慎腹風呂愚

アクセスカウンタ

zoom RSS 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』に学ぶ「陶器」と「磁器」の違い。「テラゾー」=人造大理石≠人工大理石

<<   作成日時 : 2019/02/14 22:36   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

[第677回]
   住宅建築業の仕事をしていますと、「陶器瓦」とか「磁器タイル」とかいった言葉が出てきます。 「陶器」とは何か・・・というと、私は子供の頃、そりぁ、「せともの」のことでしょうが・・と思っていたのです・・・が、厳密には「せともの」は「瀬戸物」で、愛知県瀬戸市で作られた陶器のことで、瀬戸以外にも陶器の産地はあるわけで、陶器の中に「瀬戸物」があるのであって、「陶器」はすべて「瀬戸物」ということではないわけです・・・が、「陶器」を「せともの」と言ったりすることがあるだけ、「瀬戸物」は一般に普及していたということかと思います。 他の「陶器」の産地で作られたものというのは、美術館に芸術品として飾られたり、金持ちの家の玄関か棚に、これ見てちょうだい、すごいでしょ・・みたいに置かれているものであって使うものではない、食器として使う陶器は「せともの」だ・・というそういう感覚が私など子供の頃はありました。
   ともかく、「陶器」というのは「せともの」みたいのを「陶器」と言うのだとしてですね、「磁器」て何なんだ? 陶器と磁器は違うのか? 磁力を帯びたものが磁器なのか? 「陶器」と言ったり「磁器」と言ったり「陶磁器」と言ったりしますが、どう違うのか? もうひとつ、「b器(せっき)」というのもあるのですが、「b器(せっき)」が「石器」とは別だというのはわかりますが、「陶器」と「磁器」と「b器」というのはどう違うのか。それについて解説した本を読んでもどうもよくわからん。
   内田康夫の「浅見光彦シリーズ」の浅見光彦もまたよくわかっていなかったようですが、
≪ どの作品もいわゆる有田焼の特徴である、肌のなめらかさと染付けの鮮やかさを誇示している。もっとも、浅見の陶磁器に関する知識はごく粗末なもので、まあせいぜい十把ひとからげに「瀬戸物」などと、あっさり片づけてしまわないのがまだしも――といった程度だ。
  とはいえ、母親の手前もあって、あらかじめ陶磁器の勉強だけはしておいた。
  ものの本によると、有田焼は近世日本の陶芸史の中でも、重要な位置を占めているのだそうだ。
  有田はもちろん、現在の佐賀県西松浦郡有田町のことである。
  元和二年(1616)に朝鮮の陶工・李参平(り さんぺい)(慶長の役の際に佐賀藩主鍋島直茂に従って帰化)が、有田川上流の泉山に優秀な磁鉱を発見し、わが国ではじめて白磁を焼いたのが有田焼の開祖だという。
  つまり、それまでの日本の窯芸はすべて土を捏ねて形をつくる「陶器」であったということになる。
  正直なところ、浅見は陶器と磁器のちがいすら、はっきり知らなかった。一夜漬で仕入れた知識によると、要するに土を捏ねてつくるのが陶器石の粉を捏ねてつくるのが磁器――と、そう区別しておけば大過はないということらしい。
  とにかく、有田で白磁が焼かれる以前は、白磁や青磁のあやしい輝きは、日本ではどうしても創り出すことができなかった。
  したがって、豊臣秀吉以下、朝鮮に攻め入った諸大名たちが、先を争って朝鮮の優秀な陶工を連れ戻り、帰化させ、磁器の製作に血道を上げていたことは想像に難くない。文禄、慶長の朝鮮出兵は、別名「白磁戦争」と呼ばれているほどである。
  そうして、有田焼はその先駆となったわけだ。
  一般に「有田焼」というと、柿右衛門、伊万里、鍋島の三つを指す。しかし、実際に伊万里というのは単に製品の積出港があっただけで、伊万里に磁器を焼く窯はない。また「鍋島」は鍋島公の御用窯である。そのために、有田焼は有田郷で多くの陶工が競いあうことによって、著しい発達を遂げたといっていいようだ。
  有田焼を代表するものは、何と言っても柿右衛門ということになるだろう。初代柿右衛門があの独特の赤色を発色させることに成功した苦心談は、小学校の教科書に載るくらい有名なエピソードになっている。
  柿右衛門は有田南川原の窯屋で、姓を酒井田という。初代柿右衛門の開窯は元和初年の頃といわれる。日本で最初の赤絵磁器の焼成に成功し、やがて「柿右衛門方式」とよばれる、独自の絵模様を完成する。
  現在の柿右衛門は十四代。ただし、一般に「柿右衛門」といえば、柿右衛門その人を指すわけではなく、柿右衛門という指導者を中心に、そこの技法、釉薬(うわぐすり)、材料によって、同家の窯でやかれた、一種の工房製品全体のことを意味するのである。
  有田の窯は百数十。その中には前述の柿右衛門や今泉今右衛門、それに香蘭社といった大型の工房・商社のたぐいもあるし、まったくの個人陶工もいる。 ≫
( 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』1991.角川文庫 )
※ 十五代酒井田柿右衛門 https://kakiemon.co.jp/about/
《コトバンク―柿右衛門》https://kotobank.jp/word/%E6%9F%BF%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80-43454
今右衛門 HP https://www.imaemon.co.jp/ironabeshima/
《コトバンク 今泉今右衛門》 https://kotobank.jp/word/%E4%BB%8A%E6%B3%89%E4%BB%8A%E5%8F%B3%E8%A1%9B%E9%96%80-15494
香蘭社 HP https://www.koransha.co.jp/
《ウィキペディア―香蘭社》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E8%98%AD%E7%A4%BE

   なるほど〜お・・・。 土を捏ねてつくるのが「陶器」で、石の粉を捏ねてつくるのが「磁器」か。 なるほど、なるほど・・・。浅見光彦のおかげで勉強になった。
   浅見光彦は、「瀬戸物」は「陶器」の中のひとつであって「陶器」はすべて「瀬戸物」ではないと理解していたが、理解できない人もいるわけで、
≪ 淀橋署に寄ると、安田警部補が浅見の顔を見るなり「どうでした?」と声をかけた。・・・
「・・・佐用姫というのは、佐賀県の唐津地方の伝説に出てくる女性だそうじゃないですか。唐津っていえば唐津焼です。有田焼だとか唐津焼だとか、どっちにしても瀬戸物でしょう」
「あははは、瀬戸物はひどいなあ。そんなこと言ったら、唐津や有田の人は気を悪くしますよ」
「え? 瀬戸物じゃないんですか?」
「困りましたねえ、瀬戸物っていうのは愛知県の瀬戸で焼くから瀬戸物っていうんでしょう。唐津で焼くのは唐津焼、有田で焼くのは有田焼ですよ
「ああ、そういうことなんですか」
自分より無知な人間がいることで、浅見は内心ほっとした。
「まあしかし、どっちでもいいじゃないですか。とにかく何焼にしたって、瀬戸物なら景山秀太郎と無関係であるはずがありませんよね」
安田はどうしても、陶磁器の代名詞は「瀬戸物」であるという固定観念が抜けないらしい。 ・・・≫
( 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』1991.角川文庫 )
 まあ、警察官なんてその程度のものだろ・・・・。
  そういえば、『味いちもんめ』には、「信楽焼といえば、狸の置物のことでしょ」と言う伊橋くんに、高級料亭『桜花楼』の若社長が「なんてこと言うんです、伊橋くん」と言う場面があったような・・・・・。

≪  そういう逆境(?)にあって、断然、光彩を放っているのが有田唐津の陶芸だ。有田には酒井田柿右衛門、唐津には中里無庵という人間国宝がでている。陶磁器の生産は佐賀県を支えるもっとも有力な産業なのである。
   唐津の陶工は有田ほどでない。窯の数も較べものにならないほど少ない。それは主として唐津の立地条件によっている。唐津は身に近い平地で、山間の有田のように窯業には適していないのだ。
   しかし中里家をはじめ、優れた陶工が輩出して、唐津焼の伝統を守り発展させている。・・・・≫
≪  久子の美しい顔に、たちまち怒りの色が広がるのが分かった。
「はじめ私は、草間さんがタダさんと同じ技法を発明したのかと思いました。でも、そんなことはありえない。タダさんの技法は有田の石もの――磁器づくりの中から生まれたものであって、唐津の土ものからは生まれっこないのだと気付いたのです。そのとたん、私は陶芸の世界の醜悪な部分を見てしまったようなショックと同時に、ひょっとしたら・・・・という疑惑を抱きました」
「つまり、広山さんが草間さんを殺したのではないか――と、そう思ったのですね?」
浅見はようやく口を開いた。・・・・ ≫
( 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』1991.角川文庫 )
※ 《ウィキペディア―中里無庵》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E9%87%8C%E7%84%A1%E5%BA%B5
《黒田陶苑 中里無庵》 https://www.kurodatoen.co.jp/cp_lineupcat/nakazato-muan/
   佐賀県を代表する陶磁器の産地として、唐津と有田があるが、
唐津・・・「土もの」「陶器」
有田・・・「石もの」「磁器」
ということらしい。
   行政区画としては有田町と伊万里市は別だが、陶磁器としては「有田」と「伊万里」は別のものではなく、有田焼の産出港が伊万里らしい。

   「陶磁器」というのは「陶器」と「磁器」を合わせて「陶磁器」で、「陶器」は「土もの」、土を捏ねてつくったもので、「磁器」は「石もの」、石を捏ねてつくったもの、ということらしい。 「有田」は「磁器」「石もの」で、「唐津」は「陶器」「土もの」。 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』のおかげで、「陶器」と「磁器」の違いがよくわかった(^^♪


( ↑ 佐賀県 西松浦郡 有田町 「旗」マークは泉山磁石場。 )


( ↑ 「旗」マークは、西松浦郡 有田町 泉山磁石場。 )
≪ ・・・久子はまず泉山磁石場に連れて行った。李参平(り さんぺい)が磁石鉱を発見して、日本ではじめて白磁の生産を可能にした、記念すべき発祥の地である。
  後楽園球場の何倍かありそうな、広々とした平面が広がり、周囲をアルプススタンドのような斜面が囲む。地肌も山肌も白っぽい石で覆われている。
「三百何十年前はここはあの山のように、とんがった山だったのだそうです」
  久子は山を振り向いて、背後に聳える山を指差した。高さ二百メートルほどの、三角推形の山である。
「それを掘り尽くして、いまはもうここには採取する石がほとんどありません」
  岩肌にわずかに残る白い石のように、乾いた口調で言う。・・・・≫
( 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』1991.角川文庫 )
※ 《泉山磁石場(国指定史跡) 有田観光協会》https://www.arita.jp/spot/post_16.html
  『佐用姫伝説殺人事件』が書かれた1988年1月においては、呼子(よぶこ)は東松浦郡呼子(よぶこ)町であったが、2005年に合併して今は唐津市呼子町 になったいるようです。 又、1988年1月においては≪ 空港のない県というのも、九州では佐賀県のみである。≫ということだったが、今は≪1998年7月28日に開港≫(《ウィキペディア―佐賀空港》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E8%B3%80%E7%A9%BA%E6%B8%AF )した佐賀国際空港がある。はなわ の「歌」によると佐賀県にはスターバックスコーヒーはないということだったが、《スターバックスコーヒー 店舗検索 佐賀県》https://www.starbucks.co.jp/store/search/result.php?search_type=1&pref_code=41 によると、今は、佐賀市に4店舗、鳥栖市に2店舗、武雄市に2店舗、三養基郡基山町に1店舗、計9店舗あるらしい。・・・まあ、なかったらなかったで別にいいけどね・・・(^^)/
  「白磁(はくじ)」とは、《ウィキペディア―白磁(はくじ)》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E7%A3%81 によると、≪白素地に無色の釉薬をかけた磁器の総称である。≫らしい。

   内田康夫の作品では、『遺骨』で萩焼の工房が登場した。萩には、小学校6年の時、もう何十年か前に行ったことがある。 萩焼の店にも立ち寄ったが、あれは「陶器」なのか「磁器」なのか。 《窯元 萩焼会館 萩焼について》http://www.hagiyaki-kaikan.com/hagiyaki/ を見ると、≪茶陶(茶の湯で使うための陶器)として有名な萩焼は、江戸時代に周防・長門の二国を領有する毛利氏の御用窯として発展した陶器で、その歴史は今から400年以上前の文禄元年(1592)、豊臣秀吉の朝鮮出兵に遡ります。≫と出ています。「陶器で」と書いてあり、《萩陶苑 萩焼の歴史と特徴》http://www.hagiyaki.co.jp/abouthagiyaki.html に≪萩焼の色合いは、土と釉薬の組み合わせで発色します。≫ ≪1.粘土作り 萩焼の主原料となる「大道土」「見島土」「金峯土(みたけつち)」をブレンドして土を作ります。≫ と書かれていますから、萩焼は「陶器」「土もの」ということでしょうか。 内田康夫の作品としては、『萩殺人事件』『汚れちまった道(上・下)』にも萩市は登場しますが、こちらには萩焼を使ったネックレスの話がでていました。 浅見光彦というのは「旅と歴史」という雑誌のライターということになっているだけに、内田康夫の作品にはそういった各地の風物がよく登場します。

  ≪  部屋の一隅に人だかりがしている。
添え釜(がま)をしとるとです」
  登陽は佐賀訛りで言った。「添え釜」というのは、こういう展示会場で、作家の製った茶碗で茶を供することをいうのだが、浅見には何のことやら分からない。ともかく近づいて、人垣の後ろから覗いてみた。
  そこには立礼席(りゅうれいせき)が設えられていた。細長い、いくぶん丈の低いテーブルの上に風炉(ふろ)が置かれ、釜の中で湯が滾っている。周辺には緋毛氈(ひもうせん)を広げた縁台が数脚。お客が隙間もないほどに詰めて座っていた。
   茶をたてているのは女性である。椅子席というお手軽な条件だが、点前(てまえ)の手さばきは、素人の浅見が見ても、惚れ惚れするほど鮮やかなものであった。
 「あれも私の弟子ですよ」
 案内の登陽が、浅見の耳に囁いた。・・・・≫
( 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』1991.角川文庫 )


   ところで。 「テラゾー」て何だろうか、とかつては思っていたのですが、《ウィキペディア―人造大理石》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%80%A0%E5%A4%A7%E7%90%86%E7%9F%B3 によると、≪ 人造大理石(じんぞうだいりせき;テラゾーまたはテラゾ;terrazzo)は、天然の大理石などを粉砕し、セメントや樹脂で固めた半人工素材である。≫らしい。
  しかし、「人工大理石」というのは、ポリエステル系の人工大理石とアクリル系の人工大理石があって、いずれも、「樹脂」、要するに「プラスチック」だったはず。 住宅建築業の会社の展示場に行くと、システムキッチンの天板に人工大理石を使ったものが設置されていることが多く、「人工大理石って傷つきやすいてことない?」なんてきくと、営業が「傷がついた時には、サンドペーパーでこすれば傷はとれますから」なんて言うことが多く、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホーム〕の展示場でも、(株)一条工務店の展示場でもそういうことを言っていたやつがいましたが、ところが、それを聞いて、建ててからサンドペーパーでこすったが傷はとれない・・・て言う人がけっこうあるのです。サンドペーパーでこすると傷はとれるというのは「アクリル系」の人工大理石のことで、「ポリエステル系」の人工大理石はサンドペーパーでこすってもだめらしいですよ。 「いいかげんなこと言い」がけっこういますから、信用しすぎない方がいいですよ・・・というよりも、住宅建築業の営業も、会社から先輩社員から「人工大理石のカウンターは傷ついたらサンドペーパーでこすればきれいになる」と教えられてそのまま話しているケースが多く、実は私もかつて話したことがあったのです。キッチンスペシャリスト試験受験に際し、ハウジングエージェンシー発行のテキストに「人工大理石は傷ついた時にはサンドペーパーでこすればきれいになるというのは、それはアクリル系の人工大理石のことであってポリエステル系の人工大理石のことではない」と書かれていたのを見て、(株)一条工務店の住宅展示場に来場された方が「サンドペーパーでこすったけど、ちっともきれいにならなかった」と言われたのはそのことだったのかと私はわかったのでした・・・・が、知らない営業の方が圧倒的に多いと思います。(株)一条工務店の営業本部長の天野隆夫から「営業は頭のない人間がええんや。営業は大学なんか出ていないアホがお客さんに喜ばれるんや。羽根のついた暴走族みたいなクルマに乗ってるやつとか、頭をモヒカン刈りにしてるヤツとか、女の子のスカートめくりにいくヤツとかそういう何やっとるらあて感じのがお客さんに向いててそういうのんが営業にはええんや、営業には」と言われたことがあり、それを聞いて「こういうのんが営業本部長やってるんや、こういうのんが(株)一条工務店では」と私は思ったものだったが、そういう「羽根のついた暴走族みたいなクルマに乗ってるやつとか、頭をモヒカン刈りにしてるヤツとか、女の子のスカートめくりにいくヤツとか」が「人工大理石は傷ついた時にはサンドペーパーでこすればきれいになるというのは、それはアクリル系の人工大理石のことであってポリエステル系の人工大理石のことではない」といったことをきっちりと理解しているかというと理解していないと思いますよ。理解せずにいいかげんなこと言ってると思います。それを「そういう営業をお客さんは喜ぶんや、そういうのんを。そういう人間がお客さんから好かれるんや、そういう人間が」と(株)一条工務店の営業本部長が言うのです。今も言ってるのと違いますか。 一般に、アクリル系の人工大理石とポリエステル系の人工大理石ならポリエステル系の人工大理石の方が若干安いようでポリエステル系の人工大理石をシステムキッチンのカウンターに使っている場合が多く、サンドペーパーでこすってもきれいにならない方の人工大理石のカウンターを指して「サンドペーパーでこすればきれいになります」と営業が話しているケースが少なくないようです。
   その「人工大理石」というのは「ポリエステル系」か「アクリル系」の「樹脂」、要するに「プラスチック」だったはずですが、、《ウィキペディア―人造大理石》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%80%A0%E5%A4%A7%E7%90%86%E7%9F%B3 には≪ 人造大理石(じんぞうだいりせき;テラゾーまたはテラゾ;terrazzo)は、天然の大理石などを粉砕し、セメントや樹脂で固めた半人工素材である。≫なんて書いてあるわけです。ありぁ・・・・。 「人工大理石」と「人造大理石」は同じものの別の表現かとかつては思っていたのですが、《ウィキペディア―人造大理石》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%80%A0%E5%A4%A7%E7%90%86%E7%9F%B3 には≪人工大理石(じんこうだいりせき)は、アクリル樹脂やポリエステル樹脂を主成分とした人工素材で、大理石や天然石は入っていない。人造大理石とは別の製品である。 ≫なんて書いてあるのです。
  「人工大理石」と「人造大理石」は同じもので「テラゾー」は別のものかと思っていたらそうではなく、「人造大理石」と「テラゾー」が同じもので、「人工大理石」が「人造大理石」とは別のものだったのです。
  それで・・・・、「テラゾー」て何でテラゾーて言うのだろうか? お寺の小僧が考えたから「寺僧」・・・・なわけないよな。 答えは、これはイタリア語で、本来は「テラゾー」ではなく「テラッツォ」。
terrazzo (男性名詞)テラス;バルコニー;露台。 
terrazza (女性名詞)屋上庭園、ルーフガーデン;大きなテラス・バルコニー;台地。
( 下位英一・坂本鉄男『イタリア語小辞典』1962. 大学書林 )
イタリア語でテラス・バルコニー・露台を表すterrazzo テラッツォ からきているようですね。
   『カルーゾ(Caruso)』という「伝説のテノール歌手」の名前を題名とするイタリアの歌に、
「 Qui dove il mare luccica, etira forte il vento
  sulla vecchia terrazza davanti al golfo di Suriento ・・・」
( 「海は輝き、 風が強く吹く
   ここ 古いテラス そのソレント湾の前で・・・」
   ルチアノ=ベルタニョリオ・藤崎育之(ふじさきいくし)編『最新イタリア歌曲集] 永遠のカンツォーネ』2000.音楽之友社 所収 歌詞対訳 より)
という歌詞があります。
  1998年1月、ソレントに行った時、この歌に登場するような屋上庭園というのかルーフガーデンというのか屋上のテラスのある家が何軒かあるのを見ました。 風光明媚な場所にこういった屋上庭園を持つ家を建てて、そこにたたずむ・・・というのもいいかもしれません。 1980年代後半、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)・・・→(株)ヤマダエスバイエルホーム→(株)ヤマダホームズhttps://yamadahomes.jp/ 〕に入社して1棟目の契約客の方から、「〇〇くんも、そのうち、うちなんかよりずっと大きい家を建ててくれな」と言ってもらったことがありました。「そのうち」、住宅建築業の仕事をして蓄積したノウハウを生かして、きっと、夢のある家を建てたい・・・などと思いましたが、それから何十年か経ち、少しも実現しません・・・・・。 風光明媚な場所に、ソレントの家にあったような屋上テラスを作り、ソレント湾のような海を見ながら、カンツォーネを口ずさむ・・・ようなそんな家を建てられたなら・・なんて、夢だったのか。
  1990年代後半、(株)一条工務店https://www.ichijo.co.jp/ にいました時、ベテランの某さんに「一条工務店にいたのでは、この会社の給料ではひとの家を建てることはできても自分の家は建てられませんね」と言ったところ、「その通り」などと言われてしまったことがありました。 浜松市に300億円も寄付するカネがあるなら従業員にもう少し給料はらえば良さそうなものですのにねえ・・・・・。なんだか、浜松市に給料を横取りされたような感じ・・・・。 「『一条工務店は大量仕入れでコストを下げています』なんて言って、だから割安な値段で建てられるみたいに言っていますが、それよりも、従業員の給料が安いてことが原因として大きいのではないでしょうか」と言ったところ、「ご名答〜♪」と言われてしまった。その姿勢では本当に優秀な人は集まってこないのではないかとも思ったが、ひとに投資するより物に投資する方がいいという姿勢のある会社だった。だから、中には質の良くない人もいたし、そういう人と同じ会社に勤めているとこちらはそうではないに同じように見られてしまって不愉快な思いをさせられることもあった。1990年代終わり、栃木県佐野市の営業所で、その頃、栃木県地域の営業所の所長になっていた五十嵐が従業員に日報を書かせていたのだが、ある時、私の日報を見て、「この時間にパチンコやってたのだろう」などと言ってきたことがあった。生まれてから、子供の頃に近くの神社のお祭りの夜店のパチンコをやった以外はパチンコなんてまったくやったことがない、10歳過ぎてからはパチンコなんてお祭りの夜店のパチンコすらも一度もやったことがないし、最近のパチンコは昔のはじくパチンコと違ってやり方が難しくてどうやるのかも知らない人間に向かって、である。この男、アホやな・・と思った。又、この男に「日報」を送信しても意味ないな、とも思った。 (株)一条工務店のオーナー経営者一族は中卒高卒の人間が好きで営業所長などには中卒高卒の人間を優先的に就けるが、そういう人を見ると、一線の営業はできても管理者としてはだめだな・・という人が少なくない。五十嵐もそういうところがあって「大卒」それも頂点の方の大学ではなくどちらかというと下の方の大学卒の若いにーちゃんにバカにされていた。そうすると余計に「今の世の中は人を肩書で見る世の中だ」などと言い、自分が若い「大卒」のにーちゃんにバカにされるのは自分の学歴が高卒だからだということにしたがるようだった。実際はそうではなくバカにされるような点があったからバカにされていたのだが、それを認めるのが嫌だからだから「今の世の中は人を肩書で見る世の中だ」とかことさら言うようになり、それを言わなければ、営業としては真面目に努力してきた人でいいところもある人でそんなにとことん悪い人とかでもないのにもったいないなあ〜あ・・と思うのだが、そういう発言をしてしまう人だった。中卒高卒の営業所長というのは自分と似たような経歴の者にラポールを感じることはあっても、実際に従業員がどういう動きをしているか見ることができないことが多いようだ。五十嵐の後に栃木県南部の営業所長になった木下は浜松出身にしては「地域によって状況はそれぞれ違う」という事実を事実として認める能力がある人であったが、「私が栃木県南部の責任者です」と言いながら責任を取ろうとしない無責任な卑怯者で、総務部長の天野雅弘が「木下は副所長(肩書は「副所長」でも役割は「所長」)でも高卒なんだから責任とることないだろう。なんで、高卒の人間が責任とらなきゃならんのだ。おまえは慶應でてるんだから所長でなくてもおまえが責任とるのが当然だろうが」などと発言した。要するに、(株)一条工務店のオーナー経営者は「慶應でてる」人間には所長にならせたくないのであり、中卒か高卒の人間に所長にならせたいのだが、所長だとしてえらそうにさせても、責任を問われる時になると、責任ある対応を求められる時になると、中卒高卒の人間には「ぼくは高卒なんだからそんなものわかるわ〜けがない!」と言ってふんぞりかえらせようという魂胆だった。そういう無責任な卑怯者が大好きな経営者の会社だった。私が入社した1992年においては(株)一条工務店は創業20年未満の会社だったから、アホで営業所長になっている男がいてもしかたがないかとも思ったが、10年を超えていたが10年経っても体質は変わらなかった。おそらく、今も変わってないし今後も体質本質は変わらないだろう。 もうひとつ、「大量仕入れでコストを下げています」という(株)一条工務店の言い回しだが、「『大量仕入れでコストを下げている』と言っているが、だから、安くしていますとは言っていない」という説もあったのだ。工務店の息子で(株)一条工務店を辞めて後を継いだ男がいて、彼がそう言うのを聞いて、そうかもしれんな・・・と思ったのだ。たしかに、「大量仕入れでコストを下げています」とは言っているが、だからその分、お客さんが得するようにしているかどうかは別問題。「大量仕入れでコストを下げています」というのと、そして何より、「従業員の給料が安い!」というのとが原因で、利益を上げて、その利益がオーナー一族のふところに入っている・・・・ということのようだ。そのカネで営業の人間が契約になるか否かにかかわらず、夜遅くまで客宅に訪問しているまさにその時間に、フィリピン人女性ネイティブスピーカーからマンツーマンでタガログ語講座を受講して、それによって「遠州弁とタガログ語のバイリンガル」になりやがった・・・てことだ。 「入社した時に比べると、展示場の数もずいぶんと多くなり、これまで出店していなかった地域でも建てるようになって、会社が大きくなって良かった・・・みたいな感じが一瞬しますけれども、落ち着いて考えてみると、そういうのはみんな、私たちに給料として払っておくべきカネを払わずに貯め込んだものが化けた! ということですよねえ」と言ったところ、ベテランの某さんから「ご名答〜♪」と言われてしまった。慶應大学の商学部の教授先生は「利益は資本が生み出したものか労働が生み出したものか、どちらだと思いますか。労働が生み出したものと考えるのがマル経(マルクス経済学)、資本が生み出したと考えるのが近経(近代経済学)ですね」などと講義の最中におっしゃっておったのだが、アホか! (株)一条工務店みたいな三流以下企業に勤めれば、そんなもの、どちらかなんて、たちどころにわかる! マル経の立場に立とうが近経の立場に立とうが、「利益」を生み出したのは労働に決まっておるだろうが! そもそも、「資本」と言っているもの自体、労働が生み出したものではないか。営業が夜遅くまで客宅に行って労基法違反の時間外労働でへとへとになるまで働いている時に、フィリピン人女性ネイティブスピーカーからマンツーマンでタガログ語講座を受けていたおっさんが生み出したわけないだろうが! アホか! 何を言うとんねん、何を! さらに、相当古くからいたKが言っていたことなのだが、「ぼくら、入社した頃なあ、大澄(初代)社長から『一条工務店はなあ、これから全国展開して展示場とか作っていかないといけないからなあ、だから、そのためにお金がいるから従業員にそれほど給料払えんのや』と言われたんや。それを聞いて、『そうかあ。今は全国展開していくために展示場を作ったり工場を作ったりするためにお金がいるから給料は安くても我慢するしかないのかあ。そのうち、全国展開できたら、その時には給料もいっぱいもらえるんやろうなあ』と思うたんや。ところが、全国企業になった、これからは給料もけっこうもらえるのやろうと思ったら、『一条工務店はなあ、これから、フィリピンの工場を作ったり事業所を作ったりしていかんといかんからなあ、だから、そのためにお金がいるからなあ、だから、従業員にそれほど給料払えんのやあ』なんて言われてしまった。結局、いつまで経っても、従業員にはたいして給料払わんいうことみたいやった」なんて言っていたが、まさに「その通り!」の会社だった。そういう会社から300億円も寄付をもらう浜松市。そうやって従業員・元従業員の給料をへつりまくってきた会社から300億円も浜松市に寄付をもらって大喜びで絶賛していた浜松市長で慶應大ア法学部卒の鈴木康友・福島第一原発事故の直後、静岡県産茶葉の放射線量検査を拒否した川勝なんとかは(株)一条工務店の従業員・元従業員を馬鹿にしているとしか考えられない。鈴木康友と川勝なんとかは労働者の敵である! そのうち、従業員の給料へつって貯め込んだカネから浜松市に寄付したカネの一部分を使って浜松駅前か浜松市役所の前にでも、甲府駅前に武田信玄の像が鎮座しているみたいに大澄賢二郎とその2人の息子の銅像でも建つのではないか。大澄のその2人の息子の1人は(株)一条工務店の関連企業の(株)日信の社長に仕事してないくせに名目上なっていた男で1996年8月に浜松市内で女性を刃物で刺し殺した男である。
※ 《YouTube-Pavarotti(パバロッティ) "caruso(カルーゾ)"》https://www.youtube.com/watch?v=I8A61eY1Efg

( ↑ ソレント。 )

  (2019.2.14.)


佐用姫伝説殺人事件 (角川文庫)
KADOKAWA
1991-10-24
内田 康夫

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト


≪ 刑事はつまらなさそうに言った。警察でメシを食うなら、刑事――それも捜査一課でなくちゃ、という顔である。
「しかしまあ、警察官の身内ということなら、まあ、おたくさんも信用があるというわけですな」
「そんなことはありません、あくまでも兄は兄、僕は僕ですから。それに、警察官だからって、全部が全部、信用ができるわけでもないでしょう
「そりぁまあそうだが・・・・」
刑事は口を尖らせた。・・・・≫
ー・−・−・−・−・−・−・−
≪ 「いいえ」
さと子は広山の腕に触って、優しい声で、しかし決然として言った。
「私はほんとうのことを、この人に言うて行きたいのんや。警察でいろいろ訊かれたりしたら、どないに曲げられんとも分からへんじゃろ。そやから、言わせてください」 ・・・・≫
( 内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』1991.角川文庫。↑  1988.1.実業之日本社 ) 


最新イタリア歌曲集(10) 永遠のカンツォーネ
音楽之友社
ルチアノ・ベルタニョリオ

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
内田康夫『佐用姫伝説殺人事件』に学ぶ「陶器」と「磁器」の違い。「テラゾー」=人造大理石≠人工大理石 慎腹風呂愚/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる