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zoom RSS 戸建住宅完成現場の分析・考察(2)〜東金市日吉台モデルハウス【2】 吹き抜け上部の特殊窓 他

<<   作成日時 : 2011/02/27 00:07   >>

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〔第12回〕  前回、新華ハウジング有限会社の千葉県東金市日吉台モデルハウスの玄関戸などについて述べました。 今回は、その続編として、吹き抜け上部の特殊窓などについて述べます。

《3》 吹き抜け上部の特殊窓について。
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   ↑ 新華ハウジング有限会社・東金市日吉台モデルハウスの南西面。(写真1)
  
  この敷地は、北東と南東に道路のある角地で、南西と北西は隣りの敷地に隣接しています。 南西側の隣地は、まだ、建築されておらず、更地の状態です。 この写真の1階の左寄りがキッチン、1階の中央部がダイニングルームになっており、1階中央部のダイニングルームは吹き抜けとなっています。 2階の左右に個室があり、それぞれに引き違い窓があり、2階中央部に縦に長い窓が2つあり、これが、1階ダイニングルームの吹き抜け部分に配置されているのです。 こういった吹き抜けの上部に窓を取ると、採光は取れても、開閉できないのではないか、と思いがちですが、ここでは、それぞれ、ルーバー窓となっていて、開閉できるのです。 この写真では、それがわかりやすいように、左側のルーバー窓は閉めた状態、右側のルーバー窓は全開の状態にして、外側から写真を撮影いたしました。この写真では閉まっている左側のルーバー窓も開けることはできます。

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   ↑ 2階中央部のルーバー窓2つの部分の拡大 (写真2)
  (写真1)の2階中央部 ルーバー窓2つの部分を拡大して撮影したものです。 26倍の望遠カメラが威力を発揮しました。 昔、テレビ番組にバイオリニストの辻久子が出演して、「バイオリンの演奏は、『 バイオリン6割、腕4割 』と言われるくらい、バイオリンが大事なんです。」と話していたのを聞きました。 辻久子は、ストラディバリウス作のバイオリンを買う為に、自宅を売ってそのカネを用意したという話が有名になっていましたが、この写真を撮影したデジタルカメラを、少々、無理をして買ってから、やはり、写真の撮影もまた、カメラと撮影者の腕・感性とが、6割4割か半分半分かはわかりませんが、良いカメラを持つかどうかは大事だと思うようになりました。

※ 辻 久子 については、
「ウィキペディア――辻 久子」 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%BB%E4%B9%85%E5%AD%90 他参照

   建築初心者の方は、「ルーバー窓」と言われても、どういうものかわからないかもしれません。 何枚かの横長のガラスが連なり、開けた時に、開ける程度を調節することができ、開ける程度が小さければ、風は入れても視線は防禦するようにできる窓であるため、浴室や脱衣室、トイレなどにつけられることがよくあります。、開いた状態では、1枚1枚を抜き取ることが比較的容易であるので、外出時や就寝時は、閉めるようにしないと、1枚1枚を抜き取って泥棒さんに忍びこまれるおそれがあるので、必ずしも用心は良くないとされます。 我が家にもルーバー窓はついていますが、泥棒に入られたことはないので、ルーバー窓をつければ必ず泥棒に入られるというものでもありません。 しかし、我が家に泥棒が入らないのは、貧乏人の家に入っても、コストと利益を比較較量して考えた時に、「利益/コスト」 が大きくない、もしくは、「利益ーコスト」 がマイナスになるからというのが理由かも・・・と思うと、必ずしも喜べないような気もしてきますが・・・・・。 上の写真の窓の場合は、ひとつひとつの正方形状のガラスに窓枠がついていますので、1階についていても、ルーバー窓の様式であっても、ガラス一枚一枚を引き抜くということはできないでしょう。
   浴室や脱衣室・トイレなどにつけるルーバー窓(ジャグジー窓)は、縦が短く横に長い羽根のようなガラスが連なったものが一般的ですが、この吹き抜け上部の2つの窓では、正方形状のガラスが3枚上下に連なっています。

※ ルーバー窓(ジャロジー窓)については、
「住宅建築専門用語――ルーバー窓(ジャロジー)」 http://www.what-myhome.net/41ru/ruubaamado.htm 他参照。
   なお、「ルーバー窓」の別名が「ジャロジー窓」で、お風呂で後ろから水流が出てきて腰のあたりにあたって、気持ちンよか〜あ・・・というのは、「ジャグジー」、もしくは、「ジェットバス」です。
 
   吹き抜けでない場所では、室内側にハンドルのようなものがついていて、クリクリ回すと、開いたり閉まったりします。 さて、ここでは、吹き抜けの上部についているのですが、窓の脇にハンドルがついていてクリクリ回すものですと、1階のダイニングルームにハシゴをかけないといけないことになってしまいます。

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   ↑ 2階ルーバー窓の屋内側
   この吹き抜け上部のルーバー窓の屋内側を見ると、クリクリ回すハンドルではなく鎖(チェーン)がついています。

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   ↑ 吹き抜け上部のルーバー窓の下の1階部分 屋内側。 鎖(チェーン)が下がっています。

   上のルーバー窓から垂れ下がった鎖(チェーン)が1階部分まできています。 この鎖の片方の側を引くと上のルーバー窓が開き、もう一方を引くと上のルーバー窓が閉まります。 これで、1階のダイニングルームにいて、吹き抜け上部のルーバー窓を開閉することができるのです。
   なかなか、よく考えて作られているではないか・・・・と思ったところで、反論もあるのではないでしょうか。 まず、吹き抜けの上部の窓なんて、別に開かなくてもいいのじゃないのか? という人もあるかもしれません。 どうでしょう。開いた方が風も入るけれども、1階の窓が開けば、それでいいのじゃないか・・・という考え方もあるかも。 しかし、どうでしょう。 機能上、別に開かなくても困らないとしても、この鎖を引っ張って、上の窓を開閉するのって、なんだか楽しくないですか? 気分がウツになった時、この鎖を引っ張って、3〜4回開け閉めすると、それだけでも、なんだか楽しくなっちゃったり・・・しない? しないかな・・・・??? バカじゃないか、とか言う人もあるかもしれませんが、バカだっていいじゃないですか。自分の家で自分がやりたいことをやるのなら、バカじゃないの、ということをやりたければやらせてもらったっていいじゃないの・・・と思うのですが、どうでしょうか。

   私が、もしかすると問題点かも、と思ったのは、この鎖を引いて開け閉めするルーバー窓というのは、鎖を引く時に、「開ける」側と「閉める」側とを間違えて引いてしまう可能性があり、全開の状態から閉めようとして「開ける」側を引っ張って、閉まらない閉まらないと悩み、あるいは、閉まった状態から開けようとして「閉める」側を引っ張って、開かない開かないと悩み、本来、引くべき側でない側を、必死で引っ張って壊してしまう・・・・といったことがないかしらん・・・・といったことを考えたのでした。入居後、1回くらい家族の誰かがやりそうな気がするのですが、どうでしょう。 それでも、やっぱり、つけてみたい、と私は思いますが・・・・・。

   この正方形3枚が上下に連なったルーバー窓は、外観上もアクセントになるものですが、この建物で残念なのは、南西側に隣地境界線までの空きが大きくないことです。 できることなら、こういった外観上のアクセントにもなる窓を設置するなら、その側は、隣地境界線との間を広めにとるようにしたかったと私は思います。


《4》 続 ・ 赤札のぼり についての考察
   前回、「大売り出し」「SALE」と書かれた品のない赤札幟(のぼり)について触れましたが、もう少し、補足いたします。
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   その前に、ひとつ、戦国大名の話のたとえを述べます。 私は、野球のたとえと戦国大名の話を中心とした時代物語のたとえをやりだすと、これはオッサン、最近の用語では“オヤジ”の兆候であると感じ、そういう人を見ると、なさけないな〜あ・・・と思ったりしてきたものです。 「パンとサーカス」という言葉があって、真剣に人間のあり方、社会のあり方、政治のあり方を考えるという方向から、国民の精神面をそらせるようにすれば、専制的政治支配者としては、そういう国民は、実に支配しやすい。 そうする為には、「パン」として、日々の生活に追われて社会のあり方を考える余裕など持てない程度の最低限の衣食住と、「サーカス」として頭が人間のあり方・社会のあり方・政治のあり方を見つめなおし、さらに、変革しようなどとは考えなくなるような、頭がフワ〜ア〜ッとなっていくような熱狂的な娯楽、その2つを用意すればよく、現在の日本においては、野球、特に、プロ野球というものが、「パンとサーカス」の「サーカス」の役割を果たしているようなところがあり、野球と関係のない仕事の話にまで野球のたとえをしたがるオジサンというのは、自分が「パンとサーカス」の「サーカス」の方の罠にはまっていることに気づけていない人である場合が少なくありません。
   戦国大名の話を中心とした時代物語も似たところがあります。私は、実は、小学生や中学生になったばかりの頃、織田信長や豊臣秀吉などの時代物語、作家としては山岡荘八や司馬遼太郎などの話が好きだったのです。 しかし、中学校から高校にかけて、本来の歴史を学ぶに従って、山岡荘八や司馬遼太郎などが書いているお話は、これは、あくまでもお話であって、歴史ではないぞということに気づいたのです。 そして、それは、戦前戦中の「天皇を中心とした人物中心の日本史」の流れを引く傾向がある「必ずしも天皇を中心としない人物中心の日本史」だということにも気づいたのです。 但し、それは歴史ではないけれども、だから、まったくくだらないかというと、お話であると認識した上で読むならば、けっこう、面白かったりもします。しかし、「歴史が好きだ」といって、NHKの大河ドラマなんぞを喜んで見ているオッサンなどを見ると、こういったことを理解しないで、それが歴史だと思って見ている人が多いのではないでしょうか。 何年前だったか、『伊達正宗』の話で、「おまえら、俺の為に命を捨ててくれるか〜あ」と正宗が叫び、「おう〜」と周りの人間が言う場面がありましたが、そのテレビを見て感動しているオジサンて、会社の為に命を捨てるような滅私奉公をして、その会社に見捨てられた時、どう思うのでしょうね。 だいたい、伊達正宗がそういうことを言ったかどうか、伊達正宗の発言を聞いたわけでもないのに、よくこんな番組作るよな〜あ・・・などと思ってみたりしますが、こんなこと述べると怒られるかな? そして、「大河ドラマ」などを喜んでみているオジサンというのは、もしも、自分がその時代に生きていたら、自分はどの立場にいると考えているのかという問題もあります。 水のみ百姓とか、穢多・非人と言われた人達の立場に自分がいると考えて見ているということはないと思うのです。何の論拠もなく、勝手に自分は殿様になったような気持ちで見ていませんか?
   そういう問題はあるのですが、しかし、それでも、そういう問題があるということを認識した上でならば、お話として、面白いお話もあるとは思います。
   
   「天下の名城」「天下の要塞」と言われた大阪城は、なぜ、大阪冬・夏の陣(1614〜15)で落城したのか。 真田幸村(さなだ ゆきむら)(信繁 のぶしげ)は、なぜ、敗北する側の豊臣側について戦ったのか、といったことがよくいわれます。 関ヶ原の戦い(1600)の時に父・真田昌幸とともに西軍についた真田幸村は、関ヶ原で東軍についた兄・真田信之の元で楽な生活をさせてもらっていたのではなく、和歌山県の九度山に流されてみじめな生活を送らされていたことから、その生活を脱出する為には、豊臣側で戦うしかなかったということもあるでしょうけれども、それだけではなく、最初は、「大阪冬・夏の陣」ではなく、豊臣側と徳川方との戦いとして、勝つつもりでいたのではないでしょうか。戦国歴史研究会『戦国闘将伝・真田幸村』(2008. PHP研究所)などによると、真田幸村が主張したのは、まず、最初、真田幸村らが大阪城に集まった時点では、全国で見れば徳川側が優勢でも、大阪を中心とした地域に限っては豊臣側が支配し、豊臣側が圧倒的に優勢であったので、その兵力で、まず、徳川方の関西での拠点・伏見城を落とし、それを全国の大名に知らせる。そうすれば、この戦いは徳川が勝つであろうと考えて徳川方につこうとしている大名、豊臣方につくのを踏みとどまっている大名の態度が変わる可能性がある。そして、その上で、徳川方の軍が東から来た時、遠くから来た軍は疲れがあり、そこに、近江(滋賀県)の瀬田川を越えるところを狙って襲えば、豊臣側にも勝機はある、とするものであったというのです。それに対して、徳川方の間者だったのではないかとも言われる「兵法学者」小幡景憲(おばたかげのり)や秀頼側近の大野治長(おおのはるなが)らは大阪城の堅固さから大阪城に籠城して戦うことを主張し、大阪城に籠城して戦くことになったというのです。 真田幸村らが大阪城に籠城して戦うのはだめだと考えた理由はどこにあるか、というと、大阪城が堅固な城であるのは間違いないとしても、その堅固さが役立つのは、その堅固な城に籠城して、その城を囲む大軍が攻めてきた時、持ちこたえて時間をかければ、そのうち、遠くから、籠城している側の別の大軍がやってくる可能性がある時で、そういう状況であれば、城を囲んだ軍を、籠城している軍と後からやってきた軍とで攻めることができる。 又、攻める側と籠城する側が、一国の支配者同士の戦いなど同程度の立場であるならば、城を攻めている側は攻めきれずに撤退するということもあり、相手が撤退しだした時に追撃するということもありうるが、大阪冬・夏の陣の時はそういう状況ではない。大阪城に集まった豊臣側の軍が、すべて大阪城に籠城して、徳川方に囲まれたならば、堅固な城であっても、落城までの時間が長いだけのことであって、勝つ見込みはない。だからこそ、先に、徳川の関西地方での拠点・伏見城を落とした上で、豊臣方につく者を増やす、もしくは、徳川方につく者にも、もしかすると、豊臣が勝つのではないのか、と徳川方につくのを躊躇させた上で、遠方から来た軍をたたくという作戦を主張したというのです。 そういった主張が通らなかった大阪冬・夏の陣の時の豊臣方というのは、その主張が通らないというところにこそ、負ける傾向があったのかもしれません。

   さて、赤札幟に話を戻しましょう。 「赤札(あかふだ)」とは何かというと、新村出 編『広辞苑 第二版』(1969.第二版 岩波書店)によれば、「売約済商品または見切品などにつける赤色の札。また、その品物。」と書かれています。

   大学の経済学部・商学部等の学部では、入学して最初の年に、「経済学」か「経済原論」といった名称の講義で、「需要供給曲線」なるものの話が出てくると思います。 需要は、価格が上がると少なくなり、価格が下がると多くなる。 供給は、価格が上がると多くなり、価格が下がると少なくなる。それをグラフに表したものが需要曲線と供給曲線で、財・サービスの値段は、重要曲線と供給曲線との交点によって決まる、という理論です。 
   このうち、需要の方を考えますと、一般的には、価格が下がれば需要は多くなり、販売・営業においては、価格を低く設定した方が、売れやすい、そして、売りやすい、はずなのです。 
   但し、これは、あくまでも、需要曲線が一定である場合のことです。 全国的に「メーカー希望販売価格」というものが設定されていて、その商品の値段はこのくらいという比較的安定した評価がある場合、あるいは、「メーカー希望価格」といったものはなくても、その財についての安定した相場が作られている時に、特定の場所・特定の時に、その財を安い価格にて販売すれば、高い価格で販売しようとするよりも売れやすい、売りやすいでしょう。
   しかし、大阪城の籠城の話と同様に、あてはまらない場合もあるのです。
   
   私が、かつて、住んでいた大阪府の家の近所で、ある土地を更地で所有していた人が、それを売ろうとして、「売地 ○千万円」と、その地域の相場よりも随分と安い価格を書いて看板を出されたことがありました。 それで、どうも、その看板が原因で、その付近の土地の相場が下がってしまったような感じがすると、周囲の住民で言う人があり、近所の不動産会社の社長に、その話をしたところ、「そうです。土地の値段というのは、そういうものなんです。 相場よりも安い値段を看板に書いて出されると、その値段に相場が引っ張られて下がってしまうのです。だから、相場よりも安い値段を看板に書いて出されたのでは、その周囲の土地の値段まで下がってしまって、周囲の土地の所有者にとっては迷惑なんです。」と言われたということでした。 不動産会社の従業員でも、こういったことを理解している人と理解できていない人がいるように思います。
   「メーカー希望価格」というものが設定されていて、「メーカー希望価格」そのままでなくても、だいたい、この商品はこのくらいの値段というのが決まっているような商品、作製する材料代・人件費などにメーカー・販売者の利益をいくらか合わせると値段はこのくらいと決まってくるような商品の場合は、安い価格とすれば、それだけ売れやすくなる、ということが考えられても、土地、あるいは、土地と建物のようなものには、安い価格を書いた看板を出したからといって売れやすくなるとは決まっていない。 「メーカー希望価格」があるわけでもない、相場があがったり下がったりするもので、全国の値段と別にその付近の値段が上がったり下がったりするもの、土地については作製する材料代・人件費といったものがあるわけではない、というそういうものの場合は、安い値段を書いた看板を掲示すると、その値段が、その土地の値段だというようになるだけのことで、価格を下げることにより需要が増えるのではなく、価格を下げると、それに合わせて、需要曲線も下方向に移動するというのです。
   「赤札のぼり」を出すというのは、安い価格を書いた看板を掲げる場合と似たところがあって、それによって需要が増えるのではなく、その土地の値段の相場を引き下げ、需要曲線も引き下げることになる、ということが、十分、考えられるのです。
   大阪城のような堅固な城に籠城すると、攻めようとする側が不利であると一般的には考えられても、大阪冬・夏の陣の時の状況においては、むしろ、籠城は籠城する側を不利にするものと真田幸村(信繁)らは考えたように、一般的には、価格を下げた方が売れやすくなる、としても、そうでないケースもあり、土地、及び、土地建物の販売の場合、安い価格を設定したり、「赤札ののぼり」を建てたのでは、その土地、その土地建物は安い物だということになって、需要が増える、買い手が出現しやすくなるということにはならない、と私は思いますね。

   こういったことは、建築屋よりも不動産屋の方が専門領域ではないかとも思うのですが、不動産屋には、そういうことを理解せずに商売している人も、けっこういるようで、わかっていない、考えたこともないという人も少なからずいるのではないでしょうか。 1990〜1998年、野村克也がヤクルトスワローズの監督として9年間に4回優勝、3回日本一になって高い評価を受け、野村が阪神の監督に移った頃、野村がよく口にした「野球は頭でやるもんや」という文句が相当ひろまったように思うのですが、ある時、ラジオの野球中継で、解説者の坂東英二が、「最近ねえ、『野球は頭でやるもんや』とか、ちょっと、言いすぎですよ。だいたい、野球なんか仕事にしてる人間が、頭使うの得意なわけないでしょうが。そうでしょ。頭使うの嫌いやから野球やってるんでしょうがあ。頭使うの得意やったら、野球みたなもの仕事にしないで、他のことやってますよ。」と言っていたのを覚えています。実際、頭を使うのと体を使うのとでは、体を使うのが得意な人が運動選手になっているのであり、体を使うのが苦手な人は運動選手にはなっていないはずではあるのですが、しかし、そこまで言わんでも・・・・という気もしますが、坂東英二の場合は、自分自身も元・野球選手であることから笑いを取ろうとしてそういう言い方をしたのでしょう。 不動産屋をやっている人の中には、上で述べたようなことを聞くと、そんなもの、需要がどうの供給がどうのなんて、そんなもの考える頭があったら不動産屋みたいなものやってるわけないでしょうが。 そういうこと考える頭がないから不動産屋やってるのでしょうが。そういうこと考える頭があったら、不動産屋みたいなものやらずに他のことやってますよ。」と言いたい人もいるのではないでしょうか。本来は、仕事の性質として、そうであってはいけないはずであり、そういう人ばかりというわけでもないとは思いますが、しかし、そういう人も少なからずいると思います。不動産屋の中には、こういうことを聞くと腹が立つという人もいるかもしれませんが、それなら違いますか?

   物事についての見解は、人それぞれ異なるでしょうから、私がこう思ったとしても、別のことを考える人もいると思います。 この赤札のぼり を出した人も、おそらく、私とは違うことを考えたのでしょうし、世の中には、様々な考え方があるのだと思います。
   しかし、私は、この赤札のぼり は良いとは思わないし、第一、品がないと思いますね。 もうちょっと、なんとかならないのか、という気がいたします。


☆ ≪ 〔第11回〕 戸建住宅完成現場の分析・考察(2)〜東金市日吉台モデルハウス【1】 玄関戸他 ≫ http://shinkahousinght.at.webry.info/201102/article_8.html  も、どうぞ、御覧くださいませ。


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内 容 ニックネーム/日時
今日は〜^^またブログ覗かせていただきました。よろしくお願いします。
フェラガモ アウトレット
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2013/07/26 22:43

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