東大寺参拝【4/10】大仏殿2 伝統構法による木造で最大級。大仏の頭の上に鉄骨製トラスは見えない

[第642回] 飛鳥・白鳳・天平の建築 シリーズ
   東大寺の大仏殿(金堂)は、「世界最大の木造建築」と言われるが、それは正しいのか・・・というと、厳密にはよくわからないところもあるようだ。 『古社名刹巡拝の旅1 平城の都 奈良  東大寺・春日大社・興福寺』(2009.4.28.集英社)には≪・・大仏殿は天平の創建時も鎌倉の再建時も間口11間の規模(約86m)だったが、江戸の再建時には財源不足や巨木調達の困難から間口7間(約57m)に縮小された。それでも世界最大の木造による歴史的建造物である。≫と書かれ、「世界最大の木造による歴史的建造物」とされているが、『古寺を巡る2 東大寺』(2007.2.13.小学館)では、≪創建から2度にわたって焼失、鎌倉と江戸時代に再建された。江戸期には柱とする材が調達できず、芯となる槻(つき)を檜(ひのき)板で囲い、鉄釘と銅輪で締めて柱とした。そのため、創建時に11間(86m)あった正面が7間(57m)となった。現在でも世界最大級の木造建築であるが、往時の壮大さがうかがえる。・・≫と、「世界最大級の木造建築」と「級」が入っている。 ということは、「世界最大級」ではあるけれども、外国においてこれより大きいものがあるかどうか、厳密に調べたわけではない・・ということかな・・。
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   もうひとつ、『古社名刹巡拝の旅1 平城の都 奈良  東大寺・春日大社・興福寺』(2009.集英社)の方では≪世界最大級の木造による歴史的建造物≫と「木造建築」ではなく「木造による歴史的建造物」という表現になっている。坂本功『木造建築を見直す』(2000.岩波新書)では≪東大寺の大仏殿は、伝統構法による木造建築としては世界最大です。≫と書かれています。これは、最近、大規模な木造建築が復活してきており、坂本功『木造建築を見直す』(2000.5.19.岩波新書)に名前が出ているものをここで出すと、
1962. 新発田市立厚生年金体育館(現 新発田市産業会館) 設計:飯塚五郎蔵
1977. つくば市 林業試験場体育館  上村武
1986. 大桑村歴史民俗資料館  宮本忠長
1988. 空海ドーム(香川県坂出市) 木島安史
1988. 小国ドーム(小国町民体育館)(熊本県) 葉祥栄
1988. ならシルクロード博覧会 テーマ館・奈良館  土井鷹雄
1992. 海の博物館展示棟(三重県 志摩半島)  内藤廣
1992. 出雲ドーム(島根県出雲市) 
1993. 信州博覧会グローバルドーム KAJIMA DESIGN・斎藤木材工業
1994. 横手市立栄小学校(秋田県)  安藤邦廣ほか
1996. 林業機械化センター事務所棟(群馬県 赤城山中腹) アルセッド建築研究所
1997. 大館樹海ドーム(秋田県)
2000. 東京大学弥生講堂 「一条ホール」  香山壽夫
 ?    ナガシマスパーランド 木製コースター(三重県)
   これらは、木製・木造といっても、その多くは集成材を使用したもので、集成材というのは接着剤で木を貼り合わせて作ったものですから、接着剤は木ではないと考えると、純粋な木造ではないことになりますし、構造材にしても木だけではなく、島根県出雲市の出雲ドーム(1992年)は≪集成材とピアノ線による張弦ドームで、木と鉄のハイブリッド構造≫であり、大舘樹海ドーム(1997年)は≪もっと多くの鉄骨が使われています。≫というもので、木だけを構造材として建てられたものではなく、あくまでも、木を主たる構造材とした建物で、信州博覧会のグローバルドーム(1993)は≪張弦や鉄骨を併用しない木造ドーム≫らしいのですが、≪地元産のカラマツの集成材によって、110メートルのドームを構成しています。≫というもので、≪張弦や鉄骨≫は使用していないとしても、集成材を使ったものということは接着剤を使用しているわけであり、集成材自体が木とその他の材とのハイブリッド製品だと考えるならば、厳密には木だけの建物ではないことになるのですが、ハイブリッド構造であったとしても、「木を主たる構造材とした建物」でけっこう大きいものが、最近、建てられてきており、東大寺の大仏殿が「世界最大」とか「世界最大級」とかいうのは、あくまでも、「歴史的建造物」の木造としてはであって、最近のハイブリッド木造の大規模建築と比べてどうという話ではないわけです。 坂本功『木造建築を見直す』(2000.岩波新書)によると、≪ 現在、国内最大の木造建築は、秋田県の大舘樹海ドーム(1997年)で、もっと多くの鉄骨が使われていますが、約178×157メートルという広さをもっています。 ≫ということですから、≪もっと多くの鉄骨が使われてい≫るとしても、「主たる構造材を木とする建物」としては、東大寺の大仏殿は≪高さが48.74メートル、奥行きが50メートル、間口が57メートル。・・・・創建当時は造り方が違いますが、間口が11間で、長さが86メートルというから、、・・・・≫(小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』2010.文春新書)と、
東大寺大仏殿 江戸時代再建の現在の建物 57m×50m
東大寺大仏殿 創建時  86m×50mくらい?
大舘ドーム(秋田県)  約178m×157m
と、大舘ドームの方が大きいことになり、≪張弦や鉄骨を併用しない木造ドームとしては、長野県松本市で開かれた信州博覧会におけるグローバルドーム(KAJIMA DESIGN・斎藤木材工業、1993年)があります。地元産のカラマツの集成材によって、110mのドームを構成しています。≫(坂本功『木造建築を見直す』2000.5.19.岩波新書)ということですから、信州博覧会のグローバルドームも東大寺大仏殿よりも大きいことになります。
東大寺の大仏殿が「世界最大級」というのは、「木造の歴史的建造物としては」「伝統構法の木造建築としては」ということです。
※ 《ウィキペディア-大舘樹海ドーム》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E9%A4%A8%E6%A8%B9%E6%B5%B7%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0
※ 《ウィキペディア-信州博覧会》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%A1%E5%B7%9E%E5%8D%9A%E8%A6%A7%E4%BC%9A によると、「グローバルドーム」は、現在は「やまびこドーム」と呼んでいるらしい。
   
   「専門バカ」という言葉があり、「白痴インテリ」という言葉もあります。東京大学弥生講堂 「一条ホール」というのを設計した香山壽夫(こうやま ひさお)〔残念ながら、「すしお」じゃない〕という方は、《ウィキペディア-香山壽夫》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%99%E5%B1%B1%E5%A3%BD%E5%A4%AB によると、東大の工学部を卒業して、東大の名誉教授で工学博士だそうですが、その「一条ホール」というものの建築費を(株)一条工務店 が出したことから、国立の大学である東京大学の弥生キャンパス(農学部)に建てた建物に「一条ホール」という営利企業の名前をつけたというものですが、建物の費用は一営利企業が出したとしても、その場所の敷地は国の敷地であるものについて、一営利企業の名前をつけてその一営利企業の宣伝に東京大学という国立大学が加担していいのか?・・・ということを考えたことがあるでしょうか?   それ以上に、(株)一条工務店が出したというそのカネですが、(株)一条工務店の「オーナー」か社長か誰かが出したみたいに思っているようなところはありませんか? そうではないのですよ。労基法違反の会社からカネをもらって建てた東京大学弥生キャンパスの弥生講堂「一条ホール」というのは、それは(株)一条工務店の従業員・元従業員に本来なら払われていないといけないはずのカネをちょろまかしたものが、それがその建物に化けたのですよ。 香山壽夫さんという方は、そういったことを考えてこの「一条ホール」というものを設計なさったのでしょうか? 香山壽夫さんという方は、国立大学の名誉教授が労基法違反の不良企業の宣伝に加担していいとお考えになってこの建物を設計なさったのでしょうか?  「専門バカ」とか「白痴インテリ」といった言葉がありますが、慶應大学のある教授が講義の中で、「『白痴インテリ』がいっぱいいるけれども、本来は、白痴というのはインテリじゃないんだけれどもね」と言われたことがありましたが、そういう類の人なのでしょうか。 坂本功『木造建築を見直す』(2000.岩波新書)という本は、最近の木造建築について述べたものとして、その部分については良心的な内容のものではないかと思える本ではあるのですが、この坂本功さんという方は、『木造建築を見直す』(2000.岩波新書)の最後の略歴によると、≪1943年 徳島県生まれ≫で≪1971年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了≫で≪現在-東京大学大学院工学系研究科教授≫という方だそうで、《ウィキペディア-坂本功》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9D%82%E6%9C%AC%E5%8A%9F によると、≪1966年東京大学工学部建築学科卒業≫だということですから、1966-1943=23 ということで、1浪か1留かしたということのようですが、最近の「大規模木造建築」について述べた部分において、≪ごく最近、東大のキャンパス内に完成した東京大学弥生講堂(通称一条ホール、香山壽夫、2000年)は、ガラスの箱に入った現代木造建築です。≫などと書くだけで、それは労基法違反の会社が従業員に払うべきカネをちょろまかして貯め込んだものから出したカネが化けたものである、本来ならかけるべき安全対策費用をかけずにちょろまかして貯め込んだものから出したカネであり、東京大学はこの不良企業の宣伝に加担しているという事実を述べることなく、その建物を称賛する内容を記載しているというのは反社会的であるという意識が完全に欠落しており、そういう「専門バカ」「白痴インテリ」という実際には「バカ」で「白痴」の態度をとっている人であり、「東大でたってそんなものか」ですませていい問題ではないはずです。木構造の研究者で『デザイナーのための木構造』(彰国社)・『地震と木造建築』(丸善)など良心的な本を書いてきた杉山英男という方がおられましたが、この先生もまた、片方で木構造については良心的な本を書きながら、他方において、(株)一条工務店のカタログに名前を入れて、「杉山英男賞」というへんてこりんな「賞」を(株)一条工務店が作りだして誰に受賞させたかというと、(株)一条工務店 初代社長の大澄賢二郎・・・・て、アホか、おのれが賞を作っておのれに受賞させとんのか、おのれに受賞させるために「賞」つくったんかい!!! というあほくさい「賞」に名前を貸すようなことをしており、片方では良心的な研究をおこないながらも、他方においては不良企業に加担するという反社会的な行動をとっている人であり、この人もまた、「専門バカ」あるいは「白痴インテリ」と言わざるをえません。杉山英男にしても坂本功にしても香山壽夫にしても、「専門バカ」「白痴インテリ」になり「反社会的勢力」になるために東大に行ったのでしょうか。大学教授というのは、こんな姿勢で良いのでしょうか。私は(株)一条工務店にやられた怪我は今も治らないのですよね。香山壽夫・坂本功・杉山英男の3名は、私に対する(株)一条工務店の傷害罪に該当する行為の実質的な共犯(刑法上は「共犯」ではなくとも、実質的には共犯と一緒)だということになりますね。 坂本功『木造建築を見直す』(2000.岩波新書)は、最近の木造建築について書かれたものとしては悪くない本かもしれませんが、不良企業の宣伝に手を貸す無神経な人の本を買ってそういう人に印税をくれてやるというのは国民としていいのかどうか、考えてしまいます

    多くの寺では、建物の外観の写真は撮ってもいいけれども、お堂の内部での撮影はやめてもらいたいと言っており、法隆寺では外観についても写真は撮ってもいいけれどもスケッチとか絵を描くのはやめてくれと書いてあったと思います。なぜ、写真は良くて絵はだめなのかと思ったのですが、おそらく、写真を撮るのは一瞬で撮れるけれども、絵を描くとなるとある程度以上の時間がかかるので、参拝者が通行するのに妨げになるということではないでしょうか。 東大寺の大仏殿は、お堂の中の撮影はやめてくださいという掲示は見当たらなかったのですが、やっぱり、そこは宗教施設ですから、お堂の中は、見るのは自分自身の肉眼で見ることにした方がいいと考えました・・・・が、これくらいはいいかなと思って撮影させてもらったのが、↓
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↑が、≪江戸期には柱とする材が調達できず、芯となる槻(つき)を檜(ひのき)板で囲い、鉄釘と銅輪で締めて柱とした。・・≫(『古寺を巡る2 東大寺』2007.2.13.小学館)、≪ この貼り合わせた巨大な柱の中にもう1本柱がはいってるんです。柱がある程度小さかったり大きかったりバラバラだから。これで大きさを保ってるんじゃないですかな。寄せ木の集合材じゃないでしょ。化粧柱でしょ。 この柱立てるだけでもたいへんです。・・・≫(小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』(2010.文春新書)という、≪檜板で囲い、鉄釘と銅輪で締めて柱とした≫という柱。
   東大寺は、1970年代前半、中学校の遠足で来た記憶があります・・・・が、遠足で来て団体で、こちらに行きなさいと指示されて移動して・・というのでは、なかなか、十分な理解はできない・・・けれども、それでも、あそこにもう一度行ってみたい・・・という気持ちになるだけでも価値はあったかもしれません。
   ↑の≪鉄釘と銅輪で締めて柱とした≫という柱について記憶があったのです。 これ、いったい、何だろうな・・・とずっと思ってきたのですがわからなかったのです。 太い柱だということはわかったけれども、なぜ、それに板が釘で打ちつけてあるのだろう・・・と気にならない人は気にならないようでしたが、私は気になったのです。なんで、だろうなあ・・・と思ったけれども、その理由はわからなかったが、今はわかりました。

   愛知産業大学の建築学科で、M先生が「高さを自慢にするというのは、後進国の発想だ」と言われたことがありましたが、私もそう思います。どれだけ高いかではなく、その場所にその高さがふさわしいかどうか、という方がより大事だと思います。東大寺には、かつては七重塔が大仏殿の左右にあったというのですが今はありません。 五重塔はけっこうあちらこちらにあり、私がまず思い浮かべるのは、京都の東寺の五重塔。ほかに、法隆寺、四天王寺、中山法華経寺・・などありますが、三重塔と五重塔とでは五重塔とでは五重塔の方がいいと思っていたのですが、岐阜県高山市の街を歩いていて飛騨国分寺の三重塔を見て、そうでもないと思ったのです。高山においては、飛騨国分寺の三重塔は、むしろ、三重塔でいいのではないか、この場所にはこの高さでちょうどいいのではないかと思ったのです。遠くから見るには高さがある五重塔の方がいいかもしれないが、近くで見るには三重塔の方がいいところもあるとも思いました。 別の機会に、大阪市のJR「天王寺」駅の前に立って通天閣を見て、これはこの場所には「ちょうどいい高さ」でできているのではないかと思った。 東京もん にはアンチ関西・アンチ大阪の人間が多く、何かと理由をつけて関西と大阪をけなしたい・攻撃したいという人が多く、「通天閣なんて、あんなの、小さい小さい」とか言って喜ぶ人がいますが、東京タワーとか名古屋タワーは電波塔であるからある程度以上高くするしかないのですが、通天閣はもっぱら観光用・娯楽用のものであって電波塔ではないので、必要以上に高くする必要はないのです。東大寺の大仏殿・東大寺の南大門は「大きい」ということがひとつの特色であり、関裕二『古事記の禁忌(タブー)。天皇の正体』(2013.1.1.新潮文庫)では、人生後半において「藤原離れ」「反藤原」の態度をとりだした聖武天皇は、平城京の北東部の少々高くなった場所の外京に藤原氏が作った興福寺よりもさらに高い場所に興福寺よりも大きいものを作った、「大仏発願の詔(みことのり)」では、「天下の富と権力を持っているのは朕(私)だ。その富と権力を使い、大仏を造ろうと思う。」というその言葉は、一見、傲慢な発言のようにも見えるが、実はこの発言は外戚として天皇を支配する藤原氏に対しての言葉、政治をおこなうのは藤原氏ではなく天皇である自分だという主張ではないかと指摘されるが、そういう性質のものであるから、「大きい」必要があったということもあるでしょうけれども、高さ・大きさを競うような「後進国の発想」、少なくとも文化的に「後進国の発想」である高層ビルについては大きいから・高いからという理由で高く評価はできないけれども、東大寺の大仏殿・南大門については「大きい」というのは評価できるのではないか。 そして、その「大きさ」は、これよりも大きければいいというものでもなく、この「大きさ」がこの場所に合っているということはないか・・・、といったことを思いました。

   大館樹海ドームは、鉄骨を相当使っている、信州博覧会のグローバルドームは鉄骨や張弦は使っていないとしても集成材を使用している。 その点、東大寺の大仏殿は、ムクの木材を使用した建物である・・・・と考えて良いかというと、そうでもないようで、坂本功『木造建築を見直す』(2000.岩波新書)には、
≪ さて、この東大寺大仏殿も、明治初期にはつっかい棒だらけです。明治40年代に大修理がおこなわれましたが、そのときは南大門どころではない大胆な補強がなされています。
   結果からいえば、大仏の頭の上の屋根を支えているのは、鉄骨製のトラス(・・・)で、しかもその鉄骨はイギリス製です。いくら西洋文明を積極的にとりいれようとしたとはいえ、いきすぎではないかという気もします。いまの大仏殿はイギリスに担いでもらっているようなものですから。そうはいっても、いまわたしたちが堂々とした姿の大仏殿を見ることができるのは、この大胆きわまりない補強のおかげなのです。≫ ≪ 観光案内などではしばしば、これらの建物が創建当初から完璧であり、そのままの姿で現在まで健全に生き延びてきたかのようなほめ方がなされますが、事実はそんなきれいごとではないからです。 最初は不完全な、いわば欠陥建築で、しかもかならずしも長持ちするような建物ではなかったのです。だからといってわたしにはこの不完全さをとがめることができません。その時代の建物が後世から見れば不完全であったにすぎないのです。それよりも大事なことは、そのような不完全な建物が現在まで生き延びて、わたしたちもそれを見ることができるのは、建ってからのち、長年にわたってなされてきた修理や補強のたまものであるということです。・・≫ ≪法隆寺を建てた大工は、1300年もつものをつくったのではなく、1300年もたせるに値する建物をつくったのです。≫
と出ています。 その屋根を支える大仏の頭の上の鉄骨のトラスというもの、人間の頭と眼のつくりから人間の視線は正面から下は見やすくても上は見にくいので、大仏の顔あたりは見てもその上を見る人はあんまりないだろうけれども、「建築探偵団」としてはそれは見ないわけにはいかないわけで、ぜひとも見たい・・・と思って見ましたが、大仏さんの頭の上には天井が貼ってあって、「鉄骨製のトラス」は見えませんでした。
≪ 柱の上に通り肘木を一、二、三、四本。 で、手前側には挿肘木だけで受けています。南大門と同じ形式です。南大門には大天井張ってなかったけど、ここは張ってあるんですね。あの垂木の太さ、凄いもんです。≫(小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』2010.文春新書)と、南大門には天井は貼っていないが、大仏殿には天井が貼られているので、大仏さんの頭の上で鉄骨製のトラスが屋根を支えていても、それは見えないようです。

  昔々、私が小学校に行く前、暗い中を大きな仏像の後ろにまわって会うことができればなんとか・・・という話があって、意味がわからないままにそれをやった記憶があったのですが、それは東大寺だっけ・・・・と思っていた時があったのですが、東大寺にはそういうお話も場所もありません。それは、長野の善光寺で、善光寺と東大寺を混同していたようです。

   (2018.11.10.)

  次回、花頭窓と観相窓。東大寺は優婆塞を体制にとりこんだのか、反体制が手を組んだのか。「東大の日本史」と「京大・阪大の日本史」の違い、それを理解しないアホ予備校 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_16.html

☆ 東大寺参拝
1.南大門〔1〕 近鉄奈良駅から南大門へ。知識で物を見ないで。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_12.html
2.南大門〔2〕 挿し肘木・通し肘木。鉄骨の貫は見えない。背割りはない。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_13.html
3.大仏殿〔1〕 中門・西楽門・廻廊・大仏殿。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_14.html
4.大仏殿〔2〕 鉄釘と銅輪で締めた柱。鉄骨製トラスは見えない。大仏殿は「伝統構法による木造建築で世界最大級」 〔今回〕
5.大仏殿〔3〕 花頭窓と観相窓。東大寺は優婆塞を体制にとりこんだのか、反体制が手を組んだのか。「東大の日本史」と「京大・阪大の日本史」の違い、それを理解しないアホ予備校 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_16.html
6.大仏殿〔4〕 太い横材が多い大仏殿。 東大の試験科目を知らなかった進学校の3年担任の教諭 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_17.html
7.正倉院  校倉造の原理と言われていたものは実は・・なんて、今さら言われてもなあ・・ https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_18.html
8.転害門  「木は生育のままにつかえ」を実践した柱 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_19.html
9.奈良公園の加圧注入材。注入直後の木材にさわるのは非健康的。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_20.html
10.奈良女子大学の想い出。お年玉は「親がもらったもの」か? https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_21.html


☆ 「飛鳥・白鳳・天平の建築」シリーズ
法興寺〔飛鳥寺〕〔安居院〕
上 本堂、塔跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_9.html
下 思惟殿、鐘楼、蘇我入鹿首塚、西門跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_10.html
山田寺跡・飛鳥資料館 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_11.html
飛鳥坐神社 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_12.html
「孝元天皇陵」 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_13.html
飛鳥の街並み https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_14.html 


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