東大寺【6/10】大仏殿4 長太の横材が多い大仏殿。東大の試験科目を知らなかった進学校の教諭

[第644回] 飛鳥・白鳳・天平の建築 シリーズ
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   小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』(2010.7.20.文春文庫)には、  
≪ 天竺様が開発されたことは凄く新しいことだったんです。 今の建物は南大門もそうだけど、天竺様の新しい建て方です。
   奈良の創建当時のものは、従来通りに斗(ます)、肘木(ひじき)、尾垂木(おだるき)、丸桁(がんぎょう)などで組み上げてたんでしょう。それは大変だったでしょうな。そういう意味では、大建築をするのには天竺様があってるんです。
  よく造ったものだと感心しますね。・・・・ ≫
と出ています。 東大寺は「天平」の元号の時代、「奈良時代」の聖武天皇の時代に創建されたものだが、2回、焼失して再建されていて、今の大仏殿は、創建時の構法ではなく、鎌倉時代の「天竺様」らしい。 言われてみると、法隆寺などとは木の組み方が違うように思えるが、どこがどうなのかというと、なかなかよくわからんが、たしかに違うようだ。特に、「通し肘木」というのが、この東大寺の大仏殿や南大門に特有のような気がする。

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↑  大仏殿の前、廻廊の内側の中央付近にある「八角灯籠」。 国宝に指定されているらしい。

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↑  東側の南北の廻廊の南よりから大仏殿を見る。
↑ この構図、なかなかいいと思いませんか。 大仏殿の前あたりは人がいっぱいですが、このあたりはすいています。

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↑  東側から見た大仏殿。
   近鉄奈良駅から東に進み、左折して南大門に至り、南大門から中門の前に来て、廻廊から大仏殿に入って出るところまでは、来場者がずいぶんと多い。 かつて、中学生の時に遠足で来た頃とか、小学校の1年の時、うちの姉が奈良女子大を受けるとかいうことで下見になのか親と一緒にこの付近に来た時などと違って、外国人の観光客がずいぶんと多い。 しかし、不思議なことに、大仏殿の東側や北側に来ると、日本人の来場者も外国人の来場者も、まばらというのか、「いないことはない」という程度。 なんでだろうな・・・、特に、東大寺では、転外門(てがいもん)なんてのは、これは木構造の建築に関係する仕事でもしている人間向けの「くろうと好み」というのか「違いがわかる男のネスカフェゴールドブレンド」だとしても、「東大寺の見どころ」としては、南大門と大仏殿のほか、大仏殿の北西あたりにある正倉院、それに東よりの三月堂(法華堂)・二月堂てあたりがメインではないのかと思ったのだが、南大門と大仏殿は人気だが、正倉院方面はすいている。

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↑  北側の講堂跡から見た大仏殿。
   こういう写真で見ると、東大寺の大仏殿というのは、「貫(ぬき)」というのか「通し肘木」というのか、横方向の木材が何本も通っているのがわかります。 横方向の木材を何本も入れることで、「ラーメン効果」を発揮させているということでしょうか。
   戦後、「筋交い式木造」が普及し、「貫式木造」(「戦前型木造」)「筋交い式木造」(「戦後型木造」)に比べて弱い・・・と言われるようになった。 筋交いという斜め材を入れることで三角形にすれば変形しにくいのに対し、貫式木造では四角形であって三角形にならないので変形しやすいため、地震や台風・強風を受けた時に倒壊しやすいというのだが、これには反論もあって、単なる塗り壁の下地でしかないような細い貫しか入っていない「貫式木造」を「筋交い式木造」と比較して「貫式木造」は弱いと言うのはおかしい、比較するのなら、もっと、いい「貫式木造」で比較しないといけない、という主張もあるらしい。
   四角形の1点に横方向の力が加わった時、その四角形が変形しないようにするには、(1)斜め材を入れて三角形にして変形しないようにする〔トラス式、ブレース式〕、(2)面を打ちつけるか貼りつけるかして変形しないようにする〔面式、版式〕、(3)四角形の交点を動かないように頑丈にする〔ラーメン式〕、という3つの方法が考えられ、鉄を構造材とするものは(1)と(3)はできても(2)は難しく、コンクリートを構造材とするものは(2)と(3)はできても(1)は難しく、木を構造材とするものは(1)と(2)はできても(3)は難しいと言われてきた。しかし、最近、SE構法といって、木造のラーメン式、接合点を「剛」にする構法というのが出てきた。 はたして、そんなことができるのだろうかと思うのだが、SE構法で建てている会社は耐震性は強いと言っているようだ。 しかし、それならば、だ。 「貫式木造」というのは、「貫(ぬき)」や「長押(なげし)」(この場合は飾りとしての長押ではなく、柱の外側から何本かの柱を横方向につなぐ構造材としての長押)、「挿し鴨居」といった横方向の材でラーメン効果をはかる「貫式木造」はラーメン式の木造と言うことができるはずで、柱・梁の1点だけでラーメン効果をはかるSE構法に対して、「貫(ぬき)」「長押(なげし)」「挿し鴨居」といったもので何点かでラーメン効果をはかる「貫式木造」はSE構法よりさらに強かったとしても理屈としては成り立ちそうである・・・・が、しかし、現実に、大地震があった時、「筋交い式木造」(「戦後型木造」)で、あんまりいい方の建物とは思えないものが倒壊せずに建っている付近で、「貫式木造」としては悪くない方と思われるものが大きな被害を受けたりしていることがある。
   ↑の写真など見ると、縦の柱がけっこう太いものを使うとともに、横方向の材も太いものが何本も入って固定され、けっこう強そうに見えるが。

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↑  「講堂」跡と大仏殿。

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↑  北西側から見た大仏殿。

   私などは、「建築探偵団」ということもあり、大仏殿であれ何であれ、ともかく、見学に行ったなら、特に禁止されていない限り、正面だけでなく左からも右からも後ろからも見てみたい・・・・と考えるのだが、どうも、東大寺の大仏殿というのは、正面側と大仏殿の中は人気だが、後ろ側に行くと、なんともすいている。 なんでだろうな。 東大寺というのは、建物が「でっかい」とともに敷地も広いので、普通に歩いているつもりでもけっこう歩くので、大仏殿に正面から入って出ると、もう疲れてしまうのだろうか。

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↑  講堂跡
   金堂と講堂はどう違うのか。 北野高校の3年の時、日本史の授業で、日本史の教諭O谷が、「金堂と講堂はどう違うか知ってますか」と言ったことがあり、どう違うんだろうな、と考えた。 大規模なお寺には、金堂と講堂の他にも、食堂(じきどう)なんてお堂もある。 「これ、京都のあるお寺のお坊さんに教えてもらったことなのですが、『仏さまがいる所が金堂や。人間がいる所が講堂や』ということでした」とO谷は説明したのでした。 なるほど・・・、と思ったのですが、実際に有名寺院に行ってみると、金堂も講堂も「仏様」だらけで、有名寺院の場合、人もいっぱいいますので、どっちもたいして変わらん・・みたいな感じがしますが、基本的な考え方として、金堂というのは「仏様がいる所」で、講堂は「人間がいるところ」、坊さんなどがそこで仏教を学ぶ所ということなのでしょう。 で、「食堂(じきどう)」はどうなんだというと、これは、文字通り、そのお寺の食堂(しょくどう)という意味らしいのだけれども、これも、行ってみると、「仏様」だらけで、およそ、食事をする場所て感じじゃないし、観光客がいっぱいいるような所で坊さんは食事したりしていない・・・・が、もともとの意味は「食堂(じきどう)」というのは「食堂(しょくどう)」だったらしい。

    北野高校の同級の者で、「O谷の授業はいい」という男がいた。それは、大谷は、「考える授業」をしていたからで、「日本史に興味をもち、日本史で扱うものを誰もが関心をもつ」という授業をしていたから、これこそ、本来の日本史であろうと思うようになったのだろう。 その結果、日本史という分野の学問を楽しみながら入学試験でも高得点をとれる実力を身に着けることができた・・・といって喜んだ人がいて、そういう話を親戚か近所の人かから耳にしたのだろう。 しかし、片方で、O谷は「大学はどこでも一緒や」とか言う男だった。なんか、簡単に言ってくれるもんだ。 「どこでも一緒」だろうか。 そうはいかんだろう。京大に行きたいと思って努力してきた者が、京大だと通るかどうかわからない・・・が、阪大なら京大よりは通りやすそうだが、阪大にしたからといって通ると決まったものでもない。神戸大にすれば通るのかというと、京大よりは通りやすいとしても、これだって絶対に通るというものではない・・・という時(ある程度以上、手ごわいところを受けようとする以上は、「絶対に通る」などという所はどこもない!)、はたして、どうしたものか。「大学はどこでも一緒や」て、簡単に言ってくれるが、一緒なわけないだろうが。勝手なこと言うな。京大を目指してきた者・東大を目指してきた者が簡単にそれを引っ込められるわけないだろうが。 ・・・で、O谷が、なぜ、そういうことを言うかというと、それは、彼が目の前にいる「進学校の生徒」というものに対して敵意を持っていたからである。 音楽のN先生が、自分は1年の担任を受け持ってくれと言われればやりますが、3年の担任を持ってくれと言われても断りますと言われたことがあった。それは、ここの高校の生徒は京大とか阪大とかに進学する人だけれども、音楽の大学に進みたいという人なら、自分が芸大を受けた時の話でも聞かせてあげることができるけれども、京大や阪大、東大に行きたいという人には、自分はそういう大学の受験のことを知らないから、だから、3年の担任は数学・英語・国語・理科・社会といった入学試験にその科目がある科目を担当の先生で自分自身も京大・阪大・東大などの大学を受けた経験がある人がやった方がいいと思う・・と言われたことがあった。 その点については、良心的だなと思った。 そして、言われたことはもっともなことだと思ったが、しかし、数学・英語・国語・理科・社会を担当している先生というものが、受験について分かっているかどうかというと、これは何とも言えない・・・というか、わかってない人もけっこういたのではないかと私は今は思っている。 『東京大学機械的合格法』の著者の柴田孝之が、能力的にも優秀で人間的にも優れた教師というものは、多くの人間が思っているよりも、はるかに少ない、と書いていたが、私もそう思う。そもそも、たとえ、数学・英語・国語・理科・社会科といった入試にある科目を担当していても、京大や東大を受けたこともない、受けることを考えたこともない、という人、どこか知らんが名前を言いたくないような大学しか出ていない人に京大や東大の入試がわかるか・・というと、音楽の先生以上に(もしくは、以下に)わからないと思う。
    北野高校の日本史の教諭であったO谷は、遠山啓『競争原理を越えて』(太郎次郎社)などを持ち出して、「競争原理」によって学ぶのではなく、ひとを基準にするのではなく自分が学びたいものを学ぶべきである・・・とかなんとか言うわけである。 ぼけっと聞いてると、はあん、そうかいなあ~あ・・・と思いそうであるが。 しかし、だ。 学問というものは、他人との競争でやるべきものではなく、競うのであればその学問と競うべきものだ・・というのは、基本的には間違いではないだろう。 しかし、だ。 とりあえず、高校3年生にとっては、目の前に入学試験というものがあるわけだ。 とりあえず、それを乗り切らないといけないわけである。 そこで、「大学はどこでも一緒や」とか言われても困るのだ。 一緒なわけないだろうが!  「どこの大学に行ったかではなく、行ったところで何をどれだけ学んだかが大事や」とかO谷は言うわけだが、「基本的な物事の考え方」はそうであったとしても、だ。 これから、入学試験を受けようという者にとっては、だ。 行きたいと思う大学の入学試験の問題で合格最低点よりも高い点数を取らないといけないわけだ。 合格最低点より高い点数を取れなければ不合格なのだ。 「それなら、通る所に行けばよろしい」とか言うようである。なるほど、「親方日の丸」とは、こういうやつのことを言うのか。 北野高校というのは、大阪府立であり経営していけなくなるという心配はない、生徒は来る、それも、その地域では比較的学力のある生徒が来る、東京圏では東大と一橋大は試験の問題がけっこう違うし、東大と早稲田大、東大と慶應大は試験科目からして違うし、早稲田大と慶應大も試験科目も違えば出題傾向も違うから、どこを受けるか、どのように学習するかで合否が変るのに対して、関西圏においては、京大・阪大・神戸大・大阪市大と試験科目と出題傾向が比較的似ていて、入試の難易度が少しずつ違う国公立大学がいくつもあるので、どういう学習のしかたをするか・・といったことをそれほど考えなくても、公立進学校は「今までと同じやり方」をやってれば、ある程度の人数がある程度の大学に通る。 それでも落ちるやつがいて、早慶にも落ちて関関同立あたりに行ったとすると、そこで、マジックワード、魔法の言葉、「大学はどこでも一緒や」「どこの大学がええとか悪いとか、そういうことは言ってはいかん」とか言って聖人ぶることができる。けっこうな仕事だこと。夏休みもあり春休みもあり、日曜はきっちり休みだし、1限目の授業がない日は2限目から出勤すればいいし、5限目・6限目がなければ昼食を食べたら帰ることができるし、危険な業務はないし、府立の商業高校の教諭をやっていた伯父から聞いた話では、「底辺の高校」なんかの教諭をやると、生徒に殴られたりとかするらしく、生徒が喧嘩で警察に捕まったとか言って警察から呼ばれたり、女の子が妊娠したとかで病院から呼ばれたりとかいうことがあるらしいが、北野高校の教諭はそういうことはないし、ええ仕事やなあ、就職する生徒が多い高校だと、生徒の就職先を考えてやらないといけないが、北野高校では全員が進学するから就職のことを考えてやる必要はないし、「進学指導は高校の教師の仕事と違う」とか大谷みたいに勝手なこと言っておればいいわけだ。ええ仕事やなあ。会社、つぶれることないし、給与遅払いてことないし、給料払わずに社長が逃げるなんてこともないし、不当解雇のおそれなし、労基法違反の長時間残業なんてないし・・・・。 で、商業高校の教諭をやっていた伯父なんかは、私の父なんかにも、「お宅の会社でうちの生徒を雇ってやってもらえないか」と頼んだりもしていたらしいが、北野高校の教諭というのは、そんなことする必要ないし。 「進学指導は高校の教師の仕事と違う。 大学はどこでも一緒や」などと聖人ぶって行っておけば、「ええ先生や」とか言ってもらえるわけだ。 「ええ先生」か、それが?
   私が大谷に、比較的早い段階で、え? ・・・と思ったのは、クラブのOBで東大の文学部に行った人が「高校の学習というのは、それぞれの学問の入門だと思うんだ」と話されたことがあり、私もそう思って、それを大谷に話したところ、大谷は「入門ですらない」と言ったことだった。高校3年間およびその前の中学校の学習は、「それぞれの学問の入門」だと考えていいと私は思っているし、そう思って学習してきた。 もし、高校3年間とその前の中学校3年間の計6年間が「入門ですらない」とするならば、大学は4年間しかないわけであり、4年間で高校と中学校の6年間を上回ることができるというのか・・・ということになる。 結論を言うと、大谷は自分があんまり評価の高い大学を出ていないから、だから、入学試験で高得点を取ることができるくらい、高校や中学校の学習をやってきた者も、あまり評価が高くない大学に行った者も、高校や中学校の学習は「各学問の入門のようなもの」ではなく「入門ですらない」から何ら変わりはないのである・・・と言いたいということのようだ。 それは、中学校・高校と学んできた進学校の生徒としては受け入れがたいものである。せっかく、ここまで学んできたのに、せっかく、ここまで努力してきたのに、なんで、ちっとも勉強してきてないやつと一緒にされなきゃならんのだ・・・と思うのだが、大谷にすれば、そういう意識は持ってはいかん・・と言いたいらしいのだ。
   担任だったので、「進路面談」とかいうものを3年の時には強制的に受けさせられたのだが、そこで、彼は「進学指導は高校の教師の仕事と違う」と言うのだ。違うのなら、その「進路面談」というのは何なのだ・・・というと、大谷が「今の学校のあり方は、決められたものを頭につめこむことがうまい人間が得する制度であってなんたらかんたら」と話す場だと大谷は考えていたようだが、そういう教育論・学校論は、とりあえず、大学の入学試験がすんでから、特に、教育学部とか行った者が考えることであって、大学の入学試験の前には、とりあえず、その「入試に勝つ」ことが必要なはずであるが、ところが、大谷は「大学はどこでも一緒や」とか「どこの大学がええとか悪いとか言うてはいかん」とかなんたらかんたらそんなことばっかり言うのである。私は、最初は、大谷は、「高校の教諭の仕事は、まず、生徒が人間らしい人間に育つことを助けることであり、各科目について高校生として学ぶべきものを身に着けることが大事であって、大学に通るかどうかはそれより後の問題であって、決して、特定の大学に何人通ったかといったことが一番の重要問題と考えるべきではない」と言いたいのかと思っていたのだが、そうではないようだった。そうではなく、自分が、旧帝大系国立大学などの入試についてわかっていないから、言い訳みたいに、「大学はどこでも一緒や」とか「どこの大学がいいとか悪いとか言うてはいかん」とかなんたらかんたら言いまくっていたようだ。
   大谷は「ぼくが、大学で京都に行っていた時・・・」と言ったことがあったので、京都大学卒なのかなと思ったことがあったのだが、しかし、大谷はあくまでも「大学で京都に行っていた時」と言ったのであって、「京都大学に行っていた時」ではなかった。 昔から、「京都の大学」とか「神戸の大学」とかいう言い方で、「京都大学」か「神戸大学」と誤解させてやろうみたいな言い方をする人というのはけっこういたのだ。 高校の時の私は、そういう人というのがそんなにいっぱいいるとは思っていなかったが、実は、会社という所に勤めてみると、そういうのは、それこそ、ゴマンといるのだ。
   で、ついに思い出した。 私が北野高校に入学した年、校長先生が新しく赴任した先生の紹介をした時、新任で赴任した数学のS先生の紹介は、「S先生は、本校を卒業されて、大阪大学の理学部数学科に進まれ、大阪大学の数学科の大学院の修士課程に行かれて修了され、今年から母校で教えていただくことになりました」ということだった。化学のM先生は「M先生は、奈良女子大学の理学部化学科を卒業されて大手前高校で教えてこられましたが、今年度から本校で教えていただくことになりました」という紹介だった。 その後も、私が3年になる時に赴任した英語のなんとか先生は「◇先生は、本校を卒業されて大阪外大の英語科に進まれて、今年、卒業され、母校に勤務していただくことになりました」という紹介だった。ところが、O谷郁三だけは校長先生による紹介に「O谷先生は、大手前高校で日本史を教えてこられましたが、今年から本校に来ていただくことになりました」というもので、O谷だけ出身大学がなかったのだ!  だいたい、会社の株主用の案内とか、会社のホームページの役員紹介とかで、役員の学歴を書きたがる会社と載せたがらない会社とだと、役員の学歴を載せたがらない会社というのは、社長のバカ息子がろくな大学に行っとれへん・・・とかいうケースが多いのだ。他の先生は、卒業した大学・学部と本校出身の場合は本校出身、それに新任ではなく他校から赴任の場合は前に高校名を言うものだが、O谷だけ、出身大学の名前がなかったのだ・・・・ということは、まあ、それまで、社長の出身大学を「東京大学経済学部経営学科」とかきいてもおらんのに書いていた会社が、社長のバカ息子がろくな大学に行かなかったとなると、突然、学歴の欄がなくなったりするのと・・・、まあ、似たようなものだろうな・・・。
   [第566回]《「進学指導は高校の教師の仕事と違う」か?-看板に偽りある予備校・内容に虚偽のある求人票【1/3】 》https://shinkahousinght.at.webry.info/201711/article_11.html で述べたことなので、この件はそうでいらを見ていただくといいと思うが、私が浪人中、高校3年の時の担任だったO谷を頼って訪ねて行った時のことだが、大谷は、「お、来たのか」と言い、「ちょっと、待ってくれな」と言って待たせた上、その時にやっていたことが終わったらしく、それではこちらの話を聞いてくれるかと思うと、「それじゃ、出ようか」と言って荷物をまとめて外に出ようとするので、喫茶店にでも連れてくれてそこで話を聞こうということなのだろうか・・・と思うと、さっささっさと速足で歩いて、あっという間に阪急「十三(じゅうそう)」駅まで行き、改札のところで、「じゃあな」と言って改札から中に入ってしまったのだ。 こちらも定期券は持っていたので、こちらも改札から中に入ることはできたが、それでは、大谷を訪ねて行った意味はないことになる。 いったい、何なのだろう・・・と思ったが、「何なのだろう」と考えるほどのことでもない。 大谷郁三という男はそういう男なのだ。 その程度の男なのである。 「浪人の功と罰」とか「2浪の功と罰」とかいった話題が新聞や雑誌に載ることがあるが、そういうところで、1浪で大学に通ったようなのが、「浪人で苦労を知った」とか勝手なこと言ってるやつがいるが、アホか! 「浪人で苦労を知る」とかいうのは、最低でも2浪からである。「一浪は訓読みすると、ひとなみ です」とかそこでは勝手なこと言うておったやつが、他方において「現役で通った者と違って苦労を知ってる」とかなんたらかんたら、勝手なこと言うな! というものだが、しかし、たとえ、1浪でも現役で大学に通った者は知らないことを知ることはある。 私は、1浪の時に、大谷郁三のその態度を味わい、これはいったい何だろうか・・・と思ったが、何だろうかではなく、そういう男なのだ、その男は。私が浪人して学んだもの、1浪目で学んだものは、この大谷郁三の私に対するしうちである。この男はこういう男だったのだ。 同じクラスにいた人間でも、現役でさっさと大学に合格した者は、大谷がこういう人間だということを知らないうちに大学に行ってしまった人間がけっこういるようである。 2000年代だったと思うが、北野高校からの通信で、「大谷先生が退任されます」ということで、送別会をしましょう・・という呼びかけをしていた人がいたが・・・・、アホちゃうか! と私は思った。なんで、あんなヤツに送別会なんかやったらんといかんねん! 私が大谷に言う文句は、ひとつである。 「送別会は卒業生の仕事と違う!」である。 大谷は言ったはずである。「進学指導は高校の教師の仕事と違う」と。そう言うだけではなく、そういう態度をとったのである。そうである以上は、卒業生もまた、「送別会は卒業生の仕事と違う!」ということになるはずである。違うか? 違わないと思うぞ。
   「競争原理・・て嫌な言葉ですね」とか「学問は人との競争でやるものではなく、その学問と競うべきもので・・・」とかなんとかかんとか、きれいごとを言って、行きたいと思う大学の試験問題の「傾向と対策」を検討して「試験に出る」部分を「出る順」に学ぶという姿勢で、「入学試験は棒高跳びではなくハードルである」ということを認識し、「いかにして、合格最低点を、より高い確率で、上回るか」ということを考えて学習するのと、そんなこと、ちっとも考えずに、「大学はどこでも一緒や」などと言って、市民教養講座みたいな授業ばっかりやるのとでは、その結果として合格できる大学が変ってくる。「傾向と対策」を考えて「試験に出る」部分を「出る順」に、「受験はアタマでやるもんや」と「I D野球式学習法」をとるようにすれば京大なり東大なりに合格できた可能性がある生徒に対して、「大学はどこでも一緒や」などと言って市民教養講座みたいな授業をやって、入試の対策にならない本を読ませて、その結果、関関同立くらいに行かせて、「大学はどこでも一緒や」「良かったじゃないか」などとのたまいさらすというのが良心的な高校の教諭だろうか? 「ち~が~う~だ~ろ! このボケぇ~え!」と言いたくならないか。
   そして、2浪して知ったことがある。 大谷は東大の試験科目を知らなかった。 え????? と、びっくりした。 あっと驚く為五郎!!!  こいつ、今まで、東大の試験科目が何かも知らずに、話をしてきたのか???  こいつ、これで、進学校の3年の担任を何度もやってきたのか?!? ・・・と思ったが、そうだったのだ。 現役でさっさと大学に通って行った人間には、知らないで、「いい先生だ」とか「いい授業だ」とか大谷の市民教養講座みたいな授業のことを思って進学した人がいるようだが、進学校の3年の授業と担任を受け持ちながら、東大の試験科目が何かも知らずに話をしてきたのだった、この男は。 これが、私が2浪して学んだものだった。 彼は進学校で日本史を教えていたのだが、東大の試験科目も知らず、ということはどういう問題が出題されているのかも、おそらく、知らずに授業をやっていたのではないかと思う。
    私は、親が東大なり京大なりに行った親の息子・娘、もしくは、東大なり京大なりに行きたいと思ったが行けずに方向修正してそれより入りやすい国立大学に行った人か東大なり京大なりを落ちて早慶あたりに行った人の息子・娘というのは、本当にうらやましいと思った。今も、本当にうらやましいと思っている。 そういう人の場合、私がここで述べたようなことを、親がすべて理解しているかどうかはともかく、ある程度、わかっているのだ。それに対して、我が家の場合は、父親も母親もそういうことをちっともわかっていなかった。 もしくは、兄か姉がいて、その兄か姉が東大なり京大なりに行ったか、もしくは、行こうとしたが行けずに阪大か神戸大くらいに行ったか、もしくは、東大なり京大なりを落ちてしまって慶應か早稲田に行ったという人というのは、うらやましいと思った。私の姉は、特に上の姉のことを、父は「しっかりしたお姉さん」「しっかりしたお姉さん」と言い、父は私に「おまえは、チャンコロやねんぞ、このチャンコロ! それに対して、T子さんはドイツ人やねんぞ、ドイツ人! 民族の違いを忘れるなよ、チャンコロ!  T子さんはドイツ人の民族でドイツ人の階級。 お~ま~え~は~あ、チャンコロの民族でチャンコロの階級やねんぞ、このチャンコロめが、このチャンコロ! 民族の違いを忘れるな! 階級の違いを忘れるな!」と私の鼻の頭を指さして、毎日毎日、言っていたが、「ドイツ人の階級」「ドイツ人の民族」だか何だか知らんが、大学入試において、何か参考になるような「お姉さん」ではなかった。むしろ、上の姉は、大阪教育大学付属小学校の出身で、「附属出身者」の特徴として、「特別に成績がいいわけでもないのに自分はえらいと思っている」という傾向を姉も部分的に持っていて、京大や東大を目指したような経験もないくせして、自分はわかっているつもりでひとに命令したがるところがあったが、私にとって、受験においてはそれはマイナスだった。

   伯父は4年ほど前に他界したが、高校の教諭をやっていた時、「北野高校の先生はうらやましい」と言っていた。「教えてればいいのだから」と。それなら、伯父は「教えること」以外に何をしなければならないのかというと、喧嘩して警察につかまったというやつを警察に引き取りに行くとか、女の子が妊娠したということで病院に行くとか・・・て、「こんなもん、高校の教師の仕事と違うと思う」と言っていたようだ。もし、私が高校の教諭になって、「底辺の高校」に配属されて、「こんなもん、高校の教師の仕事と違う」と思ったとしても、それでも、やっぱり、行くと思うのだ。たしかに、喧嘩して警察に捕まったやつを引き取りに行くというのは「高校の教師の仕事と違う」と思うが、だからと言って誰も行ってやらないわけにもいかないだろう。女の子が妊娠した・・・て、俺がはらませたのなら行かなきゃしかたないだろうけれども、俺がはらませたわけでもないのに、なんで、俺が病院に行かなきゃならんのだ・・・というところだけれども、それでも、誰も行く人間がないのではかわいそうだと思うのだ。で、母から聞いた話では、実際に、伯父はそう言っていたというのだ。大谷みたいに「高校の教師の仕事と違う」とは言わなかったらしい。そして、ほぼ全員が卒業後は就職する高校においては、進学の問題はないが、かわりに就職の問題がある。どこかに勤められるようにということで、伯父は、父などにも、「お宅の会社でうちの学校の生徒を雇ってやってもらえないか」と頼んだりもしていたらしい。「就職の世話は高校の教師の仕事と違う」とは言わなかったらしい。大谷は「進学指導は高校の教師の仕事と違う」と言うのだが、そう言いたいなら、進学校の教師にならずに、ほとんどの生徒が卒業後は就職する高校の教師になればいいだろう・・・・けれども、その時には、「就職の世話は高校の教師の仕事と違う」と言い出すのではないか。進学校の教師が、目の前の生徒を京大なり東大なりに合格させたとしても、そのこと自体は世の為ひとの為に何かしたわけではないだろうけれども、それでも、やっぱり、京大に行きたいと思っている生徒は京大に行けるようにしてやりたいものではないか、東大に行きたいと思っている生徒は東大に行けるようにしてやりたいものではないか。 それを、「大学はどこでも一緒や」などと言って、入試に出ないような本を読ませて、入試に役立たないようなことに労力・時間を費やさせて、関関同立あたりに行かせて、「大学はどこでも一緒や」「良かったじゃないか」とか言うというのが、それが世の為ひとの為か・・・・・というと、違うように思うがな。そういう男が退任するとしても、「送別会は卒業生の仕事と違う」わな。

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↑ これは何かというと、大仏殿の廻廊の外、南西側にあるトイレの小屋組み です。 寺社では、来場者用トイレなどというものは、これは設けないとしかたがないからどうしようもなく設置するものとして、「どうでもいい」ような造りかたで設置されているものがありますが、そうではないと思うのです。 ここでは、周囲と調和する外観を考えて、東大寺の境内だけあって木造で作られたトイレが設置されていたので、小屋組みを撮影させてもらいました。 中の写真は、男性とはいえ、利用者がいるところを撮影するわけにもいかないのでありません。 外観を撮るつもりで、忘れて帰ってしまいました。見たい人は、廻廊の南西側にありますから行って見てください。
   今、↑の写真を見て気づいたのですが、この小屋組み、「洋小屋組み」ではなく、今では珍しい「和小屋組み」ですよね。

   かつて、中学校の遠足で東大寺に行った時には、南大門から大仏殿に行き、そして、正倉院に行った。正倉院もまた、南大門・大仏殿と並ぶビッグネーム! と思っていたのだが・・・・、行ってみると、南大門・大仏殿と違って訪問者がずっと少ない。 な~んでだ? と思ったのだが・・

 もう一度、言う。
 「送別会は、卒業生の仕事と違う!」


   (2018.11.11.)

  次回、正倉院  校倉造の原理と言われていたものは実は・・なんて、今さら言われてもなあ・・ https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_18.html


☆ 東大寺参拝
1.南大門〔1〕 近鉄奈良駅から南大門へ。知識で物を見ないで。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_12.html
2.南大門〔2〕 挿し肘木・通し肘木。鉄骨の貫は見えない。背割りはない。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_13.html
3.大仏殿〔1〕 中門・西楽門・廻廊・大仏殿。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_14.html
4.大仏殿〔2〕 鉄釘と銅輪で締めた柱。鉄骨製トラスは見えない。大仏殿は「伝統構法による木造建築で世界最大級」  https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_15.html
5.大仏殿〔3〕 花頭窓と観相窓。優婆塞を体制にとりこんだか反体制が手を組んだのか。「東大の日本史」と「京大・阪大の日本史」の問題 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_16.html
6.大仏殿〔4〕 横方向の太い材が多い大仏殿。 東大の入試の科目を知らなかった進学校の3年担任の教諭 〔今回〕
7.正倉院  校倉造の原理と言われていたものは実は・・なんて、今さら言われてもなあ・・ https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_18.html
8.転害門  「木は生育のままにつかえ」を実践した柱 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_19.html
9.奈良公園の加圧注入材。注入直後の木材にさわるのは非健康的。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_20.html
10.奈良女子大学の想い出。お年玉は「親がもらったもの」か? https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_21.html


☆ 「飛鳥・白鳳・天平の建築」シリーズ
法興寺〔飛鳥寺〕〔安居院〕
上 本堂、塔跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_9.html
下 思惟殿、鐘楼、蘇我入鹿首塚、西門跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_10.html
山田寺跡・飛鳥資料館 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_11.html
飛鳥坐神社 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_12.html
「孝元天皇陵」 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_13.html
飛鳥の街並み https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_14.html 

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