服部緑地内 日本民家集落博物館 訪問。服部緑地の桜は見ごろを過ぎた

[第697回]
  大阪府豊中市にある服部緑地は大阪の人間にはけっこう有名だが、その内部に「日本民家集落博物館」がある。服部緑地は無料で入れるが、日本民家集落博物館は大人1人500円が必要らしい。
  服部緑地に行くのは今回が3回目、小学校の低学年の時に、教会学校の遠足で行ったのが1回目。2回目は10代の時に西の端のあたりに立ち寄った。広い公園だが、教会学校で行くくらいの所でありお寺とか神社ではないし、万博の跡地みたいに、過去にここで博覧会でもあったのだろうか・・なんて思ったのだが、《ウィキペディア-服部緑地》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E7%B7%91%E5%9C%B0 によると、≪1941年(昭和16年)の防空緑地計画に由来する大阪四大緑地(服部・鶴見・久宝寺・大泉)のひとつ≫で、「防空緑地」とは何ぞや? というと、《ウィキペディア-防空緑地》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%B2%E7%A9%BA%E7%B7%91%E5%9C%B0 によると≪1941年(昭和16年)11月25日の防空法改正法により指定された緑地のこと。都市に対する空襲被害が出た場合の避難場所として、また延焼を防ぐ目的で作られた。≫というものらしい。鶴見緑地というのは、1990年に開催された花博の会場の跡地を鶴見緑地にしたのかと思ったらそうではなく、防空緑地として存在した鶴見緑地を花博の会場として使ったらしい。
   過去2回、服部緑地に行った際には、日本民家集落博物館というものがあることに気づかなかったので、比較的最近にできたかと思うとそうではなく、《ウィキペディア-日本民家集落博物館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%91%E5%AE%B6%E9%9B%86%E8%90%BD%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8 によると、≪日本最初の野外博物館として昭和31年(1956年)に開館した。≫ ということで、私が生まれるより前からあったらしく、又、「日本最初の野外博物館」らしい。もっとも、「日本最初」であったというだけに、最近では他にもっと大規模なものが出現している。又、服部緑地は大阪府が運営し、日本民家集落博物館は公益財団法人大阪府文化財センターhttps://www.occh.or.jp/ が運営しているらしいが、もっと宣伝広告していいのではないかとも思う。 駅からは少し歩くが、しかし、どういう駅かというと北大阪急行「緑地公園」駅が最寄であり、便利は悪くないはず。「千葉県立房総のむら」http://www2.chiba-muse.or.jp/www/MURA/contents/1519309507344/index.html よりずっと便利いいと思うし、「江戸東京たてもの園」https://www.tatemonoen.jp/ よりも便利いいと思う。「博物館明治村」http://www.meijimura.com/ は犬山駅からバスに乗ることになるし、地下鉄御堂筋線と直通の北大阪急行電鉄の駅から歩いていける服部緑地内の日本民家集落博物館は同様の屋外施設と比べても便利は悪くないはずだ。認知度を上げる工夫がもっとあってもいいのではないかと思う。
  ちなみに、フランク=ロイド=ライト設計の旧 帝国ホテルは「大正」の元号の時期に建てられたものだが「明治村」にある。明治村で「ボランティア」のじいさんが話していた話によると、佐藤栄作が沖縄返還の後、アメリカ合衆国に行った時に、アメリカ合衆国人の記者から「フランク=ロイド=ライト設計の帝国ホテルが解体されると聞いていますが、解体された後、その建物はどうされる予定ですか」と質問されて、佐藤栄作はとっさに「日本には明治村という伝統的な建物を保存している施設がありまして、そこに移築する予定にしております」と答えた・・が、佐藤栄作が日本に帰って、明治村を運営する名鉄の社長に話したところ、「明治村は明治時代の建物を移築している施設ですから、大正の時代に建てられた帝国ホテルを移築するわけにはいきませんよ」と名鉄の社長が言ったものの、「そんなこと言っても、もう、明治村に移築すると言っちゃったもん」・・てことで明治村に移築されたらしいが、佐藤栄作にとっては、建物を移築して保存し公開している施設というと明治村だったということなのだろうか。木造建築ならまだしも、あんな鉄筋コンクリートの建物を愛知県犬山市の明治村に移築なんて大変なことしなくても、もうちょっと近い所はなかったのかという気もするのだが。たとえば、すぐ向かいの日比谷公園とか・・(^^)/  大阪府豊中市の服部緑地公園内の日本民家集落博物館の場合は、場所が狭ければ日本民家集落博物館外の服部緑地に移築という手もあったのではないかと思うが、東京もんは東京の建物を大阪の野外施設に移築されるのは面白くないから、だから、愛知県にした・・てことも考えられるか・・・。

  服部緑地というのは、「服部」と名前がつくので、最寄駅は阪急宝塚線「服部」駅、今は名称を変更して「服部天神」駅かと思っていたのだが、宝塚線の「服部天神」駅(旧「服部」)からと「曽根」駅からと同じくらいの距離のようだ。 その後、北大阪急行電鉄の「江坂」と「桃山台」の間に「緑地公園」駅ができて、今では「緑地公園」駅からの方が近く、そもそも、「緑地公園」駅からは「服部緑地」までの緑道が設けられているので、その緑道も服部緑地の一部と考えると、駅を降りると服部緑地・・・ということになる。
  ちなみに、私は小学校の低学年の時、服部緑地に行った時、なんで、「服部」、「ふくぶ」か「ふくべ」と書いて「はっとり」と読むのだろう?・・・と疑問に思ったものだったが、長年、「服部」を「はっとり」と読んでくると、それが当たり前みたいな気持ちになってきたが、もう一度考えて見ると、なんで、「服部」を「ふくぶ」とか「ふくべ」と読まずに「はっとり」と読むのか、「北勝海」がなんで「ほくとうみ」なのか? と同程度によくわからん。
  日本民家集落博物館はその服部緑地の北東部にある。緑地公園駅からは西に進んで服部緑地の本体(緑道以外の部分)に至ると北の方に進むとある。


(↑「 i 」マークが、日本民家集落博物館の入口を兼ねている「布施の長屋門」 )
  今回、その日本民家集落博物館を見学しようと思い、又、「大阪の桜の名所」としても服部緑地はインターネットなどにあげられているので、見たいと思って訪問したのだが、桜の方は多くが「葉桜になりかけ」で、日本民家集落博物館の方は、午後5時までで、訪問したのが午後4時40分くらいであったため、入場できなかった・・のだが、外からも外観はある程度見えるので見てきた。それをここで紹介する。
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↑日本民家集落博物館 の入口を兼ねている「河内布施の長屋門」(旧 塩川正十郎邸正門。) 国登録有形文化財。東大阪市より移築。
  塩川正十郎て、どこかで聞いた名前だと思ったら、自民党の衆議院議員だったおっさんやがな。塩川正十郎て、東大阪市の出身やってんな・・・。
  非関西の生れの人は知らないかもしれないので説明すると、東大阪市は、東京オリンピックの1964年と大阪万博の1970年のまん中あたりの1967年に布施市・河内市・枚岡市の3市が合併してできた市で、旧 布施市は東大阪市の一番西で、近鉄奈良線と大阪線が分岐する「布施」駅はその布施市にあった。だから、「布施の長屋門」と言うからには、東大阪市の西よりにあったのだろう。
  《ウィキペディア-塩川正十郎》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A1%A9%E5%B7%9D%E6%AD%A3%E5%8D%81%E9%83%8E には、≪大阪府立八尾中学校(現大阪府立八尾高等学校)出身。郷里の高等学校にでも進学するつもりだったところ、父から「田舎の学校へ行ったってしょうがない。都会の、それも慶應へ行け。慶應へ行くんだったら、経済じゃないか。それ以外は、あかんぞ」と言われ慶應義塾大学経済学部へ入学。≫と出ているが、たしかに、慶應大学の経済学部というのは、「慶應の中では内部進学の人の割合が最も大きい学部」であるとともに「大学から入学した人でも、内部進学の人と思考が近い人が多い学部」で、 「その学部でこういうものを学びたいという気持ちからその学部を選んだのではなく、『慶應の経済』という名前が欲しかったから経済学部にしただけという人が多い学部」で、「『経済学も学ぶが商業学・経営学・会計学など経済学以外の方に比重が大きい学部』の商学部と『商業学・経営学・会計学も学ぶが経済学の比重が大きい学部』の経済学部で『経済学の比重が大きい学部』の方がいいから経済学部にしたというのではなく、かつての『慶應の理財課』が『慶應の経済学部』になり、戦後、学部の定員を増やそうという話が出た時に、いっそ学部を2つに分けてはどうかということで、もとの『慶應の理財課』の『慶應の経済』を経済学部と商学部に分けたのであり、経済学部が『理財課』の後身ではなく経済学部と商学部の両方が『理財課』の後身である・・・と言われても、ともかく何でもいいから『慶應の経済』という名前が欲しかったのであり、『理財課の後身』であっても『慶應の商学部』より『慶應の経済』の方が『聞こえがいい』(アホはありがたがる)、何学部であれ慶應の中での『ブランド』の学部であったなら何でもよかったという人の割合が大きい学部」「そこで何を学ぼうという意識は特になく入学した人が多い学部」であり、それゆえ、私は慶應の中でも経済学部と経済学部に行ってる人間は一番軽蔑していた。「東大でも京大でも支持政党は人それぞれ違うはずで大学は政党ではないので違っていいはずだが、自民党の塩川正十郎が行ったように『東大・京大と違って、ほとんど自民党の慶應』の中でもその傾向が強い学部」でもあった。
  「ほとんど自民党ばっかり」どころか、「ほとんど大政翼賛会」みたいな大学が慶應だった。塾風翼賛主義のことを慶應の学生や教授、特に内部進学は「独立自尊の精神」とか「福沢精神を身に着けている」とか「自我が確立されている」とか「人間的に成熟している」「大人だ」とか「企業はそういう人間を喜ぶ」とかはては「ギャルにもてもて」とか言うのだが、最後の「ギャルにもてもて」てやつは、それは「アホな男にはアホな女がくっつくという法則」および「アホな女はアホな男と結びつく」法則というのが適用され、「慶應タイプのブタ人間」には似た者同士の「慶應タイプのバカ女」がくっつく、それを慶應タイプの軽薄男は得意にしているということだから、「蓼食う虫も好き好き」であり当人がそんな相手で喜んでいるのならそれはそれでいいのだろうけれども、保守か革新かに関わらず、ある程度以上自ら真面目に考えてまともに学習してきたある程度以上の教養のある者なら、自分自身の考えというものがあり、そうである以上はすべてについて現政権に対して翼賛するという態度にはなりにくいはずであり、その意味で「反体制」であり、それから考えると、塾風翼賛主義者というのはそういうのは「独立自尊の精神」とは逆の態度と違うのか、「自我が確立されている」とも逆と違うのかと思うのだが、彼ら塾風教徒は翼賛主義が「独立自尊」で「自我が確立されている」で、「そういう人間を企業は喜ぶ」とか「そういう人間が社会で役に立つ」とか言うのであるが、日本の企業というのはそんな人間を喜ぶのだろうか? なんか、その会社、先行き危ないてことないか?・・て気もするのだが、こういったことを口にすると「協調性がないぞお」とか「せんえつぅ~う!」とか「そんなこと言ってるようでは、おまえ、就職先なくなるぞ」とか言われる、慶應はそういう大学だった。 「全体主義」「翼賛主義」と「協調性」は意味が違うはずであり、「全体主義」「翼賛主義」に同調する人間こそ、むしろ、「スト破り」の裏切者であり「協調性に欠ける」と評価されなければならないはずである、と私は思うのだが、そういうことを口にすると、「おまえ、頭かたいなあ」とか「そういうことを言う人間はどこの会社からも採用されないぞお」とか「おまえ、慶應の学生のくせに東大の学生みたいなこと言うなあ」とか「おまえはそれでも慶大生か!」とか言われる大学だった。「作家で精神科医」の なだ いなだ が『人間、この非人間的なるもの』で、戦中、「どうも、日本は負けそうだな」と口にすると、「おまえはそれでも日本人か!」と言われたが、この「おまえはそれでも◇◇か」という言葉には、自分と異質の者の存在を許さないファシズム的傾向の考え方が存在する、「おまえはそれでも日本人か」と言われたって日本人なだからしかたないじゃないか、「日本人にもいろいろあらあな」という考え方を認めないファッショ的な思想がそこにある、と述べており、この本のこの部分は私が高校生の時に高校の「現代国語」の教科書に採用されて読んだものだったが、なにしろ、慶應の内部進学の教授は「小学校から高校まででやっているものは受験勉強だ。害があるんだ。わかってんのかあ!」と教壇で叫ぶ人たちであり、慶應大学医学部卒の なだ いなだ のこの本なども「そんなものは受験勉強だ。害があるんだ」と考えて読まないし、読んでも「害がある」と断定することだろう。そういう態度を「福沢精神」と彼らは言うのだが、福沢諭吉と関係のない態度・姿勢に福澤諭吉の名前を使わないでもらいたいと私などは思うのだが、そう言うと、「おまえは頭が固いなあ。もっと柔軟な思考をせんといかんぞお」「思考の固さが気にかかります」とか「それでも慶大生か!」とか「受験勉強の悪影響だ!」とか言われるのだ。だから、慶應義塾においては福澤諭吉と何の関係もないものに「福沢精神」という呼び名がまかり通ってきた。こういうことを言うと小此木啓吾独善主義とそのファン(小此木流「精神医学」的レッテルを貼られるのは自分以外だとなぜか自信を持っている人)から「なんとかシンドローム」「何じゃら症候群」とか「診断」されるおそれもある。怖い怖い!
  私が行った頃は、法学部と商学部は試験科目が多かったことから国立大学落ちで慶應に入った人間がいたのに対し、経済学部は「一橋の経済を受けた」と称していた人間が多かったがそれはたいてい「オリンピック」=「参加することに意義がある」「受けることに意義がある」で通るつもりは最初からない、「1浪で慶應の経済」というのを目指して試験科目の少ない「慶應の経済」の試験科目しか学習していない人間で、国立大学を目指していたのではなくもとから「慶應の経済」を目指していたが、国立大学も人生経験でどこか受けておこうということで受けただけ! という人が法学部や商学部より多い学部だった。そういう感じの悪いやつが慶應の中でも最も多い学部だった・・・が、それが好き♪ て人もいるらしいので、世の中、蓼食う虫も好き好き(There is no accounting for taste.人の好みは説明のしようがない。⇒「蓼食う虫も好き好き」)・・てやつかもしれん。

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「堂島の米蔵」 国登録有形文化財。 江戸時代築。 大阪市の堂島より移築。

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「飛騨白川郷の合掌造りの民家」(旧 大井家住宅) 岐阜県大野郡白川村から移築。重要有形民俗文化財。
  「重要有形民俗文化財」というのは、《ウィキペディア-重要有形民俗文化財》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%8D%E8%A6%81%E6%9C%89%E5%BD%A2%E6%B0%91%E4%BF%97%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A1 によると、≪日本の文化財保護法において、衣食住、生業、信仰、年中行事などに関する風俗慣習、民俗芸能、民俗技術などの無形の民俗文化財に用いられる衣服、器具、家屋その他の有形の民俗文化財のうち、特に重要なものとして国が指定したもの≫で、ややこしいのだが、「重要文化財」とも異なり、≪1996年(平成8年)の文化財保護法改正により創設された文化財登録制度に基づき、文化財登録原簿に登録された有形文化財≫( 《ウィキペディア-登録有形文化財》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BB%E9%8C%B2%E6%9C%89%E5%BD%A2%E6%96%87%E5%8C%96%E8%B2%A )という「登録有形文化財」とも異なるようだ。
  重要有形民俗文化財 ≠ 重要文化財、
  重要有形民俗文化財 ≠ 登録有形文化財

  私は、岐阜県大野郡白川村まで行って、「和田家住宅」https://shirakawa-go.gr.jp/see/2332/ 、「明善寺」https://shirakawa-go.gr.jp/see/2326/ ほか白川村の合掌造りの建物をいくつか見学し、又、白川村の「合掌造り 民家園」http://www.shirakawago-minkaen.jp/ も、岐阜県高山市の「飛騨の里」http://www.hidanosato-tpo.jp/hdsmap.html の合掌造りの家も、横浜市の三渓園https://www.sankeien.or.jp/ の中の「旧矢箆原(やのはら)家住宅」https://www.sankeien.or.jp/kokenchiku/yanoharake.html も見学し、富山県五箇山から移築したという高山市の「飛騨合掌苑」に宿泊もしてきた([第597回]《飛騨合掌苑-高山シリーズ5回【8/15】合掌造移築の宿は宿泊に困ることはないが。4枚二重サッシの長短 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_2.html 、 《楽天トラベル 飛騨合掌苑》https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/142654/142654.html )のですが、大きな合掌造りの建物の前に小さな合掌造りの建物が2つ配置されているというものは、この旧 大井家住宅で初めて見ました。
  (株)一条工務店が、浜松市倉松町の本社(東日本大震災の後、浜松市でも「浜松本社」は内陸部に移したようだが)の前に、白川郷からなのか移築したらしい合掌造りの建物が建っていたが、(株)一条工務店が買い取ったのか、単なるモニュメントのように建っていたが、内部の見学ができるわけでもなし、一般市民に公開されるわけでもなし、従業員にも内部は見学させてくれるわけではない。
  米山淳一『歩きたい歴史の街並み-「重要伝統的建造物群保存地区」全86カ所』(2010.4.1. JTBパブリッシング)の「南木曽町妻籠宿(なぎそまち つまごじゅく)」のところに、≪時代の流れの中で、活力を失った古い町並を保存・活用して、町の再生を図ることを、わが国で最初に考え、実行したのが「妻籠宿」である。白川郷で盛んに皆が口にする「売らない、貸さない、壊さない」を最初に標榜したのも妻籠宿なのだ。・・・≫とある。
  古くからの民家が残る町村において、「売らない」ということを申し合わせる地域が増えているというが、実際、(株)一条工務店の本社前の合掌造りなど見ると、たしかにこの大阪府がやっている日本民家集落博物館とか公共の施設が保存するのは悪くないと思うが、安い給料で従業員使って阿漕な商売で儲けた一企業が買い取って単なるモニュメントとして本来の場所とは風土の異なる地域に移築するというのはどうかと思うなあ。
  そこに建っているが内部はどうなっているか見学できない建物というと、慶應大学の三田キャンパスにある重要文化財に指定されている曾禰中條建築事務所設計の慶應義塾三田旧図書館というのも、あれも、外観は有名だが中はどうなっているのかさっぱりわからん。だから、外観は知られているけれども、図書館として考えた時に使いいい建物なのかどうかといったことは検討のしようもない。

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「能勢の民家」(旧 泉家住宅)。 大阪府豊能郡能勢町より移築。 重要文化財。
≪ 入母屋造妻入、茅葺きの民家。屋根構造に垂木構造(おだち鳥居組)という畿内特有の古い形式が用いられている。 ≫(《ウィキペディア-日本民家集落博物館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%91%E5%AE%B6%E9%9B%86%E8%90%BD%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8

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「堺の風車」
「堺の」というからには大阪府堺市のどこかから移築したのだろう。

  日本民家集落博物館は、9:30~17:00 で、月曜が休み。午後5時までといっても、午後4時半を過ぎると入れてもらえないようだ。今回は、北大阪急行で千里中央から新大阪まで行く途中に立ち寄ったものだったのでやむをえないとはいえ、見れたのは一部の建物の外観だけ見れないものの方が多かった。 今度はもっと早い時刻に来るようにしよう。

※ 服部緑地HPhttp://hattori.osaka-park.or.jp/
《ウィキペディア-服部緑地》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E7%B7%91%E5%9C%B0
服部緑地HP 「日本民家集落博物館」http://hattori.osaka-park.or.jp/guide/facility/musium/
日本民家集落博物館HPhttp://www.occh.or.jp/minka/
《ウィキペディア-日本民家集落博物館》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%B0%91%E5%AE%B6%E9%9B%86%E8%90%BD%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8

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↑うづわ池 と 桜
葉がまじってきているので、今ひとつ。
今回の訪問は4月16日だったが、大阪府でも桜が見ごろである場所もあったが、服部緑地は全般に、もう少し早い時期の方が桜を見るには良かったようだ。
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↑服部緑地内の桜

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↑竹林の中、たけのこ。

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↑これは、加圧注入材だろうか・・とも思ったのだが、よく見ると緑色をしているのは苔がついているのだった。苔がついていない部分を見ても、どうなのか判別はつかない。

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↑この木製モニュメントは新しそうなので、加圧注入材か? とも思ったのだが、これもよく見てもどうか不明である。

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↑二段に手摺が設けられているのは、大人と子供や背の低い人の両方がつかめるようにという工夫だろう。

≪公園で男女2人首つり自殺か 大阪・豊中
2019年4月19日 19時57分
産経新聞
  (2019年4月)19日午前6時ごろ、大阪府豊中市の公園「服部緑地」内で、通行人の女性から「首をつっている人がいる」と110番があった。
  大阪府警豊中署によると、フジ棚で男女が並んでロープで首をつっているのが見つかり、2人とも死亡が確認された。≫
( 「livedoor news 」http://news.livedoor.com/article/detail/16342766/ )
などということがあったらしい。私が今回訪問したのは4月16日(火)、首をつっている人が発見されたという19日(金)より3日前だった。当日じゃなくてまだしも良かった。「第一発見者を疑え」というのが捜査の鉄則とか内田康夫の小説には出ているので、万一、そんな立場になって、「ちょっといいですか」とか「人相の悪い男」から言われるなんてことになったらかなわんからな。「ちょっといいですか」・・て、よくねえよ。なんちゅうても、「君子危うきに近寄らず」やから、やはり「人相の悪い男」には近寄らんのが一番。

  (2019.4.21.)


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