(株)一条工務店の浜松営業とはどういう連中か【2/ 】ダンピング浜松・名古屋。浜松は東なのか西なのか

[第689回] 会社と営業の話( )-2
  (株)一条工務店 の「遠州人」の営業はどういう連中か、第2回。
【C】-1 (株)一条工務店に応募した際に見た「ビーイング」には「研修制度が充実していますので、売れなくて困るということは絶対にありません」だの「一条工務店の来場数は他社と比べても群を抜いています」だの何だのと嘘八百を書き連ねていましたが、入社してみると、およそ、そのような有効な「研修制度」なんてありませんでした。2年目に入った1993年5月、新たに「研修」があり、その際に講師役で来た男は、普通、「研修」とかそういう場に来たなら、講師役の従業員は、まず、自分自身の所属と名前を名のるものだと思いますし、それまで、研修の講師役で来た人は誰もが名のってきたのですが、その男は、「研修」を受講する側の人間は全員に所属と氏名を名のらせ、簡単な自己紹介をさせておきながら、自分は名前も所属も名のらず、誰なんだ? と思っていたのですが、その「研修」が終わるまで、参加した人間の側は全員が所属と名前を名のりましたが、講師役で来た男1名だけは名前も所属も名のりませんでした。「コミック乱」だったか「乱ツインズ」だったかに掲載の『丹下左膳』では丹下左膳「姓は丹下、名は左膳」と名のった後、「おい、お前は自分の名前を名のらないのか。人に名前を尋ねて聞いたら、自分も名のるのが礼儀だと親から教えられなかったか」と言う場面があったが、近藤路夫にもそう言ってやるべきだったかもしれない。いったい、誰なんだ? と思ったのですが、本社の人間に問い合わせたところ、名古屋南営業所(展示場)の近藤路夫という男(当時、40代後半?)でした。やっぱり、営業なら、自分自身はどこの誰だということを求められなくても自分から名のるというのは「営業の常識」ではないかと思いますし、特に、受講する側の人間には全員に氏名と所属を名のるように求め、自己紹介もさせておきながら、自分自身は氏名も所属も名乗らず、自己紹介もしなかった。「世間の常識は遠州人(〔(株)一条工務店の遠州人〕の非常識、遠州人の常識は世間の非常識」なのかもしれませんが、何様か知りませんが、会社という所において、いい態度ではないでしょう。ひとに氏名と所属を名のるように要求して名のらせておきながら、自分は名のらないという、そんな無礼な態度はないと思うのですが、その無礼な態度をとった男が、名古屋南営業所の近藤路夫という男でした。
   そういえば、1993年、9月か10月、福島県の中通り地区の営業所長の片山(男。当時、40代?)は見た目もあんまり賢そうではない男でしたが、その片山がいわき市の営業所に来て、普通、自分が所属して普段から勤務している営業所であれば黙って上がり込んでもいいとしても、よその営業所に行った時、特に営業所長という役職をもらっている人間が他の人間が営業所長になっている営業所に行った時には、框を上がる前に、「こんにちわ。▽▽営業所の☆☆です」と一通り挨拶をして、それから上がるもののはずですし、私が最初に正社員型で勤務したコンピュータ関連のT社では、人事総務部長のKさんは、黙ってた部署に入ってくる従業員がいると、「こら、黙って入るな。自分が普段勤務している部署になら黙って入ってもいいけれども、他部署に入る時には『失礼します』でも『こんにちわ』でも何でもいいから、ともかく、何か言って入れ。おまえは泥棒か」と言って注意したものでしたが、片山は何も言わずに黙って事務所内に上がり込んできたので、このおっさん誰だ?!? と思うとともに、会社から給料をもらってその営業所に勤務している者として、従業員の会社に対する責任としてその不審者に対して退去を求めるべきかどうか思案したものでした。片山のその態度は会社員として非常識であるとともに、訪問先の営業所の営業所長の顔を土足で踏みつけるような行為であり、「大澄社長の腰巾着」と従業員の間で言われていた片山は、「自分は『社長の腰巾着』であり、営業所長は営業所長でも他の営業所長とは違うんだ」「自分は所長の中でも『社長の腰巾着』の所長であり別格なんだというところをそういう行為をすることでいわき市・浜通り地区の従業員に見せつけ、浜通り地区の所長であったKさんに顕示しようとして、意図的にそういう態度を取ったのか、それとも、単なるアホなのか、どちらか不明確ですが、いずれにしても、あまりいい態度とは思えません。こういう人を初代社長の大澄賢二郎は「社長の腰巾着」として大事にしていたようです。どうも、「一条工務店の土台を築いてきたと自称している人たち」「一条オリジナル従業員」にはこういう人間が多いように思えます。三井物産広報室が『マナー イズ マネー』というゴマブックスから出していますが、営業というものは、そのあたりのマナーを心得るのが営業であるはずで、マナーの欠落しているのが営業ではないはずですが、片山が営業としてどれだけの契約をあげたか否かにかかわらず、マナーのいい態度ではありません。福島県では、和風の「百年」と名づけられたタイプが好評でしたが、展示場はいわき市にのみあって中通りになかったということもあり、片山および片山以外の中通り地区の営業が担当で「百年」で契約した契約客がいわき市の私が在籍した展示場に「百年」のタイプの建物を見学に来ることが何度もあり、私はその度に丁寧に応対し説明してあげた上で、片山および中通り地区の担当営業にこういう人が来られましたよと電話で連絡をしてあげたもので、その数は相当のものでしたが、片山は「ありがとう」の一言を言ったことがない。営業としてどうかの前に、まず、親の教育が悪い! のではないか。あんまり、いい育ちをしていないのではないか。営業所長がそういう態度であると、中通り地区の営業は、ほかのヒラ営業もまたそういう態度を真似るようであった。いわき市の展示場で、片山および片山以外の中通り地区の営業が契約した客がいわき市の私が在籍した「百年」のタイプの展示場に和風の建物の見学に来場して私以外のいわき市の営業が接客・応対した時、私は片山が担当の契約客にお茶を入れて持って行ってあがたことが何度もあるが、私が担当で契約した会津若松市で建築のOさんの仕様打合せ(色合わせ)を郡山市にいる「コーディネーター」がコーディネーターがいわき市まで行くのではなく郡山市に契約客を連れて来てやるようにしてほしいと言うので、契約客を私が郡山市の展示場まで連れていった際にも、郡山市の展示場の営業は、私が「いわき東営業所の〇〇です。よろしくお願いします」と挨拶しても、誰ひとりとして「私は◇◇です」と挨拶を返す者がなかった。こいつら、これで営業か?!? と思った。それだけでなく、片山および中通り地区の営業が和風の「百年」というタイプで契約した契約客の応対を相当の数をやってあげ、いわき市の他の営業が対応した場合には、お茶を入れて持って行ってあげてきた私の契約客が中通り地区の「コーディネーター」の希望を入れて郡山市の展示場で仕様打合せをおこなったにもかかわらず、お茶の1杯入れて持ってこなかった。こういう礼儀知らずがあるだろうか。片山は「中通りの展示場では、お客様が来場したら、5分以内にはお茶を入れて持って行かないと片山所長が許さない」と「片山所長のイヌ」と言われていた人が言っていた言わせていたのだが、それはウソである。よくそういう事実と正反対のことを言わせるものだ、とあきれた。「大澄(初代)社長のお気に入り」「大澄(初代)社長の腰巾着」とはそういう男だった。
   その時の近藤路夫の言動は非常識であり、(株)一条工務店はこんな人間を営業所長にしているのかと驚き、こんな人間を所長にしてはいかんなあと思いました。私の父の勤め先の初代社長は、会社で部下のことをぼやく中間管理職には「アホはアホなりに使ったらいいがな」とよく言ったというのですが、たしかに会社という所においては、特に「一流」「有名」「上場」「財閥系」「大」企業とかでないその逆の会社においてては、優秀な人ばかり集めて運営するということはできませんから、「アホはアホなりに使ったらいいがな」という方針でやるしかないでしょう。しかし、それにしてもひどいなあとあきれました。「アホはアホなりに使う」ということはいいと思いますが、アホは所長とかにはならせるべきではないはずです。
   彼の言動は非常識で極まりないものでしたが、それらについては別の機会に述べるとして、今回はその一部分をここで述べます。近藤路夫は(株)一条工務店でその時点で通算契約棟数3位ということになっていましたが、プロ野球選手でも2000本安打を達成できるのは高卒で入団して比較的早いうちから試合に出るようになった選手の方が有利で、新井(法政→南海→近鉄)が2000本安打を達成した時、テレビの野球中継で解説者が「立浪(PL→中日)は高卒で入団してすぐ試合にでたので達成できるかと思いましたが、新井は大学出て入団したので厳しいかと思いましたが達成しましたね」と言うのを聞いたことがありますが、大学を出て社会人野球を経て入団した選手やある程度の年齢になってから試合に出て活躍するようになった選手は不利であるのと同じく、長くいても本当にやる気もない徹底的にだめな人なら売れないかもしれませんが、通算契約棟数というもので見るならば、それは長くいる人は「通算」で見ると多くなりますし、長くいる人間の方が「通算」では有利であり、「通算契約棟数3位」というのはそのままは受け取れません。私が入社した1992年は「バブル」がはじけた頃でしたが、「バブル」がはじける前にいた人とその後に入社した人間とでは条件が違いますし、(株)一条工務店という会社はその頃から「労働集約型」に切り替え、同業他社より1展示場あたりの営業社員の数をずっと多くしましたが、営業の数を2倍にすればその地域で(株)一条工務店で建ててくれる人の数も倍になるものでもなく、営業が倍になっても1.5倍にでもなればいい方であり、バブルがはじける前の契約棟数とバブルがはじけてからの契約棟数を比較しても意味のないことであり、「労働集約型」に切り替えるより前に在籍した人の1年あたりの平均契約棟数とその後に入社した人間の1年あたりの平均契約棟数を比較しても意味のないことでした。
  1992年に私が入社した東京展示場があった東京都では「セゾン275S1」というものを坪55万円で販売していたのに対して、近藤路夫が勤務していた名古屋南営業所があった愛知県では坪49万5千円でウルトラダンピング販売していた。経済学上の需要曲線を思い浮べてみてもわかるが、というよりも需要曲線というものを引っ張り出さなくても普通に考えればわかるが、一般に、高めの価格を設定するか低めの価格に設定するかでは、高めの価格にした方が1棟あたりの利益率は高くなるが、低めの価格に設定した方が利益率は下がるものの多く売れることになりやすい。もっとも、それは「経済学的に考えれば」であって、「商業学的に考えれば」、高めの価格を設定することによって商品に高級感をまとわせることになり、低めに設定すると実際よりも「安物」に見えてしまってかえって売れなくなるということだってありうるが、そういう場合もあるとしても、一発には、同じ商品を高めの価格に設定するか低めの価格に設定するかでは、低めに設定した方が量としては売れやすいことになる。1992年から93年にかけて、(株)一条工務店の「セゾン275S1」は東京都・神奈川県では坪55万円で売らされていたのにたいし、浜松・掛川では坪48万円、近藤路夫が在籍していた名古屋南営業所があった愛知県では坪49万5千円でダンピング販売していたのであり、そうである以上は営業社員に対する評価は、東京都・神奈川県で契約したものに対して浜松・掛川・名古屋で契約したものは、当然のことながら1棟あたりの評価は浜松・掛川・名古屋の方が低いはずであるのだが、ところが、静岡県愛知県優先主義の(株)一条工務店では同じ評価にしていたのだ。こんなおかしなはずはない。こんなおかしな扱いはない! 実際のところ、東京営業所の人間は怒っていたのです。住宅建築業の会社で全国展開している所でも、全国一律の価格に設定している会社と微妙に地域によって差をつけている会社があり、地域によって差をつける会社が差をつける論拠としては、職人の手間の相場が東京や関西・名古屋などに比べて地方の方がいくらか安いということがあったようです。これは、市販されている『積算手帳』にも出ていますが、東京圏・関西圏・名古屋圏に比べて「地方」の方が幾分安いとしても、浜松・掛川というのは「地方」の側なのか、都市圏の側なのか? という問題もあります。ここで遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕がずるいのは、浜松は都会だと言って都会人ぶりたい時には「浜松には本田・ヤマハ・カワイ、それになんちゃらエレクトロニクスがある」とか「浜松は政令都市に指定されている大都市である」「浜松は遠江地方の中心都市で、静岡県でも県庁所在地の静岡より浜松の方が大都市である」とか言いまくって都会ぶろうとするくせして、坪単価を設定する時になると、浜松・掛川は日本一のドイナカだと主張して日本一低い坪単価に設定するのです。おまえら、ええかげんにせえよお、てところです。この浜松流二刀流はむかつきます。「むかつく」で我慢していると、浜松・掛川・名古屋の営業、特に名古屋南営業所の所長であった近藤路夫は、おのれがダンピング販売していることを棚に上げて、言いたい放題であり、すでに相当頭にきている人間に向かってそういった発言をするというのは、これは喧嘩売ってるとしか考えられない。
  その頃、(株)一条工務店は東京都・神奈川県では坪55万円に設定していた「セゾン275S1」を浜松・掛川では坪48万円でダンピング販売していたとともに、名古屋でも坪49万5千円でダンピング販売していたのです。浜松・掛川が都市圏の側なのか「地方」の側なのか、都市圏か「地方」かというよりも、職人の手間が高い方の地域なのか低い方の地域なのかというと、これは調べてみないとはっきりしたことは言えないのではないか、調査しないで考えるならたいていの人間はどちらか微妙と考えるのではないかと思いますが、普通に考えて、近藤路夫が勤務していた名古屋南営業所があった名古屋というのは「大きなイナカ」などと言われることもあるけれども、それは東京圏・関西圏に次ぐ都市圏だと思って行くとけっこうイナカっぽい体質があるということを言っているのですが、実際には名古屋はイナカではありません。名古屋は東京圏・関西圏に次ぐ都市圏です。『積算手帳』を見ても、名古屋の職人手間は高い方の金額が記載されています。それにもかかわらず、近藤路夫は名古屋は浜松・掛川に準ずるドイナカだという主張をして浜松・掛川に準ずる坪単価で売っていた。東京都・神奈川県では坪55万円、箱根のいなかでも坪55万円で販売させられていたものを名古屋圏の市街地で坪49万5千円でダンピング販売していたのです。罰金ものです! (株)一条工務店はなぜ都道府県ごとに価格が違うのかという理由として「物価が違いますから」などと言っていた言わせていたのですが、片方で(株)一条工務店は「一条は大手ですから、小規模な工務店とは違って大量仕入れでコストを下げるということをしています」と言っており、全国で使用するものを「大量仕入れ」で購入することで、住設メーカーのカタログに掲載されている値段では建築会社はどこも買っていないのですが、「大量仕入れで」購入するという名目と「標準仕様」「オプション」として特定のメーカーの何種類かの商品を必ず使用するとすることで、住設メーカーから値引き率を大きくさせて購入していたはずであり、(株)一条工務店はその頃は東日本は栃木県の石橋町の栃木工場の配送センター・西日本は浜松工場の配送センターに購入して、そこから全国に配送していたのであり、いったん、栃木工場か浜松工場に購入した住設機器が、東京都・神奈川県で建てる家に使う場合と浜松・掛川・名古屋で建てる家に使用する場合とで「物価が違う」などということはありえないし、(株)一条工務店が使用していた桧・杉の柱材にしても、アメリカ合衆国から輸入していたダグラスファー(米松)の梁材にしても、東京都・神奈川県で建てる家に使用するものと浜松・掛川・名古屋で建てる家に使用するもので「物価が違う」などということはありえないことでしたし、何より、東京都・神奈川県で勤務する従業員が浜松・掛川・名古屋の従業員よりも高い給料をもらっていたかというとちっとももらっていなかった、むしろ、浜松・掛川・名古屋の従業員の方が八百長で役職をもらって役職手当を多くもらっていたくらいです。「物価が違いますから」なんて、ナマ言ってんじゃねえよ! まったくつくづく、よく言うわ。全国一律価格にしている住宅建築業の会社においても、高めの価格に設定するか低めの価格に設定するかでは、低めに設定した方が一般的には売れやすいでしょうけれども、その場合には営業社員には1棟あたりの評価は低くなり、高めの価格に設定した方が一般的には売れにくいけれども、営業社員の1棟あたりの評価は高くなるでしょう。ところが、(株)一条工務店では、無茶苦茶低い価格で売っていた浜松・掛川・名古屋の営業に対しての1棟あたりの評価と浜松・掛川・名古屋に比べると無茶苦茶高い価格で売らされていた東京都・神奈川県の営業に対する1棟あたりの評価も同じだったのです。ということは、同じだけの能力の人間が同じだけの努力を会社にしても、会社は浜松・掛川・名古屋の人間には大きく報い、東京都・神奈川県の人間には小さく報いるということをしていた、ということになります。そして、その程度は「少し」くらいとかではなかったのです。又、ひとつの会社がある商品の価格を高めに設定するか低めに設定するかという問題とは異なり、(株)一条工務店が同じ商品を地域によって無茶苦茶安い価格で販売する地域とそこよりずっと高い価格で販売する地域があったわけですから、低い価格で販売していた浜松・掛川・名古屋の人間は「これ、まったく同じものを東京では坪55万円で売ってるんですよお」と言えば、客には「お買い得感」がありますし、その分、売れやすいのに対し、東京営業所にいて、見込客から坪単価の話をされて話すと、「どうしてですか。◇◇営業所では☆☆万だと言ってましたよ」と疑問を持たれ文句を言われることになり、その分だけ売りにくかったのです。特に、浜松・掛川というのは東京圏・関西圏よりも「地方」であるとしても、新幹線の停車駅もある東京と名古屋の間にある都市であり、たいていの人間が「大都市ではないとしても、そこまでイナカじゃないでしょ」と思っているのに、日本一安い価格だと言い、名古屋なんてのは普通に考えて東京圏・関西圏に次ぐ都市圏であり東京圏・関西圏と同程度の価格であるのが普通であるのに、東京圏・関西圏に次ぐ都市圏であり、東京・横浜・大阪に次いで人口が多い名古屋市なんてのが、坪49万5千円と浜松・掛川に次ぐドイナカだと主張されると、「どうしてですか」とたいていの見込客は思うし、(株)一条工務店で建てる気のない人はどうでもよくても、(株)一条工務店で建てることを検討している人はそう発言して抗議したのです。近藤路夫が勤務させてもらっていた名古屋で坪49万5千円で売ることができるなら、東京都・神奈川県でも坪49万5千円で売ることはできたはずですし、東京都・神奈川県で坪55万円というのが妥当な金額ならば名古屋でも坪55万円かテレビ広告をしている分を上乗せして坪57万円程度かで売るべきだったはずです。浜松向け商品をテレビ広告をやりまくって安い価格で販売していた浜松・掛川・名古屋の営業の評価は、浜松向け商品を東京でテレビ広告など一切なしで高い価格で売らされていた東京の営業の評価に対し、1棟あたりの評価は3分の1か4分の1、それでも高いくらいだったはずです。それを、近藤路夫は自分たちは自分たちの所だけテレビ広告をドカンとやり、無茶苦茶安い坪単価を設定して売るという八百長をやっていたのです。いわば、「巨人みたいや」とでも言うのか、浜松・掛川・名古屋の連中の卑劣なやり口は許しがたい。かつ、(株)一条工務店という会社においては「審判は巨人びいきや」とでも言うのか、経営者は「巨人」(=浜松・掛川・名古屋)の人間から雇われたような人間だったのです。
  それでいて、東京都では束石はピンコロという立方体の小さい束石であったのに対し、浜松・掛川や近藤路夫が勤務していた名古屋ではマンホールのフタみたいなでっかい束石でした。なおかつ、(株)一条工務店の浜松・掛川・名古屋などの営業は展示場の来場客には「ピンコロと言う小さい束石では地震で揺れた時に床束がはずれてしまいますね。やはり、束石はこういう(マンホールのフタみたいな浜松・掛川・名古屋で施工していたような)大きな束石でないといけませんね」という「構造アプローチ」をしており、(株)一条工務店に関心を持った見込客にはそういう「構造アプローチ」をどこかで耳にして、そして、東京都ではピンコロの束石で施工しているものを見ると、「こういう束石では地震で揺れた時に床束がはずれてしまうのと違うのですか」とか言ったりしたものでした。浜松・掛川・名古屋の営業は東京都の営業の営業妨害をやっていたのです。
  なおかつ、(株)一条工務店は、その頃、静岡県西部と愛知県のみ、テレビ広告をドカンドカンとやっており、私なども「研修」で「一条工務店は、テレビ広告などは一切やらず、いいものを作ればお客さんに評価してもらえるという姿勢でやってきた会社なのです」と言われて、「研修」で講師役で来た人が言うことなのだから嘘ではないだろうと思って、そのまま、東京展示場に来場した来場客に話していたところ、その来場客は浜松出身で東京都に居住していて東京都で勤務してきて、定年退職の後、浜松に戻って浜松で建てたいと考えていた方で、「何言ってんだよ。一条工務店、テレビ広告ものすごくやってるじゃないか。嘘言っちゃだめだよ。嘘言ってもわかるよ。浜松でものすごいテレビ広告やってるじゃないの。たしかに東京ではテレビ広告はやってないけれども、一条工務店は浜松ではものすごいテレビ広告やってるよ。嘘言ってもわかるよ」と言われ、え? と思って、それで「研修」で嘘を教えられたということを知りました。まさか、そんな嘘を「研修」で会社が教えているとは思いませんでした。(株)一条工務店の遠州人はなんともまあ卑怯なことに、非「静岡県西部・愛知県」の人間には「テレビ広告なんてやらなくても一条工務店の商品は売れる商品なんだ」とか勝手なことを言っていたのですが、そう言うのなら自分たちもそうしろよ!!! てことです。自分たちの所ではテレビ広告をドカンと一発やりまくっておいて、それで、静岡県西部・愛知県以外の地域の人間には「テレビ広告なんてやらなくても一条工務店の商品は売れる商品なんだ」などと勝手なことをのたまいさらしていたのです。そういう遠州人の態度・根性を見ると遠州人というのは根性汚いなあ!とあきれますが、但し、あくまでも「(株)一条工務店の遠州人」のことであって、「遠州人一般」がどうであるかは別です。

  (株)一条工務店は「間違いのない家づくり」というのを「売り」にしていて、「地方」で、在来木造で建てたいという意識が強い人、ムクの構造材で建てたいという意識が強い人には相当に強かったのですが、それは「地方」でのことで、東京では完全に無名の会社で、同じ静岡県に本社がある会社でも、静岡県清水市の菊池建設は、清水市近辺ではあまり売れ行きは良くなかったのに対し、東京に出店して東京都では「桧づくりの家」「宮大工からここまで」とか言って和風の高級住宅を求める層に高く評価され、東京圏では菊池建設は名前を知られていたのに対し、(株)一条工務店は浜松・掛川など静岡県の中西部や愛知県では名前をよく知られ、浜松では「一条工務店」という名前さえ出せば知らない人は誰もないという会社だったのに対し、東京都では「まったく知らないわ。そんなの、知ってる人なんて誰もないでしょ」と言われる会社であり、現実に私は何度もそう言われたのでした。そう言うと、遠州人〔(株)一条工務店の遠州人〕は「そんなもの、会社の知名度なんてなくたって売れるはずだ」とか勝手なことを言うのですが、もしも、東京都で「会社の知名度」がない場所で相当契約を取った人がそう言うのであれば、「そうですか。それなら、どのようにして契約取られたのか、教えていただけませんか」と頭を下げてお願いしたいところでしたが、「そんなもの、会社の知名度なんてなくたって売れるはずだ」とかいった文句は誰が言っていたのかというと、その「会社の知名度」というとその地域では万全の地域である静岡県中西部から愛知県にかけての地域で仕事をさせてもらっていた営業、しかも、テレビ広告をドカンと一発♪ やりまくっていた地域の営業、それでいて東京都では坪55万円で売らされていたものを浜松・掛川では坪48万円、名古屋では坪49万5千円でウルトラダンピング販売をしていた営業が言いまくっていた、自分たちは会社の知名度・認知度・評価をフルに利用して営業活動していた者が言っていたのであり、おまえら、そのうち、殺されるぞ! という感じでした。
  日本の会社でも、山一證券なんてのはつぶれることはないだろう、「コロッセオが滅びる時、その時、ローマも滅び世界も滅びる」という言葉があるように、もし、山一證券がつぶれる時には日本の多くの会社は滅び(株)一条工務店なんてちっぽけな会社はまずつぶれているだろう・・なんて思っていたら、1990年代なかば過ぎ、摩訶不思議なことにその山一證券が倒産し、(株)一条工務店なんてのは倒産せずに存続していた、ということがあった。いやあ~あ・・・、世の中、不思議なこともあるもんだなあ~あ、と思ったものだ。もっとも、山一證券の場合は会社は倒産しても従業員には再就職先を紹介したりしたらしいのに対し、(株)一条工務店は会社は存続してオーナー一族はもうけていても、従業員の給料は安いし、初代社長の大澄賢二郎が「求人広告さえ出せば人みたいなもん、いくらでも採用できる。求人広告はいくらでもカネだしてどんどん出せ。中途採用の社員はどんどん採って片っ端から辞めさせろ!」と叫んでいたということで、従業員を「とっかえひっかえ、とっかえひっかえ」すれば優秀な従業員が残るという変な思想を持っていたようであり、山一證券は会社は倒産しても従業員には再就職先を紹介してくれたらしいのに対して、(株)一条工務店の場合は、会社は無事でも従業員はちっとも無事ではなかった。やっぱり、会社というものは、従業員と共存共栄し、顧客と共存共栄し、その地域と共存共栄していくように努力するべきもののはずで、従業員に対しては「求人広告にはいくらでもカネをかけろ。中途採用の従業員はどんどん採って片っ端から辞めさせろ!」などという態度でいたのでは、そういう会社は、一時的に栄えることはあっても、長い目で見るならば、あまりいいことないのではないか・・・というよりも、従業員の立場からするならば、特に「社長の腰巾着」とかではない従業員の立場からするならば・・・→「おまえら、そのうち、刺されるぞ!」ということになる・・・のだったが、そう思っていると、なんともまあ、摩訶不思議なことに、1996年8月、大澄賢二郎初代社長の息子で関連会社で(株)日信という損害保険の会社の社長になっていたらしい大澄隆史(男。当時、20代)が、つきあっていた同棲していたこともあるピアノ講師をやっていた女性を刃物で百カ所以上刺して殺し、逮捕され懲役20年の刑を言い渡されるという事件があった。「浜松ピアノ講師殺人事件」と言われた事件である。週刊誌などのタイトルには「美人ピアノ講師殺人事件」と「美人」とついていたが、こういう事件が週刊誌やスポーツ新聞に掲載される時には、女性である限り、実際に美人かどうかは検討されることなく、誰でも「美人」という接頭語がつくようだ。初代社長の大澄賢二郎は『水滸伝』が好きでその中に登場する「梁山泊」により「梁山泊の精神」とよく言っていたのだが、まさに、「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ逃げる」という『水滸伝』の登場人物「宋江」がやったことそのまんまを初代社長の息子でグループ会社(株)日信の社長は実行したわけだ。その後、「梁山泊の精神」とはあまり言わなくなったようだが、「刃物で女を刺し殺し、官憲に追われ逃げる」という「宋江」そのまんまをドバカ息子が実行したことから、「梁山泊の精神」という文句を引っ込めたのではないか。それにしても、「こんなことしていたのでは、おまえら、そのうち、刺されるぞ」・・・と思っていたら、「刺される」のではなく「そのうち刺されるぞ」と思われる態度をとっていたオーナー経営者一族の側が人を刺して殺し刑務所に入るということをやった。世の中、そういうことがあるもんなのかなあ~あ・・・と思ったものだが、それからすでに20年以上経ち、ドバカ息子は刑務所から出てきただろうけれども、刺し殺した側は刑務所から出てきても、刺し殺された者が生き返るわけではない。
  1990年代初め、静岡県清水市に本社があった菊池建設は、清水市近辺で売ることよりも東京圏で売ることの方に力を入れていて、東京圏で比較的カネをかけて和風の高級住宅を建てたいという層をねらった商品を開発していましたが、それに対して(株)一条工務店の場合は、静岡県中西部から愛知県にかけての地域で販売することを考えて開発された商品であり、東京圏・大都市圏で販売することを考えて開発された商品ではありませんでした。
  東京都江東区潮見にあったウッディランド東京という林野庁が運営していた国産材の活用を促進するための施設の中にあった「国産材を使用している会社」というのが条件の住宅展示場に出していた東京展示場には、施設の性格から、自分が家を建てようと考えて来場する人とともに、JR京葉線の舞浜駅で降りてディズニーランドに行こうと思ったら混んでいるのでやめて、隣の葛西臨海公園駅で降りて葛西臨海公園に行こうと思ったらそこも混んでいたのでやめて、その隣の新木場駅で降りて夢の島熱帯圓に行こうとしたらそこも混んでいたので、それでさらに隣の潮見駅で降りてウッディランド東京に来た・・・という観光客とか、林野庁の施設であることから官庁関係の人が視察に来たり、高校生の女の子が家庭科の実習として見学に来たり、建築専門学校の学生が講師の先生から見学に行ってこいと言われて来たりという展示場でした。もちろん、観光で来た人が結果としてそこで家を建てようという気持ちになって契約する、役所の仕事で来た官庁の人の中に家を建て替えることを考えている人もいたとか、家庭科の実習で来た高校生の女の子の家で親が建て替えを検討していたとか、そういうことだって可能性としてゼロということはないかもしれません。たしかに、ゼロではないでしょう。しかし、ゼロではないとしても、最初から、今、敷地を持っていてそこに新築しようと考えて来場した人、今、居住している家を建て替えようと考えて来場した人が多い展示場に比べると条件が悪いのは当然です。

  この「研修」で、近藤路夫が私に「最初に一条工務店の構造の段階の建物を見て、第一印象としてどう思った?」と訊いたので、「『これなら、悪くないのではないか』と思いました」と答えたのです。すると、近藤路夫は「『悪くない』とは何だあ! そういうことを言うからいかんのだあ。なんで、『この上もなくすばらしい』と言えんのだあ。そういうことを言うからいかんのだあ!」と怒り出したのです。このおっさん、もはや、精神病理学上の問題と違うか・・・? と思いました。
   こんなもの、表現にインネンつけてるだけです。そもそも、近藤路夫は私に「第一印象としてどう思ったか?」と尋ねたのです。決して、「構造を隅から隅まで見て子細に検討してどう判断したか」とは尋ねていないのです。 もしも、「構造を隅から隅まで見て子細に検討してどう判断したか」という質問であれば、「・・・という点はいいと思ったが、・・・という点は・・・のようにでも改善した方がいいと思いました」と答えたでしょう。あくまでも、「最初に」「第一印象として」という質問でしたので、それで、東京都江東区亀戸で建築中であった某様邸を見に行き、「最初に」建物の外からぱっと見た「第一印象として」の感想として「これなら、悪くないのではないか」と思ったわけです。「これなら、悪くないのではないか」というのはどういうことかというと、その頃、よく世間で言われていたこととして、「最近の木造の建物は、使っている木が細い」とか「最近の木造の建物は使っている木の量が少ない」とかそういったことが雑誌などに掲載されたりしていたのですが、江東区亀戸で見た(株)一条工務店の建物は、近くにクルマを停めて近づき、外から「ぱっと見た」「第一印象として」そうではなかったので、その点において「これなら悪くないのではないか」と思ったのです。なんで、いかんのですか?
  「ぱっと見た」「第一印象として」はそうですが、それなら「『この上もなくすばらしい』となんで言えんのだあ?」というと、それは、「この上もなくすばらしい」かどうかなんてことは、どこのどんな建物にしても「ぱっと見た」「第一印象として」言えるわけないじゃないですか。「この上もなくすばらしい」かどうかなんてことは、そんなことはもっと近づいて外からも中からも子細に検討してその上で判断できることであって、「ぱっと見て」「第一印象として」で言えることと違いますでしょ。それを無理に言っても言わされても、それは、「精神のおかしな人が怒るから、うるさいからそう言っておこう」というだけでしかないことになります。そうでしょ。違いますか? どうも、(株)一条工務店の遠州人にはこういった精神のおかしな人が多いようでした。

  1992年、東京圏在住の人で東京展示場に来場された方を、(株)一条工務店の浜松工場に工場見学会に案内した時、「おたくは、浜松とか関西が得意なんですか」と言われて、「え?」と思ったことがありました。大阪府生まれでその時は東京圏に住んでいた私などには、浜松を「関西」に入れるという発想はなかった。関西人が考える「関西」は、一般にかつての「畿内」地方、大和・山城・摂津・河内・和泉の5か国、今で言うと、京都府南部・奈良県・大阪府と兵庫県南東部か、もしくは、かつての畿内地方だけでなく姫路・和歌山・大津などその周辺まで含めて言うか。もうひとつの見解としては、近畿地方とほぼ同じ意味で、滋賀県・三重県・京都府・奈良県・大阪府・兵庫県を言うか、その周囲、福井県敦賀市とか徳島県でも鳴門市付近とかも含め、三重県でも桑名・四日市付近は中京圏として関西圏から除くか。ともかく、浜松を「関西」と言う発想はなかった。
  しかし、どうも、東京圏に在住の人には、浜松を「関西」と言う人がいるらしいのです。関東と関西とは、関所の東、西という意味ですが、その関所とはどこの関所のことなのか。関東と関西はどこで分かれるのか。杉山英男『デザイナーのための木構造』(彰国社)でそれが述べられていたのですが、箱根の関より東を関東というのは、現在でも関東地方を言う場合に使われています。箱根より東はどこまでも関東かというとそうではなく、箱根の関より東で、かつ、白河の関より南・勿来の関より南を言っていますね。 関東・関西を分ける関所については、3通りあって、箱根の関より東と西で考える場合と、愛発(あらち)の関・不破の関・鈴鹿の関という3つの関所より東か西で分ける場合、この分け方での西側というのが、ほぼ、近畿地方、近畿地方を関西と呼ぶ場合に該当しますね。そして、大津市西部の逢坂(おうさか)の関を境に分ける場合、逢坂の関より西を関西という場合、旧畿内地方を関西と言う関西人の言い方に該当します。住宅で使用する物や、住宅の造り方ですが、都会と「地方」という違いもあるのですが、東と西という違いもどうもあるようなのです。そうした時に、浜松というのは、「関西人」の感覚では「関東ではないのはもちろんだが関西でもない」のですが、あえて、東か西かのどちらかに分けるとするとどちらなのか? という問題があります。
  都市圏と「地方」の違いというのがあり、温暖地と寒冷地の違いもあり、「地方」でもそれぞれの地域ごとに違いますはある・・・とは思っていたのですが、「地方」にもそれぞれの地域で違いはあるのですが、その「地方」でも東の「地方」と西の「地方」でそれぞれに東の「地方」・西の「地方」で共通点があるという説もあるのです。福島県いわき市の営業所に勤務していた時、福島県生まれの営業社員が「一条工務店というのは、西の方のやり方をやってますね」と言う人がいたので、福島県でも(株)一条工務店の「地方」向けの建物はけっこう評価されていたのですが、しかし、福島県生まれの人から見ると「西の方」のやり方に見える部分があるということか、と思ったことがありました。ですから、そういう見方・見え方をする人からすると、関東と関西を分けた場合、もしかすると、浜松は関西の側になるのかもしれません。
  大阪生まれの私の姉が東京の人間と結婚して千葉県の市川市に住んだ時、「このへんの人に断ろうと思うと大変よ」と言ったことがありました。「『それは難しいですね』と言うと大阪の人間は断ったと思うし、断られたと思うでしょ。ところが、このへんの人(東京から千葉県西部にかけての人)は、『難しいですね』と言っても断られたと思わないから。『だめ、だめ、だめ』『絶対にだめ。どうしたって絶対にだめ!』とそこまで言ってもそれでも断られたとわからないから。そのくらいは最低でも言わないと断られたとわかってくれないから」と言ったことがありました。 (株)一条工務店に入社して2年目に契約いただいた、福島県いわき市に在住で喜多方市出身で会津若松市で建てられた某さんに、「それは難しいですね」と言っても、「難しいなんて言わないで、きいてくださいよ」なんて言うので、「誰にきくのですか」と言ったことがありました。普通に考えて無理な話だとわかる人はわかることをこれだけ何度も何度もそれはいくらなんでも無理ですと断っているのに、ここまで言ってるのに、なんでこの人、わかってくれないんだ,と思ったことがありましたが、後から考えて、他のお客様と比べて、そのあたりについて理解してくれない方の人だったということもあるかもしれないけれども、もしかして、こちらとしては、「それは難しいですね」と言い、そして、「そんなこと言わないで」と言われたのに対しても、「ですから、それは難しいですねとお話ししましたよね」と言っても言っても言っても言ってもしつこいしつこい、この人、アホと違うかと思ったくらいだったのですが、某さんとしては、「それは難しいですね」では断られたとか無理ですと言われたとは思わなかった、ということもあったのかもしれません。関西人および在東京圏関西人・在東日本関西人としては、「それは難しいですね」というのはお断りの意思表示であり、「だめです」「無理です」の婉曲表現であって、「難しいですね」という表現だから努力によって難しいことをなんとかできるという意味ではない、というのは常識であるのですが、東京圏や東日本で生まれ育った人にはそのニュアンスがわからない人がおられるようです。関西人および在東京圏関西人・在東日本関西人としては、「それはだめだ。だめ、だめ、だめ、だめ、ずえ~ったいにだめだめだめだめだめだめだめだあ~あ!」などと言うのはそれは下品であり、好ましい表現ではないという感覚なのですが、ところが、東京圏や東日本で生まれ育った人には、そこまで言われてはじめて断られたとわかるかわからないか・・という人がいるようです。だから、そういう人が相手の場合には「それは難しいですね」では断ったことにならない、ということを関西人・在東京圏関西人・在東日本関西人は認識した方がいいのかもしれません。
  近藤路夫が「『これなら、悪くないのではないか』とは何だあ! どうして、『この上もなくすばらしい』と言えんのだあ!」と怒り出した、というのも、もしかすると、この関西人は「それは難しいですね」と言えば断ったものと認識しているのに対して東京圏や東日本の人間には「難しいですね」では断られたと思わない人間が少なくないということと似ているのかもしれないとも思いました。なにしろ、「浜松の中のカエル」は浜松という井戸の中の人間の感覚が日本全国通じるもので、「浜松の中」の感覚と異なる間隔の人間がいたならば、それは井戸の外にいる人間が間違っているというのが「浜松の中のカエル」の認識で、近藤路夫は「浜松でいいものは、東京でも大阪でもいいに決まってるんだ。八寸角の大黒柱は東京でも大阪でもいいに決まってるんだあ。四寸角の柱は東京でも大阪でもいいに決まってるんだあ。20坪の敷地でも30坪の(延床面積の)家でも二間続きの和室は絶対に必要なんだ。こんな常識もわからんのかあ~あ!」と言って私は怒鳴りつけられたのですが、そして、その文句をそっくりそのまま東京圏在住の友人・知人に「一条工務店の研修でこんなこと言われたよ」と話すと、その話を聞いた人間全員から「その人、頭、おかしいのと違うのお? その人、酔っ払いか何かなのお?」と言われたのですが、そんな調子で、この近藤路夫という男は「浜松は常に正しい」「日本国中、浜松に合わせるのが当然だ」という思想の持ち主だったのです。
  もっとも、東京圏や東日本の人間が、誰もが「悪くない」という表現だと、「『悪くない』とは何だあ」と怒り出すかというと、そうではありません。東京営業所の営業の某が(株)一条工務店の建築現場に見込客を連れていったところ、けっこう長くやっているらしい大工のSさんが「お客さん、ここ(一条工務店)、悪くないよ」と言ってくれて、どうも、見込客には「営業は契約してほしいと思っていいかげんなことを言うことがあるが、職人は嘘つかない」と思っている人がいて、大工から言われたのが営業上、プラスになって助かったと言っていた者がおりましたが、彼も東京生まれでしたが、「悪くないとは何だあ。なんで、『この上もなくすばらしい』と言えんのだあ!」などとは言いませんでした。
   福島県いわき市の営業所に赴任した時、いわき市の生れでいわき市で長く営業をやってきたKさんは、在来木造という構法も(株)一条工務店の建物も、そんなにきちきちした建物ではなく、「全体としては悪くない」というタイプの建物であるから、だから、見込客にも「悪くないですよ」というくらいの言い方をしている、そういう言い方をしておけば、(株)一条工務店の建物を見せた時にも、「悪くない」かどうかという基準で見ることになり、「悪くない」かどうかと思って見ると、(株)一条工務店の建物というのは「悪くない」ように見える建物で、それを「この上もなくすばらしい」なんてそんなことを言ってしまって、「この上もなくすばらしい」かどうかという基準で見られてしまうとアラが見えてくる建物であり、だから、「この上もなくすばらしい」なんて言ったのでは契約してもらえるものまでしてもらえなくなるし、契約してもらえても、その家の工事が進んだ時に、「この上もなくすばらしい」かどうかという基準で見られてしまうと、問題点が見えてきてしまってクレームが多くなってやってられなくなるので、だから、「この上もなくすばらしい」なんて言っちゃだめだ、と言って、「悪くない」という表現をしていたのです。今となっては同社で10年超営業をやった人間である私もそう思います。
  近藤路夫は浜松近辺の出身で名古屋の営業所に勤務していたように聞いたのですが、名古屋は関西とは普通は考えないが、東か西かというと普通は西の側だと多くの人間は考えますが、浜松って、東の側なのか西の側なのか、どっちなのか? もしかして、「難しいですね」をお断りと理解しないように、「悪くないですね」では「悪い」と言われたように理解する地方の井戸の中で生まれ育ったカエルなのか? とかも考えたのですが、やっぱり、「悪くない」は「悪い」と言ってるのではないし、「井戸の中のカエル」に井戸の外で営業やってる人間を相手にする研修の講師役は無理で、講師役をさせるのが間違っていますね。

 続く・・・
   (2019.4.5.) 

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