紅葉の大谷本廟(西大谷)参拝。大谷本廟の庭がこんなにきれいとは。及、ノバホールと無量寿堂はそっくり

[第372回]
大谷本廟(西大谷)に行ってきました。
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↑ 西大谷の紅葉がこんなにきれいとは思いませんでした。 
大谷本廟(西大谷)は、浄土真宗本願寺派で、≪ 大谷本廟(おおたにほんびょう)は、京都府京都市東山区にある浄土真宗本願寺派(西本願寺)の宗祖親鸞の墓所である。 ≫≪大谷本廟は、「日野誕生院」・「角坊」(すみのぼう)とともに「宗教法人 本願寺」が所有する飛地境内建物である≫(《ウィキペディア―大谷本廟》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E6%9C%AC%E5%BB%9F )ということだが、我が家は父方が浄土真宗本願寺派で、先祖のお骨もここに納めさせていただいたことがあるので、小さい頃から何度も来ていたのだが、こんなに紅葉がきれいとは思わなかった。 大谷本廟(西大谷)は、ウィキペディアによると、いわゆる、西本願寺の飛び地という性格のものらしいが、子供の頃の私の感覚では、「納骨堂」というイメージだったのだが、納骨堂はたしかにあるが、それだけの寺ではない。
   そもそも、なにゆえに、西本願寺と別に大谷本廟(西大谷)があるのだろう、さらに、東本願寺にも東本願寺と別に大谷祖廟(東大谷)があるのはどういうことだろう、と思ったのですが、存在する由緒があって存在しているようだ。
   どういう由緒かというと、村上重良『日本の宗教』(1981.3.20.岩波ジュニア新書)には、
≪ 親鸞は、京都の北大谷に葬られましたが、のち大谷の吉水に改装されました。 墓所には堂をつくって親鸞の画像を安置し、娘の覚信尼が住みました。 のち亀山天皇は、この廟堂に久遠実成(くおん じつじょう)阿弥陀本願寺の寺号を授け、これが本願寺の起源となりました。 親鸞は、生涯ひとつの寺院もつくらず、新しい宗派をひらく意志もありませんでしたが、その没後、東国では高田派、曾根派、鹿島派などの小さい信者集団が育っていきました。 鎌倉末期に本願寺をついた覚如(かくにょ)(1270―1351)は、東国の各派をまとめ、本願寺を中心とする教団の形成をすすめましたが、真宗(本願寺教団)の本格的な発展は室町時代を待たねばなりませんでした。 ≫ と出ています。 
  親鸞が葬られたのは、大谷本廟の場所そのものというわけでもないようですが、その流れによるもののようで、大谷本廟のホームページの「沿革」http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/html/n1c1.html にもそのあたりについて述べられています。

  それでは、京都駅の北にある西本願寺・東本願寺というのは、あれは何だというと、
≪ 1592(文禄元)年、豊臣秀吉が土地を寄進して、京都六条堀川に本願寺が再建されました。 1602(慶長7)年、江戸幕府は、真宗を東西に二分して統制するため、京都烏丸六条に、べつに本願寺をつくらせました。 堀川の方は西本願寺とよばれ、のち浄土真宗本願寺派の本山となり、烏丸の方は東本願寺とよばれて、真宗大谷派の本山となりました。≫(村上重良『日本の宗教』1981. 岩波ジュニア新書)
   浄土真宗には、現在、「真宗教団連合」という組織に加入している派が10派あって、それ以外に分派したものがある(⇒《ウィキペディア―浄土真宗》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%84%E5%9C%9F%E7%9C%9F%E5%AE%97 )のですが、特に、浄土真宗本願寺派 と 真宗大谷派 についてですが、どっちが西本願寺でどっちが東本願寺なんだ? て思いませんか。 今でこそ、私はわかっていますが、若い頃、本願寺派とか大谷派とか言われても、どっちも本願寺だし、「大谷」も大谷本廟と大谷祖廟があるじゃない。 ややこしい言い方せんと、もうちょっと、西本願寺派と東本願寺派とかわかりやすい言い方できんもんか・・とか思いました。
   大谷本廟は京都の東山にあるので、東大谷かというとそうではなく、西大谷なのです。 では、東大谷はあるのかというと、大谷祖廟というものが円山公園とか知恩院の南のあたり、高台寺より北のあたりにあります。 西大谷も東大谷も東山、京都の東の方にあって、西大谷と東大谷なら西大谷の方が南、東大谷の方が北にあるのに、なんで、南大谷、北大谷と言わないのかというと、西本願寺の大谷が西大谷(大谷本廟)で、東本願寺の大谷が東大谷(大谷祖廟)らしいのです。
   で、どっちも本願寺でどっちも大谷なのに、なんで、片方が本願寺派でもう片方が大谷派なのか? というと、「いわゆる西本願寺」は「浄土真宗本願寺派本山 本願寺」らしいのです。 俗に言う西本願寺は正式名称としては本願寺らしい。 それでは、東本願寺は本願寺ではないのかというと、正式には「真宗大谷派本山 真宗本廟」らしい。(《東本願寺HP 東本願寺とは 東本願寺(真宗本廟)》http://www.higashihonganji.or.jp/about/higashihonganji/ ) しかし、それにしても、正式には「真宗本廟」であったとしても、世間一般には「東本願寺」で通っているわけで、どっちも本願寺でどっちにも大谷があるのに、片方が本願寺派でもう片方が大谷派とはいかにもややこしい・・・ような気がするが、西本願寺(浄土真宗本願寺派本山 本願寺)・大谷本廟(西大谷)が本願寺派、東本願寺(真宗本廟)・大谷祖廟(東大谷)が大谷派です。
   東山にあっても西本願寺の大谷は西大谷なのですが、大阪には南御堂、北御堂というのがありまして、これは南本願寺の御堂が南御堂で北本願寺の御堂が北御堂なのかというと、南本願寺・北本願寺などというものはないわけで、北御堂(津村御堂)が西本願寺(浄土真宗本願寺派)、南御堂(難波御堂)が東本願寺(真宗大谷派)で、ここでは西本願寺の派か東本願寺の派かではなく実際の大阪での位置関係から南・北が言われています。 なんとも、ややこしい。
   整理すると、
浄土真宗本願寺派―[京都では]本願寺(西本願寺) ―大谷本廟(西大谷)―[大阪では]北御堂(津村御堂、津村別院)―[東京では]築地本願寺
真宗大谷派―[京都では]大谷本廟(東本願寺)―大谷祖廟(東大谷)―[大阪では]南御堂(難波御堂、難波別院)
整理しても、まだまだ、ややこしい。大阪の難波御堂の最寄駅は地下鉄御堂筋線の「難波(なんば)」ではなく「本町(ほんまち)」だし・・。
さらに、東本願寺というのは、京都の京都駅の北のあたりにある「真宗本廟」のことだと思って、インターネットで検索すると、東京の浅草にも東本願寺を名のっているお寺があるのです。 これは、「騙り」かというと、そういうわけでもなく、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺http://www.honganji.or.jp/docs/about/honzan.shtml というそうで、もとは真宗大谷派で、大阪で本願寺派が北御堂、大谷派が南御堂であるように、東京では築地本願寺が本願寺派で浅草にある現在は東本願寺を名のっているお寺が大谷派だったらしいのですが、どういう経緯かよくわかりませんが、大谷派を離脱して、今は、浄土真宗東本願寺派本山東本願寺 となっているようです。

   その問題はこのあたりまでにいたしまして、けっこう由緒のある場所で、史跡もけっこうあるのだが、今回は、今まで何度も来た大谷本廟(西大谷)の紅葉がこんなにきれいとは今まで知らなかったので、今回のブログにおいては、紅葉を中心に作成・公開します。


   大谷本廟(西大谷)のすぐ北に、清水寺があり、大谷本廟(西大谷)のすぐ隣ということもあって子供の頃から何度か行ってきたのだが、最近、行って見ると、人手がすごい、というのは良いのか悪いのかよくわからないところがあって、あまりにも難しいことを言われてしまうと私などもお寺の仕事をしている者ではないので不作法なことをしてしまうこともないとはいえないので、あまり厳しいことを言われてしまうと行けなくなってしまうのだが、史跡であり観光名所になっていても、そこはお寺であり宗教施設であるということは認識するべきだと思うのだ。 ところが。 東寺に行って、講堂に入ると、そこに「ぞくっとしたのは冬の寒さだけが原因だろうか」という文句の京都のポスターが貼ってあって、そこには東寺の写真が掲載されていたのだが、たしかに、東寺は「ぞくっとする」迫力があった。 そして、それは寺として「ぞくっとする」ものだった。 それに対して、清水寺は、いつのまにやら、テーマパークみたいな雰囲気になってしまって、人手が多いということ自体が悪いということではないとしても、何しに来たんだろう・・て感じの人、太秦の映画村にでも行った方がいいんじゃないて感じの人の割合が大きいような印象を受けた。 そう思っていると、最近、ヤフーニュースで、清水寺で女性のスカートの中を盗撮する男が続出しているという記事が出てきたのを見た。 なんだか、変な状況になっている。 坂上田村麻呂の蝦夷征討により京都に連れられてきて殺された蝦夷の首領・アテルイとモレの遺跡などもある。 おねえちゃんのスカートの中よりも、そこにはもっと見るべきものがあるのではないか、という気もする。 北野高校の1年の時、地理のH先生が、「日本のサラリーマンは、出張で遠くに行った時、電車の中で何をしとる? 週刊誌読んどるだろう。 せっかく、普段と違う場所に行ったのなら、窓から外を見ておけばいいのに。 窓から外を見れば、あそこにあんなものがある、ここにこんなものがあるとわかっておもしろいのに。 週刊誌なんて、帰ってからでも見れるだろうに」と話されたことがあった。 おねえちゃんのスカートの中なんて他でも見れる? かどうかはともかく、清水寺に来たら他に見ておくべきものがあると思う。
   さらに、清水寺の本堂の後ろに地主神社というのがあるのだが、いつの頃からか「恋愛成就の神さま」として売り出してしまったため、行って見ると、「神社かお守り売り場かわからん」状態。 何かのバーゲンセールみたいにおねえちゃんいっぱい! なんじゃ、こりぁ、て感じ。 なんか、最近の清水寺はおかしい・・と思った・・ら、「盗撮の名所」になっているというのだが、何もお寺でやらなくたって、他でやれば? なんて言ったらいかんのかもしれんが、何もお寺でやらんでもという気もする。
   で、それに対し、西本願寺は観光客も清水寺ほどではないがけっこう来るが、大谷本廟(西大谷)は観光寺院ではないので、来場者は浄土真宗本願寺派と何らかの縁がある人が多く、高台寺みたいに雑誌にいっぱい載ってるということもないので、けっこう紅葉がきれいで、入場するのに拝観料を求められることもないのだが、観光客で動くのが大変なんてこともない。

   場所は、「清水寺のすぐ南」と言うとすぐわかるだろうと思って話すと、「清水寺てどこにあんのお?」とかいうやからがいたりする。 「清水寺はやなあ。東山のやなあ。 五条の東のあたりでやなあ。 円山公園とか知恩院とか八坂神社より南、三十三間堂より北のあたりやがな」と言うと、「円山公園てどこにあんのお?」とか言いくさるやつがおる。 在来木造の一条工務店にいた時だが、一条工務店では、巾木とかドア枠とかにマトアという堅い木を使用していて、これがひとつの「売り」だったのだが、これはパプアニューギニアとかソロモン諸島とかでとれるらしいのだが、カリモク家具がこのマトアのことを「ソロモンマホガニー」などと勝手に名付けており、一条工務店もそれに乗じて「ソロモンマホガニー」などと言い、カタログにも書いていた。 但し、一条工務店の営業には「ソロモン諸島産のマホガニーです」などとお客様に説明する者がけっこういたが、それはウソだ。 ソロモン諸島でマホガニーなどとれない。 マホガニーとは、別名「メキシカンマホガニー」とか「ホンジュラスマホガニー」とか言われ、中南米でとれる銘木であり、ニューギニアやソロモン諸島でとれるマトアはマホガニーとはまったく別の木だ。 雁屋哲の『美味しんぼ(おいしんぼ)』で、登場人物が、ヒラタケを「しめじ」と言ったり、「なめたけ」とは小さい瓶詰のものを言うと都会の多くの者が思っていたりするが、ヒラタケとシメジは別のきのこであり、なめ茸は、小さい状態で味付けした瓶詰のものもなめ茸ではあるが、山ではもっと大きくなり大きななめ茸もおいしいという話があり、なめ茸の方はまだ小さい瓶詰のものもなめ茸であるし、あれはあれでおいしいが、ヒラタケをシメジというのはおかしい。 特に、ヒラタケはヒラタケでおいしいのに、シメジでもないヒラタケをシメジと言って売るというのはおかしい、という話が出ていたが、材木業界でも同様のことがあって、桧と同じ種類でけっこう強度はあるがもともと桧より安い別の木であるポートオルフォードシーダーのことを東日本ハウスでは「アメリカ合衆国から輸入していますから桧でも安いんです」などと嘘をついていたようだし(桧は日本列島の北は福島県、南は台湾中部までにのみ生える木で、「アメリカ合衆国産の桧」なんてものはありません。よく言うと思います。)、桧と見た目は似ているが別の種類の木で桧のような強度はないスプルスをアラスカ桧と言ったり、そういうのがいっぱいあるようだ。 それで、カリモク家具が「ソロモンマホガニー」と言い、それに一条工務店が便乗して「ソロモンマホガニー」と言っていた「マトア」だが、「どこでとれる木なんですか」と質問されたことがあった。 それで、「パプアニューギニアとかソロモン諸島とかでとれる木です」と言うと、「パプアニューギニアとかソロモン諸島てどこにあるんですか」と言われ、「パプアニューギニアはニューギニア島の東半分と周辺の島で、ソロモン諸島はニューギニア島の北東のあたりにあります」と言うと、「わからない」と言うので、「ソロモン諸島は、かつて、第二次世界大戦の時に、日本軍が餓死したガタルカナル島に首都があって、ガタルカナル島とその周辺の島からなる国です。パプアニューギニアはニューギニア島の東半分と周辺の島からなりますが、ニューギニア島の北東にあるニューブリテン島にあるラバウルは、日本の軍歌の『ラバウル小唄』で『さらば、ラバウルよ』という文句があるラバウルです」と言うと、「ますますわからない」「ニューギニアてどこにあるの?」と言われ、「インドネシアの東の方にあるのがニューギニア島で、その北東にあるのがソロモン諸島です」と言うと、「インドネシアてどこにあるんですか」と言う。 こうなったら、いったいどう言えばいいんだと思い、「フィリピンの南の方です」と言うと、「なんだ、そうか。そう言ってもらえばすぐにわかるのに」と言われた。 要するに、おっさんにわかるのはフィリピンだけだったらしい、ああ、疲れた・・・・。 まるで、それみたい、大谷本廟(西大谷)の場所がわからないならしかたがないとして、「清水寺て京都のどこにあるの?」と言われたあかつきには、「あんた、何人やねん?」と言いたくなるし、さらに「円山公園とか八坂神社とか知恩院とかの南。三十三間堂、方広寺、智積院の北。建仁寺の東。」と言っても、関西人で「円山公園てどこにあんの?」だのと言うやつがいたりするので、そう言われたあかつきには「フィリピンの北じゃ」とでも言うてこましたろか、という気になるが・・・・、普通は清水寺くらいわかるよなあ・・。 わからんでも「円山公園・知恩院・八坂神社の南、三十三間堂の北」と言えば、だいたいどのあたりかくらいわかるよなあ・・・・と思うのだが、わからん人は、地図を見よう。↓



大谷本廟(西大谷)の住所は、大谷本廟のHPの「アクセス」http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/html/n1c5.htmlによると、京都市東山区五条橋東6丁目514 らしい。 電車の駅なら最寄駅は京阪本線の「清水五条」。かつては「五条」という駅名だったが、地下鉄烏丸線が通って地下鉄に「五条」という駅ができるとほぼ同時に京阪の方が「清水五条」という名前に変えた。 京阪は他にも「四条」⇒「祇園四条」とか、さらに、「神宮丸太町」とか、なかなかやるな・・という駅名をつけている。 京福電鉄も、広隆寺の目の前にあったかつては「太秦(うずまさ)」といっていた駅を、JRが山陰線に新たに駅を作って、後から作った駅なのに先から京福電鉄が使用している「太秦」という駅名を京福電鉄の「太秦」とは離れた場所の駅につけたところ、京福電鉄の方は「太秦広隆寺」という駅名に駅名を変えたり、なかなかやるな! て感じの駅名づけがある。 京阪本線は私が子供の頃は鴨川べりの地上を走っていたが今は地下を走っている。「清水五条」駅から地上に出て、東に向いて歩いて行くと大谷本廟の入口に着く。 大谷本廟(西大谷)はバスでは「五条坂」というバス停が最寄である。

   とりあえず、もったいつけずに写真を公開しよう。↓
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↑ 「大谷本廟」正面。 右の方に「大谷本廟」と書かれた石碑が立っている。 (写真はクリックすると大きくなります。)
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↑ 仏殿(本堂)。 1870年(明治3)再建。 ⇒《大谷本廟 大谷本廟について 境内地図》http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/html/n1c1p3.html

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↑ 明著堂(めいちょどう)。  1709年(宝永6)築。 親鸞の墓所である祖壇の前に位置する拝堂。  ⇒《大谷本廟 大谷本廟について 境内地図》http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/html/n1c1p3.html

   登山・ハイキングについて述べた本に、「ピストン登山は面白くない」ので、できるだけ、行きの経路と異なる経路で帰るようにしたい、と書かれたものがありましたが、そういう面もあるかもしれないけれども、そうでもないところもあるのではないかとも思うのです。 登山でも行きに見えるものと帰りに見えるものは同じではないわけです。 ・・・そして、大谷本廟(西大谷)でも、少々、不謹慎かもしれないけれども、今回のブログでは、あえて、紅葉を中心に述べることにさせていただくとして、帰りに見えるものは、行きに見えたものとはまた違います。↓
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 実際のところ、何度も来ておきながら、大谷本廟の庭がこんなにきれいとは今まで思わなかった。

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↑ 親鸞聖人像 (写真はクリックすると大きくなります。)
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  人生においても、若いころに見えるものと、ある程度以上の年齢になって見えるものは違うと思うのです。 大学に進学する頃、だから、ある程度以上の大学に行ったような親の息子・娘がうらやましかった。 親の力というものがある者とそうでない者とは違うと感じた・・・・が、そうでない親の子に生まれてしまった以上、しかたがない。 野村克也が、ラジオの野球解説で、選手として年齢がいってからの頭と若い頃の体があればと思いましたよ、と話していたことがあったが、自分の人生を考えても、若いころの活力と今の判断力の両方が同時にあれば・・などと思う時があるが、そうはいかないのだから、これもしかたがないのかもしれない。


   さて、↓ は何かご存知ですか?
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↑ 「世界的建築家 磯崎新」設計の「ポストモダンの集大成」と言われる つくばセンタービル の ノバホール・・・・ではなく、大谷本廟(西大谷)の「無量寿堂」という納骨堂です。↑ 我が家の先祖もお世話になっております。
で、つくばセンタービルのノバホール(茨城県つくば市)はというと、↓
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   「世界的建築家」というのは、音楽ホールの設計をする際に、「納骨堂のイメージ」で外観を考えるのだろうか。 音楽ホールというのは、中を決めてそれに合わせて外を決めると、「納骨堂みたい」な外観になりやすいというところはたしかにあるが、そうならないようにするのが建築家の能力ではないかと思うのだが、そうではなく、「納骨堂のイメージ」で音楽ホールを作るのが「世界的建築家」なのだろうか。 つくばセンタービルのノバホールの場合、形状だけでなく、色合いも「納骨堂色」ですよね!
    納骨堂が納骨堂みたいであるのは悪くないが、音楽ホールが「納骨堂みたい」で何か面白いか? 「世界の磯崎」の つくばセンタービル のノバホールは「納骨堂でないのに納骨堂みたい」だが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)http://www.freedom.co.jp/architects の家は、「交番でないのに交番みたい」「公衆便所でないのに公衆便所みたい」な軒のない箱型の家がほとんど。〔これを、[第262回]《高槻と箕面の交番と公衆便所。交番と公衆便所とフリーダムアーキテクツデザインの家はそっくり(^^♪  》http://shinkahousinght.at.webry.info/201510/article_12.html で述べました。〕  さらに、フリーダムアーキテクツデザイン(株)http://www.freedom.co.jp/ の設計で東京都墨田区で「新規担当」A木、「実施担当」E本で建てた某様邸は「ラブホテルでないのにラブホテルみたいな浴室」だった。センスの悪さがそこに出ている。 小堀住研(株)にいた時、私の担当ではないが、浴室の窓から坪庭が見えるという家があった。一条工務店にいた時、福島県いわき市草木台は各戸に温泉が配管されるという分譲地で、これも私の担当ではないが、造成の浴室には岩とまでいかないが大石を配置して温泉のような雰囲気をしつらえた家があった。 こういう浴室は戸建て専用住宅でも良いと思う。しかし、フリーダムアーキテクツデザイン(株)が設計で墨田区で建てた某様邸は、入居者が入居1年目ではまだ喜んでおられるからいいという見方もあるのかもしれないが、脱衣場兼洗面所と浴室との境目の壁と出入り口の扉がすべて透明で、入浴中に脱衣場兼洗面所から入浴中の姿が見える・・・・て、アホか! て感じ。 ラブホテルならともかく、ラブホテルでもないのに、そんなことして何がうれしい!?!  私が小堀住研(株)に入社1年目に担当させていただいたあるお宅では、ご主人が、娘が入浴中に洗面所が使えないから、狭くてもよいから、脱衣場と洗面所を分けてほしいと言われた。 一条工務店で建てていただいたあるお宅では、1階に浴室、2階にシャワールームを設置したが、娘が中学生になると、叔父さんが同居しているということで、その叔父さんは何か悪いことをする人でもないのだが、中学生の娘にとっては気になるらしく、叔父さんが住んでいる1階の浴室を使わずに、2階のシャワールームばかり使用しているという話を入居後に聞いた。プロの建築屋というものは、そういった話に謙虚に耳を傾け、それを入居者の家の設計に生かすべきものだと思う。 ところが、フリーダムアーキテクツデザイン(株)のA木とE本は、なんと、びっくらこっこ♪したことに、「ラブホテルでもないのにラブホテルみたい」な浴室、洗面所から浴室の内部が完全に見える浴室を作っていたのだ。 同社はホームページで「世界でただひとつの家」というコピーをうたっているが、そんなおかしなことする建築屋、ほかにないぞ! というのが「世界でただひとつの家」という意味か? フリーダムアーキテクツデザイン(株)のように、普通、そんなことせんぞ! ということをするのが優れた建築屋か、それとも、入浴中に坪庭を見ることができる浴室、年頃の娘が入浴中でも洗面所を使用できるように、小さくてもよいから脱衣場を洗面所と別に設けるかといった配慮、そういったものができる建築屋が優れた建築屋か。 私は後者が優れた建築屋だと思う。 《「ラブホテル」(旧「つれこみホテル」)でもないのに「ラブホテル」(旧「つれこみホテル」)みたいなフロ》がかっこいいとも、芸術的とも私なら思わない。アホちゃうか! と思うだけであり、「アホちゃうか」という設計がデザイナーの設計だの「設計事務所ならでは」だのとあほくさいことを思うかというと、私なら思わない。 「年頃の娘に嫌がられない浴室」というのは、戸建て住宅の設計の仕事をする人間が心得るべきものだと思う。 その上でデザイン上も優れたものを考案するべきで、「普通、そんなアホなことせんぞ」というのと「世界でただひとつの家」とは意味が違うと、私は考える。 E本は、目黒区においては、新婚で子供ができそうな夫婦の家に、蹴込板のないストリップ階段で乳幼児が落下しそうな階段で「乳幼児が命をなくす危険のある家」、かつ、3階建てで、1階から2階の階段、2階から3階への階段を上下に重ね、上の方の階段をストリップ階段にして、2階にLDKを配置し、「男性の来客は2階に上がる際に上を向くことができない家」を設計したが、これも、そんなアホな設計は普通はやらんぞという「世界でただひとつの家」だった。というより、明らかに「設計ミス」です。私は「納骨堂でもないのに納骨堂みたいな音楽ホール」と同様に、「交番でもないのに交番みたい、公衆便所でもないのに公衆便所みたいな外観の家」「ラブホテルでもないのにラブホテルみたいな浴室の家」は感心しないし、「男性の来客は階段で上を向けない家」「乳幼児が落下して命をなくす危険のある家」も感心しないというより、「しろうと以下」である、と判断する。
   もうひとつ、考えられるのは。 私は、訴訟裁判をおこなう場合、日曜大工のようなことが嫌いではない人が自分で家を建てる場合と、ハウスメーカー・工務店・大工に頼んで建ててもらう場合なら、業者にもいろんな業者があって中には感心しない業者・職人もあるとしても、一般には、少なくともしろうとが建てるよりは業者がやった方が良いものができる可能性が高い、というのと同様に、民事訴訟は弁護士を依頼せずに本人がやってよいことに法律上はなっていても、弁護士に依頼した方が、弁護士にもいろんな人がいるとしても、たとえ、必ずしも優秀でない方の弁護士であってもしろうとよりはうまく裁判を運ぶことができるのではないかと思って、千葉第一法律事務所http://www.chibadaiichi.jp/ という弁護士事務所の秋元康という男に依頼したところ、いつまで経っても訴状を出してくれず、まだですか、と何度も催促したところ、「どうなっているか、ちょっと、きいてみます」と弁護士の秋元康が言ったので、え? と思ったことがあった。 こちらは、日本人の平均よりは法律についての知識があるとはいっても弁護士と同じ能力があるわけではなく、弁護士と同じだけのことができるわけではなく、その弁護士が弁護士の中で優秀であるかどうかにかかわらず、しろうとがやるよりは弁護士に頼んでやってもらった方がうまくいくだろう・・と期待して高額のカネを払って依頼したはずであるが、ところが、その弁護士が「どうなっているか、ちょっと、きいてみます」と口にしたということは、もしかして、この野郎、こちらが弁護士にやってもらうということで高額のカネを払って依頼したのに、その訴状の作成を弁護士でない人間に下請けに出してやらせているのではないのか? と思ったことがあった。その経緯を[第350回]《「離職票を交付するか否かは使用者の自由」か【下】解答編。及、法廷に遅刻する弁護士て何に忙しいの? 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201509/article_5.html  に述べた。(実際のところ、だが、植木の剪定ばさみで ちん○切断した上で水洗トイレに流してやりたいと思われてもしかたがないくらい態度の悪い弁護士はいる。弁護士以外の仕事なら、そんな勤務態度で通じるわけないだろうが、て感じの者が少なからずいる。) それと、同様に、「有名建築家」の場合にも、「下請け」に出して、名前だけ、「有名建築家」「世界の◇◇」の名前を入れて発表している・・ということはないか?  まず、丹下都市建築設計の建物にしても、新宿のコクーンタワーと東大本郷の本部棟ではずいぶんと差がある。別人が設計したのではないのか、という感じもする。 もちろん、設計事務所のスタッフの誰かが案を出して、「有名建築家」が代表者としてそれをまとめて発表するという場合もあるだろうし、1人で何から何までやらなければならないとは決まっていないわけだから、若手の誰かが基本的な案をだした建物で、案を出した人間が別人であればできあがった建物の作風も異なる、ということがあってもおかしなことではないだろう。 しかし、それにしても、コクーンタワーはあまりにも青臭いし、つくばセンタービルは「しろうと以下」ではないかと思える箇所が多すぎるし、なにより、つくばセンタービルのノバホールは「納骨堂みたい!」である。
   「世界的建築家 だれそれ」という名前を見せられると、それだけで、「ははあ~あ」と水戸黄門の印籠を見せられたように跪かずにはおれない者が建築家業界には少なくないように思える〔⇒《pideo-水戸黄門10_印籠》http://www.pideo.net/video/youtube/fa295ee1bde0187f/ 〕。 また、丹下健三のエピゴウネンをやっておれば人は評価するだろう、というような認識の者もいるのではないか。 くっだらねえ~え・・と思うのだが、「建築家」病とでもいうようなものが蔓延しているような気がするのだ。
   私は、大谷本廟(西大谷)に来て、無量寿堂を見るたびに、ノバホールを思い出し、「建築家」てなんか変わってるな・・・と思ってしまうのだ。 [第271回]《間違っていないらしい天皇のワイングラスの持ち方。 暴走族・大久保清・ラーメン屋みたいな「建築家」》http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_9.html 、及び、[第185回]《『美味しんぼ』に学ぶ ワイングラス・ゴブレットの持ち方vs「建築家」式持ち方。及、20代の貧乏な生活 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201306/article_2.html  で述べた千葉市中央区鵜の森町 の新華ハウジング(有)〔建設業〕・ビルダーズジャパン(株)〔不動産業〕・ジャムズグローバルスクエア(株)〔不明業〕の仕事をしていた自称「建築家」の設計事務所のおっさんN村も、ワイングラスを持つのに、せっかくワインをおいしく飲めるように脚(ステム)のついた容器にワインが入っているのに、それを、わざわざ、ボウルの上の方をグワッとわしづかみにしてみたり、それが芸術だ、爆発だ! とか思っているのだろうか。〔⇒《「芸術は爆発だ!」「何だ、これは!」  岡本太郎は何者? 2/2 》https://www.youtube.com/watch?v=G9I1hEzv6Hk 〕 なんか、ちょっと違うような気がするのだが。 私の場合は、長年、建築業界で勤めてきたが、「建築家」ではなく建築屋なので、「建築家」ならワイングラスを持つ時にボウルの上の方をグワッとわしづかみにするのかもしれないが、建築屋はそうはせず、ワイングラスというものはステム(脚)の部分を持つか、ステム(脚)からボウルの最下部にかけてを持つかするものだと考えてそう持つし、そういった配慮をできる建築屋はその分だけ良い家を作ることができる建築屋で、そういった配慮のできない者はその程度の家しかできない建築屋であると考える。 そのあたりが、「建築家」と建築屋の認識の違いなのかもしれない。 ・・・・なんか、「建築家」て変わってるね・・・・


※ 大谷本廟HP http://otani-hombyo.hongwanji.or.jp/
《ウィキペディア―大谷本廟》https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E8%B0%B7%E6%9C%AC%E5%BB%9F

※本願寺(西本願寺)HP http://www.hongwanji.or.jp/
北御堂HP http://www.kitamido.or.jp/
築地本願寺HP http://tsukijihongwanji.jp/

※東本願寺HP http://www.higashihonganji.or.jp/
大谷祖廟HP http://www.higashihonganji.or.jp/worship/otani/
南御堂HP http://minamimido.jp/
( 天満宮には牛、稲荷神社には狐がいるものだが、いいか悪いかよくわからんが、南御堂のホームページのぶたさんは、あれはなんだろ・・(´・ω・`) )

※東本願寺(東京 浅草) http://www.honganji.or.jp/index.shtml

☆  今回、掲載の写真は、ノバホール以外は、11月18日、高台寺について公開したブログ
1.表門、遺芳庵、小堀遠州作という偃月池と庭 http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_4.html
2.方丈前庭、開山堂+雇用均等室の不見識 http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_5.html
3.紅葉の臥龍池・霊屋、利休設計という傘亭・時雨亭 http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_6.html
4.怒りの綱敷天神より勧請した高台寺天満宮 http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_7.html
5.圓徳院、八坂の塔、「京都的」な下河原通 http://shinkahousinght.at.webry.info/201511/article_8.html
の写真と同じ日の撮影です。
   (2015.12.12.) 

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