寒川神社参拝【4】休憩所「鎮守の杜『Koyo(紅葉)』、「管理棟」(竹中工務店設計)、神嶽山神苑。
[第403回]
竹中工務店 のホームページhttp://www.takenaka.co.jp/ の「建築作品」⇒「宗教 伝統」⇒「寒川神社 管理棟 休憩所 鎮守の杜「Koyo(紅葉)」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23201932013.html?nav01_09 には、宮山神社の北にある「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」と管理棟が「設計施工 竹中工務店」として、「竣工年」⇒「2009年」⇒「寒川神社 神嶽山神苑」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23703282009.html?nav03_07 に、「神嶽山神苑」が「設計 日本造園設計」「施工 竹中工務店」として出ており、「竹中工務店 デザインを語る 寒川神社 管理棟 休憩所 鎮守の杜「Koyo(紅葉) 設計担当者の思い」http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html に、東京本店設計部の垣谷信彦さんという人の発言が出ています。
まず、「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23201932013.html?nav01_09 、http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html
↑ 「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」 東から見たもの。
↑ 北東側から見たもの。
↑ 南東側から見たもの。
寒川神社の三之鳥居や神池のすぐ西側に立地し、寒川神社に近い東面と東寄りの北面、それに宮山神社の側である東寄りの南面と、寒川神社・宮山神社に近い東寄りの3面がガラス張りになっています。 1階の北側の西側(寒川神社から遠い側)、駐車場に近い場所にトイレがあります。 売店利用者も駐車場利用者もトイレを使用しやすい配置としているあたりはよく考えられています。 2013年築だそうです。
1階が売店で、2階にレストラン(食事と喫茶の店)があり、2階のレストランは寒川神社・宮山神社の側のガラス張りの部分にカウンターがあって、寒川神社・宮山神社を臨みながら飲食ができるようになっています。 東寄り(寒川神社の側)にテラス席もあり、今は花粉症の季節なので私は屋内で飲食しましたし、まだ少々寒かったので外で飲食している方はありませんでしたが、花粉の季節が過ぎれば、晴天時は東寄りのテラス席は寒川神社を臨みながら2階の屋外で飲食ができることになります。 1998年、ミラノに行った時、ミラノ大聖堂(ミラノのドゥオモ)の隣にリナシェンテという百貨店があってリナシェンテデパートの食堂で食事をとったのですが、リナシェンテの食堂の窓からはミラノ大聖堂の尖塔が間近に見え、地上から見たものとはまた違った迫力のある景観を見ながら食事ができました。 カトリックの教会では、ミラノ大聖堂でも屋上に登ることができ、他にもローマのサン=ピエトロ寺院、ロンドンのセント=ポール寺院他、屋上に上がることができる教会は多く、教会堂の上に乗るのはけしからんとか、上から見てはならないとかいう考え方はないようですが、神社の場合は、その神社にもよるかもしれませんが、見上げるのは良いが見下ろすものではないという考え方がありますが、この「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」の場合は2階建てで、2階からは寒川神社の杜の樹木や花は見えても社殿その他の建物を見下ろすようにはなりません。
前川國男設計の熊本県立美術館〔⇒[第271回]《船場菅原神社(熊本市)と熊本県立美術館(前川國男)、熊本市立博物館(黒川紀章)、旧・細川刑部邸 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_7.html [4] 前川國男 設計「熊本県立美術館」〕は、「主役は熊本城、美術館は従」という前提で目立ちすぎないように配慮したデザインで作られ、それでいて美術館に占有のスペースに入ると美術館独自の雰囲気となり、かつ、美術館のロビーは屋外の木々の延長のように丸の柱が立っています。 主役ではないので目立ちすぎないように、かつ、「主役ではないので目立ちすぎないように」というのは「いいかげんなデザイン」という意味ではなく、目立ちすぎないデザインでありながら、よく見ると「こんなところにも工夫があるんだ」と感動する建物ですが、「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」もまた、主役は東側の寒川神社であると心得て、「目立ちすぎない」デザインであり、それでいて、センスの良さを発揮しようとした建物であり、そのあたりはなかなかのものです。
東側の寒川神社との調和を考えて、「和」の雰囲気を持ちながらも、同時に神社の境内ではなく道を隔てた向かいの位置で、神社と逆側には神社とは関係のない建物も建っている場所であることから、完全な神社建築ではなく、「和」の雰囲気を部分的に持ちながらも現代的な要素も併せ持つ建物となっています。
↑ 北西側から(北側の駐車場内から)見たもの。
さて、この北西側からの写真を見ると、でっかい便所マークが目立ちます。 トイレはどこだ? と捜す人がいるのでしょう。 わかりやすいように、目が少々不自由な人にもわかりやすいように、この大きさで表示しているのでしょう。親切です。 しかし、「建築家」としては、予定外だったかもしれません。 愛知産業大学の守屋先生から教わったものですが、建築は、最後の最後、消防の侵入口を示す三角マークを窓に貼られてデザインが台無しになる時がある。 それは必要なもので、貼らさないわけにもいかないが、デザインの点ではマイナスになる時がある。 だから、最初からそういったものを頭に入れて造形しなければならない、と。 私も戸建住宅建築業の会社に勤め、最後の最後に屋根のてっぺんにテレビアンテナが立ってしまって「あ、あ、あ・・・・」と思った経験があり、それ以降、図面決定までにテレビのアンテナはどうするのかという話を必ずするようにした。 で、↑の便所マークは竹中工務店の設計担当者は当初から頭に入れていたか、予定外・想定外だったか? どちらでしょう。 「有名建築家」というような人の設計の建物では、その建物の使い勝手なんかどうでもいい、みたいな設計がしばしばあって、デザインがいいか悪いかはさておき、施主・利用者のためにならないような建物は、それは建築と言えるのか疑問を感じるものもあります。 建物は利用するためのものですから、特に神社の休憩所などは、お年寄りも目の不自由な人も来る所ですから、便所マークもでっかいものを貼る必要が出てきます。 さて、竹中工務店の設計担当者としては、↑の便所マークは「予定のうち」だったか「想定外」だったか、どちらでしょうね。
竹中工務店のホーム―ページの「設計担当者の思い」http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html に、東京本店設計部の垣谷信彦さんという人の発言が出ていますが、今一つ、設計担当者として述べるべきことをきっちりと述べられていない、という点は物足りません。 最初に神社の静逸な雰囲気に感動したというのはわかりましたが、せっかく、ホームページに「設計担当者の思い」という欄を作ってもらっているのですから、その上で、この建物を設計するにあたり、どういう方針で設計したか、どういう点に工夫をしたか、どこに苦労したか、完成後、予定外だったものはあったか・・といったことを述べるべきですね。 ↑で私が述べたようなことを文章にする能力はこの人にはなかったのでしょうか。 建物はけっこう気に入ったのですが、申し訳ないが、HPの文章は物足りません。
「神嶽山神苑」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23703282009.html?nav03_07
↑ 神嶽山神苑は社殿の北側にあり、社殿と西翼廊の西側の「馬場」を北に進んで行くと、右手(東)に↑の「外門」があり、ここから入ることになります・・・・が、≪入苑は、各種御祈願・大祓祈願申し込みの皆様に限りご案内しております。≫ということで、神苑に入苑させてもらうためにお祓いを申し込むというのもいかがなものかと思い、入苑はいたしませんでした。 ↑は「外門」です。 「設計 日本造園設計」で「施工 竹中工務店」ということですが、落ち着いた神社の庭園にふさわしい建物ではないかと思います。 2009年築だそうだ。
「管理棟」 http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23201932013.html?nav01_09 、http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html
「管理棟」はどこなのか? 神社の関係者が使用する建物であって参拝者用の建物ではないので、寒川神社のホームページを見ても、由緒書きにも、また、案内も出ていません。 客殿の祈願受付所で尋ねて教えてもらいました。
社務所棟・客殿の北東方向。 あくまで、管理棟であって一般参拝者が入場する場所ではなく、東側の道路から神社への入口は「関係者以外立入禁止」ですが、東側の道路から道路面は見えます。↓
↑ 「管理棟」 東側の道路にて、北東側から見たもの。
↑ 「管理棟」 東側の道路にて、南東側から見たもの。 2013年築らしい。
↑ まあ、「管理棟」なので、「目立たず騒がずの建物」ということなのでしょうね。
かつて、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダ エスバイエルホーム(株)〕では、「創業者の小堀林衛は竹中工務店の設計部にいた」と言っていたのです。 私の父なんぞは、1960年代後半、小堀住研(株)で自宅を建てた際、営業から言われて本気にしていたのです。 ところが、父の勤め先が竹中工務店で社屋を新築した際に、竹中工務店で担当だった人にその話をしたところ、「なんか、そんなことを言うとるらしいですなあ」という返事だったそうなのです。
「なんか、そんなことを言うとるらしいですなあ」とはどういうことか・・・。 私自身が小堀住研(株)に入社して、従業員の間での話を聞くと、結論として、小堀住研(株)の創業者の小堀林衛さんは竹中工務店で設計なんかしていないらしい。 ただ、竹中工務店の工事のなんらかの仕事をしていたらしく、竹中工務店のデザインがいいと思って、自分もあのようなデザインの良い家を作りたいと思って小堀住研(株)を始めた、というのは嘘ではないらしいが、設計なんかやっていない。 小堀林衛さんがトラックの運転手をやり、2代目の社長で「甥っ子」ということにしていたけれども、実際は甥ではなく「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だかの中島昭午が隣に乗ってトラックの助手をやって運送屋でカネをためて、小堀住研(株)の前身の三成工業だかいう会社を作って、後に小堀住研(株)に社名を変え、阪急神戸線の「西宮北口」駅のそばに本社を持って、阪急沿線の住民で「中の上」くらいのサラリーマンに「小堀の家」として、「小堀で家を建てた」というのが一種のステータスのように思わせて伸び、大阪駅の目の前、大阪市地下鉄谷町線の「東梅田」駅を上がってすぐの場所に本社ビルを獲得した・・・あたりまでは良かったのかもしれないが、その後、ガタガタガタ・・・となって富士銀行から破産管財人みたいな社長を送り込まれ、本社ビルも売り飛ばし、会社の評価も下がり、ヤマダ電機に買い取ってもらうことになったようだ。もはや、かつての「高級住宅の小堀」であった時代の良さはなくなり、その頃に建てた入居者からも「もう、あの会社には、前のようなところはありませんよ」と見捨てられ、「あそこに本社の建物がある限り、大丈夫でしょ」とか言われていた本社ビルも売り飛ばして、さっぱり・・・・。
で、落ち着いて考えてみると、竹中工務店の設計部というのは、北野高校から京大の建築学科に進学した人から聞いたのだが、京大の建築学科でも竹中工務店の設計部に入りたいと思えば、大学院の修士卒ならいいが、学部卒ではなかなか入れない、竹中工務店には入れたらいいのになあと京大の建築学科あたりを卒業する人が思っては入れたりは入れなかったりする所であって、最終学歴高卒の小堀林衛さんが勤めていたというのは話としておかしいのだ・・・が、「言った者勝ち」みたいに言っていた時期があって、本気にする人も一時はあったらしい・・・・が、嘘でも吹きまくればいいみたいな人間が多くなると、やっぱり会社はだめみたいだな・・。
1960年代後半に小堀住研(株)で建てた我が家だが、「設計の小堀、技術の小堀、デザインの小堀」とこれも「言った者勝ち」みたいに言っていて、「新進気鋭の設計士」というのが設計したということで、たしかにデザインは凝っていた。 入居直後、前の道を通っている人が「こんな家に、一回、住んでみたいわ」とか言いながら通っていることがあった。 父はそういうのを喜んでいた・・・・が、落ち着いて考えてみると、変な間取りの家だ。住む人間のことなんか考えてないみたいで、なぜ、こうなのか、どういう理由でこうなのか、というのがはっきりしない、「設計の小堀」と吹きまくっていたわりには、配慮が足らないところが多い家だった。
しかし、「高級住宅の小堀」の建物だけに考えてあったところもある。 いつであったか、電気の配線の工事でだか、業者に来てもらって1階の天井裏を見てもらったところ、和室の天井の上に石綿がしいてあると言うのを見て、その時の業者が「この家は、和室の天井の上に石綿がしいてある」と感心していたということがあった。 (株)一条工務店では、「防火のためを考えると和室の天井は杉板を貼るとかよりも、『不燃天井版』という石膏ボードに木目をプリントした紙を貼り付けたものを使用した方がいい」と言っていたのだが、石膏ボードに木目を印刷した紙を貼った「不燃天井版」は比較的安価で防火性能もいいのだけれども、本物の木の板を和室の天井板に使用すると防火性能が悪いかというと、実はそうではなく、木の板の天井版の上に防火材を敷けば良いのである。 1960年代後半に小堀住研(株)で建てた我が家の和室の天井は、本物の木の天井板の上に防火材として石綿を敷いていたのであった。 石綿はその頃は「火に強い」というプラスの面が言われていて、飛び散った際に石綿の繊維を吸い込むと、肺の壁に石綿の繊維がささって、そこから肺がん・中皮腫になる危険があるというマイナス面はあまり言われていなかったので、1960年代後半に建てた家の和室の天井板の上に石綿をしいていたのだが、今では石綿は使用禁止になったはずで、使えないし使うべきではないが、他にも不燃材はあるわけです。 本物の木の板を和室の天井に使用しても、その上に不燃材を敷けばいいことであり、「不燃天井版」という石膏ボードに木目をプリントした紙を貼ったものでないといけないということはないはずで、他にも選択肢はあるはずです。
それにしても、サラリーマンでしかない父としては、「中の上」くらいの家を頑張って建てたわけだ。 「小堀の家」「小堀で家を建てた」というヤツを。 ところが、その後、小堀住研(株)は「高品質低価格」の「ハウス55」というのを始め、1980年代後半においては、東京圏では「比較的安い価格帯の会社」と思う人も出てきた。 1992年に(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に入った年、浜松から自己都合の転勤をさせてもらって東京営業所に移ってきたその年に新卒入社したO野田くん(男。当時、20代前半)が、「エスバイエルは安物ですよ」と事務所内で言いまくっていたのだが、彼が住宅建築業の会社に勤めていないのなら、「安物の会社」とO野田くんに思われていたエスバイエル(株)の会社の経営が悪いということになるし、実際、エスバイエル(株)の経営者の判断能力が拙劣であるから衰退しつぶれたのだが、O野田くんが住宅建築業の会社に勤めていたのである以上、その頃まではまだ、高級志向の建物も建てていて、「小堀ならではのデザイン」の建物もあったにもかかわらず、エスバイエル(株)の建物の内容を知らないというのはO野田くんが不勉強であるということであり、新卒入社1年目でそれではというものだったが、同時に、「エスバイエルの建物は安もんですよ。 安もん。」と言いまくっていたのだが、何の恨みがあるのか知らないが、実物を見たこともないくせに人の家をよくも「安もん」「安もん」と言ってくれたものだ。何とも無礼な話だ。 私が小堀住研(株)に在籍した時でも、自宅を他の住宅建築会社で建てた後に小堀住研(株)に入社したという人もいたが、その人に向かって、「◇◇は安もんですよ、安もん」などと私は言ったことは一度もない。 実際にどうであるかにかかわらず、その人はそこがいいと思ってその時は建てた家であり、人の家を「安もんですよ、安もん」だのと言うというのは社会人としておかしい、と思うのだが、(株)一条工務店の経営者はそういう人間が好きなようだった。
同業他社とその商品を批判するにしても、それは論拠をあげて論理的に問題点を指摘するなら悪くもないかもしれないが(それでも、人によっては、悪印象を受ける人もあるので注意が必要だが)、「安もん」「安もん」とか悪口雑言を浴びせるという姿勢は感心しない。 O野田くんは顧客に対してもこの調子で話していたようだが、顧客もこういった罵詈讒謗というものは聞いても良い印象は持たないと思うのだが、O野田くんは浜松の営業所で、その時点で通算契約棟数2位だったH松さんの隣の席に8月途中まで座らせてもらってH松さんの指導を受けたということだったが、同業他社に論理も何もない悪口雑言を浴びせるというのを指導されたのだろうか。 そうだとすれば、H松さんも通算契約棟数2位であっても、その点は評価できないことになる。 私が会った時は、そういうことはするべきじゃないとH松さんの方が言ったと記憶しているのだが。
↑ 設計者がどこか不明だが、「管理棟」の北側の建物も、周囲に同化し、「目立ちすぎない」建物となっている。
小堀住研(株)の初代の小堀林衛さんは、竹中工務店のデザインがいいと思った、というのだが、これまで、竹中工務店が建てたものとしては、大阪万博の東芝I H I 館(1970年)を見たことがあるが、あれは設計者は黒川紀章で施工が竹中工務店だったはずだ。 アベノハルカス は写真で見る限りではあまりいい印象はない。 寒川神社「休憩所 鎮守の杜『Koyo(紅葉)』」は悪くないと思うが、これだけで判断はできない。 機会があれば、さらに検討してみよう。
次回http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_5.html 、境内外の桜、椿。目久尻川の花を見ながら、宮山駅に向かいます。 (2016.4.4.)
☆ 寒川神社参拝
1. 寒川駅から、二之鳥居、三之鳥居と神池橋。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_1.html
2. 神門、拝殿。黒松。人形奉斎殿。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_2.html
3. 方位盤と渾天儀、土産店の筋交い。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_3.html
4. 竹中工務店設計「鎮守の杜「Koyo」他。〔今回〕
5. 境内外の桜。椿。目久尻川。宮山駅。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_5.html
竹中工務店 のホームページhttp://www.takenaka.co.jp/ の「建築作品」⇒「宗教 伝統」⇒「寒川神社 管理棟 休憩所 鎮守の杜「Koyo(紅葉)」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23201932013.html?nav01_09 には、宮山神社の北にある「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」と管理棟が「設計施工 竹中工務店」として、「竣工年」⇒「2009年」⇒「寒川神社 神嶽山神苑」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23703282009.html?nav03_07 に、「神嶽山神苑」が「設計 日本造園設計」「施工 竹中工務店」として出ており、「竹中工務店 デザインを語る 寒川神社 管理棟 休憩所 鎮守の杜「Koyo(紅葉) 設計担当者の思い」http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html に、東京本店設計部の垣谷信彦さんという人の発言が出ています。
まず、「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23201932013.html?nav01_09 、http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html
↑ 「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」 東から見たもの。
↑ 北東側から見たもの。
↑ 南東側から見たもの。
寒川神社の三之鳥居や神池のすぐ西側に立地し、寒川神社に近い東面と東寄りの北面、それに宮山神社の側である東寄りの南面と、寒川神社・宮山神社に近い東寄りの3面がガラス張りになっています。 1階の北側の西側(寒川神社から遠い側)、駐車場に近い場所にトイレがあります。 売店利用者も駐車場利用者もトイレを使用しやすい配置としているあたりはよく考えられています。 2013年築だそうです。
1階が売店で、2階にレストラン(食事と喫茶の店)があり、2階のレストランは寒川神社・宮山神社の側のガラス張りの部分にカウンターがあって、寒川神社・宮山神社を臨みながら飲食ができるようになっています。 東寄り(寒川神社の側)にテラス席もあり、今は花粉症の季節なので私は屋内で飲食しましたし、まだ少々寒かったので外で飲食している方はありませんでしたが、花粉の季節が過ぎれば、晴天時は東寄りのテラス席は寒川神社を臨みながら2階の屋外で飲食ができることになります。 1998年、ミラノに行った時、ミラノ大聖堂(ミラノのドゥオモ)の隣にリナシェンテという百貨店があってリナシェンテデパートの食堂で食事をとったのですが、リナシェンテの食堂の窓からはミラノ大聖堂の尖塔が間近に見え、地上から見たものとはまた違った迫力のある景観を見ながら食事ができました。 カトリックの教会では、ミラノ大聖堂でも屋上に登ることができ、他にもローマのサン=ピエトロ寺院、ロンドンのセント=ポール寺院他、屋上に上がることができる教会は多く、教会堂の上に乗るのはけしからんとか、上から見てはならないとかいう考え方はないようですが、神社の場合は、その神社にもよるかもしれませんが、見上げるのは良いが見下ろすものではないという考え方がありますが、この「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」の場合は2階建てで、2階からは寒川神社の杜の樹木や花は見えても社殿その他の建物を見下ろすようにはなりません。
前川國男設計の熊本県立美術館〔⇒[第271回]《船場菅原神社(熊本市)と熊本県立美術館(前川國男)、熊本市立博物館(黒川紀章)、旧・細川刑部邸 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201406/article_7.html [4] 前川國男 設計「熊本県立美術館」〕は、「主役は熊本城、美術館は従」という前提で目立ちすぎないように配慮したデザインで作られ、それでいて美術館に占有のスペースに入ると美術館独自の雰囲気となり、かつ、美術館のロビーは屋外の木々の延長のように丸の柱が立っています。 主役ではないので目立ちすぎないように、かつ、「主役ではないので目立ちすぎないように」というのは「いいかげんなデザイン」という意味ではなく、目立ちすぎないデザインでありながら、よく見ると「こんなところにも工夫があるんだ」と感動する建物ですが、「休憩所 鎮守の杜 Koyo(紅葉)」もまた、主役は東側の寒川神社であると心得て、「目立ちすぎない」デザインであり、それでいて、センスの良さを発揮しようとした建物であり、そのあたりはなかなかのものです。
東側の寒川神社との調和を考えて、「和」の雰囲気を持ちながらも、同時に神社の境内ではなく道を隔てた向かいの位置で、神社と逆側には神社とは関係のない建物も建っている場所であることから、完全な神社建築ではなく、「和」の雰囲気を部分的に持ちながらも現代的な要素も併せ持つ建物となっています。
↑ 北西側から(北側の駐車場内から)見たもの。
さて、この北西側からの写真を見ると、でっかい便所マークが目立ちます。 トイレはどこだ? と捜す人がいるのでしょう。 わかりやすいように、目が少々不自由な人にもわかりやすいように、この大きさで表示しているのでしょう。親切です。 しかし、「建築家」としては、予定外だったかもしれません。 愛知産業大学の守屋先生から教わったものですが、建築は、最後の最後、消防の侵入口を示す三角マークを窓に貼られてデザインが台無しになる時がある。 それは必要なもので、貼らさないわけにもいかないが、デザインの点ではマイナスになる時がある。 だから、最初からそういったものを頭に入れて造形しなければならない、と。 私も戸建住宅建築業の会社に勤め、最後の最後に屋根のてっぺんにテレビアンテナが立ってしまって「あ、あ、あ・・・・」と思った経験があり、それ以降、図面決定までにテレビのアンテナはどうするのかという話を必ずするようにした。 で、↑の便所マークは竹中工務店の設計担当者は当初から頭に入れていたか、予定外・想定外だったか? どちらでしょう。 「有名建築家」というような人の設計の建物では、その建物の使い勝手なんかどうでもいい、みたいな設計がしばしばあって、デザインがいいか悪いかはさておき、施主・利用者のためにならないような建物は、それは建築と言えるのか疑問を感じるものもあります。 建物は利用するためのものですから、特に神社の休憩所などは、お年寄りも目の不自由な人も来る所ですから、便所マークもでっかいものを貼る必要が出てきます。 さて、竹中工務店の設計担当者としては、↑の便所マークは「予定のうち」だったか「想定外」だったか、どちらでしょうね。
竹中工務店のホーム―ページの「設計担当者の思い」http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html に、東京本店設計部の垣谷信彦さんという人の発言が出ていますが、今一つ、設計担当者として述べるべきことをきっちりと述べられていない、という点は物足りません。 最初に神社の静逸な雰囲気に感動したというのはわかりましたが、せっかく、ホームページに「設計担当者の思い」という欄を作ってもらっているのですから、その上で、この建物を設計するにあたり、どういう方針で設計したか、どういう点に工夫をしたか、どこに苦労したか、完成後、予定外だったものはあったか・・といったことを述べるべきですね。 ↑で私が述べたようなことを文章にする能力はこの人にはなかったのでしょうか。 建物はけっこう気に入ったのですが、申し訳ないが、HPの文章は物足りません。
「神嶽山神苑」http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23703282009.html?nav03_07
↑ 神嶽山神苑は社殿の北側にあり、社殿と西翼廊の西側の「馬場」を北に進んで行くと、右手(東)に↑の「外門」があり、ここから入ることになります・・・・が、≪入苑は、各種御祈願・大祓祈願申し込みの皆様に限りご案内しております。≫ということで、神苑に入苑させてもらうためにお祓いを申し込むというのもいかがなものかと思い、入苑はいたしませんでした。 ↑は「外門」です。 「設計 日本造園設計」で「施工 竹中工務店」ということですが、落ち着いた神社の庭園にふさわしい建物ではないかと思います。 2009年築だそうだ。
「管理棟」 http://www.takenaka.co.jp/majorworks/23201932013.html?nav01_09 、http://www.takenaka.co.jp/design/voice/26/index.html
「管理棟」はどこなのか? 神社の関係者が使用する建物であって参拝者用の建物ではないので、寒川神社のホームページを見ても、由緒書きにも、また、案内も出ていません。 客殿の祈願受付所で尋ねて教えてもらいました。
社務所棟・客殿の北東方向。 あくまで、管理棟であって一般参拝者が入場する場所ではなく、東側の道路から神社への入口は「関係者以外立入禁止」ですが、東側の道路から道路面は見えます。↓
↑ 「管理棟」 東側の道路にて、北東側から見たもの。
↑ 「管理棟」 東側の道路にて、南東側から見たもの。 2013年築らしい。
↑ まあ、「管理棟」なので、「目立たず騒がずの建物」ということなのでしょうね。
かつて、小堀住研(株)〔→エスバイエル(株)→ヤマダ エスバイエルホーム(株)〕では、「創業者の小堀林衛は竹中工務店の設計部にいた」と言っていたのです。 私の父なんぞは、1960年代後半、小堀住研(株)で自宅を建てた際、営業から言われて本気にしていたのです。 ところが、父の勤め先が竹中工務店で社屋を新築した際に、竹中工務店で担当だった人にその話をしたところ、「なんか、そんなことを言うとるらしいですなあ」という返事だったそうなのです。
「なんか、そんなことを言うとるらしいですなあ」とはどういうことか・・・。 私自身が小堀住研(株)に入社して、従業員の間での話を聞くと、結論として、小堀住研(株)の創業者の小堀林衛さんは竹中工務店で設計なんかしていないらしい。 ただ、竹中工務店の工事のなんらかの仕事をしていたらしく、竹中工務店のデザインがいいと思って、自分もあのようなデザインの良い家を作りたいと思って小堀住研(株)を始めた、というのは嘘ではないらしいが、設計なんかやっていない。 小堀林衛さんがトラックの運転手をやり、2代目の社長で「甥っ子」ということにしていたけれども、実際は甥ではなく「メカケの子」だか「メカケの娘の婿」だかの中島昭午が隣に乗ってトラックの助手をやって運送屋でカネをためて、小堀住研(株)の前身の三成工業だかいう会社を作って、後に小堀住研(株)に社名を変え、阪急神戸線の「西宮北口」駅のそばに本社を持って、阪急沿線の住民で「中の上」くらいのサラリーマンに「小堀の家」として、「小堀で家を建てた」というのが一種のステータスのように思わせて伸び、大阪駅の目の前、大阪市地下鉄谷町線の「東梅田」駅を上がってすぐの場所に本社ビルを獲得した・・・あたりまでは良かったのかもしれないが、その後、ガタガタガタ・・・となって富士銀行から破産管財人みたいな社長を送り込まれ、本社ビルも売り飛ばし、会社の評価も下がり、ヤマダ電機に買い取ってもらうことになったようだ。もはや、かつての「高級住宅の小堀」であった時代の良さはなくなり、その頃に建てた入居者からも「もう、あの会社には、前のようなところはありませんよ」と見捨てられ、「あそこに本社の建物がある限り、大丈夫でしょ」とか言われていた本社ビルも売り飛ばして、さっぱり・・・・。
で、落ち着いて考えてみると、竹中工務店の設計部というのは、北野高校から京大の建築学科に進学した人から聞いたのだが、京大の建築学科でも竹中工務店の設計部に入りたいと思えば、大学院の修士卒ならいいが、学部卒ではなかなか入れない、竹中工務店には入れたらいいのになあと京大の建築学科あたりを卒業する人が思っては入れたりは入れなかったりする所であって、最終学歴高卒の小堀林衛さんが勤めていたというのは話としておかしいのだ・・・が、「言った者勝ち」みたいに言っていた時期があって、本気にする人も一時はあったらしい・・・・が、嘘でも吹きまくればいいみたいな人間が多くなると、やっぱり会社はだめみたいだな・・。
1960年代後半に小堀住研(株)で建てた我が家だが、「設計の小堀、技術の小堀、デザインの小堀」とこれも「言った者勝ち」みたいに言っていて、「新進気鋭の設計士」というのが設計したということで、たしかにデザインは凝っていた。 入居直後、前の道を通っている人が「こんな家に、一回、住んでみたいわ」とか言いながら通っていることがあった。 父はそういうのを喜んでいた・・・・が、落ち着いて考えてみると、変な間取りの家だ。住む人間のことなんか考えてないみたいで、なぜ、こうなのか、どういう理由でこうなのか、というのがはっきりしない、「設計の小堀」と吹きまくっていたわりには、配慮が足らないところが多い家だった。
しかし、「高級住宅の小堀」の建物だけに考えてあったところもある。 いつであったか、電気の配線の工事でだか、業者に来てもらって1階の天井裏を見てもらったところ、和室の天井の上に石綿がしいてあると言うのを見て、その時の業者が「この家は、和室の天井の上に石綿がしいてある」と感心していたということがあった。 (株)一条工務店では、「防火のためを考えると和室の天井は杉板を貼るとかよりも、『不燃天井版』という石膏ボードに木目をプリントした紙を貼り付けたものを使用した方がいい」と言っていたのだが、石膏ボードに木目を印刷した紙を貼った「不燃天井版」は比較的安価で防火性能もいいのだけれども、本物の木の板を和室の天井板に使用すると防火性能が悪いかというと、実はそうではなく、木の板の天井版の上に防火材を敷けば良いのである。 1960年代後半に小堀住研(株)で建てた我が家の和室の天井は、本物の木の天井板の上に防火材として石綿を敷いていたのであった。 石綿はその頃は「火に強い」というプラスの面が言われていて、飛び散った際に石綿の繊維を吸い込むと、肺の壁に石綿の繊維がささって、そこから肺がん・中皮腫になる危険があるというマイナス面はあまり言われていなかったので、1960年代後半に建てた家の和室の天井板の上に石綿をしいていたのだが、今では石綿は使用禁止になったはずで、使えないし使うべきではないが、他にも不燃材はあるわけです。 本物の木の板を和室の天井に使用しても、その上に不燃材を敷けばいいことであり、「不燃天井版」という石膏ボードに木目をプリントした紙を貼ったものでないといけないということはないはずで、他にも選択肢はあるはずです。
それにしても、サラリーマンでしかない父としては、「中の上」くらいの家を頑張って建てたわけだ。 「小堀の家」「小堀で家を建てた」というヤツを。 ところが、その後、小堀住研(株)は「高品質低価格」の「ハウス55」というのを始め、1980年代後半においては、東京圏では「比較的安い価格帯の会社」と思う人も出てきた。 1992年に(株)一条工務店http://www.ichijo.co.jp/ に入った年、浜松から自己都合の転勤をさせてもらって東京営業所に移ってきたその年に新卒入社したO野田くん(男。当時、20代前半)が、「エスバイエルは安物ですよ」と事務所内で言いまくっていたのだが、彼が住宅建築業の会社に勤めていないのなら、「安物の会社」とO野田くんに思われていたエスバイエル(株)の会社の経営が悪いということになるし、実際、エスバイエル(株)の経営者の判断能力が拙劣であるから衰退しつぶれたのだが、O野田くんが住宅建築業の会社に勤めていたのである以上、その頃まではまだ、高級志向の建物も建てていて、「小堀ならではのデザイン」の建物もあったにもかかわらず、エスバイエル(株)の建物の内容を知らないというのはO野田くんが不勉強であるということであり、新卒入社1年目でそれではというものだったが、同時に、「エスバイエルの建物は安もんですよ。 安もん。」と言いまくっていたのだが、何の恨みがあるのか知らないが、実物を見たこともないくせに人の家をよくも「安もん」「安もん」と言ってくれたものだ。何とも無礼な話だ。 私が小堀住研(株)に在籍した時でも、自宅を他の住宅建築会社で建てた後に小堀住研(株)に入社したという人もいたが、その人に向かって、「◇◇は安もんですよ、安もん」などと私は言ったことは一度もない。 実際にどうであるかにかかわらず、その人はそこがいいと思ってその時は建てた家であり、人の家を「安もんですよ、安もん」だのと言うというのは社会人としておかしい、と思うのだが、(株)一条工務店の経営者はそういう人間が好きなようだった。
同業他社とその商品を批判するにしても、それは論拠をあげて論理的に問題点を指摘するなら悪くもないかもしれないが(それでも、人によっては、悪印象を受ける人もあるので注意が必要だが)、「安もん」「安もん」とか悪口雑言を浴びせるという姿勢は感心しない。 O野田くんは顧客に対してもこの調子で話していたようだが、顧客もこういった罵詈讒謗というものは聞いても良い印象は持たないと思うのだが、O野田くんは浜松の営業所で、その時点で通算契約棟数2位だったH松さんの隣の席に8月途中まで座らせてもらってH松さんの指導を受けたということだったが、同業他社に論理も何もない悪口雑言を浴びせるというのを指導されたのだろうか。 そうだとすれば、H松さんも通算契約棟数2位であっても、その点は評価できないことになる。 私が会った時は、そういうことはするべきじゃないとH松さんの方が言ったと記憶しているのだが。
↑ 設計者がどこか不明だが、「管理棟」の北側の建物も、周囲に同化し、「目立ちすぎない」建物となっている。
小堀住研(株)の初代の小堀林衛さんは、竹中工務店のデザインがいいと思った、というのだが、これまで、竹中工務店が建てたものとしては、大阪万博の東芝I H I 館(1970年)を見たことがあるが、あれは設計者は黒川紀章で施工が竹中工務店だったはずだ。 アベノハルカス は写真で見る限りではあまりいい印象はない。 寒川神社「休憩所 鎮守の杜『Koyo(紅葉)』」は悪くないと思うが、これだけで判断はできない。 機会があれば、さらに検討してみよう。
次回http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_5.html 、境内外の桜、椿。目久尻川の花を見ながら、宮山駅に向かいます。 (2016.4.4.)
☆ 寒川神社参拝
1. 寒川駅から、二之鳥居、三之鳥居と神池橋。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_1.html
2. 神門、拝殿。黒松。人形奉斎殿。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_2.html
3. 方位盤と渾天儀、土産店の筋交い。 http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_3.html
4. 竹中工務店設計「鎮守の杜「Koyo」他。〔今回〕
5. 境内外の桜。椿。目久尻川。宮山駅。http://shinkahousinght.at.webry.info/201604/article_5.html




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