「じゅらく壁」・「京壁」とは何か? 「珪藻じゅらく」て何? きっちりと対応する従業員を嫌う営業本部長

[第678回]
   和室の壁について「じゅらく壁」とか「京壁」という表現があります。(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ のカタログには、真壁和室の壁について、「じゅらく壁」「京壁」と書いてありました。この「じゅらく壁」と「京壁」とはどういう意味なのか。「京壁」の「京」は京都の「京」のようですが、京都風なのか、京都産なのか。 「じゅらく」とはどういう意味なのか。「じゅらく壁」と「京壁」とは同じものなのか別の意味なのか。 (株)一条工務店という会社は「上役に質問するとよくない会社」で、営業本部長の天野隆夫などは東京営業所長・松戸営業所長を兼任していて、自分で「ぼくが東京営業所長なんやで」と言っていましたので、営業所長なら尋ねてみようなどと思って質問すると、「そんなこと言うならエスバイエルに行けよ」などと言い出しますから質問することはできません。いったい、どこからそういう反応が出てくるのかと思いますが、天野隆夫という男はそういう男でした。ちょっと変わってます。小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ 〕に入社してすぐの新卒社員研修の時には、「会社のカタログやマニュアルを見て、その意味がわからないところがあったなら、自分で調べるか営業課長か先輩社員に質問するかして、お客様から訊かれるよりも前に意味を把握しておくようにする」と言われ、それはもっともなことだと思い、また、これは小堀住研(株)に限ったことではなくどこの住宅建築業の会社においても共通することだと思いました。そして、最初に配属された松戸営業課で松戸営業課長のMさんは質問すると答えてくれた。但し、人間、誰しも何でもすべてのことをわかっているわけではないので、自分が得意でない分野だと、ある程度在籍している従業員何人かに「・・・・知らないか?」と尋ねたり、他の部署に確認したりして、その結果、営業課全員がそれまでわかっていなかったことを把握できるという結果になりました。ところが、(株)一条工務店という会社の場合は、私はこの「会社のカタログやマニュアルを見て、その意味がわからないところがあったなら、自分で調べるか営業課長か先輩社員に質問するかして、お客様から訊かれるよりも前に意味を把握しておくようにする」という点においてはどこの会社においても共通するものだと思っていたし、そういう姿勢のある人間とない人間であればそういう姿勢のある人間は営業としてもその分だけ売れる要素のある人であり、そういう姿勢のない人というのはその分だけ売れない要素のある人だと思っていたし、どこの会社においても上役はそういう姿勢のある人とない人であればそういう姿勢のある人の方を評価するであろうと思っていたのですが、ところがどうも、(株)一条工務店という会社は「質問するとよくない会社」だったのです。ひとつには、自分が知らないことを質問されると、私なら「それは俺はわからないなあ」と正直に言いますが、ところが、自分が知らないことを尋ねられると怒る人というのがいるのです。知らないなら知らないと言えばいいだけのことなのですが、「知らない」と言うということがプライドが許せんのかもしれませんが、それなら「知らない」と言わないでいいくらいに知識を蓄えればよさそうですがそれも嫌らしいのです。(株)一条工務店の場合、そういう人が多いということなのか、会社がそういう会社だということなのか、実際には両方の面があるように思いますが、そういう会社だと理解するようになり、だんだんと口をきかなくなりました。自分を採用してくれた会社のために役に立ちたいと思い、そのために、誰もがきっちりと把握できて営業活動ができればその結果として誰もが成果が出るであろうと思いましたが、そういう考え方をすると、「そんなこと思ってるならエスバイエルに行けよお」と天野隆夫から言われますから、あほくさいから言うのはやめました。
   それで、(株)一条工務店のカタログには、真壁和室(「真壁」というのは柱が見えて壁が柱よりも奥まった位置にある壁の作りをいいます。柱の手前に壁がくる造りを「大壁」と言います)の壁を「じゅらく壁」と書いたり「京壁」と書いたりしていたのです。 営業社員はカタログに書いてあるから、そのまま、「じゅらく壁」と言ったり「京壁」と言ったりしていたのです。 そういうのを何の疑問も感じずに会社のカタログに載っているからそのまま口にして言う人間の方がこの(株)一条工務店という会社の経営者は好きらしいのですが、ところが残念なことに、私の場合、思考が「理学部型思考」のところがある人間で、「『1たす1』というのは、なぜ、2なのだろうか」とかそういうことを考える方の人間なのです。ですから、「じゅらく壁」「京壁」と書かれると、「じゅらく」て何のことなのだろうか。「じゅらく」という物があるのか、「じゅらく」という場所があるのか。「じゅらく」と「京」は同じなのか違うのか。「京壁」の「京」は京都の「京」のような感じがするが、「京都風」なのか「京都産」なのか。「京都風」だとすると、どういうところが京都風なのだろうか。色合いが京都風だとするとどの色のことを言っているのか。(株)一条工務店では、どの色にするか、色合わせ・仕様打合せの時にいくつかの色、といっても和室の壁の色といえば茶系か緑系のどちらかで、茶系の濃い目か薄めか緑系の濃い目か薄め・明るめかということになりますが、ともかく、何色かから選んでいましたが、もし、「京壁」の「京」が色合いのことだとするとどの色なのか? 茶系が「京壁」なら緑系は「京壁」ではないのか。「緑系」が京壁なら「茶系」は京壁ではないのか・・? 私の場合、1970年代後半、北野高校の2年の時の担任の女性教諭の旧姓S野(当時、20代。北野高校卒→神戸大文学部卒)が「あなたはブンケーよ」と言いまくって決めつけて、なんとか「ブンケー」に行かそうとして、その結果、文科か理科かに分かれる時に文科に行ってしまった後に、「しまった」と後悔したが、その後も、この女は「あなたはブンケーよ」と言いまくって、小学生の時から「ブンケー」(=経済学部・商学部・経営学部のこと)だけは首をもがれても行かされたくないと長年にわたって思ってきた生徒をなんとかして「ブンケー」(=経済学部)に行かせてやろうと必死になったのでしたが、なぜ、この女は本人が嫌がるところに行かせたがるのか、私の父などは「嫌がることをするのが好きなタイプ」「無理矢理するのが好きなタイプ」でしたので、「そこだけは嫌!」「お願い、そこだけはやめて!」なんて言おうものなら余計にその嫌がる所に行かそうと必死になるというタイプ「無理矢理やるのが好きなタイプ」「嫌がることをさせるのが好きなタイプ」の男でしたが、旧姓S野もまたそれだったのかというと、そういうことよりも、高校教諭の処世術として生徒と親とが考えが異なる場合にはためらうことなく親の側について生徒を攻撃するのが教諭としての処世術と考えていたようでした。あの女のおかげで人生狂いました。で、人間の性格として考えると、私の場合「理学部型もしくは哲学科型人間」だったと思うのです。その後、人生を生きていくうちにさまざまな影響を受けましたので、そうでもない要素も入ってきていますが、それでも、基本は「理学部型もしくは哲学科型人間」ですので、「じゅらく壁と言うからにはじゅらく壁なんでしょう」とか言ってすませることができる人もいるらしいのですが、どうも、そうはいかない。どうも、背中の手が届かないあたりがかゆくてたまらんみたいな状態が続いているような感じだったのです。
   さらに、小堀住研(株)の新卒研修では「最初、入社して2年から3年くらいの間にどれだけ住宅について学ぶことができるかで大きく変わる」と言われ、配属された松戸営業課の課長の I さんからは「1月に住宅についての本を3冊読め」とノルマとして言われました。これもまた、小堀住研(株)に限ったことではなく、どこの住宅建築業の会社においても共通することだと私は考えたのでした。しかし、(株)一条工務店では、営業本部長で東京営業所長・松戸営業所長を兼任していた天野隆夫が「住宅の営業に知識なんて全然関係ないで。お客さんはな~んも知らんようなやつを喜ぶんや」と言うのでしたが、どう考えてもそうは思えませんでした。又、私の場合は、入社して最初は営業の仕事をするとしても、5年も10年も一線の営業の仕事をするつもりではありませんでしたし、まがりなりにも、慶應大学の商学部の卒業生を採用して5年も10年も一線の営業をさせるようなアホな会社がこの日本にあるとは思わなかったのです(実際には、(株)一条工務店のように、「この日本にあるとは思えない」アホな会社というのは現実にあるようですけれども)。だから、たとえ、営業として知識がなくても売れたとしても、それでも、会社の運営に携わる予定の者としては何も知らずにいいかげんな知識で仕事をするというわけにはいかなかったのです。住宅建築業の会社でもその扱っている物によっても多少は違いがあるかもしれません。低価格帯中心の会社ではそれほどさまざまなことをやろうと思ってもできませんし、「規格住宅」のみの会社においてはその「規格」からはずれたことはできませんから、そういう会社の場合は、小堀住研(株)の「新 桂」のような完全自由設計で高級志向のものを扱う場合とは多少は異なるでしょうけれども、それでもやっぱり、「住宅の営業に知識なんて全然関係ないで。お客さんはな~んも知らんようなやつを喜ぶんや」などということはないと思います。今、ふりかえってみると、天野隆夫はそんな認識の持ち主でしたから、だから、次から次へと無茶苦茶なことばっかり新人に吹き込んできたようで、そして、私なども嘘を教えられて、「あれ、なんかおかしいな」と気づき、それで、質問すれば説明してもらえるだろうと思って質問すると、「そんなこと言うならエスバイエルに行けよお」といったいどこからそういう発想が出てくるのかと思われるようなことを言われたのでした。その後さらに、天野隆夫は「お客さんは、頭をモヒカン刈りにしてるようなヤツとか、それから羽根のついた暴走族みたいなクルマに乗ってるヤツとか、女の子のスカートめくりにいくようなヤツとか、そういうのんがええんや、そういうのんが。そういう営業がお客さんに喜ばれるんや、そういう営業が。そういうのんが営業にはええんや、そういうのんが」と言うこともあり、それを聞いて、「こういうのんが営業本部長なってるんや、こういうのんが。一条工務店という会社では」と思いました。
   天野隆夫のように「嘘つき営業」始めた人というのは、「営業は知識なんてない人間が向いてるんや。営業は頭のない人間がお客さんに喜ばれるんや」と言い張りだすと、それはもはや「信念」であって、実際にそうであるのかないのかなんて関係ないのです。私が客の立場なら、そういう営業を見ると、「ほかの客にとってどうかは私が関知する必要のないことだが、私にとってはそういう営業は嫌だな」と思いますね。知らないなら知らないと言えばいいのです。客の側で知りたいと思うことを営業が知らないのなら、先輩社員に尋ねるか、技術系部署に尋ねるか、書物でもひっかきまわして調べるか、今ならインターネットで調べるかして、その上で話せばいいことで、「デマカセ嘘つき大好き人間」というのが「そういう人間がお客さんに好かれるんや、お客さんには」という信念もってるようなヤツというのは、そんな営業が担当なら「営業を変えて欲しい」ということになりますし、変えてもらえないなら他社に頼んだ方がいいと判断する可能性があります。(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫は私が客なら「そういう営業が担当ならよそで頼みたい」と客が思うような営業のことを「そういうのんがええんや、そういうのんが。そういう営業をお客さんは喜ぶんや」と新人に吹き込んでいたのでした。私は「住宅・建築についての知識を蓄えること」というのは住宅建築業の会社の従業員、特に営業の仕事につく者の必須課題であると認識していたので、住宅建築業の会社に勤めて以来、毎日30分ずつくらい「雨ニモ負ケズ風ニモ負けず」住宅・建築についての本を読み続けました。そして、1999年か2000年頃でしたか、ついに出会ったのでした。「じゅらく壁」「京壁」とは何のことを言うのかについて書かれたものに。

   笠井一子(かさい かずこ)『京の大工棟梁と七人の職人衆』(1999.6.25.草思社)に所収の「森川邦男(左官) 京壁と向き合う」 に述べられていた。
≪ 関東の土は壁に向いてないというたら怒られるけど、火山灰のこうパサパサという感じで粘りが少ないでっしゃろ。京壁(きょうかべ)というたら聚楽土(じゅらくど)ですね。地方には聚楽土みたいな色合いのええ土が少ないんですわ。ああいうはんなりした土がねぇ。 聚楽ていうのは土の出所をいうんです。聚楽第(秀吉が京都に営んだ壮大な邸宅)跡というたら二条城の近辺ですわねぇ。今はもう、全部舗装してビルが建ってますさかい、土が出るとこなぞ、ないでっしゃろ。そやから、ビルの地下工事とか道路工事、下水道でも掘ったときに出て来た土、ということになりますな。地表から二、三メートル下で層になっているんです。しかも層のええとこしか使えない。なんぼも出ぇしまへんわねぇ。
   それで地下工事で地面を掘ったという話を、土屋さん(材料屋)が聞いたら、トラックに何杯て買うて来て、ある程度ストックしとかはります。それを土屋さんが自分とこで乾燥さして、臼でついて細かい篩(ふるい)で通しますさかい、いくらも採れしません。茶席の四畳半以下の小間くらいやったら、本聚楽(ほんじゅらく)で間に合いまっしゃろけど、そら、家一軒を本聚楽で塗れていわれたらなあ、ちょっと揃わへんやろねぇ。
   聚楽土いうてもねぇ、わたしがいうてるのは、ほんまに聚楽第跡地近辺の土をいうてるんですけど、今、よそで採れても聚楽土というてますさかい。もう商品名になってますねん。そやから本聚楽と色が違うても聚楽土や。 色でも黄聚楽とか黒聚楽とかありまっしゃろ。そやけど本物の聚楽は色合いが違いますわ。はんなりして日本建築に向いているわけですな。この聚楽土というのは、まず雨に強いし、きめが細こうて固うて、土の力があるというのか風化しにくいんですな。古なるにしたがって土が錆びてきて風合いがようなって、年とともに聚楽土の色合いというんか、それが出て来るんですわ。落ち着いてて、ざんぐりした感じで。そういうても一般にはなかなかわからしまへんやろねぇ。
   この聚楽土よりもっと赤茶色い、赤レンガに近いような土がありますわ。それが京都では大阪土(おおさかつち)(京地錆 きょうじさび)、大阪では天王寺土といいます。天王寺近辺で掘ってたらしい。聚楽土よりもっと量が限られています。昔は京都の中京あたりでも全部、それを塗ってはったんですけどね。ところがだんだん聚楽土が出て来て、猫も杓子も聚楽、聚楽といいだすようになったんで大阪土が忘れられてしもた。今はほんまに大阪土を塗ってるとこ、ないのと違いますか。聚楽のほうが粘りもあるし、そやから人気が移ってしもたんやね。
  黄土(きいつち)京都の伏見の稲荷山(いなりやま)。ここも住宅が建ってきて、もう採れへんというてます。今は岐阜県で採ってる、とかいうてましたけど、おんなじ黄色でも染料みたいな色をしてますわ。真っ黄色のね。鮮やかすぎますねん。浅黄色(灰緑色)もやっぱり、おんなじ伏見の稲荷山。層によって黄色が出たり、鼠色が出たり、白い色が出たりするらしいですわ。
  もうそら、土は掘る場所がなくなってきてますさかいね。聚楽は聚楽第のところ、大阪土にしても黄土にしてもその場所に行かんと。やっぱりその地層があってね、なんぼも出ぇしまへん。そやからそれに似せた土を人工的につくるわけですわ。今は天然土と違うこの上塗り材料がほとんどですな。
  今の新しい壁で、土やなしに新建材の聚楽と称するもん、ありますわねぇ。あれ、材料はオガクズ、チップ、パルプ、発砲スチロールの粉末、珪砂(けいしゃ)なんですわ。その材料を混ぜて着色して、布海苔(ふのり)やなしにボンドで捏ねたもんを塗りまっしゃろ。固まるのはよう固まります。そやけど、そのボンドが切れた時点でバラバラと落ちてきますわ。
  そら、新建材の聚楽は塗ったときはきれいでっせ。きれいやなあ、ようなったなあ、というてんねやけど、年数がたつほど爺むそうなりますな。糊が切れてくるし、汚れが早うて(はようて)・・・。その点、土の場合は古うなるほど落ち着いてきて味わいが出てきます。そこが新建材と土の違いですわ。そうですなあ、まあいうたら、プラスチックの茶碗は古なったら薄汚れてくるだけやけど、土もんの茶碗は古うなるほど味がついてくる、というのとおなしこっちゃねぇ。・・・・ ≫
( 笠井一子(かさい かずこ)『京の大工棟梁と七人の職人衆』〔1999.6.25.草思社〕所収 「森川邦男(左官) 京壁と向き合う」 )
   本来の「聚楽土」というのは、豊臣秀吉が京都に作った聚楽第があった跡のあたり、二条城の近辺で採れた土のことで、その「聚楽土」を使って塗った壁が「聚楽塗り」だったらしい。 聚楽土と別に、聚楽土より赤茶色い土で大阪市の天王寺のあたりで採れた土があり、これを京都では「大阪土」、大阪では「天王寺土」と言ったらしい。 だから、「聚楽壁」は「聚楽土」を使って塗った壁が「聚楽壁」ということなので、本来は「聚楽土」出ない者を塗って作った壁は「聚楽壁」ではないはずで、「聚楽土」を使って塗れば、当然、聚楽土の色合いになるわけで、さまざまな色合いから仕様打合せの時にどの色にしましょうかと選ぶなんてことはできるわけがないのです。
   本来は、聚楽第の跡地付近の「聚楽土」を使って塗った壁を「聚楽壁」と言い、聚楽土を使ったのでない壁は「聚楽壁」ではないのだが、現在では、聚楽第の跡地付近から採れた土でなくても「聚楽」と言い、新建材として≪オガクズ、チップ、パルプ、発砲スチロールの粉末、珪砂(けいしゃ)≫を混ぜて着色したものもまた「聚楽」などと言っているらしい。 そういうものを左官工事で塗った壁を「聚楽壁」と言ったり「京壁」と言ったりしているが、それは本来の「聚楽壁」「京壁」とは同じではなく、あくまでも、「聚楽壁」風・「京壁」風 とでもいったものでしょう。 (株)一条工務店の色合わせ・仕様打合せの時に、「コーディネーター」と称する「工事ねーちゃん」が、真壁和室の壁の色をどうしましょうか・・・なんて施主に言って選んでもらっているというのは、それは「聚楽壁」と称していても、そこで使用している建材は本来の聚楽土ではなく、あくまでも《「聚楽土」風の塗り壁用建材》だから、だから、本来の聚楽土とは違って何色も色があるわけです。

( ↑「 i 」マークは 二条城。 )

( ↑「旗」マークは JR「天王寺」駅。 )
京都市の二条城のあたりも、大阪市の天王寺のあたりも、今は街中も街中で、壁用の土なんて採れる所はありません。
※ 聚楽第(じゅらくのてい、じゅらくだい)  秀吉が大内裏あとに造営した邸宅。1588年 後陽成天皇の行幸を仰ぎ、家康以下諸大名に秀吉への忠誠を誓わしめた。
 ( 全国歴史教育研究協議会編『新版 日本史用語集』1975.新版 山川出版社 )

   最近では、ホームセンターに行くと、「珪藻じゅらく」なんて商品が売られています。 そりぁ、いったい何だ? ・・というと、珪藻土というのは、≪ 珪藻が海や湖沼などで大量に増殖し死滅すると、その死骸は水底に沈殿する。死骸の中の有機物の部分は徐々に分解されていき、最終的には二酸化ケイ素を主成分とする殻のみが残る。このようにしてできた珪藻の化石からなる岩石が珪藻土である。≫(《ウィキペディア―珪藻土》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%AA%E8%97%BB%E5%9C%9F )というもので、1990年代末から2000年代初めにかけて「シックハウス症候群」「室内化学汚染」「化学物質過敏症」というものがずいぶんと話題になった頃、珪藻土を使用した壁を住宅の内壁に施工すると、珪藻土がホルムアルデヒドを吸着することにより健康に良いと言われ、それで、珪藻土壁というのがずいぶんと広まりました。 (株)一条工務店でも、真壁和室の「じゅらく壁」「京壁」に従来の「聚楽壁」「京壁」にするか「珪藻土壁」にするか選ぶことができるようにしたのですが、色合わせ・仕様打合せの時、「コーディネーター」が珪藻土壁でない方を選ばせたがったので、どうしてなのか尋ねると、工務課(工事担当)から珪藻土壁でない方を選んで欲しいように言われてらしく、どうも、従来の「聚楽壁」風のものに比べて「珪藻土壁」は出来栄えがきれいでない場合があるらしく、施主が珪藻土壁を選んだのだけれども、完成したものを見ると、珪藻土壁を選んだ施主の評判があまりよくないことがあったらしい。だから、あまり、珪藻土壁は選んでほしくなかったらしい。
   「珪藻土壁」というのは壁用の建材に珪藻土を多く含んだもののことらしいが、「珪藻じゅらく」て何なんだろう? 珪藻土というのは日本では≪秋田県北秋田地方(海水産珪藻) 石川県能登地方(海水産珪藻) 岡山県蒜山地方(淡水産珪藻) 大分県(淡水産珪藻) 鹿児島県(淡水産珪藻) ≫(《ウィキペディア―珪藻土》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8F%AA%E8%97%BB%E5%9C%9F )が産地で、京都市の二条城のあたりとは別の場所ですから、「珪藻土」が「聚楽土」であるわけないのです。ですから、「珪藻土」と「(本来の)聚楽土」は別物です。結論を言うと、珪藻土で同時に(本来の)聚楽土ということはありえないのですが、「聚楽壁風の壁を作る建材で珪藻土を多く含んだもの」という意味のようです。

   ところで。 こういったことを知らなくても家は建ちます・・・・が、でも、知っている方がいいでしょ。私の場合、もともとの思考が「理学部型もしくは哲学科型人間」だからということもありますが、知っていた方がいいと思うのです。 お施主さまにとって営業担当者がこういったことを知らず、知りたいとも思わず、たとえば、いわき市の営業所にいたS藤さん(男。当時、40代)などは、お客さんから「聚楽壁てどういう意味ですか」なんて訊かれると、「塗り壁のこと、塗り壁」と言ってすませていたのですが(お客さんもまた、「ああ、塗り壁のことお」と言ってそれで納得している人もいたのですが)、まあ、それでも家は建ちますし、たしかに、「塗り壁」でないわけではないのですが・・・・、「聚楽壁」=「塗り壁」かというと、違うんだけどなあ・・・なんて私は思うのです。
   今は昔、高校に入学してすぐの時、「Z会旬報」てのを取り寄せて見たところ、「各科目学習法」というところで、数学の学習法として、「読んでおいた方が良い本」として、「数学そのもの」の本が何冊か出ていました。岩波新書あたりで出版されているもので、「高校の数学」「大学入試の数学」とまったく別物ということではないけれども、同じではない。私は、そういった「数学そのもの」がけっこう好きでしたし、「Z会旬報」が「数学そのもの」の本を読んでおくべき・・と書いている以上は読まなきゃ・・・なんて思って、1年の冬休み、岩波新書の吉田洋一『零の発見』・遠山啓『数学の学び方・教え方』・矢野健太郎『新しい数学』(以上、岩波新書)、矢野健太郎『数学物語』(角川文庫)など読破した・・・・のですが、ところが、それらを読み終えた後、さあ、冬休みの数学の課題をやろうと手をつけたところ、あ、あ、あ、ああああ、あ~あ・・と言う間に3学期が始まり「宿題テスト」の日が来てしまって、試験の結果はさんざんだった・・・なんてことがありました。ですから、「高校の数学」「大学入試の数学」で高得点をとりたいと思ったなら、「数学そのもの」の本を読むよりも「高校の数学」「大学入試の数学」のテキスト・問題集をやるようにした方が点数アップにつながります・・・が、「Z会旬報」の数学の項の筆者は、「高校の数学」「大学入試の数学」の点数アップをはかるには「高校の数学」「大学入試の数学」をやらないといけないのだけれども、それなら「数学そのもの」の本というのは読まない方がいいのだろうか・・・というとそうではないと思う、と言うのでした。「高校の数学」「大学入試の数学」の点数アップをはかるためには「数学そのもの」よりも「高校の数学」「大学入試の数学」をやらないといけないが、しかし、それなら「数学そのもの」に関心なんてないような人の方が「高校の数学」「大学入試の数学」の成績はいいのか・・というとそうではないのじゃないか。そうではなく、やっぱり、「数学そのもの」に関心を持ち、「数学そのもの」の本も読んでみようというような人の方が「高校の数学」「大学入試の数学」についてもいい成績を残す人が多いのではないか・・・というのが、これは意味を取り違えると高校1年の冬休みの時の私みたいに失敗してしまいますが、「Z会旬報」の筆者の見解だったようです。
   これと同様・・・・と考えていいかどうか。 「聚楽壁」「京壁」とはなぜ「聚楽壁」「京壁」と言うのか・・・なんて、「そんなの知らなくていいよ」とか、「そんなの知ってて何か得することあるの」とか言う人もいるようですが、「知らないと何か得することあるの?」とむしろ私は言いたい。「嘘を言うと得するのか?」「デタラメ言うと得するのか?」と。これまで私が見てきたところによると、嘘・デタラメ・デマカセを言うのが好きな営業というのは、嘘・デタラメ・デマカセを言うのが営業上プラスになるから嘘・デタラメ・デマカセを言うのではなく、嘘・デタラメ・デマカセを言うのが好きだから営業上はマイナスになっても断固として嘘・デタラメ・デマカセを言いたがるように思えます。 お施主さまにとっても、「デタラメ言うの大好き人間」の営業と一緒に家を作ってもそれでも家一軒建つでしょうけれども、それでもやっぱり、「聚楽壁」「京壁」とはなぜ「聚楽壁」「京壁」と言うのか・・・なんてことでも、きっちりと理解して答えることができるようにしようという姿勢の営業と一緒に家を作った方が、やっぱりいい家ができると思いますよ、私は。 そう思いませんか? ・・・でも、そういう姿勢の人間というのは「嘘つき大好き人間」「デタラメ言うの大好き人間」からするとおもしろくなかったようですけれども・・・。

  (株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫にとって、おもしろくなかっただろうなあと、今になって思うことがあります。1990年代なかば頃、福島県いわき市で建築中の私が営業担当だったお宅に、ほかの営業Kさんが担当で建築中のお施主さんが訪ねて行き、たまたま建築中現場に来られていたお施主様に「自分の所は、今、一条工務店で家を建築中なんだけれども、まことに申し訳ないのだけれども、お宅の家を見せていただけませんか」と頼み、お施主さんが「いいですよ」と言って中に入って見てもらうと、和室に行って「ここの家はきっちりと出来ているじゃないか。どうして、うちはこのようにやってくれないんだ。なんで、うちはここの家みたいにやってくれないんだ」と怒られ、「ここの家の営業はきっちりとやってくれるのに、なんで、うちの営業はここの営業みたいにやってくれないんだ」と言われた・・ということがあったらしく、私が担当のお施主さんは「怒られても、うちはどうしようもない」と言われ、「うちはお互い、真剣に議論して決めたものねえ」と言って自分のところはきっちりとできていることを喜ばれたのです。もちろん、怒られたといってもそれは見に行った家のお施主さんに怒られたのではなく、(株)一条工務店のそのお施主さんに対しての対応を怒られたのでしたが、何を怒られたのかというと、床の間の隣に床脇として棚を設けた場合、歴史的建造物・有名建造物を見てまわると、床脇の上には落としかけは設けても長押はまわさない施工がけっこう多いのですが、住宅雑誌を見ると床脇の上にも落としかけだけでなく落としかけの上に長押をまわしている施工が多く、(株)一条工務店も床脇の上に長押をまわしていたのですが、長押と床柱がぶつかる部分で、長押は床柱の前まで持ってくるべきなのか、そうではなく、床柱の手前で止めるべきなのか、という問題があって、住宅雑誌に掲載されている何社かの和室と床の間の写真を見ると、両方の施工があるのですが、どちらかというと床柱の前まで長押をもってくる施工の方が多いのです。 しかし、これは地域によって違いがあり、いわき市もそうですが、茨城県北部から東北地方にかけては「床柱を下から上まで見せる」という施工が普通である地域が多く、(株)一条工務店の本社がある静岡県浜松市近辺は床柱の前まで長押をもってくる方が普通らしい。 だから、(株)一条工務店で施工する場合には「黙っていると浜松流」で、長押が床柱の前までくる施工にされてしまいます。かつ、床柱に長押がかみ合わされるように、床柱に加工をしますから、工事途中に気づいても、すでに床柱には仕口が削り込まれており手遅れです。 私が担当のお施主様宅は、お施主様の方が(株)一条工務店の展示場の床の間を見て「これ、どう考えてもおかしいよ」と言われ、それで、私は私より古くから在籍している営業に尋ねたり、住宅雑誌に掲載されている写真をいくつも見たりした上で、工事の係に問い合わせて確認し、床柱の手前で長押が止まる施工にしてもらったのです。ところが、Kさん(男。当時、40代)は年齢は私より上でしたが在籍年数は私の半分未満の人で、住宅建築業の経験も長くなく、床柱と長押がぶつかるところで、長押の方を床柱の前までもってくるのか床柱を下から上まで見せる施工にするのか・・なんて考えたことはなかったらしい。そのため、「黙っておれば浜松流」の(株)一条工務店では、長押が床柱の前にくる施工にされ、工事途中にお施主さまが気づかれて、「こんなおかしなやり方があるけえ」と怒られた。そのお施主さんからすれば、いわき においては、黙っていても「床柱は下から上まで見せる」施工になるはずだったのです。建築屋ならそうするのが当然じゃないか・・・と思われたのだと思います。浜松で建てるのならば、浜松流でないやり方でやってほしい場合はきっちりと言わないといけないがそうでなければ「黙っておれば浜松流」でいいけれども、いわき で建てるならば いわきで建てる人間からすれば(株)一条工務店の本社が浜松であるかどこであるかはそれほど関心のないことであり、いわき流でないやり方でやってほしい場合はきっちりと言わないといけないが、そうでなければ「黙っておれば いわき流」で対応してくれるべきではないのか、と思われたのではないでしょうか。普通、そう思いませんか? 私が施主の場合だってそう思いますよ。それに対して、営業担当のKさんが「こういうやり方しかできません」と言ったようで、「そんなはずあるけえ」と思われて、「どうしても納得いかん」と思われ、それで、「一条工務店」と書かれたシートがかかっていたり、看板が出ている工事現場に行って、よその家も自分のところと同じように床柱の手前まで長押が施工されているのか見せてもらいたいと思って、それで私が担当のお宅に行って、「自分の所は、今、一条工務店で家を建築中なんだけれども、まことに申し訳ないのだけれども、お宅の家を見せていただけませんか」と言って和室と床柱を見られたらしい。すると、そこでは長押は床柱の手前で止まる施工になっていた。「ここの家はきっちりとできているじゃないか。なんで、うちの家はできないんだ。『こういうやり方しかできません』なんて言いやがって嘘つきやがったな」ということになったらしい。床柱のところで長押が床柱の前までくるのか床柱の手前で止めるのかというのは、これは都会の人間はそれほど気にしないかもしれませんが、「地方」の人間にとっては相当重要なことなのです。私の場合、そのお施主様の方から指摘されて、そこから床柱の前まで長押をもってくる地域とそうではなく長押を床柱の手前で止めて床柱を下から上まで見せる地域があり、いわき市およびその周辺の地域は床柱を下から上まで見せる施工が普通らしいと知り、その後、自分が担当のお施主様には床柱の前まで長押をもってくる方がいいか床柱の手前で長押を止めて床柱を下から上まで見せるようにした方がいいか確認するようにしましたが、Kさんはそれをやっていなかった。但し、この件についてKさんを強く責めるのは少々酷です。なぜなら、Kさんは年齢は私より上でも(株)一条工務店の在籍年数はその時点で私の半分未満の人だったし、私だって住宅建築業の会社に勤める前は、長押は床柱の前までくる施工にすべきか床柱の手前で長押をとめる施工にすべきかなんて考えたこともなかったのです。営業担当者・設計担当者・工事担当者個人個人で比較的在籍年数の浅い人で知らない人がいたとしてもそれはしかたがないと思います。しかし、お施主様からすれば、担当の人は人間は誰しも何でも知っているわけでもないから担当者が知らないことが中にあってもそれはしかたがないし、人間は誰しも失敗することだってあるわけで担当者も失敗することがあってもしかたがないかもしれないし失敗したとしても個人をあまりにも強く責めてもしかたがないかもしれないとしても、個人に頼んだのではなく(株)一条工務店という会社に頼んだのだから、会社としてそのあたりはきっちりと対応するものだろうが・・・と思うわけです。 私が(株)一条工務店に1992年に入社して以来、ずっと感じてきたことですが、まがりなりにも会社なら、ともかくも会社として利益をもらっているのなら、担当者にすべて押しつけるのではなく「会社としての対応」というものがあっていいのではないか! と思うのですが、ところが、(株)一条工務店という会社は利益は会社がとるけれども、すべて営業担当に対応を押しつける会社だったのです。だから、社歴の浅い営業が担当だと、床柱と長押の位置関係なんて知りませんから、工事が進んできてお施主さんが自分の家の工事現場を見に行って、「なんだべ、これは」となるのです。Kさんが営業担当で(株)一条工務店で建てられた床柱の前まで長押がくる施工になったお宅のご主人としては、「こんなおかしなやり方があるけえ」と思われたようですが、そうならないように配慮すべきは営業担当個人よりも会社だと思うのです・・・が、そのあたりが《「ええかっこしい」で実際よりいい会社みたいに見える一条工務店」》はできていないのです。私の知っている人で自宅を(株)一条工務店で建ててアパートを旭化成https://www.asahi-kasei.co.jp/j-koho/index.html/ で建てたという人がいますが、「(株)一条工務店は担当者の対応がだめならだめだが旭化成はそうではなく担当者がどうであるかにかかわらず会社として対応する」という点が旭化成の方が優れている、と言っていました。但し、だから旭化成の方がすべてにおいていいということでもないようで、「旭化成は自分のところは大企業だ、有名企業だという意識があるようでえらそうにしていて感じ悪いところがあった」という話でした。
   ところで。この いわき市で同じ頃に建築していただいたお施主様2件で、私が担当のお宅はお施主様の考え通り、いわき市でのやり方に沿って床柱を下から上まで見える施工になっていて、Kさんが担当のお宅はそうなっていなかったという件についてですが、もしも、営業本部長の天野隆夫がその話を耳にすることがあったなら、またもや、彼は怒っただろうなあと思うのです。「おまえのおかげで、ほかの営業が迷惑しただろうが」と言って。逆だと思いますけれどもね。 私は、その地域によって、床柱と長押は長押を床柱の前までくるように施工する地域と床柱の手前で長押は止めて床柱を下から上まで見せる地域があるということを理解して、最終決定までにそのどちらの施工にしてほしいか必ずお施主様に確認して床柱のプレカットも床柱の前に長押はこないという前提でしてもらうように配慮してきたのであり、Kさんの場合はその時点においては社歴と経験が浅かったことから強く責めるのは酷ではありましたが、配慮ができていなかったのですから、だから、きっちりと配慮できていた人間が文句を言われるのは筋違いで、文句を言うなら配慮できていなかった方の人に文句を言うべきであったはずです。この床柱と長押の関係については、営業本部長の天野隆夫は私に文句は言ってきませんでした。なぜ、言ってこなかったかというと、彼がその話を聞かなかったからかもしれませんが、それよりも、「多数は正義」というわけでもありませんが、「床柱は下から上まで見せるように施工してもらいたい」というのは いわき市およびその周辺の市町村の人たちにとっては重要な問題であり、(株)一条工務店のいわき市の営業は多くの人間がそれを理解して、最終決定より前に床柱と長押の関係はどうするのかということをお施主様と話をしていたからです。さすがに、所長を含めてその地域のほとんどの営業がやっていることについて、私にだけ「おまえのおかげで、他の営業が責められたじゃないか」と文句言って怒鳴りつけるわけにもいかないので、それで言わなかったのでしょう。しかし、それでも、たぶん、心の中では面白くなかったはずです。床の間・床脇といった所の作りというのは、都会の人間はそれほど気にしないかもしれませんが、「地方」の人間にとっては相当重要で、そのあたりをきっちりと配慮できる営業とそうでない営業なら、きっちりと配慮できる営業が悪いわけないはずですが、ところが、営業本部長からすれば、きっちりと配慮できる営業のおかげで配慮できない営業が迷惑被ったじゃないか、この野郎、気をつけろ! と言いたいところだったと思います。言いたいけれども、しかし、いわき地域においては、配慮する営業の方が多数派であり、又、そういうところで「浜松流」を押し通して「浜松型」の施工を押し通したのでは、(株)一条工務店はこの地域で相当の契約を失うことになる可能性があります。だから、さすがに営業本部長もそれは文句を言ってはこないのですが、それでも心の中では「おまえのおかげでほかの営業がお施主さんから文句言われただろうが! 何考えてんだあ!」と怒鳴りつけたい気持ちだったと思います。そういう発想をする人間の方こそ、「何考えてんだあ!」と言われるべきはずですけれどもね・・・。

  (2019.2・16.)

京の大工棟梁と七人の職人衆
草思社
笠井 一子

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笠井 一子(かさい かずこ)『京の大工棟梁と七人の職人衆』(1999.草思社)↑
1.数寄屋大工―中村外二(そとじ)
2.左官―森川邦夫
3.表具師―伏原佳造
4.錺(かざり)師―森本安之助
5.畳師―高室節生(たかむろ せつお)
6.簾(すだれ)師―平田佳男
7.石工―西村金造
8.庭師―明貫厚(あけぬき あつし) 

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