妙法院門跡1 表門から入ろう、寺も学校も。フォーシーズンズホテルと土塀-妙法院・蓮華王院【1/6】

[第650回]
   京都の「三十三間堂」は有名だが、しかし、三十三間堂て俗称か通称か愛称みたいな名称で、お寺の名前は別にあるのだろうか? 普通、◇◇寺というお寺があって、そのお寺の中のひとつのお堂の名前が△△堂というものではないか、又、三十三間堂という呼び名は、長さが三十三間あるので三十三間堂と言っているとして、それは通称ではないのか、通称だとすると、正式名称は何と言うのだろうか・・・て思いませんか?
   「蓮華王院(れんげおういん)」の本堂のことを三十三間堂と言っているようで、現在では、妙法院という天台宗の寺に属しているお堂のようで、妙法院と蓮華王院(三十三間堂)は飛び地になっているけれども、現在では同じお寺ということらしい。

〔 ↑ 「 i 」マークが、妙法院(妙法院門跡) 〕

   三十三間堂と妙法院では知名度という点では三十三間堂の方が知名度は圧倒的に高い。どういう評価かというと、「ともかく、長~~~い!」という点。 それに、三十三間堂ではその長さを生かして弓道に利用されることがあり、なんと、『ゴルゴ13』にも登場する・・・・が、妙法院は『ゴルゴ13』には登場しない。『金田一少年の事件簿』にも登場しないし内田康夫の「浅見光彦シリーズ」にも登場しない。西村京太郎は知らん。山村美紗は京都専門殺人事件だからどこかで出てくる可能性がないとは言えないが知らん。なぜか、三十三間堂の東にある世間一般には必ずしも知名度が高くない養源院が『名探偵コナン』に登場するが、あれはなんかようわからん。

   その「妙法院」、あるいは「妙法院門跡」について、今回、述べる。
「妙法院」もしくは「妙法院門跡」というのは、三十三間堂に比べると知名度は低いし、近隣の寺社では清水寺と比べても知名度は低いし、智積院と比べても知名度は低いのではないかと思うが、天台宗の寺で、「門跡」というように門跡寺院であり、歴史も古く、建物では、庫裏(くり)が国宝、大玄関と大書院が重要文化財に指定されており、建物以外でも護摩堂の本尊の不動明王像(平安時代)は重要文化財に指定されているという寺である。おそれいったか・・・・。
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↑ 妙法院門跡  庫裏(くり) ・・・桃山時代。 国宝。

   我が家は父方が浄土真宗本願寺派だった。よく知らない方のために説明すると、浄土真宗にはいくつかの「派」があるが、特に、西本願寺の派が本願寺派で、東本願寺の派が大谷派。西本願寺は飛び地として親鸞の墓所として大谷本廟(西大谷)があり、東本願寺は大谷祖廟(東大谷)がある。本願寺派とか大谷派とか言われても、どっちも本願寺でどっちも大谷やんけ・・・て気がするのだが、ともかく、西本願寺・大谷本廟の方、京都から西の方が本願寺派、東本願寺・大谷祖廟の方、京都より東の方が大谷派である。京都には西本願寺(浄土真宗本願寺派本山本願寺)(本願寺派)と東本願寺(真宗本山 真宗本廟)(大谷派)があり大阪には北御堂(本願寺派)と南御堂(大谷派)があり、東京にも築地本願寺(本願寺派)があるが、それ以外の地域では本願寺派か大谷派か片方だけがあるようだ。西日本が本願寺派で東日本が大谷派と言っても、東京が境目ではなく、静岡糸魚川構造線(フォッサマグナ)を境目にしているわけでもない。京都から東か西かなので、今の感覚だと岐阜県とか石川県とかは西みたいだが、岐阜県の高山とか石川県の金沢とかに行くと、大谷派の寺はあっても本願寺派は見当たらない。で、我が家は祖父母の遺骨を大谷本廟にお世話になっているので、子供の頃からその本願寺派の大谷本廟にはしばしば足を運んできた。
  大谷本廟というのはどこにあるかというと、電車では京阪本線のかつては「五条」と言っていた駅が今は「清水五条」になったのだが、その「清水五条」が最寄駅。阪急では京都線「四条河原町」で降りて東に行くとすぐに京阪「四条」の駅があるが、京阪で「四条」から「五条」まで1駅乗るほどではないのだが、だからと言って歩くとそれなりにある。 現在はJRになったかつての国鉄の奈良線は今は一人前に通勤路線になって、京都駅から京阪に乗りかえたいと思うと奈良線で「東福寺」まで行くと「東福寺」の駅はJRと京阪が隣接しているので乗りかえに便利だが、かつては奈良線はいなか電車で便利が悪かったので、国鉄から京阪への乗り換えもやりにくかった。
   今は京阪「清水五条」駅から東にぞろぞろ歩いていくと、周囲に同じように歩く人がいっぱいいて、外国人の観光客も多い。大谷本廟のすぐ北に、清水寺があり、ここがかなりの「観光スポット」になっているし、本堂の裏の地主神社はいつしか「恋愛成就の神さま」として売り出して、行くと、おねえちゃんがいっぱい! 男が行ってはいかんみたいな感じ。神社かお守り売場かわからんみたい。清水寺の少し北には高台寺、その西あたりに建仁寺。高台寺のさらに北には円山公園と八坂神社、さらに知恩院がある。 で、大谷本廟から南の方というと、南に進んで、「国家安康」「君臣豊楽」の鐘で有名な方広寺に行ったことがあったが、他にもあるのが、この妙法院。そして、智積院に三十三間堂。子供の頃は、よくわからずに大谷本廟に行っていたが、けっこういろいろある地域である。
   三十三間堂になると、最寄駅は京阪でも「清水五条」ではなくその南の「七条」になる。妙法院も「七条」の方が近いようだが、今回は「清水五条」から大谷本廟に行った帰りに東大路通りを南下して妙法院に行った。京都は歩くのにいい街である。ローマに行った時、なんだか、ローマというのは大都市だといっても遺跡の中に街があるみたい街だなと思ったのだが、日本でも京都もそんなところがある。いつだったか、京都の寺の坊さんが、高層のホテルを建てるのはやめてくれと言っていた時があったが、もっともなことだと思う。東寺の五重塔が、私が子供の頃に比べると見えにくくなってきたように思うが、これ以上、東寺の五重塔が見えにくくなるような建築はやめてもらいたい。
   京阪「五条」は「清水五条」、「四条」は「祇園四条」に駅名変更され、阪急嵐山線の「松尾」も「松尾大社」、宝塚線「服部」は「服部天神」、「中山」は「中山観音」に、京福電鉄「太秦」は「太秦広隆寺」に駅名変更されたが、京阪「七条」は「三十三間堂七条」とか「方広寺七条」とか「智積院七条」にはならず「七条」のまま。「三十三間堂七条」ではあまりにも長~い・・からかもしれん。
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↑ 京阪本線「七条」駅、出入口。
京阪「祇園四条」駅より西、阪急「烏丸」駅と同じ場所に京都市地下鉄「四条」駅があり、京阪「清水五条」駅より西に行った烏丸通に京都市地下鉄「五条」駅があるが、「七条」駅は京阪本線にはあっても京都市地下鉄には「七条」駅はない。
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↑ 左右が地下に京阪「七条」駅がある川端通、その向こう側に鴨川にかかる「七条大橋」。手前から向こうへの通りが七条通。この写真の道を手前に戻ると三十三間堂の北側に行く。

  京阪「清水五条」駅から東に来たところの、大谷本廟(西大谷)の南西側の「東山五条」という交差点から東大路通を南下すると、「馬町」という信号がある交差点が見えてきます。↓ 地図によるとここから東に行く通りは渋谷通と言うらしい。
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↑ 「馬町」と書いて何と読むのだろうか。「うまちょう」ではなく「うままち」らしい。
   「馬町(うままち)」交差点から東に伸びる道、「渋谷通」の「渋谷」は「しぶや」なのか「しぶたに」なのか。『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.8.7.小学館)には、≪ 東山七条周辺は東寺、交通の要地としても注目された。妙法院の北、馬町(うままち)から山科へ通じる渋谷(しぶたに)超えの道は、京都から東海道への抜け道であった。≫と出ており、「しぶたに」らしい。 東京のJR山手線の駅は「しぶや」だが、大阪府池田市渋谷も「しぶたに」で、池田市にある元近鉄バファローズなどの中村紀洋選手の出身校の渋谷高校も「しぶたに こうこう」であり、関西系は「しぶたに」なのだろうか・・・?

   南に向かって歩くと左(東側)に妙法院(妙法院門跡)があるはずだが・・と思って歩いていくと、左手に由緒ありげな土塀が見えてくる。↓
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↑ この土塀は妙法院の西側までつながっているのだが、どうも、この内部(塀の東側)の建物は寺ではないような感じがする。 もしかすると、寺が敷地の一部分に檀家のための宿泊施設を作ったとか、冠婚葬祭用の施設を作ったとかいうことだろうか・・・と思って『古寺を巡る26 妙法院 三十三間堂』(2007.8.7.小学館)に掲載の地図を見ると、「東山竹田病院」と出ている。
   妙法院(妙法院門跡)と一つながりの土塀の内側にある病院ということは、お寺さんが経営する病院なのだろうか・・と思い、インターネットで検索すると、東山竹田病院というのは京都の竹田病院グループに属する病院で、竹田病院グループHPの「施設のご案内 医療施設」http://www.takedahp.or.jp/group/medical/ を見ると、他に宇治竹田病院・木津屋橋竹田病院・宮津竹田病院・・などあるらしいがお寺の経営ということでもないらしい。かつ、竹田病院グループHPを見ると、京都府にいくつもの病院その他の医療施設があるようだが、東山竹田病院というのは掲載されていない。な~んでだ? と思ってインターネットの地図を見ると、その場所は東山竹田病院ではなく「フォーシーズンズホテル京都」になっている。 ありぁりぁ。
   《京都市都市緑化協会HP 東山竹田病院・積翠園》http://www.kyoto-ga.jp/kyononiwa/2009/09/teien012.html に、≪ 積翠園の敷地は、もとは南側に隣接している寺院「妙法院」の境内でした。昭和29年(1954年)に専売公社が買収し、京都専売病院が管理してきましたが、平成17年(2005年)から病院の経営が移譲され、東山武田病院となりました。≫ ≪玄関を入ってすぐの中央受付ロビーの全面窓や、2つの病棟の病室から庭の四季を眺めることができます。≫ ≪積翠園の庭は、午前9時頃から午後5時頃まで、警備の方に断ったうえで見学できますが、休養施設として使われていますので、患者さんの利用の支障とならないよう、また静粛を保っていただくよう配慮をお願いします。≫ とある。 戦後、朝鮮戦争のすぐ後の1954年に妙法院の敷地の一部分を専売公社が買収して京都専売病院となったものを、2005年に経営者が変って竹田病院グループのひとつとしての東山竹田病院となったらしい・・・・が。 今は、「フォーシーズンズホテル京都」。( 《ヤフートラベル フォーシーズンズホテル京都》https://travel.yahoo.co.jp/dhotel/shisetsu/HT10041998/ ) けっこう高そう。

   インターネットで検索すると、
《工房八重の部屋 積翠園(東山武田病院庭園)の自然に満ち歴史ある庭園が外資系ホテルに?》https://blog.goo.ne.jp/koubou-yae/e/b57841ae5fe21f048a11f3079af81939
《京都検定合格を目指す京都案内 東山武田病院(旧:京都専売病院)の敷地内にある庭園「積翠園」》https://blogs.yahoo.co.jp/yamaibaaosainaikyo/63443816.html?__ysp=5p2x5bGx56u555Sw55eF6ZmiIOS6rOmDvQ%3D%3D
などが見つかりました。
~1954年 妙法院の境内地
1954年~ 京都専売病院
2005年~ 東山竹田病院
2014年~ フォーシーズンズホテル京都
・・・と移り変わったようですが、専売公社という「ほとんど国」の所有の病院から個人経営の病院になり、さらに外資系のホテルの手に移るというのは、はたしていいのか・・・とか思いますね。 土塀が妙法院と共通しているのは、もともとが妙法院の敷地の一部分だったから、土塀も妙法院の時代のものをそのまま使用しているということなのでしょう。 東京都文京区の加賀前田家の赤門や心字池が東大の赤門と三四郎池となって今も利用されるているように、せめて、土塀や積翠園は維持してほしいように思います。

   妙法院には「フォーシーズンズホテル京都」の側からも入ることができます。↓
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↑ 「妙法院門跡」。 「フォーシーズンズホテル京都」の側(北側)の入口。
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↑  北側の入口から見た妙法院門跡。 「新館庫裏」「寺務所」の建物。
  こちらからも入ることはできるようですが、しかし、西側の東大路通に面した入口が表門らしいので、そちらから入ります。 やましいところがない以上は、「善良な市民」は表門から入るというのが原則です。 1970年代後半、父の親友の医者屋のM川という男(当時、50代前半。当時、大阪府豊中市在住)が、ドバカ息子を私立金権関西医大http://www.kmu.ac.jp/ に裏口入学させたというのを自慢にしていて、父も洗脳されて「M川先生の息子さんは思考が柔軟やから裏口入学やねんぞ。おまえとは違って裏口やぞ、裏口。わかっとんのんか、チャンコロ、わかっとんのんか、チャンコロ。このチャンコロ、わかっとんのんか。おまえとは違って思考が柔軟やからM川先生の息子さんは裏口入学やねんぞ」と毎日毎日耳鳴りがするほど言われたもので、「なんで、裏口入学する人というのが『思考が柔軟』なんですかあ?」とお尋ねしたのですが、父は「わからんのか。そのあたりがおまえは思考が硬いんじゃ。M川先生はおまえなんかと違って思考が柔軟やから裏口なんじゃ。わかったか、わかったか、わかったか、チャンコロ!」と言うのでしたが、「なんで、思考が柔軟な人が関西医大やなんてそんなわけのわからんどこの馬の骨かわからん私立の医大なんてものに裏口入学やなんて汚らわしいもんせんとあきませんのん? そんなに思考が柔軟なら裏口入学やなんてそんなもんせんでも、その柔軟な思考力を生かして狂徒大学医学部でも頭狂大学理科三類でも実力で現役でさっさと合格して行けばいいのと違いますのん? なんで、思考が柔軟な人が私立金権関西医大やなんてそんなわけのわからんどこの馬の骨やらわからんけったいな怪しげな所に裏口入学やなんてものせんとあきませんのん? なんでですの? な~んでえ~え?」と申したのですが、父は「わからんのか」と言うのでした。 父の親友の医者屋のM川(1970年代後半当時、50代前半)は「そのあたりがわしの思考が柔軟なところなんじゃい。わしは思考が柔軟やから、だからうちの息子は裏口入学なんや。そのあたりがきみなんかとは違うところなんじゃ」と言うのでしたが、そもそも、裏口入学て自慢するもんなのかあ~あ? 裏口入学なんてのは、たとえ、やるにしても、「恥ずかしそうに」「こそっと」やるもんと違うんかあ~あ? ・・と思ったのですが、そのあたりが「思考が柔軟」と称する医者屋業界の人間の思考は私ら「善良な市民」とはずいぶんと違うようでした。 で、「思考が柔軟」であるかないかにかかわらず、わたしなんかは、裏口入学やなんてそんなもん、やらせてもらおうなどとは、たとえ、考えたとしても、そんなものをやるコネもなければカネもありませんから、ですから、実力で表門から入るしかないのでした。ロシア民謡の「ドビヌーシカ」は日本語訳では「仕事の歌」と訳されていますが、ロシア語の歌詞と日本語訳の歌詞は意味が違うところがあるようですが、その日本語訳の歌詞の方で「イギリス人は利巧だから水や火などを使う。ロシア人は歌を歌う。それは仕事の歌」というくだりがありますが、「医者屋人は利巧だから裏口入学で関西医大に入る。私ら善良な市民は表門から正規に試験に合格して入る♪」てところでしょうか。〔⇒《YouTube-仕事のうた》https://www.youtube.com/watch?v=6GRUhyhiKjY 〕 今もって、なんで、裏口入学する人が「思考が柔軟」なのかよくわかりませんし、「思考が柔軟」な人が、なんで、その柔軟な思考力を生かして正規の試験に合格して国公立の大学に行かないのか、それもまたさっぱりわかりません。で、私らは裏口入学なんてさせてもらえるようなコネもなければカネもない「善良な市民」であって医者屋業界の人間ではありませんので、お寺にしても、特に初回の訪問時は表門から入ることにさせていただきたい。だから、北側の門からも入れるようですが、表門にまわります。
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↑ こちらが「妙法院門跡」「表門」です。やっぱり、こっちの方が「お寺の入口」て感じがしますね♪  やっぱり、入るなら表門から入った方がいいよね。表門から入る方が気持ちいいよね♪ 裏口から入るなんて「善良な市民」のやることじゃないよね。
   私、世の中、な~にが嫌いと言って、裏口入学ほど嫌いなものはありません。M川など裏口入学を自慢するような人間というのは、おのれが裏口入学するだけではとどまらず、正規に試験を受けて合格しようとする人間の足を引っ張りますからね。裏口入学は人間のすることやおまへん。 関西医大のホームページhttp://www.kmu.ac.jp/ を見ると、「未知を行く、道の先へ」なんて文句が出ていますが、関西医大の行く道は「未知」であるわけがない、関西医大の進む先と言えば、それは薬漬け・検査漬け・毒盛りとそうやってせしめたカネを使っての裏口入学である。 裏口入学の拡大再生産、それこそ、関西医大の行く「道の先」である。 こんな反社会的勢力の病院にはかからない方がよいし、裏口族なら関西医大に裏口入学する人間が「思考が柔軟」と考えるだろうが、私ら正規入学族は正規に一般入試を受けて表門から入る方を思考が柔軟と考えるし、思考が柔軟な人間なら真面目に努力して勉強して国公立の大学に行くべきだと考える。そのあたりが、正規入学族と医者屋族とえは思考が正反対のようである。 薬漬け・検査漬け⇒裏口入学⇒薬漬け・検査漬け⇒裏口入学⇒薬漬け・検査漬け⇒裏口入学・・・と反社会的勢力関西医大の輪廻は続くよどこまでも
※ 「関西医大の輪廻は続くよどこまでも」⇒《YouTube-線路は続くよどこまでも》https://www.youtube.com/watch?v=6rv4gb6HfAk
  “ 輪廻は続く~よ~、ど~こま~でえも~お♪ ”

   次回 https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_2.html 、正規入学族は表門から入らせていただきます。

   (2018.12.11.)

☆ 妙法院・三十三間堂・南大門
● 妙法院門跡
1.表門・フォーシーズンズホテル京都の側・土塀 〔今回〕
2.宸殿・普賢堂ほか https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_2.html
3.大玄関・庫裏 https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_3.html
● 智積院、南大門、法住寺、養源院と位置関係 https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_4.html
● 蓮華王院(三十三間堂)
1.東大門・廻廊・蓮華王院本堂(三十三間堂)・鐘楼・庭園・西門 https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_5.html
2.三十三間堂は木造軸組構法の基本。https://shinkahousinght.at.webry.info/201812/article_6.html 







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