法興寺〔飛鳥寺〕〔安居院〕参拝 蘇我入鹿首塚 訪問。≪下≫思惟殿、鐘楼、蘇我入鹿首塚、西門跡。

[第498回]
    飛鳥寺(安居院)の本堂の左手前に、「思惟殿」があります。↓
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↑ 右手前の木札には「聖観世音菩薩」と書かれています。
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  鐘楼。↓
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    飛鳥寺(安居院)の西の門を出ると、蘇我入鹿首塚 が見えます。↓
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↑  蘇我入鹿首塚(高市郡明日香村飛鳥)

    乙巳の変で、中大兄(天智)と中臣鎌足(→藤原鎌足)らによって蘇我入鹿が暗殺されたのは、飛鳥寺の少し南の飛鳥板葺宮(あすかいたぶきのみや)であったであろうとされているようですが、≪ その時入鹿の首がこの地まで飛んできたので、ここに埋めたとも、入鹿の首が空中に舞い上がり襲ってきたので、供養のために五輪塔を立てたとも伝えるが、確かなことではない。≫(『奈良まほろばソムリエ検定 公式テキストブック[改訂版]』(2007.山と渓谷社) この≪五輪塔の高さは149センチ、火輪(かりん)(笠)の背が高く軒は厚い。≫が、≪ 鎌倉時代または南北朝時代の造立とみられている。 ≫らしい。 たしかに、西門跡のすぐ西側の位置なので、塔の北と東西に金堂がある飛鳥寺の伽藍とその西門が健在であったなら、西門を出てすぐの目の前場所には首塚は設けないのではないか。

   飛鳥寺の西、蘇我入鹿首塚の手前に、「西門跡」が見えます。↓
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↑ 関裕二氏や梅原猛氏の本を読むと、法隆寺の中門は、柱が左右に5本で4間。その為、中央に柱が立っているが、一般に寺社の門は奇数間とするもので、門の中央に柱が立つのは法隆寺の中門くらいだと書かれているのですが、今までそれほど気にしないで通ってきましたが、そう言われれば・・・・という気もします。
   柱跡があるのですが、柱跡で見ても、よくわからないようなところがあります。

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↑ 飛鳥寺(安居院)。 西門の西、 蘇我入鹿首塚の手前より見たもの。
奥の左が本堂。 その右が思惟殿。


   飛鳥寺(安居院)の東門には、「聖徳太子第十一番霊場」「新西国第九番霊場」と書かれた木札が出ています。 聖徳太子の霊場というと、法隆寺・四天王寺に橘寺、あとは、法起寺・法輪寺に中宮寺、京都の広隆寺も入るか・・・・これで8寺。 あとは・・・・・。 《ウィキペディア―聖徳太子霊跡https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%81%96%E5%BE%B3%E5%A4%AA%E5%AD%90%E9%9C%8A%E8%B7%A1 を見ると、第1番が四天王寺(大阪市天王寺区)で、第三十六番 まであるようです。
   「新西国霊場」は、《ウィキペディア―新西国三十三箇所》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E8%A5%BF%E5%9B%BD%E4%B8%89%E5%8D%81%E4%B8%89%E7%AE%87%E6%89%80 を見ると、これも第1番は四天王寺(大阪市天王寺区)で、第2番が大阪市北区の太融寺、水間寺(大阪府貝塚市)、道成寺(和歌山県日高川町)、金剛寺(大阪府河内長野市)となつかしい名前が続き、第9番の飛鳥寺の次の第十番は橘寺、第十一番が當麻寺(奈良県葛城市)から第十二番は東光院 萩の寺(大阪府豊中市)、第十三番は満願寺(兵庫県川西市)と、あっち行ったりこっち行ったり。 33寺の他に「客番」の寺が5寺あるらしい。

    ・・・・しかし、なあ~あ・・・・。 聖徳太子というのは、「大工その他建築関係の職人の神さま」とされてきたわけですよ。 「大工その他建築関係の職人の神さま」ということは、何も職人限定にしなくても、「建築関係従業員の神さま」になってくれたっていいじゃないの・・てことで、そうなると、「建築関係のろくでもない経営者を懲らしめる神さま」になってくれたっていいだろうと思ってきたわけです。特に、給料払わずに逃げたヤツとか、そういう「法で裁けぬ悪を撃つ」というニーズを満たす神さまとして期待してきたわけです。 神奈川県鎌倉市には、「メカケ」や「逆賊」の言うことばっかりききやがってからに、会社のために滅私奉公を続けてきた従業員を粗末にするアホ経営者を懲らしめる神さま・大塔宮護良親王を祀る鎌倉宮http://www.kamakuraguu.jp/ がありますが、「メカケ」や「逆賊」の言うことばっかりききやがってからにというアホ経営者を懲らしめる神さまを祀る鎌倉宮とともに、建築関係のろくでもない経営者を懲らしめる神さま・聖徳太子を祀る寺社に参拝もしてきたのですが・・・・、「聖徳太子はいなかった」・・・・なんて、今さら言われてもなあ~あ・・・。

   ≪ たとえば、天智10年9月に、天智天皇は重い病にたおれ、三ヶ月後に近江宮にて崩御するが、その10月に、突然、飛鳥の法興寺(元興寺)に数々の宝物を奉納している。
   法興寺とは、日本で最初の本格的寺院であり、その当時最大の権力を握っていた蘇我氏により建立された、いわば蘇我氏にとっての氏寺的存在である。 現在では飛鳥寺としてよく知られている。 寺のそばに、入鹿の首塚と伝えられる石塔も旧西門の近くに祀られている。
   天智天皇は死にいたる病に冒され、つい弱気になったのであろうか。 あるいは天智天皇にとって、入鹿を殺したことに何やらうしろめたい思いがあって、その自らの手によって殺した入鹿の恨みが、その病気の原因であるとでも思ったのだろうか。
   また、壬申の乱のときに、天智天皇の皇子である大友皇子を討ち、政権を獲得した天武天皇は、その6年の8月に、自ら飛鳥寺へおもむいている。
   そして、三宝に拝礼したあと、多くの出家者を得度させ、国をあげての宗教行事を、ここ飛鳥寺でとり行ったのである。 とすれば、蘇我氏の建立した飛鳥寺=法興寺は、蘇我本宗家なきあとかなり重要な意味をもっていたことになる。≫(関裕二『聖徳太子は蘇我入鹿である』1999.11.5. KKベストセラーズ ワニ文庫)


   この付近は、「歴史的風土特別保存地区」に指定されている地域らしい。↓
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↑ 「歴史的風土特別保存地区」とは、古都保存法(古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法)第6条1項、第8条に指定されている「地域地区」である。
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古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法 (昭和四十一年一月十三日法律第一号)
(歴史的風土特別保存地区に関する都市計画)
第六条  歴史的風土保存区域内において歴史的風土の保存上当該歴史的風土保存区域の枢要な部分を構成している地域については、歴史的風土保存計画に基づき、都市計画に歴史的風土特別保存地区(以下「特別保存地区」という。)を定めることができる。
2  府県は、特別保存地区に関する都市計画が定められたときは、その区域内における標識の設置その他の適切な方法により、その区域が特別保存地区である旨を明示しなければならない。
3  特別保存地区内の土地の所有者又は占有者は、正当な理由がない限り、前項の標識の設置を拒み、又は妨げてはならない。
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≪ 区域内における標識の設置その他の適切な方法により、その区域が特別保存地区である旨を明示しなければならない。 ≫という看板が、↑の飛鳥寺の西門を出てすぐ、蘇我入鹿首塚の東側に立っている看板ということのようです。

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※ 古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法 (昭和四十一年一月十三日法律第一号)
第八条  特別保存地区内においては、次の各号に掲げる行為は、府県知事の許可を受けなければ、してはならない。ただし、通常の管理行為、軽易な行為その他の行為で政令で定めるもの、非常災害のため必要な応急措置として行なう行為及び当該特別保存地区に関する都市計画が定められた際すでに着手している行為については、この限りでない。
一  建築物その他の工作物の新築、改築又は増築
二  宅地の造成、土地の開墾その他の土地の形質の変更
三  木竹の伐採
四  土石の類の採取
五  建築物その他の工作物の色彩の変更
六  屋外広告物の表示又は掲出
七  前各号に掲げるもののほか、歴史的風土の保存に影響を及ぼすおそれのある行為で政令で定めるもの
2  府県知事は、前項各号に掲げる行為で政令で定める基準に適合しないものについては、同項の許可をしてはならない。
3  前条の法律により、市町村の区域を区分して二以上の特別保存地区が定められたときは、前二項の政令は、その区分の目的に応じてそれぞれ特別保存地区ごとに定めることができる。
4  国土交通大臣は、第一項又は第二項の政令の制定又は改廃の立案をしようとするときは、あらかじめ社会資本整備審議会の意見を聴かなければならない。
5  第一項の許可には、歴史的風土を保存するため必要な限度において、期限その他の条件を附することができる。
6  府県知事は、歴史的風土の保存のため必要があると認めるときは、第一項の規定に違反し、又は前項の規定により許可に附せられた条件に違反した者に対して、その保存のため必要な限度において、原状回復を命じ、又は原状回復が著しく困難である場合に、これに代わるべき必要な措置をとるべき旨を命ずることができる。この場合において、当該命ぜられた行為を履行しない場合における代執行に関しては、行政代執行法 (昭和二十三年法律第四十三号)の定めるところによる。
7  前項前段の規定により原状回復又はこれに代わるべき必要な措置(以下この項において「原状回復等」という。)を命じようとする場合において、過失がなくて当該原状回復等を命ずべき者を確知することができないときは、府県知事は、その者の負担において、当該原状回復等を自ら行い、又はその命じた者若しくは委任した者にこれを行わせることができる。この場合においては、相当の期限を定めて、当該原状回復等を行うべき旨及びその期限までに当該原状回復等を行わないときは、府県知事又はその命じた者若しくは委任した者が当該原状回復等を行うべき旨をあらかじめ公告しなければならない。
8  国の機関が行なう行為については、第一項の許可を受けることを要しない。この場合において、当該国の機関は、その行為をしようとするときは、あらかじめ府県知事に協議しなければならない。
( 《古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法 (昭和四十一年一月十三日法律第一号)》http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S41/S41HO001.html )
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※ 《ウィキペディア―古都における歴史的風土の保存に関する特別措置法 》
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E9%83%BD%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E9%A2%A8%E5%9C%9F%E3%81%AE%E4%BF%9D%E5%AD%98%E3%81%AB%E9%96%A2%E3%81%99%E3%82%8B%E7%89%B9%E5%88%A5%E6%8E%AA%E7%BD%AE%E6%B3%95 

   「第1種歴史的風土特別保存地区」 「第2種歴史的風土特別保存地区」 という記載があるのですが、飛鳥寺や蘇我入鹿首塚のあたりは、厳しい方の第1種かと思うとそうではなくわずかにはずれているようで、第2種歴史的風土特別保存地区に指定されているらしく、第1種歴史的風土特別保存地区に指定されているのは、川原寺跡・橘寺・甘樫丘・大官大寺跡付近の「飛鳥宮跡第1種保存地区」、石舞台付近の「石舞台第1種保存地区」、岡寺付近の「岡寺第1種保存地区」、高松塚付近の「高松塚第1種保存地区」のようで、これらの外側の地域が「第2種保存地区」で飛鳥寺・蘇我入鹿首塚の付近はこの「第2種保存地区」になるようです。
   もっとも、「第2種保存地区」は「第1種保存地区」よりは規制が緩いといっても、あくまでも「第1種保存地区」に比べればということで、《11.歴史的風土保存区域における行為制限》http://www.pref.nara.jp/secure/6072/2-11_fudohozon.pdf#search=%27%E7%AC%AC1%E7%A8%AE%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E7%9A%84%E9%A2%A8%E5%9C%9F%E7%89%B9%E5%88%A5%E4%BF%9D%E5%AD%98%E5%9C%B0%E5%8C%BA%27 を見ると、
「歴史的風土特別保存地区」には、
「歴史的風土保存区域」→「歴史的風土特別保存地区」→「第2種歴史的風土特別保存地区」「第1種歴史的風土特別保存地区」
と規制が厳しくなっていくようで、まず、この中では最も規制が緩い「歴史的風土保存地区」でもけっこう規制があるわけで、飛鳥寺付近は「第2種」だからといって、規制が緩いとは言えないでしょう。
   こういった規制があるおかげで、「歴史的風土」が保たれるのではあるのですが、ハウスメーカーの人間の間には、「京都と奈良と鎌倉はかなわん」と言う人が多いのは、実際そうでしょうね・・・・。 実際、ハウスメーカーが明日香村の付近で建てるというのは「極めて難しい」でしょう・・・というより、多くの営業は最初から敬遠するのでは・・・ないかな・・。

   私は、今回は、行きは、近鉄樫原線・南大阪線「樫原神宮前」駅から歩き、帰りは「飛鳥大仏」バス停より「かめバス」に乗って樫原神宮前駅まで行きました。 かめバスの他にもバスがあったと思います。バスは使える足ではありますが、本数はそれほど多いわけではないので、時刻表で時刻を確認してから拝観するようにした方がいいかもしれません。 歩くのは歩いて気持ちがいい場所ではあるのですが、行きはよくても、帰りになると疲れて歩きたくなくなることがあります。
  奈良県とはいえ、大阪市の阿部野橋駅から近鉄の急行に乗るとそれほどかからない場所ではあるのですが、なにしろ、「歴史的風土特別保存地区」でして、どこが遺跡というよりもそのあたり全体が遺跡、遺跡の中を歩いているようなもので、店舗がいっぱいそのへんにあるという場所ではありません。 阿部野橋から特急料金が必要な吉野行きの特急も出ていますが、時間が合えば普通運賃で乗れる急行でも樫原神宮前駅までそれほどかかりません。
   東京圏から行くにはどうするか。これはけっこう難しい。大阪や京都から行くのは難しくないが、東京からとなると、名古屋から近鉄の特急で「大和八木」まで行き、樫原線で樫原神宮前駅まで行くか。京都から近鉄京都線樫原線で樫原神宮前駅まで行くか。 大和八木から関空までのバスがあるので、関空まで飛行機で行って大和八木までバスに乗り、八木から樫原線で樫原神宮前駅まで行くか。 今回は、新宿のバスタ新宿を夜11時過ぎにでる奈良交通・関東バスの夜行バスに乗って八木駅南口に朝7時に着き、近鉄樫原線で樫原神宮前駅まで行きました・・・が樫原神宮前駅の東口というのがこんなに何もないとは思わなかった。 朝食を食べる所くらいどこかにあるだろう・・・と思って歩き出したところ、飛鳥寺・飛鳥坐神社・山田寺跡・飛鳥資料館のあたりまでの道に、どこにもなかった・・・・。 「歴史的風土特別保存地区」をなめたらいかん。なにしろ、古墳の中を歩いているようなものですから・・・。

   (2017.1.15.)

※ 《ウィキペディア-飛鳥寺》 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%9B%E9%B3%A5%E5%AF%BA
奈良県庁 観光プロモーション課 飛鳥寺 http://www3.pref.nara.jp/kankou/1148.htm

   今回は、法興寺(飛鳥寺)(安居院)参拝 と西門跡、蘇我入鹿首塚 訪問。≪上≫http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_9.html   の続きです。ぜひ、≪上≫ と合わせ、ご覧くださいませ。

☆ あすか シリーズ
1. 法興寺(飛鳥寺、安居院)と蘇我入鹿首塚≪上≫本堂、塔跡。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_9.html 
     〃 ≪下≫思惟殿、鐘楼、蘇我入鹿首塚、西門跡。 〔今回〕
2. 山田寺跡、飛鳥資料館 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_11.html
3. 飛鳥坐神社(あすかにいますじんじゃ)http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_12.html
4. 「孝元天皇陵」、飛鳥川、雷の丘 http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_13.html
5. 阿部野橋駅、アベノハルカス、大和八木駅、天理教畝傍支部、雷の丘の西のあたりの町並み http://shinkahousinght.at.webry.info/201701/article_14.html


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