『古事記』から考える福島第一原発事故至近地域への帰還、及、県庁を福島市に置いていてよいのでしょうか?

Z〔第81回〕
  福島第一原発事故で、双葉郡の原発に至近の場所に避難されていた方が、避難先よりも、やっぱり大熊町がいい、と言われているという話をYAHOO!ニュースで見ました。 本来は、いいところだと思います。2011年3月11日の福島第一原発事故以来、なぜ、原発を誘致してしまったのか、という問題について、福島県の双葉郡は、原発でも誘致しないと、どうしようもないだめな所だったというような書き方をしたものを週刊誌などで見ましたが、浜通り地域に住んだことがあり、双葉郡にも、福島第一原発のある大熊町・双葉町にも何度も行ったことがある者として、そんなにだめな場所じゃないと思うけれどもなあ~・・・・と、そういった記事を見るにつけて、違和感を覚えることが何度もありました。
  今もあるかどうかはわかりませんが、常磐自動車道の いわき中央インターチェンジからいわき市の中心部 平(たいら)地区へ向かう国道49号線沿いに、いわき市の きむら牛乳 という会社の看板が立っていて、そこには、「お帰りなさい。お疲れ様。ここは、あなたのふるさと、いわき。」と書かれていました。 いわき市に住んでいた時、用事で東京へ行って、自動車でいわきに戻ってきた時、この看板を見ると、本当に、そのように思いました。この場合、「いわき」とは、「いわき市」のみではなく、いわき市と、いわき市の北側の双葉郡ほぼ全域、南側は茨城県の北茨城市・高萩市、西は古殿町なども含めて、「いわき」と私は考えていました。 ベートーベンは、交響曲第6番「田園」を作曲し、そこに、田園地域に着いた時の楽しい気分 といったものが曲に描かれていたと思いますが、私にとっては、福島県に住んで、そこを離れた後、福島県の浜通りにしても、中通りにしても、そこへ行くと、ちょうど、ベートーベンが田園地域に行った時に感じたような気分かな?というような気持ちになったものです。だから、浜通り地域は、東京などに比べれば、平均年収は高くないかもしれないけれども、だからといって、そんなにだめな地域だというようには、私には思えませんでした。
(きむら牛乳の看板は、本当にその文句のように思いましたが、常磐自動車道で茨城県の北茨城市から いわき市に入ってすぐの場所に、「ここは首都圏 いわき」と書かれた看板が立っていたのには笑いました。 又、いわき市から郡山市・会津若松市を経て新潟に至る国道49号線の いわき から郡山に向かって中ほど、北に曲がると小野町という所に、「美人発祥の地」という看板が立っていたのにも、・・・・笑ってしまいました。・・・だって、・・・・。)

  いわき市に住んでいた時、用事で東京に行って、朝一番の上野発のJR常磐線の特急「スーパーひたち」号で いわき市に帰った時、隣の席には、いわき市のゴルフ場に東京から行くゴルフバックを持ったおっさんたち4人連れが乗っていたということがありました。そのおっさんたちは、たしか、いわき市の常磐線「泉(いずみ)」駅で降りたように思いますが、その4人以外にも、朝一番のスーパーひたち号には、ゴルフバックを持った東京から いわき市のゴルフ場へ行くおっさん4人組というのが何組も乗っていました。
   その時は、おっさんたちは、いわき市のゴルフ場の方がコースをまわる費用が安いから いわき までゴルフに行くのかなと思ったのです。 しかし、最近は、東京近郊のゴルフ場でも高くないゴルフ場はありますし、少しくらい安くても、往復にスーパーひたち号の特急料金を払って行ったのでは、東京近郊のゴルフ場でゴルフをする場合に比べて、結果として全体としての費用は安くないと思います。 それで、何年か経って、思ったのです。あのおっさんたちは、ゴルフをやりに いわき市まで行ったのであり、ゴルフをやりたかったのだけれども、それだけではなく、やっぱり、いわき に行きたかったんじゃないのか、福島県の浜通りに行きたかったんじゃないのか・・と。 さらに、もしかすると、そのおっさんたちのひとりは、かつて、転勤か何かで、浜通り地域に行ったことがあって、その後、さらに転勤で他に移ったか、元の住所に戻ったかしたけれども、又、あそこに行きたいという気持ちがあったんじゃないのか、と。 転勤で行ったところ、出張や仕事で行ったところでも、仕事でなければ、別にもう一度行きたいとは思わないという場所もあると思います。 いわき市、及び、双葉郡など福島県の浜通り地域は、もう一度行きたい、また、あそこに行きたいという気持ちになる場所だと私は思うのです。そのゴルフバックを持ったおっさん4人連れのうちの誰かも、もしかすると、そういう経験があって、そういう気持ちになった人だったのかな・・・と思ったのです。 その人たちがそうであったのかどうかはわかりません。しかし、転勤で浜通りに行って何年か暮らして、そして、元いた場所に戻っても、「おかえりなさい。お疲れ様。ここはあなたのふるさと いわき」という看板の文句のように、そこにまた行きたい、というより、そこに帰りたいような気持ちになる、そういう人はいると私は思います。
  福島県の浜通り地域でも、双葉郡の大熊町や双葉町は警戒区域となって、今、人は住めない状況になり、いわき市は、双葉郡から避難してきた人もいれば、双葉郡から引っ越してきた工場もあり、東京あたりに比べれば放射線量は高くても、福島県内では福島市や郡山市よりも放射線量は低い地域が多いようで、浜通り地域でも、場所によって状況は違うようですが、どちらの状況にしても、なんとも、大変なことになってしまいましたが、浜三郡と言われてきた旧・磐城郡(いわき市)、双葉郡、その北の相馬郡(南相馬市・相馬市・新地町)は、いずれも、原発事故以来、週刊誌などに、ときどき書かれてきたような、どうしようもないだめな場所だというようには、思えなかったのです。

  私のように、もともと、福島県の生まれでない人間でも、また、その地域に行きたい、そこに「帰りたい」という気持ちになるような場所です。 福島県の浜通り地域は。 だから、先祖代々、そこに住んできたという方が、戻りたいという気持ちになられるのは、当然でもあると思います。
  但し、それは、2011年3月11日までの双葉郡、2011年3月11日までの浜通りのことです。 地震と津波の被害だけであったならば、少々大変なことがあっても、やっぱり、そこに戻るべきだという判断になるでしょうけれども、放射能汚染という条件があるのです。
  はたして、3月11日以前の浜通りにその土地が回復することが可能でしょうか。


  〔第31回〕《 「ロトの妻」と福島第一原発近隣の避難しない人達~とりあえず脱出されるべきです。 》http://shinkahousinght.at.webry.info/201105/article_1.html で、 福島第一原発事故による避難について、 『旧約聖書 創世記』の中の、ソドムの町の滅亡の時のロトの家族の避難の話を引用して述べました。

  今回は、『古事記』jから引用いたします。
≪ ・・・・(伊邪那美命<イザナミノミコト>は、) 次に火之夜藝速男神(ひのやぎはやおのかみ)を生みき。 亦の名はヒノカガビコノカミ(火之「環境依存文字 火へん に玄」毘古神)と謂ひ、亦の名は火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)と謂う。 この子を生みしによりて、みほと炙かえて(やかえて)病み臥せり(こやせり)。 ・・・・
故(かれ)ここに伊邪那岐命(いざなぎのみこと)詔り(のり)たまひしく、「愛しき(うつくしき)我が(あが)汝妹(なにも)の命(みこと)を、子の一つ木(ひとつけ)に易へつる(かえつる)かも。」と謂りたまひて(のりたまひて)、すなはち御枕方(みまくらへ)に匍匐ひ(はらばひ)、御足方(みあしへ)に匍匐ひて(はらばひて)哭きし(なきし)時、御涙(みなみだ)に成れる神は、・・・・・。 故(かれ)、その神避りし(かむさりし)伊邪那美神(いざなみのかみ)は出雲國(いずものくに)と伯伎國(ははきのくに)との堺の比婆の山に葬りき(ほうりき)。
ここに伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、御佩せる(はかせる)十拳劒(とつかつるぎ)を抜きて、その子迦具土神(かぐつちのかみ)の頸(くび)を斬りたまひき。・・・・・・
・・・・
ここにその妹(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)を相見む(あいみむ)と欲ひて(おもひて)、黄泉國(よみのくに)に追ひ往きき。 ここに殿の縢戸(さしど)より出で向かへし時、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、語らひたまひしく、「愛しき(うつくしき)我が(あが)汝妹(なにも)の命(みこと)、吾(あれ)と汝(いまし)と作れる國、未だ(いまだ)作り竟へず(おへず)。 故(かれ)、還るべし。」とのりたまひき。ここに伊邪那美命(いざなみのみこと)答へ白ししく(まをししく)、「悔しきかも、速く(とく)來ずて(こずて)。 吾(あ)は黄泉戸喫(よもつへぐひ)しつ。 然れども愛しき(うつくしき)我が(あが)汝夫(なせ)の命、入り來ませる(きませる)事恐し(かしこし)。 故(かれ)、還らむと欲ふを(おもふを)、且く(しばらく)黄泉神(よもつかみ)と相論はむ(あげつらはむ)。 我(あ)をな視たまひそ(みたまひそ)。」とまをしき。 かく白してその殿の内に入りし間(あひだ)、甚久しくて(いとひさしくて)待ち難たまひき(かねたまひき)。 故(かれ)、左の御角髪(みかづら)に刺せる(させる)湯津津間櫛(ゆつつまぐし)の男柱(をばしら)一箇(ひとつ)取り闕きて(かきて)、一つ火(び)燭して(ともして)入り見たまひし時、蛆(うじ)たかれころろきて、頭(かしら)には大雷(おおいかづち)居り(をり)、胸には火雷(ほのいかづち)居り(をり)、腹には黒雷(くろいかづち)居り、陰(ほと)には拆雷(さきいかづち)居り、左の手には若雷(わかいかづち)居り、右の手には土雷(つちいかづち)居り、左の足には鳴雷(なりいかづち)居り、右の足には伏雷(ふしいかづち)居り、并せて(あはせて)八はしら(やはしら)の雷(いかづち)神成り(かみなり)居りき。
ここにい邪那岐命(いざなぎのみこと)、見畏みて(みかしこみて)逃げ還る(かへる)時、その妹(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)、「吾(あれ)に辱(はぢ)見せつ。」と言ひて、すなはち黄泉醜女(よもつしこめ)を遣はして追はしめき。・・・・・・・  
最後に(いやはてに)その妹(いも)伊邪那美命(いざなみのみこと)、身自ら(みづから)追ひ來たりき。 ここに千引(ちびき)の石(いは)をその黄泉比良坂(よもつひらさか)に引き塞へて(さへて)、その石(いは)を中に置きて、各(おのおの)對ひ(むかひ)立ちて、事戸(ことと)を度す(わたす)時、伊邪那美命(いざなみのみこと)言ひしく、「愛しき(うつくしき)我が汝夫(なせ)の命(みこと)、かく為ば(せば)、汝(いまし)の國の人草(ひとくさ)、一日(ひとひ)に千頭(ちがしら)絞り(くびり)殺さむ。」といひき。・・・・・・≫
(『古事記』倉野 憲司 校注 1963. 1. 16.  岩波文庫)
画像

 ↑ 『古事記』(倉野 憲司 校注 岩波文庫)
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【 (私もそうですが)『古事記』のような文章に慣れていない人は、少々、読みづらいかと思いますので、梅原猛による現代語訳の『古事記 増補新版』(2012.7.24.学研M文庫)より同じ箇所を引用します。】
≪〔 ・・・ところが、伊耶那美命(いざなみのみこと)は、最後に火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)をお生みになって、女陰を焼かれて亡くなられた。そこで、伊耶那岐命(いざなぎのみこと)は怒って、火之迦具土神の首を切りなすった。すると、火之迦具土神の流した血や死体から、多くの神がお生まれになった。〕
   伊耶那岐命は、妻の伊耶那美命にもう一度会いたいと思われて、黄泉の国に妻を追っていらっしゃった。
   そして、御殿の閉まった戸から伊耶那美命が出迎えられたとき、伊耶那岐命はなつかしそうにおっしゃった。
「愛しいわしの妻よ。わしとおまえが一緒につくった国はまだ完成していない。だから、どうか帰ってくれ」。こういうお言葉を聞いて、伊耶那美命は答えておっしゃった。
「残念ですわ。あなたはすぐにいらっしゃらなかった。わたしは、もう、黄泉の国の食べ物を食べてしまいました。もうここから出ることはできません。しかし、愛しいあなたが来てくださったのは、うれしくて畏れ多いことです。だから、何とかして、地上の国へ帰りたいと思いますので、黄泉の国を支配する神と談判したいと思います。どうかわたしの姿を見ないでください」
  このようにおっしゃり、伊耶那美命は、その御殿の中に帰っていかれた。
  いつまでたっても出て来られないので、伊耶那岐命は待ちかねなさった。そこで、角髪(かずら)に結った髪にお刺しになっていた神聖な櫛の端の太い歯を一つ折って、火をともしてはいってごらんになると、これはこれは、伊耶那美命の身体には、蛆が集まってコロコロしていて、頭には大きな雷、胸には火の雷、腹には黒い雷、女陰には裂けた雷、左の手には若い雷、右の手には土の雷、左の足には鳴いている雷、右の足には伏している雷、合わせて八種類の様々な雷が身体から出現していたのである。
  これを見て、伊耶那岐命は恐ろしくなって逃げ帰られたときに、その妻の伊耶那美命は、「わたしに恥をかかせたわね」とおっしゃった。
  すぐに、伊耶那美命は、黄泉の国の醜い女を遣わして、伊耶那岐命を追わせた。・・・・・
  とうとう、妻の伊耶那美命が自分で追い駆けて来た。そこで、伊耶那岐命は千人引きの大きな石を、その黄泉の国の急な坂に置いて、その石を中にして、伊耶那美命と対面して、離婚をいいわたした。
  そのときに、伊耶那美命は「愛しいあなたが離婚なさるなら、わたしはあなたの国の人間を一日に千人絞め殺してしまいましょう」とおっしゃった。・・・・≫
  「黄泉醜女(よもつしこめ)」を単に≪黄泉の国の醜い女≫と解釈してしまうのが適切かな? という気もいたします。 日本の神様を考える会編『日本の神々のすべてがわかる』(2008.3.30.日本文芸社)では、≪伊耶那岐命が一目散に逃げ出したとき、じつは、黄泉醜鬼(よもつしこめ)という鬼が追いかけてきている。そのとき、桃を投げつけると鬼たちは退散していったという。…≫(22頁)という記述があり、単に≪黄泉の国の醜い女≫ではなく≪黄泉醜鬼(よもつしこめ)という鬼≫としています。  梅原猛自身が、「あとがき」で≪古事記には分からない言葉がまだたくさんある。特に、記紀歌謡や神々の名前などには、分からぬ言葉が多い。≫と書き、『古事記に学ぶ』(『古事記 増補新版』学研M文庫 所収)でも、≪『古事記』を理解するには、まずそれを読み訓して、そのあとに解釈にかかるのが常であるが、訓み下しですら、すでに原文の意味を曲げてしまうことがあり、まして現代語訳は、無意識に『古事記』を別のものにしてしまう。読者は、どうかこの書物を『古事記』の面白さの発見の手引きとして、原文の『古事記』に当たって読んでほしい。≫と述べており、学研M文庫の『古事記 増補新版』も「現代語訳」というより「解説書のひとつ」「解釈書のひとつ」と考えて見るべきかもしれません。
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  火の神である火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)を産んだために焼け死んだ愛しい妻・伊邪那美命(いざなみのみこと)を追って、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)が、黄泉國(よみのくに)まで訪ねて行ったものの、伊邪那美命(いざなみのみこと)は、すでに、在世中の伊邪那美命(いざなみのみこと)とは異なった姿になってしまっていて、そして、その姿を見た伊邪那岐命(いざなぎのみこと)を黄泉醜女(よもつしこめ)に追わせ、さらには、自分自身でも追いかけて、1日、千人を殺してやると言う、という話です。

  2011年3月11日までの大熊町・双葉町とは、現在の大熊町・双葉町とは、異なったものでしょう。 それは、その周辺の市町村もあてはまるでしょう。 愛着のあるなつかしい土地であっても、もはや、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)にとっての伊邪那美命(いざなみのみこと)のように、もはや、かつてとは異なった存在になってしまった地域が少なくないのではないでしょうか。 伊邪那岐命(いざなぎのみこと)を追いかけてきた伊邪那美命(いざなみのみこと)のごとくになってしまった土地は、どこまでと考えるべきなのでしょう。
  かつての伊邪那美命(いざなみのみこと)と同じと思っていると黄泉醜女(よもつしこめ)に追われるごとく、2011年3月11日以前のその土地と同じだと思っていると、放射性物質にはてしなく追いかけられるようになってしまう、うかつに、そこで農産物を作ると、黄泉醜女(よもつしこめ)にはてしなく追いかけられるごとく、はてしなく放射性物質につきまとわれる・・・ということになってしまう可能性がありそうです。


  
明石「福島県の中心部である「中通り」地方(福島市、郡山市など)での除染が今、盛んに行われています。
小出「でも、あそこは住むところではありません。日本の法律に照らして言うなら「放射線管理区域」にしなければいけないところ、つまり、私のようなごくごく特殊な資格を持った人間だけが入れるところであって、普通の人は立ち入ることが許されない場所です。」
・・・・・・・・
小出「私は8月4日に福島に行ったんですよ。東京駅から新幹線に乗ってすぐ、放射線検知器のスイッチを入れたんです。 すると郡山に近づくにしたがって、カウントがどんどん上がってくる。福島駅のホームに滑り込んだ頃は、東京駅のほぼ10倍の値になっていました。 つまり、あたり一帯が放射能で汚れていて、そこから新幹線の車内に向けて放射線が突き刺さってくるという状況なんですね。・・・・・・
( 『別冊宝島1821 日本を破滅させる! 原発の深い闇2』(2011.11.14. 宝島社)所収 小出裕章・明石昇二郎《「冷温停止」と「除染」という言葉に誤魔化されてはいけません》 )


・・・・それで20ミリシーベルトまで上げたりしてるんですから。 あれ、障害がでても良いということですからね。・・・
(『週刊朝日MOOK マンガだからわかりやすいあなたの家族を守るための放射能の教科書』(2011.8.20.朝日新聞出版)所収  「武田邦彦 巻頭インタビュー」)


  これ以上の放射能の拡散や被爆を防止するためには、汚染源になっている地域を封鎖する必要が出てくる。僕は、もう福島県内の高汚染地帯は封鎖すべきだと思います。 海沿いの「浜通り」から、新幹線や東北自動車道が走る「中通り」まで。 そこではもう農業も漁業もやってはいけない。 人も住んではいけない。 そうすべきだと、僕は思います。 今の現実を踏まえ、子どもたちをどうやって守るのかを最優先に考えれば、それしか思いつかない。
  子どもがいてはいけないところは、本来、人が生きていけるところではありません。
・・・・・
  救わなくてはいけないのは、汚染地帯の生産者たちです。 作っても売れない。 さらには、作ることで彼ら自身が汚染土壌によって被曝する。 もう作らないほうがいい。 ・・・・
(『別冊宝島1807 食品の放射能汚染 完全対策マニュアル』(2011.10.16.宝島社)所収  藤田祐幸「子どもがいられない場所では、大人も生きてはいけない」


小出「すでに数百発分の、広島原爆に換算すれば数百発分の、放射性物質が環境に放出されてしまって、それは今、猛烈な汚染を実は福島県を中心として東北地方、関東地方に広げているのです。そのことの大変さというのを政府や東京電力が、正しく言わないがためにみなさんはなにかもう事故が収束した、もうたいしたことないじゃないか、普通の生活ができるよと思ってしまっている、わけですけれども。今現在の汚染のひどさというのは、私から見れば本当に想像を絶するような汚染が広がっています。
(「小出裕章(京大 助教)非公式まとめ」http://hiroakikoide.wordpress.com/ 《 12月21日 今、猛烈な汚染を福島県を中心として東北地方、関東地方に広げている 小出裕章(TOKYOFM) 》
「ざまぁみやがれい!」《小出裕章「国や東京電力がみなさんに言っているように、別に、いい状態にあるのではない。すでにほんっとにひどい状態。」》 http://blog.livedoor.jp/amenohimoharenohimo/archives/65782141.html
の文字起こし より引用。)

  なんだか、政府が、「今、避難している人たちに戻ってもらおう」などと言い、そして、避難している大熊町や飯館村の人たちでも、「避難地よりも、やっぱり、故郷がいい。」とか言って、もう戻る気持ちになっているようなことを言っている人がいるようですが、 今現在も、黄泉醜女(よもつしこめ)が猛烈に追いかけてきているような所へ、戻ろう・戻らせようとしているかのような感じに思えます。 政府の「戻ってもらおう」と言う人は、とりあえず、その人が、家族ともども、「戻ってもらおう」という場所に行ってしばらく住んだらどうでしょう。 黄泉醜女(よもつしこめ)が迫っている場所に。

  かつて、原子力発電所は危険ではないという嘘っぱちを信じて、自分たちの故郷に原発を作らせてしまった地域の人たちの子孫は、今また、戻っても危険ではないという嘘っぱちを信じて戻るのでしょうか。 戻って、放射能被曝の人体実験の材料として自分と自分の家族を提供するのでしょうか?
  そして、そこで農業などをおこなって生産したものを、かつて安全でもない原発を安全だと言った人たちの同類から「ただちに健康に影響がでるレベルではない」とか言われて、他県の人間に売って食べさせるのでしょうか・・・・・・。


  もうひとつ。 誰も言わないようだけれども、福島県の県庁を、今も福島市に置いているけれども、たとえば、会津若松市とか、福島県でも比較的放射線量の低い市に仮に県庁を移転した方が良いということはないのだろうか。  もしも、会津地方ではなく、中通りか浜通りでないといけないというのなら、せめて、 いわき市の勿来地区とか、もしくは、双葉町の町役場が埼玉県の加須市に仮に移転したように、宇都宮市とか水戸市とかにでも仮に移転した方が良いということはないのだろうか。 なぜ、誰もこれを言わないのだろう?
※「福島第一原発から漏れた放射能の広がり」については、
「早川由紀夫の火山ブログ」http://kipuka.blog70.fc2.com/ の「福島第一原発から漏れた放射能の広がり」http://blog-imgs-26-origin.fc2.com/k/i/p/kipuka/09decJG.jpg 参照。
  この早川教授の放射能の広がりの地図で、赤や橙の色になっている場所(1μ㏜(マイクロシーベルト)/時以上の場所)に県庁を置いていたのではだめと違いますか? そこに県庁があるからにはいても大丈夫な場所かと勘違いする人も出るのではないでしょうか?  福島県内でも、せめて、緑の色の場所(0.25μ㏜/時以上 0.5μ㏜/時未満 の場所)に、仮の県庁を移すべきではありませんか? 緑色の場所である程度以上の都市ということになると、上に書いた会津若松市・ いわき市の勿来地区とか、喜多方市とかということになりますが。
  新幹線も、新青森から札幌の北海道新幹線・長野から北陸経由で敦賀の北陸新幹線・長崎までの九州新幹線の計画が出ているようですが、その前に、東北新幹線を栃木県の小山あたりから会津経由で山形県の米沢に出て、新庄から秋田方面に行くルートと山形か上山(かみのやま)から宮城・岩手方面に行くルートを建設することを検討した方がいいのということはありませんか? そうすれば、会津若松を福島県の県庁所在地としても違和感はなくなるでしょうし。その方がいいのと違いますか? 福島県民にとっても、他の都道府県の人間にとっても。
  そこには住んではいけない、飲食もしてはいけない、そこで寝泊りなどはしてはいけない、「放射線業務従事者」という原子力・放射能を扱う業務に従事している特別な人以外は立ち入ってはいけない「放射線管理区域」に該当する福島市に県庁があると、勤務先から転勤とか出張を命じられて、その本来立入禁止の「放射線管理区域」に行かされる、という事態も出てきます。 労働法では、少なくとも法律論理としては、「危険地域への勤務」は拒否してよいはずであり、赴任・出張等を拒否したからという理由で「不利な扱い」にするといったことは許されない・・ということになっているはずで、アメリカ合衆国軍が「劣化ウラン弾」という核兵器を使用した2003年のイラク戦争の最中にイラクに行けと言われても断ってもよいのと同じ意味で、1986年のチェルノブイリ原発事故の時にウクライナやベラルーシ(白ロシア)に行ってくれと言われても拒否しても良いのと同じ意味で、福島県中通り・浜通りに行ってくれと言われても断ってよいはずですが(そして、それは、当然のことながら、イラクの人たちやウクライナ・ベラルーシの人たちが悪い人だとかそういうことではないのと同じく、福島県の浜通り・中通りの住人が悪い人とかいう意味ではありませんが)、それを、福島市に相変わらず県庁があって、「放射線管理区域」の中通りを東北新幹線がきょうも走っているということでは、それでも、その「放射線管理区域」に行けと言う経営者が出てくるということは十分ありうることであり、それを拒否したことから「不利な扱い」にされてしまうということもありうることです。 裁判所も労基署もあてになりませんし。
 従業員には、粉じんの舞う宮城県石巻市とかに放射線業務従事者以外は立入禁止の「放射線管理区域」である福島県中通り経由で「ボランティア」に行かせたり、放射線業務従事者以外は立入禁止の「放射線管理区域」の福島県中通り・郡山市経由で会津若松に仮設住宅の建設工事に行かせたり、「ホットスポット」の東京都葛飾区水元に工事に行かせ、「こういう時こそ社会貢献しなきゃだめだよ。ボランティアやらなきゃだめだよ。こういう時に社会貢献しないような人間は、俺は絶対に許せねえよお。」と言った上で、自分は、「放射能こわいよねえ~え」「じゃあ、俺、これからハワイ行ってくるから。」と言って、アメリカ合衆国のビザを獲得した上で、家族ともども、即座にハワイに長期に避難する・・・・・・などという経営者も千葉市中央区鵜の森町あたりの会社にはいたりしますしねえ・・・・・・
※「放射線管理区域」については、
「ウィキペディア―放射線管理区域」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E7%AE%A1%E7%90%86%E5%8C%BA%E5%9F%9F
※「放射線業務従事者」については、
「ウィキペディア―放射線業務従事者」http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BE%E5%B0%84%E7%B7%9A%E6%A5%AD%E5%8B%99%E5%BE%93%E4%BA%8B%E8%80%85 他参照。
  (2012.1.2.)








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この記事へのコメント

コトタマ
2013年12月28日 13:22
すいません、言霊百神というサイトごぞんじですか?

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