すべきかどうかという軍議がおこなわれたとされるのが小山で「小山会議」というのか言われる話があるからには、そんなに最近になってできた町ということもないのかもしれないが、ともかく、東北本線・東北新幹線が通っていて水戸線・両毛線が分岐する場所であり、栃木県では県庁所在地に次いで人口が多い市は足利市だが、最近は小山市の位置づけが上がってきたらしく、小山市は栃木県でも「東京に近い」雰囲気を部分的に持っている。県庁所在地の宇都宮と佐野・足利・栃木などと比較すると、これは、宇都宮市で公共の分譲があった時に、各展示場から交替で営業が行って土地の申込をしに来た人にカタログを渡したりということをやったのだが、佐野市の展示場の営業は誰もが、佐野からは遠い宇都宮の分譲地になんか行きたがらず、理由をつけて行かなかったので、私が、会社から行けと言ってきている以上、誰かが行かないといけないのだからということで行ったのだが、その結果、行かなかった人間は、佐野近辺の住民と宇都宮市の住民との違いを感じる経験も持たなかったが、私はその労力を払ったので、その時の宇都宮市の人に契約してもらうということはできなかったが、佐野市近辺の住人と宇都宮市の住人との違いを感じ取ることができた。一番大きいのは、宇都宮は県庁所在地なので、なんだかんだ言っても、佐野市近辺の住人に比べて、全般的に年収が多い。家を建ててもらおうと思えば、年収が少ない人でもいい人はいるだろうけれども、実際問題として年収が多い人の方が家は建つ。その点では栃木県では県庁所在地の宇都宮や「東京に近い」小山は佐野市近辺などより有利なようだ。
  ほかにも地域による特色はあるが、それは別の機会に述べるとして、地域による違いというのはある。戸建住宅においては、(株)一条工務店の遠州人は、「浜松でいいものは日本全国どこでもいいに決まってるんだ」というお決まりの文句を言いまくるが、そうではない。「好みの問題」というのがけっこうある。まず、福島県では、(株)一条工務店は構造材がムク材で柱材はムク材で国産材というのは相当強みであったが、それだけではなく、外観や内装のデザインも、福島県の人間にとっては住友林業の建物は「住友林業て木造なの? なんか、プレハブみたい」とか言う人があり、福島県人にとっては「プレハブみたい」という印象を受けることがあったのに対して、(株)一条工務店の建物、東京圏の住人からは「いかにも、イナカの家て感じがする」「浜松で建てるならいいのかもしれないけれども、うち、浜松で建てるんじゃないですよお」と言われる家というのは、住友林業の家よりも「地方」型であり、「大工さま」の家に比べると都会的であか抜けているということで評価されたが、佐野近辺においては、福島県におけるほどは一条工務店の建物は住友林業の建物に比べて有利性はなかった。しかし、一条工務店の建物の方を志向する人たちはいた。だから、そういう人達を中心に営業やれば契約をとれる可能性はあった。
  (株)一条工務店の遠州人には、「住宅は構造が第一で、構造アプローチが何より大事だ」と言う人がけっこういたのだが、「浜松の中のカエル」はそう思ったようだ、東京圏では遠州人が実施する「研修」で教えられたことをそのままやってもうまくいかなかった。東京圏ではそれではだめです。まず、遠州人は誤解しているのだが、浜松・掛川などでは、来場客・見込客に「家を建てるのには、見た目のデザインが良くても、間取りが良くても、構造がなってなくてすぐに住めなくなるような家では困りますよね」と言えば、「そうですよね」となると思うのだが、それは、浜松・掛川あたりの展示場がその地域の住人にとって外観も間取りも合っているからで、その地域の住人、来場客が見て、「一条の家はなかなかいいなあ」と思ったところに、「家を建てるのには、見た目のデザインが良くても、間取りが良くても、構造がなってなくてすぐに住めなくなるような家では困りますよね」と言えば、「そうだよねえ」となる。ところが、東京展示場では、来場客から「なに、これ。まるで、イナカの家みたい」「浜松では、こんなブサイクなのが好かれるんですか。はあ~あ。まあ、好みの問題もあるから、浜松の人にはこういうのがいいのかもしれませんね。うちは、こういうのはパスだけどな」とか言われまくっていたのだ。そういう相手に「家を建てるのには、見た目のデザインが良くても、間取りが良くても、構造がなってなくてすぐに住めなくなるような家では困りますよね」と言っても、「そりぁ、そうだけどさあ」となる。ましてや、営業本部長の天野隆夫が、松戸展示場で新人の営業に「デザインがいいということは構造がなってないということだ」と教えていたが、それは違うと思うぞと思った・・・が、言うと怒るから言わなかったが、違うと思うぞ。「デザインがいいということは構造がなってないということだ」という天野隆夫のその言い方では、まるで、「美人ということは健康状態が悪いということだ。美人の奥さんでも、美人薄命と言うように体が弱い人では困りますよね。その点、うちの娘はブスもブスも、ブス、ブス、ブス! スーパー高耐久性ブスですからね。ブス! てことは耐久性があるてことですよ。やっぱり、結婚するなら、美人でも体の弱い人と結婚するのではなく、スーパー高耐久性ブスと結婚した方がいいに決まってますよね」と言われているのと同じになる。健康が第一というのは間違いではないだろうし、家もまた、構造が大事というのも間違ってはいないのだが、「結婚するなら、美人薄命の女性よりもスーパー高耐久性ブスの方がいいでしょ」なんて言われると・・、なんか、ちょっと違うような気がしてくる・・というか、ブスなんか長生きするんじゃねえ! とでも言いたくなってくる。
  (株)一条工務店の遠州人は根本的に勘違いしているのだ。遠州地方で「構造が何より大事ですから」と来場客・見込客に言ってそれが通じるのは、外観・内装のデザインや間取りなどがその地域の人たち、その来場客・見込客の志向に合っている時に、「家を建てるのには、見た目のデザインが良くても、間取りが良くても、構造がなってなくてすぐに住めなくなるような家では困りますよね」と言うから通じているのであり、「なに、これえ。まるで、イナカの家じゃないのお」「うわあ~あ」と思っている人、かつ、はっきりとそう言う人に、「家を建てるのには、見た目のデザインが良くても、間取りが良くても、構造がなってなくてすぐに住めなくなるような家では困りますよね」と言っても、言い訳しているようにしか聞こえない。さらに、江東区潮見にあった東京展示場では2階ホールは端から端まで床鳴りがしていたので、「一般には床の根太は1尺5寸の間隔で入れていますが一条工務店は1尺、30センチ3ミリ、の間隔で入れており、一般には45ミリ角の根太を使っていますが、一条工務店は幅は45ミリですが高さは60ミリの木材を根太にしようしています。これが間隔が広かったりすると床鳴りがしたりするのです」と言えと言われるから言うと、東京展示場の2階のホールを歩くと、ミシッ、ミシッとまさに床鳴りがしたのです。「あらっ、これ、何の音かしら。一条さんの家は根太の間隔が狭くて根太の厚みが厚いから床鳴りはしないはずなのに。この音、何かしら。あら、こっちでも音がするわ。こっちでもする」てなったのです。(株)一条工務店の遠州人にこれを言うと、「そういうことを言うからいかんのだあ~あ」と言って怒るのですが、しかし、これは私が言ったことではなく私が言われたことなのです。私が言ってるのではないのです。私は何人もからそう言われたのです。「そういうことを言うからいかんのだああ~あ!」と怒る人は、私に怒らないで、言った人(来場客)に「そういうことを言うからいかんのだあ~あ!」と怒鳴りつけてもらいたいものです。言われた人間に怒鳴りつけるのではなく、言った人に怒鳴りつけてください。展示場のそういう床鳴りはなんとか直してほしかったが、直してくれなかった。ところが、浜松に工場見学会に行った帰りにJR「天竜川」駅の南の天竜川南総合住宅展示場に(株)一条工務店の展示場が3棟建っている所に行って見ると、浜松の展示場というのはどれもきれいで床鳴りもしなかったのです。会社は従業員に対して公平であるべきですが、ところが(株)一条工務店という会社は浜松・掛川にはきれいな展示場を建てても東京では「東京で展示場を出そうとすると出展するだけで浜松の3倍の値段がかかるんだ」とか言って東京には床鳴りしまくりの展示場を建てるのです。

  (株)一条工務店の遠州人は、「浜松でいいものは日本全国どこでもいいに決まってるんだ」と、実際に日本全国でいいと評価してもらえるかどうか調査したわけでもないのに叫びまくりますが、地震や台風に対する強度とかそういった自然科学上のものは日本全国基本的には変わらないでしょうけれども、意匠面や、ムク材でも集成材でも強度も耐久性も問題ないという場合にどちらを好むかとか、もし、細い構造材でも太い構造材に劣らない強度を発揮できるという場合、それなら細い物を使った方が家は広くなるからいいと考えるか、強いか弱いかにかかわらず、構造材は太いものがいいのだと考えるのか、それはそれぞれの地域によって志向は違います。その「好みの問題」をいいだ悪いだ言ってもどうもなりません。
  栃木県佐野市近辺では、住友林業と一条工務店では、「好みの問題」としてどちらを志向するかというと、構造材については、ムク材でも集成材でもどちらでもいいという人が多く、福島県ほどムク材志向はなかった。が、東京展示場や松戸展示場にいた時は「集成材の方がいいんでしょ。あんた、そんなことも知らないの」なんて言われたことが何度もありましたが、佐野はそうではありません。しかし、住友林業の営業に洗脳されて、「集成材の方がいいと住友林業の人が言ってたよ」という話は何度も出ました。地域によってだけ決まるわけではなく、人によっても違いはあるのですが、構造の部分については、基本的には顧客の評価は住友林業と一条工務店は五分くらいだったように思います。(株)一条工務店の遠州人、浜松営業は「一条工務店は構造が断然いい」とか言いたがるのですが、そのビョーキやめた方がいい・・と思うのだが、言うと怒るので、うるさいから黙っているとして、(株)一条工務店の建物の「売り」になるところは、構造だけではないのです。逆に、構造については、近藤路夫は「ムクはいいに決まってるんだ。こんなこともわからんのか」と言うのですが、「決まってる」のか? というと、決まってはいません。ですから、決まってもいないものを「決まってるんだ」と言われると、なんか、程度の低いおっさんだなあ~あ・・という印象になります。(株)一条工務店の浜松営業には、そういう「程度の低いおっさん」が少なくなかったように思います。
  私が卒業した大阪府立北野高校というのは慶應大学の教授には最も嫌われていた高校だったようで、講義の最中に教壇の上でマイクに向かって固有名詞をあげて「だいたい、北野高校の人間というのはねえ。私学よりも国公立の方がいいと思っていませんか。北野高校の人間は『どうして、私立だったらいいんですかあ?』なんて言うでしょ。バカか! 私学だってことは、いいってことじゃないか。北野高校の人間はこんな常識もわからんのかあ!」とおっしゃるのです。慶應の教授先生というのは。そういうことを言われますと、私なんかは正直な方ですから、「せ~んせえ~え。どうして、『私学だってことはいいってこと』というのが『常識』なんですかあ? せ~んせえ~え、わっかりっませえ~えん!!!」とか言いたくなるのですが、逆らうとうるさそうですから、逆らわない方がいいかもしれません。そういう「慶應タイプ」の教授と似たようなことを言う人というのが、世間には時々います。「ムクだということはいいってことじゃないか。そんなこともわからんのかあ!」と近藤路夫さんはのたまわれるのですが、「どうして、『ムクだということはいいってこと』なんですかあ?」と言いたくなるのですが、言うと激怒しますから、うるさいから逆らわない方がいいでしょう。実際問題として、集成材を売りにしている競合会社があるわけですから、構造材がムク材だということを売りにしようとするならば、「どうして、ムク材はいいのか」という「どうして」という部分は重要だと思うし、近藤路夫は「研修」に講師役で来たわけですし、通算契約棟数3位ということになっていましたので、自分が営業活動をする上に役立てるため、ぜひとも、「ムク材は集成材よりいい」理由をぜひとも聞いておきたいと思ったのです・・が、ところが、「ムクだということはいいってことじゃないか。こんなこともわからんのかあ!」と、まるで、慶應の教授みたいにおっしゃったのです。要するに、この人とはあまり口をきかない方がいいてことみたい・・ということと、(株)一条工務店がそういうおかしな人に「研修」の講師役を依頼したのが根本的におかしいということがわかりました。

  「どちらがいいか」という問題と別に「どちらが好みか」という問題もあり、これは実はけっこう大きいのですが、構造材にムク材を好むか集成材を好むかという問題においては、佐野市近辺は、特にどちらでもない、というくらいでした。「そういうことを言うからいかんのだあ~あ」とか近藤路夫とか遠州人・浜松営業は言うでしょうけれども、いかんと言われても、実状がそうだったのですから、ほとんどビョーキみたいな浜松営業はここでは相手にしないことにして述べますが、構造材がムク材か集成材・輸入材かについては特にこだわらないなら、商品については、特に有利不利はないのかというと、そうではなく、(株)一条工務店の浜松営業は自社はいいのは構造だけのように言うのですがそうではないのです。構造以外の部分についての好みという点で、佐野市近辺では、住友林業と一条工務店では、「やや一条工務店の方が有利」だったと思うのです。ですから、対住友林業の競合である場合には、構造ばっかりアプローチするよりも、そのあたりもアプローチした方が良かったでしょう。おそらく、今でもそうではないかと思います。
  構造は五分で、意匠・デザインなどについて「やや一条工務店有利」だとすると、住友林業と一条工務店では一条工務店の方が、営業の能力・努力が五分と五分なら有利なのか? というと、そうではない。まだ、他の要素があります。
  福島県浜通り地区で仕事をしていた時に感じたのですが、どうも、原子力発電所に勤めていた人というのは、そうではない人に比べて、原発の危険性についての認識が緩いように思いました。それは、自分がそこに勤めている以上、危険極まりないと思っていたのではやってられないので、その仕事を辞めるのでない以上はそれほど危険ではないように思いたいということもあるかもしれませんが、どうも、安全側の「情報」がそうでない人よりも多く耳に入ってしまうのではないかと思います。それと、いくらか似たことかと思うのですが、ある程度、大手の会社に勤めている人は、その会社の関連企業に頼みたがる傾向がある。関連企業に頼んだ方が割引があるからということもあるでしょうけれども、そうでなくても、洗脳されてしまうのか、どうも、そういう関連の所に頼もうとする人が少なくない。ひとつには、人的つながりで断りにくかったり、断れないことはないが、あの人に頼んであげようという気持ちになるというケースもあるでしょう。佐野市の展示場で営業の仕事をして、どうも、佐野市近辺は、住友林業とつながりがある人が他の地域より多いのではないか、と感じたのです。何か、その付近に住友系の何かがあったか? 田中正造翁が尽力した渡良瀬川の鉱毒問題の足尾銅山は古河系で住友ではない。今は佐野市になった葛生町にセメント工場とかあったと思うのですが、石灰岩を採取している鉱山とか何か、住友系のものが佐野市近辺にあるか、それとも、その近辺の工業団地に住友系の大工場とかあるとかないか? はっきりと、「これや」というものを見つけたわけではないのですが、どうも、住友林業と単なる展示場来場による縁ではない、別のルートでの縁があるらしい人というのが多いという印象だったのです。
  それと、もうひとつ。私は、東京都目黒区でそれほど長い期間ではありませんが新聞配達の仕事をしたことがあるのですが、目黒区のその販売店の付近では、朝日新聞の購読者と読売新聞の購読者は「同じくらい」でした。福島県いわき市の展示場に勤務した時、総合住宅展示場の運営会社の人から聞いた話では、いわき市・双葉郡・茨城県北茨城市といったあたりでは、朝日・読売と福島民報・福島民友の地方紙2誌の4誌の購読者がほぼ同数でした。私は大阪の生まれですが、大阪府では、まず、新聞は「朝日が普通」であり、次いで毎日、その次が読売で、私の母方の祖母なんかは「朝日でないといけません。読売なんてアカ新聞なんて読めません」と言っていました。この場合の「アカ新聞」というのは左翼系という意味ではなく、今では新聞のカラー刷りは珍しくなくなりましたが、かつては新聞はモノクロのもので、赤とか青とか緑とかの色がついた新聞というのはスポーツ新聞か夕刊紙で、スポーツや芸能記事が中心だったり不確かな記事を載せたり、まあ、東京圏の住人にわかりやすい表現をするならば、「東スポみたい」な新聞のことを「アカ新聞」と言ったのです。大阪に行って食べ物屋に入った時、店で閲覧用に新聞を置いてある場合、「たいてい、朝日」ですが、今、私が住んでいる千葉県船橋市とその周辺で食べ物屋に入って店に置いてある新聞を見ると、「たいてい読売」です。だいたい、関西では「読売」とか「巨人」とか名前がつく物を見せられると、関西人はそれだけで不快指数が上昇しますから、「この野郎!」と思われる物を置いてもしかたがない、とういこともあるかもしれませんが。 (株)一条工務店を辞めた後、厚生労働省委託の「求職支援セミナー」に参加した際、講師の人が、「新聞の求人広告を見る場合には、自分がつきたいと思う仕事を掲載している新聞を見ないといけません」と話したことがありました。もっとも、今では、求人広告は新聞よりもインターネットの方が多くなりましたが、新聞の求人広告は、日経→朝日→読売→スポーツ という順番で、掲載される内容が違うのです。 私は佐野市に3年半住んだ人間であり、そこに住んでお世話になった地域やそこの住人をあまり悪く言いたくはないのですが、実際問題として、佐野市は、「下野新聞」という地方紙もあることはあるのですが、購読者はそれほど多くなく、読売の購読者が圧倒的に多い地域なのです。読売の購読者が多い地域ということは、この際、言ってしまえば、「権威主義的パーソナリティー」の人が多い地域だということです。関西では「朝日が普通」ですが、東京圏や関東でも教養水準が高めの人は、「朝日か日経」でしょう。「読売を読んどる」というのは、教養水準があまり高くない人、ということになります。『憂国のラスプーチン』に元外務省の佐藤優氏がモデルの憂木護という男性が拘置所に入れられ、両隣の部屋には「決定者」が入居していたが、その片方の住人は、どうも他の人と違って、刑務官からも他の入所者からも尊敬されているような感じがする、いったい誰なんだ・・と思って見ると、「朝日新聞を読んでいる」→「インテリなんだな」と憂木護が思うという場面がありましたが、その隣の部屋の住人は元連合赤軍の坂口弘だったらしいのですが、その「朝日新聞を読んでいる」→「インテリなんだな」 の逆が、「読売を読んどる」→「ここのおっさん、前からアホやアホやと思うとったが、やっぱり、読売を読んどったな」・・てところがあるわけです。こんなことを書くと、読売の購読者から怒られるかもしれませんが、現実にそういうことはあります。
  この際、はっきりと言ってしまいますが、「権威主義的パーソナリティー」の傾向が強い人が多い地域と、読売新聞の購読者が多い地域には、相関関係があり、「権威主義的パーソナリティー」の傾向が強い人が多い地域と住友林業が強い地域にも相関がある。ということは、読売新聞の購読者が多い地域と住友林業が強い地域との間にも相関があることになります。何も、佐野市近辺の人間が何から何までだめだなんて言うつもりはないし、3年半そこに住んでお世話になった地域の人を悪く言いたくはないし、すべてがだめなんて言うつもりは毛頭ありませんが、しかし、現実に、「権威主義的パーソナリティー」の人が多い・読売の購読者が多い⇒けっこう住友林業が強い、という傾向はあると私は思っています。実際、「住友林業の人がこう言ったんだ。住友は絶対に嘘つかないから」という言い回しで、まるまる嘘やんけ! てことを言われたことがあります。(株)一条工務店の佐野展示場にいた長く在籍している「高木のおっさん」(当時、50代)は「聖教新聞は他と違って絶対に嘘は書かないから」と言って、聖教新聞を購読しろと言ってしつこいしつこいしつこいしつこいしつこいしつこい・・・と追いかけてきてしつこいしつこいしつこい・・でしたが、その「絶対に嘘は書かないから」と実際の記事を見るより前に決めつけているというその姿勢こそ「権威主義的パーソナリティー」であり「ファシズム性向」であると言えます。「作家で精神科医」の なだ いなだ氏のペンネーム「なだ いなだ」は、スペイン語だったかで「何もない、何もない」という意味で、スペインの詩人だかの詩の一節だったと思いますが、「信じられるものなんて何もない」という意味らしく、新聞を読むにしても、まず、「信じられる」ようなものは「何もない」という姿勢で見るのか、記事を見るより前に「絶対に嘘は書かないから」という信仰を持って見るのかでは、前者は民主主義的傾向が強く、後者はファシズム的傾向が強い姿勢だと言えます。佐野市は読売新聞の購読者の割合が圧倒的に多い地域だそうで、新聞屋に聞いた話では8割以上は読売の購読者だというのですが、「8割以上は読売の購読者」・・ということは⇒「権威主義的パーソナリティー」の人が多い、⇒住友林業がけっこう強い・・と考えられるはずです。「聖教新聞は他と違って絶対に嘘は書かないから」という信仰を持ってる創価学会の「高木のおっさん」同様に、「住友は絶対に嘘は言わない」という信仰をもっていて、住友林業の営業のあほくさい嘘を「住友は嘘つかない」と信仰しているおっさんが、佐野市にはけっこういたのです。実際のところ、これはもう信仰の世界のこと、宗教ですから、あなたの信じている宗教は適切ではないとわからせてあげようと思っても簡単ではないのです。
  そういう要素が加わって、その結果として、佐野市近辺においては、「一条工務店と住友林業では、もしも営業の能力・努力が五分と五分ならば、3対7まではいかないとしても、4対6より大きく住友林業の方が有利」という状況だったのです。

  この件は今回で完結させるつもりでしたが、ブログの字数制限にひっかかる為、後半部、「集成材がいいと思っている人にムク材の会社の営業が契約してもらう方法」と「直接対決で分が悪い会社との競合に勝つ方法」について、私が自信をもっている3点を述べ、かつ、(株)一条工務店の遠州人営業の近藤路夫さんが「一条工務店の建物はすべてにおいて絶対的にいい」と「研修」で発言したのですが、それはある意味で正しく、ある意味で間違っているのですが、その点についてどういうことか述べることにします。今は、私が佐野市の展示場にいた2000年前後といくらか状況が変っているかもしれませんが、基本的なところは今も該当するのではないかと思います。辞めた会社の営業に協力してあげる必要はないでしょうけれども、今、佐野市近辺にいる営業で私がここで述べている内容を理解できていない人がいるなら(いると思いますが)、けっこう参考になると思いますよ。(株)一条工務店は、私が入社した1992年頃は、全国の営業を対象とした研修に、講師役としてはすべて静岡県中西部から愛知県にかけての営業所長などが来て「アタマが浜松」の話をしていました。全国企業になってきているのだから、講師役も全国の人間に担当してもらうようにするべきではないのか、「アタマが浜松」の話は静岡県中西部・愛知県の人間には役立つものでも、他の地域の人間にはかえって害があるようなものまであるのに・・と思ったのだが、11年余在籍した私の在籍終盤、2000年か2001年、栃木県の小山の展示場にいてその後、佐野展示場に移った鈴木(男。当時30代)が本社の研修の講師役に呼ばれて行ったと聞いたが、あんなヤツ呼ぶくらいなら俺を呼んでくれれば、少なくともあんなヤツよりもずっといい話をすることができるのにと思ったが、私は呼ばれなかった。もしかすると「空の広さの一部分は浜松の広さと同じだ、と言うのならそれは正しい。しかし、空の広さは浜松の広さと同じだと言うのならそれは間違っている」と言われるのではないかと恐れて、それで呼ばれなかったのかもしれない。「空の広さは浜松の広さと同じだ」と繰り返し叫ぶ人は呼ばれるのだけれども・・。
 (2019.4.6.)

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