『ワースト』と『ゴジラ』の話が現実のようになるとは・・~原発事故による 放射能の雨 と 動物の行く末

〔第33回〕 [1] 私が小学生の頃、「週刊 少年ジャンプ」(集英社)という週刊漫画雑誌に『ワースト』という漫画が連載されていました。 その当時、少年漫画雑誌は、先に発刊された「週刊 少年マガジン」(講談社)・「週刊 少年サンデー」(小学館)の2誌に後発の「週刊 少年ジャンプ」(集英社)・「週刊 少年チャンピオン」(秋田書店)が続き、後発の「週刊 少年ジャンプ』に永井豪の『ハレンチ学園』、「週刊 少年チャンピオン」に『あばしり一家』が掲載され、良いか悪いかはともかく世間の話題になりましたが、永井豪のこの2つの漫画は、小学生が見ると相当に過激であったかもしれませんが、今見ると、単にくだらないだけでしかないのに対して、小室孝太郎という人の作品であったという『ワースト』は、今、読もうと思っても、単行本としては絶版らしく、インターネットで中古のものを見ても、相当に高い値段がついているようで、簡単には読めないようですが、大人が読んでも、おもしろい、というより、身につまされるような話です。
  私は、この作品の始めから読み始めたのですが、「ウィキペディア――ワースト(漫画)」によると三部構成となったらしいこの話の第一部の途中まで読んだところで、『ハレンチ学園』なるものが掲載されている「週刊 少年ジャンプ」を読ませるのは教育上好ましくないと判断したらしい親の判断で、「週刊 少年ジャンプ」を買う事を許してもらえなくなり、第一話しか読んでいません。 第二部・第三部については知らなかったのですが、「ウィキペディア――ワースト(漫画)」を見ると、第二部・第三部も読んでみたくなる話ですが、第一部だけでひとつの話として考えても名作だと思います。 
  「ウィキペディア――ワースト(漫画)」から、第一部をそのまま引用させてもらうと、
≪不良少年・カミソリ鋭二は、ある日、本能的な危険を感じ、廃倉庫の地下室に立て篭もる。そして長い雨が降り終わった後に外に出た彼が見たものは、無人の街。そして人間の死体から誕生し、殺してもバラバラにしても再生する夜行性の「最悪の生き物」=ワーストマンたちだった。何が原因か、雨の中に人間を怪物に変貌させる恐るべきウィルスが混在していたのだ。彼らと戦いながら、幼い腕白少年・前島卓(タク)、米軍兵士・ハリー、不良学生・遠崎ら生き残りを探し集めた鋭二は、霞ヶ関ビルを砦として立て篭もるが、逃げ込んできた子供を助けるために命を落とす。≫ というものです。

※ 「週刊少年ジャンプ」に連載されていた『ワースト』については、
「ウィキペディア――ワースト(漫画)」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88_(%E6%BC%AB%E7%94%BB)
「ウィキペディア――小室孝太郎(こむろこうたろう)」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E5%AE%A4%E5%AD%9D%E5%A4%AA%E9%83%8E
 参照。

  この鋭二という男が、ある日、雨が降り出したところ、なぜかわからないが、この雨は危険だと感じ、大急ぎで雨にかからない場所に逃げるが、鋭二のように危険と感じずに平気で雨にあたっていた人もいた。しばらくして外にでると、そこには、人間はおらず、雨に打たれた人間が死んだ後、死体が変化して「ワーストマン」という化物となり、そして、鋭二やわずかに生き残った人間に「ワーストマン」は襲いかかってきたのでした。 自分以外に生き延びている人間はいないのかと絶望的になっていた時、ワーストマンに襲われた時に出会ったのが少年 卓で、卓は、ある日、いたずらをして親父に押し入れの中に入れられていた時に、その雨が降ってきて、外出した父も母も家に帰ると寝込んでしまい2~3日すると死亡してしまった。ところが、それからさらにしばらくすると死体が「ワーストマン」に変化してしまい、「ワーストマン」になった父と母は卓に襲いかかり、卓は押し入れの天井を突き破って逃げ出した、という話であったと思います。

  ところで、私は、最近、この『ワースト』の鋭二のような気持ちになることが何度かあったのです。5月10日(火)もクルマで走っていて思いました。 私などは、朝は必ず新聞(朝刊)の天気予報、特に、降水確率を見る。 雨の日はできることなら外出は控える、雨の日に外出せざるをえない時は必ず傘をさす。 それも、携帯用の小さい傘ではなく、できるだけ半径の大きい広めの傘を指すようにする。 クルマの中に傘をおいていて、クルマから離れた時に雨が降ってきた時は、最寄りのコンビニかスーパー・ホームセンターに駆け込み、どんな傘でも良いから傘を買ってさす。 帰りには、コンビニで「夕刊フジ」を買い、「夕刊フジ」に掲載されているドイツ気象局が出している風の流れによる福島第一原発からの放射性物質の放散方向予想を見て、それにより、翌日の予定に修正を加え、外でおこなわなければならない作業は、千葉方面に放射性物質がそれほど流れてこない予想の日で晴れの日におこない、雨の日と晴れでも千葉・東京方面に放射性物質が流れてくる予想の時は、できるだけ、屋内でできる仕事をする、というように考え、結果としては、必ずしも、そうできていなくても、それでも、できるだけそういう方向で考えてきたのですが、ところが、雨が降っている最中にクルマで走ると、雨の中を傘もささずに プ~ラプ~ラ歩いている人が結構いるのです。

  5月10日(火)、クルマで千葉市緑区の大網街道を西向きに走っていると、いわゆる女子高生が雨の中を傘もささずにプウ~ラプウ~ラゆっくりゆっくり歩いているので、「コラア! お前ら死ぬぞお! この雨は単なる水じゃないというのがわからんのかあ! 傘がないなら、コンビニででもすぐに買ってさせ! 傘買うカネがないなら友達に借りろ!それもないなら、携帯電話をもってるなら、親に電話してクルマで迎えに来てもらえ! それもできないなら、コンビニででもどこででもいいから、せめて小降りになるまで、雨宿りしろ! それもできないなら、せめて、急ぎ足でさっさと歩け! 何をプラプラ傘もささず帽子もかぶらずに歩いているんだ! お前ら死ぬぞ!」と窓を開けて怒鳴りつけてやろうか・・・と、ふと思いましたが、そんなことしたら、「変なおじさん・・・」とか思われるだけかと思ってやめました。 たしかに、1回雨にかかっただけでは「ただちに死ぬというレベルではない」かもしれません。 それなら、「コラア、おまえら、禿げるぞおお! 禿げてもいいのかあ! コラア!」と言うべきなのかもしれませんが、「死ぬ」か「禿げる」かが問題ではなく、東日本においては、今の雨は、できるかぎりかからないようにするべきもので、傘もささずにプウ~ラプウ~ラ歩くべきものではないのです。「変なおじさん」と思われるなら思われても別にいいけれども、こういうことを親は娘に言わないのか?!?
  ・・・・と思っていたら、「体は元気な年寄」というくらいの夫婦が、犬を2匹連れて、雨の中を、ゆっくりゆっくり散歩している。 人間も傘をささず、犬にも傘をかぶせず、ゆっくりゆっくり雨にぬれながら歩いている。 犬がかわいそうじゃないか。 先日、福島県の双葉郡楢葉町の牧場の男性が、「一時帰宅」した際、弱って死にそうになっている生まれたばかりの子牛に「ごめんなあ、ごめんなあ。」と言って、涙を流したという話が、ヤフーニュースに載っていたのを見ましたが、自分が飼っている動物を、少なくとも福島県ほどは放射能の被害に合わせずにいることができる千葉県で、何をわざわざ、放射性物質を含んだ雨が降っている中を散歩させるんだ?!?  自分はわかっていて雨の中を散歩しているからいいのだろうけれども、人間はまだ服を着ているけれども、犬は服を着ていないんだぞ! 人間は靴を履いているけれども、犬は靴をはいていないんだぞ! 人間は帰って、雨にぬれたと思ったら風呂に入って服を着替えるだろうけれども、犬も帰ると同時に風呂に入れるわけじゃないだろ?!? 一方で、「避難区域」に指定された所の人が、飼っていた家畜をなんとか助けたいと思って助けることができずにいるのに、何やってんだよ!?! その年で、第五福竜丸事件を知らないわけじゃないだろうが!?!  放射能の灰をかぶって死んだ人もいれば、放射性物質を含んだ雨をかぶって命を縮めた人もいるんだぞ・・・・と、なんで、私が自分より年上の人間に教えなければならないんだろ・・・・とか思ったのですが、そういう人が少なくないのです。

※ 第五福竜丸事件については、
「ウィキペディア――第五福竜丸」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%AC%E4%BA%94%E7%A6%8F%E7%AB%9C%E4%B8%B8
他参照。

 ≪1954年、アメリカがマーシャル諸島ビキニ環礁で行った水爆実験によって、日本のマグロ漁船「第五福竜丸」の乗組員が被曝したときのことです。  実はこのとき、「第五福竜丸」の乗組員以外にも被曝した日本人がいました。マーシャル諸島から900キロも離れた場所にいたマグロ漁船「第二幸成丸」の乗組員です。 被曝の原因は事故後に降ってきた雨にありました。 「第二幸成丸」の乗組員は、まさかその雨に放射性物質が吸着しているとは知らず、シャワー代わりにして甲板で身体を洗ったそうです。後で調べたところ、船や漁具も放射能に汚染されていました。ビキニ環礁で放出された放射性物質が、風に載って900キロも運ばれて、雨になって降ってきたというわけです。もし雨が降らなければ、彼らが被曝することはなかったでしょう。 したがって、たとえ遠隔地に避難した場合でも、雨が降ってきたら、それに濡れないように注意することです。・・≫(桜井 淳 監修『緊急改訂版 〔原子力事故〕自衛マニュアル』(2011.4.15. 青春出版社) ということを知らないのでしょうか?
  福島第一原発から千葉市までは200㎞を少しだけ超えるくらいです。「第二幸成丸」が被曝した900㎞よりもはるかに近いのです。
   
  5月10日(火)には、千葉市緑区で、雨の中を人間も犬も濡れながら散歩している2人+2匹を見ましたが、2日続きでの雨となった11日(水)には、船橋市内で、人間は傘をさしながら、犬には傘をさしかけずに放射性物質を含んだ雨の中を犬だけ雨に濡れさせて散歩している男性をクルマの中から見かけました。 自分が傘をささなければ外出したくない時に、なぜ、犬には雨に濡れる状態で“散歩”に連れ出すのでしょうか? 自分が放射性物質を含む雨に濡れるのが嫌であるなら犬にとっても濡れないようにするべきで、放射性物質を含んだ雨が降っている時には、犬の散歩は控えるべきではないのでしょうか? 福島県の双葉郡で、牛を飼っていた人が、「もう、売り物にはならないだろうけど、そんなことは関係ない」と言って、「避難所」から放射線量の測定値が高い場所に、牛に餌をやるために足を運んでいたという話が、何であったか、週刊誌に掲載されていましたが、肉牛だったか乳牛だったかわかりませんが、それだけ、牛を大切にする人の生産する畜産品は、本来は、おそらく良い物であったであろうなあ・・と思います。それに対して、自分は、傘をさして歩いて、犬には放射能雨の中をずぶ濡れで歩かせるというのは、ちょっと、どうかと思うのですが、そう思いませんか? お父さん。 原発事故時の放射性物質を含んだ雨でなくても、人間は傘をさして、犬には傘をさしかけずに、人間は靴を履いて、犬には雨で濡れたところをそのまま歩かせる“散歩”って、変じゃないですか? 今は昔、神奈川県の東急田園都市線の沿線で、交通誘導警備(ガードマン)のアルバイトをしていた時、道路にアスファルトで舗装をおこなったばかりで、まだ、路面が熱いところに、犬を連れた散歩の男性が来て、人間は靴を履いているから、アスファルト舗装をおこなったばかりの熱い路面でも平気でも、素足の犬は路面が熱いのを嫌がって行きたがらないのを、無理矢理引っ張って、熱い路面の上を犬を歩かせて「散歩」させる人を見かけたことがありました。 とにかく、犬や猫を飼っている人間が「愛犬家」「愛猫家」ではないと思うのです。 放射能雨の降っている最中に人間は傘をさして犬には放射能雨に濡れさせての「散歩」をするというのはいかがなものかと思うのですが、間違っているでしょうか?

  3月の終わりから4月にかけての頃にも、船橋市内で、私がクルマを運転していると、オッサンが雨の中を自転車でカッパもレインコートも着用せず帽子もかぶらずに走っているので、「オッサン、禿げるぞ!」とでも言ってやろうかと思ったことがありましたが、「別に、禿げてもかまいませんから」とでも言われるかと思い、「好きなだけ禿げやがれ!」と思ったということがありました。
  ・・・と思っていると、まだ、小学校にも幼稚園にもいかないような子供を自転車の前に乗せて、雨の中を自転車に乗っている母親を見ました。 「あんたは、自分の判断で雨の中を自転車で走っているのだからいいかもしれないけれども、それでは、子供がかわいそうだろうが」と言ってやりたい気持ちになりましたが、同時に、こういう女に限って、「子供を育てるのって、たいへんなんですからねえ」とかふんぞりかえって主張して子供手当もふんだくってやろうとするんだるなあと思い、気分を害したのでした。
  ・・・とか思っていると、高校生の男2人が、プウ~ラプウ~ラ歩いているので、「コラ! 何を雨の中をプラプラ歩いているんだ! おまえら、死ぬぞ!」と言ってやりたい気持ちになりましたが、そう思っていると、女子高生が2人、雨の中で、濡れながら立ち止まって、どうでもよいような感じのおしゃべりをしている。 「コラ! 何を雨の中で立ち止まってるんだ。 傘をさせ! 傘がなければ買え! 買うカネがなければ、まず屋根のあるところに入るか、さもなくば、大急ぎで帰れ!」と言ってやろうか、言うと「変なおじさん」になってしまうわなあ~あ・・・・とか思っていると、前から小学生の一団が、これも傘もささずに帽子もかぶらずにやって来ました。 親は何も教えないのか、学校の教師は何も指導しないのか?!?  アホか? こいつら!
  今、一方で、福島県で、原発事故を収束させる為に、被曝しながら対応してくれている人達がいるというのに、きっちりと傘をさせば放射性物質を含んだ雨にあたらずにすむのを、傘もささずにさっさと歩かずにプウ~ラプウ~ラしているバカ高校生、バカ中学生が千葉県には大量にいるというのは何なんだ!?!  親は何も指導しないのか? 学校の教師は何も教えないのか?  

  
  私は、中学校の時には、制帽があって、毎日、かぶって通学していましたが、高校の時は、一応、制帽というものはあって、必要なものと思って入学した時に買ったものの、通学するようになると、誰もかぶっていなかったので、そのうち、かぶらなくなりました。 しかし、もしも、自分が高校生で、その時に、原発事故があったなら、今までかぶっていなかった制帽でも、それからしばらくは、毎日、かぶって行くようにすると思います。 親は、子に被らせるべきではないでしょうか。 今、クルマで走っていて、周囲を見ると、帽子をかぶっていない高校生・中学生が多い。 私は、小学校の途中で、1回、転校をしましたが、前半に行っていた小学校には制服も制帽もありませんでしたが、後半に行った小学校には制服はないけれども制帽があり、毎日、かぶって行っていました。 今、小学生を見ても、帽子をかぶっていない生徒を多く見ます。 学校は、今まで制帽がなくても、制帽でなくてもいいから、とにかく、しばらくは、外出する際に、男女にかかわらず、帽子をかぶるように指導すべきではないでしょうか。 このくらいのことを小学校の教師は考えないのでしょうか?
  千葉県で生活していると、一方で、家族を外国や西日本に避難させる人がいるかと思うと、一方で、雨の中、傘もささずに帽子もかぶらずにプラプラ歩いている人間を見て、何考えてんだ!?! という気持ちになったりします。

  「週刊 少年ジャンプ」に連載されていた『ワースト』では、(この漫画の現物が手元にないので、私のあやふやな記憶によるものですが、) 鋭二が、この雨は危険だ、と動物的な勘で感じて、「この雨にあたっちゃいけない」だったか叫びながら避難したものの、誰もが、何を馬鹿なこと言ってるんだと相手にせずに雨にあたり、そして、死亡して、その後、「ワーストマン」という怪物に変身してしまったのでした。 私が、この雨は単なる水じゃないからあたっちゃいけない、「春雨じゃあ、濡れていこうぞ」とか格好つけて良い時ではないと思って、おせっかいながら、クルマの周囲の人のことまで心配していても、その人たちは、なあ~んとも思わずに雨にあたっているのです。 私に動物的な勘があったのではなく、平気で雨にあたっている人よりは放射能についてまともな認識をしているということだと思うのですが、なんだか、『ワースト』の第一部の主人公になったような気分を何度も味わっています。『ワースト』と違って、雨にあたった人間が死んだ後、「ワーストマン」という化物に変身するということはないでしょうけれども、天気予報の降水確率はきっちりと見る、雨が降れば傘をさす、というあたりまえのことをきっちりとやればすむことを、なぜしないのか と思います。 
子供に放射性物質を含んだ雨に平気であたらせている親に限って、「うちは子供があるから大変なんですからねえ」とか言うのだろうなあ・・・・とか思うと、さらに気分を害します。

  ≪原子力事故が発生したら、外に干してある洗濯物はすぐに取り込まなければいけません。そしてビニール袋などに入れ、家のすみなどに保管しておくということは、前にお話したとおりです。 ではその後、・・・・・ (1)自治体等に持っていき、放射能検査をしてもらう (2)ひどく汚染されているようなら、「汚染物質」として廃棄・処理してもらう (3)ごく軽度の汚染なら、よく洗えば使用できる ・・・・ 以上のことは、洗濯物だけでなく、自転車、鉢植え、サンダルなど、緊急に外から家の中に取り込んだものすべてについていえます。・・・・≫(『緊急改訂版 〔原子力事故〕自衛マニュアル』) 
  福島第一原発に相当に近い場所の場合と、私が住んでいる千葉県南西部のような200キロを少し超えるというくらいの距離の場所では違いはあるでしょうけれども、外に出していたものを屋内に入れる時には、入れて良いのか、入れる必要があるのか、といったことを考えた上でどうするのか判断した方が良いと考えています。 だから、私は、ここしばらく、5月の第二日曜には、毎年、母にカーネーションを買ってきたのですが、今年はやめました。 花を育てている方には申し訳ないのですが、今は、外から中に持ち込まなくてもすますことができるものはできるだけ持ち込まない方が良いと判断しました。人それぞれに考えはあるのでしょうけれども、茨城県・栃木県・群馬県・千葉県産の農産物から「基準値」を超える放射性物質が検出されているわけです。それは検出された農産物があったということで、すべての農産物が「基準値」を超えていたということではありませんが、そういった検査はあくまで食用にする農産物のことで、草花に対して検査はしていないですよね。 ということは、葉や花に「放射性物質」が付着した草花がでまわっているということは十分に考えられることで、買って、屋外に置いておくのであれば、まだ良いでしょうけれども、室内に置くのであれば、あえて、外にあった草花を部屋中に入れるべきではなく、今年は、事情を説明して、カーネーションは造花か他のものにさせてもらうようにした方が「親孝行」ではないかと考えました。 こういったことを考えた上で、それでも、草花を買って部屋中に置きたいとする理由が存在すると判断するならともかく、たいして考えていないような人が少なくないような気がします。

  ヤフーニュースで見たのですが、福島県から千葉県に「避難」してきた人で、子供が、「どこから来たの?」と千葉県の子供にきかれて、「福島」と答えると、「うわー、放射能こわーい。」と行って逃げられたとか、「いわき」ナンバーのクルマがガソリンスタンドで給油を拒否されたとかいった話がでていました。 それらが、全体から考えてごく少数であるならば、世の中には、どこに行っても、いろいろな人がいるので、「今のところ問題とするレベルではない」かもしれません。
  また、福島県から東京都や千葉県に来た子供が言葉の違いを馬鹿にされて嫌がり、福島県に帰りたがるといった話も載っていましたが、(これを言うと東京人は怒るでしょうけれども、)それは、もともと、東京圏に住んでいる多くの人間の特徴であり、そういった「東京中心主義」こそ田舎根性の最たるものであると私は前々から思ってきたことであり、多くの関西人が、東京は文化的に田舎だと考える論拠のひとつでもあり、今さら驚くことでもないと思っています。 福沢諭吉が「『田舎者』という言葉には二通りの意味がある。『田舎出身』という意味の田舎者というのは、別に悪いことではない。しかし、『精神面が田舎者』というのはいけない。」と語ったことがあるそうですが、私は、「精神面が田舎者」という意味での「田舎者」が、人口比で考えて、日本で最も多い地域は東京であると思っています。
  アンブローズ=ビアス『悪魔の辞典』(奥田・倉本・猪狩訳。 1975.角川文庫)には、「METROPOLIS,n.【首都】」という項目があり、その意味として、「いなか根性の砦」と書かれています。 原発事故の為に避難してきた人間に向かって、言葉の違いを馬鹿にするような者は、馬鹿にする者の方こそ精神的に田舎者なのです。 だから、「そんなもの、気にすることねえべえ」と私は言いたい。
  子供が「うわー、放射能こわーい。」と行って逃げたとか、「いわき」ナンバー(福島第一原発がある双葉郡は、いわき市とともに、「いわき」ナンバー)のクルマが拒否反応を受けるというのが、ごく少数ではなく、相当にあったことなのかどうかはわかりません。 だいたい、私は、千葉県の道を毎日のようにクルマで走っていますが、「いわき」ナンバーは、平仮名なので、他のナンバーに比べて目立ちやすいのですが、「いわき」ナンバーのクルマを、3月11日から今日まで、千葉から東京にかけての道で、一般道でも高速道路においても、見かけたことがないのです。
  もしも、そういうことが、本当に、そして、ごく少数ではなくあったのであれば、許しがたいことであると思います。 「いわき」ナンバーのクルマについては、「いわき」ナンバーでも、特に、福島第一原発のある双葉郡大熊町・双葉郡双葉町から避難してきた人のクルマの場合、放射性物質を相当にかぶってきているのではないか?という不安は確かにないわけではありません。 だから、「いわき」ナンバー・「福島」ナンバーのクルマの人は、クルマの除染は必要ないのかどうか行政に確認された方が良いと思いますし、他県に避難する場合、誤解を招かない為に洗車は十分にされた方が良いと思います。 しかし、です。放射性物質は、現在、福島県だけでなく、多いか少ないかの違いはあるとしても、東京都にも千葉県にも来ているのです。 そういう場所において、晴れている日に、外出する時にはマスクや帽子をするようにし、外で着ていた服は、できるだけ、家の中の方まで入れないようにする等の対策をとり、降水確率を調べ、雨の日には、きっちりと傘をさす、といったことを、ある程度以上、おこなっている人が、「いわき」ナンバーのクルマに抵抗を感じるとか、福島県から来た子供が、服などに放射性物質をかぶってしまっているのではないかと心配するというのであれば、まったくわからないということはないのですが、福島県から来た子供に、「放射能、こわーい」とか言って逃げた子供の親が、晴れの日に、子供が外出する時には必ず帽子をかぶせる、雨の日にはきっちりと傘をささせる、無闇に土をいじらないようにさせる・・・といったことを、きっちりと指導している方の親か、それとも、雨の日に、傘もささずに帽子もかぶらずに、平気で外をプラプラさせている方の親かというと、雨の日に傘もささずに帽子もかぶらせずにプラプラさせていて、自分もそうしている方の親である可能性が高いと思う からです。 「放射能こわーい」と行って逃げたという子供は、実は、自分の方が放射性物質をかぶっているという事実を知らないのではないでしょうか。  もっとも、そういうケースが、実際に、どのくらいあったのかは私はわかりません。だいたい、私などは、原発事故などがなくても、日々、自分が生活するのに忙しくて、「福島県人差別」などというものを、たとえ、やろうと思ったとしても少なくとも積極的にやる暇なんかありません。 だから、実際以上に誇張されて伝えられている可能性もないとはいえないと思いますし、中には、福島県産の農産物を脅迫的に買わせる為に、誇張されて伝えられた「福島県人差別」の話もあるのではないか、と思っていますが・・・・。



[2] 『ゴジラ』は、『ワースト』よりも、はるかに有名ですが、水木しげるの漫画『ゲゲゲの鬼太郎』の主人公・鬼太郎が、もともとは、正義の味方でも何でもなかったのと同じく、ゴジラも、ウルトラマンのような正義の味方とかいったものではなかったし、『ゲゲゲの鬼太郎』の前身『墓場鬼太郎』が、おどろおどろしい、大人が読んでも読みごたえのある漫画であったのと同じく、最初の映画の『ゴジラ』も、本来は、大人向けの社会批判を持つ作品であったのです。
  「ゴジラ」というのは、「ゴリラ」と「クジラ」を合わせて作られた名前らしいのですが、初作の映画『ゴジラ』(本多猪四郎・円谷英二監督)は、≪(1954年)ビキニ環礁での核実験と、第五福竜丸の被爆事件(同年3月)が社会問題となっていた≫頃に作られたもので、≪海底に潜んでいた太古の怪獣「ゴジラ」が水爆実験により目を覚まし、日本の首都・東京を襲撃する。≫(「ウィキペディア――ゴジラ(1954年の映画)」)という話で、ゴジラは、海底にいて、水爆実験により放射能に被曝した動物であり、ゴジラ自身が、放射能の被害者であったのです。

※ 『ゴジラ』については、
「ウィキペディア――ゴジラ(1954年の映画)」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%82%B8%E3%83%A9_(1954%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%98%A0%E7%94%BB)
「goo 映画 ゴジラ(’54)」 http://movie.goo.ne.jp/contents/movies/MOVCSTD6095/
他参照。
YouTube にも、映画『ゴジラ』の映像がいくつも入っているようです。

  福島県の双葉郡やその北の南相馬市(旧・相馬郡小高町・原町市・相馬郡鹿島町)に、放置された家畜やペットが弱っていく話が、新聞や週刊誌に掲載されてきました。 豚が死んだ豚を食べて生き延びているという話。猫が牛の乳房を食い破った話。死んだ牛に目がなくなっている話。≪南相馬市では、置き去りにされた犬の問題が深刻になっている。「街で5~6匹の犬の群れをよく目にしますよ。鎖に繋いだままだと死ぬだけだから、避難するときに犬を放す人が多いらしくて、警察に電話をしたんだけど、『今は犬どころじゃない。人の世話で手一杯だ』と言われたのよ」(60代女性)・・・・犬が苦しんでいるだけではない。このゴーストタウンでは、人が飼い犬に苦しめられさえするという。「野良犬を保護するはずの保健所の施設が津波で流され、対応できていない。先日は、ちょうど車から降りようとしていたところに大型の雑種犬がドアの前に立ちはだかり、怖がって降りられなかった人を見ました。今後、犬が人に危害を加えるようにならないか心配しています」(前出・院長〔南相馬市 動物病院の院長〕)≫(「南相馬 そして最終バスは出て行った」〔「週刊現代」2011年4月16日号 講談社〕 
  私は、いわき市の営業所に勤務していた時、福島第一原発のすぐ近くの道を、夜、クルマで走っていて、すぐ横を、タヌキがちょろちょろするのを見て、タヌキというのは、こんなに愛嬌のある動物だったんだと知り、ここは、普通の道で普通にタヌキと出会えるんだと喜んだことがありました。 鎌倉の建長寺の上あたりの山で、リスを見かけたことがありますが、鎌倉の山にリスがいるのは、人間が飼っていたリスを放したのが野生化してしまったものと新聞で見ましたが、双葉郡の双葉町や大熊町にいるタヌキは、人間が飼っていたのが野生化したのではなく、元から、あのあたりに住んでいたもののはずです。 ロンドンのハイドパークにいたリスは、人が来ると逃げるかと思いきや、逆に、人を見ると寄ってきました。えさをもらえると思ったのでしょう。 双葉郡のタヌキは、そこまで人に慣れていませんが、特に、人を怖がるふうもなく、普通の道をちょろちょろしていたのでした。 あのあたりのタヌキたちも、相当に被曝してしまったことでしょう。 
  双葉郡には、鮭が川を登り、手でつかめるような川があったと思いますが、その鮭も、もう、だめでしょうねえ・・・・。
  双葉郡大熊町にあった分譲地を見に行った際、すぐ近くの家で飼っていた牛が、よくわからない訪問者に、不審そうに「ムモォオ~オ」と鳴き、犬に吠えられるのは、それまでから経験していることでしたが、牛に吠えられるというのは、相手の図体がでかいだけに気持ち悪い印象を受けたものでしたが、あの牛も被曝してしまったでしょうね。
  いわき沖で採れた小女子(こうなご)から放射性セシウムの高い数値が出たといったことがニュースで出ますが、放射能汚染された水を相当に流した場所からたいして遠くない所で採れた魚が放射能汚染されているのは当然のことで、そもそも、普通に考えて、たとえ、「基準値」だか「規制値」だかよりも、測定値が低かったとしても、普通、放射能汚染水を大量に流し込んだ海からすぐ近くの海で採れたような、そんな魚を食べようという気持ちになるか? ならんだろ、普通は。
  いわき市の小名浜に「ららミュウ」という名前の観光物産センターがありましたが、「ららミュウ」というのは、たしか、アホウドリだったか、海鳥の鳴き声からつけられた名前であったと思います。 双葉郡のあたりの海岸には、海鳥も多くいたと思いますが、鳥も被曝したことでしょうね。

※「いわき ら・ら・ミュウ」については、
「いわき ら・ら・ミュウ」ホームページ http://www.lalamew.jp/annai.html 
他参照。

  私の記憶では、日本の南の深海に住んでいた動物が、放射能被曝で変異してゴジラになったというものでしたが、「ウィキペディア」を見ると、変異ではなく、太古の怪獣が眠りからさめたということです。原発周辺に放置されたペットや家畜、もしくは、その子孫が放射能の影響で変異する可能性も考えられそうですね。
  なんだか、福島県の双葉郡、及び、その周辺で、人と共存していた、本来、人と友達だった動物が、これからは、人と敵対してしまいそうで悲しい。 (初作の映画『ゴジラ』の)ゴジラは、本来は、別に「正義の味方」とかではなかったけれども、同時に、別に、人の敵ではなかったのが、水爆実験で被曝して、そして、怒りとともに、東京を攻撃するようになったというのですが、なんだか、双葉郡とその周辺の動物が、ゴジラのようになってしまいそうで、悲しい。



[3] さらに、平松伸二という漫画家の『ブラックエンジェルズ』という漫画が、1980年代に、「週刊 少年ジャンプ」に掲載されていたと思います。 主人公・雪藤は、許せない悪者を、自転車のスポークを武器として、「ブラックエンジェル。地獄へ落ちろ。」という言葉とともに、『仕掛け人 藤枝梅安』みたいに、首などをつきさして殺します。
  この漫画は、雪藤という男が、自転車のスポークを使って、許せないと思う相手を倒すあたりは、それなりに面白かったのですが、だんだんと、変な話に話になっていって、私は、途中で、もういいわ、と思うようになっていき、作者の平松伸二についても、キャッチフレーズの「日本一の正義感」というあたりに、胡散臭いものを感じだしてしまったのでした。

※「ブラックエンジェルズ」については、
「ウィキペディア――ブラックエンジェルズ」  http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%BA
「ウィキペディア――平松伸二」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E6%9D%BE%E4%BC%B8%E4%BA%8C
他参照。

  東電の会長だの社長だのが、原発事故に際して、東電は責任を免除される、などということを言っているようです。 
  いわき市にある夕月かまぼこ(株式会社夕月食品)の工場は海の目の前にあって、私はそこに行ったことがあり、夕月かまぼこ は、東京都や千葉県でも売られていたので、元・いわき市民として、いわき の会社の商品だと思って、なつかしさからよく買いましたが、この地震の後においては、スーパーなどでも見かけません。いわき市平薄磯にもかまぼこの会社があったはずですが、いずれも海に近い場所でしたから、津波の被害にあっているのではないかと思います。 いわき市の営業所にいた時に、かかわらせていただいた浪江町の請戸の水産会社(平たく言えば、さかな屋)も、週刊誌で見る請戸地区の津波の被害状況から考えると、相当に被害にあわれているのではないかと思います。 津波は自然災害ですが、テレビの中継で、三陸あたりの漁業関係の人が、「生きていればなんとかなるよ。なんとかなる。」と語るのと違って、目の前の海に放射能汚染の水を大量に流されたのでは、相当に厳しいのではないかと思います。観光も厳しいでしょう。 いわき から双葉郡にかけての海水浴場は、湘南や房総あたりの海水浴場よりも、「健康的」で和やかで気取らない雰囲気で私は好きでしたが、すぐ近くから放射能汚染の水をどぼどぼ注ぎ込まれているような場所の海に仕事でもないのに入る人間はいませんよね・・・・。 
  人の生活手段に相当の打撃を与えておいて、自分たちの会社は、「責任を免除されると認識している」とか平気で言うというのは、なんとも御立派な神経をなさっていることですなあ、と思います。 東京電力の経営者は、ひとつ、誤解しているのではないかと思うのですが、 「電力の供給は国民にとってどうしても必要なことである」ということと、「こういう体質の会社が、この姿勢をそのままに今後も変わらずに存続する必要がある」ということは別であるはずなのです。 東電の経営者は、そのあたりを誤解していませんか?
  東電の社長・会長のこういった発言を見聞きすると、「ブラックエンジェル。地獄へ落ちろ。」とでも、言ってやりたくなります。 「地獄へ落ちろ」というより、海に放射能汚染水を流しても薄められるから大丈夫だと主張するのですから、とりあえず、福島第一原発のすぐ南にある大熊町の熊川海水浴場と、すぐ北の浪江町にある請戸海水浴場に、毎日、落ちるというより、つかっていただくとどうかと思うのですが。 子供さんと孫さんをつれて。今の社長と会長だけでなく、歴代の会長・社長にも、又、原発推進を主張した「学者」さんや議員さんたちにも、子供さんと孫さんをつれて、毎日、福島第一原発のすぐ北側の請戸海水浴場とすぐ南側の熊川海水浴場につかっていただくといいと思うのですが、どうでしょうか。
  本来は、大熊町・双葉町・浪江町あたりの海は、きれいな海だったし、請戸海水浴場も熊川海水浴場もきれいな所で、水もきれいだったのに・・・・・・。 「だった」になってしまった・・・・。

[4] 『宇宙戦艦ヤマト』を知らない人はないと思いますが、小説と漫画とテレビのアニメーションと映画で、内容は微妙に違うようです。 私は、朝日ソノラマから文庫本で出ている小説を読みました。 
  宇宙よりガミラスの軍団が地球に襲い掛かり、米ソの兵器もガミラスの武器にはまったく歯が立たず、地球はガミラスに完全に破れ、ガミラスの手によって、地球上は、あらゆる所が、放射能によってつつまれて、人が住めなくなってしまった。 わずかに生き延びた人たちは地下のわずかな場所で命をつないだが、その時、宇宙のかなた・イスカンダル星のサーシャという女性より通信が入り、ガミラスの攻撃を受けた星が立ち直る方法があると聞く。 ガミラスの攻撃をかわしながら、宇宙のはるかかなたのイスカンダル星まで行くことができるのか。 やるしかない。 その為に考え出されたのが、沖縄の近海に沈む戦艦大和を宇宙戦艦ヤマトに作り変え、通常のロケットよりも格段に早く進むワープ航法で進み、船首につけられた波動砲でガミラスの攻撃に対抗するというものでした。 ガミラスの攻撃をかわしながら、なんとか、イスカンダル星の近くまでたどりついた宇宙戦艦大和でしたが、そこには、同じくらいの大きさの星が2つあり、ひとつは美しく、ひとつは汚れ果てて醜い姿の星でした。 そのどちらがイスカンダル星で、どちらが、ガミラス星なのか。ヤマトの艦員は、おそらく美しい方の星がイスカンダルで、醜い星がガミラスだろうと考え、美しい方の星に向かって進みますが、イスカンダルのサーシャから通信が入り、美しい方の星こそガミラス星であり、醜い姿になってしまった星がイスカンダルだと教えられます。 イスカンダル星に着陸したヤマトの艦員が見たものは、地球と同じくガミラスの攻撃により破壊され、星全面が放射能につつまれた醜い星でした。そこにサーシャが現れますが、イスカンダル星の住人は、ガミラスの攻撃により全滅し、最後の気力を振り絞って作成したのが、イスカンダル星の内部に作られたコンピュータとそのコンピュータに入れられた、今後、ガミラスに襲われるであろう星の住民に送るメッセージで、サーシャという女性は、コンピュータとそのデータのイメージとして作られた画像でした。 ヤマトの艦員は、サーシャに、ガミラスのために、放射能につつまれてしまった地球から放射能を除去する方法を尋ねますが、サーシャの答えは、「残念ながら、そういう方法はありません。」というもので、それなら、どうすれば、地球の住民は生きていけるのか、と尋ねる艦員に対するサーシャの返事は、「人間が生きていけるように放射能を地球の表面から除去する方法はありません。あるのは、放射能でつつまれた場所でも生きていけるように、人間を作り変えることで、形状も今までとは異なった姿になります。人間が今までとは異なった姿となり、今までの人間とは異なった生き物となることでしか、生きていく方法はありません。」というものでした。 艦員はショックを受けますが、たとえ、人間として存続することができなくなって、異なった生き物になることでしか生きることができなかったとしても、それでも、われわれは希望を持って生きていくしかない、と決心し、希望と絶望とを併せ持って地球への帰路につく・・・・というお話であった、と思います。
  「ウィキペディア――宇宙戦艦ヤマト」によると、アニメでは、ヤマトはイスカンダル星へ行って、放射能除去装置・コスモクリーナーDというものを受け取って地球へ帰り、コスモクリーナーDによって地球は再びきれいになるという話になってしまっているらしいのですが、この小説の話の方が、文学としては価値のある、考える価値、読む価値のあるものと私は思います。
  
  さて、福島第一原発の周囲の地域はどうなってしまうのでしょうか。 
≪町は、今後いったいどうなるのか。 「原発周辺は、もう住めなくなる可能性が高いですね。 どんな放射性物質に汚染されているのか、土壌、深さ、海水の汚染レベルなどの数値が、現段階では全然わかりませんが、放射能の影響は今後も数万年、数十万年の単位で残りますから、人間の人生よりもずっと長いんです。 とくに、子供、妊婦、若者はいけません。将来のことを考えれば、けっして戻ってはいけない。・・・・」(京都大学 原子炉実験所・今中哲二 助教)≫(《福島原発「半径30キロ圏内」の現実を見よ》 〔「週刊現代」2011.4.9.号〕)

≪最後の判断をするのは福島の人だが、参考にしていただきたい。
1) 人体への影響
放射線は被曝する量に比例してガンが発生する.セシウムの半減期は30年だが、土壌が流れたりするので、それを10年としても、今から10年は他県より普通の状態より増えるガンが20倍、次の10年は10倍になるだろう.
福島は「若年層ガン多発県」になる。
福島の人には言いにくいし、申し訳ないが、これは科学的事実である.今、言いにくいからといって耳障りの良いことを言っても、そのうち事実となって現れる.
そしてこのデータは「武田説」ではなく、国際的にも国内的にも多くの専門家が認めているデータである。・・・・≫
(中部大学教授 武田邦彦さんのブログ 「福島の30年」 http://takedanet.com/2011/05/post_bda2.html )

≪ 汚染水にしろ、汚染された土壌にしろ、最終的には放射能に汚染されたものを捨てる場所が必要だ。前出の小出さん(京都大学 原子炉研究所 助教 小出裕章さん)は沈痛な表情でこう言う。 「原発の周辺では、今後も人が住めない無人地帯ができるでしょう。もといた住民にとってはとてもつらいことですが、そこに汚染土などを置いておくしかないと思います。」≫(甲斐さやか・岡本進《「福島原発と日本」100日後予測 水蒸気爆発がこわい》〔「アエラAERA」2011.5.16.号 朝日新聞出版〕

  新聞であったり、インターネットのヤフーニュースであったりを見ると、福島県内の「避難所」に避難している原発近くの住民が、菅直人首相に「いったい、いつになったら帰らせてくれるのか」と迫ったとか、「警戒区域」に指定されて、「入ると罰金」という規定について、「どうして、自分の家に入って罰金を取られないといけないのか」と怒ったとかいった話がでていますが、東京あたりの多くの人間と違って、福島県のこのあたりの住民にとっては、そこは、自分がローンで買った土地ではなく、先祖代々受け継いできた土地である場合が多く、家が建つ場所は自分の代で買った土地である場合でも、その地域には先祖代々住んできたという場合が多く、戻れないというのは相当にこたえることでしょうけれども、しかし、「将来にわたって戻るべきではない地域」、「今は戻るべきではない地域」になってしまった場所へ、まだ、原発が放射性物質を大量に放散している最中に、「どうして戻らせてもらえないのか」と迫るといった対応は、現実を理解されていないのではないか、という気がいたします。「避難所」には本も新聞も週刊誌も届かないのでしょうか。インターネットに接続されたパソコンもないのでしょうか。

  福島県の人たち、特に、双葉郡の人たちに負担が重いのではあるのですが、テレビアニメーションの『宇宙戦艦ヤマト』のように、放射能除去装置「コスモクリーナーD」などというものは存在しないし、そういうものを貸してくれるイスカンダル星人もいないのです。 小説の話と一緒にするわけにもいかないでしょうけれども、朝日ソノラマの文庫本の小説の方の『宇宙戦艦ヤマト』では、放射能汚染された場所でも生きていけるように人間を作り変えて別の生物になるしかない、という絶望的な解決策しかでてこないのですが、今は、地球のすべての場所が住めなくなったわけではないので、人間とは別の生物体となる、というようなことはしなくてもすみます。 原発が今も放射性物質を放散している今、無理に戻ろうとしない方が良いと思うのですが、どうも、実際よりも事態を軽く理解しているのではないのか、という印象を受けます。


〔5〕 千葉県あたりの住民は、自分が住んでいるすぐ近くではないから、「たちどころに影響はないレベル」であろうと思い込んでいる場合があるようですが、 中部大学教授 武田邦彦さんのブログ 「柏、松戸、流山、三郷のホットスポット」http://takedanet.com/2011/05/post_5c55.html によると、千葉県柏市・松戸市・流山市・埼玉県三郷市で、福島市・郡山市よりは低いが、いわき市・白河市と同程度の放射線量の数値が測定された、ということで、もはや、他人ごととして「気の毒ねええ」とか言っていられる状況ではなくなってきたようです。
  ≪前出の河田氏(元・名古屋大学の助手で、NPO法人『チェルノブイリ救援・中部』の代表として二十数年にわたってチェルノブイリ被害の実態調査を続ける河田昌東(まさはる)氏)もチェルノブイリ調査の経験から、今後日本各地でガン患者が急増する恐れがあると言う。「チェルノブイリ原発から遠く離れた地域にも、汚染がひどいホットスポットがありました。 70~80%の人が内部被曝をしているというデータもあります。・・・・たとえ汚染レベルが低くても、首都圏には人口が集中しているので、このままでは多くの人がガンを発症することになります」・・・・・≫(《「レベル7」チェルノブイリからの報告――いずれ日本人に起きること》〔「週刊現代」2011.4.30.号〕)

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

2012年07月12日 14:14
〔5〕 千葉県あたりの住民は、自分が住んでいるすぐ近くではないから、「たちどころに影響はないレベル」であろうと思い込んでいる場合があるようですが

この記事へのトラックバック

  • 千葉県中古車買取査定

    Excerpt: 中古車査定シュミレーションページです。大手数社から同時に一括査定ができます Weblog: 中古車買取査定 racked: 2011-09-09 20:59