とにかく長い三十三間堂、神母天王は鬼子母神。子供を名分に勝手する女に柘榴-妙法院・蓮華王院【5/6】

[第654回]
    南大門をくぐったすぐ左に蓮華王院(三十三間堂)があるが、その東回廊の南に門があり、こちらの門は普段は閉められていて参拝者はこちらから入ることはできない。参拝者は北側、七条通りの側の「普門閣」にある参拝受付で参拝料金を支払って入場することになるが、この南東の門の部分からも三十三間堂とその南東の鐘楼が見える。↓
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↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂)鐘楼
   なにしろ、長~いもんだから、この位置からでは1枚の写真に入らない・・・・が、鐘楼と三十三間堂を一緒に撮ろうとすると、この位置からでないと入らないのではないかと思う。
   三十三間堂は「お寺色」をしているのだが、回廊と東大門、それに↑の写真で三十三間堂の右手前に移っている鐘楼は「神社色」をしているのだ。 しかも、『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.8.7.小学館)に掲載の東側から撮影した航空写真においては、三十三間堂が「お寺色」をしているだけでなく、回廊と東大門、それに鐘楼もまた「お寺色」をしている。 今回の訪問、↑の写真を撮影したのは2018年10月上旬である。2007年8月から2018年10月までの間、11年余の間に、建て替えたのではなく塗装したのだと思うが、どういう考えのもとに「神社色」にしたのだろうか。 もしかして、もともとは、三十三間堂は赤と白の華やかな「神社色」をしていたのが、長年のうちに「お寺色」に変わったのだろうか? 回廊・東大門・鐘楼はそれをもとの「神社色」に塗装したということなのか?
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↑  回廊。 ↑の写真の左端の門の所から三十三間堂と鐘楼が見えるが、ここからは一般参拝者は入れない。
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↑  東大門

   さて、北側の「普門閣」と名づけられた最近の建物の部分から三十三間堂に入ることになる。 七条通りに近い場所が駐車場になっていて観光バスなどはそこに停まっている。1970年頃、小学生の時に来た時には、京阪バスの観光バスで来たのだが、観光バスは
(1) 何か所も1日で効率よくまわることができるというメリットはあり、
(2) ガイドさんの説明を聞けるというメリットがあるが、
自分で公共交通機関を使用して移動した場合と違って
(3) どこをどう移動したのかわからず、それがどこにあったのかもよくわからず、目的地にだけ行けたようになってしまい、又、
(4) 自分はそこにもうしばらくいたいと思ってもそのコースの予定時間に合わせて動かないといけないという面がある。
「効率よく何か所もまわる」必要はないのではないかと私は思うようになりたのだ。寺や神社の参拝は、1日1寺、1日1社が原則・・ということで良いのではないか。かつ、参拝はその寺や神社にいる間が参拝ではなく、自宅を出てから自宅に戻るまでの間が参拝だと考えるならば、自分のペースで公共交通機関を使用して移動する方が良いと思うようになった。
   1970年頃に訪問した時と今では変わった部分がある。かつては、普門閣という入口部分の建物はなかったように思う。 それから、三十三間堂には今と同じように北から入って東側を南に移動して、裏側(西側)を北上して出たと思うが、庭園はお堂の端から見えたが、庭園に出ることはできなかったように思うのだが、今は庭園に出て散策することができる。
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( ↑ 蓮華王院 庭園。 向こう側に見えるのは回廊北門。 )

( ↑ 「 i 」マークが、「北門」。 )
そして、かつてと違って今は外国人の来場者がずいぶんと多い。韓国人や中国人の観光客もあるが白人の観光客もある。白人の観光客は英語を話す人ばかりではなく、非英語圏の人もけっこういる。あるおばさんからカメラのシャッターを押してほしいと頼まれたのだが、その人の話す言葉は英語ではなくドイツ語でもフランス語でもなくイタリア語でもなくロシア語でもなくデンマーク語でもなかった。「どちらから来られたのですか」と尋ねてみたかったが、その女性の話す言葉を私は話せないし、むこうも日本語は話せないらしかったのでどうしようもなかった。
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↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂)。 鎌倉時代。国宝。 北東側から見たもの。
北側には駐車場をとり普門閣という入口部分が設けられているので、北東側からは「とにかく長い三十三間堂」の全体が入るように撮影するのは難しい。 南東側からだと全体が入るように撮影できるようだ。
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↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂)  東側(表側) 中央部分。
   今、三十三間堂というと「とにかく長い三十三間堂」として知られており、外観については、北よりか南よりから「長~い」建物を見るのが普通だが、法住寺殿があって三十三間堂が建てられた頃、この東に住んでいたという後白河法皇は正面から見ていたということか。 しかし、正面から見たのでは、首を振って視線を動かさないと全体は見えない。 「ともかく長い」というのがお寺として考えた時、いいのかどうか、どうもよくわからないところもある。
   中に入っても、現在は北側の西よりから入って東側(表側)を北から南に移動するが、たとえ、東側中央の現在は閉鎖されている入口から入ったとしても、中央の千手観音坐像とその周囲は見えても、全体を見るには左右(南北)に移動しないといけないことになる。
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↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂)。  南東側から見たもの。 
この位置からだと、三十三間堂の全体を写真に撮ることができる。 なにしろ、「なが~い」。
   で、南側から見ると↓
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↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂) 南面。
こちらの面だけ見ていると、なんか、「たいしたことない」みたいな・・・・(^^)/

    今は、東側の回廊と東大門のすぐそばまで行くことができる。
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↑  回廊。 内側(西側)から。
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( ↑ 「 i 」マークが、鐘楼。 )
↑  鐘楼
   それにつけても、鐘楼と回廊・東大門は、『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.小学館)の写真では「お寺色」をしているのに、今では赤と白の「神社色」になっているというのは、どういう理由によるものだろうか。 やはり、もともとは「神社色」をしていたということで、元の状態の色に塗装したのだろうか。 ということは、ゆくゆくは三十三間堂も「神社色」に塗装されるのだろうか・・・・・。 どうも、今の色の方が見慣れていて、これが「神社色」になったらどうなるののだろう・・・などと思うのだが。
   『国宝 三十三間堂』(2017.6. 発行:三十三間堂本坊 妙法院門跡。 制作:株式会社飛鳥園。)には、
≪ 内陣天井は、二重虹梁(こうりょう)蟇股(かえるまた)で化粧屋根裏という簡素明解な構架であり、中尊上方だけが折上組入天井(おりあげくみいれてんじょう)で、虹梁や貫・長押・斗拱(ときょう)・円柱・垂木など木部はすべて、もとは極彩色の唐草文様(からくさもんよう)であった。・・・・≫
≪ 三十三間堂は、現在、古色蒼然としているが創建当初は色鮮やかな「丹塗り」だった。この事は文献的には知られていたが、昭和の修理の際、堂内の梁を下ろして、その下端に打ちつけてあった蓮華型の鏡座を外すと、その下から雲や華が描かれているのが発見された。さらには柱や長押・木鼻(きばな)等の各所にも宝相華(ほうそうげ)唐草・如来や夫人像・連珠文などが確認された。(その一部は文化庁により復元模写された)これらは時代とともに甚だしく汚損してしまったが、極彩色に飾られた華麗な堂内を想う時、観音浄土を欣求した古人の情趣が甦ってくるようである。≫
とある。
   もっとも、私たちは、「古色蒼然とした」方の三十三間堂を見慣れているので、かつては≪色鮮やかな「丹塗り」≫であったとしても、これからその状態に戻すとすると、どうも違和感があり、はたしてそれがいいのかどうかよくわからないところがあります。歴史的建造物を保存するという場合、はたして、どの状態で保存するのがふさわしいのか。難しいところがあります。

    三十三間堂は東側が表側、西側が裏側で、一般には裏側は表側に比べると重視されない場合が多いのですが、三十三間堂の場合は、裏側は広縁が端から端まで通っていて表側以上に「長さ」を実感できるところがあります。↓
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( ↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂) 西面(裏面)。 南西側から見たもの。)
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( ↑ 蓮華王院本堂(三十三間堂) 西面(裏面)。 北西側から見たもの。)
   三十三間堂の広縁は長いので、かつては、ここで端から端まで弓を射る儀式がされたという話を、小学生の時に来た時に、京阪バスのガイドさんが話してくれた。 『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.小学館)によると、今は、広縁でではなく、西側の砂利敷きの部分で、1月中旬の日曜日に新成人の女性による大的全国大会が催されているという・・・・が、『ゴルゴ13』にも、「鞍馬竹林流」という弓道の流派が、夜間、三十三間堂の広縁で弓を射てその成果により流派の継承が認められるという「丁夜通しの儀」をおこなうに際し、娘が継承したものの「丁夜通しの儀」の出場者は男でなければならないということから弟子となり学んだゴルゴ13が出場し見事に成果を収める・・という話が「一射一生」(2003年11月作品)にある。 この三十三間堂の広縁で端から端まで弓を射るという儀式は三十三間堂の表側(東側)でされたのか裏側(西側)でされたのかどちらだっただろうかと思ったのです。 一般には、わざわざ裏側でやるのではなく表側でやるのではないかと思うのですが、三十三間堂の場合は、表側(東側)は中央に入口の出っ張りがあるのに対し、裏側(西側)は端から端まで広縁が通っているので、だから、弓を射る儀式は裏側(西側)の広縁でされたようです。
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( ↑ さいとう たかを  さいとうプロ『ゴルゴ13』 「一射一生」
 〔さいとう たかを『ゴルゴ13 フォアレディーズ』2017.9.27.小学館 My First BIG SPECIAL 所収 〕 )

   『ゴルゴ13』「一射一生」では、「束脩(授業料)を納めたいが」というゴルゴ13に、鞍馬竹林流のを継承した娘 弥生が「お金なんかいりません・・・」と言ったのに対し、「・・・あんたはカネをとらないと言うが・・・善意に甘えるほど危険なものはない、とも俺は学習している」とゴルゴ13が語る場面がある。↓
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( ↑ さいとう たかを  さいとうプロ『ゴルゴ13』 「一射一生」
 〔さいとう たかを『ゴルゴ13 フォアレディーズ』2017.9.27.小学館 My First BIG SPECIAL 所収 〕 )
徳島市に本社を置く(株)フィットhttps://www.fit-group.jp/ は、朝礼で従業員に「仕事が楽しかったら、給料なんか、要らな~い!」と大声で叫ばせているそうである。また聞きではあるが、(株)フィットと提携した新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の社長の長谷川新二から聞いた話であるからいいかげんな話ではない。長谷川新二は「うちも、フィットにならって、毎朝、朝礼で、みんなで『給料なんか要らな~い』と大声で叫ぶようにしようぜえ!」と発言したが、どうも、(株)フィットとか新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)のような自営業・三流以下企業のオーナー経営者というのは、「どのくらいの金額の給料を払うのが適切だろうか」「どのくらいの金額の給料を払えば従業員はやる気をだして働いてくれるだろうか」と思考するのではなく、「給料を払いたくない」「給料を払わずに働かせたい」と考える人間が多いようで、会社を新興宗教団体のようにして、毎朝、朝礼で「給料なんか要らな~い!」と叫ばせて、カネを払わずに働かせるようにしたい! と考える自営業のオーナー経営者がけっこう多いようであるが、考え方を間違えているように私は思う。 ゴルゴ13なら、カネを払わずにひとに仕事をさせようとは考えないはずである。(そもそも、カネ払わんやつの言うこときく必要ないし、カネ払わんヤツの為に働く理由はないんだけどね。)

( ↑ 新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕があった場所。千葉市中央区鵜の森町1 )

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↑ 西門。 東側(中側)から見たもの。 西門の向こう側は、西柳庵。

   蓮華王院(三十三間堂)の中は仏像だらけ。 中央に位置する大きな千手観音坐像(国宝)が本尊で、その両側に配置されている千体の観音像は「副」なのかと思うとそういうことではなく、中央の大きな千手観音坐像と両側の重要文化財に指定されている千体の観音像が本尊ということらしい。 もっとも、中央の千手観音坐像にはじっくりとお顔を見せていただいて参拝させていただくとして、両側の千体をひとつひとつ見てまわるというところまではなかなかできない。 実際問題として、右端の雷神、左端の風神と、中央の千手観音坐像を囲む東方天・毘楼勒叉(びるろくしゃ)・毘楼博叉(びるばくしゃ)・毘沙門天の4像および前に並ぶ24体の二十八部衆 の方が、それぞれ、異なっていて見飽きない。
   二十八部衆も、なにしろ、28もいらっしゃって、これまで、名前を聞いたこともない像もあり、やっぱり、どこかで見たことがある聞いたことがあるという仏さんの方が馴染みやすい。 右側(北側)の金毘羅王(こんぴらおう)というのは、やっぱり、香川県の金毘羅(こんぴら)さんなのだろうな。 左側(南側)には、『青の祓魔師』に登場する迦楼羅王(かるらおう)は『青の祓魔師』に登場する迦楼羅と同様、羽根を持っている、そして、『キン肉マン』に登場する阿修羅マンのもと、阿修羅王(あしゅらおう)。 帝釈天王(たいしゃくてんのう)は柴又の帝釈天の仏さんか。 「おのれの子供だけ大事にして、ひとの家族はどうでもいいという態度をとる女を懲らしめる神さん仏さん」鬼子母神カリテイモがいらっしゃったと思ったのだが、『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.8.7. 小学館)に掲載の「三十三間堂内 二十八部衆配置図」を見ても、「鬼子母神」も「カリテイモ」も見当たらない。現地ではたしかにいらっしゃったはずで、特に重視して拝んできたのだが・・・と思ったのだが、《はてなキーワード 神母天(じんもてん)》http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BF%C0%CA%EC%C5%B7 を見ると、≪仏教の二十八部衆の1つで鬼子母神の別名。≫と出ており、中央の千手観音坐像のすぐ右の神母天王(じんもてんのう)が鬼子母神の別名らしい。
   金毘羅王(こんぴらおう)は、≪サンスクリット語のKumbhira(クンピーラ)の音写で、薬師十二神将では「宮毘羅」と呼ばれる。ガンジス河のクンピーラ(ワニ)がインドの土俗信仰の中で水神として神格化されたものとされ、釈尊の守護神として仏教に導入された。≫( 『国宝 三十三間堂』2017.6. 発行:三十三間堂本坊 妙法院門跡。 制作:株式会社飛鳥園。)
   迦楼羅王(かるらおう)は、≪ サンスクリット語のGaruda(ガルダ)の音写で、蛇(コブラ)を常食とする伝説の巨鳥・金翅鳥(こんしちょう)といわれる。インドではヒンドゥー教・ヴィシュヌ神の乗り物で、仏教に導入されて護法神である天竜八部衆の一に数えられる。本像は翼をもつ鳥頭人身で横笛を吹く姿である。≫( 『国宝 三十三間堂』2017.6. 発行:三十三間堂本坊 妙法院門跡。 制作:株式会社飛鳥園。)  インドネシアの航空会社の名前が「ガルーダ インドネシア航空」というが、そのガルーダは「迦楼羅(かるら)」のサンスクリット語の「ガルーダ」から来ているのだろう。インドネシアはイスラム教の国だったはずだが、インドの神ガルダを航空会社の名前にしているというのはどういうことだろうと思ったが、《ウィキペディア―ガルダ》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%80 によると、≪ 仏教・イスラム教伝来以前よりヒンドゥー教圏であった東南アジア諸国においては、他のヒンドゥー教の神格と併せて文化・文学におけるモチーフとなることが多い。イスラム教国であるインドネシアおよび仏教国であるタイ王国においては国威の象徴とされ国章とされている。≫ と出ており、特定の宗教を離れて東南アジア地域に話が広まったということか。『青の祓魔師』に登場する迦楼羅は羽根を持った鳥のような姿をしているが三十三間堂の迦楼羅王も羽根を持っている。
   阿修羅王(あしゅらおう)は、≪ 原語Asura(アスラ)の音写という。古代インドでは戦闘を好んだ悪神とされ、仏教では三悪道の修羅として数えられ、一方では、護法神・天竜八部の一尊で三面六臂に表される。≫( 『国宝 三十三間堂』2017.6. 発行:三十三間堂本坊 妙法院門跡。 制作:株式会社飛鳥園。) なるほど、≪古代インドでは戦闘を好んだ悪神≫で≪仏教では三悪道の修羅≫ということで、『キン肉マン』でも『キン肉マン2世』でも悪役なのか・・・。
≪ 須弥山(しゅみせん)の北の海底に住むという、三面臂の異形の神、阿修羅。闘争を好む悪神としての本性を憤怒の相であらわす。八部衆のひとつとして釈迦に随時することもある。≫(『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』2007.8.7.小学館) 阿修羅 原というプロレスラーがいたが、「闘争を好む」神ということから格闘技のレスラーのリングネームに採用したということか。
   帝釈天王(たいしゃくてんのう)は、≪ 古代インドの神、インドラのこと。衣の下から鎧をのぞかせ、悪神アシュラと戦う戦士としての性格を示す。梵天と対であらわされることが多く、ともにインドの最高神としての品格を表現する。≫( 『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』2007.8.7.小学館) 「梵天(ぼんてん)」とは、《ウィキペディア-梵天》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A2%B5%E5%A4%A9 には、≪仏教の守護神である天部の一柱。古代インドの神ブラフマーが仏教に取り入れられたもので、十二天に含まれる。梵はbrahmanの音写。 ブラフマーは、古代インドにおいて万物実存の根源とされた「ブラフマン」を神格化したものである。ヒンドゥー教では創造神ブラフマーはヴィシュヌ(維持神)、シヴァ(破壊神)と共に三大神の1人に数えられた。 ≫とある。
   神母天王(じんもてんのう)は、≪ 神母天は鬼子母神(きしぼじん)こと。服装は女性のものだが、表情は厳しく、男性のよう。子供を食う悪神であった時の名残だろうか。釈迦の教化により、善神となった。眉を寄せ、シンバルの音に耳を澄ます表情は絶妙。≫( 『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』2007.8.7.小学館)
   2011年、千葉市中央区鵜の森町 の 新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕(いずれも、2013年11月に正式に倒産)では、社長 長谷川新二(男。当時、40代前半)の嫁 河野利華(女。当時、40代前半)の友人だとして縁故入社した滝口恵(女。当時、30代前半)が、自分は子供があるということを大義名分ににして、自分が担当で自分はそれに対して報酬を受け取っている仕事を放棄して定時に帰り、その仕事を担当外の従業員に、勤務時間外に労働基準法違反の時間外労働で、労働基準法違反の無賃労働でさせ、「子供があるんだから、あたりまえでしょうお」と居直り、さらに、社長の長谷川新二は「滝口さんは、子供があるんだから、子供がある滝口さんは子供のない人間に何でもやってもらうのが当然じゃないかあ~あ」と暴言を吐き、滝口以外の従業員とその家族の人権を侵害し、滝口恵以外の従業員の労働条件を踏みにじったが、こういった滝口恵のような 「子供」を大義名分にかかげれば、おのれの身勝手をいくらでも通すことができる、ひとの親やひとの子供は無茶苦茶にしてもいいという信念を持っている「子供」独善主義・「子供」帝国主義の女には、人肉の味がするというザクロの実でも食べさせるといいのかもしれない。 もしくは、魔除けとされる桃の実でも鬼女に投げつけて退治するか・・・。

   鬼子母神・カリテイモは、≪ 500人(一説には千人または1万人)の子の母であったが、これらの子を育てるだけの栄養をつけるために人間の子を捕えて食べていた。そのため多くの人間から恐れられていた。 ≫(《ウィキペディア―鬼子母神》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AC%BC%E5%AD%90%E6%AF%8D%E7%A5%9E )という。 すでに2人の子供を持ちながら、結婚したがまだ子供を持つことができない人間、まだふさわしい結婚相手と巡り合うことができずにいる人間を犠牲にして、おのれは定時に帰った上で、おのれが担当でおのれがそれに対する報酬を受け取っている仕事を担当外の従業員にさせて、カネだけせしめ、そうやって空けた時間にオットと性交して3人目を孕んで出産した鬼女 滝口恵はこのあたりは鬼子母神・カリテイモとそっくりである。≪ それを見かねた釈迦は、彼女が最も愛していた末子のピンガラ(嬪伽羅、氷迦羅、畢哩孕迦)を乞食(こつじき)に用いる鉢に隠した。彼女は半狂乱となって世界中を7日間駆け抜け探し回ったが発見するには至らず、助けを求めて釈迦に縋ることとなる。 そこで釈迦は、「多くの子を持ちながら一人を失っただけでお前はそれだけ嘆き悲しんでいる。それなら、ただ一人の子を失う親の苦しみはいかほどであろうか。」と諭し、鬼子母神が教えを請うと、「戒を受け、人々をおびやかすのをやめなさい、そうすればすぐにピンガラに会えるだろう」と言った。彼女が承諾し、三宝に帰依すると、釈迦は隠していた子を戻した。 ≫ということで、その後、鬼子母神・カリテイモは、逆に子供と安産の守り神になった・・・というのだが、この後半部分が鬼子母神・カリテイモと滝口恵との違いで、改心しない「子供」を大義名分にすれば自分と自分のオットと自分の子供は何をやってもいいという信念を持っている女には、いずれ、神罰仏罰を下さないわけにはいかないであろう。改心することなく、おのれはすでに結婚してすでに2人も子供を持っているにもかかわらず、「子供」を大義名分にかかげて、結婚はできたがまだ子供を授かることができずにいる者・まだふさわしい結婚相手に巡り合うことができずにいる者とその家族を犠牲にして、おのれが報酬を受け取っている仕事を担当外の者に押しつけて定時に帰ってオットと性交してさらに3人目を孕んで産む鬼畜女というのは、こういう女には、これ以上ひとを食い殺さないようにザクロの実を食べさせるか、さもなくば、あまねく人の子を守る神と変わった鬼子母神にお願いしてこういう鬼畜女とそのオットを懲らしめてもらうようにするしかないかもしれない・・・・と思って、三十三間堂では、神母天王(じんもてんのう)〔鬼子母神・カリテイモ〕に特に念入りに拝んできた。賽銭も入れてきたし。
※ 雑司ヶ谷鬼子母神(東京都豊島区)⇒[第139回]《雑司ヶ谷鬼子母神堂訪問、及、鬼子母神の話と神がアブラハムにイサクを燔祭に捧げよと命じた話の意味 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201210/article_2.html
 
  三十三間堂の神母天王(じんもてんのう)は、鬼子母神・カリテイモの別名ということだが、おのれの子供を養うための精力をつけるためにひとの子供を食い殺した・・・とはまさに新華ハウジング(有)・ビルダーズジャパン(株)の滝口恵みたいな女であるが、そのあたりから考えると、恐ろしい・おどろおどろしい姿をしていそうな感じがするのだが、三十三間堂の神母天王(鬼子母神・カリテイモ)の像はそうではない。改心後の姿ということなのであろう。

   ≪三十三間堂は、後白河法皇の勅願で、1164年(長寛2)、平清盛の私財によって建立、寄進された。堂宇内陣の柱と梁の間が33あり、全長約120m。 日本一長い木造建築物だ。≫(『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』2007.8.7.小学館)ということになっている。 しかし、[第642回]《東大寺参拝【4/10】大仏殿2 伝統構法による木造で最大級。大仏の頭の上に鉄骨製トラスは見えない》https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_15.html でも述べた話だが、この三十三間堂は「日本一長い木造建築物」というのは、あくまでも、「伝統構法の木造による建築物では」ということであって、最近、建てられるようになってきた、木質系の大規模建築物と比較しての話ではない。坂本功『木造建築を見直す』(2000.5.19.岩波新書)に名前が出ているものでは、
1962. 新発田市立厚生年金体育館(現 新発田市産業会館) 設計:飯塚五郎蔵
1977. つくば市 林業試験場体育館  上村武
1986. 大桑村歴史民俗資料館  宮本忠長
1988. 空海ドーム(香川県坂出市) 木島安史
1988. 小国ドーム(小国町民体育館)(熊本県) 葉祥栄
1988. ならシルクロード博覧会 テーマ館・奈良館  土井鷹雄
1992. 海の博物館展示棟(三重県 志摩半島)  内藤廣
1992. 出雲ドーム(島根県出雲市) 
1993. 信州博覧会グローバルドーム KAJIMA DESIGN・斎藤木材工業
1994. 横手市立栄小学校(秋田県)  安藤邦廣ほか
1996. 林業機械化センター事務所棟(群馬県 赤城山中腹) アルセッド建築研究所
1997. 大館樹海ドーム(秋田県)
2000. 東京大学弥生講堂 「一条ホール」  香山壽夫
 ?    ナガシマスパーランド 木製コースター(三重県)
といったものがありますが、これらは、木材とはいえ集成材を使用している場合が多く、又、木と鉄のハイブリッドである場合が多いのですが、熊本県阿蘇郡小国町の小国ドームなどは小国町産の杉をムク材として使用した建物だそうで、木材だけで建てられた建物というわけではないけれども、主たる構造材は木の建物としてであれば、三十三間堂よりも長さの点で長い建物は今ではあることになるようです。島根県出雲市の出雲ドームは集成材とピアノ線による張弦ドームで、木と鉄のハイブリッド構法ながら、直径約140m。 ≪現在国内最大の木造建築は、秋田県の大舘樹海ドーム(1997年)で、もっと多くの鉄骨が使われていますが、約178×157メートルという広さをもっています。≫(坂本功『木造建築を見直す』2000.岩波新書) 木と鉄のハイブリッドの建物というものを木造と言っていいのかという問題もありますし、集成材は木と接着剤で作られたもので純粋に木だけでできているわけではないわけですが、東大寺の大仏殿にしても、明治に屋根に鉄骨のトラスを入れて補修したといいますし、木以外のものをどこまで使ったら木造と言えないことになるかという基準はあいまいです。とりあえず、三十三間堂が「日本一長い木造建築物」というのは「伝統構法の木造としては」として考えるべきでしょう。

※ 蓮華王院 三十三間堂HP http://www.sanjusangendo.jp/
《ウィキペディア―三十三間堂》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%B8%89%E9%96%93%E5%A0%82

   次回、三十三間堂の構造について。

   (2018.12.16.)

☆ 妙法院・三十三間堂・南大門
● 妙法院門跡
1.表門・フォーシーズンズホテル京都の側・土塀 https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_1.html
2.宸殿・普賢堂ほか https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_2.html
3.大玄関・庫裏 https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_3.html
● 智積院。南大門、法住寺、養源院と位置関係。https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_4.html
● 蓮華王院(三十三間堂)
1.東大門・廻廊・蓮華王院本堂(三十三間堂)・鐘楼・庭園・西門  〔今回〕
2.三十三間堂は木造軸組構法の基本。https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_6.html

  「おのれとおのれのオットとおのれの子供のため」であれば、ひとの家族の人生は踏みつぶすのは当然の権利などという間違った認識を持っている反社会的勢力、「子供帝国主義」の女とそのオットは、世のため人のため、なんとしても打倒されないといけない。

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