東大寺 参拝・見学【2/10】南大門〔2/2〕挿し肘木・通し肘木。鉄骨の貫は見えない。背割りはない。

[第640回] 飛鳥・白鳳・天平の建築シリーズ
   東大寺の創建は、奈良時代、聖武天皇の時代であったが、その後、多くの伽藍は焼失して、創建時から残っているものは転害門だけで、南大門・大仏殿は鎌倉時代初期に再建され、大仏殿はその後、さらに焼失して江戸時代初期に再再建された。 だから、南大門は様式としては、鎌倉時代初期の「天竺様」(もしくは「大仏様」〔「だいぶつさま」ではなく「だいぶつよう」〕)らしい。
画像

( ↑ 南大門。 南から見た西よりの部分。 )
   ↑ クリックすると大きくなるので大きくして見てください。 坂本功『木造建築を見直す』(2000.5.19.岩波新書)には、
≪ 南大門は重源によって再現された大仏様の代表作です。この門も昭和初期には、軒下につっかい棒が入っていました。昭和初期の修理は大胆でした。南大門では、大仏様に特徴的な貫が柱の外に突き出し、それが片持ち梁として軒を支えています。おそらくこの貫が老朽化して、軒を支えきれなくなっていたのでしょう。それならばというわけで、貫を鉄骨にとりかえています。 ただし、それでは不自然なので、もともとの貫を半分に割って鉄骨を両側からはさんでいます。柱はもとの木のままですが、が鉄骨になっているので、南大門はいまや木造と鉄骨造の混構造です。 ≫
と出ているのですが、その≪もともとの貫を半分に割って鉄骨を両側からはさん≫だという貫とはどれのことなのか・・と思って見ますが、鉄骨は見えません。 1本か2本ではなく大部分をそうしたのでしょうか。 けっこう目を凝らして見たのですが、見てもよくわかりませんでした。 南大門を正面から見た写真を何度も見ていると、左右に大きな横方向の材、〔これを「貫」と言うのかと思っていたら、《原口秀明≒原口ミカオの建築×不動産日記 大仏用とは》 https://plaza.rakuten.co.jp/mikao/diary/201810010001/ に記載の図によると「通し肘木」と言うようですが〕が通っていますが、決して悪いということはありませんが、木にしては直線的な印象を受けます。もしかすると、それのことなのでしょうか。この「通し肘木」のことなのか、それとも柱の中間部分で柱と柱をつないでいる「貫」の方なのか両方なのか。 「貫」にても「通し肘木」にしても、戸建住宅の「貫式木造」(「戦前型木造」)で見る「貫」とは貫は貫でもずいぶんと違います。

画像

( ↑ 南大門。 下から見上げる。 )
画像

( ↑ 南大門  東よりの部分の柱。 )
画像

( ↑ 南大門。 柱の上部の組物、及び、柱に鉄の輪を巻いた補強。 )
( ↑ クリックすると大きくなるので、大きくして見てください。)
   小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』(2010.7.20.文春新書)には、
≪ この柱は明治の時に修理したんですな。その時もこの柱は倒せなかったらしいです。重くて一度倒したら上げられないだろうということで、立ったまんま修理をし、鉄板で輪をはめて補強したそうです。
・・・・
  この柱は直径で二尺八寸ぐらいありますかね。一メートル近いと思いますよ。これが十八本。一本の通し柱です。これならわかりますね。動かないですよ。・・・・・
  柱に幾つも巻かれた鉄の輪は、あの挿肘木がずうっと同じ列に挿してありますので弱くなっていくから割れ予防の補強です。
  挿肘木は六段も七段も同じ方向に穴を開けて挿し込んでいるからやっぱり弱くなります。間が狭いですからね。それを補強するんで巻いたんでしょう。 ≫
と出ています。
   この≪鉄板で輪をはめて補強した≫というところは、現地で肉眼で見てもわかりましたし、↑の写真でも柱にはめた鉄板の輪が見えます。

≪  柱もあの頃は背割りなんてないです。あれは最近の話だから。昔はないんです。割れますよ。芯持ちですから。それが一回割れて縮むんです。芯まで乾けば一回り小さくなるけど、割れがふさがってしまうんです。 ≫(小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』2010.7.20.文春新書) とあります。
   1992年に(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に入社した時、同社の展示場に、見本として置かれていた柱(見本)に「背割り」「背割れ」「芯びき」という中心まで届く切れ目が意図的に入れられているのを見て、最初、これは何なのだろう? と思ったのですが、芯持ち材の場合は、乾燥するとともに割れが入るので、それで、あらかじめ中心に届くように一本切れ目を入れておくと、乾燥するとともにその部分が広がるかわりにそれ以外の部分での割れが出にくくなるというものです。 集成材を使用する場合には集成材には「芯びき」「背割れ」「背割り」はありません。柱の4面のうち、1面のみに「背割り」「背割り」「芯びき」は入れますから、真壁の和室では表に出ない側に「背割れ」がくるように柱は立てます。
   最初、考えるのは、外壁面に柱を立てる時、真壁(柱より奥に壁面がきて柱が見える造り)の和室であれば部屋の内側には「背割り」「背割れ」「芯びき」がない側を出しますが、大壁(柱の外側に壁がきて柱が見えない造りの部屋)では「背割り」「背割れ」「芯びき」は外側になるように柱は立てるべきなのか、内側になるように柱を立てるべきなのか、という問題ですが、外側になるように建てます。 内側になるように立てますと、柱の内側に石膏ボードなり合板なりを貼って、その上にクロスを貼った時に、乾燥するとともに「背割れ」「背割り」「芯びき」が開いていき、それにともない石膏ボード・合板の継ぎ目が開いていくことになり、石膏ボード・合板の継ぎ目部分でクロスが割れることになるからです。 外側ならいいのかというと、外壁をサイディング壁にする場合はサイディングの継ぎ目は柱の部分で継ぎますから、サイディングの継ぎ目が「背割れ」「背割り」「芯びき」の部分に来ることになるので、外側ならまったく問題がないということではないでしょうけれども、普通は外側にもってきます。
   (株)一条工務店に入社して1年目に契約いただいたお宅の上棟の際、大工が、大壁の部屋の部分で、梁に柱を入れて合体させたものをレッカー車で吊って入れようとしたところ、1本だけ、「背割れ」「背割り」「芯びき」が外側ではなく内側になっていたところがあり、レッカー車が運ぶ途中で、「あ、柱、逆だった」と大工が口にしたものの、「まあ、いいわ。いい」と言うので、いいのだろうか・・と思ったことがありました。 実際には、「ものすごい大きな支障」は出ないでしょうけれども、・・・・やっぱり、できれば、それは、「まあ、いいわ」と言わないで、逆のものはもう一度、手元に引き返させた上で、入れ直してほしかったように思います。 大工というのは、職人の中でもプライドの高い職種で、大工でない者から仕事の内容に口出されるのを嫌がる人が少なくないのですが、それでもやっぱり、「大工さん。手間だとは思うけれども、訂正してもらうわけにはいかないものでしょうかね・・・」と言うべきだったかな・・・と後後まで思いました。実際にそれで大きな問題が発生するということは可能性としては大きくないと思いますが、それでも、「あ、逆だった」と思った時に、「まあ、いいわ」という判断をするというのは、その家はいい家ができたとお施主さんも喜んでおられましたし、実際、いい家ができたと私も思ってはいるのですが、やっぱり、物を造る仕事に携わる者として、「まあ、いいわ」という判断はしてほしくなかったように思います。
   (株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ という会社の問題点として、そういった場合において、こういう時は担当者はどう対処すべきかという基準というのか方針というのかが指導されない、という点があります。 担当者が自分自身で学ぶか、たとえ、先輩社員に教えてもらうにしても、あくまでも、個人的にお願いして教えてもらう、親切で教えてもらうというものであったのですが、普通は会社であるならば、個人的に学ぶ、個人的に教えてもらうということもあっていいけれども、そうではなく、会社として指導するというものがもっとあっていいはずだと思いました・・・が、そういうものが欠落していたり、大きく不足していたりする会社でした。
  なおかつ、「研修制度が充実していますから」などと、ナマ言ってんじゃねえよ! ジャロに言うたろか! て文句が求人広告には入っていた会社でした。
※ 《YouTube-JARO 白雪姫篇》https://www.youtube.com/watch?v=OyGtVTySYEo
   実際に、ジャロに言いますとどうなるかといいますと、「ジャロというのは一般に商品やサービスについての広告についての苦情を受けつけるもので、求人広告の場合は、入社して求人広告の内容と異なったとしても、入社までの間に面接があり、そこで労働条件についての話がされるはずですから、たとえ、入社したら求人広告と異なるものがあったとしても、それはジャロがどうこう言うことはできません」などとジャロは言うのです。実際、ジャロに言うてやったところ、そう言われたのです。たしかに、営業職の募集の求人広告を見て、この会社で経理の仕事をしたいと思った人がいて、私は経理についてこうこうの経歴があるのですが、御社で経理として使っていただけませんかとアピールして、使用者側も、それでは、あなたは経理として採用しましょう・・ということに両者が納得して労働契約を結んで入社にいたったとして、それが求人広告の内容は営業であったが、入社後の職種は経理であるからいかんのか・・というと、そんなことはないはずです・・・が、しかし、それなら、それを理由として、「研修制度が充実していますから・・・」とか、実際にはちっともそんなことないのに求人広告に書いていいのか?  あるいは、同業他社と比較して、(株)一条工務店は1展示場あたりの営業の数が多いため、1人あたりが持つ見込み客の数が少なく、その点、同業他社と比べて有利とは言えない・・にもかかわらず、「他社と比較して(株)一条工務店の来場客は群を抜いており・・」なんたらかんたらくんたらとか嘘八百書いていいのか?  スペインのバルセロナに(株)一条ヨーロッパ というヨーロッパ製の家具を直輸入する会社を持っており、バルセロナに駐在所があります・・などと、もとより、そんなものないのに書いていいのか? ・・・というと、違うと思うぞ。 このジャロの返答を(株)一条工務店の従業員、何人かに話してみたのですが、「それなら、求人広告には、どんな嘘を書いてもいいてことなのか?!?」と誰もが言ったのですが、実際、商品の広告であれば、「嘘、大袈裟、紛らわしい、などなど」てのはけしからんが、求人広告ならどんな嘘を書いてもいい・・というのはおかしいと思うのですね。 思いませんか?  「ジャロとは、嘘・大袈裟・紛らわしなどなど、広告に関する苦情を何でも受け付けるところよ♪」というその広告が、まず、「嘘・大袈裟・紛らわしい」てことないのんかい? て気もしました。 そういう会社から「防潮堤の費用」だとして寄付もらって大喜びしている浜松市長で慶應大学ア法学部卒の鈴木康友て男もまた、あんまり良心的とは言えないのではないでしょうか。そう思いませんか?
   かつ、「工事担当者が大工に使われている」「工事担当者が職人に使われている」という問題があります。工事担当者は、大工その他職人に劣らないくらい勉強しないといけません。工事担当者が職人に教えてもらうことだってあっていいと思いますが、何でも言いなりになっているというのは情けない・・・はずですが、(株)一条工務店の工事担当者というのは、福島県いわき市の営業所にいた時、所長のKさんが「大工に使われている」と表現していましたが、まさにそういう状態で、それが普通みたいに思っている工事担当者が多かった、 という点も問題点でした。 千葉県のある工事現場で、大工が、「背割れ」「背割り」「芯びき」を外側ではなく内側にして柱を入れて、「あ、逆だった・・・。まあ、いいわ」と言ったケースだって、私はまだベテランではない営業担当であり、工事担当は別にいたのですが、私は、あれはやっぱり、「大工さん、手間かけて申し訳ないけれども、やっぱり、それは本来の向きに入れ直してもらえないでしょうか」と言った方がよかったか・・・と後後まで考えたのに対して、工事担当はそこにいても、それを何とも思っていなかったのです。(こういうことを思ったりしているという点において、私はそんなことちっとも気にもしない営業担当と比べると、この部分において、お施主様にはいい営業担当だった、と思ってもらって悪くないと思いますよ。そんなの何とも思っていないやつ、気づいてもいない人の方が多いのですから。) 
   (株)一条工務店の柱は、「背割れ」「背割り」「芯びき」が入っていて、そして、「これはムクの芯材の柱を使っているから入っているもので、中心まで切れ目が入っているから弱くなるとかいうものではなく、集成材を使っている会社の柱にはこういう『背割れ』『芯びき』は入ってないのです。 木造では常識です。ムクの芯材を使って建てる場合は入ります」と私より在籍が長い社員に教えてもらったのでした・・・・が、なるほど・・・とは思ったものの、しかし、お寺とか神社とかの木造の建物の柱って、「背割れ」「背割り」「芯びき」て入ってなかったように思うんだけどなあ、お寺とか神社の建物の柱で「背割れ」「背割り」「芯びき」て見たことないように思うんだけどなあ、お寺や神社の柱というのは、昔からのものは集成材なんて使っているわけないとして、芯持ち材ではなく芯去り材を使っているから、だから「背割れ」「背割り」「芯びき」がないのだろうか?・・・などと思ったりもしたのですが、小川三夫『宮大工と歩く奈良の古寺』(2010.7.20.文春新書)を見てわかりました。 お寺や神社の柱に「背割れ」「背割り」「芯びき」がないのは、芯持ち材ではなく芯去り材を使っているからといった問題ではなく、「背割れ」「背割り」「芯びき」を入れるというのは、そう昔昔その昔からのものではなかったことによるものだった。 「背割れ」「背割り」「芯びき」というものを柱に入れるのは、おじいさんとおばあさんが川で洗濯をしていると、上流の方から大きなものがドンブラコッコドンブラコと流れてきたので、おじいさんがおばあさんに、「ばあさん、あれはいったい何だろう?」と言ったところ、おばあさんが「ありぁ、桃だろう」と言ったという「桃だろう」の話の頃の昔からではなく、比較的最近のことだったわけです。


( ↑「 i 」マークが 南大門。 )

画像

↑  正面、南から見た「南大門」
画像

↑  北から見た「南大門」

≪ (南大門は、)重源の再建にかかる東大寺伽藍の建築様式を今につたえる貴重な遺構である。二重屋根の上重まで通し柱として、下重の屋根は腰屋根とする。二重の屋根をささえるのは幾段にも重ねられた六手先の挿肘木で、通し肘木が横に繋いでいる。背の高い柱を繋ぐ貫が縦横に幾重にも交錯する。戦国時代に消失した金堂(大仏殿)も通し柱と腰屋根をもった南大門に共通した形式であったと考えられている。 ≫
(西田雅嗣・矢ヶ崎善太郎『カラー版 図説 建築の歴史―西洋・日本・近代』2013.12.15.学芸出版社)
   東大寺の南大門と大仏殿は、「大仏様」(「だいぶつさま」ではなく「だいぶつよう」)と言われる。東大寺の伽藍は、源平の争乱の際、東大寺は源氏の側についたことから平清盛の怒りを買い、平重衡の南都攻めの際に、平重衡は宗徒がこもる民家に火をつけ、その際に東大寺の七堂伽藍は大部分が焼失し、創建時から残るものは転外門くらいらしいが、その後、南大門や大仏殿は鎌倉時代に重源が再建し、南大門はその時のものが、その後、補修をされながらも残っているのに対し、再建された大仏殿は戦国時代に「三好三人衆」と松永久秀の争乱の際に焼失し、江戸時代初期に再建されたものが今の大仏殿らしいが、今の大仏殿は東大寺創建時の「天平」の様式とは言われず、「大仏様」(しつこいようだが、「だいぶつさま」ではなく「だいぶつよう」)と言われる・・ということは、奈良・天平の時代に建てられた時の様式と鎌倉時代に重源が再建した時の様式は異なるが、江戸時代初期に再再建された今の大仏殿は鎌倉時代に建てられた「大仏様」(だいぶつよう)の様式を踏襲して建てられたものだと考えてよいということなのだろうか・・・と思ったのだが、≪ 戦国時代に消失した金堂(大仏殿)も通し柱と腰屋根をもった南大門に共通した形式であったと考えられている。 ≫(西田雅嗣・矢ヶ崎善太郎『カラー版 図説 建築の歴史―西洋・日本・近代』2013.12.15.学芸出版社)と書かれているということは、やはり、18世紀初め、江戸時代初期に建てられた大仏殿は、鎌倉時代に建てられた大仏殿の様式と同じとは言えないところがあるということなのだろうか。

  『週刊古寺を巡る2 東大寺』(2007.2.13.小学館)に掲載の「東大寺境内地図」によると、東大寺では、
「建築の国宝」としては、南大門・大仏殿・八角灯籠・正倉院正倉・転外門・本坊経庫・鐘楼・開山堂・法華堂(三月堂)・二月堂 の10点が指定されており、
「建築の重要文化財」としては、中門・西楽門・東楽門・廻廊・勧進所経庫・念仏堂・法華堂経庫・法華堂手水舎・法華堂北門・三昧堂(四月堂)・二月堂仏餉屋・大湯屋 の12点が指定されている。
  けっこう広いので、ひとつの寺の内部を歩いているのだからなどと思っても、ふと気づくとけっこう歩いている。

※ 東大寺HP http://www.todaiji.or.jp/
東大寺HP 南大門 http://www.todaiji.or.jp/contents/guidance/guidance8.html
《ウィキペディア―東大寺》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E5%A4%A7%E5%AF%BA
奈良市観光協会HP 東大寺 https://narashikanko.or.jp/spot/world_heritage/todaiji/

   次回https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_14.html 、 大仏殿へ・・・・

   (2018.11.9.)

☆ 東大寺参拝
1.南大門〔1〕 近鉄奈良駅から南大門へ。知識で物を見ないで。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_12.html
2.南大門〔2〕   〔今回〕
3.大仏殿〔1〕 中門・西楽門・廻廊・大仏殿。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_14.html
4.大仏殿〔2〕 鉄骨製トラスは見えない。大仏殿は「伝統建築の木造として最大級」https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_15.html
5.大仏殿〔3〕 花頭窓と観相窓。東大寺は優婆塞を体制にとりこんだのか、反体制が手を組んだのか。「東大の日本史」と「京大・阪大の日本史」の違い、それを理解しないアホ予備校 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_16.html
6.大仏殿〔4〕 太い横材が多い大仏殿。 東大の試験科目を知らなかった進学校の3年担任の教諭 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_17.html
7.正倉院  校倉造の原理と言われていたものは実は・・なんて、今さら言われてもなあ・・ https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_18.html
8.転害門  「木は生育のままにつかえ」を実践した柱 https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_19.html
9.奈良公園の加圧注入材。注入直後の木材にさわるのは非健康的。https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_20.html
10.奈良女子大学の想い出。お年玉は「親がもらったもの」か? https://shinkahousinght.at.webry.info/201811/article_21.html


☆ 「飛鳥・白鳳・天平の建築」シリーズ
法興寺〔飛鳥寺〕〔安居院〕
上 本堂、塔跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_9.html
下 思惟殿、鐘楼、蘇我入鹿首塚、西門跡 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_10.html
山田寺跡・飛鳥資料館 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_11.html
飛鳥坐神社 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_12.html
「孝元天皇陵」 https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_13.html
飛鳥の街並み https://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_14.html


木造建築を見直す (岩波新書)
岩波書店
坂本 功

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト







ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック